新年早々の夢は初夢と言われるが、良い夢を見たいと願うささやかな願いとは裏腹に、最悪の夢だった。それでも自分の心の一部を見透かされ気もする。親父が長い間、正しいと思っていた事が、見方を変えれば逆で在った事をこの歳になって思い知らされる。遅い。
それでも夢の中で何を教えたかったのだろうか?人を信じ人を愛しても所詮、人は一人で生きるしかない悲哀の思いを感じさせたのだろうか?そう考えて見れば思い当たる事も少なくない。阿吽(あうん)の呼吸。同じ空気を感じるとか言われても、本当に分かり合える事は、人の痛みが分かる優しさを持ち合わせる事かも知れない。
一方で夢は逆夢とも言われる。自分の都合のよい言葉で自分に言い聞かせても、大事な事は「禍転じて福となす」(禍福は糾える縄の如し)かもしれない。自分の是までの生き方をこの休みの間にもう一度見直し、本当の意味で夢を逆夢にしなければならない。
新年早々、国内外のニュースがテレビ、新聞で尤もらしく伝えられているがあくまでも一部分。多くの人が多くの思いの中で仕事初めの日を迎えている。仕事と住まいの無い年越しの人達も報道が伝えている10倍も100倍も居る事を、どれだけの人が理解しているのだろう。
自治体改革は大阪府庁からしか出来ない?橋下知事が声高に訓示しているが何様だと思っているのだろう?ある時は新政権に媚(こび)、又ある時は国政の誤りを声高に語り、自己の存在をアッピールする。こんな知事が全国的に注目される。大阪人が何時までもアホではアカンやろう。
米軍の辺野古沖の基地移転。これは多くの日本人にとってどうでも良い事だけでなく、この事が今年の日米関係の大きな問題である事も知らない人が多い。かく言う親父も辺野古沖をテレビの画像でしか知らない。アメリカの極東、西アジアの軍事戦略は長い間、日米軍事同盟が基軸だった。(おっと、難し事いを言う)。そう、その事が多くの国民は知らない。
その事が長い間、自民保守政権でアメリカと基本政策となり、この国の安全と平和が保たれて来た。アメリカと軍事同盟を結び、アメリカの核の傘と軍事力で守られながら、独立国としての存在は軍事的にも経済的にも無い事がこれまでは問題にもなら無かった事が、異例だったのかもしれない。
その事が今年、顕在化(けんざいか)する。鳩山総理がアメリカのオバマ大統領のその事を正確に伝えていない。トラスト、ミーとは何を任せろと言いたかったのだろう?私を信じて今迄通りで行きますと決定出来ると思っているのだろうか?出来ないだろう。
その時、政権公約を国民にどう説明するのだろう?アメリカとの信頼関係を壊してまでも、今迄の経緯をほごに出来ず普天間の負担を軽くするために、辺野古沖に軍事基地を移転しますとは言えなくなった事を、この国にリーダーは理解していない。間違い無く問題を先送りしても解決の糸口さえ手には出来ず、連立与党の強硬意見を抑え込めると思っているのだろう。沖縄の基地問題は完全に規模の縮小を段階的に進めなければいけない事を、どれだけ理解しているのだろう?
そんな事は親父に言われるまでも無く、先刻承知。沖縄の問題は今日昨日の問題では無く自民党政治の負の遺産だろう。今は引退した元総理も未だに沖縄の重要性を口にし、日米同盟の重さを説明するが、沖縄の人達の難儀をこれからも放置しても仕方ないと思うのだろう。今年は間違い無く日米軍事同盟、貿易の相互依存が問われる。何時までも固定的な古い軍事同盟が続いた歴史は無い。その時、次の時代を見据えた政治と経済の在り方が問われる。
そんな覚悟をマスコミは政府に求めるが、それもナンセンスだろう。意味が無い。マスコミの論調を見ると今迄の継続。それが無難では無く問題の解決を先延ばしにする事を、どれだけ理解しているのだろう。政府の成長戦略を求めるのは良いが、自分達の建設的な提言にマスコミは何が出来るのか、自己批判をしなければならない。親父が読んでいる日経が20円の値上げ。この物が下がる時代に20円の負担を求めなければいけない意味を理解していない。誰が?新聞社だろう?新聞社の誰?経営のトップ?ならば買うな。景気、経済の情報を安く手に入れる術を探さなければならない。 休憩。食事です。お疲れでした。
昼食は近くの総菜屋さんが今日までお休み。仕方が無いのでコンビニ弁当にするかと思いながらも、スーパーの弁当にする。お弁当の一番の強みは温かさだと思うが、冷たい弁当を平然と売る。3時間も5時間も前に造られた弁当を買う人は居ないと何故、考えないのだろう?それは無理だとしたらお弁当を売る工夫がこれから求められる。そうでなければ売れない。結局1時間前に作られたカツ丼、受験合格のシールが貼られていたがマズイ。これで合格できるか?物が売れないと言われる時代。物の売り方にも工夫が無ければアカン。
国民の皆様の為の政治?そんな物を国民は求めているのだろうか?国民が求めている物。それは単純明確。政治家の為の政治では無く国民に約束した政治改革と無駄の排除、国民生活の安定と安心。原点に戻るとか戻らないとか3カ月足らずで言われるのは心外だろう。
何よりも視聴率が低迷しニュース番組として期待外れの番組が、如何に多くのコメントを発しても説得力が無い。それでも福袋のニュースでフランス人が唖然としていたのが実感だろう。クレイジーと言われてもこれが日本。フランスにはこんな光景にはお目に掛らないのだろう。安ければお得感が強く行列しても、もみ合いをしても平気なのだろう。
トラ年の株価は上がる?経済のコメンテーターに言われても関係者。政府の政策に期待が掛ると言われてもお前達のやるべき事は無いのか?スキンヘッドならぬアローヘッド。株取引のスピードが飛躍的に変わるらしい。今年の株価の動向は今週の株価で決まるとも言われているが、それもあくまで過去のデータ。今年は如何だろう?
路上生活5年目。おばあちゃんホームレスが取材を受けている。公設派遣村。ハローワークで予約が必要で入所出来ず。これもお役所仕事だろう。派遣村の村長?なんかおかしくない。仕事が無い。生活費が無い。蓄えが無い。済む所が無い。支援者が無い。そんな人は全国に五万(ごまん)といる。それが現実。それが改善する兆しは暫くは無い。
それでも景気の回復が期待できるのだろうか?出来るらしい。景気の回復は意外な処に有る。政府に何かを求めてもそれは回りまわって自分達の世代で無く、次の世代に残される。今、尤もらしく景気対策を口にしている多くの人は間違い無く最後っ屁(きたない)だろう。
夕方、近くの山を目出す。年末年始の不摂生が足と腰と心臓に来ている。足腰は分かるけれど心臓の音がのどからプチプチと聞こえる。オイオイマジかよと苦笑いをしながら、歩く事を決める。それ程の決意が無くても歩かなければいけない。
中敷きを変えて歩きだす。歩く事は考えているほど簡単ではない。ズボンのポッケに手を入れて歩いている足の付け根の外側を触って見ると歩いて居る事を実感する。歩かなければならない。歩く事は誰にで出来る。しかし、怠けた体はその単純な行動を拒否する。
新年早々の画像が昨年の続き。南天。
しかし、この樹はでかい。デカイ南天の実が生き生きとしている。今年も又、元気でと言われている。頑張りまっせ。体に気をつけて。
歩き始めて靴の下敷きが合わない。100円は安すぎ。引き返して800円の物に替える。
関西無策。セイフティネットは自分で張れ。
山登りが遅れて途中の城址公園で、日の入り後の六甲山を望む。残照。穏やかな正月も終わり今日から官庁は仕事初め。
大阪府知事が今年は地方の時代と声高に語っても、何か空々しい。京都府の職員は着物姿。なんかパホーマンスで物事を解決できると思っていないか・・・。
城址公園西門の十月桜。まだチラホラだけど桜の時は遠くない。その時、どんな顔をしているだろう。今年はアルプスの少女ハイジに会いに行く?メタボな体がどれ位、締まるだろう。
みずほ総合研究所のエコノミストが今年の景気見通しを語っている。しかし、親父は今の状態がそう簡単に変わるとは思わない。
日は沈み日は又登ると単純に言える時代が終わり、先行きの見えない時が続く。その事が長い間続いたけれど、今年の初夢は逆夢の予感がする。この城跡で昔を想えば多くの人を思いだす。長い長い失意の時、それが歓びに変わる時マッターホルンも黄金の色に見えるかも?
景気の先行きは分からないけれど、全てが良くなる事は無い。景気を良くして呉れの合掌は大きいけれど、出来る事と出来ない事がある事ぐらいは理解しなければならない。なんで景気が良くならないのか?それは明確な理由がある。それ位の事は理解しなければならない。
今、テレビで小沢幹事長が多くの事を語っているが景気の話は明言していない。富の分配は豊かな人が多く受け取り、貧しい物はそのおこぼれに預かるしかないのだろう。そのお零れ(おこぼれ)にも預かれない人も少なくない。それどころか踏みつけられる。それが現実。
夢は適うとか言われるがそれは夢が夢であり続ける事。殆どの(ほとんどの)夢が幻と消える。今年の初夢はその事を教えているのだろう。それでも親父は変わらない。今年もブログを重ねて作成件数500に挑戦です。
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