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2018年9月19日 (水)

決定的瞬間 生きると言う事はこういう事だろう

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息をひそめて可動堰の高い壁をジャンプしょうとする小魚を狙う鷺(さぎ)。あった事をなかった事にして平然と国のリーダーに再選されようとしている何処かの国の総理大臣。財務省の公文書を改ざんしても、その責任が問われない財務大臣とは大違い。

偉そうな事を言っている親父も又、詐欺集団の年金をもらっている既得権者。同じサギでも大違い。生きると言う事がこれ程に厳しい事を殆どの人間は知らない。いずれその事を思い知らされる。その事を見せつけられていた。それにしても写真の画像は暗いが決定的瞬間を納める事が出来ました。

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この可動堰(固定堰では無い)洪水が流れ下る時と農閑期の時はこの堰が倒される。この堰は耐水、耐久性に優れたゴムマットの中に圧縮空気がコンプレッサーで送り込まれている。しかしこの素晴らしい可動堰も全国的には少ない。その信頼性に評価は低い?そんな事は無い。

この堰の信頼性は証明されている。万一の事故で破水をすれば大変な事故になる。その程度の事も知らない。この川は国土交通省管理の一級河川。ただこの川の河川管理の実態は殆ど知られていない。スーパー堤防が完成して堤防決壊の可能性が低くなり全国レベルの河川管理が行われている?

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川西市は猪名川の対岸。隣町なのに多くの事を知らなかった。先日、日本一の里山と言われている(黒川)を訪ねて地域起こしが10年以上前から行われて来た事を知る。その地域の出身が今の市長。ところが黒川の活性化は進展しない?どうして?その理由を先日地元の長老に聞く。

ところが今日、思いがけない大学のゼミの地域活性化の取り組みを聞く。忙しい処を本当にありがとうございました。このエドヒガンもエールを送っていた。親父が今、通っている武田尾の桜の園(笹部新太郎)演習林の山桜の逞しさはないが何かの縁を感じていた。

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黒川から移植されたエドヒガンの背が高く、このままではてっぺん迄の栄養が行き渡るか心配。専属の樹木師が付いていないと先端は間違いなく枯れる?余計な心配をしていた。こうして見ると笹部新太郎が行った、富山御母衣ダムの湖底に沈む運命の桜の大樹を荘川のダムの上に移植した技術は奇跡に近い。

それはその大事業を成し遂げた造園業兄弟の技術があった事も間違いない。どんな難しい仕事も綿密な匠の技が求められる。その事も改めて教えられていた。それとは反対のお粗末な総裁選?現職の再選は間違いない。自民党が政権を取り戻したその一番の理由も忘れ去られている。それでもそんな事は関係ない?本当にそんな生き方が許されるのだろうか。

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エドヒガンの樹を写しているとちっちゃい男の子が近ずいて来る。若いパパと公園デビュー?(優しいパパで良かったね)と声を掛けてもしゃべれない。人見知りをしてパパにすり寄って行く。歳を聞くと1歳とちょっと。自論の子育てのうんちくを語り始める。

3歳迄は多くの事を教えなさい。思いやる心。やって良い事といけない事。そして何よりも話し相手になってやる事。今時の若いパパにに合わず真剣に聞いていた。何処迄出来るかな?それは数年後に結果として現れる。しかしその成果は誰も知る事は出来ない。

子供を育てると言う事はそう言う事。そう言う事も教えてくれるジジババは少ない。そんな事もどうでも良い?良くそんな言葉を聞く。今、先の市議会議員選挙で落選した人の影武者になる事を約束している。必ず当選する秘策。それは必ず投票してくれるウエーブを起こす事。

そんな事は出来ない。それが出来る事をインチキ政党が証明している?殆どが何も知らない。その人達に1票を投票してもらう事はそんなに難しい事では無い。その事が分かれば投票前に結果は知る事が出来る。トップ当選も強ち(あながち)夢では無い。その事も証明しないといけない?アホ。

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キセラ川西公園?キセラ川西プラザ?何のこっちゃと思っていたらキセラとは愛称?しかも最近流行のオシャレな名前。キは輝き、希望のキ。セはせせらぎのセ。ラは都(洛)のラ。キトラ古墳と紛らわしいが市民公募で決められた名前。親父的には市民公園?市民賑わい広場?

建物にはまだ入居はされていなかった。黒川の地域活性化もここで論議される?ただ地域の人達の思いは何時結実するのだろう?地道な活動を積み上げて行く事と行政と産学協同の支援を重ねる事が出来るのだろうか?その事が早急に問われている。

その旗ふりのリーダ-の足を引っ張っているのは皮肉な事に行政のトップ達。その言葉を口にしていた地元の長老の言葉は重い。その認識も間違っていない。全国何処でも地域の活性化が出来ないのはその厳しい現実を変えられないからに違いない。

素晴らしい自然を残しながら新しい事を取り入れる。その矛盾する現実を甘受出来なければ黒川も間違いなく限界集落になる日は近い。(T先生に叱られるかな?)それもいずれ明確になる。賑わいを取り戻すには交通アクセスと宿泊の施設。その仕組みをどうするか?その事も解決方法は難しい。

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暑かった夏が終わり爽やかな秋がやって来る?天高く馬肥ゆる秋?そんな秋は期待出来るのかな?

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兵庫県川西市黒川地域。「ありなしの道」何があり何が無いのか?それはこの道を歩いて見れば分かる。日本一の里山風景があり日本各地の過疎の村がある?では無い物は?それはこの先歩いてみれば分かる。そう考えていた。しかしこの先目的地迄7、8キロ。車で走れば20分足らずの道も歩けば3時間掛かる。親父の足ではその程度が精一杯に違いない。それでもこの時点では意気揚々としていた。

ありなしの道。この漢字をみれば意味は大体分かる?「蟻無しの道」分からん?蟻無神社に続く道?まだ分からん?アホやのう。この神社の砂を農家の人が持ち帰り、自分の畑に蒔いたら蟻が出なくなった。その蟻無しがこの道の名前の由来。有るとか無いとかそう言う問題ではない。ただそこ迄は歩かなかったから分からない。

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綺麗な透き通る様な水が流れていた。この上流は妙見山。水が綺麗で当たり前?久しぶりにこんな綺麗な谷川を見る。ただ水量は少なかった。ここで広い道から脇道にそれる。ふるさとに帰った様景色。日本の原風景。そう思いながら近くで庭木の草の弦と枝木を切り落としている親父さんに話掛ける。先方も何者かと様子を窺っていた。

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何気なく相手の警戒心を解きながら道を聞く。下の広い道は新しく拡張はされていたが昔からの道。この道は上を走る道に合流しているだけだった。ところが話を聞いた叔父さんただ者ではなかった。歳は親父よリ1つだけ上だったが永年地域の活性化の為にご苦労していた。しかしはっきりと言い切られる。

この言葉は多くの地域活性化に取り組んで来られた色んな立場の人から言われた言葉。「駄目だ」何が?地域活性化。何が駄目なのか?やり方がおかしいだけだろう?そんな生意気な事を考えていた。ところが話を聞いていると説得力が有る。

多くの人の力を合わせても地域に賑わいを取り戻すのは難しい。何んと言っても働く場所を求めて都会に出た現役世代はその役目を終えても故郷に戻る事は無い。アンタもそうだろうと言われるとその通り。これば最大の原因。故郷に賑わいが戻る事が無い事を知らないだけ。その事をどう克服するか?それが全国共通の過疎対策。ところがそんな事は誰も出来ない。アンタも知らないだけ。そう言われて返す言葉が無かった。

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ところが諦める事は何もない。親父が今、終の住処にしたいと思っている西宮武田尾も全く同じ。違う事はこの地域(黒川)の方が冬は寒いに違いない。しかしその寒さも雪国を知らない関西人には売り物になる。その深々と冷え込みのする外の景色とは全く違う暖かな薪ストーブの生活。

これがこれからの元気な都会人の何よりの贅沢(ぜいたく)な田舎暮らしに違いない。そしてそんな豊かさの中でも生活が出来る。その事を証明しないといけない。今日は嬉しい大学の先生の地域活性化の取り組みを知る事が出来ました。出来ないと思ってくたばるのではなく希望と共に色んな人の力を借りる。それがこれからのアグレッシブな生き方に違いない。

良く言われた言葉。もっとポジティブ(前向き)な考え方をしろ。この言葉とは少し意味が違う。諦めない生き方。不撓不屈。そんな生き方が求められている。生涯現役とはそう言う事だろう?何もしないで取り澄ましているより人間より何かをしてそして恥をかく人間の方がどれだけマシだか分からない。人は人に笑われながら成長する。(守屋語録)この言葉は今でも忘れていない。30年前に聞いた言葉です。今では死語となっている?後30年は生きられない。ならば為すべき事は決まっている。

 

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2018年9月18日 (火)

地方創生が出来なくても政策論争は地方創生 オバカは現実を何も知らない

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久々の阪急能勢電終着駅。ここは大阪市能勢町。市町村名は町だがど田舎?山の中。1㌔程歩くと川西市黒川地域。ここは日本一の里山と呼ばれているが、そんな事は関西人は全く知らない。知らなくても全く関係ない?つまりどうでも良いと言う事か?そうでは無い事を殆どが知らない。どういう事?

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ここから1㌔近く歩かないとバスが運行していない。この道は大勢の人が妙見山にお参りをした信仰の道だが今はその面影は全く無い。何でやねん?妙見山?今は信仰の対象にはならない?現在人は携帯は手放せなくても信仰の対象の山?何それ?と興味も示さない。親父もその価値が分らない?

それでも江戸時代は昨日参拝した中山観音、そして最近足が遠のいている清荒神、会わせて3つの霊場は近畿地方の多くの人々を集めていたと言われている。現在人は無宗教になったと言われているがそれも間違い。信じる物を見失って罰当たりな自分をコントロール出来ない餓鬼道を彷徨っているに過ぎない。

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以前この前の道を通った時に素通りをしたので今日は挨拶に伺う。声を掛けたが誰も出て来なかった。部屋の中で話をしていると分らない?それでも先を急いでいたので失礼をする。自治会館を四国徳島の木頭でも訪ねた事はあるがこんな物。同じ様にピアノの音が聞こえていた。誰も居ない訳では無い。

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今は児童数が少なくなり廃校となった小学校。研修施設として使われていたが日常的には活動をしていない。これでは地域が活性化する事は無い。それでも全く利用されないよりマシ?親父の田舎(大分県佐伯市直見)の母校(小学校)は校舎を取り壊し福祉施設として利用されていたが今は更地。

県庁が売りに出していたが売れる訳がない?オバカな県の職員にはその程度の事が分からない。地域の活性化策は誰が考えているのだろう?この行政にも多くの担当部署があり地域の活性化が検討されているが、限界集落の足跡は確実に迫っていた。親父達が地域の活性化に果たせる役割?その賞味期限も切れている?

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このお店も土日は営業?この道を歩く人がもう少し多くなればこのお店も再び賑わう?四国徳島遍路道。焼山寺の下のお土産屋さんを思い出す。善根の宿とまかないをしてもらった叔父さんとおかみさんは今でも元気だろうか?もう8年近い歳月が流れている。

再びの時はあるのだろうか?何時でも行けるよ。藤井寺の札所から42㌔。自転車で半分を登り坂で歩いて居た。もう一度やりなさいと言われても出来無いに違いない。歩くと遍路転がしの山道12㌔。トレッキングシューズを履かないと歩けない。

これからの歩き遍路は命懸けになる。減量目標達成したらもう一度歩きますか?その前に45番札所からの後半戦を歩いて下さい。トホホ。44番札所から45番札所の間は88㌔?歩き通すには4日掛かり?無理だな。松山市内からバスを利用すれば100分程度で到着する。そんなズルは出来ない?そんな口実を言いながら中断して久しい。そろそろ腰を上げないといけない。?

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それにしてもここ迄行き交う人が本当に少ない。全く居ない訳ではないが地域がゴーストタウン?子供達やお年寄りの姿を全く見ない。親父の田舎もそうなのだろうか?親父の田舎も殆どの人の交通手段は車。車を運転する人は歩く事は無い。当然の事だろう。近くに中学校があると言うのに子供達の歓声も聞こえない。

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ただ実りの秋である事は間違いない。近くで稲刈り機が待機しているがこの棚田はその気配は無い。子供の頃何も関係ない時でもこの時期は地域の子供達は勢い良く跳ね回っていた。今は子供達の姿も見る事は出来ない。この稲田も後どれ位稲作を続けられるのだろう?

それはこの豊かな環境が残される限り続く?そう言い切れるのだろうか?日本の稲作もこれからは増々集約される?そんな事も関係ないと思われている。米の消費量は少なくなり外国から安いお米が輸入される?それでも困るのは生産者?消費者は何も困らない?そうなのかな?

米不足の時を知らない。その時は政府が何とかしてくれる。してくれない事を殆ど知らない。そんな体験はしていないから。日本の農業のあり方をもっともらしく語る自民党若手政治家も同じだろう?若いと言う事はオバカと言う事も知らないのだろう。

小泉新次郎。安倍総理批判は最後迄出来ない?時期農水大臣。嘘でしょう。それともその程度の国?それも関係ない。そんなインチキは何時迄もは続かない。10月は最悪の時が来る?その時にザマーミロと言える生き方をしないといけない。中国が大変な状況になっても株価は上がる?そんな事が有り得る訳が無い。その程度の事も分からんのだろう。

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日本一の里山?何処かのオバカな大学教授がそんな事を言っている。しかし現実はこの言葉は過去形?どういう事。「だった」日本一の里山の風景は変わらないが人々の暮らしは大きく変わっている。本当はこの素晴らしい自然と環境が残されていれば(日本一の里山)の言葉は過去形にはならない。

そう信じていた。ところが限界集落にどんなに素晴らしい里山が残されてもそれは悲劇です。その事を学者先生は語れない?それは間違いかもしれない。その事を1年前に学習した大学の研究室に聞いて見る。答えてくれるかな?

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ここが昔の参道。以前ここから途中迄歩いた事がある。現在はそんな事をしなくてもラクチンで登れるケーブルカーがある。これが出来た時、多くの妙見山参拝者は文明の利器にメンタマと度肝を抜かれたに違いない。関西には他にも多くのケーブルカーがあるが今では何処もその経営はしんどい。

その中でもここが最悪かもしれない。それでも運行停止には出来ない?何故?それは見れば分る。このケーブルは冬期は運休するが年の瀬とお正月は参拝者が多くて止める事は出来ない。運行の整備の人は安全管理にどれだけご苦労されているのだろう。そんな事も知らない。

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本日の目的地はこの先の一庫ダムに出て能勢電山下駅に出る予定だった。パソコンで距離を確認するとここから7〜8㌔。3時間もあれば軽く歩ける。この時3時過ぎ。そう考えていた。この看板を見るとそのダム湖が余りに近い。しかしそこはダムの東端。そこから駅迄6㌔はある。

その事を近くの叔父さんに教えてもらう。この叔父さん。サングラスを掛けていたが黒川の主(ぬし)だった。これも過去形。現在は影響力を全く失っていた。しかしこの親父の言う事は地方創生が何故出来ないのか?その事実を口にしていた。地元出身の市長にも越えられないハードルは低く無かった。

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オバカな政治?オバカな経済?オバカな暮らし?なら変えろ

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人が人らしく生きると言う事。多くの人が尤もらしくその事に付いて語るが、意外にその答えは残酷です。人が人らしく生きる事が否定される過酷な条件は現在でも当たり前の様に行われている。それは例外でも何でも無いが、そう思われているは知らないから?

それもあるが日本人は江戸時代から?イヤイヤこの国に日本人が誕生してから脈々とそんな生き方が求められている?誰に?だからこその切ない思いを断ち切る為に、諦める為に、自分自身の不運を慰める為の救いを求める。その救いが仏教?聖徳太子はその事を多くの国民に教えた?

ところが聖徳太子なる賢人がこの国の人々の幸せと繁栄を考えていたかと問われればそれも定かでない。そんな事もどうでも良いのだろう?久し振りに足を踏み入れた中山観音は夕方の5時を過ぎ、境内には人影も疎ら(まばら)息を整えながらゆっくりと歩く。ジャンボな花を眺めながら笑っていた。

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山門の仁王にマッタを掛けられる。それでも親父は淡々としていた。どんなに仁王にこの罰当たりな考え方を諌められても何も変わらない。この国は本当にインチキな国です。本音と建前を平然と使い分けている。何も我が国だけでは無い。

世界の大国が核兵器を持ちその核兵器が分散される事を認める事はしない。広島、長崎の核兵器廃絶運動も全く同じ。核兵器廃絶を叫びながら日本のアメリカの核の傘は否定しない。そんなオバカな考え方を何処の誰が指示するのだろう?

ノーベル平和賞を受賞した国際核兵器廃絶運動?バカだろう。そんな活動は歴史の物笑いに違いない。北朝鮮が核兵器の開発を止める?韓国の核兵器の認識はその程度?在韓米軍は撤退する?そんな時は来るのだろうか?この国にアメリカ軍の基地がある事も知らないバカは多い。核兵器を北朝鮮が手放す時は韓国と北朝鮮が統一される時?その時には現在人は殆ど生きて居ないに違いない。

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えびすさん。大黒天。融通自在。世の中はそんなに甘く無い。今、減量中の思いは恵比寿大黒天に通じるのだろうか?笑う門には福来たる?泣きっ面にハチ?物事を否定しないで肯定しなさい。そうすれば君の未来は明るい?そう教えられても信念は全く変らなかった。

だから今の生活がある?それでも人間の生きた証は棺桶に入る迄続く。その程度の事を教えてくれる人が居ないのはどうしてだろう?その程度の生き方しか出来ないからに違いない。今日はこれから久し振りに日本の原風景を歩く?日本の原風景と言われても都会人には分らない。地方創生?この言葉も嘘だな。地方は厳しい過疎と少子高齢化社会が進んでいる。そんな現実をマスゴミは報道する事は無い?

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2018年9月17日 (月)

安室引退 だから何なの?その程度の事も放送出来ない?

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昨日はこの川沿いに旧西国街道の西宮市内の街道筋を探す。全く知らなかったこの川の歴史的重みを知れば知る程、西国街道がこの川の上流で表示が無くなっている原因が分かる。それが原因で初めてこの道を歩いた時に西宮市内のルートが分からず道に迷う。

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この無様な道路管理。この街だけでなく日本全国何処でも見かけられる汚れた道路。これを綺麗に清掃するのは専任の担当部署がいる。その担当部署はどの市町村にもあるがここは汚すぎる。それでも担当部署に聞いて見れば出来ない理由を教えてくれる。立派な箱物は作るのは簡単だけれど、道路を綺麗にする事はこれほどに難しい?

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国道171に出る。最初に来た時はこの少し上流でみたらし川に突き当たり、このガソリンスタンドの広い道(国道171)を右に進んだ。正解は左に少し戻ってこのガソリンスタンドの角を左に南下する?しかしこの道には西国街道の標識は何処にも無かった。という事はどういう事?その事は西宮市郷土資料館のSさんも教えてくれなかった。その理由は実際にこの左を歩いて良く分かる?

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この看板は東西の区画整理をした時に作られた幹線。古い旧街道の面影は何処にも無い。その原因は遡って来てこの写真の左を南北に流れている東川(みたらし川)が原因。この川が近代になって氾濫しこの辺りは昔の街道の面影を全て泥海の中に沈めている。それも何度も何度も。

ようやくその暴れ川も護岸工事が完成して今はその面影も感じる事は出来ない。これが正解に違いない。ただこれは親父の個人的な意見で西宮郷土歴史博物館の公式見解ではない。ただ実際に歩いてみると旧西国街道の面影が無い事が良く分かる。その事が街道表示の看板が無い理由である事は間違い無い。

ただみたらし川を何で東川と呼ぶ様になったのかはまだ分からない。教えて下さい。仮に教えてもらえなくても自分でこの川を更に遡れば理解出来るに違いない。それは今後のお楽しみ。ひょっとすると西宮市立の北口図書館で調べないと分からないかもしれない。そんな事は無いだろう?

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この公園も綺麗に整備されていない。行政の公園管理者もこんな無様な姿を知らない。公園も造るのは簡単でも綺麗に維持管理するのは難しい。ところが全ての公園管理が無様になるのはどうしてだろう?それも理由は簡単。日常的にその担当部署の責任者が指定業者任せにしているから。

隣の尼崎市の道路管理者に聞いた時もそうだった。担当が違う。責任部署ではない。そうではない。この様を無様とは感じないだけだろう?その程度の事が本当に理解されていない。西宮でも担当部署に聞いて見れば例外でない事は間違い無いに違いない。

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一見綺麗に見える街並み。しかしよく見るとこの地域は高層の住宅地域。その管理者が見えない。細かい所に目をやるとその管理の実態がよく見える。ゴミを掃き不要品の片付け、その感じの良い細やかさが感じられない。何よりも一階の店舗が殆どシャッターを下ろしている。それだけ買い物客が居ない?これだけの住民。何処で買い物をしているのだろう?お店の賑わいが無くなると生活に活気が無くなる事が良く分かる。

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昨日の歩き始めた地点に戻って来る。この公園も綺麗に整備されていない。行政に聞いてもとぼけた答えが返って来るに違いない。この川は2級河川。川の管理者は西宮土木事務所。この川の呼び名が2つある事を聞いた時、担当の係長は川の呼び方も間違える。

御手洗と書いて「みたらし」。ところが担当は新任で「みたらい」と呼ぶ。この時点で親父にバカにされる。土木事務所でもその程度の知識しかない?それでも当たり前田のクラッカー。知らない事が恥ずかしい?そんな感覚はさらさらない。この川の歴史、由来、何故呼び名が変わる?

そう聞いても理解出来ない。古代の呼び名は「みたらし」当時から別名東川だったのかもしれない。それは郷土資料館の学芸員も知らない?そんな事は無いだろう?親父は池田に住んでいる。我が街の学芸員の知識も同様?それは近くで整備された古墳の事に付いて聞けば良く分かる?それでもそんな事はどうでも良い。

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ここは一昨日、西国街道の西宮終点(起点)と思われる国道43号線「用海」から歩いた時にパソコンの西国街道ルート案内を見た地点。その時もここが西国街道か確認出来なかった。昨日も全く同様。近くに暇そうな親父が居たので聞いてみたが役に立たなかった。その程度のもんだろう。歴史を知るという事は人生そのものに違いない。

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ナ、ナント。この先は行き止まり。ひどい歩道だね。西宮の歩道はこんな物?苦笑をしながら車道を右に横断する。この道は西国街道を東に向かって歩いた時にパソコンのマップを眺めながら歩いているので良く分かっている。この先に阪急神戸線のガード下の狭い道がある。西国街道は間違い無くこの辺りを通っているがその面影は何処にも無かった。

当然案内板もモニュメントも何も無い。その原因が分かる。左を流れている東川(みたらし川)が氾濫してこの辺りの全てを泥海にしている。その事は誰も教えてくれなかったが間違い無いに違いない。郷土資料館の学芸員も知らないのかもしれない。その事はSさんに聞いて見れば分かる。

彼女も否定するかもしれない。しかし間違い無く昔の街道筋はその形跡を全く残していなかった。親父の推測は実際に歩いているので間違い無い。古い街道の面影は何処にも見当たらなかった。親父が2回目に歩いた道が西国街道と思われていたがそれも正解ではない。全ては濁流で押し流され西宮の港が大きく後退したのだろう?

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ここは阪急の下を通り抜ける道。この手前の広い道に左からやって来るバス停がある。3人の中学1年生がバスを待っていた。当然知らないだろうと思いながら西国街道の事を聞いて見る。当然知らなかった。西国という言葉の意味も知らなかった。今学校ではそんな事を教えていない。これからの時代を生きる子供達に歴史街道を教える必要は無い?そう思いながら色んな話を聞いて見る。非常に面白かった。

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川の名前は交差点の名前になっていた。ここ迄戻って来ると西宮市役所は遠くない。西宮市内の交通機関(電車)は1番南が阪神。西宮市役所は阪神西宮の駅から遠くない。その北側にJR西宮の駅がありこの駅には快速、新快速は停車しない。その更に北側に阪急西宮北口の駅がある。

この位置関係。距離の関係が分かれば西宮の街歩きの方向感覚が身に付く。旧西国街道は西宮市内の東川を北上して尼崎の北をかすめ伊丹に続いている。伊丹の先は池田、箕面、茨木、高槻、大山崎と続き京都東寺が終点です。西宮の先は神戸を通り中国地方に向かう。そこ迄は歩く事は無いに違いない。

折りたたみの自転車も安くは手に出来ない?カメラと同様中古でお買い得を探さないといけない。無理だな。近くの自転車屋さんの親父も年老いていつ迄も商売は出来ない。それでも頼りになるのは他には無いかもしれない。親父のこれからの生き方同様歴史を知るには街道を歩くしか無いのかもしれない。

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ここ迄来ると西国街道の終点(起点)は近い。郷土資料館のSさんは西国街道の起点(終点)は西宮恵比寿神社と言われたがそれは間違いに違いない。確かに「西国街道」だから広い意味では京都から見て西国の終点は九州の太宰府天満宮。ただ旧西国街道と呼ばれる区間は京都東寺から西宮用海(ようがい)迄に違いない。ホンマかいな?これは親父の私見ではない。この川も「東川」の表示だけになっていた。

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旧西国街道の標識は何も無い。ただこの筋が旧西国街道である事に変わりはない?この先は国道43号号線。以前黙々と歩いた事を思い出す。その北側の道が大阪高麗橋からから伸びている旧街道。中国街道。その道が現在は広い国道43号線に取って代わられている。

この道が高度成長期この地域の人達の健康を蝕んだ。尼崎公害訴訟と言われてもそんな事は全く知らない世代が多くなっている。経済発展の為に大気汚染、国道の騒音と公害。その裁判が行われて国がその責任を認めた事もすっかり忘れ去られている。しかしこの地域の大気汚染も道路の騒音、排気ガスの公害は大きく改善されている。

それが当たり前になっている。ただその事は多くの人の犠牲の上に成り立っている事も今では全く報道もされない。テレビ番組が本当に娯楽中心になっているだけでない。そんな社会問題が見向きもされない。この西国街道も同じだろう。それでも安室フィーバー?何のこっちゃー。

良い歳をしたオバはんが涙を流している。いずれそのオバカさが分かるかも?身分が全く違う事もどうでも良い?感動をありがとう?その程度の生き方がいつ迄も続けられると思っているのだろう?間抜けとはこいつらの事に違いない。ジジイ。お前の戯言は聞きたくない。(なら聞くな)アホンダラ。公共放送がそのオバカさを尤もらしく報道しているだけ?こんなテレビもそのうち見なくなるに違いない。

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2018年9月16日 (日)

スルガ銀行上司失格 首にも出来ない経営陣 この会社はアウトだろう

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天気に恵まれた大阪。昨日手にしたキヤノンのEOSKissX7のトレーニングを兼ねて西宮に出掛ける。目的は西国街道の西宮市内のコースの確認。西国街道と言われても多くの現在人は知らないが、江戸時代京都から西国地域を結んだ道。西宮から西は中国街道と呼ばれていたので終点は西宮。

ところが現在その位置を明確にする表示がない?その理由が分からなかったが3回目で何とか理解出来る。ただそれが真実か否かはまだ確認が出来ていない。それでも自己満足で充分です。今日も10㌔弱を歩く。嬉しい事に疲労感は全く無かった。ただ古きを訪ねて新しくを知る事は全く無かった。

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この薬屋のあった場所に半世紀近くパチンコ屋があり、その後は阪急資本のホテル。このホテルも数年後に取壊される。このホテルは現在でも場所が良くて宿泊料金も手頃で人気はあるが歴史が古過ぎて改修の時期に来ている?これから大阪は観光客で客室不足は続く?親父は関係ないけれど?

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JR西宮駅。始めて利用する。快速電車が停まらない。これは予想を外す。阪神、阪急の西宮駅は特急が停車する。そのイメージを大きく覆す。ローカルしか停まらない。オイオイ。武田尾と同じかい?しかし駅前はこじんまりしていても街の広さは規格外?それでも多くの関西人でもこの駅の事は知らない?親父がそうだった。

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今日、この駅で降りたのは西国街道の西宮市内の道を確認する為。西国街道の道筋は伊丹から武庫川の(髭の渡し)迄はチャリ。その対岸からは門戸厄神の阪急の今津線の駅前を通り抜け御手洗(みたらし)川に突き当たった所から標識(案内看板)が途絶える。

その川も別名があり今はその名前が正式名称?その理由を色んな人に聞いたがまだ明確な事を聞いていない。その答えは意外な形で知るに違いない。その時は近い?それとも遠い?それは行い次第に違いない。西宮郷土資料館に行けば学芸員のSさんが教えてくれる?

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ここは公園。ゴミ籠が置かれても定期的にゴミを回収しないとこの様。(ザマ)西宮だけでなく何処の市長も尤もらしい事を言うけれどこの程度の事も知らない。公園管理者は居てもこの有様は告発されない?告発とかそんな厳しい言葉でなくてもこの地域の人達はその程度の感覚も持ち合わせていないのだろう?

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この川の呼び名は東川。しかしカッコがついている。御手洗と書いて「みたらし)と呼ぶ。この川は2級河川。多くの地域住民も知らないがこの川は護岸が整備される迄は大きな氾濫を何度も繰り返している。西宮の港に流れ組む川はもう一つ西に大きな川、夙川(しゅくがわ)があるが多くの人はその程度の事も知らない。

この辺りは西国街道の道筋も泥海と何度も化しているので、その道筋を辿る事も出来ない?これは親父の主観。歴史的に正しいかは歩いて見れば良く分かる。街道筋が残されていない。この事は郷土資料館のSさんに聞いても分から無いかもしれない。

今日、3回目の道歩きでその事を痛感する。ただ、みたらし川を何で東川と呼ぶかは教えてくれるに違いない。それも違うかもしれない?西国街道は西宮神社恵比寿さん前が終点と思っていたが、そこは中国街道。西国街道はその手前(用海)ようかいで終っている。古代はここも海だったと言われている。

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この川の護岸は整備されているが今でも100㎜を越える雨が降ればこの川の流れは濁流と化す。この川が氾濫したときを知る人は少ない。行政はその災害対応を防災工事として整備しているが、地域の人の防災意識はどうなのだろうか?避難場所は明確になっているのだろうか?余計なお世話と言われるかもしれない。

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地銀の優等生が地銀の面汚し?その会社が潰れない理由?

不正融資を繰り返しただけでなく地銀の優等生と言われて来た実態とは全く違っていた最低の経営者と最低の経営陣。当然彼等は辞職したが多くの経営幹部はそのまま居残り?その実態は何も分らない?それだけでない。そんな面汚しの金融機関がとぼけた顔をして体質の改善が出来る?静岡の風土はそれ程にマヌケ?静岡だけでない。この国の総理大臣、財務大臣も同じ様な者。

彼等は刑事的責任だけでなく社会的責任は問われない。この再選を目指している総理の支持も回復していると報道するマスゴミの世論調査?この国はそれ程にマヌケかい?そんな総理にこの国の将来が託される?棺桶が近いジジババは良いとしてもこれからの生き方が問われる大人達の責任はその程度の生き方で事なきを得る?

そんな事が許される訳が無い。例えそうであったとしてもスルガ銀行の面汚しは清水の次郎長が許す事は無い。その程度の事が分からないのだろう?今度の自民党総裁選挙が終われば当然内閣の改造が行われる。その時のメンバーも噂されている。

財務大臣は麻生?このオッサンも何時迄国の経済の舵取りを口をひん曲げながら行うのだろう?今、株価は2万円の大台を超えているが株価は完全に実体経済とは掛け離れている。今、株価を支えているのはこの国の株価の7割を持っている外国の投資会社。

そして残りの半分以上は国の投資機関。そんな事も何も知らない多くの国民。そんなオバカな実態を全く報道しない経済エコノミスト達。親父には10月の金融大波乱が見えて来る?それはこの面汚しの金融機関が証明している。騙される方が悪いと言えばそれ迄だが、この会社の管理者達は一体何をしていたのだろう。

アメリカのインチキ融資と持ったく同じ?報道される事を信じなくても、どうして内部告発されなかったのだろう?生きると言う事はそれ程に厳しかった?その事を思い知らされていた社員に告発者がいなかったのはどうして?静岡新聞はその程度の報道も出来なかったと言う事?情け無い生き方をしている。

尤もらしい面をして尤もらしい事を語るな。この会社の創業者は雲隠れ。そのうち人の噂にも登らなくなる?この経営者の生き方は静岡では許されても日本全体では絶対に許されない?そんな報道もないのはどうしてだろう?知らないと言う事はそう言う事。そんなオバカが多くなっている。ロクなガキが多くなる訳が良く分かる。

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2018年9月15日 (土)

一眼レフ(イオスキッスX5)電気回路故障修理代何と2万円を超える

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23000円出して修理する気には成らなかった。残念ながら使い捨ての選択を取る。7年間足らずでしたが本当に多くの写真を残してくれました。写真技術は大した事は無いと言われてもプロでは無いジジイがよくぞこれ迄出来た事よと感謝しています。

ただカメラの性能がどんなに良くなっても、一眼レフの性能が良くなってもそれを使いこなす技術は高齢者にない。趣味として自慢する人は居るがそんな年寄りは多く無い。その事が全くメーカーもそのカメラを求める人達もそんな理解は無い。

その事を痛切に感じていた。そんな事もどうでも良い。親父の多くの写真も大した評価をされなかったがそんな事もどうでも良い。これから間違いなく世の中も人の生き方も変わる。何も変わらないととぼける人が本当に多いがその人達に負けない生き方をしないといけない。

そんなに大上段に構える事もない。ただこれからの生き方は死に方に直結している。その事をどれだけ理解しているか?その現実も見据えなければいけない。そんな景色を写し取り自分に問い掛ければ良い。カメラはトラブルが発生した時に全く考えていなかった方法で手にする。

中古品の今のX5より2世代進化しているX7を25000円で手にする。これで充分です。ただ、まだ完全に使いこなせていないのは愛嬌?親父のニーズに完全に対応して呉れたお店のOさんに感謝です。しばらくは操作方法で分からない事を聞かないといけない?

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新しい相棒を手にして大阪駅北ヤード2期工事の場所を試し撮り。この場所は旧国鉄の梅田貨物ターミナル後。一番向うを走っているのは大阪駅に停車しない関空、和歌山行きの特急。多くの関西人でもこの特急の存在を知らない。知っている人でも大阪駅に停まると信じて疑わないオバカも居る。

この路線が手前の地下を走り大阪駅に乗り入れるのは3年後?これも知らない人が殆ど。親父も知らない。将来的(10年以内?)にはこの左の地下鉄西梅田駅に南海、JRの地下鉄なにわ筋線が乗り入れこの北部の阪急十三駅に繫がる?これが関西の大きな公共交通路線の計画。その前にこの大阪駅北ヤードの工事が完成する。知らないと言う事はそう言う事?生きているかな?

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ここは大阪駅の専門店。この場所は東京の大型デパートが進出していたが撤退。大阪の一等地でも殿様商売は成り立たない。この専門店の経営資本は何処なのか?関西のマスゴミは殆ど伝えない。この建物の大家(持ち主)はJR
西日本。この専門店の名前はいつまで経っても覚えられないが、客層は常連さん?専門店の閑古鳥が鳴かないのはそれなりの商売をしているに違いない。何も知らない。

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大阪駅と大阪駅北口の一期工事が完成して数年が経つ。開場当時は多くの野次馬が押し寄せ、とても近寄れないと思っていた今尚(いまなお)その勢いは絶えていない?それ程の客寄せの智恵は集められていないが場所が何と言っても悪く無い?それとも他にはこれ程のまとまった場所がない。

この場所が開場される時、多くの尤もらしい言葉が口にされたが何の事は無い?この建物の上に多くのビジネスフロアーがあるがその活動状況はニュースにもならない。このビルで多くの人が仕事をしているがその成果は誰が喜びとしているのだろう?少なくとも関西人では無い?ここで働く人達?そんな問い掛けは全く無い。東京も同じなのだろうか?その事もいずれ白日の元に晒される?白日とはなんどや?知らんだろう。

今日のブログでアップしている写真は今日手にしたEOS Kiss X7で撮った写真。まだ手探りでお互い様子を探っている。前のX5では取り扱い説明も良く読まないで押しまくっていたが(コラコラ)今度は説明書を良く読んでその性能を引き出さないといけない?無理だな。当分はカメラ任せ。

「かんたん撮影と画像確認」から。言葉は難しいが(難しく無い)マニュアルを読むとシャッターボタンを押すだけ。これならバカでも出来ると思いきやこれが簡単でない。その程度の事がこのカメラの製造技術屋には分らない。?

シャッターボタンを押すだけで各種の機能が自動設定されるので誤操作による失敗を防ぐ。複雑な撮影機能の設定変更は出来ないので安心して撮影が出来る。ところがそれでもカメラを知り尽くした人が言える言葉。素人はシャッターボタンの半押しの加減が分らない。笑える様な話。本当の話です。

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これは部屋の中で感度と色合いを変えている。これは簡単撮影モードでは無い。違いは一目瞭然?最近のカメラの技術は携帯のカメラでも凄いと言われているが一眼レフには勝てない。その使い方を本当は何も分からなかった。これからその事を学習するにはその事を自分で納得すれば良い。何も新品は要らない。本当に良い買い物が出来たと喜んでいる。

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2018年9月14日 (金)

京と西国街道西宮終着点 昨日道を間違えた理由が分かる

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ここが西国街道と中国街道の交わりの地点だと思われるが、旧西国街道の看板は何処にも無い。昨日の間違いの二の舞はごめんと思いながらパソコンの街道案内のマップを手にして来たし、念には念んと思いながら近くの市役所にも立ち寄ったがこの有様。標識が違う。用海筋?

ネットで確認するとここが西国街道スタート(ゴール)地点?(ところがそれも定かでない)表示が無いのはそんな理由?それももっと調べないと分からない。ただ地形的にはこの辺りで間違い無い。そう断定しながら昨日、道を間違えた所を目指す。?この辺り戦後の焼け野が原の区画整理で旧西国街道は明確でない?それでも歩いた道は間違っていなかった?

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国道171号線は現在の西国街道?起点は京都。終点は神戸。旧西国街道は起点は京都東寺前。終点がこの西宮。ただ現在はその地点に住宅が建ち並び、その場所は用海筋と呼ばれている?これは市役所の道路管理課、観光振興課(観光協会)でも詳しくはなかった。旧歴史街道(西国街道)の詳しい話は改めて西宮市立郷土資料館で聞きます。

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ここを右に曲がる道が広く見えるが直進する。目的地の場所が感覚的に左と囁いたしパソコンのルート表示も直進だった。しかし正解はこの左の道。カーブの先で右直進と左直進に分かれる。そこ迄は分からない。しかし西国街道この建物の横を北上していた。

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この場所でもう一度場所を確認する。立派な看板があるので覗き込みとこの公園の看板?こんな立派な看板を立てても旧西国街道の表示、案内看板は何処にも無い。この街の人達の歴史認識、歴史を大事にする心意気が全く感じられない。この先を川が流れている。その川が東川。

もう一つの名前は御手洗(みたらし)川。どっちが正解?そんな事は全く考えていなかった。ただこの道が目的の西国街道?そう確信していた。この道を北上する。それでも何処にもそんな看板はない。しかも廻りの建物が古くない。これはどういう事。昔はこの辺り何も無かった?村はずれの寂しい所だったのだろう?

それでも古い屋敷が無いのはどうして?近くを犬を連れて歩いている叔父さんに聞いて見ると間違いは無かった。しかしそれも間違いかも?それほどに街道筋の面影は残されていなかった。その事はもう一度歩いて見ないと分からない?歩く機会はあるのか無いのか?それは気分次第。それだけの価値があるのか無いのか?それもいずれ分かる。

今日、その川の名前が気になり行政の担当係長に確認する。処が意外な答えが返って来る。そんな問い合わせがあるが昔からこの川の名前はみたらし川。漢字は御手洗と書く。何故「みたらい」でなく「みたらし」なのか?そしてその川が現在は「東川」と呼ばれているのか?その明快な答えはなかった。

出来なかった?しかしその答えが余りに不親切。段々不快な思いをしながら声が大きくなる親父の言葉に沈黙する。会話が成立しなくなる。西宮市役所の役人の対応は本当に拙い。それでも親父のお友達は居る。その人といずれ又、この時のやりとりを語り合わないといけない。

それだけではなかった。西宮土木事務所の事務官は御手洗川の川の名前も「みたらし」とは呼ばなかった。西国街道西宮の先は中国街道に成る。その道を来週は歩く?その時、この川の流れ始めに辿り着けると嬉しい。ただこの川の源流は西国街道とは関係ない。来週はJR西宮駅から歩くと面白い。

(この川の事が良く分かる)段々西宮郷土の歴史に詳しくなる?西宮資料博物館の学芸員Sさんに自慢出来るに違いない。これが本当の親父のつぶやきに違いない。アホ。みたらし川の歴史は古代の西宮の地形に大きく影響している?西宮六甲の山に降り注いだ雨水はこの2つの川を流れ下り西宮の港を埋めている?その歴史を知ると又一つ賢くなる?あほ。

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ここは阪急神戸線。この右側は神戸。この左手先に西宮北口の駅がある。それは帰ってマップを見て分かる。携帯のマップでその方向感覚が出て来ないのはどうしてだろう?親父の頭の回路にはそんな感覚がが無い。自分の足で動き回って方向が分からなくなってもその程度の頭の回路も閃かない?どうしてだろう?

紙のマップでないと分からないからだろう?この時歩いていた道も本当の西国街道は無い?この一つ奥の道?そんな事も来週もう一度JR西宮駅から歩けば分かるに違いない。今日は別の用件で歩けなかったが昨日は7キロ、一昨日は10キロ歩いている。犬も歩けば棒に当たる。この言葉の意味を知らなかった。

良く知られている言葉。ただこの格言には2つの意味がある。どんなに賢い人でもそんな事は知らない?そんな事は無いだろう?そうかな?親父の常識はこの言葉の意味は「余計な事をするな」「出しゃばると思わぬ災難に出合う」だから事なかれ主義だった?ところがそうではなかった。オバカな正義感がそれを許さなかった。

見て見ぬ振りは出来なかった。それでも殴られた事は無かった。その自慢が出来なくなっている。今、真剣に体を鍛えているがそれは間違いでない事を必ず実感するに違いない。人間幾つになっても間違いを許さない。その事が出来る体力は老いても心掛けないといけない?その体力を蘇らせるのは体質を変えないといけない?その事が最近やっと分かって来る。

この世の中は本当に天使も言えればクソもいる。そのクソを叩き潰せる体力。それは相手に手出しをさせない。指一本触れさせない迫力に違いない。それは言うは易く行うは修行が必要になる?ジャッキーチェンの少林寺?そんなもんではない。合気道?それとも空手道?そんなもんでは身を守れない?じっとしていないで相手の攻撃を交わせる力。それを手にした時、棒も幸運になるに違いない。

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立派な建物。ただこの前の道も西国街道ではない。この近くに街道の面影が無いのは理由がある。その理由を誰も教えてくれない。この地域は近くを流れる「みたらし」川が何度も氾濫を繰り返している。今は護岸工事が完成しているのでその心配は無い?それでも度重なる河川の氾濫はこの地域を完全に泥海にしている?その為歴史的街道筋の面影が失われている?これは親父の見解。実際は違うかもしれない。

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一昨日この中央公園を通り抜けてこの正面の門を左に歩いている。正解は右。その感覚が全く無かった。この広い道は国道171。ここに標識が無かった。標識が無いと言う事は行政にもこの街道を宣伝する気持ちが無いと言う事。その価値もない事をない事だろうか?違うと思う。その証明をする為にもう一度手前の道を歩いてみる?

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笑わせるな。そう思いながら2枚の写真を重ねる。京都迄55キロ。神戸迄17キロ。この看板は誰が見るの?バカだろう?バカでーす。ここ迄西国街道を歩いて来た人が見る?嘘だろう?この先この左の交差点を南に横断すれば西国街道?それは歩いていないので分からない。行政の対応はその程度?歴史街道もコケにされている。

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この案内板を見た時、西国街道はどっちと思案に暮れる。この通りは西国街道を歩いて来て突き当たり。左右に川が流れている。その川が御手洗川(みたらし)行政(西宮市役所)の水路管理の担当係長は正式名称は「東川」と言われていたが歴史的にはみたらし川の呼び名が古い。その川の名前がどうして東側と呼ばれているのかは地元の長老に聞かないと分からない。理由がある?ただ西宮土木事務所でも親父を納得させる答えは無かった。この時点でカメラがおかしくなる。

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やっと街道の表示が見えて来る。一昨日、ここ迄は道を間違えずに来た。安堵した所でカメラのシャッターが押せなくなる。エラーメッセージが出る。「エラーが発生した為に撮影出来ません。電源スイッチを入れなおすか、電池を入れなおして下さい」いずれもやり直しても駄目。

本日電池を買い替えようと量販店(ヨドバシカメラ)に行くがエラーの原因は電気回路。カメラメーカーのショウルームで修理の金額を聞いて愕然。23760円。原因は寿命。オイオイ。新機種3、5世代新しくなった物でお買い得があると言われてその気になるが一括払い。49676円。これはしんどい。明日量販店に出直し。

最新機種本体(ボディのみ)の値段を聞いて決める。ただ問題はカメラで撮った記憶媒体の情報量が多くなるので古いパソコンではどの程度その情報量を圧縮すれば取り込めるか分からない。そうなるとブログに写真は載せられなくなる?その対応はパソコンを最新モデルにする?それは出来ない。

どうする?どうしょう?それはヨドバシのお兄さんに聞いても分からない?それとも分かるかな?無理だな。アイディアは閃いている。カメラメーカーショウルームの最新モデルで自分のメディア(記憶媒体)を使って確認すれば良い。そこ迄ショールームでやらせてくれるのかな?やらせてくれなければその確認を自分でするしかない?

 

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2018年9月13日 (木)

昨日の西国街道 最後に道を間違えたが10キロ歩く 流石です

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ここは武庫川。対岸は尼崎市。こちらは西宮市。現在、この西国街道を歩く人は居ない?どうして。それだけの健脚は居ないし見所も無い。歴史を知るという事はそう言う事?この程度の歴史も知らないで尤もらしい事をオバカなマスゴミは語る。12月からは高画質の放送が始まるが、そんなテレビをどれだけの人が見る?

それは高齢者の豊かな生活をしている人達。彼等はそんな生き方をしても何の罪悪感も感じない?いずれそんな生き方は叩き潰される事を知らない。それはこの歴史街道を歩いてみれば良く分かる?現在人は本当に愚かです?現在人だけでなく先人達も未来を生きる若者達も?

ところが今日、道に迷って「西国街道」を訪ねた処、携帯で探してくれた中学生の子供はそうではなかった。携帯では西国街道は中々探す事は出来なかったが、何度も探してくれた。ありがとうと何度も礼を言いながらそれだけで嬉しく思っていた。帰ってパソコンで調べてみると最後のルート選択で行き過ぎていた。

狭い道で対向車にぶつぶつ(こんな狭い道に突っ込んで来るな)言っていた所で左折だった。その道を直進したので行き過ぎる。今日その道を反対側(ゴール側)から引き返す。その前に近くの市役所でルートを確認する。ひょっとすると「分からない)と言われる?

その時、パソコンのルートを見せて得意満面の親父が見えて来る。(嫌な奴だな)そうかな?これからそんな行政の仕事が求められる。そんな観光案内、そんな歴史街道案内、そんな歩き方が求められる。それとも足腰が不自由で長い距離が歩けない高齢者が多くなる?

そんな高齢者の生き方を変える事も出来ない?そんな社会になる?そんなこともどうでも良い事になるのだろう?健康で元気なお年寄り。その絶対的条件は口先だけで尤もらしい事を言うのではなく、自分で何でも出来るタイプ?それが出来なければお世話をしてくれる人に感謝が出来るタイプ?そのどちらでもないタイプはロクな生き方が出来ない?それも違う?そう思っているのだろう?その事を思い知る。

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ここが昨日のスタート地点。今は川の水が多くて歩いて渡る事は出来ないが、昔は(江戸時代)水量が多くなければ歩いて川を超える事が出来たと言われている。それでも雨が降れば水量は増える。その時は洪水でなければ川を船や人の肩車で渡る事が出来たと言われる。しかし信じられない事に武士や身分の高い人達は無料?反対だろう?何時の世の中でもその肩書きを見せつけるバカたれはいたのだろう。

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この下から西国街道西宮の道は始まる。しかし堤防の上には横断歩道も無い。当然この道に歩道はない。歩く人は堤防の下。自転車も同じ。これは日本各地の堤防で良く見られる情景。道路管理のあり方が問われても車優先の道路行政は何も変わらない。これだ当たり前。それで何が問題?そう担当課長も言われるのだろうか?

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この道案内は本当に有り難かった。この標識に導かれながらこの先、西宮の郊外から街中に進んで行く。ところが段々、この標識が分かり難くなる。道に迷って誰かに声をかけようと思っても殆ど無視される。偶々(たまたま)目線があっても対応が出来ない。そんな冷たい人々の生活もよく考えると当たり前なのかもしれない。

ただ警察の案内は不親切。ろくに説明も出来ないのに態度だけは一人前。彼等は誰の為に仕事をしているの?地域住民の安全と安心を確保している?そうは思えなかった。多くの交番所は不在。居てもパートのオバちゃん。若い警察官は不審者扱い。バカかこいつら。そんな態度を取ると相手にされない。一番優しかったのは中学生の女の子だった。

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