梅雨の末期。しかし関西は小雨。大雨の心配はない?
藤棚の蔓。これだけ伸びても誰も見向きもしない。この見事な公園も誰も綺麗にしない。それなら自分で綺麗にすれば良い。そう思って3年間。黙々と一人で綺麗にしたが誰も見向きもしなかった。この藤棚も冬に見事に剪定をしてくれたがこれだけ蔓が伸びても放置した侭。これで藤棚の再生?そう勘違いしている?そうは思わない?藤棚の蔓はどんなに伸びても役に立たない。そんな事も知らない?関係ない・
今日はお昼寝の後、窓を開けると小雨になっていた。雨の散策の道も悪くないが基本的に雨が降るとドカタ仕事も歩く事もしない。以前は読書をしていたが今はぼんやりとぶつぶつ言いながらテレビを見ているだけ。こんな生き方をしているといずれ歩けなくなる。
歩けなくなると自分の事が自分で出来なくなる。そんな事も知らない?そんな事も関係ない。それは介護をただでして貰える人・そんな人は今でもいるが5年後はどうだろう?そんな事も知らない。都会でも田舎でもそんな社会が始まっている。それに逆らいながら生きる方法。そんな事は何も知らない。元気で歩けるサプリメントのテレビ宣伝は多いがその現実は何も知らない。
ここは足も踏み入れられない湿地帯だった。右の崖の家から大雨の時水が流れ込みそれが溜まって草が生えその手入れは何もされていなかった。それでも地域住民はここを綺麗にしょうとは思わなかった。それは何故?そんな事も問われていない。此処は市が直接の管理をしていない。指定業者が管理する仕組みも何も明確ではない。だからこの有様でも何も問題はない。余計な事はしてはならない。
信じられない言葉を聞かされているが来週ここを綺麗にする。その時もこの場所の管理者から警察に通報される。そんな間抜けな仕事はしない。出来るのかな?それは来週末分かる。そこまでアホだとは思わない。アホだとどうする。この仕事はこれで終わりになる。
綺麗なまちづくり。それも終わる。その時は誰がその始末が出来るのだろう?そんな人は居ない。断言出来る。それがこれまでの仕事の成果に違いない。悲しいけれど。それでもこの体験は人生において無駄にはならない。それが証明出来るに違いない。違っていたらどうする。それは閻魔大王に聞かないと解らない。
偉そうに言っているけれどここの瓦礫の山。ここも簡単に綺麗に出来るがしばらくはこのまま。そんな事は誰も考えない。ここがどんな処だったのか。そんな事も知らない。それでも何も関係ない。どうでもいい事。知らなければ何も問われる事はない。今日も猪名川渓谷は歩けなかった。明日も天気は良くない。それでも来週後半は梅雨明け。季節は変わる。焦る事は何もない。
| 固定リンク






コメント