まだまだくたばる訳にはいかない?そんなジジイは多くない?そんな事はない
ここは何処?池田市民でも多くは知らない五月山公園下の坂道。ここは府道。路線バスが20分に1本通る。それでもこの坂道を歩く家族連れ、カップルも少なくない。歩くと駅まで(駅から)17、8分。近くはない。年寄りはまず歩けない。それでも元気な年寄りは歩く。そんな人達も右の荒地は見向きもしない。
綺麗に整地をすると子供達と高齢者の憩いの場所になるがこの奥には民家があるのでそれはない。これでも他と比べて歩道は綺麗。右の草のはみ出しも気にはならない。しかしここは右の端に10センチの段差をつけている。そのお陰でこの歩道の清掃は誰もしなくても綺麗。その道づくりを通行人は誰も知らない。役所の人間達も知らない。そんな仕事はしていない。
ここは左の広場に多くなクスノキが植えられている。樹齢半世紀以上の大きなクスノキ。この枝の太いのがこの歩道を超えて右の車道に伸びてバスの屋根に触れていた。その枝の青い実がが鳥に突かれてこの歩道に落ちてその実が通行人に踏みつけられてこの歩道は汚れていた。
今はその大きな枝は切られてない。だから歩道も汚れない。それでも掃除をしないと汚れる。そんな事は地元住民にも無視されている。その道が何で綺麗なの?そんな事は通行人も知らない。それでもそれが当たり前。そうではない事も知らない。関係ない?アホだろう。アホです。
この歩道の縁石の下の木屑も奥の草もキノコも綺麗になる。この手前の清掃はすぐに汚れるが奥の草は綺麗に土を彫られて草の根から土を払われるのでしばらくは草は生えない。土が柔らかくなるので草はそれでも一気に伸びる。その草が手で抜ける様に成ればここの整地は終了。
ただその後継者はまだ居ない。親父が出来なくなれば元の木阿弥。それも有りかもしれない。それで良いのだ。それで良いのだ。天才バカボン。バカボンボン。そんな街も大阪を代表する綺麗な街になる。それはどうかな。そんな見方をする人も少なくない。
ここは縁石のこのゴミを中には掃き込めない。その代わり塵取りで掃き取ればこの中に簡単に捨てられる。そんな事は今までやらなかった。それではここが汚れて当然。ここも掃除をする人はいない。地域のおばちゃんも忙しい。こんな清掃もこれからは元気な高齢者の仕事。しかしの素仕組みは全国何処でも出来ない。そんな報道は公共放送でもない。綺麗なまちづくり。そのモデルをまだ見つける事が出来ない。
そのモデルは目の前にある。しかしここはどんなに綺麗になっても全国モデルにならない。明日ここは綺麗になるが問題はその継続。綺麗な状態を何時迄も保つには涙ぐましい努力が必要。そんな時代は終わりました。これからはそんな人は現れない。そんな事も知らない。誰も見向きもしない。そんな事はどうでも良い。そんな人間が多くなる。
それでも今日は嬉しい事もありました。近畿地方整備局の若者に親父の能書きを聞いてもらいました。今、親父の故郷にそんな女性がいる。今年の秋、墓参りの時に顔が見れる。大阪市建設局にも賢い人がいます。しかし問題は何も変わらない。それで文句があるか。アホだと思っていた息子にそう言われている。段々老ぼれて来ると勢いがなくなる。そしていずれくたばる。
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