連休も終わり 無様な生き方も心一つで終わる
すっかり綺麗になった市役所前の公園の通路 ここに公園内の大きな石を放り込んでいるがこの石を通路の窪地に穴を掘って放り込んでいる。穴を掘らないと石が飛び出して目立つ。そんな仕事はしない。右側の通路の整地をすれば綺麗な通路になる。そんな事をしてもなんの価値もない。余計な事をしていると思われている?そんな市民だけではない。日本全国何処でも大差ない。その価値を知らない。
お見事です。自画自賛。しかしここを歩く人はそんな事は思わない。何を思うのだろう?そんな事はどうでも良い。ここがどんなに綺麗になってもそんな事はどうでも良い。そんな人しか歩かない。ここがどんなに汚かったか?そんな事も知らない。そんな生き方をしている人が殆どです。だからこの公園の価値はほとんどが知らない。その感覚が変わる事は何もない。
公園の多くの人が入れ替わり立ち替わりやってくるがその目的は飲食。静かで綺麗な公園は街の顔。この市役所前の公園はその役目を終えている。ここで静かに心を休める人は殆どいない。それがこれから少しずつ変わる?それは人々の暮らしが変わるという事?それはない。これからこの公園が廃れる事はあっても街の顔にはならない?そんな取り組みは何処にもない。これも時の流れ?哀れな生き方は止まる事はない。
それでもこの木々は樹齢が半世紀を超える。半世紀を生きたという事は次の半世紀を語ってくれる。そんなパワーを秘めているがそんな事は現在人に見向きもされない。現在人の高齢者の多くは高々余命20年。その時は100歳。?そこまで生きられる可能性は皆無に等しい。そんな事はないのかな?仮に生きれたとしても哀れな生き方しかできない。そんな事は誰も思わない?
見事に綺麗になった藤棚の公園のベランダ。ここも30センチ近くの草が生い茂っていた。何度も何度も掘り返してやっとこれだけの道が出来る。この道は池田市民まだ誰も知らない。これからも嬉々としてこの道を歩ける人は居ない。その価値を知らない。土の上を歩けるその価値の大きさを誰も教えてくれない。それはどうでも良い事。これからこの綺麗な道を何度も掘り返して一人占めが出来る。どうかな?
直ぐに暑くなる。去年も暑かったが今年はさらに暑い。年寄りは骨身にこたえる?そうではなくて筋肉が衰えている事を知らない。筋肉の衰えはサプリメントで補う?そうではなくて足の裏を鍛える。その程度の事も知らない。これから加速的に歩けない年寄りが多くなる。その時を颯爽と生きる。そんな体力がこれから求められるがそんな事は知らない。この滴り落ちる緑のミストはその事を教えてくれている。
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