きれいなまちづくり その価値は知らない
ここは今日綺麗にした公園の通路 ここが綺麗になっても池田市民の誰一人「綺麗にしてくれてありがとう」とは言わない、先日親父に「通路を通れ」と怒られてその言い方が許せないとおまわりに通報した若いママもここが綺麗になる価値を知らない。
おまわりからも言われたが「そんな事はどうでも良い。何処を通ろうがそんな事は何も関係無い」この言葉はショックだった。しかし考えてみればここを綺麗にしているのは多くの人に言われたが「アンタの勝手」偉そうに指図をするな。そう思う人がいても何もおかしくは無い。
明日は雨が上がる。雨が上がれば「余計な仕事が待っている」?誰もそんな期待はしていない。ここがどんなに綺麗になっても簡単に汚される。それでもその尻拭いをする。そんな時はいつまで続けれれるのかな?それは神のみぞ知る。それも違いな。
アンタの気力、体力と時の運。違いない。どんなに無視されても人の生き方は変わらない。それは喜びであり悲しみかもしれない。ただこれからはこれまで以上に何が課題か?その事が問われる。そんな歳になっている。それだけはちげえねえ。その事を忘れては無情です。
ここは公園の階段の下。ここも落ち葉を綺麗にしても落ち葉は溜まる。そんな清掃をしていない。それでも何も関係無い。
しかしこの歩道の清掃。見事だな。ここまで来るのに何年も掛かっている。そんな事は池田市民の誰も知らない。この歩道の管理者は池田土木事務所。清掃は左が公園だから池田市。しかし指定業者に丸投げ。ここを綺麗にしたのは市役所では無い。そんな事は池田警察でも知らない。
当然だな。関係無い。そう思われている。ここは国道の歩道。国土交通省は清掃は見向きもしない。学者先生もそんな事は関係無い。きれいなまちづくり。市民も関係無い。ここがどんなに綺麗になってもその価値を通行人は知らない。ここは更に綺麗になる。アホやのう。
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