船団は(センダン)は〇〇より蒼し(蒼し)〇〇は何だったのかな?そしてこの格言の意味
今綺麗にしている公園下の大きなカエデの木 3年前までは藪の中で雑木が生茂りこの根本は見えなかったが今は隣に立派な駐車場が出来て様子が一変している。しかしここはこれだけ明るくなっても市役所の管理は指定業者任せ。何も綺麗にしない。
だから荒れ果てていたがそこを綺麗に掘り起こして整地をしたらイノシシにボコボコに荒らされる。そこに大きな石を放り込んでイノシシに荒らされない様にしていたが効果はイマイチだった。そんな事は誰も見向きもしなかった。そこを再度綺麗にしている。
ここも見事に綺麗になる。余計な事をするなとは誰も言わない。しかしこれは完全に余計な事。いつ警察に通報されてもおかしくない。そんなバカな?それが現実。そんな事も知らない。警察から言われた事。それは市役所の仕事。市役所が判断している。それが実現しない現実に誰もたじろぐ事はない。それが変えられる町。そんな事は誰も期待していない。関心もない。そんな生き方が当たり前になっている。
ここは立ち入り禁止。そんな看板はない。こんなところを歩く人はいない、しかしここも整地をすればこのカエデの幹が触れる。その幹を叩きながら多くの事を学習する。そんな子供はいない。年寄りはどうだろう?足元が悪くてとても歩けない。足元が良くなったら?よくしたら?それでも歩かない。それだけの体力も好奇心もない。
日本の詩人は知らないがそんな詩は知らない。ここが綺麗になればそんな歌が歌える?それはない。これからの老人の生き方は哀れです?誰もそうは思わない。そんな夏が今年もやってくる?今年の夏も暑い?そんな夏を快適に生きる。そんな暑い夏を楽しむ。そんな豊かな暮らしはタダで手に出来るとは誰も思わない。
この木陰にハンモックを吊るして冷たい飲み物を口にしながら本を読む。そして微睡む(まどろむ)そんな時をそんな環境を行政は提供出来ない。それは何故?そんなことを知らないから。そんなことを知らなくても暑い夏はエアコンの効いた部屋で静かに時を過ごす?そんな生き方も中々出来ない。そんな事も関係ない。そんな貧しい人も多くなる。オイラはどうなのかな?
藤棚の下に散らばっているこの黄色い実。栴檀(センダン)の実に似ているのでその木を探したがない。それもその筈見事な勘違いだった。
先日おばちゃんからも言われたがこれは藤棚の実だった。これだけの実を眼にしたのは初めてで知らなかった。おばちゃんはその説明はしてくれなかったがこうして証拠を突きつけられると「事実は小説より奇なり」この床面の実も無視されたままだが今日綺麗に片付ける。
これもオイラの仕事ではない。勝手な事をしてくれる?誰もそうは思わない。それをおまわりから言い切られると何とも言えない気持ちになっていた。しかしそれも一時。次はやる事は決まっている。こんなアホな仕事は止める。そして奉仕作業の意味の無さを明言する。この国の人達は本当にそんな人が多い。ただ他よりマシ?しかしこの言葉も都会に行けば見事に覆される。そんな報道は何もない。
「タイトルの解説」
栴檀(センダン)双葉より芳し(かんばし)(かぐわしい)
しかしこの格言は昔から言い伝えられているがこれも正しく伝えられていない。栴檀の木は全国どこでもその逞しさが見られるがこの木の匂いは芳しくない。中国の白檀(香木)とはいつから勘違いされたのか分からないが白檀の木は日本にはない。その香木も貴重な匂いを出すのは成熟(成木)してから。だからこの諺が今は無視されているにも当然と言える。幼い時からその天才は発揮される。そんな生き方は最近は注目もされない?それは違う事を凡人は知らない。天才はどこにもいる。問題はそのレベルだな。
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