
ここは今は綺麗になっているがこの公園を綺麗にし始めたスタート地点。あの時は何も分からなくて始めた作業は素晴らしい成果を叩き出している。しかしその価値は誰も評価をしていない。ここがどんなに綺麗になっても行政も市民も何も自慢にもならない。この公園の価値は計り知れないがその維持と管理は何も進歩していない。この公園ができたのは50年前。当時を知る人は多くはいないが誰一人その自慢は出来ない。
当然、長い歳月と共に公園の老朽化も進む。その整備は日常的には行われていない。これは全国何処も同じ。ここはまだ多くの人が行き交うだけでマシなのかもしれない。しかしいずれ荒れ果てる。そんな事は地域住民のリーダーですら考えていない。掃除すらシルバーのおじさん任せ。それでもこの町は文化の町。そんな面影は何処にもない事を行政の幹部も知らない。この公園の関わりは全く無い。


この落ち葉はまだ続く。それでも5月になればこの落ち葉も盛りを過ぎる。完全に若葉の季節になる、そうなれば落ち葉は減るがゼロにはならない。その落ち葉を毎日毎朝ホウキで吐くお年寄りはいない。これから高齢化社会が進んでもそんな元気なイキの良いおバーちゃんはいない。
皆んな忙しい。そんな暇はない。しかしこの落ち葉の清掃は数百メートル足らず。一人では少し大変だが3人でやれば10分で終わる。そんな朝の時間は無い。そうではなくてそんな生き方しかできない高齢者に元気な生き方ができる訳がない。そんな事も知らない。高齢者に元気な人が少なくなってもそん事はニュースにもならない。この町の高齢者の生き方は目立たぬ様にそれだけで充分。そう思われている。

この歩道は右は国道。左は公園。多くの人が行き交うが道がこれだけ汚れても清掃は隔日。しかもシルバーのおじさん任せ。ピカピカになる訳がない、そんな事も求めない通行人。歩道の脇がこんな有様でも見向きもしない。スマホを見ながら歩いている。それで何も気にしない。それはここの歩道が広いから、その先数百メートルは歩道は広い。
明日からこの歩道も自転車は通れない。そんな事が出来る訳がない。そんな事も知らない。ただ今までの様にながらスマホは即罰金。そんな事も知らない。そんな取り締まりを池田警察はできるのかな? オイラもおバカな仕事は出来なくなる。上等です。


この左側は公園の中。この土を掘り起こして左に寄せそこに通路の落ち葉を放り込む。この落ち葉が溜まれば同じ事を繰り返す。そして落ち葉は土に帰る。ここを掘り返していた時もお巡りさんに通報されたな。お巡りさんに何をしているのですかと問われた時、見ればわかるやろう?フンドリ返っていた。生意気な奴。その成れの果てが「勝手な作業はしないで下さい」「ボランティアのつもりか知らないが違法です」
そう言われればいくらアホでも逆らえない。逆らうつもりは全くない。その事をお巡りさんに捲し立てていた。アホです。最低。逮捕されるよ。いくら何でもそれは無い。しかし今日からキッパリやめられるのかな?やめなさい。了解です。でもこれもダメだな。


ここを掘って落ち葉を埋める。これも勝手な事?流石にそんなおバカはいない。しかしこれも次は秋の落ち葉の時までやる事はない。

今日はこの落ち葉を100メートル徹底的にホウキで掃き取り公園の中に捨てる。その公園の中もこの歩道も綺麗になる。しかし1回では汚い土は完全には無くならない。明日久々のマイブロアー登場。しかし強風で3分しか持たない。弱風で40分。効果は期待できない。やらないよりマシ。その程度だな。それでも綺麗になる。




ここも草茫々だった所。今はスコップでサクサクだから草が生えても簡単に手で抜ける。今日はやらなかった。

歩道の端の落ち葉を綺麗にかき取る。それでもまだ落ち葉は舞って直ぐに汚れる。それを綺麗にかき取る。その繰り返しでここの歩道はピカピカになる。五月山山麓の歩道の上の仕事が止まるので暫くはここに掛り切りに慣れる。週末。ここもやめろと言われる。その理由は何になるのかな?それは無い。余計な事を言わなければ良い。出来るのかな?それが問題だな。


ここは公園内のベンチの下。久しぶりにきたおっさんかおばはん、おバカはんが何時もの空き缶を捨てている。このアホは何時までもこんな事が出来ると思っている。他に楽しみはない。そんな事はどうでもよくない事に気付く事はないアホです。

ここは昨日小石を投げ込んでマークを作っていたのでそれを掻き出して大きな石を投げ込んでいた所。その石をご丁寧に放り出している。それを綺麗に片付ける。このアホも他にやる事は無い。今、この通路の周りを綺麗にしている。水が溜まらない方に低い所に小石を投げ込んでいる。そんな事は何もできない嫌がらせ?
そんな事をしても尽く(ことごとく)綺麗にされる。そんな事も何時まで続けるのだろう?オイラに勝てない事をいずれ思い知る。道具が違う。スキルが違う。日的感覚が違う。そんな事も知らない。いずれ思い知る。その時はどうするの?余計な心配をしている。

このクスノキの根本に砂利を何度も放り込まれている、その度に綺麗にしているがその意味が分からない。ここはいずれ土で埋める。それでもこの凹地に通路の砂利を並べる執念は変わらない?それだけの執念は他の場所で生かせと言われても無視するのかもしれない、その度に親父に崩される。崩されてもそれは何も変わらない?その時は諦めましょう。そんな仕事は出来ない。そんな事も知らない。

これは介護施設の桜。散り始め。週末には葉桜となる。桜の花はそれでも別れの言葉はない。オイラも負けないでと言われている。
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