春になれば何かが変わる?その変化に祝杯を挙げる人はどんだけ居るのかな
ここは何処?国道の歩道。このポールは何なのか覚えていない。明日写真を撮れたら確認出来る。そんな事はどうでも良い?だろうな。ここが汚いとは誰も気にしない。知らないのではない。見向きもしない。この歩道を今ピカピカにしている。それも市民は誰も気がつかない。気が付いても見向きもしない。地域住民はそれ位気にすると思っていたがそんな事はどうでも良い。
それでもきれいなまちづくり?そんな事は関係ないと関心もない。ここに土が溜まる。この土を今綺麗に掻き出してサラサラの砂を入れている。綺麗になるのかな?成りません。今日試しに入れてみる。お手入れが大変だな。しかし水はたまらない。
ここは今綺麗にしている公園の通路。走り回るガキをいてもここを綺麗に掃除をする人はいない。学校では何を教えているのか?そんな事はどうでも良い。ここをどんなに綺麗にしてもこの歩道を大事にしてくれる子供も大人もいない。綺麗にしている?勝手にやっているだけだろう。
子供にその事を教えたら経営者の若造にどやされたことがある、その程度の会社会と親父に言われて「警察を呼ぶ」と携帯に手を掛けられる。警察でなく市役所の公園管理の監督者を読んでも開き直っていた。これからもそんな態度で経営者が務まる?そんな事を教えてくれる年寄りはいない。それもここが綺麗になれば水に流せる?訳が無い。2度とツラは見たくない。あいつも同じだな。
市役所の公園管理の担当者も顔を出さない。ここがどんなに綺麗になっても市は関係ない。そんなきれいなまちづくり?確かにこの公園は綺麗に成りました。しかしオイラはボランティアでこの公園を綺麗にした訳ではない。そんな事も市長は知らない。そんな仕事も卒業です。
ここはベンチの上。石を並べる所ではない。そんな教えも出来ない大人。それでも注意をすると開き直る。
これだけ綺麗にしてもローラーで土を締めないと石が浮いている。その石を引き出される。最低な奴だとは思われていない。しかし喜びの酒が飲めるのはどちら?言うまでもない。多くの人から信じられない言葉を口にされたが間違いなくその多くは長生きは出来ない。
そんな事も知らない。これからどれくらい生きられるか分からないが10年前のブログを見ると10年一昔。その事を思い知らされる。10年前に今の生き方をしている。それが実らないのは何故?知識が生かされていない。ただそれはこれからも何も変わらない。心してかかれ。アイアイサー。
ここは自慢の府道9号線五月山山麓の歩道脇。ここを綺麗に掘り起こして歩道のゴミが風に吹かれて流れ込むようにしていたが、その土をイノシシにボコボコにされる。一部この土が歩道にはみ出している。速攻で綺麗にする。歩道側に掻き出された土を山側に放り込むだけ。
畜生も流石にこの大きな石は動かしていないが柔らかい土は格好の砂浴び場。その掻き出された土を綺麗にする。そんな事はこの場所の管理者も無視。オイラも暫く見ていなかったが一気に綺麗にする。
この先は石垣になりその中もボコボコにされる。そこは半月がかりで綺麗にしたとこだったが作業は中断していた。その土を一気に掻き出される。それでもオイラには勝てないよ。明日雨が降らなければ見事に綺麗になる。雨が降れば仕事の段取りを考えるだけ。そこがこの親父の賢い所。相手が悪い、この土手の管理者の見解は聞いていない。「余計な事はしないで」余計なことかな。そんな事も知らない。
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