やっと春の訪れ?春の喜びは桜の開花だけではない
ここは荒れ果てた植え込みの中。この枯れた枝を綺麗に選定して新しい命を吹き込む事は簡単ではない。そんな事は長い間見向き模されなかった。ここは下の歩道から見えない。高くなっている歩道の石垣の上。これだけ植え込みの木が放置され幹が密集して枯れても通行人は何も知らない。この枯れた幹を取り除く事は簡単ではない。
そこを綺麗にしている。その仕事も下からは見えない。見える事といえば「余計な事をしている」?そんな仕事も明日で終わる。見事に綺麗になる。しかしそれが現認できる時は5月になってから。そんな事も知らない。今年の春はそんな春?そんな事も何も問われない。そうかな?
この石垣の上からこぼれ落ちた土もホウキで掃き取る人もいない。近くに住宅はなく地域の人もこの道はタダの通行人。関係ありません。しかしこの上は覗き込める。この下草が刈り取られ土が剥き出しになると自然破壊と目を吊り上げる。
ここをブロアーで綺麗にしてくれた下請けの現場担当に声をかけても無視された。ここが綺麗になったら告訴される?勝手に綺麗にした。強化も取らずに。そう言い切る管理者はいない。この土留めの板の石垣の上まで綺麗にすれば本当の春が来る。そんな事も知らない。市長はどう思うのかな?完全に無視されている。
まだこれだけの土がある。この土をどれだけ上に掻き上げられるかで土止めの板が支えている土の量が変わる。それは思っていた以上に仕事量が多い。しかしその仕事量からも明日でようやく解放される?されるのかな?そんな事は誰も知らない。その価値も分からない。
興味も関心もない。どうでも良い事。仮にここがどんなに綺麗になっても何の反応も示さない。そう思っていた。しかしそうではない人もいる。それがこの世の中。どんなに関心がない様に見えても何かを変えると言う事は簡単な事ではない。その事を思い知らされている。
ここから上を見上げた時その汚さに愕然としていたそこが綺麗になる。この石垣の上に溢れている土を綺麗に掃き取り石垣をブラシで磨き歩道に落ちている小石を掬い取る。そうするとここはピカピカになる。それでもその輝きは一瞬の事。そんな無駄な事はやめなさい。今でもそう言われるのだろうか?それは今月末にならないと分からない。そんな事はどうでも良い。体調が良くなれば何よりの報酬です。
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