ああ無情 レ、ミゼラブル 現在の高齢者の生き方
ここは今綺麗にしている歩道の上の法面。法面と言われても分からない。ほうめんではない。無罪放免。こんな言葉も知らない。ここはこの上にも道がある。その間の人工的に造られた崖?ここに木が植えられているがその手入れもされない侭、放置されているので土はボロボロになっている。
その土が崩れて下に落ちて土止めの板から溢れている。その原因はここを綺麗にした親父にも責任がある。しかし親父がした事は土を掘って綺麗にしただけ。その土をイノシシがボコボコに掻き上げる。ここを綺麗にするのは役所の下請けの仕事。それが放置された侭。そこを綺麗にしている。
50メートル足らずの歩道の石垣の上だけど誰も見向きもしない。元はと言えば親父が綺麗にした所為だから関係ない事はない。しかしここを綺麗にしても文句を言われるだけ?そう思っていた。だから親父も無視していた。しかし誰もやらない。見てろ。文句を言わせない。
この下の土を掘り上げ上に上げても直ぐに崩れる?そんな仕事はしない。そんな仕事をしてもその価値を知らない。この下に崩れ落ちた土を上に上げて下の地面を下げる。それは簡単な仕事ではない。重労働。しかも今はウンコの汁でパンツを汚すので楽ではない。それでもここが見事に綺麗になればその体調も変わる?そんな訳はない。そんな仕事は出来ない。それは無い。それは奇跡かもしれない。
奇跡といえば今年は丙午。(ひのえうま)人口減少。少子化の対策は口先ばかりで結果はどうでも良い?子育て支援。子育てに優しい街づくり。嘘だな。今年は高齢者も子育ても簡単では無い。生活に豊かさを求めても人に期待しても何も変わらない。ゆりかごから墓場まで。その主人公は親であり子供である事を行政のアホ達は知らない。池田は子育てナンバーワンの街をスローガンにしてもそれは絵に書いた餅。違うのかな?
この土は明日見事に掻き上げられる。そんな仕事は役所ではできない。それが分かればアンタのパンツの汚れも無くなる?そんな訳はない。
体調は己の生き方で決まる。今度のウンコの汁は腸が悲鳴を上げている。今、酷使してきた腸内の環境を良くしょうとしているがそう簡単に内臓は綺麗にならない。いずれ飯が食えなくなる。そうならない為に今の仕事がある。これはボラアンティアでは無い。自分の体との格闘技。負けたら終わり。介護施設が待っている。それでも行けないだろう。それでは座して死を待つのみ。そんな哀れな選択肢は無い。
| 固定リンク






コメント