日本一きれいなまちづくり 大分市内に引き返す
大分の綺麗なまちづくりの歴史は古い。大分の先人が霧なまちづくりにかけた想いは並々ではなかった事を大阪人は何も知らない。この道も車が早く走れない方に車道に植え込みの木が迫り出していたがその効果は今でも生きていた。しかしここは市道。地域住民の生活道路。人も車も交通量は少なく整備もあまり綺麗に維持されていなかった。役目は終わる。未来に生かされる感じはなかった・
ここも平成の初めに造られた時は綺麗だったに違いない。しかし時は流れてその道はピカピカではなかった。地元住民の清掃が行われていない?ここは市道?しかし市役所の道路管理者は道の清掃はできない。地域のコミュニティの参加は難しい?それが全国的に課題になっている・
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