街を綺麗にする そんな思いは市役所前の花壇の見て愕然としていた
国道の歩道。毎日の様にホウキで溜まったホコリを吐いているがピカピカにはならない。人間の顔と同じだなと思いながら土埃をホウキで掃き取りブロアーで土埃を吹き飛ばしているが地面に染み込んだ石板タイルの汚れは硬いホウキの先でないと簡単には落ちない。粗めのホウキの穂先を探しているが100均では無理だな。それでも違いは歴然。落ち葉の溜まり方が大きく変わっている。ただ今週末では何も変わらない。
ここは行動と交差する市道の車道の端。掃除をするのは指定業者がいるが掃除は毎日はしない。隔日?それも違うな。クレームをつけられないとやらない。先日、市役所の担当と話をするがピカピカにはできない。そんな掃除機もないし人でもない。そうではない。市の方針がこんな物。これは全国どこでも同じと開き直り?アホです。間抜けです。そんな季節が暫く続く。そんな事も関係ない市民。
ここは市役所近くの交差点の花壇。この花壇が造られた時。この真ん中に楠木が植えられ今は天高く伸びている。その落ち葉がこの花壇の花の上に落ちても熊手で掃除をする人はいない。この花は紫蘭。シラン。葉先が枯れても腐葉土も入れない。その気は誰が持っているのか?それも分からない。国道の公園前の歩道が綺麗になれば次はここを綺麗にする?いくら何でもそれはない。この町には府立の園芸高校がある。
市内の住民でこの花壇の大切さを嘆く人は知らない。ジジイがそんなことを気にするなという人もいない。今日商工会議所の賢者のお剣を聞きに行ったが不在だった。この花壇。いずれ放置され紫蘭の花の輝きは失せる。それでも池田の市民は見向きもしない。本当にそうだろうか?
ここは市役所前の「駅前公園」の南西端。角。ここが手入れもされずに植え込みの木だけが伸びて石垣の上が汚かった。そこにアル中のジジイがコップだけの空きを毎日置いていた。そこを綺麗にしたのは相当前になる。その後も置かれていたコップのアキは今はない。あのジジイも見ない。ある中は簡単には治らない。介護施設ではお酒を認めるのかな。そんな事も知らない。これだけ綺麗になってもその価値は何も知らない。
久しぶりに土を掘り返して中からの落ち葉が勢いよく外に飛ばない様に砂地も作る。それでもここを行き交う人はそんな事は見向きもしない。この街はポイ捨てのゴミは少ない。都会では平気にゴミを捨てるアホがいるがその取り締まりも出来ない。罰金を取る、その条例を定める。そうではなくて綺麗なまちづくりを当たり前にする。その程度の事が出来ない。汚い街に住むそんな生き方は限られたアホに左右される。
これは商工会議所のトイレ。
これは五月山公園のトイレ。初めて見る。この紙パックは流せない事を知って投げ込んでいる。外国人の仕業?ガキの仕業?取り出して水を流す。この差は一体何?人の愚かさの問題ではない。非常識?そんな馬鹿でもない。悪質。こんなクズも生きられる社会。そうではないことをこの間抜けは知らない。そんな事も考えていない。このトイレが使えなくなる。そんな事も知らないとは言えない事がわからない。
ここはやっとイノシシが砂浴びを出来なくなったと言いたいがこれではすぐのボコボコにされる。この土をまだ半分減らさないといけない。
紅葉も見納め。これから落ち葉が舞い散る。明日は金曜日。明日は商工会議所で婦人会の力を借りる。この街で多くの若い力が躍動している。それを知らないだけ。多くの人が多くの思いで綺麗なまちづくりを考えている。そう信じたい。そうでなければ市役所手前の交差点の花壇が消える。そんな事は誰も信じていない。
しかしこの紅葉はこれからも見れるが公園の花はそうは行かない。そんな事はどうでも良い。まさかそんな思いはこの街にはない。花壇は残念ながら若い世代でないと維持できない。大阪のおばちゃんはそんな事は知らない。そんな知恵は誰にもない。そうかな?
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