5月が終わり明日から6月 今夜は腰の痛みは見事に消えている 何で?今日東屋の猫の額の様な庭を綺麗にしたから?それは関係無い。なら如何して?そんな事もある。そんな生き方が偶然?偶然の重なりが必然となる。6月はそんな月にしたい。どうかな?それは君の心がけ次第?アホやのう。
ここは紅葉の名所。この青紅葉が紅のモミジに変わる。関西にも多くの紅葉の名所があるがここは池田市民でも知る人は少ない。
それがどうした?それで何が手に出来る?そんな事を聞いてくるおバカは少ないがそんな話をすると完全に嫌われる。
それでもこれから雨のシーズン。雨は鬱陶しいと思う人が少なく無いが雨は多くの恵みを与えてくれる。そんな事も知らない。
ここは70年前に当時の市長が失業対策として切り開きカエデの木を植えてくれた所。その木も見事に大きくなっている。ここの東屋の中のベンチの外は雑草が生い茂っていた。その草を掘り起こして草の根の土を払い穴を掘り草木を放り込んだ。あれから3、4年の月日が流れているがいまだにその庭を汚すおバカはいる。久しぶりにその庭を綺麗にする。いずれ又汚される。その時はさらに綺麗にする。それだけの事。
ここは何度も土を掘り起こして土を柔らかくしているので簡単に綺麗になる。最初はここも土が硬くなっていた。
少し鉄の熊手(1メートル足らずのマイ熊手)で掻き回しただけでこれだけ綺麗になる。しかし一度眺めてもう一度綺麗にする。
この場所に見事な東屋を建てカエデの木を植えてこの「紅風台」を造ってくれた市長は現在の池田市民の殆どが知らない。
ここをこうして綺麗にする度に感謝している。その程度のまちづくりは近くの学校の先生達でも市の教育委員会の管理職でも出来ない。
ここも綺麗に草取りをしているが3年も建てば草はもっと生える。この程度で済んでいるのは誰かが綺麗にしている。梅雨の晴れ間を見てここも草を削り取る。(熊手で掻いて残った草をスコップの先で掘り起こす)夏の日差しがどんなに強くてもここは涼しい。そんな事も多くの市民は知らない。そんなプロモーションも行政はやらない。そんな価値はない?価値観の違い?よく言われたな。
この雨水が流れる側溝の中の清掃はまだ出来ていない。市役所に立ち寄って道路土木課の賢者に聞いてみると知らなかった。
そして許せない事にその清掃作業はいつになるかは確認しないとわからないと言われる。その程度のまちづくりしかできない。
ここの管理を任せている指定業者の都合を聞かないと分からない。正直と言えば正直。これから雨が多くなり大雨の時はここから水が溢れて道路を流れる。それでもその対応は遅々として遅い。母として優しく無い。それでも必ず蓋を開けて綺麗にさせる?余計なお世話。
昨夜の背中の痛みは嘘のように消えている。あのどんなに体位を変えてもダメだった背中の痛みは何だったのだろう?
背中の筋肉同様背骨も曲がっている。それを畳2枚分の広いコンクリートのベンチの上で背中を伸ばしたから?
それは今夜布団の上で横になってみないと分からない?また昨夜の痛みがぶり返す?それは無いだろう。そんな気がする。背骨が曲がる事も筋肉痛の原因?それはラジオ体操をしてみればよくわかる。人間の健康を支えてくれている骨と筋肉。そして血液。その素晴らしさは失って見ないと分からない?明日は糖尿と血圧の薬をもらいに行かないといけない。
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