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2022年8月 2日 (火)

久しぶりにコンビニでアイスを買う これだけ暑いとサウナが恋しいがサウナも卒業 夏の楽しみは無くなる?もう終わりか?まだまだ

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秀吉の息子秀頼の後見人と言われていた「片桐且元」がこのお寺さんを作る。中山寺の奥の院はそれまで多くの善男善女がお参りをしていた。このお寺さんが完成してからこの里でお参りができるようになりどれだけの人がありがたく思った事だろう?その歴史は知らない。

ただ秀頼の貢献にと言われた且元も家康の勢いには勝てず多くの無理難題にも屈辱的難題にも耐えるが、最後は豊臣方から「裏切り者」と呼ばれ大阪城を出る。現在の世の中でも見解の相違で蔑ろにされるケースは少なく無いが親父もそんな生き方をしている。親父は裏切り者ではなく戦力外。「ご苦労様」の言葉もなくそれが当たり前とされる。片桐且元の気持ちを思うに察するに余りがある。

時の流れで家康の時代に靡いた(なびいた)加藤清正の熊本城も息子の代になると重んじられる事はなくなる。ただその城は大阪城の様に落城をする事なく明治の戦いでは薩摩の軍勢をしても落とせる事は出来なかった。その城が地震で大きな被害を受け石垣が大きく崩れるがそれでも尚持ち堪えて復旧工事が行われている。

大阪は浪花の街として東京に負けない勢いを手にしていた事も夢のまた夢。大阪人ははそんな事は何も知らない。「天下の秋」は近い。真の庭は誰が眺めているのだろう?そんなものはない。そう言われていた。今年の夏は心して掛かれ。帰りに下痢ピー。洒落にならない。

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