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2022年5月 3日 (火)

連休後半 行楽地は大勢の人出 その代償は?深刻な事態は誰も何も感じない?深刻な円安は日本経済に大きな打撃を与える?日銀はそんな判断をしていない?黒田総裁の責任も問われない?そんな事はどうでも良い?何も分からない?難しい事は専門に任せろ?任期が長過ぎる。

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久々の近くの猪名川グラウンド。このグラウンドも整備された花壇も河川敷。大雨が降れば川の水位は上がる。数年に一度は完全に冠水してその整備に億を超えるお金が掛かる。それでもこのグランド整備の費用は国の災害復旧予算で行われるので河川管理、河川敷の管理が問われる事はない。

問われても国土交通省はそんな意見を聞く必要もない。ここはお貸ししているだけ。問題があればグラウンドとして使わないで下さい。そう言われれば返す言葉も無い。ところがそんな考えも変更が迫られている。多くの市民は知らないだけ。国土交通省の役人がどんなに偉くても異常気象に依る大災害には言葉を繋ぐ事は出来ない。

段々と綺麗になっている。勿論まだまだ開前の余地は大きい。その事を思いしらしてくれるのは何時の事だろう。 

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この堰は農業用水の堰。この堰で水を溜め用水路で伊丹の農地に水を引いているがその農地も時代の流れと共にその役目を完全に終えているがこの堰の役目は終わらない。この網袋の石はこの土手が洪水の流れでえぐられていた所。河川管理者はこの程度の事しか出来なくても何もクレームは付けられない。

この左はグラウンド。この土手の土が大きくえぐられてこの網袋の石が流されてもこの堰が可動堰に帰られる事は無い。洪水時の水位をこの地域で低くしても下流にはもっと厳し位ところがあり意味がない。そう思われている。誰に?誰だろう?知らないと言う事はそう言う事。これはこの皮だけの問題では無い。この川は幸いに大災害の歴史は無い?ホンマかいな。

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この川を今は歩いては渡れません。水が渇水期でも深い所は首が浸かる。それでも長い間渡し船がなかったのは歩いて渡れる所があったと言う事だろう。旅人や地域の人々はそれでも良かったが荷車はそうは行かなかった。そんなに生活を支えたのは低い橋。ただ江戸時代になるとそんな橋も厳しく幕府が管理した。今では立派な橋が架けられ交通の要衝になっている。その橋の上(軍行橋)の上から北を眺めている。

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飛行場(大阪伊丹空港)コロナの影響で旅行を控えていた人が今年はその規制もなくなり嬉々として搭乗している。しかし本当の意味でコロナウイルスから全ての人が解放されるのは数年先に違いない。その程度の事も多くの人は知らない。報道機関も全く報道しないがコロナウイルスの感染者は絶滅はしていない。注意だけではその感染は免れない。

ではどうすればいいの?オイヤンはコロナワクチンは一度も接種していません。そして間違いなくウイルスには感染しています。それでも発病はなく人にもうつしていません。それはどうして。それは医者に説明が出来ない。人間の体内の免役細胞の強弱は検査出来ない。ただ自分の体は自分で意地管理しなはれ。そう言う事だろう。今でも堰は止まらない。頭は痛い時が多い。それでも平然と街中を歩いている。

 

 

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