九州南部は大雨避難情報 大阪は鬱陶しい梅雨空 雨は降っていない
昨日の浜松新幹線ホーム下り線 この駅に停まる電車は基本的には「こだま」(新幹線の各駅停車)大阪に戻るにはこの電車に乗り名古屋駅で「のぞみ」に乗り換える方が早い。しかしジジイののんびり旅はそんな必要はない。この駅に1時間に1本程度停車する?「ひかり」で充分。この列車に乗れば新大阪まで乗り換えなし。90分程度で到着。それにしてもこのホームの閑散とした按配(あんばい)何とも複雑な思いがしていた。
上りの東京行きの「のぞみ」号。?違う。各駅停車の「こだま」号。のぞみ号の通過待ちをしていた?静かな時の流れを感じながらこの街の情報が殆ど流れない関西人の生き方。その事もこの地域の人にとってどうでも良い事?地域の活性化は地方の中核都市でも全く関係ない?この街の現在の活力は大阪では全く知る由もない。それでも何も問題はない?そうかな?それは違う事が全く全国のニュースにもならない。
ここは天竜川を東に越えた最初の旧東海道宿場町。ヤマハ、東洋ベアリング、その他多くの日本経済を支える企業があるが多くの大阪人はそんな事は知らない。この駅舎も立派になって久しいが殆どの大阪人はこの地域を知らない。関係ないと思われている事も知らない人達が少なくない。
この駅の西側にある天竜川の上流には自然豊かな山河がある。その奥深くまでが浜松市になっていた。その素晴らしい環境を知る大阪人は(都会人)は全く居ない。そんな報道も全くない。脱炭素社会の実現?どんな面をしてそんな事が言えるのだろう?水力発電の一時代を築いた日本有数の佐久間ダムを訪ねる事はあんのだろうか?
「歳たけてまた越ゆべきと思いきや命なりけり小夜の中山」西行。この句を噛みしめながら佐久間のダムサイトを車で超える事は夢の又夢かも。半世紀近く前のあの楽しかった想いは今でも忘れていない。ただ一人になって無心に天竜川の水面をハンドルを握りながら見つめていた事も忘れてはいない。10年後、再びの時はあるのだろうか?情けない事を言うな。😂
このクスノキの大木は樹齢700年を超えると観光協会の事務局長は行っていたが子供達が幼い頃に目にしていた場所は左側でこんなに立派に広くはなっていなかった。駅前がすっかり広くなりこの左奥のバスが通っていた道は残っていたが、この右に広い道が整備されていた。そこから浜松行きのバスが出ていたが時刻を確認するとバスは出た後。次は1時間近く待たないといけなかった。当然そんなバスには乗らない。
磐田市のイメージキャラクター。関西のヒコニャン。九州のくまモン。ほどメジャーではなかった。観光協会で名前を教えてもらったが忘れている。ネットで検索すればすぐ分かる。近くに看板が立っていると言われて真剣に聞かなかったから?そんな事もどうでも良い。
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