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2019年10月25日 (金)

千葉や関東の台風被害は他人事でない その事を思い知らされる

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昨日は懐かしい人に合って大阪上町筋をここ迄雨の中を歩く。上町筋はここで少し左折しすぐ直進(南下)する。この先右側は四天王寺。そう言われてもそんな事も多くの人は知らない。この上町筋はこの先天王寺、阿倍野地域を右に見て?堺に向かう。しかしこの先は実際には歩いていないのでどんな景色が続くかは分からない。昨日はここで四天王寺の裏門から中には入る。久し振りの境内は綺麗に掃き清められていた。

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四天王寺についてはネットの辞書で解説されているので省略。このお寺さんは聖徳太子が建立したと言われているがその教えは今でも脈々と受け継がれている。しかしそんな信心、仏心を当然の様に思っている人も少なく無い。人間はオギャーと生まれて死んで行く迄多くの事を体験する。

だけどその多くの事は必然では無い。全くの偶然。その程度の事も分らなければ哀れな生き方しか出来ない。その事を昨日雨に濡れた歩道の先で思い知らされる。マトモに足を滑らせ尻餅だけでは終らず頭のてっぺんを路面にたたきつけられる。ハゲ頭を裂傷。血が滲む。親切な叔父さんに助け起されるが幸いな事に意識が飛んだのは一瞬だった。

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このお寺さんには空海(弘法大師)も巡錫している。空海は仏の教えを山野を彷徨いながら追い求めたのは遣唐使船に乗る前迄。遣唐使船が暴風雨で漂流し運良く中国の目的地の遥か南の海岸に降り立つが当然、そこでは遣唐使の扱いは受けない。人生が変わったのはそこから。人間何が起きるか分からない。そこで空海の能力が如何無く発揮される。詳しくは司馬遼太郎の(空海の風景)を読んで下さい。(それも作者の創り話?小説家。見て来た様な嘘を言う?かもしれない)その程度の事も知らない。

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現在社会は多くの過ちを抱えている。その多くの原因は人間の心と体が起因している。この仁王と弘法大師のお陰で昨日は大きな災難を何ごとも無かったかの様に乗り越えて来ました。濡れたタイルの道で足を滑らせ尻餅を付いただけでなく頭のてっぺんを歩道にたたきつけて無事な訳が無い。足を滑らせて尻もちをついた瞬間に無意識で体を横にしている。

そんな足の取られ方をしたのかも知れない。それでもその反動は半端では無かったのだろう。頭のてっぺんが地面につく程だから。(何度も言うな)言わないと分からない。言っても分から無い。これだけの衝撃を受けてもむち打ちにもならなかったのは首の筋肉がしっかりしていた?まだ体の節々が痛い。それでも吐き気も催さなかったのは脳の損傷が無かったと言う事。

それでも段々と危険度は増している。お気に入りの靴は靴底の凹みは無いが滑り易い。買い変えないといけない。2度ある事は3度ある。3度目はもっと危険?危機管理の重要度は増している。ヒヤリハットの教訓は生かしても靴底が滑り易くなっている事位の認識を持たないといけない。今日初めて後期高齢者の保険証を使いました。

 

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