大学で何を学ぶの この同志社の馬鹿達を大学はどう責任を取るの?
関西に多くの大学があるが彼等はそこで何を学び、そしてそれを将来どう生かすのだろう?東京の有名尻振り大学の訳の分らない交流サークルのリーダーが反社会的組織まがいの会費取り立てで問題になったが、関西でも同じ事が行われている。いいえそれ以上。多額の借金を背負わせその支払いが出来なければ体で支払わせる。
そんな信じられない事が起きても大学の責任は問われない。大学で何を教え何を学んで社会貢献をする。くそ大学。その程度の大学で何を学ぶ。その大学の恥さらしも始末は出来ないアホ達。恥を知れ。女性も男性も多くの真面目な人が同じ目で見られる事を知らないのだろう?
大学の責任は問われず、社会の責任が問われる事は無い?オバカな畜生達。その餌食(えじき)になるな。SNSで誘き出される(おびき出される)信じられないね。その程度のオバカが多すぎる。真面目な奴程始末が悪い。人間の欲望は計り知れない。
アホこけ。こいつらはその代償の大きさを知らないだけ。刑務所でその償いをどんな形でするのかさえも知らない。親父も知らないけれど。バカタレ。親が暴力で子供を殺す。こいつらは地獄も極楽も知らないのだろう。親父も知らないけれどその程度の事も分らんのか。最低だね。
隣の街のJR福知山線(愛称宝塚線)をカーブしながら跨いでい「アルテア」橋。その名前の由来がプレートで貼られているが歩いて渡った事は無かった。この道は伊丹に続く道。伊丹の中心部に向かうこの道は今は国道では無い?それも分らない。Googleマップで距離を事前に計測し、歩いて見ると新たな発見が出来るに違いない。
先日始めて知った加茂遺跡。隣に神社がある。この遺跡は古い。我が街にも古墳があるがそれよりも古い。先日もこの狛犬に笑ったが今日は完全に馬鹿にしていた。お主がどんなに見得を切っても切られても過去の話。未来に繫がらないのはどうして?反対の言葉にビックラこいでいた。この罰当たり。そうかな?
この社殿は新しい。この遺跡は古い。長い間陽の目を見る事は無かった。注目される様になったのは近代になってから。遺跡の発掘は何度も行われているがその評価は関係者だけが知るのみ?近くに資料館があるが多くの市民、関西人には関心は無い。その程度の生き方をしている。ここは丘の上。今日は大阪平野の先迄よく見える。
古代の人はどんな生活をしていたのだろう?現在人は健康で文化的な生活をしていると思われている。ところがそうでは無い。今年はインフルエンザが爆発的に流行していると言われているが行政は何をしているのだろう?国は?保健所は?何もしていない?そんな事は無いだろうと思いながら大阪府の担当部署に聞いて見る?アホか。インフルエンザの予防対策は一人ひとりの問題?
電車の中で朝夕の混雑時は知らないが、座って移動出来る電車の中でデカイ声で話をするオバカが居る。多くが良い歳をしたオバはんか若いガキ達。マスクをしてどうでも良い他別け(たわけ)な話をしている。エスカレータでツバをするジジイも居る。そんな生き方しか出来ない社会に明るい明日(あす)は無い。家に戻ればウガイと手洗い。顔洗いを忘れるな。今月末にはもっと深刻になる。
空気は乾燥している。昨日のまとまった☂で30㌔以上先の生駒のテレビ塔が見える。大阪盆地のスモッグ(大気汚染)がこれだけ綺麗になっている事を知らない?中国のオバカな指導者は知らない?しかしそれは偶然でも行政の真剣な環境改善の所為でもない。
阪神工業地帯の公害企業が事業を大幅に変えた事に他ならない。中国やアジアの発展途上国がどんなに自国の大気汚染を変えようとしても出来無い事。それは環境が自国の生活を大きく左右する事を認識出来ないからだろう?ただ日本人もその事を何時迄も自慢出来ない。
いずれこの国は人口が激変して地方(北海道、九州、多くのリゾート地)は外国資本と富裕層に占領される。この大阪も例外ではない。そんな事も大阪のオバちゃんやトラキチのオッチャン達は知らない。大阪市内を歩いて見なはれ。誰が買うのと思われる程に高層マンションが完成している。
右側の高い建物は大阪南天王寺のアベノハルカス。聖徳太子がこの先の中山の天宮で修業したと言い伝えられている事も強ち(あながち)否定出来ない。ただこの写真は望遠レンズでズームアップしているが30㌔近く離れている。正面の山は金剛葛城山系。ここ迄は50㌔はある?これ程の視界は珍しい?
ここは古代の遺跡の端?この奥と左は大きく切れ落ち狭い車道は更に道幅が狭い。長い間ここが杜の中だったのだろう?今は畑として一部は利用されているが駅から近い割りには区画整理が出来ていないので宅地開発は難しい。駅から見える風景も雑木林の丘としか見えない。
JR駅前にこれだけの農地があると言う事は多くの事が学習される。この場所が一変する事は暫くは無い。ただこの素晴らしい自然が何時迄も残される保障も無い。親父にとってこの左の丘は間違いなく今年の春は桃の花と香りを楽しむ事が出来る。今月はこの先の中山観音の梅林の梅。そして桃の節句。今年は間違いなく春の香りを楽しめるに違いない。
この駅の東と西では様相が大きく違っている。それはこの街の発展の歴史。現在多くの地域活性化が叫ばれているが、この街はその縮図かも知れない。もっと多くの事を知れば日本各地の地方創生の問題点を提供してくれるに違いない。
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