地方創生 地域活性化 成功事例は参考にならない?
フラッシュで見難い。加えて石の彫り物がセコイ。しかしこの七福神を全て参拝をしていない。そんな事では福は手に出来ない?来年の事を口にすると閻魔大王に笑われるがいつも中山寺で親父から睨まれている大王は、この言葉を聞いて舌を出して笑っている。
そんな事は無いだろう。今年も世の中は平和とふんどり返られても親父はそうは思わない。中山観音、清荒神様の力だけではご満足出来ない?フラッシュの反射で西国七福神の文字にも鎖が掛けられている。この歳になっても上には上のオバカがいるが、間違いの無い事はいずれくたばる。
その時期が早いか遅いかそれだけに違いに違いない?永遠の命、永遠の繁栄等何処にも無い。いずれ哀れで悲しい終末の時がやって来る。その事も関係ないと思いながら尤もらしくその繁栄と活躍が報道される。そんな師走が始まっている。
宝塚小浜の歩道橋。この下の国道をバスで守衛の仕事の為に誇りを持って2年間、通っていた。「誇りを持って」。ただそんな仕事のやり方は誰からも歓迎されなかった。待遇は日給1時間900円?8時間働いて7200円。交通費込み?それでもプライドを無くす事は無かった。
そして些細な言葉のやりとりで首。今、働き方改革がもっともらしく口にされているがその言葉のインチキを労働組合も支持している?正社員の労働組合に出来る事は自分達の労働条件の改善?そんな組合が政府、与党に対決?今はそんな仕事はしていない。この歩道を奇声をあげて歩く高校生を見ながら、年寄りはこの階段を歩けない。横断歩道はここには無かった。
この道は市役所に向かう道。街路樹の枯葉が落ちても履き清められる事は無い。近くの郵便局も体育館もあるし戸建ての家もあるから住民も住んでいるがそんな事は誰もしない。豊かな人も貧しい人もそんな事はどうでも良い。困る事があっても誰も助けてくれない?その反対の事は出来ない。豊かな街並が貧しい街並になる?そんな事は無いと言われていた。
ここは歩道の壁。綺麗な絵画が並んでいる。壁に書かれた絵ではないので見る価値は残されている。この先は武庫川。この河川敷きと堤防の散策の道は宝塚市民でも価値の大きさを実感出来ない人も少なく無い。宝塚が関西人に取って文化が漂う街、憧れの街であった事が分かる。(今はそんな面影は失せている)
雨上がりの天気で日が差して来ているが、この時点ではまだ曇り空。それでも師走の感じは出ている。音の無い風景。橋の上の歩道も車道とは分かれているので車を気にする事も無い。この川の上流に武田尾がある。この後、市役所で宝塚北部「創造の場、西谷」の広報誌を手にしたら向かう予定をしていた。
宝塚市役所前の紅葉は意外の遅く、まだ盛りを過ぎていなかった。角度を変えながら写したがそれでもこの程度。関西の紅葉はまだまだ楽しめる?期待した宝塚北部の活性化、地域創生は予想以下だった。ただこの状況は宝塚だけの問題ではない。地域創生を行うには地元の人の犠牲が求められる。
地域の賑わいに反対する人を説得出来る地域のリーダーが、市長に求められている。それが認識出来ない日本各地の人々。後10年もすれば殆どの山間過疎の集落が消える。限界集落はそこ迄押し寄せている事を知る人は少ない。何でだろう?危機感は失せているからだろう。
都会人も高齢化の買い物難民が増える。老いた人達が老いた人を介護しなければならない社会。そんな社会はこの国は一度も経験していない。その対策はその時にならないと建てられない?しかしその時は如何ともし難い。そんな現実を目の当りにしても何も行動出来ない?それもどうでも良いのだろう。
漫画家「手塚治」が教えてくれた漫画(火の鳥)の教訓。親父は何も知らない。しかし私達は今この時を何とか生きて行けるのは(偶然)である事をいずれ思い知らされる。親父は今でも炎に身を焦がされながらそれでもしぶとく生きている。この後、武田尾とは違う下流に向かって歩く。
この河川敷きの気持の良い散策の道。何処かに腰を降ろして手にしている弁当を食いたいと思うがベンチが無い。ここは左が武庫川、右は堤防の上。一般車両は通行禁止だが、この先にある市のゴミ処理センタ−の関係車両が通行する。河川敷きにベンチが無いのはここが公園では無いから?
河川敷き堤防下に植えられている。ただその保護に大した手は掛けられていない。その理由もここは堤防下の散策の道だから。この道もこの先消える?散策の道は無くなる。(河川敷きが無くなる)この散策の道を歩く人は殆ど居ない?何故だろう?それはそんな生き方はしていないから?
宝塚の魅力は殆ど知られていない。同じ事が全国で行われている/知らないと言う事はそう言う事?違うだろう?そんな情報が求められる事も無い?今、日本各地は言う迄もなく世界各地で大きな地殻変動が起きている。その事を知らないからとぼけた生き方が出来るのだろう?東京人、大阪人だけでなく多くの地域の活性化とはそう言う事だろう?
日本シャクナゲとは全く違う西洋シャクナゲ?しかしこの花の名前を知る人は少ない。私達はその程度の生き方をしている。それでも何も問題ない?そんな事は無い事を知らないだけ。今月は今年の締めくくり。今年の総活をしなければいけない。そんな師走の静かな時を過ごしていた。
この先、2年間通った工場の前に出る。その当時から計画されていた道路の拡張工事はまだ終っていなかった。後1年掛かる?2年前ならそれ位は当然?仕事を終了して丸7年。お役所仕事とはそんなもんだろう。立派な道が完成する。
今日は大して歩かなかったがそれでも7㌔歩いている。最近、この程度を歩いても何とも無くなっている。電車、バス等の公共機関でも無理して座る事はしない。それでも体重が減らないのは食事の量を変えていないから。減量は難しい事では無い。当然、体系を変える事も同じ。言うは易し行うは難し。
この道を次に歩く時はこの工事中の道が完成する来年の秋?来年の事は神のみぞ知る?ただこれからの3年間は間違いなく老いとの戦い?これ迄何とも無かった事がそうでは無くなる?その反対に出来ないと諦めていた事が思いがけなく実現する。今日、その事を痛感していた。
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