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2017年7月 8日 (土)

減量作戦開始 街中を流れる農業用水路の完結先には意外な光景が待ち構えていた。

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ここは昨日発見した農業用水路。この先は歩けなかった。どうして?

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この道は何度も通っていたがこの用水路が猪名川からの「農業用水路」とは知る由もなかった。何度かこの水の勢いの良さが不思議でならなかったがその原因が分かる。猪名川からの水だから勢いが止まる訳が無い?

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この道は初めて歩く。左の家の前庭?がはみ出している?ので車は通れない。こんなに大きな家だから前庭は要らないだろうと思うのは貧乏人の発想?金持ちはそんな気持は更々無い?そうでなければオバカがこの道をすっ飛ばす?そう考えればこの方がいいのかも知れない?

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この先も左を迂回しないと歩けない。
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ようやく農地が見えて来る。しかしここはいずれ宅地。ここでイチジクを作るのも長くは無い?それでも用水路はまだ続く。
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この用水路は何時造られたのか行政で調べても分から無いかも分からない。それでも自分で歩いて確認すると、この用水路を作った人の賢さに驚かされる?この堰も今はモーターの力で上げ下ろしされているが昔は板を重ねていただけに違いない?そうして水の流れをコントロールしている。

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ここで上から流れて来た看板の無い川?(調べれば分かるが)の合流。何だこの澱み。その原因も分かる。この左が塞き止められている。川の流れを塞き止めてその水を細い用水路で更に農業用地に流している。しかしそこでも水田は無かった。

これでお終いと思ったその先に水田はあった。そこ迄して猪名川の流れを利用していた先人の涙ぐましい努力。現在人はスーパーで米が買える。昔は米を今の様に安く手にする事は農民でも出来なかった。

今はこの地でも米作りを終えているが、その名残はこうしてまだ残っていた。それも時間の問題に違いない。農地は間違いなく残らない。その時代遅れの行政だけは確実に残っていた。そんな事も住民は殆ど知らない。それでも飯は食える。その飯の食い方がこれから問われる?

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ここを以前自転車で通った時もこの堰を現認している。しかし、その時はこの意味を理解する事が無かった。ここで水が塞き止められているのも先人の知恵?今はこの堰は耐水強化のゴムチューブ?中には高圧の空気?この堰は役目を終えると水を溜める事は無い。洪水時も同じ。?

ゴムチューブのエアーは抜かれ水は一気に下流に流される。その意味が分からなかった。関心も無かった。ところがここで溜められた水は、上に在る狭い用水路から農地に流される。先人の賢さに溜め息を吐いていた。

それでもその農地は殆どが宅地化され予想通りの面積になっていた。いずれその農地も宅地化される?行政と地権者はそんな事は無いととぼけるのだろう?間違いの無い事は時代の流れに逆らう事は?と言う事だろう。そんな事はどうでも良い?ところがその為に猪名川の水は3メートル以上塞き止められている。

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ようやく農地が見えて。この左と右前方。しかしこれだけの用水が必要な水田では無い。農地が住宅地に多くが転用され最後の生き残り?いずれ先人が汗水を垂らした農地は役目を終える。それが時代の流れ。昔はこの辺り田園地帯だったに違いない。

それはここ迄続いている用水路をみれば分かる。猪名川の水はそれだけの役目も果たし、今はその権限が一握りの農地の所有者がその恩恵に預かっている?これはここだけの話では無い。日本各地の水利権はこんな形で残っている。?この水の取水時期が終わるのは秋が終わる迄続く?

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農地の取水口。このままでは取水が出来ない。ではどうするの?先人は本当に賢い。この水位を上げる。その為にこのすぐ下にせき止の溝がある。そこに板を入れる。この布を巻いているのは取水が不要だから?本当に賢い。こうして稲作でも水に不自由する事は無かったのだろう?水が無ければ稲作は出来ない。

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この先は今は住宅地。工場の倉庫。そして大通りがありその先は中国自動車道路。ここで用水路は終る。と思っていた。ところがその先に水田が在り昔の村の風景が残っていた。これにはびっくり。ところが更に驚く事があった。

行基が開いたと言われる高野山真言宗別格本山清光山(常福寺)全く知らない立派なお寺さんがありました。偶々、副住職と奥さんが境内の山門近くを掃除中で丁寧な案内をして頂きました。本当にありがとうございます。その話は明日まとめます。

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