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2014年9月 1日 (月)

今日は☂の中を出掛けました。途中で☂が上がり滝の精が歓待をしてくれました。

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でもその前に先日歩いた中山奥の院の参道。この道をどれだけ多くの人が歩いているのだろう?奈良時代からこの参拝の道をどれだけの人が踏みしめたのだろう?体が丈夫でないとこの道は歩けなかったに違いない。どうしてもお参りをしたいと思っても体が丈夫でないと無理だったに違いない。そんな人の為に駕篭のサービスもあったのかもしれない?歩くと13丁。駅前の中山観音から2キロです。

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この道を登ったのは1回。降りたのは2回。この下に分岐の道は歩けれど昔の人は本当に足が丈夫でした。現在人は2キロ足らずのこの道を簡単には歩けない。中山奥の院には色んな人が色んな事を考えながら登っているが、一番最初の時この道は歩いていない。この道はハイキングコースではない。しかし毎日の様にこの道を上り下りしている人が多い事に改めて驚かされる。

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このように平坦な道も在る。しかし人生同様、平坦な道は短い。下りでこれだけしんどいのだから登りはどれだけ大変だった事だろう?この先、登り口です。参道に民家のコンクリートの塀が迫り、最悪です。何とかならなかったのでしょうか?

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参道は左。右は表示は無いがこの道も奥の院に行く事が出来る。となると普通知らない人はこちら(右)の道を歩きますよね。ところがこの道は谷筋に中山山頂に上がる道。途中から谷をよじ登る。トンデモナイ道に続く。その道を避けるには途中に参道に合流する道がある。その道がこれ又しんどい。登りが大きく迂回しながら延々と続く。結局最短距離はこの左の道です。参道のイメージとは程遠い?

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この川を土石流が流れ下る事は無い。その理由はこの川を遡れば多くの砂防ダムがあるからでは無い。この中山の谷は東尾根の東側に多くの住宅地を造成している。東の住宅地は中山の頂上近く迄切開かれているが、その住宅地に大きな谷は流れ込んでいない。

この地形を考えた住宅地の造成は広島と同じ時期に進行している。その違いを管理しなければいけない国と地方の行政。彼等は一体何をしていたのだろう?その事を問わないと国土交通大臣の様な間抜けな発言になる。谷の水が流れ下るその先に住宅地があれば大雨が叩き付ければ大きな災害は発生する。

その事を理解していないのだろうか?これはこの国の政治と行政に問われた大きな課題だが、そんな発言は出来ないのだろうか?東尾根コースは登りは急だが尾根に登ると右に住宅地を見ながら山頂に向かう。そして山頂近くで一度谷に降りそれから又登る。

この国の土木工学の専門家は広島には居なかったと言う事だろう?広島だけでなく専門知識で仕事をしている行政のプロはその危険性をどれだけ認識していたのだろうか?間抜けなビールの宣伝を見ていると絶対に飲みたくない?(関係無いだろう?)そんな心境に成れるか?水を飲め。馬鹿野郎。中山の観音様はどう思っているのだろう?

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何度もお参りして感じた事は一番大事な事。それは一つには健やかな身と心を授かった事。二つには波瀾万丈の人生を授かった事。そして3つ目には今やろうとしている後世の人の為にささやかな功徳を積む事。その為に自分に何が出来るのか?その事をこれからの課題にして生きさせて頂きます。その兆しが見えた時、必ず「わらじ」の奉納をさせて頂きます。それでは今日の散策です。雨が降っていたのでコースを変更?しませんでした。

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阪急山本駅を降りると中山の住宅地に向かう循環のバスが出ている。このバスは駅前からこの最明寺の谷の上を橋で越え山本の住宅地から中山の住宅地に抜ける。大阪に戻って車でこの左の広い住宅造成地を無表情に運転した事を思い出していなかった。傘を差しながらこの川沿いに上がって行くとこの道もいきなり無くなる。

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この先の川沿いの道が消えている?そうでは無く元々山道だった?でもこの橋は何の為に造られたのだろう?その解説は無かった。出来る訳が無いだろう?川沿いの道は一旦住宅地を大きく迂回する。初めてこの道を歩いた時は途方に暮れて近くの人に聞く。丁寧に教えて呉れたがそれでもその人の後を付いて行く。振り返られて手で違うと合図された事を思い出していた。

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この道の突き当たりが最明寺川。この突き当たりを右に進むと滝道。この時はまだ☂が止んではいなかった。この道をおばさんから手で指差される。良く見ると案内表示があるが十字路、三叉路、分岐に無いと分からない。もう覚えたけれど。

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左が最明寺川。この先、川は谷に景色を一変させる。

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