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2014年7月 8日 (火)

予想以上に厳しい道だった。息苦しさで何度も立ち止まる。

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ここは滝道の終点から滝を見て上の駐車場に向う道。ここ迄駅から3キロ。ここから急な坂をゆっくりと上がると府道に出る。その道を1キロ進むと目的の「天上ヶ岳」に行く道に出る。この目的地は「役行者」が入滅した処と言われているが殆ど知られていない。その理由も良く分かる。健脚でないととても行ける道では無かった。

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ところがこの道「研究路2号線」研究路とは誰が何の研究をする所?それは歩いてみれば良く分かる。この山の多くは国有林?その山を管理しているのは林野庁?このプレートに「みのお里山ふれあいプラットフォーム」と書かれているがこの組織は定かでない?NPO法人と思われる。(明日行政に確認してみる)林野庁と言う組織もなくなっている?そんな事は無いだろう?ネットで調べると管理局?それは置いといてこれから山に登ります。でもその前にサウナです。この後は息切れの連続でした。

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谷からの道は通行止め。沢沿いの道を上がり始める。この道はネットで見ていたので迷う事は無かった。ところが一気に登る。登り口のこの階段だけでは無かった。途中で息苦しくなる。何度も何度も立ち止まりながら息を整える。

道は「研究路」と言われる通り整備されていた。それでも苦しい。最後は引き返す事を考えていた。道案内は正しかったが距離と時間表示が無い。親父の様な人が一人で歩く事を拒否していた?市の観光課で一人歩きは止めて下さいと言われた言葉を思い出していた。

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この辺りは登り口から近いのでまだ余裕があった。しかし足元は良く無い。道は整備されているので何の問題も無いが、登山靴でないと靴底が浅いタウンシューズでは足に掛かる負担が大きい。でもこの辺りでは好奇心一杯だった。

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急な階段を見上げながら苦笑していた。でもこの階段を登り詰めると道は横に進む。下は谷。見下ろすと微かに車の音が聞こえる。先週ビジターセンターに歩いた道。あの施設も何処が管理しているのか良く分からなかった。

行政とその下の丸投げ民間組織。その役割は親父レベルでは良く分からなかった。今、国(林野庁)が問われている事。その下の地方組織、行政組織、大阪府、市町村それぞれの役割。ところがその下にNPOがありボランティア活動がある。何処が統括して有機的に機能しているのか?

それは自分で歩いて見て本当に良く分かる。これが実態でした?この山は本当に深い。しかしこれがこの国の国有林に実態だろう?木材の価値が下落しその活用方法が一部の地方でしか見出されていない?それよりもこの有効資源が何故活用されないのか?その問い掛けがこの森には無かった。(コラ)この感覚は専門家に聞いてから改めて書きます。(専門家居るのかな?)

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ここは谷沿いに緩やかに登っている。段々息が切れる。田舎の山でたきもん(炊き木)拾いに行っていた幼い頃を思い出す。枯れた杉の枝をかご一杯拾っていた。ここはまだマシだったが谷を登り詰めるとそこは植林も木を切り倒しただけの景色が広がっていた。

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谷を登ると訳の分からない看板がある。しかし親父は事前学習?をしていたので迷う事は無かった。本日も目的地、天上ヶ岳は左。ここから尾根沿いの道が歩ける。そうニンマリしたのは甘かった。ただここで手にして来た弁当を立って喰らう。腰を降ろす所が濡れていた。飲み物は途中で空にしていた。2本買わなかった事を悔やむ。

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これだけの杉を植えた人の思いを考えていた。これだけ密集していると木材の価値は無くなる。植林はされているがこれが限度なのだろう?日本全国の国有林で見られる光景。中国地方では植林が進んで「里山民主主義」とか言われて森の再生が進んでいる?何でここでは出来ないのだろう?その事をもっと学習しないといけない。

理由は教えてもらう迄も無い?お役所仕事。民間活力を利用出来る事と出来ない事。その追求をしていないから?国の資源がこんな有様でも殆ど知らない。親父もそうだった。目的地は近いがこの森を見ながら環境破壊の愚かさを痛感していた。

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写真で見ると道は厳しい様に見えるが親父でも楽に歩ける。しかしここ迄が大変だった。道案内が何も無いので後どれ位と思いながら時計を見る。初めて歩く道は時計と磁石を見るのが良い。この道は磁石は要らないが自分の体力を考えながら歩いた時間はチェックしなければならない。この道はガイド無しで歩いてはいけないと言われた言葉の意味が良く分かる。何度も引き返そうと思っていた。目的地はいきなり現れる。

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到着です。案内標識は何も無かった。その理由も分かる。この先は滝道にあるお寺さんの神聖な領域。四国遍路道21番札所太龍寺の空海の像を思い出していた。役行者はここで入滅したと言われているが予想通り優しい顔で迎えて呉れる。「よう来た」「これから10年もっと励め」そう言われていた?お守り下さい。そしてお助け下さい。そう思いながら一時を過ごしていた。この国は必ず変る。そう願いを込めていた。

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