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2014年6月20日 (金)

負けられない戦い?テレビのレポーターがどんなにがなり立ててもそれは無い?

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現在人がどんなに尤もらしく多くを語っても出来ない事がある。それでも人はその事に気付いていない。車道の歩道の無い道を歩きながらその事を考えていた。この杜の盛り上がり。木々の命が爆発している。一つ一つの木々は何の役にも立たないと放置されているが、この木々が発散する命の恵みを殆どの人は当たり前だと思っているのだろう?当たり前では無いんだよ。その事を1500年も前に私達に教えて呉れた賢人はこの山に今でも人々を寄せ付けていない。

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先日歩いた時この道が何で「全面通行止」になっているのか分からずに下の府道を歩いた。今日(昨日)は思い切って歩いてみる。この先で出合った親切な叔父さんに道を聞きながらその訳を聞いて見る。

この道は林道として整備されていたが、罰当たりでオバカが大型ゴミを不法投棄する様になった。それで車の通行が出来なくなったと教えられる。多くの人は知らないがここは昭和の森。箕面国定公園。多くの自然豊かな森も一部のハイカーと曲がりくねった歩道も無い車道を走り抜ける車以外はその美しさを知らない。

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通行止めとなった車道の両側は樹の根っこが剥き出しになり土砂も崩れ木の葉が堆積している。この道もいずれ草木に覆われるのだろうか?しかしそれはこの地域の損失に留まらず大阪府民、日本各地に波及する。国も行政もこの豊かな自然環境を大切にする組織はあるがその活動は今イチ盛り上がりに欠ける。親父も知らなかったが明治の森。東京は高雄山。大阪はこの箕面の森。明治100年の記念事業も関係者しか知らない。

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行き交う人は全くいない。この道が何処迄通じているのか不安になる。ネットで調べてみると阪急箕面駅の観光案内所に「ボランティアガイド」の申し込みが出来る。ガイドが無いと一人歩きは言う迄もなく小グループでも歩けない?聞いてみよう?

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ここは近くの池に続く道。今歩いている通行止めの林道から覗く。貴重な生き物が観察出来ると言われているが、グループで来ないと1人ではさすがの親父も足を踏み入れられない。市の観光協会に聞いて見ると笑われる。「一人では行動しないで下さい」やっぱり。

しかしそれでも気軽に来れないだろう?それで良いと言われる?それで市民の森と言えるのだろうか?日本各地でもそんな取り組みしか行なわれていない。この先はもっと不気味でした。折角叔父さんに滝道に出る道を聞いたのに道を待ちがえる。それでも遠回りをしただけ。お弁当を食っていたので腹は減らない。

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ガーン。こんな所を降りるの?嘘でしょう?嘘ではアリマセン。道案内が無ければとても歩けません。この道を下れば大きな道(府道)に出る。そしてそこから更に谷を下れば滝道に出れる。そう考えながらでもこの下り坂にたじろいでいた。下るしかない。足元を見つめながらゆっくりと下る。

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ゆっくりと足元を踏みしめながら歩いている。ここ迄降りて来ると道を心配する事はないが谷は暗くなる。それでも良く見るとこの谷の防災に尽くした先人の痕跡が見える。今は苔生(こけむ)しているけれど、私達はあなた達の労苦を忘れる事は無い。

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この谷は名前は凄いが(地獄谷)滝道からその上を走る府道迄の距離だけでもしんどい。その上にこの谷がある。この谷の全長は谷筋と尾根筋が府道から上で2キロ前後。府道から下が300m。だが侮るなかれ。この300mでも下から登ると喘ぎながら歩かなければならない。今日ハイキングマップを手にしたがこの他にも多くの谷筋がある。行基が歩いた道。行基に会える道。行基が入滅したと言われ天井が岳。親父の歩くべき道は広がっている。

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地獄谷の降り場は通り過ぎていた。車道からの道は歩いていても快適。ただ車の通りは少ない。谷側を歩きながら下の滝道に降りる道を探していると同じ様な道が続く。この道を歩く人は殆どいないのだろう?案内標識は近くにいかないと分からない。

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この谷は地獄谷より上の風呂谷。多くの人はこの険しい谷を登る事は無い?昨日手にしたこの明治の森「こもれびの森」も谷はこれほど厳しい。一人では歩かないで下さいと言われたが、団体で行動する程ボケてはいない。もっとも親父がこの谷を制覇するには年齢オーバーかもしれない?下りながら登りの体力を気に掛けていた。

 

 

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