ダイハツタントの納車 3ヵ月待ち?セコイ車しか買えないって事。
初めてこの水門を見た時、この水門を行政の船が潜っていた。この水門の役目は防災対策?この場所に150年足らず前に大津波が押し寄せて甚大な被害を出している事を親父は知らなかった。道頓堀川が合流する木津川はこの下流で西成の「さっちゃん」先生が水死体で発見された千本松の渡しの先で大阪湾に辿り着く。
この先お見せするが今はそんな出来事は何も無かったかの様に綺麗な姿を見せているが、川の流れは最低に汚い。何でこれほどに汚いのか?川の流れが緩やかで水質浄化のお金を掛けていないからだろう?この川の歴史を知る人も少なくなっているが大阪は水の都と言われていた水路も今は完全に無用の長物になっている?関西人はそれでも水の都を売り物にしょうとするのだろうか?いずれ天罰を喰らうに違いない。
大阪ドーム球場が大阪市と関西経済連の熱い思いで完成したのは1997年。700億円弱の多額の建設費で完成したこの施設は現在オリックスグループが所有しているがその所得額は建設費の十分の一足らず。プロ野球オリックス球団が本拠地としているが神戸ホットもっと球場でも公式戦を開催しているので今は東京ドーム、福岡ドーム、札幌ドーム、ナゴヤドームの賑わいは無い?だだ、札幌も名古屋も経営的には厳しい事に変わりはない。その補填を親会社がしている?
京セラドーム(大阪ドームの命名権を京セラが買っている)周辺のマップ。
この近くに住んでいた人は少ない?多くは大阪ガスの所有地だった?唯、親父が若い頃はこの周辺は工業地帯だった。その前は川?埋め立て地。
左の川は水路として掘られた人口の運河。すっかり綺麗になっていた。川を除いて。この現実どう受け止めれば良いのか愕然としていた。オバカな看板が残っていた。今は全く使われていない桟橋?この大阪府元知事。今は何処で政治屋をしているのだろう?
久し振りに歩く尻無川と大阪ドームに続く堤防の公園。散策する人も無く荒れ果てていた。何処が管理しているのだろう?お金を掛けて国際ロータリー会議の為に整備しました?これがお役所仕事です。情けない思いで見ていた。土手の草が枯れ盛り土が崩れ始めていた。この近くに住む人がいかに関心が無いかが分かる。しかしこの上には「ドームシティ大阪ガスビル」がある。彼等も又関係無いと思っているのだろう?
対岸を見ると堤防の中で何か作業をしている。京都桂川でも見た堤防の中の作業。こんな架設の建物と車両を入れてやる作業がどれだけ危険な事か認識されていない。堤防はどんなに頑丈な河川工事をしても、維持管理が疎かになると災害を防ぐ事は出来ない。行政もマスコミも政治的な事、経済的な事ばかり尤もらしく語らないで生活に直結する問題を考えなければならない。この雑草の清掃位何時でも出来るだろう?
ドームも完成してから久しい。しかしこの天井の清掃どうやるのだろう?余計な心配をしてカメラを構えていると怪訝な顔をされる。このドーム畳めるのだろうか?それとも上からロープを垂らしてブラシで磨く(アホ)身震いしていた。
堤防と川の間に建物が在る。この堤防を造る時にここには瓦工場があったのだろう?その代替の土地を他に求める事は出来なかったのだろう?瓦工場は残っていた。その為堤防の上の車線は片側通行。でも歩道は確保されていた。但し歩く人は居ない。
全く工場が稼働している気配がない。開店休業かと思いきや一部でモーター音が聞こえる。音を聞くと汗まみれの汚れた光景が眼に浮かぶが、瓦の名産地は関西では淡路島が有名だが昔(江戸時代)は大阪瓦の名前でこの地が瓦の集積地として有名だった?
堤防を降りて弁天町の駅に向う。結構遠かった。途中何度も駅迄の距離を聞こうと思ったがこの高い建物が目印になっていた。大阪市の肝いりで造られた地域の再開発。バブルの遺産は見事に弾けているがこのホテルの展望は素晴らしい。昨年の暮れ泊めさせて頂きありがとうございます。そう感謝していました。
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