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2014年5月 5日 (月)

浜松の夜。明日は待望の方広寺。

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浜松到着。浜松は「浜松まつり」全く興味はなかったけれど「激練り」を写す。
市内の通行規制もあり少し渋滞の中で「イライラ」祭りに参加する気持ちが無いから「祭りの盛り上がり」?に首を傾げる。それでも久しぶりに見る熱狂に苦笑。

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浜松祭りの盛り上がりは屋台の引き回しと地元衆の練り。この気持ちはよそ者には分からない。

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親父が浜松に住んだのは2年足らず。その後は天竜川対岸の竜洋に4年半。掛川に13年。その間1度も見た事が無かったがこの3日間。浜松の人達は昼は凧揚げ。夜は屋台の引き回しと激練りを行うと記憶していた。初めて見る夜の賑わいは意外に地味。よそ者には激練りの興奮が今イチ感じられなかった。

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凧揚げの会場は近くの「中田島砂丘」で行われる。浜松では長男が誕生するとその無事長久を願い江戸時代?から大凧を町内総掛かりで揚げて来た。その個人負担は100万を越す?とも言われて久しい。この道はその会場を過ぎている。

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新居の関所跡。初めて見学。江戸時代ここで東海道を行き来する旅人は厳しく取り調べられた。武器と女性の取り調べ。徳川300年の太平の世は全国800余の地方を幕府が管理する事で成り立っていた?

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関所の後新居宿を代表する旅籠を見学。当時の旅も基本的には今と変わっていない?変わった事と言えばこの宿の裏を東海道線と新幹線が走っている。その先が浜名湖。現在の旅人はこの関所を見向きもしなくなっている?この後豊川桜淵公園を訪ねる。子供達が小さい時から17年間一度も欠かさず?花見をした思い出の地。大きな変化は無かったが新緑の中に静かな時が流れていた。

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ボート遊びをした豊川の川幅は拡がった感じがした。流石にボートには乗らなかったがこの上流のダムは無いのかもしれない。川の水位が変わる事は無いのだろう?新緑が眼にしみる。再びの時は無いかもしれない?それでも昔を語りながら淡々と景色を見ていた。

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若かった頃難なく登れた太鼓橋が足下が滑る。木漏れ日のコンクリートの坂を上がりながら溜め息をついていた。大阪住吉大社の太鼓橋は石の階段だがこの道はコンクリート。滑り止めの細工はしているが足下が滑る。(トホホ)

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秋の空の下で見上げる紅葉の時は知らないがその時の錦絵が眼に浮かぶ。その時を歩く時は無いと思いながら近くのJRの駅を探していた。年長けて又越ゆべきと思いきや命なりけり小夜の中山(西行)親父の寿命の時もそろそろ?それはまだ早い?

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