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2013年7月31日 (水)

高知「修行の道場」電車とバスを乗り継いで。

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JR徳島駅迄は大阪から高速バス。徳島駅からここ迄は牟岐線。ここからは第三セクター(地域ローカル線)阿佐海岸鉄道が甲浦(かんのうら)迄8、5キロ連絡している。しかしこの路線、海岸線を通っているのでトンネルが多く全国的にも有名な赤字路線。

甲浦から室戸迄はバス路線がある。室戸から土佐くろしお鉄道終点の奈半利迄はバス路線。この区間は時刻表を見ながら事前に勉強しました。地元の役場にも電話をしてバスのアクセス(連絡)を聞きました。甲浦から室戸迄のバスも乗客は数名。運転手と話をしていました。

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阿佐海岸鉄道。電車は綺麗でした。車内も沿線小学校の子供達が観光案内の絵を描いていた。しかしこの路線の利用客が何としても少ない。今は海水浴のシーズンだからかき入れ時だろうが問題はこの地域の活性化だろう?

行政の取り組みは空回りしていた。空海が道無き道を切開いて進んだ道。徳島室戸の豊かな地域おこしは容易ではない。唯これは此処だけの問題ではない。全国全ての地域が抱えている過疎の問題。中央の官僚は補助金はつけてくれるが、地方の役人達がそれを食い物にしている?

どんなに補助金、予算を獲得しても地域が活性化しないのは何でだろう?役に立つお金を使っていない事に地方の皆さん何時気が付くのだろう?今でしょう。無理だな。地方は補助金を食いつぶしながら限界集落が加速している。都会人はそれを知らない。
関係無いと思っているのだろう?景気は持ち直している?八月真夏の夜の夢は今年も政治家は笑いが止らないのだろう。ええ加減にしなはれ。参議院選挙の間抜けな結果は地方も都会も深刻な問題を加速させているだけ。その事を覆い隠して何を語るのだろう?そんな貧しさを明るい空と海が笑っていた。

(お前が嘆くな。お前が語れ。お前が汗を流せ。)そう言われていた。テレビのコマーシャル。これも音声を消して見ている。テレビがどれだけ深刻な問題を伝えているか?空海様の言葉を聞いていた。何も語らず何も見せては呉れなかった。

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鉄路はここ迄。ここから室戸岬迄の道は空海が難儀しただろう?1200年前の道は無かった。人の生活もこの先は無かったに違いない。この先は言う迄もこの手前も日和佐から先は道無き道だったのだろう?空海はどんな思いで進んだのだろう。

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室戸岬到着。バスを降りるが今夜の宿は決めていない。岬の上に高知最初の札所がありこの日はその宿坊に泊まる。女将さんは気さくな人だった。宿坊と言っても普通の宿と何も変わらなかった。広い静かな綺麗な部屋だった。

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札所と宿坊はこの山の左側にある。遊歩道から山を見上げると青年空海が「気を付けなさい」と声を掛けていた。1200年前は海岸がこの近く迄迫っていたに違いないが今はこうして歩く事が出来る。

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空海はこの洞窟で悟りを開いている。明けの明星が口の中に入って来たと言われている。(錯乱だけれど)空と海。空海の名前もここで会得したと言われている。1200年前はこの辺り迄海だった?この左側でお守りを売っていたオバさんと他愛無い話をする。優しいオバさんでした。

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30年近く前に九州帰省の時に利用したホテルは廃業していた。時の流れはある時は優しく又ある時は余りに非情です。静岡県御前崎の代表的なホテルが2軒在ったが1軒は見事に取りつぶされて更地になっていた。

ここはまだ建物が残っている。あの時この空海の洞窟を見ていないが、その罰が当ったのだろう。この風景を見ながら時の移ろいを感じていた。次の30年は無い。この先で岬の上にあがる。その道は短かったが喘ぎながら登っていた。

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翌朝この道を歩いて下に降りる。30年前に来た時は車で同じ道を登り下る。お寺さんにお参りする事も無かった。あの頃の生き方はもう取り戻す事は出来ないが、これからの生き方はあの頃より間違いなくだらしないに違いない。車のドライビングテクニック。ゴルフの腕前。仕事の厳しさ。再び手にする事は有り得ないのだろう?

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このお寺さんは海辺にあった。感覚的には山辺と思っていたから場所を探すのに手間取る。ここの人達は何故か冷たかった。それでも優しそうな人を探しながら道を聞いていた。ここではバスの時間を気にしながら歩いていた。1つ乗り遅れると30分は待たないといけない。

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高知の札所巡りは鉄道とバスを乗り継いで廻る事にしていた。それでもバス停から山門前迄は歩く事にしていた。ここでその甘さを思い知らされる。ここから2キロの道程は容易では無かった。この教訓を次の札所で生かす?(タクシーに乗ったのだろう?)バレたか?アホか?アホではありませんでした。歩いて見なはれ。歩くとはこう言う事です。

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靴の紐を締め直して歩く。天気快晴。心も晴れていた。

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一番奥に見える岬が室戸の岬。歩き遍路の人の苦労が良く分かる。とても真似が出来ない。その事をこの先の遍路道で思い知る。この札所の後、タクシー利用が多くなる。親父の歳と性格を考えると当然の事だった。一度苦しい思いをすると本当にだらしなくなる。この全てを歩き通せる人は相当の脚力と偏屈な精神を持ち合わせている人に違いない?(コラ)

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次の札所に移動中。快適なバス旅。安岐の海が眩い。次は昨夜の宿でタクシーを予約していた。バス停から往復3000円。タクシー会社の女性は華やいだ声でバス停と食事の場所を案内してくれた。綺麗なオープンカフェで海を見ながら食事が出来た。

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27番札所「神峰寺」ここは下のバス停から歩くと3時間は掛かる。坂道は「まったて」と言われる程、遍路道は急勾配です。車はこの下の駐車場迄来れる。流石にここは歩けない。(情けない)でも本音は違っていた。運転手さんありがとう。でもその罰はそんなに先ではなかった。

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タクシーで山を下りた処迄は良かった。駅で見た時刻表。何と電車は行った処。1時間弱の待ち。(正確には50分だった。)タクシーはそんな親父を無視して帰る。ホームでぼんやりしていると近くの夫婦がやって来る。それでもお互い無視していた。嫌な感じ。近くの温室を見ていると中学の教科書で見た高知の野菜栽培の景色があった。

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待望の電車到着。電車の中は空いていた。でも1時間に1本の電車ならバス専用か、路面電車の延長をなんで考えなかったのだろう?(余計なお世話です。)確かに。全国の街中でも行なわれていた多くの鉄道高架工事、高速交通工事。その多くは税金です。国の税金(自動車税、自動車重量税)その多くは鉄道の高架工事、新幹線、地方の高速道路2車線化、延長工事に使われている。これから更に高知では防潮堤工事にその税金が使われる。そんな地方の活性化?地方は豊かですが希望は無かった。

 

 

 

 

 

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