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2013年7月29日 (月)

流石の体も「夏バテ」覇気が無い。ベッドの上で寝てばかり。

まだ8月前だと言うのに体が言う事を聞かない。体の何処かが悪いと言うのではなく、やる気が出て来ない。今更何かを求めて歩き回る事が「よだきゅうなったのだろうか?」(田舎の言葉を使うな。意味が分からない。)でもこの言葉がぴったり。

故郷を後にして半世紀が過ぎるが、田舎の言葉は少しも忘れていない。後どれ位したら田舎暮らしが出来るか分からないけれど、元気な間は故郷には帰らない気がする。そんな親父でも「終の住処」は探さないと行けない。後20年は何とか「がんねん適う様にして」(方言の意味は体の自由が利く様にして)我が儘な生き方をしなければならない。

でも一人暮らしをしていると(二人暮らしでも同じだろうが)時々そんな生き方に疑問を感じる。だからといってどうだと言える訳も無いが、自分の心を支えている支柱ががポキポキと音を立てて崩れる。そんな時何時も尤もらしい事をほざいている自分が哀しく見える。これからの生き方はこんな思いが加速するに違いないが、そんな情けない気持ちを奮い立たせるには温泉が一番です。

天然温泉の静かな湯煙の中で何も考えないで体を休める。本当は心が癒される人と何も語らず反対の方向を見ていてもそれで充分なのだろうが、残念ながらそんな時も過ぎている。露天風呂で騒ぎながら空を見上げていた時、何を喜んでいたのだろうか?そんな事を考えながらお気に入りのパンを食っている。少し固い。コーヒーを入れますか?

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四国徳島「発心の道場」三日目。美しい故郷を思い出しながら宿で用意してくれたおにぎりを食っていた。この日は先日とは反対に下り坂を一気に駆け下りていた。それでも所々短い登りがありここのその峠道。

2度と見る事は無い八月の棚田を一心に見つめながら心に開いた大きな穴に自分で詰め物をしていた。「覆水盆に返らず」自分に言い聞かせていた。この先は大きな下りの峠道。「本当にこの道で良いのかな?」と思いながら足を広げて駆け下りていた。

アルプスの少女ハイジ?ブレーキを握り締めながらスピードに気を付けていた。広い立派な山間の峠道。行き交う車も無かった。転けたらアウトでした。この道も車で駆け下りると快適な道に違いない。しかし昨日の喘ぎながら歩いた道を考えると笑いが止らなかった。

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慶応の青年と休憩した接待所。無料休憩所。青年は同県人。4年制大学に目的を失い専門学校に行きたいと言っていた。あれから2年。彼も今どんな生き方をしているのだろう?親、兄弟の期待を一身に背負って東京の有名私立で勉強しても、手に出来た事は1流企業の就職では無かったに違いない。

それは世間では落ちこぼれと言われるが自分の希望は適ったのだろうか?世間はそんなに甘くはないが四国の遍路道で多くの人から言われた言葉を支えに出来ているのだろうが?今でも気になっている。この標識では次の札所近くに見えるがそんな感じはしなかった。

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ここから焼山寺まで28キロ。ママチャリのお陰で2時間足らずで駆け下りているが青年は歩いていた。色んな事を語り合ったが彼の心は決まっていたに違いない。ここから次の札所表示は近いが下りの峠道は長かった気がしている。

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阿波国分寺。山号は薬王山。国分寺は全国各地にあるがこのお寺も古かった。しかし今は訪れる人も少ない?立派な庭園があるが非公開。(事前に申し込みが必要)境内も広いが入り口が分からずウロウロしていた。この先で雨に遭う。

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