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2013年7月

2013年7月31日 (水)

高知「修行の道場」電車とバスを乗り継いで。

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JR徳島駅迄は大阪から高速バス。徳島駅からここ迄は牟岐線。ここからは第三セクター(地域ローカル線)阿佐海岸鉄道が甲浦(かんのうら)迄8、5キロ連絡している。しかしこの路線、海岸線を通っているのでトンネルが多く全国的にも有名な赤字路線。

甲浦から室戸迄はバス路線がある。室戸から土佐くろしお鉄道終点の奈半利迄はバス路線。この区間は時刻表を見ながら事前に勉強しました。地元の役場にも電話をしてバスのアクセス(連絡)を聞きました。甲浦から室戸迄のバスも乗客は数名。運転手と話をしていました。

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阿佐海岸鉄道。電車は綺麗でした。車内も沿線小学校の子供達が観光案内の絵を描いていた。しかしこの路線の利用客が何としても少ない。今は海水浴のシーズンだからかき入れ時だろうが問題はこの地域の活性化だろう?

行政の取り組みは空回りしていた。空海が道無き道を切開いて進んだ道。徳島室戸の豊かな地域おこしは容易ではない。唯これは此処だけの問題ではない。全国全ての地域が抱えている過疎の問題。中央の官僚は補助金はつけてくれるが、地方の役人達がそれを食い物にしている?

どんなに補助金、予算を獲得しても地域が活性化しないのは何でだろう?役に立つお金を使っていない事に地方の皆さん何時気が付くのだろう?今でしょう。無理だな。地方は補助金を食いつぶしながら限界集落が加速している。都会人はそれを知らない。
関係無いと思っているのだろう?景気は持ち直している?八月真夏の夜の夢は今年も政治家は笑いが止らないのだろう。ええ加減にしなはれ。参議院選挙の間抜けな結果は地方も都会も深刻な問題を加速させているだけ。その事を覆い隠して何を語るのだろう?そんな貧しさを明るい空と海が笑っていた。

(お前が嘆くな。お前が語れ。お前が汗を流せ。)そう言われていた。テレビのコマーシャル。これも音声を消して見ている。テレビがどれだけ深刻な問題を伝えているか?空海様の言葉を聞いていた。何も語らず何も見せては呉れなかった。

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鉄路はここ迄。ここから室戸岬迄の道は空海が難儀しただろう?1200年前の道は無かった。人の生活もこの先は無かったに違いない。この先は言う迄もこの手前も日和佐から先は道無き道だったのだろう?空海はどんな思いで進んだのだろう。

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室戸岬到着。バスを降りるが今夜の宿は決めていない。岬の上に高知最初の札所がありこの日はその宿坊に泊まる。女将さんは気さくな人だった。宿坊と言っても普通の宿と何も変わらなかった。広い静かな綺麗な部屋だった。

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札所と宿坊はこの山の左側にある。遊歩道から山を見上げると青年空海が「気を付けなさい」と声を掛けていた。1200年前は海岸がこの近く迄迫っていたに違いないが今はこうして歩く事が出来る。

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空海はこの洞窟で悟りを開いている。明けの明星が口の中に入って来たと言われている。(錯乱だけれど)空と海。空海の名前もここで会得したと言われている。1200年前はこの辺り迄海だった?この左側でお守りを売っていたオバさんと他愛無い話をする。優しいオバさんでした。

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30年近く前に九州帰省の時に利用したホテルは廃業していた。時の流れはある時は優しく又ある時は余りに非情です。静岡県御前崎の代表的なホテルが2軒在ったが1軒は見事に取りつぶされて更地になっていた。

ここはまだ建物が残っている。あの時この空海の洞窟を見ていないが、その罰が当ったのだろう。この風景を見ながら時の移ろいを感じていた。次の30年は無い。この先で岬の上にあがる。その道は短かったが喘ぎながら登っていた。

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翌朝この道を歩いて下に降りる。30年前に来た時は車で同じ道を登り下る。お寺さんにお参りする事も無かった。あの頃の生き方はもう取り戻す事は出来ないが、これからの生き方はあの頃より間違いなくだらしないに違いない。車のドライビングテクニック。ゴルフの腕前。仕事の厳しさ。再び手にする事は有り得ないのだろう?

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このお寺さんは海辺にあった。感覚的には山辺と思っていたから場所を探すのに手間取る。ここの人達は何故か冷たかった。それでも優しそうな人を探しながら道を聞いていた。ここではバスの時間を気にしながら歩いていた。1つ乗り遅れると30分は待たないといけない。

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高知の札所巡りは鉄道とバスを乗り継いで廻る事にしていた。それでもバス停から山門前迄は歩く事にしていた。ここでその甘さを思い知らされる。ここから2キロの道程は容易では無かった。この教訓を次の札所で生かす?(タクシーに乗ったのだろう?)バレたか?アホか?アホではありませんでした。歩いて見なはれ。歩くとはこう言う事です。

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靴の紐を締め直して歩く。天気快晴。心も晴れていた。

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一番奥に見える岬が室戸の岬。歩き遍路の人の苦労が良く分かる。とても真似が出来ない。その事をこの先の遍路道で思い知る。この札所の後、タクシー利用が多くなる。親父の歳と性格を考えると当然の事だった。一度苦しい思いをすると本当にだらしなくなる。この全てを歩き通せる人は相当の脚力と偏屈な精神を持ち合わせている人に違いない?(コラ)

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次の札所に移動中。快適なバス旅。安岐の海が眩い。次は昨夜の宿でタクシーを予約していた。バス停から往復3000円。タクシー会社の女性は華やいだ声でバス停と食事の場所を案内してくれた。綺麗なオープンカフェで海を見ながら食事が出来た。

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27番札所「神峰寺」ここは下のバス停から歩くと3時間は掛かる。坂道は「まったて」と言われる程、遍路道は急勾配です。車はこの下の駐車場迄来れる。流石にここは歩けない。(情けない)でも本音は違っていた。運転手さんありがとう。でもその罰はそんなに先ではなかった。

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タクシーで山を下りた処迄は良かった。駅で見た時刻表。何と電車は行った処。1時間弱の待ち。(正確には50分だった。)タクシーはそんな親父を無視して帰る。ホームでぼんやりしていると近くの夫婦がやって来る。それでもお互い無視していた。嫌な感じ。近くの温室を見ていると中学の教科書で見た高知の野菜栽培の景色があった。

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待望の電車到着。電車の中は空いていた。でも1時間に1本の電車ならバス専用か、路面電車の延長をなんで考えなかったのだろう?(余計なお世話です。)確かに。全国の街中でも行なわれていた多くの鉄道高架工事、高速交通工事。その多くは税金です。国の税金(自動車税、自動車重量税)その多くは鉄道の高架工事、新幹線、地方の高速道路2車線化、延長工事に使われている。これから更に高知では防潮堤工事にその税金が使われる。そんな地方の活性化?地方は豊かですが希望は無かった。

 

 

 

 

 

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徳島「発心の道場」も残り2つ。雨上がりの道を進む。

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この看板を見た時には近いと思っていた。ところが遠かった。距離にして10キロを超える。自転車でこれ位の距離は平坦な道なら問題は無いが、この先からずーと緩やかな登りだった。途中で叔父さんに道を確認しながら村を抜け峠道を不安げに歩いていた

 

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写真では自転車を押して歩く様には見えないが、この登り坂ずーと続いている。翌年(去年の春)この道をバスで下って来た時は快適だった。(懐かしかった)この道は昔から徳島阿南から高知市内を結ぶ土佐中街道。この道を昨年の秋、高知からバスで逆走する。徳島と高知の国境はバス路線無し。親切な宿の青年に送って貰う。

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田舎の風景を見ながら故郷を思い出していた。

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やっと緩やかな坂を登り詰める。どれくらい歩いただろう?予想外の道にふて腐れていた。近いと思っていた場所がそうではなく山を大きく迂回していた。

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ここからは下り。雨上がりの山を見ながら一気に駆け下りる。

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峠を下ると次の札所は近い。カッパを脱いで場所を確認していると近くの高校生が声を掛けてくれる。「何かお困りですか?」ありがとう。確認です。短い言葉の中に優しさを感じる。高知の「修行の道場」で女子高生が電車の中で虫除けスプレーを掛けたりしていたのと大違い。感じの良い青年だった。

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昨夜は雨が降り川の水は増えていた。

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到着。緩やかな峠を越えたので予想以上に時間が掛かる。

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次の札所薬王寺が徳島「発心の道場」区切りのお寺。今回の目的はここ迄。この看板を見ながら思案に暮れる。国道55号線20キロ。次の札所で自転車共お別れ(ママチャリ持っては帰れない)。嬉しい事に2泊した「そわか」の若女将が車で取りに来て呉れる約束になっていたが20キロは遠い。

そこで考えたのは近くの駅に置いて電車で行く。(流石賢い)正解だった。この先は峠道。自転車では大変だった。電車でトンネルを抜け、峠道を見ながらニンマリしていた。帰りにその峠道を車で走ると電車で来た事を喜んでいた。しかし歩き遍路の人はこの道を越える。空海がこの道を歩いて越えた時は命懸けだったに違いない。

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山門を潜ると再び雨が降って来る。カッパを着て参拝。納経所で近くの駅の場所と下りの時刻を聞く。お寺の奥さんは「電車で行くの?」そんな顔をしていた。親父を歩き遍路の人と勘違いしたのだろう?電車の時間はほぼ1時間待ちだった。

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大師堂にお参りをして踵(きびす)を返す。近くの駅(新野)は意外に分かり難かった。☂の中をカッパを着てゆっくり自転車で駅を探す。分からない時は地元の人に聞くと殆どの人が丁寧に教えてくれた。駅には電車到着の30分前に到着。駅前に喫茶店があり自転車を預かってもらう。

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この駅は「新野」ではない。この時はすでに電車に乗っていた。信号待ちで停車していた。

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徳島最後の遍路寺「薬王寺」近くの道標です。ここから次の札所最御崎寺(ほつみさきじ)迄は90キロ。歩いて3〜4日掛かる。空海はどれ位掛かったのだろう。道無き道を切開きながら海沿いに室戸の岬を目差したのだろう?何の為に?

悟りを開くためだったと言われているが、真言密教の教えはそれほどのものではなかったに違いない。その事を次に訪ねたのは半年後だった。(それで分かったのか?)分かる筈が無い。それでも電車とバスの乗り継ぎの旅は心の汚れをはぎ取ってくれた。それは又改めて。

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薬王寺山門。

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四国霊場21番札所太龍寺。もう一度行けるかな?「そわか」には行けると思うけど。

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太龍寺ロープウエイ。スイス製。スパン(支点柱の間隔)世界一。高さは下が見れなかったがスイスの氷河の上と谷はもっと怖かった気がする。でもこの高さも半端ではなかった。歩き遍路道はこの反対側から急な山道を登る。

降りる道は何処に在ったのだろう?往復このロープウエイを利用する。ここで2泊したので山から降りて川原で魚釣りの様子を見ていた。暑い河原の石を除けて下からロープウエイを見ているとそれだけで尻の穴がムズムズしていた。それほどに高い所を一気に登り下る。

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正面の山の上迄支柱はない。オープンして20年余無事故。その信頼性は高い。しかし怖い。空海もびっくりのスイスの技術です。料金は往復2400円。でもその価値は充分あり。山頂の鉄塔は世界一。一度乗って下さい。寿命が延びる?(それは貴方次第です。)

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この参拝の階段は建物修理中で立ち入り禁止だった。今は通れるのかな?

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この建物(本堂)の屋根を杉の大木が台風の強風で直撃。修理中。ほぼ完成していた。

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弘法大師堂。

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空海が100日間。岩上で修行した所。是非近くで見たかった所。岩山。裸足でロープにしがみつきながら高所恐怖症の親父が登りました。ここは左がロープウエイの乗り場。売店もあるがそこのオネエさんに聞いたら、「危ないから見るだけにして」と言われていた。確かにメタボな親父にはちょっとだけ危険でした。では御覧在れ。

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ホンマに良くやりました。先客が降りて来て親父のへっぴり腰を心配しながら見てくれていました。左は絶壁。右だけを見ながらロープを引っ張っていました。もう一度とリクエストされても無理かもしれない。「無我夢中」ここを上がる事が目的でした。

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こわー。下を見たのはこの時だけ。下を見ないで右側の木だけを見ていた。突然登場のは裸足の親父を見ても空海様は遠くの景色を見ながら平然としていた。内心は可笑しかったに違いない。それでも何も語らず静かな時が流れていた。

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下を見るな。ロープに縋れ(すがれ)しばらく躊躇していた。下に降りないで手を延ばせばロープを摑む事が出来る。しかし失敗すれば落ちる。ゆっくり考えて安全な方法を考えていた。

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結局ロープを摑んで下に降りた気がする。メタボな親父が飛び移る事が出来なかった。それが正解だったに違いない。裸足で来るなと言われていた。

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こちらは反対側ロープウエイの運営会社のモニュメントです。

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社務所廊下の天井画。自慢の3枚。この撮影は禁止されていないがタイミングは難しかった。

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山から下りて来ています。

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併設の食堂で山菜力うどん。シンプルな味。心が温まっていた。1人で食っていたのは親父だけ。ほとんどが団体か夫婦。カップル。家族で行った最初で最後の穂高のロープウエイを思い出していた。あのロープウェイも一気に山を駆け上がるが今は2階建てになっている。

西穂、槍の山容を見る事ももうないかもしれない。そんな事を考えていたが寂しさは無く淡々としていた。これからの生き方は自分が決める?あれから2年の歳月が流れている。この後川原に出て暑い石ころを押し退けながら川の流れを見ていた。

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レストハウス。ロープウエイ乗り場。売店前の池。開運橋。運は開けたのかな?

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オープンして1週間。今は開業2年。2食付いてトイレが専用になると6500円。安くはないが高くもない。お風呂も部屋もきれい。親父はここで2泊しました。1泊目。鶴林寺の難行で体がぼろぼろになっていました。この綺麗な宿と優しいもてなしの心で2泊してすっかり元気になりました。日帰り入浴も可。

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変な叔父さんが写っている。(親父です。)この時チェックインにはまだ早かったが開けて呉れる。部屋に戻ると節々が痛くて横になる。ホントに2泊出来てありがとうでした。翌日は雨。それでもマップ(ガイドブック)で見ると遠くはない。ところが大違いでした。

この時も不安な気持で歩く。登りが続いて相当ふて腐れていた。その道が土佐街道。徳島と高知を結ぶ山間の道。この道を土佐からバスを乗り継いで歩いたのは翌年。去年の春だった。その時も多くの人との出会いがあった。その旅は高知遍路旅「修行の道場」でお見せします。今夜はここ迄。

 

 

 


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2013年7月30日 (火)

8月は夏休み?汗水垂らしながら働いている人がどれだけ居ると思っているのだろう?

2年前のお盆休み明けに突然仕事が無くなった。あれからもうすぐ2年になる。親父の様な18歳から仕事一筋で日本経済発展の為に貢献した?団塊の世代も歳を取るとその社会からも邪魔者扱いになる。

その事を痛感した時、きっぱり仕事一筋の現役生活が終わった。今は年金生活。結構な御身分ですねとか悠々自適の生活ですねとか言われるが、当人はちっともそうは考えていない。今は黙々と気侭な生活をしているが1日も早く今の生き方を変えなければいけないと思っている。

もう必要ないと言われてもまだまだ人の役に立つ事をしなければならない。今、多くの同世代はこれから何をしてどう生きて行かなければ分からない。余計なお世話と言われるが「長生きをして本当に良かった」と思える事は自分がどう生きるかにある。

92歳で亡くなった母親に親孝行が出来たのは女房が生きていた時迄。1人になって散々迷惑を掛けて寂しく死んで行ったお袋に喜んでもらえるのは、これからの生き方に違いない。。現役サラリーマンの時そんな事を全く考えていなかった同世代は今、何を糧に生きているのだろう?その事がこれから問われる事をお役人も理解していない。

雇用統計が改善?景気は回復基調?アベノミクスの成長戦略?マスコミは何をとぼけた事を言っているのだろう?金融緩和と声高に叫んでもそのお金は皮肉にも有効的には使われていない?有効的な使われ方?大体何を持って有効と判断するのだろう?

それは日銀総裁でもなくお役人でもない。毎日汗水垂らして働いている人。働きたいと思っている人。そんな人達が手にするお金だろう?尤もらしい事を言いながら今、職安(ハローワーク?冗談では無い。この名前だけでもお役人がどれだけ馬鹿にしているかが分かる)で仕事を探してみなはれ。どんな仕事があるのか?

こんな求人をしながら雇用統計が改善?景気は回復基調?アベノミクスの成果?ホンマにこれだけコケにされても(努力が足りない?どんな努力が出来るの?)景気は回復する?そうかもしれない。今、金を持っているのはジジババだから。しかし彼等も老後の事を考えると無駄使いは出来ない。その事がどれだけ理解されているのだろう?

お馬鹿なマスコミは株価が上がったとか下がったとか騒いでいるが、外国人投資家は8月は夏休み。日本の政治家でも参議院選挙が済んで8月にどれだけ仕事をするのか?も少し賢くなりましょう。ネジレが解消した政治家に働いてもらいましょう。

無理だな。それ位の事をマスコミも伝えなはれ。読売やサンケイが野党の選挙惨敗をコメントする。いい加減にしなはれ。何時迄も自分達の思い通りにはならない。親父も日本経済財界新聞を読むのもきっぱりやめないといつの間にか洗脳されて行く。

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焼山寺到着。愛車に礼を言いながら山門前の悪戯をされない処に置く。ここで盗まれたりパンクさせられたりすると泣きっ面に蜂。「待っててね」と言いながら山門を潜った所。参道脇の苔。これでも盗んで行く罰当たりが居るのだろう?高圧電線が張られている。手が触ると火花が散る?マサカ?

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涼しい参道を歩いていると汗は引いて来るが、のどの渇きは押さえる事が出来ない。自販機を探すが無い。納経所の優しかったおばちゃんに聞いて見ると、境内には置いていないと言われる。

子供の様に「水が飲みたい」とだだをこねると眼の前の蛇口を指差される。「なんぼ何でもそれは」と遠慮すると笑みを浮かべて「美味しいです」と言われる。空になったペットボトルを差し込む。一気に飲む。冷たく本当に美味しい命の水でした。(オーバーナ)いやホント。

一息着くと今夜の宿を聞いていた。優しく教えてくれる。1週間前にオープンしたばかりの民宿だった。電話すると部屋は空いていた。電話の相手は代表のミーちゃんでした。地獄で仏とはこの事でした。やれやれ一安心。これで今夜の宿の心配も無し。

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確かに苦しい時、しんどい時、余計な事を考えている。「無心」とは簡単には成れない。不眠症。鬱病。話が人前で出来ない対人恐怖症。自分に暗示を掛ける術を知ればこれほどの簡単な対処法は無い。

親父は長い間対人恐怖症で立て板に水の様に話が出来ない情けない男でした。その男が今はどうだ。反対に口先だけで何も出来なかった輩が一時的にはデカイ顔をしていたが、今は落ちぶれている。その現実を知らないオバカが本当に多い。

安倍総理がアイアムソーリで1年足らずで退陣した事実を知らないのだろう?彼が長期政権になるとは思わないが、そうではないと思う人の方が多いのは余りに皮肉な話です。その原因は自民党の総裁選挙と民主党の自滅。つまりドサクサ紛れの総理が圧倒的な支持を受けている。そんな総理が韓国と中国から歴史認識で反撥を受ける。何と皮肉な事でしょう。

9月に大阪では堺市長選挙で「大阪都構想」が問われるが勝つのは現職?この人は大阪都構想を掲げて当選した人。彼が反対する理由は「大義」大阪都構想を掲げて当選した首長がその構想に反対して自民、民主、共産と連携する。どちらに「大義名文」はあるのか?それを決めるのが堺市民です。しかし堺市を廃止して堺区にする大阪都構想。これは無理でしょう。

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宿が決まってこの階段を意気揚々と上がる。途中で声を掛けられる。「よう上がって来ましたね?」「マイクロバスの中から見ていましたよ」この時はヒーローでした。確かにバスの中から見ると信じられない光景だったに違いない。この上が本堂です。

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多くの遍路はここでお経を唱える。親父は頭を垂れてお参りのお礼を述べるだけでした。多くの参拝者は白装束の背中に「同行二人」「南無大師遍昭金剛」の文字を着けているが、親父にはそれが無かった。お遍路さんのユニホームを来なさいと言われて事もあったが遍路の姿もこれからは変わるに違いない。接待の在りかも変わっていた。

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本日のオマケ。これは山道でまだ途中の顔。この時点でくたばっている。この格好ではお遍路さんでは無いよね。でも「徳島発心の旅」は大変でした。この道を歩いて廻る。それだけは真似が出来ない。歩き遍路の道はこの下の谷間を通っている。眼が可愛い?(今は笑えるけれどあの時は安全にバテていた。)

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反対側に対(つい)の鶴が居る。相手を思いやる心。親父一番欠けていた心。色んな人に口汚く罵(ののし)られたけれど、一番大事にしていた生き方が大切な人に通じていなかったとすればこれほどの哀しみは無い。弦の鳴き声を聞きながらそんな事を考えていた。(優しさ。でもそれは自分勝手な押しつけでもある。その事が分かっていなかったのは明白です。)

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山を一気に下る。足をひろげて左右(前輪、後輪)のブレーキを握り締めて奇声をあげていた。途中で歩き遍路の人が首を傾げて見送っていた。その下り坂も一気に終わる。電話で場所を聞いていたので道を間違う事は無い。ここから6キロか?溜め息を吐いていた。しかし川沿いの緩やかな登り。尻を上げてペタルをこいで自転車を押す事は無かった。

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もうすぐ到着です。しかしこの時少し不安になる。「遠い」

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到着です。でもここはロープウェイ乗り場。翌日ここから山を越えて参拝。高所恐怖所の親父。下の景色は見れなかった。(どこを見ていたの?)眼の高さの景色。

 

夕食。この日は本当に疲れていたので温かいご飯が食えた事だけで嬉しく思っていました。民宿の写真を最後のアップします。近くにお立ち寄りの時は是非。電話番号写しているかな?それは無いでしょう。

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翌日21番札所太龍寺参拝。その写真は次のお楽しみ。空海修行の道場にも行く事が出来ました。

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心に迷い起こらば困窮したる時を思い起こすべし。(家康)

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この辺りで雨が降り出して来る。でもカッパを2日目の朝買っていたので気にならなかった。土砂降りの雨では無かったが安物のカッパだったので蒸れる。雨に打たれる事は平気だったがゴルフのカッパ位に、体の熱気は逃がしてくれないと不快になる。

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広い境内。八十八カ所の廻り方は歩く人、車で廻る人、観光バスで廻る人、タクシーで廻る人。色々いましたが親父の様にママチャリで廻る人は流石にいなかった。ガイドブックには中古のママチャリで廻っている人の紹介があったが、そんな出合いは無かった。

意外に多かったのが車で廻る人。それもこの写真の様に境内迄乗り込んで来る人。こんな人を見るとさすがの親父も自分の事は棚に上げて怒りが込み上げていた。ここで雨は上がる。カッパをこの山門の下で脱いでいると声を掛けられる。神戸の人だった。この日はここ迄。徳島の駅前に戻りビジネスホテルに泊まる。

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4日目の朝。快晴だった。この道は車で家族で以前走った道だった。静岡から名阪国道を抜け和歌山手前の深日(ふけ)港から徳島に出て室戸に向った道。その道を自転車で一人で走る。因果応報とは言え哀しくはなかった。平坦な道にも登りがありそんな時は自転車を押していた。次に札所は田園地帯の山際にありコンビニで地元の人に場所を聞く。

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源氏と平家の戦いで高松屋島の戦いを知る人も少ない。平家追討の最大の功労者義経は戦いの天才だった。敵が予想もしない戦いを仕掛け成功する。平家を壇ノ浦の戦いで攻め滅ぼした後、京都で頼朝と対立したのが悲劇だった。

最大の功労者が最大の敵と思われ攻め滅ぼされる。これは今でも良くある話。歴史を学べ。歴史を知れ。本当の味方を失って鎌倉幕府は北条政子に乗っ取られる。しかしそんな幕府も長くは続かない。戦国の争乱の時代は今日の街を焼きつくし、天皇も公家も乞食同然となる。

まさに地獄さながらの世を制圧したのは刀と鉄砲の武家社会だった。今日多くの権力が世の中を支配しているが何時迄も続く権力は無い。皮肉な事にこの時代。空海の教えは難しくて庶民の生活に浸透していない。庶民がワラにもすがる思いで信じたのは親鸞の教え。

南無阿弥陀仏。人々は情けと施しを求めて彷徨うしか無かったのだろうか?空海の真言密教の教えは今でも多くの人の支えにはなっていない。それほどのこの宗教は哲学。宇宙の真理を問うている。現代。新興宗教しか人々の生活に食い込まれていないが、今こそそのあり方が問われる時はないかもしれない。しかし親父もその本質は何も分かっていない。

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遍路道はこの草の中にあった。

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19番札所は近かった。それでも分かり難い所にあった。お寺さんは立派だったが納経所の案内は無礼だった。20番札所は鶴林寺。山の上。ここは本当に良く自転車を押して5キロもの山道を登れたと思う。あの日があったから今日の自分が在るに違いない。そう考えて見るとこれ位の怠さは話にならないに違いない。

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田んぼの中の遠回りの道を教えられて憮然としていたが、この案内を見てニンマリと知る。ガイドブックで見ていた山道の参道は車で上がれる道だった。しかし山麓の道の駅でうどんを食いながら見上げた山は、不安が的中した。

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山道と言っても車道。5、5キロは何とかなると思ったのが甘かった。車で走ると分からないがその道を自転車を押して上がる。その過酷さを知る由もなかった。この登りが半端ではなかった。もう一度やれと言われても出来ない。息が苦しかった。

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そう正面の道を上がる。この道を車で上がるのも難儀だろう?ここ迄一緒に歩いて来た中学生の地元も子に激励される。(笑われいていた)しかしここ迄来たら引き返す事は出来ない。タクシーでもとは全く考えていなかった。

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畑の手入れをしていた叔父さんが居た。「後どれ位」と聞いて笑われる。「入り口」叔父さん冗談を言うのはやめて下さい。そう思いながらしばらく雑談。元気な親父さんだった。田舎の人は本当に元気でした。

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後3キロ。頑張れ。ここからがきつかった。息絶え絶え。それでも心に必死の思いだけは消えては無かった。「何としても登り詰める」その先に待っている下り坂。その事しか考えていなかった。あの苦しみを思えば何でも出来る。その事を忘れていた。

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この辺りに来るとこの道を下る事しか考えたい無かった。しかし、悔しい事にこの道を下る事は無かった。でもこの時はそんな事は全く考えていなかった。(理由?)この先に次の札所の分かれ道があったから。それでも下りに変わりはなかった。

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やっと登り詰める。安堵の思いで自転車に乗り前に進む。でもそれも一時の幻だった。

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又急な登り。しかもまだ2キロ。でもへたり込んで入られなかった。前に進むのみ。この道を直進すると次の札所。次の場所が分かったのは嬉しいが今迄喘ぎながら登って来た道は下れない。それが忌々しかった。

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道は平らになっている様に見えるがまだ登り坂。ゆっくりゆっくり歩きながら息を整えていた。ここ迄来ればこちらのものと思いながら尺取り虫の様に歩いていた。

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こちらが遍路道。自転車では通れない。ここでやっと人に会う。でもカップルだった。無視される。でもようやくゴールです。山門が見えて来る。「嬉しい」「やった」そんな思いが込み上げていた。

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お疲れさんでした。愛車もお疲れでした。苦闘の様子を見事に現わしています。しかしこの道を自転車を押しながら上がった人は少ない事でしょう?中々真似の出来る事ではありません。しかしこの遍路道をどれだけ多くの人が歩いたのか?その事も考えていました。(嘘をつけ)正直自分の事で精一杯でした。

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この先は又明日。ここでも素晴らしい出会いがありました。鶴林寺万歳。

 

 

 



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2013年7月29日 (月)

流石の体も「夏バテ」覇気が無い。ベッドの上で寝てばかり。

まだ8月前だと言うのに体が言う事を聞かない。体の何処かが悪いと言うのではなく、やる気が出て来ない。今更何かを求めて歩き回る事が「よだきゅうなったのだろうか?」(田舎の言葉を使うな。意味が分からない。)でもこの言葉がぴったり。

故郷を後にして半世紀が過ぎるが、田舎の言葉は少しも忘れていない。後どれ位したら田舎暮らしが出来るか分からないけれど、元気な間は故郷には帰らない気がする。そんな親父でも「終の住処」は探さないと行けない。後20年は何とか「がんねん適う様にして」(方言の意味は体の自由が利く様にして)我が儘な生き方をしなければならない。

でも一人暮らしをしていると(二人暮らしでも同じだろうが)時々そんな生き方に疑問を感じる。だからといってどうだと言える訳も無いが、自分の心を支えている支柱ががポキポキと音を立てて崩れる。そんな時何時も尤もらしい事をほざいている自分が哀しく見える。これからの生き方はこんな思いが加速するに違いないが、そんな情けない気持ちを奮い立たせるには温泉が一番です。

天然温泉の静かな湯煙の中で何も考えないで体を休める。本当は心が癒される人と何も語らず反対の方向を見ていてもそれで充分なのだろうが、残念ながらそんな時も過ぎている。露天風呂で騒ぎながら空を見上げていた時、何を喜んでいたのだろうか?そんな事を考えながらお気に入りのパンを食っている。少し固い。コーヒーを入れますか?

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四国徳島「発心の道場」三日目。美しい故郷を思い出しながら宿で用意してくれたおにぎりを食っていた。この日は先日とは反対に下り坂を一気に駆け下りていた。それでも所々短い登りがありここのその峠道。

2度と見る事は無い八月の棚田を一心に見つめながら心に開いた大きな穴に自分で詰め物をしていた。「覆水盆に返らず」自分に言い聞かせていた。この先は大きな下りの峠道。「本当にこの道で良いのかな?」と思いながら足を広げて駆け下りていた。

アルプスの少女ハイジ?ブレーキを握り締めながらスピードに気を付けていた。広い立派な山間の峠道。行き交う車も無かった。転けたらアウトでした。この道も車で駆け下りると快適な道に違いない。しかし昨日の喘ぎながら歩いた道を考えると笑いが止らなかった。

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慶応の青年と休憩した接待所。無料休憩所。青年は同県人。4年制大学に目的を失い専門学校に行きたいと言っていた。あれから2年。彼も今どんな生き方をしているのだろう?親、兄弟の期待を一身に背負って東京の有名私立で勉強しても、手に出来た事は1流企業の就職では無かったに違いない。

それは世間では落ちこぼれと言われるが自分の希望は適ったのだろうか?世間はそんなに甘くはないが四国の遍路道で多くの人から言われた言葉を支えに出来ているのだろうが?今でも気になっている。この標識では次の札所近くに見えるがそんな感じはしなかった。

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ここから焼山寺まで28キロ。ママチャリのお陰で2時間足らずで駆け下りているが青年は歩いていた。色んな事を語り合ったが彼の心は決まっていたに違いない。ここから次の札所表示は近いが下りの峠道は長かった気がしている。

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阿波国分寺。山号は薬王山。国分寺は全国各地にあるがこのお寺も古かった。しかし今は訪れる人も少ない?立派な庭園があるが非公開。(事前に申し込みが必要)境内も広いが入り口が分からずウロウロしていた。この先で雨に遭う。

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2013年7月28日 (日)

どうしても少し優しい生き方が出来ないのだろう?

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19歳のガキが69歳の親父を殴り殺して翌日母親に連れられて警察に自首。どんなにこれから反省しても犯した罪の大きさを思い知る時は長い。69のおっさんが犬と散歩中で道を譲らなかったと、19歳のガキが言った処で何の弁解にもならない。

最近痛感する事は本当に些細な事で感情が逆撫でられる。親父も久し振り?に今日道を歩いていておっさんに接触。声を荒立てる。そんな時以前は謝られたがこの歳になると反対に「どやされる」 今日のおっさんもそうだった。殴られそうになる。

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四国徳島吉野川に掛かる沈下橋。正面は中州。この画像は2年前の四国徳島「発心の道場」2日目。この先の四国八十八ヵ所巡り。不安的中。ママチャリで楽が出来ると思ったのは大違い。その事がこの時は全く気付いていなかった。2年前の夏です。

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この橋を渡ると対岸です。

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次の札所迄Ⅰ2、3キロ。歩き遍路の人が最初に健脚が問われる。「遍路ころがし」と言われる所は他にも多いが、ここは地獄の1丁目です。多くの人は罰当たりの生き方をしているがこの道を歩いて見なはれ。人生が変わる。親父はママチャリで大廻りをする。これが又大変でした。今、デカイ態度で生きていられるのはそのお陰に違いない。

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ここ迄15キロはママチャリで走っていた。ここから27キロ。でも溜め息をつくのはまだ早かった。ママチャリは平坦な道では走れたが道が登りになると押して歩くしかなかった。この先☂ににも叩かれるが苦しかったのは何時迄も続く登りだった。今日、親父に因縁をつけたおっさんもそんな経験をしていないのだろう。

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一見すると静かな田舎道もよく見ると登り坂。ママチャリを押しながら歩いていた。

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このトンネルの手前で脱いでいたカッパを着る。やっと登りが終わると安堵したのも束の間。トンネルの中は暗くて歩道が一段高い。そして狭い。車でトンネルを通り抜ける時には全く感じなかった恐怖を感じる。今日因縁を付けられた親父の剣幕等問題ではなかった。

人間は唯、何となく生きているのではない。他人(ひと)を思い自分を思う。そんな気が無ければ必ず天罰を受けるに違いない。その事は歩いて見ないと分からないのかもしれない。人が邪魔だからどけ?そんな生き方が何時迄も出来ると思っているの?失うものは無い?失うものは一杯ある事が分からないだけ。それ位の事が分かっていないのだろう。

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綺麗な川だった。先を急いでいなければ泳いでいたに違いない。ここで目的の焼山寺を聞いて返事が無かった。「嘘でしょう」そんな顔をしていたが嘘では無い。そんな親父を見ながら「気を付けて」と言われていた。「そんなにあんのか?」それが正直な気持ちだった。

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この時は歩いていた。登り坂が続いていたが今考えて見ると山を越えていた。川の流れが細くなり歩いている道と近くなる。ここ迄来ると流石に足が火照っていた。川の流れに足を付ける。一時の快感がそれ迄の疲れを解放していた。この先はまだ遠かった。

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こんな山の中(失礼)にも人々の生活がある。都会の中ではとっくに忘れ去られてた田舎の生活がそこにはあった。今でこそ道路が整備され車の生活が日常的になっているが、この集落はそのず−と前から生きている。その事を考えると都会の生活の豊かさが問い直されていた。

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身内が迎えて呉れていた?道は立派になっていたが登りは続いていた。こうして見ると良く歩いた。この先で車の夫婦に道を聞かれる。反対にこちらが聞きたくなっていた。分かりもしないのに確信を持って道路標識を指差していた。

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よう歩きました。しかもママチャリだったので靴を履いていなかった。TAKEさんが波照間で買ったビーチサンダル。突っかけ?だった。良くそんな足元でこれだけの距離を歩けたと思う。(平坦な所と下りはチャリに乗ったが。嬉しかったなあ。)

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このピンクの道は親父は歩いていない。この道は遍路道。車道は右を大きく迂回している。車なら30分足らずの道もママチャリでは歩いた部分も多かったので6時間位は掛かっていた。歩いても遍路道は5時間?大変疲れました。もう一度行くとしたらどうしますか?タクシーにします。相乗りで。(駄目だコリャー)

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道の駅。温泉。スーパー銭湯。夜親切な親父さんに連れて来てもらいました。横に立派な宿もあります。山間にこれだけの施設があるのも驚きでした。

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焼山寺下のお店。ここに到着した時3時を過ぎていた。お兄さんがいてお遍路さんの相手をしていた。お接待のサービスを受けながら今夜の宿を聞いて見る。食事が付いて4000円(3000円だったかもしれない)の宿を紹介してもらう。

神山温泉の風呂に連れて行ってくれたり、翌朝、お寺さんと遍路道の「一本杉」に軽トラックで連れて行ってくれる。親父さん。ありがとうございました。まだまだ元気でいて下さい。お兄さんは京都から来て居候。お母さんも優しかった。

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お遍路駅。この看板を見て昨日お世話になったお店に声を掛けていた。お遍路駅とはバスの駐車場。この先の道は狭くて大型バスはここ迄と説明されていた。歩いてあがるのも難儀です。有り難い事に親父さんが案内してくれた。前を歩いている人は「逆打ち」反対側(88番)から歩いて来た横浜の親父さん。とても真似は出来ない。

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この山道を送ってくれた親父さん。何時の日か又必ずお合いしましょう。あれから2年。元気に穏やかに暮らしているかな?優しい親父さんでした。

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2013年7月27日 (土)

5連続四球。2点棚ぼた。それでも勝てないか。恥を知れ。

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散歩コースで見上げるお宅の手入れをされていない?花。拡大してみると空の色がとんでいるしピントもあっていないし、今日の中日の試合の様な出来映え。それでもこのお宅の庭を見上げる度に生活感を感じる。

今はこうして元気に歩けるが、そのうち間違いなく歩けなくなる。親父がデカイ口が叩けるのは今の内かも。その事を忘れないでこの暑い夏を乗り越えなければ行けない。阪神甲子園球場の満員の観客が言葉が無い。今日も負けか?打たん事には勝てんやろ。

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このお宅のデカイ桜木も古い。手入れもされていないが桜木にとって、これが何よりの元気の源だろう。今年も小枝が伸びて若葉が生茂っている。暑い夏の日差しを遮ってどれだけ快適な夏を過ごしているのだろう?フラッシュをたいて写していたら近くを歩いていたカップルに注目される。(アンタは写さないよ)

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静かな1日の終わり。静かに暑い日が終わろうとしていたのに、変なおっちゃんが来てエサを投げ込んで喜んでいる。とんだ迷惑。嘘をつけ。思わぬエサに飛び跳ねていた。エサは100円。中々ありつけないくせに感謝しろ。とんでもない事を喚いていた。若い。まだくたばる気配も見せていない。

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今一番綺麗な花はこの花。何な花か分からんじゃろう。分かる人は分かるが自慢する程でもない。「百日紅」の花。サルスベリの当て字がこの漢字。この花の嫌みが良く分かる。美しいものにはトゲがあると言われたのは過去の話。

今日では薄汚いものにも人並みの自己主張がある。(コラ)親父の様な言い方をしていると誰からも相手にされなくなる。それでも親父程物知りはいない。空海が何故後継者に恵まれなかったのが良く分かる。彼は後継者に何も期待していなかったのだろう?

それほどに真言密教の全てを会得すれば教える事は何も無かったのだろう?(アンタは違うけどね)そうでも無いのかもしれない。最近その事を痛感する、(アホか)高野山奥の院に入って見なはれ。空海は今でも生きていると信じられている。

 

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未知との遭遇。古きを訪ねて新しきを知る。真田庵も偶然の出合いでした。

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風に吹かれながら帰りは表門を出て来る時に道を信じられなかったバイパスを戻ります。九度山は柿の名産地。バイパス沿いの畑にも立派な柿が実っていました。しかし、親父的には「山辺の道」で見た柿の方が立派でした。九度山の柿は高級品です。

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来る時に数百メートル歩いたらこのT字路に出ていた。不安になりここ迄歩かずに手前で左の村落に入る。方向は間違っていなかった。九度山の駅から途中迄案内板が多かったが、お寺さん近くでバイパスが村落を外れていたので案内が分かりづらい。

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左手奥の川が紀の川。右はバイパス。遠くに橋本の街並が左にが見える?少し霞みが掛かっているが日差しはきつい。ゆったりとした思いで歩いていた。何も考えていない。気にしている事と言えば帰りの電車の時間だった。時間はたっぷりある。焦る事は何も無かった。

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桜の大木が土手の上に今年も若葉を繁らせていた。下の川原は低いので洪水の心配は無い。その土手の上で当分の間は歴史を見守るのだろう。この木陰でしばらく休息したい誘惑に駆られていた。しかし手前は広いバイパス。田舎でも交通量は少なくない。

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広い運動公園。ただの広場。整備されていない。都市では考えられない土地の使われ方。グランド整備をしても利用者がいないのだろう?一部は無料駐車場になっていたがどんな使われ方をするのだろう?紀の川もここでは遊水公園にも成らないのかも。

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真田庵到着です。ここも凄かった。真田親子の屈折した隠遁の生活を思い計る事は出来なかったが、現在人にも多くの事を語り掛けていた。歴史に『もし』は無いが大阪冬の陣で大阪城の主が「ねね」でなかったら、家康が生きている間に豊臣の滅亡は無かったに違いない。

最近女性の社会進出が尤もらしく語られるが綺麗事では覇者にはなれない。その事がここに来なければ分からないのかもしれない。そんな事はどうでも良いのだろうか?私達はもっと歴史に学ばなければならない。歴史を知らないからオバカな生き方が出来るのかもしれない。

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蕪村の句碑です。読めない。「炬燵して語れ真田が冬の陣」。親父的には豊臣が滅んだ「夏の陣」を注目しているが蕪村は「冬の陣」に注目している。江戸時代蕪村が生きていた頃には大阪城は徳川が支配していたが、その頃すでに大坂冬の陣の豊臣方の負けを誰よりも蕪村は語りたかったのだろう?

間抜けな妾。間抜けな豊臣方の家康に勝てない戦略。豊臣は秀吉亡き後、関ヶ原の負け戦の後10年もの長きに渡り家康に叩き潰されなかったのが奇跡だったのかもしれない。

関西の阪神タイガース、関西の経済復興。言葉は本当に勇ましいが口先だけでは勝てない事が、現在でも理解されていない。関西に活力を取り戻す。お笑いが何を間抜けなことを言っているのだろう?関西の再生は大阪都構想でもない事を何時思い知るのだろう?

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真田庵には真田親子の資料が整備されている。親父は中には入らなかったが200円で多くの資料を見せて呉れる。これほどの丁寧な資料館はないかもしれない。歴史的価値は大きいと言えるに違いない。(見ていないので断言はできない。あしからず。)

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橋本駅で大阪難波行きに連絡。待ち合わせ時間は長かった。

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大阪難波駅から高野線は発着しているが、基本的にはこの駅で乗り継ぎ。しかし難波駅を定時に発着する快速急行は高野山下「極楽橋駅」直行。特急高野。橋本駅からの展望車もあるがいずれも有料。乗車券のみで高野山に行くには1300円弱。九度山迄は770円。(片道)時刻を調べて行けばこれでお勧め。時間は九度山迄1時間強かかります。次は終点極楽橋1駅手前の紀伊神谷駅から九度山駅迄10、5キロを歩きます。(何時の事やら?)

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2013年7月26日 (金)

九度山。慈尊院。真田庵。歴史を知ると現在が見えて来る。?

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難波駅。昨日予行練習?をしていたので今日は迷う事無し。乗り込む電車もパソコンで調べていたので大丈夫。時間に余裕を持っていた。ところが余裕があり過ぎてホームで案内の駅員に聞く。目的の電車はまだ到着していなかった。

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この急行は途中迄しか行かない。しかし駅名が凄いな。駅名だけでなくこの住宅地は山の中を切開かれていた。大阪府の南部。この辺りが住宅地になるとはお大師様も思いも依らなかったに違いない。14、00発の快速急行は左に入って来る。

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目的地は慈尊院。親父がこのお寺さんを知ったのはつい最近の事。この駅から約1、5キロ。歩いて約30分と聞いていたが意外に遠くはなかった。途中迄は案内板が合って道を探す事は無かったが、目的地に近づいて分からなくなる。帰り道にその原因が分かる。案内が旧道になかった。立派なバイパスが出来ているがそこに案内板が全く無かった。暑い暑い日差しの中を黙々と歩いていた。

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感心したのはこの歩道のガードレール。いろんな処を歩いたがこれだけの立派な歩道内のガードレールは流石です。子供達の通学路なのだろうか?行き交う人は殆ど無かった。豊かな街のゆとりが感じられる。歩いていて気持ちが良い。日差しは強く汗が眼に染みる。ゆったりとキョロキョロしながら歩いていた。流石です。

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歩道は片側。でもこれで充分です。近くに紀の川の大河があるがその支流です。

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帰りに真田庵に寄ります。真田幸村の無念の想いがひしひしと感じられました。

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高野の山間から流れてこの先紀の川に合流。清流に見えるが生活排水が流れ込んでいるので遊泳は出来ない?川が汚れても町民はプールで泳ぐ事が出来る?そんな生き方はお大師さんが許してくれるのだろうか?

現在人は本当に罰当たりの生き方をしている。その事はこの川を見れば良く分かる。一見綺麗だが親父が2年前に見た徳島の鮎喰川の清流とは全く違う。綺麗事が通じないと言うのであれば人間はろくな生き方は出来ない。

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この正面を右から左に流れている川が紀の川です。高野山から流れ出た川の流れはここで終わる。しかし今は少ない川の流れも一度大雨となればこの川一杯に濁流は流れ下る。東北被災地の大雨。何時迄被災者達は不安なときを過ごさなければならないのだろう?テレビの画面を見ながら音声を消して見ていると人間の「おぞましさ」を感じてならない。

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ここから先はバイパス沿いの道。急に案内の看板が無くなり不安になる。実際は遠くはなかった。でも不安になりこのバイパスの道を外れる。左に旧歴史街道がある。それでも50m手前で目的地を住んでいる人に聞く。「そこですよ。」と言われる。本当にそこでした。

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到着です。慈尊院。高野山に入れない母親がここ迄来てくれた事を知った空海は、山から20キロの道程を月に九度と言われる位、母に合う為に降りて来たと伝えられている。ここの地名九度山もそれが由来と言われている。高齢の母はここで亡くなる。

空海は天才だった。その天才も親孝行であり多くの逸話を残している。空海(弘法大師)に伝説は少なく無いがその多くは美化されている。しかし、母を想う気持ちだけは真実であったに違いない。四国八十八ヶ所18番札所「恩山寺」を思い出す。

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裏門です。表門は本当に立派でした。感動しました。

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帰りは風に吹かれながらのんびりと歩いていました。ここから九度山駅に戻らないで高野山大門迄歩くと20キロ。空海が歩いた道は昔、どんなに身分の高い天皇、公家も歩いた道です。健脚の人でも6時間掛かります。歩きますか?無理です。そんな人の為に高野山下の終点極楽橋駅1つ手前の紀伊神谷駅から九度山駅10、5キロ(3時間弱)の家族向けコースもあります。今年の秋。歩きますか?

 

 

 

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2013年7月25日 (木)

暑い一日。高野山麓九度山には行けず。難波で遊んで来ました。

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大阪駅4時前。もう少し早く出て来ないと九度山(高野山麓)には行けない。時刻表を確認してみると難波からの所要時間は1時間強。料金は770円。特急を利用するとプラス500円。以前高野山に行った時、ホームの案内では何故か橋本駅乗り換えの急行の便を紹介された。その理由が分かる。特急の本数が少ない。

「何で特急が無いのか?」と思ったがよくよく調べてみると所要時間に大差がない。この路線は阪神、阪急、京阪、近鉄、南海本線とは違ってスピードを出せないのかも?それでも阪神、阪急梅田から姫路ぐらいの距離は有るのだろうか?

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南海難波駅。親父が若い頃には無かったこの大きな吹き抜け。しかし皮肉の事にこのエスカレーターを移動して地下鉄に乗り込む迄のアクセスは、関空からこの駅に快適な旅をしたアジアからの観光客には不便です。期待された南海電鉄空港線の特急ラピートは満席になる時は少ない?その観光客は何を利用しているのだろうか?京都、奈良直通のバスです。バスの方が料金も安く時間も早い?(どうでも良いけれど)

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地下鉄から南海難波駅に移動するターミナル。ミストが涼しい。この先のエスカレーター乗り場の人を写そうとタイミングを推し計っていたがおばちゃんが何時迄も場所を空けてくれない。仕方が無いのでこちらを写す。

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阪急梅田駅でもよく見られる風景。エスカレーターを如何してもう1本、増設しないのだろう?さすがの親父でもこの階段は歩かない。どんな人が歩くのだろうと思って見ていると上がる人は流石に居ない。下がる人は珠には居る。(降りるのは荷物を持っていない若者)。見ていたのか?暇だから?アホ。

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観光案内所で高野山麓「九度山」駅の説明と終点「極楽駅」とその先ケーブルカーで高野山とその先のバスで行く道の説明を改めて受ける。前に一人で来たのは何時の日だったのだろう?あの時は便利な電車とケーブルカー、バスと乗り継いで「奥の院」迄足を伸ばしていた。今度はどんな歩き方をするのだろう?

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結局今日はここ迄。近くをぶらつく。

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難波の地下街もすっかり変わりました。今は地下鉄御堂筋難波駅は工事中。通路が狭い。夕方でも地上は暑かったが目的の四つ橋線の駅は見つける事が出来ず、御堂筋線で引き返す。大阪は今夜は天神祭。浴衣姿の女性が目立っていた。しかし華やかさは大川の天神橋に行かないと体感する事は出来ない。でもそんな元気は無かった。

 


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昨日の五月山。今日は九度山に登ります。(行けるかな?)

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ようやく展望台到着です。でも何かおかしい。トラロープが張られて何か貼られている。しばらく来なかったので様子が変わったのだろうか?

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使用禁止?理由は木造の展望台の老朽化?市役所に聞いてもとぼけた答えしか返って来ない?ホンマに行政は何をしているのだろう?楽しみにしていた展望台で北摂の雄大な景色を見れなくても仕方ないが、このお役所仕事、感覚だけは怒りを覚えていた。

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この時期暑さの澱んだ空気で見晴らしは良くないが、秋になって空気が澄み渡れば大阪平野は言う迄もなく淡路島迄見える。この散歩コースは昨日も書いたが幼児でも元気があれば歩いて来れる。しかし大人達。高齢者でここ迄歩いて来れる人は本当に少ない。体が元気でなければ何も出来ない事を思い知るのはこれからに違いない。

この写真は展望台上の木立の間から、下草を踏み締めながら撮っています。親父がいくら厚かましいからと言って、使用が禁止されている「展望台」から写す事はありません。色んな人が色んな生き方をしていますが、「危険回避」の生き方。確率論。それ位の事は考えましょう。

横断歩道で歩行者信号無視のおっちゃん、おばちゃんを見る度にその事を痛感します。安全確保が出来れば信号無視は何ともないのでしょう。今、大阪、神戸の街中を歩いて一番危険に感じる事は右左折車が歩行者に意外に気付いていない事。

ドライバーにも最低限度の安全確認が出来ないと言われますが、それだけでは無い歩行者の無神経も少なくありません。前を見ないで携帯を触りながら歩いている人。前の信号が青なら安全だと思っている人。自分の身を守るのは自分自身です。勘違いしているオバカが本当に少なく無い。

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これから山を下りる。久し振りに来たのでこんな低い山でも出口を探す。

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すっかり忘れ去られた30年前の日航ジャンボ墜落事故。何故かこの道を歩いていると比べ物にならない悲劇を思い出す。操縦不能となった大型旅客機が墜落して大勢の人が亡くなった暑い夏の日がもうすぐやって来る。人の命は多くの偶然で成り立っている事をこの道を歩いていると痛感する。

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大阪に舞い戻って来たのは今から13年前。当時何度も歩いたこの道は何も変わっていなかった。あれからも多くの人が多くの思いでこの道を歩いたに違いない。その足跡を久し振りに辿るが、何故か歓びも哀しみも無かった。有ったのは静かな空間。静かな時の流れと季節感。「暑い」「暑い」と言っている間に秋はすぐやって来る。

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右の山並みが六甲山。その山並みが崩れる正面の彼方が須磨の海。今日は見晴らしが良くないが、この景色がくっきり見える今年の秋は東海道をどこ迄歩いているのだろうか?電車とバスを乗り継いで意外にもお江戸日本橋に到着しているかも?(それは無い気がする)鈴鹿の山を越さないと前には進めないよ。

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2013年7月24日 (水)

久し振りに五月山に登る。展望台は何故か立ち入り禁止だった。

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わが町にも観光案内所が出来ました。今迄は駅の改札口出た所にありましたが、ここに在った自転車置き場をつぶして今月オープン。しかしこの街の多くの観光客?の目的地は近くのインスタントラーメン館。その人達をそのまま帰さない。市内の観光名所に環流させて地域の経済を活性化させる。

行政の思惑は分かるが商店街の景気回復はそれほど甘くはない。観光客の懐具合を考えていない行政の思惑。景気回復の思惑もニンマリしているのは公共事業関係者と金融緩和の恩恵を最大限に受ける金融機関と既得権を守ってもらえる大企業。それ位の三文芝居を見せつけられても万歳三唱しか無いのだろうか?

東京選挙区地方区トップ当選の女性の大臣。この人が議会でどれほど品位の無い野次を飛ばしていたのか知らないのだろう?女性の社会進出。この言葉の意味を彼女達は理解していない。戦いは勝てば文句は言えないと言われていたのは過去の話。

これからは言い訳(ネジレ)が出来無くなる厳しさ。景気回復の足かせ(既得権を手にしている団体。組織。)を甘く見ている。これ迄自民党がどれだけその既得権の利益の為に問題を先送りして来たか?この暑い夏が終わってもその事が問われる。

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駅前の花壇です。これだけ見れば綺麗な駅前だが、右側から駅左側の車道には多くの車が違法駐車をしている。駅には交番はあるが警察の取締は全く無い。警察官は多忙と言われるが違法駐車の取締が出来なくて何が出来るのだろう?犯罪者の検挙です?違法駐車は犯罪ではないと何時から認知される様になったのだろう?そんな人にハンドルを握る資格はない。事故を起こさなければ良いとでも思っているのだろう?

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意外な所で意外なお店発見。今日は写真に撮っただけだったがいずれ「入ります」。

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甘味処。こんな街中で繁昌するとしたら味で勝負か?常連が居るのか?それとも採算無視か?どちらにしろいずれ自分の舌とお店の感じが決めてくれるに違いない。

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インスタントラーメン記念館の観光団体バス。このバスはここから500m足らずの市役所前のバス停迄お迎えに来る。行政の総務課長がお墨付きを与えていた。考える事がずれている。彼等は何処を向いて仕事をしているのだろう?この観光バスが市役所前のバス停に停まると狭い道が一杯になる事を彼等は全く気に留めていない。

インスタントラーメン館を管理している日清食品がクレームをつけられないと改善しないのかもしれない。(つけますか?)関係ありませんから。いずれここが乗り場になるでしょう?観光バスの運転者は非常識にもエンジンを切っていない。冷房を停止中に掛けている非常識。それも何時迄も続ける事が出来ない事を理解していない。

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ここは池田文庫の石垣。春は桜。秋は観月。但しスペースは広くないので入れる人は限られる。(親父はどうなの?) 桜は見れるけれど月は見れない。(どうして?)招待客のみ。 嘘です。そんな粋な計らいは城跡公園でもしていない?

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五月山では無い。その下の谷。やっと蝉の鳴き声が聞こえる。この反対側が体育館とプール。夏休みになってガキ達と付き添いのママ達が多い。数年前腰痛対策と減量の為に来たが、今は全く利用していない。

歩く事が何よりです。マイペースで歩いていると本当に心地好い。色が黒くなったとは誰からも言われないが、間違いなくその成果は出ている。これから親父に求められる事は尤もらしい能書き(つぶやきです)を支える体力と気力。そして時の運。その事だけは忘れてはならない。

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奥が体育館。手前が温水プール。これだけの施設は全国どこにもあるが、利用者の大部分は若年層が多い。子供達の為にも多いに利用されたいが年寄り達も暑い暑いと言いながら体を休めていないで、暑い日差しの中を歩かなければならない。

それが出来なくなった時、お迎えが近いとどれだけの人が覚悟しているのだろうか?人が生きると言う事はそう言う事ではないのだろうか?長生きだけが幸せでない事をこれから痛感するに違いない。

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ここから五月山の散策コース。先日に続いて貸し切りの道を歩く。先日とは違う感動がある。汗を拭きながら歩いていると蝉の鳴き声が聞こえて来る。今年は暑くて元気な蝉時雨を聞く事は殆ど無いが、この道を歩いているとそんな事は忘れていた。

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昨日見たバラ。今日は日差しを背にしていたが美しさに変わりはない。最近本当に美しい人を見る事は少ないが(コラコラ)美しい花は何も語らない。最近多くの人が多くを語るが(アンタもね)本当の大切さはそんなもんじゃねえと言われている。そんな人を見つける事が出来るだろうか?(無理だね)

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緑のセンター。到着です。今日もおばちゃん居ないのかなと思いががら庭を見ていると「作業着の叔父さん」が通りかかる。声を掛けると彼女だった。久し振りと思いながら心とは反対の言葉を口にしていると叱られる。

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名前を聞いていなかったので教えてもらう。これから失礼な呼び方をしないで済む。

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クレマチス。花言葉は「心の美しさ」。確かに。どんなに姿形が美しくても心が美しくなければそれは美ではない。その事が勘違いされている現実が余りに多い。人の喜びにケチを付ける訳では無いがそんな生き方をしなければならない。

イギリス王室がスキャンダルに塗れ(まみれ)たのは1992年。あれから21年。当時幼かった少年が皇太子となりその子供が生まれたからと言って地球の反対側(日本)のマスコミがこれほど大騒ぎする事は無いだろう。本当に間抜けな国です。

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今日はこれから山に入ります。

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ひょうたん島コース。一番楽なコース。しかしバカには出来まへんエ。

 

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小さな蝉ちゃんが息を忍ばせて親父の通過を待っていた。「大丈夫」悪戯はしないから。

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休憩所到着。朽ちかけていた椅子とテーブルが補修されていた。左の椅子の座り谷底から吹き上げて来る風に頬を撫でられるとしばらく言葉は要らなかった。前来た時はこのベンチに座る事も無かったが、こうして手が加えられていると又違った喜びが湧いて来る。今日はここ迄。又明日。

 

 




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2013年7月23日 (火)

イギリス王室。ダイアナの悲劇を忘れたの?日本のマスコミもひどいね。

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今日はおとなしくしていました。久し振りの健康診断で体調チェック。市の無料健康診断を使ったが掛り付けの医者から血圧の薬を受け取ったので無料ではなかった。診察料が1300円。血圧降下の薬1100円。計2400円。健康管理がこれで出来るなら安いもの?そうは思わないけれど。

しかし血圧測定の結果は流石の親父も「これではイカン。」と思わせる数値だった。偉そうな事をつぶやきながら能書きを垂れてもこの様か?そう感じていた。親父の凄い処は(自分で言うな)中々腰を上げないけれど「これではイカン」と思ったら必ず改める事が出来る。体調は悪くないと思っていたがどんなに歩けてもこのままでは必ず倒れる。そう考えると答えは決まっていた。

「血圧を140以下に下げる」それでも高いけれど薬をきちんと飲んで自己管理を徹底する。そう考えると今日の診察は安い物だったに違いない。今問題になっている医療費の問題。年金。健保。社会保障制度。全て無限の問題では無い。有限の問題です。限られた財源をどう生かすか?その真摯な取り組みをしなければならない。

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携帯の料金。国民健康保険料の支払いを済ませて蒸し暑い街中を山裾の公園迄歩く。どんなに体調が悪くなっても自分の体は自分で管理しなければならない。その当たり前の事がいずれ出来なくなる。その事がどれだけ分かっていたのだろうか?尤もらしい事を言っても財源は限られている。

国民健康保険料も払えない人が今どれ位居るのか知らないでしょう?サラリーマンの組合健保も多くの会社が赤字。その制度が既に制度疲労を起こしている。それでも自民党と公明党が参議院のネジレを解消したら問題解決が図れるのでしょうか?

そんな事は無い。これから問われる事。民主党の自爆以上に厳しい現実かもしれない。その深刻な事実はアメリカでも中国でもヨーロッパの多くの国々で今直面している。安倍さんはその現実を本当に理解しているのだろうか?汗をかきながらそんなオバカな事を考えていた。

問題の先延ばし。医療費制度の改革。財政の垂れ流しの改革。その他多くの政治課題は山積している。そして何事も知らないで問題を深刻に受け止めようともしない。その事実位マスコミは報道する責任が無いのだろうか?オチャラケの芸能人(芸無う人)のテレビ番組でこの国の人は本当にオバカになっている。(やめなさい)

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五月山山麓「緑のガーデン」到着です。汗を流しながらここ迄歩いて来ると気持ちが和らいで来る。どんなに多くの事を口にしたとしても人はそれぞれの生き方しか出来ません。その誰もが予期出来ない未来をどんなに宣伝したとしてもそれは欺瞞です。

何時かはその事を思い知らされるのでしょう?それでもその可能性を信じて人はサマージャンボを買うのかもしれません。(親父も買ったの?)買う銭も無い。(そんな事は無いでしょう?)土用うなぎの日に静岡掛川の甚八で家族で口にしていた鰻の味は思い出すだけで充分です。あの夏の日は陽炎の中に消えていました。

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まだまだつぼみが膨らんでいる。何時迄花の盛りを続けるつもりだろう?肖りたい。(無理だな)バラの盛りは初夏と初冬と聞いていたが例外はあるのかもしれない。今年の夏の暑さは異常とも言われているが、人間様の生き方はどうなのだろう?人間もも少し謙虚な生き方をしないと天罰を受けるに違いない。

もうすぐこの国は戦後68年の歳月が流れる。この国の過ち。戦争責任の総括が薄れて久しい。隣国から何時迄も問われる歴史認識。それに対してこの国の指導者はどれだけの言葉と誠意を見せたのだろう?お金や経済援助だけで誤摩化して来たこの国の政治感覚。

この国の学者達のインチキがどんなに問われても彼等は自分達の正当性を改める事は無いのだろう?その事もこれから問われる。自民党政治を支持した人達はこの問題をどう考えるのだろう?歴史認識を問われる前にしっかりこの国の歴史を伝えなければいけない。

終戦記念日?屈辱の無条件降伏を受け入れた戦いの悲しみをどれだけ私達は理解しているのだろう?国の為に死んで行くと言う悲惨な戦いを賞賛し続けた戦前のマスコミ関係者達。今はどんな言葉を若者達に語り掛けているのだろう?

鹿児島の特攻記念館。広島江田島の帝国海軍記念館。広島、長島の原爆投下の悲劇。それよりも南方の島々。ビルマ(ミャンマー)のジャングルでどれだけ多くの人が死んで行ったのか?その事をもっと伝えなければイカンのと違いますか?安倍総理。

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一休みする間もなく引き返している。正面の休憩所で腰を降ろす。今年余り耳にする事の無かった蝉の声を聞く。蝉も今年は暑過ぎて鳴き声が小さい。蝉時雨の言葉も死語になり夏の思い出も異常気象に振り回されるのだろうか?こんなに暑いとどんな物が売れるのだろう?

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何処かで携帯の呼音が聞こえる。娘からだった。親父の事を心配してくれていた。「大丈夫」親父は逞しく生きています?しばらく暑い日が続きますが体に気を付けて大仕事頑張って下さいね。ここからは下り道が続きます。

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今日は大暑。毎日歩いているので健康診断。健康優良親父ではありませんでした。

ナ、ナント血圧174−80。血圧の薬飲んでないでしょうと掛り付けの先生に笑われる。「駄目ですよ。しっかり飲んで下さいね。」と言われて3週間分薬を渡される。血圧が高い自覚症状は無いが歩いている時に足がふらつく。(ゲー)

それでも一時的。それが続くと歩く事は当然出来ない。これから暑さはピークを迎える。暑い夏は親父的には何ともないが血圧はこのままではアカン。しっかり薬を飲んで自己管理を徹底します。そんな訳で今日はお出掛けは無し。昨日の続きを読んで下さい。

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長田の街を過ぎるとこの先で阪神高速は山側に大きく迂回をする。直進すると須磨の海水浴場。この先で懐かしい風景を眼にする。(はずだった)何だ見ていないのか?風景がすっかり変わっていた。(そうではない。)親父が見た景色は海水浴場の外れだった。若い頃見た海はもっと荒々しく砂浜も殆ど無かった。

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まだ須磨の海迄もう少し。「頑張って」ピカチュウに励まされていた。ここはリサイクルショップです。

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ここで阪神高速道路は大きく右に迂回する。国道は直進。須磨の海は正面左。そこで簡単に海に出られると思ったがそうではなかった。運動公園の中に入ったのが間違いだった。水族館、ヨットハーバー、駐車場はあるが海水浴場はまだ先だった。

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「オイ。大丈夫か?カメラが傾いている」暑い日差しは無いが蒸し暑い。海を探していた。

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この先左が海浜公園。しかし小型船舶が係留されているが汚い。曲がるのが早過ぎた。もう少し直進しなければならなかった。広い、広い運動公園と駐車場の中をふて腐れながら歩く。そのうちに海水浴に来ていた若者達に合い始める。但しカメラを向けてはいけない。女性の水着姿は即アウト。ガン黒のネエちゃんを撮るつもりは無い。(コラ)

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雲行きが怪しくなる。傘を持っていない。持っていても夕立が来ると雨宿りをしないといけない。そんな事を考えながら歩く。まだこの時びしょ濡れになる感覚は全く持ち合わせていなかった。

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(オイオイ花なんか撮っている暇はないだろう?先を急げ。)そんな危機感は全く無かった。

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空が少し明るくなる。この時「やれやれ」と思っていたがそうは問屋が降ろしてはくれなかった。

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海の家。しかしカメラを提げたおっさんが入れるのはここ迄。別に禁止されていても平然と歩いていた。それでも砂浜を歩くスタイルと若さではない。プロカメラマンでも駄目?(プロはこんな処には入りません?)横目で見ながら先を急いでいた。

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海とは反対側の可憐な花を写していた。☂の心配もしていなかった。土砂降りに会うのはもうすぐです。(ザマーみろ?)イエイエお大師さんはそんな扱いをしませんでした。雨宿りの場所をきちんと用意してくれていました。

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のんびりカメラを構えていると鳩から注意される。「☂が降ります。夕立です。」

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雨足が強くなる。カメラを抱えて走り出す。若い頃と何も変わっていない。足をきちんと上げて眼は雨宿り出来る軒先を探していた。

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ここはJRの線路を越える県道の高架橋下。中にはフェンスがあり入れないが雨宿りには格好の場所。一息付く。☂の止むのを待ちながら休んでいた。それでも中々止まなかった。前には会社の駐車場があり出入りの人もいたが、声を掛けられる事も無かった。そんなもんでしょう?親父でも反対の立場なら無視。人はそれほども優しくはありません。

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しばらくすると空が明るくなる。土砂降りの時も一時です。どんな長いと感じても諦める事は無い。土砂降りの中をずぶ濡れになりながら歩いて行く事は無い。人は人にあざ笑われながら成長すると言われるがそれもウソです。しんどい時、苦しい時は一時的に待避しても良い。大事な事は再び歩き始める事です。そうすれば必ず素晴らしい時が待っているに違いありません。昨日もその事を学ぶ事が出来ました。

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須磨駅に向って歩いていたけれどこの先が須磨海水浴場。素晴らしい景色が親父を迎えて呉れました。サンライズ。サンセット。日は昇り日は沈む。人の世も人の生き方も全く同じです。選挙の結果もこれからその意味が問われます。

出来る事は何としてもやる。出来ない事は出来ない。どんなに口先で立派な事を言ってもサンライズばかりの結果はない。自民党と公明党、共産党の躍進?ねじれ解消?彼等に出来る事は既得権の保護、党勢の拡大でしかなかった事が証明されるのだろうか?

それでも支持者は万歳三唱?その天罰は誰が受けるのだろう?等しく現世代だけではない。次世代とその次の世代です。その事が理解出来なければ誰が日の出に手を合わせる事が出来るのでしょう?(余計な事でした。)渚のセレナーゼ。聞き流して下さい。最後迄余計な解説はありません。

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この先が親父達が若い頃見た須磨の海でした。今はこの先に足を踏み入れる事は許されていない。この目と鼻の先でも遊泳は禁止されています。水深どれ位あるのかな?流れが早い。飛び込むとアウトです。

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大鳴門橋が見える。この先を歩く事はないかもしれない。帰りの電車は山陽電車を利用する。新開地乗り換え(阪急)阪神を梅田迄乗り入れている。親父は梅田で阪急に乗り換えるので今回は山陽電車から新開地で阪急乗り換え。こちらの方が空いていた。

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JR須磨駅出口階段の上から須磨の海を見る。

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2013年7月22日 (月)

神戸長田から須磨迄。今日は夕立にも遭いました。

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この言葉はこれからの親父の生き方を指し示している。これ迄も徒労の時が少なく無かったけれど、これからはもっとこの言葉を噛みしめるに違いない。それでも鈍臭く生きて死んで行く。この言葉を心に刻んでいれば、これから歩む道の大きさが分かるに違いない。それでは食事をして今日歩いた道を紹介します。

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大阪梅田の食堂街。ここで鉄板焼きを食った事は無いがお店の前はいつも通っている。

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これから神戸の長田に行って来ます。「気いつけてお行き」と言われていた。

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日差しは強くないが電光掲示板の温度表示は32℃。今日は土用の丑の日だけど残念ながら鰻は食えない。(どうして?お金持ちが?)今1日3000円の生活をしているので。(アチャー)でもその替わりに美味しい白あん、小豆あんの「御座候」頂きました。1個80円。2個で160円。神戸長田を歩きながら頂きました。

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大阪駅東口(御堂筋口?)から少し大阪駅を中央口に戻るとこのお店はある。大阪駅に来たら是非。2個ならこの包装。3個から箱になる。2個でも丁寧に包んで呉れる。本当に感じが良くて美味しい白あん、赤(あずき)あんが頂けます。

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親父が大阪に来た頃はこんな路線の呼称は無かった。山陽本線がJR神戸線。福知山線が宝塚線。その先は何と呼ぶのだろう?神戸線に乗り込む。平日の午後だけれどホームは乗客が並んでいた。JRはこの黒字路線?でも4号車〜11号車の8両編成。何で1〜3号車を連結しないのだろう?乗客の快適な移動なんてどうでも良いのだろう。

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懐かしい電車。「こうのとり」運行開始日は2年前からだが親父が若い頃、課の慰安旅行で利用した時を思い出す。あの時は会社の慰安旅行が課単位で行なわれていた。当時の課長(今は亡くなっている)とは気心が合わず、親父は部下を引き連れて離れて座ったが「こっちに来い」と呼ばれた事を思い出す。行き先は城崎温泉。宿の宴会の印象は思い出せない。おとなしく胡麻を擦っていたのかな?(それは無い)アホ。

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写真を撮っていたら可愛い女性に声を掛けられる。車掌さん。iPodのイヤホーンを外すと申し訳なさそうに「ここには電車が止まらないので後ろに移動して下さい。」と言われる。そうだ番号表示(電光掲示板)も4番からになっている。

すんなりという事を聞く。何でこんな間抜けな事をしているのだろう?電車は先頭車両。それでも満員だった。平日のこの時間に座れないと言う事はどういう事だろう?親父は抜け目無く相席を探しさり気なく座る。神戸長田迄は約1時間掛かる。

相席の前のガキが足を伸ばす度に親父の足に当たる。横の母親がガキの足を押さえるが暫くすると同じ事を繰り返す。さり気なくガキの顔を見ると女の子。自分の行ないに気付いていない。段々イライラして来るが親父も無視。そのうち気にならなくなる。気になったら締めていたに違いない。

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長田の駅には快速は停まらないのでここで乗り換え。長田は次の次。この駅は先日歩いた時に見ていたので印象は薄かった。駅舎とホームは例によって綺麗になっていた。開業は1874年(明治7年)駅舎は重要建築物。

何時の日かこの駅をゆっくり見学してみたい。しかし今は神戸の駅と言えば三宮。隣の兵庫の駅も開業時の賑わいは無い。ウィッキペディアで調べてみると神戸の歴史を知る事が出来る。近くには新開地、福原の街がある。

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正面に見える阪神高速道路。その下を国道2号線が通っています。その道を歩いたのが先週末でした。この駅の近くを歩くのはそう遠くないかもしれない。今日は長田の街と須磨の海を見ました。夕立にも合って雨宿りもしましたが最後に綺麗な須磨の砂浜を歩く事が出来ました。

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JRの駅は新長田。新があれば長田は在るのかと若い駅員に聞いて見る。時刻表で何故か説明してくれたが元々の長田はJR駅の北側?良く分からない。ウィキペディアで調べてみると確かにこの駅の北側に神戸電鉄の「長田」駅が在るが、地理的には長田地区は南だったに違いない。

この地域は阪神大震災で壊滅的な被害を受けて駅舎も全壊するが、この駅の西側のガードは被害を受けていない?近くを歩きながら写真を撮るが街並はすっかり変わっていた。駅近くの道路と商店街も整備されていたが人々の暮らしはどうなったのだろう?それは分からなかった。

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このガードは震災の被害を受けていないと思いながら見上げていたのは間違いかもしれない。この形で半月足らずで壊滅的被害から復旧を遂げた。(電車の通行可)駅舎完成は1年後。それ迄はこの向こう側に架設の駅舎を2ヶ月後に完成させる。それ迄は電車は通過していたと言う。それを知るとこのガードの凄さが良く分かる。

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1995年1月定礎。震災発生が1月17日。復興祈念の建物です。

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4年前に来た時(鉄人28号を見に来た時)このアーケード商店街は完成していた。今でも活気に溢れていた。親父が靴を買いに来た靴屋は左にあった。今でも頑張っている。「甲高で幅広い靴が欲しい」と言ったら「そんなややこしい事は言うな」と言われた。安売りの商売。デフレ経済はあの時から始まっていた。失われた経済を取り戻すと言われるが、デフレの原因は皮肉にも高い物は買えない?買わないからです。

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国道2号線に出ました。広い道が整備されていました。(反対側に同じ車線がある)これからこの手前を西に向います。(どこ迄?)須磨迄。遠くないと思っていたが気になっていた☂に叩かれる。雨宿り出来る所が運良く見つかり、そのお陰で綺麗な須磨の海水公園を見る事が出来ました。でも今夜はここ迄。ページが一杯になりました。

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歯は命?先週処置した部分入れ歯(上。奥。)の確認に行って来ました。

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近くの歯医者さんで先週、20年より前に処置した部分入れ歯が駄目になり、昨年入れ歯を作りましたが口の中に入れるだけで不快になり食事も出来ませんでした。その為外した侭になっていました。幸いにも部分入れ歯が可能になりその処置をしました。あんばい?問題無し。先生は噛み合わせを心配してくれましたが大丈夫。

これからは(これからも)眼、歯、血管には気を使わなければなりません。それが親父達の最低の心掛けでしょう。人は間違いなく老いて行く。参議院のネジレが解消しても万歳三唱をしてもそれを止める事は出来ません。哀れなドツボにハマらない様に暑さに負けない様に生きて行きましょう。それが出来た時心の底から万歳三唱です。

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カエルのタマゴかと手に取ってみるとそうではない。花でもないし何だろう?初めて見る。

 

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裏通りの用水路。きれいな水が流れている。近くの工場から流れ出しているのだろうか?湧き水でもないと思うが良く分からない。それでも水苔。青草。田舎の方言で田んぼの中にもあった「あおん草」がある。水が綺麗で生物が繁殖出来る水質なのだろう?人間様の大祖先と言われる苔。藻。水草。その栄養価の高さは今見直されている事をご存知か?こんな処にきれいな水が流れている事が親父的には嬉しい。

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2013年7月21日 (日)

衆参のネジレが問われる選挙?皆様の000何をとぼけた事を言っているのだろう?

予想された以上に政治不信。それは低い投票率に表れている。その結果は開票して清き1票を集計する迄もない。低い投票率が現在の有権者の選挙の重みを端的に現している。私達の先輩達が命と引き換えに手にした投票権。

その重みがこれ程に軽くなった責任は政治家だけではない。有権者。国民の一人一人が難しい事は分からなくても生きて行けると信じているからだろう。低い投票率で当選した人達が後、1時間もしないうちに(開票結果が出ないうちに)出口調査と事前予測で万歳三唱を始めるのだろう?

これがこの国の議会制民主主義?他国の政治体制を批判する解説者、アナウンサーが尤もらしいコメントを口にする。衆参のネジレが解消すれば何がどう変わるのだろう?「決められない政治が決められる政治に変わる」

その事は一見素晴らしい様に聞こえるが、本当に既得権を手にしている支持団体(日本医師会。日本経済連。日本00)多くのこの国の問題を先送り、誤摩化しを続けた圧力団体に改革を求める事が出来るのか?日本のマスコミがこれ程に問題の本質を正確に伝えられなくなれば、親父達はどう生きれば良いのだろう?

それは黙々と歩き続けて無駄な金を使わない事位だろう。元気で長生きをしたいとは思わないが、くたばる直前迄、おっかあの様に確かでなければならない。これから多くの人が悩み苦しむ。それはtakeさんに言われる様に何も目新しくはないけれど紛れも無い現実である事を思い知らなければならない。

生活保護者が多くなり働く人の割合に非正規の人が多くなる。その厳しい現実は親父の住んでいるこの豊かな街でも他人事ではない。年老いた人達だけでなく親父より若い人達にきちんとした働きの場が無い。生活保護の人達の医療費は本人負担無し。

給食費も払えない親が多くなり義務教育のはき違えを大声で語る。何もその事はこの街だけの事では無い。日本全国どこでもありふれた貧しさを政治家は改善出来ないのか?やれる事と言えば既得権を手にしている支持者の顔色を窺うだけ。

公明党が創価学会の利益を優先しない?共産党が党の矛盾を追及した。そんな話を聞いた事が無い。前回の選挙で圧勝した民主党は党首が叩かれ、政治と金の問題があたかも民主党だけの問題の様に言われた。

親父は今回も地方区では民主党を支持したが参議院の在るべき姿は衆議院の間違いを正す事ではないのか?ネジレが無くなれば皮肉にも参議院の存在意義が無くなる。多くの政治屋さんが万歳三唱を叫んでも今回だけは認めない。そんな人達がこれから6年間。この国の貧しさをどう変えて行けるのだろう?その事だけは心に刻み込んで置きたい。

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暑い日差しの中を歩く。近くで落語寄席をやっていたが枝雀さんが生きていたら、こんなこんまい(小さな)寄席はやっていないに違いない。枝雀の前に枝雀無し。枝雀の後に枝雀無しにに違いない。今日は城跡公園にあがる前に古い屋並(やなみ)を見る。

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初めて見る路地裏。この街も古くから栄えている。今はこの路地を知る人も殆ど居ない。選挙速報も30分で充分。この国に未来はあるのだろうか?(有ります)問題は中央(都市)と地方のあり方が大きく変わる。都市は疲弊し地方は過疎が加速する。

万歳を叫んでいる人も何時迄生きられるのだろうか?そして土に帰った後、その後に何が残るのだろう?国破れて山河在り。アメリカの自動車の街デトロイトは対岸の火事に過ぎないのだろうか?これからもっと多くの街と村を見なければならない。(見ても無駄)かもしれない。人の事よりも自分の心配をしなさいと言われていた。

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人が住んでいる。一般公開されていない。でも古の華やかさは無い。それも時の流れ。いずれ主が亡くなればこの建物も取り壊されるのかもしれない。

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緑のセンター温室の中。

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カエル。生きています。どこから持って来たのかな?かな。今度おばちゃん(失礼)に聞いてみよう。(知らない)と叱られるかも。かも。違います。カエルです。

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西日で逆光になっているがまだ花の盛りを越えていない。流石です。人の美しさは若さだけではない事を教えて呉れていた。

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流石に山には登れない。ここから引き返す。ここから展望台への道は幼稚園生の散歩コースにもなっているが、この暑さではその元気も無い。情けないけれど又の機会にします。元気があれば何でも出来る?

アントニオ猪木も71歳。年相応の生き方をしなはれ。維新の会もこれで大阪のローカル政党に成り下がりです。大阪地方区ではトップ当選。阪神ターガースと同じ勢いでは大阪都構想もその程度かもしれない。優勝?考えが甘い。

夏の死のロードを乗り越えて口にしなはれ。豊臣が徳川に何故負けたのか?歴史を知らなければならない。家康。読売の戦略を何も分かっていない。(例外は岡田、掛布、バースの時代にあるけどね。)今年も同じ轍が踏める?橋下も同じ事を考えているのだろう。

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お金持ちの庭。阪急電鉄創業者小林一三旧記念館。現在はレストランです。(食ったのか?)頂きましたと言いたい処ですがそんな身分ではありません。覗かせてもらっただけです。こんな庭を見ながらのお食事いかがでしょうか?遠慮させてもらいます。断言していた。

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今晩のビールのおつまみ。今夜は泉州の水ナス?先日とは違った皮の歯ごたえと旨味がありました。(お皿に取り分けなさい)1人で食うにはこれで上等。冷や奴に生姜をたっぷりすりおろして絹豆腐をサジで頂きました。(あかん)陶器のレンゲにしなさい。麻婆豆腐。湯豆腐。用?これもスプーンで上等。でも歯に当ると響く。(コラ)

もう一品はお揚げ。これは親父お気に入りの京都のぼたぼたこあげ。これをフライパンで軽く炙る(あぶる)だけ。これで充分。食事は冷凍の高菜チャーハン。(可哀相)イエイエお試しあれ。結構優雅?なお食事です。

これからサウナです。選挙速報は見たくありません。見たい番組は全英オープン。しかしこの新人も力はあるが、肝心な処で世界の一流とは大きく違い。若さと言えばそれ迄だが世界の壁が国内で勝つ程甘くは無い。口がデカイ。そう出なければ一流選手とは言えないが。

井の中の蛙大海を知らず。世界の厳しさを意識したら良い結果を残せないのだろう。謙虚さが無いのは見ていて様見ろと言われるのだろう。しかし新人で日本を代表する実力。羨ましい。どんなに生まれ変わっても並の人間に出来る事ではない。

それにしても選挙結果の報道。夜休む前にもう一度見ましたが皆様の000ひどい。確かに結果だけ見ると自民党の圧勝だけれど地方の当選者ひどいね。公共事業。自分一人であんなにやると言い切れるのかね。そのお金は誰が払うと思っているのだろう?

地方の人達もそれ位の事が分からないのだろうか?分からないと言うより利益誘導。過疎の対策は明るい街づくり。道路や高い防波堤を造る事では無い事がどうして分からないのだろう?公共工事で街が発展する?全国のどこにそんな街があるのだろう?

東南海大地震の対策にどれだけの公共工事が出来ると思っているのだろう?万歳三唱をしてもその現実を噛みしめなければならない。第一、自分達が後どれ位生きれると思っているのだろう?高知で見た過疎の町。過疎の人々の生活。若者達に自分達の老後をどれだけ託せるのだろう?

高知も和歌山も過疎の村は10年後も生き残れると思っているのだろう。地方の経済は間違いなく破綻する。ジジババ達が何時迄健康で明るく生きられると思っているのだろう?それ位の事は問い掛けて下さい。

沖縄の厳しい現実。その突き付けられた民意をどう理解すれば良いのだろう?これで今回問い掛けられた問題に正面から向き合えたと言えるのだろうか?そのことがこれから問われる。間違いない。親父のつぶやきもその証明をしなければならない。

 

 

 

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2013年7月20日 (土)

暑い日が北摂の山に落ちる。昨日の長田の景色。

「暑き日を海に入れたり最上川」芭蕉。
今日は暑い一日でした。お出掛け無し。土曜、日曜日は休足日?
クーラーの効いた部屋で昨日のまとめ?をしていました。

それでも日暮れ前にまだ日差しが残っている間に近くを歩いて来ました。遅い朝食だったので昼食は抜き。お腹が空いていたのでおにぎりを2個手にして歩き始める。このパターンも最近定着?している。歩かないと体が催促してくる。「親父」「親父」歩こう。歩かないと気持ちが許さない体になって来たのはなんともうれしい。

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明日は参議院選挙。争点が無くて自、公、共の組織票、固定票が多く選挙には必ず行く事が期待出来る支持者の多い政党が有利と予想されているが、同じ結果が出るに違いない。問題は投票率。今回は(今回も)低い投票率で投票締め切りの時間直後からマスコミの選挙速報が当確を打つのだろうが、その現実をどう受け止めるのかだろう。

万歳を叫ぶ人。自滅を嘆く人。政治はこの程度の物とシタリ顔で語る人。様々だろうが多くの政治的課題は何も解決しないだろう?その結果はいずれ分かる。親父が許せないと思う事は若者達の軽薄さ。自分達の生活が問われている多くの課題に政治は関係している事を思い知らなければならない。

親父達が嘆き悲しんだ事。それと同じ轍は踏ませたくない。景気の回復は政治的課題ではない。景気回復を妨げたのは民主党ではなく既得権益を温存させた官僚、政治家だけではない。自分自身の事しか考えられないこの国の多くの心貧しい人である事を思い知るに違いない。

豊かな生活は今、豊かな生活をしている人。今、政治的経済的に指導的立場の人がどれだけその事を思い、行動出来るかしかない。実態はどうだろう?反対方向に進んでいるだけだろう?そんな生き方は何時迄も出来る訳が無い。

それ位の事が分からなければ物が売れる訳が無い。(売れています?)確かにお金持ちも少なく無いがその何十倍、何百倍の人の消費動向がこの国の消費を左右している事が分からないのだろう?その多くの人達が今、何を考え何を求めているのか?

その分析が出来るクリエーター(創造主)は居ないのだろうか?(アンタがやりなはれ)無理だ。(そうだろう?)(出来もしない事を偉そうに言うな)ではやりますか?(無理だな)景気回復。多くの人が期待している儚い(はかない)期待。それは自己実現?かもしれない。(訳分からん)

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写真は新長田駅前の高層アパート。阪神大震災で壊滅的な被害を受けた長田の街は今大きく変わっています。しかし住民達の生活はどう変わったのでしょう?マスコミは何一つ伝えてはいません。東北被災地復興は遅々として進んでいませんが、その教訓はここにもある。

限定された被害と地域が行政の取り組みだけでどれだけ遅れたのか?復興庁と専門の行政機関で出来てもどんな復興をいつ迄に誰がどのようにしてどうするのか?民間で当たり前に問われている事を行政はいつやるのか?

今でしょうと言われても政治家は選挙に勝つ事しか考えていない。参議院のネジレが解消すれば東北被災地の復興は進むのか?エネルギー政策は変わるのが?成長戦略は本当に実現するのか?それよりも何よりも国の財政は改善するのか?それ位の審判を有権者はしなければならない。

「分からん」「どうでも良い」「何も変わらない」何を間抜けなことを言っているのだろう?それではこの国は何時迄も変わらない。明日の選挙で当選した議員の喜ぶ顔を良く見てほしい。誰の為に喜んでいるのか?

自分の身分保証を喜んでいるだけだろう?口先で立派な事を言いながら人の事を批判しているだけ。女性の地位向上?冗談では無い。あなた達がこの国の恵まれない人の為に何が出来たのか?これから何をしょうとしているのか?

出来る事は本当に限られている。国会議員の定数削減も出来なくて万歳三唱は無い。その事が思い知らされないと分からないのだろう?思い知らされても他山の石では無く唯の石位にしか思わないのだろう?

自分の考えを知る為に、そしてこれからの政権を付託する為にも投票は必ず行ないましょう。これは人に言われる事ではありません。貴方の国民の義務です。自民党大勝は民主党崩壊の結果であり安倍総理が高らかに宣伝する勝利宣言は、次の選挙の敗北宣言でもあります。

こうしてこの国は政権交代を繰り返していますが、貧しい人達の生活は更に増えるだけです。その負担を誰がするのか?その事を少しは考えて下さい。(無理だな。そうは考えないでしょう。)親父もそう思う。それでも自分に出来る事をやるだけです。

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このJRの高架は震災の被害を受けていない。この北側は4年前に来た時も足を踏み入れていないので震災の被害は分からない。来週歩き始める時はここからこの先を少し歩いて戻って来なければいけない。(どうでも良い)良くない。

他人の痛みが分からなければ自分の痛みも人は分からない。反対はあるけどね。そんな罰当たりの生き方は必ず天罰を喰らうに違いない。天罰と言われても関係無いと思っているのだろう?長田の被災地の苦しみを語れる人はもう居ないのかもしれない?

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怒れ。28号。この漫画の主人公を知らない人も少なく無い。知っている親父世代でも、もう親父の様なオバカは首を垂れて生きて行くしか無いのかもしれない。正面からの夕陽を避けて右側面から写しているが、ハッパを掛けられていた。

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逆光だけれど睨まれていた。大丈夫。その為に歩いている。汗をかきながら足の痛みに耐えながら自分との戦い。それほどの物ではないと言われても腰の痛みを全く感じない。腕の痛みは「バンテリング」で誤摩化しているが悪化はしていない。流石です。(自分で言うな)自分で言えば自己満足になる。

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写真は大きいが可愛い向日葵。今年初めて見る大きさ。向日葵の花言葉ご存知ですか?私は貴方だけを見つめていたい?親父にはそんな若さはもう無いが体の輝きだけは取り戻さなければならない。その為には事に対する剛毅な挑戦。小児の如く求めて止まぬ探究心。サミュエルソンの言葉は忘れていない。

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4年前に見た放置自転車は自転車置き場が整備されていた。これが無くても左のビルの地下には自転車置き場がある。しかし人間の心理はこんな物です。親父の近くのドラッグストアーの放置自転車も行政が完全に舐められている。これが在るべき姿です。

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それでもこんなオバカもいる。どこにでもいるオバカ。人の迷惑を気にしていないとその程度の生き方しか出来ない事を何時思い知るのでしょう?今でしょう?

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駅前のショッピングビル改装工事中。今月27日オープン?

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帰りは神戸地下鉄海岸線。途中の駅でサラリーマンが乗り込んで来る。この地下鉄も建設当初見込まれた利用客には達していない。その責任は京都の地下鉄でも同じ事が問われている。但し京都の方は烏丸線に近鉄が乗り入れて神戸程の凹みは無い?

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