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2013年6月

2013年6月23日 (日)

阪神競馬開催も暫しのお別れ。今日はGー1レース「宝塚記念」でもテレビ観戦です。

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先日迄降り続いた雨も上がり競馬場の芝生も一息ついていました。それに引き換え人間様の浅ましさ。欲望と自己実現が剥き出しになると人の性(サガ)が爆発する。そこには人間の醜さと浅はかさが交錯する。中央競馬は「夢とロマン」の追求とか言われるが、そんなお上品な上流社会の風情は何も無い。

明日は上半期の中央競馬の総決算とも言われる宝塚記念。しかし人の移動も侭ならない一般スタンドは馬主、貴賓席では無縁です。中央競馬会が国の管理の下で開催されている事をそろそろ変えなければいけ無い。政府が資本金の全額を出資し競馬(ギャンブルをスポーツと言い変える)このインチキを何時迄続けるのだろう?それは宝くじが無くなる時と同じかもしれない。主催者に25%のピンハネを許している。

そう言えばあれ程大好きだったパチンコも今は全く手を出していない。何よりの楽しみだったギャンブル。良く考えて見ると自分の生き方そのものがギャンブルかもしれない。明日は東京都議会議員選挙。投票率が50%を切ると言われているが、東京都民の関心事はその程度なのだろう。民主党がオバカだったけれど自民党、公明党は期待出来ると言うのだろう?

来月の参議院選挙もその流れを引き継いで民主党は惨敗?それで一般ピープルの生活は本当に良くなるのだろうか?良くなりません。しかしその事が問われるのは皮肉にもアメリカの金融資本。投資ファンドでしょう?その投資ファンドも生き残る為には情報操作をしなければならない。これからの経済は本当に情報戦争です。判断ミスをしない様に情報の信頼度を高める。アホは生き残れません

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ひいらぎ南天の実です。ブルーベリーの様ですが味は渋い。(かじったのかい?)親父の最後の職場となった宝塚の塗料会社の守衛所の前に植えられていた。山茶花の植え込みと桜の樹と共に大事にしていたけれど今でも残っているだろうか?

静岡掛川の家の門の横にも植えられていた。葉っぱは御覧の様にトゲがあり魔除けになると言われていたが親父には魔除けにはならなかった。もう2度と触る事も渋い実を口にする事は無いだろう?あの時仲良しになったピカピカの1年生は大きくなったに違いない。何時の日にか必ず合えるかな?パパの電話番号も聞いていないから無理かも。

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お気に入りのお寿司。ワンコイン。500円。しばらくはお預けです。


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2013年6月22日 (土)

この石段。室生寺奥の院への道。☂の中を一歩一歩休みながら階段を登る。

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こちらは脇道。上には登らない。でもこの先にも多くの人の祈りがある。

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☂に打たれながら足元の水が流れている階段を歩いていると、この階段を歩いた多くの人の思いが聞こえて来る?(まさか)雨が降っていなければ杉の大木に手を添えると元気を与えてくれる。今日は自分で元気を出して歩かなければならない。杉の根元から生えているシダがエールを送っている。

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石段を流れている雨水。残念。拡大してもそれ程の大雨ではない。

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これならどうだ。駄目。感じは出ているが。も少し大雨が降ると滝になる?

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南無大師遍昭金剛と刻まれている。

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上の建物は位牌堂。ここ迄上がって来ると一息つける。

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到着です。天気が良いとこの回廊も人が多いが今日は1人も居ない。杉皮を剥がれた大木が眼に入る。枝も払われているがそこから命が生まれている。

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納経所です。四国八十八ヶ所巡りの時、納経帳を手にして朱印と本尊の心印を受けた事を思い出す。ここではそれは無い。

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最終のバスの時間が迫って来る。最終バスは4時半。下りの急階段。滑らない様に手すりを掴みながらゆっくり下る。最後に鎧(よろい)階段をお見せします。

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この石段も人影は無くなっている。今日はあいにくの天気でしたが帰る時にはその雨も止んで、無心の時間が流れていた。この石段を多くの人が多くの思いで踏み締めている。次の機会は何時になるだろう?願わくば心に太陽を。唇に歌声を。(無理だな)分かりまへんえ。それがあるから人生は面白いのかもしれない。

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又来ますよ。近いうちに。そう思いながら振り返った時を思い出していた。あれから18年。後18年となると厳しい。その歳月をどう生きるか?その事を忘れてはいけ無い。(忘れてはいないけれどもう時間の問題の様な気もする)それは大丈夫。これだけ歩いていれば。後は転けない様に。了解です。

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前来た時はお土産に買ったが今日は写真を撮っただけ。何時か再びの時を手にしなければならない。帰りのバスも来た時と同じ2人だけだった。

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「行く川の水は絶えずしてしかも元の水にあらず。流れに浮かぶ泡沫はかつ消えかつ結びて久しく留まりたる為し無し。人の世も又かくの如し。」鴨長明 雨上がりの清流はいくらも流れない間にその流れは変わる。その当たり前の事が分かったのは最近です。もっと若い時にその事に気付いていたら人生は変わっていたに違いない。

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2013年6月21日 (金)

久し振りに室生寺に出掛ける。☂も歓迎して呉れました。

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室生寺は奈良県と三重県の県境に近い所に有る。この鶴橋の駅から近鉄おおさか線で1時間(榛原目迄は急行そこから名張迄は各停)。今日はタイミングが悪くてこの駅で20分の待ち合わせ。近鉄大阪線の始発は上本町駅。大阪難波からだとその上本町駅での乗り換えではなくてこの鶴橋の駅で乗り換えなければならない。その原因は路線の延長?最近迄近鉄のターミナルは上本町と天王寺。難波の乗り入れ。難波から阪神電鉄との相互乗り入れは最近になってから。だからややこしい。

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近鉄大阪線「大野室生口」駅到着。紫陽花が歓迎して呉れました。

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バスの乗客は2名。バスのダイヤは1時間に1本。今はシーズンオフだけれど、これではバス路線の廃止も時間の問題だろう?そうなると駅前で待機しているタクシーがフル稼働するのだろうか?観光で成り立つ地域の活性化策は誰が考えているのだろう?

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女人高野室生寺到着です。

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東海自然歩道で歩くと2時間弱。健脚の人には心地好い山合の道が続く。しかし、これからの高齢者にはちょこっと遠すぎるに違いない。お役人にはその事がどの程度理解されているのだろう?それは関係ないってか?この国の観光行政とはその程度の事だろう。これから健康で元気に生きて行くには自分に出来る行動をする。それに尽きるに違いない。人騒がせ。救助されてこの国の国民で良かった?そんな間抜けな事は冒険でも挑戦でもない。恥さらしです。

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金堂。修行僧が般若心経を詠み上げていた。映画の様な一時でした。

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こちらは大師堂。正面に太子像があるが撮影禁止。でもこの場所でこうして読経が聞けたのは意外。初めての体験でした。修行頑張って下さい。

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プロカメラマン野町和嘉さんが語った室生寺と土門拳の世界。その話を思い出しながら石垣の苔を写している。拡大してみると眼で感じた感覚とは違う。素人のレベルはこんな物でしょう?しかし☂の中で見る室生寺は生命力に溢れていました。

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これが本日自慢の一枚。☂の中をカメラを抱えながら多くの石仏を眺めていた。この石仏の前を一緒に歩いた人はいなくなったけれど、そんな時の流れが嘘の様に感じていた。「どうして又一人で来たの?」と聞かれても黙って通り過ぎるしかなかった。後3年。そうすれば区切りが付けられる。問題はその時の体調。そう考えると昨日眼にした松の実の薬用効果を真剣に考えていた。

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買ったのか?盗んで来ました(ウソ)490円。近くにスーパーには無いと思っていましたが若い娘に聞いて見ると速攻で案内してくれました。味は意外にイケル。ココナッツのトランジスター?そうそんな感じ。フライパンで加熱すると変な苦みは全く無い。これで内蔵が良くなる?(無理だな)少し食い過ぎて逆上(のぼ)せている(アホ)

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この杉が生きた歳月には勝てないがその生命力を分けてもらえるのだろうか?そう聞いて見る。「誰でも人に負けない素晴らしい心と体を身に付けている。」「問題はその自覚」「それがあれば誰でも平等です」そう言われていた。2人で見上げた大木。今日は1人だったけれどお陰様で元気になっていました。ここ迄☂の中をサクサクと歩いていた。

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ここから先は奥の院。階段が急で雨が降っていて足元が悪かったが上ってきました。正面の橋を渡ると景色は一変する。覚悟を決めて一歩一歩足を進める。この階段を元気に上がる事が出来れば、又しばらくはお呼びはかからないだろう?

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それではこの先は又明日。

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2013年6月20日 (木)

阪堺電車。久し振りに終点迄乗る。☂が止まないでどうかと思ったが公園の中を歩く。

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久し振りに阪堺電車浜寺公園(堺の終点&始発)到着です。前回和歌山迄歩いた時はここは通過点で、ここ迄電車を乗り継ぎながらやってきたがこの先も歩いた。今日は土砂降りの雨を覚悟したが、子供の様に電車の中でキョロキョロしていた。

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白砂青松と言われた時は明治の時代。大阪湾が綺麗だったのは明治の終わり迄だったのかもしれない。しかし阪堺電車が出来た当初は住宅地、避暑地として住宅造成が取りやめになった。その明治の偉人に現在人はどれだけ感謝しているのだろう?

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前来た時は夕日が綺麗だったが今日はあいにくの☂。今年の梅雨は雨が少なくて大地は乾燥していたが、その公園内がこの有様。水たまりが出来ている。松も歳を重ねて弱っている。これからこの広い公園の松の維持管理が行政の負担になる。その価値をどれだけの人が認めてくれるのだろうか?そんな親父も最後に凄い物を見る事が出来ました。

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これですか?違います。

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花の盛りは過ぎているが花の名前は「レインボー、ノックアウト」ぴったり。

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☂が強くて引き返している。しかし初めて松の青い実を見る事が出来ました。松ぼっくりは知っていましたがこれは初めてでした。感動していました。君は見た事がありましたか?これも何かの吉兆かも?明日も雨が続くけれど少し遠出を予定しています。

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☂が降っていたので水滴が撮りたかったが、水滴では無く意外な物を写す事が出来た。こんなに大きな松の実が枝葉に付いているとは思ってもいませんでした。

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こちらは水滴。拡大するとよく見える?これが本日一番の感動でした。人の生き方がどんなに問われても鈍感で愚直な生き方しか出来なかったけれど、これからは瑞々しい(みずみずしい)生き方をしたいと思っています。みずみずしい生き方。光沢があって若々しくは無いけれど。

勿論新鮮さも無いけれど、小児の如く求めて止まぬ探究心は失ってはならない。良い歳をして青臭いと言われても原理原則は妥協してはならない。それだけはどんなに意見されても変えてはならない。簡単に妥協をすると一気に活力は失われる。その事をもっと大事にしなければならない。

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これが松の実?これが松ぼっくりになるのだろうか?近くの緑化センターで聞いてみないといけない。でもあの先生も頼りないし詳しい方教えて下さい。

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同じアングルで焦点を変えて写しているが、その差はあまり無い。親父の好奇心の高まりが感じられる。良く見比べて下さい。松の実は意外にこれからの高齢者の免疫細胞の補完に役立つかもしれない。間違いなく肉体的な衰えは否定出来ない。

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前方は和歌山に続く。この道を再び歩く事は無いに違いない。歩くとしたら熊野詣。

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帰りは南海本線。駅舎は古いがこの駅前の有様は何だ。過去の栄光は消え失せて再開発は民間の宅地開発にお任せか?この国の景気回復は間違いないと言われているが、この光景はこの地だけで見られる姿では無い。地方と言ってもここは堺の街中から遠くはない。何処を見てこの国の景気回復を口にしているのだろう?関係無い?その程度の認識で丁度良いのかもしれない。しかしこれも紛れの無い現実です。

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駅舎も開業時と変わっていない。唯、良く見るとホームの位置が違う。上りと下りの位置が違う。この駅が教えてくれる事は何だろう?その事も考えて見ないといけない。夜。感動的な東京山谷のドヤ街の仕事のプロ。本田医師の姿を見る。大阪の西成のさっちゃん先生の不幸と重ねて考えると涙が出て来る。

大阪にもこんな優しい先生がどうしていなかったのだろう?さっちゃん先生は大阪でなくどうして、こんな優しい先生がいる東京山野のドヤ街で働かなかったのだろう。大阪の西成。今の姿を大阪医師会はどう見ているのだろう?仕事のプロ。献身的な人の生き方。医療の世界も現在の人の欲望の縮図です。銭儲けの為なら何でもあり?そんな事は許されない事を弘法大師は教えてやらないのだろうか?

 

 

 

 

 

 

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2013年6月19日 (水)

大阪は久々の☂。土砂降りの中でカッパを着て仕事をした時を思い出す。

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季節外れの暑い暑いもかんかん照りの日が続いていたが、今日は午後から☂です。それでも土砂降りの☂にはならず、シトシトと絶え間なく降り続いています。雨の日はカメラが濡れて多くのショットは撮れないが、親父的には雨の日は大好きです。うっとおしいとか言う人もいるけれど、それは都会人の感覚。

田舎で百姓さんの苦労を知っている人はそんな罰当たりの事は言えない。雨の日は恵みの時です。唯、集中豪雨だけはご勘弁です。土砂ぶりの☂の中で働いた土佐窪川の土方作業。大阪箕面(みのう)スーパーの駐車場の交通誘導。ちっとも苦には感じませんでした。もうあの貴重な体験は夢の又夢でしょう。

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カメラを構えていると大阪のおばちゃんが前に立つ。絵にならないので(失礼)シャッターを切るのを諦めるが気持が変わる?何となく季節感、生活感が出ている。

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傘の花が咲いている。暑くなっていた大阪駅前の交差点も一気にクールダウン?

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さすがの親父も今日はおとなしくしています。阪急電鉄のターミナルが今はここ迄来ていないが、親父が大阪に来た半世紀前はここ迄電車も来ていた。電車の始発、終着点はデパート。その事を知らない人が多くなっても親父の青春の時は変わらない?

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百貨店のショーウインド。このおしゃれ感覚。どれだけの人が実感出来るのだろう?

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大阪北のメインストリート?宵闇迫れば多くのカップルだけでなく、老いも若きもイケメンもイケナクなったジジイもババア(コラ)もそぞろ歩く。さすがの親父にはお酒を飲む機会も全く無くなりましたが、もう一度生まれ替われる活力は無い。

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地下街を通り抜けて目的の本屋を目差す。ここはやっと覚えた東西線北新地駅前。地上を歩かなくても地下で繋がっている。この路線は西は尼崎。東は京橋。この間に7駅ある。路線は大阪を南北に貫いている地下鉄が4本。その下をくぐっているのでこの東西線は今でもしっかりした防災対策が求められている。その危険を感じる人は全くいない。東京も同じでしょう。都会の防災は口で言われる程容易ではない。

今日はそんな訳で(どんな訳で?)☂の所為で本屋で目的の本を探しました。尼崎の城と城下町造りの詳しい本が欲しかったがそんな本は無かった。改めて先日見学した資料庫で担当の人に聞いてみたい。同じ答えが返ってくるかも知れないが。

探し求めて疲れた時手にした本は「日本史」の本でした。それも親父の知識の飽くなき探求?違うな。知ってる様で全く知らないこの国の歴史。この国の人がどれだけ優秀でどれだけ威勢の良い言葉に引きずり回されるのか?その事をもう少し学習しなければならない。それが出来ればもっと説得力のある言葉が語れるに違いない。

 

 

 


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尼崎城は模型で見る事が出来た。ユニチカの記念館は眺めただけだった。

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国道43号線。辰巳橋手前の車道?歩道の上から見下ろしている。ユニチカ記念館。大日本紡績の記念碑が時代の流れを感じさせる。この国の産業の栄枯盛衰。綿花の栽培。綿業の繁栄と衰退。今、国内生産が海外にシフトしこの会社を知る人も少ないがその歴史を知らない人も少なく無い。同じ栄枯盛衰の産業の歴史。短い時の流れでは分からない厳しい現実。それをこれから思い知らされるに違いない。

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ここは歩道の?階段の上。下は歩道は無い?前来た時はこの下の道に車は停まっていなかったので歩けたが、今日は右の歩道を歩く。本当は?この道に歩道のスペースを確保すべきだろう?大阪市西淀川区の道路管理の実態は本当にひどい。車社会の現実?とうそぶいていた。

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橋の上にバス停がある。おかしくないか?何が?雨風に?そんな事はどうでも良い?アホか。

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個人のお宅。ユリの花が笑っていた。今日はこの先の伝法大橋を渡って「伝法駅」迄歩くつもりだったがそろそろ疲れて来る。駅を探していた。アホです。

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高速道路は手前で神崎川沿いに北上しているが国道43号線はこの先大阪市内の南。西成区迄続く。その先は天王寺駅前を通って大和路と大阪市内西側を縦に貫いている四つ橋筋の25号線に合流する。交通量は非常に多い。

尼崎公害訴訟和解の後、道の両側にグリンベルトが作られているがその樹も大きくなっている。問題はその維持管理。その事を問い掛ける声も段々小さくなって、そのうち蔑ろ(ないがしろ)にされるのだろう?親父もこの43号線の存在とそのデカさと広さに圧倒されていた。

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「オイ。何処に立っている?」踏切です。この先に駅が在る。駅舎は上り下りにありこの路線唯一の双方を行き来する地下通路が無い。開業は新しいのかと思いきや何と大正13年。この周辺には以前は工業地帯が多くその通勤客。今は住宅地も多くその人達の生活の足になっている。

この踏切を渡らないと右側から左側の電車には乗れない。今日はここ迄。情けない?ちっとも。良く歩きました。心地好い爽やかな気分でした。駅の名前がそんな思いにぴったりでした。次はここから終点迄歩きます。(無理だな)

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ご心配なく。今日は天気が良くないし傘を差して橋の上は歩かない。台風一過の時か梅雨明けの時だな。大阪の街は本当に広い。大阪の道案内が出来る様になるにはまだまだ先だな?大阪の良さを語る人は要るが大阪の悪さをこれだけ言えるのは親父位に違いない。

しかし本当の優しさはそんな親父かもしれない?(コラコラ自分でそれを言うな)だからアンタは嫌われる。(これからは本物が問われる)その本物を手に出来た人が本当の「福」を手にした人です。そう語り掛けられていた。

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2013年6月18日 (火)

尼崎城址は今は模型でしか残っていない。しかしその模型が教えて呉れる事は小さくない。この国の歴史が見えて来る。

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尼崎城址に図書館が出来ている。この図書館は立派です。今日は中には入らなかったけれど。この石垣も図書館完成の時に作られている。尼崎城は江戸時代西国の要として大阪の守りとしても重要な場所にあった。その役目を終えたのは明治維新。新政府はその大事な文化遺産の価値を認めず廃城とする。取り壊し。払い下げ。この城も例外ではなかった。

今はその面影を見る事は出来ない。明治維新も何だったのか?本当は武士の世が平民の世になっただけと言われているが、実際は支配者が武士から華族、官僚になっただけ。その官僚も大正不況、大正デモクラシーの時代から昭和の軍国主義の時代のは軍人に支配される。

その軍国主義がアメリカに叩き潰されて長い間アメリカに引きずり回されてやっと戦後の厳しい時代は終わったと言われたが、今はそのアメリカ支配と金融資本に引きずり回されている。失われた20年?冗談では無い。この国の苦難に満ちた歴史を知れば何時の世も共通する事は、一部の特権階級と支配された人達。この城の歴史は今の時代を生きる私達の教訓が一杯でした。

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公園とは名ばかり。憩いの人は殆ど見当たらない。図書館の廻りの整備も遅々として進んでいない。先立つ物が無い。そうかもしてない。尼崎市の財政基盤も強くはない。この街づくりをどう進めるのか?強いリーダーシップが求めれれている事も理解出来ない人達が少なく無いのだろう?

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図書館の石垣。尼崎城のイメージを重ねているが全く関係無い。

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せめてこのレンガの建物の説明と何で今でも残されているのか?その説明看板位どうして立てないのだろうか?(そんな事はどうでも良い?)そうかもしれない。

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ウロウロしているとネコちゃんに睨まれる。「何を探しているの?」

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そうこの公園です。この公園の正面に目的の博物館?は在る。

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この公園も人影は無かったが黒猫のクロ?が迎えて呉れた。

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廃校になった中学校が「文化財収蔵庫」博物館ではありませんでした。数年前に来た時感激した所。これからお見せします。この国発展の歴史。この国の地域の形。その事をここに来ると教えられる。今日お見せする写真は一部です。これだけではよく分からいと思います。これからもっと多くの事を見ながら考えて行きます。

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尼崎城下の模型は良く出来ています。でも久し振りに見た感じはこの様子を伝える事はむつかしい。模型の説明が始まると明るくなる。それが拡大するとどれ位良く分かるのだろう?

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ライトが当っている所が尼崎城。城は軍事上の要だけでなく江戸時代は街造りも考えられている。この城を造り上げた戸田氏鉄(うじかね)は大垣城も築城している。尼崎の城は海が近くをその流れを巧く利用して、運河が城の守りと海運に役に立っていた。大垣の城は山の上にあったと思うがこの城造りが生かされたに違いない。

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校庭を見るとこの校舎の歴史が分かる。映画のロケ地にもなっていた。

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本当に久し振りに尼崎の江戸時代の模型を見る事が出来ました。良く来てくれましたと思いがけない処で紫陽花のボンボンが歓迎してくれました。又来ますよ。

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バイバイ。忘れかけていた道が忘れていなかった。流石です。(自分で言うな)

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帰りは駅に戻らず先日歩いた尼崎公害阪神高速と国道43号線の道を歩く。ここ迄は先週歩いた道。ここで高速道路の下を潜って反対側を歩く。今日は靴の紐を締め直して直進する。この先の自販機でカルピスウオーターを買って歩いていると小学生に呼び止められる。10円玉を5枚突き出される。「おつりを残っていましたよ」ありがとうと礼を言いながら正直な子供に感謝です。

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ここが曲がった所。それが正解だったのはこの先を歩きながら痛感する。

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ここ迄は快適だった。しかしこの先道が狭くなる。

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歩道の表示が無い。この道歩いていいのかなと一瞬考える。間違いなく歩道と思ったがこの通行区分が気になる。表示も何も無い。おかしな表示はこの先でも見る。

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「何だ?このガードレール。」この歩いてきた道が車道だった事が分かる。この道が裁判で争われた尼崎公害の国道43号線。大体この道を歩く事がおかしいと言いたいのだろうか?反対側にはキチンとした歩道スロープの橋が造られていた。こちらには手が回らなかったのだろうか?そうではない。この橋を渡るとその事が明確になる。

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この橋の上から見える風景。先週歩いてきた道が見える。堤防の上にあがったスロープと階段が見える。堤防の上を通れずに下を歩かされる。神崎川の歩道の無い道も同じ様に河川敷にサイクリングロードが出来ていた。違うのは立派な水門。こんな立派な水門を作らずに階段を上迄作らなかったのだろう?それよりも堤防の上を歩いて通れない。その方がおかしいに違いない。しかしそんな事は誰もおかしいと思わないのだろう?税金の無駄使い。歩いて見るとおかしな景色が一杯見える。この先は明日。

 

 

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温泉に入っても体臭は消えないのかな?石鹸の匂いはもう無理か?

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暑いね。暑いね。も一つオマケに暑いね。サラリーマンや都会で生活している人は冷房の効いた電車の中でも気忙しく扇子を動かしているが、農家の人は暑い日差しの中で途方に暮れている。その深刻な天災も明日からはやっと恵みの雨となるのだろうか?今日は雨乞いをして来ました。大阪西九条駅からの桜島線(ゆめ咲き線)の安治川口駅。乗ってきた電車です。ユニバーサルスタジオジャパンも明日は雨?

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ここは親父達が若い頃、工場地帯だった。今でもその面影は残っているが当時の薄汚れた風景は無い。明るい。この路線も元々は工業地帯の原材料の搬入。そして完成品の出荷に使われて来たが、今は遊園地の足になっている。しかし貨物の利用も無くなってはいない。近くには日本郵便の配送センター?もある。

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正式名称は日本郵政新大阪支店。構内はめちゃくちゃ広い。大阪市内、大阪府内の郵便物がここで集配され日本各地に運ばれている?その説明は無い?構内は夜間、早朝を除いて通り抜ける事が出来る。

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構内を通り抜け北港通りに出た所。ここは親父は若い頃仕事で来た事があるが、当時は路面電車が走り道も広かったがこんなに綺麗ではなかった。今日は暑い日差しの中を歩く。でも目的地は天然温泉。気持ち的には暗くはなかった。暑い。暑い。

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島屋町の交差点から北港大橋を目差しているといきなり朝顔が迎えてくれる。足を止め眺めていると手入れをしていた叔父さんから中に手招きされる。「朝の方が綺麗で今はお見せするのも恥ずかしい」と言われるが中々どうして。久し振りに美しい朝顔を見せて頂きました。叔父さんのお宅の庭かと思いきやそうではなく借地園芸でした。これからの新しい生き方?手入れの行き届いた庭を何時迄も見ていました。

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北港大橋到着。目的地の天然温泉「一休」はもうすぐです。ここに来るのも久し振り。この正面に水門がある。ここで川(正蓮寺川)を塞き止めてこの上流には水は流れていない。正確に言えばこの上流4キロ近くの周辺から流れ込んでいた雨水は、この川の下を暗渠(あんきょ)で流れてこの先でポンプで下流に流される?

その実態は大雨の時見て見ないと分からない。しかもこの川の跡地の利用は壮大なお金が掛かる。その公共工事はどれ位の期間で行なわれるのだろう?それも行政の計画を聞かないと分からない。これ迄もこれからもこうして公共工事は続けられる。財政が破綻するのは必然です。それでも景気が良くなると信じている人が少なく無い。

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先月末に開通した阪神高速淀川左岸線。(湾岸線と神戸線が繋がる)この先阪神淀川駅近くで合流する。その入り口。利用する車は多くない。しかしこの工事のお陰で大阪市内を通らないで湾岸線と神戸線がつながる。その物流効果が出るのはこれからと言われている。確かに便利になるがその費用対効果の評価はお手盛りです。

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この橋の石碑?は残っていたが橋は真ん中の盛り上がりが削られて低くなっていた。川に架かる橋としての使命を負えたので見通しが良くなる様に低くなったが、橋そのものは架け替えられてはいなかった。この欄干は何時迄残るのだろう?

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此花通りを南に歩いている。もうすぐです。

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到着です。入湯料700円。全国何処にでもあるスーパー銭湯。違う処は意外にも天然温泉。噴き出し温度は50℃?水冷では無く空冷で適温に下げている。効能は関節リュウマチ、神経痛、五十肩etc。親父の腕の痛みは少しは和らぐのかな?

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ここは湿式のサウナ。温かいミストが一気に体内の老廃物を刺激する。釜の中に用意されている塩を体にたっぷりすり込めば気分は最高。浮き世の憂さを一気に解放してくれます。その他にも泡風呂。瓶(かめ)風呂。露天風呂。至福の時でした。明日からは又元気に歩けます。毎日キレイのキムチも買えたし喜んでくれたかな?

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帰りのバスは混んでいたがすぐ座れる。ここから始発の北港ヨットハーバーは遠くないが、それでも利用客は少なく無い。大阪市長は路線バスの見直しを口にしているがこの路線の廃止は出来無いに違いない。出来るとしたらバスの間隔を空ける事位だろう?バスの運転は下手だった。バスの運転手も自分達の仕事の見直しが問われている危機感があるのだろうか?心地好い運転。それも大事なサービスに違いない。

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今夜のプチ贅沢?カゴメ指定農場?味は悪くないがジュースの味がする。本当のトマトの美味さ。それはそれだけの対価を払わなければいけないのだろう?今は我慢しょう。堀内孝雄が歌っている。何にも無かった昔の生活が豊かに感じるのはそれだけ老いたのかもしれない。時代に負けてはならないが、夕焼けを裸足で追い掛けていたあの日は、夢の又夢に違いない。

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2013年6月17日 (月)

今日も暑いけれど1日遅れの父の日プレゼント。大阪此花の天然温泉でアカスリです。

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バラの花も初冬迄しばらくのお別れです。今年はバラも一杯見る事が出来ました。美しい花は一杯在りますがその中でもNo.ワンはバラです。100万本のバラを歌ってくれた加藤登紀子もすっかりおバーちゃんになりましたが、親父もそれ以上にジジイになりました。しかし心と体は空元気でもガキ達に負けない様にしたい物です。

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住んでいる街中では感じられない静寂と心地好い風が吹き抜けています。ここ迄歩いて来ると流石にくたびれる。それでもその疲労感が何とも嬉しい。この体験は元気で足腰が達者でないと感じる事が出来ない。若い時全く感じなかった疲れを感じる時、この道を歩いている。今年の梅雨は本当に雨が少ないがこの坂道を雨が流れ下る事はあるのだろうか?地面を叩きつける夕立でないと無理だな?

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紫陽花の花もまだ小さい。今月末には近くの久安寺の紫陽花も眼を楽しませて呉れるに違いない。

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それではこれから出掛けてきます。一足早いプールサイド(露天風呂)で梅雨の晴れ間を満喫してきます。ここにはミストのサウナ(湿式)があり塩が瓶(かめ)一杯に置かれています。その塩を体に塗り込んで汗を流す。至福の時です。(コラコラ)

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2013年6月16日 (日)

コンフェデレーションカップ優勝?井の中の蛙大海知らず?

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「悲観する事無く?」冗談でしょう。レベルが違う。その厳しさが無い。何か勘違いしていないか?世界の壁。そんなに低くはない。勝つ事が目標では無いだろう?目標?それならば負けている。

日本のレベル?そんなに高いのかい?興味は無いけれど。近くのマンションの植え込み。先日管理人が散水していたけれど見事に?枯れている。昨日は1日恵みの雨だったのに。それ程に今年の梅雨は暑い。

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対照的に暑い日差しを物ともしないこの勢い。親父のコメントは辛口と評価してくれる人は多くはない。「偉そう」「デカイ態度」「無礼」本人の自覚は無いが、自分で言うのも何だが本当は心根は優しい。これからその事を証明しなければならない。

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散歩コーススタートです。この建物は戦前の建物です。堅実な経営を続けてきましたが今は生き残りを賭けてS銀行と合併をしている。アベノミクスが期待されて金融市場は勢いが復活している?しかし本当に期待される景気回復の実態は見えて来ない。

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市役所の前に商工会議所がある。その立て替え工事が進んでいる。しかし市役所前の花壇、花時計も取壊されている。ここにそれだけの建物が建てばそれ位当然なのだろう?こうして市役所横のネコの額ほどの土地も有効利用されるのだろう?

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城跡公園とその上の緑のセンター迄歩くには腹が減っていた。暑いし「冷麺」にする。トッピングは良いが味は今イチ。大好きな生姜が無くて酢がきつい。暑さ対策は酢より生姜のみじん切りが良い事を教えてやらないといけない。(やめときなさい)余計なお世話です。(言う訳無いでしょう)なら書くな?

今日は(昨夜は)父の日。良い事は何も在りませんでした。不愉快な思いをしただけです。これからは段々とそんな思いも多くなるのでしょう?しかしそれも当たり前と思えば何とも在りません。何時迄もそんな時代が続く訳がありません。(もっと悪くなる?)これ以上?それは無い。ふて腐れていました。

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ボタンももう終わりです。又来年。替わりに百合の花が満開でした。

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こんなところで田舎暮らし出来ますか?晴耕雨読。不老不死。棒を振り回しながら沖縄武術を修得する。(無理だな)しかしも少し賢い生き方は出来るかも知れない。西郷隆盛も征韓論で破れて鹿児島に戻った時、同じ様な事を考えたのかな?レベルが違う?確かに。仕事でハシゴを外された時どうしてそれ位の事を考えなかったのだろう?

アンタの場合は天下を取っていない。それでは天下を取りますかな?アンタに捕れる訳が無いだろう?天下はしっかり歩く事。それ位が関の山だろう?何の何の分かりまへんえ。(分かっています。)アンタに出来る事。それは面白くないブログを書く事。それ位がお似合いだろう。面白くない?見ないで下さい。見る以上は何かの足しにして下さい。

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枇杷?好きやのう。「桃栗3年柿8年枇杷は早くて13年。」ホンマですか?それ程実に成る事は難しい。その枇杷も今年は多く見る事が出来ました。親父も失意の時はその歳月をはるかに越えている。モタモタしていると今年も又同じ事を繰り返すのだろう?

そうして徒労の年を重ねる。時は立ち止まる事は無い。手を差し伸べてくれる事も無い。全ては自らの固い思い込みを叩き破らなければならない?(アホや)その事を暗示しているのだろう?口が達者になりました。後は行動力?余力です。有り余るバイタリティー?この言葉もいい加減な言葉です。スープラス、パワーそんな力は残っているのかな?(残ってはいません)ガックシ。でもまだまだガンバ大阪。(アホ)

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今日はここ迄又明日。

 


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90歳の主。70歳の妻に刺される。介護疲れ?行政は破綻している?

高齢者の介護疲れ?90の主人を70歳の妻が看護する。このケースは現代の介護の実態から考えるとまだ恵まれている?多くの人達は知らない介護の実態。自分の体が老い自分の身の回りの事が自分で出来なくなり動けなくなっても、特養老人ホームには入れない。どういう事?介護出来る人が居ればその人が介護しなければならない?

そんな現実を多くの人は知らない。知っていても自分達は若く関係無いと思っているか、知らなくても生きて行けるからだろう?しかし間違いなくどんな元気な人にも老の時、介護が必要な時はやって来る。ベッドの上で身動きが出来なくても自分でトイレに行けなくなっても介護をしてくれる身内に我が儘を言わなければならない。

この国の少子化対策。高齢化対策。そして福祉対策は政治家が口にするほどうまくは行っていない。破綻寸前。いいえ破綻している。その訳は単純明快。年寄りが長く生き過ぎている。残酷な様だが自分で自分の身の回りの事が出来なくなったなら生きる術は無い。その事を世間は全く理解していない。高齢者が介護疲れで主人を刺す。それでも命を絶つ事は出来なかった。(愛した人を1思いで貫く事は出来ない?)

何と悲惨な事か?この東三国のマンションは先日歩いた阪急宝塚線三国駅の近くに在ります。その1室でそんな悲劇が起こってもマスコミに何が出来るのでしょうか?そんな悲劇はこの街だけでなく全国の高齢者介護の現実です。それでもそんな政治のあり方が支持される。冗談ではありません。今は年老いても幸せに豊かな生活が出来る人も少なくありません。しかしこれも現実です。そしてこの悲しい現実は他人事ではありません。

来月の参議院選挙では政治に関心があっても無くても選挙には行きましょう。そしてこんな政治しか出来ない世の中を変えなければなりません。どれだけ多くの人が選挙で投票しても3年前の様に最悪の結果にもなります。それでも自分達がこのような地獄を変える。そんな思いがもっともっと盛り上がらなければ多くの政治課題は先送りされてしまいます。先送りすると言う事はどういう事か?それがこの悲惨な現実です。

他人事ではありません。親父も自分の事が自分で出来るのは後20年が目標です。しかしその保証はありません。先日大阪駅前の炎天下の路上で垢まみれで転がっているおじさんを見ました。親父が若い頃には大阪西成でよく見られた光景。

数ヶ月前には大阪駅前のガード下のホームレスの人が若者に殴り殺されました。若者はどんなつもりで無抵抗の人を蹴ったのか?目障りだったのでしょう?しかしそんな情けない若者がどんな大人に成れるのでしょう?その事を私達は今問われています。

生活保護の人が多くなり自分の生活を人に支えてもらわなければ生きて行けない。しかしその現実は一部の政治家が言う様に「明日」はありません。ただ生き延びているだけ。その人達の明日は間違いなく介護もしてもらえない明日に違いありません。

多くの事を尤もらしく語る前にこの国の介護の実態を変える。そんな生き方が求められています。来月の選挙の投票率は高くにはなりません。それは誰が政治をやっても自分達は関係無いと思っているからです。しかし三国のマンションの一角で刺された旦那さんも奥さんも20年前にはそんな事は全く考えていなかったに違いありません。その事を痛感しました。政治に関心を持つと言う事はそう言う事でしょう。

難しい問題ですが分かり易く誤解を承知でこれからも書き続けます。その為には健康で生きる。文句を言いながら生きる。人をバカにしながら生きる。自分の間抜けさも否定しない。そんな生き方が今問われていまし。大阪は今日も暑い1日です。

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尼崎公害訴訟が残したもの。そして私達が後世に引き継ぐ事。

企業の社会的責任が問われる様になったのは、意外に感じられるかも知れないがつい最近の事です。この時代背景と詳しい説明はウィキペディアに簡単にまとめられているが、この説明を読むとISOとの関わりが良く分かる。親父の学習能力ではこの説明を良く理解するには、プリントアウトをしてアンダーラインを引いて何度も読み返さなければならない。明後日梅田堂島に出かけるので分かり易い解説書を手にしますか?(そこ迄はやらないだろう?)どうかな?

この説明を読みながら感じた事。それは企業にだけ求められている事では無い。私達一人一人に求められている社会的責任。それを守るか否かは個人の判断基準に委ねられていると思い込んでいた。そうではない。この国の多くの人が狭い村社会で生き、人としての在るべき姿を踏み外した時は、その社会では生きられなかった事を忘れ去られている。

そんな社会を知らない現在の大人も子供も、そんな事は関係無いと思っているが関係は大ありです。最近は信じられない行動をする人が少なく無い。「放置自転車」「駐車違反」「歩行喫煙」その程度はまだ可愛いのかもしてない。電車の中で大声で喚くガキとおっちゃん、おばちゃん。昔はそんな事は絶対に出来なかった。その道のプロが居てその陰で小さくなっていた。今はどうだろう?強い人、怖いヤクザさんにはおとなしくても人の良い多くの人には我が物顔の振る舞い。

悪がグルになれば何でも出来ると思っているのだろう?そんな環境破壊がこの国では日常茶飯事になっていた。そして訴訟問題になった。それが多くの公害訴訟。尼崎の公害訴訟もそうだった。しかしその時代の人達も歳を重ね死んで行った。

1970〜80年代の公害訴訟は水俣病、イタイ、イタイ病の様に悲惨な健康被害は出していないと言われているがそうではない。今中国の大都会で問題になっている排ガスの大気汚染。肺や循環器に取込まれると深刻な健康被害が発生する「PM2、5」問題。我が国では20年以上前に裁判でその発生原因が問われていた。

そして裁判では勝訴した大阪西淀川、川崎、名古屋、そして尼崎でも問題は解決していない。改善策は実施され問題の場所は綺麗になっていた。しかし多くの問題に法的規制が課されていない。そして問題は都市の物流と企業の社会的責任。個人の問題の関わり方。その取り組みはどれだけ地域を巻き込んでいるのだろう?その事が問われている。

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2013年6月15日 (土)

暑かった大地がやっと冷されている。大雨とは言えないが。

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阪神尼崎駅から国道43号線に出てその道を大阪方面に向って歩いている。この橋は昨日引き返した辰巳橋。神崎川から別れた左門殿(さもんど)川に掛かる橋。本当は正面に見える赤い橋を渡りこの川を河口に向って歩きたいが、散策の道として整備されていない?何よりも気持ちの良い道では無い。この先(対岸)の道は大阪湾迄約3キロ。その1キロ手前には中島大橋があるが歩く事はない気がする。

しかしそれは歴史を知らない間抜けな考え。この先は今は汚い(失礼)工場地帯が少なく無いがこの地域の歴史は風光明媚な漁村。パソコンで大物(だいもつ)港で検索してみると面白い? (駄目。以前尼崎の歴史を見学した博物館にもう一度行きます)アホやなー。今でもあるのかな?

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橋の上は阪神高速神戸線。吹き抜ける風が強くて帽子を押さえながら歩いていた。橋を渡ると大阪。西淀川区です。名前の通り淀川の西にあります。

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1昨日見上げた煙突が見える。昨日はこの先でバスに乗りました。昨日はその道を横に見ながら直進する。その先中島大橋を渡ると阪神なんば線出来島の駅は近い。本当はその先の淀川に掛かる伝法大橋を渡りたかったが後3キロ弱。その元気は無かった。

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昨日は阪神なんば線の出来島の駅をこの左と勘違いしていた。その為にこの交差点で左に曲がる。迷いは無かった。迷えば手にしている地図を開くがそれをする事も無かった。思い込みとはそう言うことを言うのだろう?様子がおかしいと思ったのは駅が見えなかった時。首を傾げながら地図を開くがもう手遅れ。その替わりバス停があった。

停留所で時刻表を見ると1時間1本のバスがもうすぐやって来る。それでも歩く事を考えていた。そんなもんです。思い込みの間違い。自分の人生も多分にそんな分岐点が多かった気がする。しかし「覆水、盆に帰らず」「後悔、先に立たず」「過ぎたるは及ばざるが如し」「結果論」いろんな言葉が語られるが、今でも同じ事を繰り返している。

先見の明。先を見通す力。それは誰にも分からない。そう考えると最近の株の乱高下はインチキ以外の何者でもない。(誰が元締め?)思い込みを排除すればよく見える事に気付くかも?そう教えられていた。アベノミクスの成長戦略。官僚がどんなに立派な作文を書いても実行が伴わなければ絵に描いた餅。食えない。

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右側の階段はこの先の中島川を渡る橋の歩道階段。よく見たまえ。これがこの国のこの地域の情けない姿。立派な階段にゴミを放置してその片付けも出来ない。(偉そうに言わないでお前がやれ?)それは違う。

それを尤もらしく片付ける人は要りません。この歩道も管理者がいてその為に仕事を委託しているのです。自分達にはそんな権限も必要も無い。(ゴミ位拾えるだろう?)拾っても捨てる場所がない。地域を綺麗にする。それはこの地域の行政の重要な仕事です。親父は左の立派な歩道を歩いている。

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その仕事を蔑ろにした時、この様な間抜けな事をした時、この環境改善に取り組んだ労苦は一気に後退する。ゴミを捨てた間抜けはどんな天罰を受けるのか今は知らない。(アホです。間抜けです。)関係無い?そうはイカの何とかです。

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交通量は多い。しかし道路が良くなったいる。道は広く路面が綺麗。(阪神高速はここで大きく左旋回。1キロ近く北上して阪神本線と並行してこの先の淀川を渡る。尼崎と大阪の県境は淀川の中央部です。

国道43後は直進して更にその先の淀川を渡る。そこが伝法の駅。(阪神なんば線)そこ迄歩きたかった。(歩かなかったの?)この先の橋を渡って出来島の駅迄。(この屁タレ)アホ抜かせ。この炎天下。これだけでもアンタには出来ない。

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もうすぐ中島大橋を渡る。この下の川が神崎川。水が茶褐色。ここから河口は遠くないが大阪湾自体がこんなに汚いのか?河口近くでこんな水面を見ると哀しい。大阪の港が汚されて久しい。この汚染の原因を取り去る事は出来ないのだろう?それでもこの東側の淀川も河口に近づくとこの色になるのは何故だろう?この地域の工場からの排水の影響ではあるまい。その検証は出来ているのだろうか?(拡大してみると水面の色がよく見える。堤防の中に立ち入る事は出来ない。入る人も居ない。汚い。

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2013年6月14日 (金)

国道43号線。尼崎公害訴訟。和解のその後。現在を見てきました。

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ガク紫陽花も季節外れの猛暑にしおれている。雨が欲しい。雨が雨がと乞われていた。今年は親父も久し振りに暑い日差しの中を歩いている。暑い日差しの中を汗をタオルで拭きながら歩いている。熱中症の心配は全く無い。理由は体調と安全を天秤にかけながら歩いている。お陰で色は黒くなっているがバテテはいない。(アホ)

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親父が利用している阪急宝塚線の時刻表。急行と普通電車が10分間隔。少し待てば次の電車が来る。有り難い事だがその事が当たり前になっている。人の思いを平気に無視しながらデカイ態度をする人が多くなってきた。親父の様な単細胞はどんどん1番前か後の車両に押し込められているが、それでもそのうち弾き出されるのだろう。そうならない様に腕力だけは鍛えておかなければならない。(暴力は駄目だよ)

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駅ホーム車止め前の火山の花が朝顔に替わる。「朝顔につるべ取られてもらい水」そんな風情は無くなっても夏の暑さはこれからが本番です。暑さに負けない体力。それが求められている。これから厳しい夏の暑さとうっとうしい梅雨の終わりを乗り切るのは1に体力2に体力3、4がなくても5に体力?口先だけのおしゃべりは無用です。

そう思っていたら官僚の作文にもそんな話がある。「アンタに言われたくない」。成長戦略は整った。後は実行あるのみ。?どんな顔をしてそんな言葉を口に出来るのだろう?成長戦略とはそんないい加減なものだったのか?これからはそんな期待は無用です。そう言われている。そのささやきを聞き逃してはいけない。

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大阪駅前東口(南口)大阪市内のバス路線。この部分は大阪全路線の約四分の一。それ程にバスの路線は大阪市内隅々にある。昨日帰ったバス路線はほぼ左上のピンクの路線。92路線。これを見ながら感心していると近くで自分の行きたい所を市の案内の人に聞いていた大阪のおばちゃんが眼の前で喚き出す。

「私の行きたい所は何たらかんたら」どうでも良いと思いながらも親父の単細胞がぶち切れる。そうなると悪たれは止まらない。「こらババア。人が見ている前に立つな」おばちゃんがジジイだったらただでは済まない。

「コラ。オンドレ。舐めとんのか」暑い日差しの中でつかみ合いが始まる。おばチャンは親父の剣幕に押されて頭を下がる。これから阪神電車で尼崎に出掛ける。尼崎公害訴訟(と言われても知らない人が多い)裁判は和解し排ガス規制、通行帯指導、道路管理の見直しも行なわれ今は以前とは比べ物にならないと思われている。それよりもそんな実態は忘れ去られている。その43号線の実態を見に行く。

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阪神梅田駅。2日続けて来る。甲子園で仕事をしていた時以来。あの時偉そうに(実際偉かった)隊長は今はリタイヤしてこの暑さに負けていないのだろうか?(イエイエ今は生きていません)コラ。殺すな。人間万事塞翁が馬。(何のこっちゃ)

知らないでしょう。何時迄も喜びも悲しみも無い。その事を忘れてないで下さい。この電車は特急。姫路行き。姫路迄新幹線で行くでしょう?(ところがこの電車特急券無しで乗れます)時間は掛かるがのんびりと姫路城見学と考える利用者も少なく無い。?

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尼崎駅。ここから阪神なんば線乗り換えが出来る。何度かここから利用しました。今日は改札を出る。但し表玄関(南口)では無い。裏口(北口)バスターミナルがあるだけ。殺風景。ところが右に出て地下道をくぐると見慣れた風景を眼にする。

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昔のまんまの風景。放置自転車。張り紙だけは勇ましかったが何で今やらないの?歩道が車道の高さに無いのも変な感じ。何で通行帯を整備しないのだろう?市長が女性だから?それは無いでしょう?

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上の通りに出ると右は尼崎城跡地。堀が張り巡らされていた。創業100年の尼崎名物?の水飴のお店があった。ご主人から親切に話をしてもらうが親父の話が長過ぎて「忙しいので」と会話を一方的に終わらせられる。確かに暇人の相手は出来ない。親父の今回の目的は何?

国道43号線の公害対策の検証?確かにそんな相手は出来ない。水飴は全国から注文されるのだろう。1びん1000円。美味いのだろう。年寄りには懐かしい味に違いない。興味は無かった。(こらこら)

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国道43号線に出る道。歩道が整備されていない。途中で切れている。何で?不必要と行政に思われているのだろう?

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何でこのガードレルをも少し外に出して通路を確保しないのだろう?そんな苦情は無いのだろうか?(ありません)そんな道を通らないで下さい。? 信じられない。恥です。恥。女性が市長だったらも少し細やかな感覚が必要です?(それは女性差別?)では何と言えば良いのでしょう?ここはこの先には立派な歩道が整備されています。

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このガードレール。何の為にあるの?通行禁止?その訳は?親父は無視していました。

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左の階段下が歩道。上には無い。正面の道路が阪神高速神戸線。下の道路が公害裁判になった国道43号線。裁判の和解の条件になった環境基準は今中国で問題になっている大気汚染。数値が数カ所のモニタリングポストで自動計測されていた。しかし親父レベルには空気が美味いか、悪臭はしないか?その程度位しか分からなかった。

道は綺麗になっている。道の通行帯もきちんと分けられていた。問題は大型車両の通行量?それも防音壁で遮られて気になる感じでは無かった。今地域の人はどう感じているのだろう?そんな事を考えながら大阪に向って歩く。左が大阪。右が神戸。

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道路が凄く広い。反対路線(神戸行き)はこの向こう(高速道路)にある。

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公害訴訟の前は一般国道にこんな防音壁は無かったのだろうか?

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気持ちの良い道が続く。しかしなんでか階段。自転車はどうするのだろう?

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これも裁判の和解の条件。グリーンベルトも作られていた。ただ気になった事はその手入れ。右側の防音壁下の日当りの悪い樹は排ガスで枯れていた?

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この樹の勢いは間違いなく車の排ガスの細かい有害物質を取込んで呉れるに違いない。それでもこれ以上枝葉が生茂ると通行の邪魔になり、又秋になると落葉の清掃で苦情が出るだろう。そうなった時、行政がやる事は思い切った枝葉の切り落とし。

ここはそうならない様に誰が見守るのだろうか?その監視とグリーンベルトの管理は是非後世に受け継いでもらいたい。それが尼崎、淀川、多くの地域住民を苦しめた排気ガス訴訟の教訓です。

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残念。小学校記念碑の文字が読めない。画面拡大しても文字が小さい。

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高速道路の下を抜けて反対側に出る。何故か枇杷の木に歓迎される。枇杷の花言葉は何だったかな?どうでも良い事が気になる。何故か今年は多くの枇杷に出合う。

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モニタリングポスト。有害物質の自動観測点。

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反対側を歩く。こちらも多くの緑が育っていた。ただ維持管理は今イチ。費用の捻出は何処が行なっているのだろう?裁判和解に条件はどう担保しているのだろう?

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ワシが見守っている。デカイ鳩?が見下ろしていた。ワシでは無いだろう?

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もっとくっつけ。もっと威圧しろ。ワシではないから無理か?頼みまっせ。今は辛うじて担保されている事でも10年先は分からない。尼崎の議会議員選挙カーは選挙活動を行なっていたが議員の数が多過ぎる?(定数42)わが町も同じかもしれない。

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熱中症対策?で自販機で天然水を買う為に寄り道。意外にも小さな公園がある。この先は先日歩いた辰巳橋に出る。河口(大阪湾)方向から吹き抜ける風に思わず帽子を押さえる。脱帽です。吹き出していた汗が一気に吹き飛ばされる。では今日はここ迄。又明日。

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堀内孝雄の歌を聴きながら昨日の続きをまとめている。

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堤防に上がりこの道を通り抜ける事を考える。しかしよく見ると正面にフェンスがある。正面に見える鉄路は阪神なんば線。ここから大阪湾は遠くない。このまま直進するかどうかを考えるが手前の水門から下に降りる。正解だった。

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右側が堤防上に出る(降りる)立派な道。この出入り口がここのある理由。殆ど利用されていないにもかかわらずなんで出来たのか?その理由が分かる。但し(当然?)その説明と開門の時間(それも無いのかな?)水門に鍵は付いていた。

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ここが次の出口。昨日出た出口はここでは無い。この水門の管理ナンバー33。これも何の説明も無い。この上から先を(河口側)見る。このまま進むべきか?しかし昨日は止める。説明が無いので不気味。又、上に上がれなくなるかもしれない?

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ここは堤防下の道。この先で上に上がる。この鉄橋は阪神おおさか線。音の無い風景。人の動きが全く無い。少し歩いてその先の車が走る道に出ると懐かしい景色が見える。宝塚の塗料工場の守衛の仕事を紹介された時に親父の仕事ぶりを評価してくれた福島さんが、親父を助手席に乗せて大阪阿波座の事務所に連れて帰ってくれた道。

いろんな人がいたが優しい言葉で親父を励まして呉れた人。2年足らずの仕事が出来たのはそのお陰だったが感謝の言葉も言えないで首になる。日雇いの仕事はそんなもの。今もっもらしく政府とエコノミストは成長戦略を語るが、そんな非正規、日雇いの実態は知らない?無視しているのだろう?

景気は上向いている?お役人の言葉はそんな物?貧しい人が豊かにならないと国の成長は無い。多くの歴史を学べばそれ位の事が分かるだろう?分からないのはそんな実態を知らないからだろう?節約疲れ?アホ言ったらアキマへん。そんな豊かな人は一握り。多くの人がこれから試練のステップを踏まなければいけない。

どんなステップ?景気は良くなっても自分の景気は良くならない。収入を増やす術を探っても手に出来る人は既得権を手にしている一部の限られた人達だけ。今度の7月の選挙で笑える人達だけ。信じられない事に自分もそのおこぼれが手に出来ると思っている人が少なく無い。それは全くの間違いです。その事は自民党、公明党が長い間言ってきた事と何も変わりません。何とも哀しい事です。

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左前方に外に出れるスロープが見える。遠くで良く見えないが拡大するとよく見える。その前に昨日なんども探した階段がある。何の為の階段と思いながら上がってみる。三分の二位上がった所で足元が竦む(すくむ)情けない。

イヤイヤ。下から見るのとは感覚が全く違う。昨日こんな立派な階段では無かった鉄ハシゴを登らなくて正規でした。登り切らないで首だけ伸ばして外の景色を見る。身震いをしながら階段を降りる。この階段はこの外にあったH社の物だったのだろうか?

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この川から右側の会社が原材料を船から搬入、搬出したのだろう?その時に使われて船着き場?今はその面影は微かになっていた。

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正面に見える立派な高架は阪神高速神戸線。その先(1、5キロ弱)に阪神高速湾岸線がある。尼崎公害国道43号線がその下の道です。ここからはその広さが分からないが上の高速道路に迂回させる公害対策は課題は少なくない。

今日の新聞にその裁判の和解条件の継続が伝えられていた。一度この道を見て見なはれ。素晴らしい広さです。しかしその便利さを現在人はどれだけ大切にしているのでしょう?大型車の排ガス規制。騒音規制。通行レーン規制。スピード規制。その小さい取り組みは裁判でも解決していない。

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見上げると阪神高速神戸線の偉容に圧倒される。言葉を飲み込む。眼を丸くしながら下の43号線に眼をやると福島さんと大阪に帰ったときの事を思い出す。優しい人だった。個人の優しさだけでは組織は何も変わら無い事を痛感していた。

でも何時の日かお合いしましょう。その時ががっちり握手をかわしながら一献(いっこん)と行きましょう。お仕事大変ですが体に気を付けて下さい。最後に笑うには体力も必要です。オバカに負けないで生き残って下さい。(アンタもね)

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最寄りの駅は出来島。近くだと勘違いしていた。出来島の駅はこの島のこの先、中島大橋を渡らないといけなかった。その方向には歩いていなかった。佃島を北上していた。そんな親父を哀れに思ったのかバス停がある。時刻表をさり気なく見てみるとバスは1時間に1本。そのバスがもうすぐ来る。

約10分の待ち合わせ。行き先は大阪駅。迷う事は無かったがそれでもまだ歩く事を考えていた。(あほやのう)。諦めたのは日差しが余りに強かったから。(まあ今日のこれ位にしときますか)程なくバスは来る。

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バスはここから北上し先日歩いた御幣島(みてじま)の交差点から加美に出てこれも先日バスで来た道を戻る。意外に世間は広い様で狭い。大阪駅迄は行かないで十三で降りる。阪急宝塚十三駅は遠くなかった。ここで待ち合わせをして天橋立を目差した若き日の休日は青春のステップだった。「結婚する気があるのか?」と聞かれた言葉は今でも忘れていない。自分に正直に生きた歳月に悔いは無い?(ホンマですか?)

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この駅前の人通りは多い。ここから商店街がアーケードで表の大通りに繋がっている。昔の面影は残っているが綺麗になっている。この左側はお手頃価格でお酒も料理も口に出来るが何故か足を踏み入れていない。そんな付き合い方をしなかったからだろう?この街はお金を手にしていれば何でも出来る。でも人間の幸せはそんなもんでは無いだろう?そんな青臭い気持ちは今でも変わっていない。苦笑していた。

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2013年6月13日 (木)

大阪の最高気温38℃。まだ6月。どないなってまんねん。どないも無い。

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久々に見る阪神電車の昔懐かしい車両の塗装。親父が大阪に来た半世紀前から変わっていない。この電車で甲子園のお店に仕事で通った事もあるが長くは続かなかった。あの年は何年前になるのだろう?年寄りの責任者が人望が無かった。(アンタが生意気だった?)そうかもしれない。

あの年は台風が毎週の様に関西を直撃し(秋)、地震もあった。体調も良くなかった。ようやく慣れて自分のペースで仕事が出来る様になった時、お役御免だった。色んな人がいろんな所で懸命に頑張っていたが、組織の中で役に立つ人は「余計な事は言わない」「余計な事はやらない」「自己主張をしない」そんな人だった。

もうすぐ仕事をリタイヤして2年になるが、この性格では親分になる仕事しか無いだろう?(そんな仕事は無い?)かもね。それも覚悟しています。これからは間違いなく生き残る術は「質素倹約」「質実剛健」今日先日の続きの道を歩きながらその事を痛感していた。

お袋が行商をしながら教えてくれた事。これからやっとその教えに寄添う事が出来る。その事を忘れない様にしなければならない。(遅いか?)遅くても気付いた時点で良しとしなければならない。今日は暑い1日でした。でも修行の道場はこれから入門です。暑いとか言いながら顔をしかめる前にその暑さと戯れなければいけない。

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初めて降りる駅。「千舟」この佃島にある。東京佃の地名の始まりはここから。詳しくはウィキペディアで検索出来る。しかしこの島に昔の面影は全く感じられなかった。この地図の右側を歩くが感覚的には左を歩いているつもりだった。どうもおかしい。そう感じた時先入観を捨てる。昨日見た景色を思い出しながら歩いていた。

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右が阪神の高架。昔(親父が大阪に来た半世紀前)はこの道は駅前の賑わいの道だったに違いない。今は人通りも疎らだったが至る所でその面影を感じる事が出来た。

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堤防に出る道を間違えたかと思っていたが方向は正解だった。この堤防の向こうは左門殿川。神崎川はこの島の反対側を流れている。しかしこの堤防の下の道を見て下さい。これが堤防下のあるべき姿です。ところが意外な事にこの姿は例外だった。(どういう事?)堤防の外に歩道がある。この当たり前の事が当たり前ではない。

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堤防に出る道に歩道がある。色々歩いたがこの当たり前の事が出来ていない。その訳が分からなかった。それが分かる。理由は簡単。車道にしているから交通量が多い、その道に横断歩道は作ってはいけない。それが行政の考えです。

これは大阪の一部では無く全国各地の堤防の上下を走る車道の常識。国土交通省、地方の道路行政の実態です。問題にならないのは車優先が当たり前になっている日常の生活?これが問い直されなければならない。これからはどんなに暑くても歩きましょう。犬も歩けば棒に当たる。親父も歩けば新たな発見?それがこれからの羅針盤?そうかもしれない。

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この橋のイメージは昨日歩いた時には無かった。ここに降りて来るのでは無く駅前に続いていると思っていた。歩いて見ないと分からない。

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昨日駅の場所を教えてもらったのはこのかいらしい(可愛らしい)橋の向こう。昨日不安な思いで歩いていた堤防下の道が見える。何で上に上がる道が無かったのか?この橋の上で考えていた。分かる。堤防を管理しているお役人は基本的には管理されている公園。散策の道。サイクリングロード等以外は立ち入り禁止。

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阪神本線。右が大阪側。左が尼崎。前方が上流。川は佐門殿川。

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先日引き返した先に在ったこの川の看板。1級河川。何故か国土交通省の看板では無い。

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この通行禁止のプレートは車両用。人はこの間を通り抜けられる。犬3匹のおばちゃんは自転車を押していた。犬の散歩に自転車は欠かせなかったのだろう?教えてもらった駅は左にあった。少し遠い感じだったがこの左を降りると駅は近かった。

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ここは先日安堵の思いで上がってきた道。階段では無かった。この高い堤防に何故こんな立派な道が作られているのか?それが疑問だった。それを確かめる為にもう一度この道を先に進む。出口は昨日おばちゃんに教えられていたので安心だった。

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この下の道は昨日歩いた道。表示は何も無かったが基本的には通行禁止。堤防の下から上には上がれなかった。何でその表示が無かったのだろう?その意味も分かる。答えは教えない。聞きたくもないだろう?大した理由では無い。歩いてもらいたくはなかったのだろう?歩けないとを言い切れないし?言い切れないが歩く出口の確認は必要です。

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こちらは下流。堤防の上に張り出している屋根が気になる。

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「まだ懲りないで歩いているのか?」鳩にバカにされる。

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堤防の外(内側)は工場街。この煙突が何故か気になる。今は使われていないのだろうと思いながら見上げていると横の排気搭?から白煙が立ち上っている。紛れも無くこの煙突は今でも現役。煙突の先からの煙は見えなかった。段ボールメーカーの煙突? 空は青く汗が噴き出していた。大阪は最高に暑い。でも親父には心地良かった?

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後ろを振り返っている。バアちゃんがカゴを背負って歩いていた道を思い出す。足に合わない靴を履き慣らしているが、その靴が心地好い気持ちの良い土の道。昨日と違うのは出口が分かっている事。その場所が見えている。安心して歩いていた。

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この先で堤防の外に出た時、この道が何で整備されているのか?その理由が分かる。しかしそれも壮大な税金の無駄使い?後でお見せしますが水門は立派でした。この道の為の水門?そうとしか思えなかった。この堤防の外の道は通行禁止だった。それもおかしいだろう?それではお見せしましょう。

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左が鋼板の会社。工場横の道路は私有地?一般車通行禁止。右側堤防。何故か通行禁止。その為に堤防内に通路を確保している?その為にこんな立派な水門を作っている?これが堤防だとは思えない。(堤防です)頭の上を原料搬入のクレーンがあったからだろうか?でも今は役目を終えている。堤防内が通れたのはこの所為でした。

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水門は平成10年に作られている。この水門を作り堤防上の通行禁止?これが税金の無駄遣い。こんな立派な水門を作らないで堤防の上の通行が出来る安全管理を企業に求めれば良い。川からの原材料の搬入。製品の般出。そんな時代が過去になっていた。堤防の上の通行。大阪湾に近い正蓮寺川の北港大橋河口は完全に立ち入りが出来ない。堤防は多くの事を教えてくれた。この後の写真はオマケです。明日見てね。

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暑い1日。エアコンフル稼働。でもそろそろお出掛けです。

「暑い」「暑い」「暑い」今年は空梅雨模様。期待された台風も関西直撃は無い。ヨーロッパでは美しい大川が氾濫してドイツでは大きな浸水被害が出ているが、その事を考えると季節外れの猛暑も甘んじて受け止めなければならないのかもしれない。

そんな事を考えながら左目がコロコロしてうっとうしいので近くの掛り付けの女医さんに見てもらう。先週の土曜日は受付の医療事務をしているベテランが子供の運動会でお休み。混んでいたので薬だけ貰ったがその後うっとうしさは変わら無かった。

もう一つは最近パソコンの前で長時間、画像挿入をしているのでその影響。眼が受けるダメージ。その事が聞きたかった。眼のコロコロ感はまつ毛の先が眼球に食い込んでいた。異物が入るとその信号を出して取り除く事を教えていた。

人間の体は本当に素晴らしい。最初は分からない程度の毛先だった。「何ともない」と言われて食い下がる。もう一度良く見てもらうと発見。医療器具で取り除く。流石です。不快な感覚は消える。後は「目薬を注してね」と念押しされる。

パソコンの影響は(画面からの青色波長の色。眼には殆ど。)見えない。個人差があり影響が出るのは20年先。親父の場合は大丈夫と言われる。専門的な説明をされていたが良く分からない。そんなもんだろう?大丈夫と言われて安心する。

良くテレビのコマーシャルでパソコン用の眼鏡の宣伝があるが、親父の場合は老眼鏡の度数が上がるだけ。親父の場合視力は何と驚くなかれ。1、2(左)と1、0(右)ジジイでこれだけ見えたら心のシワも見逃さない(巧い)嫌なおっさん?

ただ最近検眼の時、体調が良くないと文字がダブる。今日は右がその傾向が出ていたが視力、視界は良好です。眼は口ほどに物を言う。これは確かですね。相手を攻略するには口先ではない。心眼。心意気と眼力(めじから)です。この歳になると相手の眼を見ればその人の思いが分かる。これからはその力を生かさなければならない。

生かすとはどういう事?持てる潜在能力を生かす。今自分自身が認識している以上に持っている人の優しさ。人の醜さ。人の清涼感、暑苦しさ。短所は大きくせず長所を大きくすれば良い。他人の事をどんなに評価した処で、反対に批判した処で己の事を棚に上げてはならない。

その過ちを自覚しないと足下(あしもと)を掬われる(すくわれる)。この言葉の意味も知らない人が多い。(スキを突かれる)慢心を戒める言葉。この言葉の意味を説く人も少ない。成長戦略?問題の先延ばしの代名詞にしている。

この国の経済界の、経営者の、マスコミの、そして自分自身の現状認識の甘さが問われている。おおくを人に語るな。現実は烏合の衆(うごうのしゅう)。この言葉も死語だな。カラスをバカにした古い言葉だが現在はカラスは賢い鳥であると語る人も少なく無い。

その鳥は烏合の衆とは呼ばれない。(確かに)八咫烏(やたがらす)は太陽の化身とも言われている。そんな生き方は無理かもしれない。しかし今一番求められている事。それは固定観念からの解放。プロパガンダ(宣伝)に惑わされない生き方かもしれない。

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2013年6月12日 (水)

暑い暑い一日。それでもしっかり歩いてきました。すごい光景をを見る事が出来ました。

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大阪駅前の1月先の景色。完全に夏もよう。この交差点に立つ迄は今日の目的地は決まっていなかった。それでも迷う事は無かった。どんなに暑くても炎天下を歩く。暑い日差しの中を歩いていると色んな事を思い出す。

一番の思い出は真っ黒になりながら炎天下の駐車場の交通誘導。体力はあったのでへこたれる事は無かったが、侮りの言葉は許せなかった。そんな時にも女神はいた。あの優しい家族は今、どうしているだろう?近くのスーパーでその仲間達を見ると今は立場が変わっている。様見ろ。

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目差した所は大阪駅前から先日乗った同じバス。終点の手前で降りる。バスの利用者は多かった。大阪市バスの路線の見直しが声高に叫ばれているが、どれだけの改革が出来るのだろう?利用者はお年寄りが多い。ここはなんども来た所。神崎橋。先日なんで歩道の無い道を歩いたのか確認をする。良く分かりました。

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素晴らしい夏空。対照的なお間抜けな道路行政と河川管理。ここからは下には降りれる階段も無い。その考えは対岸でも徹底していた。と言う事は堤防に階段がが無いのは堤防管理の国の方針かもしれない。最後にアット驚く為五郎(古い)の写真をお見せします。でもその前に。

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ここは橋のたもと。ここに歩道が無いのはこの先に歩道が無いから。?親父は迷う事無く数日前この右の車道を歩いた。立て札は何も無かった。行政と警察の歩行者無視の実態。何時迄こんなふざけた事が許されるのだろう?告発される迄です。(そんな告発は出来ない?)親父には関係のない事です。橋を渡って堤防の下を歩いた時は身の危険を感じました。その時も河川管理の立て札は何もありませんでした。

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新幹線橋梁。正面左側の川が猪名川。右が神崎川。夏空です。

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神崎川東詰め。直進してきた車だけでなく対向車もこの信号を曲がる事が出来る。それ程にこの道が車の抜け道になっている。必然的に交通量も多い。歩道がないのもうなずける?(うなずくな)

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この堤防の高さ。階段はつけられない?そうではない。堤防の上車道の交通量が多いから?この歩道が無い道を歩いたのだからあなたは凄い?いいえオバカです。

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今日はこの橋を渡る。そして対岸を河口(左方向)に歩く。凄い写真が見れますよ。

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左が猪名川。右が神崎川。この正面の橋は新幹線橋梁。拡大すると綺麗な川の青さが見えるがこれは写真のトリック?素晴らしい夏空が視界を圧倒していました。左の奥の山が北摂の山並みです。親父の住んでいる池田の街はその更に左です。

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こちらは六甲の山並み。ダイセルの建物が目障り?(コラコラ)快晴。風が強いので視界は良い。

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橋を渡り切りました。立派な橋。中央部が高いが歩いて渡っても気持ちが良い。

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この神崎橋西詰でも下に降りる事は出来ない。この高さが低くなるのはしばらく進まなければならない。それでも堤防の上の道は車のプレッシャーを感じなかった。何でやろう?一方通行だったからかもしれない?

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ここはまだ下に降りられない。

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川は右側。左は公園?この堤防の上の道は神崎川から猪名川、藻川。そして再び猪名川に続く。親父が歩いた道。親父が歩いていない道。この道を7キロ程遡ると伊丹の駅に着く。猪名川総集編。やりますか?何時?それは明日かも?もう飽きましたよ?

(ふーん?)それでも歩きそう。もう一度猪名寺廃寺跡の杜。歩きますか?出るぞー。(何が?)霊。人が生きる事。それは出合いに違いない。見える物だけでない。見えない物との出合い。その魂に触れる霊感を大事にしなければならない。今、人は余りに「傍若無人」です。

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ここで下に降りられる。でも公園はこの先で終わりだった。

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鉄橋が低い。この高さで大丈夫です?しかし東南海大地震の津波は耐えられない?

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ここから再び河川敷の中(堤防の下を歩く。)出れなくなる?(嘘でしょう)本当でした。5m近い堤防に上に上がれる階段が無い。鉄ハシゴを見上げながら「無理」と思っていた。(正解でした。)登っていたら落ちていたに違いない。

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これをよじ上るか?そう考えながら身震いをしていた。高過ぎる。階段を探そう。でも階段は無い。段々不安になる。

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鳩が心配している。段々心細くなっていた。しかし親父の間抜けな処。「行ける所迄行こう」駄目なら引き返せば良い。どんどん進む。

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橋が見えて来る。しかしこの橋にも上がれそうにない。不安が的中する。

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堤防が無くなる。しかし正面の橋には上がれるだろう?その考えは間違っていた。そない甘いもんやない。どうする?先に進むしかない?どうして?下の砂地に降りる。そしてその先を進む。ホンマに?信じられない。

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この高い堤防。橋は左門橋。国道2号線。災害時に防潮扉が作動する。当然堤防に隙間は無い。上がれない。橋の下をくぐる。

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左に腰を曲げて頭を低くして通れるスペースが在った。右は不法放置の自転車。こんな所も2度とは通らないだろう。そう願いたい。

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この汚い川の中を歩いたのか?まさか。左の歩けるスペースを忍者の様に一気に通り抜ける。その先は大きな石を針金で括り(くくり)つけていた。その上を転けない様に慎重に歩いて再び堤防の下を歩く。この時は腹をくくっていた。何時かは出れる。出れなければ携帯でレスキューの出動を要請する?(アホか)そう思っていた。

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阪神電鉄の鉄橋が見えてきた。対岸には鉄の階段があるがこちらには見当たらない。

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何か前方に人影が見える。出れそう。安堵の気持ちが心を揺さぶる。この間に通行禁止の看板は全く無し。しかし散策の道ではない。整備はされていない。歩いてはいけません。良い子。悪い子。普通の子。真似をしないで下さい。(する訳が無い)

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ここから下流は何処迄かは知らないが通行可?しかしその表示は何も無かった。

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ここからやっと外に出れる。ほっとしていた。この近くの探索は面白いかもしれない?(いい加減にしなはれ?)分からない事が多過ぎる。

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この歩行者専用ゲートは何の為に作られて何処迄通り抜けが出来るのか?この先で最寄りの駅を教えて呉れたおばちゃんが説明してくれたが、3匹のワンチャンを見ていたので記憶になっていない。この対岸は佃島。東京の同名の下町の発祥の元漁村。この島の探索も面白いかもしれない。

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ここは水門35番?明日はこの近くを歩きますか?分からない事が多過ぎる。

 

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MacBook Proの画面表示のトラブル。早速プロバイザーの任せて安心365を使いました。トラブル解消。

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昨日の散策の続き。これから親父が先週歩いた歩道の無い堤防上の道ではない河川敷の素晴らしいサイクリングロード、その横の道を歩きます。鳩が見守ってくれていました。ただこの道は一度下を歩き始めると堤防上には上がれない。(降りられない)先週、親父がこの道を知らなかった理由が分かりました。そう。簡単には降りられない。行政に聞いてみないと分からないが基本的にはそう言う事でしょう?

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但しこの表示を見ると左400mで出れる。(入れる)親父が渡ったモスリン大橋でこの河川敷の道を気が付いていなかったのもお間抜けだったのかも?でも堤防の上にそんな表示は何処にも無かった。(言い訳をするな)

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先週この橋を渡り右側の堤防を河口に向う。その道は車道のみ。歩道は無かった。その理由も分かる。堤防内にこれだけの立派な道があればその必要は無い?ただその事を歩行者に知らせる案内板。それ位あっても良いのでは?親父の様な間抜けは居ないのだろうか?この橋の下で高校生のカップルがイチャ付いていた。無視。

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この左側にサイクリングロードは整備されている。

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この堤防に階段が無い。車道に歩道を平行して作っていないのでその必要も無いと考えているのだろう?これが淀川の河川公園と全く違う。淀川の堤防は例外はあるが基本的に車の通行禁止。その違いだろう?車優先?その車もこの地域を抜け道として走り抜けている。車が通る広い道。堤防の上はその広さを確保出来ない事が無視されている。この河川敷も2度と歩く事は無い。これが人の優しい街造りなのだろう?

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サイクリングロードは右側にある。正面の山は生駒山。望遠250㎜を手にしていないが天気が良くてテレビ塔がよく見える。画像をクリックして見なはれ。左手正面に阪急神戸線の神崎川の駅が見えて来る。目的地はその先の阪急宝塚線三国駅。

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後ろを振り返る。左側が川砂採取の置き場。それだけではないだろうが歩けるスペースが狭い。後方は六甲山。大阪池田線阪神高速と一般道の橋が遠くなる。

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目前の配管は何か分からない。その先に見える山は六甲山。

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風が強く川面の波しぶきが体の火照りを癒して呉れる。左側は有名な神崎川ゴルフ打ちっ放し場。乾いたゴルフボールの打撃音が聞こえていた。休みの日と仕事帰りの汗を流した日々が懐かしい。ベストスコアー87の腕前も今はすっかり錆び付いている。ゴルフの基本はボーロの横をクリーンヒットする事。体の回転軸を動かさない。もうあの時の腕前は取り戻せないだろう?万感の思いが体の中を去来していた?

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足がむくんでいる?甲高。幅広のどん百姓の倅にある靴はなかなか手に出来ない。この靴も履き慣らしているが駄目。靴底と靴の中が固い?足を包み込む優しさを求める事は無理だろう。足元を見下ろしながら苦笑していた。

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日が暮れる。もう少しです。

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国道176と阪急宝塚線。

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阪急宝塚線。親父が若い頃の電車の軌道はもう少し先。ここに来る度に若い頃飲み過ぎてこの駅で電車を降りてタクシーで帰った事を思い出す。あの時のハンカチを貸してくれようとした女性も今はどうしているだろう?

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前方が歩いてきた道。その道が何故か遮られている?この意味が分からない?堤防の上は私有地?誰でも自由に通れないの?親父の後を犬を2匹連れた奥さんが通り抜ける。ここにもこのフェンスの意味を表示する物は何も無かった。堤防の管理は誰がしているのだろう?本当に舐めている。通行禁止の意思を強く感じていた。無視したけどね。

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このフェンスの意味も分からない。左側は公園だった。どうしてこんなオバカな工事をするのだろう?クレームをつけられても尤もらしい言い訳をするのだろう?はっきり言います。ここから堤防の上を歩く事を堤防管理者は拒否していました。その意味が分からない。誰の為にこんな仕事をしているのだろう?近くの住民の為?それは無いでしょう?

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駅舎と駅前は立派になり半世紀前とは風景が一変していました。しかし生活環境がどんなに変わっても変わる事の無い人々の暮らし。それは何なのでしょうか?駅周辺に林立するマンションで生活出来る豊かさは心の余裕では無いのでしょうか?

汚かった異臭のしていたドブ川は綺麗になっていました。それでも水辺の生活がフェンスの囲まれた環境で守られるのでしょうか?整備された河川敷で遊んでいたのはガキ達だけでした。ジジババ達はこの地域に住んでいないのでしょうか?そんな事を感じていました。いずれそんな生活は破綻するに違いありません。

豊かさの追求。それは自分の生き方を変える事でしょう。国や行政におおくを求めても何も変わりません。景気の回復を望むなら自分の生き方を変えるべきです。これからそんな時代になります。自分の生き方を変えた親父の言葉ですから間違いはありません?

景気は回復基調?お役人の景気判断はその程度です。これから間違いなく生活困窮者が増えて行きます。この国の成長戦略。それは口先では何も変わりません。7月行なわれる選挙で政府与党は大勝します。そして国民の支持を取り付けたと高らかに宣言するのでしょう?そんなこの国の在り方に鉄槌が落ちる。

そうならないと方向は変えられないのだろうか?いいえそうなってもこの国も間抜けさは福島の現実を見れば明確です。故郷に死ぬ迄帰れない。この悲惨な現実をもっと多くの人が体験しないとそれぞれの生き方を変えられないのだろうか?今、その事が問われています。(と言われても。)そう。その通りです。何も変わらないでしょう。

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久々にAirでブログ作成。Proの画面表示がおかしいです。

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阪急電鉄神戸線?違います。拡大してみるとよく分かる。JR神戸線。神崎川鉄橋。

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この橋が神崎橋。この橋を過ぎると猪名川と神崎川の合流点が見えて来る。

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そろそろ休憩したくなる。でも今日はたこ焼きを手にしていない。

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対岸の向こうに見える山が六甲山。阪神絶好調。賭けに負けるかな?賭けに負けたら坊主にならないといけない?元々坊主頭。カミソリを当てますか?(やめて下さい)それ以上貫禄が無くてもよろしい。(でも今日梅田の地下で横からぶち当たったおっさんに謝りもされなかった)それで親父は黙っていたの?冗談ではない。でも怒鳴っただけ。それでも無視された。最近ごめんなさいを言えないオバカが本当の多い。

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この橋も神崎橋です。川面を吹き抜ける風が心地よい。

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六甲の山並みも生き生きとしていた。関西は空梅雨かい?雨も降るタイミングを失っている。雨が降らないと水不足になるよ。雨乞いをしないといけないな。

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なにわ自転車道。歩道、散歩、散策の道ではない?出口の表示がポイントです。この言葉が無いと堤防の上に上がれる道はない。親父が先週、死ぬ思いをして歩いた訳はこの道はあくまでサイクリングロードの設計しかされていない。堤防からこの河川敷に降りる階段、案内は全くなかった。

だからこの道から堤防に上がれる場所も限られている。これは驚きと言うか万一の時恐ろしい。河川敷に取り残される。その心配は取り越し苦労だろうか?ホンマにこれは他人事ではない。危機管理が出来ていない。

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この高さの堤防上がれないだろう?当然降りられない。だから案内表示も無いのか?これで地域の人はこの散策の道を如何利用しているのだろう?歩く人はいません。ウオーキング、ジョギングの人は出口から出入りしています?これでは年寄りは歩けないでしょう?高齢者に優しい散策の道。そんな街造りは求められていないのか?

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神崎橋。この橋の通行量は多い。対岸は園田。左を直進すると十三(じゅうそう)に出る。大阪駅からこの橋の袂(たもと)と近くの加美の駅前迄バスが出ている。そのバスに昨日初めて乗りました。バスの1番後でキョロキョロしていました。

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山陽新幹線。この橋の先で猪名川と神崎川は合流する。親父が先週歩いたモスリン大橋もその先にある。

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河川敷の草。この中に人が踏みつけた道が残っている。何たる贅沢だろう?一人で歩きながら満足していた。言葉は要らない。唯、風に吹かれて空を見上げていた。この上の堤防の道。歩道も無い道を後を気にしながら歩いていた事が、とんでもない経験になるに違いない。

許せなかった事はこの道の案内が無かった事。それもよく考えてみると知らないあなたがアホだった。この道も2度と歩く事はないに違いない。

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久々のAir。ナイスな感触。最初はすねていたがいい感じ。遅くなったので今夜はここ迄。知らない事を知る事は本当に心地よい事です。今夜電話をするのでProのトラブル教えて下さい。今夜はAirが使えたのでにんまり。毎日キレイのキムチ買いましたか?

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2013年6月11日 (火)

看板に偽り無し。先週歩いた道の下(堤防の中)に道は合った。

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先日歩いた道の看板で親父が先週歩いた道は通行禁止?だった事を知る。しかしそんな案内は何処にも無かった。自分の眼で確認する。ここは川西池田の駅。花時計。3時前に出掛ける。しかしお疲れ気味。東西線御幣島駅で降りるのは尼崎乗り換え。ところがウトウトして寝過ごし。気が付くと大阪駅手前だった。

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ここはまだ川西池田。ホームの先には畑がある。

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大阪駅。ホームの上の連絡通路。良く考えて見るとここ迄上がらずに前から出れば良かった。大阪駅迄来れば東口先のガード下で立ち食いうどんを食わないと。

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なかなか名前が覚えられなかったモール街。大阪駅前の地下街。行き先が分かっていても親父でないと目的地に辿り着けない?ディアモール。正面のショップは感じの悪いドコモ。何処も携帯のお店は殿様商売。電車の中でも携帯を見ていない人は少ない。それ程のもんか?それ程のもんです。このお店にも何度か行きました。接客が良くないと2度と行きたくない。

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本日の目的地御幣島はJR尼崎駅から東に2駅目。東西線はこのピンク路線。尼崎の駅で乗り換えが出来なかったので北新地の駅から戻る?御幣島の駅前は予想以上に綺麗だった。ここは天下の大動脈。国道2号線が走っている。親父が若い頃この国道を走っていた野田阪神から浜甲子園行きの路面電車は今は見る事は出来ない。

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放置自転車がない。自転車は有料置き場にきちんと置かれている。但し短時間の駐輪は無料。これが自転車使用者の最低のマナー。その事を行政は徹底しなければならない。当たり前?その当たり前の事が多くの街で出来ていない。わが街でももう一度見直しをしなければならない。その為には管理者がいかに徹底的に排除するかです。

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この先の右が神崎大橋。国道2号線。この道が今日歩く快適なサイクリングロード。勿論歩道。しかしこの先は行き止まり。何の案内も無い。これが役人が考えた事?でもご心配なく。今日歩くのはこの反対側。ここで前に進むには手前の横断歩道を渡り左側を進む。このバイク通行禁止の看板の横にそれ位の説明があって良い。

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堤防のコンクリート面に色が消え掛かった案内図があった。拡大すると見えるかな?堤防を歩いて分かった事は国と地方は多くの予算を割いて、立派な河川管理をしている。しかしそれがどれだけ地域の人に役に立つかは問題ではない。自分達がいかに批判されない様に知恵を絞っていた。それがこの良く見えない地図です。綺麗な看板に変えなはれ。情けないと思わないのだろうか?思いません。親父の様な人は例外?

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昨日見た看板。神崎大橋の場所分かりますか?ほぼ中央。少し下。ここから右上の阪急宝塚線三国駅迄この立派なサイクリングロード、歩道は繋がっている。しかし親父が歩いたこの看板中央のモスリン大橋(毛斯倫大橋)から左側の堤防にはこんな道は無かった。その道をあった?立派な道。そこは堤防内の河川敷にあった。

その案内が分からなかっただけ?違います。堤防からの降りる道。案内看板が無かった。これ程のお役所仕事。唯笑うしか無かった。サイクリングロードの看板の意味も分かる。この道は散策の道。歩道としてはお役人は考えていなかったのだろう>ところがそうではなかった。そこが役人の間抜けな処だろう?反対かもしれない。

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見た前。この立派なサイクリングロード。但し歩道とは言いたくないのだろう?この先ずーと右からはこのフェンスでこの歩道を歩けない。あくまでもこの道は歩道では無い?しかしこの道を造った行政はその事を明確にはしたくなかったのだろう?ルンルン気分で歩きながら胸くそが悪くなっていた。

この先このフェンスに切れ目が無い。横断歩道が無い。車道の制限速度は40キロ。車はビンビン走っていた。この地域の人にはこんな道は歩かないでこの先の広場でどうぞと言いたいのだろう?右側からこの道には入れなかった。入るとしたら乗り越えるしか無い。しかし親父には無理だった。

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右側住宅地の枇杷。たわわに実っていた。しかし実は小さい。田舎で木に登って食っていた大きさは無い。大体この木では下から取るしかない。食えるのかな?

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この先右側が地域のコミュニティ広場。スポーツチームが馬鹿デカイ声で体操をしていた。否だね。こんなスポーツ。もっと楽しくやれないのかね?(そこが違う?)これで楽しいの。(さよか)このフェンスの高さ。乗り越えるには微妙の高さ。乗り越えてはいけない。車。危険。そんな行政の思いが伝わる。

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昨日足を掛けて車道側から乗り越えようとした所。この高さを乗り越えられなかったのかと思うと情けなさ半分。賢かったと思う気持ち半分。流石です。そうでないとこんな歩き方は出来ない。そのうち大阪の誰よりも大阪の堤防に詳しくなります。(アホ)そんなもの何の役にも立たない。

ところが違うんです。足腰。股関節が丈夫になる。最近ようやく一日8キロが負担にならない様になりました。次は10キロです。一日Ⅰ2キロが容易に歩ける様になると一人前。医者要らずです。昔の旅人の仲間入りが出来ますか?無理です。

昔の旅人は4里(16キロ)を楽に歩いたと言われています。(ホンマかいな)嘘です。でも現在人で親父の歳でそれだけ歩ければ充分です。これから高齢化社会で生き残るには足腰達者が何よりの力です。

親父は散々無駄な生き方をしてきましたが、これからはそうではなかった事を証明(思い知らせてやる)しなければならない。(コラコラ)これは嘘ではありません。真実とは何か。その事が問われている。口先で何とか生きられる訳が無い。

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ただ伸ばせば良いのか?お手入れはする気もないのか?パトロールもしていないのだろう?これがお役所仕事です?この管理者は居ません?(そんなアホな)

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管理者居るけど表示が細かくて読み取れない。2度とこの道を歩く事は無いに違いない?

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後ろを振り向くとオバカな男女の高校生がデカイ声で話をしながら追い抜いて行く。

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ここでフェンスが途切れる。訳は分からない。表示が無い。緊急車両が入る?

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なる程。サイクリングロードは堤防の下を走っていた。この橋はJR東海道本線(神戸線)&東西線。堤防の外を走っていたのか?納得しながらこの説明がこの先でも無い事に苛ついていた。確かのこの道がサイクリングロードなら堤防の上がれる場所は限られる。しかし歩道も無い道を歩いたオバカ(親父)は何だったのだろう?そう考えると笑うしか無かった。堤防内の道は素晴らしい散策の道になっていた。(長くは続かなかったが)

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前方の橋が神崎橋。地方道41号線。しかしここは昔から交通の要衝だった。南北朝の戦乱で橋が落とされその後長い間ここは渡し船だった。橋が架けられたのは大正の時代。それでも粗末な橋だったと言われている。興味があればパソコンで検索して下さい。

歴史を知ると本当に面白い。この國の形はそれ程に自慢出来る物でもありません。便利になったのはホンの最近です。国土強靭化計画?その為には税金を払っていない法人と個人を無くさなければならない。お金は天から降って来る物ではない。

利益が出ないと税金は払えない?それなら交際費、広告費、無駄をなくせ。この国の会社の3割でどんだけの税収が得られるのだろう?金融緩和。その金が多くの労働者に廻る?貧乏人は益々貧乏になるだけです。その対策教えましょう?でも本日はここ迄。(コラ)

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昨日の続き。(余り面白くない)

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現在地。国道2号線。神崎大橋を南に越えた所。この橋を西(上)に渡ると佃島。東京の佃島の方が全国的には有名だがこちらが本家?ここから移り住んで徳川家に海産物、佃煮を献上した。今ではこの島は住宅地になっている?今日歩いて見ますか?

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大阪淀川。神崎川。猪名川。そして佃島の位置関係。昨日はこの神崎大橋から左下の出来島迄歩きました。阪神なんば線出来島の駅から大阪湾迄間では遠くないが(3キロ前後)この先は工場地帯となる?Img_0923

ここからはこの道を歩く。しかし自転車専用道路では無い。「なにわ自転車道」と大きく表示されているが正確には自転車歩行者専用道路。歩く人は殆ど居ない。この日は平日だったからかもしれないが自転車も多くない。ただし少ない自転車の走行マナーは良くない。自転車が歩行者に当った時の危険予測が全く無い。

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阪神高速神戸線。下は舟溜まりがあった。もうすぐ目的地到着です。

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前方の川が神崎川。

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目的地到着。加島の駅から線路沿いの道を歩いた時、簡単に堤防に上がれると思っていた。しかしそこは工場地帯。大阪にまだこんな地帯が在る事(失礼)が驚きだった。企業環境と住民環境の両立。尼崎公害から生活環境は大きく変わっているとマスコミは伝えているが、工業地帯のあり方も時代の流れと共に変わらなければならない。

その管理。監督。行政指導。その実態は驚きだった。物造りの現実。それは綺麗事では行かないのかもしれない。しかし住み良い環境を蔑ろにする行政は許されない。それも常識です。街が綺麗になる。工業地帯が生活環境を破壊しない。それは必然です。

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モスリン大橋(毛斯倫大橋)を渡り左の神崎橋に進んだ道にこの自転車道は本当にあったのだろうか?あの歩道の無かった道。この表示は本当に正しいのだろうか?今日もう1度歩いてきます。(信じられません)アホやのう?アホです。

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手前が阪神高速神戸線。奥が阪神なんば線。右側に出来島の駅があります。立派な駅でした。駅前は雑然としていたけれど。

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本日はここ迄。橋の上にバス停があった。大阪はオモロい街です。橋の上にバス停。堤防の上にバス停。信じられない光景も地域の人達の生活に溶け込んでいるのでしょう?この橋の先は工場も多くなりますが住宅地もあり高校もあります。この先も今週中に歩くかも?しかし交通アクセスはあるのだろうか?(行って見なはれ?)うーん。

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自転車、歩行者専用道路は少し途切れるが整備されている。しかし西淀川区の端は工場地帯。道は無い?まさか。ここは干拓地?出かける前に区役所で聞いてみますか?

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2013年6月10日 (月)

今週末は台風の影響で雨?恩地川の川の流れが見れるかな?

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暑い大阪駅前。半世紀前に見た風景が駅前のフードセンターが取壊されてフラッシュバックしている。違う事と言えば当時はこの広場にはバス乗り場も無かった。在ったのはデパート前の市電乗り場。今は市電は廃止され車の流れはスムーズかと思いきやいつの間にかバスのターミナルが出来上がっている。

今日、そのバスで先週の続きを歩く。その道もひどい事に成っていた。否、ここは半世紀前と何も変わっていないのかもしれない?ひどい環境の工業地帯が残されていました。大阪にこんな所が残っている。それは驚き以外の何物でもありませんでした。

でもその前に。久し振りに見る大阪東口。今は何故か南口。御堂筋出口に呼称が変えられていた。大阪駅前?これが?大阪府知事はアメリカの都市開発の見学に出掛けましたが、この実態をどう思っているのでしょう?何も感じていないに違いない。恥ずかしいとも思わないのだろう?大阪北ヤードは変わりました。南口のこの有様。どう変えるのでしょう?

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何でシャッター?その心は?シャレにも成らないコインロッカーでした。

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通路。玄関口にロッカーを置く。JR西日本のこの感覚。国鉄民営化の後に出来ました。金儲けの為なら何でもあり?これ迄批判されなかった事が不思議です。

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自動改札口。駅員は右側。何処でも見られる景色。行き先案内のサービス。案内所も駅中にまとめられてここには誰も居ない。写真を撮るタイミングを通行の邪魔にならない柱の陰でうかがっていると、ゴミ回収の担当員に無言で視界を遮られる。大阪人は何時からこんなに無礼になったのだろう?一言どうして気持ちの良い言葉が掛けられないのだろう?親父から反対にクレームを付けられていた。

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タクシー乗り場横の仮設の建物。ここが大阪駅の南出口。大阪の玄関口が泣いている。大阪は何時からこんなに無様な姿を晒す様になったのだろう?国鉄の民営化の紛れも無い一面です。大阪駅長の管理責任。大阪人の心意気が問われている。関係無いと言われるが大阪の再生。こんなもんでは無いだろう。大阪都構想?これでか?

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JR加島駅前。大阪駅から東海道線(神戸線)2駅目。電車に乗らずにバスで来る。バスは大阪駅から北上し淀川を渡り十三(じゅうそう)から41号線を西に進む。地図を見ていなかったので何処をどう通過したのか分らなかった。加島西で降りたら神崎橋は直進だった。人通りの殆ど無い道を線路(高架)沿いに西に進み、途中で高架下の歩道を抜け南側を歩く。

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線路沿いの狭い土地に枇杷がたわわに実っていた。栄養の無い土地でもこれ程の実をつける生命力に感動する。近くの人が大切にしているに違いない。

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堤防には上がれなかった。仕方が無いので左の車道を歩く。ここは工業地帯。しかし驚きの看板を眼にする。未だにこんな環境破壊が工業地帯では許されるのだろうか?それともこの看板が主張する様に地域に貢献しているのだろうか?それでも時代は変化していた。工場地帯の先には住宅地が在った。その距離およそ700m。

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企業環境を守る協議会。初めて知りました。行政はどんな関わりをしているのだろう?工業地帯に住む事はこう言う事なのだろうか?地域の人と共に生きる。行政はそれを監督する。それは当然の事ではないのだろうか?

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ここは工場地帯のはずれ。住宅地が並ぶ。大野せせらぎの里。(ここから3キロ南西)同じ行政区域でもホタルが乱舞する取り組みも行なわれている。この主催者NPO法人のホームページはパソコンでも検索出来ます。

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やっと広い西淀川コミュニティ広場に出る。しかしここでも堤防下の道路に出る事は出来なかった。その理由?お見せします。(見たくない?そんな事は無いでしょう)

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ここが堤防下の道。親父が先週歩道の無い道を命懸けで歩いた道はこの右側2キロ先の神崎橋の北側だった。この道に上がれる階段はこの先にある。しかし歩道はその先に自転車道路として整備されていたが高いフェンスで囲われていた。乗り越える事を考えたが無理。この先の国道神崎大橋迄諦める。ここからはそう遠くない。

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階段は上がれるがその先に横断歩道は無い。高いフェンスに切れ目も無い。通行禁止の標識は無いがジジイには乗り越えられない。何故か通行禁止の壁は高かった。

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階段と広場。堤防下の道路の関係です。暑い日差しの中を歩くオバカはいない。

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このアングルで見ると左堤防の下に整備されたサイクリングロードがある事が良く分かる。しかしこの地域の人の遊歩道でもない。その事をこの切れ目の無いフェンスが証明している。どうしてこの右側に階段がある処位横断出来る様にしないのだろう?それはこの道が拒否しているからです。

この2車線はこの左を流れる神崎川の沿いの大事な車道と警察と行政が認めているからでしょう?違うのかな?親父はそう感じていました。この先で国道2号線に合流です。その先はこの左側のサイクリングロードを歩く。ところがその看板の偽りに気付く?明日もう一度歩かないといけない?

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流石にこの右側のフェンスは手にするが乗り越える事は出来なかった。忌ま忌ましいので写真だけ。この先も遠くはない。乗り越える事を諦める。

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若い頃は軽々飛び越えていたフェンスを乗り越える事が出来ない。この道を見ただけ。明日歩きます。しかしこの先神崎橋の先(先週歩いた道)にはこのサイクリングロードは間違いなくなかった。それはこの先2、3キロの神崎橋迄だろう。しかしこのマップはその明確な説明は無い。紛らわしい表示は有ったが......。

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今いる所は画面中央神崎大橋国道2号線の手前。このサイクリングロードは左は出来島駅の先迄。右は三国の上迄繋がっている?違うだろう。先週歩いたモスリン大橋(画面中央上)から左側の歩道の無い道を忘れていない。紛らわしい表示は有るがこれは計画中の表示か?その説明は何も無かった。明日歩けば分かる。

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ここも明日歩く道。これが堤防下の在るべき姿でしょう。寝屋川でもこの歩道が途切れる事は無かった。それが無かった。それなのにこのインチキ表示。違うのだろうか?そんな事は無い。その事を明日証明する。役人の間抜けな処はこんな誤摩化しを平然とする事だろう?それとも親父の勘違い?夢を見たのか?最近桂三木助の落語「芝浜」を聞きながら寝ているから夢かもしれない?(あほう。それは無い)

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フェンスを乗り越える事を諦めて下の広場を横切る。気持ちの良い広場だった。

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神崎大橋。国道2号線。防潮扉がある。但し一度も使われていない。東南海大地震の時には役に立つのだろうか?それよりもこの堤防が大地震に耐えられるのだろうか?

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神崎大橋から上流を見る。右側の堤防下の空き地は立ち入り禁止。その理由は整備されていない?危ないからでしょう?確かに?

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ここから南。快適な歩道。サイクリングロードが右側にある。でもページが一杯になりました。この先は又明日。

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企業の成長戦略と国家の成長戦略?尤もらしく多くを語るな。

週明けの今日。先週値下がりを繰り返した株価が反撥、上昇してお昼のニュースのトップニュースになっている。東北の被災地の事。福島原発の危機的状況は何も伝えられない。トルコ、イスタンブールのデモは伝えられても。東京オリンピック招致を声高に叫ぶ人達にこのニュースは「棚からぼた餅」?冗談では無い。福島の現実はそれ以上に厳しい事を報道の責任として伝えなければいけない?

アメリカの金融緩和策はこれからも続く?続けられなければアメリカ、日本だけでなく世界の金融市場に激震が走る?今週の株式市場はそんなマネーゲームの現実を見せて呉れるに違いありません。株価の回復を期待する人達にとってその思惑は吉と出るのかそうではないのか?親父達には関係無い事ですが成長戦略を口にする人達には厳しい現実が展開されるに違いありません。

大阪は曇り空です。はっきりしない天気は農家にとって恵みの雨になるのか?親父は見て来た猪名川、大阪市内の川。寝屋川、第二寝屋川、恩地川。多くの河川が大雨の時の川の流れを心待ちにしています。しばらくはそんな大雨は無いと誰が言い切れるのでしょう?河川管理は危機管理です。災害は忘れた頃にやって来るのではない。

企業の成長戦略も全く同じです。大阪を代表した松下(パナソニック)シャープの教訓。大阪の街を歩くと綺麗になった街並とは対象的な箱もの(建物)を眼にする。大阪の行政と経済界が大阪の成長と発展にどれだけ貢献してきたか(来なかったか)が良く分かる。その厳しい現実は殆ど伝えられていない。

企業の成長戦略。大阪都構想。地方分権。でもその前にこの街がどれだけ住み良い街になっているのか?学者、経済人、報道関係者、知識人、組合、NPO法人は語らなければならない。どれだけの既得権者が自分達の事しか考えていないか?もっと知らなければならない。

どんなに立派な事を言っても反対されると行動が出来ない。規制改革?行政改革?中央と地方の分権?それを誤摩化していると大きな揺り戻しが起きる。政権交代とはそう言う物だった事を驕れる(おごれる)為政者、経済人は分からないのだろう?

自民党、公明党政権に期待する。それはそれで結構です。しかし間違いない事実はその政治体制にレッドカードが突きつけられた事です。その替わりに誕生した新政権もその教訓を見誤り、信頼感を壊してしまいました。

それでも次の時代を背負う子供達に顔向けの出来ない社会は絶対に看過できません。間違いなくその事がこれから問われます。それが分からなければ地獄を見るだけです。見るだけでなくたたき落される事でしょう。これからは「質実剛健」「質素倹約」消費が盛り上がる訳がありません。

今週の株価動向。来月7月迄の景気動向。難しいと言わないで注目して下さい。(勿論解説は付きますよ)要りません。さよか。経済解説者に成れそう?違う経済成長否定解説者(しかも嫌な奴)面白くない親父が関の山?違う一面を晒して下さい。(それは今の生き方を否定した時です。阪神タイガースの優勝もありません?ナヌ

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2013年6月 9日 (日)

アベノミクスの成長戦略のごまかし?詐欺?国のあるべき姿?

そうです。今、この国のあるべき姿が問われている。この国のこれから進むべき道。そんな事は誰にも分からない。尤もらしくこの国の成長戦略を語る安倍さんも分からない?それとも分かっている。その判断は千差万別。色んな人が色んな場所で色んな事をもっともらしく語るけれど。

そして公共放送と言われるお間抜けな000でも定時ニュース、報道特集でも多くの事が伝えられるけれど、それも報道機関としての格調とは程遠い。全ては情報がコントロールされオバカが多くなっている。(偉そうにいうな)偉そうではありません。この世の中良く見て下さい。そのどれだけの現実を知っているのでしょう?

先日、愕然とする言葉を耳にしました。勿論、激しい反対の感情が脳天を貫きましたが、その言葉も強ち(あながち)否定はできないのかもしれません。「東北、福島の被災地は人口の流失が続き、政府も見放している」確かに遅々として進まない被災地の復興。その中で懸命の思いを重ねながら生きている人。その現実をどれだけ知りどれだけ自分は関わっているのだろうか?その事を考えた時愕然としていた。

今、大阪の街中を歩きながら多くの事を尤もらしく語るけれど、本当はそんな事はどうでも良い事に違いない。それでも今自分に出来る事はこれ位の事かもしれない。どんなに尤もらしい言葉を口にしてもこの国の成長戦略は一筋縄では行かない。

この国の明日を担う多くの若者達が絶望する時は近いとか言われても、財政破綻は遠くないと言われても、それより7月の参議院選挙がどんなに注目されても関心を持って行動する人がどれだけいるのだろう?この国はその程度の国です。

その事に気が付けば今多くの事を尤もらしく語られる事に何も目くじらを立てる事は無い。今、自分に出来る事。自分の言葉に共感してくれる若者に語りかける事。それが大切かもしれない。(大切でもない?)今、体が綺麗になる「キムチ」にハマっています。そんなキムチ無いと思うでしょう?それがこれです。(写真はこれから撮ります)

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このキムチ。お勧めです。毎日キレイ。そんな生き方をしなければいけない。そんなに高くない。毎日が綺麗になる。その絶対的条件は顔かたちでもあるが肌と内蔵。それは食べ物で決まる。おいしい食べ物を美味しく食べる。それは意外に知られていない。政治も経済も日々の生き方も全く同じです。アベノミクスに期待する。安定した政治。安定した生活を期待する。自民党と公明党がレッドカードを突きつけられた政治の誤りを今度の選挙でどれだけ改められるのか?その事は全く問われていない?

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レンジでチンするサトウのご飯。魚沼産こしひかり。最近、朝は近くの橋本屋のおにぎり2個と豚汁。夜も炊飯器で大好きなご飯を炊かなくなったが、このごはんだけはうまい。田舎暮らしを何時、始められるかは最近危うくなっているが希望が叶えば、小さい釜でかまど炊きのご飯をキムチで食えたら充分です。(無理だな)

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トマトもこれで198。安過ぎる。おいしいトマトは安くても298。普通は398です。トマト1個100円。それ位の対価を払わないと美味しい物は口に出来ない。トマトは栄養価満点。毎日でも食っていれば医者要らずとも言われる。田舎暮らしをする時には是非うまいトマトとキュウリ、ナスと大根を育てなければいけない。(それも無理)手に入れる方法は一杯あるけどね?

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親父の好きな豆腐は固い木綿豆腐。(高野豆腐は別格)この豆腐はとろける様な絹。本当は嫌いだが、このとうふはすりおろした生姜と一緒に口にすれば絶妙。箸ではなくスプーンで口に運べばスプーンが歯に当る。それ程に美味い。(ホント)醤油もお忘れ無く。高知産。生姜も辛くない?生姜は意外に夏バテ対策?

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おやつはこれ。熱湯3分。インスタントラーメンはこれだけ。塩ラーメンも良いけれどあのコマーシャルが嫌い?(アホか)今日はお腹が一杯だから食べないけれど。今日の大阪は曇り空。部屋の中で野球を観ながらぼやいていないで散歩に行きましょう?

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親父は今日は餌はやらなかったけれど、女の子が真剣にエサを投げていた。

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こんな処で田舎暮らし始めますか?無理です。ここは城跡公園です。

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ハクモクレンのつぼみが膨らんでいる。純白の花は何時見れるのかな?

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もうすぐ閉門です。流石に人影は無い。雨模様も雨は降らず。じめじめしていた。最後に素晴らしい百合の花を見る。愛する人も何処かで同じ思いで眺めているかな?そんな時は終わりました。今夜のご飯は冷凍の高菜チャーハン。(むげねえのう)可哀相?全然。親父は意外に諦めが早い。確かに。

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市役所前の公園到着。公園のベンチで若くもない可愛くもないカップルがイチャ付いていた。はずかしげも無く前に座っている女が親父の顔をうかがう?親父は舌を出しながら通り過ぎる。目障り。ここは公園のベンチ。人目を気にしないのか?オバカめ。この公園の樹も弦にがっちりと巻き付かれていた。可哀相?余計なお世話?確かに。

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街中。駅前。ラーメン屋。今日は塩キャベツと餃子行きます?辛抱します。駅前のダイエーでお買物。では又明日。

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2013年6月 8日 (土)

猪名川河口到着。神崎川左岸(河口に向って)神崎橋迄歩く。

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猪名川から別れた藻川は5キロ足らずの流れを経て再び合流。この地点に長い間橋が掛けられなかった訳が分かる。それ程に川幅が広い。

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堤防の上にバス停。停留所はネコの額程も無い。こんな所を(失礼)車が走りバス停迄出来ている。道路行政。道路管理は完全にここが堤防の上である事を無視している。人間は何時からこれ程に無神経になったのだろう?川の大切さ、川の脅威を完全に生活の犠牲にしている?オーバー?それでは次を見て下さい。

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この堤防の車道。歩道は無い。この堤防の上を走り抜ける車はこの道を渋滞の抜け道、近道として利用している。この左端にバス停はありその手前に堤防から下に降りる生活道路がある。そこにどうしてバス停を造らないのだろう?それとも今は仮設なのだろうか?その表示は何も無かった。この手前の道(右横)も車の往来は多い。しかもこの道幅で一方通行ではない。歩行者は堤防の中を歩かなければならない。その案内は流石にない。これが行政の賢さ?しかもこの事が議会でも追求されない?

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この階段は何の為に造られているのか?表示は何も無い。この階段が無いと堤防内に降りるには結構の段差がある。堤防内は通行不可の表示は無い。しかし親父位でないと歩けないに違いない。この段差侮るな。簡単には階段が無いと上がり下り出来ない?これからこの部分全てではないが「耐震対策」の工事が始まる。

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左が藻川。右が猪名川。ここから神崎川の合流部は近い。猪名川も静かで広い川幅になっていた。この先で堤防の上に上がる。

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ここが一番水辺に近い道。確かに水面に傾斜している。しかしどんな地震対策工事をするのか知らないが地盤沈下の対策は無理でしょう?出来る事はコンクリートブロックを並べる。それ位でしょう?この部分に対策が求められるのは理解が出来る。大雨の時はこの部分に掛かる水圧は凄いのだろう?だから堤防の維持管理が求められる。

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鳩が親父のボヤキに耳を傾けていた。そう親父如きがどれだけ嘆きの言葉を重ねても何も変わる事は無い。しかし親父が大阪の川を見ながら感じた事は必ず大阪の水辺を変えるに違いない。地味な風景。地味な河川管理。今迄大阪の報道機関が殆ど伝えなかった現実。その風景は現在こつ然と表れたのではない。多くの先人の汗と涙が詰まっている事を思い知らされていた。

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正面左手奥の山が六甲山。川面は涼しい風が流れていたが日差しは暑い。しかし親父はこの時点では意気軒昂だった。初めて見る景色。初めて知った猪名川の河口はもうすぐです。

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新幹線猪名川橋梁(正式名称は分からない)新幹線で西に向かう時、この先で藻川の看板を眼にする事はあるけれど、この部分の記憶は無い。今度機会があったら注意してみたい。それでも新幹線は一気に駆け抜ける。

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ここが猪名川河口。神崎川との合流部。対岸の堤防下を歩いていないがこの堤防の道に歩道は無かった。この写真拡大してみると堤防下に歩道が見える?無理だな。でもこの先左側、新幹線の撮影ポイントで何気なく見た対岸に散策の人を見た気がする。

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お疲れ様でした。ここが猪名川河口。左が神崎川。ここから大阪湾に向う川の流れは神崎川になる。神崎川は本当に汚い川でしたが綺麗になっていました。ゴミ、漂流物が少なくなり悪臭は完全に無くなっていた。この先でたこ焼きを取り出す。

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ここは神崎川に廻り込んでいる。この先で新幹線を見ながらたこ焼きを食う。何も考えないでたこ焼きを食いながら新幹線の通過を待っていた。写真巧く撮れたかな?この後、正面の橋を渡る。モスリン大橋。その名前に驚く。モスリン。聞いた事が無かった。ウィッキペディアで検索してその凄さに驚く。民間会社の寄付(今は建て替えられている)だったと言われている。その繁栄の会社も今は無い。

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たこ焼きをほお張っていると新幹線通過。ひかりは西へ。(古い)山陽新幹線。揺れが激しかったが今は大阪−小倉間2時間とどれくらいだろう?親父の故郷には小倉から在来線。親父が大阪に来た時は夜行の急行で17時間。新婚の時特急「日向」で8時間。今は5時間足らずで墓参りが出来る。それでも遠い。

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画像拡大してみると堤防の下歩ける感じがする。来週もう一度今度は阪急三国の駅から歩いて見ますか?面白いかもしれない。唯、堤防の上はもう歩きません。さすがの親父でも恐怖でした。この後橋を渡ってその道をお見せします。最低の道路行政。怒りが込み上げて来ました。良い子は絶対に歩かないで下さい。歩く訳が無い。

この地域の区画整理が遅れた理由?それはこの後渡る橋を寄付した会社が軍需産業の会社とアメリカに勘違いされ壊滅的な爆撃で焼け野が原になり、その跡地を整備出来なかった行政の責任に違いない。堤防の外側は工場と住宅地がひしめき広い道路は大阪−伊丹線しかなかった。だからといって堤防の狭い道を通行規制も無く抜け道にする。これは本当にひどい。行政と警察の真剣な取り組みが必要とは思いませんか?

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モスリン大橋。これは当て字でしょう。モスリン。この敷布(織物)は今では寒冷地の一部でしか使われていないと解説されていた。企業の繁栄と衰退。こんな立派な橋では無かったにせよ一企業が橋を架け、当時の行政に寄付した事はどれだけ凄かったのか?松下幸之助が大阪梅田の歩道橋を寄付した以上の出来事だったに違いない。

企業の繁栄と衰退。政府と行政が出来る事は企業活動の誤りを正す。それが出来ないこの国の政治と行政。尤もらしい事(成長戦略)を語りながら反対支持団体を説得出来ない。その事を多くの有権者はレッドカードを突きつけたのは3年前の政権交代。

組合の既得権益団体に支持された事実だけを噛みしめた間抜けな民主党政権。あなた達を支持した多くの無党派の声を踏みつけた責任の自覚が足りない。その反動で安倍さんは支持されていると言われているが問題はそんな簡単な事では無い。その認識が余りに足りない。それが分からなければこの国の成長戦略は否定される。

しばらくはこんな投資ファンドにこの国だけでなく世界経済は翻弄されるのだろう?この国の成長戦略?それは皮肉にも経営者達と官僚、金融関係者、エコノミスト、経済学者が握っている。メディアは広告収入さえ手にすればそんな事はどうでも良いのだろう?

額に汗して働く勤労の思いを大切にする?そんな事を尤もらしく語った検察のオバカは今、どんな思いでこの現実を見ているのだろう?(舌を出して笑っています。)検察の改革?警察の官僚体質?これからも何も変わらない?その責任追及はお大師様でも出来ない?そんな事は無い。いずれ天罰を喰らうに違いない。

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この橋は新しい。高い。高所恐怖症の親父は下を見下ろす事は出来ない。

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夕日がまだ高いがもうすぐ正面の六甲の向こうに沈む。右側でテレビクルーが取材していた。この景色。知られない大阪の絶景です。(うそつけ)拡大して見て下さい。

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この道を歩いたから凄い?イイエこの前方に歩くには左側通行。なぬ?この道を歩いた?歩けないでしょう?このガードレール車がぶち当たっている。親父はどう歩いたの?後ろを見ながら車が来たら避けていました。何処に?ガードレールにへばりついていました。それでもスペースが無い。手で車を指図していました。(怖ー)この右側になんで歩道を整備しないのか?それが出来ないなら歩行禁止でしょう。

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この右側のスペース。立ち入る事が出来ない。これはあかんでしょう?何処を歩きました?ガードレールの外側。ホンマに命懸け?この道路行政何か訳があるのだろうか?信じられない景色が続いていました。責任者の責任は追求されないのだろうか?

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これで制限速度30キロ。運転手もまさかこんな所を歩く人バカがいるとは思っていない。親父から手で指示される?今見ても二度と歩けない。写真に車は写していないが交通量は少なくない。制限速度も守られていない。当然だろう。30キロは徐行。警察はここでは無力です。途中で退避の場所は全く無し。歩く人も居ない。歩くのがアホです。しかしそんな標識は何処にも無かった。

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歩行者専用道路のスペースはある。しかし部分的に用地買収が出来ない?それなら車の通行禁止でしょう?そんな認識は無い?この先にその感覚を痛感する。

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何だこのふだけたフェンス。歩行者は完全に排除?大阪市の間抜けな行政。極め付けはこの先にあった。良くこんな所をすり抜けたと思います。完全にアホです。しかしこのフェンスの中には入れなかった。

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左は私有地。しかし歩く道位確保しなはれ。本当にバカにされていた。2度と歩かない。

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下の道の先に階段は無い。何処を歩けと言っているのだろう?それで何処を歩いたの?車の左側。最後は車が左に寄っていたので歩けず右に出る。信号が変わる。しかし悠然と歩いていた。この右が神崎橋。そこから左折の車も当然警戒。でも非常に危険。絶対に2度とは歩けない。ドライバーもびっくりしていた。違う。呆れていた。

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この前方の道歩いて来ました。歩道なし。通行禁止の看板は何処にも無し。有ったとしたらその方がおかしい。しかしその道は命懸けの道でした。この橋の左側の歩道も何故か通行禁止(工事中の為?)この道路行政。おかしいだろう。

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神崎橋。大阪では大切な橋。交通の要衝。でもこの道国道では無い。国道2号線はここから約2、5キロ南にある。そこ迄の堤防沿いの道は今日歩いた様に歩道の無い道?この道は来週散策します。歩道が無ければ広い道を歩きます。


 

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猪名川河口は神崎川と合流部分。その先の橋。そして危険な道。行政は何をしているのだろう?

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思い掛けない処で百合の花を見る。今年は空梅雨か?お百姓さん。田植えは出来ているのだろうか?お間抜けなマスコミが伝えない今年の梅雨。震災が変えた建築哲学?被災地「みんなの家」どんなつもりでこんなニュースが伝えられるのだろう?

今、尚多くの人が避難生活をして住み慣れた故郷を追われている。東北が消えると昨日言われた言葉が心をえぐる。そんな危機感をどうして伝えられないのだろうか?1人や、極、僅かな人の思いがどれだけ東北の被災地を変えれると思っているのだろう?

「被災地に新たな命」こんな言葉は被災者をどれだけ傷つけているのか?考えても居ないのだろう?建築家?彼等が今、東北の復興にどれだけの貢献をしているのか?その事も問われている。

神戸の復興事業が東北の復興にどれだけ生かされているのか?マスコミは報道の責任を自覚していない。テレビが見向きもされなくなる。自分の眼で確認するしか無いのだろうか?東北は遠いなー。テレビの音声を消しても神経を逆撫でされる。

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これから暑くなる。エアコンガンガン掛けながら部屋の中でぶつぶつ言わないで、スタミナ付けて今年の夏も弱音は吐かない?吉野家のうな丼では駄目だな。でもそれ位が関の山か?浜松が豊川の鰻。鈴鹿の峠を越えると食えるかな?遠いなー。

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久し振りにレトルト気分で冷コー(アイスコーヒー)を頂く。速攻。

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阪急神戸線園田の駅。大阪に来て半世紀。初めてこの駅で降りる。駅前の景色は先日見た感じとは違う。駅前の区画整理は出来ていなかった。今日は園田競馬開催。でも時間帯が半端な時間だったからだろう。それらしき人の往来は全く無かった。
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暑い日差しの中で一昨日の先を歩く。駅から市内を抜けて堤防に出る道は意外に分かり難く広い道を遠回りする。駅前の通りは狭く初めて歩く人には分かり難い。広い道を風に吹かれながら気ままに歩いていた。方角が分かっているので間違いは無いが時々その方向を確認していた。

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どのみちを抜けたかお分かりでしょう?そうです。広い道。中央左側の広い道を行き途中で右に曲がる。その道を進むと堤防に出る。正解でした。少し遠回り。

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駅前の公園。しかしこの左側は小学校。そして住宅地。初めて来た人には通り抜けはむつかしい?

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広い通り。風が吹き抜けて気持ちが良い。右側は公園?歩道が整備されている。

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小学校の校庭?意外に緑が多い。

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尼崎市議会議員選挙ポスター掲示板。どれだけの議員がどれだけの仕事をしているのだろう?この街が今一番やらなければいけない事。それはこの掲示板を半減する事だろう?日本各地で地方分権とか言われても実態はこんな有様です。今日も身の危険を感じながら歩いていました。

(ほんの一部分)大阪市淀川区神崎川左岸(河口に向って)ここは堤防に歩道が無し。(車道のみ)こんな道路初めてでした。最後にお見せします。(見たくない?)なら見ないで下さい。尤もらしい事を言ってもこの程度です。

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直進すると園田競馬場。右に折れると豊中市。奇遇と言えば親父が大阪に来て最初に住んだ街。庄内西町。名神高速豊中インターも近い。しかし今日は猪名川の堤防を南に下る。猪名川と藻川が合流し神崎川に合流すると猪名川の旅も終わる。猪名川は河口近くでも悪臭がしていた。皮肉な事に神崎川の方が匂いは無かった。

そこで手にして来たたこ焼きを食う。新幹線の車両を写す。猪名川は色んな姿を見せてくれた。この川の広さ。偉大な流れを想像していた。今は護岸工事が行なわれ昔の流れは想像も出来ないが、この川の歴史はもっと知らなければならない。

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この堤防が美しいのは近くの人が花の種を撒いて育てているからです。でもホントは駄目でしょう?堤防の管理はそんなものではないでしょう?そこを勘違いさせてはいけません。堤防が綺麗になる。それは素晴らしい事です。しかし堤防の活用はやり方を間違えると私物化になります。河川敷の中にある茶畑。木津川で見たあの風景は今でも腑に落ちません。国交省に聞いてはいないけれどその事もこれから問われるに違いありません。

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堤防の管理と活用。それが地域の街おこし村おこしになる。そして堤防が人々の暮らしと安全に生かされる。そんな時が来ていると語る人はいるのだろうか?ここは草刈りがきちんと行なわれている。除草剤は当然撒けない。当たり前だろう。草を枯らすと言う事は根を刈らす。根を枯らすと言う事は堤防を弱くする事。

オバカな役人にはそれくらいの事が理解出来ていない。この綺麗な堤防。反対にこの無様な堤防。その違いは何処にあるのだろう?

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草を刈った後位どうして片付けられないのだろう?草刈りはボランティアにやらせているのだろうか?この後堤防工事を一杯見ました。呆れたのは地震対策?その予算何処から出ているのだろう?どうして堤防管理の予算で行なえないのだろう?行なっている?それなら補強工事でしょう?どう見てもそうは思えない?

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穏やかな堤防。この先橋を渡る。

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この橋は新南園橋。尼崎から豊中に渡る交通の要衝?しかしこの西宮−豊中線。国道では無い。兵庫県道。大阪府道。この橋は立派だが交通アクセスは整備中?

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大阪空港に着陸する飛行機。これから河口に向います。

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ゴミを捨てるバカ。拾わぬバカ。パトロールはしていないのか?(する必要が無い?)信じられません。ボランティアして下さい?やる訳無いだろう。これが管理の実態です。これ位お目こぼし下さいってか?パトロールの車は何処に行っているのだろう?工事はお任せ。堤防の管理はこの程度でよろしくお願いします。?

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川底が掘り下げられて採取した川砂が綺麗に撒かれていた。これも工事の一環です。この橋は名神高速。懐かしい。近くに豊中インターがある。

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この工事は発注者は阪急。でも良く分からなかった。

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この看板は驚きました。堤防の耐震対策?どんな事をするのだろう?堤防の補強工事とどう違いのだろう?名目です。工事の為の工事。オイオイ国土強靭化とはこんな事では無いでしょう。工事の名目だけ付ければ何でも出来る?違うでしょう。

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堤防の下の道は平らだが左のコンクリートのブロックが確かに川側に下がっている。しかしだからといってこの先何処迄補強工事をやるのだろう?

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首輪の付いたワンチャンが付いて来いと案内してくれたが、その先が河口でした。

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猪名川と藻川の合流地点。この先が神崎川との合流地点。つまり猪名川の河口。神崎川の河口は大阪湾。そこ迄7キロ強。しかしこの先の道は神崎川を少し戻って変わった名前の橋を渡らなければならない。新幹線を見ながらたこ焼きを食っていた。快適な堤防を歩く道はここ迄だった。

橋を渡って大阪淀川区の堤防沿いには歩道は無かった。その道が何故か一方通行でない。右は歩けず左も駄目。通行帯も無し。道路行政。河川管理はどうなっているのだろう?流石に歩行禁止の看板は無かったが命懸け。その道を神崎橋迄歩く。

しかしその道も国道ではなかった。県道41号線。そしてその橋から右左折。直進も可。信号あり。馬鹿野郎。この橋の立派さとは対照的なお粗末な道路行政。この橋は是非「神崎橋」で検索して下さい。この先は又明日。今日は面白くなかったかも。怒り爆発。親父血圧の薬飲まないとアキマヘンえ。

 

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2013年6月 7日 (金)

親父の大好きな奈良西ノ京「唐招提寺」しかし静けさは無くなる。

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奈良西ノ京唐招提寺は家から2時間弱で行ける。途中で無駄な時間を費やさなければ1時間半前後?昨日家を出たのは2時。大阪梅田で立ち食いのうどんを食って大阪難波で地下鉄から近鉄奈良行きの快速急行に乗り換え。それで西大寺迄行けばそこから2駅目。ところが昨日は何を勘違いしたのか鶴橋の駅で反対のホームに急ぐ。(アホ)

反対のホームは近鉄大阪線。伊勢志摩鳥羽と名古屋方面の乗り場。ここで大和西大寺に停まる電車を探す。ある訳が無い。西大寺は奈良の郊外西ノ京にある。間違いに気が付いて引き返す。一電車遅れる。このダイヤは又何処を見れば分かり難いが、最近は分かる様になって来た。20分の遅れ?(仕方が無い)

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隣の駅は直進すると新大宮(奈良市内)橿原神宮行の電車で右に曲がると2駅目。この駅での乗り換えに待ち時間を費やした記憶は無い。しかし注意していないとこの駅を乗り過ごす。(アホな親父でもそんな経験は無いが外人に聞かれた事がある)
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この駅では他に京都、天理の乗り換えがある。ホームが違う場合があるが橿原神宮行きは同じホームか反対側。ホームが変わる事は無いが山辺の道を歩いた時は天理行き。その時はホ−ムが違い改札を間違えた事がある。

その時改札口の若い駅員と喧嘩した事がある。喧嘩の理由はお互いの意見が食い違っただけ。どちらがどうだった?それは親父の言い分でしょう。後で考えると大人げなかった。でもそんな事は少なく無い。自分の考えを言う前に相手の言い分を聞いてやらないといけない。それが出来ないと接客は出来ない。

親父が仕事をしている時、良く生意気とか担当を変えてくれと言われたがその当事者が今では担当を変えられている。当然だろう?最近パワハラと言われるがこの国の経営活動の中でこれ程の死語は無い。アベノミクスで景気が良くなる?バカ言っちゃあいけない。

景気が良くなるのはこんなオバカが居無くならないと駄目だろう?立場が変わればお客さん。消費が盛り上がる。会社が忙しくなる。その原点が忘れ去られている。口先で何かを言えば世の中は大きく変わる。そんな会社。企業。個人はこれから天罰を受ける。物が売れない?当然です。

どれだけの生活困窮者がこの国を支えているのか?規制改革。構造改革も出来なくて問題の先延ばし。そんな政府が支持される。この国は外人投資家の日本売りが再び起きないと変わら無いのだろう?(やめなさい。話が暗い。)それ暗い(位)が丁度良い?(巧い?アホ)

これから歯医者(定期の確認)又後で。

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奈良西ノ京到着です。正面左山裾に東大寺がある。この東大寺の修行僧の戒律の甘さを正す為に唐の都から聖武天皇がお迎えした「鑑真和上」は僧侶のあるべき戒律を厳しく教えたと言われている。それでも当時の仏教界は今の官僚達と同じだったのだろう?役目を終えた和上は終の住処をこの地に決める。この風土が中国に似ていたからと言われている。今、そんな事を語る人は唐招提寺にも居ない?

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2年前のその事を教えた娘も今はどうしているのだろうか?精神的な心の病を乗り越えて元気に暮らしているのだろうか?人から受けた恩を忘れる様ではどうしょうも無いが親父にもスケベ心があったのかもしれない。(それは無い)鑑真和上は優しい顔をしていた。

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到着したのは午後4時前。正面は金堂。「天平の甍(いらか)」井上靖の名作の建築物。夕方で人の気配は少なくなっているが今の時期、修学旅行と高齢者の団体が多い。下の玉砂利を写していないのはこの時間まだ参拝客がウロウロしている。

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昨日は講堂で行事があり立ち入り禁止の場所があったが、この景色は望遠で開山堂を写す。この近くに鑑真和上の平成身代わり像が今年から公開されている。今回見る機会は無かったが天平の時代に造られた本物の一般公開はこの時期だけ。その替わりに造られたと言われている。

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左は鐘楼。奥の建物が講堂の左端。ここ迄しか入れない。しかし親父の目的は御影堂の鑑真和上像だったので他は期待していなかった。

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会津八一の句。「おおてらの まろきはしらの つきかげを つちにふみつつ ものこそおもえ」この句は殆ど知られていないがこの句の解説を聞くと丸い柱の月影が玉砂利(土)に写り、その影を踏みつつもの想いをしているとある。これは八一の思いと和上の思いを重ねているのだろう。

鑑真和上は聖武天皇から招致された時は既に親父の歳だった。親父とは比べ物にならない名誉も地位もあった。その全てを投げ打って唐とは比べ物にならない仏教の発展途上国日本に、身の危険を犯して迄何故やって来たのか?今の人には理解出来ていない。当時でも同じだったのだろう。

玄界灘を渡ると言う事は当時の航海、造船の技術では無理だった。6度目の挑戦でようやく実現。奈良東大寺で仏教の戒律を教えたのは5年間だった。それでも唐に帰る事は考えていなかったのだろう?今日、そんな生き方を求められても親父には出来ない。

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御影堂の中は撮影禁止。入り口で帽子も取って下さいと言われてプッツン。それ位言われなくても分かる。靴は袋に入れて持参。出口が違うから。梅の実がそんな親父を見て笑っていた。アルバイトの女の子。彼女らもその程度に違いない。

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駅迄の道は狭い。この道は路線バスが通る。観光バスも通る。車も通る。観光シーズンの時は抜け道が必要になる。それでも混雑の時間帯は一時です。歩行者専用道路でないがこの道を歩くにはセンスが求められる?そんな気配りも出来ない人も少なく無い。この近くに中学か高校があるのだろうか?オバカな学生も少なく無い。

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この松並木の間を歩行者専用道路にしなければいけない。しかしこの地域の人達の同意は得られないに違いない。親父が若い頃と何も変わっていない。これからも変わら無いに違いない。これが奈良の観光地です。(観光地とは思っていないのだろう?)

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2013年6月 6日 (木)

猪名川と藻川の分流地点から園田の競馬場の先迄。本当はも少し先の合流部分迄行きたかった。

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この橋は猪名川橋。河川工事の看板はこちらに在りました。橋桁の補強工事ではなく河川に堆積した川砂の取り出し。汚れた水質とは対照的に立派な川砂が堆積していた。これを計画的に取り出せば堤防の草刈り費用位捻出出来るだろう?お役人はそうは言わないだろう?この橋の塗料の塗り替え位できないのだろうか?

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今日は猪名川の右岸(東側)を歩いている。猪名川を越えると快適な歩道。堤防の上を車が走るならこれが当たり前の姿だろう。しかしこの道も長くは続かなかった。

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堤防下は地方競馬園田競馬場。中央競馬場ではこのスターティングゲートがこの倍以上になる。地方競馬の経営は厳しい。中央競馬会の様に国の支援は大きくない。競馬を国が支援するのはおかしいとも言われているが、その明確な理由は既得権益の確保。その切り込みを出来ないのは何故だろう?そう問い掛けられていた。

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大阪には大阪南部に春木競馬場があった。この競馬場は競馬ブームの昭和49年に廃止になる。開催権を持っていた大阪府が廃止の方針を打ち出し、共同開催をしていた岸和田市も開催を続ける事に積極的ではなかった。しかし競馬関係者の生活保証金を確保して廃止される。岸和田の競馬場跡にその施設と広い敷地を利用した公園が出来ている?(有効利用とは程遠い?)マスコミにニュースにもなっていない。

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競馬場前の猪名川。見る影も無く汚い。どうしてもっと河川を綺麗に出来ないのだろう?一度大阪の多くの人に知られていない恩地川の水質について行政の管理担当の話を聞いた事があるが、河川の水質管理管理基準はクリヤーされていると言われている。汚染のレベルが問題ではない。

河川法に定められている水質の基準。それは汚濁は問題にはならない。この国の公害が問題になった時、川にも有害物質が流れていた。今はそんなレベルではないので問題は無いと多くの人は思っているのだろうか?

この水質。拡大して見て下さい。これが猪名川。1級河川。日本各地の川の現実?違います。徳島で見た透明な川。鮎が遡上する川。そんな川は本当に少ない。この川の上流の清い水がこれ程に汚れてしまうのは川の中が汚いからです。そう言う管理がされていない。その罰は後世の子供達が負う?トンデモナイ。ジジババ達が足腰が立たなくなる。川を大事にしない生き方が問われるに違いない。

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川の汚れはこの方がよく見えるかもしれない。(写真の方が綺麗に見える?)

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あんまり悪口ばかり言うなとサギに言われていた。中央。アップしないと分からない。これが本当の詐欺かも?ダジャレにしても哀しい。堤防の上もおかしな景色になって来ました。堤防の上を車が走る。何だこの道。この堤防管理。

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この先猪名川河口(神崎川の合流点間で3キロ)しかし手前の橋利倉(とくら)を渡り東に進む。阪急宝塚線服部駅に出る。この先は改めて金曜日。今日は唐招提寺に行きました。年に1度の鑑真和上像公開でした。(公開は今年は特別に5日間)最後迄見て頂いたお礼に予告編を最後にします。

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この橋も古い。歩行者専用の橋がこの先に造られていました。高い。下を見下ろすと足が竦む?(アホ)そんな高くはない。この橋の先で服部の駅迄遠いかお兄さんに聞く。一見無愛想で実は親切だった。

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次はこの先を歩きます。神崎川との合流地点も楽しみです。その神崎川も親父が若い頃は汚い川で悪臭がしていた。今は近くの工場排水も生活用水も流れ込んでいないので悪臭は無い。しかし透明度は低く汚い川に変わりはない?

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こうして見ると綺麗な川に見えるが実際は浅くて汚い。

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歩行者専用の橋。車は右側の古い橋を渡る。ここから服部の駅は2キロ前後だった。最後は異常に汗をかいてバタバタだった。空腹を駅前のケーキ屋さんで労う。甘くて美味しい2個で700円のケーキを駅のホームベンチで完食。一息付いていた。

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大阪空港着陸のジェット機が頭上を通過する。この付近物流センター(倉庫)公園、公共施設が多く出来ていた。駅が遠い。

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何だこの建物。豊中市立温水プール。騒音対策費とは関係無いのだろうか?(余計なお世話です)

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それでは明日公開する予告編。奈良西ノ京唐招提寺です。

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講堂は記念行事。立ち入り禁止。目的は御影堂だったので関係無し。しかし句碑だけは近くで写真に撮りたかった。遠くから望遠で写すこれは非常に不愉快でした。

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流石250㎜望遠レンズ。遠くから良く撮れている。親父の大好きな鑑真和上も今年は穏やかな顔を見せてくれました。芭蕉の句碑。「若葉して御目の雫ぬぐわばや」。今、日本と中国の外交関係は厳しいが、聖武天皇の時代に中国から東大寺の修行僧の戒律を指導した和上を知る人は少ない。老師が日本に来た時には眼が見えなくなっていた。その話は又明日。

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猪名寺跡。猪名川とその分流藻川。しっかり歩いて来ました。

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猪名寺廃寺跡?織田信長軍と荒木村重の「伊丹有岡」の戦いで当時の面影はない。歴史上の壮絶な事実を知らない現在人が多くなっている。親父もこの杜に気が付いたのは数日前だった。猪名川と思って歩いていた川は「藻川」その川は猪名川の分流で5キロ足らずの1級河川でした。この事実も知らなかった。その2つの川の堤防の上を歩く。

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堤防沿いの車道はこの先急カーブで住宅地の中を走る。この地域は区画整理がタイミングを逃して遅れている。右が猪名寺跡。この中で一緒に成ったおじさんの話では区画整理の話は地域有力者の反対で昔から。そしてこれからも困難だと言われていた。

行政の無策。行政の指導力が無いとこんな道路管理しか出来ないのだろう?これはこの地域だけの話ではない。この国の各地で見る事が出来る。反対があれば何も出来ない?違うでしょう?成長戦略とどんなに立派な風呂敷を広げても、官僚と既得権者の利益の見直し反対を突き崩せなければ絵に描いた餅。ごまかしに違いない。

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猪名川にはこんな堰が多いがこれも昔、川の流れが急だったと言う事だったのだろう?ここはその1部と思っていたが正確にはここは藻川。しかしこの川の水質の悪さがコンクリートの汚れを見れば良く分かる。川を塞き止めてその上を少しだけ水を流すだけではこの有様に成る事を河川管理者は考えていない?

この先、橋を渡って対岸の堤防の上を歩いている時、この川の上をズボンを捲って歩いている叔父さんが居た。川の流れ、水質管理、水辺の危険を口にするだけでなくこの有様だけは変えなければ成らない。これが1級河川とは信じられない。

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ここは左に橋がある。上園橋?このアングルから写したのはこの先の堤防は車両通行可。しかも一方通行では無い。当然信号もない。この景色も日本各地の堤防で良く眼にする。ここは通勤時の混雑は無いだろうが親父が以前住んでいた静岡天竜川の旧国道でも全く同じだった。今でも朝の通勤時は同じなのだろうか?堤防の上を通行可にしなければ成らない道路行政。当然この先の堤防の上に歩道は無い。

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これが当たり前だろう。この堤防の上を歩いて来てこの道を渡る信号はない。この反対側は堤防の下を歩かなければいけない。一昨日その道を歩いていました。

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しかもコンクリートで固められた道。砂利道では草刈りをしなければ成らないとからだろう?堤防には除草剤が撒かれている。信じられない事が行なわれている。草刈りの手間がそれだけ惜しまれる?草刈りの費用がバカにならないと言いたいのだろう?

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除草剤をまくと草が枯れるだけではない。根が枯れる。根が枯れると堤防の土が雨が降ると一気に落ちる。その対策はどうするのだろう?この枯れた草の根元が泣いていた。フカフカです。

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こちらは住宅側。当然除草剤はまかれていない。これが堤防の在るべき姿ではないのか?草刈りの費用が掛かる?お金の使い方が問われている。

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橋を渡る。この川は藻川。一昨日歩いた堤防下の道が見える。

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こうすぐ橋を渡り切る。この堤防を左に進み猪名川と藻川の分岐点を見る。

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右側は阪神水道事業団。猪名川浄水場。草刈りの手前と先。何とも皮肉な光景です。

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ボランティア募集?草刈りを募集しなさい。(日当を払って)それが河川管理者の仕事でしょう?お役人の認識はこの程度です。この地の河川改良工事の歴史はそのうち踏みにじられるのだろう?(そんな事はありません。精一杯限られた予算の中で頑張っています?)

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ここは猪名川。対岸は川西市。川の中に水が流れている部分は狭い。しかし大雨が降るとこの様相は一変する。今年はそんな時は少ない?そんな事は無い。大雨の教訓に想定外はない。今、日本のマスコミは殆ど問題にしていないがヨーロッパの洪水被害は他人事では無い。日本の各地の川は上流のダムと河川改良で川幅が広げられ、その心配は殆ど無いが天災は忘れた頃にやっている事を口にする人も少ない。

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お待たせしました。思い掛けない静かな公園が堤防の下に広がっていました。

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1人出歩くには気が引けるけれど3日間の親父の労力に拍手が送られている様でした。写真の撮り方で綺麗に見えるが今年は本当に多くのバラに歓迎されました。バラに包まれた優雅な生活は望めないけれど、少し足を伸ばせば多くの静かな場所が在る事に心を打たれていた。知らない処が一杯でした。でもそれで良いのでしょう。

最後に花菖蒲もう少しお見せしましょう。

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ネコちゃんに見送られて次の目的地出発です。園田競馬場。これから先の道も結構ありました。最終目的地の阪急宝塚線服部の駅に着いた時には空腹で汗をびっしょりかいていました。おいしいケーキを2個。駅のホームで口にしていた。廻りの人に異様な姿を見られていましたが、それだけ疲れていました。反対のホームではオバカな高校生がイチャついていたけれど。(アホやのう)どっちが?どっちも。

 

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2013年6月 5日 (水)

猪名川河口迄はもう少しだったけれど素晴らしい風景が待っていました。

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昨日道を間違えた新幹線高架下。交差点信号待ちをしていると、若い女性がくわえ煙草で自転車に乗ってくる。馬鹿笑いをしている。この先では横断歩道で立ち止まっているとおっさんが平然と追い抜いて行く。これからは間違いなくこんな人は多くなるに違いない。不快に思うのは親父位かもしれない。

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昨日綺麗に撮れなかったこのフワフワ感。今日はどうだったかな?

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今日は地図を見ながら歩いているのでここ迄は道を間違えていない。このT字路を右に進むと川に出る。その手前で最初の目的地「猪名寺」跡の森が見えて来る。

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ホント怖い。止めて下さい。ここは親父でも怖くなった処です。でも霊魂ともお友達に成っていました。(親父。いい加減にしなはれ。)でも親父は霊感が強いから久々の訪問者を歓迎してくれたに違いない。この時まじで後ろを振り返っていました。誰も居ないと思っていた明るい森に怨霊の声が聞こえていました。(コラ。止めなさい。)後ろをおじさんがカラフルな自転車を押しながら歩いていました。

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叔父さんは尼崎の人でした。幼い頃はこれから訪ねる藻川(もかわ)で遊んだと教えて呉れました。これから歩く藻川と猪名川。その地形も良く分かりました。最後に素晴らしい菖蒲を見る事が出来ました。ではその予告です。今日は怖いお話でした。

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昨日の続き。ここから下の道に降りる。その道を歩くと思いがけない景色を見る。

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原田伊丹線。この道を右に歩くと阪急宝塚線曽根駅近くに出る。ここから約2キロ?

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立派なスポーツ施設がある。この建物の裏に可燃物の広域(伊丹市と豊中市)ゴミ焼却施設があり、その高温熱を利用して温水プールが完成していた。しかし人気が無い。近寄ってみると休業中。建物の老朽化とゴミ焼却場立て替えが大きな理由?お役所仕事、税金の無駄遣い。市議会議員の反対は無かったのだろうか?

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大体この施設何の為に造られたのだろう?そしてどれだけの人が利用していたのだろう?有効利用の方法は他に無かったのだろうか?人影は何もなかった。休館では無いだろう?廃館です。こんな税金の使い方(交付金?)地域外の人には知られていない。

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張り紙。拡大すると読めるかな? (読めます)

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この左前方に大阪空港があり左側は汚水処理場。住宅地は無い。車の往来も多くはないが地域の抜け道として整備されていた?勿論歩くオバカは親父ぐらいの者。生活道路、散策の道では無い。何とも言えない不気味さが漂っていた。空気も澱んでいた。

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緑化樹木見本園。車でないとなかなか来れない。ここは空港の南端。着陸の飛行機はよく見える。但しこの場所に詳しい人は少ないに違いない。良く知られていない。行政も余り宣伝をしていない。(近くの緑のセンターと同じ)今のままで丁度良い?

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猪名川が大きな中州を造っていた。この川が昔どれだけ大きな川だったかが良く分かる。

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手前の川が猪名川。向こうの堤防の下が藻川(もかわ)と思っていました。(それで正解)この先で完全に別れる。川の中に完全な中州が出来てその中に阪神水道事業団の猪名川浄水場があり川の中州とは思えない景色が現れる?その姿は明日お見せします?(親父も良く分かっていない。)今日も勘違いです。明日は地図を片手に歩きます。

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この辺りで対岸が見えなくなる。この先で対岸は遠くなっている?

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堤防の上に戻る。心地好い道が伸びている。

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ここで対岸が見えて来る。でも対岸は藻川(もがわ)完全に別れている?明日確認します。(どうでも良い?)確かに。自分自身の拘り(こだわり)でしょう。

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ここは水の流れは対岸。猪名川は無くなっていると思っていた。ところがこの対岸の流れが猪名川?うーんわからない。明日はっきりさせます。

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この向こうの森が今日行くつもりだった猪名寺廃寺跡?良く分からない?

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川は間違いなく猪名川。河口迄4、8キロ?そんなものだろうか?河口は山陽新幹線鉄橋のある神崎川の合流部なのだろうか?違うでしょう?分からない。合流部で正解です。ここから東西線の加島駅迄5キロ強。明日は歩けるかな。そうすれば河口迄歩いた事に鳴る。

それにしても水質は良くない。こんな水を浄化して水道水に使われている事を喜ぶべきか?悲しむべきか?考える人は少ない。それだけ水質浄化のテクノロジーは進化しています。そう考えるとこの国は水資源に恵まれていると手放しでは喜べないのかもしれない。

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間違いない。対岸の森は今日行けなかった猪名寺廃寺の跡?ここは織田の軍勢が伊丹有岡城を攻略した時に焼き討ちにあったと言われている。何で織田の軍勢に攻撃されたのかも分からない。明日そんな説明が見れるかな?

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橋が見えて来る。この橋は猪名川橋。この対岸は猪名川。(藻川はこの先350m)親父が勘違いするのも無理は無い。明日それを確認します。お楽しみにして下さい。(アホか)川の中にパワーシャベルの重機が何か分からない工事をしていた。

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パワーショベルはこの老朽化した橋桁の土台工事をする為に川砂を整地していた。この立派な川砂をなんで業者に売らないのだろう?大事な川の恵み?そんな考えはサラサラ無い?この川砂を取り除けば川の流れも良くなり一石2鳥では無いか?(甘い)橋桁がえぐられる?だから補強工事をしたのでしょう?違います?(訳分からん)

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この工事看板見てどれだけの人が工事の内容が分かるのだろう?(親父は分かったけれど)誰が誰に見せる物ではないと言いたいのだろうか?(まさか)橋桁の補強工事を河川管理者が許可する表示板。何様だと思っているのだろう?この先昨日感じた思いと同じ思いに駆られる。これで河川管理が問われないのは洪水の心配がないから?

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ここは堤防の下です。この先を進むべきか引き返すべきか考える。草をかき分けて進む。流石親父。(襲われたらどうしょう?)叩きのめすだけです。

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ここは完全に川の中。折角のカヤも利用される事もない。刈り取られる事をやらなくても水の流れで押し流されるとでも思っているのだろう?川をこれ程に粗末にしても河川管理の仕事は成り立つのだろう。その代償は小さくない事を誰も思っていないのだろう?マスコミも同じ様なオバカなニュースしか報道出来ないのだろう?こんな現実は全く知らなかった。猪名川の神崎川との合流部分の水質は最悪です?

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左から汚い用水路が流れ込んでいました。大雨の時はここからも怒濤の様に水が流れ落ちるのでしょう?本当に人間は何様だと思っているのでしょう?この先はさすがの親父も堤防に上がっていました。この先ズルして目的地変更です。阪急曽根駅に向って歩いていました。そーね。(コラコラ)ここからも2キロ近くありましたよ。

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2013年6月 4日 (火)

大阪は今日も暑い。夕方になって昨日の反対側の堤防を歩く。

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大阪は今日は完全な夏日。出歩くのは少し危険な暑さ。しかしこの親父これ位の暑さではへこたれない。昨日の続きを歩く。今日は昨日の対岸を歩くつもりでした。ところが目的の駅からすんなり堤防に出れない。横に行けなくて気が付くと北上していた。明日はもう一度昨日降りた伊丹の駅から歩きます。ここからJR東西線の駅は本当に遠い。明日も無理かもしれない?3度目の正直なるかな?

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この駅から簡単に堤防に出れると思ったが気が付くと線路沿いに北に向っていた。このマップでは良く分からないがこの区域、区画整理が出来ていない。地元の人なら簡単に分かる抜け道が分からなかった。どんどん昨日降りた伊丹の駅に戻って行く。

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新幹線。この近くは訪問販売の仕事で来た事がある。あの頃の苦い思いが甦る。40日で辞めた「悪徳商法」あの会社も社会的常識に欠けていた。行政指導を受けても会社の体質は変わらず今は社会的制裁を受けている。親父は屈辱の40日を今でも忘れてはいない。生きる為に何を為すべきかあの時学んだと思っている。

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先日見た意外な会社の正門を見る。親父が営業の時リピートの商品を受注した会社。その担当の女性のお母さんが「娘が発注単価を間違えたので自腹で払う」と会社迄来てくれた。単価を間違えたのは思い込みで正式に発注書を取り交わしていたのでその必要は無かった。あの心配そうなお母さんも安堵の表情も忘れてはいなかった。

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アチャー。堤防に平行して北上している。警報機の鳴り出した踏切におばちゃんが急いで自転車を乗り入れる。何でそんなに急ぐの?そんな生き方をしていると何時か危機に直面するに違いない。当然降りて来る遮断樹の下をくぐり抜けていた。アホ。

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ここ迄戻って来たらじたばたする事は無かった。この道を横(上)に進むと昨日歩いた堤防に出る。その先の橋は渡っていない。今日その橋を渡る。もう迷いは無かった。この橋を渡りその対岸を直進する。その川が猪名川だった。

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先日出て来た大型ショッピングセンターが見える。この川は猪名川では無かった。猪名川から分岐した「藻川」その川に別の川が合流している。

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こちらが猪名川。河川敷が運動公園になっている。青年が2人。魚を追い掛けていた?(左側です)

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これだ普通の光景でしょう。この堤防の上を車が走る。しかも一方通行では無い。そんな道信じられます。そんな堤防の上を歩く事は出来ない。そんな道は日本各地にあります。大阪では三川合流部。淀川の左岸(下流に向って)その堤防の上を国道が走っている。日本各地そんな道が少なく無いのだろう?この道は快適です。その訳は堤防下を広い道が走る。

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これが堤防管理の当たり前の姿です。交通の規制。車の走らせ方。警察と行政の取り組みも後手を踏むとなかなか改善は出来ない。この先快適に歩ける。堤防を吹く風は心地好かった。

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今年は空梅雨?そんな事はあるまい。それでもしっかり歩いて来た。

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今日は対岸を歩きます。昨日はこの川が猪名川と思っていました。この川は藻川。(もがわ)この川は新幹線からも看板が見えるが猪名川から分かれ猪名川に合流する5キロ足らずの一級河川。昭和40年前後の写真を見ると親父が田舎の川で遊んだ夏以上の賑わいに驚く。

今は川が改修されて当時の面影が全く無いのは、田舎の景色と全く変わりません。洪水対策でこの川も護岸を固めて水の流れが全く変わった事が良く分かる。水質は川の流域に住宅地が多くなり水質は最悪になる。

今は改善されていると言われても、この川で夏の景色が甦る事は無い。この川に蛍が戻って来る事はあるのだろうか?河川管理のあり方を問う声が何処にも無い。NPO法人?冗談を言える状況では無い。この天罰を必ず受けるに違いない。

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この堤防の上の道は歩けないが信じられない事に一方通行ではない。対向車が来る。ここは堤防の改修中?草が刈られて盛り土の入れ替えが行なわれ芝生が植え付けられている。淀川を遡った時に三川(桂川、宇治川、木津川)合流部の先で見た堤防の補修工事。

(規模は比べ物にならなかったけれど)子供騙しの様なこの工事。芝生が枯れていた。(根づいていない)工事が完全に手抜き。芝生も下が固いと根が伸びない事位分からないのだろうか?この中途半端な補修工事。予算が余ったの?最低です。

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何だこの中途半端な補修工事。工事の責任者の看板も何も無かった。これが本当のお役所仕事。税金の無駄使い。行政の怠慢です。この堤防管理は何処が行なっているのだろう?この先でほっとした光景を見る。しかし一貫した堤防の管理は何処で情報公開をしているのだろう?どうでも良いけれど。Img_0085

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河川敷の萱では無い。川の中州の萱。これが河川の水質を浄化しているのかと思います?冗談ではありません。川の流れは狭くこの中州に遮られています。大雨が降ればこの萱達はなぎ倒されるのに違いありませんが、小々の水位ではそうならない事をこの萱は示しています。それ程に立派なカヤの密集地は続いていました。

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何故か時々堤防の下の道がコンクリートの広い道に変わる。ここがコンクリートに変わるのは雑草対策か?それでも長くは続かない。歩いていると日差しの照り返しが強いがタオルを頭に巻きながら帽子をかぶって歩いている。今年の梅雨は雨が少ない。

しかし、梅雨の末期にはどれだけの雨が降るのか?大雨の災害を知らない都市の防災。ヨーロッパ。ドイツの洪水のニュースは他人事でない。この猪名川の狭い川にどれだけの防災対策を先人はして来たのか?その偉大さを改めて痛感していた。

それに比べて現在人の生き方。国を強くする事。経済を盛り上げる事。地域防災のあり方。モチョッと住民の考えを取り入れないとこの国は綻びが大きくなっている。自分達の幸せを求める事は確かに大事な事です。しかし余りに多くの事を政府や行政、官僚達に任せ過ぎて来ました。その結果今どんな形になっているのか?その事を知らなければなりません。

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これ全て堤防です。しかし河川管理の名誉の為に書き添えますがこれは一部分です。一部分だけで全てを語るつもりはありません。自分達の地域。自分達の住処が快適な環境になっているか?その事が問われている事を考えて見て下さい。(関係無い?)

それも有りでしょう?でもそれでは自分達の生活が誰に守られているのか?それ位は考えましょう?この国の未来。そして自分達の明日は神様やお大師様が決めては呉れません。自分達の生き方。そのものです。それ位の事も分からない人が多くなりました。

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最後に堤防の上に上がる。草が刈られた後に安全に?歩ける道がある。

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やっぱし安全ではない。この先橋のたもとではガードレールの外に道はなし。

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ガードレルの外を歩く。足を滑らすと下に落ちる。足元が安定していないのでガードレールに捕まりながら歩いていると思いっきり転ける。「痛ー」笑い事ではない。しかし怪我をしたら洒落にもならない。足元を確認しながらゆっくり歩く。(最悪)

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堤防下に降りる。ここからは草刈りが行なわれていた。叔父さんがいる。声を掛けようかと思うが忙しそう。遠巻きに写真だけ取る。

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叔父さんの日当どれ位なのだろう?どうしてもっと多くの人で一斉にやらないのだろう?その疑問は反対側(対岸で消える)河川管理。堤防管理。管理者の意識?これがその対岸の様子。(草刈りの様子は分からない)

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この猪名川沿いの道を今日歩いてJR東西線の駅迄歩いて来ます。昨日はこの先で阪急に乗る。園田の駅は予想外にきれいになっていた。阪急神戸線。高架になると街並もこんなに変わるのだろうか?

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2013年6月 3日 (月)

先日の続き歩いて来ました。東西線の駅迄は辿り着けなかったけれど。

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JR伊丹駅から大型ショッピングセンターの連絡通路の下に見える川。殺風景な川。
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平日の午後。日差しはきついし人影は無いと思いきやオバカが1人ベンチに座っている。これから暑くなると木陰で一休みとはいかなくなる。そんな暑い日差しの中を歩いて来ました。全く知らなかった風景。信じられない事ばかりでした。(ウソ)

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良く言えば自然が残されている。悪く言えば管理されていない?(お役人はそうは言わないだろう)それでもそんな景色バッチリ取って来ました。河川の管理は誰が管理しているのでしょう?予算次第?それは悪い冗談でしょう。それ程に先人の知恵が生かされているのかもしれません。

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ここにも川が流れ込んでいる。橋に歩道は無い。車の切れ目を見て歩く。こんな道を歩く人は居ないと思っているのだろう?ここは堤防の上。道路の管理も出来ていない。

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でもここはまだ良かった。この先信じられない景色が見えてくる。狭い堤防の上。一方通行では無い。車優先ではない。ここが堤防の上だと言う認識を道路管理者がしていない。特にこの下流尼崎市の上園橋から南の堤防の上は歩けなかった。狭い堤防の上を車が行き交う。信じられない道路行政。批判される事は無いのだろう?重大事故が起きなければ何も変わらないのだろう?堤防下の道を歩く。

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神津大橋。ここで猪名川は本流が2手に別れる。親父は手前の道を歩いていたのでその事を理解したのは相当後だった。

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明日はこの橋を渡って対岸を歩いて見たい。いつの間にか川の名前が変わっていた。

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それでもここはまだ堤防場にゆったりとした歩道があり気分的にはゆったりとしていた。

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緑が多い川?いいえただ川幅が広いだけ。今日歩いた時この川が猪名川だと思っていた。これだけ川幅が広ければこれだけの環境が保てるのか?しかし散策の水辺は無い?(そんな物を作る必要が無い?)確かにそうかもしれない。小鳥達の楽園にも成っていない?小鳥も住処を心得ているのだろうか?エサが無ければ寄り付かない?

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ここも堰が作られている。しかし汚い。拡大してみると良く分かる?

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この近くで遊ばないで下さい?危険?子供達が遊べる川では無いだろう?子供達は大人が考える程アホではない。こんな汚い川に誰が近寄るか?それ位考えなはれ?そして汚いゴミだけは改修しなはれ。川を綺麗にする事は仲良しに成る事です。

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それでもここ迄は堤防上は車通行禁止だった。この先はそうではなかった。何で?道も広くはなっていない。しかも一方通行では無い。信じられません。とても歩けない。堤防の下を歩く。

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これでどうして歩けるの?センターラインも無くて前後ろから車が走り抜ける。堤防の上を通行禁止にする理由をこの町の警察は理解していないのだろう?堤防の上は車の通行禁止に出来ないのは道路整備が出来ていないからだけではない?行政と警察の妥協の産物です。尤も堤防の上を国道が走る道は全国幾らでもある。当たり前ってか?バカは死ななきゃ分からないのだろう?(コラ)

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この後まだまだ歩きます。堤防の雑草にオバカが除草剤を大量に撒布している。これだけの勢いの有る草を薬で枯らす。その過ちは根を枯らすと言う事。それ位の事がどうして分からないのだろう?その代償が堤防を崩すとは思いも寄らないのだろう?この先で叔父さんが草刈りをしていた。除草剤は撒いていない。この差は一体何なのだろう?今日はここ迄この先も同様の景色が続いていました。

 

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猪名川久し振りの散策。堤防下の河川敷どれ位歩いたかな?

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堤防の下の散策の道?がコンクリートで固められている。道は綺麗になっているが歩き難い。そんな事は全くお構い無し。お役人の発想は草刈りの手間を無くす事。こんなコンクリートの照り返しの強い道は「環境に優しいまちつくり」とは言えない。それくらいの認識が無くて川を綺麗にする?そんな事は全く問われていない。

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ここは河川敷の中。左の用水路はこの上で猪名川に流れ込んでいる最明寺川のの物。この用水路は何の為の物か良く分からない。ここの堤防に水門がある。この堤防の先には住宅地が広がっているのでその用水路と繋がっているのだろう?いずれにせよ洪水時以外はその役目は忘れ去られている。それが真ん前に広がる緑地帯です。足は踏み入れられない。(管理されていない?)良く分からない。

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本流に堰がありここはその用水路。オバカが自転車を捨てている。そのまんま。この堰の維持管理はこの程度の物?ここの堰も前来た時には工事をしていたが、それは終わっていた。その成果はこんな物なのだろうか?工事の意味が見えて来なかった。

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ここは隣町の河川敷のグランド。平日の夕方。利用状況はこんな物?高齢者のテニススクール。グランドゴルフ。その他の使い方。健康管理の運動公園等の取り組みが求められても手が廻らない?爺婆はもっとある来なはれ。

がんねん(体の自由)は効かなくなっても口ばかりは達者か?そのうち生きる屍に成る事が眼に見える(コラ)正面の山が五月山です。こんな低い山で喘いでいたら奈良の大峰の山岳修行は無理です。峰々を天狗の様に駆け巡る事は出来ませんか?(無理です。情けない体型に成りました)

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近くの飛行場から飛び上がった機体。東京には1時間足らずで到着。親父の故郷大分にもそれ位で到着。飛行機を見上げながら抱いた感嘆の思いも今は冷めている。これからは新幹線。鉄道の旅で心が和むのが関の山かもしれない。

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ここは大阪空港横の堰。しかし足元が悪くて近くには立ち寄れない。これでも管理されていると言われるのだろう?水質管理もされているのだろうが最早(もはや)川辺に近づきたいとは思わない。気持ちが悪い。せせらぎの音が悪魔のささやきに思えた?(それは言い過ぎでしょう)論より証拠。ここは水辺には近寄れません。不気味。(親父でも不気味な所があるのか?)こう見えても恐がりです。(アホ)

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六甲の山並が見える。静かな夕暮れが迫る。先日買ったウオーキングシューズが安全靴の様に重い。足を引き摺りながら歩いていると言われたが、足をしっかり上げながらがに股でなく綺麗な歩き方が出来なくなって久しい。

これで腰が落ちて歩幅が狭くなると今の距離も歩けないに違いない。そう成らない様に軽くて丈夫な履き心地の良い靴を手にしなければ成らない。出来るかな?意外の容易では無い?(かもね)六甲おろしを聞きながら弱くなった巨人をバカにしていた。

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JR伊丹駅。到着。この駅前の歩道橋を渡ると目的地の西君のお店は近い。これだけの大型ショッピングモールが人々を惹き付ける力。その反対に零細商店街が買い物客から見放される現実。

その対策が求められて久しいがこれだけのデカサが幅を利かせる現実は地方の各地で見る事が出来る。特徴のある店作り。人気のある商売はデカサだけではなくなるに違いない。

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ルー多めのカレー。かつカレー。トンカツと米迄多目。今日は店内も客が多くカウンターに座る。横のカップルが耳に障る。当然音楽プレヤーで耳を塞ぐ。これは一番。カレーは期待通りの味だったが流石に量が多い。それでも完食。

しばらくはここ迄来なくても梅田のインディアンカレーで済ませられるかも知れない。西も休み無く働いているからだろう。繊細な心配りが足りなくなっている。商売は本当に難しいがその一番の理由は繊細さだと言う事が意外に理解されていない。

ドコモの殿様商売。今携帯各社の競争は厳しいがドコモの体質が変わらなければ、追い上げている競争相手に益々シェアーを奪われるだろう?親父達の様にドコモでなければならない理由は何も無くなっている市場に食い荒らされるだけ?(余計なお世話です)確かに。

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2013年6月 2日 (日)

久し振りに川を歩いてカレーを食う。歩きながら考えた事。

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最寄りの駅北側の通路を水が流れている。しかしこの水の流れはほんの一部分。長い流れでは無い。憩いの場にすらなっていない。何の為にと言う問い掛けすらない。駅前の狭いスペースの利用のあり方はこの程度では飾りすらならない。こんなスペ−スに蓋をして放置自転車対策の有料置き場を作る事が求められている。

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堤防の上に出る。いつも散歩は山に向うが久し振りに川辺を歩く。素晴らしい水辺と情けないお役所仕事を見る事が出来ました。この景色を見ればこの川の水辺と管理のあり方がよく見える。川は洪水対策の為のみに流れているのではない。川は私達の日常と大きな関わりあいを持ちながら流れている事を知らなければならない。

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この堰は何の為にあるのか殆どの人が理解していない。この川を管理している国土交通省と行政の関わり方。じっくりと御覧在れ。一番疑問に思う事は一番関わりが大きいと思われる行政の取り組み方。公園とかグランド整備も民間に委託されていた。草刈りと清掃はNPO?それは違うと言われないのだろうか?

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この看板が出来たのは新しい。それでも一般の方?の通行は絶えない。人間の心理としてこれだけの飛び石のコンクリート設備があれば誰でも歩いて見たいと思うから不思議です。それ位の心理分析が出来ない管理者。

ご丁寧に鎖チェーン迄張られていたが何の役にも立っていない。それでも通行の責任は問われないと思っているのだろう?アホです。京都鴨川にも同じ様な飛び石があるがそこにはこんな間抜けな看板は無い。

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ここから降りられる。この上の鎖何なのでしょう?もっと安全に歩ける道が作れないのでしょうか?それよりも気を付けて歩いて下さい。怪我の保証は出来ません。

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ここは登らないで下さい。でも登れない土手では無い。

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河川のゴミを綺麗にする。それは管理者の仕事では無いのか?

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親父が歩く五月山が見える。標高800m足らずの山でも歩き回ると楽ではない。

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笑って下さい。塞き止められた水は多くは流れてここから別の流れになる。それでもこれ汚くはないか?誰が何時綺麗にしたのだろう?

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塞き止められた水はこちらに流れている。

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兄弟?友達?しかし魚はいない。田螺(タニシ)の様な生き物、沢ガニの様な生き物そんな物は何もいないだろうに?何かを真剣に探していた。この水の流れはそれ程綺麗ではない。この子供達に小川の生き物を教えてやれないのだろうか?そんな事を考えていた。川で生き物を探すにはここでは駄目とは言えなかった。

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丸太の橋?を渡って堤防沿いの道を歩く。このまま橋を渡らずに行くと渡れなくなる。

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この道路は阪神高速池田線。池田の市街地を通っていないが有料道路の為、利用者は市内の一般国道を通る。その為に市内は通勤時間は渋滞が半端ではない。この高速道路の無料化は何時になるのだろう?行政のやるべき事?住民サービスの他に何があるのだろう?土木工事だけが仕事と違うでしょう?めちゃくちゃ腹が立っていた。

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気がつくとゴミを拾いながら歩いていた。河川敷のゴミはボランティアが拾わなければイカンのだろうか?河川管理とはパトロールとかやらないのだろうか?(そんなことはありません。ちゃんとやっています。)近くのお巡りさんも駐車違反の取り締まり。そんな事を言っていた。何処を向いて国家公務員、地方公務員は?仕事をしているのだろう?駅前の放置自転車。大阪の街でも綺麗な所と汚い所の差は何だろう?

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河川管理者の名前が拡大しないと分からない。NPO法人。環境に優しいまちづくり推進会。この区域は皆さんの猪名川自然緑地?それは違うでしょう。一級河川猪名川の河川敷です。この自然緑地は国土交通省が管理している事を勝手に変えないで下さい。こんな訳の分からない看板を至る所で眼にします。その管理が充分でなければどうなるのか?この先お見せします。でも今日はここまで。この先伊丹の西君のお店迄歩きました。西君のお店も日曜日の夜。繁昌していました。しばらくは行かない。

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ここで一旦堤防の上に上がる。堤防の上は車の通行不可。その下に車道がある。

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先日の続きです。京都はいかがですか?

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中の島公園。ここは土佐堀川、堂島川がつながっている。ここは中の島公園が整備された昭和の終りに2つの川を綺麗にする為にこの運河が出来たのだろうか?この右側に橋が架けられている。ここからの景色が昔の中の島公園を思い出させてくれる。

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公園から難波橋を南に渡り堺筋北浜交差点に出る。この角に今は見上げる人も少ない大阪証券取引所がある。この石碑の後ろのこの碑文を読む事は無かった。この歴史を知る人も少なくなっている。大阪証券取引所で繰り広げられた「兜町」物語。大阪の商人の物語も今ではすっかり投資ファンドに食い荒らされている。

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正面玄関から昔は関係者以外は立ち入る事は出来なかったが、今ではこの天井の高いホールが展示室になっている。正面奥に懐かしいコーヒーのお店がある。兄弟で骨肉の商売を繰り広げた会社は今では片方に軍杯が上がり、親父がお世話になったお店は今は無い。この会社の名前を聞く度にお世話になった優しい人の顔を思い出す。コーヒーは美味かった。又、堺筋を歩く時に一人で出掛けてみますか?

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堺筋から淀屋橋の地下鉄駅を目差して歩いていた。大阪らしくない?ハイカラなお店。街並は変わっても若き日々と年たけて求人面接に来た思い出は鮮明に残っていた。これからその苦い思いを緑茶の味に変えなければいけない。(巧い)頼みまっせ。

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思い掛けなく「適塾」記念館前を通りかかる。緒方洪庵先生が江戸時代の終わりにオランダの医学を教える為に開設した。この塾で学んだ学生が明治維新後のこの国の医学、学問の先駆者となっている。

この塾が大阪大学の今日に果たした影響は少なく無いと言われているが、大阪大学医学部との関わり合いは直接的には無い。大学改革、医学部、阪大病院のあり方が問われて久しいが明治以前の貧しさは問われる事は無い。

医学は金儲けでも権威を誇る物でもない事をここに来ると良く分かる。「何も知らないくせに」と言われてもこれは親父の偏見と認識です。阪大病院が中之島にあった頃その病院で懸命に難病と闘った「愛と死を見つめて」のベストセラーと吉永小百合の映画を知る人は皆無になっている。それは時代の流れとは言えない。無知です。

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2013年6月 1日 (土)

大阪北ヤード。グランフロント大阪から中の島公園。思い出の散策。

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大阪北ヤードグランフロント大阪は開業1月が経ちましたが、まだまだ大勢の入場者。この人の流れはしばらくは変わらない?人波は一時の勢いはありませんでしたが、ぶらり散策には少ししんどい。早々に休憩をしていました。

中の島公園に移動。多くの思い出が詰まっている公園は新緑の時を過ぎ、これから始まる雨の時の準備を整えていました。大阪の梅雨は叩きつけるスコールは少なく、雨の公園は余り見ていない。カップルが見つめ合う時は秋にならないと無理かもしれない。(あなたはもう関係無いけどね)分かっていますよ。

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正面に見える橋が難波橋。その先の天神橋。手前の淀屋橋。大阪には多くの橋があるがこの橋は別名ライオン橋とも呼ばれて古くから大阪市民に親しまれている。

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橋の下を潜るとまだバラの花が歓迎して呉れる。でも盛りの時は既に越えている。

次、私達の目を楽しませて呉れるのは初冬。冬に咲くバラである。バラの美しさは多くの花以上に人の心をときめかす。この花の歴史は古いが日本で知られる様になったのは明治になってからと言われている。そう説明されるとこの花に惹かれる思いが良く分かる。(ハイ)

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バラと言えばこれですよね。情熱のアモーレミオ。愛する人。百万本のバラ。いくら何でもそれは無理です。せめて100本。それも無理だね。バラの風呂も親父は入れない?(入りたいか?)柚子風呂で充分です。 アホか?アホです。

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名前は派手ですが花は普通?イエイエ綺麗でした。

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この後は地下鉄淀屋橋駅に向う。その景色は又明日。雨にも恵まれて楽しい散策の時を過ごす事が出来ました。思い出の楽しい散策の時は思い掛けない風景を用意していました。何よりのおもてなしが出来ました。親子でも越えれない価値観。それでも親父は何も変わっていません。そしてこの先くたばる迄、何も変わらないのでしょう?

 

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