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2013年4月

2013年4月30日 (火)

ハインリッヒの法則。と言われても知らないオバカが少なく無い。(コラ)

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京阪電車萱島駅高架下の萱島神社の龍の口から水が流れている。親父は昨日この水で不浄の手を洗う事は無かったが、キッチリとお参りをして来ました。その結果が早速現れる。親父は外見は厳ついが心根は本当に優しい?(自分で言うな)本当です。

今朝いつものお店でおにぎりと豚汁を買い、コンビニで先客がヤマトのメール便を出していたので日経新聞を待たされて買う。その帰り信号待ちをして信号が青になって自転車をこぎ出すと、眼の前をおばちゃんのチャリが横から目前を走り抜ける。

後コンマ何秒親父が勢いよく自転車をこぎ出していたら、この間抜けなオバはんは信号が変わって停車していた軽自動車のフロントに叩き付けられていた。親父に非は全く無かったがオバはんが救急車に乗せられる様な怪我をしていたら、関係無いでは済まなかっただろう。相手は信号無視。自転車で右側通行。どんなに悪質であったとしても親父も左側確認の責任を問われたのだろうか?

オバはんはどんなに急いでいたのか知らないが最近、こんな人が少なく無い。この信号は住宅地の変則的な交差点にある。車の通りは多くないし信号が赤でも多くの人が平然と信号無視をする。しかし、今日の様なオバカは初めてだった。親父の自転車に激突しても親父ははね飛ばしていたと思うが、そんなに急いで何をしょうとしていたのだろう?親父に怒鳴られても後ろを振り向いただけで停まりもしないで走り去る。

程度は違うが駅前の狭い道を横断中、オバはんに足の裏に自転車を当てられた事がある。その時は相手が謝ったが停まる事はなかった。最近自転車のマナーが悪くなっているが、こんな生き方をしているとろくな死に方が出来ない事を理解していない。難儀な事にそんな輩に限って自分の正当性を主張する。安全確認。危険予知。ヒャリハット運動。ハインリッヒの法則。オバカなおばちゃんには分からない。

しかしそんな輩が大怪我、重大事故にあった時、自分は関係無いでは済まない事も忘れてはならない。幸い大した事にはならなかったけれど、心と体にゆとりを持ちながら行動する事を忘れてはならない。歩道の無い道を車道の真ん中を歩いていてもその事を忘れてはならない。車が来ないからと言って信号無視は重大事故の誘い水。その事を忘れてはならない。

ハインリッヒさんが重大事故を分析した統計によれば、一つの重大事故には30の軽い事故(軽傷)があり300のヒヤリハットがあると言われている。これは親父が現役時代に品質保証の仕事で偉そうに口にした言葉。交通事故の教訓は警察官でも教えてくれない。自分の身は自分で守るしかない事をオバカな輩は知らない。いいえ賢い貴方でも他人事では無い。

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深い地下鉄からの登りのエスカレーター。エスカレーターは真ん中の一本だけ。両側はそのエスカレーターが側面のステンレスに写り込んでいる。このエスカレーターはターミナルではなくて、京阪電車渡辺橋の親父専用(違う)の物。

この階段でも靴の音をカタカタ鳴らしながら歩くアホが少なく無い。エスカレーターでも急停止がある事をオバカは知らない。下りでエスカレーターが止まればどうなる?そんな事は全く考えていない。大した用も無い携帯を操作している。

人の生き方は何時からこんなに間抜けになったのだろう?自業自得。そう考えれば納得がいくのだろうか?昨日電車の中で横の親父が携帯をひっきりなしに指で上下しているのを見て目障りだった。そんな時iPodを聞きながら眼を閉じる。そんな一時も少なく無い。Img_6407

旧朝日新聞のビル。外観は手が加えられているが親父が若かった時からの建物。そのビルが今、取り壊されている。数年後には通りを隔てたフェスティバルタワーと同じ高さのツィンタワーが完成すると言われている。このは中之島の一等地。それだけの資産価値があるのだろう?

アベノミクスとは関係無い所でこの様な建設工事は進んでいる。この現場で働く人達はどんな生活をしているのか?さすがの朝日でもそんな報道は出来ない。新聞もテレビもその程度の事しか出来なくなった事を、もっと多くの人に語らなければならない。土木技術の発展は眼を見張る物があり、それに反比例して労務者の大切さは小さくなっている?

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先日の続きを歩く。歩いて見ていろんな事が分かる。

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そろそろ見納め?最寄りの駅のホーム端の深紅のツツジ。今年は一段と美しい。例年こんなに毎日近づいて見ていないだろうか?そう考えて見ると自分の知らない処で予測出来ない事が起きている事を知らないだけかもしれない。

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住道駅前から寝屋川を北上する。この道は先日少し歩いただけで風雨で引き返した。住道の駅前で雨宿りをして、中々止まない雨を恨めしそうに眺めながら、電車で1駅先の野崎迄行く。その頃には雨も小止みになり「野崎観音」のお参りも出来た。

今日は天気も良くて雨の心配は無い?最後にポツポツ来たが目的の駅前だった。今日は良く歩きました。上記のマップの一番上。深北緑地の深水公園は一見の価値有りでした。しかしその前に見た高い堤防。この無駄なコンクリートの高さ。そう感じたのは親父だけか?物には限度がある事を河川管理者は考えていないのだろうか?(公共工事とこんな物なのだろう?)自分達は何も痛みは感じないからだろう。

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堤防を高くしてゴミだらけ。これが人間様の浅ましさだろう?ゴミを拾う事を誰が教えているのだろう?堤防を高くすればいいってっか?これが本当のお役所仕事です?

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先日来た時にこの先で引き返す。傘を買ったコンビニが見える?この道を新婚の時に叔父さんの車で走っている?あの時の事は忘れていない。今は1人になったが天国で親しげに語り合っているのだろうか?

死んでしまうと終わりだと言われた言葉は信じていない。それでも一人で歩いている姿は眼にしているのだろうか?(ありません)。自業自得です。(そんな事は全くありません)唯、嘆きの思いは?(それもありませんでした。)

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通りを横目に見て左に進む。ここが先日引き返した横断歩道。車でこの道を直進してその先のJR学研都市線の先で右折して生駒山聖天さんに向ったのだろうか?40年も前の話です。間違いなく後元気に生きられる歳月はその半分にも満たないのだろう?そう考えると西行法師の様に生きないといけない。(知らないくせに)確かに。

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生駒山頂が後ろになっている。廻りに畑が見えて来る。田舎景色が重なって来る。

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昭和47年大東大水害はこの上流域で河川整備が出来ていない所で大雨があふれる。この川幅ではどうしょうも無いと思うがその対策は出来ていた?それがこの公園。しかしこの公園の地下に貯水池が出来ている案内は何も無かった。

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このヘドロと粗大ゴミ。これが氾濫した川の河川管理でしょうか?立派な公園を造る事も大切ですが、これが最高裁迄争われた河川管理の成れの果でしょうか?裁判所に河川管理の瑕疵(かし)「欠点、欠陥」は国と行政に問えないと判断された事は間違った事をこの現実があざ笑っている。河川管理の在り方は誰が問うているのだろう?この川はドブ川ではない。立派な河川です。

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ここ迄来ると水が流れている。しかしそれも一時の事だった。この先に遊水池。公園がある。しかしそこから排水された水で流れているのではなかった。川底の自然な傾斜が水の流れを作っていた?

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堤防内の道は歩けない。さすがの親父も歩いていない。この写真は橋の上から写している。この高さの堤防は必要かもしれない。

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寝屋川に流れ込んでいる恩地川にもこの様な治水対策緑地公園がある。寝屋川の水位が高くなった時、その水を貯め置く。水辺のゾーン。ふれあいのゾーン。スパーツゾーン。いずれも川の水かさが増すと順番に水を貯め下流の洪水を防ぐと案内されていた。

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一時的に貯められた水は徐々に排水される。しかしこの設備が完成してどれだけ役に立ったかは、聞かないと分からない。

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この先には行けない。寝屋川が増水した時に低い堤防から水が流れ込む様に低くなっている。しかしその心配が全く無い時も通行させない。このお役人の感覚?おかしくないのだろうか?

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右岸の堤防がこの川が増水時に乗り越える高さになっている。(低さに押さえられている?)これだけの高さを乗り越える大雨は数年に1度有るか無いか。それでもこの事業の必要性は誰も否定は出来ない?

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この高い水路はここ迄水が溜まった時に自然排水される。ここ迄水位が上がった時、寝屋川の水位は既に下がっているのだろう?この広い貯水池御覧在れ。

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ここはちびっ子広場。(ふれあいゾーン)ここが水没する時は有ったのだろうか?

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2度と来る事は無いだろう。でも干支が一周廻る前に同じ事を言った道を、4日の日に巡る。人の人生とはそんな予期せぬ事もあるから、捨てた物では無いのかもしれない。子供達が小さかった時、丁度今頃浜松から新城、長篠、東栄町に抜けた道を走り抜ける。親父はもう運転は出来ないがtakeさんは大丈夫かな?道は狭いしカーブが急だから安全運転頼みますよ。Img_6357

この堤防を乗り越えてその先の治水緑地に流れ込む設計になっている。この高さを乗り越える水位は3mを超えている?

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再び堤防沿いの道を歩いている。こんな狭い道が一方通行でない理由は道路管理者の間抜けさだろう?(コラコラ)歩道は無い。その道の右側を堂々とがに股で歩いていた。(撥ねられたらどうするの?)大丈夫。流石に大型車は通らない。(通れない?)

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この穴も水が調整池に流れ込む設計?

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この水の勢い。用水路の水が怒濤の様に流れ込んでいた。しかし水は泥水。

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左岸沿いの道を歩いている。この先はしばらく最寄りの駅が遠い。それでもへこたれてはいなかった。

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これでも通学路?これでも一方通行では無い?この地域の自治会は無いのだろうか?

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これは歩いて来た道を振り返っている。道づくりも計画性が必要です。

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バラが美しい。バラの満開の時はもう少し先と思っていた。

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立派な高速道路が現れる。もう少し質素な高速道路を予想していた。第二京阪道路。

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この自動車道はこの左で近畿自動車道の門真ジャンクションに繋がり、東は京都伏見迄国道一号線、JR学研都市線に途中迄平行して走っている。この道は木津川を遡った時に「大住」の駅を探した時に見上げている。近畿自動車道から乗り入れて伏見迄走って見たいが残念ながらその運転技術は錆び付いている。

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手前の川が寝屋川です。この先京阪萱島(かやしま)駅迄約1キロだった。

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堤防の下のお宅でお母さんが綺麗に花を育てていた。その心意気に声を掛ける。写真を快く撮らせてくれた。

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駅に到着。この駅の名前は難しくて覚えていなかったが、駅名だけでなく特徴のある駅だった。左上に見えるクスノキの大木は駅の中を突き抜けていた。駅の高架下には神社があった。こんな駅は珍しいに違いない。

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明日は終着点に辿り着けるかな。寝屋川は寝屋川市の「音や寝屋」から流れ出していると言われているがその地点も又、意外な所かもしれない。帰りは京阪電車で中之島の渡辺橋迄。堂島のお店は近くのビジネス街がお休みで空いていた。

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食事は東西線で伊丹迄。有岡の花壇は綺麗な花が植えられていた。

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久々の「ナゴミヤ」西君の渾身のカツカレー。カツの衣が固くて爺の口の中でもぐもぐしなければならないが、カレールーの中で転がしてスプーンで突っついていると口の中に入れられる。(アホ)ルーは多い様だがこれでも足りない。それ程辛くない。見ているだけでつばを飲み込む。流石です。次はルー多めでお願いします。

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伊丹の街はK子に嫌われた街。親父の毒舌はほとんどの人に嫌われる。それでも全く気にしていない。去る者は追わず。それが賢い生き方と知ったのは何時からだろう?そのうちに親父と阿吽の会話が交わせるのは1人も居なくなるのかもしれない。それでも孤高の生き方をする。哀しいけれどそれも身の丈に合った生き方かもしれない。

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2013年4月28日 (日)

4月も後2日。5月は輝きの月に出来るかな?

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昨夜の食事。白菜とお気に入りの京都のお揚げ。高知の生姜のみじん切り。味付けはトップバリューの安いつゆとフランクフルト。決め手はてん菜糖の味付け(スプーン大さじ軽く2杯)見栄えは良くないが味は文句なし。糸こんにゃくもお気に入り。

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昨日散歩の帰りに歩いた道。結構な下り。右側の柵に手すりが付いているのは何とも憎い。これからの親父達の人生は登りは無いのかもしれない。それでも下りに足を取られながら転けない様に歩ける足腰に感謝しなければならない。「年たけて又、越ゆべきと思いきや、命なりけり小夜の中山」西行の歌をつぶやいていた。

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坂道は登りはきついけれど達成感があるのは皮肉な出来事。人生下り坂と嘆いてみた処でそうは問屋は降ろさない。下り坂の先には登りもある。そんな坂を上がり下りしながら終点は近づいてくる。先日、久し振りの人に出合う。体調を心配していたので嬉しかった。元気で汗を流し合える。そんな生き方を何時迄出来るのだろうか?

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本日の阪神競馬場。競馬は行なわれていないが馬券は売られていた。

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桜の花は散りサツキの花がこれから満開の時を迎える。それでもそんな美しい通路の外を眺める人は少ない。親父も以前は見向きもしなかった。今はそんな生き方もすっかり変わっているが、時、既に遅し。確かにそんな気もする。でもどんなに遅くてもそれが分かっただけで幸せかもしれない。うんにゃ(いいえ)遅過ぎる。

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それにしてもこの生命。この迸る(ほとばしる)光は眩し過ぎる。(まぶしすぎる)今週末。2度と見れないと思っていた南信州。天竜峡の風景を見る事が出来る?天下の暴れ川と言われた静岡西部を流れる大川も今はその面影も無い?

しかし、親父はそんな事は全く気にしていない。武田軍が長篠の戦いで織田、徳川軍に大敗したその道を遡れる(さかのぼれる)だけで満足しているに違いない。人の世の栄枯盛衰。しばらくはその輝きの時をどれだけの人が見れるのだろう?

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家の近くの花壇のツツジも今が盛りです。大阪は早くも初夏の気温。でも今週後半は又肌寒くなる?体調に気を付けて元気にお過ごし下さい。

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2013年4月27日 (土)

現在、過去、未来。もっと賢く生きたいね。今日はお出掛け無し?

Img_6140_3 死刑執行に抗議?死刑制度に反対?
マスコミはこんなニュースを今だに尤もらしく報道する。それだけのニュース価値が在ると思っているのだろう?多くの人が多くの事を語るのは自由です。しかし、曲がりなりにもこの国は法治国家です。裁判制度に問題があるからと言って死刑が確定しても法が執行されない。こんな事を許して来たのは裁判に誤りがあったから?確かに裁判官の法律解釈に問題はあるが、それとこれは別次元の問題でしょう?そう思いませんか?罪を憎んで人を憎まずとか尤もらしい事を言えば、生きて行けるとでも思っているのでしょうか。こんな人が弁護士?愛する人の恨みは誰が晴らしてくれるのだろう?

Img_6175_3 君は賢かったが近くの馬鹿ネコが「ミャオー」「ミャーオー」と喚いている。飼い主も爺か婆か知らないが気にしていないのだろう?(コラコラ)飛び出して追い払ってやりたいが、耳にiPodのイヤーホーンを差し込んでクラッシック音楽を聴いている。最近電車の中でも同じ事をしている。これをすれば不快な事は何も無い。

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江戸時代の大阪人のささやかな楽しみはこの野崎参りが出来る事だったのだろうか?それでも多くの貧しい人には高嶺の花。五月の時だったにちがいない。ましてや野崎参りの歌で知られる様「高瀬舟」酒、魚を口にしながらのんびりとお参りが出来た人は裕福な人だったに違いない。一般庶民は川沿いの土手を歩きながらそんな人を茶化すのが精一杯だったのだろう。

今同じ事が行なわれている。否、何時の世も同じ光景が見られたのだろう?その事を知らないだけ。今、鈴鹿峠を前にしてその先に進めないのも同じかもしれない。大阪の此花区から始まった大阪の川を遡る旅。歩けば歩く程知らなかった街の姿が見えて来る。

そんな歴史を知った処で親父の日常に何のプラスも無いが、しばらくは離れられないに違いない。歴史とはそんな物です。歴史認識は人任せ?そんな生き方をしていると足元をすくわれる事を安倍さんも知らないのかもしれない。靖国神社で英霊が眠っている。こんな非常識が常識にされる国。

そんな国が近隣の国から歓迎される訳が無い。そんな事も理解出来なければ政治家失格です。そんな国会議員を支持して何を期待するのだろう?景気回復?豊かな生活?暗殺されたアメリカの大統領が言った言葉。「国に何かを期待するのではなくあなた方に何が出来るか」その事を考えて下さい。

政治家は政治屋さんです。多くの美味しい言葉を並べるが利権団体の支持が無ければただの人です。その事をマスコミは何も教えていません。特定の人を金権腐敗、説明責任と尤もらしく語りましたが、彼等こそその責任を問われなければならない。

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先日紹介した近くの大木。チェンソーで枝葉を切られ無惨な姿を晒している。ここ迄裸にするのなら何で幹を吊るし切りにして、この荒れ地を整地しなかったのだろう?それだけのお金が無かったのか?それにしても何と無粋な景色にしたのだろう?

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夕方洗濯物を取込んで少し歩く。この場所は親父の散歩コースから外れているが、近くの池田文庫、小林一三記念館のバス駐車場。しばらく前に来た時は整地中だったがこのツツジの植え込みはそれ以前からあったに違いない。全く知らなかった。

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豊かな人の生活をここに来ると垣間見る事が出来る。日常の貧しい生活の中では見る事の出来ない優雅な景色。ここは立ち入り禁止ではない。阪急電鉄創業者の小林一三氏は心豊かに生きるとは何か?その事を静かに語り掛けていた。

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城跡公園に着ました。

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芍薬(しゃくやく)の子供。満開になると素晴らしい美しさを見せて呉れる。満開の時にもう一度見なければいけない。

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ヤマブキに白がある。

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六甲の山並みが落ちているその先が神戸です。阪神タイガース今日はボロ負けでした。今年の阪神タイガース。六甲おろしを何時迄高らかに歌えるのだろう?

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錦木(にしきぎ)この新緑の葉っぱが見事な色になる。どんな色?お見せしましょう。

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今年の秋はもっと綺麗な一眼レフの写真をお見せします。(言い訳をしている)

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赤松の新しい命。剪定(せんてい)されると形は一変する。

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本日自慢の一枚。

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ドウダンツツジ。秋になると真っ赤に紅葉する。花はこんなに白い。秋に葉っぱが思いの丈を染めるのだろう。サウナに行くので今日はここ迄。まだ散策の道は続きます。

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下り坂。足が突っ張っている。もう少しですが眠いので正真正銘のここ迄です。

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寝屋川大東市に入る。ところが今日は天気が急変。でも野崎参りが出来ました。

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昨日引き返した住道駅に到着しました。今日は大阪駅北ヤードの「グランフロント大阪」が開業。少しのぞいてみる事も考えたが大勢の入場者で混雑していたのでやめる。夕方のニュースで見ると行かなくて正解。単なる客寄せ。

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住道駅前の駅前大橋の下を流れる恩地川。川の広さと両岸の護岸の高さ。初めて知る風景だった。この左側にこれから歩く寝屋川が流れていた。

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こちらが寝屋川。水量が少なく流れている。水質も良い。しかしこの先恩地川と合流する。

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正面が住道駅。この橋の先は当然平面で繋がっているが当然地面はその下。この再開発で駅前の北側はすっかり綺麗になっていた。当然南側は平面で2階(この高さ)はない。しかし広々とした駅前が広がっていた。

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こちらが橋の上から見た下流。2つの川は合流している。この先は寝屋川。この前は恩地川と寝屋川。恩地川の方が汚れていた。

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こちらは寝屋川。予想以上に水は綺麗だったがこの堤防の高さ。これだけの高さはやり過ぎではないだろうか?この先に水量の調整池がある。深北遊水池。しかし今日はそこ迄辿り着く事は無かった。正面の橋のもう一つ先の県道大阪生駒腺の橋の先には進めなかった。

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空模様がおかしい。でもこの時はまだ雨は降っていなかった。橋の上から駅の方を見ている。

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良く見えないけれどこの橋が大東大水害の後にかさ上げして造られた事を顕彰していた。しかし実際に川沿いの道は以上に堤防の壁が続いていた。

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空が暗くなる。雨が落ちて来る。傘を持っていないので近くのコンビニでビニール傘を買う。これで大丈夫と思ったが風が強くなる。先に進み事を諦めて引き返す。これが正解。それでもズボンの後ろはびしょびしょ。此花区で大雨に叩かれてコンビニで雨宿りした事を思い出す。雨宿りは駅迄引き返してだった。雷迄暴れ出す。

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土砂降り。階段を雨水が流れ落ちているが残念ながらそれは写し取れていない。

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ホームからの写真。このまま引き返すにはいまいましいので、本当は歩いて行く筈だった一駅先の「野崎」迄電車で移動する。

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野崎の駅前には大東水害の谷田川が流れていた。でもこれが街の中を流れる川でしょう。この川から水が溢れる。それは水の流れが悪くなるからです。大雨が溜まらないで寝屋川迄いかにスムーズに流すかが問われていた。

今日はそれを見る事はしなかった。野崎参りをして来ました。「野崎参りは屋形船で参ろう。何処を向いても菜の花ばかり」こんな歌も知らない人が多くなりました。古い。古い奴です。古い世代が求めたもの。それが良く分かりました。

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雨上がりの道を歩いていました。長い間遠くに見ていた山塊。一気に近づいて山懐に飛び込んで来ました。解説無しで御覧在れ。

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次はお二人でどうぞと言われていた。(どうでしゃろ?)次は無い。

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雨が上がると美しい景色が広がっていた。汚い川ばかり見て来たので余計にツツジの鮮やかさが目に染みたのだろう?「目に青葉 山ホトトギス 初ガツオ」5月の時は近い。

お馬鹿なマスコミは連休の人出を煽り立てるが、近くにこんな素晴らしい景色がある。その事を今日の気まぐれな天気は教えて呉れたのだろう。寝屋川を遡る歩き旅は昔の面影はこんな処で親父に手招いていた。来週、まだまだ歩きます。

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2013年4月25日 (木)

寝屋川徳庵橋から住道(すみのどう)迄歩く。

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先日お見せしたクスノキの大木。一杯繁っていた枝葉の付け根をチェンソーで切り落とされて痛々しい。ひどい事をするもんだ。全て切り落とされて大きな幹迄吊るし切りをして、整地をするのかと思っていたがそうではない。葉っぱが用水路に落ちる為だったとしたら何たる事をするのだろう。

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これも先日お見せした最寄りの駅のミヤマキリシマ。電車が来たので写真撮影のタイミングは無かったが、10分待てば次の電車が来るのでやり過ごす。真っ赤な花びらも既に満開の時を過ぎている。今週末には深紅の色に緑の模様が多くなるのだろう。

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大阪駅。ホームの上に完成した連絡通路2階建て。一階は各ホームからエスカレーターで乗降出来る。しかしこの所為でホームの混雑はラッシュアワーでなくても混んでいる。大阪駅のホームに駅員の数は少なく混雑の整理はされていない。何かトラブルが有った時、混乱の整理は問題になるに違いない。気を付けて下さい。

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環状線は赤。大和路快速は薄緑と緑。橙は紀州路快速。関西空港は紀州路快速で日根野で別れる。同じ電車で前、後ろで別れる。しかしガイドが無いと分からないかもしれない。

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JR学研都市線(昔の片町線。今でもこれが正式路線)の徳庵駅到着。ここから2駅先迄歩く。(たった2駅か?)と思うでしょう?では御覧在れ。

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人気の無い駅のホーム。ところが通勤通学時になると多くの乗降客で溢れる。

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懐かしい駅名が見える。木津川を遡った時、やっと探し当てた駅。その先の京田辺、同志社前、JR三山木、木津、平城山、そして終点奈良。しかし本当の終点は何処にも無い。奈良から大和路快速に乗れば大阪に戻って来る。出発駅が終着駅かもしれない。

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徳庵の排水事業記念碑。排水路になっている。川ではないのか?ドブ川にして大雨の時には排水路?そんな人の浅ましさが見て取れる。水害の心配は無くなっても川がドブ川になったら人々の生活が成り立たない事を、誰も教えてはいないのだろうか?

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信じられないドブ川が寝屋川に流れ込んでいた。これはいくら何でもひどい。川とは言えない排水路。それでも清流にしなければならない。そんな思いは何時湧き上がるのだろうか?それともこれが当たり前の日常が続くのだろうか?

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綺麗な川にするには皆様の協力は勿論大切です。しかしこの用水路の管理責任者は誰ですか?その事が明確にされていない。地方自治体では無く国(国土交通省)ではないと言いたいのだろうか?行政の怠慢です。違うのかな?

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寝屋川。橋の上からで無いと水面を見る事は出来ない。その川が泣いていた。

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この橋が徳庵橋。確かに親父が若かった頃より川はこれでも綺麗になっている。でも水質を綺麗にする取り組みはこんなもんでは駄目でしょう?川が日常生活から切り離されている。川がそんな扱いをされた時、どんな逆襲をするのか?それは分からない。

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生駒の山は近い。

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ここから下の道を歩きます。この堤防の上を歩く事を一瞬考えるが流石にそれは止める。この堤防の高さはシャレにならない。歩き始めたら引き返す事も出来なかったに違いない。

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この文章日本語か?源を寝屋川市の音や寝屋に発し寝屋川と言う。野崎を流れ鴻ノ池を渡り中之島を包みながら大阪湾に注ぐ長い水の旅路。温かく見守ってやりましょう?誰が誰に語り掛けているのだろうか?そんな温かさは何処にも感じられないドブ川でした。(言い過ぎ)イエイエ。川は泣いていました。

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通行禁止。堤防沿いの道で見かける標識。ところが迂回路の案内が無い。それよりもこの看板誰がどんな権限で立てているのだろう?無視して通り抜ける。(コラ)

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広い道に出る。近畿自動車道。流石にこの広い道は渡れない。当然近くに横断歩道は無い。大きく迂回する。この道が大阪中央環状線。この3車線一方通行。高速道路の橋桁の向こうに反対行きの3車線がある。合計六車線。流石に渡れない。中央分離帯には通行出来ないフェンスが貼られていた。

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ここが交差点。ここ迄南に下がり大廻りをする。上に見える高架が近畿自動車道。何度も走った道。少し見難いが寺島ポンプ場前の看板が見える。下の錆びた鉄路が学研都市線。JRさん。綺麗にペンキ位塗りなはれ。何処の廃線かと誤認する。近くに可愛い娘が信号待ちをしていたので聞いて見るかと思う。しかし地図で確認する。

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川近くの古い家。広い家。先祖代々の家?。ここは鴻池新田の駅が近い。大和川が流れていた時は水害で悩まされていたのだろう?そんな面影は全く無い。地名にのみ残されていた。

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生駒の山並が近い。この先川は住道駅前で直角に左に曲がり四条畷(しじょうなわて)寝屋川市に向う。曲がらずに直進すると生駒の山麓に平行して流れて来た恩地川に合流する。どちらに進むか?寝屋川を遡ると野崎観音は近い。明日はその道だな?

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橋桁の先の鉄さくに枯れ草が掛かっている。(良く見えないな)水かさが増せばここ迄来る事を明示している。その事はこれだけ両岸を鉄板で重ねても川が氾濫しない保証は無い事を現わしている?

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寝屋川北部流域下水道施設維持管理?しかし敷地は広い。名前がハイカラでもやっている事は一般的に知られていない。一度聞いてみますか?(やめて下さい)

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スカイランド。水みらいセンター(広域下水処理場)の屋上の遊戯場?

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広い。寝屋川の水質を浄化しているのでは無い事を知る。下水処理された水が反対に流されている。この川の水を浄化する施設は無いのだろうか?水質が基準以下だとしてもこの川の汚れはどげんかせんといかん。そう強く感じていました。

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ここは敷地の中。見学可。但し事前申し込み必要。下水処理場の見学時間は2時間。行きますか?行きません。親父は川の始まりを知るだけです。なんども言いますが如何して水質の浄化をもっと進めないのだろうか?これは聞いてみないといけない。

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目的の駅は近い。住道(すみのどう)駅は前は予想以上に大きく広く開発されていた。山も近い。予想が大きく違ったのはその広さと賑わいだった。この鉄路は親父が若い頃は高架でなく大阪の通勤圏にはなっていなかったと思うが、今日ではそうではなかった。

ここが大きく開けたのは駅前の再開発が成功したからかもしれない。しかしこの街の近くで大きな水害が有り、最高裁迄その責任が争われた事は殆どの人は知らない。(大東水害訴訟)その恩地川の流域は今回はパスです。でもいずれ辿ります。

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駅前の看板。明日歩く道が明示されている。先に述べた大東水害訴訟は恩地川流域ではなくこの中央部に見える谷田川(たんだがわ)流域です。訂正してお詫びします。その最高裁判決で河川整備の遅れで川が氾濫し地域住民が損害を被っても、河川管理の国に責任はないと訴えを棄却している。最高裁判決の要旨はウイッキペディアで解説されている。

この判決の後水害訴訟は冬の時代が続いたと言われているが、多摩川水害訴訟の後、行政の責任も問われる様になっている。当然だろう。最高裁判決。司法の判断も裁判官の判断で大きく変わる。これ程いい加減な裁判も、河川管理の見直しには大きな影響を与えている。川は生きている。その事を忘れてはならない。

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では又明日。


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雨が止みそうで止まなかった。久し振りに近場を歩く。

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隣の敷地にある大木が毎年この時になると新緑の葉っぱが多くなる。それが原因ではないと思うが持ち主が枝葉を払う。と言うよりこの樹を吊るし切りして宅地の整地をするのだろうと思っていた。これだけの大木を切る事は吊るし切りにしないといけない。そう思っていた。ところが切られたのはここ迄。?大木が無惨な姿を晒している。

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今日は一日中雨でした。来月の4日。takeさんと長野県飯田に浜松から出掛ける。そのガイドブックを求める為に近くの本屋に出掛ける。長野県飯田は観光地としては近くに天竜峡があるがメジャーではないのだろう?この地域限定のガイドブックは無い。有ったのは「長野県」オイオイそれでは広過ぎるだろう?

そう思って大阪堂島の親父御用達?の本屋迄出掛けたが、手にしたのはもっと広い「中部」のロードマップだった。それでも浜松から引佐、三ヶ日の山間を抜け、新城に出て国道151を飯田迄遡る道は2度と走れないと思っていた。(何故?)15年ぶりだから。あれから流れた歳月はどんな顔をして親父を迎えてくれるのだろう?

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これは駅迄の道端のツツジ。誰も見向きもしない。小糠雨に打たれていた。

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駅の一番後ろ。ここの見事なミヤマキリシマもホームの外れで見てくれる人は限られている。人に見向きもされなくてもこれ程の美しさ。これ程の鮮やかさ。国会の答弁で靖国神社参拝を正当化している総理には自分の間違いが分からないのだろう?

靖国神社は戦前の軍国主義で教えられた事を正当化されている。中国、韓国はその軍隊に侵略されている。その過ちを私達は若者達に語り継がなければならない。国の為に英霊になったのではない。軍国主義の間違いで尊い命を踏みにじられた若者達がいた事を私達は何時迄も忘れてはいけない。

テレビのオチャラケと食い物の番組。こんな番組を見ていると無惨な死に方をした若い人達に親父は言葉が無い。靖国神社に行けばその事が分かる。?どんな思いでそんな言葉を口に出来るのだろう?この国の過ち。その軍国主義が今、復活しているのだろうか?歴史を逆廻しする事は出来ない。調子に乗っていると足元をすくわれるよ。

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2013年4月24日 (水)

寝屋川を徳庵橋迄歩く。

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大阪駅前中央郵便局は解体されて今は広い更地になっている。その跡の立て替えはしばらくは行なわれない。理由は大阪駅北ヤードの再開発。だったら何で取壊したのと思うのは親父位かも。それでも大阪中央郵便局移転します?解体スペースの一角で仮設の開業?意外にこのスペースで5年位は営業をやるのかもしれない。

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大阪駅の商業施設(デパート)とオフィスビル。今月下旬には更に大阪北ヤードの商業施設がオープンする。大阪駅北の風景が一変する。街の賑わいは一変するがそれだけで充分と行政、経済界は考えているのだろう?景気は回復基調?それは間違いです。

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ここは立ち入り禁止の区域。と言う事はこの素晴らしい景色は独り占め?それは勿体無い。(気を付けないと撥ねられるよ)その心配は在りません?何で?分かりません。(そこが親父の賢さ?)です。

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正面の建物が大阪駅サウスゲートビル。大丸百貨店、ホテル、食堂街が入っている。この建物が出来て久しいがこの高さを見る度に事故の怖さを思い知る。幸いな事に小さな事故も起きていない。防災対策が万全なのかもしれない。

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堂島の毎日新聞社跡。玄関口のみ残されている。

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ジュンク堂(本屋)で本を求める。「日本の景気は賃金が決める」親父的には日本の経営者でそれが出来るのは限られている。賃金は千差万別。全てが良くなる事は絶対に無い。金融緩和で円安が進み株価は大幅に上昇。問題は急激な変化。何時迄も続く訳が無い。

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お茶した後東西線で京橋駅に行く。先週歩いた寝屋川沿いの道を歩く。この川の水質は良くなっているがその原因も分かる。それがこれだ。この水門から淀川の水が流されている事を初めて知る。この成果は当然小さくない。親父が若かった頃はドブ川だったこの川は当時に比べると綺麗になっていた。しかし他に何か取り組んでいるのだろうか?その話を聞かなければならない。

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城北川。親父は知らなかった。地域に住んでいる人を除くとその事は必然かもしれない。処がこの川がこの川の浄化に役立っていた。と言うよりもお金を掛けて大川(旧淀川)の水を流している。この図の左と真ん中。矢印の水の流れを見ると良く分かる。反対に大雨でこの川が増水した時には城北川が排水路の役目も果たしている。

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それでも水質は汚い。水質浄化の取り組みは全く無かった。親父達が若い頃の工場地帯が少なくなり工場排水や生活排水は流石に法令で取り締まられていたが?川を綺麗にする取り組みは寂しかった。

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川の水が逆流していた。今は満潮の時?それとも人為的に動かしているのだろうか?ゴミの清掃と水質改善。この川の色を見てその事を痛感する。

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一級河川。管理者は大阪府?大阪では大東市の水害が記憶に新しいが、実際にこの川沿いに歩いて見ると、堤防が背の丈より高くかさ上げされているので、中の川の水面を見る事は出来ない。川の管理は当然行政もやらなければいけないが、国土交通省が関係無いとは思えない。Img_5921

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橋の上から上流を見ている。本日目的の徳庵は近い。この突き当たりで川は2手に別れる。左が本流。この先はまだまだ遠い。川の名前が「寝屋川」だから寝屋川市迄行かなければならない。どれくらい掛かるのかな?明日はこの先を歩きます。

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前ここに来た時この歩道橋を渡った事を思い出す。徳庵の駅は近い。この合流している水路は何と言う名前だろう。汚れていた。

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生駒のテレビ塔も近くなっている。意外に生駒の山が近い。でも歩いて行くとまだまだ遠い。

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歩道が狭い。自転車が来ると立ち止まらないといけない。反対側には歩道は無い。ところがこの看板を見て腹が立つ。

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その為に歩道を狭くしている?しかもこの看板誰が誰に知らせる物だろう?「大阪市公害健康被害補償予防協会」の助成?これがこの街の人の歩道?植樹された樹も刈り込まれて全く役に立っていない。大体、公害健康被害補償予防とは何なの?

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ここにも水門がある。この川も一級河川?この川もこの先に京阪古川橋がある。まだその上から流れている。この川の始まりも辿れば面白いかもしれない。(しないけど)

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寝屋川の水が逆流していた?水門は閉じられていた。

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この先は東大阪市になる。こうして見ると東大阪市の広さが分かる。同時に先人の水害の対策が良く分かる。今はその面影も少ないが昔はこの辺りは大雨のたびに洪水で悩まされていたのだろう寝屋川はまだまだこの先続く。今日はここ迄。









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2013年4月23日 (火)

国会議員の靖国神社参拝は国内の問題?この国際感覚は何だ?

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「ウサギ追いしかの山小ブナ釣りしかの川」今の若者には考えられない故郷の風景。今のガキ達には大人も同じだろうと言われるが親父達には故郷がある。その故郷も親父を待っているのは墓だけ。その故郷の墓にも入れなかった戦前の若者達。

今から68年足らず迄前には、この国はそんな軍国主義の国だった。「死んだら靖国神社で英霊になる」そんな馬鹿な事が教育された。知らないだろう?若い政治家。女性閣僚。この人達はこの国の過ちを学んでいないのだろう?

多くの尊い命が国の為に失われた。天皇陛下の為。御国の為。とも言われた。そんな悲惨な歴史を語りもしないで国会議員が靖国神社を参拝する。戦前の軍国主義の反省は何処にあるのだろうか?そんな人達を見て大切な命を踏み台にしたこの国の過ちが最近は自虐的と言われ始めた。

多くの尊い命を戦場に駆り立てた責任。その事は一部の人達だけの問題ではなかった事を全く認識していない。そしてその事は今でも変わっていない。その事を全く理解出来ない若者達に何を語ればいいのだろう?落ちる所迄落ちろ。そう思うしかないのだろうか?

中国、韓国からいまだに反撥を受けなければこの政治家達は分からないのだろうか?そうではない。この人達を支持している人達。この国の間抜けな国家観。政治感覚が何時迄問われるのだろう。マスコミの報道もその事を何も語りはしない。

この国のリーダー達はこんな事で国の外交政策が変わる事は無いと澄ました顔でコメントしているが、その裏ではどれだけの利益供与をして来たのだろう?日中友好、日韓友好。その議員連盟の責任も。

そのうちうやむやにされるのだろう。自民党政治の復活。それはこの程度の事です。しかし、本当にそれで戦争で失われた尊い御霊に感謝の想いを捧げる事が出来るのでしょうか?出来る筈も無い。本当に悲しい。靖国神社参拝を何故、中国、韓国はこの国の政治体質と捉えるのか?この国のいい加減な政治感覚。倫理観。

本当に中国、韓国の政治指導者と考え方を変える気持も無い政治家に、この国を任せている。何と恥さらしな国家だろう。本当に靖国神社参拝が個人の政治感覚と言うのならそんな国際感覚は通用しない。処がそんな感覚が問題にされない。そんな政治感覚が何時迄通用するのだろう?女性閣僚の政治感覚もその程度なのだろうか?それ以下かもしれない。

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2013年4月22日 (月)

思い出の長谷寺行って来ました。牡丹とシャクナゲの花でした。

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このマップでは良く分からないが長谷寺の駅急行停まらず。一駅先の榛原で降りずに一駅先の室生口大野から引き返す?室生寺に行き先を変える事も考えるが、初心貫徹。この路線は近鉄大阪線。この路線名が勘違いさせられるが大阪難波と伊勢鳥羽を結んでいる。

しかし難波からだと次の駅鶴橋で乗り換え。この感覚が初めてだと分からない。やっとその感覚が分かる。しかし降りる駅が急行停まらず。行き過ぎる。それでも間違いに気付いてのはその駅を出てから。長谷寺はその手前の駅だった。

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この電車は特急。別料金が要る。特急料金が掛かるのは路線距離が長いから?

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このマップを見れば良く分かる。長谷寺で降りるには大和八木で降りて区間準急に乗り換える。これで間違える事は無いかな?この路線。ガイドが無いと無理だな。行き先案内のガイドが鶴橋駅に居るが、この駅員一人では対応が出来ると思っているのだろうか?

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懐かしい室生大野の街並。乗り越してもタダでは引き下がらない。室生寺にはバスが出ているが基本的には1時間に一本。望遠で案内看板を写しているが時間を見計らって行かないとバスの待ち時間は長い。(タクシーは待機しているがお金持ちかグループでないと利用しない)

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長谷寺の駅に到着。まだ八重の桜が残っていた。

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駅の裏は山に繋がっている。

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目的の長谷寺には駅前からタクシーでも行けるが、歩ける間は歩かなければならない?最初に来た時はマイカー。おっか−と一緒だった。でもその時が最初で最後。1人になってしばらくは来る事も無かったが、takeさんと来たのが4年前。去年は同じ頃一人で来た。あの時は牡丹も満開の時を過ぎていたが今年はどうだろう?

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昨日は黒猫。今日は三毛猫。なかなかポーズを決めてくれなかったが、親父を見ながら何を語り掛けていたのだろう?待った甲斐がありました。本日自慢の一枚。

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行き交う人は同世代ばかり。親子連れも居るが大体多くの人が息が上がっている。何かを語り掛けられるが会話は成立しない。会話はぼやきが多い。アンタも心して語り掛けなさい。そう言われていた。

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この道は車で来た道。そして帰った道。この道は昔の伊勢参りの道。どれだけ多くの人が行き来したのだろう?近鉄の鉄路はこの上の山裾を切開いて開通している。詳しくはウイッキペディアを読んで下さい。これを読むと近鉄大阪線の歴史が分かる。

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長谷寺の下を流れる川。水量は豊富。この上流にはダムがある。

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ここが長谷寺参道。狭い道が一方通行でない。

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長谷寺の位置関係がこのマップで良く分かる。ここは奈良と三重の県境です。

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オイ。心が曲がっている。石柱が真っすぐでない。

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天狗杉。日本各地同じ名前の杉が多いがこの杉も小さくない。しかし近くの室生寺にはこのクラスの杉が林立している。四国霊場焼山(しょうさん)寺も印象に残っている。東北は羽黒山。杉の大木は心の大きな感動を与える。

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この写真はなかなか撮れない。この時間大勢の人が歩いている。

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なんて読むのかな。ここは本堂。十一面観世音菩薩が安置されている。毎日午前11時に法要が行われている。11時一回挑戦しますか?(無理だな)

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これはシャクナゲの美しさ。少し自己主張がきついがこれから求められる美しさはこんな一面もあるのかもしれない。なかなか少ないけれど。これも本日自慢の1枚。

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有りの様だな?褒め過ぎか?(褒め過ぎです)

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椿の樹。木が樹になっている。そんな感じがしました。椿の花は急に落ちるので不吉な花とも言われるが、よく見るとこれ程力強い花は無い?そう感じるのは親父だけかもしれないが、このヤブツバキを見ているとその印象を強くする。

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お待たせしました。(待っていない?)これから牡丹の花をお見せします。でもその前に休憩です。(お腹が空いたのでうどん玉1つ。タマゴ一つ。)頂きました。

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本坊(社務所)中で檀家の人?とお坊さんがダンスをしていました?(嘘でしょう)

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牡丹はこれ位の時が一番美しい。人も同じに違いない。でも時代は変わり、帰りの駅のホームで女子高生が足を突き出してへたり込んでいた。信じられない。最近、そんな景色を見る事が少なくありません。親達はどんな事を3歳迄に教えたのだろう?

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そんな人ばかりではない。そんな人はいずれたたき落される。そんな惨めさをこの花は知らないに違いない。本当の美しさとはこんな姿を言うに違いない。(人は見かけとは違いまっせ)デビルのささやきが聞こえていた。

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仁王門に別れを告げる。又の日は秋になるか?いつも雪景色の中の境内を見てみたいと思っているが、寒さには弱いのでその時はない?(分かりませんへ)まだまだその可能性を信じて疑ってはいない。(嘘でしょう)これは本当です。

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この先は行き止まり。あの橋は別のお寺さんの参道?

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お寺さんは長谷寺。伊勢に続く道は初瀬街道。この地名は初瀬。交差点です。車はここを曲がります。この先先程の橋を渡ると一気に狭くなる。旧道です。何で一方通行にしないのだろう?それ程の道です。

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これが初瀬街道。新しく出来た道(と言っても半世紀は過ぎているに違いない)

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駅に続く道。登りは結構きつい。しかし昨日歩いていたので息は切れない。

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電車を待っているホームの外。季節は若葉の頃。この良く見えない樹は桜の大木です。

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親父もこんな逞しい生き方をしなければならない。そう囁かれていた。もうすぐ五月です。「風薫る五月。」鮮やかな緑の中で逞しい生き方をしなければならない。(出来ると思うか?甘いな)甘いとか辛いとかでなく思いを乗り越える。そうでなければ生きてはいけない。そんな事を囁かれていました。自分に暗示を掛けなさい。マインドコントロールは新興宗教の専売特許では無い。何時でも誰でも等しく手に出来る優れ物です。長谷寺の参道では草餅も買えますよ。買わなかったけれど。









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季節が1月逆戻り?でも後10日で五月です。今日も歩いて来ました。

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風は冷たいけれど季節は確実に進んでいる。人間は自分の都合で季節を眺めているけれど、自分の思う様になると考えたらアカンと言われていた。親父の田舎の道端で見た景色。今は少し足を伸ばすか、手入れされた庭でないと見る事は出来ない。

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春なのに紅葉ですか?違います。これが私の春の姿。秋になるともっと綺麗に紅葉します。「野村紅葉」の庭木に言われていた。秋に本当の紅葉を見れると良いな?

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ゴールの瞬間。競走馬は自分は勝ったのか?負けたのか?分かると言われています。人間はどうなのでしょうか?自分がどんな勝負をしているのか?分かっているのでしょうか?分かろうと分から無くても時は流れて行きます。桜の時が過ぎこれからは若葉の時。親父の時?(それはどうかな?)

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山に向って歩いている。今日は自分の体調を計る為にも一番しんどい散策コースを歩く。その親父を励ます様に阪急電鉄創業者の小林一三氏の邸宅の八重桜は花を残していた。「さあ今日は歩きますよ」

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雨上がりの口を開けていたチューリップ。これは言われないとチューリップとは思えない?

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本日自慢の一枚。花のバランスが派手でなくてもこれだけ美しい。人の生き方もおなじだろう?それが分からない人も少なく無い?その原因は軽薄単純。本当の美しさがこれから問われる事を知らなければならない。(コラコラ

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坂道を喘ぎながら登っている。でもここはまだ住宅地。後ろを振り返ると六甲山が笑っている。手前の山は甲山。望遠で写しているので肉眼ではこんなに近くには見えない。阪神タイガ−ス。4連勝。虎が何時迄巨人に食いついて来れるのかな?

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黒猫のタンゴ。舐めたらあかんで人生を。失礼しました。

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大阪梅田。これも望遠で写している。実際は遠い。

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現在地。右下。このコースは急な登りで息が切れる。体調が良いか悪いかすぐ分かる。では一気に行きましょう。

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到着です。天気が良くて大阪平野が一望です。この方角は生駒の南です。

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中央上に大阪空港が見える。

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肉眼ではこんなに良くは見えない。さすが望遠250㎜です。

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生駒山。山頂のテレビ塔が見て取れる。

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登りは心臓が悲鳴をあげていたが帰りは膝が笑っていた。ここ迄下りて来ると慣れていたが急な下りは足にブレーキを掛けないと加速して来る。四国八十八ヶ所の道を思い出していた。でもこれより広かったが竹林寺の道。あの長い登りを自転車を押しながら歩いた事を考えるとこれ位の道はたかが知れている?(嘘をつけ)この道は短いが気合いが無いと歩けない。(ご苦労様でした)

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この樹に負けない生き方をしなければならない。この樹を見る度にそう思う。

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辺りはこれ程暗くない。足元もしっかりしていた。体調はこのしんどいコースを何とか歩けたので合格点だが、運動不足、不摂生。こればかりは何とかせんとあかん。自分の健康は自分で管理しないと後20年の余命の保証は出来ない。これから一番問われる事。それはどんな生き方が出来るかに違いないが、その事は体力が無ければ問題外。毎日歩いていてもこの様だから体に負荷を掛ける歩き方をしなければいけない?

(無理だな)それでは食い過ぎに注意。(それも無理だな)それでは長生きは出来ない事を覚悟しなはれ。(それはいつも考えている)問題はその覚悟があっても生き方を変えない間抜けな根性かもしれない。(それは違う)生き方はどんなに自分が思っても変えられない部分がある事を認めなければならない。嫌な事を受け入れる優しさ。その事も必要かもしれない。

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2013年4月20日 (土)

広場のキリシマツツジとシバザクラ。春爛漫から五月の時。親父の季節に出来るかな?

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大阪は今日は曇り空。午前中はそれでも快適な天気だったが午後になって夕方の小雨が気になって来る。阪神競馬場の開催は終わり桜もすっかり葉桜となっている。ピンクの葉っぱはコブシ?今日は素晴らしいガーデン?をお見せします。阪神競馬場侮るな?(失礼しました)

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おにぎりを2個を食ったばかりなのにこのお寿司は外せない。サラダ巻。いなりはお腹が一杯になっていたので(そりゃそうだろう)一瞬考えるが捨てる事はしなかった。次はサラダ巻だけにしょう?(食い過ぎだろう?)食い過ぎです。

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お腹が一杯になったし競馬は開催していないしぶらぶらと歩き始める。

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「椿咲く春なのに春なのにあなたは帰らない。佇む(たたずむ)釜山港に涙の雨が降る」そんな歌がありましたね。意味が分からなかったけれど。親父的には「春なのに」を歌った柏原芳恵ですが それも愛おしい若き日の思い出かもしれない。

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椿も花の盛りを過ぎて又来年です。

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来年と言えば「桜花賞桜」まだ根元近くに可愛らしい花を咲かせていました。「アンタにはもうこんな勢いは無いだろう」と見せつけられていました。(ありません。残念ながら。)それでも打ちしおれる事はありません。アンタの生命力と親父の力はくらべ様が在りません。違う事は親父もこうして生きて行ける事です。

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さあ遊んでいないで一気に散策の道。お見せしましょう。解説は在りません。

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鳩に見送られて又明日です。黙々と餌を啄んで(ついばんで)いた鳩が静止していた。今週は競馬が開催されていないので子供に追い掛けられる事も無くストレスが溜まっていないのだろう?「親父さんもお元気で」そんな事は思っていないだろう?

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2013年4月19日 (金)

本当に貴方は経済の事を理解しているのだろうか?していない。

こんな総理大臣が支持されるのだろうか?マスコミは尤もらしく特に日本経済新聞を読んでいる親父にとって、?マークを通り過ぎて怒りの思いが大きくなる。3年前の政権交代で期待した政策(マニュフェスト)、政権公約を批判したマスコミは、今、一体何を為しているのだろう?

いくら自分が長州(山口)の出身だとは言え、3本の矢はないでしょう?国の経済が低迷の時を克服し成長基調に変わっているのは間違いないが、その実態は金融バブル。経済の先行きに明るさが見えるのは大企業と資産家だけ。

デフレの原因。デフレの要因は既得権益を打破出来ない政治家と経済界、医師会、農業団体、大企業の労働組合。それでも彼等にも厳しい現実がある。それが失われた10年どころか20年ではなかったのか?その事を全く認識していない。

否、そうではないのかもしれない。自分が今やろうとしている成長戦略。その間違いを一番理解しているのは安倍さん本人かもしれない。今、求められている政策はこれ迄やろうとしても出来なかった既得権益の排除。それをやられると困る人達がこの国にはどれだけ居るのだろう?この国だけではない。アメリカ。中国。韓国。ヨーロッパ。その人達がよってたかって政治家に無言の圧力をかけている。

円安で株が上がり景気が良くなる。こんな馬鹿げた事を尤もらしくプロパガンダ(宣伝)しているマスコミの薄汚さをどれだけの人が信じるのだろうか?尤もらしくマイクを突きつけながら自分達にとって価値のある情報は何だと思っているのだろう?

それは先端医療の推進。新入社員の採用試験の実施時期の先延ばし。育児休暇の延長。そんなもんでは無いだろう。今一番求められている経済対策。それはマスコミが社会的責任を果たして景気低迷、政治腐敗の現実を正しく報道する事。それは間違いなく出来ない。出来もしない事を正義の番人の様な顔をして尤もらしく語る。

これはまさに最悪の詐欺です。景気は確かに良くなるでしょう。日銀が財政破綻の金融緩和を、デフレ脱却のお題目を隠れ蓑にして実施したからです。これで円安は一気に進み株は跳ね上がりました。でもその利益は誰が懐に入れたのでしょう?一番毎日の生活の為に買い物をしている人が手にしたのでしょうか?

消費の節約疲れで「プチ贅沢」が頻繁に行なわれ消費は上向く。こんな一面的な報道をしなければ経済対策にならないのでしょうか?日銀がどんなに桁外れの金融政策を取ってもインフレ2%は無理でしょう。その理由は明確です。

働く多くの人達の所得が上がるのが最後では駄目。これが経済の基本原則です。この反対の政策がデフレ克服のシナリオ(筋書き)? 良くこんな事が言える。経済理論を無視しても国民世論の期待は大きい。この代償は財政破綻で国の未来に希望を持てないヨーロッパの一部の国とどこが違うのでしょう?もう少し賢くなりましょう。そしてこの国の在り方に声なき声を高めましょう。

そうしないとこの国は戦前の軍国主義の過ちを学んだ事にならない。あの時もこの国は破綻の道に追い込んだのは軍部とマスコミです。その歴史に学ばなければなりません。久し振りに親父の怒り爆発です。でもこんなお間抜けな話は聞き流して下さい。

そして自分の信じる事に確信を抱いて下さい。アホなテレビの報道がそのうち見向きもされなくなるでしょう。報道のTBS。こんな言葉は死語になりました。報道の社会的責任。スポンサーの意見を聞きながらこれは無理でしょう?

 円安。株高。当然ながら経済実態とかけ離れた動向は調整が入る。今、世界は金融緩和政策オンパレードで大もうけをしている人も居ます。この人達が大損をするのも時間の問題でしょう?アメリカの住宅ローンのインチキ詐欺を無しにして今は好景気?冗談は程々にしなはれ。アメリカ経済も山谷を繰り返しているだけです。

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今日はお出掛け無し。お気に入りの散歩コース歩いて来ました。

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昨夜遅かったし、お昼に歯医者の予約が在ったのでお出掛け無し。肩の痛みと腰の痛みで午後大阪市内此花区の天然温泉に行く事を考えていたがそれも中止。近くのラーメン屋チェーン店でラーメンと餃子を食べる。餃子は上等。塩キャベツは親父が振った胡椒が合わなかったのか?(そうではあるまい)

チャーシューがしつこくスープの美味さが負ける。口直しに近くの手作りのフルーツサンドを手にして散歩に出掛ける。人間もラーメンもさっぱり系の嫌味の無いのがお気に入り?(自分はしつこい癖に)確かに。

だから反対の相棒を求めるのだろう?(ごもっとも)そんな人はいないよ。(このままくたばるしか無い覚悟は出来ている)嘘をつけ。バレたか。

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公園の大木。若葉が芽吹いて来た。秋でもないのに葉っぱが紅葉しているのは、冬の寒さに耐えた年寄り?人間社会も元気がいいのは政治家とロートルの学者先生。それから医師。彼等に定年制度が無いのは何故。高齢者は若者達に道を譲らなければならない。親父は夕方駅前の狭い道でおばちゃんに自転車の前輪を当てられる。

おばちゃん(主婦?)お急ぎの様子。「すみません」を連発しながら眼を合わせず通り過ぎる。親父は?デカイ声で喚いていたが無視される。すみませんで済めばラッキーではない。自転車でも車でもハンドルを握ったらスミマせんでは済まない事を自覚しなはれ。

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本日自慢の1枚。クスノキの大木に負けない輝きを持ち続けなければいけない。

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桜の時が終わり紅葉の葉っぱが重なっていた。これから新緑の頃には更に色が濃くなるに違いない。

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流石にこれで見納めです。それでもまだ人の心を掴んでいる。流石です。

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大人になると汚れる?それでは年寄りになると化石になる?若者でも親父でも本当の若さを知らないが餓鬼は少なく無い。何時迄も幸せな時は無い。何時迄も幸せな人もいる。その違いは何なのだろうか?それは花を見ていると良く分かる。

「花の命は短くて苦しき事のみ多かりき」林芙美子 確かの彼女の人生は過酷でした。でもそれも自分では購えない(あがなえない)償い(つぐない)の出来ない運命だったに違いない。自らの運命を変える。口では簡単に言えるが皮肉な出来事は簡単には変えられない。過酷な運命を変えるには自分で暗示を掛けるのが一番です。

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散歩から帰って来て駅前でおばちゃんに自転車を当てられる。でもそんな事で凹む親父では無い。「馬鹿野郎」「何晒すんや」完全に大阪の親父だった。おばちゃんも申もの。眼を合わせず自転車を止めずに立ち去る。親父も追い掛けず。そんな必要も無い。

肉じゃが?をつくる。これが肉じゃが?鹿児島県産「新じゃがいも」を輪切りにしてつぶしているので、人には勧められない。味付けは醤油とテンサイ。今夜はこれからサウナに行きます。まだ鍋に肉じゃが?が残っている。(食うのか?)




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大和川付け替え工事の偉業。その事を痛感していた。

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氾濫を繰り返していた大和川の流れを変えた時、その川の水を農業用水としていた農民の為に大和川から水を引き入れていた。その取り入れ口。今でも大和川から滔々と(とうとうと)きれいな水が流れ込んでいた?この水の美しさも残念ながら静岡県柿田川の様な湧き水では無くこの時点で既に汚れている。しかしこれが歴史の流れ?

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大和川からの水は2カ所から行なわれている。ここはそのうちの一つ。もう一つもそんなに離れていない。築留(つきとめ)樋門(ひもん)聞き慣れない言葉だが水門と違うのはその構造。水門の様に大きくない。堤防の中をトンネルで水を流している。当然堤防の外に本流の水位が高くなった時に、多くの水が流れ込まない様にゲート(塞き止めの鉄板)はある。水門の様に反対の流れは無い。このトンネルが明治時代にレンガで造られている。それ迄は立派な堤防は無かったのだろう?

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こうして見ると水質は綺麗に見えるがこの時点で清流ではない。水質を良くする取り組みは簡単でない事が良く分かる。川底が汚れている。水の流れはあるが水質浄化の知恵が生かされていない。この川は長瀬川と呼ばれているがこの先をJR柏原駅前迄歩く。水路は綺麗に出来ているがこの時点で用水路となっていた。

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水は流れているのでドブ川にはなっていないがその一歩前。(厳しいかな?)鯉が泳いでいるが一様に池の鯉ではなく用水路の鯉だった。ゴミは無い。

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水路の上に立派な歩道が出来ていた。

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この先行き止まり。住宅地が昔の侭?きちんとした区画整理が出来ない侭に街が大きくなったのだろう?狭い道を車が走っていた。ここは川(用水路)に平行して走っている近鉄電車。近くの山にぶどう狩りの看板が見えていた。この地域はJR関西線の車窓からもこの看板が見える。この地域柏原は昔は豊かな自然環境だったに違いない。

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大和川から取り入れた水路がここで合流。一カ所でなく二カ所から水を取り入れたのは水量調整の為だったに違いない。これが今から310余年前の人達の知恵?現在はそれ以上の発展を遂げているが人の心意気はどうなのだろう?頭を垂らしていた。

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こちらは青地樋門からの水路。水の流れはこちらの方が良かった。水路が狭いから?

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鉄路は近鉄南大阪線?違いました。JR関西線。もうしばらくこの水路を辿る。

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橋の名前が見難いが南若松橋。ここで地図を見ながら駅の場所を確認していたが分からなかった。ここで訂正です。前のブログで大和川に掛かっていた鉄橋は近鉄南大阪線でした。近鉄道明寺線はこの先のJR柏原駅から近鉄南大阪線の道明寺駅迄の2キロ強の短い路線。近鉄の路線は広くて分かり難い。(言い訳です)

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これがJR大和路快速。奈良と大阪天王寺を結んでいるが今は環状線を廻っているので天王寺で乗り換える必要は無い。大阪駅からそのまま乗り換え無しで行ける。この事も最近になって知る。親父達が若い頃は大和路快速、紀州路快速は無かった。

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ここ迄来ると柏原の駅は近い。駅を確認すると近くから流れ出している恩地川を見たくなる。この川は昔の大和川と思っていたがその面影は全く無かった。その川が大雨の時に姿を変える事を見て見ないといけない。凄まじい流れに変わるその姿はどこにも無かった。

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柏原駅前のアクアロード。水辺の道?。綺麗に整備されて気持ちの良い道が続いていたがこの時点で水は汚い。悪臭はしていなかったから生活排水の流れ込みは無いのだろうがコンクリートで固められた水路は水の浄化装置が必要になっていた。「建設省表彰工事」この誇らしげなプレートが何故が哀れに見えていた。

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水路は鯉も泳いでいたが水が汚い。水質浄化の取り組みはどうなっているのだろう?そこ迄の予算が無い?そうかも知れない。しかし川の流れは大雨の時にその怒りを爆発させるに違いない。人間の愚かさ。川を生かし共に生きる。そんな地域と行政の取り組みはこの程度が精一杯かもしれない。

鯉が哀れだった。よく見て下さい。これがこの国の現実です。国土強靭化計画。公共工事にどんなにお金を使ってもこの国が強くなる事は無い。この後、恩地川の流れの始まりを探す。これはこの川以上にひどかった。これは本当にひどかった。

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これが一級河川。恩地川の始まり。大和川も水ではなく近くの山と住宅地から流れ出る水が川の始まりだった。ここも大雨の時でないと怒濤の水は流れないのだろう。

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ここが恩地川の始まり。地図で川が消えていた理由が分かる。この川が大雨の時は様子を一変させる。ここはまだ山が近いから洪水の心配は無いのだろう?でもこの川は一級河川。大阪府八尾土木事務所のビニールのシートは貼られていたが、国土交通省の管理下では無いのだろうか?この現実を親父は知らなかった。皆さん。この先の実態を良く見て下さい。そして自分の住んでいる街の河川を眺めて下さい。それが川を綺麗にする原点です。川は単なる排水路ではありません。川は嘆いていました。

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水路の清掃が全く行なわれていない。水辺を綺麗にする?何の為に?その事が全く理解されていない。静岡天竜川の過去の街竜洋に住んでいた頃、近くの用水路(ドブ川)の清掃をゴムのスーツを着て川底の清掃をした事を思い出していた。あの用水路も今はこのようにコンクリートで固められているのだろう?この地域の自治会も行政も河川管理の責任者もそんな事は考えていないのだろう?それではこれではどうだ。

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次はこの駅から歩くか?それともJR柏原駅から長瀬川を歩くか?後の方が面白いかもしれない。昔は田舎だったこの地域も今は都市化が進み多くの家が建ち、狭い道を車が通っていた。

この風景を見て大和川の流れを変えた中甚兵衛さんはどう思っているのだろう?親父の様に嘆いては居ないだろう。でも喜んでも居ないだろう?時代の流れとは言えこの壮大な大事業(大和川付け替え)は今は完全に忘れ去られていた。大水害の教訓。今は大震災の教訓と同様に必要に違いない。



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大和川。高井田から柏原市役所前迄。風に吹かれて歩いていました。

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近くの街路樹が植えられていた跡。植えられていた樹は葉っぱが落ちると歩く時滑るとクレームが付き、あろう事か切り倒される。行政のやる事としてはこの街だけでなく他の街でも当たり前?処が切り倒された樹の根っこが少し盛り上がっていた。それに躓いた(つまずいた)人がいたのだろうかクレームが付けられる?

その結果がこれだ。そう言われなければ分からない歩道。しかしこれで良しとするのだろうか?葉っぱが落ちたら履けば良いではないか?何で切り倒さなければいけないのか?その樹の根元が少し残っていたなら何で埋めてしまわないで賢い知恵が出せなかったのだろう?これだけのクレーム処理で使った人件費と費用。どれだけだったのだろう?クレームをつけた人もこの結果が本望ではなかったに違わない。行政の考え方。住民の問題意識。この現場を苦々しく見つめていた。

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昨日お見せした時より開花していた。電車が入って来る。

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阪急梅田駅到着。寝ていて気付かず。誰も起こしてくれなかった。慌てて飛び出す。

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大阪駅東口。(今は呼称が御堂筋側南口?)タクシー乗り場。この仮設のパイプは何のつもり?右側の荷物のラックは何?その右側では従業員?休憩中?漫画を4〜5人で仲良く読んでいた。ここに立つ度にここが大阪の玄関口と親父の思い出の場所を踏み漬けられている。JR大阪駅前の非常識は何時迄続くのだろう?

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これは大阪市交通局の非常識。この先はバス乗り場で行き止まり。その事を言っている。流石に引き返す人はいない。

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最近完成したエレベーター。年寄りと身障者。妊婦、幼児、ベビーカーの人は楽になる。しかし大阪駅構内は大勢の人が行きかい楽には歩けない。この駅前の工事現場を何回もお知らせしたがこの現実は大阪が国際都市でない何よりの証拠です。大阪人が自分達の街に誇りを持って来阪者に紹介出来る。そんな駅にならないのだろうか?

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本日の目的地。関西本線(大和路線)高井田駅。大阪駅から大和路快速で乗り換え無しで行ける。以前は環状線で天王寺駅乗り換えだった。しかしこの駅は快速通過。ゆったりした気持ちで車窓を眺めていると様子がおかしい。前に乗り込んで来たカップルもおかしかったが大和川の渓谷?を走り抜ける。到着の駅は王寺。当然改札を出ずに2つ駅を引き返す。ロスタイムは少なかった。(ほとんど待ち時間無し)

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大阪市内に同じ地名があるがここは柏原市。ここに来た目的は柏原市歴史資料館見学。大和川の付け替え歴史を知る為。大和川は付け替え工事(流れを変える)が行なわれている。これは大阪を代表するもう一つの大川(淀川)でも行なわれている。

目的は洪水対策。この川は付け替え工事が行なわれる前は、河内の国を生駒山に平行して流れて、何と河内(大阪)平野を15キロ北上していた。今はその跡形も無いがその時農業用水として残された水路は今でも残っていた。しかし川の役目は大雨が降った時の排水路でしかなかった。こんな川になってしまった責任はどこにあるのだろうか?その事を考えると複雑な思いが込み上げていた。

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横穴群。これは今日のオマケでした。横穴墓。近畿では少ないと説明されていた。豪族の上。支配者。天皇の古墳も同じ発想が飛び抜けたのかもしれない。しかしこの国の多くの古墳は宮内庁は一切発掘を許可していない。

古墳の研究はこの国の5〜6世紀の歴史を知る上で欠かせないが、考古学の決定的発掘が許されないでこの国が誇れる国と如何して言えるのだろう?天皇の始まりは神武天皇?この人の実在の証明は無い?卑弥呼の墓だと言われるこの国最初の巨大古墳。「箸墓古墳」宮内庁は考古学者でも立ち入らせていない。

その事を知る人も少ない。これがこの国の実態です。宮内庁はこの古墳のぬしは「倭とと日百襲姫命(やまととびももそひめのみこと)大市墓(おおいちのはか)と崇めている。鶴橋の親父は発掘すれば知られたくないユダヤの繋がりが分かると断言している。親父はそうは思わないが堺にある神武天皇陵。これ程国民を馬鹿にした話は無いがこの国の多くの人はそう信じている。

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静岡藤枝の公園で見た藤棚に比べるとスケールは小さいが、花の勢いは負けていなかった。小さい子供を連れたママが散歩に来ていた。

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丘の上に歴史資料館はあった。意外にもその上に住宅地が広がっていた。

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歴史資料館到着。管内の展示内容は期待以上。弥生時代前期の大阪の古地図。大阪平野は北から流れ下る淀川と南から流れ込んでいた多くの川は河内湖に流れ込んでいたと言われている。この河内湖が2つの川から流れ込む土砂が堆積し河内灘になり、湿地帯になったと言われている。

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写真撮影禁止でなかったが勝手にフラッシュ。御免なさい。長岡京。平城京。藤原京。浪速京(なにわの京)の位置関係が良く分かる。

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平城京から難波宮に行き来したと思われる街道。そう解説されていた。大和川の付け替え工事の資料について電話で聞いた時に、詳しい事は具体的に指示して下さいと言われたがこの程度で充分。親父が知りたい情報は自分の足で探る。(コラコラ)

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見学者は平日で他に居なかったが展示内容に満足。事務所は愛想無かったが礼を言ってここは帰り道。坂の途中で意外な樹を眼にする。

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この国には「非核3原則」がある。でもその事を知る人は少ない。その事を為政者は誤摩化している。「核を造らない」「核を持ち込まない」「核を持たない」平和憲法はその事を明確にしていると言われて来たが、その憲法も次の選挙で間違いなく自民公明、改憲勢力が勝利すると改正論議が圧倒する。

日本人はそれ程に間抜けなのだろうか?そうではない。戦後半世紀足らずでこれ程に国を取り巻く環境は変わっている。原発を止めると核兵器が造れない。核兵器で国の安全を保つ。核兵器が無ければ国の安全が保てない。

だから日本はアメリカの傘の中に入らなければならない?そんな事はこの樹は語り掛けていない。その事をどれだけの人が理解出来るのだろうか?この若い樹はその事を問い掛けていた。国を守る。その前に自分達の生き方を問い直せ。アメリカに叩き潰された太平洋戦争。その教訓を学ばなければならない。

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2度と来る事はないかもしれない。でも本当に立派な資料館だった。

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駅前に戻る。大和川の付け替え工事が行なわれた場所は一駅先。近くの駐輪場のシルバーの叔父さんに歩くとどれ位掛かるか聞いて見る。2〜30分。一瞬考えるが川沿いに歩く。これは正解だった。高井田駅前から柏原市役所前の大和川。一気に紹介します。遅くなったのでコメント省略です。大和川は偉大でした。大和君はどうかな?

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近鉄道明寺線。営業路線は2、2キロ。柏原駅から道明寺駅迄。道明寺の駅で近鉄南大阪線に合流。その先は南大阪線。奈良県橿原神宮駅を結ぶ?

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気持ちの良い堤防の道。しかし自転車が追い越して行くのは気に掛かる。自転車優先では無いだろう?歩行者は下を歩く方が安全?管理されていない。

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石川と合流部分。柏原市役所は近い。その先を過ぎると大和川の付け替えに貢献した中甚兵衛氏の顕彰碑がある。川の流れを変える。それは本当に大事業だった事が良く分かる。50年陳情しても幕府の許可が出なかったのはそれだけ難しかったのだろう?

現在でも同じ事が問われている諫早の干拓。水門で塞き止められた汚れた水は諫早湾の水生態系を変え、漁業関係者の被害は計り知れない。裁判で水門を開ける事を命じられても干拓地で農業を始めた人はそれを認める事は出来ない。江戸幕府は陳情から50年後突然許可をする。それだけ水害の被害が大きかったのだろう。

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良く読めないが親父は理解出来ました。興味があればウィキペディアで検索して下さい。今日は遊びながら写真を整理したので遅くなりました。3時半。この先は明日です。ここ迄とは違い流れを変えられた川は今でも残っていますが、用水路とドブ川になっていました。今の姿を見て「甚兵衛」さんはどう思っているのでしょう?感慨無量と川をこんな状態にしていると罰が当たるよと嘆いている事でしょう?



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2013年4月18日 (木)

大阪の川の流れは大きく変わっていた。親父の田舎と似た地名に運命を感じていた。中河内。親父の田舎は江河内。関係無い?かもね。

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最寄りの阪急池田駅。電車の一番後ろから乗る親父にご褒美です。(何の?)それは決まっているでしょう?(分からない)生きる事のご褒美です。(成る程)

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京阪電車。天満橋駅。阪急梅田駅から地下鉄御堂筋線で淀屋橋乗り換え。歩く事も考えたが今日は夏日?京阪電車で2駅目。(何しに来たの?)恩地川の小冊子を貰いに来ました?恩地川の事を調べてみると詳しい説明を聞きたくなる。そのプロローグ(事の始まり)これから恩地川と大阪平野(河内の国)中河内の川について学習が出来る。

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京阪東口上町筋交差点。親父が大阪に来て大阪城を見学した時(就職試験の後)、記憶に間違いがなければこの交差点をトロリーバスで右折している。今はその面影も無く綺麗な交差点に変わっていた。目的地のビルはテレビ大阪の隣のビル。

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こちらは大阪府の援助が問題になったドーンセンター。大阪府立男女共同参画推進センター。関係者はその重要性と意義を強調しているがそのあり方は問われている。

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小冊子を貰って丁寧な対応を受ける。親父の一方的な話を聞き流しながら、さり気なく水質保全の必要性を強調されていた。親父は全く知らなかった大阪の水質保全。水は人の生活環境だけでなく生き方その物を変える。その事をどれだけ理解していたのだろう?親父が昨日見た第二寝屋川はすっかり大阪人に見捨てられていた。

この川の改修の為にどれだけ多くの人の労苦があり、次の世代に受け渡す事が出来るのか?その事の重みをもっと真剣に考えなければならない。この川が生駒山と平行して南から北に15キロを越えて流れていたのは全く知らなかった。大阪(河内)は3つの地域に別れるが、古代から中世に架けてその北部は大阪湾が食い込んでいた事を多くの人は知らない。

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先日歩いた大阪ビジネスパーク。クリスタルビルが夕陽に輝いていた。今日は「恩地川」は歩けなかったが全長15キロは一日では残念ながら無理。(情けない)明日は柏原市歴史資料館に出掛けて大和川付け替えの歴史を学ぶ。これを一番知りたかった。その訳は賢い貴方なら分かるかも?凡人は分からない。(コラ)

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大阪橋。この橋は新しく造られている。多くの人が渡っているのは今行なわれている造幣局の桜を見た人が大阪城見物だろうか?それとも大阪城駐車場に停まっているバスに戻っているのだろうか?(アホ)

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橋の下から大阪城を見る。手前のレンガの建物は旧陸軍砲兵工廠(武器弾薬製造工場ここは東洋一と言われた武器弾薬、大砲、戦車が造られていた。)終戦(敗戦)直前の20年8月14日。B29。150機の爆撃で徹底的な爆撃を受ける。その廃墟が今でも残っている。戦いとはそう言うもの。

戦いの悲惨さを知らない戦後生まれの子供達が国の守りを尤もらしく語っている。帝国陸軍がアメリカを敵にした間抜けさは殆ど語られていない。この廃墟をもっと多くの人が見て国を守るとはどういう事なのか考えて下さい。親父達はもう兵役の役目は終わりました。戦うと言う事はどういう事なのか職業軍人の父は何も語る事はなかった。

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これもこの前紹介した看板。「京橋川魚市場跡」今は川魚と言えば田舎に行かないと美味しい魚は食えないが、江戸時代はここで市場が建っていた。今は東南アジアのメコンデルタか南アメリカのアマゾンでもそんな風景は見れない?

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この看板も前に紹介したもの。今回の方が読み易い。京橋も大きく変わっていました。変わっていないのは環状線の駅舎でした。今日はそこ迄歩く。駅前の川が「寝屋川」とは知らなかった。若い頃来た時は本当に汚い駅前だった。駅は当時のまま。しかし東西線はなかった。帰りにこの駅から利用する。大勢の通勤、通学の人でホームは溢れていた。

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本日自慢の一枚。水辺のワンショット。大阪の街は本当に綺麗になりました。でも大事な事はその事を大阪の街で生きている人達が実感出来ることでしょう。水辺を綺麗にして昔の様に鳥や魚が住み易くなれば、人の暮らしも豊かになる事をもっと理解しなければならない。それはその地域に住む人だけでなく、その地域を訪れる人も実感出来なければ充分とは言えないでしょう。

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正面の川。左は寝屋川。右が昨日ゴールインした第二寝屋川。でも本当の川の流れはどんな流れだったのか?その姿を今明確に答えられる人は少ない。その研究と開発。その取り組みは古代から行なわれていた。親父はその事を知らなかっただけ。その先人の心血を注いだ改修工事はこの景色からは読み解く事は出来ない。水害からの切実な生活防衛。その取り組みは今日の様に土木技術が無いので大変だったろう。

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今日は左の川寝屋川を少し歩く。先日歩いた正面の大阪ビジネスパークも長い間、戦災、空襲の不発弾が多くて放置されていた。こんな素晴らしい建物が林立したのは最近になってから。たかだか20有余年の歴史。戦前は陸軍の軍需施設。江戸時代は代官、武家の屋敷。交通の要衝だった。

先日歩いた時、弁天町、弁天島、弁天橋の地名を見ながら首を傾げていた。その訳が分かる。弁天島の歴史は古い。大阪には大阪湾河口近くに弁天町の地名がありそちらが有名だが、ここもれっきとした弁天町。但し大阪に2つの地名は流石に紛らわしいので今は城見町になっている。?

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大阪ビジネスパークのホテル。モントレーラスール大阪。ビジネス客ではなくてどんな観光客が泊まるのだろう?この近くには建物は古くなったがニューオオタニ大阪がある。観光客の取り込み競争は熾烈を極めている?戦略?そんなもんはおまへん。

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京橋駅到着。大阪大空襲を知らない子供達。大阪大空襲を語れない大人達。彼等がこの国の防衛のあり方を語る事は現在の貧困?未来への失望?大阪も東京も親父の田舎の大分もアメリカさんのB29で無差別の大空襲を受けました。

ここ京橋の駅にも爆弾は降り注ぎ尊い人命が失われています。その納経搭。今では殆ど忘れ去られた過去の悲劇を知らなければなりません。アメリカは自由で民主主義国家ではありません。自由と民主主義を守る為には軍隊が必要。それも最小限。しかし軍隊でも守れないもの。それは今の北朝鮮かもしれません。

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帰りは東西線で北新地で降りる。久し振りにお茶して帰る。半月ぶりに見る顔は輝いていた。今日もいろんな出会いがあり多くの事を知る事が出来ました。知らない不幸。知り過ぎた不幸。それでも自分の姿を鏡に写しながら生きて行く証明。

親父もまだまだでした。明日は歯医者の予約忘れないで下さい。了解です。(今日は眼がしょぼくて眼科に行きました。)なんだかんだ言っても親父もお年寄りの仲間入りです。(がっくし)格闘技やらないと。(ええ加減にしなはれ)




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2013年4月17日 (水)

第二寝屋川制覇。次は恩地川。でもその前に?

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寝屋川の終点?川は水門の先で行き止まり。この川の水源は水門?シャレにもならない。この川が自然の川でない事が?良く分かる。水害に悩まされた人がどれだけ苦労して川の改修工事をしてきたかを解説する資料は、柏原市役所に行かないと分からない?伊丹駅前の有岡城址の由来を伊丹教育委員会に聞きに行った事を思い出す。

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此処が第二寝屋川の終点。これを見ても分かる様にこの川は近代になってかせん改修工事が行なわれ水害対策の土木工事が行なわれている。ここ迄辿り着く前に多くのボヤキの言葉を重ねたが、その多くの言葉が国と行政の河川管理のあり方が明確に重なる。

(どういう事?)水防の土木工事は行なわれても地域の総合開発(交通、生活空間、地域の振興)は継ぎ接ぎ(つぎはぎ)でしか行なわれていない。この先は恩地川が大阪平野の南から北を流れて大東市で寝屋川と合流する。この川を親父は知らなかった。大阪平野を南から北に流れて長い間水害をもたらしたこの川は今は改修されて当時の面影はない。

大雨の時でもこの横の貯水池で水量が調整されてその災害を防いでいる?でも本当にそうなのか?その事は国交省の役人でも分からない。その光景がこの先に広がっていた。この川沿いを歩いて近鉄花園駅迄歩く。花園駅。名前は綺麗で高校サッカーの全国大会が正月に行われる。

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堤防沿いの狭い道。車の量が疑問に感じる程多い。抜け道で通るのだろうが狭い。何で一方通行にしないのかと思える程の狭い道。その道の下に綺麗な畑がある。女性が2名。花を摘んでいる。何に使うのだろう?畑の土はほおずりしたくなる様でした。昔は(江戸時代?昭和40年前半迄は?)豊かな田園地帯だったに違いない。

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生駒の山は近い。山から流れ出した水と大和川を流れ下った大河がこの地を流れていた昔の姿は今は全く無い。その事を知る人もいない。何故この川の改修工事が進められ洪水の心配のない街が出来たのか?この地形を知れば先人の労苦が偲ばれる。

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細い水路の両側に広がる菜の花。それはこの下にコンクリートの棚がありその上に土がありその上に菜の花の種が撒かれている?事が分かる。このドブ川の管理として考えられた浅ましい人間の知恵?この代償は小さくない事が教えられないのだろうか?

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堤防沿いの道は整備されていた。車の通行は禁止されて堤防の下は住宅地が広がっていた。

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駅の位置を確認する為に地図を広げる。まだ少し北に歩かなければならない。

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歩いて来た道を振り返る。これが堤防のあるべき姿だろう?

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これは前方?駅は見えないが電車が見えて来た?見えない?

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これではどうだ。

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本日自慢の1枚。駅の位置が確認出来て元気が出ていた?

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近鉄奈良線。花園駅は立体工事中だった。奈良行きは既に高架の駅が完成し大阪難波方面はまだだった。しかしこの看板の下の文を読んで愕然とする。「本事業は、国、大阪府、東大阪市が票の約9割を負担し、ガソリン税、自動車重量税等の道路特定財源うんぬん」とある。と言う事は9割は税金?国の財源が悪くなるのは必然だろう?

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第2寝屋川源流?到着。そこは調整池に水門がありました。

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最寄りの駅の端。ツツジが輝きを増して来ました。もうすぐ5月です。勝負の時。

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近鉄。八戸ノ里駅前。先日放置自転車が無いと賞賛したが今日は強制撤去の現場を見る。一部始終を見ながら考え方を変える。先日感心した事は訂正。放置自転車が無いのは放置させない行政の取り組み。それだけだった。それはそれで大切だが自転車置き場は全て有料。これでは行政の取り組みとしては参考に出来ない。

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自転車置き場も有料だった。これだけ綺麗に置かれていると思ったのは間違いだった。これだけの自転車利用をしなければならない通勤通学事情。公共、交通機関、バス路線がいかに整備されていないのか?その事を思い知る。この現実は帰りの花園の駅前にも在った。これだけの人が自転車で通勤、通学しなければならない現実。それに対して行政のサービスは全くとぼけていた。

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回収用に運ばれて来た自転車。作業員は5人。自転車を積み込む運転手を入れると6人。何日に一回こんな無様な事をしているのだろうか?本当は放置しないで済む住民サービス(回収作業は2人位で)を検討していないのだろうか?

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これは別のコインパーキング。自転車置き場を定期で契約していない人はここを使うしか無いのだろう?

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これ迄使われていたと思われる自転車置き場。今は使われている様子では無かった。近くの交番を覗くと珍しい事に「交通相談員」と制服の警察がいた。親父の聞き方も悪かったが会話が成立しない。「自転車置き場の事で聞きたい」と聞いて見ると何処の事か反対に聞き返される。

自転車置き場の事を聞くと警察は関係無い。電鉄会社がやったのだろうと愛想も無い。警察OB?自慢出来る対策などないのだろう?警察が果たすべき社会的責任。放置自転車。駐車違反の取締。親父の住んでいる街でもそうだが彼等は一体何をしているのだろう?事件が起きたら相談に来い?その程度にしか考えていないのだろう?

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先日の続きを歩く。この時点で川がドブ川。鯉は住んでいたが川を綺麗にする取り組みは行政には無いのだろう?ここは1級河川。管理は国土交通省。川底の掃除など全く考えていない。川が排水路になっている。これでも梅雨時は川一杯に水が流れる事を恐れていないのだろう?

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川の両側を高くしてコンクリートで固めれば防災対策が出来ていると勘違いしている。

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ゴミの清掃も出来ない管理者達。役所のテーブルで考えている事は予算の獲得と消化だけではないだろう。この有様を地域の人達も関係無いと思っている?

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河川の清掃が行なわれたのは何時の事だろう?川が泣いているとはこの事だろう。

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右の階段を上がって道路に出ると川が道と離れる。結果的には右の道を大回りして左に進めばこの川に出たが親父はこの先で堤防の内側を歩く。橋の先は近畿自動車道。何ども車では走った道の下をまさか歩いて潜る(くぐる)とは思わなかった。

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橋の上からの写真。川底に見えるのは自転車と違いますか?この川は一級河川?管理者は国土交通省です。

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ここから堤防内のこの道を歩く。本当は立ち入り禁止です?でもこの橋の下一杯タバコの吸い殻があった。どんな人がどんな思いで煙草を吸っていたのだろう?

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この先堤防を上がれるかなと思ったが少し高い。無理をすれば上がれるじゃと思ったが止める。上がれなかったらシャレにならない。降りた処迄戻る事は無かった。

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橋の手前で上に上がる。これだけの道が在れば充分歩ける。(コラコラ)

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片足は簡単に乗り越えたが反対の足を隙間の間を通したので窮屈になる。足を抜く時に足首を痛める。でも大丈夫。うまく足を抜いていた。足も痛くはない。この先の道を歩く。川幅は更に狭くなり川沿いの道は歩道が整備されていない。

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川沿いの道を歩いていると畑が見える。以前は水田だったに違いない。土を見るとここが田園地帯であった事が分かる。これからこの国の農業は都会では成り立たないのだろう?それでも他にも懸命に農業を続けている風景を見る事が出来た。

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歩道がない?車道が在って歩道が無い?どういう事?無視して車道を歩く。その原因が分かる。

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川を渡って反対側の道を歩く。処がそれでも大廻りで引き返して来る。

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これは橋の上から。この先の橋を渡るつもりだった。この写真は下流を写している。

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第二寝屋川と楠根川の合流部分。正面に生駒の山塊が見えて来た。川の勢いは手前の方が勢いがあった。それでもここ迄来ると川とは言えない無様な姿となっていた。それでも釣りをしている人が居る。どんな思いで釣り糸を垂れているのだろう?

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先が見えるけれど通行禁止?立て札のぬしは誰だ。仕方が無いので引き返す。その道も歩道は無かった。一級河川もここ迄来ると唯のドブ川。しかしこの川を侮っていない事はこの先の壮大な治水緑地で痛感させられる。

今は護岸工事で両岸をコンクリートで固めているが、この川の怖さは大雨が続くと様子は一変する。その事を管理者は教えなければならない。水防の歴史。何も学習をしていないと天災は忘れた罰を許しはしないに違いない。

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こちらが第二寝屋川。終点。流れ始めの所は意外な所だった?(予想通り)

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この先(手前)歩道は無くなる。何と表現して良いやら言葉が無い。

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歩道の無い道。それでも車道は片側2車線。和歌山の田舎道でもこんな道を歩いたな。田舎ではこれが当たり前の車社会?でもこの先は歩道を確保して一方通行にしていた。道路管理のあり方が問われる事は無いのだろう?2度と歩く事は無い。

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この道が行き止まりになっていたから向こうから歩いて来れなかった。堤防の先が行き止まり?しかしそんな標識は見当たらなかった。川の右側を歩いています。

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段々終点が近づいて来る。でも川幅は狭くはない。但し手入れは全く無いドブ川。

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川は心では綺麗にはなりません。この川は予想以上に管理されていない川でした。でもそんな現実とは違う河川管理の実態は凄い物でした。どんだけのお金を掛けたのでしょう?その予算の少しをこの標語が語る様に美しく廻せなかったのだろうか?それが国の役人の予算の使い方です。これだけの水を貯める所が出来れば万一の時、水害の心配はないのだろう?

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そうこれだけの道と歩行者の安全が確保されれば安心して歩く事が出来る。これは行政の道路管理者の義務でしょう。この先で防災無線のスピーカーが子供の安全をがなり立てていたが、安全とか美しさは口先だけでは実現しません。地道な取り組みが必要な事をこの細い道とフェンスが教えていた。これは此処だけの問題では無い。日本全国共通の問題です。人が安全に歩ける道が無い。そんな事が平然と行なわれている。

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玉串川。この川もこの上5キロ前後上流で恩地川から別れて?此処に流れ下っている。雨も降らないのにこれだけの水量があれば大雨の時は滝になるに違いない。

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第二寝屋川ももうすぐ終点です。川は左から右に流れています。玉串川は正面奥です。汚い川とは裏腹に綺麗な公園が親父の到着を歓迎して呉れました。

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又、歩道が無くなる。ホンマに行政はどこ迄歩行者を馬鹿にしているのだろう?それともこの地域の人はこの道は歩かないのだろうか?それならそれ位の標識を立てなはれ。行政の実態はこんな物なのでしょう/(それでどうしたの?)それは左をガニ股でで歩きました。この道何故か通行量が多かった。川沿いの堤防の道はどこでも何故か抜け道になる?

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右側に水門が見えて来ました。この突き当たりが終点です。第二寝屋川の出発点。でもこの川は近代(何時頃?)昭和になって河川の改修が進められたに違いない。図書館で調べてみると面白いかもしれない。(やらないけどね)とにかく終点です。

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此処から流れ下っている様でそうではない。この上流は川の名前が変わる。恩地川。この川は上流で大和川が流れ込み大阪平野を度々水害で悩ましていた。その流れを変えた人が居る。今から310年前の江戸時代中期。大阪南部を流れていた大和川の流れを変えた壮大な土木工事。その歴史を伝える資料を探さなければいけ無い。(アホ)明日はその事を学びに柏原市役所に出かけて来ます。(又けんかすなよ)

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帰りは恩地川沿いに近鉄花園駅にでる。それは又明日。眼がしょぼしょぼして来ました。

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2013年4月16日 (火)

昨日の続き。今日も歩きます。源流迄辿り着けるかな?(アホ)

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アドプト、リバーこの言葉もこの取り組みも知らなかったが河川敷の清掃と美化。
アドプトとは養子にすると言う意味だと知る。川を綺麗にする事は行政の責任では無いのか?その認識に行政の甘さを感じていた。

確かに川を綺麗にする事は行政だけの責任では無い。しかし河川敷の清掃、美化と言うには程遠いコンクリートで固められた都市の川。その川沿いの遊歩道の在り方はボランティア活動では無いだろう?その問い掛けは無いのだろうか?

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この遊歩道。これが在るべき姿でしょう。これだけのお金は使えないとしても、これからお見せする整備の在り方は大阪の河川管理の原点である事は間違いない。唯これだけの整備の現状を知らない人が殆どではないだろうか?河川管理者はその事をどれだけ認識し、地域住民の同意を取り付けているのだろう?それが都市防災、都市の震災対策ではないか?堤防沿いの景色の変化を見ながらそんな事を感じていた。

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近鉄大阪線。川幅も狭くなっている様だがまだまだ広い。しかしこの川も今は用水路の様におとなしく管理されているが、この川がどれほどの水害を引き起こしたのかを知る人は少ない。昨日はここ迄で突き当たりの通りを右に折れ、近鉄電車で引き返したが今日はこの先を歩く。この先川幅は更に狭くなり4キロ足らずでこの川の名前は消える?(川が無くなるの?)川は無くなりはしない。しかし昔の暴れ川の面影は無くなる。それは歴史を学ばなければならない。その事を今日、学習出来るかな?

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初めて来た近鉄「八戸ノ里」駅。駅前は放置自転車をきちんと管理していた。これも多くの放置自転車対策の一つのモデルに違いない。放置される自転車は置き場を決めてそれ以外の所には置けない事を行政と警察、施設を管理している管理者が徹底的に行なう。それしかない。御覧あれ。

ここ迄来るのに関係者の地道な努力がどれだけ必要だったのか?その説明は何も無かった。放置自転車。これは駅前の美化だけの問題では無い。その場所を管理する管理者の問題。監督官庁の責任者の責任を問わなければならない。

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2段式。自転車は簡単に乗せられる/フレームは足で簡単に移動出来る。

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少し字が小さくて見難いが使い方の説明が書かれていた。唯、いい加減な人。お年寄り。説明が理解出来ない人は使えないかもしれない。しかし見事に使いこなされていた。有料置き場も在ったがその違いは分からなかった。

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鶴橋駅下車。淡路島カレー。ハンバーグトッピング。レギュラー。(メシの量)親父さんは忙しそうに打ち合わせをしていた。黙々と食いながら食べ終わる頃に先日の不在を詫びる。介護の勉強をしていると言っていた。親父も仕事を首になってもうすぐ2年。年金を食いつぶして行くだけの生活から「鶴の恩返し」をしなければならない。

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今日は「たこ焼き」のお土産を手にしていたので買わなかったが、気っぷの良かった叔父さん商売繁昌しているかな?「鶴餃子」の意味がやっと分かる。鶴の恩返し。そんな意味も込めてはいないのだろうか?今度親父さんに聞いてみないといけない。
味は今イチ。(コラコラ)冷えても美味いのは親父が毎日買っているたこ焼き位?

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2013年4月15日 (月)

大阪市内を流れている川。その多くを殆ど知らなかった。

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朝早く腹の痛みに目が覚める。「お腹が痛い」その言葉を今でも忘れていないが、最近自分自身がその事を体験している。掛り付けの内科の医者の診察を受けて漢方薬を飲んでいるが、効果が期待出来たのは一時。朝、目が覚めた位だからもう一度診察を受ける。

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医者が在るのは市民病院に近接する「医療の森」。ここに開業医の内科、耳鼻咽喉科、眼科の「長屋」がある。その横がライオンズマンション。その中庭のシャクナゲ?診察結果は「笑われていた」「食い過ぎです。」「炎症」「薬を出しときますから1週間飲んで見て下さい」親父の心配はその程度だった。そう考えて見ると「お父さん。お腹が痛い。」と言われた言葉の重さにたじろいでいた。

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今更どんなに多くの言葉を重ねても失った過去を取り戻す事は出来ない。その事がどれだけ年月を重ねても分かっていない。そんな自分が居た。今迄多くの代償を払ったと思っていたけれど「まだまだ足りない」。そう言われていた。でも自分にそんな厳しさを課す事は無い。唯、淡々と生きる。それで充分だとも言われていた?

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大阪駅。東口。(今はこの言い方はしない。)御堂筋口?その様がこの有様?処がこの無様な有様を語るのは何故か親父だけです。関西エリアのニュースでこの映像を伝えるテレビは?ありません。この全く恥ずかしい大阪東口を親父は初めて見た時は感動でした。その駅前がこの有様。経緯はいろいろあったがこの広場の活用方法はJRには出来ないのかもしれない。右上の緑の建物は新設されたエレベーター。

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ぼやいていないで大阪駅から環状線京橋駅で学研都市線(以前の片町線)「放出」到着。ここから第二寝屋川を上流に向けて歩きます。(とは言うものの川の両側は高い堤防。川は橋の上からで無いと見えなかった。)でも意外な風景が続いていました。

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ここは放出駅近くのマンション。意外な景色はここではない。

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生駒の山が近くに見えている。(と言っても歩くと遠い?)このどちらの堤防下を歩くか考える。右を歩く。処がこの正面の橋の下に道が無い?行き止まり?嘘でしょう?嘘ではありません。仕方が無いので手前で大廻りをする。

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道あるじゃん?そう思っていたが様子がおかしい。そのまま平然と歩いていると近くの人から「その先行き止まり」と叱られる?何で?河川管理どうなっているのだろう?でもその先は様子が一変していた。

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道はここ迄。引き返す。でもよく見るとこれも行政の手抜き?事なかれ主義。何としても歩行者の歩ける道を確保する取り組みが無い?(用地買収が出来なかった?)

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「きけん」この看板の意味が分からない。これだけの道幅が行き止まり?それが「危険」では無いの?そう感じていた。

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大廻りをしてこの踏切に出る。この鉄路はおおさか東線。以前は貨物路線だったが今は客車が中心になり大阪環状線の外を大阪南部の久宝寺迄走っている。この路線、今はこの先の放出迄だが数年先には新大阪迄延長される。その高架線もほぼ完成している。この事も大阪人でも知らない人が少なく無い。親父も知らなかった。

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この左の堤防沿いの道が通行禁止になっていた。右上の建物が本日のスタート地点。

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橋の上から上流を見ている。いくら眺めていても飽きない。正面の山塊は生駒。

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右側。ここから堤防の上の狭い空き地に手入れされた花壇が並んでいた。最初はその美しさに感嘆の言葉が止まらなかった。その次に感じた事は殺風景な景色を花と緑で和ましてくれるその心意気。その想いが良く分からなかった。しかし歩いて行く間にその訳が解ける。流石でした。地域の人々の地道な取り組み。流石でした。

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稲田桃。再生栽培プロジエクトが第二寝屋川堤防沿いの清掃、美化活動の一環として取り組まれていた。しかし川は一般人は入れない。河川の清掃、浄化の取り組みは行政がやらないと駄目だろう?堤防を高くして護岸工事をすればそれでお終いではないだろう?その事が出来ていなかった。

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川中大橋。左岸を歩く。長い散策の道はこの手前では右岸にあった。

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これが桃ノ木。「稲田桃」以前はこの地方の特産物だったと言われている。今、その再生栽培プロジエクトが行なわれている。知らなかった。稲田桃。市場に出回る時を期待していました。そしてこの美しい散策の道。堤防沿いの道が輝いていました。

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生駒の山がよく見える。望遠で撮るとテレビ塔もよく見えるに違いない。それでも歩くと2時間は掛かる?

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民間会社の桜。会長さんのプレートが立っていた。

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下が歩道。堤防沿いの道から見下ろしている。しかし堤防の壁は高く川面を見る事は出来ない。

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中央大通り。この先に東大阪市役所がある。その近くの図書館に来た事がある。その図書館の名前が「中央図書館」中央と言われて大阪の中央をイメージしたが、この通りが中央大通りでした。この道を渡ろうと思ったが近くに横断歩道が無い。左に進み陸橋を渡る。国交省のお役人。一回歩いて渡って見なはれ。

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陸橋を上がりながら下を見下ろすと左に墓地が見える。色んな人が色んな墓地で生きていたのだろう?

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引き返して川沿いの道を歩く。(左側)しかしこの看板意味が分からない。正確には左は行き止まり。車は通れません。歩行者はどうぞでした。警察の看板?しっかりしなはれ。その左の看板が又分からない。近づいて見る事もしないで歩く。

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ここの植え込みは手入れをされていない。市役所の公園化の人はいないのだろうか?(公園では無い?)さよか。でもシルバーとか使えないのだろうか?そんな予算は無い?東大阪の市役所は立派でしたよ。地域を巻き込まないと植え込みの剪定も出来ないのだろう?

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もう少しで本日も目的地。到着です。続きは明日更新します。今日は途中で送信していないので送信エラーになるかも?(それだけは勘弁して下さい)エラーになると今迄の記録が消えるのでガックシ。それでは行きます。お頼み申し上げます。それ。

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2013年4月14日 (日)

春爛漫。五月の時はもう少し。心地好い季節です。

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皐月賞の阪神競馬場。そんな雰囲気とは裏腹の公園です。

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「春が来た」「春が来た」「何処に来た」「山に来た里に来た競馬場に来た」?
チュウリップがリップサービス?うまい。でも日差しが強過ぎて眼がしょぼしょぼ。洗面器に顔を付けて眼をパチパチしなければならない?「親父大丈夫か?」大丈夫。

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2013年4月13日 (土)

桜が散って春が行く。もうすぐ5月の時。大好きな新緑の時は目前です。

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近くの桜。又来年です。もうすぐ葉桜の時です。

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久し振りに夕日を追い掛けながら城跡公園迄歩く。4月から公園の開園時かも7時迄。これからは日一日と日が延びる。久々に合える公園と天守閣。この城址がこの地域にどれだけ貢献したのかは分からないが間違いなくここにも戦国の時代は在ったに違いない。下克上の世の中が統一されてた時、皮肉な事にこの城も役目を終える?

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ハクモクレンです。綺麗な白い花が咲く。花言葉は誠実?違うかもしれない。

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枝垂れ梅。若葉が出て来た。来年も楽しませて下さい。親父は何処の空で眺めているかな?(それはアンタの生き方次第です。今更生き方は変えられないけれど、体だけには気を付けなはれ)最近体の衰えを痛感する。何時迄も若くない。その感覚を忘れなければ再びの時は在るかもしれない。(無理だね)?

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枇杷(びわ)の花。これは珍しい。枇杷の木に登って猿の様にビワを食っていたのは幼い頃の梅雨時でした。あの時は枇杷の美味さに嬉々としていた?あの頃に戻る事は出来ないのだろうか?(それは無理です)ビワの実を見ると何とも言えない想いが込み上げて来る。一緒に過ごした仲良しだった1つ上の優しかった従兄弟は若くして交通事故で亡くなる。人生で2番目に悲しかった事かもしれない。1番目。それは言いたくない。

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ドウダンツツジ。秋の紅葉した葉っぱがイメージとして強いが春はこんな美しい花が咲く。人の生き方もこう在りたい?(無理だ)何で?人の生き方はそう簡単ではない?そんな大人になりたくないと思っていたアホも、とっくに汚れている?そうかな?もう一度やり直さなければいけない事が多過ぎる。(時間切れです)

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親父さん。冗談が過ぎる。ハナミズキから言われていた。

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?まだ桜。ハイ。今年はいい年になりそうです。一杯桜の花が思わぬ所で見る事が出来ました。今迄苦労が多かったけれどそろそろ回収モードに入りましょう?

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欲張るなよ。何事も程々が丁度良い?「程々」それが分かれば苦労は無い。

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2013年4月12日 (金)

寝屋川(第2)を遡る。放出(はなてん)迄歩く。ドブ川変わらず。

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最寄りの駅。ツツジが咲き始めている。満開になるのは例年は五月。でも今年は早いかもしれない。満開になると赤い絨毯(じゅうたん)を引いた様になる。

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JR大阪城公園駅前から大阪ビジネスパークを見ていると、右の階段下から団体客が上がって来る。何故か景色に見とれている親父の前を平然と通り過ぎる。?と思っていると最後は前を見ずに横を向いて話をしているおばチャンがぶち当る。びっくりしながら謝るが親父の怒声を浴びる。

「馬鹿やろう」。おばちゃん「すみません」を連発しているが足を止めてキチンとは謝らない。右から2番目の建物がホテル。「ニューオオタニ大阪」そこに急いでいたのだろうか?それでも謝って済まない事がある事が分かっていない。

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環状線。この下を潜って川沿いに歩く。正面に生駒の山が見える。川は綺麗にしていたがとにかく汚い。この先は川幅が狭まるので水質が良くはならない?

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環境局森之宮工場?使われていない。お役御免か?ゴミ処理工場?これだけの建物を解体するのも相当の費用が掛かるだろう?どんな使い方をするのか?何の説明も無かった。

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川沿いの道を歩けない。この看板は何故通行禁止なのか説明が無い。左の大廻りをして正面の橋から撮影。分からなかったのは正面の大きな円筒形の建物。ここは市の下水処理場。敷地の中に桜並木があって見学コースになっていたが、その時期は終わっていた。

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これが橋の上からの写真。川底のヘドロをかき上げる工事?をしていた。逆光で川面がキラキラ輝いているが、水質は良くない。左側から下水処理された綺麗な?水が流されていたが焼け石に水?汚過ぎる。水質を良くする為には汚れ過ぎている。

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この汚れ。大阪人の恥。どんなに口先で尤もらしい事を言っても最低です。綺麗な川にする取り組みは足りない。水質を良くする取り組み。行政は根本的に考えを変えないといけない。

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立ち入り禁止。下水処理場。通路は無い。

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ドブ川です。こちらは寝屋川(第2)に合流する平野川。この川は大阪と堺の間を流れる大和川から別れて大阪府下を南から北に流れてここで合流。この川は今は大和川から分岐の部分が埋め立てられてポンプで水を流す以外に流れ込みは無い。しかし江戸時代はそうではなかった。この川幅も広く何ども氾濫を繰り返していた。この川の歴史も知らない。この川の延長は意外に大阪南部迄延びる。この川を遡るのも面白い?

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こちらは反対側。桜並木。公園もあった。歩行者は通り抜けが出来る。

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分からなかったのはこの建設中で完成間近の建物。これは下水処理の立体設備?何の看板も説明も無かった。いずれ分かる。

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本日自慢の1枚。まだ花見が出来るとは思わなかった。まだ満開ではなかった。

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モクレン。城東区の花と言われても実感は今イチ。

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レンガのサンプルは写真に撮れなかった。散歩の汚い格好(コラコラ)の親父が割り込んで写真を撮らせてくれない。それ程の物ではないから諦める。今はドラム巻で地中深く排水路がある。どんな工事をしているのだろう?メンテナンス(保守点検)は如何して入るのだろうか?これは調べてみると面白いかも分からない。何処に行けば教えてくれるのだろう?(アホ)

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水槽では無いよ。出て来い。出て来い。池の鯉です。(出て来ました)アホ。

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今は右上に居ます。橋を渡って右に進む。ここから生駒の山ははっきり見えて来る。

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横断歩道が無い。車優先?信号は橋のズーと先。信号の切れ間を見て左に渡る。

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川沿いに歩く事は結構きつい。中央分離帯に植え込みが少し切れている。同じ輩(横断歩道の無い所を渡る)が居る。しかしこの横断は右側の橋が盛り上がっているので非常に危ない。遠回りをしても横断歩道を渡りましょう?

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この写真では良く分からないが高い堤防沿いの歩道はない。車は片側1車線。何で一方通行にしないのだろう?(歩く人の安全確保は考えていません?)嘘です。

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橋の上から下流を写している。逆光で川面がキラキラ輝いているが水質は良くない。

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堤防下の道。これを見ると歩道が狭い事が良く分かる。その狭い道にオバカが車を停めている。これでは一方通行にしてもアカンてか?そうではないだろう?歩道に段差を付けて車は停められない様にする。(そうすると地元の同意が得られない)お役所の弁解が聞こえる。地元の歩行者の安全はどうでも良い訳は無いだろう?

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第二寝屋川は左右の水路。正面の水門は平野川。正確には平野川分水路。平野川が大阪南部から寝屋川迄流れているのは治水対策?これは何としても歩かなければいけない。寝屋川に第二があり平野川に分水路があるのは川には歴史があると言う事だろう?

その先人の川の流れとの格闘を多くの人は知らない。大阪住民でない親父がこんな事を感じるのは本当に間抜けかもしれない。(間抜けです)イエイエこれは非常に面白い。此花の埋め立てられた川の跡地は都市の変貌が良く分かる。

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ここからは川沿いには歩けない。橋を渡って右側の住宅地の中を歩いて行く。

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訳の分からない看板とフェンスがあって歩けない。もう少ししっかりとした看板を立てなはれ。大廻り。これも親父には当たり前の事。お役所仕事は歩いて見ると良く分かる。

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住宅地の中。花に対する思い込みが良く分かる。このお宅の後ろは堤防沿いです?

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長瀬川が第二寝屋川に流れ込んでいる。この用水路の様な川。侮るな。この川も昔は広い川で暴れ川だった。今は当時の面影は全くないが水の流れは速かった。

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目的の駅近くの商店街に出る。この先に公園があり賢い子供が電車を見ながら喜んでいた。バアちゃんが相手をしながら元気よく飛び回っていた。

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外が第二寝屋川。ここは公園。通りの反対側にも公園はあった。そこで賢い子供が貨物列車を教えて呉れた。「桃太郎貨物」おおさか東線を通って何処迄行っているのだろうか?百済駅です。大阪の貨物ターミナルは梅田から吹田と百済に変わりました。

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この先は来週です。大阪の町中を流れる川は淀川と大和川が有名ですが、いずれも川の氾濫で住民を苦しめていた。大和川は今では大阪と堺の間を大阪湾に直線的に流れ込んでいるが以前(江戸時代)はそうでは無く南から北に流れていた。(地形の関係)その為に大阪平野の川の流れを変えている。簡単な事では無かったのだろう?その壮大な歴史が見えて来る。この先この川も大きく右の曲がり大阪南の大和川近く迄続いている。しかしその面影は途中で消える。大和川からの水の流れを閉じられたからである。

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少し分かり難いがこの先の鉄橋を越え右に曲がるのがおおさか東線。直進するのが片町線(学研都市線)川は直進せず大きく右に曲がる。この先は又来週です。(オイオイ。鈴鹿越えはどうするの?)鈴鹿は東海道。こちらは大阪ぶらり旅。もうしばらくお付き合い下さい。

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綺麗なマンションが出来ていた。この辺りも景色が一変している。片町線の近くに住める。親父が若い頃には考えられない事でした。川が悪臭。水の色が今とは全く違っていた。この近くは人が住める所ではなかった?工場地帯でした。

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帰りに京橋から鶴橋に立ち寄り「クルネ」で淡路島カレー。ハンバーグをトッピングしている。盛り付けの頭を崩しているので少し不格好だが味は文句なし。親父はお出掛けでした。感じが悪かったのは5時過ぎ入店。「もうすぐ閉店ですが宜しいですか?」と問われる。30分後?それだけあれば充分。次からは電話して行かなければいけない。「折角来たのに」そう思いながら一気に喰らう。

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2013年4月11日 (木)

行って来ましたよ。大阪ビジネスパーク。ところが意外な発見。

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最寄りの駅のホーム。今は最後尾が親父の指定席。以前は一番前が空いていたが次の駅で乗り込んで来る女子高生が煩く下品。最近の若者も年寄りも人から注意されても反応がない。それだけでなく「アンタがおかしい」と反応する。そんな輩の顔を見たくない。そう思ってこの場所を指定席にしたが親父と同じ様な人が乗り込んで来る。何処か人間的におかしい?今日は小雨が降っていた。行き先の変更を考える。

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大阪駅の親父の指定席に上がると小雨は止んでいた。それでも寒い。駅前の解体工事もようやく峠を越す。工事が終わると時代が逆行したバスターミナルとなるのだろう?バス路線は赤字路線。それでも利用者は多いと大阪市交通局の役人は言いたいのだろう?

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京阪天満橋ターミナルビルを上がると美しい花壇が待ち受けていた。

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親父が若い頃、この辺りは戦後の復興がようやく落ち着いて活気はあったが、汚い所だった。その面影は全く無い。この看板を見ると懐かしくなる。「馬場町」大阪城前の交差点。昔はこの辺り迄大阪湾が迫っていた事も知る由もない。

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京阪本線。この鉄道が出来たお陰で大阪と京都の交通アクセスは一変する。水上の交通から陸の交通に変わる。それでもお金のない庶民は歩いて行き来したのだろう?京都迄40キロ。2日掛かりの道程だったのだろう?今では特急で40分足らずです。

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寝屋川橋。この川もこの先二手に別れる。この訳も歩いて見ないと分からない。大阪の川は大阪平野を東から西に流れているのは南の大和川のみ。この川も改修されて流れが変わっている?川の流れは淀川は北から南。上町大地がこの川の流れを南から北に流している?

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慌ててシャッターを切ったのでぶれているが鉄橋の下を観光船が通っている。

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この川はこの先で合流する大川(旧淀川)に比べて汚い。(汚れている)原因は水量の問題?管理の問題?それも歩いて見ないと分からない。寝屋川が2手に別れているのもこの先(上流)観光船はこの先の大阪城桟橋迄遡るが見所はない?

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左が石切大阪線。(この道を進むと石切神社に進む)この道を歩くのも面白いに違いない。(中々東海道は進まないな)心配ご無用。もう時間の問題です。右が京阪本線。この川の広さも予想以上でした。

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このビルの名前もどんな会社が入居しているのか?何時完成したのかも分かりました。施行会社は竹中工務店。完成は1990元年。ビルの名前はクリスタルタワー。

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このビルが完成して23年も経っているとは思えない程綺麗だった。内部は3階以上はオフイスビル。当然立ち入る事は出来なかった。しかし1階はオープンフロアー。

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正面に見える橋の左に全く知らない治水対策の設備が地下にあった。

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弁天抽水所。大阪南の天王寺から地下の排水路があり市内に溢れた水をここに集めて大川にポンプで排水している地下5階の設備。全く知らなかった。大阪市内の治水が上手く行く様になったのはこのお陰かもしれない。これが無かった時大阪平野の水の流れは管理が難しかったに違いない。今水害の心配が無いのはこんな所にもある?

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桜はもう見納めと思っていたが、これでもかと見せつけられていた。中々上手く行かない事は多いけれど、今年は何処迄親父の心を慰めてくれるのだろう?「もう心配しなくても良いよ」そうつぶやいてもウインクをされていた。

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一見船からの風景はのどかに見えるが実際はどうなのだろうか?秋は殺風景だったが?

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桜の後は桃の花です。言葉がありませんでした。しかしこの公園は秋に歩いた事がありました。その時にはこんな美しい花が咲くとは予想もしていませんでした。

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本日快心のショット。桃の花がこれ程に輝いていたのは初めてでした。元気をなくしている親父に快心の姿を見せてくれたに違いない。

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戦前の陸軍砲兵工廠(こうしょう)跡。大阪空襲で大阪城内の陸軍の施設は壊滅的被害を受けたが、ここも例外ではなかった。徹底的に破壊され、この外壁だけが残されている。戦後何年になると思っているのだろう?半世紀を越えても尚、手が付けられない所は少なくなっているが、悲惨な戦争の惨禍はすっかり忘れ去られている。

憲法改正?現憲法はアメリカに押しつけられた?この国に生まれて良かったと思える教育をしなければならない?それでは悲惨な戦争を引き起こした歴史はどれだけ教えているのだろう?国の為に戦う戦争。その戦いを正当化したアメリカは今でも自由で民主主義の国家と自負出来るのだろうか?その事を語れる人も本当に少ない。

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この石垣は秀吉が難攻不落と言われた城を築いたときの物では無い。その石垣は徳川家康の2度の城攻めの跡、徹底的に破壊される。それは家康の豊臣残党の思いを根絶する最大の作戦だった。その全てを見届けて大阪落城間もなく家康も大好きな魚のテンプラで命を落とす。情けない話だが罰が当たったのだろう?何の罰?大阪城打ち壊しの罰?家康の生涯は当時の平均寿命から考えると「大往生」だったに違いない。

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大阪は大きく変わってしまいました。100年後の事は誰にも分かりませんが半世紀前の大阪を知る親父としては何とも爽快な夕暮れでした。アメリカの押しつけられた憲法。そのアメリカの言いなりになって沖縄の基地を勝手気侭に使わせている。言う言葉に矛盾を感じないのだろうか?もっと賢くならないと戦前の二の舞でっせ。

そうつぶやかれていた。親父達にはどうでも良い事です。しかしアメリカに叩きつぶされた多くの市民はそんな事に黙っている訳はありません。この空を赤く染めて焼夷弾が無差別殺人をした事だけは知らなければなりません。そんな事も分からないオバカが多くなりました。その事は何とも悔しい限りです。

 

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造幣局を後にして桜宮大川べりを散策。この道も以前歩いた道。

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最近(と言っても昨年から)なんどか歩いた桜宮大橋(親父が勝手に呼んでいる)親父が大阪で4年間営業の仕事をしていた頃は、市電やトロリーバスが砂埃を巻き上げながら走っていた。。当時の橋は手前の橋。向こう側に立派な橋が出来た時、この橋は取り壊されると思っていたがそうではなかった。

橋のアーチも綺麗に塗装され当時の面影は無かった。パソコンで検索してみると昭和5年建設。大阪大空襲にも耐えている。(そうではない。アメリカの空襲が住宅地、工業地帯を目標にしたからだろう?戦争に負けてそのアメリカと日米軍事同盟。アメリカさんの手先?こんな独立国家はドイツにも無い?)そんな親父のつぶやきを笑っていた。年老いてもこれだけの輝きは持ち続けたい。現在は西行3車線として供用され新しく建設された橋は東行3車線として利用されている。

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大川をのんびりと観光船が動いていた。この船は水陸を走れるバス?違うかな?物知りの親父でも分からない。正面に見える高い建物は大阪ビジネスパークの建物。ここにも足を踏み入れた事は無い。一度探索してみますか?大阪ビジネスパーク?

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橋を渡ると大川沿いの公園に下りる。近くの遊歩道でオバカなグループがバトミントンで遊んでいた。いい歳をしたグループが楽しく遊ぶのは微笑ましくも何ともない。自分達だけで大声を上げているだけ。カメラを首から提げているので注目されるが無視。ツツジが静かに咲いていた。人間も如何してそんな生き方が出来ないのだろう?

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対岸は昨日歩いた造幣局。その向こうに見える円形の高層ビルはマンション?世の中は様々です。マスコミは何も伝えなくても人の生き方、生活レベルは多様化している。金融緩和で住宅金利もこれ以上下がらない?来年は消費税が上がる?益々ローンを組んで住宅所得のもくろみ?

そんなバブルは簡単に弾ける事をマスコミは如何してもっと伝えないのだろう?その事も理解出来ました。彼等は共犯者です。今一番求められている事?それは過去の教訓に学び身の丈に合った生活でしょう?今日はその現実を学習して来ます。何処で?それは今夜のお楽しみ。何や予告編かいな?

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京阪電鉄特急。ここも懐かしい思い出の場所です。その先に見えるビルは(見え難いが)日本経済新聞社ビル。(ここで輪転機廻しているのかな?それは無いだろう?)その近くに(右側)テレビ大阪のビルもある。テレビ大阪?

親父が若い頃はあったのかな?(パソコンで調べてみると1982開業)知らない筈だな。この頃親父は静岡工場でバリバリ働いていた)日本経済新聞社。テレビ大阪。財界の広報誌?親父が夜、楽しみにしていたワールド、ビジネス、サテライトも最近は全くつまらない。関西経済の肝いりで造り上げられた大阪ビジネスパークの実態も最近は殆ど伝えられる事はない。

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大川を悠然と進む観光船。これだけの船が運航している事も余り知られていない。何でだろう?桜が散ってしまうと見る物が無くなるのだろうか?一番の原因は運休の時が長いからだろう?行政の取り組みも大阪の観光船との取り組みが無い?

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大川から寝屋川に入る。しかしこの先すぐ大阪城の桟橋があるがそこで下りる人はいない?今はどうなのだろう?船はそこでUターン。観光船で楽しめる所が少ない。花見のシーズンが終わるとこれでは魅力(高いお金では乗らない)がない。親父がオッカを乗せた時は秋だった。今では秋でも観光客は多くないに違いない。その程度の魅力しかない。大川の流れはセーヌの流れとは行かないのだろう?何故?見所が無い。

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この先のベンチで手にして来たたこ焼きを喰らう。川を眺めながら食っていると鳩が寄って来る。鳩に餌をやる人の気持ちは良く分かるが、親父は非常にも足で追っ払う。鳩も然るもの。(油断が出来ない。したたか。抜け目が無い。侮れない)人間が食べ物(餌)を呉れると思っている。餌は人間が食わないものとは感じていない。

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一人でたこ焼きを食っているとこの桜の散った道を歩いている家族連れの娘から横目で見られる。何を?たこ焼き。このたこ焼きのうまさを知らないだろう。一人で哀れと思われたとしても平気です。いずれアンタも同じです。(コラコラ)Img_4381

造幣局では良い花見が出来ました。久し振りに歩いた大川沿いの散策の道も一部を除いてまずまず。良く歩きましたが足の疲れも無く元気でした。南森町の地下鉄の駅は左端。今日は天満橋からスタートです。大阪の親父の知らない凄いビジネスパークが見れます?

(大体この言葉がおかしい)ビジネスパ−ク?ビジネスとパークの和製英語。アメリカのセントラルパークを真似たのか?この地域の就業人口約38000人。どれだけ大阪経済の貢献しているのかとそれは見て見ないと分からない。見ても分からないに違いない。ビジネス街とはそんなもんだろう?

皮肉な事にそれが大阪経済の沈下に陰を落としている。事務処理がこれだけスピードをを求められてもこれだけの建物で仕事をしなければならない壮大な投資。パナソニックはここでどんな経営判断をしたのだろう?大阪府門真の工場地帯は今深刻な経済沈下が起きている。(ヤバい)イヤホーンで音楽を聴いていると心臓の鼓動が聞こえて来る。

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2013年4月10日 (水)

造幣局の通り抜けは来週16日からですが、一足早く見て来ました。

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大阪北ヤード今月末26日オープン。

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薬のお店がオープンする。このお店の前は親父が若い頃からパチンコ屋さんが頑張っていた。この1等地にこれだけの高さの建物も勿体無いが、宣伝効果としては文句なしに違いない。

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左の建物は大型家電の建物。この建物も反対にデカ過ぎて費用対効果が心配されたが全く問題ない。家電の売り上げ不振が続いている国内販売の中で、地の利を生かしている。問題はこれからだろう?家電の売り上げ不振の中で何に活路を見出すか?その事が問われている。関東資本が関西の家電販売の領域をこれからも打破するのだろうか?関西の家電販売は全く元気がありません。

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谷町線南森町駅到着。造幣局はここから歩く。この前にはコンビニがありその客以外の放置自転車を間抜けな行政は足元を見られている。看板だけを立てても駄目だ位も分からないのでは無く、これで責任を果たしていると思っている。「地方自治」?これで何が出来まんねん。行政の感覚はこの程度です。

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この大通りの角のお店も廃業。時代の流れか?この交差点を渡ると造幣局前の広い通りが広がる。昔はこんなに広い通りでは無かった気がする。

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造幣局の中の住宅。この広い敷地の使い方を検討しないお役人。国が財政破綻しなければ国有地の有効活用も出来ないのだろう?いくら何でもこの歩道の広さは?

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何だこの石塔。大塩平八郎の乱でしょう。「えんじゅ」とは何?跡?馬鹿にしとんのか?(馬鹿にしていませんでした。)大阪奉行与力の身で幕府に大阪市民(江戸時代)の飢饉の窮状を訴えたが聞き入れられず反乱を起こす。その時に大塩側から打たれた大砲が当ったえんじゅの樹の跡。その樹が枯れて来たので切り倒された跡。それ位の解説はしなはれ。えんじゅの樹も初めて知りました。今はそんな反乱児はいません。時代の流れとは言え大塩平八郎の乱も知る人も少なくなりました。

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造幣局に入ります。通り抜けの日は来週16日からですが、例年多くの人出でとてもゆっくり眺める事は出来ません。途中の貨幣記念館があるのでそこ迄は堂々と入れます。それでは解説無しで最後迄お見せします。解説は手抜きです。

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本日快心のショット。こんな相棒を捜さなければいけない。(無理です)福禄寿どんな意味かご存知か?辞書で引いてみよう。(子供に恵まれる事。財産に恵まれる事。健康に恵まれる事)親父的には言う事無しだな。看板もバッチリです。

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少し地味だったけれど今年の桜に命名されていました。責任重大。16日迄は通り抜けのコースは歩けないからその策略はお楽しみと言われていた。残念ながらその時を見る事は出来ないが何時か何処かで合える事を楽しみにしています。

今年はこれで本当に桜も見納めです。桜の花見前線が一気に日本列島を駆け上って行くと親父も東海道鈴鹿の峠を越えて、黙々と歩き始めている事でしょう。5月の連休の時、静岡掛川で会える事を楽しみにしています。その時、車で信州飯田への道を走りましょう。今年は静岡の新茶を飲めそうです。

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そろそろ終わりです。ピンクの桜が一杯になったのは親父の心模様が映し出されているのかな?正直な心模様は純白の桜です。男でも女でもそんな人は少なくなりました。話は飛びますが大阪駅近くの階段で後ろを歩いていた若い女性グル−プがいきなり大声でじゃん拳ゲームを初めて耳元で歓声を上げる。

丁度takeさんから貰ったサングラスを掛けていたのでドスを利かせる。「親父を舐めたらアカンど」でも無視される。今日のお花見はそんなオバカを見ている様でした。(それにしても綺麗)そんなため息が耳元で聞きたいな。(無理です。アンタもいい加減、歳を考えなさい。)今夜も又、叱られるかもしれない。

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桜の通り抜けは大勢の人、人、人です。どうしても見たいと思っても入り口天満橋北詰付近は入場規制が掛かります。警備の人と入場待ちの人でうんざりする事、間違い無しです。親父の写真で辛抱した様が懸命です。昨日の仁和寺でもその事を痛感しました。花見と言うより人を見るだけ。しかも団体客は良い大人が如何してジャカマシイのでしょう?これで今年の花見は本当にお終いです。

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仁和寺から妙心寺へ。夜は幽霊に叩き起こされる?

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京福電鉄。御室駅西側の踏切。この先に嵐山本線の帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅がある。帰りはこの鉄路を引き返すかと考えていたが目的の妙心寺は反対側。2年前に来た時は不覚にも駅の案内図の見方が悪く、辿り着く事が出来なかった。今日はキッチリ確認する。電車に乗れば1駅。折角だから歩く。この踏切を渡り突き当たりの道を左に進む。前来た時は直進した。住宅地の中の狭い道を歩きながら手にして来たおにぎり弁当をほお張る。殺風景な住宅地の中の狭い道を何故か車は通り抜ける。

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この電車は反対方向。北野白梅町ー帷子ノ辻の案内プレートが下がっている。平日だけれど花見のシーズン。桜も満開で多くの人が電車を待っていた。花見の時が過ぎるとしばらくは閑散とする。しかしゆっくりとお寺を見たいと思えばそんな時が良いのだろう?観光シーズンの時は何処も多いがその時期を外せば京都の寺院は参拝客は多くない。

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ここは北門。ここに来た記憶はなかった。この看板を見ながら感慨無量。田舎のお寺さんが「臨済宗妙心寺派」最近はお寺さんの影響が小さいが、その原因は人間の奢り(おごり)高ぶり?今は経済的、物質的に満たされれば何でも出来ると考えていた馬鹿者と、その反対にどんなに貧しくても愛があれば満たされると考えている愚か者が多くなっているからだろういる?

いずれもその間違いに気付く。その時は今の境遇が崩れ落ちた時。その時は意外の早い事を知る人は本当に少ない。自分の思う通りにはならない事をもっと学ばなければならない。(無理だな)何で?人の言う事に耳を傾け無いから?それもちがう。

心の豊かな人が少なくなったからだろう?人は本当は孤独で貧しい事を今は実感出来ないからだろう?それも本当は違うのだけれどその事を分かり易く教える伝道者も少ないのだろう?人の思い上がり。富める人は少なくその人達の心が浅ましい。

貧しい人は更に貧しくなり多くの人が汗水垂らして築き上げた豊かさは、これから更に失われる事をどれだけの人が理解しているのだろう。マスコミの報道の実態について親父も本当の事は何も分からない。でもこれからは違う方法で情報を得なければならない。本当の事は自分の心眼(こころのめ)で見なければいけないのだろう。

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ここは一般見学者は入れない。

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この縁側で見学コースの案内を待つ。何で勝手に見学させないのだろうかと思っていたがその意味は見学コースが法堂と浴室、妙心寺鐘に限られていた。法堂は1656年建立。修行僧生活の場。重要な儀式が行なわれるが天じょう(漢字変換が出来ない)(これがMacの間抜けな処)にある「雲龍図」狩野探幽筆。これは今迄に見た事の無い雲龍図でした。短い説明ではとても見足りない思いでした。写真撮影も出来ず残念。又、見に来て下さいと言いたいのだろう。(パソコンで検索すると見れます)

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現在は境内を南北に一般参拝が出来る道が完成してこの道は通れない。

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ここが南門。

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これで位置関係が良く分かりました。近くに北野天満宮。金閣寺。龍安寺。そして仁和寺。ここから足を伸ばせば高雄神護寺、高山寺と京都は見所一杯です。とても一日では足りません。1泊2日の日程を計画してお出かけ下さい。久し振りに天気も良くて懐かし場所を散策する事が出来ました。

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京都四条河原町のデパート。ここの食堂でkenを寝かせておっかあと食事をしたのはどれ位前だったのだろう?takeさんは生まれていなかった。外観は綺麗になっている方高島屋も改装したのだろう?次に見る時は何時の事だろう?そんな事は全く考えていなかった。この交差点で東進して来た祇園祭の「山鉾巡行」は左折の引き回しを行ない河原町通りを北上する。しかしその先が終点です。

昨夜は久し振りに出て来ました。何が?それは姿を見ていないので分かりませんが、一体誰だったのでしょう?戸の隙間から忍び込んで布団をかぶって寝ている親父の廻りを廻りながら何事かつぶやいていました。

夢を見ているのだろうと思っていると整理タンスの金具をガタガタ揺さぶっていました。さすがの親父も大声を喚きながら掛け布団から首を出して目覚めると誰もいませんでした。最近、隣の親父が死んだので出て来たのかと思いながら、今度は布団をかぶらずに寝直しました。(アホ)

時々体験する現象。それだけ親父も霊感が強いのかと苦笑。でも良く考えて見るとおっかあが心配して出て来たのかも?揺さぶられた整理タンスの引き出し口は金具がついていません。これも思い出のタンス。大阪から浜松に転勤して最初に買った物でした。大丈夫。何とか生きています。そのうち行きますから待ってて下さい。駄目?

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御室仁和寺。遅咲きの桜も満開になっていた。

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京都阪急烏丸。この駅をどれ位利用しただろう?23の歳から28迄。5年前後?この駅は親父の喜びと哀しみをどれだけ見ていたのだろう?久々の対面もすっかり賑わいが変わり忘れ去られていた。それも仕方のない事だろう。あの頃は市電で北に上がり出勤の時、この駅迄下りていた。青春の記念碑かもしれない。

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3年前に見たマンマの風景。何にも変わっていなかった。変わった事は親父の生活。でも今はこうして気ままな生き方をしているのだから、それはそれで良いのかも?

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こちらは阪急四条大宮駅。この交差点奥に進むと烏丸、河原町駅がある。その先が鴨川。突き当たりの山麓に円山公園がある。

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京福電鉄。嵐山本線。本日目的の御室仁和寺は帷子ノ辻(かたびらのつじ)で北野線にに乗り変え。沿線の桜の満開は盛りの時を過ぎていた。この電車。料金は200円均一。支払いは降車の時。ICカード。プリペートカードも使える。

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到着です。天気も良くて桜は満開。今迄来た時にはこれ程の賑わいはなかった。

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「喝」仁王像に拳を振り上げられていた。アンタに叱られる様な生き方はしていない。そうではなくて「今の様な生き方をしてはいけない」そう言われていたのかもしれない。今の生き方。それを変えるのは田舎で晴耕雨読。自給自足の生活。それを早く見つけろと言われているのかもしれなかった。

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久し振りの満開の御室の桜。この樹は標本木では無い。サンプル?カメラを構えていると着物を来た若い女性が平然と割り込んで来る。このド厚かましさ。無神経。着物を着ている豊かさが何も感じられない。親父から英語で排除される。東南アジア、アメリカ人の観光客も少なく無かったが、日本人の高齢者(親父はまだガキ)団体でごった返していた。それでが解説無しで一気に行きましょう。

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本日快心のショット。普通の桜はこの様な花の咲き方をすると樹が弱っていると見られる。花を枝葉の上迄つける力が無くなったと思われる。しかし仁和寺の桜はこれが普通。でもよく見ると樹は枯れている。今年初めて花見見物料500円を取られたがそのお金はこの樹達の為にどんだけ使われるのだろうか?その事も気になっていた。

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桜の感じがしていたがツツジの名札が下がっていた。

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文字が見難いが左近の桜。

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橘はピンボケ。それでもこの言葉の意味は小さくない。古の貴族(上流社会)が考えた事。その事はこの植樹の方法にも表れている。鶴橋の親父さんが言う様にこの国とユダヤ社会の繋がりは強ち(あながち)深いのかもしれない?ユダヤにも同じ様な生け贄(いけにえ)の風習がある。(偶然でしょう)かもしれない。

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ここは御殿の境内。888年宇多天皇が先帝の遺志を継いで完成。天皇退位後出家してここ仁和寺に済み30余年のの間、真言密教の修行をされたと言われている。弘法大師の教えはこの御室御所にも受け継がれていました。本当に一度は足を踏み入れて下さい。

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隠し撮りではありません。写真撮影OKでした。その替わり内部に立ち入る事は出来ない。警備は厳重で少しでも体を入れれば防犯ブザーが作動する。

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来た時とは違って帰りは仁王像にバイバイをされていた。「まさか」こちらは来た時とは反対の仁王像。「又来ますよ」「今度は1人では無く2人で」そんな事はどうでも良いと睨まれていた。しかし、2年ぶりにみた仁和寺は桜が満開で大勢の人出でした。桜を見ているときは結構その人出に不快な思いをしたが、御殿の中はその反対で心が和んでいました。ここも拝観料が別に必要。しかしここはお勧めです。

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2013年4月 8日 (月)

大阪は大きく変わっていた。知らないのは多くの人でした。

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今夜のメーンデッシュ。白ネギと小椎茸の味が良く出ていたが親父の好きなショーガの買い置きがなかったので魚の味付けは駄目。久し振りにきちんとした食事をしました。今日は内科の先生と話をして薬を変えたので、食事の内容も考えてお腹の調子を整えます。(食い過ぎ?)かもね。でも親父の工夫でこれだけの物が造れれば上等。

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肥満児のガキに今日も声を掛けられて決意する。(何を?)スタシアカード。でもカードでもクレジットでなくチャージ(予め一定額を入金)方式を希望する。そうすればまとまっての金額の請求の心配はない。そう思っていつも横目で見ていた窓口に立ち寄る。

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今迄はプリペイトカードでした。(親父がお世話になっていた静岡の協力会社の社長は力を入れていたが、親父が担当から外れて5社で旨く振り分けていた仕事を一社が独占。それが理由でないだろうが仕事が無くなって倒産。社長の兄貴の会社は静岡の老舗だったがその連鎖で後を追う。ひどい事をするもんだ。しかしこれが厳しい現実です)

親父はこの恨みを忘れては居ない。汗水垂らして築き上げたネットワークが壊され一社で下請けの仕事を独占。その時、親父を飛ばした悪達も今は様々。これが栄光の日本企業の現実。円高で苦しんで入る事を尤もらしく報道するが日本企業のみならず、アメリカ、中国、ロシア、韓国の現実はマスコミが報道する程度の物では無い。

汚い事を平然と行ない自分達が良ければそれで良しとする。そんなあくどい事が何時迄も出来る訳がない。仕事も経済も政治も生活も一部の悪が多くのマトモな人達を食い物にしている。そんな生き方が何時迄も許される訳がない。その祟りはこれから始まる。何時迄も間抜けな事をお大師様がお許しになる訳がない。(アホ)

親父。親父。PiTaPaの話。結局どうしたの?阪急PiTaPaにはチャージ方式のカードは無しと言われる。理由ははっきりとは言われなかったが儲からないのだろう?それでは?と聞いて見るとJR、ICOCAなら出来ますよと言われる。大阪駅で買いましたよ。最初に500円取られるが使わなくなれば返して呉れる?これで親父もタッチの仲間入り。

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立ち食いのうどんは今でも欠かさず食っている。お気に入りのたこ焼きも。(食い過ぎでしょう?)一度には食べないよ。たこ焼きは花見をしながら頂きました。

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阪神なんば線。西九条の鉄橋。今日はここから先日歩いた道を反対に歩く。途中で引き返したけれど、先日お見せ出来なかった正蓮寺川の工事現場お見せします。

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このマンションの右を先日、六軒家川沿いを歩く。意外に正面は綺麗?

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阪神なんば線。この路線は阪神尼崎駅と近鉄難波駅を結び阪神と近鉄が相互乗り入れを行なっている。この路線を使えば奈良から甲子園球場直通も可能。近鉄大和西大寺駅で乗り換えると伊勢、志摩方面にも行ける。阪神三宮から高速神戸線を乗り継いで姫路にも行ける。この路線は今注目されているがその勢いはまだ限られている。

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この橋は次に明示します。上に見える鉄橋は阪神なんば線。この川が六軒家川。この河口の水門も先週、お見せしましたがこの川はこの先(上流)正面のビルの下迄しかない。上流の無い川。そんな川を初めて見ました。埋め立てられていますが地下を淀川の水を汲み上げて流している。

当然下流の水位が上がればポンプで淀川に放流する事を知る。この事実は大阪府民の多くは知らない。何故?知らせる必要もないからだろう?そうしないとこの川はドブ川になる。それは行政としては当然出来ない。いずれここも埋め立てられるのだろう?その時は今、行なわれている壮大な公共工事が完成してからだろう?この現実も殆どの人は知らない。

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橋の上から下流を見る。遠くに安治川大水門が見える。(アーチ型)その手前にこの川の水門。六軒家川の水門がある。こうして川は国土交通省に管理されている。

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これが先程お見せしたマンション。先週この堤防下の道を歩きました。

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下手な文字。後ろに筆者の名前が刻まれていた。敢えて言わない。政治家に書いてもらわなくても良いだろう?

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この道の右側は既に水は流れていないが堤防が高くてその光景は見れない。この光景はその堤防がない反対側。この下は住宅地です。今迄は洪水の心配があったがこれからは川がないのでその心配はない?しかしこの地域は海抜0m地域です。これで東南海大地震の津波対策は出来ているのだろうか?

(その為に川を埋め立てて堤防より高い緑地化?公園化?)それは有りかもしれない。しかしどれだけの公共事業になるのだろう?その事も多くの人は知らない?天からお金が落ちて来るとでも思っているのだろう?その工事をお見せします。

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ここで昨日の雨風でたたき落された満開の桜もまだ勢いは残っていた。

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「どうだ」お前も頑張れと言われていた。たこ焼きを食いながら一人花見をしていると犬を連れた親父に声を掛けられる。「昨日は満開だった」と言われても全く気にしていなかった。

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「まだ捨てたもんでもないだろう?」そう言われていた。そう。まだまだ捨てたもんでもない。その気になればでは無くてその気にならなければならない。その気にならなければ何も進まない。そのうちいずれ間違いなくくたばる。その時空を見上げてニンマリ出来るだろうか?そう問い掛けられていた。

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さあ腰を上げて歩きましょう。嘆きの言葉を口にしないで自分に出来る事をやるだけです。枝垂れ桜もこれで見納めです。又来年。次は何処の桜が見れるかな?

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この橋も役目を終える。いずれこの橋も立派な道に変わる。しかしその時は何時になるかは予算次第です。前来た時はここで雨にたたられる。右に商店街がある。

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ここは阪神千鳥橋駅ホーム。橋の下が正蓮寺川。川は完全に塞き止められて水は流れていない。この地下を阪神高速淀川左岸線が完成している。この川の水を完全に抜いて緑地化、公園化しなければならなかったり理由は良く分からない。この大事業はこれからどれだけの予算と期間を必要とするのかは、計画の当事者でも分からないのではなかろうか?

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これは堤防の下の住宅地生活道路脇の空き地の風景です。細々と続けられて来た生活はすっかり変わり川を公園化?緑地化する?その延長距離は3キロを超える。そのお金は大阪の何処にあるのだろう?知らない処で凄い物を見る事が出来ました。


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お腹が張る。春だから?春なのに?いい加減に食事制限しなはれ。

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先日の雨風ですっかり桜の花も落ちてしまいましたが、これから桜前線は日本列島を北上して行くのでしょう?京都の有名な桜の名所も落花盛んの表示に変わりましたがまだまだ遅咲きの御室仁和寺はこれからです。今年は満開のタイミングを見はからって1人寂しい花見をします。

でも今はカメラを首に掛けて何処にでも出かけますから一人では無いのかも?この時期は家族揃って車で静岡引佐、三ヶ日、豊川の桜を見ていたので思いは複雑?それでも「春なのに」と思いながら歌謡曲を聴いていたのは昔々の話になっています。

奈良の宇陀には後藤又兵衛の伝説を伝える「又兵衛桜」がありますが今年は花の盛りも終わりでしょう?(パソコンで検索してみると満開)しかし有名になり過ぎてアマチュアカメラマンも少なく無い。場所的にも少し歩かなければいけない。

でも最近の中高年は元気。親父的にはそれもうっとおしい。親父も話好きだが人の気持ちを無視して喚き散らす人。何でもう少し心配りが出来ないのだろう?棺桶に足を入れても喋りは止めない人。如何してそれくらいの事が分からないのだろう?それを考えると殆ど人目にも触れないで咲いている花。そんな所を探さなければいけない。

今日はお腹の案配が今イチ。お腹が食い過ぎに悲鳴を上げている。最近のお出かけで体重はそうでも無いがお腹の張りが尋常では無い。ガスター20を掛り付けの内科の先生が処方してくれていたが漢方薬(六君子湯)リックンシトウに変える。

それでもお腹の調子がすっきりしないと奥の手を出さないといけない。奥の手?何ですか?食事制限。ご飯をお茶碗軽く一杯。味噌汁におかずを2品。酢の物、サラダ、新香(しんこ)それでは食事制限とは言えないだろう?小食。大食いはしていない。(しています)胃の中を空にして休んで下さい。(無理だな)

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2013年4月 7日 (日)

成長戦略?3本目の矢?そんな物はアリマセン。

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先日の「春の嵐」が嘘の様に六甲の山並みが見えています。

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阪神競馬場ゴール前。向こう正面の桜も満開です。この地点は正真正銘のゴール前。この地点で優勝馬は決まっているが今年の優勝馬は7番人気伏兵。二着は2番人気。三着が全く人気無しで高配当。多くのアホが(親父もその中の一人)殆ど負け。

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天気は回復して日差しも差し込んで最高の「桜花賞」でした。親父期待の馬は上位には来たがそこ迄が精一杯。勝負の世界はどんなに実力があっても一度調子を落とすとその回復はむつかしい。勝ち馬はプレッシャーのない外人騎手。来週は牡馬若駒のG−1レースが東京中山で行なわれる。こちらも人気は割れている?

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大勢の観客が見守る中を悠然と周回している。一着馬は7番。残念一番違い。(宝くじでは無いだろう?)多くの人の思惑が外れる。それが競馬。桜花賞は3歳牝馬のG1レース。来週は3歳牡馬の3冠最初のレース「皐月賞」が行なわれる。

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心配された春の嵐は治まり眩い(まばゆい)ばかりの夕日が西の空にあった。東日本ではまだ強風と大雨が心配されているが、この自然災害は早く収まる事を願う。関西は選抜も終わり明日からは一層暖かくなる。(もう暑いとかはまだ言わせない)

日曜日のこの時間。一人暮らしの親父がする事はリモコンのチャンネルを押しながら溜め息を吐く。「見る番組がない」当たり前の言葉を繰り返しながら進歩のない自分に懲りていない。この性根は凄いと思うけれど「せめてテレビの番組でも」その考えが間違っている。

その事に気付けば頭の切り替えは早い。テレビを消してお気に入りの音楽を聴いている。どんな曲?知らないでしょう?ナベサダ(渡辺貞男)のカリフォルニア、シャワー。ホウ。この曲を繰り返し聞いていると眠くなる。ナベサダさんは親父世代。

そう思いながらパソコンで検索してみると一廻り上。親父が今にナベサダさんの歳になる迄干支が一回廻る。そう考えて見ると凄い事だと思う。ズービン、メーターさん(インド出身の指揮者)は親父より8歳年上。親父もまだまだこれからです。

人の事をなんだかんだ言う前に自分の成長戦略を考えなければいけない。何時迄も情けない事をつぶやくのではなく人の心を揺さぶる様な発信をしなければいけない?上ちゃんが博多に行って本当に寂しくなりました。元気で頑張っていますか?

その替わりに親父の相棒を見つける事も出来ました。今度は「骨太のまやかし」を聞かせて下さい。小泉改革は一体何処に行ったのでしょう?アベノミクスもそう言われるに違いない。日銀と政府が一体となってデフレ脱却?デフレの原因は何だと思っているのでしょう?

景気が良くなれば収入も増える?それは高度成長の経済の話でしょう?今でもそれが実現すると本当に考えているのだろうか?それは後世に借金を付け回す事でしょう?戦後最低の政策と批判されない事が不思議です。それでも政治は結果と言えるのだろうか?その事は今週批判されるに違いない。?

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2013年4月 6日 (土)

春の嵐。こちらは風雨は峠を越えているが安心はまだ早い。

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阪神競馬場連絡通路外の桜。満開の時を過ぎて落花盛んの一歩前。関西の桜の名所も流石に週末は雨風に晒されて、これで見納めです。でも今年は多くの桜を見る事が出来ました。残念ながら昨年同様吉野の桜は見れませんでしたが、多くの場所で多くの桜が多くの表情を見せながら、親父の思いに寄添ってくれました。桜の妖精が与えて呉れた多くの思いを受け止めながら次はいよいよ五月の風に吹かれます。

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おめでとう。2番人気。1着。1番人気の馬はスタート直後つまずいて騎手が落馬。

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最終レース。バドックから馬が出て行く。その馬達を見もしないでおばチャンが関係のない事を喚いている。全く聞き苦しい。「馬糞が臭い」尤もな言葉だが自分を何様だと思っているのだろう?自分は見目麗しいとでも思っているのだろうか?まさか?人間の生き方より果敢ない競走馬の短い勝負の時をどう思っているのだろう?何も思ってはしない。興味本位で適当な言葉を適当に喚いているだけ。ただそれだけの事。そんな人が多くなりました。(アンタはどうなの?ええ格好しないでよ)確かに。

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雨に煙る甲山。その後ろの六甲の山並みは見えない。芦有ドライブウエイの展望台駐車場も見えない。車の運転も出来なくなって(やろうとすれば出来るかな?無理だな)バスに乗ればその道も通る事は出来るが、takeさんと見下ろしたこの競馬場を見る事はないに違いない。今年はタクシーで通り過ぎてみますか?(駄目だ。万札が要る)有馬の温泉も日帰り入浴ではつまらない。娘を連れて行きますか?(駄目だ)

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雨に濡れてすっかり寂しくなっているが、明日行なわれる「桜花賞」のレースコース脇の桜はキッチリとその時を待っています。(でも明日の春の嵐に耐えられるかな?)心配ご無用。人間の思惑程浅ましくはない。満開の時を見逃しはしない。

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駅前の花壇。雨が小降りになって煌めいていた。

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こちらも家の近くの花壇。チュウリップの花が季節を感じさせる。でも本当の盛りの時は5月の時に違いない。この綺麗な花壇もお金と人の手が掛かっている。

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2013年4月 5日 (金)

西九条から弁天町へ。高い橋を渡りました。それから鶴橋へ。

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大阪駅前のバス停留所。この前にあった市電の停留所がバスの停留所に変わっている。乗客も多い。便利で運賃が安ければ地下鉄の利用は限られる。大阪市交通局の戦略は間違い無くバスの利用客を減らして地下鉄の利用を進めて来た。その事が良いとか悪いではなくてそれが政策だったのではなかったのか?それが現実は違う。本当にバス路線の赤字路線は減らす事が出来るのだろうか?

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大阪駅前の花壇。すっかり春の様子です。

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西九条の駅到着。駅の改札を出ると懐かしいミュージックが流れていた。ここで立ち止まってうどん赤提灯の上スピーカーから流れて来る音楽は何とも心地好い。

Img_3652_3 鬼うどん。鬼の表情がふだけている。
うどん。国際博覧会。これもウソっぽい。
それでもこのスピーカーから流れて来る音楽は誰が選曲しているのだろう?この音楽に吸い寄せられてどれだけの人がお店の中に入るのだろう?

そのうち親父もそうなるかも分からない。今の処は大阪駅東側のガード下のお店が親父のお気に入りだけれど。うどん大好きの親父の心をミュージックが捕えて離さない?赤鬼の顔が間抜けでなければ間違いないに違いない。

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人通りがない。これが日本各地の商店街の現実。景気回復の威勢の良い話しか報道が出来ないマスコミがどれだけおかしいか?これでも理解出来ないだろう?景気は持ち直している?冗談はそろそろ止めなはれ。株価上昇に浮かれているとハシゴを外されるに違いない。

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春です。春。今日は大阪らしい所をやっと歩きました。埃まみれになりながら若い頃歩いた大阪の風景を思い出していました。

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この砂は近くの川からだけでなくダンプカーで運ばれて来たのだろうか?近くの道が砂まみれで近くに生コンの工場もあった。しかし大きな工場では無い。それはこの土地の狭さからかもしれなかった。しかしここは天下の公道。これだけ埃まみれで良いのだろうか?行政は何をしているのだろうか?黙認です?

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砂かな?砂利かな?鉄路は環状線。川は安治川。この川の向こうはきれいな公園でした。この対比が何とも大阪らしい。こちらは住む環境としては?反対側には広いホームセンターが広がっていた。

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広い駐車場。平日だけれど結構多くの車が止まっていた。ガードマンもいた。

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安治川大水門。この水門がどう回転して水門になるのだろう?役に立った事はない?

その動きはユーチュ−ブで見る事が出来る。初めて見ると感心するが手前に回転する方法は他の水門(上下)と比べてどんなメリットがあるのだろう?その事は関係者でないと分からない。大体この程度の水門でどんだけの高波を防ぐのだろう?

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見上げると大きな橋が掛かっている。この橋を渡る事は考えていなかったがこの先で気持ちが変わる。渡りました。国道43号線。遠くに見える高層ビルは弁天町の大阪ベイタワーです。全国2番目の夜景が綺麗なホテルが上層階にある。どんな人が泊まるのだろう?一度行ってみますか?高い所はお尻がむずむずしてアキマせん。

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水門を見ながらたこ焼きを食う。ここは安治川の堤防の上。私有地。隣の敷地のアンちゃんに怪訝な顔をされるが悪い事をしている訳ではなく無視。目の前には立ち入り禁止のフェンスがあった。「ここはアンタの所の敷地では無いだろう?」コラコラ。

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石碑が読めない。ここが日立造船発祥の地。この国に造船の技術を教えて呉れたのはイギリス人?だった。ウイッキペディアで検索してみると政府お抱えの技師ではない。日本人の妻を持ち実業家。この地で細々と?始めた造船所が大阪鉄工所。それが日立造船の発祥の地となっている。

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先日お見せした六軒家川水門。この先安治川に合流する。安治川大水門は左側にある。全く知らなかった地形が頭の中に入って来る。この水門も今は洪水と大潮対策にしか使われていない。この川の上流は埋め立てられて淀川の水は汲み上げて流している。

反対にこの川の水が上がれば淀川にポンプで流している。いずれここで塞き止められてこの右側の正蓮寺川と同じ運命を辿るのだろうか?しかしそれだけの財政負担を何処がするかは問われるだろう?いずれにしろ半世紀先の話だろう?

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このはるか彼方の正面にこの川の流れはない?上流が完全に埋め立てられている。親父はその事に感動していました?壮大な川の流れを変える大事業。知らないだけでした。大阪の街は大きく変貌しています。壮大な公共事業。

国土強靭計画?そんな事を今更どんな顔をして国土交通省のお役人は言えるのでしょう?この侭では間違いなく国も地方も財政破綻です。その時に求められる事。それは相応の税負担です。その覚悟は出来ているのでしょうか?

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この前歩いた時はこの公園の中には入らなかった。今日は美しい風景に引き寄せられていた。

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先程見上げた大橋は歩行者と自転車も渡れる。しかし高い。この階段を見て一瞬躊躇するが前を歩いているオバチャンのお尻を見ながら歩く。下は見なかった。

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先程見た水門。

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先程歩いて来た道がよく見える。左側。この後橋を渡って右の堤防の外の道を歩く。正面に見える橋が環状線の鉄橋。橋の高さは高い。欄干の端から下は覗けない。

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遠くに梅田の高層ビル群が見える。左遠方。この川が織田信長と毛利水軍が戦った川。実際はこの反対側の河口近くだろう?この先も今は川の両側に堤防が高く築かれているが当時はそれも無く?広い川だったに違いない。もう少しで川を渡ります。

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公園です。ここが新田として開墾された事が公園の名前として残されていた?

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市岡新田会所跡。江戸時代。元禄の頃からこの辺りの開墾は行なわれたと伝えられている。今は往時の面影は何もない。公園になっていた。以前歩いた時はこの事も知る事はなかった。大阪人でもこの近くの人を除いてその事は知らないだろう?

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個人のお宅。この先に弁天町の駅はあった。

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関空特急「はるか」この環状線の一番外を走りこの先西九条の先で環状線と別れ、大阪駅に入らず今は廃止された貨物ターミナルの外を走り淀川の手前で京都線(東海道本線)に合流する。この事も大阪人でも利用客とマニア意外のほとんどは知らない。

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鶴橋到着です。先客がいましたがマスターとゆっくり話ができました。名前も窺う事が出来ました。淡路島カレー。タマネギのうまさとカレールーの甘さが絶妙のハーモニーです。疲れた時に欲しくなるカレーです。苦労人とは話が合います。又クルネ。食事の後のコーヒーブレイクが最高です。話が途切れる事がありません。

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近くの餃子専門店。

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テイクアウト。冷えたら味は今イチ。焼き立てをビールを飲みながら口にするのが良いのだろう?それでも親父さんは商売上手でした。話が合う。

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千客万来。今日は偶々?空いていた。
商売繁昌はそのお店の独特の雰囲気です。お金をどんなに求めてもそれは実現はしません。美味しい物をお得な値段で気持ち良く提供する。それさえ出来れば間違いありません。デフレ克服の為に金融緩和?0金利にしても上向かない景気。その責任を他人事の様に語る経営者に経営責任が問われる時は目前だろう?それでも政治家に成長戦略が期待出来るのだろうか?親父の予測。春の嵐は天気だけではない。来週の株価に注目です。関係無い?そうは言えないでしょう?フクロウも首を傾げていた。




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人の思惑はこれ程に浅ましいのだろうか?

昨日、まだ買ったばかりのウオーキングシューズのつま先部分が不快で歩けず、迷う事無く靴を買い替えました。歩く事が日課となった親父の相棒(靴)も、がに股、甲高、幅広の田舎のどん百姓次男の頑丈?な足を支え切れずに、親父の悪たれに甘んじています。最近の靴は安くなりましたが靴底がすぐ凹んで親父の体重と無様な歩行を支える事が出来ません。クッションの効いた快適な靴は夢の又夢です。

そんな訳で昨日は買い替えた靴で大阪中之島、上流の道を歩いて来ました。靴の案配は今イチ。中々親父を満足させてくれる快適な靴はありません。昨日買い替えた靴は早速、今日はお役目御免。良い日差しの中で日光浴です。快適な履き心地を求めるならば天気の良い日には靴も休ませる。天気の悪い日は履いては行かない。それが大事です。敵の様に履き潰しながらそれでもぶつぶつ言えば罰当たりです。

最近、その事がやっと分かる様になりました。「この歳になって分かる事」今更分かってみても多くの事が手遅れですがそうでない事も少なくありません。それは身勝手な思い違いを知る事です。若い頃、そしてこの歳になっても分からない事。それは勝手な思い込み。その事に気づけば毎日が「ケセラセラ。です。毎日がケセラセラ?

予測不能。なる様になるしか無い。唯、この言葉の意味を勘違いしている人も少なくありません。最近の若者を見ていると(若者だけではないが)人生を舐めている。人の生き方の喜びと悲しみはそれ程簡単ではない。電車の中で合方の体を撫で回しているカップルを見ると虫酸(むしず)が走る。

虫酸が走る。虫酸(虫唾)この言葉も最近知らない人も少なく無いが、今風に言えば気持が悪い?この言葉の語源を調べてみると面白い。自分とは反対の事に見向きも出来無い人が少なく無い。平気に人前を通る人。無礼な振る舞いをしてそれを指摘されても言葉で反応出来ずに態度で更に無礼な振る舞いをする人。

この国の人達がこれ程におかしな生き方をしてもそれがおかしいと思えない感覚。そんな事が何時迄も続けられる訳が無い。喜びが哀しみを通り越して憎しみに変わる事すらも理解出来ないから悲惨な結末も少なく無い。

予測を越える金融緩和。その言葉の意味をこの国の金融関係者。そして小金持達は理解しているのだろうか?株価は下がれば上がる。上がれば下がる。その動向を命懸けで専門的に分析しその事を生業(なりわい。仕事)にしている人がどれだけ没落して行ったか知らないのだろうか?その行き過ぎをチェックしなければならない人がニンマリしている。この勢いが参議院選挙迄続くとしたら空恐ろしくなる。

普天間返還は22年以降?舐めたらアカンよアメリカさん。ところがこの国の官僚達も同じ思いでふんどり返っている。「沖縄の人の思いに寄添い理解して普天間の固定化を避ける」官僚さんの優等生の言葉。そんな言葉に騙されて後10年?

それでも自民党支持の多くの国民はそんな政府を支持するのか?こんな国が世界の何処にあるのだろう?韓国にある?アメリカさんにこの国を守ってもらいながら憲法改正?その理由は今の憲法は自主的に決められたのではなくアメリカに押しつけられた?そのアメリカさんと仲良くしているのは安倍さん。自民党政権でしょう。

憲法改正。TPP交渉参加。成長戦略。口先でどんなに尤もらしい事を言っても、多くの国民の利益を担保する事。そんな事は幼保一体化。待機児童の解消。少子化対策。いじめ問題。雇用対策。景気対策。高齢化対策。財政(赤字を減らす)多くの問題を良く見て下さい。自民党と公明党がやって来た事は民主党がやろうとして出来なかった事と何処がどう違うのでしょう?その事が理解出来ない人が余りに多い。

安倍さんが口にした3本の矢。この言葉の矛盾。金融緩和ではない既得権の排除。そんな事が出来ると思っています?規制緩和と言えば大阪駅前に一度立ってみて下さい。タクシー乗り場前のタクシーの行列。これがお間抜けな官僚が考えた規制緩和。交差点内のタクシー停車(お客の乗降の為)歩行者の信号無視。警察の取締無し。

もう少し賢い生き方をしないとこの国は救い難いと見放されるに違いありません。いいえマスコミが尤もらしく口にする「子供達のいじめ」「体罰」「企業内の厳しい嫌がらせ。役に立たない社員の首も切れない間抜けな法律。夜のゴールデンタイムのお間抜けなお笑い。興味本位の特番。例を挙げるとキリがありません。

北朝鮮に脅され前にお大師さんの鉄槌を受けるに違いありません。マスコミの現状はお間抜けな人がテレビを見なくなる迄続きます。この国の多くの会社がテレビコマーシャルを止める迄続きます。何時迄宣伝効果で人は物を買うと思っているのでしょう?昨日はtakeさんに紹介されたカメラの番組もパスしました。

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花曇りの時。水上バスで見た岸辺を今年も歩く。

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大阪駅前の取り壊された2階の食堂街。すっかり明るくなったが登場した景色に唖然としている。このバスの停留所は何処にあったのだろう?ここに活躍の場を得て生き生きしている市バスには申し訳ないが、赤字路線を復活させるこの厚かましさ。大阪市交通局の幹部の薄笑いが聞こえていないのだろうか?

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今から50年足らず前に松下幸之助に寄付された歩道橋。基本的には大阪駅前の歩道橋は一部を除いて自分の足で歩かなければいけない。雨風を遮る風防も屋根もない。大阪市の大阪駅前の歩行者の利便性は全く考慮されていない。大阪人はそんな行政を相手にしていない。地上を歩かないで地下を歩く。大阪梅田の地下街。大阪を知らない人はとてもすんなり歩けない。携帯のナビを持っても簡単には歩けない。

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地下鉄谷町線で一駅先の南森町で降りる。最寄りの天神橋筋商店街。ここは2丁目。ここから大川(旧淀川)を目指す。歩き慣れている親父でも方向感覚が狂う。それでも目的の場所迄に意外な出会いがあった。これだけの美しい桜が見れたのも何かの縁に違いない。

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唐揚げ400g。412円。Ⅰ2円のオマケも無し。味は昨日同様期待外れ。もも肉はもも福とは成らず。(うまい)イイエ今イチ。看板を撮らせてもらったがこれでは宣伝に成らず。でも商売繁昌の様でした。大阪人の舌はこの程度かも。(こらこら)

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何時か来る事があれば入りたい昔懐かしいお店。2階は甘味どころでした。

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国道脇の場所と言われても信じられない。間違い無くここは半世紀前と何も変わっていない?

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国道1号沿いのお寺さんの桜が満開でした。これだけの美しさは中々お目にかかれない。特別の想いを混めて夢中にシャッターを切っていました。これでも合格点は貰えないかな?それでも中々の物でした。

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目的地大川到着です。

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この橋は綺麗になりました。桜宮大橋。大橋と言うのかどうかは確認していないが手前の桜と同様綺麗です。この上を市電が走って居た頃を知る人は本当に少なくなりました。それでも大阪の活力は何か?パナソニック、シャープでもない大阪の物造り。それが生まれ無ければ、維新の会の口先だけのパフォマンスに、踊らされるだけに違いない。大阪の強さは桜の花と同様に一時の事に違いない。

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この道を直進すると毛馬の水門に出る。この道は歩いた事は無い。それでも川沿いの道は綺麗になっていました。

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桜並木は大川沿いに続いています。その道を天満橋、天神橋方向に歩いています。この道の始まりの桜宮にある造幣局の通り抜けは15日からですが、この桜は満開の時を過ぎています。多くの人がカップルでグループで花見をしていましたが、その賑わいの時も明日迄になりそうです。それでも造幣局の桜は品種が違うので大丈夫です。

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天神橋。橋の上の欄干と人が重なっている。この橋も架けられて久しい。昭和9年にこの形3連橋になっている。大阪を代表する橋です。

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この手前が整地されて公園化されている。案内板はまだビニールが掛かっていた。
絵はがきの様。天神橋は意外に落ちたら危ない。流石に最近はその手の事故はない。阪神が優勝したら道頓堀でなくこの大川に飛び込め。命懸けに違いない。(コラ)

日銀総裁が「思い切った金融緩和」を打ち出して市場も大きく反応しているが、その財源は日銀のお金だとしても元を正せば国民のお金。税金です。その事をマスコミは正しく伝えなければいけない。それをしなかったから戦前の日本は軍部だけでなく国民が暴走した。

勝てもしない戦いに天皇陛下の為と誤摩化されながら。その事と同じ事を繰り返そうとするのだろうか?景気回復。デフレ脱却の為?インフレ目標2%達成の為なら国債発行の7割迄も引き受ける?何でそんな事を日銀がやらなければならないのか?これは本当にひどい政策です。

その事を批判する経済学者がいない?そんな事をしなくても今、やらなければいけない事。それは既得権益の打破です。自分達は美味しい思いをしながら日銀に更なる金融緩和をさせる。沖縄の嘉手納基地の固定化をしない為に辺野古沖埋め立てをして米軍の基地を移転する。こんな馬鹿な事が出来る筈も無い。

出来もしない事をお金でやろうとする自民党。もうそんな政治を止めさせなければならない。額の汗水垂らして生きている人が馬鹿を見ない政治。それが求められていないのだろうか?金融緩和でどんどんビルが建ち公共工事が進み、マンションも買い易くなります。しかし多くの人々は給与も所得も増えません。

景気が回復すれば生活が楽になる。こんな誤摩化しをマスコミ迄していたら、この国は格差社会が間違い無く加速します。その準備をしなければなりません。今年は多くの花見が出来ましたが、豊かな生活は今年限りかもしれません。

お金を貯めなはれ。そしてあなたも生活の心配の無い豊かな生活をしなはれ。そうでないと本当に惨めな生活しか出来なくなるでしょう?明日は初夏を思わせる暖かさが予想されていますがそれも明日迄。週末は春の嵐です。今週は桜花賞。主役不在の戦いです。

アベノミクスとどんなにもてはやされても、実体のない経済バブルは間違い無く弾けます。なんどもその煮え湯を飲まされて来たこの国の経済。しかし、その教訓に学ぶ事が出来る人は本当は居ないのかもしれません。この国の政治と経済界のリーダーは所詮その程度の器に違いありません。この国の先人達はこの有様をどう見ているのでしょうか?親父のお花見はまだまだ続きます。

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この商店街から左に大川に出て桜宮から時計方向に廻って来ました。ここから六丁目迄の長い商店街。ここが南の一番外れ。アーケードも途切れている。

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手入れの行き届いている鉢植え。

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ここからアーケードが始まります。

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この商店街に入らずに左に行くと南森町の関です。右側に行くと造幣局です。

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この階段を降りると3つの駅に行く事が出来ます。しかし初めて来た時出口すら分からなかった。改札で出口を聞いた時鼻であしらわれた。今は?今は案内板を見れば分かります。しかし連絡通路は中々分かり難い。谷町線の南森町。丁度ラッシュの時間で込み合っていました。この路線の駅は出口が狭い。慣れた人で無いと押しまくられる。

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疲れたので阪急デパ地下で柿の葉寿司を買ってコーヒーを飲んで帰る。宝塚線の電車も込み合っていたが一電車待つ。座って前を見ると眼の大きなきれいな女性が座っていた。(こらこら)大丈夫それだけ。(当たり前)

親父はおもむろにバックの中から本を取り出して読んでいました。これから就寝です。賞味期限の切れた買い置きのビールを飲んで目尻がほんのりと赤い。(アホ)ビールを飲むのも久し振り。仕事から帰って一風呂浴びてイッキノミをしていた頃が懐かしい。そんな時代もありました。今は家でビールを飲む事は殆どありません。

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2013年4月 4日 (木)

中之島回廊。昨日の続きです。デートコースには遠いかも?

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昨日の続き。ここは公園の桜。見上げると懐かしさが込み上げて来る。今はその校舎も取り壊されて校庭も「老人ホーム」?ハイカラな言葉で何と言うのかな?小学校入学から卒業の時迄見守ってくれた講堂前の桜を思い出す。今はその面影も無い。

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後ろを走る高速道路は阪神高速神戸線。この道を初めては知った時はtakeさんが中二でkenが高一の夏。九州帰省の時だった。あれからどれだけの歳月が流れたのだろう?こうして満開の桜越しに見上げても感情の起伏は何も無かった。いずれこの光景を越える。そんな大それた事も考える事は無かった。

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よく見て下さい。うぐいすが花びらを突ついている。見えたら幸運です。ヒントは幹が別れている下です。

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こちらも見えるな。少し画面が暗いけれど。ほぼ真ん中に3羽。仲良く語り合いその上にも1羽いました。これでお花見も見納めかも?まだまだ。

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西の空が輝いていた。

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船津橋南詰阪神高速中之島西入り口ジャンクション。

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ここが中之島西端。ここで2つの川が合流している。左が堂島川。右が土佐堀川。狭い様だがそれはカメラのアングルの所為。実際は広い。この橋の欄干は綺麗になっているが橋の土台は半世紀前と変わっていない?

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すっかりきれいななった大阪中央市場本場。左端に警備本部がある。警備は物々しいが中には市場関係者でなくての利用出来るお店もある?次の機会に入って見ます?そこ迄する?(しません)買い物は近くのスーパーで充分です。

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川沿い(安治川)に遊歩道が途中迄整備されていた。しかし歩いている人は殆ど居ない。その訳は歩いて見ると良く分かる。

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中之島西端。ここから川幅は広くなる。しかし水運が天下の台所を左右した昔の華やかさは何処にも無い。いずれこの川も塞き止められるのかも?そのモデルをこの先の正蓮寺川、此花川で見る事が出来る。大阪の風景は様変わりしている。

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堂島川(左)から出て来たボート?が土佐堀川(右)に向っている。河川管理の船?

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これは観光船の桟橋?定期の船着き場ではない。そうであってもこんな所で観光船に乗るのは関係者以外に無い?これが大阪観光に実態です。大阪の観光案内はお任せ下さい。

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大阪湾の方向。対岸は倉庫街。この地域も以前は川の中?(埋め立てられている?)そんな感じがしていました。遠くに見える高層マンションは西九条です。ある事は出来るが結構な距離です。近い様で遠い?遠い様で近い?どっちゃ?どっちも。

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ここは市場の駐車場?奥の立派な建物は大阪中央市場は大阪市内に3カ所ありますがここが本部?建物がデカイ。16階の内訳をパソコンで検索してみると何故か市場とは関係無い行政と民間の事務所も少なく無い。市場を綺麗にするとはこんな事かも?どれだけの税金を注ぎ込んでどれだけの効果を出しているのだろう?そんな物はどうでも良いのだろう?この事も大阪のマスコミは何も伝えない。

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この立派な遊歩道は市場の途中迄しか出来ていない。その理由はこの先を見ると分かります。これが行政の実態です。

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う?この先は市場の敷地?遊歩道は?ここ迄。前来たときこの先迄歩いた時は正面の建物を迂回する。大きく。その案内は何も無い。何も無くても苦情は無い?だとしたらこの立派な遊歩道は何に為なのだろう?何処かの誰かが寄付したのだろうか?それならばせめてこの先の道を工夫出来なかったのだろうか?これが行政の実態です。自分達の組織の為の街造り。自分達の論理。それで充分なのです?

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この十字路を左に行くと暫くして川沿いの道に出る事が出来る。しかしその道にも立派な訳の分からない建物は出来ていた。その前を通ってこの前歩いた水門迄ある骨盛りだったが、前を歩いているサラリーマンの姿を見て気が変わる。直進する。直進すれば野田の駅。

処が親父はそこでは電車に乗らず何と大阪駅迄歩く。恐れ入りました。(何の何の)目的は他にありました。福島駅ガード下の大分中津の唐揚げのお店。遠かった。そして期待外れ。中津迄帰らないと駄目か?

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懐かしい乗り物。「ターレー」市場の狭い所を時代に走れ廻れる。運転は立って行ない。丸い所がハンドル。市場内で物を運ぶ運搬車。電源はバッテリー。前のバンパーも丸い。少し位はぶち当てても平気。半年足らずのコケにされたが楽しかった仕事を思い出す。

あの野菜の取り扱い仲買のお店は今でも大阪府の茨木市場で成長している。産地偽装は当たり前。若い社員があごで親父を使い回していたが、彼等も今は大人になっているのだろうか?市場の改革。そんな事は何も行政は考えていない。規制緩和?冗談でしょう。アベノミクスで嬉々としていられるのも一時です。

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何も変わっていない街並。それでもどっこい生きている。行政と官僚にそれだけの事が求められない事が不思議でならない。税金を食い物にしながらデカイ顔が出来る様になったのは誰のお陰か?その事を見誤れば奈落の底に落ちる事を学習させなければいけない。(無理だろうな?)お大師さん。お頼みしますよ。

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JR野田の駅前に出る。この道は大阪駅前から歩いて来た道。あの時はこの先の弁天町迄歩いた。目的は何だったのだろうか?梅田貨物ターミナルの一番外を走って入る「特急ハルカ」の路線を追い掛けていた。この電車は懐かしい環状線のオレンジカラーです。ハルカの路線はこの反対側です。

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電車の乗らないの?乗りません。歩いても1駅です。ところが福島の駅は遠かった。

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環状線の外側ひさしを借りて関空特急はるかは走っている。この先で環状線と別れてしばらく地上を走る。昨日はこの先で貨物列車と特急「くろしお」?を見る事が出来ました。この路線を「くろしお」が?これはびっくりでした。

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到着です。「中津からあげ」もも肉を5個テイクアウト(持ち帰り)味は悪くなかったが期待外れ。お店の中は繁昌していてトイレもきれいだった?が肝心の唐揚げの肉がモモではね?小さい。唐揚げの一番美味い所はモモではないと思う。違うかな?

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大阪北ヤード到着です。もうすぐ開業(今月末)これで又大阪の顔が変わる。でも大阪の街は多種多様。いろんな処で色んな人が色んな想いで生きている。その実態をほんの一部分しか伝えないで尤もらしい事を語ってはいけない。

親父も本当に知らない大阪をこの三ヶ月間見る事が出来ました。大阪の素晴らしさは確かに実感しましたが大事な事は「豊かさ」でしょう。人の息づかいが感じられない街がどんなに豊かに成ってもそれは「賑わい」とは言えません。

便利さが途絶え人の生活に豊かさが感じられなくなればそれは誰が為の美しさなのでしょう?そんな思いがしていました。これから季節は一時の華やかさを迎えます。自分の住んでいる街を豊かな想いで歩いてみる。その事もこれから問われるかも。

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2013年4月 3日 (水)

堂島の桜。思いがけない景色を見る事が出来ました。

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久し振りの大阪駅?解体工事は進んでいた。

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この広場の有効利用として造られていた2階建ての食堂街は、初期の目的を果たして解体されている?そしてその後のスペースの利用がこれ?ここは親父達が若い頃から空き地とされていた。バスターミナルとして利用しなければならない理由が今イチ分からない。

確かにバスの利用者は多い。しかしその多くは不採算路線。橋下市長は路線の見直しを口にしている。これだけの場所を確保してバス利用者の便宜を図るのだろうか?親父的には大阪の玄関口としてスマートな整地をしてほしい。

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地下鉄に比べてバスは本当に便利です。料金も200円均一。何より歩かなくて良い?地下鉄は速いが足が達者でなければ階段の上り下りと長い距離を歩く事が出来ない。しかしこの有様を見れば分かる。バス路線を生かすには専用レーンが必要です。普通車とタクシーに挟まれて市内は満足に走れない。それでも大阪駅にバスターミナルを造る?交通局のお役人の感覚はこの程度です。

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大阪駅サウス(南)ゲートタワー前の花壇。ここは綺麗になっているがその先の放置自転車。この道の管理者は誰なのだろう?何で排除しないのだろう?駅構内で原発反対の旗を持って歩いただけで検挙されている。やろうと思えば何でも出来るのではないのか?本当にこのギャップは何だろう?管理者の感覚です。原発反対は許さないけれど放置自転車は取り締まれない?ええ加減にしなはれ。

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ここは大阪駅前だけれど公道だから管轄は大阪市?だったら大阪市がやるしか無いでしょう?でも警察は関係無いの?そんな事は無いでしょう?警察が職務質問をしているのは見るけれど取締をしている所は見た事が無い。ここだけではない。そして大阪だけではない。

そんな無法が罷り通る警察の在り方。その事は問われないのだろうか?(問われません)警察は忙しいのです。その結果がこの有様です。大阪のオバチャン。関西のモラルも地に落ちた物です。そのうち綺麗になります。?綺麗事を語らず出来る事からやりなはれ。

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大阪駅西口?この薄汚い徐行の表示。誰に誰が見せているのだろう?大阪交通局のこの感覚?大阪人の感性はこんなもんか?ここは大阪の玄関口でしょう?歩いて見なはれ。工事中は口実でうんざりします。汚い。品が無い。ゴミの放置。悪臭。管理者は苦情を言われないのだろうか?何時迄この様を続けるのでしょう?

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中央郵便局はすっかり解体されている。

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中央郵便局の通りを隔てた南側。左端はホテルです。

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堂島川。上流の桜吹雪が流れている。

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フェステバルホールももうすぐ開演です。この上のオフィスビル。朝日新聞も入っている。新聞社。そんなに儲かるのだろうか?このビルが100%埋まれば1万人の人が働くのだと言われている?これだけのビルでどんだけの会社が儲かるのだろう?この反対側の旧朝日新聞ビルが解体されて同じ高さのビルがもう1棟完成すると言われている。凄い再開発が行なわれる。知らない処で知らない世界が進行している。

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堂島川を渡っている。

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これから歩く道。堂島川を春の光が満ち溢れていた。

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旧ビルの外壁を残して高層オフィスビルが完成していた。このビルの所有会社。大阪の大きな会社。

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はしの名前が読み取れない。何だったかな?昭和2年建設。

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大阪市立科学館。前にも紹介したこの空き地と駐車場。

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139階建て?どんな高層マンションが建つのだろう?

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このビルでも50階建て位だろう?これでも最上階には住めない。(アンタはね)

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これが大阪です。大阪は今すっかり大きな変貌を遂げています。

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次はここでたこ焼きを食わないといけない。それともおにぎりにしますか?広いリバーサイドの道は何も語らずベンチも勧めてくれませんでした。次は何時になりますか?この道は気持ちの良い道でした。

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このさり気ない石標。堂島川で物資が運ばれていた時、ここで荷下ろしがされていた事が分かる。

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ここから又桜がこれでもかと咲き誇っていました。

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この先もう少し歩きました。疲れたので今夜はここ迄。明日又まとめます。

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春爛漫。パート5。でも今日は親父のうんちくです。

うんちく?辞書を引いてみると言葉の語源は定かでないが、専門知識、人の知らない事を披露するとか?しかし親父的にはこの言葉は本当に親しい人にしか使ってもらいたくない?「親父さんのうんちくは深いですね」なんて言われると言葉に詰まる。

うんちく。この言葉はどうでも良い事を(雑学)を尤もらしく語る。(いかにも尤もらしく)しかしこの言葉程相手に非礼な言葉である事を意外に認識していない。それでも今日は春の陽気に花見酒のつもりで聞いて見て下さい。

今週から新年度。多くの企業では経営者が尤もらしく多くの事を語る。これ程に滑稽な(失礼)な風景は仕事をしなくなってみると良く分かる。経営者は新年度の自分の抱負を語るのだが多くはそれが会社の方針。業務目標として語られる。

この光景を新聞テレビが尤もらしく報道するが、これはこの時期の風物詩(季節特有の出来事)をニュースとして伝えているだけで、一歩引いてみると(その会社に関係のない人々)に取ってはどうでも良い事である。ところが最近の解説はその事を賑々しく伝える。賑々(にぎにぎ)しく?この言葉も最近は知らない人が多くなったが賑やか、華やか。その言葉の重みとは逆に軽々しく語られている。

親父の今日のうんちくは「これからの消費について」少し重いテーマですが今年になって大阪の街を3ヶ月間歩いて感じた事を語ります。最近、新聞は見ない様にしていましたが経済新聞だけはパラパラとめくります。この新聞が160円。その価値は全くありませんがそれでも買うのは経済動向は親父のボケ防止みたいな物でしょう。

そう考えれば安い物です。若い頃、それから結婚しても真剣に読んでいた朝日新聞。大阪に戻ってその新聞と読み比べていた毎日新聞も最近は全く見ません。その理由は明白。社会の矛盾。社会の不正。社会の悲哀。それの掘り下げが浅い。

昔はそうではなかったと言うと自分でも情けなくなるが、政治家、評論家、学者、医者、経済、経営者が語る程人々は幸福でない事を報道は伝えなければいけない。それが無くなったら見る価値は無い。その原因は政治家と経済界(スポンサー)の圧力。

それを跳ね返せなければ報道の社会的責任は失われる事を理解していない。(理解しています。)それでも政治家とスポンサーには勝てない。これから求められる事はその事は有料でないと無理。その事を痛感している。そんな生き方をしなければいけない。その典型的な例が格差社会。これから景気が良くなる?それはこの記事を見れば良く分かる。

「消費 ちょっと背伸び」確かになんだかんだ言いながら現在は不況でない恵まれた人も少なく無い。そんな人達は確かに「高めの商品」に手が出せる?お間抜けな新聞社が6人の専門家?に聞いている。専門家?

その肩書きは電通総研研究主幹、博報堂生活総合研究所所長、日本総合研究所主任研究員、JMR(ジャパンマーケティングリサーチ)生活総合社長、マーケティングライター、ニッセイ基礎研究所研究員。錚々(そうそう)たるメンバーです。

特に優れている?この国の消費動向の把握(はあく)実態をつかむ。つかんでいる?(そう思っている。そう思われているだけだろう。これは親父の偏見です)この国の消費動向は上向いているのか?そうではなく下向いているのか?その事をこの人達に語らせるのは間違いです?

何故なら彼等は当事者。消費経済の旗ふり役、分析者。部外者ではありません。自分達の存在をどれだけ正当化しても自分達の仕事に関係ない人達(生活弱者)の存在を推し計る事は出来ないのです。景気回復。消費動向をどんなに高らかに語ったとしてもそれは自己満足。厳しい現実を認識していない。

この肩書きを見ながらその事を痛感する。意外な事に後3ヶ月もすると天下分け目の選挙(参議院選挙)があり、自民党が圧勝し衆議院、参議院のねじれ(議員の構成)が無くなるだろう。そうなれば安倍総理は本領を発揮出来ると言われている。

多くの国民もその事を期待しているが自民党の本質は支持者の利権を違える(たがえる)事は出来ない。戦後日本経済繁栄の原動力は優秀な労働者であった事がどれだけ理解されているのだろう?自民党がして来た事は古い自民党とかうそぶかれているがその言葉は誤摩化しです。

その実態は憲法解釈、自衛隊の解釈、日米軍事同盟、沖縄基地の固定化、日本国内の米軍基地の広さ、日本経済連、日本商工会議所、農協、医師会各種の圧力団体、官僚の肥大化を見ても良く分かる。彼等がどれだけこの国をおかしくして来たか?その事をマスコミに語らせる事は無理に違いない。そう考えるとこの国のこれからの在り方が良く分かる、それでもその事が理解出来る人は少数に違いない。

景気は上向いていません。消費の動向も厳しい。その厳しい現実を彼等はどう認識しているのだろうか?注目しなければならない事はさすがの彼等もこの先の経済見通しを楽観していない。アベノミクスとやらでは来月から成長戦略を打ち出すと高らかに宣言されているが、この国の成長戦略その事を見いだせなかった多くの経営者達はその事をどんな言葉で誤摩化すのだろうか?

円高不況?決められない政治?規制緩和?海外投資?国内では物造りは出来ない?自分達の無能、時代の多様化した変化に対応出来ない集団経営。決められない政治では無く決まられない経営。その事が分からないこの国の経営者達に希望の光は経済音痴の安倍総理だろう?

沖縄の辺野古沖埋め立ては嘉手納の固定化を避ける為?こんな筋書きしか書けない政治家に多くの人が本当に支持しているのだろうか?アベノミクスで経済の流れが大きく変わる。明日の日銀経済政策決定会合で金融がが一段と緩和される?それでインフレが進む?お金のある人は高い買い物が出来ても余裕の無い人はどうすれば良いのでしょう?これから3ヶ月程度でその流れを変えられるのでしょうか?(それは無理です)

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2013年4月 2日 (火)

春爛漫。ナンバー4。

京都円山公園から東山山麓長楽寺。一転して祇園白川。鴨川と琵琶湖疎水の川端通りを歩いて平安神宮の前迄。歩く疲れも忘れて満開の桜を追い求めていました。少しまだ満開前だったけれど久し振りに美しい人に会った感じがしていました。それではこれで最後です。今年の大きなエポック(時期)になりそうです。

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東山山麓蹴上(けあげ)から流れて来た水は何処に流れて行くのかと思っていたら、ここから川端通り沿いに90度左に折れて流れて行きます。今はこの疎水の偉大さに見向きもされていないが「琵琶湖疎水」。この明治時代の1大公共事業が京都経済に与えた大きさを理解をする事は出来ない。

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平安神宮は正面の橋のその先の橋を渡ると左側にある。今日は流石にそこ迄は歩けず平安神宮の桜はお預けでした。今週はまだ見頃ですがここからの景色だけで充分でした。この橋の上から見える桜の美しさには言葉がありませんでした。どれだけその思いが伝えられるか?見てみましょう。

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シャッターを切りながらこれだけ注目される桜も少ないだろうと思っていました。近くで同様にカメラを構えている女性に聞いてみても「毎年ここの桜が一番綺麗」と言っていた。その言葉に全く同感でした。何時迄も飽きない感動。それがこれでした。

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同じ様な写真が多くなっているが、橋の上や橋から少し離れたりして夢中にシャッターを切っていた。まだ一杯の写真を撮っているから時を改めてお見せします。この橋の上に立った事は初めてではなかったと思うが、この辺りの地形が分かって来た。

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この道を歩いて行くと平安神宮の前を通り岡崎方面に抜ける。そこから北上すると哲学の道。銀閣寺と繋がる。この道は何時か歩かなければならない。時間的には3時間は掛かるだろう。距離にして10キロ前後の丁度良いウオーキングコースに違いない。何時の事になるのだろうか?(5月だな?)はやー。それ程に素晴らしい出合いでした。

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全く知らなかった散策の道。出合いの道。別れの道。どんな道になるにせよそれは自分が踏み締める道。他人(ひと)が踏み締める道では無い。その事が分かればこの道を気持ち良く進めるに違いない。近くでも素晴らしい道がある。多くの人がその事に気づいていないのだろう?

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それでは皆さん良いお花見を。「花の命は短くて苦しき時のみ多かりき」呉々もお忘れ無く。東京は桜の花も散って冷たい花冷えの様な天気に雨が重なり、恨みの4月が始まりましたが大阪はこれからが春真っ盛りです。しかし今年の気候は例年とは変化が大きく予測不可の様相です。

親父はマスコミの情報不信になりながら経済ニュースには敏感です。毎日がお遊びの親父でもそれくらいの学習はしています。毎日が厳しい現実との戦いをしている企業戦士にエールを送りながら奮闘を心配しています。何事も程々に。このこれから満開の時を迎える花びらを送りながら親父の今回の花見は終了です。

次は昨年パスした御室仁和寺の遅咲きの花見です。「私(わたしゃ)お多福御室の桜花(鼻)は低ても人は好く」と昔から歌われている桜を久し振りに見たのは2年前。あの時も満開の時を過ぎていましたが、花の盛りを見る事はそれ程にむつかしい。人の気持も同じかも知れません。毎日の様に通っていたセルフの喫茶店。足が遠のいている。

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春爛漫。パート3。

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京都白川の大和橋。渡るのは久し振りです。この近くで舞子さんの衣装を借りて観光客が路上で写真撮影のサービースを受けていた。感想?何で写していないの?本物とは比べ物になりません。いくらお金を払っているとは言え人前でその姿を晒す。恥ずかしくないのだろう?記念になるとは言え多くの人の前でポーズを決める。親父的には信じられない事でした。現在人の端(はした)無さとは言わないのだろう?

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人の浅はかさを川の流れは見つめる事も無く流れていました。後半月もするとこの美しい桜の花びらは消え失せ葉桜に変わります。本当の美しさはその時に見せてくれますが、その時にこの橋の上からどれだけの人がこの景色を見ているのでしょう?。

京都白川が本当の美しさを見せて呉れるのは人通りが途絶えた暑い夏の一時かもしれません?(それは親父の偏見です。)(京都の夏は思っただけでうんざりです)ふーん。夕涼みの君は美しいと言われてみたいとは思いませんか?(止めて下さい)

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歌舞伎座前に出て来ました。これから鴨川沿いに北上します。

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この道を歩くのは昨年東海道を歩き始めた秋以来。あの時は思い掛けない紅葉を眼にする事が出来た。今回は桜。左に鴨川。右に疎水の流れる散策の道は最高の贅沢でした。来年は見れないかもしれない?そんな事を考えていました。願わくばもっと綺麗な景色を見たい。そんな我が儘をつぶやいていました。(無理だな)それ程に美しい景色が広がっていました。

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カラスが居るけどこちらを見てくれなかった。一生懸命に身繕い(みつくろい)をしていた。鴨川に飛び込んだのだろうか?行水をする程暑くはなかった。

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こちらは疎水の水。何処から流れて何処に流れて行くのか分からなかったがやっと分かる。明治の大事業。明治政府の成した国づくりと今日の公共事業の違いは何だろう?スケールの違いだろう?後世の人が現在人を評価するのは電波搭や高層ビル、新幹線、高速道路だけではなく街造りにちがいない。それでもこの疎水も今は無用の長物です?

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この看板は平安神宮の案内図ですが今日はパス。琵琶湖疎水が左から流れて鴨川に注いでいる。この水は琵琶湖からトンネルで京都に取込まれている。明治の大事業を知る人も少ないが親父も学校では学んでいない。この壮大な事業も今はその遺跡でしかない。この事業の詳細はウイッキペディア「琵琶湖疎水」で検索出来る。

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ここで休憩。洗濯物を干して来ます。大阪の天気は花曇り。天気予報は雨模様ですが小雨程度?桜が散る程の☂にはなりそうにない。

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三条大橋到着です。ここから東海道53次出立。そしてお江戸からは到着です。親父は東海道の旅始まりの時、ここから山科迄地下鉄と京阪電車を乗り継いでいた。大阪の関は歩いたがあの頃は昨年の冬だった。ようやく暖かくなりました。鈴鹿越えは何時でもOK。

問題はその先何処迄歩くかでしょう?そのルートがまだ決まっていない。(それは口実)気持ちが入れば名古屋位迄飛んで行きそうです。問題は?何処に泊まるかでしょう?それでもあるき旅。始まります。何時?「桜花賞」が済んでから?(アホ)

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この先でデカイあんちゃんに絡まれる。しかしそんな事でたじろぐ親父では無い。眼が戦闘モードに切り替わる。「何じゃ我」木の芽が芽吹く頃はこんなおかしな人が出て来る。無視。しかし腰は引けていなかった。体を半身で構える。(止めなさい)

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鴨川の水は絶えずしてしかも元の水にあらず。鴨長明が「徒然草」で語り掛けた言葉は今でも変わる事は無い。それでも浅い川底にはヘドロが堆積していた。意外に京都の川には生活排水が流れ込んでいる。

川の両岸にはカップルが座っているが川面を流れる風に爽やかさは無い。臭い。これは京都市政の恥です。観光地としての条件を満たしていない。これは本当に意外でした。人間の装いも同じかもしれない。どんなにお上品に取り繕っていても爽やかで在りたい。

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三条大橋です。

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バス停。岩倉方面。(京都の北)嵐山方面。(京都の西)ここからバスに乗る人は少ない。親父も利用した事は無い。

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この先で鴨川堤防に降りる。この辺り迄来るとカップルも少ない。手にして来た近くのお店のおにぎりとサケの弁当を広げる。川の臭いも無かった。堤防の上から弁当をすべり落とす。でもおにぎりとサケが飛び出す事は無かった。(行いが宜しいから?)その後カメラのキャップも落とす。これも大丈夫。緩やかな石組みでした。

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その前に三条大橋のぎぼし。その由来歴史も知ると面白い。橋の欄干(らんかん)で検索するとでこの写真と由来が分かる。漢字はMacの漢字変換では無理。大体この名前も知らんもんな。正面奥が京阪三条駅。(地下になりあちこちに出口が伸びている)

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こちらは疎水の水。相当も水量。水門がある事も知らなかった。

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それではお弁当。1人で食うにはこれで充分。昨年の秋、奈良山辺の道と滋賀草津線の途中で食ったのと同じ弁当。おにぎりとサケの旨さが人気。いつも売り切れ。それでも多く造ると売れ残り。その見極めがむつかしい。サケが旨いからだろう?

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この橋が2条大橋。昭和6年建設。そんなに古くは見えなかった。親父より13年先輩。後13年生きれるだろうか?そう考えて見ると人の命は誠に果敢ない。親父が大阪に戻ったのが平成10年。それから今年迄の歳月と同じと思うと愕然として来る。堤防の下に緩やかな堤防がありその下の川原に菜の花が咲いていた。

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ローラースケートの広場。京都市も粋な計らいをするなと思ったがそうではなかった。この左のゲートが開くと疎水の水を放流?それは危ないよね。それでも通行をする人が居る?まさか遠隔操作で放流する訳は無いだろう?

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この先に桜の名所がありました。ここは琵琶湖疎水の道。ここを歩かなくても橋の上から本当にきれいな花見をする事が出来ました。今迄見た事の無い風景と桜の花芯でした。本当の美しさをお見せします。でも今回はここ迄。パート4をお楽しみに。ちょっとお出かけ?です。

 

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春爛漫。パート2。

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八坂神社。本殿の回廊。殆どの観光客はここに入る事は無い。理由?それは少し観光ルートから外れているだけです。

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久々の再会です。樹は大きくなっていたが流石に老いていた。40年の時の流れを感じていた。それでも気が遠くなる程の歳月に秘められた出来事はどれだけ背負ってくれたのだろう?(それは無理だ)一喝されていた。自分の始末は自分でしなさい。自分の不幸は自分で背負いなさい。そう言われていた。(おっしゃる通り)

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大石内蔵助の御典医(寺井玄渓)は討ち入りの仲間には入れず京都長楽寺で亡くなる。御とし90歳。当時としては長生きをしているが忠臣蔵討ち入りの志士が切腹しても自分は天命を全うするしか無かった。この石碑の文字はその思いを刻み込んだと言われている。「有為転変」(ういてんぺん)この四文字熟語も死語になっている。

意味?辞書を引きなはれ。(この世の中の事物一切は因縁によって仮に存在している物。常に移り変わる果敢ない物。)何も拘る(こだわる)事は無いと言う意味。その事が分からないオバカも少なく無い。一時の幸せ。一時の愛。その事も忘れるな。(コラコラ)

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長楽寺入り口横の甘味処。今日は営業中だったがさすがの親父一人では入らない。帰りにカップルの馬鹿笑いが聞こえていた。そんなもんだろう。

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近くで知恩院の場所を聞かれる。とっさの事で一瞬考えるが左の方向と答えながらこのお寺さんを教える。お年寄りが居たので墓参りだったのかもしれない。余計な事を言いました。このお寺さんの素晴らしさは少し理解し難いかもしれない。拝観料が650円になっていた。今日は居なかった大和尚が言われる様に京都の寺は何処も維持して行くのが大変です。有名な寺はそうでも無いが無名な寺は本当に大変です。

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若い時この池を見に来た時、先代の和尚に自慢された。あの時も同期の友達とカメラを手にして来たが時の流れを感じていた。同期の友も同じ府内に住んでいるが今は音沙汰もない。親父程バイタリティーな生き方はしていないに違いない?(コラ)嫁も知っているがばあちゃんになったに違いない。(止めなさい)(ジジイのくせに)

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本堂です。

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この上に幕末の志士、国学者、頼山陽先生のお墓がある。ゆっくり上がりながら京都東山の山麓を見上げていた。今はフェンスが貼られているがこの道を歩く人はほとんど居ない。

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高見に上がると京都の街並が見える。手前がさっき歩いていた円山公園。ここ迄歩いて来れるかな?近くでうぐいすの鳴き声が聞こえる。親父が口笛でチャチャを入れると綺麗な声で返事をする。親父の口笛ではとても真似が出来ない。うぐいすに馬鹿にされていた。

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再び円山公園を歩いて外に出ます。大勢の花見の人達が静かに花を見ていました。酒飲みが全く居なかったのはサラリーマンが仕事中だったからでしょう?多くが女性と子供達。それでもカップルも多く意外に女性のカップルが少なくありませんでした。唯、親父は全く関心無し。(そりゃーそうでしょう)でもいい歳をしたカップルも居ましたよ。

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この石碑が円山公園の史跡名勝天然記念を明示している。(昭和6年10月文部省)

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食いたいか?おにぎりの弁当を持っているので見るだけです。哀れ。イヤイヤ。

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食いたいか?そんな身分では無い。いもぼうとはどんなもんか興味を持っていた。いもぼうとは海老いも(田舎の里芋)と棒鱈(ぼうだら)の煮込み?京都の自慢料理?田舎の煮しめに鱈が入っているだけ?違います?何が?上品なお味どす。さよか。

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次に来るのは秋だな?狛犬に睨まれていた。その訳がこの先で分かる。それでもこの親父。喧嘩では負けないよ?(コラ)喧嘩の必勝法?相手にしない事?それでも掛かって来たら?けり倒す?(ウソでしょう?)ウソです。防御しなはれ?ウソでしょう?これは本当です。ボクシングの防御の構え?負けへんで(コラ)

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八坂神社を出て祇園から鴨川に出て枝垂れ桜の道を歩いていたら、自転車で横から来たデカイアンちゃんに喚かれる。何を言っているのか分からない。この時大事な事は相手にしない。無視。それでお終い。それだけの事だった。見知らぬ相手にエエカッコをするのはアホです。この狛犬はその事を教えて呉れていた。

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ここは八坂神社前のお店。中で順番を待っていた。(覗いたのか?)お店の中の入った人がすぐ出て来た。そう簡単には食えないよ。甘いね。ここは有名店です。

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予約が必要です。天下御免のお店。財布を気にしないで入ってみたい。(アホ)

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まだまだ続きます。でも今夜はここ迄。本当に今日は良い花見が出来ました。しかし多くの人出。人並みの後を歩いていたらこれだけの桜を見る事は出来なかった事でしょう。この後も「大和橋」を渡る事が出来たしもっと綺麗な花見が出来ました。そのまとめは明日のお楽しみ。天気が良くて最高のお花見でした。1人出なければこれ程は歩けなかった事でしょう?

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2013年4月 1日 (月)

春爛漫。近くの桜から京都円山公園。それから長楽寺。祇園。鴨川を歩く。

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早く見ないと散ってしまうと気になっていたが今日見て来ました。近くの路地の一角に今年も見事な姿を見せてくれました。でもtakeさんから言われる様にピントはまだまだ。今日は精一杯半押しをしながら学習しましたが一朝一夕には行きません。それでは学習の成果見て頂きましょう。

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少しは上達の感じもするがいかがでしょう?(今イチ)そうかもね。気にはしているから段々良くなるでしょう?何事も努力に勝る天才なし。でもいい加減な所が無いとしんどいしそのバランス感覚。大事にして下さい。この世の中はその程度の気持ちが大切です。努力もしないで成果だけは期待する?そない甘いもんやおまへんのや。閻魔大王に一喝してもらわないといけない人が少なくない。アンタは違うけれど。無理はしないで下さい。

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この後近くの神社に。銀杏の新芽が芽吹いていました。これもピントの合わせ方がむつかしい。どんな案配かな?

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うーん。今イチ。新芽にピントが合っていない。これは自動では無理かも?(言い訳すな)写真が汚い。(空は青いけれど)トホホ。

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椿の花でごまかせないよ。(バレたか?)

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ヤブツバキの花も今が盛りでした。

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桜の老木。桜の輝きは無くなったがまだ生きている。生きる事は喜びばかりではないけれどくたばる迄淡々と生きる。そんな生き方は出来ないかもしれないがこの老木はそんな事を教えてくれる。多くの人が多くの事を語るけれど大切な事はその程度かもしれない。この桜木から学んだ事。それは生きる事の厳しさでした

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それでは練習はこの程度にして今日は京都円山公園の枝垂れ桜を紹介します。新婚の時見たあの若々しさは無くなっていたが素晴らしい景色が広がっていました。その後東山山麓長楽寺を散策し、鴨川沿いの桜ロードを歩いて来ました。最高の桜の美しさを紹介します。でもその前に休憩です。ニラ玉を焼きます。昨夜失敗したので今夜はどうかな?

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これだけ朽ちた幹からも新しい枝が伸び花芽が咲いている。後ろの淡い緑の背景はいろはもみじの新緑です。秋になるとこの立場が変わる。その事を私達は知らなければならない。今、どんなにデカイ顔をして生活弱者をこき使っていても、何時かは立場が変わる。その時どんな生き方が出来るのか?その事が今、問われている。

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今の親父の状態はこんな状態かもしれない。しかし、どっこい生きている。来年も又元気な姿を見せて呉れるの違いない。桜の樹の生命力。その凄さを知らないからお間抜けな生き方が出来るのだろう?この国の財政も同じだと言う事を理解出来る人は少ない?国土強靭化計画?お坊ちゃま総理にはこの姿は理解出来ないだろう?自分がドサクサに紛れて総理になった事を誰が教えているのだろう?

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それではお待たせしました。京都です。信じられない?それでは証拠をお見せしましょう。

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これでは分からない?それでは鴨川です。親父の定点観測地点です。

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京都は桜の美しさが違う?イエイエこんな物ではありません。これはホンの始まりに過ぎません。後ろの建物は歌舞伎座。ここは四条大橋。大勢の人で溢れていました。

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八坂神社到着。目的の円山公園はこの奥です。天気は良くて大勢の花見客で一杯でした。でもまだ明るかったからか酒飲みの歓声はなかった。春でした。春。爛漫。その中をカメラとバックを首に掛けて黙々とシャッターを押していました。本当にお疲れ様でした。一人で歩いていても誰かと歩いている様でした。ページが一杯になったのでこれから先はパート2にします。絶景が見れます。お楽しみに。唯で見るのは勿体無いかも?(コラコラ)

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