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2012年9月30日 (日)

10月。秋です。台風一過の爽やかな天気。心も体もどれだけ一新できるのだろう。

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先日30年プラスアルファーで見た京都府立植物園。でもこの噴水の記憶は途切れていた。見ていない事は無いのだろうがこの景色が変わり過ぎていたからだろうか?それとも親父自身が変わり過ぎていたのだろうか?そんな事はどうでも良かったけれど空は青く初秋の風が流れていた。この公園で多くの思いを重ねた日は昔々のお話しになっていました。

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手を叩きながら自分自身の事は顧みる事は無かったその証はこれから問われる。この景色の中に親父は見えないがその親父が一人で見つめている。何たる皮肉。子供を育てると言う事はこう言う事かもしれない。それでも親父の生き方は心配されている。

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開花の盛りは過ぎてもその美しさは変わらない。人の美しさもそうでなければならない。人が人らしく生きる。それはどんな事なのか語る人は少ないがさり気なく教えてくれる。そんな人、そんな関係が本当の美しさかもしれない。健康で輝いて生きる。その事を忘れてはいけない。お名前は?聞いても忘れるから聞かなかった。

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おお牧場は緑。(違います。ヒマラヤ杉の歓喜の踊りです。)それも違う。万博公園で24の時に見た万博公園の太陽の搭の姿は小さくなっていたが君は違うな。

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一日が終わる。一日一生と思い上がって生きていた若さはもうない。しかし考えて見るとあれは若さと言うより身の丈を知らなかっただけだろう?自分の可能性に挑戦する。その思いも若さ故の過ちだったのかもしれない。それでも後ろを振り返らないで雄々しく歩き出すしか道は無い。哀しいけれどしょうがない。哀しさを喜びに変える。ベートーベンの第九。歓喜の歌が聴ける時は近い。

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鴨川と植物園の間の堤防の道。雨が降ったらぬかるみの道。その道を靴を汚して歩いた日々も帰らない。それでもこの夕暮れの道を黄昏の道に出来るのは何時の事だろう?足腰を鍛えて後どれ位歩けるのだろう?それはアナタ次第です。それは間違いない。

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比叡の山をこれ程間近に見る事は難しい。ズームアップしています。比叡の山が京都の鬼門の方角にある事を知る人は少ない。世の中がどんなに変わり建物が建て替えられてもこの鴨川の土手の上から見える景色は何も変わってはいない。そう考えて見ると人の世も哀れです。

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そうです。心労をどんなに抱えても自分の心を開かないと誰も助けては呉れない。自分の心をどんなにわめき散らしても誰も助けては呉れない。口先だけの言葉を語れる人は相手の心を突き動かす事は出来ない。

その事が出来た喜びを忘れてはならない。どんなに心が通じ合えたとしても自分を大事に出来無い人は、愛する人にも優しくは慣れない。自分勝手となじられた親父が言う言葉だから説得力はないけれどこの言葉は間違い無い。

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