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2012年9月27日 (木)

山辺の道が笑っていた。この国の歴史を見ていた道は今、何を指し示しているのだろう?

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山辺の道が教えて呉れたもの。それはこの国の原風景でした。偉そうな事を毎日書いていますがこの道は農道でも舗装されています。山辺の道と言われても農作業の車は走るし、その為には軽トラと農作業の車が走れる道が必要です。

この道を歩く人はこの全行程13キロがあるける健脚の中高年で親父の様な屁タレは論外です。それでも天理から桜井迄の道程の約4割は歩きました。残りは半分と少しですがこれからは絶景ポイントが続きます。次は万葉まほろば鉄道天理の先の長柄の駅から歩きます。

駅から山辺の道迄約2キロ。その登り坂を親父が上がって行く姿はきっと誰かが見ている事でしょう。空海が若き日にこの道を歩きながら仏の道の在るべき姿を追い求めていたお寺は長岳寺。そのお寺さんに合えるのも近いうちでしょう。

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夕暮れが迫り左の竹内環濠集落に行くのを諦めこの先で下に降りる。その先にバス停は在るが一日数本で役には立たない。その下にJR万葉まほろば鉄道(旧桜井線)がある。この駅も無人駅。単線。列車の本数は朝夕は1時間2本。その他は1本。それでも親父の田舎日豊本線とは違う。

利用者は通勤通学の人達。何故か四国でもそうだったが地方の鉄路は本当に寂しい。自分達の足を自分達で支える思いはないのだろう?明治の時代にこの国を近代国家に導いた地方の活力は、後10年もすれば廃れてしまうのだろうか?

田舎で仙人の生活をする。その夢は果敢なき夢、幻に終わるのかもしれない。それでも諦める事は無い。雨露を凌げるところが在れば。(それは無理だ。)健康で文化的な生活を営む権利を有する。何とお間抜けな日本国憲法だろう?地方の活力?それは街起こしから始めなければならない。パソコンがあればそれも有りかも?(それも無い)

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