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2012年9月 4日 (火)

久し振りの雨。季節は一気に秋の気配を増すのかもしれない。

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久々に見る雨の風情。雨降りは濡れるからイヤだと言う人も少なく無いが、暑かった大地が冷されて秋の気配が深まるこの時は、ほっとした気持ちとこれから深まる秋の気配に心が高ぶって来る。あめが嫌いだと思う気持ちにそんな感動は無いのだろう。

人の心の絆が浅くなり表面的にどんなに心の奥底を誤摩化しても突き破れないもの。それが推し計れなくなって久しい。そんな親父でも今日薬局で幼い子供と会話をする。厳つい親父と言葉をやっと口に出来る様に娘。当然会話は出来なかったが優しい気持はガラス越しの表情で窺い知る事は出来た。

彼女が成人する頃には親父もすっかりくたびれているに違いない。それでも肉体の衰えを感じさせない剛毅な心。それを持ち続ける事は無いと思うが、くたびれた生き方だけはしていないに違いない。最近の高齢者の生き方で一番感じる事。それは幼児の如く求めて止まない探究心かもしれない。(年たけて大人げない探究心は頂けないが)

血圧の薬を飲み始めて正常値に戻りました。そう簡単に下がると言う事は体にとっていい事なの?と思いながら先生に聞いて見るとそれもあなた次第と答えられる。いい加減な話だと思いながら胃薬も注文する。テレビコマーシャルで良く耳にする胃粘膜の薬。先生が言うのは胃の検査は「何時でも出来ますよ」食欲が判断基準かもしれない。顔色を横目で見ながら笑っていた。季節の変わり目。ご自愛下さい。そう言いたかったのだろうか?

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