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2012年8月

2012年8月31日 (金)

お気に入りのコーヒーを立てながらパンを食っている。

掛り付けの内科医の午後の診察は16時半から。それ迄はどうしょうかと思っているとベッドで横になる。起きたのは3時だった。こんな体たらくな生き方をしていると政治家を批判する資格も無いと苦笑しながら起き上がる。次に考えた事はパンを買いに行く事だった。(オイオイ)お気に入りの焼き立てのパンがあり写真を撮る前にかぶりついている。それだけの食い気があれば心配はないかも知れない。

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何だピンボケじゃあないか。そうです。照れているのかな?そうではありません。

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駅前の空。日差しは暑いが上空の雲は秋の気配です。風が心地好い。

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遠くに積乱雲が見える。昨年の今頃見た雲は迫力があったが今年の雲はどうなのだろう?暑い。暑いと言っている間に故郷大分の最高気温は30℃を切っている。9日前に見た足摺岬も一気に秋の気配を見せている事だろう。これから季節は変わる。変わら無いのは政治の世界だけかと思いきや、そうはイカの0000。この0000は誰が教えてくれるのだろう?親父に食ってかかった青年にも分からないかもしれない。

大阪天王寺に再来年日本一の高さの商業ビルが完成します。高層ビルの火災の恐ろしさを知る親父にはとんでもない高さに思えるが、それだけの価値を何処に見出すのだろう?親父が現役バリバリの時体験した新宿の何とかビルに今でも当時のショールームはあるのだろうか?ありません。今は自社ビルが完成しています。しかし、その会社の未来は皮肉にも輝いては居ない。そのうちこの国の今日を築いた多くの会社の様に衰退の一途を辿るのだろうか?

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おいおい。まだ食うのか?大丈夫。見た程に量はありません。このパンはベーコンとフランスパンの固さが良くマッチしている。しかし、このパンも焼き立てでないと美味く無い。このパンを食ったら医者に出かけますか?(医者で何と言うの?)お腹が痛い。(いい加減にしなはれ)これだけ食えれば問題ない。(うそでしょう?)

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体調は戻る 気持も言いたい所だが不愉快な事が多過ぎて腹ふくるる思い?

親父さん。面白い事を言いはる。腹膨るる思い?どんな思いや。
お腹が膨れるとは飯を食い過ぎてお腹が一杯になる事を言うが、それは誰でも分かる。飯を食ってお腹が凹んだと言う人は殆どいない。しかし、不愉快な事を見聞きして腹が膨れると言うのは親父位かもしれない。気分が悪くなると顔色が変わり脂汗を流しお腹を押さえる人は居ても、腹が膨れたとふて腐れる人は少ない。

人はニコニコしていると貧乏神が退散し、厄介な事が何故か少なくなると言われているが、そんな事があるもんかと憎まれ口を叩いている親父には、疫病神にとって格好の餌食かもしれない。それでも大病とストレスを抱え込まないのは生まれつきの要領の良さかもしれない。その証拠に四国で眼を輝かしていた時には全く気にならなかった下腹部のチクチクした痛みは今の健康状態のリトマス試験紙だろう。

暑さも峠を越さないといけない時期なのにとにかく暑い。暑さには体力的に全く気にならない親父も最近の政治と景気の体たらくには怒りが収まらないのかもしれない。一番許せない事。それはこれから国会が空転する事だろう。仕事をしないで200万を越す給料がもらえる。選挙をすれば落ちてしまう議員が高い税金を食いつぶしている。一国の総理大臣がどんなに立派な事を言ってもその地位にしがみついている。それだけではなくてその事を正当かしている。

それを攻撃する自民党、公明党、その他の訳の分からない野党が総理の不信任案を出して審議拒否をする。それなら議員歳費(給料)も返上かと思いきやそれはキッチリ頂く。彼等はゴミかハエかそれとも反社会的勢力か?そうではない。有権者から支持された人。彼等にその認識が無ければ即刻首にしなければならないが、政権与党の民主党にはその決意も覚悟も無い。彼等がどんなに大敗する選挙を逃れたとしてもそれは10月一杯。それ迄に失われる政治的経済的損失は誰が補填できるのだろう?

テレビも新聞も尤もらしいコメンテーターが元もらしく解説するけれども、そのコメントの後で流されるコマーシャル。あれには笑ってしまう。誰がそんな製品を買うのだろう?芸の無いお笑い芸人がへらへらしながら言葉を口にして、若い姉ちゃん達が何故か大笑いをしている。

そんなオチャラケの番組を見ている人はどんな生き方をしているのだろう?この国の為に戦い死んで行った事も知らない若者達に未来は無い事を誰が教えてくれるのだろう?この国の賢人?学識経験者?学者?経済界のリーダー?そうではないだろう?現在人に学ぶな。不遇の生き方をした先人に学べ?

そんな生き方も出来ないで尤もらしい事を言っていると天罰を喰らう。最近の多くの人はこの国の貧しい時を知らない。物質的に豊かの時は一時であり精神的に貧しい時は死ぬ迄続く。その過酷な運命を語れる人も都会には少なくなっている。

イイエ、地方でも過疎と限界集落は進んでも心の豊かさを追い求める人は少ないのかもしれない。それでもそんな世の中は長く続かない。戦前の様に軍人がのさばらないとその事が分からないのだろうか?

大阪維新の会の橋下はその風穴を明けようとしているがもう少し違う方法で既成政党を叩き潰す方法は無いのだろうか?ありません。それが今親父の腹を膨らませている原因かもしれない。近くの医者に行って来よう。

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2012年8月30日 (木)

体調は戻る でも気持ちは凹んでいる 

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宿毛の駅から市街地のビジネスホテルに向っている。この駅の案内所のオネエさんは本当に優しかった。宿泊の予算と希望を聞いてくれた。この日のホテルは夕食無し。朝食450円で3000円。汚いのでは無いかと思ったがリニューアルされたばかりで快適?だった。(狭かった)

それでもこの案内図を見ながら歩いている時、何故か、心は何も考えていなかった。それだけ安心していたのだろうか?この日はここで泊まり翌朝延光寺をお詣りして宿毛駅に戻り、一息入れて左の松尾峠を越えて観自在寺に向う。

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日本全国の地方で見られる「秋の空」地方には初秋の風が吹いている所もあるのに全国ニュースではワンパターンの「猛暑」「猛暑」「猛暑」。爽やかな空と車も人も殆ど通らない道の端をキョロキョロしながら歩いていた。『これで街中に行けるのかな?」行けました。オネエさんから貰ったマップは嘘ではありませんでした。(当然ぜす)翌日バスで駅に戻った時、非番でした。ここでお礼を言わせて戴きました。

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正面の建物が「文教」センター。夜遅く迄活用されていました。何時迄と聞いて驚いていました。誰が?親父です。聞いて驚くな。夜10時迄。地方はどっこい生きている。都会とは違う豊かな生活を営んでいました。でもそれも一部分です。しかし、都会にはその一部分も無いだろう?あんのかな?夜教えた貰ったバス停の場所は朝でもよそ者には良く分からなかった。(アホ)この右側でした。

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親父。一昨日宣言していた奈良山辺の道。どないなりました?期待しているのに。
(嘘つきなはれ)気持ちが変わる。(実は気分が乗らず延期します)何で?何となく。良く考えて見ると山辺の道は一気に歩くと四国遍路道でも負けない距離がある。

何キロ?親父も簡単に考えていたが30キロとも50キロとも言われている。このくそ暑い時にいくら何でも3日掛かりでは歩けない。3日で無理なら5日?ええ加減にしなはれ。もう少し涼しくなって気持ちが高まれば歩くかも?

実際に歩いて見ると一週間位掛かるに違いない。奈良天理市から桜井市に延びる三輪山への道。一人で歩くのはとてもしんどいに違いない。それで気持が薙いで(ないで)居るのかも知らない。(それは言い訳です)体が拒否している。もう少しゆっくりしなはれと囁きかけている。(そんなわけです)

又、お腹が凸になりそう。アキマヘン。アチャー。(今、パティ、ページのテネシー、ワルツを聴いているが今のアメリカと違う気がするのは親父の思い違いなのかもしれない)それはこの国にも言えるけれど哀しい事には違いない。?

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40番札所前のバス停。この前に郵便局がありバスを待っていたら何故か局長さんが声をかけて呉れた。話の内容は結構レベルが高かった?大体親父が口にする事は「地域の振興」それについて言葉を濁す人も少なく無いが、この局長さんは夢を語ってくれた。
当たり前の事。地域が豊かになる為に何を為すべきか?そんな事は関係ないと言う人が少なく無いが、役人の考えている事は合併と集中しかない。地方分権と多くの人が口にするけれど限界集落は急速に進んでいる。局長さんの声を聞きながら10年後にこの場所に立っている自分の姿を思い浮かべていた。

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愛媛「菩提の道場」の始まりに相応しく静寂の中に堂々としていた。納経所でこの日の参拝出来る札所と宿迄紹介してもらう。馬鹿な親父はその先の札所(明石寺)迄の道程を尋ねていた。歩くとここから50キロの次の札所迄2日掛かりと笑われる。

大丈夫。次のバスですと親父も親父。しかし、和尚。優しくバスの終点宇和島で次の札所行きのバスは2時間と淡々と教えてくれる。その意味がここでは分からなかった。宇和島駅から仏木寺行きのバスは出ていたが他に交通手段はタクシーだけだった。タクシーでは20分。それは利用しないと見透かされていたのだろう。流石です。

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宇和島駅前。右手のボタンを押すと鉄道唱歌が流れる。さすがの親父も照れる。

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Ⅰ2年前と何も変わっていなかった。強いて違いをあげると綺麗になっていた。「アンタも」とは言っては呉れなかったけれどそれでも懐かしさはこみ上げていた。あの頃の貧しさは無かったのかもしれない。

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人通りの無い駅前のメーンストリート。これが平日の昼下がりの地方の駅前です。このアーケードの下を大勢の子供達が親に手を引かれて行き来していたのは何時の事なのだろうか?高速道路網の整備とは裏腹に地方の駅前はシャッター通りとなっている。地方の時代?いい加減にしなはれ。それでも地方は間違いなく都会より豊かです。何で?生活が保障されている?それも違うでしょう?生き方。住み方。暮らし方が違う。?それは有りかもしれない。食堂のおばちゃん達に何故か優しさが在った。

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15、29のバスに乗る。と言う事はここに13時30分前に着いたと言う事だろうか?2時間待ちと観自在寺のイケメンの和尚に言われた訳が半分分かる。それなら近くを走る予土線と思ったが待ち時間は同じだった。駅構内の案内所で娘とおばちゃんの女性に他の交通手段を聞いて「タクシー」と笑われる。

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Ⅰ2年前に見た山門とは違って立派になっていた。この前を車で行き来した時はもっと低く古い山門だった気がしていた。勘違いと言えばここから一つ手前の札所迄歩くと2、6キロ。本日泊まりの民宿の青年に迎えに来てもらう。それが正解でした。

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この鐘突き堂は萱ぶきの古い建物。

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仏木寺大師堂です。遊んで来た様ですがしっかりお参りもしていますよ。

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龍光寺本堂横のお稲荷さん。弘法大師がこの地に訪れた時、稲を背負った白髪の老人が現れたと言われている。その老人を五穀豊穣のお稲荷さんとしてお祀りしたと言われている。三間のお稲荷さんです。このようにお寺さんの横に立派なお稲荷さんがあるのは珍しい。参道には石の鳥居が山門の代わりに立っている。

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なるほど。これは山門とは言わないのかもしれない。でも今は山門として使われているにちがいない。この夜は民宿に泊まり立派なお宅で設備は整っていたが、隣に2人の遍路客が結構お喋り。非常識。親父の様な性格はだめ。一泊2食付で6500円。これが民宿遍路宿の平均です。宿は予約無しでOK。但し個室希望とバストイレの条件は確認しなければいけない。

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この街で参拝したのは明石寺だけ。駅から少し遠いと思っていたのでどうするかタクシーの運転手に聞いて見る。この小さな駅でも駅前にタクシーは待機していた。「お寺さん迄どれ位掛かりますか?」親父。「時間?料金?」運転手。「お金です」親父。「800円位」運転手。それでお願いします。そう言いながら乗り込む。ガイドブックを見ると徒歩40分と書かれてあったから帰りもお願いする。

参拝の時間の間メーターを停めて待っていてくれた。この運転手とも話をする。宇和島からこの駅迄乗り合わせた女の高校生の事だった。「運転手さん。電車の中で女子高校生のマナーが最低だったのだけれど学校や家庭ではこんなものなの?」親父。運転手は苦笑していた。

運転手に無視されていたらぶち切れていただろう。駅の改札口で駅員にも文句を言っていた。文句の内容は向かい合わせの車内で騒ぎ、虫さされスプレーを足に吹き付けて「やめろ」と言われても無視していた。良い根性をしていると思いながらも張り倒してやろうとも思いながら笑っていた。流石親父です。何処かの馬鹿とは違う。

結局運転手も駅員も親父に頭を下げていた。大人が謝る事は無いと言いながらも、田舎のガキのオバカさに気分が悪かった。大阪に戻ってその話をすると「よくあること」「四国迄行ってそんな話か?」「私も若い頃親父にだけは言われたく無かった」と言われる。日本全国。大人がも少し賢くならないと先が思いやられる。

そう思っていたら大企業の元会長がiPodで女性のスカート下を盗撮。何たるまぬけ。タダで撮るな。(オイオイ、大丈夫か?)日本企業のお偉いさんでも魔が差す事があるのか?アホやのう。それともその程度の事かもしれない。日本企業の戦士達。しっかりせんと韓国、台湾、中国に馬鹿にされとるじゃーねーか。

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これでも特急?宇和島行きだから違うか?分からん。来た時は普通だった。

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松山駅は大きかった。これで見ると田舎の駅の様だけれど中々如何して。乗降客も多くて立派な駅でした。四国高松と並び立つ交通の要衝かもしれない。

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松山路面電車時刻表。

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展示物ではありません。現役。しかし1日運行時間が限定されています。

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この案内図見ただけでは何処が「道後の湯」か分からない。ほぼ正面です。

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何のお店だったのかな?看板だけで満足していました。

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この湯はどんな使われ方をしているのかな?聞いていないので分からない。

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温泉でひと風呂浴びて駅に戻っている。停留所に戻る前にオレンジのソフトクリームを食いながらニンマリとしていた。電車の中は一番後ろでゆっくりしていたが行く先を間違えていた。松山駅と松山市駅。ご利用の時はご注意を。親父は松山市駅から大阪に向う。予定外でお土産のお店も食べ物だけで狭いお店の中でガキからリュクを突かれる。若者の就職難が叫ばれているがその前に常識人を育てなはれ。

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帰りのバスは大阪迄5時間半。早い様で長かった。松山自動車道から高松自動車道で瀬戸大橋は渡らず徳島自動車道から鳴門自動車道。その先も意外だった。阪神高速道路を通らずに中国自動車道。降りたのは何と近くの池田インターだった。

仕事の時会社の車の2台分の通行料金を親父のカードで立て替えた出口。ここで降りても市内迄のアクセスがバスしか無い。仕事の時は近くの停留所で家の前で降りるバスに乗れたが今回は終点迄利用する。兄貴の通学していた大学と何度も走った万博公園近くの道から新御堂筋を走る。この道も何度も走った道。そして今でも朝夕のラッシュ時には混雑する道。その道を万感の想いを込めて見つめていた。これも空海様が教えて呉れていた事だろう。又一つ何かを越えた気がしていた。

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2012年8月29日 (水)

天気も今イチ 体調も今イチ 覇気は無し アカン 寝ていました

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これは四国に出かける前の夕暮れ。と言う事は10日前の夕暮れ?何か相当前の気がするね。しかし、今、「ロンドンデリーの歌」を聞いているとロンドンでも同じ夕日が見れるのかな?セブンイレブンの看板が笑っている。何故か相当疲れている。

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それならこれではどうだ。竜馬の休日?少しアップにしないと竜馬の国が見えて来ない。しかし、四国高知の観光名所は余り知られていない。何でだろうか?韓流ブームで韓国のイケメンに騒ぎ立てるオバカはいても、アキバ48に騒ぎ立てるオバカはいても高知の歴史には興味を抱く事は出来ないからだろう?本当に情けない国になりました。そんなオバカの風潮にさすがの親父も大阪浪速橋のライオン像同様元気をなくしたのかもしれなせん。又何時の日かゆっくりと歩いて見たいものです。

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楽しみにしていた土讃線の旅。スイスの雄大さは無いが親父の田舎を思わせる。

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四国窪川。Ⅰ2年前に汗水を垂らして敷いた仮設のモノレールの跡に、土盛りされた高速道路が延びていた。Ⅰ2年前迄は高知迄の高速道路が今年の秋には窪川迄開通する。その経済的効果を中央の役人と政治家だけでなく、地方の役人と知事達も高らかに宣言するが地方が活性化する事は限られている。本当の意味でこの地に都会の人達が足を伸ばしてくれるのは何時の事だろう?その多くは限られている。

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窪川駅を降り立ったのは初めて。仕事に来た時は国道を走って高知から3〜4時間。先輩の責任者がまだ着かないのかとぼやいていた事を思い出す。森さん。今は何処でどんな仕事をしているのだろう?独立を誘われたがこの停車場の前の食堂でどれ位朝食を食ったのだろう?(夜は旅館の食堂だった)

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素泊まり4000円。女将さんに会う事もななく夜は誰も居ないと思っていたが、若い女性が研修で一人泊まっていた。不用心と言うかのんきと言うか何とも不安な夜だった。親父は殴られても襲われてもどうって事ないが宿に管理者が居ないとは信じられなかった。翌朝、彼女に声を掛けて早々に出立する。それだけ信じられたのだろうか?

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これは参拝に前日の夕方。当日は雨が降っていた。カッパ着用。ずぶ濡れになる程の雨になったのは駅に到着してからだった。余程行いが良かったのだろうか?

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これも前日の夕方。人影は殆ど無い。地方に行けば何処でも見れる風景です。

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旅館前の庭の花。立派なブドウもたわわに実っていた。

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岩本寺参拝の朝。雨はこの時小降りになっていたのだろうか?雨の気配は余り感じられない。庭が綺麗に見えていた。朝7時半前後の景色。人影も少ない。

この後、第三セクター土佐くろしお鉄道で中村駅に移動。中村駅からバスで足摺岬。この距離は歩くと3日掛かり。札所間に距離が90キロ弱だから親父の足では6日は掛かるな。普通の人でその半分と言われても信じられない。歩くと言う事はそう言う事かと思いながらも、雨上がりの景色を電車とバスの中から見ていた。

電車とバスを乗り継いでほぼ4時間。バスの待ち時間が1時間位だったと思うから、そう遠くは感じられなかったが、30年近く前に車で走った中村から足摺の道は微かな記憶との葛藤だった。しかし、乗用車とバスの目線は違い逆走だったので初めての景色を見ているようだった。再びの時は無いと自分に良い聞かせながら何故か寂しさは無かった。

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流石プロ。こんな道を大型バスで良く走れる。当然地元の生活道路だから待避出来る所は限られている。その判断が何とも心地好い。そう出なければこんな狭い道は走れない。バスがこんな道を走るのは村内を走るから。観光の貸し切り用の道は別。親父が走った道もその広い道だったに違いない。この先広い道に出る。

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2012年8月28日 (火)

日は沈み陽は又登る サンライズサンセット 思い出の街

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今日は大阪は暑い。今日も暑いだろう。8月も終わりだと言うのにこの暑さは何だと思いながら大阪天満橋周辺を歩く。しかし歩いている人は限られている。親父が今日歩いたコースは本邦初公開かもしれない。歩くと言う事はこう言う事かもしれない。

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何で徹底して放置自転車の撤去をしないの?大阪人のマナーが悪い事を行政が放置している。大阪都構想とか地方自治を語る前に橋下さんこれ位の改善をやりなはれ。大阪の恥を晒している。人の悪口を尤もらしく語る前に徹底してやりなはれ。

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天神橋筋商店街。ここは2丁目。6丁目迄あります。

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噺家さんの常設の演芸場。しかし聞きたい人の名前が無い。関西の噺家さんは忙しいのだろうか?訳の分からない噺家さんで木戸銭(入場料)2000円は高く無いか?

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すぐ奥が大阪天満宮。境内を通り抜ける。当然本殿には賽銭をあげてお参りをしましたよ。
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立派な方位板。干支も綺麗に撮れました。親父の干支の方角も良く分かります。

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天満宮を出て少し歩くと天神橋。この下が大川。熊野詣と三十石舟の賑わいの船着き場が見えて来る。

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画像をズームすると生駒の山頂がよく見える。

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遊覧船。今日は観光客を乗せている。しかしこの時期の観光船は見るべき物が余りに少ない。観光船は春の桜のシーズンだけがお薦めかもしれない。

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この噴水は初めての発見。何時頃から始めたのかな?それでもやるならもっと人目を引く大きさでないとこれでは誰も見てくれないだろう?大阪は水の都。怒濤のしぶきを上げなはれ。もっともっと派手な事をしなはれ。近くの階段で高校生が抱き合っていた。このくそ暑いのに他にやる事は無いのかあほんだら。親が哭いている。

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この手前の川が土佐堀川。この川を蒸気船が走っていた明治の文明開化の面影は無い。その写真をお見せします。

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正面に見えるのが中の島公園。昔はデートスポットだったが今はどうなのだろう?今も昔も恋人同士の想いは変わら無いだろうが、流石に昼間からの抱き合いは無いだろう?人目もはばからずふれあいの岸辺とは言わないだろう?誰もそんなオバカはいなかった。居たのはあのガキ達だけ。石を投げてはやらなかった。(オイオイ)

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道の駅は日本各地に多いが川の駅があり何故かサルビアの花が咲いていた。

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京阪天満駅前の歩道。この無様な有様は日本各地の繁華街で眼に出来る。その原因はビルの管理者。行政(大阪市)警察のたらい回し。責任の回避。このスペースでは当然、自転車の駐輪スペースは無い。ではどうすれば良いのか?その知恵を出していない。駐輪スペースが無ければ自転車の利用が出来ない。大阪のモラルの低さ。大阪市長が尤もらしい事を言っても何故無視しないのだろうか?この程度の事も解決出来なくて?これはマスコミも全く報道しない大阪の現実です。大阪がひったくりワーストワンも当然です。この看板を見ながら笑っていました。

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何で毎日撤去しないの?徹底的にやる気が無いと馬鹿にされている。その結果がこの有様です。これは本当にひどい。道路管理者は一体何をしているのだろう?

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土佐堀川沿いの道。この道を大阪駅から大阪城馬場町を通って市電がはしっていた。あの頃の道路の使い方を考えるとこの一番端の狭い路線は車の駐車スペースしか使われていない。この先に三角コーンが出ているが私有地の様に使われている。大体この部分に車の駐車スペースを確保する事自体がおかしいだろう?

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浪速橋迄戻ってきました。懐かしい(勝手に言うな)ライオン像が少し元気が無い。「おいどうした?」「どうもこうもありません。こう暑くては。一雨欲しい」それではと思いながら手にして来た冷たいお茶をと思ったが足場が無い。足場が無いととても手が届かない。気持ちだけと思うが御免なさい。何も出来ない。

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その替わりアップで撮りましたよ。少しは凛々しい。

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こちらは左側のライオン像。右側よりくたびれている。暑い。本当に。でもこの暑さも後一月もすれば涼しい風が吹いて来る。日本の政治は何をやっているのかと思うけれど季節は紛れも無く秋に向っている。も少し待ってて下さい。

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ライオン像。舌を出して息をしている。ホンマに政治やさん。しっかりとしなはれ。

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浪速橋の起工は大正2年。竣工は大正4年。大正の時代を親父達は殆ど知らない。大正の時代は民主主義が花開き活性化された跡、徹底的に財界と国家権力に叩き潰される。それ迄盛り上がっていた大正デモクラシーは跡形も無くなり、国の為に個人が犠牲にされる。その弾圧の結果が大阪の人々の考え方を変えたのだろう?

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大阪。北浜。大阪証券取引所。正面の後ろに大きな建物がそびえているが、これも証券関係のビル。しかしこの歴史ある建物も今役目を終えつつある。東京証券取引所の大阪支店になる日が近い。吸収合併されたとしても発展的解消と言われるのだろうが大阪経済界の役目は終わらないのだろうか?大阪が商いの街から東京の大阪支店となる事を許す大阪人はいるのだろうか?その事は阪神タイガースが証明している。

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浪速橋をズームアップしている。実際は生駒山はこれ程良くは見えない。

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見上げると秋の鱗雲?アスファルトジャングルの地上は残暑が厳しいが、空を見ると秋の気配が忍び寄っている。玄界灘の荒波を知る由もない大阪人は今夜も熱帯夜の中です。でも高級マンションではそんな下界の嘆きも関係ないのだろう?

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18の時見上げた図書館です。大阪に来ておふくろからもらった初めての手紙を読んだ処。親孝行は少ししか出来なかったけれどあの時の気持を忘れた事は無い。これからあの時の気持を忘れなければ少しはニンマリとした心優しい顔を見せられるかもしれない。そんな生き方をしなければならない。改めてそんな事を感じていました。

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この入場門も当時と何も変わっていない。

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大阪市内に大日韓国人の街がある。親父のブログで紹介していないがいずれ取り上げる。しかし、親父世代は韓国は友好国ではない。日韓平和条約が結ばれて半世紀弱(47年)になるが信じられない事に日本が韓国に賠償した金額は歴代の韓国政府は明確にしていない。

戦前の日本帝国主義の軍人達と非道な侵略はその国家の賠償は終わっている。この国にはその条約の意味が通じないのだろう。庶民的感覚で日本を嫌い戦前の行為を批判する事は自由だが、国家としては友好国としての在り方としておかしい。その使い分けを韓国の政治家が政治に利用するから何時迄も在日の人達は迷惑を被る。

その当たり前の事が指導者に分からないのだとしたら友好国としては成り立たない。韓国人が困るとか困らないとかの問題ではない。隣国が仲良しでなければ得る物は何も無い。政治と経済は別だと都合の良い解釈を韓国の人にしてもらいたく無い。

その微妙な日韓関係も今、竹島の問題で問い直されている。何時迄もオバカではこの国の経済が成り立たない事を政治家と経済界のリーダーは認識しなければならない。しばらくはお間抜けな田舎芝居が続く。報道の在り方が問われている。事実を知る事は本当にむつかしい。

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今日も厳しい残暑 熱中症対策 余計なお世話です

東シナ海では台風14、15?の影響で暴風雨が続いているが、この時期の天候の実態は1200年前の平安の時代には「神に祈る」?違う「仏に祈る」しかなかった。今では遣唐使船のきらびやかさが奈良平城京跡公園?で見れると聞いた事があるが、遣唐使船に乗る事は命懸けだったと言うより今生との別れだった事を知る人は少ない。

反対にだからどうなのと開き直るオバカも少なく無いが、この国の歴史を知らないで未来を語る事は出来ない。その当然の論理を知るのはもう少し先の事か?それとも閻魔大王の面接を受ける時なのか?その違いは大きい事さえも今は分からずに、ふてぶてしい生き方をしている。

オバカな生き方と尤もらしい悪口を口にしている親父も同じ穴の何とかかも知れない。大事な事はこれから求められる試練。それは等しく全ての人に降り掛かるに違いない。今年はもうすぐ9月だと言うのに厳しい残暑が続き、この暑さはしばらくは続くと言われている。この異常気象は何を伝えようとしているのか?考える人も少ない。

親父的には夏も冬も暑くて寒い方が季節を痛感出来て嬉しい。雨が降ると「今日は生憎の天気で」とか言われると首を傾げる。今は水不足も滅多な事ではニュースにならないが生活の糧と言われて来た「豊かな水源」が失われても節水で何とか凌げるとでも思っているのだろう?

神代の昔からこの国の先人達が大事にして来たもの。それは豊かな水と豊穣の田畑。近くの森で猟をして命を繋いで来た。今の様に老人医療も無く平均寿命も今の半分にも満たなかったに違いない。それでも懸命に生き賢明に学ぶ事を考えたのだろう。

それから権力闘争で力を得た武士と人々の信仰を集めた僧侶が支配階級となり、貴族、公家社会が長い間続く。現在は民主主義と言う訳の分からない自由と平和な国と言われているが実態は全く違う。その事が教えられていないから間抜けな考えが常識となる。それでもこれからその既成事実の危うさが問われる。その時善男善女、老若男女、富める者とそうでない者はどう立ち尽くすのだろう?

その時がやって来る。これ迄もそうであった様に社会的弱者が強者を凌ぐ事は無い。持てる者と持たざる者の差はそれ程に大きい。お間抜けなマスコミはその前夜迄、いや混乱の時が過ぎても支配階級の手先に過ぎないのかもしれない。

今日は夏の終わりと四国遍路の前半が終わり頭がおかしくなっているのではない。反対に今年の秋の激流の時がよく見える。今の民主党政権が綻びが出たのは小沢批判から。その批判は政党内部のみならずマスコミと検察権力、そして多くのお間抜けなお金と政治の批判だった。

何処の社会、何処の政治の世界にお金に綺麗な社会があるのだろう?経済界のリーダー達は貧しい生活をしているのか?それくらいの事も分からない間抜けさがこの国の政治と経済を危うくしている。

韓国の指導者が日本の過去の軍国主義、慰安婦問題を口にすると言う事は韓国ドラマを放送する放送局の経営者達が如何に間抜けかと言う事を証明している。その韓国と中国がこれからも日本と仲良く出来るとでも思っている。何たる間抜けな国だろう?

薄汚いおばちゃん達が韓流スターの残飯を漁る。この国のその程度の国になったのか?それは違います。この国が犯した戦争責任は知らなくても賢明に生きている人も少なくありません。これからその人達の出番です。薄汚い利権を何時迄も追い求めて政治家と経済家と経済界のリーダーには退場してもらうしかありません。

消費税増税法案を3党合意で押し通した自民党と公明党が野田総理の問責決議案。この法案が参議院で可決成立間違い無しと言われても、野田総理は辞めないでしょう。国会も解散されなければ今回は閉会となり、国の重要法案は先延ばしです。そうなる事を見据えての衆議院の民主党単独採決。醜い茶番劇を見せられて国民の政治不信は増々高まる。それが既成政党、支持団体の思惑です。今こそ考えを変えましょう。

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2012年8月27日 (月)

テレビの音声 消して見ていると明日が見えて来る?

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久し振りに(と言ってもこの前来たばかり)住吉大社に来る。何の為に?安産のお守りを求めに来ました。昨日喧嘩の原因となったお詫びの為に親父の気持をささやかに重ねていました。喧嘩の原因が分からない人には何の事やら分からないけれど。出産予定日は来月中旬。親父の誕生日は10月13日。(関係ありません)奥さん気を付けて頑張って下さい。アカの他人の大事な息子の為に?

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阪堺電車 何処迄乗っても200円 堺市が補助をしているが何時迄続けられるのだろう?堺市浜寺公園と大阪天王寺と難波今宮恵比須町を結ぶ路面電車。大阪、神戸、京都の市電電車は無くなったが、この路線は開業100年。後どれ位続くのかな?

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住吉大社到着です。ここが阪堺線、上町線の分岐点。のどかな大阪の原風景が見える。

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大社の入り口でまず安産のお守りを求めて境内を一巡する。

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住吉さんには第一から第四の本宮がある。知らんかったでしょう。その神様は親父も知らない。案内の看板は見たが良く分からない。神様だからそれで良いのだろう。

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この大木は枯れていない。この樹を見ていると己の生き方の甘さを痛感する。

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雄々しく生きよ。荒々しく生きよ。人の世の無情に背を向けずに立ち向かえ。鵜がその事を教えていた。この池を見つめていると若くして命を絶った西成の「マザーテレサ」祥ちゃん先生の無念の思いを痛感する。しかし親父の感傷をあざ笑いながら鵜が飛翔している。「負けるな」「負けたらあかん」

生活保護で医療費はタダ。タダより高い物は無い事を誰が教えているのだろうか?医療の問題を考える時、その負担は誰がしているのか?それくらいの事を考えないと薬づけの生活は必ず破綻する。医療の現場にモラルは無いのだとしたらそれを誰が告発するのだろう?

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親父の大好きなこの太鼓橋 足を踏みしめながら歩いていると暑い日差しは全く気にならない。

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羽を広げて何かを語り掛けているが良く聞こえない。悲しい事。辛い事。苦しい事。それが歓喜の雄叫びに変わる様に生きなければならない。この国は本当にお間抜けな国になりました。秋葉原で何とかの卒業公演?AKB48?森永卓郎がコメント?

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訳分からんガキ達が叩き潰される時と親父達が行き倒れになる時はどちらが早いのだろう?それは決まっている。そう言われていた。処がそうはイカのなんとか。オバカな報道をしていると見向きもされなくなる事を関西を代表する企業が証明している。

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親父節を鳩が聞いている。「腹がへったか?」「今日は三笠を持っていない」「今度来る時お店で買って来るから」と言い訳をしていた。親父さん。池の中(違う。世の中)捨てた物でもありません。見方を変えればこれ程に楽しい所は無い。親父さん。もっと強くなりなはれ。もっと悪になりなはれ。世の中そない甘いもんやない。鳩に懇々と言い聞かされていた。「すんまへん」「まだまだです」さすがの親父も形無しでおました。

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鳩に言い訳をしていた三笠とはどら焼きの事。このどら焼きはお薦めです。でも今日はお土産無し。残念。定休日は調べて行って下さい。バラ売りもあります。

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中国で日本大使の車が教われ国旗を奪われている。多くの人は知らないが大阪の中国領事館の警備にどれだけの機動隊が投入され、周辺の警備が強化されているのかこの国の人は知る由もない。中国と言う国。中国と言う国家の外国大使に対する認識がこの程度だとオバカな日本人は知らない。

韓国の大統領が身内の汚職の批判をかわす政治的パフォマンス。この国の外交能力が問われて久しいが、隣国の政府のレベルがこの程度だと認識する人も少ない。それでも経済界リーダー達はこの安全、安心な瑞穂の国でも物造りは出来ないと平然と口にする。

マスコミも尤もらしく政治批判を繰り返すだけでは無くて、こんなお間抜けな政治に如何してノ−を突きつけられないのだろうか?それは経済界の責任です。経済の舵取りのミスを他人事の様に考え問題の先送りしか出来ない経済界の社会的責任の無さはこれからその代償が求められます。しばらくは静観でしょう。

そして激変の嵐の中で空海が既成事実の問い直しが求めた1200年前の過去が今、正に再現されようとしている。(むつかしい?)親父もそう思う。今、台風が2つ前後しながら東シナ海を北上しています。遣唐使船がこの時期日本から唐に向っていた事も多くの人は知らない。何故ならどうでも良い事だったからだろう。


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2012年8月26日 (日)

大阪は今日も暑い。秋の訪れは後一月先だろう。

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昨日の夕焼け。宵っ張りのなんとかと言われる親父が日の出の感動を心に刻んだのは30年前の室戸から徳島に戻る四国東の海岸線だった。昨年の秋JR牟岐線を乗り継いで第3セクター阿佐海岸鉄道終点の甲浦(かんのうら)からバスで室戸に向かった場所だった。それとは全く違うこの力強い光線。混迷の黒く覆い被さる雲を払い除け光り輝く時は黄昏の一時も無いのかもしれない。

これからの親父達の生き方を暗示していると思われる夕暮れの時。「まだまだ」と思いながら生きていた時が過ぎて行く。個人的な事を口にする愚かさは無いが多くの人が間違いなく年たけて老いて行く事をどんなに否定したとしても、鏡に映る自分の姿を見るとその事は明白で疑う余地もない。

しかし日々の生活の中でその事をどれだけ意識して生きているのかと問われると笑って誤摩化すしかないのだろう?人は本当に愚かです。その事は痛感すればする程にそうでない人を見ると感動するのかもしれません。これからはそんな生き方をしなければいけない。近くのスーパーで買い物をして家路をゆっくり歩きながら見上げた空は日中の暑さが嘘の様に光り輝いていました。

先週23日は「処暑」処暑と言われても分からない人も少ないが、それでも感じとしては暑さが和らぐ?そんな感じがしないでもないが言葉の意味は中国の旧暦二十四節気の14番目の時。暑さが峠を越す時と言われて来たがそれは旧暦で、今の暦では1月先の9月末の事。その事を知らないで発言するとおかしい。

でも四国の田舎はその気配が漂っていました。都会で生活をしていると分からない季節の変化。季節の香り。先日大阪の堂島の地下街でグレープフルーツの爽やかな香りが印刷されたサンプルを手にしたが、収穫前の香しい稲の匂いを多くの人は知らない。

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宿毛の駅から市街地に向かって歩いている。駅は市街地から西側に離れているが宿毛湾フェリー乗り場は反対方向です。このフェリーに乗って佐伯に帰る事は考えられないが、反対のコースはありかも分からない。それとも四国が終の住処になればその行きも帰りもあるかもしれない。ただ宿毛湾フェリーも1日3便の往復。この運行も風前の灯かもしれない。この景色を見ている時はそんな事は何も考えてはいなかった。

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高知最後の札所「延光寺」田舎道のどん詰まりに静かにたたずんでいました。

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この稲の生育は昨年徳島遍路道焼山寺登り口で見た稲穂の成長と似ている。高知の稲作は早場米は既に刈り取られ新米として既に流通?この稲穂の姿は親父の田舎の原風景に違いない。

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これが昨年の画像。確かに朝の気配を差し引いても今年の写真とは違う。デジカメの腕は上がったかも分からないが、こんな物に満足は出来ない。一眼レフでもっと綺麗な田舎の景色を切り取らなければならない。でもこの写真を見ていると昨年の親父の思いが良く出ている。あの時語り合った慶応ボーイは大学を中退したのだろうか?専門学校の道も容易ではない。

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40番札所観自在寺の庭 ここの本堂を何故か写していないが「納経所」の人は親切だった。和尚だったに違いないが少し若くイケメン親父?だった。でもこの日の目的地の案内をしてくれた。簡単に考えていたがこの後宇和島迄のバスの便は分かっていたがその先は行き当たりばったりだった。

それが間違い。宇和島の駅で目的地のバスの時間迄2時間の待ち合わせ。その意味がこの時は分からなかった。和尚がマップ迄用意して説明してくれた意味が分かったのは宇和島の駅の案内所だった。そしてこの案内所の女性も御婦人と娘。親切だった。

宿を予約したのはこの案内所と和尚のお陰だった。Ⅰ2年前に泊まった宿の親父の電話は留守電になっていた。親父さんもあの時から独り身。民宿を一人では切り揉みせずに近くの人が手伝っていたがそれも何時迄もは続かなかったのかもしれない。残念ながら今回は泊まれず。その事は問題ないと思っていたがそれは誤りだった。

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結願出来るかな。ここ迄徳島を6泊。高知を6泊。愛媛と香川を同じく6泊でクリヤー出来るかな。弘法大師も一気に廻らず徳島とその後の道は目的も歩き方も違っているから、親父の遍路旅もこれはこれで良いのだろう。そう考えながら本堂の石の回廊を踏みしめていた。満願成就の時、高知の遍路旅で抜けた「納経帳」参拝の署名と印をもう一度貰いに歩かなければならない。この時は誰かを連れて来なければならない。何で?だって2度参りはおかしいかも?いいえ何度でもお廻り下さい。そう言われていた。そうか。2度目はもっと違った廻り方。歩き方が出来るに違いない。





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2012年8月25日 (土)

空気が暑い 大阪は猛烈に暑い それでもうどんは喰らう

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大阪は今日も猛暑日。暑い。30年前に行った香港より暑い。近年の暑さは普通ではないと言われるがお天道さん(気候)の様子は間違いなく地球温暖化に舵を切っている。その対策は世界的規模で行われなければいけないが先進国(アメリカ)後進国(中国、インド、韓国、等)が反対したら何も改善は無い。せめて賢いこの国だけでもヒートアイランド現象に取り組まないと、その天罰は大きい事を胆に銘じなければいけない。

その事に気が付かされた時は手遅れになる。原子力災害もその事を教えているが経済界とその労働組合、民主、自民、その他の政党にもその教訓を受け止めていない。原子力発電をしなければ経済は成り立たない?成り立つ様にするのがあなた方の仕事です。それが出来ないのなら福島で除染作業をしてから必要性を口にして下さい。

日本商工会議所会頭の原発発言は福島の被災地の気持ちを踏みにじるだけでなく地獄に堕ちる発言だとは感じていないのでしょう。人間はそこ迄非道に生きられるのでしょうか?原子力発電は2酸化炭素の排出が少ない?そんなお間抜けな発言では福島の想定外は克服出来ない。その事が経済界の多くのリーダーには分からないのだろう?(それくらいの事は言われなくても分かる?)他に選択肢が無い事を思い知らされていないからか?それならそれが出来る人に交代です。

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昨日Appleの対応についてぼろくそに書きながら、親父の生き方を嘆いていた(ホント?)あれだけ堂々と対応されると親父の身勝手を問いたださなければと考えても見るが、無茶苦茶な事は言っていない。お昼過ぎに上ちゃんからお詫びの電話が入る。

流石です。Appleのお客様対応は親父の様な個性の強い人を考えては居ない。どんなに強い口調で言われても丁寧な言葉で無視する。それがアメリカ人の考えだろうがそれだけでは親父の様な対応は出来ない。その事で迷惑が掛かると申し訳ないと思っていたがその事は少しも口にされなかった。今日出直す。トラブルは簡単なキー操作だった。これでこのトラブル対応は解消です。ありがとうございます。




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大阪は暑い 四国は雨の日が多かったが この暑さはどうだ

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窪川岩本寺。この風景はⅠ2年前に見た時と何も変わっていなかった。あの時は土方の作業服の侭このお寺さんの前に一泊した事がある。その遍路の宿は廃業していたが建物も玄関口も当時の侭だった。変わった事と言えば建物が古くなり人の気配が消えていた。「行く川の水は絶えずして元の水にあらず。流れに浮かぶ泡沫はかつ消え、かつ結びて久しく留まりたる試しなし。人の世も又かくの如し」鴨 長明 です。

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多くの人がどれだけこの鐘を突きながら無情にも悲嘆に暮れ、明日の希望を求めたのだろうか?最近は医療技術の進歩で多くの人が長生きをする様になって入れが、皮肉な事に自分の打ち振るまいに心を刻める人は少なくなっている。諸行無常の鐘の音を聞ける未来は開けているのだろうか?そんな事を空海様に問い掛けていた。当然無言でした。しかし、小雨の中に静かな時が流れていました。お寺のから駅に向かっていると土砂降りになる。

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この石柱の距離表示は38番札所金剛福寺前の物。37番札所岩本寺迄86、7キロ39番札所延光寺迄最短距離で55、1キロ。この区間を歩き通す人はほぼ1週間掛かる。それだけの脚力の無い親父は電車とバスで1日で通り抜けてしまいました。

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足摺岬から同じ道を中村駅に戻る。駅に戻る前バスの中では「豪雨」に叩かれる。この駅の景色でも雨上がりの状況が良く分かる。ここで連絡する特急の遅れで30分遅れ。途中で列車行き違いの待ち合わせで同じく30分の遅れ。延光寺は終点宿毛から2駅手前。この日は気にしていた通り参拝出来ず宿毛泊まり。駅構内の案内所で素泊まり3000円の宿を紹介され夕食は近くの寿司屋さんで刺身定食1000円。

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宿毛の駅から紹介された宿迄歩いている。景色が全く新鮮。日本の景色の原風景に出会う。翌日バスでこの道を戻るが短い距離でも歩いて見ると感動がある。しかし案内マップを見ながら歩いていると市内迄結構な距離がある。

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乗って来た電車が戻って行く。空も山も歩いているアスファルトの道さえも一人で歩いている親父を歓待していた。雨が多かった高知の西側と愛媛の南側も親父が歩いている時はこんな良い天気を見る事も出来ました。夕方の一時。爽やかな風が吹いていました。

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宿毛市内に到着。宿はビジネスホテル。入り口が分からない。建物の廻りを一周。

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夏が終わり秋が来るのは間近い。小さい秋を見つける人は幸せかも知れません。

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翌朝。延光寺の道を歩いていた。バス停から片道1キロと言われていたが結構遠い。次のバスで宿毛に戻るので時間的余裕は少なく、時間を気にしながら汗をかきながら歩いていた。(その割には余裕しゃくしゃく)

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宿毛駅から宇和島駅はJRのバスで移動。車内は快適。途中バスターミナルで運転手が交代する程長旅。どれくらい掛かったのだろう?2時間位だった気がする。国道は整備され快適。しかし、利用者は少なく地域の人と子供達。採算が気になる。ここは宇和島駅。ここで仏木寺の連絡待ち2時間。タクシーで20分3000円。一瞬考えるが急ぐ事も無し。駅の近くで時間を潰す。ジャコ天を買って食堂で優しいおばちゃん焼いてくれました。これで450円。ジャコ天は隣のお店で350円?

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駅前の蒸気機関車。明治時代の文明開化の息吹が感じられる。平成の開花は高速道路?宇和島駅から松山駅の所要時間は大きく短縮されているが、観光資源としての価値は無くなっている。展示物として当時の風格を示しているが時代の流れを引き戻す事は出来ないのだろうか?

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この駅迄所要を済ませたのはⅠ2年前の事。その当時とおおきな変化は無い。ここから宿毛迄鉄路は無い。高速道路は松山から延びてもうすぐ宿毛に繋がる。ここ迄の大阪からの足も高速道路が中心になるのだろうか?駅前の商店街の活性化は無い?

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闘牛の銅像も寂しそう。町の賑わいが活気を取り戻すのは闘牛開催の時とお盆、正月の帰省の時だろうか?バスを待ちながらふて腐れて笑っていた。それでも歩くよりマシ。親父の方がふてぶてしいのかもしれない。そう思っていた。

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仏木寺の奥(左側)の道を少し行った刈り入れの終わった田んぼに仮設モノレールの機材を降ろしたのはⅠ2年前。あのとき優しかった民宿「とうべや」の親父も年老いた事だろう?今回は泊まれなかったが次の機会は無いだろう?

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お寺さんにお稲荷さん。珍しいと思われるが明治になって神仏分離の政策が採られる迄は別にこれが地方の自然の姿だった。「神も仏も在るものか」と言った処で日本人は神にも仏さんにも手を合わせている。人の生き方がこれから問われるに違いないが人は人として生きる日々は「信心」がこれから問われるに違いない。

ここから今夜の宿迄車。(正確には仏木寺から)殆ど歩いていない。この罰当たり。その罰を宿でとなりの部屋2人組親父の話し声で受ける。親父の喋りは本当に煩かった。一人が早めに寝たらテレビの音といびき声。親父はテレビの音を消して隣の部屋の同じテレビの音を聞いていた。最悪。

宿は個室でないと親父の様な性格は耐えられない。それでも静かな静かな里夏の夜だった。この夜も忘れられないと思うが、目覚めた時は朝のとなりの話し声だった。最悪。唯、この時はテキパキと朝支度をして飯を食って出発でした。昨夜もこの朝もまかないは青年。家族は別棟で生活していた。

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この日は道後温泉で風呂に入り15時過ぎのバスで松山自動車道、高知自動車道、徳島自動車道、鳴門自動車道、中国自動車道と乗り継いで20時30分過ぎ、予定通り大阪到着。松山は見どころのある街だった。ゆっくり見学をすれば面白かったに違いないが、その心の余裕が無かった。次はJR松山駅からバスで44番札所と45番札所です。秋に行けるかな。紅葉の時は多いから人出が少ない時を見計らいながら出かけなければいけない。46番から53番の札所観は近い。大阪からはここ迄で2泊。

その先も88番迄2泊。これで満願成就。最後に1日の余裕。この時は徳島和食の「そわか」迄足を伸ばしたい。その時は親父ももっと変わらなければならない。皆んな皆んな変わらなければいけないのだろう?この国はどれ位変わるのだろうか?それは親父がどれ位変われたかと同じでなくても全く気にはならない。

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2012年8月24日 (金)

今日は楽しく無い事が重なる。でも娘は元気でした。

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大阪の生活が始まりました。心配された足の痛みは無し。(それはそうだろう。そんなに歩いていない。)しかし、列車の旅とバスの旅は想定外の事も合ったがそれも予想の範疇。何事も思う様には行かない。一番感じた事は四国の過疎化。これは別に四国だけのお話ではない。日本全国に張り巡らされた鉄道網は国鉄民営化で無惨にも昔の面影は無かった。

昔の面影を知らない若い人達の間抜けさは何処でも感じられたが、これからの地方を支える人達は親父達ではなく若い人達なのだろうか?そうに違いないと思いながら遣る瀬ない(やるせない)過疎の村を見る度に心が掻きむしられていた。

関西も阪神タイガースと平成維新の会。それで大阪の再生が出来るのだろうか?地方分権の言葉が本当に空しく感じる一方、着々と進行する高速道路網。地方に貧しさを感じなかったのも皮肉に感じていた。その公共工事の恩恵をどれだけの人が受けているのだろう?

話は全く違うが韓国の日本批判。韓流ブームや韓国ドラマの間抜けさはこの国の友好国は何処にも無い事を思い知らせている。あるのは経済の力。この国の物造りが難しくなっている現状は殆どの人がまだ良く理解していない。その事を見失っている経済団体。経営者達。原発反対と叫ぶだけの人達。もう少し賢くならないと女性の美しさ等言っては居れなくなるだろう。

人の美しさとは優しさだと言える時代は過去になっている。公共放送9時の定時番組で「女性の美、生き方」その特集は一体何なのだろう?この国は何処迄間抜けなのだろう?こんな事をニタニタ笑いながら見ている事が女性の貶めて(おとしめて)いるとは感じないのだろうか?人の価値。美しさとは自分が決める事ではない事をこれから知らなければならない。誰が決めると思います?それはあなたの生き方です。

いつもの立ち食いのうどん屋さんでいつものきつねうどんを食いながら何も考えていませんでした。考えていた事はいつも変わらない出汁の味。揚げの味。一杯320円の味。お金を稼ぐ事はこう言う事だと思い知らされる。元気一杯の接客にハイタッチ

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鯖定食も変わら無い味。流石に最近は少し「他に食う物があるだろう」と考えています。それでも食いました。他にも一杯美味しい魚とお酒があるので今日、予約出来る様に電話番号を入力しました。親父は酒は飲めないと公言していますが、そんな事はありません。そのお酒も四国遍路旅は缶ビールでふらふらでした。情けない。

今日は心斎橋のAppleストアーに四国遍路道で使ったMacBookエアーの確認に行きました。ドコモのクロッシーの無線のインターネット回線は画像の取り込みが遅くて難儀しました。しかし確認をしたかったのは画像表示の文字。親父のやり方が悪くストレスが溜まりました。しかし上ちゃんは不在。次のシフトも教えてもらえず気分は最低。

当然そんな事でへこたれる親父では無い。Appleの接客マニアルは「この程度」と感じる事が少なく無いが、親父の「ガキの使いやあらへんで」大阪の親父のド厚かましさは半端ではない。負けたらアカンでAppleに。Appleでクレーマー?いい加減にしなはれ。大阪で商売すると言う事を彼等は理解出来ているのだろうか?「慇懃無礼」むつかしい四文字熟語は彼等にとって関係なんのかもしれない。国産さんメーカーしっかりしなはれ。インテルはいってる?はいってません。

文句を言っても仕方が無いので日を改める。親父が文句を言ったのは次の対応が何時出来るか分からないと言われた事。今迄には無かった事。親父はこんな事では引き下がらない。それでもこんなお客は大阪でも嫌われるのかもしれない?信じられない。

帰る前にiPodの純正のイヤホーンを聞いて見る。2980円。高い。阿呆か。買わない。来る前に眺めた家電量販店の安さを考えると流石の親父でも手は出せない。それでもメイドインチャイナは買わない。たかがイヤーホーン。されどイヤーホーン。

親父も賢くなりました。パイオニア製1980円を買いました。満足。(親父それもメイドインチャイナと言われている?)今度はコードの長さが1、2m。音質も耳の感触もOKです。パソコンも年寄り対応。使い方対応。満足度対応。そんな時代も目前です?

今、お間抜けな中央官僚は景気は悪いとは言わない。景気は良いのだろうか?物が売れない時代と言われる。物が売れる為には多くの条件が求められるが、一番大切な事はクレーム対応だとAppleは考えていないのだろう?アメリカ企業が犯す最大の過ち。それは軌道修正の中々出来ない思い込みだとそのうち分かるだろう?どんなに良い物でも間違いはある。その事が分からなければ日本人は理解出来ないだろう?

ケツを見せて物が売れる。このコマーシャルはそんな車を誰が買うか?考えているのだろうか?トヨタのコマーシャルがおかしくなっている。気を衒う(てらう)ひけらかす。そんな事で車が売れるとしたら購買者を馬鹿にしていないか?そうは考えていないのだろう?トヨタの復権?エコカー減税が終わるとテレビの二の舞にならないか?余計なお世話です。車は運転出来なくなった親父はお呼びで無い。

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予定より1日早く帰ってきました。疲れました。

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昨夜の泊まり。一泊2食で6500円。これは遍路宿の大体相場。但し、この家の様に立派でお風呂、トイレがきれいでも個室にはなっていない。個室希望の時はその事を事前に確認しないといけない。これ迄で一番良かったのは徳島21番札所太龍寺近くの「そわか」オープンして1周年。お食事は今イチでもお薦め。(叱られるかな)その代わり宣伝しときます。この札所は空海が悟りを開く前に修行している。

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今回は泊まれなかったけれど徳島JR牟岐線桑野駅からバス「和食」下車徒歩10分。

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JR予土線の駅は民宿みわから歩いて5分。この駅のホームで松山医学部の学生と話をする。意外に好青年?素直に親父のうんちくに耳を傾ける。頑張れ未来の医者。

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駅の前は何も無い荒地。この駅の反対側に国道が通りコンビニが出来ていた。親父がⅠ2年前に来た時は無かった気がしていた。でも風景は忘れては居なかった。あの時4tのトラックに機材を満載して窪川から来た事を思い出す。あの時は晩秋だった。

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宇和島駅から電車を乗り継いで卯之町駅に到着。この駅に来る迄に電車に乗り込んで来た若い女性が最低のマナー。お菓子を食いながら話し声が煩い。菓子を食ったらスプレーの薬を足に塗り込む。流石に親父から注意をされても無視する。その子供達も一緒の駅で降りる。その駅からここ迄2キロ強。往復5キロ。歩きました?タクシーのオジさんに話をつけて1450円往復。その甲斐はありました。歩いたら結構な距離と分かり難い道でした。

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太子像。撮影禁止。フラッシュをたかずにさり気なく移す。スイスの税関で叱られてトラウマは忘れていない。本堂は修復中。団体が念仏を合唱していたので早々に退散。

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ここから次の札所迄は67キロ強。歩くと3日かかる。四国八十八カ所の中でも最大の難所とも言われている。最近はそれでも黙々と歩く人も少なく無い。親父には真似の出来無い事です。それでも今回はここ迄。改めて次は松山からバスで向かいます。

それでは駅員に迄文句を言った女の子達。記念の駅撮影です。ここから松山迄特急で向かう。ローカル線にのんびりした普通列車が本当に少ない。特急が多くなれば普通は単線だから必然的に少なくなるのだろう。特急は早いがのんびり安い電車の旅は期待出来ない。
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松山駅到着。ここから路面電車に乗って道後温泉に向かう。

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坊ちゃん電車。本数は限られているが今でも現役。後ろが多く走っている現役。

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道後温泉駅前のからくり時計。時報の時上昇してからくりが出て来る。正午の時報が終わった所です。後ろはホテル?よく見ていないので分からない。

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ふろ上がりの2階席から。テレビで見たまんまの座敷でした。温泉の湯は適温。ドイツの青年と一緒になる。親父の大阪弁は通じない。日本に来たら日本語を話せと言いながら親父の単語を並べた英語では通じない。ロマンチック街道。ドイツ語では何と言うんやと聞いたら「日本語は分かりません」と言われた。分かっているやんけ。

河内弁でまくしたてると明日は宮島に行くと言っていた。風呂から出ると2階の座敷で隣り合わせ。しかしその時は反対側の日本人カップルがパンダの事を説明していた。ドイツ人にパンダは分からんだろうと聞いていると案の定だった。

着替えをして外に出ると彼女と一緒だった。握手して別れる時、彼女の方が日本語が上手だった。そうでないと彼一人では観光は出来ないだろう。どうでも良いけれど日本人は本当に親切です。その違いは外国に行けば良く分かる。言葉が喋れないと無視されるだけ。片言では相手にさえしてもらえない。英語勉強しますか?しません。

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古きを訪ねて新しきを知る。松山の町では明治の時代と現代がミスマッチでは無かった。地方の過疎化はマスコミが断片的に報道する程深刻では無い。深刻なのは反対かもしれない。地方は本当に豊かです。唯、若者達のオバカさは眼に余る。都会も同じだが目標と社会的常識を教えていない現在の義務教育は完全に破綻している。

彼等がこれ程にオバカに生きられる時は一時である事を如何して親達はもっと真剣に幼い時に教えてやらないのだろう?アメリカの占領政策でこの国の教育の在り方を変えたと言われるが、尤もらしく民主党政権を批判している今の野党にその事が問われた事は無いのだろうか?

いじめ。不登校。無気力。無知。非常識。その天罰を自分達が受ける事を全く教えていない。既成政党。既成概念。大人の非常識。古きはそれで良いのだろうが新しきはそれでは飯が食えなくなるとは思っても居ないのだろう?この後、お土産を狭いお店で店員に聞いていると邪魔だとリックを押される。無礼な奴だと睨みつけると開き直られる。レジで精算中をやめる。そんなお店で買い物はしない。親父に若き日の迫力が無い。若さとはそんなものではない事をこれから思い知るに違いない。

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左がJR松山駅。そこに戻るつもりが松山市駅。ここは伊予電のターミナル。松山の繁華街。しかし、ここにはお土産品のお店が無い。飲食店が多いと言う事は大阪の南の印象と同じかも。しかし昼間の時間。お店は開店休業状態でした。ここから大阪に戻る。6時間で大阪に戻る。疲れました。又、明日から大阪の生活が始まります。

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鳴門大橋の黄昏。風景が飛んでいる。淡路島の広さに圧倒される?

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2012年8月22日 (水)

42番札所 仏木寺迄到着 12年前この近くで仕事をしました

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今朝は快晴。朝8時過ぎ。これから高知最後の札所「延光寺」に向かう。
バスで10分足らず。それでも思いの外、遠い。大分佐伯からフェリーで往復したときと基本的には何も変わっていないと思うけれど、実際は昔、昔のお話になっている。これで宿毛に来る事は無いかもしれない。でもそれは空海様のみ知る。

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バス停から2キロ弱で遠くないが歩いてみると近くではない。歩いている人はいない。この後お寺さんに到着すると団体が観光バスで到着。一気に煩くなる。団体でバスで到着してわめいていたら空海様も顔をしかめているのだろうか?

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ガイドブックには眼洗いの井戸として紹介されているが、とても眼に良いとは言えない。この井戸の水で眼を洗うと眼が良くなる?悪くなるだろう?とても眼は洗えない。

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この距離を歩く人がいる事が信じられない。親父はいずれもバスを利用する。バスでも結構な時間が掛かる。足摺岬先端の金剛福寺から中村迄戻る。中村から鉄路で宿毛に移動し宿泊。延光寺にもバスで戻る。延光寺から宿毛に戻りそこから観自在寺に移動する。バスでも多くの出会いがあり多くの優しさがある。しかし、その反対もある。「知らない」「分からない」「関係ない」色んな生き方がある。それがよく分かる。経験しないと分からない。それでも団体行動はお薦め出来ない。

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1時間足らずで往復してバス停で一息付いている。空は明るいが今日も天気は不安定。少し濡れたけれどカッパは取り出していない。これから宿毛駅前に戻る。

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観自在寺の宝珠。1番札所から1番遠い裏関所とも呼ばれている。

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宇和島駅到着。しかし、ここでバスの待ち時間2時間。歩きますか?とんでもない。飯を食ったり今夜の宿を予約したりパンを買ったり(オイオイ)電話をしたり、ボートしている間に時間はドンドン過ぎて行く。今日は後2カ所。慌てる事は無い。

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おっしゃる通り。言うは易し行うは難し。仏木寺到着です。

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仏木寺境内。ここのお参りが済むと今夜の宿民宿の青年が迎えに来る。

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太子堂。ガラスの中には何故か五重塔。ここ迄写せたら上等。ホンマは駄目です。

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一つ手前の龍光寺迄4.4キロ。もっと近いと思っていたのは錯覚。思い違い。でも今夜の宿迄の途中。青年に送って貰う。その余裕かな。記念の一枚です。

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記念の一枚を見る前にお寺さんの前を走る高速道路。親父達はこの測量の更に下の仕事をした。地質調査の重量物を運ぶ仮設のモノレール。土方仕事でした。親父は1番の新米で雑用係。力仕事は自信があったけれど要領は良かったかも。それでも半年しか続けられなかった。その高速道路が着々と伸びている。計画では宿毛迄繋がるという。親父のふるさと大分佐伯の高速道路もこれから更に南下し宮崎延岡迄繋がる。

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余裕がある。それはそうだろう。電車とバスの旅。四国遍路の1番お薦めの旅をしている。しかし、適当に汗をかきぶつぶつ言いながらそんな素振りを微塵も見せていない。流石です。しかし、世の中そんなに甘く無い。今夜の宿立派なお家。しかし隣の部屋に2人。はなしが筒抜け。そのはなしが終わったら今度はいびき。最悪。民宿は親父の様なデリケートな人は個室。これが今回の最大の学習でした。その事も知らずに最高の笑顔を見せている。明日は松山道後で温泉に入れるかな?

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41番龍光寺です。

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この下から汗を垂らしながら歩いて来たと言いたいところですが違います。すぐ下の階段の終わりから右に入ると駐車場。そこで宿の青年が車で待っていました。この広い平野を空海は見て何を考えたのでしょう?このお寺さんにはお稲荷さんの鳥居もある。そのいわれはここで五穀豊穣を祈念して堂宇を建てたのは始まりとされている。

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2012年8月21日 (火)

おお懐かしの宿毛 感激で涙が出るかと思ったがそれはなし。

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窪川岩本寺。今朝は朝から雨。カッパを着て朝7時過ぎ参拝。こんな時間でもお参りの人はいた。雨の中をリックを背負って参拝。ご苦労様です。

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後の線路が土佐くろしお鉄道。今も昔も土讃線は土佐窪川迄(讃岐は多度津?)窪川から宿毛迄は今は第三セクター。これも国鉄民営化の所為?地方の道路網の整備は進んでいるが明治からこの国の大動脈として活躍した鉄路はホンマに惨めです。

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本堂の廻りを一周しています。

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弘法大師立像です。

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又何時の日か。お参りが出来るかな? 雨の中を駅に急ぐ。

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土砂降り。行いの悪いのは誰だ?俺だ。文句があるかと思っていたら駅員迄馬鹿にされる。同じ駅でも第3セクターの切符は別の建物。そう言えば静岡掛川の天竜浜名湖鉄道もそうだったな?それでもあっちこっちは無いでしょう。

舐めとんのか?そうは言わずに頭も下げずにふてくされて隣に向かう。接客教育をやり直しなはれ。民営化とはこの程度の物です。役所の民営化を考えなはれ。親方日の丸と馬鹿にした国会議員、経済団体、官僚達は地方の悲鳴が聞こえないのだろう?

地方もも少し賢くなりなはれ。それでも地方にその危機感が無いのはどうしてだろう?地方選出の先生が予算を確保してくれるからだろうか?そんな時代もあったねと言われるのは何時の事だろう?国の財政が破綻?それは地方に来てみればよく分かる。道路はそれ程に美味しい公共事業なのだろうか?そうではなかろう?

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中村駅到着。バスに時間確認。10:14発。足摺岬迄は2時間弱。12:00到着

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おいしいパン屋さん。でも客は少ない。都会人をもっと呼び込む情報発信が求められている。それとも行政にそれ程の知恵は無いのだろうか?難しい?かな?
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四万十川河口近く。バスの中は途中迄空いていた。途中からシルバーの団体が乗り込んで来る。このバスは足摺岬直行ではなく国道を離れて旧道も走る。ドライバーの運転テクニックに恐れ入谷のなんとかでした。

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カメラの操作ミスで朝早い海岸の景色になっているがこれほどの青みは無い。

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足摺岬到着です。帰りの時刻は13:14分。よく見えない。滞留は1時間。予定通り。コメント無しで一気に行きましょう。

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これはホンマの罰当たり。お大師様を写真に撮ったらあかん。深々と頭を下げて撮らせていただきました。スイスの税関でお姉ちゃんに噛み付かれて事を思い出す。空海様はそんな親父を優しく見つめておりました。「南無大師遍昭金剛」とつぶやいていると「よう来たのう」と答えて呉れました。(嘘でしょう)ウソです。

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ここから四国最南端。日本国最南端波照間島に行ったのは7年前。そのズーと前にこの地に立っていた事を忘れてはいなかった。それでも当時の面影は記憶の中からすっかり抜け落ちていた。人の記憶のいい加減さに苦笑していた。その時空からポツリポツリと落ちて来る。灯台には上がらなかったけれど御前崎の灯台には勝てない。

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この道が走り抜けた道。この日ここから室戸の岬迄走り抜ける。今考えてみても身震いがする。もう一度やれと言われてももう出来ない。哀しいかと問われればそれは無い。年を取るという事はそう言う事かもしれない。

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親父が走り抜けた道は足摺スカイラインだったのだろう。バスは半島の左端の細い道を走る。

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これが伝説の亀岩です。弘法大師が亀に乗って渡ったと言われていますが伝説です。

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帰りのバスの中。この先で土砂降りの雨に遭う。

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狭い。当然対向車は待避しなければ行けない。地元以外の人間はそれが出来ない。

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どうだ。この雨。嬉しくなる。地元の人も悲鳴を上げていた。

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前が見えない。御心配なく。運転手休憩中。(バスターミナル)

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出発進行。ヨウソロ。

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中村駅に戻って来ました。次の札所は延光寺。ここが高知最後の札所。しかし今日は廻れず又明日です。今日は宿毛迄来ました。観光案内所のお姉さんが親切で素泊まり3000円の所を探してくれました。ありがとうございます。今日は画像がの取り込みに失敗してやり直し。旅行記作成遅くなりました。最後に宿毛の美しい夕映えを紹介しておわります。

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駅から宿迄歩いています。近いと言われたけれど案外遠い。息苦しい。オイオイ。大丈夫か?息を大きく吸うのではなく吐きながら空を見上げていた。

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実りの秋です。田舎の景色です。親父の原風景です。良く帰って来たと言って呉れている様でした。(もうちょっと待ってて下さい)

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宿毛駅です。終点。では又明日。明日は何処迄行けるかな。宇和島の先迄行きたいな。




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2012年8月20日 (月)

思い出の窪川は12年前と何も変わっていなかった?

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岡山駅の土讃線時刻表。何の気無しに見ても何の事やら分からけれど、こうちの先(親父の目的地は窪川)11時43分の先は15時47分迄無い。これは全くの想定外。高知迄は岡山から1時間間隔で走っているがその先は1日5本。それも中村迄。これが地方の現状です。その訳は利用者が少ないから。これが国鉄民営化の現実です。当然普通列車も国鉄時代の賑わいは無い。民営化されるとこれが現実。乗降客が少ないと言ってそれは無いだろうと政治家先生は思わないのだろうか?列車を乗り継ぐ事をしないから分からないのだろう?その反面。高速道路は窪川迄ほぼ完成していました。新幹線同様。地方の税金の使い方は凄まじい。そのお金を在来線。国道の整備に廻せないのだろうか?地方に時代というには余りに厳しい現実を見せつけられる。

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岡山駅北口。時間待ち1時間。駅構内から出ないでうろちょろしている。

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これから高知に向かいます。特急で2時間半?ローカル線で6時間。(待ち時間を入れ?)この間偶然静岡袋井の高知大生と知り合って盛り上がる。(と言っても親父のうんちくが中心。その親父も四国高知の県境位で話す種が無くなる。スイスでもそうだったな。彼はまだ1年生。これからです。頑張りなはれ。何を?それは言いました。

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瀬戸大橋です。鉄路で渡るのは初めて。赤字は億円の単位ではない。凄い工事です。

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今年の春この駅で乗り換えて徳島に行く。

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ようやく高知到着。1時間の待ち合わせ。ここでも駅構内の近くでウロウロ。

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高知駅構内。高知観光案内人が要るがレベルが低い。行政の丸投げ。どこかの駅でもいたが本当に役に立つ観光案内は難しい。例えば問われる事が細かい。その対応は一筋縄では行かないので必然的に一般的な事しか言えない。それでは意味が無い。

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高知駅表口?(表も裏も無い)こちらが南口?路面電車の終点、始発駅がある。

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窪川見えるかな?今、轟々と音を立ててにわか雨が降っている。明日の天気予報も良く無い。雨に祟られるのかな?親父は行いが良いから大丈夫かも?(自分で言うな)12年前の台風の余波で仕事が早仕舞いとなった事や、撤収の時土砂降りの中をテントの中で部品の固付けをしていた事を思い出す。あの時泊まっていた旅館で素泊まり4000円。でも今は誰もいない。大丈夫なの?何が?用心。アンタがいれば大丈夫だろう?でも連絡先が分からない。隣に住んでいるのかな?

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駅のホームに上がる。弁当を買って電車を待っている。駅弁は売り切れ。駅構内のコンビニで400円。オイオイ食えるのか?(食えました)でもおにぎり並みの味でした。やっぱし旅は駅弁やのう。

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これはローカル列車。いくら乗降客が少なくても2両はつなぎなはれ。

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高知駅舎。国産の杉の木を使った明るい建物です。

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窪川に向かっています。電車は予想以上に早い。特急だから?この路線は明治時代に開通している。中国山地を走る伯備線もそうだったが、明治の時代の鉄道路線の技術の高さと今日の保線の技術に感動していた。本当にこの鉄路を切り開いた労苦を現代人は知る由もない。

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海が見える。しかしこの先は山間部に入りいくつものトンネルを抜けると高原の街、窪川は近い。ここから電車は一気にトンネルの中を駆け抜けるが、この工事は難工事だった事を土讃線の工事の歴史で知る。窪川への国道も峠道は難工事だったに違いない。

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高速道路が伸びている。12年前は測量の為の地質調査が行われた所。その重量機材を運ぶ為に仮設モノレールの仕事だった。秋から春迄の半年間。始めは岐阜の揖斐川上流で。その時会社の社長から「土方を舐めとんのか?」と言われたが舐めていたのは社長さんだった。今は何処の空で生きているのだろう?

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窪川到着です。明日の朝の中村駅迄の時間と中村駅から足摺岬のバスの時刻表を聞く。

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今日は参拝出来ず。5時迄。ここに立ったときは5時を廻っていた。朝は7時から。明朝1番にお参りをして足摺岬に向かいます。この間は四国八十八ヶ所の難関の一つですが、親父は電車とバスを乗り継いでお昼には到着です。因に歩くと3日掛かりです。

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お寺さんの前の遍路の宿は廃業していました。優しかったおばあちゃん達にも合えなくなっていました。ああ無情です。遍路の宿としては看板を下ろしていましたが、お家は残っていました。それでも覗いただけ。年月は1代の過客にして行き交う人も又旅人なり。芭蕉の言葉が空しく聞こえていました。

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中村屋旅館は残っていました。その玄関横のぶどうも撓わ(たわわ)に実っていました。静かな里の秋です。それでは最後の一気に窪川の景色と今夜の夕食をお見せします。久しぶりに飲んだ缶ビールの所為でブログ遅くなりました。悪しからず。

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2012年8月19日 (日)

予想外の雨 3日続けての夕立 秋は近い

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大阪は今日も暑い夏空です。明日からはいよいよ四国高知と愛媛の遍路道。明日は午前中に出て夕方には高知窪川でウロウロしている事でしょう。親父が12年前に見た懐かしい町並みは何も変わっていない事でしょう。37番札所の前の「岩本寺」は初めてだけれどお寺さんの前の遍路の宿は今でもやっているだろうか?仕事の関係で一晩だけ泊まった事がある。あの時の優しかった人達も健在だろうか?予定では5時前に窪川到着の予定だったが2時間早く出ればいろんな人に会える。四国も暑いだろうけれど早めの行動が吉と出る気がする。早めに泊まる所を決めて時間に余裕があれば岩本寺を探索しょう。今度は納経帳を忘れるなよ。(出しときます)

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昨日と一昨日も夕立が来たけれど今日はどうかな?

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夏を惜しむかの様に片雲が存在感を示している。積乱雲が盛り上がって見えた昨年の夏は今頃、仕事を外されていた。「担当」の交代を迫った得意先の若いボスにこれから掛かるプレッシャーを支えてくれる人は居ない。親父の厳しい言葉を理解出来なかった若い担当は言うまでもないが、仕事の本質は高い能力です。その事が理解されないこの国の経済はこれから厳しい競争に晒されて生き残る術すら手に出来ないのかもしれない。訳の分からない中小企業が生き残る事は生易しい事ではない。

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魚の形というにはメタボな親父以上に、頭に怒りの目玉を二つも乗せながら泳いでいる。徳川家康の遺訓に「人の一生は重荷をおいて遠き道を行くがごとし。焦るべからず。心に迷い起こらば困窮したる時を思い起こすべし。怒りは敵と思え」とあるが怒りを敵と思わなかったオバカな生き方が今、正に問われている。

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気持ちのよい夏空。買い物の帰り自転車で少しカメラアングルの良い所を探したのがこの写真。この青空が嘘の様に今日も天にわかにかき曇り大粒の雨が降る。慌てて洗濯物を取り込みに出てみると誰かが軒下に取り込んでいる。(ところが親父の勘違い)親父の分はきっちりと残されて濡れ鼠。世の中そんなに甘く無い)

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今日は大雨の時は短い。も少し時間が長いとこの用水路が激流に変わる。

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昨夜は夜の買い物の時間にテレビを見ながら遊んでいたので買い物に行けず?大好きな根昆布入りのとろろ昆布のみそ汁を鍋で作る。豆腐を1丁入れて卵も2個入れてインスタントの野菜も入れてきっちりインスタントのダシ迄入れて、作ったみそ汁を丼椀2杯を食らう。(アホ)そうです。

いくら美味いと言っても何事も程々にしないと。夜、仮眠が済んで(一寝入りして)きちんと寝ようとした時来ました。お腹が痛い。(アホか)そう。アホです。最初は少しの下痢でしたがそれは悪夢の始まり。

親父の特効薬「正露丸」も1回では聞かず二回目でやっと止まる。何が悪かったのかな?決まっているでしょう?みそ汁を丼で2杯?豆腐もみそ汁は絹ごしは駄目。卵の古かったのかな?高かったのに?とろろ昆布は良かったよ。お腹はまだ本調子ではない。下腹部が重い。(アホか)アホです。節制をしないと天罰を食らうよ。

今日はのんびりしています。明日からお世話になるMacBook Airのご機嫌を伺いながらこれから濡れた洗濯物を脱水して、着替えをリックに詰め込みます。マックの電池が少なくなりましたので、これから充電します。

充電出来ました。準備は何もできていませんが取り立てて何もする事はありません。前回は納経帳を忘れたので31番札所から36番青龍寺までこの区間は御朱印とご本尊寺名の署名は無し。88番大窪寺迄の結願が叶ったらこの区間は大野さんと廻らなければ行けない。大野さんはその時迄タクシー運転手やっているだろうか?

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夕立も一時で終わる。親父は馬鹿だから雨が降るとテンションが上がる。普通の人は雨が降ると顔をしかめるが親父は笑顔になる。何でだろう?幼い頃の原風景が蘇るからだろうか?車の運転で東名を走る時でも土砂降りの雨の中でニンマリとしていた。

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左の建物がセブン、セブン、セブン。夕焼け小焼けの赤とんぼ。追われて来たのは何時の日かと、囃し立てていたアホ達もいつ迄もは元気ではない。元気で居たとしてもいつかは陽が落ちる。その時はどんなに囃し立てたとしても暗闇に引き込まれて行く。誰も助けては呉れない闇黒の世界。その世界から引き返す事は誰も出来ない。

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今年も夏は暑い。観賞用のトマトの葉っぱが枯れている。親父の手入れしている物ではないが冷やかしにカメラに納める。

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これでMacBook Airの練習もおしまい。分からない事は無い。流石です。忘れていない。これから始まる大いなる逆流。アマゾン川を逆流する川の流れの名前は思いだせないが、いつ迄もオリンピックや高校野球の激闘に心を引かれていては、メシが食えなくなる事を多くの人はまだ知る由もない。アマゾンを逆流する大潮流。その名前はポロロッカでした。この国の大潮流は既に堺と尼崎の街で予想以上の早さで始まっていた。オバカなマスコミはその事を何も伝えては居ない。

 

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2012年8月18日 (土)

天にわかにかき曇り蒸し暑い天気が一気に涼しくなる

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これから1週間の天気予報が出ているが余りアテには出来ない。テレビを見ているとにわか雨と雷と叩きつける横殴りの雨に爺婆の顔が引きつっている。これから天気は一気に変わる。地震、雷、火事、親父と言われて来たが何と言っても雷の恐さが一番に違いない。これだけ晴れていても天が一気にかき曇ると予断は許されない。

来週からいよいよ高知遍路道。窪川岩本寺、足摺岬金剛福寺、宿毛平田延光寺。その先は愛媛「菩提の道場」南宇和愛南観自在寺、宇和三間龍光寺、仏木寺 西予宇和明石寺(めいせきじ)。7つの札所を3〜4泊して松山道後の湯に向かいます。

昨年のお盆明けに始まった四国遍路道も無事計画通りに巡るとほぼ半分を通過。この先明石寺〜大寳寺間は歩くと67キロ強。四国遍路道のもう一つの難関区間が待ち受けている。歩くと3日掛かると言われているが親父は当然歩かない?

今回は計画には入っていないが次の機会に松山からJRバスで1時間強。ズルする。こんな廻り方をしていると空海様に相手にもされないだろうが、それでも容易な事では無い。大阪から岡山迄は新幹線。岡山から四国窪川迄は特急。窪川から足摺岬はJRとバスを乗り継いで。そして足摺岬からは宇和島迄バス。こんな歩き方をしていたら感動は少ない?処がそれでも大変な事が行ってみないと分からない。

誰だったかな?そうだ講釈師。見て来た様な嘘を言い。そんな言葉があるが今、近くの河川敷で花火が打ち上げられている。数年前に近場で見たがそれと同じだろう。感動は心を開いて一緒に見なければ何も心に響かない。今年は花火は音を聞くだけだが四国の思い出の地は心を開いて親父を迎えてくれるに違いない。

後もう1日です。今日は旅の準備をする訳でもなく体を休めていました。横になっているとだらしなく寝ているだけで一人で言い訳をしている自分が情けなくなりますが、それでも先日買った本は読み終わりました。親父の知らないアメリカ。そして親父の考えているアメリカ。この国は日本人が考えている以上に優しさの無い国です。

その事は薄々感じていましたがアメリカ人と言っても日本人の様に単一民族ではありません。アメリカは移民(自らの意思か否かは別にして)の国。この国と全く違う野望と略奪の国です。その実態を私達は殆ど知りません。その事もこれから学んで行かねばなりません。

アメリカは今年の秋。大統領選挙が行われます。隣の国の韓国もそうです。中国も指導者の世代交代が行われます。この国だけが安泰と言う事は絶対にありません。それでもそんな厳しい現実を知らない人も少なくありません。今、この国の富める人とそうでない人の格差は拡大しています。

その事も少しは考えないと生きて行くのは苦しくなるでしょう。その為になにが出来るのか?その事が問われています。最近親父が一番むかつく事はオバカなマスコミです。オリンピックが済んだと思えばメダルのお話。それから高校野球とメジャーリーグ。高校野球ほどセミプロかされても甲子園を埋め尽くす観衆。負けても負けても期待される阪神タイガース。何処かピントがずれていると思うのは親父だけかもしれない。

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卵焼きは朝作る物でしょう?夜作ってどうします?食べます。

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久し振りに綺麗な卵焼きが出来ました。(これで?)そうこれで。本当は味にもう少し甘さがあれば上等だったかも。四国四万十川の河口近くの玉子屋さん。頑張っているかな?たかが玉子。されど玉子。卵焼きの上手い人は親父でした。

昨日は大阪も本当に厳しい暑さでした。暑い夏。洗濯物を干しながら熱風の中で子供の頃の田舎の夏空を思い出していました。「夏が来れば思い出す」幼き日々の田舎の川。あの淵も水の流れが変わって浅瀬になってしまったけれど、大勢の子供達が飛び跳ねていたあの夏の日は戻って来ないのだろう。

いよいよ高知の遍路道に合えます。暑い暑い道を汗を流しながら黙々と歩いている人を見ると頭が下がります。親父にはそれだけの根性はありませんが誰にも負けない空海が求めた真言密教の思い。まだまだ勉強が足りませんがどう生きるべきか?その事が問われています。

もう一つは四国遍路道とは全く違う親父の追憶の聖地。「窪川」親父が大阪に戻って2番目に働いた時、思いがけなくこの地で仕事をする。あの時は四万十川の清流を眺めながらなにを考えていたのだろう?今、考えて見ても思い出せない。高橋尚子がシドニーで金メダルを取った年。今からⅠ2年前の事だったのか?あの時も助けて貰いました。これからはあの時の想いを糧にしなければならない。

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2012年8月17日 (金)

大阪は暑かったけれど遍路道はこんな物では無い?

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大阪は暑い。それでも四国遍路道を考えると大した事は無い。どちらが暑いかと問われると首を傾げるがどちらも暑い。それでも暑さの内容が違う。大阪はむかつく暑さ。四国は涙が出る暑さ。それくらいの差はあるだろう。それでも足の痛みと体調を推し計りながら御堂筋を歩く。どれくらい歩けるか?今日のテーマを考えながら歩く。

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新阪急ビル。このビルは親父が大阪に出て来た時に完成していた気がする。あれから半世紀。すっかり貫禄が出ている。これだけのビルでどれだけの人が働いているのだろう?地下街と一階を除いてビジネス街だと思うが。何処も知らない。

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梅田新道交差点。この道は国道1号と2号の分岐点。その道が曾根崎通りと言うのも知らなかった。国道1号は東京日本橋から。2号は北九州門司まで。日本を貫く大動脈です。東海道53次はお江戸日本橋から京都三条大橋だが東海道57次を知る人は少ない。

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久し振りに見る積乱雲。残暑が厳しいが後1月もすると秋が深まる。汗を垂らしながら頭にタオルを巻いて、君から貰ったサングラスを掛けて歩いていました。汗を拭いても止まらない。額に当る日差しをもろともせずに歩いているが、気分的には萎えていない。流石です。これから解説無しに御堂筋を見て行きましょう。

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淀屋橋。生駒山のテレビ塔迄見える。但し映像はズームしている。大川の流れも先日の雨で濁っている。

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今年の初め近くの中之島で合って話をした時は寒かったが、左の喫茶店でお茶をする。親父が大阪に来た時はこの交差点で路面電車がこの方向に曲がっていた。

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放置自転車は置けなくなったけれどこの殺風景な鉄柵。これが大阪の間抜けさです。

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取り締まりをしないとこの有様。関西だけでは無いマナーの悪さ。恥ずかしさもここ迄来るとなにおかいわんやかも?ホンマに最低です。天罰を受けても分からないだろう?

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鉄鋼商社 こんなに儲かるのだろうか?立派な自社ビル?です。御堂筋本町駅近く。

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もうすぐ心斎橋。まだまだ歩けるけれどAppleのショールームを覗く。2階のフロアー入館者多い。パソコンとiPadの勢いはしばらく続くのだろう。日本の電気メーカの逆襲はあるのだろうか?無ければこの国の電気メーカーに明日が無い事をどれだけの人が理解しているのだろう?経営者達にその厳しさがどれだけ認識されているのだろう?経営者だけでなく全ての国民にその事が問われている。分からんだろう?

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淀川の鉄橋を電車の中から。少し電車の中が騒がしく座れない。無理に座ろうとは思わないが無神経な親父がデカイ顔をしているが、親父もまだまだ若い。立っていても何とも思わない。窓の外を眺めていると夏の空。しかし左から黒雲が広がっていた。

途中で土砂降りとなるが家に帰ってみると出かける時に出していた洗濯物は濡れていた。「しゃーないな」と思いながら取込む。軒下に移して流石に室内には入れられなかった。これからはこんな日が続く。そして秋が音も無く忍び込んで来る。

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日本製造業の逆襲 その為に必要な事 それは世代交代

今日の経済新聞を見ると一面トップに「シャープ主要設備売却」の記字が踊っている。興味を持って読んでみると単なる解説記事。親父的には「だから何なの?」です。テレビが売れなくなれば当然物造りの工場の設備投資が企業の負担になる。

シャープも松下(今はパナソニック)もソニーも親父が昨年デジタル放送開始で追い立てられて買った日立も東芝も三菱も。(笑ってしまう。テレビ業界のお間抜け)この業界の経営者達は昨年のデジタル放送開始でどれだけ美味しい思いをしたのだろう?

その反動でTVが売れなくなり(需要の大幅な落ち込み)その対応も出来ずに、今年の販売不振、在庫積み上がり、販売価格の大幅下落(安くなっても必要ない)こんな状況を予測出来なかった経営者達にレッドカードが突きつけられても、その責任は取れない。こんな会社の従業員達の哀れさはこれからリストラと言う名の人員整理が待ち構えている。

この経営責任は企業破綻と言う所迄追いつめられなければ分からないのだろう。経済産業省が日本経済の再生のシナリオを描いているが、お役人とは役に立たない人の代名詞になっている。金食い虫。寄生虫。そんなひどい言葉を投げ掛けられても屁のカッパなのかもしれない。

シャープの経営再生を任された新社長は台湾の組み立てメーカーに支援を求めているが日本の銀行、経済界のリーダー達、国の産業支援の脆弱さが見て取れる。台湾メーカーのてこ入れを期待しても「泥舟」?に手を貸してくれるのだろうか?そうではなくて自分達で新しい船出を祝う。そんな期待を関西の企業家達はしていないのだろうか?そうでないのだとしたら関西経済の再生等「ちゃんちゃら」おかしい。

橋下大阪市長が目指す「大阪都構想」とはこの程度の事だろう。政治と経済は違う?冗談も大概にしなはれ。「大阪のあかんたれ」と馬鹿にされてもシャープや松下(パナとは違う)の起業家精神がつぶれたら関西経済はどないなりまんねん。親父如きが喚かなくても早川(シャープ)幸之助(松下)の親父がどやしつけているに違いない。情けない。無一文からの再出発それも出来なくなるのか? その事が問われている。

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2012年8月16日 (木)

今日は京都五山の送り火です。若い頃、京都に4年間住んでいた事を思い出す

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大阪駅前の大観覧車。駅前の商業ビルの屋上。高所恐怖所症の親父が震えていたのは何年前だったのだろうか?今でもカップルのメッカなのだろうか?空は青く大阪の残暑のお盆の終わり。京都は五山の送り火。大文字の火がもうすぐ入ります。

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阪急の外観。改装工事は一見完成の様で内部は突貫工事中。屋上にこれだけの建家を重ねたのだから当然基礎からやり直している。内部の連絡通路と売り場を確保しながらの工事は、通行者と買い物客の安全確保が絶対条件で工事関係者の努力の結集がもうすぐ実を結ぶ。工事の完成は来春。その時この周辺のデパートの競争はもっとも厳しさを増すのだろう?

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池田に帰って来る。今日は梅田から堂島の本屋を覗き面白そうな本を買って来る。教科書やニュースでは分からない「最もリアルなアメリカ入門」本当はもう少し違う本を買いたかったが親父のレベルではこの程度が丁度です。親父の知らないアメリカ。日本人が知らないアメリカ。これから知らなければいけないアメリカ。一気に読めそう。ニンマリ。

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送り火は焚かれていないけれど又、来年です。ゆっくりとお迎えは出来なかったけれど。京都の大文字焼きは見れなかったけれど。初秋を感じさせる涼風が吹き抜けています。親父が田舎暮らしを始めれば間違いなく松明の火が燃え盛るでしょう。

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お昼過ぎサングラス到着し、その時留守をしていたので夜、受け取りました。ありがとうございます。しっかり梱包され大事にしていた様子が窺い知りました。今日大阪駅で四国窪川迄のアクセスと所要時間確認しました。岡山迄は新幹線。岡山から在来線特急南風。所要時間4時間40分。ほぼ故郷佐伯迄の時間と同じです。

準備も着々と整い来週の月曜日出発。サングラスを掛けて意気揚々と出かけてきます。空海様が四国高知の西側に足を伸ばしたのは中国から帰り、京都で嵯峨天皇の加護を受けていたときだったのだろうか?それも学習しなければならない。

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人の財布を覗くな?でもこの情報は知らないといけない。

昨夜は遅く迄寂しい?生活をしている(笑い)親父の為に貴重な時間をありがとうござました。マイナス思考しか出来ない親父とは意見が合わなくて不快な思いしか出来ませんが、考えの全く違う世代が不毛の論議を重ねる事も又何かの足しになる事でしょう。

戦争感。人生観。仕事感。達成感。生活感。幸福感。多くの価値観が全く違っても親が子を思い、子が親を想う気持は何時の時代でも変わら無いのかもしれません。昨夜はそんな事を考えていました。政治に全く関心がないと言われても政治とかけ離れて経済活動はありません。

反対にこれからは君達が意識する以上に政治と経済は、密接な関係が深まるに違いありません。喜ぶべきか憂うべきか?親父達はこれからは前者に変わらなければなりません。それだけの貢献はしたとの自負はありますが、それもこれからは関係ないに違いありません。

間違いの無い事はどれだけの状況判断が出来るか?それはこれ迄も問われた見識でしょう。同僚、先輩、後輩から忌み嫌われた生き方はこれから花開くに違いありません。最後に笑える人が空海の教えだと確信を持って言える時がやってきました。(あほやなあ)

そう。空海様の教えもその程度の物です。(コラコラ)そんな事を言っていたら罰が当たるよ。そんな事は無い。空海は天才。親父ごときの凡才に真言密教の真髄など分かる筈も無い。ならば何故四国遍路道を歩く。よくぞ聞いてくれました。しかし、的確な答えは苦しい思いをしないとわかりません。強いて言えば体験です。楽をして何かを手にしたいと思うなら親父程度の悟りしか(それ以下かも)得る事はないでしょう(ため息しか出ません)

今日、ブログのトラックバッグの勝手な配信ブロックしました。プロバイザーに電話で確認する迄もなくそのサービスはホームページで確認出来ました。その対応は簡単でした。iPodの設定と同じ機能がありました。ニンマリです。でもこれで正解だったのかな?トラックバッグの書き込みはブロック出来てもスバムには入り込んでいる。まっいっか。これでうっとうしさから解放される。様見ろ。

もう一つ。発見がありました。給料の多い順。少ない順。日本企業のインチキさ。何とベスト20会社のランクインの内訳。放送局と商社。そしてゲーム会社。そんなに儲かっているのか?税金きちんと払っているのか?(余計なお世話です)

因に昨夜話をしたカメラマンは野町和熹さん。親父のカメラの腕はまだまだですがこれからC社の一眼レフでお世話になります。一眼レフのマニュアル設定で逆光でも思い通りの写真を撮る。永遠のテーマになるかもしれませんがその挑戦も始まりです。

今夜10時から公共放送(コマーシャルが無いだけ)グレイトサミットでスイスグリンデルワルトとあの素晴らしい登山鉄道。そしてメンヒの登山が紹介されます。これはお薦めでしょう。今年で2年経ちましたがあの素晴らしい景色が甦って来る事でしょう。これから洗濯物をかたずけてお出かけしてきます。

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2012年8月15日 (水)

今日は一人で遊んでいます。おっかあと話をしているのかな?

Img_9037_3 お盆のお供えに買いました。そして昨夜頂きました。余り期待していなかったと言えば失礼。瑞々しくて鳥取の20世紀に負けない味でした。最近、エアコンの掛けっ放しで喉のイガイガが取れないのが、見透かされている様でした。ありがとうございます。美味しく頂きました。


Img_9038_2 駅内の通路に放置されていた自転車がこの有料駐輪スタンドが出来て0になりました。日本各地の駅内、駅前、駅近、いろんな処に放置されている自転車。行政がどんなに取り締まってもイタチごっこを繰り返すが、それでも自転車の放置は許さない施設の管理者の姿勢が問われている。


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今日はお盆で空いているけれど放置自転車の大半は安易な気持で停めている。自分がどれだけ人に迷惑を掛けている等の認識は無い。大阪市内を歩いて見ても綺麗になっている所とそうでない所、ひどくなっている所、その差はその場の管理者の違い。

この阪急駅前の放置自転車も最初は責任者不在。まず電鉄会社は行政の責任を口にし行政は警察。警察は電鉄会社。結局たらい回し。その状態が長い間続いた。その度に苦情が電鉄会社に絶えなかったが無視され続き、結局最後は行政指導で整備された。

それでもオバカは放置自転車を止めなかった。それが徹底される様になったのは行政が放置自転車監視人を置いてから。おじさん達の給料は少なくてもその威力は大きかった。今でもオバカはいるが誰でも人から注意されるのは気持ちの良いものでは無い。今の姿が定着してとても気持ちが良い。誰も文句は言わない。

それとは対照的に駅前近くの違法駐車。警察の指導が全く無い。道路管理者は警察ではないと平然と口にして駐車禁止の標識も完全に無視。ドライバーのマナーの低さが問題では無い。この国は法治国家でありマナーに頼る国では無い。

国家公安委員長が靖国神社参拝を個人としての立場で行うと平然と言い切る間抜けさ。そんな暇があったら徹底してやる事があるだろう。それが出来無いだけの事かもしれない。いずれ選挙で交代です。

羽田国土交通大臣。一番若い大臣。若さとは一体何なのだろう。親の地盤を継いだだけか?そうではないでしょう。民主党が支持率を失うのは当然です。靖国神社を参拝すると言う事は肩書きを外して行って下さい。それが政治家として最低のルールです。それが分からなければ選挙で唇を噛み締めて下さい。

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お盆が過ぎると秋が忍び寄って来る。春夏秋冬。その当たり前の景色が国の為に奪われた多くの若者達。彼等に問われた御国の為にと言われた言葉を今の人達は知らない。それだけでもありがたいとどれだけの人が思えるのだろう?鱗雲がまだ鮮明でない。

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親父の好きなお寿司。田舎でおふくろが一杯作って呉れた独身の頃を思い出す。「食え」「食え」「一杯食え」と言われながらニコニコしながら食っていた。今は寿司位何時でも食えるが、あの頃は盆か正月でなければ腹一杯食えなかったのだろう。それ程ではなかったかもしれないが子供達が巧そうに食っている姿が、何よりの親孝行だったのだろう?お一人様専用の寿司を満足げに食いながら辺りを見回していた。(むげねえのう)可哀想。ちっとも。

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今、このやっこ豆腐にハマっています。これに少し贅沢なかつおパックのソフト削りを掛けて、冷や奴専用のつゆを掛けると言葉もありません。(オーバーな)本当です。是非お試し下さい。このとうふは関西しか売っていないかもしれません。その時は地元のうまい豆腐でも上等でしょう。かつおパックは少し贅沢なものがお奨めです。

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これは20世紀梨ではない。そう見れば分かります。でも昔近くのただで食っていた幸水とは大違い。徳島の上等品。(嘘をつけ)ばれたか。それでも20世紀に負けない瑞々しさを感じる。当たり外れはあるが見かけ倒しになったらアキマヘンえ。

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最後はお餅をパイ生地で包んだこれも少し上等なパイ。(笑い)本日お奨め。予想通りの味でした。美味しい物を食ってこれから歩いてきます。でもその前に。

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アチャーまだ貼っているの?大きな声では言えないが最近右上の腕の筋肉が痛くて。思い当たるフシはすぐ分かりました。パソコンのキーボードの叩き方が強過ぎて腱鞘炎?肩の下腕の付け根の上の筋肉。こんな所の筋肉痛でした。おしまい。


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終戦記念日?バカ言っちゃいけないよ 愚かな人の生き方を思い起す日です

愚かな人の生き方?そんな言い方をしないで良いだろうと言う人も言う。確かにこの国はアメリカに叩き潰された歴史を知る人は親父の先輩達だけになっている。その人達でも靖国神社に参拝すれば心が穏やかになれると言う人も少なく無い。

親父達が大阪で働いていた若い頃、南の島で戦死した人達の遺骨収集の話を聞いた事がある。その時許せないと思った事は戦後20年を経過しても遺骨も収集されない多くの人がいる事を知った。あれからその倍の歳月が流れてもこの国はこの国の為に戦った多くの若者の死を直視していない。それどころかそんな歴史を教えていない。

国の安全と防衛の責務は誰にあるのだろうか?戦争批判をしなかったこの国のマスコミは戦後も一時は尤もらしい反戦平和を口にして自民党、右翼と対峙していたが今はどうなのだろう?日米平和同盟でこの国を守る。そんなオバカな事が尤もらしく宣伝され沖縄の軍事基地だけがいつも問題にされ、国内の米軍基地は問題にされない。厚木、横須賀、三沢、岩国、佐世保、その他多くの演習基地。

戦没者では無い。戦いで無惨な戦死を遂げた人達。国内の軍人でもなんでもない一般市民を無差別に焼夷弾で住宅地を爆撃したアメリカの戦争責任は何も問われないのか?それが悲惨な戦争。広島、長崎の原爆投下の責任も人類の過ち?そうではないだろう?国を守るとは軍人、軍事力だけでは無い事をこの国の人達は綺麗に忘れてしまっている。

今、韓国大統領から問われている慰安婦問題。何時迄も問われ続けるこの国の戦争責任。そんな国と本当に仲良しになれるのか?も少し賢明な国の在り方を問い直さなければならない。この国は自国民だけでなく他国民を本当に悲惨な過去を押しつけている。

今、衛星放送で散々見せつけられる韓国ドラマ。この国のテレビ放送に未来が無い事をどれだけの人が実感しているのだろう。オリンピック狂騒曲に見向きもしないでどれだけの人が生きれたのだろう?

韓国経済を支えているこの国の経済は一体何なのだろう?その事もも少し考えて見ないとアカンやろう。韓流ブーム。あれは薄汚い人間の正体では無いだろう。空海が仏教の体たらくを嘆いて1200年の時が流れているが、人間の愚かさは何も変わっていないのかもしれない。

いよいよ来週は親父の故郷大分佐伯の対岸、愛媛県宿毛の海岸を眼にしているだろう南無大師遍昭金剛。今回は真剣にこの言葉を唱えなければいけない気がする。宿毛から宇和島迄の道は宿毛街道。宇和海の穏やかな海は親父に何を語りかけてくれるのだろう?

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関西は大気不安定 室生の村は蒸し暑かったけれど雨量は大した事無し

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この看板は近鉄鶴橋駅ホームの「大阪線 停車駅ご案内」ご案内と言葉は丁寧だが目的の駅迄の利用電車は分からない。親父がこの駅で特急に乗るかと一瞬考える。目的の駅は「室生口大野」榛原の一つ先。処が特急料金「850円」ええ加減にしなはれ。20分待って準急と思っていると急行が来る。この電車は榛原迄急行。その先が各駅停車。ラッキー。この道は伊勢参りの道。この路線は鳥羽と途中で名古屋と別れる。親父のガイド付きでないと行けまへんえ。(自慢している)

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行先は青山町 この看板を見ても時間が分からなかった。正解は55分。ここからおよそ降りた駅迄1時間。結構遠い。手前に長谷寺の駅があるがここには急行は停まらない。長谷寺は手前の桜井駅で乗り換え。その時間は「名張」の欄で見るのか?その見方が近鉄方式?さっぱりわからん。

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ここ鶴橋の駅から名古屋、賢島、奈良に行ける。

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室生口大野駅到着 駅前の看板案内図 室生寺はここから右下約4キロ。

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この前のブログで宣伝した奈良交通のバス。しかし平日は乗降客もまばら。これだけの大型バスの意味が無い。マイクロバスの柔軟な運行が必要と思いきやタクシーも待機している。バス料金が420円だからグループで来ればタクシーがお勧めかもしれない。

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バスの時刻表 良く分からないが1時間1本は間違いない。このままだとこの路線のバスも廃止の憂き目となれば足はタクシーしか無くなるかも。歩くのも楽しいが4キロは覚悟しなければならない。車社会の影響はこんな処にも出ている。道は良い。

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到着です。バス停から少し歩きます。

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右が土門拳さんが定宿とした「橋本屋旅館」今でも予約する人は多いのだろうか?ここに泊まれば室生寺の朝と夕方の景色がよく見えるのだろう?土門拳は室生寺の雪景色を撮る為にこの宿だけでは泊まり切れずに別の場所に宿泊していた。それだけの美しさを見せる最高の雪の室生寺は写真集でないと見れない。

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橋の上から旅館と川と室生寺の境内を見ている。

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参拝客は覗くだけ。社務所。見学コースは右。

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山門をくぐり振り向いている。正面からは人影が邪魔になる。

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鎧坂 その意味はここに立ってみれば昔の人が名付けた意味が良く分かる。そう。その名の通り鎧の様に見える。力強さが迫って来る。これでは良く分からない。それでは帰りに思いを込めて写した写真をお見せしましょう。

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上から見下ろした写真。本当はこの感じで見上げていた昔の人の想いが良く分かる。

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残念。逆光で良く撮れない。デジタルカメラでは駄目か?違います。撮り方がへた。

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「金堂」。いつもはベランダから覗きこむだけで一木造りの御本尊釈迦如来立像、薬師如来像、地蔵菩薩像、文殊菩薩像、十一面観音菩薩像を間近に見れる事は無い。今日は特別拝観中で堂内で見れました。これが最初で最後でしょう。感動でした。来た甲斐がありました。平安初期の作と言われているが奈良時代の仏像とは違う美しさがありました。

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ここは奥の院に向かう道。この先石段が途切れるがその先を知る人も少ない。

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奥の院に向かっています。

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この橋を渡ると覚悟を決めなければならない。この橋の下を水が流れる事も最近は殆ど無い。ここで遊んでいたら上に登る覚悟が萎えて来る。(えー。上がらなかったの?)信じられない。そう。初めての事でした。親父も意気地が無くなりました。

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この階段を初めて登ったのは18年前。あれからこの石段を何回登っただろうか?息切れを途中で何度も整えながら、昔の人もやったと思われる杉の大木に手を当てながらどれだけ「力」を貰っただろう?そのお陰でここ迄生きて来れました。今日はここで帰りますが又来ます。滴る汗を拭いながら帰りのバスの時間を口実に引き返す。

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「オイオイ。それは無いだろう」それでもここ迄と決めたら迷いは無かった。又、秋には来ます。足元を見据えながらゆっくりと降りる。ここで足を滑らせたらそれこそ笑い者。そう言い聞かせながらゆっくりと歩く。雨上がりの道はとても蒸し暑かった。

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本堂。

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雨上がりの鎧坂を無事降りて見上げている。最後の綺麗な山門をお見せします。今日は遅くなりましたが、大きな力を貰いました。本当は多くの思いを抱いて山門をくぐりましたが、帰る時には何も考えずに歩いていました。

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赤目四十八滝はこの先の名張市からバスで行った事がある。今はもうあの若さは無いけれど、このロッジの写真を撮ったと言う事は紅葉のシーズンには来ようてっか。このやろう?(お前さん。何か勘違いしていないか?紅葉の時、この滝を愛でる人は少なく無い。ホーキンスの登山靴を履いて歩く位の元気はまだまだでっせ。)ニンマリ

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2012年8月13日 (月)

いつもの本屋さんに出かけてきました。優しい笑顔も見れました。

Img_8958待望の写真集買いました。昨年土門記念館館長池田真魚氏監修で発刊されていた。本当はもっと立派な写真集もあったが、親父如きが個人で買うにはこれで充分。印刷、製本が親父が就職した凸版印刷と言うのも嬉しい。メタボの親父がこの写真集でどれだけ土門拳の生き方に近寄れるか分からないけれど。

嬉しい事は重なりました。久々に堂島のお店でお土産をもらう。北陸黒豆羽二重餅。「お餅食べられますか」と聞かれたけれど「あなたのお土産なら何でも」と馬鹿な親父。10個はさすがに多かったけれど3個はお裾分けして(中途半端)今、4個食って残りは夜食。ごちそうさまでした。今度、夫婦円満のお守り持って行きますね。

明日はお盆のお迎えの日。今年も墓参りは出来ないで御免なさい。でも一緒に歩いた室生の寺には行ってきます。土門拳さんは室生寺に戦前から慣れ親しんでいますが、残念ながら晩年は写真も撮れなくなりました。明日はこの写真集を持って出かけてきます。

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天候不順 大阪は朝から雷と大雨 しかしオバカな親父は全く気付かず

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奈良室生寺金堂前の鎧坂(よろいさか)意味を辞書で引いてみても箱根駅伝の選手名しか出て来ない。今日テレビ番組(別に今日に限った事では無い)が余りにつまらなくて親父お気に入りの録画番組を探していると。女人高野と言われて来たこのお寺の古寺名刹の紹介番組が心を打つ。

女人でない男師が何でこれ程の感動を受けるのだろうか?18年前に一緒に歩いたこの坂を今は一人で歩く事に慣れたが、もうすぐお盆の時。呼んでいるのかも知らない。(それは無いに違いない)今、写真家土門拳の言葉を紹介している。写真集を買わなければいけない。

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屋外にある五重塔としては国内最小の高さ。それでもこの美しさは何だ。室生寺を訪れた人がこの場に立てば言いようの無い感動を覚える。この搭は平成10年台風がこの山を直撃して杉の大木が倒れ大破する。その搭を初めて見たのはそれ以前の3年前。今は再建されて14年。それでも一緒に見た搭の面影は大きく変わっている。しかし、この搭を見上げていると不思議に心が安らぐのは何故だろうか?

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奥の院に向かう橋。昔は滔々と(とうとうと)流れていた谷も水も今は枯れている。親父達が初めて渡った時も水は既に枯れていた。あの時から今の生活が予測されていたのだろうか?それは分からない。それでもあれから17年の秋がもうすぐやって来る。

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急な石段の始まり。この苔生した(こけむした)杉の大木を擦りながらどれだけの人が年月を重ねたのだろう?この景色を見た時の気持ちが一人になると何故か変わっていた。人は幸せな時は不幸の時を考える事は無いのだろう?しかし、反対の時はそうでも無いのはおかしな事かもしれない。このお寺は全てが時を越えて語りかけて来る。

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何処かで見た石段。そう四国徳島遍路道10番札所得度山切幡寺。あそこのお寺さんの階段も急だったがこの階段には勝てなかった気がする。メタボな体と弱い脚力では簡単に登り詰める事は出来ない。

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室生寺山門 これから出かけると5時閉門に間に合うかな?近鉄室生寺の駅からのバスの便が1時間に2本だからも少し早く無いと無理かもしれない。大阪梅田からのアクセスは地下鉄御堂筋線で難波下車。近鉄大阪線で室生口大野下車。駅前からバスで室生行きのバスで20分前後。親父の家から出かけるにしてもお昼には腰を上げないと時間的に余裕が無い。明日にするか?どうかな?そうだ本屋に行こう。


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2012年8月12日 (日)

やっとこさブログ作成終了。

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夕方。まだ日差しは高い。何時もはもう少し遅くなって歩き出す処、今日は暑い日差しの中を歩き出す。そろそろ体調を暑い日差しの中で整えなければ四国遍路道は歩けない。(電車とバスで移動するするくせにカッコはつけるな)うるさい。

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すだち?徳島遍路道で1番苦しかった鶴林寺の山登り。その途中で話をした親父さんを思い出す。親父にもう会う事は無いだろうが、今年も元気に仕事をしているだろうか?「もう引退」と笑って誤摩化していたが親父さんの後を継いでくれるのだろうか?

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これは柿の木 柿の実は分かりにくいが立派に大きくなっている。甘柿か渋柿かは分からないが高校の部活の帰り、空いた腹の足しにする為堤防沿いの柿畑に飛び込んだ事を思い出す。流石に一回だけだったからとがめられる事は無かったが、困った時に自分の身を正す。そんな指導者も居なくなりました。「国民の為」?いい加減にしなはれ。自分達の為です。その事は間違いなく賢い人が投票行動で示すのだろうか?

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蝉が鳴いている。蝉の盛りの時ももうすぐ終わるのだろう?政治家の盛りの時はいつまでも続く訳が無い。その事を期待した政治家は全く期待外れだった。

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城跡公園の芝生の上をトンボが飛んでいる。残念ながらその姿を写し取る事は出来ないが「暑い」「暑い」と言っている間に季節は少しずつ秋に向かっている。

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サルスベリの白い花。花と実がこれほど明確に違う花も珍しい。

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これから細い谷の上をオーバーブリッジで渡る。この橋の上に花壇がある。

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五月山山麓の府道を渡る。バラの花が迎えてくれる。

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これから山麓の道を歩く。蝉の声は聞こえるが場所は確認出来ない。

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下が車道。お盆の墓参りの車だろうか?渋滞している。ゆっくりのんびり歩いていると風が心地よい。最高の贅沢です。手にして来たサンドイッチが食いたくなる。

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名前が何時も気になる木。いつか手まりの様な花を見たい。

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温室到着。では解説無しできれいな花を見て下さい。

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ハイハイ。ご褒美のサンドイッチ。この前に半分食ってコーヒーを飲んでいたので味は今イチ。それでもサンドイッチは完食。恐れ入りました。

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今日は公園内に入らなかったが親父お気に入りのおばちゃんが手入れしている。おばちゃんというのは殺生と言われそうだが今日はお休み。何時もご苦労様です。

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看板の文字が見えないが「この手かしわ」日本各地の街路樹として見かけられる。

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この木を見るとよく分かる。日本各地の都会がアスファルトジャングルで包まれているが、これからはもう一度都会の緑の環境が見直される事は無いのだろうか?今年の電力受給の安定が報道されているが、日本経済の発展の為には原子力発電が欠かせないと今でも経済界のリーダー迄もが口にしているが、これからこの国の生き残る道は脱原発しか無い。

原発から軸足を外したエネルギー開発はこの国の大きな生き残りの座標軸になると思わないか?思わなくても間違い無くこの国は他に選択の余地はない。この国で一見何も変わらない様で大きく変わる原動力は既に流れ始めている。その希望といばらの道を私達はこれから踏みしめるに違いない。その感覚が今、問われている。オバカになる事ではない。

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明日から不順な天気が続く。仕事が出来なくなってもうすぐ1年の時が過ぎる。これからも親父達の仕事は無い。日本経済の明るさは見えていると政府や役人や日銀迄もがどんなに宣伝しても親父は信じていない。これから如何生きるのかを問われているが、それはなにも親父だけの問題ではない。これからは年寄りだけでなく働き盛りの人も厳しくなる。会社の利益が出なくなると経営者の考える事はリストラ。

リストラというアメリ人の考えた合理的な人員整理。言葉の意味は違うが経営の再構築の為には人員整理が1番効果が大きいのだろう?しかし、アメリカ社会と日本社会は違う。アメリカの様に多民族国家でもないし、この国はアメリカの様に広大で豊かでもない。豊かさを分かち合えない貧しさの中にこの国の再生はあるのだろうか?

今、この国の物造りはコストが高くて海外進出をしなければ企業の生き残りは無いと尤もらしく語られるがそれが間違いと何時気がつくのだろう?考えても見たまえ。外国で物造りをして、その安い製品が買える人しか生き残れない経済社会。そんな国に未来はあるのだろうか?その事がこれから問われる。消費税増税?そんな時だと思っている政治家は次の選挙で固い支持基盤と宗教団体が支持してくれないと勝てない。

そんな単純明快の事を見失った選挙に弱いおばかな政権与党に活路は見出せるのだろうか?明日からはとにかく支持者の声を聞きながら支持してくれない無党派の思いをどれだけ汲み取れるのだろう?手遅れじゃな。桂枝雀さんの「夏の医者」の落し噺が聞こえて来る。期待された政治改革と経済の再生は財政再建より優先されては居ない。その処が分からなければ戦いには勝てない。それは歴史が証明している。

今日はMacBook Proの画像取り込みが途中で巧く行かなくなり、MacBook Airでやり無し。2倍の時間がかかったがこれも親父が四国高知の旅後半でブログ作成の練習だったと思えば役に立つ。なんと言われても良い。人の生き方は他人では変えられない事を思い知らなければならない。

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消費増税 再生の一里塚?とにもかくにも結果を出した?

「衆院選へ土俵を整えよ」日経新聞の一面。左の特集記事?特集記事と言うにはお粗末。3党合意を高く評価しているが3党の思惑。今一番問われなければならない事に何も触れていない。財政危機、財政破綻、ギリシャの2の舞いになってはならないと言われるが、その為に一番大切な事は歳入確保は言う迄もないが、この消費増税法案にその事がどれだけ明確になっているのだろう?

消費税を5%挙げれば13兆円の歳入確保が出来ると言われているが、それはあくまでもおばかな財務官僚のそろばん勘定。仮にそれだけの歳入確保が出来たとしても、これ迄の様に間抜けな税金の取り方をしていてむちゃくちゃな歳入の無駄遣いをして財政の悪化、借金体質がどれだけ改善するのか?その事が問われていない。間違いなくこれから消費税値上げの歯止めが外され、財務官僚の思いのままになるとでも思っているのだろう?

「そうはイカの何とか」これ迄の政治対決のマイナス面だけを強調しているが、政権与党の行き過ぎをチェックしていた野党が、政権与党と手を握れば何でも出来る。この国が戦争に負けた一番の原因は、軍部の暴走に歯止めがかけられなかった新聞社の体質にあった事を有権者は忘れているとでも思っているのだろう?

確かにこの国の歴史をきちんと学んでいない(学ばせていない)若者達が、政治に無関心になるのは仕方が無いとしても、子供達のその事を教えてやらなければいけない責任ある大人達がこんな間抜けなことを言っていて良いんだろうか?救い様が無いと思うのは親父の様なこれ又、救い様の無い年寄りかもしれない。

それでも今年の秋に行われる選挙、有権者の支持は大きく変わる。民主党政権に期待したのは組織労働者だけでは無い。組合の労働貴族も少なくなったと言われてもどっこい生きている。組合の支持が無ければ勝てないと恫喝を平然と繰り返している人達が、今度の選挙で2年前の自民、公明の後援会と同じ思いをする事だけは間違いない。

衆院選へどんな土俵を整えよと言うのだろう?政治混乱の原因は衆議院と参議院の勢力分野が逆転していると言われているが、それは有権者の判断でそれを尤もらしく批判するコメンテーターこそおかしい。何様だと思っているのだろう?

親父のつぶやきを見ながら首を傾げる人も少なく無い。しかし、お盆明けの20日から親父は四国高知の思い出の地を巡ります。高知と足摺岬の名前は知っていても多くの人が知らない窪川。ここの元町長が下した決断。原発反対。その原発が愛媛の佐多岬の付け根、伊方に出来ている事も多くの人は知らない。知らない。関係ないと簡単に言い切れるのだろうか?そして今、尤もらしく原発の必要性が語られている。

その鉄槌は間違いなく振り下ろされてもこの新聞社は何も困らない。しかし、この新聞社が見向きもされなればそうはいかなくなる。経済ニュースもこれから全く不用になるかもしれない。競馬の予想新聞と同じ様にデータだけでは勝てない事をこれから実感するに違いない。

情報は加工されていると、も少し多くの人が感じればそうなるのかもしれない。今、電車の中で大手の新聞を拡げている親父達も、これから始まる多くな潮流の変化をどれだけの人が実感しているのだろう?その事は空海様でも分からない。いわんや親父ゴトキに分かる筈も無い。それなのに何故か明確に燃えている。(ホンマかいな)

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袋井の花火 雨は大丈夫だったかな?今夜は戦艦大和のドラマを見ながら涙を流していました

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雨上がりの道を体に催促されて歩く。今日も休足日。家でテレビを見ているといつの間にか寝ていた。うつらうつらのお昼寝をしていると「散歩」「散歩」と体が催促している。時計を見ると6時前。「よっしゃ行くか」声を出して立ち上がる。外を見ると夕立の後だった。城跡公園もしっかり雨に打たれていた。ゆっくり深呼吸をしながら歩く。雨上がりの何とも言えない熱気の中、錦木(にしき木)の葉っぱも色付いていた。この葉っぱの色が深紅に変わる時、秋は音も立てずにすり寄って来るに違いない。

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城址公園で腰を降ろす間もなく引き返す、雨は降っているが濡れる程では無い。足の痛みもようやく克服。痛みは全く無い。これ迄引き摺っていた足が上がる様になって来た。悲鳴をあげていた土踏まずの筋肉くんが心地好い反応を示している。無理をしながらでも歩いて正解だった。痛いとか言い訳をするのも大事だがそれだけでは駄目だと言う事を実感する。痛みに負けない体力。老化を補う体力。その事がこれからも求められるに違いない。

口先だけで痛みを分け合う何とか?オバカな政治家とコメンテーターの言葉にごまかされてはいけない。今夜、「戦艦大和生き残り証言」のBS放送を聞く。日本の戦争責任が戦勝国の東京裁判で裁かれたと言われているが、あの痛ましいこの国の歩みをこの国は明確にしていない。「皆んな間違っていた。一億総ざんげ」とか誤摩化しのマスコミ報道に今、又、誤摩化されている。

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今日からお盆休みの人が多いのだろう。この街を走り抜ける車量が多過ぎて、街中の抜け道を走ろうとする車で、住宅地の狭い生活道路は車で身動きが取れなくなっていた。交通渋滞で考える事は皆同じだろう。しかしこの街の道路行政はその上手を行く。30年前と何も変わら無い道路幅。その為にこの先迄高速道路は出来ているがその料金を惜しんでこの道を通る。間抜けな(失礼)哀れなお盆の始まりです。


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2012年8月11日 (土)

消費税増税法案可決 しかしこれから始まる過酷な戦いを知る由もない

何ととぼけた総理大臣だろう。消費税増税法案成立後の記者会見。
「増収分は全て社会保障費として還元する」消費税増税法案が可決しても実施の時は2年後。その時迄政治生命が生き延びている保証は何もない。2年の歳月と言えば長い様で短いが2年前の事を考えて見なはれ。

選挙で大勝。政権交代。しかし国民に約束した公約は殆ど無視。出来もしない事を約束したと自民、公明の選挙で大敗した野党にこずき回され、お馬鹿なマスコミには沖縄の問題、政治と金の問題、党分裂と散々叩かれ挙げ句の果てが支持率の大幅低下。

近く行うと約束した解散、総選挙では間違いなく議席数は半分以上減る。2年前にこのような事を誰が予測しただろう。同じ様な過去がある事をこのオバカな総理は忘れているのだろうか?そんな事はあるまい。忘れているのは多くのオバカな国民に違いない。

「郵政の民営化が問われた選挙」あの選挙で自民とは大勝したが2年前の選挙では大敗し、その協力者だった公明党も大物政治家が落選した。思い出しても見たまえ。あの時、これで今迄の国民不在の政治は終わったと言われた。そして落選した政治家はただの人になったと言われていた。

そのただの人が次の選挙でどれだけ復活するのだろう?そして国民の多くが求めていた、政治改革も出来なかった政治家がどれだけ落選するのだろう?今日から政治家も地元に帰り支持者の歓迎を受ける。しかし、間違いなくその多くの人が落選する。

それくらいの事が分からない政治家は小泉元総理の様に引退して、勝手気ままな事を言うしか無いのだろう?(そうなると思うか?)なるかではなくてならなければおかしいだろう?(それはアンタの独断と偏見でしかない?)

昨夜、銭湯のサウナで福島の原発地元の人と偶然出会う。親父が偶々声を掛けて話をしたら福島の床屋さん。地元のお店で仕事が出来なくなり大阪に家族で避難して1年。近くのお店で働いていると言われていた。色々話しを聞くと本当に原発は駄目です。

原発事故から1年と5ヶ月。今なお帰宅出来ない地域と帰宅は出来ても夜は泊まれない地域。これから行われると言われる放射能汚染の除染。何時迄掛かるのか?何時からもとの暮らしに戻れるのか、その見通しすら分からない。それでも原発推進。この国の政治家と科学者に天罰が喰らうのはそう遠い先のことではあるまい。

福島の一時帰宅が出来る様になったお店は年老いた親父とお袋さんが守っていると言われていたが生活を破壊され、見知らぬ大阪でどれだけの生活が出来るのか分からない。とにかく元気で明るく大阪は喋ってなんぼだから頑張れと激励した。

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2012年8月10日 (金)

暑さも峠を越える 来週は旧盆 曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の花は何処に咲いているのだろう?

最近、曼珠沙華の花を見る事は殆ど無い。田舎のおふくろの里で先祖の墓参りを何故していたのか、今では分からないが今年もあの薮の近くの花は咲いているのだろうか?もう一つの思い出は田んぼのあぜ道に咲いていた数輪の花。今でも近くの山間の千枚田(千枚もない)に足を伸ばせば見えるかもしれない。

「赤い花ならまんじゅしゃげ」と歌われている事も知らない人も少なく無いが、白い花も在り別名「天上の花」とも呼ばれているが、この花は毒性があり、手で触ったり口を近づける事も出来ない。見るだけなら美しいが触る事も口づける事も出来ないと言えば子供心に気味が悪かった。見るだけなら綺麗だが実際は手にする事も出来ない。死人花とも言われていた。

何処かこの世の花にしては果敢ない。そんな人が少なく無いがそれとは全く違う花である事は、この花の花言葉を聞けば胸が熱くなう。「再開」「又合う日迄」しかし、この花を見ながら秋の実りの時を感じられる人が、本当は何よりの秋を噛みしめている事は私達は知らない。

本当の愛とは何ですかと問われた時、曼珠沙華の花を思い浮かべる親父は精神的に病んでいるのかもしれない。お盆の墓参りの時に見る事が出来たこの花を、今年は高知最西端の地で見る事が出来るかもしれない。

昨年の徳島遍路道では見る事が出来なかったのは親父の心に曼珠沙華を愛でる余裕が無かったのだろう?それともまだ合いたく無かったのだろうか?(まだではない。これからも)さよか。それも有りかも知れない。人の心は理屈で変えられる物ではなく「阿吽」の心で繋がっている事が、これから実践されるのかもしれない。

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何を考えていたのだろう?何も考えていなかったスイス横断鉄道(8時間)このサングラス頂戴。今度、四国の遍路道に持って行きます。近くの眼鏡屋さんにもぴったりの物がありません。最近暑い日差しの中を歩いていますが、このサングラスに勝る物はありません。

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お盆明けに行く事をきめた四国高知の最西端。ここから生まれ故郷は見えないが、その景色に勝るとも劣らない静かなスイス高原の村。ここで生まれ育った人達も一部の後継者を残してスイス、ドイツの大都市に職と生きる糧を求めて出て行くのだろうか?これは2年前の風景。今年も同じ景色が見れるに違いない。

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列車の中かの写真だから近くの景色は流れている。

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君が通訳してくれた隣の婦人と向かいのエンジニア。立っているのは乗務員。御婦人カードを見ながら何を考えていたのだろうか?オーストラリアとニュージーランドのカップル。何の衒い(てらい。自慢する。ひけらかす事)も無かった。

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列車のの終着点にはホテルの迎えが来ていなかった。その前に終着点で貰ったお菓子をニンマリとしていたら注意されてふて腐れていた。言葉が話せる君がホテルに電話が出来たが、こんな時個人旅行は困る。親父一人ならどうしたのだろう?(一人では行かない?成る程)個人旅行は言葉が話せる相棒が必要です。このレストラン。夕食前で空いていたのだろうか?ツェルマットの街中。ガソリン車は通行出来ません。

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ツェルマットの街並。実際は家並みとホテルが密集している。しかし、日本の観光地の面影は無い。上高地より開けていた。ここはアルピニスト(登山家)と観光客が入り乱れていた。

今日は大阪も蒸し暑い。涼しかった思い出のスイスの写真を見ていると、気分的に落ち着いて来る。今日は休足日。昨日、黒酢のサプリが届いたのでその代金を振り込んで散髪してきます。部屋の冷房を止めているとさすがに暑い。しかし、この暑い時、外で真っ黒になりながら働いていた時の事は忘れていけない。これから体をいたわりながらあの屈辱の倍返しをしなければならない。人を愛する事はそう言う事かもしれない。

参議院本会議場で消費税増税法案が賛成多数で可決されている。消費税が2年後に3%アップの8%。その翌年に5%アップの10%。そんな事が良く言えたもんだと思うが、この後衆議院でも民主、自民、公明の3党合意で成立間違いない。

消費税を2年後に増税する前にやるべき事があると言われた言葉が無視され、この国の財政再建の為には政治生命を賭けると言った総理大臣も、次の選挙を約束させられ選挙の結果は民主大敗。自民、民主、公明の連立政権になるのだろう。

財政再建の為に歳出を切り詰め歳入の増加を計る極当たり前の事をやらずに。良くこんなひどい事が出来ると思いきや、そうでも無いらしい。消費税増税賛成は自民、公明党だけかと思いきや民主党議員の多くが国民の負託を見誤った。この事は決定的な政治の判断ミスになる事を多くの支持者(労働組合幹部)はまだ知る由もない。分からないのだろう?(先刻承知?負けるのを?大敗を予測しているとは思えない)

この国の財務官僚と既成政党がつるんでやって来た事。それは利権の食いつぶし。利権も優遇措置も受けられないサラリーマン、低所得者がどれだけひどい眼に遭わされて来たかは分からないと思っているのだろう。

税金は国民の義務で優遇、免除、お目こぼしは許されない。そんな事は全く無いとでも言うのだろう。税金を払わないで尤もらしい事を言っている宗教法人。利益も出せない民間企業。利権組織でしかない公益法人。彼等に税金を取り立てて見ろ。どれだけの増収になるのか?

それをやらないで消費税を上げた経済破綻はそれこそヨーロッパの国々を見れば分かる。為替の問題はさすがの親父も分からなかったが、外国為替のお話しはお間抜けな財務大臣と経済エコノミスト達が語る程難しい事では無い。

ユーロは欧州経済連合加盟国の共通通貨だが加盟国は23の国と地域を越えている。それぞれの国家、地域が連合して欧州大連合を作り上げる。その当初の壮大な目的は今は完全に破綻している。経済と財政の弱い国を強い国が支える。そんな事が何時迄も続けられる訳が無い。財政破綻の国の援助を財政の強い国が支える。そんな事を何時迄も続けていたら組織は破綻する。それが無いとでも誰が言えるのだろう?

ユーロは¥に対して長い間110円台を続けていたが、その事こそおかしかったのだろう?為替の上げ下げで投資の対象になりそれで莫大な利益が手に出来れば誰でも(貧乏人は別だが)イイエ貧乏人でも間違いなく利益を手に出来るのなら借金をしてでもリスク(危険)と対峙しても投資する。その値段が今の価格。

その金額が実態経済を繁栄せずこれではヨーロッパの輸出は出来ないと経済界が嘆いてもどうにもならない。断固たる為替の単独介入。財務省の単独介入を口にしてもお金の流れを利益の出ない方向に政策的に誘導は出来ない。

ユーロはこれからもっと円に対して下落する。間違いない。その時ユーロを買い支えて来た国と政府は「様みろ」と誰に批判されるのだろう?当然その時でもこの国の高級官僚はトンボの様に舌を出して笑っているのだろう?(トンボは舌を出しては笑わない。笑うのは美味しい思いをする投資ファンドと金融機関に違いない)

親父さん。そんな言い方は無い。それが国際金融のお金の流れ。政策の間違いはだれにも批判は出来ない。あくまでも結果論。初めから親父さんの言う様になればリスクは犯さない。?それは秋になると親父の主張が証明される。もっと断定するとユーロは対円90円台の前半に近かづき最悪大台割れも覚悟しなければならない。(それは無い?ヨーロッパはバカンス。秋風が吹き始めると反転攻勢が始まる?)

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2012年8月 9日 (木)

今日は堺シャープの工場に行ってきました。しかし工場の名前は変わっていた。

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南海電車の中から天王寺建設中のタワービルを写す。こうして見るとこのビルの高さが良く分かる。スカイツリーの高さはこの倍だがビルの高さとしては、横浜ランドタワー並。これだけの高さの建設技術もさることながら、地震と火災の心配は無いのだろうか?万一の事故の対応は万全と言い切れるのだろうか?

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先日に続いて堺駅前。目的はシャープの工場。このバスの終点。従業員の足となっている事が時刻表で良く分かる。通勤時間帯の便数は多くその中間は1時間に3本。それでも優遇されていると言えるだろう?それだけ優遇されている交通アクセスと立地条件は実際に足を運んでみるとその環境に唖然とする。このお金何処から出ているのだろう?そしてその回収は出来ていない事を誰がどう説明しているのだろう?国だけでなく地方にも金がない事をこの広大な埋め立て地を見レバ良く分かる。

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ここはバスの折り返し地点。利用者は当然工場従業員。バスは堺駅前と大阪浜寺公園駅行き。バス会社は南海電鉄。採算は取れているのだろうか?余計なお世話です。何処かで誰かが帳尻を合わせているのだろうか?そんな事はありません?

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親父が就職したライバル会社。印刷会社がこれだけの建物で電子機器のプリント基板を印刷?している。正確には印刷の技術で物作りをしている。親父が会社に入って間もなく営業の仕事をした時、訳の分からない中小企業のおっさんに馬鹿にされたが、印刷会社にもピンからキリ迄ある事を関西人は知らなかった。

しかし、印刷大手のこの会社も利益を出すのが厳しくなっている。どんなに大きな会社でも受注産業。受注価格もライバルが多いと競争が厳しい。この会社がこれからどんな生き残り策を見出すか?それも台湾の組み立て大手のメーカーに握られている。

シャープ単独の仕事より受注量は多くなったと言われていたが、池田市内にある下請けの金属加工同様生き残りは厳しいに違いない。Appleの製品度どんなに良くてもこんな物造りをしていたら何時迄も会社の社会的責任が問われる事も間違いない。

日本の経営者達はこの程度の事しか出来なくて高い報酬を手にしている事も問われる事は無い。これだけの高い物造りの技術を台湾、韓国、中国に流失させ安い労働力と立地条件に魅力を感じても結果的には競争に負ける。その時は自分達も高い退職金を手にして悠々自適の生活。ホンマ日本のお間抜けなマスコミ報道。もっと実態を知りなはれ。(イイエこれが実態です)

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会社の正面は広い玄関と受付。さすがの親父も写真は撮らない。そんな失礼な事は出来ない。それでも正面前を行ったり来たりしながら工場案内の方法を探ろうとしていた。(そんな事が出来るか)工場の外周もフェンスが在って廻る事は出来なかった。しかし、予想以上に立派な工場でした。これだけで充分。次のバスで引き返す。

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先日引き返したバス停の名前が見える。左から3番目。しかしこの距離を歩くのは無理だった。あの時引き返して正解。めちゃくちゃ広い。そして空き地も多い。

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大阪住之江公園駅。ここは緑が多い。住宅地も公園も緑が一杯。

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先日警備員が立っていて撮れなかった駅の看板。ここが大阪の南端。この先の大和川を渡ると堺市内。大阪都構想では大阪府と堺市が合併して大きな行政単位を主張しているが無理だろう?理由?広過ぎる。東京都も23区が大きな権限を発揮していると言われているがそれも長い歴史が在るし考え方も違う。その事は歩かなければ分からない。橋下市長が掲げる構想は地方分権でもなんでもない。大きな市町村合併の功罪はこの国の地方に行けば良く分かる。

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池田の駅に戻ると駅のホームで何時もは、悲鳴を上げている左足がニンマリとしている。「何でかな?」と考えて見ると今日は殆ど歩いていない。大阪難波の南海電鉄登りエスカレーターで今日の目的地を一瞬変える。(何処に?)高野山。変えていたらも少し歩いたに違いない。変えなかったのはホームの案内係の対応が悪かったから。

高野山は難波から直通電車「こうや」が発着しているが基本的には橋本駅乗り換え。その時間帯を聞こうとしていつもホームの案内係に聞くが、何故か要領を得ない。直通電車の便数が限られていて利用勝手は良く無い。


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決めれる政治 決めれない政治 国民はどちらを求めているのだろうか?

明日にも消費税増税法案が3党(民主、自民、公明)の合意で成立すると言われている。なんだかんだとすったもんだしたけれど「田舎猿芝居」。民主党が一昨年の選挙で自民公明の連立政権に圧勝し政権交代を成し遂げた結末は、多くのマスコミも予測出来なかったに違いない。期待された民主党政権は選挙に圧勝したその結果を見誤りこの国の圧倒的支配組織高級官僚の力を軽視した当然の結果だろう。

今でも一昨年の民主党圧勝の勝因分析が出来ない多くの人が、尤もらしく口にする言葉それは何だと思います?そして2年も立たないのに自民、公明の連立政権に選挙で大敗が予想される(間違いない。親父の独断と偏見では現有議席が半減以下。良くて120前後)民主現政権が協力して自民、民主、公明の大連立政権が誕生するのだろうか?

既成政党の枠組みが変わるのは「一寸先は闇」と言われた言葉が死語となった今でも通用するのかもしれない。しかし、それで「決められる政治」が実現するのだろうか?利害の異なる支持団体の支持が得られるのだろうか?利害の反する事を先送りすることが眼に見えている。それはこれ迄の「決められない政治」と何処が違うのだろう?

新聞テレビの報道がこれ程に出鱈目になれば、戦前の戦争の加担者だった報道と何も変わら無い。そんなひねくれた見方をしても何も変わら無いかもしれない。しかし親父達が次の世代に残せる事は事実を伝える事。それしか無い。

足が痛くて先延ばしになっている四国遍路道高知の旅の後半。高知窪川の前の町長が窪川原発反対の意思を貫いた教訓が今再び問われている。福島の原発事故の教訓は何も活かせていない。原発の燃料棒は事故で停止しても安全に冷却出来なければ大事故となる。

そんな当たり前の事も知らずに「安全神話」を口にしていた原発推進。その事は誰も刑事責任が問われず同じ事を繰り返そうとしている。そんな事は絶対に許される事は無い。原発を推進しなければ今日の経済も人々の生活も成り立たないと言われる一番の間違いは、その代償に福島の現実がある事を誰も理解しない事です。

そんな事は無い。原発の事故は誰も認めては居ないと反論されるが、そんな事は当たり前。問題はこれ迄押し進められて来た原子力の平和利用、原発の推進は万万が一の事故には対応出来なかった事。これは間違い事実でありこれから福島の放射能で汚染された地域には人は住めない事。そしてこれが一番駄目押しになる事は今回の事故はこれ迄の原発推進、安全神話を改め国の電源開発を見直す事しか無い。

夏の暑さは峠を越してこれからは心を鎮めて国の為、会社の為、家庭の為、愛する人の為に亡くなった人を迎える準備をしなければならない。消費税増税法案が成立し国会解散の時期が何時行われたとしても問題ではない。大切な事はこの国の未来を生きる人達の為に自分に出来る事は何か考えてみる事だろう。

分からない?何時でもお教えします?誰が?親父が?ええ加減にしなはれ。ご先祖様が教えて呉れます。お墓参りをしなはれ。ああ無情です。空海様は何と答えて呉れるのだろう?それも分からない。

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2012年8月 8日 (水)

シャープの工場辿り着けず 遠い 情けない 

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暑いのに熱いきつねウドン?「冷たいきつねもありますよ」と言われたけれど、冷たいきつねうどんなんか食えるかと、エエカッコをしながらとんがらしを放り込む。ここで立ち食いのうどんを食って歩き始めるのが習慣になっている。一気にかき込むが娘から「早い」と笑われる。「もっとゆっくり」と言われてもこればかりは直らない。

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ここから地下鉄に潜り込む。これも日課になっている。地下鉄は何時乗ってもお客は多い。大阪梅田駅は降りる人も多いが始発では無いのでほぼ座れない。親父も基本的には座ろうとしない。短い区間位立っていてもどうと言う事は無い。

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南海の駅は親父が若い頃と大きく様変わりしている。この階段を歩く人はさすがに少ない。当たり前だろう。

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南海本線七道駅前。河口慧海(チベット探検家)の故郷です。チベット探検家と言われても殆どの人は知らない。最近はアメリカFRB総裁迄もがブータンの幸福度を口にしているが何だこの田舎猿芝居。法案成立後近いうちに国民の信を問う?こんな政治生命の賭け方を誰が支持してくれると思っているのだろう?

選挙の時がこれで早まると言っているつもりなのだろうか?間違いなく現有議席の3分の2を失う選挙。そんな選挙を本当に出来ると思っているのだとしたら、お間抜けとしか言いようが無い。

自民党。公明党も棚からぼた餅と思っているのだろうが、既成政党の支持者だけが投票する選挙はもうありません。その事がどれだけ分かっているのでしょう?尤もらしい解説をしている公共放送もその片棒を担いでいる事が分からないのでしょう。不快な言葉を音声を消して見ているとそのお間抜けさが良く分かる。

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うーん。読めない?親父は読めたけれど解説するとこの地名は鉄砲町。鉄砲の命は命中率。精度。それを高める為には試し打ちの場所が必要だった。昔も今もここは大和川口。今の様な高い堤防も無い河口で的を立てて標的を狙って銃の精度を高めたのだろう。ここ堺は種子島に鉄砲伝来からどれ位で大量生産が出来たのだろう?日本人の賢さと勤勉さは皮肉な事に今は無用の長物なのかもしれない。

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駅前に広大な工場跡地が建物だけ撤去されたまま放置されている。その理由は分からない。

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正面右奥に見える建物が南海本線七道駅。平成19年阪神高速大和川線が工場敷地に掛り本社を大阪梅田に変更。と言う事はこの放置された状況は何時迄続くのだろう?

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近くに立体駐車場がある。歩いて来た道と工場跡地の全景が良く分かると思ったが高所恐怖症の親父が登れたのはここ迄。屋上迄は外の階段を上がれなかった。情けない。歩いて来たのは丁度この正面右奥から。この時は自分の馬鹿さ加減に気付いていなかった。日差しがきつい。眩しい。歩いている人はいない。

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「暑い」久し振りにリアルゴールド。昨年、仕事をしていた時仕事場の外の自販機で買っていた事を思い出す。アルギンZを補給したしこれから堤防に上がる。すぐ下を工事中。何時完成するのだろう?しかしこの公共工事も阪神高速の通行料金から?いくらお金が有っても足りないな。

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河口が近い。水面が川幅一杯に広がっている。これは地震津波の時に間違いなく堤防を乗り越えるに違いない。先日大和くんと見た水面とは大きく違う。この堤防の横で高速道路の工事も進行中。何年がかりでやるのだろう?

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正面の建物は神社。この鎮守の森を高速道路はどう抜けるのだろう?

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近くに工区の説明が表示されているが良く分からない。トンネルになるのだろうか?

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堤防から一旦下に降りると市街地の道を歩く。日差しがきつい。河口が近くなると下水処理の工事が多くなる。しかしその事業者が良く分からない。親父が気にする事は無い。

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今日は余り歩いていないけれど目的地は遠い。朝顔もピンボケ。萎れている。親父も戦意喪失?バス停を探していた。(オイオイ)目的地はシャープの工場。まだ半分も来ていないのでタクシーで行くかとも考えるが、勿体無いので止める。親父が心配しても仕方が無い。市役所のMさんは微妙な時期とは言っていたがそうかも知れない。

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停留所でバスの時間を見ると待ち時間17分。ベンチもあるし日陰だし歩くのを止める。靴を脱いで足を投げ出すとほっとして動きを止める。今日はここ迄。誰も居ない停留所でぼんやりして通りの向こうを見ているとバスが先に進んでいる。「この先に行ける」と腰を浮かすけれど体は動かない。このバス停から大阪住之江公園駅前行きに乗る。

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阪神高速湾岸線。何度かスカイラインで走った昔を思い出す。もう一回運転出来ます?出来まへん。後部座席でふんぞり返るのが関の山です。それも出来るかどうか危うくなっています。(大丈夫。お金を握り締めていれば。)それはイヤです。

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地下鉄四つ橋線。西梅田は堂島商店街に続く。1週間ぶりに鯖定食とセルフの喫茶店でアイスコーヒー。そしてドコモショップを覗く。娘は居たけどお客対応中。親父は素知らぬ顔で通り過ぎる。暑い日がまだ続く。

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そばに居て呉れるだけでいい。黙っていても良いんだよ。夕日がフランク永井の歌を歌っている。一日が終わり又、日が昇る。そんな日常が途絶えて久しい。それでも歌を忘れてはならない。「有楽町で合いましょう」今はそんな歌を歌える人も少なくなったが、人気絶頂の時が何時迄も続かない事を忘れてはいけない。又、明日。

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立秋 確かに空の色が変わっている 政治の世界も経済も何も変わら無い事は無い

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暑い。暑い。と思っていた今年の夏。それでも後1月は間違いなく続く。電力不足と脅されて関西は大飯原発2基の運転再開を認めさせられたが、その他に電気供給をほぼ独占している電力会社と国の監督官庁が進めた改善策は何だったのだろうか?

この国の経済界をリードすべき経営者達のお粗末な未来志向。この国をこれからも豊かで希望溢れる活力のある世界をどれだけの人が求めているのだろう?合いも変わらぬ利権を争い社会的責任と自浄能力に欠け、国と監督官庁のお目こぼしと自分達の既得権益に汲々として経営責任も果たせない。そしてその悪質な企業体質の隠蔽。

何処かの学校の「いじめ」問題を尤もらしく口に出れだけの企業が出来るのだろうか?利益が出せない経営責任を明確にせずリストラの言葉の意味も分からずに人員整理をして経済の再構築が本当に出来ると錯覚してしまう体質。こんなひどい国になったのは何処にあるのだろうか?そんな問題追求も出来ないお間抜けなマスコミはオリンピックの報道で勝ち負けを煽り立てる。その過ちはユーロの国を見ると良く分かる。国破れて山河在りではなくメダルを取って国の経済破綻?ええ加減にしなはれ。

長い間新聞を読まなかった親父が160円出して日経新聞を読んでいる。読むと言うより大見出しを眺める程度。細かな記事はさらりと見る程度。多くの人は読売、朝日毎日、産經新聞だろうが、経済解説をしてくれる新聞は殆ど無い。

現在の多くの人達は新聞を読まなくなって久しいが、何を糧に自分の価値基準を決めているのだろうか?そんな事を全く感じさせない賢い人も少なく無いが、それ以上にこの国はオバカが多くなっている。その事は会話をすれば良く分かる。

別に責任もお金も影響力も少ない一般市民ならそれで良いのかもしれないが、国の総理大臣ではそれは無いでしょう?社会保障と税の一体化等と役人の言葉を鵜呑みにしながら進めて来た消費税の値上げ。自民と公明が協力したその打算。それは知らなかったとでも言うのだろうか?そうではない。分かっていたけれど先延ばしに出来るとでも思っていたのだろう?

財務役人(高級官僚)のニンマリしたせせら笑いが聞こえて来る。しかしそれでも今日の日経にはそんな批判は一言も無い。それはそうだろう。決められない政治では無く決める政治とはその程度の事だとは、彼等も又認識していないのだろう?政府与党、野田総理はこれで終わりです。それとも自民党公認で選挙戦いますか?来週はお盆ですがゆっくり頭を冷やして来たるべき秋の陣で屈辱を味わって下さい。

自民党も公明党も所詮一部の利益集団です。国の為?国民の為?ではなく自分達の為です。その事が明確になるでしょう。多くの人達の希望と喜びが実現するとは思いませんが。真夏の夢になってほしい物です。私達ももう少し些細な事に感情を表さないで図太く困難に立ち向かって生きて行きましょう。今日は久々に堺の街との再開です。

堺の街もすっかりだらしのない街になってしまいました。豊臣秀吉も恐れた堺の商人達は過去のお話になりました。堺の街が黄金のジパング(日本)の港町として栄えた事も今はその面影もありません。横浜、大阪、神戸の港が今、観光港としても見向きもされない以上に堺の街は寂しい地方都市になっています。

シャープの最新鋭工場も経営判断の間違いで液晶テレビの最先端物造りも出来ない侭、台湾のApple組み立て工場に資金提供を受けなければ経営が成り立たなくなっている。その実態を行政としてバックアップした堺市の企業誘致の姿勢は何も知らされていない。関西経済界、関西のリーダー達は一体何をしているのでしょう。阪神タイガースの体たらくと全く同じかそれ以下かもしれません。その事も見てきます。

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2012年8月 7日 (火)

暗示を掛けて何処迄誤摩化すのだろう?財政再建?景気回復?まさか自分達の支持迄回復するとは思っていないだろう?

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この道を登るのは久し振り。汗をかきながら、一歩一歩ゆっくりと、足を踏みしめながら登って行く。足の痛みは完全に取れていないのでこれ位の登りは、程よいストレッチになる。汗も額ににじむ程度。心地好い。ゆっくりと誰にも邪魔されない時が過ぎて行く。

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城址公園内。今日は入れない。横目で見ながら通り過ぎる。何時もは出て来る処。

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橋を渡ると五月山山麓。爽やかな風が凪いでいる。それでも涼しい。

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体育館。温水プールも今日はお休み。連絡通路に放置自転車、バイクが無いのでスンナリと歩ける。基本的には通路の駐輪は禁止。しかし、それくらいのルールも守れない。体育館の利用の仕方、させ方に監督責任が問われる事を管理者は理解していない?

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この道が山麓を走る府道。交通量は結構多いが夕方街中を走り抜けない車で混雑する程度。重大事故は少ないが正面から下っているので車のスピードは遅くは無い。

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贅沢な遊歩道が続いている。親父の専用道?春夏秋冬、出合う人は少ない。

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緑の絨毯を独り占め。靴を脱いで歩いて見ると心地好い。

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キーウィーが成長している。収穫の時は何時かな?園内の売店で販売日に例年売り切れとか。そこ迄して買う程の味なのだろうか?完熟です。(嘘です)

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赤い蘇鉄は実るのかな?花も年頃?花は咲くのかな?今度ママに聞いてみよう。「私に聞かないで」と言うに違いない。

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南国の森を思わせる。桜の樹に夕日が当っている。

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今日は日の入り前に散歩コースから帰って来る。足は痛い。筋肉痛は簡単には直らない。このまま行くと慢性化するかも。それでも歩く事は止めない。人間の体は歳を取れば間違いなく老化は進んで行く。その進行とどう巧く付き合えるかがこれからの親父の生き方に違いない。爆発している夕陽がその事を教えている。

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党利党略より大局?何を言っているんだこの財務大臣?

夏の暑さがようやく峠を越えようとしている。親父の痛かった左の土踏まずもようやく回復しつつあるが、訳の分からないこの国の政治と経済。そして国民の生活。こんな訳の分からない政治と国会、経済の動きを分かり易く解説出来ないマスコミ。

テレビは連日のオリンピック狂詩曲を垂れ流しているが、そのお間抜けな放送を音声を消しながら夜遅く迄見ている親父も、救い様が無いのだろう。テレビを見ていて一番不快になるCMと言われると元アスリート達が絶叫する「金」「金」「金」

あのコマーシャルを見て聞いてどれだけの人がビールを飲むのだろうと思っていたが家で1人でビールを飲まなくなって久しい親父が先日缶ビールを買った。(笑うな)当然、テレビのCMでがなり立てられるメーカーのビールではないし、テレビ観戦の為でもない。

暑い日差しの中を歩き始めた親父の左足に乾杯と思ったが、まだ飲んでいない。テレビでアスリートの応援者達が口々に叫ぶ言葉。その言葉を聞く度にビールを飲む気持ちにはならない。本当に嬉しい事。本当に歓喜の思いを弾けさせる時は男は黙って何とかだろう。本当にお前の人生そんな物かよとつぶやきながらテレビの音声を消している。

今日はそんな偉そうな事を言っている親父も女子サッカーの試合を、ハラハラ、ドキドキで見ていたので朝起きたのは遅かった。お昼前の経済ニュースも見れずに(見れ価値も無くなっているが)民放の国内ニュースを見る。

財務大臣がたわけたことを言っている。この大臣ばかりでなく官僚達の操り大臣は間違いなく次の選挙では落選だが、そうはさせないと組合の組織が支援を約束している。それならば自分達の主義主張、財政再建の考えを堂々と主張し解散総選挙を口にすれば良い物をそれも出来ない。

何故?選挙をやれば間違いなく自民、公明に負ける。それだけでなく訳の分からない新成政党に負ける。そんな選挙が出来る訳も無い。だから消費税増税法案は通したい。しかし選挙は先送りしたい。そんな勝手が通るとでも思っているのだろう。誰が考えても消費税増税法案成立は無理だった。

それを政界の論理で「小沢批判」で民主党を分裂させ自民、民主、公明の3党連立政権が可能だと思ったのだろう。「決められない政治」から「決める政治」その為には自民とも手を結ぶ。支援団体の労働組合「連合」の幹部の考えそうな事。今回の民主党の体たらくは連合の所為である事は解散、総選挙で明確になる。そして負ける。

その事は自民党と公明党の支持基盤にも大きな矛盾をもたらし、この国の政治は2大政党から多数分裂連立政権になるだろう。その時この国の人達は幸せになれるのだろうか?結論から言えば賢い人は美味しい思いは出来たとしても、無知で支持基盤を持たない人達はアメリカや中国、ヨーロッパの人と同じ運命を辿るのだろう?

親父達はどうなるのだろうか?親父達は地方で自給自足の仙人生活を求められるに違いない?(まさか)イエイエこれは真夏の怪談以上に面白いお話です。オリンピックに余分な感動を重ねないで自分達の明日を考えましょう。政局は党利党略。もうすぐ旧盆です。この国の発展に心血を注ぎ思い半ばにして無念の時を終えた人達の怨念が聞こえてきます。

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2012年8月 6日 (月)

大阪は久し振りの夕立 しかし親父はその時地下街で飯を食っていた

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先日引き返した細井川から大和川を越えて南海本線七道駅迄歩く。この地図で見ると高須神社迄。大分歩いた気がするが3キロ強位かな?4キロは歩いていない。でも今の足の状態ではこれが精一杯。無理をして5キロかな?まだ無理か?四国遍路道。

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電車とバスとくたばったらタクシーなら行けるかも?情けない。もう少し時間はあるし足を鍛えよう。無理はしていないから回復も遅いのかもしれない?無理はしなくても大丈夫。小さい時から要領だけは良かったから?それがイカンかった?覆水盆に返らず。罰当たりの償いは容易ではない。でも自分を責める事は無い。

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堺の街も賑わいがない。期待されたシャープの最新鋭の工場が台湾の組み立て大手のホンハイに身売りされたら堺の売りは何になるのか?その事に付いて関西経済界と政治家は何も語らない。地方の分権とか言われるが何がどうなればその目的が達成されると言うのだろう?

大阪都構想で関西人は元気になるとでも思っているのは、アホなおばちゃんとおっちゃん達かと思いきや関西人の多くかも知れない。もっと街の実態を見なはれ。シャープの現実は堺だけの問題では無い。尼崎のパナソニックも最新鋭の工場が経営判断の間違いで役に立っていない。

その実態を知らないで済むとでも思っているのだろうか?その事が問われている事を多くの人は知らない。オリンピックで馬鹿騒ぎをしている時では無い。この現実は日本の各地で問われている。物造りの空洞化とか20年も前に言われた事が今更尤もらしく語られる事は無い。

この国の雇用をどうするのか?雇用が失われても会社は生き延びれるとでも思っているのだろう?そんな会社の商品を誰が買うのだろう?決まっています。高い物は買えない人です。難儀な事はこんな分かり易い事を経営者が理解していない。「背に腹は替えられない」とはこの事か?チョッと違うだろう?

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この商店街はテレビで紹介された事もある。賑わいが感じられるのは地域の人が利用しているからだろう?それでも店じまいのお店も少なくは無かった。繁盛店はスーパー?自転車の駐輪場は無いのか?警備員はいた。警備員に苦情が多いだろうな?

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日本一汚い川と不名誉な称号を返上したのだろうか大和川。大和くんに叱られるかも分からないので名誉回復の為に綺麗な写真も撮りました。

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これが?もっと綺麗な所?了解です。

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入道雲にしては中途半端と馬鹿にしていると梅田は大雨になっていた。(親父さん。まだ写真が汚い。大和くんに叱られている)分かりました。それではこれでどうだ。

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うーん。今イチ。元気な阪堺電車です。

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ここは相当前から?工事中。この電車と道路の立体交差の工事?どれくらい掛かるのだろう?そんな事より公共工事の旨味は忘れられないのだろう?大和川が汚いのは護岸がコンクリートで固まられていた。河川敷に土が無い川が綺麗になる訳が無い事を役人は知らないのだろう?こんなことを言ったら大和くんに叱られるかな?

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大和くん。次の高須神社の近く迄今日は歩きました。帰りは南海本線七道駅。この近くは勝手知ったる堺の街外れ。しかし往時の賑わいは無くなっていた。鉄砲がこの国の歴史を替え、鉄砲が堺の街を衰退させたのかもしれない。

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ここから堤防の上から下道(したみち)に降りる。工事中の現場に誘導路が導かれていた。

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暑い。石碑の上にグレープの缶を置かないで下さい。

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歴史と伝統。この街とこの屋敷が歴史の中で埋もれて行く責任は何処にあるのだろう?尤もらしい案内板を見せてこれで終わり?それは無いでしょう。近くで大きな民家が壊されていた。市が買い上げて如何して立派な堺の歴史博物館が造れないのだろう?それとも何処かにあるのだろうか?

堺にザビエル公園があるがザビエルの博物館はあるのだろうか?日本に一番欠ける歴史の検証。「古きを尋ねて新しきを知る」。古き(歴史)を知らないから新しき(未来予測)が出来ない。その事を伝える人は本当に少ない。この立派な看板が貧弱に見えていました。

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暑い夏の空もよく見ると田舎の景色が被さって来る。

小学校5年の夏休みが終わった時、担任の怖かった先生から鉛筆1ダース貰う。それは夏休みの間にどれだけ顔が黒くなったかの賞品。クラスの中で2人が呼ばれ一人が親父。もう一人は学用品に不自由はしなかった。優勝者は担任が決める。親父の家庭が貧しい事を知っていたからだろう。

あの先生は恐かったし親父は頭は良かったが、結構、嘘をついた。親父とおふくろから良く「嘘つきは泥棒の始まり」と言われていたが正直者では無かった。その罰は当る。頭が良かったのではなくずる賢かったのだろう。しかし、心根は優しかったのだと思う。も少し鼻筋が通っていたら可愛がられたのかもしれない。

優等生に共通するずる賢さ。それは今でも変わら無い。変わったと思われる事は先生が生徒を思いっきり引っ叩く事が無くなった事と、いじめの対象が強い者、頭の良い者、金持ちの子供、女にモテる男からその反対になった事だろう。親達は子供達にろくな教育も出来なくても先生には全面的に信頼を寄せ、校長も生徒の細かい所迄よく見ていた。

小学校低学年の時、通知表に担任ではなく校長から親父の出来の悪さを兄貴と比較して嘆かれた事がある。その通知表を母親から黙ってみせられながら言い訳をしていた。兄弟で頭が一番良かったのは姉貴と言われたが実際に一番偉くなったのは親父であり、親不幸だったのも親父だったかもしれない。

しかし、その償いもそろそろ終わろうとしている。人の一生は波瀾万丈。好むと好まざるとに関わらず禍福は糾える(あだなえる)縄の如しとは言い得て妙に違いない。夏空を見上げながら汗をかきながら、涙を流さなかった幼き日の思い出が今、半世紀を越えて甦って来る。

四国高知の道も暑いに違いないが、お盆が過ぎる迄もう少しの辛抱です。昨年の四国徳島の「発心の道場」が高知の「修行の道場」に変わっても親父の要領の良さ変わらず、電車とバスを乗り継いで楽をするに違いない。それでも空海が見た風景と子供達と見た30年前の風景は何も変わっていないに違いない。

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2012年8月 5日 (日)

お風呂サウナで汗を流してきます。

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今日は少し涼しい一日。それでも大阪の最高気温33℃。夕方になって涼しくなっているとは言え蒸し暑い。久しぶりに池田城天守閣に登る。池田の殿様も見ただろう六甲山の黄昏。大阪北摂池田の地は交通の要衝だったが所詮、西国街道の外れだった。

大した合戦も無く左前方の高速道路の先に伊丹城が西国攻めの要衝となるが、城主荒木村重が信長の信を失い秀吉に攻められ、難攻不落と言われた城は村重の逃亡と共に落城する。その城址も旧国鉄福知山線開通と共に大部分を削られ、今はその面影も寂しい。

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こちらは六甲の右山裾。宝塚、有馬方面。

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天守閣の奥は川西の丘。その先は能勢。丹波の盆地に繋がっている。

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蝉の声が聞こえる。蝉時雨とはいかないのは立秋の時が近いからだろうか?「暑い」「暑い」と言っている間に間違いなく季節は過ぎている。街中で猛暑に堪えかねてエアコンを効かせながら気忙しく動き回らないで、近くの公園に出かけてみると哀れな生き方に気付かされるに違いない。それに気付けば間違いなく健康の重さを痛感するに違いない。

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城跡公園からの帰り道、雀が声を掛けて呉れる。4、5羽で遊んでいた一羽が何故か一人で歩いている親父に関心をしめしていた。「しめしめ」コラコラ親父。

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体調が良いか、悪いか。この坂を登ると良く分かる。車が楽に上がれる坂だから大した事は無いのだけれど、体調が良く無いと歩く事がイヤになる。それでも引き返す事は無い。歩き始めたらゆっくり喘ぎながらでも前に進むだけ。その難行が止まらない。

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駅前迄戻って来る。西の空が輝いている。近くのラーメン屋さんを覗きたくなるが、今日はやめときます。美味しい塩ネギラーメンとチャーハン。餃子も安い。西の空がこれ程に輝いているの「吉兆」の兆し?それはない。それでも足は着実に回復しています。後は靴?靴が近くのお店でも足に合わない?どういう事?靴は本当に大切です。


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2012年8月 4日 (土)

ゆっくりと息をしてゆっくりと歩いてきました。

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金沢兼六園に庭に負けない石灯籠と黒松?それは比べるな。伝統が違う。

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城跡公園を出て五月山山麓を右に歩く。犬を散歩コースにしている人はいるが、散歩の御同輩はいない。緑のトンネルを歩きながら森林浴は贅沢です。

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芝刈りはされていないがふかふかの緑の絨毯を靴を脱いで歩くと心地好い。誰も居ない夕暮れの時を1人占めしているのは何とも言えない。(何処かで誰かがこんな言葉を口にしていた気がする)感動は無いが落胆の思いも無い。時が静かに流れている。

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西の空が輝いている。西方浄土。黄泉の国を信じる人は少なくなったが、何時迄も何処迄も続く今日は無い。明日は明日の風が吹くとお気楽な生き方をして来たが、「これからはそうは行きまへん」と言われているのだろうか?

それにしては「オリンピック」「オリンピック」これ迄は余り面白く無かったがこれからは華の陸上競技。人種差別はイカンと言われるがスプリンターの遺伝子は日本人には無いのだろう。スピードだけでなくトラック競技も長距離も太刀打ちは出来なくても一流の迫力は瞬きさえも許さないのだろう。


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夏が来れば思い出す遥かな尾瀬遠い空?違います。尾瀬は行って居ない

今夜9時。BS9時。杏ちゃん(気安く呼ぶな)の東海道53次。静岡の街道を歩く。
親父も歩けなく前に必ず歩いて見たいと思っている旧街道。今夜は楽しみです。昔の人は凄かったと間違いなく思いながら見ている親父が眼に浮かびます。

昨夜は(と言っても今朝だったが)女子サッカー(なでしことは言うな)のテレビ中継(文句ばかり言ってるくせに)見ていたので起きたのはお昼前。エアコンとサーキュレーター(送風機)の効いている部屋で不健康な時間を過ごしている。

そのうちイヤだと言っても「がんねん」(体の自由)が適わぬ様になる。先月の初めから左足の土踏まずの筋肉痛が長引いて、まだ5キロ位しか歩けないがそれでも嬉しい。なんだかんだ言った処で人間歩かないと駄目になる。歩けなくなるとどんなに立派な事を言ってもアウトです。その事を実感していない人を自分が歩いて見ると良く分かる。

最近は道路事情が良くなり車社会で車を手放せない人も少なく無いが、先日横断歩道を渡っていて車からライトでパッシングされた。自分が車を運転していた時には考えられない事。スイスで感心した事は車が歩行者の安全を優先している事。日本でも横断歩道を渡っている人をはねて死傷させたら100%の損害賠償をしなければならない事を知らない運転手が多い。車のハンドルを握る事はそれだけのリスクを背負う。

道路を歩いていると感じる事は道路の安全設計が車優先。歩行者は優先ではない。その違いは国民性かもしれないが、車で人を傷つけたらどんな償いをしなければならないのか?その基本的な事を道路管理者が教えていないからだろう。

車社会で車が優先する道路。そこに警察の交通安全の指導が無ければ交通ルールだけでは事故は防げない。最近は道路の安全設計が進み交通事故が激変していると言われているが交通弱者の子供や年寄り、歩行者の安全は完全とは言えない。警察は交通取り締まりをパトロールカーでないと出来ないのだろうか?お巡りさんが交差点に立たなくなって久しい。何処でなんの取り締まりをしているのだろう?

夏か来れば思い出すのは尾瀬ではない。汗をかきながら黙々と仕事をしていた親父やお袋達。今はクーラーの効いた車の中では無くお家で生活をしているけれど、本当はそんな事では健康でも文化的な生活をしているとも言えない。その事を忘れていると取り返しのつかない事になる。さあ、歩いてきましょう。頭がすっきりするよ。

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オスプレイの安全性の確認 そんな事が出来るのか?

オスプレイはアメリカの軍用機。垂直に離着陸が出来てプロペラを可動させて高速に水平飛行が出来る。そんな素晴らしい軍用機が沖縄に配備される。それだけなら全く問題はなかった。しかしこの軍用機は開発の途中から墜落事故を繰り返し、開発中止の可能性が少なく無かった。その課程を考えればアメリカ政府は完全に沖縄の民意を見誤った。日米軍事同盟の絆は固く沖縄の民意は押さえられると思ったのだろう。

沖縄の軍用機配備にアメリカ政府だけでなく日本政府の判断ミスもこれから問われるに違いない。沖縄の現実。アメリカの占領地と変わら無い基地の広さ。アメリカ基地無しでは生きられない屈折した沖縄の人達の思いは、意外な抵抗を見せている。

日本の防衛、外交についてこの国の軍事専門家は、オスプレイの沖縄配備も日本が受け入れて当然と解説しているが、その前提として安全性を掲げるのは「矛盾」だろう。軍用機に安全を求めるのなら無くす事だろう。オスプレイを沖縄に配備しなくても沖縄の軍事基地の重さは軽く無い。その事を理解しなければ反対運動は深まるに違いない。

それでも日本政府は防衛大臣を試乗させ、その安全性を高らかに宣言するだろう。そんな子供騙しは通用しない。最後は総理大臣がその安全性を保証し強行配備に押し切るのだろう?そんな事を繰り返しながら国の安全を守る?この国は本当は独立国なのだろうか?自分の国は自分で守れ。そうすると軍事大国にはなれない。それは嘘です。

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2012年8月 3日 (金)

夏の暑さも時間を少し外せば又格別の趣(おもむき)がある。

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昨日引き返した住吉さんの停留所が近く。100周年の阪堺線は元気です。この景色は半世紀前と変わら無い。しかし開通直後とはすっかり様変わりしているに違いない。車社会との共存。この街に活気があるのはこの電車のお陰に違いない。地下鉄がこの下に無いのは近くを南海電鉄が走っていたからに違いない。

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昨日引き返した住吉さん到着。今日はきちんとお詣りする。思いがけないお詣りをしてきましたよ。
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おじさんが懸命にお祈りをしていた。そのおじさんを避けながら「第二本宮」を移す。住吉さんには第一から第四迄の神様が祭られている。しかし、神様もこの暑さで涼しい奥宮で過ごされているのだろう?不在でした。

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舞さん。お詣りしてきましたよ。でもこのお人形さん。二人とも女性でしょう?違うのかな?手にした時は分からなかったけれど後ろにキッチリ二人の名前は書きました。写真に撮って棚に置きました。良縁であります様に。仲良く過ごせます様に。

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本日一番のお詣りです。暑さに負けずしっかり歩いてきました。

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暑さに負けないで足の痛みも気にせずに歩けました。ありがとうございます。

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これで暑さに負けずに今年の夏も乗り切れる事でしょう。

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阪堺電車専用軌道。逆光と言うより足がまだ歩くのかと文句を言っている。無視。

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現在地。住吉さんから2駅目。澄ました顔で引き返しの電車を待っている。オイオイ手抜き?足が本調子でないし無理をする事も無い。日差しは強くは無い。

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ほそいがわ。この駅で電車に乗った事は無い。この先もう少し歩けば大和川を越え堺に入る。この辺りは静かな住宅地です。

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良く整備された進行方向後の運転席。5時過ぎの時間で昨日の様な混雑は無い。一番好きな後ろの座席で景色を眺めていた。

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梅田に戻っていつもの店で久しぶりにカレーを食って、このお店で桃ジュース。ストローでは飲み難いジュースの濃さに満足。砕かれた氷の固まりを口の中で転がしながら、桃のジュースを一気に飲み込む。お疲れ様でした。帰りの電車はラッシュ時だったので普通電車で座席に座り、ゆったりとした思いで引き返す。真っ黒になっています。




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暑い 暑い 暑い 大阪は今日も猛暑日です さすがの親父も?

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暑い夏 沸き上がる白い雲 夏の風景は全国様々だけどお間抜けなテレビはオリンピック。オリンピック。金メダルが取れなかった選手が「皆さんの期待に添えずに申し訳ない」と涙する度に勝負の世界、世界のレベルを知らない現実に暑さが重なる。

世界の頂点に登り詰める事がどれだけ大変であるか知らない人達の期待と落胆。この道を歩いて見なはれ。たかだか2〜3キロの道程がどれだけ過酷であるかが分かる。この国は本当に間抜けな国です。自分達の生き方を考えて見るとアスリート(競技者)の凄さが分かる。

しかし考えて見るとそれもそれだけの事。金メダルの数がこの国の人達に感動と夢を与えると信じ込ませるマスコミの宣伝を馬鹿にしなければならない。オリンピックやこれから始まる高校野球。その厳しい戦い以上に多くの厳しい生活と戦っている人の事を忘れてはならない。それでは夢が無い?夢は望まなければ叶わないと言われるのは嘘です。夢と現実の葛藤は人に託す物ではありません。

自分自身に託す大切な挑戦です。この暑い日差しの中で夢をどれだけの人が託しているのでしょう?今日は堺のシャープ工場を見たいと思っていましたが巨費と多くの夢が託された工場は無惨にも台湾の組み立て資本に身売りされています。堺の人達の大きな夢と希望は無惨にもシャープの経営不振で最新鋭の液晶ラインが台湾企業に身売りされ、その責任も1企業の問題とされ堺市、関西経済連の思惑の外れはうやむやです。

関西経済界は今、電力不足の危機感で大飯原発の再開を指示していますが、堺のシャープの工場、尼崎パナソニックの最新鋭の工場の縮小の判断ミスは何も問われていません。関西空港の有利子負担の問題。関連施設の大赤字(りんくうタウン)大阪湾埋め立てとその関連施設の大赤字。マスコミが何も知らせない赤字の垂れ流し。

関西経済界の再生が叫ばれて久しい。関西経済の地盤沈下は関西を代表するパナソニックとシャープの経営判断のミスでもあるが、その事が叫ばれる事も少ない。堺と尼崎の造成された広大な敷地。そして現代のこの国の最新鋭の物造りの施設。それがこれから外国資本に食い物にされても、オリンピックにうつつを抜かしながら真夏の夢を見るのだろうか?関西は松下幸之助の企業家精神を完全に蔑ろにしてその自戒も無いのだろうか?

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大阪と堺。関西と泉州。古くは京都と熊野を結んだ「熊野詣」の道を長い間見つめてきた「住吉さん」この広い境内に関西経済界のリーダー達はどれだけ参拝しているのだろうか?今政治の世界で松下政経塾松下幸之助の薫陶(くんとう)を受けた政治家達の体たらくと重なる部分が少なく無い。

(薫陶)この言葉も若い人達は知らない。人の徳、人の品位が失われてその反対の醜さが当たり前の様に口にされても、支持される思っているのだろうか。この国がこの暑さに負けない気高さを取り戻す時は無いのかもしれない。

そんな事を考えていると親父の好きな「ラデッキー行進曲」を聞いても今日は歩き出す気持ちにはなれない。(と言いながら弁解している)駄目です。さあ行きましょう。それでは乞うご期待?誰も期待はしていません。あなたの試練です。空海様が囁いている。「暑いなあ」「足は痛いなあ」そう人は簡単に批判出来るけれど自分のだらしなさは自覚はしていない。(厳しさを乗り越えてこそ夏の雲)巧い。?

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2012年8月 2日 (木)

1昨年並の暑さだけれど電力不足にならないのは原発再開のお陰?

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大阪堺筋動物園前の交差点から天王寺方面を見る。近鉄タワービル(仮称)が伸びている。この地域は大阪の日雇い労働者の街として名を馳せたがその面影は見られない。親父が大阪に来た頃はこの交差点は市電が通り、歩道には酔っぱらいがへたり込んでいた。今はその労務者も歳を取り生活保護で生計を立てている。橋下市長はこの街を特区として活性化を考えているが、子育ての環境としては首を傾げる。

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この路線は阪堺線。路面電車。大阪南と堺の町を結んでいる。今日はここから住吉大社を目指して久し振りに歩く。今年の早春に歩いた道。当時と違うのは暑さ。それと左足の筋肉痛。暑さは気にならないが足は自信が無い。歩ける所迄行きましょう。

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堺筋。天王寺のタワービルが首を出している。まだ伸びる。

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堺筋はここ迄。次の写真を見ると良く分かる。

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狭い路地裏を歩いている。

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阪堺線横の八百屋さん。ここから見るとお店は古いが商売にその兆しは全く無い。テレビにも紹介されたおかみさん。生き生きと仕事をしていた。

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この商店街は暗かった。夕方の買い物の時間迄はまだ余裕が有るのだろうか?

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天下茶屋の天満宮。天下茶屋の言われは秀吉が住吉大社参拝の時、この場所で休憩した茶屋だったと言われている。境内は静か。楠の大木が歴史の流れを現わしていた。

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狭い商店街を抜けると足がストップを掛ける。「親父さん。今日はここ迄」本当はこの先の住吉大社迄歩きたかったが無理はしない。この先は阪堺線の停留所を探す。

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阪堺天神の森駅。200m。

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住吉大社前。どら焼きを買って引き返す。

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住吉大社。今日は参拝しない。今日スタートした西成の街でマザーテレサに憧れマザーテレサの半分の歳月も生きないで、不慮の死を迎えた「さっちゃん」先生の魂が眠っている。西成警察は自殺として死因の解剖もしないで処理したが、この場所に立つ度にその霊魂に鎮魂の想いを重ねている。

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さあこれからこの電車で天王寺に戻ります。覚えていますか?住吉大社参拝のおばちゃんに「どら焼き」のお店を聞かれた所です。親父も今日、バラで3個買いましたよ。

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ここは専用軌道だけれど路面電車として走っている。

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天王寺終点。この横にタワービルが建設中。

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明日は住吉大社から堺の街中まで。この道は熊野古道の道。今年の春。和歌山紀の川の手前迄歩いた道。勝手知ったる道。足が痛く無かった時に黙々と歩いた道が記憶に甦る。明日はどんな景色が見れるのだろうか?

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ああオリンピック狂詩曲 君はベルリオーズの生き方を知っているのだろうか?

何とかと天才は紙一重と言う言葉も最近は差別言葉として余り使われる事も無くなって居るが、ベルリオーズも又そんな人だったのだろう?ベートーベンの後継者とも言われた天才作曲家も本当か嘘は知らないが、ピアノが弾けなかったとも揶揄されている。そんな事も無かっただろうがそれは皮肉にもベートーベンと比較されての事に違いない。親父がこの曲を聞いた原因は思い出せないが、偶然だった様な気がする。

この交響曲。(ベルリオーズ、幻想交響曲)は彼の愛した女性の想いを曲にしたと言われているが、連日放送されるオリンピック狂詩曲とは全く違う格調と人を愛する哀しみが聞き取れる。

現代でもヨーロッパでは日本と違って音楽家は高く評価されるが、ベルリオーズは音楽仲間からは高くその音楽性を評価されるが一般聴衆からの指示は無く、経済的には苦しかったと言われている。その原因もこの曲を聞けば良く分かる?

綺麗な旋律とは裏腹の彼の生き方。そのギャップの大きさに多くの人達はついていけなかったのだろう?当然彼の生涯もハッピーエンドではなかった。その運命の皮肉さを多くの人達は知らない。そんなもんだろう。オリンピックで金メダルを取る難しさとマスコミが騒ぎ立てる狂詩曲は全く無関係な事を知らなければならない。

金メダルの重さは当人でないと味わう事は出来ない。金メダルの号外を見ながら「これで今年の夏の暑さを乗り越えられる」嬉々として語るサラリーマンの言葉はそれなりに微笑ましいが、そのコメントを全国放送で流すテレビの間抜けさ。テレビが売れない原因がこれからこの業界を直撃する事を、彼等は何も感じていない。

今年は一昨年並の暑さが予想され電力不足が予想されたが、関西地域の電力需要は原子力発電の供給量を完全に下回っている。それでも国と電力会社は原子力発電に依存する経済社会を否定していない。経済界も同じ。福島の教訓を生かすとは口先だけの事でこれからの電力発電の在り方の方向転換も無い。

こんな国のリーダー達にレッドカードが突きつけられる時は本当に来るのだろうか?暑い夏。エアコンの効いた部屋でそんな事を考えている。(しかし、親父の偉大さはそんな事に押しつぶされる事は無い)これから炎天下の街を空海様に負けない様に足を引き摺りながら歩いてきます。

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2012年8月 1日 (水)

暑さも一休み 親父も一休み 巨人も一休み?

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暑い。暑い。そうして暑い。と言っている間に低い雲が垂れ込めて来る。軽い雨なら良いお湿りになると思っていたら意外に大粒の雨となる。それでも一時。その後は何事も無かったかの如く暑い日差しが戻って来る。しかし台風の影響だろうか?上空は早秋の気配です。後一月もすると九月。へこたれていたらアキマへん。

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焼そば出来上がり。麺150g2食分を入れたので量が多い。一食分で正解。味付けは文句なし。これで550カロリー。夕食はパン2枚。それでも食い過ぎ。まっいっか。減量しないと歩けないよ。何処かの喫茶店にも負けないドリップコーヒーを飲みながら苦笑いをしている。(それは嘘)全く気にしていない。

アメダスのレーダーを見るとこれから歩く四国西南部はまとまった雨が降っている。足摺の岬にも怒濤の風雨が押し寄せているのだろう?台風10号は太平洋高気圧に押し流されたが、昨年の今頃の事を考えると何が起こるか分からない。テレビを見てもオリンピック狂詩曲が流れているが体の調子を整えて、四国の果てに立たなければならない。

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今日から8月 相変わらず暑い日が続いているが風が季節の変化を感じる?

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大阪に来て初めて来た中の島公園が見える。しかしここは初めて来た。左に見える中州が中の島公園の一番東側。ここから西におよそ4キロ弱。一番広い所で500m弱の中州が広がり中央公会堂、図書館、市役所、日本銀行、新聞社、ビジネス街、ホテル等が屹立(きつりつ)している。(高くそびえ立つ)。親父が若い頃来たコンサートホールもここにある。立派に衣を替えている。

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しかしまだ工事中。完成の時は知らない。

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朝日新聞大阪本社。外観は改装されているが半世紀前の建物。朝日新聞は親父達の若い頃の象徴的な情報源だった、今は一般大衆紙と大差ない。新聞の社会的使命は終わったのかもしれない。新聞だけでは無い。テレビのオチャラケと低俗化。

その責任は送り手だけでは無く受けて(視聴者)にあるとも言える。スポンサーの思惑。完全にマインドコントロールの情報を断ち切るのも賢者の選択に違いない。(どういう事)時間無駄使い。テレビのリモコンを放さない生活からの脱皮です。

テレビを見る時間が多い人ほどお間抜けになる。これは親父の毒舌ではありません。アメリカのもっとも影響力の大きい100人に選ばれたジェフェリー、サックス博士の言葉です。経済大国アメリカは同時に世界最大の経済格差のある貧困国です。

その原因を日本のマスコミは殆ど報道しませんが、世界でもっとも豊かな国がもっとも貧しい国だとは信じられない事です。そしてそのアメリカに追随している愚かな国。それがこの国だとしたらその責任はマスコミにあると言っても過言ではないのかもしれない。

軍事大国アメリカが膨大な軍事費を使い同盟国も巻き込んで守ろうとしている物は一体なんだと思いますか?国民の安全と豊かな生活?それは全くのプロパガンダ(宣伝)オバマのチェンジと叫んだ言葉の検証は何処にあるのでしょうか?小沢一郎の民主党離脱を冷ややかに馬鹿にする人達もその事には何も理解が及ばないのでしょう?

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大阪北浜浪速橋の「ライオン像」長い間大阪の時代の流れを見つめながら何を感じているのだろう?これだけの素晴らしい景色の変化を喜んでいるのか?悲しんではいないだろうがこの暑い日差しの中に大阪の活力を見い出しているのだろうか?近寄って見上げる人は全くいなかった。「ホンマ、それが悲しい」親父さん、男前に撮ってくれてありがとう。がんばりーや。頑張るぜ。それが大阪の再生に違いない。

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大阪中央公会堂。貴重な文化遺産も今はどんな使われ方をしているのかな?少し覗いただけでは良く分からなかった。大阪が発展していた頃、一民間人が寄付したこの豪華な建物も外観を保存するだけでは勿体無い。近くの図書館も久し振りに入館。懐かしい。素晴らしい。大阪に来て初めて来た日の事は忘れてはいない。その当時のままだった。

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大阪南森町の地下鉄谷町線の地下から上がった所。すっかり様変わり。浦島太郎か?
放置自転車が眼に付く。行政は一体何をしているのだろう?大阪都構想?出来もしな位事を尤もらしく語る前に出来る事からやりなはれ。区長の権限を強化する。その意味は良く分からないが区長の権限が大きくなったとしても、何がどうか悪のかは数年先の事だろう?それ迄はこの無様な有様を晒すのか?どう考えてもおかしい?

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路面電車が無くなり路面は整備され車の通りもスムーズ。しかし、街に子供達とお年寄りの姿は見えない。暑い日差しの中を動き回る元気さは失せたのだろうか?それだけでは無い。街に生活の匂いが無い。ビジネス街に変身しても生活の姿が感じられない街に活力は生まれるのだろうか?高層マンションの建設は進んでいるがそんな街に誰が住むのだろう?大企業のサラリーマン世代?中小企業の生活の場所は何処に出来るのだろう?

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大阪は商人の街と言われて久しいがこれからは高層マンションと高層ビルが増えるのだろう?そして先祖代々の土地を手放した人達はそのビルの一室で短い人生を終えるのだろうか?しかし、その高層な建物も100年とは持たないだろう?そのときこの大川の流れはどんな顔をしてその姿を眺めるのだろう?それは誰にも分からない。

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