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2012年5月29日 (火)

天気が不安定になっている。管前総理の危機管理が問われているが、アンタ達の責任は無いのか?

大気が不安定ななって雷がゴロゴロなるだけでなく稲光がピカピカ光っている。洗濯物を丁度軒先に干していたが、ふてぶてしい親父も早々に部屋干しに変更する。幸いに雷も今は遠くなりヤレヤレだが危機管理と言う事では他人事では無い。

危機管理と言う知恵が言葉にされるのは政治、経済、日々の生活でも問題に成っているが最近の報道で気になる事は、人の事は尤もらしく「うすっぺら」とかこき下ろしても自分達はどうだったのか自己観察が非常に足りない。何様だと思っているのだろうか?政府の何とか委員会とか審議会の審議の在り方を問わないで人の責任にする。

この国の一番悪い「失敗の学び方」。前総理がどうだこうだといいながらその時自分達は何をしていたのか?自分達は考えられる最良の選択が出来たのか?言い訳、自己弁護ではない問い掛けをしないから、原発再開、事故分析、事故対策がお粗末になっている事にそろそろ気付かなければならない。政府や役所に多くの事を求めたとしても必然的に出来る事と出来ない事がある。それくらいの事は被災地の町長も分かりなはれ。

明日、野田総理は小沢元代表にあって「社会保障と税の一体化」(何の事は無い消費税値上げ)選挙の公約も果たせずに尤もらしい乾坤一擲(けんこんいってき)とか一期一会(いちごいちえ)と訳の分からない4文字熟語を口にしている。

野田総理の言う乾坤一擲とは乗るか反るか、言わば賛成か反対かの大勝負を掛けた戦いのつもりだろうが結果は見えている。そんな勝負が出来ると思っているのだとしたら簡単に捻られた石田光成の関ヶ原の教訓が分かっていないのだろう。

小沢一郎が徳川家康の様に狡賢い戦略で野田総理を追いつめるとは思わないけれど数の力を軽視する間抜けさは会談の前から見え見えです。結果は物分かれ。お互いの真意は何処にあるのか腹の探り合いが関の山に違いない。それでも親父は国民不在と不毛の会談とかマスコミが尤もらしく語る言葉も信用しない。その程度の事で、大事な事は自分達自身で何が出来るのか考えてみる事だろう。

東北被災地のガレキの受け入れをほんの少しだけ決めた静岡島田市の責任者宛に「地獄に堕ちろ」とメールをした人がいる。空海様はこんな罰当たりな人を許すのだろうか?地獄極楽を口にするなら被災地の地獄絵を何と見るのだろう?

この日この時の平穏は人に押し付ける物でも人に施す物でもない。今日一日の命の恵みに感謝し、人の痛みが分かる人に成りなさいと教えられた最低の優しさを持ち合わせれば、人を薄っぺらい言葉で他人を批判してはいけない事に、もう少し心を重ねなければならない。(言うは易し行うは難し)親父が一番欠けている事だろう。

それでも言葉は自分自身に突きつけられた刃である事を忘れた事は無い。10年以上前に岐阜揖斐川の上流の宿で見た特攻隊で出撃して行った若人の親に宛てた手紙。あの時親父が受けた鉄槌は忘れる事は無い。今でも多くの言葉を評論家が口にして失敗の本質を尤もらしく語るけれどあの手紙に勝る言葉を親父は知らない。

「私は明日出撃します。今、この天命を重く受け止め心の中には一点の陰りもありませんが唯一つお願いがあります。何一つ親孝行は出来ませんでしたがここ迄育てて頂いた最後のお願いです。」

今でもその文章を思い起すと特攻を志願した若人とその手紙を受け取った父母の思いに涙が溢れ目頭が熱くなる。「私達はこの国の為に命を惜しみませんが、弟達には立派な教育を受けさせて下さい。そうしてこの戦いが何故起きたのかしっかり学問をさせて下さい。」そのたどたどしい文面を何時迄も眺めていた。

あの時宿を取り仕切っていたのは弟さんの子供さんだったに違いないが、あの山村僻地も今は変わり果てているに違いない。悲惨な戦いの歴史を知らない現代を生きる人には忘れ去れれている学問のすすめ。

アホな生き方をしているとろくな死に方が出来ないに違いない。それにしては民主党幹部。松下政経塾で何を学んだのだろう?口先三寸、風見鶏、自己顕示欲、弁舌達者。そんな物ではないだろう。その事が今年の夏、我々自身が問われる事を覚悟しなければならない。

夕方、散歩に出掛けなければいけないが再び大気が風雲急を告げ、稲光が遠くでピカピカしている。まだ出掛ける時では無いと教えているのだろう。仕方なくテレビを付けてみると最悪。美味そうな自然の恵みを料理人がニコニコしながら説明している。

それを生産者と消費者とコメンテーターがぺらぺらと尤もらしい言葉を口にしている。当然音声は消してチラ見をしているが「キッチンは走る」?そうではないだろう?この国の生産者が直面している物が売れない現実。美味い物が手軽に手に出来ない消費者。今、市場と卸売りの社会的責任が問われている事も殆ど知らされていない。

本当に自然と直結した美味い物が食いたければ地方に行きなはれ。田舎の人がどれだけ美味い物を口にしているか?オバカな都会人は知らない。便利さと快適さを追い求めて築き上げた日本経済。今、音を立てて崩れ落ちている現実を都会人の多くは知らない。春夏秋冬スーパーに行けば欲しい物が手に入る不条理。そんな生活が何で保たれているのか知らない程恐ろしい物は無い。

昨日から読み始めたアメリカの政治と経済。オバマのインチキ。彼の卓越した演説も金融政策のリーダー達の支持を受けている事を考えればその胡散臭さが良く理解できる。アメリカもこの国もその国を支えている人の力を蔑ろにしている。その反動は小さくは無い事をこれから思い知るのかもしれない。

アメリカ人が他国の人から尊敬されるパイオニア(開拓)魂は完全に一部の金持ちに突き動かされている。「怒りのぶどう」でスタインベックが描いた1930年代のアメリカ小作民の悲惨な生き方は、今日も自由と繁栄のアメリカに生きているのかもしれない。アメリカが再び真の繁栄の道を歩むには「西部劇」のヒーローが必要なのかもしれない。

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