半袖で竜巻のニュースを見ている これから散歩に出掛けます
連休の最後はよい天気になりました。親父は家に居てぶつぶつ言っていたけれど遠くのお出掛けの人も今日は家に帰ってゆっくりしている事でしょう。楽しい休みに悲惨な事故もあり人の運命の果敢なさを痛感していました。しかし、格安バス、深夜バス深夜の高速道路。狭い道、危険予知の学習は疎かにしてはならない。
この風景も親父の若い頃と何も変わっていない。親父が若い頃、この景色をゆっくり見る事は無かったが今でもその事は変わらない。今は誰もいないホームも明日からはこの狭いホームも人で一杯になる。多くの人が多くの思いを重ねる。
五月山の上に夏を思わせる積乱雲が?沸き上がっている。今年の夏の電気供給不足が懸念されているが、その事を暗示している。電気が足りないから原発再開?それは余りに国民を馬鹿にした事だろう。
電力の不足をどんなに口にしても安全確保が「想定外」では原発再開は出来ない事を認識するのは何時の事だろう?親父達は計画停電でも何も困らないが関西の特殊性(いらち、元気のよいオバはん、マナーの悪さ)を考えると出来ないだろう。
その時、このお間抜けな政治家と監督官庁のお役人は何をするのだろうか?節電?関西電力は皮肉にもオール電化を進めてガス会社と仁義無き戦いを進めて来た。原発頼りの電力供給。クリーンで安全?火力発電でしかその対応は出来ないのだろうか?
今こそ電力会社、経済界、監督官庁のリーダーの知恵が問われる。高い身分保証は国難と経済難、会社の困難。3つの大波を被った時に問われる。これまで多くの困難を打破して来たのは彼等ではなかった。その事を認識していなかったのは彼等だった。
明日からの国会の論議でもその事を痛感するに違いない。本当に間抜けな言葉を重ねながら問題の先送りしか出来ないのかと思うと愕然とするしか無いのかもしれない。全く予期出来ない天災を目の当たりにしても、他人事の様に感じるしか無いのかもしれない。
大阪は静かな日の入りです。今日も昨日と同じ散歩コースです。
意外な発見。公園の枝垂れ梅に梅の実がついている。昨年は見なかった気がする。今年は想像以上に葉が繁り実が多い。これから多くの困難が嘘の様に感じられる。親父は結構悲観的な見方をして来たがこの梅を見ていると案ずるは生むが易しかもしれない。ぐずぐず言わないで自分に出来る事をやりながら、元気で生きた者の勝ちかもしれない。
こちらは桜。梅は咲いたか桜はまだかいなと言っている間に、青葉が枝を幹に絡ませている。この桜の上は虫に食われて枯れている。この幹の生命力は既に失われ段々朽ち果てていたが今年はこれだけの青葉が繁る。
これだけを見ると元気そうだがそれに勝る幹の衰え。その傾向が皮肉にも幹から直接出ているこの枝と若葉。桜の樹は元気が無くなると養分を上に上げる力が無くなり幹から直接葉が繁ると言われている。負けるな。頑張れ。応援している。
明日は穏やかな天気かな。奈良長谷寺に行けるかな?咳が止まらないので咳止めのカプセルを買う。販売元は親父が若い頃から知っている「カイゲン」しかし、製造元は堺化学。龍角散では駄目だったがこの薬は何故か効きそう。親父は暗示に弱い?
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