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2012年5月16日 (水)

1年ぶりの景色は何も変わらず。変わった事は何なのかな?

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深紅のバラが逆光で少し衒い(てらい)を感じたけれど嫌みは全く無かった。久し振りに見た景色は6年前と何も変わっていなかった。変わった事と言えば整備された道。そして親父がその分、歳を重ねた事だろう。それで充分だろう。これからも何時でも見れる景色ではないが、それ以上に成長しなければ成らない。そんな衒いがあったのかもしれない。

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アンタは全く変わりなく街並を見つめていた。

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整備された公園。この地下をバイパスが走る。

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これは新しく作られた公園の休み所。流石にこんなに綺麗になるとホームレスのおじさんんも居心地は悪いだろう?それとも安住の地を見つけたのかな?

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整備された川。この下を山陽本線(通称神戸線)が走っている。明治の時、大阪ー神戸間の鉄路が開通した時からこの川は流れていたのだろう。ここから南に歩くと国道2号線の業平橋に出る。その橋を左手に見て右折すると半年働いていたお店の駐車場入り口が見える。

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この石橋は大正14年の建立。その時からこの道幅があったのだろう。この付近は阪神淡路大震災で大きな被害が出ているがこの橋はびくともしていない。景色も震災の面影は全く見られないがこの国道は歴史の証人です。今、心配されている東南海地震に耐えうる保証は何も無い。

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親父が半年働いたお店は当時の賑わいは無くなっていたが、仕事の割り振りに大きな変化は感じられなかった。あの時の仕事の内容も変わってはいなかったが、メンバーは知らない人達だった。これから仕事に求められるパフォーマンスは大きく変わるがその事を意識出来ない管理者も少なく無い。それでも仕事が出来るのだから有り難いのかもしれない。

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阪神芦屋駅。芦屋川の上にある。親父が若い頃はこの駅の下が川だとは知らなかった。当時は特急も停まっていたが今は普通のみ。(急行は停まるのかな?)特急には西宮で乗り換える。若い頃、仕事で来ていた青木(おうぎ)の駅はこの先だった気がする。この駅は大震災の影響を受けていないが、ここから神戸よりの地域は壊滅的な被害を受ける。その教訓は生かされているのだろうか?

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この車両は近鉄電車。近鉄が難波から尼崎に開通した鉄路を通じて奈良から乗り入れている。親父の若い頃は汚かった電車もすっかり綺麗になっている。鉄路の保全も進み阪急神戸線、京都線の不愉快な揺れは無い。駅舎は甲子園も昔の侭でこれだけは早急に改善が迫られている。

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近鉄電車は京都地下鉄にも乗り入れている。阪神電車は買収出来ないが京都の地下鉄は近鉄のお陰で乗降が伸びている。京都の地下鉄で乗り換え無しで奈良に行ける事を知らない人は少なく無い。

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阪神梅田駅。この車両は阪神?山陽電車?確認はしていないが直通特急姫路行き。
阪神タイガースのワッペンが見えるが甲子園直通の電車は今でもあるのだろうか?この電車に乗って姫路白鷺城を見に行くのも遠く無いかもしれない。

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これが阪神の普通。三宮行きではなくて高速神戸迄。阪神電車の色が垢抜けしている。昔の色を考えると隔世の感がしてならない。阪神電車頑張れ。(頑張ってます)

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心斎橋Appleのショウルームに立ち寄る。銀杏の樹も若葉の時を過ぎ緑が濃くなっていた。久し振りに見た景色は早くも初夏の装い。後一月もするとすっかり夏景色だろう。暑くなる。上ちゃん。今日はお休みだったが又、お合いしましょう。




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