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2012年5月

2012年5月31日 (木)

ホンマに懲りない面々 原発再開 凍結工事の再開 小沢批判で誤摩化していないか?

来週にも大飯原発の再開が政府の責任で再開されると言う。何処かの知事がこれ程の政治問題を原発反対の署名ごときで判断してはならないと言っていたが、それはそうかも知らない。しかし政府の責任で安全を担保するとは本気で言っているのだろうか?

消費税増税でも同じ思考回路で「政治生命を賭けるとか」間抜けなことを言っているが本当にそんな事が出来るとでも思っているのだろうか?何時、何処で、誰が、何をどんな方法で、どうした。歴史的検証に耐えられるのだろうか?そんな事はどうでも良いのかもしれない。そんな政府に期待したアンタが馬鹿なのよと舌を出して笑っているのだろう。

最近テレビのニュースはスポーツしか見ない。サッカーもバレーもゴルフもF1グランプリも横目で音声を消してでしか見ない。理由は簡単。嘘くさい。(解説、実況が煩い)そんなテレビの音声を消して見ていると気持ちが穏やかになる。

親父達は人の意見を良く聞けと教えられ育ったが、それが間違いと最近、空海様が囁いている。リーダー達は勘違いしている。それが現実。現実をお前さんがどんなに嘆いても何も変わる事は無い。お前さんに出来る事はただただ現実を見据える事。

現実を見ると多くの人の哀れさが見える。人は生まれながらに多くの可能性を持ち、自分の未来に多くの思いを重ねただろうがそれがどれほどの物か、お前さんもそろそろ確信を刻まなければならない。そう言われている。これから多くの哀れさを眼にした時、自分が今迄困窮した時に思いを重ねれば結論は決まっている。

これから人の美しさと汚さを笑える生き方をしなければならない。久し振りに尋ねた大阪の街はその事を語り掛けていた。明日もう一日大阪市内をうろついてきます。

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懐かしい駅 阪神電鉄野田駅 昔の面影の或る処無い処 ごちゃ混ぜになっていました。

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阪神電鉄梅田駅 昔は今より汚かった気がするが綺麗に感じるのは車両の所為かもしれない。入社以来4年間営業で毎日出入りしていた駅。お金が無くて仕事で行く神戸迄の電車賃当時で180円位だったと思うが10円玉をかき集めて買った事がある。窓口で切符を買う時駅員に鼻で笑われた事をこの駅に来る度に思い出す。

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ここから天六(天神橋筋六丁目)迄阪神電鉄の路面電車北大阪線が出ていた。その汚い電車も今は無くなりバスがドアを開けて待っていた。この電車に乗って毎日出勤。4年間営業の駆け出し。4年間は工場で印刷物の仕上。8年間お世話になる。

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駅前もすっかり様変わりしている。18の時、大阪に来て最初の夏、先輩と歓談した洋食レストランは国道の道幅が拡張され今は無い。

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商店街の入り口で良い匂いに誘われて入店。これだけの量の焙煎は間近に見た事が無い。お店の入り口で強烈にアピールしていた。近いうちに豆を買いに行きたい。

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砂糖無しで良い香り。マイルドな味。満足でした。380円。

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松下幸之助創業の地。公園に顕彰碑が建てられている。

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JR環状線と阪神高速神戸線。この道は商店街から一本北に離れている。

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意外な所でアマリリス?をみる。maiさんの花と勝負していた。

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奥の家は眼科だったが今は別の所で開業しているのだろう。親父が大阪に来て新人研修の時眼を赤くしてここでお世話になる。当時の医院は建て替えられて今はその看板も外されている。半世紀も時が流れると景色はこうも変わるのだろうか?

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阪神電鉄のガード。この景色は昔の侭。この通りは国道2号線です。

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この看板も塗り替えられているが昔の侭。今でもこのガード下は工具の街として繁昌しているのだろうか?

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野田阪神から地下鉄千日前線で北巽(きたたつみ)大阪平野の南迄来ているがこの先は平野)に繋がるが地下鉄はここ迄。何でここ迄なのかは建設費の問題。大阪市内に張り巡らされた地下鉄もべらぼうに工事費が掛かる。外国の様に何でスマートな路面電車を走らせられなかったのか検証はない。地下鉄の長い階段と連絡通路は年寄りには無理だと言う事がオバカな行政には理解されていない。

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近くの見どころを駅員に聞いて見る。紹介されて所は此処。意外にこじんまり。2礼2拍手1礼。賽銭を投げてお参りをする。先客がおばあちゃんの病気治癒を祈念していた。賢い柴犬の前足を揃えてお願いをしていた。話を聞いて見るとおばあちゃんはお袋さん。77歳で手の施し様の無い病も無情です。愛知の人でお見舞いを済ませたら仕事に戻るけれど今生の別れです。それでも淡々としていました。ワンチャンも良く分かっていました。

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今里(いまさと)で電車乗り換え。乗り換えの連絡通路がめちゃくちゃ長い。これでは年寄りは乗れない。利用者は学生、若者、サラリーマン、おばちゃん、おっちゃん迄。爺ちゃん、婆ちゃんは車での移動しか出来なくなっている。都市も地方も長生きをしても移動手段は足腰達者でも難儀をするに違いない。

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緑橋乗り換え。写りが悪いがこの路線は中央線。近鉄が乗り入れている。左の駅が良く見えないが学研奈良登美ケ丘。生駒駅で近鉄奈良線に乗り換えが出来る。しかし終点の登美ヶ丘駅から先の計画路線は中断されている。

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中央線。本町駅で御堂筋線乗り換え。此処も乗り換えが長い。親父は勝手知り足る連絡通路だけれど初めての人はガイドが無いとスムーズには歩けない。大阪の地下鉄は南北線は乗降客は多いが東西線は赤字路線が多いと職員に教えられる。

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大阪梅田駅ターミナル阪急百貨店デパ地下でお気に入りのジャンボいなりと豆いなりを買い求める。阪急百貨店は只今内部工事中。売り場も変わり狭くなり対応も悪い。商品も以前の様な上品さが無い。値段は安いがこれだけ油気が多いとアカンな。

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大阪の懐かしい景色は野田阪神界隈だけでした。地下鉄だけでは分からない大阪の街の変貌。道頓堀を切り開いた道頓さんの偉業を殆どの人は知らない。大阪平野の開墾の偉業も上町台地、大阪城の歴史を知る人も少ない。大阪は半世紀前と比べて大きく変わっているが一番の違いは路面電車が無くなり、道が綺麗に整備され綺麗になっている。しかし、放置自転車は多くひったくり、犯罪も少なく無い。街の落ち着きは感じられても活気は無くなっている。大阪都構想が今イチ盛り上がらないのはそんな所が原因かもしれない。

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金融市場の低迷 その原因が欧州金融危機?それは違う。

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経済のファンタメンタルズ(基礎的条件?経済の実態)を現わすと言われて久しい日本株式市場が大きく毀損(きそん)損なわれている。この国の株式市場が経済の実態とかけ離れて大きく株価が下落してもうすぐ20年になる。この間多くの経済学者、経済評論家が多くの事を語り、その下支えもこの国の経済の舵取りをしていると言われている役所が賢明に行って来たが、その実態は芳しく無い。

それでもこの国の通貨円は対ドル、ユーロ(欧州基本通貨)に対して値上がりしている。数ヶ月前、オバカな経産省の役人と大臣は経済界輸出企業の悲鳴に負け、円高介入をして(税金投入6兆円?)一時下がった円も元に戻りつつ有る。

元に戻るとはどういう事?円高圧力が加わった数ヶ月前円は76円台に突入したが市場は再びそのラインに挑戦している。その圧力をオバカな役人と大臣は「投機筋の思惑、実態経済を繁栄していない、このままではこの国の物造りは壊滅する」と同じ言葉を繰り返すと思いきや何でか沈黙。様子を窺っているのだろうか?

「羹(あつもの)に懲りてナマスを吹く」失敗に懲りて必要以上に慎重になっているのでもあるまい。自分達の都合の良い様にはならない事を思い知ったのだろうか?そうでも無い。懲りない面々はオバカと言われるが自分達はエリートと信じている人にそんな情けは不用だろう。欧州の金曜危機はその対策を考えている面子が変わらなければ、考え方を根本的に考えなければ落ち着き先はない。

この国の金融市場の低迷は誰も困っていないからです。実際はそうではなく輸出企業の利益が毀損すれば人員整理。社員は希望退職、配置転換。非正規社員は契約打ち切り。人員整理。大阪では関西経済を代表するパナソニック(旧松下電器産業)シャープの大幅赤字。経営者は退任してもその経営判断は働く人にしわ寄せだけです。

今、難しいアメリカの経済危機を学習しています。オバマの「チェンジ」はこの国の口先だけの政治と経済の改革にも共通しているのでしょう。口先だけでは何も変わらないのに「不退転の決意」「乾坤一擲(けんこんいってき)」「社会保障と税の一体化」「原発再開」良く言ってくれます。オバマがいくら手を振りながら欧州信用不安払拭を叫んでも問題の解決にはならない事を誰が教えてやれるのでしょう?

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今朝は久し振りに手を合わせながらこの夏の暑さについて考えていました。選挙で約束した事は簡単に反古にして、党の方針とか党の決定に従うのは当然と言い放つこの感覚。言う言葉の重みをどれだけ感じているのか分からないけれど、民主党政権はこれで終わりです。次に期待出来る事は約束した事は命がけでやり抜く誠意でしょう。

人を批判する前に自分達が何を為すべきか?その事が分からないから人は頭を垂れて救いを求めるのでしょう。この歳になっても青二才、ガキの考えが抜けないのは全く滑稽な話しですが考えてみれば明治の維新に大きな影響を与えた人達は皆そうです。

東京株式市場が問われている事。それはこの国の人達がもっと自分の国の実情を知り何を為すべきか?その事でしょう。難しくも何にもありません。株式市場の株価に一喜一憂しているのは株式で有り余るお金の運用をしている人達です。日々の生活に事欠き汲々としている人達がもっと人らしく生きるのは先の事かもしれません。


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2012年5月30日 (水)

これでもかと薔薇の花がしょぼくれた親父を叩き付けていた。

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大阪地下鉄。親父が大阪に来て一番驚いた地下鉄。それがほぼ中央左の御堂筋線。半世紀前はこれ一本だった。それがこれ程多くなっている。親父が25の秋、中央上の天神橋筋六丁目で工事中悲惨なガス漏れ大爆発事故が起きる。(天六ガス爆発事故。ウイッキペディアで検索出来る)あの時大阪万博が開催されていた。今その事故を語れる人も少ない。多くの若者はその痕跡すら知らない。若者だけでは無い。40年も前の事故だから)

左上のピンクの始発、終着駅野田阪神はここから右斜め上の天神橋筋六丁目迄阪神電鉄北大阪線(路面電車)が走っていた。ピンクの路線は今里筋線。この路線は市電が走っていたが得意先も在って人の優しさを忘れていない。今里、深江、玉造地域は中小企業物造りの街として繁栄を重ねていたが、今はどうなのだろう。明日、行ってみますか?

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京阪電鉄は長い間大阪は淀屋橋が終点だったが今は中之島線が開通し渡辺橋迄地下が延長されている。(これは事実ではない)淀屋橋から延長されてはいない。天満橋(淀屋橋の手前)から中之島線として分岐している。今日見た薔薇の花はその中之島線の渡辺橋の上にあった。思いがけない景色。思いがけない薔薇は親父に転換期を指し示していたのかも知れない。



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自民党も党派を越えて消費税値上げ賛成>そうではないだろう?

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消費税値上げ論議を聞いていて一番不快に思う事は民主党政権の誕生の背景、大きく言えば歴史的圧勝の政権交代が忘れ去られている。長く続いたインチキ自民党政権が何で大敗をして国民の多くは民主党政権に期待をしたのか?今ではその事も忘れ去られた消費税値上げ値上げ論議が罷り通っている。同じ事が原発再開論議、沖縄の嘉手納基地固定化(政府はそれは無いと誤摩化しているが)にも見て取れる。

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その事が明確にされないでいくら消費税を値上げしなくては財政が破綻すると尤もらしく言われても国民の理解等得られる訳が無い。消費税を5%から10%にしたからと言ってこの国の財政状況が解消されたとしても(それは無いが)、税制の根本的な改正、歳出の無駄にメスを入れないで消費税増税ありきってか?そんな事が出来る訳が無い。民主党内での論議は尽くされたとどんなに野田総理が口にしてもそれはない。それを本当に信じているなら先の選挙は一体何だったのか?自民党政権にレッドカードを突きつけた選挙民をこれ程馬鹿にした話しはない。

消費税増税法案をどうしても成立させるなら自民党現執行部と手を握るしか無い。その決意も無くて民主党内消費税増税反対の人達を納得させる事は出来ない。その高いハードルを乗り越える為に野田総理と小沢元代表の会談が設定されているが、合意点を見出す事は出来ない。賛成して下さいと賛成は出来ない。唯一つの合意点は党を割らない事位だろうがそれも難しい事だろう?考えられる事は問題の先延ばし。

しかしそんな事をしていると益々民主党支持は激減し、既成政党が束になっても橋下維新の会に勝てなくなるだろう?国会内の自民党勢力争いに負けた石原東京都知事は東京都民には指示されているが国政レベルで橋下維新の会と手を握れるのだろうか?

政治の世界は一寸先は闇と言われて久しいが、この国の人達がもう少し賢くならないと政治は勿論経済も私達の生活の改善は期待出来ない。その時どんな生き方が求められているのか?その答えを見出した人が生き延びる事が出来るのかもしれない。

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2012年5月29日 (火)

雨がやんだら思い掛けない歓迎を受ける。手入れをしていた人の顔が浮かんで来る。

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この緑の公園は市が管理しているが多くの人はこの場所を知らない。浜松のフラワーパークの様に広くは無いが手入れをしている人の苦労が偲ばれる。親父のお友達。でも名前は知らない。住んでいるのは隣町。珠に来てもまず合えない。少しは痩せたかな?(ひとの事は言えない)御もっとも。それでは感動のバラの出合い。行きましょう。

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何時迄も見飽きない景色に夢中になりながらバラのアーチの中と外をウロウロしていた。きりがないと思いながらこれは見慣れたバラではないと思いながらも見慣れぬ景色に圧倒されていた。何か吉兆の予感。これだけでは終わらなかった。

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公園を後にすると山麓の車道を渡り近くの体育館を横に見ながら引き返す。子供連れの親が何故か騒がしい。陸橋は自転車もバイクも駐輪禁止だが利用者はそんな事お構い無し。停める所が狭いから仕方が無いだろうとでも思っているのだろう。ひとの事等全くお構い無し。体育館にはプールがあり年寄りも利用出来るが最近利用していない。体を温める温泉で水鉄砲を教えた姉と弟は今は中学生になっているに違いない。




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天気が不安定になっている。管前総理の危機管理が問われているが、アンタ達の責任は無いのか?

大気が不安定ななって雷がゴロゴロなるだけでなく稲光がピカピカ光っている。洗濯物を丁度軒先に干していたが、ふてぶてしい親父も早々に部屋干しに変更する。幸いに雷も今は遠くなりヤレヤレだが危機管理と言う事では他人事では無い。

危機管理と言う知恵が言葉にされるのは政治、経済、日々の生活でも問題に成っているが最近の報道で気になる事は、人の事は尤もらしく「うすっぺら」とかこき下ろしても自分達はどうだったのか自己観察が非常に足りない。何様だと思っているのだろうか?政府の何とか委員会とか審議会の審議の在り方を問わないで人の責任にする。

この国の一番悪い「失敗の学び方」。前総理がどうだこうだといいながらその時自分達は何をしていたのか?自分達は考えられる最良の選択が出来たのか?言い訳、自己弁護ではない問い掛けをしないから、原発再開、事故分析、事故対策がお粗末になっている事にそろそろ気付かなければならない。政府や役所に多くの事を求めたとしても必然的に出来る事と出来ない事がある。それくらいの事は被災地の町長も分かりなはれ。

明日、野田総理は小沢元代表にあって「社会保障と税の一体化」(何の事は無い消費税値上げ)選挙の公約も果たせずに尤もらしい乾坤一擲(けんこんいってき)とか一期一会(いちごいちえ)と訳の分からない4文字熟語を口にしている。

野田総理の言う乾坤一擲とは乗るか反るか、言わば賛成か反対かの大勝負を掛けた戦いのつもりだろうが結果は見えている。そんな勝負が出来ると思っているのだとしたら簡単に捻られた石田光成の関ヶ原の教訓が分かっていないのだろう。

小沢一郎が徳川家康の様に狡賢い戦略で野田総理を追いつめるとは思わないけれど数の力を軽視する間抜けさは会談の前から見え見えです。結果は物分かれ。お互いの真意は何処にあるのか腹の探り合いが関の山に違いない。それでも親父は国民不在と不毛の会談とかマスコミが尤もらしく語る言葉も信用しない。その程度の事で、大事な事は自分達自身で何が出来るのか考えてみる事だろう。

東北被災地のガレキの受け入れをほんの少しだけ決めた静岡島田市の責任者宛に「地獄に堕ちろ」とメールをした人がいる。空海様はこんな罰当たりな人を許すのだろうか?地獄極楽を口にするなら被災地の地獄絵を何と見るのだろう?

この日この時の平穏は人に押し付ける物でも人に施す物でもない。今日一日の命の恵みに感謝し、人の痛みが分かる人に成りなさいと教えられた最低の優しさを持ち合わせれば、人を薄っぺらい言葉で他人を批判してはいけない事に、もう少し心を重ねなければならない。(言うは易し行うは難し)親父が一番欠けている事だろう。

それでも言葉は自分自身に突きつけられた刃である事を忘れた事は無い。10年以上前に岐阜揖斐川の上流の宿で見た特攻隊で出撃して行った若人の親に宛てた手紙。あの時親父が受けた鉄槌は忘れる事は無い。今でも多くの言葉を評論家が口にして失敗の本質を尤もらしく語るけれどあの手紙に勝る言葉を親父は知らない。

「私は明日出撃します。今、この天命を重く受け止め心の中には一点の陰りもありませんが唯一つお願いがあります。何一つ親孝行は出来ませんでしたがここ迄育てて頂いた最後のお願いです。」

今でもその文章を思い起すと特攻を志願した若人とその手紙を受け取った父母の思いに涙が溢れ目頭が熱くなる。「私達はこの国の為に命を惜しみませんが、弟達には立派な教育を受けさせて下さい。そうしてこの戦いが何故起きたのかしっかり学問をさせて下さい。」そのたどたどしい文面を何時迄も眺めていた。

あの時宿を取り仕切っていたのは弟さんの子供さんだったに違いないが、あの山村僻地も今は変わり果てているに違いない。悲惨な戦いの歴史を知らない現代を生きる人には忘れ去れれている学問のすすめ。

アホな生き方をしているとろくな死に方が出来ないに違いない。それにしては民主党幹部。松下政経塾で何を学んだのだろう?口先三寸、風見鶏、自己顕示欲、弁舌達者。そんな物ではないだろう。その事が今年の夏、我々自身が問われる事を覚悟しなければならない。

夕方、散歩に出掛けなければいけないが再び大気が風雲急を告げ、稲光が遠くでピカピカしている。まだ出掛ける時では無いと教えているのだろう。仕方なくテレビを付けてみると最悪。美味そうな自然の恵みを料理人がニコニコしながら説明している。

それを生産者と消費者とコメンテーターがぺらぺらと尤もらしい言葉を口にしている。当然音声は消してチラ見をしているが「キッチンは走る」?そうではないだろう?この国の生産者が直面している物が売れない現実。美味い物が手軽に手に出来ない消費者。今、市場と卸売りの社会的責任が問われている事も殆ど知らされていない。

本当に自然と直結した美味い物が食いたければ地方に行きなはれ。田舎の人がどれだけ美味い物を口にしているか?オバカな都会人は知らない。便利さと快適さを追い求めて築き上げた日本経済。今、音を立てて崩れ落ちている現実を都会人の多くは知らない。春夏秋冬スーパーに行けば欲しい物が手に入る不条理。そんな生活が何で保たれているのか知らない程恐ろしい物は無い。

昨日から読み始めたアメリカの政治と経済。オバマのインチキ。彼の卓越した演説も金融政策のリーダー達の支持を受けている事を考えればその胡散臭さが良く理解できる。アメリカもこの国もその国を支えている人の力を蔑ろにしている。その反動は小さくは無い事をこれから思い知るのかもしれない。

アメリカ人が他国の人から尊敬されるパイオニア(開拓)魂は完全に一部の金持ちに突き動かされている。「怒りのぶどう」でスタインベックが描いた1930年代のアメリカ小作民の悲惨な生き方は、今日も自由と繁栄のアメリカに生きているのかもしれない。アメリカが再び真の繁栄の道を歩むには「西部劇」のヒーローが必要なのかもしれない。

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2012年5月28日 (月)

大好きな大阪。間抜けな大阪。多くの人が多くの思いで生きている。

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親父の好きなあんぱん屋さんはこの看板が見える地下鉄梅田入り口の近くにある。JR大阪駅の東側を出てヨドバシカメラが見える阪急3番街入り口の近く。と言われても分からないかもしれない。あんぱん1個が105円。味は申し分無し。いつも行列が出来ているがそのスペースも限られている。(人通りが激しい)

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大阪駅北側フロアーから駅舎を写している。最近は新装開業時の人波は無いがそれでも人の流れが絶える事はない。上迄連絡通路は延びている。一階改札口だけでなく2階にも改札はある。人波も分散されているが朝夕のラッシュ時はどの改札口も大変な混雑です。もうすぐそのラッシュも始まる。

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阪急百貨店北側。この部分は外観はほぼ完成しているが内部の完成は来春。

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大阪北ヤードの工事も着々と進行中。こちらも内部工事が完成するのは来年になる。

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親父の散歩コース。池田文庫の上に逸翁美術館。その先に一三記念館。城跡公園は美術館の左。マップの左端にあります。親父の大好きな五月山はそのずーと上にありますがそこ迄歩くには余程の決意が必要です。親父が山に登る時は失意の時。得意満面の時は城跡公園が関の山です。体調が悪い時、大概の人は医者の診断を受けますが親父の場合、山道をどれ位の力で歩けるかで決まります。(信じられません)

今日は午後1時から一眼レフの学習。今日は生徒は親父1人。カメラの取り扱いを聞いただけです。テクニック的な事はカメラを買ってから。ステップアップ講座1から4まで。これからは有料になり3000円からです。何時になったら買えるかな?

そうすると眼をむかせる写真が撮れるかも。そこ迄やるかはカメラを買ってから。
キャノンのワークショップの帰りにこれ又、お気に入りのお店で焼き鯖定食。流石に今日は味は今イチだったけれどニンマリ。セルフのコーヒーショップで一服。

呼吸を整えてこの前仲良しになったドコモのお店を覗く。働き者の娘は元気そうだった。親父の声掛けにイヤな表情も見せずにテキパキと応対。流石です。年甲斐も無くときめいていました。(こらこら)人の絆は優しさと阿吽(あうん)の呼吸なのかもしれません。お仕事頑張って下さい。

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「朝顔につるべ取られてもらい水」そんな優しさこれからも持ち続けて下さい。

飾りの無い表情を見てジュンク堂で先日買えなかったジェフェリー、サックスの「世界を救う処方箋」。今のアメリカが直面している政治及び経済の危機の構造。親父達が知らない大国アメリカの現実。難しい専門用語が並んでいるが先日散々迷って買うのを止めた本だから買えただけで嬉しい。どれ位読めるかな。楽しみです。

毎日、少しずつ噛みしめながら読んで行けば、日本人が知らないアメリカが見えて来るかもしれない。日本のお間抜けなマスコミが伝えられないアメリカの現実は、日本人が考えている以上に病んでいる。その事を理解出来ればこの国に今問われている問題が少しは鮮明に出来るかもしれない。それが何になるのか?そんな事は問題ではない。

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2012年5月27日 (日)

夏が来る。今年は感動的な景色が見れるのだろうか?

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夕方散歩の帰りに意外な場所で意外な歓迎を受けました。最近、全く考え方が理解出来ないでアホが少なく無いが、それはアンタも同じと教えられていた。何の衒い(てらい)が無くてもこの艶やかさは何たる勢いだろうか?それでも見向きもされていない。何も人の歓声を期待している訳ではない。その事を指し示している。良いな。

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バラの盛りの時を過ぎ又、来年です。親父が年甲斐も無く期待したサプリも?。アチャーです。

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それではこれで機嫌直してと言われていた。

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今日はお休みの池田文庫。桜の枝が通路にはみ出し無粋にばっさり切られている。これが本当の「桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿」かも。何で紐で持ち上げられなかったのだろう?一三さんが眼を剥いているのが分からないのだろうか?

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しばらくは暑い日が続くが汗をかかない人間にとって、どんなに不快な時でもこの暑い時に黙々と人の誹り(そしり)侮り、悪態、悪口を受けても淡々と働いている人の事を考えると不平、不満を言えないだろう?ところが居るんだよね。そんな輩が。

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最近街中に出掛けなくても近くの駅前通りやお店の中でも電車の中でも心落ち着ける人に出会う事は少ない。大概にしなさいと思うのは人前を簡単に横切る。正面から来て人を避けない。大概そんな時は人の事を考えて歩いていない。

昔なら(侍社会)叩き切られる事を理解していない。親父はそんな無礼は決して許す事は無い。片手を突き出すか(コラコラ)立ち止まって眼を飛ばす。(最低)イエイエ最近そんな対応をしてくれる人は少ない。そのうち殴られる?御心配なく。

攻防の構えを忘れては居ない。黄檗山万福寺。伏見中書島長建寺は宗派も規模も違うけれど、今の日本人に一番欠けている、人としてどう生きるかを教えている。

遥かなるシルクロード鉄道。この国のローカル鉄道を乗り継いだ時に行けるのだろうか?天山山脈。ウルムチの街。中国の膨張。親父は今の共産主義人民共和国には些かの興味も無いがこの辺境の地に生きるウイグル、カザフ族のもてなしの心。

その心の拠り所がアラーの教えである事になんかほっとする。神が生きている自然。その天地が夏、青さを増す時中国は、そしてこの国も大きく変わるに違いない。

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夏が来る。空海が四国で探した讃岐から室戸の道は道無き道だったのだろう。

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木陰は涼しいが完全な夏日。今年の夏の長期予報は太平洋高気圧の勢いが意外に強く無いと言われているがどうなのだろう?親父の感覚ではそれでも都市砂漠は暑いだろう?涼しくなる要因は何も無い。それだけに節電は難しいだろうが都会人、イヤこれからの人の生き方が間違いなく問われている。

サプリメント、バラの香り。親父には期待外れ。ソフトカプセルに包み込まれた最高級ブルガリア産ローズオイルと言われてもインパクトは無し。一日の摂取目安3粒をどれ位続けたら体の中からバラの香りがして来るのかな?(アホカ)

今朝久し振りに早起きをして面白くも無いテレビを時計代わりに見ていると、懐かしい風景が目に飛び込んで来る。「土佐くろしお鉄道」高知駅に乗り入れて居るとは知らなかったが後免駅は南国市。終点は奈半利(なはり)安芸郡。

奈半利から室戸岬、そしてその岬を廻って徳島方面は甲浦(かんのうら)迄は鉄路はない。バスで連絡しているので時刻表を確認すれば不便は感じられない。しかし鉄路が計画されたが実現されていない。その道を切り開いた人の思いを現在人の多くは知らない。


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商店街の衰退を代議士先生はどう見ているのだろう?

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京阪電鉄宇治線黄檗駅から万福寺の道は分からなかった。駅前はすぐ東西に抜ける道があり標識も見当らなかった。人通りはあったので聞く事も考えたがキョロキョロして左前方に郵便局を見つける。郵便局は小さい建物だったが入り口を入ると一気に声を掛けられる。

「いらっしゃいませ」厚かましい親父が口ごもりながらお寺さんの場所を聞く。カウンターに座っている若い男性に。「黄檗寺の場所は?」と問い掛けると奥から出て来たベテランの女性が「万福寺さんは」と言いかけるので、黄檗寺と言いかけるとその言葉にうなずきながら同じですと眼で合図しながら、分かり易く説明してくれる。

この道を左に直進すると大通りに突き当たる。その道を少し右に行くと横断歩道があるのでその道を渡ると左手に商店街のアーケードがあるのでそれを通り抜けて下さい。そうすると突き当たりますからすぐ右です。でもその商店街暗いので注意して下さい。その言葉を笑いながら聞きながら気になる。でもその意味はすぐ分かった。

それが上の写真です。明かりが付いて商売をしているのは通りに面した入り口と出口に近いお店だけ。商店街の中は商売が成り立たず店を閉めている。日本全国にシャッター通りは少なく無いがこれだけ暗くなっている商店街を見たのは初めて。

何たる事だろう。そしてこの有様が間もなく日本各地の商店街で見られるのだろうか?この近くの淀競馬場に直結する駅は高架になり立派になっていたが、駅前の区画整理の進んでいない商店街も同じ有様だった。ゴーストタウン。人通りが変わりお店が成り立たなくなる。行政は一体何をしているのだろう。商店街のまとまりは計れなかったのだろうか?近くにこれだけのお寺さんがあるのに。哀れな姿を晒していた。

それに反して立派な境内の回廊。多くの重要文化財に囲まれながらこのお寺さんも寄付を募っていた。これだけ多くの境内の維持管理は大変な事だろう。それでも多くの寄付は集まっていた。伏見の長建寺も維持費が大変だと和尚は言っていたけれど、宗教法人に税金が掛からない不条理は何時迄続くのだろう?空海様はどう思っているのだろう?消費税増税の前に問われている事は少なく無い。

福島の原発事故の建家が吹き飛んだ事故の現場が公開されている。このような事故が起きて放射能汚染の危険性は忘れ去られているが、使用済みの燃料棒を冷却しているプールの水が万一建家の壁や建物が崩れると大変な事になる事も正確には伝えられていない。燃料棒を取り出す迄にはどれだけ時間が掛かるのだろう?

来週関西電力大飯原発の原発再開を政府は明言すると言われているが、福島の事故対策は計画通りに進んでいるのだろうか?その事が優先されなければ原発再開はない。そう思うのは筋違いなのだろうか?福島の再生はまだこれからです。その再生が出来ない時、都市のエネルギー革命は進む事は無い。踊る阿呆に見る阿呆。そのツケは後世に完全に先送りされている。「子供達の為に」インチキも大概にしなはれ。

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2012年5月26日 (土)

ユーチューブ 万福寺布袋さん 「喝」

万福寺布袋さんで検索するとユーチューブ万福寺「喝」が出て来る。
親父が昨日見た景色が出て来る。昨日は丁度団体のうるさい雄叫び?に閉口して途中で逆方向から境内を歩いたが、それが間違いでなかった事が良く分かる。

親父の拙いブログでは伝えられなかった解説が動画でよく見れる。それでもこの広い境内は5、6回来てみないと伽藍の凄さは分からないに違いない。この広い境内が1661年江戸時代4代将軍家綱の尊宗を得て開創された事も驚きでした。

もっと古い歴史があるのかと思っていました。しかし、創建当初の姿そのままを今日に伝える寺院は日本では他に例が無い。一人で感嘆の想いで眺めていました。日本三禅宗(臨済、曺洞、黄檗)の一つ黄檗宗の総本山です。

布袋さんとして名高い姿は実は弥勒菩薩の化身と言われているが、京都広隆寺の弥勒菩薩像の艶やかさとは対照的で微笑ましい。親父の腹もここ迄は出ていないが固定された感覚、考え、思考回路が問い直されていた。唯、親父に欠ける笑顔な生き方。

出来ないな。不愉快Img_6141_2 事が多過ぎる。
島サミット?5億ドル援助。金さえ出せば支持してくれるとでも思っているのか?

この国のODA(政府開発援助)外務省のお間抜けさにマスコミも報道の仕方を考えないとこの国の尊厳は益々、地に落ちる。落ちているのは何なのか?

馬鹿踊りを見ながら苦虫を噛みしめている。

Img_6164 島サミット。日本がこれから太平洋諸国と仲良くしなければいけない事は誰でも分かる。それでもこの国の総理大臣が何で盆踊りをしなければならないの?

今この国が抱えている問題を外務省のお役人は爪の先にも感じていないのだろう?特権意識。自分達がこの国の外交を取り仕切っている。そう考えているのだろう?その通り。そのお間抜けな考えはアメリカの僕(しもべ)になることすら恥じていない。

沖縄の軍事基地は固定化しない?そんな事を誰が信じているのだろう?

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お間抜けな生き方を「えーじゃないか」と笑い飛ばしながら盆踊りが出来るのも長くは無い。この国だけでなくアメリカも中国もヨーロッパも今、国の在り方が問われている。福島の原発が建家が吹き飛ばされて放射能が撒き散らされても、「安全神話」が想定外であっても、その対策が応急処置しか出来なくてもこの国の人達は「鉄槌」が下されないとでも思っているのだろうか?自分の体を心配する前に放射能汚染が進んでいる事に無関心で居られるのだろうか?そんな事は無い。

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2012年5月25日 (金)

伏見長建寺行って来ました。和尚には会えず。残念。でもそのご褒美はありました。

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今年も鴨川の川床舞台が出来ていました。綺麗どころ?がサービスをしてくれるので料理とお酒は安くは無い。それでも接待に使われるのでシーズンになると連日満員。ここで料理が食えて酒が飲めるのが京都人の自慢どす。いい加減にしなはれ。

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ようこそ京都伏見へ。300年前は日本一の街も今はその面影も無い?
ところが違うんですよ。観光客の知らない風景を紹介しましょう。

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本堂。御本尊は弁財天。秘宝。元旦から15日間公開。その横に先日公開したイケメンの空海様が鎮座している。今日は和尚に合ってお堂の中に入りたかったが合えず。和尚の草履しか見えなかった。残念。その替わりおみくじは大吉。ニンマリ。

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自慢している。イイエ萎えた気持ちをむげねえ(大分の方言)可哀想と空海様が慰めてくれたのでしょう? 九天に羽かがやかせ鳳凰の高くのぼるを心にぞみる。万事急がず自信を持て。ありがとうございます。

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大倉酒造記念館。

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フラッシュでよく見えないが刀瑕(かたなきず)が残っている。寺田屋さんの見学は夕方4時迄。前来た時には見れなかったが感じは中々のものです。しかし、団体が居ると狭くてうるさい。今でも予約すれば宿泊可。でも泊まる程の物でもない?

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これは良く撮れている。意味は分からないけれどここから龍馬は逃げたの?

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時間があったので中書島の駅から宇治線で黄檗山万福寺に向かう。初めてでしたが大きなお寺さんでした。意外にも歴史は浅く江戸時代創建。でも凄い写真が撮れましたよ。解説無しで一気にお見せします。

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勝手に叩くなと明示。時を知らせている。

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食事の合図に使われている。

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帰りに京都市内を歩いて独身時代食事をしていた食堂に行って来ました。あれから40年の歳月が流れている。残りの人生はその半分あるのだろうか?あるとしても無いとしてもその生き方が今問われているのは親父だけでは無い。人の事をこれ迄色々つぶやいて来たが、人のことを言う前に自分に厳しく無ければ行けない。

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京阪電鉄京都終点は出町柳。ここから烏丸通り相国寺西門前町寺の内上ルの食堂を目指す。

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近くの御所北門。親父の親父は職業軍人で青年将校の時、軍馬でこの門を潜ったのだろうか?皇室の在り方を多くの人が語るが皇室が利用された歴史を忘れてはならない。今でもその教訓を忘れてこの国の戦争責任をうやむやにしているが、親父達はその事を明確に語り継いでいるのだろうか?

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御所の一番北の土塀。今出川通り。親父が若かった頃は市電が走っていたが今はバスのみ。非常に不便。京都の市電が廃止されて久しいが京都の活性化は出来ていない。

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左が同志社大学。薩摩屋敷跡。この道が今出川通り。市電がはしっていました。右が御所。正面からブラブラ歩いて来ました。突き当たりが百万遍だったかな。

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今出川烏丸の交差点。ここは市電の交差点でもあった。烏丸通り(南北)は地下鉄が建設され北は国際会館。南は竹田。近鉄が乗り入れているので地下鉄で奈良に行ける。

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ここにも弾圧の記録がある。江戸幕府。100年後に大政奉還に追い込まれる。それでも新政府軍の武力攻勢は止まず幕府を支えた会津藩を叩き潰す。徳川御三家は攻撃されず京都で尊王攘夷(薩長土肥)を弾圧した会津藩が徹底的に叩かれる。新撰組の近藤勇は投降するが首を切られて鴨川に晒される。

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原発再開の不条理 消費税増税の不条理 小沢批判の不条理

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京都伏見の長建寺。中国唐の伽藍を思わせるコンパクトな寺院。関西は今日は平年並みの気候になりそう。雨模様だけれど久し振りにお参りして老和尚の言葉が聞けると良いな。カメラの画像が綺麗になり自慢の腕が鳴る。(コラコラ)和尚の体調はどうかな?久し振りに喝を入れないと全く意気地が無くなっている。世の中の不条理を在るが侭に受け止める逞しさが機能不全を起こしている。サプリメントを口にしながら肩が凝っていたらシャレにならない。負けたらアカンで東京に。大阪のど根性が哭いている。太極拳をしながら美味い水を呑まないといけない。

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2012年5月24日 (木)

デジタルカメラのお勉強2回目行って来ました。

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勉強の成果有りかな?TAKEさんから言われている様に「取り扱い説明書」読まないと駄目だと言う事が良く分かりました。親切に写真の撮り方について教えて頂きましたが「我流本舗」では綺麗な写真が撮れない事が良く分かりました。

カメラの機能について個人的な質問をした時、講師から同じ事を言われました。「カメラの取り扱い説明書良く読んで下さいね。それでも分からない事は何時でも説明しますよ。」アチャーでした。カメラを買って貰った時、一緒に付いていた説明書の拡大判(A−4サイズ)1600円で買いました。これなら読み易そう。(言い訳すな)

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帰りにドコモショップに寄ってお財布携帯(使わない)確認をしてお気に入りの食事をしました。この魚は皮迄残さず食べれます。魚が嫌いで顔をしかめていた親父が変われば変わるものです。ご飯もお味噌汁もサラダも小鉢も全てOKです。大阪に来たらここで食事しましょう。安いし最高です。お姉さんとも仲良しになれました。

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毎日新聞建家跡にこれだけの商業ビルが建って久しい。このビルの中に親父お気に入りの本屋がある。ここで本を選べるときは楽しいと言いたい処ですが、いつも疲れる。何でだろう?真剣に本を選んでいるからだろう。今日も難しい経済系の本を手にして止める。結局空海の言葉の解説本を買う。帰りの電車の中で読んでみるとチョッと違う感じがするけれどそれは司馬遼太郎のシリアス(真剣)さとの違いかもしれない。この国で多くの宗派が発生し多くの教祖が出たのもその所為かもしれません。

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大阪駅前。この前の通りに大阪市電の停留所があったのは昔々の話です。

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懐かしい景色です。阪神百貨店の外観は半世紀前と何も変わりません。その後ろのドコモの建物は傾いて見えますが半世紀前は区画整理中でした。今はその面影もありません。

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阪急百貨店の上の建物は商業ビル。こんな処でどんな仕事をしているのか親父レベルは知る由もない。どれ位満室でどんな企業がどんな仕事をしているのか/余計な心配です。一度この最上階からの景色とどんな会社がどんな仕事をしているのか知りたい。

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大阪駅前タクシー乗り場。まだ工事が残っているがこれだけのタクシーの行列。規制緩和とはこんな事ではないだろう?お役人はどんな顔をして見ているのだろう?無視しているだけです?お役所仕事とはこんな現実もある事を知らなければならない。夜の飲屋街はこんな物ではない。タクシーの行列はこの半分で上等だろう。

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大阪駅東口(今は呼称が変わっているが)親父が大阪に初めて足を降ろした改札口。あの時は駅員が切符を受け取っていたが今は全国何処でもこの改札口。数年前、在来線と新幹線の乗り換えで後ろの客と切符が重なった事がある。今はそんな事は無いのだろうか?あの時の若い女性。生意気だったな。親父はカリカリになっていた。

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東南海地震大丈夫なのかな?大丈夫です。土台から掘り下げています。でも心配。

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このガードは親父が大阪に来た時の侭。耐震補強は済んでいるのかな?済んでいない気がするけれど?余計なお世話です。サヨカ。

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ガード下の飲み屋さん。昔の侭。ここは足を踏み入れていない。しかし、商売繁昌でしょう。常連客居るのでしょう?

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このお店に入った事は無いけれど親父が若い頃、安月給でもこの系列のお店は憧れでした。カメラで覗いた感じでは空いていたがこのお店も固定客が付いているのでしょう。是非近いうちに一度夕食を頂きにお邪魔します。洋食ランチ。ハンバーグと海老フライ、トンカツが定番です。

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親父は飲み助ではないがお酒のアテに欠かせない。お酒大好きの親父達の歓声が聞こえるのは夜になったからかもしれない。それでも昼間から商売繁昌「昼から呑める」

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阪急梅田駅。神戸線、宝塚線、京都線のターミナルです。親父が大阪に来た時はこの場所より南の阪急百貨店内迄伸びていました。今はこの地下が阪急3番街として多くの飲食店街と共にブッティクと書店のお店が入っています。

今日待望のサプリメントが来ました。感じはカプセルがソフトタイプで軽く噛むと口の中でバラの香りが広がる新感覚は今イチ。柔らかいカプセルはコラーゲンが含まれているのでそのまま飲み込んでOKだがゴムを噛む感じで何故か肩が凝る。少し試してみないと何とも。サプリメントとはこの程度の物かもしれない。

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2012年5月23日 (水)

国会の論議を聞いて見なはれ。政権与党と自民党が消費税値上げ?

親父は何時でもテレビが見れるからケーブルテレビでチラ見をする国会論議。
論議と言うには余りにもふだけた「税と社会保障の一体改革」。何と言う事はない。消費税の値上げ。そんな事が出来る筈が無いと思っていたらそうでも無いらしい。

なんと選挙民を馬鹿にした話だろう。先の選挙で自民党政権を散々こき下ろして誕生した民主党政権は一体何だったのだろうか?最近多くの詐欺行為が犯罪として検挙されているがこのインチキ行為は詐欺そのもので、どんなに尤もらしい言葉を重ねても法案の成立は無いと思っていたが、自民党の質問を聞いていると頭が首を傾げている。

分からないと言う人も意外に少なく無いがこの国の財政が破綻すると言うのは嘘です。この国の国債残高が1000兆円だから財政は破綻していると馬鹿な事を言っているが資産はいくら計上出来るのか聞いた事が無い。

財務省のオバカな役人や大臣が言う様に本当に危機的状況なら無駄な財政支出を押さえて収入(税金の増収)を計らないのか?その訳は真に簡単です。納税者が呆れる様な税金の無駄使い。それが自分達の利益になるからです。それくらいの事が長い間行われていたから国民の怒りが爆発し政権交代が行われたのです。

その民主党政権があろう事か税金の無駄使いを認めず、役人の天下り、行政改革、公務員、国会議員の歳費削減も口先ばかりで消費税値上がってか。そのオバカの論議を党内の反対勢力と話し合いをして実現を計るとか。そんな事が本当に出来ると思っているのだろうか?原発再開も今月中に政治決断すると言われているが、出来るもんならやって見なはれ。空海様の天罰を間違いなく受けるに違いない。

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本当は撮ってはいけない。公開してはいけない。しかし、こんな罰当たりな生き方をしていると許してくれ無いに違いない。親父は罰当たりな生き方をしているが、国のリーダー達がこんな出鱈目をしていても天罰を受ける事が無いとしたら、それは無慈悲と言われても仕方が無い。「喝」失礼申し上げました。

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久安寺 関西花の寺 黄菖蒲(しょうぶ)に感激

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池田から久安寺迄およそ5キロ。親父の歩きで1、5時間。お腹を凹ませるには丁度良いと思いながら雨粒が一つ当っただけで考えが変わる。「バスで行きましょう」アカン。それでも天気の所為にして素知らぬ顔でバスを待つ。後ろの高校生が並ぶが態度が良く無い。それでも今日日の高校生。こんなもんだろうと思いながらiPodのイヤホーンを耳に差し込む。このお陰で最近苛つきが本当に減った。

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お大師様が迎えて呉れました。「よう来なされた」小さな石像が大きく見えた。親父の様な罰当たりな生き方をしている人は救えないと思いながらも、人並み以上の信心の変わり様に言葉を無くしていた。「体に気を付けなはれ」「自然の営みに宇宙を感じなはれ」そう言われても言葉の意味を理解出来ない親父を優しく見下ろしていた。

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股関節を手術したオバはんはいなかったが聞いて見ると無事元気になっていた。初めて見る若い男性は修行僧ではなくて若和尚だった。大和尚と世代交代はしていなかったが、その時も遠く無い。親父と他愛も無い話を交わしながら意気投合していた。四国遍路道を2回歩いて廻られたと言う。

その凄さは歩いた人で無いと分からない。親父のはそのうんちくは語れても真似は到底出来ない。又、するつもりも無い。(この罰当たり)イエイエこれも有りです。四国遍路道の歩き方様々です。しかし、車は止めて下さい。車で廻るとお迎えが来ます。(嘘でしょう)うそです。一部本当ですが。

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御影堂。弘法大師像を祀られている。見た事は無いが。

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始めて見る菖蒲の花。端午の節句を象徴する草のイメージが強いが如何して如何してこの美しさ。男の強さを自画自賛して生きて来た哀れさを笑われている。今更どんなに悔い改めても遅いと左の石が顔をしかめている。言葉がありません。

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「親父さん」「くーちゃん」心に無い事を言わないで。赤い南天がこれ程に赤くなるのは今の頃なのだろうか?そんな事を考えながら弾けた思いを押し殺していた。なんだかんだ言われたところで、この我が儘な生き方を変える事は出来ない。それならば自分の思うままに生きるしか無いのかもしれない。「どうしょうもない」と言われていた。そうどうしょうも無い。そんな日々はこれからも続くのかもしれない。

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シャクナゲ。少し花の盛りは過ぎているがそれでもこの美しさはどうだ。一週間前に来ていたらどんな表情を見せてくれたのだろうか?親父も男盛りの時を過ぎて後は枯れるだけしか残っていないのかもしれない。それでも小児の如く求めて止まぬ探究心。それを失わなければ青雲の志も褪せる事は無い?それはない?気持だけ。肉体は鏡に映せば隠す事は出来ない。アチャーです。

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この花何だ。シラン。そんな事言わないで。だからシラン。親父の大好きな花です。

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開運鐘突き堂。誰も突いていないので若和尚に聞いて見る。「鐘。突いて良いんですか?」どうぞご遠慮なく。鐘つきの作法を書いているのでそれを読んで思いきり鳴らす。2回。これで開運間違い無し。静けさを突き鳴らして夏が来る。

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次は3週間先の紫陽花が満開の梅雨の盛りの時。開運、招福は他力本願ではない。自力本願。運を引き寄せるにはそんな生き方をしなければいけない。そんな生き方も出来ないで不運を嘆いていても運を引き寄せる事は出来ない。それが分かると明るさが変わる。暗い親父が言うのだから間違いない。開運の鐘を思い切り鳴らしたその余韻を忘れてはならない。

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東京渋谷で切り付け事件の容疑者が逮捕されている。容疑者は容疑を否認しているが日本の警察と監視カメラの性能を馬鹿にしてはいけない。この男の間抜けさはカメラにむき出しのサバイバルナイフを撮られた事。無実を証明するには顔を見られている。どんなに知らないと否認しても監視カメラの映像と被害者に顔を見られている事実は否定は出来ないだろう。

容疑者と被害者間のイザコザは都市空間では珍しい事ではない。人を傷つけても逃げ切れると思う間抜けさ。監視カメラをもっと多くして都市のバカタレを叩き潰さなければいけない。さすがの親父もそれくらいの事は考えている。文句があらば怒鳴りつけろ。反論されたら引きずり降ろせ。サバイバルナイフを持ち出せばアンタが刑務所です。それくらいの事はガキでも分からんか?

親父が先日喚いた(わめいた)NHK経営委員長の東京電力社外非常勤取締役兼任が批判されている。当たり前田のクラッカー。(古い)。親父は知らなかったがNHKの経営委員長も兼任。JFEホールディング相談役。この人達の感覚は何様だと思っているのだろう。NHK経営委員会ってこの程度のものです。人は晩節を汚してはならない事が分かっていない。情けないこの国の現実です。

 

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大阪は今日は暑い1日です。半袖で丁度良い季節。今年の夏が思いやられる。

昨日は1日出掛ける事も無く夕食迄も野球を観ていたら、買い物に出掛けるタイミングを逃していました。それでも新ジャガと卵ゆでをほう張りながら、ニンマリとしていました。開幕スタートに転けた優勝候補がようやく調子を取り戻し、その反対に関西のトラが転ける。優勝候補ってそんな物かもしれない。

勝って当たり前のチームが転ける。この国の政治と経済も間違いなくその事が問われている。この言葉が何度繰り返されたか分からないが、先行きの見えない今、そのナビが出来るのは空海様だけなのかもしれない。そんな馬鹿な事を考えていると近くの久安寺の入園券を渡してくれていた叔母さんの事が気に掛かる。

股関節の手術で入院すると言っていたのは今年の初め。元気になっているだろうか?洗濯が済んだら歩いて来ます。お寺さんはヤフーで検索すると丁寧な説明がある。阪急池田駅からバス15分。と言う事は先日の室生寺と同じくらいの距離か?

バスはこの時期は混んでいないが歩いて行くと2時間位掛かる。天気はいいし歩いて行きますか?(そんな元気があるかな?)

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2012年5月22日 (火)

私自身が決めたい?アンタにそんな権限は無い。

公共放送に経営委員会なる組織があった事を親父は知らなかったが、その委員長が誰に任命されているのか知らないが、その委員長が東京電力の非常勤取締役の兼任について批判されているが、その当事者がその説明も充分せずに自分で決めると明言している。誰の為に何をしなければいけないのか分かっているのだろうか?皆様のNHKは口先だけなのか?大体経営委員会ってその程度の仕事しかしていないのだろうか?そんな組織は無くせと言われたらどう弁明するのだろう?

原発再開の問題も福島の事故対策が進まないと国民の理解を得られない事は分かり切っていることだろう?その一番大切な事が簡単に進む訳が無くても原発の再開はありきなのか?何でそんなにアホなのか考えて見てもどうしても分から無かったが、この国の電力需要の開発で原発に頼り切っていたエネルギ政策の間違いが問われても東京スカイツリーフィーバーってか?伏見の長建寺和尚の嘆きが聞こえて来る。

こんな生き方をしていたらこの国は滅びる。その事を痛感すれば被災地のガレキの受け入れも人事では無い。子供達の為に受け入れ反対ともっともらしい事を言いながら被災地のガレキの山を見上げながら賢明に生きようとしている人達は、人では無いとでも思っているのだろうか?親父の住んでいる大阪も親父が育った大分もガレキの受け入れは出来ていない。それでも未来の子供達の為に反対などたわけた事が言えるのだろうか?

間抜けな報道ステーションでそのコメントをしている。政府の説明責任が足りないからこの騒動が続くとシタリ顔でコメントしている。何言ってるんだろう?法に照らして警察が排除すれば良いだけの話。この国は反対すれば何でも出来ると思ったら警察権力で排除するしかない。叩き潰すしか無い。それくらいの事が分からないのだろうか?

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リストラ=人員整理 その結果が招く責任を金融政策ってか?

自画自賛しなければならない事がある。今から20年以上前に会社で勉強会をした時に、親父がその幹事をした事がある。その時にレクチャー(説明)した事はリストラの意味を解説した日本経済新聞の解説記事をコピーして解説した。

その記事の概要はリストラ=人員整理ではない。それを誤解している経営者が多い。企業の再構築の為には(利益を出す為には)その事は一つの選択肢であっても目的ではない。やむを得ない状況であっても人員整理は最低限度にしなければ企業の再構築は無い。そんな事だったと思う。今から20年前と言えば親父が企業戦士ととして、化石になりかけていた時。その時まさか今日の状況を予測していたとは思えない。

しかし、現実は小説より奇なり。今日のこの体たらくな経済状況をどれだけの人が予測したのだろう?この国の経済成長を長年支えた電機産業が見る影も無い有様。それでもテレビではオバカなコマーシャルを続けている。関西の大企業?パナソニック、シャープの大赤字。その企業の経営者は交代しても経営責任を問われる事は無い。

こんな馬鹿な事をしていながら今、大阪北ヤードでは凄いビジネスモデルが進行している。こんな一等地でどんなビジネスと製品開発をするのか信じられないが、その投資資金は日本を代表する企業連合が調達している。

結局東京スカイツリーの物珍しさと同様、企業は有り余る金を持ち、一般市民は今迄の蓄積でしばらくは景気のいい話を聞けると言う事なのだろうか?それも違う事を多くの人は認識していない。人員整理をされた人々が決して自分達は豊かになれない事を思い知った時、皮肉にも景気の底入れが進む。これは親父の個人的な考えです。

どんなに小手先の金融政策を進めてもニンマリするのは金融機関だけ。多くの人々は自分の首が危うい。自分達はそうではないと思っているから何とか廻っているが、仕事が出来ない人がこれだけ多くなると、消費に陰りが差す事位は誰でも分かる事なのだが。その心配の無いお役人と政治家。しかし、その事も長くは続かないだろう。

明日日限の金融政策会議で円高要因の00を無くすと言われている金利が0、1%。今預金者はただ同然の金利で預金しその金で国債を買って儲けている金融機関は、その政策を歓迎するのだろうか?円高要因が無くなると間違いなくウエルカムかもしれない。でもそんな経済政策で本当に良いのだろうか?良いんです。日銀の金融政策は財布の番人とはいかないのかも。

本当に企業は人なりの呪縛が解けるとその再構築は進むのだろうか?企業の利益が出ない背景を正確に分析して、その対策を取る為に人を減らすのならば、まず隗より始めよと言う言葉がある。「隗より始めよ」その言葉の意味も知らない経営者達。

知っていても責任転嫁、自己保身しか出来ない人達。そんな姿を隣国韓国、中国の成金達に舌なめずりをされているのが分からないのだろうか?本当にオバカなリーダーに引導を渡せるのは投資ファンドにしかないのかもしれない。

マスコミもスカイツリーフィバーもソコソコにもっと地に足をつけた報道をしないとイカンと思うのは親父位かもしれない。近くのおババが何度言っても分からないのと同じで棺桶に収まらないと分からないのかもしれない。

今日、バラのエキスから抽出したサプリメント注文しました。親父は自分では無臭の人間と思っていたが昨年、姫路に向かう電車の中で爽やかな香りの人に出会った。今でもあの時何で声を掛けなかったのか(出来る訳が無い)思う事がある。

バラの花をどんなに嗅いでも匂いは無いが多くのバラの花の匂いを抽出するとどんな香りがするのだろう?そんな事を考えているとサプリメントを鼻であしらっている親父がパンドラの蓋を開けていた。通販の受付の女性も生年月日を聞きながらきっと笑いを堪えていたことでしょう。親父はその言い訳をしていました。(自分で使うものではありません。嘘をつけ。)良かったら紹介します。(要りません)ですね。

これ以上爽やかになったらどうしょう?その心配はありません。でも仄かに匂う爽やかな香りは何とも言えない気がするが、消臭剤ではないと言われたけれど、それが関の山かも。箱根の山位にして下さい。昨日嗅いだ室生の匂いだったらどうしょう。その心配も無用です。(確かに)ブルーベリーは当たりかも。注文してい無いけれど若さ生活。若く無いけれど。

これからサウナに行って体臭を流して来ます。そんなに綺麗にしてどうするの?どうもしません。ビールが美味いだけです。(飲めないくせに)一杯位なら一気のみが出来ますよ。(誰でも出来る)ナカナカどうして。自分に当たり前の事が他人にはそうでも無い事を理解出来ない人は不幸です。

一昨日の夜、足が痒くて片足の爪で反対を擦っていたら気持ちが良くて止められな無かった。今日久し振りに水虫の軟膏「ダマリン」買いました。1180円。タカー。こんなに高かったかな?ぶつぶつ言いながらレジに並ぶ。その軟膏を風呂上がりの足に摺り込む。水虫菌。ざまあ見ろ。びっくりしているだろう。久々の薬に悲鳴を上げている。これで夜もゆっくり眠れるだろう。水虫にお悩みの方、この薬は効きますよ。アチャーです。足がつるつるになっている。ニンマリです。

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これで原発再開は無くなる。

今年の夏の電力不足が電力会社だけでなく政府も強調され、関西では10%を超す節電が企業にも個人にも求められている。親父的にはそれくらいの節電はしなければならないと思うが、一番大切な事はその信頼性だと思うがその事を蔑ろにしても、政権が維持出来るとでも思っているのだろうか?

政府のスポークスマンのレベルの低さは今回に始まった事ではないが、原発再開は需給だけの問題ではなくコストを無視出来ないと原発再開の本音を漏らす。この前迄そんな事は言えずに安全性を口にしていたのを考えると、これで大飯原発の再開の目は消える。このままでは関西の夏には計画発電と脅しながら、原発再開を既成事実の様に考えていたのだろうが、関西各地の首長の安全性の説得に失敗し本音が出る 。

コストが原発を再開しないと上がると言うならその根拠をキッチリ説明せよと言われた時、今の火力発電の燃料費を下がられないとどれだけ言えるのだろう?そんな事も分からないのか?何たるお些末な官房長官発言だろう。

孫正義伝は読み切りました。週刊ポストに連載されていた記事とは知りませんでしたが、孫ソフトバンクの勢いはこれから良きにつけ悪しきにつけ、能書きしか語れないコメンテーターの格好のネタでしょう。その意味では原発の在り方はこれから間違いなく問われます。

その時に一番大切な事は福島の償いです。福島の再生が出来ない侭、原発再開を急いでも支持は得られない。支持は無視して再開をする。それだけの根性があるのかな?沖縄の基地問題、消費税増税。全く同じ轍を踏んでいる。アホカ?

久し振りに(いつもの事だが)お腹の調子が悪くガスが溜まり、便秘と下痢の繰り返し。綺麗な話ではないがこのままではイカンと一念発起。腸に効くヨーグルトさがしていました。まだ良く分かりませんが「生きて腸迄届くビフィズス菌、カゼイ菌」口当たりが良いので試しています。(そんなもんで効くかと馬鹿にされそう)

今の処案外行けそう。良ければ宣伝しちゃいましょう。親父は単純だから暗示に弱い。良いと思えば1直線。悪いと思えばそれっきり。中間が無い。シンプルライフ。何か昔聞いた言葉をそのまま背負って生きています。

人間の生き方で一番ストレスの掛からない生き方。それは自然の中で在るが侭の自給自足。今一番求められているのかもしれません。昨日、室生寺の帰りそんな事を考えながら伊勢街道を見ていたら眠くなっていました。心斎橋で寄り道したらいつものお店は休み。上ちゃんも遠くから見ただけでした。がっくし。

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2012年5月21日 (月)

室生寺は新緑の中に在りました。

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近鉄室生大野口の駅前の通路。下に広場が在りそこにバス乗り場がある。バスは1時間に一本。タクシーも待機している。室生寺迄は7キロ。歩くにはチョト遠い。バスの時刻を調べて行くのが正解。電車は1時間に3本。待ち時間は気にはならない。

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車で何度か来たが車の駐車場はこの先にもある。但し道は狭くこの手前の駐車場に車を止めて歩くのが正解。親父も手前のバス停から歩いている。空気が美味い。川も汚されていない。観光地を汚すのも汚さないのも地域の取り組みだろう。

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3本の矢ならず3本の杉の大木。カメラマンが動かなかったのでそのまま写す。

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三っのお宝です。始めて見た18年前と何も変わっていない。アンタはどうだと言われていた。面目ありません、情けない生き方をしています。しかし、まだまだ元気です。くたばる前に感動の踊りをさせて下さい。そんな願いを掛けさせて頂きました。

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金堂 1木造りの御本尊釈迦如来立像、薬師如来、地蔵菩薩、文殊菩薩、十一面観音菩薩像とその前の十二神将像には圧倒される。撮影禁止でお見せ出来ないのは残念。

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この立派な五重塔は平成Ⅰ0年台風の影響で杉の大木が直撃し大きな損傷を受ける。全て解体して2年後にもとの姿に戻す。あれからⅠ2年。すっかり景色の中に溶け込んでいた。

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奥の院への道。奥の院には弘法大師の御影堂と位牌堂がある。位牌堂の舞台から見える景色は山形山寺の舞台から見える風景と重なる。今度山寺に行けるのは何時になるのかな?

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18年前に見た時は秋だったが今は5月の時。親父の拙いブログと同じ名前だがこの時期が一番好きです。新緑は眼に優しいだけでは無い。心にも優しい事を思い知る。

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ここから急な階段を登る。黙々と上がると流石に息が切れる。途中で親子3人と話をしながらゆっくりと上がる。赤い橋の下の谷間に流れていた水は枯れていた。梅雨の時には水が流れるからその時は傘さしておじゃれと言われていた。来ます。Img_5915

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杉の大木が苔生している。親父が生きて来た歳月が小さく見える。

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又来ます。今度は何時になるかな?電車とバスの要領も分かったし、そう遠く無い気がする。

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帰りに室生の駅の近くの「大野寺」に立ち寄る。庭の新緑も綺麗でしたが対岸の磨崖仏(まがいぶつ)は人の思いを感じさせてくれました。この仏の姿を刻んだ人はどんな思いだったのか考えて見ると圧倒されるものが在りました。

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余り期待しなくてアップしたデジカメの画像に感激。(自画自賛)ユーチューブの再生画像ではアップしても良く分からないと言っているが、どうです仏像分かりますか?少し顔を離してみると良く分かる。分からない?それはあきまへんえ。

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駅前の坂を下ったところにある雑貨屋さん。学校帰りの女の子に見つめられて小さな声で挨拶を交わす。にっこりしていたお茶目さん。元気に大きくなってね。小さな山間の町に豊かさがあった。

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上が駅のホーム。

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静けさの中に豊かさがある。これ迄は豊かさは都会にあったがこれからはそれが見直されるに違いない。便利さを求めて私達がこれ迄追い求めたものは全く違っていた事を最近痛感する。エネルギー革命が求められてもこれ迄の延長線でしか、思考回路を巡らす事が出来ない生き方が変更を求められている。その事が分からなければ哀れな生き方しか手にする事は出来ない。その事を室生の御影堂と大野寺の磨崖仏は教えてくれていた。室生の急な階段で出会った親父さんとおかみさん、娘は東京に帰り着いたかな/

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2012年5月20日 (日)

スマートホン全盛?ガラケイ(従来の携帯)は衰退?

携帯を買えずに(替えずに)同じ機種に交換して(保険をかけていたので)ニンマリしています。近くのドコモショプの待ち時間の長い(1時間を越す)対応にうんざりして充電コネクターの不具合を辛抱して使っていたが、そのストレスが無くなると本当に快適です。人間関係、夫婦の関係、恋人、職場の上下関係。多くの事に共通する事だろう。その事を体験できた今回の出来事は最近感じた一番の嬉しい事だったかもしれない。そのお礼に今度室生寺に行って来ますから是非見て下さい。

今、近くの大手書店「ジュンク堂」で買った孫正義(ソフトバンク会長)伝を読んでいます。著者は佐野真一(ルポライター)親父の知識の中に孫正義と言えば胡散臭いところがあるが、この本を読んでみるとその事が間違いだった事が良く分かる。

親父達高齢者はこの国の行く末に色んな考えを持っているが、悲観的な人は少なくは無いが楽観的な人もその根拠を問われると「軽薄短小」(この言葉も最近は余り使われないが)説得力も根拠も何も無い。間違いなくこの国はリーダー達に問題がある。

自己保身は大事でもそれしか出来ない人はどんなに賢くて、どんなに弁舌が優れていても人の上に立ってはならない。人に迷惑をかけない様におとなしく生きて行けば良いのだが、この国はそうではない。この国だけでなくヨーロッパの国々でもアメリカでも同じかもしれない。自分達の置かれた状況を正確に認識出来ずに能書きを垂れる。

今日の政治不信。ヨーロッパの通貨不安。アメリカのオバマの「チェンジ」全てに共通する事かもしれない。ユーロの金融危機は他人事、対岸の火事ではないと言いながら消費税増税。原発再開。沖縄の嘉手納基地の固定化はしない?そのインチキに支持者から「ノ−」を突きつけられても撤回はしない。本当に政治生命を賭けるなら言葉の重みをもう少し考えないと惨めな結果しか無い。その事がいずれ分かる。

欧州の信用不安対策?それは通貨危機の国をこれ以上支援してもドブに金を捨てる事と一緒だろう?通貨の信頼度はその国の財政状況で変わる。歳入を確保出来ずに歳出を外国の支援で補う。日本の財政状況はもっと悪いと言われているが全然違う。

歳入の2倍以上の歳出をしている事は同じででも、日本の場合は日本国内の金融機関がその国債を買って利益を出している。もっと分かり易く言えば歳入を確保しないで歳出も減らさない。それでもこの国は通貨(円)は下がらない。その訳を考えなければならない。

G−8とかG−20とか国際会議を行って協調体制を口にしても、ユーロの問題は欧州金融市場の矛盾であり国家、財政組織は違っても通貨は同じと言う制度の破綻だろう。これからは間違いなく財政の厳しい国は自助努力で立て直しを計るしか無い。しかしむちゃくちゃなコストカットは出来ない。それは来月の再選挙でギリシャ国民が決める事だろう。

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ナイスな休日を。親父は早く起きたけど5月病?それは無い。

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高知遍路道33番札所。31番札所からスタートした先月の旅は庭を見ただけで歩く事を諦めていた。それでも歩く気力は衰えてはいなかった。廊下の拭き掃除をしていたおばちゃんに「次の札所迄どれ位かかりますか」と聞いた時、「歩いてですか」と反対に尋ねられていた。その所作を見ながら歩く事を諦めた。

ガイドブックで見ると31番札所から32番札所は5、7キロ。所要時間1時間半と書かれていたが親父の足では2時間は掛かっただろう。タクシーに乗る。運転手の大野さんは優しかった。田んぼ道を走りながら高知市内と海岸の距離に驚いていた。

「4キロは軽い。」と思っていたその道は意外に遠かったがタクシーは難なく到着。そこから桂浜迄約3キロ。タクシーで行く。桂浜は予想以上に広く大きかった。そこからここ迄4キロ。暑い日差しの中を黙々と(イヤぶつぶつ言いながら)あるく。ここ迄結構遠かった。このお寺の手前で交番で斜め前の釜揚げうどんの評判を聞く。

予定はここ迄歩いて最初の宿はこの近くと考えていたが、それはそれで正解だったが歩いてここ迄来るには桂浜で2時間近くも遊ぶ事は出来なかっただろう。遍路道を歩く事は生易しい事ではない。増してや観光、物見遊山では出来る事ではない。

その出来ない事を親父はやっていた。頭にタオルを巻いて遍路姿はしているが交番に入ってきたおっさんがお寺さんの場所を聞くのは分かるが、その後の言葉にお巡りさんは言葉を詰まらせる。「ところで向かいの釜揚げうどんの評判はどうですか?」

一人の若いお巡りさんが言葉に詰まっていると先輩の厳ついお巡りが意外に優しい言葉で「立場上その様な質問いは答えられない」と答える。ところが親父もさるもの。「美味いか不味いかソコソコか?それ位は言えるでしょう」言えねえよ。そんな顔をしていた。

「それなら自分で確認するか」お寺さんの場所の確認の礼を言いながらうどん屋さんに向かう。ところがこれが正解だった。お巡りさんに呼びとめられて次の札所の道を教えて貰う。「近くに川が流れているのでその道沿いにいけばいいが、今この先で通行止めになっている。迂回しなさい。」迂回と言われても良く分からん。でも素直にうなずいていた。うわの空とはこのことを言うのだろう。うどん屋さんの事を考えていた。

うどん屋さんはセルフ。やり方が分からなくてまごまごしていると厨房の主人が眼で教えてくれる。眼で会話をしながら成る程と得心していた。うどん玉を2個チョイスし自分で茹でる。トッピングはお気に入りのかき揚げと海藻。ゆで卵も欲しかったが辛抱する。汁も自分でコックをひねる。味は薄味今イチ。ボリュームは多かった。それでも完食。ニンマリしていた。うどん玉一つで良かったなと思いながら厨房の親父に目線で礼を言う。

上の写真はその後撮った写真。この後納経所の叔母さんに次の札所迄のバスの便を聞く。「出た処ですよ」無愛想。歩くとどれ位と聞いて見ると鼻であしらわれる。6、3キロ。1時間半。でも普通に歩いて2時間。アンタでは無理だなと言っている。それでも怯む事は無い。タクシーではどうですか?と聞きながら時間ではない代金を聞いている。

おかみさんの表情が少しずつ変わる。親身になって来る。親父の真剣さに負けたのだろうか?そうではない。ああ言えばこう言う親父を早く引き上げさせないと仕事の邪魔になる。そう思ったのだろうか?そうでもない。その割には後から来る納経者を気にしていなかった。親父の方が頭を下げなら気を使う。親父の誠意が通じたのかタクシー会社に値段の交渉迄してくれる。結局車は手配出来なかったが礼を言って後にする。

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この時午後2時半。札所の前に感じの良い遍路の宿がありここで泊まるかと考えるが流石に時間的に早い。どうしたものかと考えながら竹林寺から禅師峰寺、桂浜迄お世話になった大野さんに電話をする。「少し遠いけど来て頂けますか?」「良いですよ」ここ迄来るのに掛かる料金は?と思いながら聞いて見ると無用ですと言われる。

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これは35番札所清滝寺からの眺望。時間は4時頃。ここ迄来れたのは大野さんのお陰でした。結局33番札所雪渓寺から34番種間寺はこの正面。田園の中にあるお寺さんを訪れる遍路姿も多くは無い。そこからこの海抜は400m。医王山中腹の道は厳しい。車でも道は狭く県外車は余程の運転テクニックを求められる。

種間寺からここ迄の距離は10キロ弱。ガイドブックでは歩き3時間とあるが歩いていたらどうだっただろう?ここには宿はない。ここから遠く下に見える街並は思い出深い街。ここで宿は取らずに山を越えて海辺に出る。大野さんのお陰でした。

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このお寺さんは今日の宿の手前にある。この寺は空海に真言密教の教えを授けた中国の師恵果和尚の為に造られたと言われている。空海が唐から独鈷杵(どっこしょ)密教の法具を投げこの地に到達したと言われているが、そんな非科学的な事を信じるのも真言密教の教えだろう。それよりも空海はその思いをこの地で重ねたのだろう。その思いはこの境内を歩いていると分かる気がしていた。

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改築された国民宿舎。でも3階間でのエレベーターはなくトイレも共用。インターネットもロビーにしかなかった。国民宿舎とは名前の意味を誤解されている。何で国民の名前を外さないのだろう?海が見える宿?遍路の宿?マイナスイオンが満喫出来る宿?料理がうまい宿?これからは何かひと味違う事が求められている。

この宿の公共バス、電車のアクセスは宿の車で送って貰うしか無い。送迎用のマイクロバスも無かった。外観はおしゃれだからカップルでリーズナブルな旅をするにはお勧めかもしれない。管理者の態度は横柄。親父ゴトキは完全に無視されていた。

 

 

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2012年5月19日 (土)

今日は眼科の定期検診。視力は衰えていない。気力はどうだろう?勝負してみますか?

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牡丹の盛りの時が過ぎている。奈良長谷寺でこの時期に見れるとは思ってい無かったので落胆の思いは大きくは無かった。それでも意外に感じた事は大勢の観光客。その人波を写し込んではいないがこれ迄来た時には一度もなかった。

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本殿に登る回廊(登廊と言う)は壮観だけれど人が多くて邪魔になる。この階段は廊下に成っていないので登る人は無い。親父は登り掛けるがこの石段を登ると本堂前の舞台に出れない事が分かり引き返す。長谷寺でこんな景色が見れる事を知る人は少ない。

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紀貫之と言われても知らない人も少なくないが藤原時代初期の歌人。この歌に興味があればパソコンで検索してみて下さい。何か意味深。現代でも通じるね。

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本堂前の舞台から見える景色は正に五月の時でした。近くに親父の大好きな室生寺がありますがここは最寄りの駅(近鉄室生口大野)からのバスが少ないので車でないと少し不便。バスの時間は1時間に1本。所要時間は14分。歩くと遠い。

この景色を見ていると東北山形の山寺の舞台からの展望を思い出す。山寺は芭蕉の句で有名だけれどご存知かな?コラコライヤな言い方は止めて下さい。山寺はここより高く石段もきつい。室生寺は奥の院に向かう石段が半端ではない。今度お見せします。 

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2012年5月18日 (金)

ドコモ行って来ました。

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大阪駅北口2階フロアーから駅ビルを振り返る。

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雲一つない爽やかな青空です。今日は大阪堂島のドコモショップで携帯の充電器不具合を保険で交換する。最初は昨年発売されたガラパゴス携帯(通称ガラケイ)に交換の予定だったが、これで正解でした。担当の丁寧な対応で感謝しています。

嬉しい気持を押し殺しながら久し振りに心満ちた思いで、昨日と同じ鯖定食を同じ思いで噛みしめていました。いつも定食ですが何時の日かここで美味い焼き魚を食いながらうまい酒を飲めたら涙を流すかもしれない。そんな時は来るのかな?

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鯖を皮を残さず食べれる。サラダも美味い。ご飯もみそ汁も突出しも完食です。ご飯もみそ汁もお替わり出来るけれど、これだけで美味しさを噛みしめる。その事は本当は最高の贅沢かもしれない。美味しい物を少しだけ。そんな生き方が求められている?親父もそんなそんな歳になったのだろうか?成りました。

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夏、GW(ゴールデンウイーク)は過ぎたけれど、これからはこの松の様に雄々しく生きる事が出来るのだろうか?それは何とも言えないけれど気持ちだけはそうありたい。その事も今日痛感する。優しい人の顔を見ながらそんな事を考えていた。

この景色を眺めていると今年の夏の電力の供給が足りないと言われる危機感が無い。今年の夏は間違いなく大飯原発の3、4号機の再開が行われるに違いない。原発にどんなに反対しても今の生活の仕方を変えなければ、都会に住んで原発反対はない。

それでも昨年の福島の原発事故の影響は政府、行政、経済界が考える様に小さいものではなく電力不足を口実に原子力発電ありきではない。その認識に欠ける政治判断。この国の政治家は何度も何度もこれ程にお間抜けなのかと思い知らされる。

重ねて言葉を重ねると今年の夏はこれ迄以上に電力の発電方法が、原子力に頼り過ぎてはならないと問われている。その事も多くの人々は実感していないが今年程、そのことが問われる事はない。それでも無関心に生きて行く事も出来るが、それも許されなくなるかもしれない。

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もうすぐ紫陽花の時がやって来る

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後3週間もすると雨に煙る新緑の庭が近くで見える。花の寺。久安寺。あじさい寺。

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これは滝道からみえる箕面(みのう)川。紅葉の秋は大勢の散策の人で賑わうが親父的には人の数がまばらな雨模様のこれからのシーズンがお勧め。今年の夏は暑い、不快な気候が予想されるが、家の中でクーラーを掛けてグウタラ時を過ごさずに出掛けてみるのもお勧めです。

今年の夏の関西電力管内の大幅な電力不足が政府から発表され、お間抜けなテレビはその事を何とかの一つ覚えの様に伝えているが、関西の企業、行政、住民のお尻に火が付かないのはどうした事だろう?今日的課題は節電ではなく発電方法の選択幅を増やす事だと思うが、その進捗状況が良く分からない。親父ゴトキが知らなくても何も困りはしないだろうが、その実態が良く分からない。

政治家、関西の電力供給を管理している役所の影が殆ど見えない。それともそんな役所は無いのかもしれないが、そんな事も無いのだろう。大阪が選挙基盤の政府与党の国会議員はその大事な役割を果たしていない。選挙民は馬鹿の様で賢いから次の選挙ではどんなにお願いされても信頼を勝ち取ることはないだろう。彼等はその認識は無いのだろう。

政治家と経済界に為替と株式市場からイエローカードを突きつけられている。このままヨーロッパの金融不安が進み、アメリカや中国の景気動向に停滞感が進めば一段の為替上昇、株価の低下は進むだろう。間違いない。

株価の低下は親父の様な年金生活者でも一抹の不安を拭えないが、財務省、財務大臣が為替の投機資金の流入を実体経済に水を差すと、今回のそのうち言い出すのだろう。そして尤もらしく断固たる介入と口先だけの言葉を繰り返すのだろう。

その損失を一番受けるのは誰か?アメリカが豊かな国と教えられて久しい。親父はアメリに行って居ないから本当の事は良く分からないが、本当にそうなのだろうか?本当だとしてもそれはこの国の豊かさと共通するに違いない。

豊かな人は一部の成功者。成り上がり。金融関係者。成長企業。多くの一般市民は質素で貧しい気がする。間違いだと言われるが。その国を支えているのは意外な事に中国と日本。両国はアメリカから口先だけでは讃えられるが、皮肉にも中国は軍事的脅威を口にされ、日本は「友達」と言われながら実際は無視されている。

そんな事は殆ど伝えられない。知りもしない。沖縄にアメリカ基地が無ければ中国の脅威は押さえられない?冗談を言うな。アメリカの国債を一番持っている中国は間違いなく一番のアメリカのスポンサーです。この国の政治家と軍事アナリストが一番がオバカの処(実際はそんな事は分かっている)です。

沖縄の基地返還が何故進まないのか?この国で一番経済基盤を低く失業者が多い地域を支えているのは皮肉な事に原発が過疎地に作られ、地域振興策が行われている実態と重なる部分が見えて来る。沖縄基地返還。脱原発は本当に出来るのだろうか?

今、日中に衛星テレビを見る事が多いが通信販売と韓国ドラマ。通販の効果は否定しないがコマーシャルに小さな文字で「これは個人的な見解です」とコメントが出るのはお笑いです。そんな健康器具。サプリ。食品に頼らず生き方を変えなさい。

韓国ドラマは制作費がかからないだけ。安ければ何でも有りか?こんなドラマを公共の電波に乗せて問われる放送の倫理。彼等にもっともらしいコメントをする資格は無い。韓国の人達がこの国をどう思っているのか?正しく考えた事があるのだろうか?

政府は景気判断上方修正?回復基調?ホンマにこの国の景気判断は最悪です。欧州の金融危機はこれから一層深刻になる。電力需給は厳しくなる。東日本の震災復興は遅々として進んでいない。政治家の無能無策が問われないのはこれからも変わら無いのだろう。

この国は本当に何が素晴らしい国なのだろう?自然?山河?それはそうかも知れない。日本っていいなあ?しみじみと口に出来る人は長生きが出来る人かもしれない。親父はそうは思わないけれど。もっと多くの事を知らなければ成らない。

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広島福山のホテル火災経営者が謝罪?アホカ/地獄に堕ちろ

7名の尊い人命を失われたホテル火災の経営者が精神的ショックで入院し、代理の弁護士が謝罪している。謝って済む事と済まない事がある事をこの経営者は分かっていないのだろう?高速道路の大事故。無免許、飲酒運転で人身事故を起こしても、顔を隠して実況見分に立ち会う姿は日常茶飯事になっている。

それでもこの国では死刑問題が論議され、犯罪者の人権が問われている。それではいきなり突然の災難に見舞われた人の命の重みはどうなるのだろう?ホテル火災も高速道路の事故も子供達の悲惨な事故も罪の重みが本当に軽い。謝れば済むとは思っていないだろが、反対に焼き殺されたら何と思うのだろう。

監督官庁の営業停止処分も出来もしない。高速道路の事故は監督官庁が今頃になって行政指導。お役所仕事の間抜けさは怒りを通り越して昔から言われてきた「自分の身は自分で守れ」危険予知の仕事で学んだ教訓を痛感している。

旅で宿を取った時、一番最初に確認する事は非常口と火災報知器。必ず万が一の事を考えて逃げる事を考えている。大阪の街中では絡まれた時、自分の体で守るしかないが事故や火事は逃げるしか無い。深夜バスには乗ってはならない。深夜の高速は最悪。日中も車は快適な乗り物と同時に走る棺桶だと心せよ。

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2012年5月17日 (木)

欧州の危機は対岸の火事ではない?何をとぼけた事を言っているのだろう?

言うだけ番長が質問して出来もしない事に政治生命を賭けるってか?
このふだけた野党。自民党。公明党。尤もらしい事をを言いながら党利党略。
解散総選挙を睨みながらの発言にうんざりしても、お間抜けなマスコミに情報を頼るしか無いのだろうか?そうかも知れない。そうだとしてもこれだけコケにされれば欧州の経済危機は対岸の火事ではないのかもしれない。

親父もユーロの危機は良く分からなかったがイギリスの経済誌「エコノミスト」が高らかに宣言した欧州の繁栄?日本の繁栄の終わりが嘘だった事が証明されている。この国の経済が「失われた10年」と多くの人が鼻にも掛けずに馬鹿にしていたが、10年どころか20年も続いている低成長、デフレの国の経済が本当に日本経済の終わりを宣告したものだったのだろうか?皮肉にもその事がヨーロッパで今問われている。

お間抜けなこの国の経済の舵取りを任されている経済産業省。そして財政の健全な運営を委託されている財務省。この国の行政改革が叫ばれて久しいが、行政のスリムかどころが役人天国。役人は遅く迄働いていると言われるがその無駄をなくそうとする仕事のやり方が問われた事が無い。役所の仕事が何とか法人。何とか企業体。何とか事業体。名前は変わってもやる事は税金の無駄遣い。そんな仕事のやり方を変えられなくて政治家は何をやっているのだろう?そろそろ印籠を渡さなければ成らない。

電発の再会は出来るかもしれないがもう一度事故を起こさない保証は何も無い。沖縄嘉手納の基地周辺の事故も同じだろう。この国の人達は福島の「想定外」と言われた悲惨な事故を目の当たりにしても生活の為なら補助金、交付金に頼らなければ生きる事は出来ないのだろう?政治家には期待はしない。空海様も同じ思いなのだろうか?

何も変わら無いとしたり顔に成る事も何も無い。何も変わらなかった事は歴史的に見ても何も無い。短い間隔で見ると何も変わらない様でも福島の事故が起きる迄、エネルギー問題がこれ程に論議された事があっただろうか?

関西電力の大株主は大阪府と大阪市。この行政改革を大阪都構想とか言われているがその前に赤字垂れ流しの地方都市が大株主ってか?何かおかしくないか?同じ様な事が東京都でも言われているが都庁の役人がどれだけ東電に天下りしているのか?猪瀬東京副知事も東電の値上げを批判しているが、東京都の責任は何処に行ったの?

東芝が国内でのテレビ生産をやめる?そんな会社のテレビを誰が買うのだろう?ホンマにお間抜けな経営者はこれからもこの国をリード出来ると思っているの?韓国に負けるその責任はどうしたの?テレビの音声を消してコマーシャルを見ながらぶつぶつ言っている。

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NHK経営委員長が東電の社外取締役兼任?

東京電力が国の財政補助(税金の投入)を受け、国有化の形に成り経営陣が入れ替わるが政権与党の民主党の幹部の考え。納税者、国民を馬鹿にしていないか?していないかではなくこれ程の嘗めた態度は一体何処から来るのだろう?

自分達がこんな体たらくを繰り返していると有権者に見放され、自力では選挙も出来ず野党に政権を明け渡し、2度と政権獲得は出来ないとは考えていないのだろう?何でNHKの経営委員長に東電の社外取締を兼任させ無ければ成らないのか?

誤解を解く説明をするとか間抜けなことを言っているが説明なんか聞かなくても分かる。東電の経営体質の立て直しともっともらしい事を言いながら、その程度しか考えていないのだろう?東電にどんなに税金を投入してもこんな会社は救い様が無い。

それで政府が責任を持って倒産同様の会社を再生するのではないのか?翻って考えて見るとこの国の憲法。この国の防衛。この国の基本的なあるべき姿。そんな大事な事はこんなマヌケな政治家と官僚に委ねられていたのだろう?

マスコミも本当にクズです。皆様のNHK?ええ加減にしなはれ。皆さんのNHKはそんな事を許すのでしょうか?これで公共放送?これからはそのつもりでテレビを見れば良いのかもしれません。東電の再生はこの程度のものだとしたら、本当にこの国のリーダー達は空海様の天罰を受けるに違いありません。

京都伏見の長建寺の和尚に言われた「罰当たりな生き方」そんな生き方をしていても極楽トンボ(吉本の元お笑い)の様に政界、経済界追放は無いのだろう。しかし、しかしいくら何でもこんな罰当たりは許す事は出来ない。

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自我の芽生え 親知らず子知らず

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今日はデジタルカメラのオートモードの撮影について学習しました。1時間の分かり易い説明を聞きながら自己流のやり方に苦笑していました。基本的な間違いはしていなくても理屈が理解出来ていないと、オートでも駄目だと言う事が分かりました。

次はオートでなくマニュアル設定の明るさ、色効果の設定の仕方を勉強します。これからです。帰りに撮り貯めた不用の画像のパソコンでの消し方教えて貰いました。これ迄も教えて貰ったけれどMacプロのやり方は上ちゃんにもう一度教えて貰います。

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お昼はいつもの鯖定食。食事の前にドコモで携帯の新機種を諦める。スマートフォン全盛の時、親父は電話とメールだけでオッケー。替えると思ったのは充電がスムーズに出来なくなったから。その原因は分からなかったが保険に入っていたのでその対応を取る。

そうすれば新機種を買わなくて済むしまだまだ使える。修理は替わりと交換で明日。費用は5000円だがポイントも貯めていたのでそれが使えて負担は殆ど無い。まだ3年しか使っていないので大事にすれば良い。その事を説明してくれた親切に感謝する。ドコモの悪口を言ってきたがその考えを改めなければいけない。

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帰りに開発進行中の大阪梅田北ヤードとヨドバシカメラの建物を眺めていた。

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こちらは外観がほぼ完成した阪急百貨店。内部は工事中で連絡通路は迷路の様です。

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電車の中で本を読んでいると眠くなり降りる駅を2つ乗り過ごす。急ぐ事も無く地下道を歩いて戻りの電車を待っている。小ちゃい子供が勢い良く登って来るが後からママが心配そうについて来る。その気持ちを微笑ましく思っていると子供が喚き出す。

「ほっといてくれ」と言いたいのだろう。狭いホームの上で泣き叫ぶ。他所の子供ながら親父の無慈悲な思いが露になる。自分の子供達には絶対させなかったわがまま。それでも無視していた。子供の育て方は本当にむつかしい。穏やかな午後の一時。

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2012年5月16日 (水)

1年ぶりの景色は何も変わらず。変わった事は何なのかな?

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深紅のバラが逆光で少し衒い(てらい)を感じたけれど嫌みは全く無かった。久し振りに見た景色は6年前と何も変わっていなかった。変わった事と言えば整備された道。そして親父がその分、歳を重ねた事だろう。それで充分だろう。これからも何時でも見れる景色ではないが、それ以上に成長しなければ成らない。そんな衒いがあったのかもしれない。

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アンタは全く変わりなく街並を見つめていた。

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整備された公園。この地下をバイパスが走る。

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これは新しく作られた公園の休み所。流石にこんなに綺麗になるとホームレスのおじさんんも居心地は悪いだろう?それとも安住の地を見つけたのかな?

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整備された川。この下を山陽本線(通称神戸線)が走っている。明治の時、大阪ー神戸間の鉄路が開通した時からこの川は流れていたのだろう。ここから南に歩くと国道2号線の業平橋に出る。その橋を左手に見て右折すると半年働いていたお店の駐車場入り口が見える。

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この石橋は大正14年の建立。その時からこの道幅があったのだろう。この付近は阪神淡路大震災で大きな被害が出ているがこの橋はびくともしていない。景色も震災の面影は全く見られないがこの国道は歴史の証人です。今、心配されている東南海地震に耐えうる保証は何も無い。

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親父が半年働いたお店は当時の賑わいは無くなっていたが、仕事の割り振りに大きな変化は感じられなかった。あの時の仕事の内容も変わってはいなかったが、メンバーは知らない人達だった。これから仕事に求められるパフォーマンスは大きく変わるがその事を意識出来ない管理者も少なく無い。それでも仕事が出来るのだから有り難いのかもしれない。

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阪神芦屋駅。芦屋川の上にある。親父が若い頃はこの駅の下が川だとは知らなかった。当時は特急も停まっていたが今は普通のみ。(急行は停まるのかな?)特急には西宮で乗り換える。若い頃、仕事で来ていた青木(おうぎ)の駅はこの先だった気がする。この駅は大震災の影響を受けていないが、ここから神戸よりの地域は壊滅的な被害を受ける。その教訓は生かされているのだろうか?

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この車両は近鉄電車。近鉄が難波から尼崎に開通した鉄路を通じて奈良から乗り入れている。親父の若い頃は汚かった電車もすっかり綺麗になっている。鉄路の保全も進み阪急神戸線、京都線の不愉快な揺れは無い。駅舎は甲子園も昔の侭でこれだけは早急に改善が迫られている。

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近鉄電車は京都地下鉄にも乗り入れている。阪神電車は買収出来ないが京都の地下鉄は近鉄のお陰で乗降が伸びている。京都の地下鉄で乗り換え無しで奈良に行ける事を知らない人は少なく無い。

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阪神梅田駅。この車両は阪神?山陽電車?確認はしていないが直通特急姫路行き。
阪神タイガースのワッペンが見えるが甲子園直通の電車は今でもあるのだろうか?この電車に乗って姫路白鷺城を見に行くのも遠く無いかもしれない。

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これが阪神の普通。三宮行きではなくて高速神戸迄。阪神電車の色が垢抜けしている。昔の色を考えると隔世の感がしてならない。阪神電車頑張れ。(頑張ってます)

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心斎橋Appleのショウルームに立ち寄る。銀杏の樹も若葉の時を過ぎ緑が濃くなっていた。久し振りに見た景色は早くも初夏の装い。後一月もするとすっかり夏景色だろう。暑くなる。上ちゃん。今日はお休みだったが又、お合いしましょう。




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五月の空に見えたもの。

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1年前の1月位の兵庫県芦屋で見た景色。大阪は今年の夏の電力不足が心配されているが今イチその実感に欠けるのは説明不足ではなく、電力会社の原発再開ありきの企業戦略が見て取れる。この戦略もどうも今イチの感が強くてイラチな(苛立が強い)関西人の神経を逆撫でしている。今年の夏ではなくてこれからのエネルギー依存度を原発に頼る施策から変更を求められても、問題の先延ばししか出来ない体質が浮き彫りになっている。

ナンダカンダ言った処で今年の夏の猛暑が来れば、原発再開の機運が経済界と個人に高まるとタカを括っているのだろう?問題を出来るだけ先延ばしにして脱原発の意見を遮断する。この国のエリート達が考える姑息なやり方はここでも通用するのだろうか?

ホンマに「皆様の0000」の名前が哭いている。その深刻な状況を目前にしても先行きが見えず、テレビもオチャラケでオバカな関西人に分かり易い説明も出来ない。関西では夏の祭りも盛んであるが火の消えた祇園祭、天神祭に成らないのだろうか?(その心配は無い。)何で?その程度の問題でっしゃろ。

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芦屋川西の邸宅。このお宅は失意の時に仕事の行き帰りに眺めていた。流石に関西の高級住宅地と呼ばれていた芦屋にも、今ではアパートも多くなりひどい人も住んでいるが、あの時から多くの時が流れてもこの家は悠然と存在していた。

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親父がこの松とバラの樹を見つけた時は秋の盛りの時。しかし、あの時は花は咲いていなかった。これから始まる冬の寒さに身を固く閉じてこの松の木に絡み付いていた。そのバラがこれ程に大きくなり久し振りの親父を歓待してくれたのがこの時だったのだろう?久し振りに訪れてみますか?

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この松は親父にこれからの生き方を指し示していた。あれからどれ位の歳月が流れたのだろう?この公園は整備されこの松は残されたのか記憶が定かでないが、行ってみれば分かる。この公園の砂場の軒先で寝泊まりしていたホームレスのおじさんは、どうしているのだろう?これから親父達が間違いなく通る道。幹線道路と公園は整備されてもこの街で豊かに生きれる人は限られている。元気に生きれる人と条件を追加すればもっと厳しくなる。ではでは出掛けてきます。お楽しみに。



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今日は暑くなる。まだ5月なのに今年の夏が思いやられる。

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昨日の散策で思いがけない出会い。それがこの花だったのかもしれない。
1日遅れの母の日プレゼント。元気な時には何の感慨も無かった花がこの歳になって心に♥マークを送って来る。今更どんなに想いを重ねても甦る事は無いけれで今年の夏の熱中症対策を聞かれていた。

今年の夏は原発再開が無ければ関西の電力供給は非常に厳しいと脅されても、親父達の様に現役世代でないと、何も為す術も無い。どんなに暑くてもエアコン掛ければ良いと思っていた生活が今年の夏変わるとは思わないけれど、それなりの覚悟は必要なのかもしれない。

親父の様な田舎育ちの貧乏人の子は夏は暑く、冬は寒いものだと思っているから夏の暑さは顔をしかめるだけで、食欲もおう盛だけれど最近の老いも若きも暑さには耐えられないのかもしれない。夏暑ければ涼しい所で過ごす。

これが一番の贅沢だと思うが今年の夏はその事が現実に変わるのかもしれない。親父の小さい頃経験した臨海学校。海を見ながらの学習。そんな生活が出来たら何よりの幸せかもしれない。仕事をしていた頃は考えられなかった事が、今年の夏は実現するのかもしれない。しかし、他力本願では駄目だろう。願わくば棚からぼた餅。

そんな美味い話しは無い。汗水垂らして人の侮りを受けながら手にしていた報酬が今年の夏、役に立つのかもしれない。額に汗して働いた人が報われる社会。そんな能書きを書いた検察の役人は信用が失墜した小沢元民主党代表の判決をどんな重いで聞いたのだろう?関係ないと思っているのだろう。

そのお間抜けさが今年の夏、問われる。その事を考えると季節外れの暑さも気にならないのかもしれない。沖縄の嘉手納の基地固定化はしない。総理大臣の言葉がこれ程に軽い事を、夏の夜の夢と実感するのは意外にギリシャの混乱が教えているのかもしれない。

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2012年5月15日 (火)

ガラケイとスマートホン

親父は明後日携帯を変える。電話とメール、生活防水と510万画素カメラ。
その携帯がガラパゴス携帯と言われ通称ガラケイと知った時、親父が一番痛感する通信会社の殿様商売。電電公社が民営化されたが電話回線(有線)はほぼ独占。

携帯電話は持ち運び簡単になり、小学生の幼児迄手にしている。そんな中で日本の携帯はドコモがほぼ独占していたが、その牙城がAppleのスマートホン(ソフトバンク)に浸食されている。それでガラパゴス携帯と携帯通信の進歩から取り残された携帯と馬鹿にされているのかと思いきや、そうでも無い事を実感する。

電車の中で流石にデカイ声で話しをする人は少なくなったが、JRの車内横に座っていた中年のおっさんの携帯がなり話しを始めた時に驚いた事がある。その時しばらくは素知らぬ顔をしていたが話し声が大きくなった時、親父から手で撥ね付けられる。

今、携帯の販売会社がそんな商売をしている。お客に用件毎の番号札不を取らせて用件だけは案内の女性が聞く。その時の言葉。しばらくお待ち下さい。どれくらい待ちますか?2時間ぐらいでしょうか?アホカ。その言葉を聞いただけで速攻で引き上げる。

確かに予約無しのお客に待たせる事はやむをえない。しかし、親父の場合は15分が限度。その事を直接言った事がある。その時の言葉。皆様お待ちですので。そんな殿様商売が何時迄も続く筈が無いと思いきや、ソフトバンクはもっとひどいと言われて愕然とする。

それでもさすが親父です。お気に入りの本屋さんの近く、ビジネス街の一角で眼を付けていたドコモさん。待ち時間15分。対応して呉れた優しいお姉さん(コラコラ、セクハラ)キッチリ1時間対応して呉れました。そして希望通りのガラケイ。

引き取りの時その事を口にしたらどんな顔をするのだろう。御心配なく。お休みです。スマートフォンの便利さと通話料の上限設定。携帯コストに見合う使い方がどれだけの人が出来ているのだろう?余計なお世話です。おっしゃる通り。

親父世代は電話とメールとカメラ、そして生活防水だけで多機能、インターネットは要りません。電車の中で携帯で遊んでいる若者達を見ていると、本当に情けない。本を読みなさいと思っているのは親父ぐらいなもんだろう。そんな時さり気なく「空海の風景」をひろげる。親父が自分の世界に浸る時です。

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五月の空も良いけれど五月の黄昏も又良ろし。

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雨上がりの夕方、1つ隣の駅迄歩いてきました。傘を持って出掛けたけれど差す事も無く美しい花達と出会う事が出来ました。バラの咲く頃は何時頃か良く分からなかったけれど、この時期のバラもきれいでした。思い掛けない散策になりました。

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この色は妙齢のごふじんをかんじると言えば年が分かるてか?イヤイヤ最近のガキは言葉の意味が分からないと爺扱いするのだろう?それでも良い。そんな生き方をしている人も少なく無い事を知らないだけだろう。ざまー見ろ。相変わらず元気はいいね。

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これは駐車場入り口のバラ。雨上がりの様子が良く撮れている。あい変わらずピントは甘いけれど。もう少しすると一眼レフEOSKissでプロ並の写真が撮れるかも?それは無いだろうが親父の自慢(うんちく)がうっとおしいと言われるかも。気にしないけれど。ハッハッハ。(自慢すな)捕らぬ狸の皮算用です。

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この駐車場はテニスコートがあります。テニスはお呼びで無いから来た事は無かったが、テニスが縁で一緒になった先輩は元気かな?取締役迄上り詰めたけれど今はリタイアしてどんな生き方をしているのかな?余計なお世話です。

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最近ふぐ刺し食っていないけれど下関のフグだけでなく地元大分のフグも口にしていない。この花を見ながら何故かそんな事を考えていた。今年の夏を凌ぐのは大阪では暑苦しいだろう?せめて美味い物を安く食いながら暑さを乗り切らないといけない。

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今夜の夕食は冷凍ハンバーグとキュウリのおろし、まろやかポン酢の味付
野沢菜昆布とお気に入りの魚沼産こしひかり。最近ようやく散策の成果が出てきました。歩かないと体が催促して来る。こうなればシメタものです。この花はしおれているが明日は花開く。嘆く事は無い。その事を実感出来るのはまだまだ先の事だろう。


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沖縄復帰40周年 その重みを恥じている。

沖縄がアメリカから日本に返還されて40年。その時言われた言葉。「本土並み」しかし、その言葉とは裏腹の基地と経済振興。沖縄にどれだけの振興予算が注ぎ込まれても「一番大切な」基地縮小がなされていない。その原因を明確にしないでどんなに多くの言葉を尤もらしく語っても何も変わらない。

沖縄基地縮小が出来ない一番の原因は「言葉のまやかし」。その典型的な例がお昼の定時ニュースで見て取れる。沖縄のニュースが3分間。その他に高速道防音壁の隙間。そして衆議院の解散権の問題。それから消費税審議の日程。問責で可決された2大臣の罷免が問題にされている。最後に大学生の就職率。もう一つ水飴等でカルテルの問題。ホンマに皆様の000は社会的責任を果たしているのだろうか?

沖縄の実態は本当は良く知られていない。沖縄の基地を縮小しなければいけないと考える人がどんなに多くても、基地がある恩恵を手にしている一部の人達の影響も少なく無い。沖縄の知事は基地の移転を国外に求めているが、一方で基地を固定化してきた責任を政府だけの問題にすり替えている。この不信感はアメリカからも問われている。

本当に沖縄の地域住民の気持ちが基地の縮小にまとまれば、政府もアメリカもその民意を覆す事は出来ない。その機運は何度も高まりそしてしぼんだ。その要因は何だったのか?沖縄に多くの振興政策と利権がばらまかれた。基地反対を口にしながらその利権は手放さない。それが今日の沖縄の実態だろう。マスコミはその現実をどれだけ伝えているのだろう?

沖縄の基地縮小が語られると必ずその対立する言葉として語られる言葉は、「基地の重要性」「軍事戦略としての価値」しかし、この言葉はアメリカとソ連が対立した冷戦時代の言葉をおうむ返しに口にしているだけ。

基地の重要性を口にしているアメリカでさえこのまま沖縄の基地問題を先送りには出来ないと考えている。否考えざるをえないだろう。沖縄の住宅密集地の基地が抱えている問題はそれ程の深刻である事を日本政府、外務、防衛の役人達は理解していない。

あっては成らないが万一の事故が嘉手納の基地で起きた時、深刻な問題になる事を一番理解しているのはアメリカ自身だろう。細心の注意を払いながら事故には万全の配慮をしているが、「想定外」の事が起きていないのはむしろ奇跡とも言える。

その事を日本政府と行政は認識していないのだろう。認識したとしてもその縮小に踏み込めない日本の軍事戦略。小沢外しの思惑はそんな所にもある事をオバカな国民の多くは認識していない。

小沢元民主党代表の政治と金の問題が対立野党、テレビ、マスコミで尤もらしく語られて久しい。法と証拠に基づく司法の判断で起訴出来ないと検察が判断しても、検察審議会とやら訳の分からない人達の判断で起訴され、その裁判で無罪と判決が下されても尚、控訴され国会で説明責任とやらが求められている。

この国の検察、検察審議会の在り方が問われても、民主与党の中からもこの国の裁判は三審制度とか馬鹿な事を言っている。国民はホントもう少し賢く無ければいけない。さすがの親父でも小沢さんがお金に綺麗だとは思わないが、裁判で人を処罰出来る司法制度は「法と証拠」のみであり、人の思惑ではない。

そんな事が許されているこの国の裁判制度は誰が見直さなければいけないか?検察のOBがイオンにどんだけの報酬で再就職しているか知らなければならない。岡田民主党福総理にはホント期待を裏切られました。民主党の次の選挙での大敗間違い無しです。自民党?大勝しますか?

親父達はそれ程に馬鹿にされています。もっと賢く生きないと穴の穴迄コケにされる事でしょう。親父が理解出来なかった事。欧州の金融危機、アメリカ金融資本の横暴それに対してこの国の財政運営のお些末さ。この国の舵取りを任されているエリート達の無為無策。

円高は困ると6兆円もの国の税金を投入しても解決出来ないこの国の財政運営。エリート達が失業する事は無いだろうがその責任も問えない経済解説者達。何時迄もこんな事を続けていたらこの国は失業者で溢れ帰るに違いない。そう成ってもイヤそうなる前に政治生命を賭けてでも不退転の決意で取り組もと言うのだろうか?

リーダーの無策は1日も早く引きずり降ろす事だろう?その事が今、政治の世界ではなく経済の世界で問われている。もっと賢くなんなはれ。もっと先を見通しなはれ。政治は一寸先は闇と言われて久しいが、経済も同じ事を思い知らなければ成らない。

沖縄の現実がその事を語り掛けている。原発再開も地元の同意だけで済ませるのだろうが、そんな安易な方法で再会が出来たとしても、原発に頼り過ぎる電力供給は出来ない事を福島の事故は証明している。この国の原子力発電に関わってきた人の信用が無くなっている事も政府、関係者は理解していない事を痛感する。

原子力発電の放射能廃棄物の最終処分場もない。それでもこの発電方法を何時迄も続けられると思っている人達は地獄を覗かないと分からないのだろう。この国で原子力の父と言われた人がどれだけ幸せを享受出来たのか?その事も知らなければ成らない。

何だこのたどたどしい演説。沖縄復帰の演説。原稿を一生懸命に読んでいるだけでは無いか?沖縄の基地負担の提言の謝意。基地の県外移転。具体的な問題解決についての提言が無いのは沖縄知事として後世の審判に耐えられないだろう。

多くの人達は理解出来ない沖縄の基地問題。日本政府の辺野古沖埋め立て、嘉手納基地の縮小、それよりも何よりも沖縄に集中する基地縮小を認めないアメリカの極東軍事戦略。辺野古の沖を埋め立てて基地機能の拡充が無ければ嘉手納の縮小は無いと言うアメリカの戦略。それが変わるのは何時の事なのだろうか?

自分の国はアメリカの手を借りずに自国で守れ。自衛隊は立派な軍隊です。何処の国が自国の軍隊では足りないからアメリとの同盟で守ると言っているのだろう。これが日本とアメリカの日米軍事同盟の実態です。何と情けない国だろう。

憲法を改正して自衛隊を軍隊として認めよとも言われているが、アメリカとの軍事同盟の見直しも求めているのだろうか?沖縄にアメリカの基地が多いのは日米安保条約で日本が認めているからだろう。その前提として沖縄の復興の為にどんなに予算をつけると言った所で沖縄の人達は同意するのだろうか?今、その事が問われている。

基地は反対だけれど振興策は必要。そんな身勝手な事は原発再開、消費税問題と同様許されない。今、ユーロに危機で揺れているヨーロッパ、ギリシャの問題と全く同じです。選択の問題が違う事に政治家とお役人が気付かないと問題の解決はない。

今その事が問われている。マスコミも尤もらしく問題解決を語る前に、その事を問い掛けなければ成らない。沖縄の基地はアメリカの戦略に組み込まれている。日本政府はその政略に異議を問えない。その代償として振興策を考える。なんと愚かな選択だろう。人間の尊厳をその程度にしか考えていない恥さらしの代償は何時来るのだろうか?

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五月晴れ。明日は雨です。

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綺麗な写真は人の見せる為ではなく自分の為だと思っていたが、こうして人に見せている以上はそうはいかないのだろう?重い腰を上げて汗をかきながらデジタルカメラの「基本的な使い方」を学習する事にした。

それが終わるとオート撮影ではなくマニュアル撮影の学習。最後は一眼レフの学習。今迄自己流で散々言われたが笑って誤摩化していた。一番いけない対応。それに気が付けば今日は新たな一歩を踏み出した人言える。

木曜日11時から1時間。場所は梅田のキヤノンデジタルハウス。今迄の自己流の写真が別物だった事になるのだろうか?楽しみです。今日は少しだけショールームの担当に半押しの仕方を教えて貰いました。その成果をお見せします。

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これは地下街の通路の花壇。フラッシュ撮影です。

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これも地下街。但し近くに階段があり外の明かりが差し込んで明るい。ここも花壇。

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ショールームの中は水が流れている。

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学習の成果が出ている。(自画自賛)これから自己流を止めればもっと綺麗な写真が取れるだろう。何事も基本が大切。その事が分かれば人はもっと謙虚に生きて行く事が出来るのだろう。この後、本屋でアメリカ経済の解説書を探す。手頃(親父にとって)な本が無く今日の処は何も手には出来なかった。とても疲れていつものお店でアイスコーヒーを一気飲みする。

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紫陽花の花が見頃になるのは一月先。昨年の近くの滝道で見た本物がこれだ。

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うん。半押しが少し下手。今日言われた事が良く分かる。

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これから学べば自己満足の世界は広がる。これで終わりと思えばそこで終わり。まだまだこれからと思ってもそう簡単ではない。汗をかきながら恥をかきながら有り余る時間を少しだけ活用する。そんな生き方が今、求められているのかもしれない。

携帯がうまく充電が出来ない。買い替えて3年足らず。まだまだ買い替えの条件を満たしていないが、充電の度にストレスが掛かるとそれだけで気持ちが変わる。ところが近くのショップは行く度に数時間の時間待ち。

高が携帯と思いながらもそれだけ待たされるとさすがの親父も、愛想を尽かして大阪堂島お気に入りの本屋さん近くのお店で決める。イヤな顔をせず親父の我が儘な希望を叶えてもらう。親父の携帯は通話とメールが出来ればそれだけで充分。

生活防水とカメラの解像力を少し上げて1年弱前に発売された携帯で28770円。機種はp-06cセット<マットブラック>。お買い得ではないと思うがスマートホンではない今迄の料金設定で使えれば使い勝手も変わらないからこれに決める。

これも17日のカメラの学習の後に引き取り。貯めたポイントが6400あるのでそれも使います。これからも親父には携帯は通話とメールだけで充分。親父世代は携帯に求める事はその程度です。多くの機能を求めるならスマートホン。当然料金は上限設定です。

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2012年5月14日 (月)

今日は爽やかな五月晴れ でも明日は又雨かな?

今日は朝から何故か騒動しく近くで街宣車が来て怒鳴り声を上げているかの様です。さすがの親父も耳にイヤーホーンを入れて音楽を聴いていても煩いのでドアーを開けてその方向を確認していました。人の思いを踏みにじってても平気な生き方をしている輩は少なく無い。デリカシーが無い人が多くなったと言われるが、親父の様にその代表者でも人に対する思いやりは人一倍と思っているのだから、救い様が無いと言うより滑稽なのかもしれない。

人を不愉快にしても自分の考えをもっともらしく語る人。そんな人が最近多くなったとこぼしていると、親父がその代表だからと言われると返す言葉が無い。「天上天下唯我独尊」この言葉も多く誤解されているが自分にしか出来ない事。この言葉をお釈迦様は産まれて間もなく語ったと言われるがそんな馬鹿な事は無い。

親父の一番嫌いな生き方。一番嫌いな性格。その事が自分自身にも言えるから、そんな輩は許せないのかもしれない。この国で多くの賢人が多くの言葉を語り、多くの教えを尤もらしく説いているが、罰当たりな生き方をしても何の祟りも無い事が、そんな生き方を許しているのかもしれない。

ところが本当にそんな生き方が許されると思っていたらとんでもない。親父もそんな生き方にそろそろ終止符を打たなければいけない。自分がどんなに不愉快に思ってみてもその想いは夫婦でも通じなかった。増してやその事を人に押し付ける事等出来る筈も無い。そう考えてみれば親父が人に嫌われる意味がよくわかる。

その事を多くの人から言われても「傍若無人」の生き方をしていたから分からなかったのだろう。これから物分かりのいい親父になったとしても「高が知れている」と開き直っていたがそうではなかったのだろう。

たかがゴルフ、されどゴルフと言われて来た言葉をそうだと思っていたが、事実は全く違う生き方をして来た事に愕然としている。人に多くを語る前に自分に語れ。そうすれば残り短い人生もこの爽やかな季節の様に愛おしむ事が出来るのかもしれない。

「天上天下唯独尊」この言葉はお釈迦様が語った言葉かどうかは分からないが、決して自分がこの世の中で一番尊いのではなく、それぞれの個性を生かしてそんな生き方をして下さいと教えている言葉に違いない。そうすれば間違いなく不愉快な言葉も愉快に聞こえるに違いない。(言うは易し、行うは難し)閻魔大王が囁いている。

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2012年5月13日 (日)

アメリカ経済の実態はそんなに良いのだろうか?

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シャリンバイ。綺麗な花が咲きました。葉っぱも色づいて何かを歓迎しています。最近余り褒められる様な事をしていないが、こうして毎日散歩しているといい事も少なく無い。今、親父に一番簡単に出来る事。それは歩く事かもしれない。

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近くのよちよち歩きの子供と仲良しになりました。まだ会話は出来ませんが親父を認識すると自己表現が出来る様になりました。人が一番輝いて見える時、その時は今かもしれません。若葉もこの夏を乗り越えると立派な青葉となる事でしょう。

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知っててもシラン。縁起の悪い花とシェイクスピアでは言われているが、イエイエ如何してそうは見えない。

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閉園間近の城址公園。この時間になると散策する人も殆どいなくなる。カエルも鳴かないけれど、もうすぐ閉園放送が入ります。又明日。

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今夜は宇和島の竹ちくわを食べました。本物の竹に巻かれた魚肉のすり身。昔ながらの竹輪。看板に偽り無し。最近安い練り製品も少なく無いがこの竹輪は癖になるでしょう。もう一つの切り出しカマボコは駄目でした。

先日からしみじみ感じた事。それは恥ずかしながら体力の衰え。自慢ではないが喧嘩で殴られた事はないし、今でもガキには負けないと自負しているけれど、それは見掛け倒れ。中味が伴っていない。最近食事の内容もワンパターンなり力漲る体力が無くなる。その食事の内容でニンニクとキュウリのすりオロシを教えて貰う。


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2012年5月12日 (土)

親父の日課 歩け、歩け、歩け。

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牡丹と思っていたが芍薬(しゃくやく)違いは木か草。昔から言われて来た「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」その意味が段々分かって来た。

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セレブの庭に負けない城跡公園の新緑と眼に染みる花。この花のもうすぐ終わりだけれど、まだまだ勢いが在る。一月足らず前に見た高知竹林寺の庭に負けていないアングル。閉園前に駆けつけた親父にささやかな褒美かもしれない。

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これが竹林寺の庭。夢窓国師が鎌倉後期に作庭したと伝えられている。中庭。

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北庭。

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竹林寺 南庭 

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散歩コースの終わりにいつも覗き込むこの不思議な木も白い花が咲いている。
柿の木と思っていたがよく見ると違う。しかし、しかし、ウイキペデアで見ると正確ではないが柿の木かもしれない。今度はしっかりと見て来よう。

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2012年5月11日 (金)

うんちくに経済が加わると親父に金棒?ちがう。役立たず。アチャー

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大阪駅前の花壇。親父が大阪に来た時は考えられなかった事。薄汚くそれでも活気に溢れていた駅前はすっかり様変わりしている。しかし、膨張に膨張を重ねた結果、駅前にあった広い広場は完全に無くなる。駅前は様変わりしたけれど人々は豊かになったのだろうか?それは分からないけれど間違いない事は年老いている。

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この建物の外観は何一つ変わら無いけれど、地下食料店内の活気は一番大阪らしさを出している。そして一番儲けている。この活力は一体何処から出て来ているのだろう?

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大阪駅。そして環状線。今はこの呼称も消えつつある。驚いた事に大和路快速、紀州路快速がこのホームから発着し関西線、阪和線の呼称も消えつつある。(完全にはなくなっていない。JRの正式名称としては残っている。ややこしいのは愛称として呼ばれている。)この懐かしい電車のカラーも少なくなっている。

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阪急東通り商店街の看板が見える。用もないのに友とブラブラして飲食をしていた頃が懐かしい。このネオンの場所に映画館があった。シネマスコープ。大型画面に感動していたあの頃に見た映画は、何だったのだろうか?今はその感動もない。

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時は過ぎ年を重ねても街の姿は大きくは変わり様が無いのかもしれない。

今日は又、本を買いました。今回は少しむつかしい経済解説ではないタイトル。
「世界は深淵をのぞきこみ、日本は00」漢字が読めない。漢和辞書が居る。
仮名をふってくれ。意味は人に助けを乞わず賢明に自力で頑張る?

ゴルナグラート。スイス、マッターホルンが正面に見えたけれど、3096mの高さに登山鉄道で行ける観光立国。あの抜ける様な青空の下で動き回れなかった体力。テレビで一瞬見れた景色は実物と何も変わっては居なかった。(当たり前)

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原発再開が急がれる理由がやっと分かりました。

東京電力福島原子力発電所が東日本大震災の津波で、緊急停止した原子炉と発電済みの燃料プールの水温を想定外の事で冷却で出来ず施設の建物が爆発。最悪の放射能漏れ。近くの住民は1年経っても家に戻れずこれから先も帰宅のメドすら経っていない。

そんな状況でも現在停止中の全国各地の原発再開を求める電力会社。そしてそれに反対する原発設置の地域住民。何故だか分からない東京や大阪の原発反対運動。原発がこの国の電力供給に占めている割合を考えた時、その替わりのエネルギーを何に求めるのか?その事が分から無かった。

その事が分かれば必然的に原発の必要性が理解され、今回の福島の悲劇的な事故の教訓を生かせば必然的に原発の再開は出来ると電力会社と国のオバカな役人、政治家、総理大臣迄もが考えたのだろう?今その事が甘いと批判されている。

今日のこの国の電力供給量は原子力発電をしなくても、火力発電、水力発電の有効利用(夜間の発電)、節電、自家発電、風力、太陽光発電をすれば今年の夏は乗り越えられるだろう。(根拠は無い。親父にはその証明能力は無い。この事は電力会社と政府が明言しなければならない。)

しかし、原子力発電の凄さ(発電量)この国の電力供給割合(30%)の大きさを考えた時、電力会社と監督官庁、民主党政権が原発再開を急ぎ、経済界が電力供給確保と価格の大幅値上げに反対するのも当然だろう。

それに対して賛成とか反対とか簡単には言えない。これだけの大事故を起こしても尚これ迄通りの原子力発電は出来ないのは当然だが、金や太鼓を叩きながら子供達の未来の為にとか言いながら原発反対を讃えるなら、どんな生活が出来るのだろう?

それくらいの事も考えなはれ。そう考えて見るとこれからは電力も地産地消でなければならないだろう。先日、今から6年も前に書かれた真山仁さんの「マグマ」を読みました。3年前にこの本が文庫本ななった時。真山さんは「地熱発電復活の年」と高らかに宣言している。

しかし、現実はどうだろうか?恥ずかしながら親父もこの本を読む迄は故郷大分の地熱発電しか知らなかった。そして地熱発電がこの国の電力供給に占める割合が未だに1%以下。地熱発電の原理すら知らない。何で進んでいないのか?

それはこの本を読んで愕然とする。これ程に情報が溢れ多くの学識経験者とマスコミのコメンテーターが尤もらしく語り、これからの政治と経済を語るのに国の電力供給をどうするのかを伝えていない。

原発反対と唱えてもその替わりのエネルギーをどうするのかを語れなければ説得力は何も無い。今更電気の大量消費の時代から逃れる事は出来ない。田舎で自給自足の生活と言っても電気の自給自足が出来ると言うのだろうか?

今、政府と電力会社は今年の夏の電力不足、計画停電の脅しを諦め?電力料金値上げに方向転換している。電力大量消費の業界、電力大幅値上げに苦しむ業界の反撥が原発再開に動く事を期待しているのだろうが、これも簡単ではない。

経済界がどんなに反撥しても原発再開の決断は強い政治決断が必要になる。今の脆弱な政権、総理大臣にそれだけの実行力は無い。今求められている電力供給は今の経済と政治体制同様、過疎の地で絶対安全とは言い切れない大型原子力発電ではない、消費地で自然エネルギーを利用した小型発電の積み重ねだろう。

大阪は今年の夏、電力が不足し節電では足りず計画停電が求められると脅されているが、本当にそうなのだろうか?その時原発再開に反対した大阪維新の会と京都、滋賀、関西地域連合の各首長はその責任を問われると言われているが、その反対の時その責任は霞ヶ関の役人は取れるのだろうか?取れる訳も無い。

これからの日本は原子力発電に頼るのではなく、真山氏から問われた様にこの国の物造りの技術を活かし、資源の無い国と言われて来た地熱のエネルギを活かした地熱発電の選択幅を各都道府県の人達が真剣に考え無ければならない。

他人事の様に考えながら賛成とか反対とか分からない、興味が無いと言っていたらこの国では住めなくなる事をホント、マジで問われるに違いない。親父もも少し勉強して賢くならなければならない。

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2012年5月10日 (木)

爽やかな五月の時 温度も平年並み 緑が眼に染みる

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昨日の暑さは無いけれど日差しはけっこうな一日でした。最近、罰当たり?な生き方をしているので近くのお宮さんに出掛ける。何をしに?決まっているでしょう。参拝です。本殿で2礼2拍手1礼のお参りがお寺さんとゴチャゴチャになっている。

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お社を一周して本殿の後ろでカメラを構えていると木の扉が「ガタ」と音を立てる。
静かな時が久々の親父を見て悪さをしている。「脅かすな」とびっくりしながら振り返ると誰もいない。居る訳が無い。居たとしてもお主ごときに見える訳が無い。そう言われている気がしていた。

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新緑の時。誰もいない境内もモミジの緑が歓迎している。今日はここでおにぎりを食いながら読書と思っていたが気持ちが変わる。目線が上に上に伸びている。

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お米屋さんのおにぎり。米粒がつぶれていない。色んなおにぎりがあるがいつも同じ物。このおにぎりをほう張りながら和歌山迄歩いたし、淀川も八幡迄遡り宇治川を伏見迄、木津川を木津駅迄、そこから奈良迄歩く事が出来ました。橋本屋さん。お店の親父さんとは悪たれとうんちくを言い合える友達です。

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先日お見せした桜の老木。幹の上は枯れてもしっかりと支えられた大枝はしっかりとした中枝を上に伸ばして今年も一杯の青葉を繁らせている。この樹を見ていると桜木の生命力に感嘆の思いが重なる。後どれ位経つとこんな生き方が出来るのだろう?

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この楓の樹も凄い。上に空を覆い隠す様に伸びている緑の葉っぱは全部私。そう言いながらガッポーズを見せている。幹は一見枯れている様に見える空胴の幹は、キッチリと樹の養分を上に吸い上げている。

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銀杏は手品師老いたピエロ?今は天国で歌っているフランク永井も、この大木を見ていたら失意の思いを重ねる事は無かったに違いない。人気絶頂の時を知らない親父には彼の想いを推し量る事は出来ないが、この歌を歌ってくれた藤田まことも今は居ない。今年も晩秋の時、黄色い葉っぱを散らしながら、季節の歌を歌ってくれるに違いない。

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近くのラーメン記念館。チキンラーメン創業者百福氏の偉業が讃えられているが入館料は無料。オンリーワンのラーメンをチョイス出来るのが人気を呼び、入館者は絶えない。タダで遊ばしてくれると思わせてキッチリ商売。さすがです。




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大阪は天気不順 大阪の地下街を歩きながら半袖で、汗をかいていた。

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大阪北ヤード(JR大阪駅北側)の再開発が着々と進行している。

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右は既に完成され大型電気量販店が大勢の買い物客を集めているが、その建物を圧倒的に凌ぐビル群。完成は来年の春。これが完成する大阪の梅田の様相は大きく変わるが、その事が何を意味するのか多くの人は分からない。人の流れは大きく変わる。

経済も大きく変わると期待されているが、大きく変えると言われる大阪の起爆剤はまだ見えて来ない。一番の問題点は関西のビジネスモデル。そんな物はどうでも良いと言われるが、関西を代表する電気業界大手2社の先行き不透明感は大阪の再生に暗い影を落としている。それでもお間抜けな関西経済界は政治判断を頼りにしている。

関西経済は言う迄もないがこの国の物造りは今、大きな岐路に立たされている。これ迄の様に大量生産、大量消費の時代から同業他社に出来ないオンリーワンを求められてもその対応は容易でない事をどれだけ理解しているのだろうか?

大阪駅が大きく変貌し人の流れが変わっているが、新しく誕生した関東資本の百貨店が思惑を外し、専門店が多い反対側の大型ビルの人の流れが激しい。その分析が明確でないが関係者は死活問題になる。それが経済。その商いの厳しさが今の大阪にはない。その事をこれからこの大型プロジェクトも思い知るに違いない。

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大阪駅の新しい人の流れは完全に定着している。右が関東系百貨店。左が専門店。

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これが専門店のビル。女性客専用。男はお呼びで無い。当然親父も。入った事は本屋だけ。

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五月の時が進んでいる。今日は近くを散歩。テレビで紹介された本を買って読み始めました。親父のホームタウン大分でしか進んでいない地熱発電。(それは言い過ぎか)事実は小説より奇なりと言われて久しいが原子力発電と同じ様にその開発を求められた地熱発電が衰退したと言われて、その言葉が今再び問い直されている。

その事を原発依存の大きいこの国で、今から3年前に問い掛けた人が居た事を、親父は知らなかった。新婚旅行の時に見た大分九重連峰。そして白く立ち上る蒸気。あれから多くの歳月は流れたが地熱発電の現実は非常に厳しい。

その事がこれから問われる。どんなに原子力発電の恩恵を享受しても想定外の被爆をした現実は、簡単にはその再開を認めない事をそろそろ考えなければいけない。何時迄も馬鹿の一つ覚えの様に原発再開、原発反対を唱えても問題の解決は無い。

真山(まやま)仁(じん)著「マグマ」 原発がこの国の経済発展に果たした役割は小さく無い。原発一基の発電所で得られる電力100万キロワット。これに勝る発電の方法は無い。人が手にした神の領域は皮肉にも、人が完全にはコントロール出来ない事を思い知らされている。

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2012年5月 9日 (水)

長谷寺の続き

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親父が梅田でお気に入りのきつねうどん。東京では考えられない狭い立ち食いうどんとそばのお店。おにぎりもあるがおにぎりは近くの橋本屋さん。毎日同じおにぎりが2個340円。きつねうどんは時々でもおにぎりは毎日。これが親父の元気の源だとしたら安い。おにぎりの画像も公開しなければならない。(どうでも良い?)

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これは今日歩いた初瀬街道。はつせと思っていたこの街道ははせ。奈良の桜井から三重の松阪六軒迄歩くにはどれ位掛かるのだろう?この道は大阪と伊勢を結ぶ伊勢街道の一本でもある。この街道に沿って近鉄の大阪線も走っている。今度はこの先の室生寺に行くべきか?桜井から歩くべきか考えなければいけない。

宇陀市(うだし)は2006年三市一村が合併して誕生した。この地域はまほろばの里。まほろばとは古代の言葉。素晴らしい場所。住み易い場所。その言葉の意味も今迄知らなかった。その古代。國の形がようやく見え始めた頃、この地域は今、過疎が進んでいる。この街道もその風情をどれだけ残しているのか、歩いて見ないと分からないに違いない。

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長谷寺の長い回廊。季節外れの時はこの階段も人波が途絶えるが、丁度牡丹が見頃の時と重なりこれが精一杯のシャッターチャンス。この階段の突き当たりを右に曲がりその上を左に進むと本堂に出る。お寺のガイドチラシを見ると回廊ではなく登廊と書かれている。成る程登る廊下。分かり易い。一度除夜の鐘を聞きに来なければと思って久しい。大晦日は観音万燈会が行われ厳しい寒さの中を参拝客が絶えない。

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デカイ蜂が一心不乱に蜜を吸っていた。これからの生き方を思いやる。生きて行く事は大変な事です。綺麗事でははたき落とされるだけです。蜜を吸っても自分の栄養ではなく巣穴で蜜を貯め込むだけ。それが働き蜂の役目とは言え冗談では無いと蜂が逆襲する事は無いのだろうか?(アホやのう)花の満開の時も峠を越えていた。


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2012年5月 8日 (火)

伊勢街道 近鉄大阪線 長谷寺 牡丹の見頃の時は過ぎていた

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長谷寺3回目。一回目は車。2回目はTAKE さん。3回目は1人。今日は牡丹の時期で平日と言えども参道は人、人、人。この景色は本堂前の舞台からの景色。牡丹見物の団体客と御婦人が多いが花のシーズンは満開の時期を過ぎている。

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左上に少しだけ山門が見えるが団体客が多過ぎて写真は撮れず。カメラを構えても平然として動かない。諦める。ここは帰り道。1回目と2回目に来た時パスした蛇羅尼堂に立ち寄る。ここに「長谷寺本尊十一面観世音菩薩御影大画軸」が公開されていた。

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帰り道。来る時は左を歩く人と鉢合わせになり、眼で威圧するだけでなく口で悪口を言っていた。暑くてかばんに挟んでいたジャンバーを落とす。気が付いてすぐ引き返すが大分先に落ちていた。罰が当たったのだろう?帰りはおとなしくしていた。

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一回目に来た時はこの狭い道を車で奥突き当たり迄いく。その先もっと狭い参道も車は通れるが県外車はその様子が分からない。観光地の狭い道は行政が観光シーズンだけでも観光客の誘導をしなければあかんやろう。観光客のマナーも悪い。右を歩け。

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初瀬街道 奈良県桜井初瀬(はせ)から三重県松阪六軒迄の道 今では国道165号がそう呼ばれているがこの道は奈良時代以前からのこの国の古道。江戸時代はお伊勢参りの道として有名。この造りを見ても江戸時代の参勤交代がこの道を通った事が分かる。

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2回目にTAKEさんと来た時は秋。この駅迄の道も登りで汗をかきながらあごを突き出していたが、今日は淡々と歩いていた。季節も違うけれど脚力も付いたのかもしれない。これから問われる事は足腰。メタボなお腹も鍛えればまだまだだろう。

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通過列車 急行?この駅は準急か普通しか停まらない。夕方の3時半。乗客は結構居た。

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連結車両が予想以上に多い。2人掛けのロマンスシート(古い)が新しい。この電車で終点の上本町迄いくので正解だったが途中で急行に乗り換える。待ち合いの時間が長い。この電車は貸し切り同様で空いていた。車内もピカピカだった。

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これは急行待ち合わせの桜井駅で通過した近鉄自慢の特急。これが近鉄の自慢の特急カラー。通過電車でピントが今イチもご愛嬌。(自分で言うな)桜井駅は親父が若い頃彷徨(さまよ)っていた駅。この駅のホームの下にJRの路線が見える。駅の様子が一変している。親父もすっかり年老いた。あの頃の迷いは無いが勢いも無い。






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2012年5月 7日 (月)

連休明け 親父の連休は何時迄続くのだろう?

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毎年見慣れていた近くの通りの植え込みのつつじが今年は何故か美しい。
世の中の関心は決して楽観的には見えないがその分をこの時期の花々は慰めているのだろうか?連休が終わり気合いを入れ直して仕事をしていた「五月の時」は、夢の又夢になっている。

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昨年親父に見事な水滴の落ちる寸前の姿を見せて呉れたあの人はもう居ない。そう言えば何かロマンチックに聞こえるけれどあれも一時の夢幻(ゆめまぼろし)だったに違いない。年たけて嬉しい事は若い頃の様に執着心が消え、簡単に多くの事を忘れられると教えられた事があるが、それも又嘘に違いない。思い出を断ち切る方法は非情だとしたらそれはそれとして人の生き方として愛おしいのかもしれない。

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後一月もすると雨が多くなる。雨の日はイヤだと言われる人は多いが、親父の場合は大好きです。大好きと言うより幼心に摺り込まれた原風景が、田植えの頃と重なるからかもしてない。小糠雨、五月雨、早乙女(田植えをする女性)。そんな情景を語れる人も少なくなっている。田植えの邪魔をしながら手伝いをさせてもらった頃も、天空の彼方に飛んでいる。トゲのある柊南天(ひいらぎなんてん)の緑が眼に染みる。

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去年の今頃、親父に優しい表情を見せていた深紅のバラ。今年も艶やかな姿を見せているのだろうか?しかし親父の様にこれだけカメラを近づけて覗き込む人はいないだろう。注目された連休明けの株式市場は大きく下げている。

円高気配にお間抜けな財務大臣は介入の気配を見せているが、何時迄こんな財政運営が許されると思っているのだろう?今一番求められている事?歳入の大幅減に歯止めをかける。その事が出来なければ史上最低の大臣になる事が認識されていない。

会社にもこんなタイプが少なく無い。何も出来ないくせに、口先だけは勇ましい。その事を問われるのは何時になるのだろう?ヨーロッパの選挙でサルコジフランス大統領が落選している。口先だけの経済再建。何処かの総理大臣も同じ様なことを言っている。

そんな中韓国で行われる国際博覧会で東北の震災からの復興をアニメで紹介している。この国の官僚達は何たる恥さらしだろうか?そんな事を韓国の博物館で紹介する為にどれだけの税金を無駄にしているのだろう?東北被災地の復興が進んでいる?どんな顔をしてそんな事が言えるのだろう?天災と言うには余りに厳しい現実。私達はこんな政府を認めていると後世のの笑い者になるだろう。

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近くの公園に足を延ばしてみると新緑の時は進んでいる。しかしこの景色は昨年の様子。久しくこの神社にも足を延ばしていないが近いうちに顔を出さないといけない。全く関係ないと不遜(思い上がり、謙虚な気持ちが無い)な生き方をしていると天罰を喰らうに違いない。

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木漏れ日のベンチに座りぼんやりとこれからの行く末を考えてみる事も求められているのかもしれない。心穏やかに過ごせる人は幸せです。誰もが当然の様に求めている日常は結構波瀾万丈である事を体験してみると、今日的穏やかな日々は特異日なのかもしれない。

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これも1年前の散歩コースのバラ。花を愛でる人の思いが感じられる。

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この花の何と言う名前か昨年は知らなかった。今年は偶然その名前を知る。

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1年前の景色。今年も同じ風景が広がっていた。5年前に起きた大阪での高速バスの居眠り運転事故の教訓は全く生かされていない。それ以上に尊い人命が失われる。その原因は規制緩和と言う価格破壊。値段が安ければそれは良い事です。

この何とも愚かな発想。そのしわ寄せが下請けのバス会社と日雇いの運転手。その実態を全く伝えずに事故が発生したらその悲惨さを口にするマスコミ。深夜の高速道路の怖さを知らない人が多い。

東名、名神、中央高速、東北自動車道、中国自動車道をバスの運転手だけでなくトラックの運転手は命をその時は既に捨てている事をどれだけの人が理解しているのだろう?ブラックユーモアとして笑えない怖さはその運転手本人がその事を知らない事だろう。

どんなに安くても深夜バスには乗るな。深夜に高速道路を走るには休憩を充分とって安全運転に心掛ける。それでも咄嗟の事故には対応出来ない。日中、四国高知迄の5時間弱の高速バスも運転手は1人。彼等が一番心掛けている事はその一点にある事を忘れてはならない。

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そんな怒りの思いが込み上げていたらピンクローズが甘い言葉を耳元で囁いている。親父さんは固い人間だけれどこの世の中はそない甘いもんやおまへん。安ければ安い方がいい。そんな人も少なく無い。それ故にこの商売も成り立つ。

しかし、母の日にその美しい成長した姿を見れなかった人の嘆きはいかほどであろう。胸が張り裂ける思い。絶望の涙を流しても帰っては来ない。その事を考えて見ると人の愚かさがどれだけ甘いか?その悪魔のささやきを叩き潰さなければならない。

お間抜けな大学教授の先生が「規制を強化して2人乗車」にして安全運転を確保しなければならないとコメントしていた。しかし、今夜も何も変わらない深夜バスの運行実態。規制を強化出来る権限を手にしているのは役人ではなく、私達である事を自覚しなければならない。本当に悲しい事です。

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これから残された歳月は多くは無い。この階段を数えてみてもこの先の歳月を見通す事はむつかしい。その事を考えればこの階段の登り方は決まっている。今迄は先の見通しよりも今をどう生きるかを考えていた。そろそろその生き方も変えなければならない。変えられるかな?それは分からないけれどこの親父の散歩コースの階段がその事を教えている。「もチョッと賢く生きなさい」そう言われても何の違和感もない。

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今日は奈良伊勢街道長谷寺に行く予定でしたが、何か気合いの乗らず。人の忠告を聞かない親父でも咳がひどくなった自覚があったのだろうか?苦笑をしながらぐずぐずしていると体の緊張感が解けて行く。こうなるとイカンともし難い。

その替わりいい事もあった。この街はゴミ袋が有料。つまり分別をして有料の袋に入れなければ清掃車はゴミ回収をしてくれない。その燃えるゴミの回収日が週2回。その時迄放り込んでいる入れ物が汚れていた。それを綺麗なペタルの付いたゴミ箱に変える。1980円。今迄何気なく放り込んでいたゴミが違って来るかもしれない。

 

 

 

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2012年5月 6日 (日)

半袖で竜巻のニュースを見ている これから散歩に出掛けます

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連休の最後はよい天気になりました。親父は家に居てぶつぶつ言っていたけれど遠くのお出掛けの人も今日は家に帰ってゆっくりしている事でしょう。楽しい休みに悲惨な事故もあり人の運命の果敢なさを痛感していました。しかし、格安バス、深夜バス深夜の高速道路。狭い道、危険予知の学習は疎かにしてはならない。

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この風景も親父の若い頃と何も変わっていない。親父が若い頃、この景色をゆっくり見る事は無かったが今でもその事は変わらない。今は誰もいないホームも明日からはこの狭いホームも人で一杯になる。多くの人が多くの思いを重ねる。

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五月山の上に夏を思わせる積乱雲が?沸き上がっている。今年の夏の電気供給不足が懸念されているが、その事を暗示している。電気が足りないから原発再開?それは余りに国民を馬鹿にした事だろう。

電力の不足をどんなに口にしても安全確保が「想定外」では原発再開は出来ない事を認識するのは何時の事だろう?親父達は計画停電でも何も困らないが関西の特殊性(いらち、元気のよいオバはん、マナーの悪さ)を考えると出来ないだろう。

その時、このお間抜けな政治家と監督官庁のお役人は何をするのだろうか?節電?関西電力は皮肉にもオール電化を進めてガス会社と仁義無き戦いを進めて来た。原発頼りの電力供給。クリーンで安全?火力発電でしかその対応は出来ないのだろうか?

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今こそ電力会社、経済界、監督官庁のリーダーの知恵が問われる。高い身分保証は国難と経済難、会社の困難。3つの大波を被った時に問われる。これまで多くの困難を打破して来たのは彼等ではなかった。その事を認識していなかったのは彼等だった。

明日からの国会の論議でもその事を痛感するに違いない。本当に間抜けな言葉を重ねながら問題の先送りしか出来ないのかと思うと愕然とするしか無いのかもしれない。全く予期出来ない天災を目の当たりにしても、他人事の様に感じるしか無いのかもしれない。

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大阪は静かな日の入りです。今日も昨日と同じ散歩コースです。

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意外な発見。公園の枝垂れ梅に梅の実がついている。昨年は見なかった気がする。今年は想像以上に葉が繁り実が多い。これから多くの困難が嘘の様に感じられる。親父は結構悲観的な見方をして来たがこの梅を見ていると案ずるは生むが易しかもしれない。ぐずぐず言わないで自分に出来る事をやりながら、元気で生きた者の勝ちかもしれない。

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こちらは桜。梅は咲いたか桜はまだかいなと言っている間に、青葉が枝を幹に絡ませている。この桜の上は虫に食われて枯れている。この幹の生命力は既に失われ段々朽ち果てていたが今年はこれだけの青葉が繁る。

これだけを見ると元気そうだがそれに勝る幹の衰え。その傾向が皮肉にも幹から直接出ているこの枝と若葉。桜の樹は元気が無くなると養分を上に上げる力が無くなり幹から直接葉が繁ると言われている。負けるな。頑張れ。応援している。

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明日は穏やかな天気かな。奈良長谷寺に行けるかな?咳が止まらないので咳止めのカプセルを買う。販売元は親父が若い頃から知っている「カイゲン」しかし、製造元は堺化学。龍角散では駄目だったがこの薬は何故か効きそう。親父は暗示に弱い?

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2012年5月 5日 (土)

五月の時 後一日で連休が終わる 今日的課題を考える

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夕日が爆発している。夕方のお散歩が家に居る時の日常になっている。いつも見て頂いてありがとうございます。お礼にお気に入りの散歩コースを案内します。

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季節外れの寒冷前線が入り込み雲行きが危うい。入道雲もどきの雲が出ている。

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安の定。この後、雨に叩かれる。近くの家の軒先を勝手に借りて雨宿りをしていると家の中から子供が二人。飛び出して来る。近くのコンビニにお菓子を買いに行く。お小使いを貰ったのだろうか?それともそれくらいのお金はへそくりか?嬉々としていた。雨は中々止まない。諦めて引き返し始めた頃やっと雨足が遠ざかる。

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桜の老木。今年の満開の桜は見れなかったが老いても意気軒昂だった。密集した青葉が辺りを暗くしている。その先に見えるのはカエデの大木。紅葉の時は今年も眼を楽しませて呉れるに違いない。

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雨も上がり夕日が雲に輝いていた。

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この坂を上り詰めると城址公園の入り口が見えて来る。

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公園入り口のハナミズキ。この花は秋になると赤い実をつける。

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公園の中です。

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何か気持ちが豊かになって来る。富が尊い。そんな生き方をしたい。

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上から見下ろすと不思議な気持ちになる。豊かさはお金では買えないが人の生き方はその人だけが決めているのではない事を忘れてはならない。心貧しく生きる事はどういう結果を招くのかその事がこれから問われるに違いない。



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子供の日 空に凧が舞う静岡浜松の風景 糸を切られた凧を回収しょうとして人が天竜川に流されている。そこ迄やるか?

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紫陽花の時は後一月先の事だけど、スーパーの前で観賞様。季節は巡りてこれから5月の時を迎える。「眼に青葉、山ホトトギス、初ガツオ」四国高知で土佐のタタキを食ったが酔っぱらいが煩かった事を思い出す。

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観賞用の草花はソコソコ売れていた。それでも野に咲く花には勝てない。大阪は良い天気だけれど空気は肌寒い。四国高知の暑さはしばらくはないのかもしれない。北海道は広いけれど暑かった陽気が一変して、大雨の被害は大丈夫ですか?

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2012年5月 4日 (金)

久し振りの散策 連休でお休みをしている人ばかりではない

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茜色の西方の雲を見上げながら久し振りに城址公園迄歩く。2日間歩いていなかったので股関節が痛い。しかしそれも一時の事。体は正直で少し位の我が儘を無視して歩いていると痛さが心地好さに変わる。腹の凹みはまだまだでも歩く事の大切さは体自身が良く理解している。プロ野球選手の体型を間近に見た事があるだろうか?

あのスリムな足腰。あの体型がなければ打ったり走ったり守ったりは出来ないのだろう?オリンピックは参加する事に意義があると言われているが、勝負は勝つ事に意義がある。人の生き方もその事を空海は教えている事を私達は理解出来ていない。

空海はお大師様と慕われているが空海が生きていた頃の行き様はそんな物ではなかった事を、どれだけの人が理解しているのだろう?四国遍路道を歩いていると「同行2人」とか言われるが空海が教えた生き方はそんな生易しいものではない。その事が分からないから現在でも罰当たりの人が多いに違いない。

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罰当たりな生き方をしていると神様が見ている。親父達が幼い頃、母に教えられた言葉。罰当たりな事とは何か教えてくれる人も居ないが、その事は四国遍路道を歩かないと分からないのだろうか?そうではない。自分の心を開いてみると良く分かる。

価値観がどんなに多様化しても人として恥じる生き方をしていると天罰は下る。その事を教えるべき人達がおかしい事をしている。9時の定時ニュースでも2000本安打の特集。この時でも難儀をしている人達が居る事を忘れていたら罰が当たる。

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散歩の帰りにお気に入りのラーメン。オイオイ下痢はどうした?大丈夫です。
ネギと白菜たっぷり。塩あっさり系。連休の谷間でも若者達はしっかり働いていました。連休で海外に出掛ける人もあれば休みの日でも働いている人も居る。

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単品の唐揚げ。何時もはこの倍ある大きさが小さい。最初、食べ切れなければ持ち帰りを考えていたがこれなら食える。少しピンボケになっているが絶妙の味と大きさ。唐揚げの美味さは皮目の色を見れば分かる。完食でした。怒りの声も今日は無視。

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このつつじの花で許してくれるかな?自己管理。珠には唐揚げも食いなはれ。

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近くのつつじも満開の時。花の命は短くて苦るしき事のみ多かりき。林 芙美子
人の生き方もそうかと思いきや適当に生きながら賢い人が期待される銀行員とか。泣き面に蜂の思いをしている人の気持も忘れてはならない。政治家も連休か?

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今年は異常気象とか言われているがそうではない。余りにオバカな人が多くなっている。関西では今年の夏の電力不足が原子力発電最稼働の動きを加速している。原子力発電に頼り過ぎたエネルギー問題。その改善策を分かり易く説明出来る学識経験者は居ない。

原発再開ありきを口にする政府と行政。電力会社。その対応が問われる時はそう遠く無い。原発再開か計画停電か?そしてそのコストは誰が持つのかだけの議論ではなく、この国のイノベーション(新しい技術開発)をもう一度再構築する時が迫られている。その事を誰が教えてくれるのだろうか?つつじが心配している。

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土佐中街道

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高知駅前の大通り 朝の8時過ぎホテルを出てはりまや橋交差点迄歩いている。
この時は10月の下旬 四国高知の遍路道30番をクリヤーして何故かここから土佐から徳島迄の古の街道「土佐中街道」を通り抜ける。

四国遍路道を遍路姿もせず頭にタオルを巻いて半袖の白シャツを着て、この道を通り抜けたのは親父位しか居なかったに違いない。しかし、この道を抜ける前に色々調べてバス路線と連絡ダイヤを地元の観光課に聞いたのも賢い選択だった。この道は車で通り抜けるだけでも大変だけれど計画無しでは無理だったに違いない。

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でもその前に高知市内散策。と言っても30年前車で走り抜けた時見れなかったはりまや橋と高知城だけ。お城は近くの商店街を歩いているうちに方角が分からなくなり交番で聞く。それでも歩くには遠く電車に乗る。停留所のお姉さんに確認しても明解な説明は無かった。「高知に住んでいて城の方向も知らんのか」と思いながらそんな物かもと納得していた。

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車で通り抜けた道。市内の東西に土佐電路面電車が走っている。正面が西。お城もこの方向にある。左が港方向。桂浜もこの方向。距離は歩くと遠い。車でも20分はかかる。

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はりまや橋の上に親父が写っている。記念に一枚とってもらっているが顔は見えない。こんな格好で歩いていました。

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ここが交差点。ここで引き返す。

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ここは電車の乗り場が確保されているが特別。殆どの停留所は車道と同じ。

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こんな感じ。電車乗り場の安全地帯は50センチ位。大阪の路面電車も昔はそうだった。今は完全に無くなり、深い地下を長い階段と連絡通路を歩かなかればならない。地方に残された交通手段。待ち時間を気にせずに短い間隔で乗れる電車。

その姿はヨーロッパに行けば当たり前になっている。その事を都市の街造りには生かされていない。京都の四条通りと観光地の車の渋滞。車を規制しなければいけない事が理解されていない。京都が観光都市?全然違います。奈良も同じです。

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石組の技術 この石組みの技術が城の守りを堅くしていた。安土城を築いた石組の技術集団。日本各地の鉄道のトンネルを掘抜いたトンネル技術者達。そして今、国の電源開発の間違いで原子力発電所を築いて来た人達。

現代、過去、未来。この国を支えて来た技術集団は陽の目を見る事も無く過去の遺産となってしまう。権力者、お役人の都合と思い込みで、どんなに堅い石組みを築いも未来永劫の繁栄は無い事を思い知らされていた。それでも地球は廻る。

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江戸時代の幕藩体制は300年の長きに渡り、その間幕府の鎖国政策は国の発展を阻み、武士の世が何時迄も続くと信じられていた。武士の特権階級は浦賀沖にペーリーの黒船が来る迄、太平の世に胡座(あぐら)をかいていたと言われるが、そうではなかった。

大阪では大塩平八郎の乱。島原では天草四郎の乱。体制に反対する人々は問答無用で叩き潰されていた。自らの改革を行う藩主も居ない訳ではなかったが、多くの指導者が無策だった。その歴史を知る人も少ない。この国の歴史を尤もらしく語りたく無いがアメリカの西部劇の時代も同じかもしれない。

その歴史を私達はもっと語りこれからのこの国の在り方に生かさなければならない。このまま格差社会が進行した時、必ず平成の改革が断行されるに違いない。今はその息吹さえも感じられないが、四国遍路道で痛感した事は地方の疲弊。しかしその事は都市で生きる高齢者も若者達も人事では無い。間違いなく自分達が問われる。

その事を思い知らされていた。食べ物。住宅。生きて行く環境。それは自然豊かな地方が持っている大きな財産です。その大事な国土が今、音を立てて崩壊していました。過疎が進み高齢者が為す術も持たず年老いて行く。そんな社会が目前に迫っていました。

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天守閣から見る景色。このお城には多くのボランティアガイドがいます。彼等、彼女らの説明を聞きながらふと、この人達の身分保証を考えていました。本当は奉仕活動ではなく高知の観光案内としての待遇。それが気になっていました。

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観光案内。高知駅前に立派な施設がありました。そして多くの人が利用していました。でも何か違う。高知を訪れた観光客が求めている事。その事を聞き出す事は外郭団体ではなく高知市役所の観光課職員の仕事。その気配が全く感じられなかった。

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帰りは躊躇無く電車ではりまや橋乗り換え。高知駅で降りる。乗り換え券がある。

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土佐の高知のはりまや橋で坊さんかんざし買うを見た。観光用。ミニ公園あり。

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高知駅。土讃線で土佐山田に向かいます。これは事前に香美市観光課の青年に教えて貰ったルートです。土佐山田駅で大栃行きのバスに乗り換え。その時間も教えて貰っていた。大栃から本日泊まりの別府温泉(べふおんせん)。ここは山間の秘境でした。

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バス停。一杯あったなあ。画像は切れているが終点大栃は5つ位先。

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大栃終点。前は開けているが山間の何も無いロータリー。待合室にお店があった。

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別府温泉迄は大栃からマイクロバスで山間の道を走る。乗客は親父のみ。貸し切り。運転手と色々話しをしているとこの道を走る車は紅葉シーズンのみとか。確かに高知市内からは遠い。香美の観光課の青年も来た事が無いと言っていた。

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宿は大栃のバス乗り換えの時駅前の観光案内所で優しいお姉さんが聞いてくれた。素泊まりで5800円。食事が付いて7800円。食事は予約無しでも出来ると言われて2000円ケチる。この食事は遅いお昼。田舎作りのお寿司と山菜うどん。上等。

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マップを拡大していないので位置関係が良く分からないが、この先に土佐と徳島の国境があり長いトンネルがある。このトンネルが開通したのが約50年まえ。その前は峠越えの道は山道で歩く事しか出来なかった。このトンネルが出来た便利になったが今でも徳島側の道は一部険しく利用者は少ない。

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この写真は徳島側から写している。高知側の宿からがここ迄朝の7時。宿の青年に送って貰う。歩いて来たら1時間は間違いなく掛かっただろう。感謝の言葉を伝えていた。もう一度このトンネルを抜ける事はあるのだろうか/このトンネルの名前も珍しいが地元の長老でないとその由来は知らない。トンネルの中間にあるお堂の名前。ホンマだったか?確認はしていない。

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トンネル出口からほど近い停留所。意外な事に住宅があった。聞いて見ると森林組合にお勤めの親父さん。40代だった。奈良の出身。こんな山村で不自由でしょうと聞くとまんざらそうでもないらしい。空気はいいし静かだし何よりも子供を育てる環境としては最高と言われて驚く。

小学生の子供が出て来た。このバス停もその為らしい。通学時間に合わせた朝7時過ぎ発車。その後は連絡して呼び出し。そうでないと利用者はない。成る程。大阪からバス会社に問い合わせた時、とんちんかんの事を言われた意味が分かる。バスは急カーブの狭い道の為スクールバスの大きさだった。途中から子供達が続々と乗り込んで来る。都会の子供と違って勢いが違う。親父の横にはピカピカの一年生が座る。

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この日は行方不明者の捜索に警察と消防、テレビカメラが来ていた。トンネルを出た時送ってくれた青年が「どこから来た?」と問われる。「別府温泉」ですと素知らぬ顔で答えていた。親父はテレビカメラにピースサインを出して無視される。

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途中狭い道路工事中。待機の場所で慣れたもの。子供達もおとなしい。カメラを向けたら写して貰えたかも分からない。これからこの過疎を支えるのはこの子供達と言いたいが、高校は下宿生活になり大学となればこの村に帰って来る事は無い。

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塞き止められた四国の大河。那賀川。吉野川、四万十川、仁淀川は知られているがこの川は親父は知らなかった。この川の源流から四国21番札所太龍寺の近く迄、土佐中街道に沿って流れる。その道も途中迄は緩やかな道でも山間の道は険しい。

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ここで那賀川と別れて太龍寺の右を土佐中街道は阿南市内に向かう。この先の緩やかな峠はこの前紹介した道となる。その道を始めて歩いた昨年の夏。あれからこの道は親父の忘れられない道となりました。しかし、ここ迄は弘法大師も歩いてはいません。四国遍路道は太龍寺から峠を越え平等寺に向かいます。この街道は平等寺には向かわずその手前で左に向かいます。JR牟岐線桑野駅前手前で更に左に進むと阿南市内は遠くはありません。Img_9446

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実りの秋でした。

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2012年5月 3日 (木)

アジアの信用不安に日本が中心的役割?

連休中に政治家が海外に出て多くの会議に多くの事を語るのは良しとしても、アジアASEANの経済会議で日本の財務大臣は「中国と韓国の国債を持つ」と明言している。この大臣は今、彼に一番求められている事は何か理解しているのだろうか?

財務省が頻りに口にする財政破綻。消費税増税。連休明けにはその実現が問われている増税法案が国会に上程される。その見通しに楽観は許されないがその事をどう考えているのだろう?有権者の支持を多く失っても実現可能とでも思っているのだろうか?

それよりも何よりもこの大臣。発言が余りに軽いのはどうした事だろう?民主党政権が連休明けに迎える分裂の危機をこのおっさん(と言うより兄ちゃん)と財務官僚は全く想定外。想定すら出来ていないのだろう?軽いと言うよりオバカな対応。

大体、中国と韓国は日本の経済協力を本当に大切に感じているなら、中国と韓国の2国間貿易交渉は無いでしょう?馬鹿にされていると言うより笑われている事が分からないのだろうか?この国の人達もなんだかんだ言いながら、その程度の人が増税法案の担当大臣である事に情けない思いをするのは親父位なのだろうか?

中国や韓国の事を心配する前に自分の立場を心配する様が先だと思うが、このコミュニケを聞いていると彼等にはそんな心配は微塵も無いのかもしれない。連休も後4日。国内外の情勢はそんな事とは全く関係なく動いている。

一国どころかどれだけ多くの関係機関が(ユーロがその一番分かり易い例だが)世界的経済問題に立ち向かったとしても、個々の国内問題が改善出来なければ、いずれはもっと悪くなる事が分かっていない。

この国の大臣と高級官僚はいずれはたき落とされるに違いない。その時は上手に立ち向かうのだろう?しかし、そんな事を考えるのは親父だけかもしれない。アメリカとの関係改善?どちらが関係を悪くしているのだろう?

巨人の原監督は昨日の亀井の凡プレーを「一晩寝ないで反省しろ」と怒っていた。その亀井が今日の試合で試合を決める1号ホームランを打つ。それがプロだろう。安住財務大臣。アンタに怒っている人は親父だけでは無い。

お腹の調子が悪い。お昼、正露丸を飲んでいないので下痢が止まらない。そんな訳で食事はしていない。テレビも見るものが無く撮り貯めたドラマの再放送を見てニンマリとしている。阿部寛、夏川りえ?「結婚出来ない男」最高です。これから食事です。讃岐うどん。白ネギを入れても大丈夫かな?

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高知遍路道(修行の道)アンタに一番欠ける事。そう言い聞かせていた。

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高知遍路道は徳島23番札所から90キロの所にある最御崎寺(ほつみさきじ)から始まる。そのアクセスは歩き遍路で3日。1200年前に空海が室戸の洞窟で悟りを開いた時にどれ位掛かったのだろう?道なき道を切り開いて辿り着いた時は何を考えていたのだろう?そのとき見た空と海。その道を辿る。

秋が始まった10月の中旬。この駅はJR牟岐線。徳島からどれ位掛かったのかな?乗り継いで1時間半。そしてここから第三セクター。(阿波、室戸シーサイドライン)しかしこの路線は長くは無かった。立派な鉄路は長くは続かなかった。甲浦(こうのうら)で終点。でもこの路線も赤字路線。子供達の車内ポスターが愛おしかった。

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ここからバスが室戸岬を通る。連絡時間は少しあったので駅舎内で近くのおばちゃんがボランティアで働いていた。グループで数人。何でこんな立派な鉄路がここ迄と聞いて見ると言葉を濁す。「利用客が少ない」と言いながら実際は地域の反対があったとか。先見の明が無いと地域の活性化はむつかしい。有ったとしても親父の様な人間は少ないのかもしれない。この先の風景を紹介をすれば必ず考えが変わるに違いない

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バス車内からの風景。親父が30年前に車の中から見た景色は何も変わっていなかった。運転手の言葉に依ると以前と比べて砂浜が減り波打ち際が近くに迫っていると言われていた。青い海、白い砂浜。この景色も段々見れなくなるのだろうか?

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空海様が室戸の海を見ていた。

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空海が見た風景?今はその洞窟前の道が出来て波打ち際も隆起しているので、この景色は洞窟前では見れない。整備された道を降りて遊歩道を歩くと見れる。

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この景色も荒波が打ち寄せると感動の景色になるに違いない。空海は近くの洞窟で19歳の時、虚空求聞持法を修法したと言われている。

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室戸岬の先端海に沈む岩礁は現在心配されている東南海地震の過去の地殻変動を現している。室戸の岬に来るとその事が良く分かる。人は短いスパンでも危機管理が出来ないと言われるがこの国の天変地異を目の当たりにする事は殆ど無い。

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30年前に2泊した宿。廃業していた。利用客の減少。ここだけでなく地方の岬はアッピールする観光施設が少ない。しかし、人を呼ぶ工夫はそんな物ではないだろう?これからは元気な高齢者。小金持の退職者。自然を満喫出来る観光客が多くなる。その取り込みがこれから求められている。

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ここから次の札所迄はバスで移動。(ここ迄も室戸のバス停から移動)この札所は海岸寄り。港に近く場所が分かり難く通り掛かりの奥さんに聞く。丁寧に教えて呉れたが住宅地の中を歩くので道を間違える。バスの時間に焦りながら道を探していた。

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バス停から2キロ。ニンマリしていたが良く考えて見ると片道の遍路道。甘くは無かった。しかし、この時の道は次の札所で生きる。どういう事?内緒です。

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遠くに室戸の岬が見える。汗を拭きながら頭の中を空にして海を見ていた。時折歩き遍路の人が降りて来る。殆どの人が無愛想。お互い様。気にしない。心に何か思う事が無ければこんな山道を歩く事は無い。アンタは?親父は好奇心だけで歩いていた様な気がする。

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(ここで休憩です。今日はいい天気。でも休息日です。嘘をつけ。では何の日。?)

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バスは高齢者の乗客のみ。一番後ろの席でデカイ態度で座っていた。バスの中は快適。外の景色は龍馬も見た太平洋。明るい日差しの中を遮るものは何も無い。車内の会話は方言は少なく親父の未来の姿があった。年たけて颯爽に歩いていた親父の様な生活が出来るだろうか?(親父...爺ちゃん。)

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日本一の鮎が棲む。どんな鮎だろう?大分田舎の久留須川のうなぎと鮎もめっきりと減り昔の面影は無い。この川を遡ると馬路の村に行ける。村おこしの柚子の加工品は関西でも知られている。日本全国田舎の村は限界集落の波が押し寄せている。

東京霞ヶ関のお役人が進めた政策は市町村広域合併。都会人の多くが知らない地方の活性化策。大分が以前に進めた一村一品運動。この馬路の村は過疎が止まっていると言われる現金収入の柚子の加工。その取り組みを見たかったけれど次の機会に譲る。

ここは事前に予約した営業所の女性に勧められた食事のお店はあった。お店の前は海。おしゃれなお店に感嘆の声をあげていた。注文したのはハンバーグ定食。ニコニコしながら食っていた。タクシーはこのお店の横の広場に来て呉れる。

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食事の後、コーヒーを飲みながら安岐の海を見ていた。お店のガラスに姿が映り込んでいるが顔は見えない。海岸の波消しブロックが顔に重なっている。

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神峰寺(こうのみねじ)このお寺は下のバス停から5キロ。しかし登りの坂はきつくて普通の歩き遍路で1日掛かりとなる。その事はガイドブックで学習していたので前の夜、室戸の宿でタクシー予約。担当の女性は丁寧な対応をしてくれた。

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タクシーが待っていたので行かなかった。

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正面の本堂に上がる階段も杉の大木が倒れ掛かって通行禁止。右から廻り込む。

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28番札所大日寺前の野市駅。ここから札所迄はバスで行こうと思っていたが適当な路線は無かった。案内所でどれ位かかるのか聞いて見ると歩くと30分と言われる。地図を見ると29番、30番と少し歩かなければならない。この日の宿はこの近所でいいかと思いながらも予約無し。タクシーで行くかと決める。

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大日寺本堂

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魔尼山(まにさん)国分寺 山門 741年創建 土佐の国の一宮

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善楽寺30番札所。28番札所から30番札所は田園地帯と国分川沿いの道をゆったりと歩ける。しかし、タクシー以外の足が無く最後は優しい運転手に頼っていた。タクシーは高知市内の宿迄探してくれた。タクシー代7000円。安くは無かったけれどお陰で今回の目標達成。明日は高知市内を観光して土佐中街道を戻る。

宿題。土佐中街道をパソコンで検索してどんな道か調べる事。今夜出来たら紹介します。

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2012年5月 2日 (水)

徳島遍路道21番札所から23番札所

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山から下りてうどんを食って川原に出る。広い。しかし、夏の日差しで石ころも水も汚れていた。この川の上流にダムがあるからどうしてもこうなるのだろう?川は生きている。石ころが乾涸びて来ると川は汚れる。熱い石ころを押し退けて横になるスペースを確保しながらそう呟いていた。

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徳島で見た川で一番綺麗だったのは鮎喰川。川が綺麗な条件はまず上流域にダムが無い事。ダムがあると水が貯められるのでどうしても汚れるのだろう?しかし、水力発電の恩恵はどれだけ理解されているのだろう?只水を貯めるだけでなくその活用もこれから求められるに違いない。

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四国遍路道1番札所で買い求めたママチャリは徳島遍路道最終23番札所で誰かに引き取ってもらうしか無かった。お世話になった相棒を持ち帰る事は出来なかった。その相棒も優しい人に引き取ってもらった。その話はこのブログの最後に。

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実りの秋が近い。朝露に濡れて稲穂が輝いていた。大分田舎の道を思い出していた。この時は緩やかな登りの道をキョロキョロしながら歩いていた。大阪から電話が掛かって来る。「今、何処で、何をしているの?」「今、徳島。遍路道を歩いている」羨ましいと言われたがそれに答える言葉を選んでいた。

「羨ましい?」それは仕事ができる日常です。人は自分の本当の歓びをどれだけ分かっているのだろう?皮肉に笑いが込み上げていた。なんだかんだ言いながら人は自分の生き方を正当化している。もの言わぬ朝露の稲穂がその事を教えていた。

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ささやかな幸せ。ささやかな実りの秋。台風の被害も受けずにあぜ道の山百合に祝福されていた。今年もそして来年も(今年は田植えは済んだのだろうか?バスの中から確認出来なかったが?)何事も無かったかの様に時は流れて行く。

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土佐中街道 地形的には山間を抜けているが緩やかに登っている。先月の終わりこの道をバスで往復した時にはこの景色をしっかりと記憶していた。登り坂は緩やかだったけれど長い。そろそろ不安に成り掛けていた。予想の道程と違う。違っては居なかった。

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ようやく長い坂を上り詰める。札所の案内も出る。何よりも嬉しかったのは下り。荷物の紐のゆるみを確認してサドルに腰をかける。雨が降って来たのでカッパで身支度もしながら顔は緩んでいた。「楽が出来る」しかし下り坂は緩やかではなかった。

雨に煙る峠道を足をひろげて一気に下る。立派な道だった。広い道だけれど車を気にしながら走っていた。途中で首に巻いていたタオルを落とす。自転車を止めて拾いに戻る。それくらいの余裕が無いと下りは危ない。

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雨もやみカッパを脱いで平等院の場所を確認していると地元の高校生が声を掛けて呉れる。「何かお困りですか?お手伝いしましょうか?」ありがとう。でも大丈夫。目的の場所は道なり。雨上がりの川は水が勢いを増していた。

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到着。又、雨。カッパを引き出してチャリは置いて参拝。しかし、この時さり気なく近くの看板を見逃さなかった。そして身構えていた。「遠い」「どうしょう?」

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次の札所迄20キロ。お泊まりなら迎えに来てくれるが今日は23番札所で自転車を置いて大阪に戻る。一瞬考えるがここからJRの新野駅が近い事は知っていた。そこに自転車を置いて電車で行こう。さすが機転が利く。そう。四国遍路道のポイント。楽をする事。身の丈に合った行動。それが出来ないとこの道は歩けない。

親父は遍路姿の白装束と傘、金剛杖を手にしなかったが昔はこの旅は生死を賭けていた。今は歩き遍路の人でも旅慣れた人も多いがそれでも足にマメをを作って歩けなくなる人も少なく無い。親父の様に一国(徳島、高知、愛媛、香川)打ち(廻り)でも油断は出来ない。

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「よし、近くの駅に自転車を置いて電車で行こう」頭の切り替えは早かった。電車の時間を納経所で聞くと丁度の時間がある。足早に参拝を済ませて駅に急ぐ。

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参道の石が雨に濡れて足が滑る。砂利道を歩くと足に心地好い。正面の本堂から見下ろす田園風景も雨に濡れていた。男42段、女33段の厄坂を登る。

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5色の簱。弘法大師がこのお寺を訪れた時、5色の雲がたなびいて梵字が現れ薬師如来の姿になったと言われている。その印なのだろうか?ここでしか見なかったこの簱。中国の古いお寺の感じがした。(行った事も無い癖に)

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この駅は新野の駅ではない。何故かカメラに納めていない。駅前に自転車置き場があったが心配になり駅斜め前の喫茶店で電車を待ちながらおかみさんに事情を話す。「心配なら家で預かりますよ」優しいおかみさん。お願いをして置かせてもらう。

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数駅先の駅舎。行き違い待ち合わせの為停車。電車の選択は正解だった。23番札所薬王寺は電車でも20分。トンネル越えの峠を眺めながら安堵の溜め息を吐いていた。この駅を2ヶ月先の10月。電車で通過する。JR牟岐線から室戸の旅だった。

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別格本山 厄除の根本道場として空海の風景にも紹介されている。

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ここから先は室戸の最御崎寺(ほつみさきじ)90キロです。歩き遍路の人は3日掛かりで歩くと言われている。親父には到底真似は出来ない。2ヶ月先の10月この先は電車とバスを乗り継いで3時間前後で進む。しかし時刻表片手に地元の観光協会の人とお友達になる。JRの終点は海部駅。ここから第三セクター鉄路で甲浦(かんのうら)そこからバス。皆親切だったけれど過疎の村はこれからの生き残りが心配。

皆さん一度足を延ばして下さい。四国遍路道は色んな歩き方が出来ます。色んな廻り方があります。親父はこの後、日を改めて高知遍路道を今、36番迄到着しています。徳島遍路道で親父と旅した愛車はピカピカの一年生でした。今でも大事にされている事でしょう。引き取ってくれた「そわかの」おかみさん。ありがとうございました。愛車大事にして下さいね。道の宿も頑張って下さい。

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四国遍路道21番札所 ここは空海100日修行の霊場

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鶴林寺から太龍寺の道。この道は少し登っているが傾斜はそうないので自転車を押して喘ぐ事は無い。前の札所鶴林寺の登りが余りにも過酷だったから下りを楽しみにしていたが途中から太龍寺の道は別れていて、快適な下りは一時だった。

でもそれで正解だったに違いない。喘ぎながら登った道の下りは前も後ろもブレーキレバーを握り締め、体を前に倒して転倒とブレーキが効かなくなる事を用心していた。空海様も見た事も無い2輪車で奇声をあげながら疾走する親父に呆れていたのだろう?電話で確認した宿は意外に遠かった。でも何故か安心していた。体を休める宿がある。その思いだけで元気が出ていた。

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翌朝、ここからロープウエイで一気に登る。これが出来る迄は反対側に遍路道があり3キロの急な参道は焼山寺、鶴林寺と並んで「阿波の3難所」と言われていた。平成4年このロープウエイが完成する。スイスの下を見れなかったロープウエイを思い出す。どっちが怖かった?それは比べ様が無い。それ程に高い。どっちが?どっちも。

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この階段が本堂登り口。昨年8月の時は本堂台風の被害で修復中。殆ど完成していたがこの時はまだ通行禁止だった。横の階段から仮本殿を参拝する。

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山門の奥に仮本殿はあった。

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次の札所迄13キロ。チョロいと思っていた。ところがこの日も昨日同様同じ宿で休養したにもかかわらず大変でした。理由は峠越え。なだらかな登りをダラダラと歩く。このマップで確認した時には気付かなかったが方向としては戻る。途中で鶴林寺の案内が見えた時にはぞーとしていた。

しかし登りの後には下りあり。その傾斜に驚く。反対に来ていたなら悲鳴を上げていたに違いない。この道は土佐中街道。数ヶ月の後、この道をバスで通り抜ける。あの時の感動。その思いを今度の旅ではバスで往復出来る。これで思い出の宿「そわか」には四国の定宿に出来る。JR牟岐線桑野駅下車徳島バス河口行きバス和食東下車徒歩15分です。

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仮本堂。

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ここが本堂。修復工事は今は完成しているに違いない。

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大きな杉木立の境内。人のざわめきが聞こえないと時が止まっている。しかし、お喋りのカップル、団体さんも皆無ではない。この日は同じ宿の泊まったので参拝はここだけ。午前中一人でのんびりと散策していた。この道は弘法大師がこのお寺に籠り修行された時に何度も行き来した道に違いない。そう思っていた。

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大師堂。弘法大師はここでは修行はされていない?

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大師堂の庭を支えている木の大木。樹根が土と石を抱え込んでいる。人の生き方を教えて呉れていた。

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前日ママチャリと喘ぎながら登った山が見える。鶴林寺の位置を探していた。一番奥の正面の尾根から少し下がった中腹。良くあんな所迄と思いながらも今から1200年の昔、山岳道場と言われここ太龍寺と肩を並べていた様子が良く分かる。親父はその道を自転車で走破した。大変の事です。(自慢すな。大した事ではない。でも凄い)

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持仏堂の廊下の上に龍の絵が描かれている。

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お見事。竹村画博の絵がこれだけきれいに写し撮れれれば立派です。

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虚しく往きて実ちて帰る。この言葉は空海が遣唐使船に志願し、多くの仏典、仏具を手にして帰国した時の言葉。その当時の玄界灘を乗り切れる造船技術はこの国にはなく、現在人が考える遣唐船とは大違いだった。命がけではなく別れの杯を交わしての唐への求道の思い。その話しは司馬遼太郎氏の「空海の風景」に書かれている。

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予想以上にくぼみは深い。足元のスリッパを脱ぎ捨てて躊躇している。

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高所恐怖症の親父が岩山を廻り込んで室戸方面を見ている空海修行像を見上げる。
右側は絶壁。左の崖を廻り込みながら歩いていた姿は2度はしたく無い。これも立派な修行だったのだろうか?この日は好天。青い空に白い雲が流れていた。

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お昼過ぎに山から下りて来る。宿には当然入れない。近くの川原で暑い日差しを受けながら魚釣りの叔父さんを眺めていた。「こんな所で何をしているのだろう?」そう思いながら昼寝をしていた。近くの食堂で山菜力うどんを食って自分を慰めていた。空海様も同じ思いをしたのだろうか?それはない。力うどんを食いながら自分に言い聞かせていた。何を?それも内緒です。でもそっとなら言えるかも。生きる事はそう言う事です。

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大阪は生憎の雨 今日はおとなしくしている 

明日から連休の後半が始まる。観光地は大勢の観光客で賑わうが何処に行っても人、人、人。折角の楽しみも台無し。それでも子供達が小さく会社が休みとなれば、あっちこっち出掛けていた。一番の思い出?それは何故か武田信玄の故郷甲府への道。

甲府に行って武田神社を訪ねただけの道は浜松から車で3時間弱位掛かった気がする。富士山を前後左右に見ながら助手席の歓声を聞きながら安全運転の合間に、後部座席のカーステレオのボリュームを目一杯上げて、子供達の悲鳴を聞いていた。

あれから多くの年が流れても富士川には第二東名が出来ても、明日からの連休後半の混雑は変わらないだろうけれど、何か溜め息が出て来る。年老いた人はこれから多くなるけれど幸せの想いを噛みしめる人は、どれだけ居るのだろう。

これからはその生き方が問われる。「昨日と同じ今日が来る」その言葉に意味を疑う事も無く生きている日常は何時迄も続く保証は何も無い。その言葉を忘れなければ、この国のまだ見る事の無い多くの精霊が招待してくれるに違いない。

久し振りに見る見るドラマの再放送。岐阜白川村の雪景色。多くの事を教えられていた。これからの激動の時を生きる術は多くの人に問われているけれど、オチャラケの生き方をしているとその大切な事も見失ってしまう。その事を忘れてはならない。

激情的な生き方をしていると忘れている人情と優しさ。思いやりと的確な現状分析。親父達のこれからの生き方はその事に尽きる。親父の場合はその事すらで充分には出来ないが足腰を鍛えて四国遍路道の満願成就の達成と晴耕雨読の田舎暮らしを祈念している。出来るかな?どうだろう?それが生きる証かもしれない。

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四国徳島遍路道 18番から20番迄

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徳島遍路道前の夜 17番札所から徳島市内のビジネスホテルに泊まったので、大廻りになる。徳島で宿を取らなかったならこの正面の民宿が4泊目になったに違いない。恩山寺は女人禁制だった。弘法大師がこの寺に滞在の時母が訪ねて来たが入山出来なかった。その母の為に大師は17日間祈祷し再会を果たしたと言われている。

 

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この草むらの中を遍路道。昔の人は偉かった。本当にそう思っていた。親父はアスファルトの道を自転車。次の札所は遠く無い。それでも近くは無かった。どういう事?そう言う事。近くても遠かった。でもそれはその先の試練に比べると問題にならない程のものだった。

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現在地が分かりますか?小松島市街地詳細図の右側。次の札所は何処だ?

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次の札所迄14キロ。この時まだ今夜の宿を決めていなかった。鶴林寺迄は田んぼの中から緩やかの登りを抜けお寺さんのふもと迄10キロ。そこから地獄の山登りが待っていた。登り口でどれ位掛かるか聞いた中学生は顔を見合わせて「自転車で?」と両手を拡げていた。

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鶴林寺15キロ。増えている。

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実りの秋はもうすぐ。でも収穫の時は近かった。静岡掛川の稲刈りの時を思い出していた。

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鶴林寺11キロ。

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鶴林寺20分でニンマリしていたが車で20分はチャリではドンくらい掛かるのか?その事が分かっていなかった。

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ここは道の駅。何とか辿り着いて一息入れていた。飯も食って闘魂込めて山登りの決意を固めていた。しかし遍路道は自転車を担いでは上がれない。車道を御覧在れ。

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車道5、2キロ。看板を見ながら根性は固まっていた。「さあ行きます」この時この先の難儀を知る由もなかった。

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カーブミラーに親父がきっちり写り込んでいる。これはお見事。プロでも撮れない見事なアングル。凄い。ポールの先に親父が立っている。

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うねうねと山を登る。この先はこれ程のカーブは無かった。良く登りました。もう一度は出来ません。しんどい思いをしながら休みながら先に進んだのは、理屈ではなかった。無我夢中。登り切る事。他には何も無かった。もう一度やれと言われての出来ない。この日の宿の2日泊まる。そして四国徳島の発心の道場は終わる。でもその前に鶴林寺お参り迄。一気に行きましょう。ようやりましたなあ。

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農作業の親父に声を掛ける。元気な親父。お互いに健闘を称え合う。エールの交換。

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大型バスは上がれない。マイクロバスだけ。下りの時を考えながら唯ひたすらに前進。それでも最後は進めなくなる。この坂をサンダル履きで上がったのだから、その事を考えるとこれからの難儀はチョロいものかもしれない。

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昔の人が築いた石組み。その杉林も今は価格が下がり為す術も無い。日本の林業は壊滅の時を迎えている。失われた山林に再生の時は無い事を都会人は知らない。「杉花粉」昔はそんな物は無かった。風呂の焚き付けに杉の枯葉を拾っていた。この石組みをして樹を植えた先人に申し訳ない気持ちで一杯になっていた。

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ようやく山を上り詰める。でもまだゴールではなかった。久し振りに平地を走る。でもその先は又登りだった。

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げーまだ2キロ。しかも又登り。この看板の向こうに少し見える文字が次の札所の案内。

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近い。深呼吸を繰り返しながら歓びを感じていた。

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最後の水分補給。ここ迄来るともう一息です。

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下り坂。ゴールです。やりました。ガッツポーズは無かったけれど。

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本堂に向かう階段。しかしこの前で納経所の叔母さんに紹介してもらった宿で予約を貰う。一息つきながら休んでいるとマイクロバスで上がって来た叔父さんに声を掛けられる。「よう上がって来られましたなあ」「心配していました」見られていました。

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鶴も雄叫びの声をあげていた。鶴のつがいが守ったと言われる地蔵尊は弘法大師が地蔵菩薩を刻みその胎内に納められたと言われている。

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こうしてもう一度思い出して見ても2度と経験の出来ない事が良く分かる。メタボな親父でもこれだけの事が出来た。これからもなんだかんだと言われても揺るぐ事のない確信。それを教えて呉れた。この後、喘ぎながら登った道を一気に下るが21番札所は近くではなかった。那賀川沿いの道をしばらく走る。

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やっとの思いで到着。でもこの宿で2泊。へとへとになっていました。
この後は21番札所。四国徳島遍路道のメーンエベントです。それは明日のお楽しみ。




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2012年5月 1日 (火)

当麻寺(たいまでら)目的の草餅は売り切れ 怒りは爆発

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当麻寺(たいまじ)に行って来ました。大阪天王寺から近鉄南大阪線橿原神宮行き準急。上の路線図で上。この路線の終着駅は吉野。昨年春吉野千本桜を見た時、乗った電車。あの時は感じなかったが当麻寺の行き方が気になり案内所のお姉さんに聞く。丁寧に教えてくれる。顔もきれい。(こらこら)3番線の準急。次の次に乗って下さいと言われる。次の準急は河内長野行き。方向が違う。電車に乗るとすぐ寝ていた。

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これは急行。特急はあったのかな?

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司馬遼太郎の街道を行くにも紹介されている「竹内街道」今日は目的が違ったので帰りに一駅しか歩かなかった。この道は古からの街道。多くの人がどんな想いで往来したのだろう。近くの山は一斉に青葉若葉が芽吹いていた。

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人の往来は少ない様ですが実際は車が行き来するから楽には歩けない。この手前の道で左を3列で歩く中学生が親父から「右を歩け」と注意される。すみませんとか注意して頂いてありがとうとか言われるのかと思いきや言われるままに右に移動するが無言。ここで親父の雷が落ちる。「このやろう」「お礼も言えないのか」

親父のうっとうしい怒鳴り声が3人の子供達の足を早める。後ろに続いていたおばちゃん達の足が止まる。「何、喚いているの?このおっさん」前と後ろで聞こえて来る。狭い道を傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な振る舞いをしても誰も注意しない大人達。注意をされて素直に振る舞いは直しても挨拶も出来ない子供達。

少し離されて子供達に後ろを向かれた時、親父から怒号が飛ぶ。「何処の学校や」
よせばいいのに親父のテンションも高くなる。こうなると子供達も意地があるのだろう?完全にふて腐れながら親父との距離を開ける。最近の子供達の態度が悪いと言われるが徳島の山間で挨拶を交わした子供達との差を考えていた。

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栄養失調(失礼)の阿吽(あうん)像。仁王像

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牡丹園 観賞庭園 ここでカメラのバッテリーが無くなる 残念 

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牡丹園は綺麗だったけれど感動は無かった。何でだろう?花が盛りを過ぎていたのだろうか?それとも花の印象だろうか?立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花
境内は広かったけれど本堂は眺めただけ。帰りは持参したおにぎりを食いながら一駅歩く。二上山山麓の道。この道は大阪平野、奈良盆地、和歌山への道、そして伊勢に続く。この先は竹内街道。そして伊勢に向かいます。

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焼山寺から17番札所井戸寺まで ママチャリ快適

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焼山寺迄の道は登りで遠かったが下りはここ迄一気だった。この近くに温泉はあった。ここは橋の上。下を流れる川は清流だった。若者のグループが青春を謳歌していた。水清く空は何処迄も青かった。昨年の夏の朝。田舎の川を思い出していた。

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画像ではよく見えないが水は清く川底の石が見えていた。この地域の人達が川をどれだけ大切にしているか思い知らされていた。鮎喰川。鮎が食える川。親父達が小さいころの川は皆同じだった。今は故郷の川にもこれだけの美しさはない。理由は簡単。原因は護岸工事。ここはそのコンクリートの護岸工事が見られなかった。

何故だろう?原因は水量?これくらいの水の流れが清流の限界なのだろうか?それも違う感じがしていた。昔からの生活の価値観の違いだろう?川は再生の限界を超えると汚れる。その事をこの地域の人達は理解していたに違いない。

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立見峠 昔の侭の田園風景 どれだけの人がこの峠からこの風景を見たのだろう?そう考えながらこの日の朝、善根の宿のお母さんが作って呉れたおにぎりを食いながら眺めていた。この景色は2度と見る事は無いだろう?しかし、日本全国何処でも見れる景色。これからどれだけの同じ景色が見れるだろう?

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お遍路さん休憩所 ここで別れた悩める青年 何処迄遍路道歩けたかな?

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石段の上に方丈、大師堂があり本堂は書面奥にある常楽寺。このあららぎ大師は糖尿病に苦しむ老人の為に植えたと言われるこのあららぎの大木がある。糖尿病は弘法大師の時から難病だった事を知る。

今でこそ糖尿美容病と馬鹿にされるがそうではない事に一人で合点していた。この木の股に置かれていた石の大師は外されていた。そう。それが木の為にも石の大師の為にも良い。そう感じていた。

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15番札所国分寺 国土安全、五穀豊穣を願って聖武天皇が全国に建立を命じたと言われている。本堂横の枯山水の石庭は有名だけれど先を急いでいた。

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16番札所観音寺 ここで雨が降って来る。山門の下でカッパを着る。ガイドブックで17番札所から18番札所は距離があるから徳島市内で宿を取る様にと書かれていた。その通りにする。17番から18番は17キロ弱。しかし徳島市内も近くではなかった。

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この山門は大きかった。境内も広かった。雨が上がりカッパを脱ぐ。車を乗り付ける遍路も少なく無い。でも車で楽をすると有り難みは消える。道を探しながら歩く事は自転車でも凄いと思っていた。徳島遍路道はママチャリで正解でした。

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左に親父の愛車ママチャリと荷物が見える。(カッパを乾かしていた)

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ここから徳島市内はこの距離の3分の一位だったのかな?翌日市内のホテルから17、8キロ位あった気がする。この先の牛丼屋さんで店員の娘に駅前の道を聞く。優しい娘だった。一人で切り盛りしていたからしっかりしていた。最近の若いものは馬鹿には出来ない。親父ギャグを軽く受け流していた。


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