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2012年4月

2012年4月30日 (月)

昨年夏ママチャリで40キロ半分走り半分歩いた道

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徳島遍路道11番札所からⅠ2番札所の遍路道。遍路ころがしと言われる難所。
覗いた(のぞいた)だけでママチャリで正解だったと思っていたが、そうではなかった。どんなに遠回りしてもこちらの方が楽だと思っていたが、その罰が当る。

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四国遍路道。歩き通せる人は少ないがそれ程にこの道は容易ではない。叶う事なら何時の日かこの道を歩きたいが一人では無理だろう。ならば2人では?それでも余程の体力が求められる。今の高血圧とメタボな体では夢の又夢に違いない。

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この看板を見る迄は平坦な道で☂には降られたが、右に山塊を見ながら順調に進んでいた。石井町。この付近には先週高知からの帰りに乗ったJR徳島線も走っていた。ここから27キロならチョロいと思ったのが間違いだった。

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目的の看板の出る。この先登り坂かと思いながらも本当の試練を全く感じていなかった。この画像で見てもその余裕を感じる。しかしそうか問屋が降ろしてくれなかった。「甘い」「おぬし、問題はここから」そう囁かれている事を全く感じていなかった。この坂を越えたなら?そない甘いもんやおまへんでした。

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景色はいいが長い長い登り坂。サンダル履きでチャリを押しながら雲行きが怪しくなる峠の先を心配していた。

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やっとトンネルに辿り着く。しかしこの時雨は本降りになっていた。
「トンネルに入れば一息つける」しかしこの考えも甘かった。トンネルの中は真っ暗。足元さえも見えない。自転車は狭い段差の外。その先を車がトンネル内に轟音を響かせて通り抜ける。自分が車の運転をしていた時には感じられなかった恐怖感。それを味わっていた。

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トンナルを抜けしばらくは下り坂。雨の中をカッパを着ていても雨粒が顔に当たる。
しかし閉塞感と緊張感から解放されて綺麗な川を見ていた。鮎喰川(あくいがわ)
川底が見える様な水の流れ。この川にはダムが無いに違いない。そう感じさせる清流だった。ここで水分補給をしながら若夫婦と話しをする。

奥さんが買い物に出る処だった。ここで目的地迄の距離を確認。旦那に無視される。顔は笑っていたが自転車ではねと言葉を躊躇っていた。(オイオイ。そんなに遠いのか?)不安になっていた。その不安が的中する。ここから山を2つ以上越える。

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この看板を見ていた時は歩いていた。平坦地より登り坂が多くなる。

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こんな山間の地にも人の営みがある。親父の田舎を思わせる静かな山里。

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道が段々狭くなる。それでも標識を見ているので何も心配は無かった。長い長い道ももうすぐ終わる。そう考えると腹が減って来る。この頃およそお昼過ぎ。それでもこの峠を抜けないと目的地はまだまだと気合いを注入していた。

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峠の山道を抜けると立派なホテル。途中の山道で聞かれた温泉。「遍路の親父に聞くな」と思いながらも丁寧に対応していた。このホテルの横には同じく立派な健康ランドが併設されていた。残念ながら目的地はもう少し先。先を急ぐ。ここは道の駅の売店もあり近くには民宿もある。正直迷ったけれど思い直して走り出す。それは正解だった。

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ここから焼山寺の下の宿迄は2ー3キロはあったに違いない。その宿の親父さんが夕方ここ迄風呂に連れて来てくれた。「迎えに来るからゆっくりして下さい」優しい心配りに感謝していた。同じ善根の宿にお世話になった東京の歩き遍路の親父と一緒に連れて来てもらった。

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ここのお店で目的地到着。道の駅の駐車場を指差しながら「何で駅?」と聞きながらお茶とお菓子の接待を受ける。この時3時半を過ぎていた。店番のお兄さんに宿を聞くと「うちで良ければどうぞと勧めて呉れました」

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翌朝、となりに泊まっていた親父は歩き出していた。佐々木さん元気でした。

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この道は宿の親父が車で山道を運んでくれた。藤井寺と焼山寺の遍路道。ここは歩かないと辿り着く事は出来ない。親父さん、ありがとうございました。

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朝一番の境内は静かでした。納経所で「どちらから」と聞かれる。

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ここから次の札所も遠い。しかし、この時だけはニンマリしてた。山を下る。この時だけは愛車ママチャリに手を合わせていた。前日喘ぎながら歩いた道を足をひろげながら一気に下る。途中で道を間違えるがそれも愛嬌。峠道は来た時とは違う立派な広い道だった。急な下り坂。転ばない様に。パンクに気を付けて一気に下っていた。

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焼山寺。本堂標高は800m。このうっそうとした杉の大木も歴史を感じる。弘法大師の昔からどれだけ多くの人がこの石段を登ったのだろう?静けさの中に本堂はあった。

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親父さんとおかみさんが建てたお堂。次の札所に向かう下り坂。自転車を降りてご無事を祈念する。もう一度来れる様お願いをしなかったけれど、自己管理を忘れなければ再びの時はあるかもしれない。その時迄親父さんも元気で。おかみさんは若かったから大丈夫に違いない。この日は徳島のビジネスホテルに泊まる。





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2012年4月29日 (日)

連休がスタートする。大型バス事故。親父が大阪から高知迄利用したバスとの違いを考える

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四国徳島駅前のつつじに負けない美しさ。急に暖かくなり一気に開花したスリムな花びらがメタボな親父に存在感を主張している。恐れ入りますと言いたい所だけれど。
そう。今イチ華やかさがない。これから蒸し暑くなるけれど準備は出来ているのかと問い掛けている。梅雨が来る迄の五月の時。お馬鹿なマスコミは人出の多さを伝えているが、人の多さが感じられない所に季節を写す景色がある事を知らない。

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明日は雨模様。折角開花した花々も雨に打たれて萎れて(しおれて)しまうのだろう。花の命の短さを感じる間もなく青葉の季節となる。青葉の季節は蒸し暑いが眼には青々とした若葉が鯉のぼりと共に一気に山を駆け上がる。

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大阪から高知駅前迄運行時間5時間弱。途中1時間半で10分の休憩。車内は3列の座席。深夜バスと同じ座席になっていた。バス会社は阪急バス。バスの事故は大半が人的事故。今回のバス事故も規制緩和の弊害。大手バス会社のコストが高い理由。それは人件費。それを切り詰めた安いコスト。

それを認めればどういう結果が起きるのか?それが今回の事故だろう?運行管理者はその事を認めないが居眠り運転をしなければならない過酷な運転。その責任は事故が起きても監督官庁は何も取れはしない。これから長距離バスを利用する時は、それくらいの事は考えなければならない。

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徳島自動車道。吉野川サービスエリア?ここ迄大阪から3時間。2回目の小休止。川の向こうはJR徳島線。高知からの帰り土讃線阿波池田で乗り換えて徳島に向かった鉄路。吉野川沿いの高速道路は予想外の多くの感動がありました。

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昨年夏、徳島遍路道自転車で巡れるとニンマリしたのも束の間、このほおずきを見た3番札所?大日寺。そのお寺の長い長い参道がバスの中から見えた。嬉しくて懐かしくてそれでも義経が四国高松の屋島を攻めた間道を探していた。

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左の電柱の先にあの時泊まった宿があった。この高速道路を走るとは予想していなかったので興奮していた。車内でこの場所は確認出来なかったけれど、長い長い登り坂の先にあったのはおもてなしの宿でした。予約時間が遅くてコンビニで弁当を買って持ち込んでいた事を思い出す。

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まさかこの道を走るとは全く予期していなかった。この高架の先の山間にお寺さんはあった。

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この次の5番札所で宿を紹介してもらった。

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翌日見た義経の阿波進軍物語。義経の戦略を平家は全く予期出来なかった。
多くの歴史を知らないけれど平家滅亡に最大の功績を果たした義経は、兄頼朝の不信を買い東北平泉間で逃げ延びた義経は、皮肉にも保護者の死亡で不遇の最期を遂げる

大河ドラマで日曜夜8時放送されている「平清盛」制作者が何をアッピールしたいのか分からない不人気ドラマ。その原因は簡単です。この国の礎を築いた人として清盛の功績をどれだけの人が感じるのだろう?天下人として残した功績が現代の政権与党とどれ位違うのだろう?アメリカのオバマ大統領と日米の絆を高める?

大河ドラマと野田総理の不人気は重なる。その心は余りに人の思いを蔑ろにしている。平家滅亡と現政権の退陣。そしてそれを尤もらしく伝えなければいけない現実。他人事と思わないで着実な生き方をしなければならない。




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車は走る凶器 走る棺桶 便利さと快適さと背中合わせの悲劇

車の悲惨な事故が繰り返されている。車を運転する資格は免許だけでは無い事が大人が教えていない。事故の悲惨さは土下座をしてもどんなお詫びを繰り返しても、取り返す事の出来ない物。それが何なのは分からなくて「ボーとして運転していた」?

そんな馬鹿者も取り返す事の出来ない日常。そんな時がある事を教えてやれない。親父は運転免許を傷つけていないが、もう運転は出来ないと思っている。車の性能がどんなに上がっても運転する人の性能が上がらなければ結果は悲惨です。

最近、歩道を歩いて見なはれ。一番感じる事は車と歩行者が完全に区分されていない。子供達が通学路で命を落とす。怪我をする。その責任が誰に問われるのだろう?その事を私達は考えなければならない。

車を運転する資格に安全運転の条件が欠けた時、運転をしない勇気は交通刑務所の実態をもう少し、オバカな若者とおっちゃん、オバはん、爺婆達に教えてやらなければならない。万一の時問われる運転責任。その重さを教習所だけでしか教えない車の売り方。車の売り方にも問題が少なく無い。その事をもう一度考えても損はしない。

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2012年4月28日 (土)

誰もが公正な条件で働ける社会?連合の思い上がりも許せない 

佐伯豊南高校3年の夏、大阪福島区の印刷会社で就職試験の面接で「日本の2大労働組合を答えて下さい」と問われて「総評と炭労」と答えて面接の総務部長に苦笑された。「成る程九州では炭労が元気が良かったからね」と親父の組合知識を素直に認めていた。その当時は大手企業の組合も労使協調路線の同盟だった。

今はそのいずれも発展的解消?支持していた社会党も訳の分からない民主党?労働組合は連合。その会長が演説をしている。「公正な条件で働ける社会」なんと立派な言葉だろう。しかし、よく考えても見たまえ。現在の厳しい低成長の時代に身分保障がされていると言われる正規雇用者、正社員でもその条件を満たす事が出来ない。

今日の労働環境は厳しい。正規労働者の首は簡単に切れないけれど、非正規労働者は簡単。必然的に社員の採用は厳しくなり労働環境は過酷になる。それでも政治家にその危機感は無い。政治家だけで労働界の代表の認識も同様。この演説を聴きながら吐き気がして来る。この労働貴族達は美味い物食いながら贅沢をしているのだろうか?

民主党政権、連合組織、そして働く人達と親父達年金生活者の生活がこれから深刻になる。今、突きつけられている問題は生活弱者の人達の政治と経済に対する認識。今の侭では間違いなく生活格差は広がり、この国の経済は破綻する。

政治と経済の問題は本当に難しいが日本人は賢明で人の弱みが理解出来る人達と言われて来た。しかし、本当にそうなのだろうか?東北被災地、福島の復興は遅々として進まなくても、被災地のガレキ受け入れ反対。

安全を担保出来ないと口々に言いながら、自分達の子供達の未来を尤もらしく語る。被災地のガレキの山を他人事の様に思っているのだろう?そんな生き方に鉄槌が必ず降りる。それ迄に生き方を変えられるのだろうか?変えられないだろう。

自業自得と言う言葉さえ知らない人も少なく無い。日本経済が今問われている事はデフレ経済界からの脱却。デフレ経済と言われても分からない人は兎も角、この国の経済、金融の政策決定者でもその処方箋が見つけられない気がしてならない。

デフレ経済が後一年続くとこの国の経済は深刻な状況を迎えるとは、どれだけの人が考えているのだろう?デフレ経済とは物の値段が上がらなくて良いとか言う人も居るが、仕事を求める人は益々仕事を得る事が出来ない事が分かっていない。

今日は暑くて早くも真夏日。明日も暑いけれど今日程にはならないと言われている。これから都会で生きる人が問われる暑さ。それも長くは続かないけれどアホなお笑いに誤摩化されないで、足元を見つめ直さなければならない。

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小沢無罪の代償?政治とお金の問題は他の政治家には無いのか?

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四国土佐35番札所清瀧寺(きよたきじ)の見事な藤の花 タクシーの運転手が待機していたのでゆっくり観ていないが、カメラが近過ぎてピントがきちんと合っていない。でもこれはご愛嬌。笑って許せない事がある事も誤摩化してはいけない事もある事を空海様は教えていた。藤の花の見事さを感じられない小沢無罪判決に対する身内のコメント。

全く見苦しい民主党税制調査藤井会長。この人の発言に怒りが込み上げて来る。政治と金の問題を口にする多くの人達。しかし、その人達はお金に綺麗なのか?政治に金が掛かるのはアメリカの大統領選挙を見て見なはれ。当たり前。口先だけどどんなに綺麗事を言ってもそんな物は貧者の証。政治家がそんなに貧しいのか?

民主党税制調査会長。何だこの役職。政権交代後退の時、尤もらしく自民党の政策を批判して無駄な財政支出を削減すると声高に叫びながら、何も出来ないばかりでなく消費税増税。そんな事が出来る筈も無いと批判された刑事被告人に弁護の言葉も無く裁判で無罪と判決が下されても「証人喚問」この政治家の常識は消費税増税しか無いのだろうか?

小沢氏が問われた政治と金の問題は無罪判決とは言え、その判決に納得出来ない反対勢力のあなた方が国会での説明責任を口にするのは、理解出来無い。同じ政党、同じ責任与党だと考えているのだろうか?親父の考えは甘いのだろうか?消費税増税は有り得ない。

親父以外の多くのあなた達を支持した有権者は本当にがっかりです。あなた達が自民党を飛び出して政治改革を志した日の思いはどうしたのでしょう?それが消費税増税だとしたら次の選挙では間違いなく。自民党に負ける。その時、民主党を見限り自民党に復帰ですか?今の総理を始め政権与党、幹部はこの連休の間、その覚悟を決めるのだろうか?

弘法大師はこの清瀧寺北方の山中で修行した今から1200年前、満願の日にその大地を金剛杖で着いた時、清水が滝の様に流れ出たと言われている。
「澄む水を汲めば心の清瀧寺 波の花散る岩の羽衣」清瀧寺御詠歌を詠いながら隠居しないと本当にこれからろくな生き方さえも出来ないに違いない。

小沢無罪判決の現実はそれ程に重い事をこのお寺の藤棚は教えていた、現在多くの人が知らない「薬子の乱」大同5年(810年)嵯峨天皇と平城上皇その側近間に起きた醜い争い。薬子(くすこ)は上皇の妾。その争いは先手を打った朝廷軍の勝利に終わるが、その時出家した上皇の皇太子は、弘法大師の弟子となりこの寺で修行。この札所に泊まり込みでオバカな政治家に研修をさせなければならない。

政治とお金の問題は政治家だけの問題ではありません。その事は認めましょう。共産党、公明党、非営利団体と言われる人達の考え方も否定はしません。しかし、その団体組織に税金が掛けられずに税制の見直しも出来ずに財政改革?この国の有権者はホンマにそこ迄認めるのだろうか?

親父は馬鹿だからその程度の事しか考えられないが、今迄絶対に出来ないと思われて来た事がこれから間違いなく叩き直される。明日は京都淀競馬場でグレイトーワン(G−1)天皇賞が開催される。明日からは全国何処でもゴールデンウイーク。前半は天気に恵まれて行楽地は賑わうに違いない。親父は人気の無い奈良のお寺で藤棚を探しているかもしれない。

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2012年4月27日 (金)

高知31番札所からの遍路道

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高知駅前通り?正式には何と言うのかな?高知駅近くの宿(龍馬ホテル)からはりまや橋交差点土佐電鉄路面電車停留所を目指して歩いていました。この日は快晴で桂浜で蝉の鳴き声を聞く。全国的にも初夏を思わせる暑さで一気に陽に焼ける。しかし、空気はさわやかで日陰に入ると汗は冷めていた。朝一番の目的地31番札所は路面電車の停留所から意外に遠く小高い山の上に在った。遍路道は歩かないとその厳しさは分からない。その事を思い知らされる。

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蛙の歌は聞こえて来なかったが山の麓の田んぼは田植えが済んでいた。この時は元気に歩いていたが山の登り口が分からず近くの叔父さんに聞く。丁寧に教えて呉れた。

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高知市内から車で来ると何の事は無いが、この遍路道は結構厳しかった。

風邪は大した事無く熱も出ていないが龍角散では咳が止まらないので、掛り付けの内科医で薬を貰いに行く。時間が無いので続きは後で書きます。

途中で「咳を簡単に止める事はむつかしい」と何かで聞いた事を思い出し、医者に行く事をやめて洗濯をしながら明るい連休前の空気を吸い込む。惜しむらくは新緑の咽せる(むせる)様な香りがない。四国那賀の人が足を踏み入れた形跡の少ない山道で散策しないとその想いは叶わないのかもしれない。ここ竹林寺の登りでもその事を何も考えていなかった。その罰が当る。

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山頂には思い掛けない風景が広がっていた。四国高知の植物学者牧野富太郎を顕彰して建てられた広大な植物園。公園。記念館。遍路道を上り詰めた所で偶然牧野富太郎50周年記念のイベントの準備が行われていた。その会場の紅白の幕の前を横切り建物の中に入り場違いな建物と思いながら竹林寺の場所を聞く。

「ずっと先です」との返事を聞きながらやっぱしと思いながら引き返す。この地域では竹林寺よりもこの植物園の方が幅を利かせているのだろう?竹林寺の案内図が全く無かった。それとも親父が勝手に思い込みをしていたのかもしれない。

事前学習をしていなかった。takeさんにいつも言われている説明書を読もうとしないオバカな親父が端的に現れていた。この博物館の入り口(親父の場合出口)で記念切手発売の並び方を説明される。

記念切手の収集家なら垂涎(すいぜん)の代物(しろもの)でもその趣味も無い親父には「猫に小判」だったのだろう。鰹節だったらメタボの親父でも飛びついてかも。その罰は意外な形で桂浜の先で思い知る。しかし、その事も全く気にせずに綺麗な植物に単純に眼を細めていた。

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到着です。納経帳を持って来ていなかったので有名な庭を拝観す。次の札所の案内を横目で見ながら車15分の文字に騙されなかった。歩くと約2時間。もうその体力は残っていなかった。これはガイドブックで学習していたので迷う事無くタクシー。その運転手と仲良しに成り浦戸湾(高知湾とは言わない)を越えて桂浜迄乗せてもらう。運転手の兄さんも肺ガンで亡くなっていた。

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庭園は行った事は無いが中国の影響が良く現れていた。平面な庭をイメージしていたが奥の崖迄も庭の景色に取り入れられていた。質素で京都の雅な庭園とは趣が全く違う。観れば見る程心の中に空海の風景が甦っていた。

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32番札所禅師峰寺(ぜんじぶじ)近くの人は峰寺(みねじ)さんと親しみを込めて言われる。確かにぜんじぶじとは言い難い。この間の道は田園地帯。東南海沖地震では津波で甚大な被害が想定されている。しかし、対策は避難の道が遠過ぎる事だろう。ここから桂浜迄の道も歩くと大変だったに違いない。

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運転手とはここでお別れ。桂浜で小一時間。絶景を楽しんでいた。意外にも波打ち際は立ち入り禁止。沖は太平洋。大波が落ち寄せる危険があるとか。そんな事は予想出来ない絶景が広がっていた。危険予知。その言葉の重みを簡単に「想定外」とは片付けられない事をこの国のリーダー達は気付いていない。事故は起きたらその責任が問われる。その対策も取れないで安全宣言は絶対にない。それがこれから問われる。

(休憩)

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高所恐怖症の親父がどんどん上に上がり下を覗き込んでいる。足が竦みながら遊歩道の手すりを腹に当てながら撮った写真。静岡御前崎よりも高所感があるけれど、御前崎は灯台の上からの景色。あそこは風が強くて悲鳴を上げていた。ここにはその恐怖は無かった。

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狭く急な階段を手を付きながら上に上がって歩道を歩いている。桂浜は車道からすぐ外と思っていたがそれは間違い。月の名勝は岬の先にありました。

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この道を車で走ったのは30年近く前。もう日が暮れて暗闇だったから気付かず、その日の宿が室戸だったので先を急いでいた。そんなに急いで何処に行く。あの頃は若かったけれどそんな生き方をしていたのだろう。左の海に突き出している展望台から桂浜が一望出来た。下の砂浜を歩けば行けるのかな?そんな人はいなかった。

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この道を唯ひたすらに次の札所迄歩く。途中で案内図が出る迄に相当歩いた気がするが、後ろを振り返ると大した距離ではなかった。これ迄の道もこれからの道もそうなのだろう。人の歩く道は前を見ると遠いけれど実際に歩いて見ると大した事は無い。そんなもんです。多くの事が「大変だ」と思われるけれど案ずるより産むが易し。男は産めないけれど生み出す事は出来る。その事を海を眺めながら考えていた。この日は暑さが最高。日差しを遮る物は何も無く水分補給も無く顔を上げて標識を探していました。

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あった。でもここから4キロ。嬉しい様な哀しい様な。その先のベンチにへたり込む気にもなれず横目で観ながらトコトコと歩く。後で聞いた話ではこの右側の防風林の先に生活道路がありバスが走りお店もあったとか。でもその案内図は何も無い。

歩く人に冷たい道やとぼやきながらへこたれずに歩いていた。親父は罰当たりの生き方をしていたが、その受け入れ方も潔いと自分で自分を慰めていた。己の生き方を棚に上げて罰当たりな生き方をしていると、同行2人は夢の又夢に違いない。

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道は綺麗だけれどまだこれだけしか歩いていない。遠くに歩き始めた岬が見える。

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出た。よく見えないが雪渓寺右の案内図。それでもここからも近くではなかった。予想通り。お昼近くになっていたが腹は減ってはいなかった。黙々と歩いていると何も感じなくなるのだろうか?

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通りの横にある公園の藤棚。親父が昨年夏迄働いていた仕事場の横にも立派な藤棚があった。それでも見事さが違う。子供達が小さい頃静岡藤枝の公園を思い出す。2度と見る事も無い若い藤棚は親父に多くの事を語り掛けていた。残念ながらその事を確認する前に見事な香りに圧倒されていた。ありがとうございます。これからも元気で旅人の眼も楽しませて下さい。平日なので子供達の歓声はなかった。

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近くの長宗我部元親初陣の記念碑。この地方の豪族の名前は知っていたが、何を為したかは知らなかった。信長、秀吉の天下統一に異を唱えながら所詮従いながら、嫡男を親父の田舎大分戸次の戦いで秀吉援軍で大友宗麟に味方し、島津軍に破れ失う。

大阪高槻城主高山右近、大分の大友宗麟等キリシタン大名は知られているが長宗我部元親もそうだったのだろうか?大分戸次の戦いで敗れた長宗我部元親は嫡男を失った後それ迄の華々しい豪族の姿を失い秀吉の庇護の元、失意の晩年を過ごしたのだろう?

秀吉亡き後天下を握った徳川家康は豊臣に味方した長宗我部を成敗し、関ヶ原の戦いで貢献した静岡掛川城主山内一豊を高知城主に任命する。長宗我部元親の生き方、地方の豪族としての生き方は学ぶ事が大きいかもしれない。

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四国33番札所雪渓寺到着です。今日、タクシーに乗らないで歩いていたら本日の宿はここ札所の前の遍路宿になったに違いない。ここ迄歩けたかは疑問だがそれよりも桂浜は歩けなかったに違いない。この時2時過ぎ。ここで泊まるにはまだ早い。

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次の札所まで6、3キロ。バスが無いかと納経所のおばちゃんに聞いて見ると、小馬鹿にされる。何でだろう?それくらいの距離が歩けないでどうすると言いたいのだったのだろうか?そんな事で怯む親父ではない。さり気なくタクシーの料金を聞く。

2000円弱。それならお願いしますと電話で聞いて貰うと待機していない。他を探してみるが近くにいない。このお寺の手前でお巡りさんにセルフのうどん屋の感じを聞いた時、さり気なく次の札所の道を聞いていた。いつもの直進道路は崖崩れで迂回しなければと聞いていた。その事もおばちゃんに離すとそれなら分からんと匙を投げられる。「俺の方が詳しい」ニンマリとしながら(イヤな奴)奥の手を出す。

さっきお世話になった運転手。名刺を貰った時「困ったら電話を頂戴」と言われていた。大野さん。電話をすると竹林寺で待機していた。事情を話すとその料金で行きますよと言われる。ところがそれだけではなかった。

次の札所は平坦地の距離だったがその次は山の上。車でないと無理。しかも狭い道。プロでないと走れない。その道を走り宿迄探してくれた。宿は山から海岸迄出て3日目に泊まりたかった国民宿舎。

青龍寺から種間寺が6、3キロ。種間寺から清滝寺が9、8キロ。清滝寺から本日の宿、下の青龍寺迄が13、9キロ。合わせて30キロ近くを一気に運んで呉れる。5000円。歩くと3日掛かりの距離。その価値は充分ありました。少し調子に乗り過ぎてこの日の宿、国民宿舎「土佐」で罰が当たる。

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山の上の清滝寺 何でだろう豊後梅の大木がある 梅は咲いたが桜はまだかいなと洒落込む時が、来年来る事を願いながらカメラに納めていた。多くの人が多くの想いを重ねた事をさり気なく語り掛けていた。この梅に負けない生き方はしなければならない。

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ここ迄の山道を歩いて上がるにはそれ相応の覚悟が要る。仁王門の上に龍の絵があるが今回は不勉強で眺める事が出来なかった。遠くに見える高知自動車道土佐インターからは3キロ弱。JR土讃線伊野駅からはアクセスは良く無い。この山を左から廻り込んで来るので7〜8キロは間違いなくあるに違いない。この札所は簡単には登れない。

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ここにも立派な藤棚があった。

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100番の階段も苦にはならなかった。ソリャーそうでしょう。タクシーで来たのだから。(アチャー)次は下から歩いて来れるかな?無理だな。歩いて遍路が出来る人の脚力と体力に脱帽です。親父はそれでもこれで充分満足していました。大野さん本当にありがとうございました。又の再開の時を楽しみに名刺を保管しています。

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おしゃれな国民宿舎を紹介してもらいました。料理も景色は良かったのに折角の親父の思いが半分崩される。でもそんな事は良くある話。インターネットのやり方で親父が無線LANをケチったのが原因。共用のパソコンケーブルを外した後の再接続がやり難く、説明を聞いている時に無礼な対応にぶち切れる。説明が丁寧だけれど無礼。

その微妙な感覚が読み取れない。何故か激怒していた。一番大事な事を見失うと利用客からそっぽを向かれる。その事を分かっているのだろうか?又、来ますと言われなくても結構ですはない。国民宿舎の看板を外さなければならない。利用者も考えを変えなければならない。国民の宿?もうそんな時代ではない。

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この他に天ぷらの小鉢。でも味は並。(コラコラ)期待外れ?6800円は安い?

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遠洋漁業で栄えた港の面影は残っていなかった。30年前にこの橋を渡ったと思うが街に勢いは残っていなかった。街おこし、村おこしは地元で産まれ育ち地元で骨を埋める人で無ければむつかしい。日本各地の過疎地が抱えている問題。それは現代問題になっている多くの事と共通している。

物事の順序を間違うと本当に決定的な間違いを犯す事をまだ理解していない。原発再開。消費税増税。辺野古沖の埋め立て。これからその事が問われる事をどれだけ多くの人が認識しているのだろう?そんな思いをバス停の叔父さんと話をしていました。

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大阪の生活始まりました 鼻水を垂らしながら目は泪目 それでもまだ寝ない?

昨夜は徳島の那賀町の道の宿「そわか」でもう寝ようとしていた。宿の枕は親父の所の様にぺちゃんこでなくしっかりと高くて、顔が上を向いていると高過ぎた。その枕が横を向くと何故か首にすっかり収まって気が付いたら携帯の目覚ましが鳴っていた。

「熟睡」そんな目覚めの朝も最近は少なくなっている。物音がしない。天気予報では雨の筈だがとカーテンを開けて外を見ると音も無く雨はしっかり降っていた。「☂か」と舌打ちをしながら支度をして下の食堂に降りてみると、宿泊者は全て食事は済ませて殆ど出立していた。

昨夜、一緒に食事をしたオランダの青年も近くの札所太龍寺に登った後だった。昨夜、食事の時、歳を聞いたら幾つに見えるかと聞き直して来たから適当にごまかすと27と言っていた。

takeさんから日本人は外人に平気に歳を聞くけれどそれは大変失礼な事だと言われた事を思い出す。しかし親父はそれでもたじろぐ事は無かった。反対にその若さで遍路道とは関心だねと、胡麻をすると流石にその意味は分からなかった。ニンマリしながら「グレイト」と日本オランダのうんちくを語る。

彼も長崎出島の事に触れるとその事を自慢していた。適当に話しを合わせながらシーボルトの話しをすると「親父節」に食いついていた。シーボルトさん。ご存知だったけれどオランダ人ではなかった気もしたが分かっていたのだろうか?

帰って調べてみるとドイツ人。しかし勤務先が長崎出島のオランダ屋敷。間違いだったけれど彼が親父の話にニンマリしたのも分かる気がする。日本語は話せたが静岡掛川のマルさん程ではなかった。マルさんは比叡山修行僧の千日廻峰の事が語れたからレベルは違う。でも彼も好青年だった。

日本が鎖国の時代。シーボルトが日本の事を真剣に研究して帰国する時、日本地図のコピーを持ち出そうとしてそれを渡した日本の役人が処罰される。間抜けな日本の鎖国政策。江戸時代の末期には開国反対を口にした「攘夷論」が幕府打倒の錦の御旗となる。

外国人を排除しなければこの国は滅びる。その事を口にした多くの反体制派は最初は弾圧される。しかし、明治の世を実現した軍事力は皮肉にも西洋列強から買った大砲、軍艦、銃、火器だった。西洋の軍事力を知らなかったアジアの国々はその植民地となり日本のみがその力を利用する。

文明開花。産業の育成。軍隊の近代化。富国強兵。それに比べて現代の人の生き方はどうなのだろう?その事を四国の山地を貫く鉄路と高速道路、鳴門、明石大橋を見ながら感じていた。桂浜で見た坂本龍馬。長州征伐を跳ね返した高杉晋作。彼等は今、この混迷する時代を見ながら何を考えているのだろう?

空海は何も答えずそれでも正面を見据えて無表情に眼を見開いていた。空と海。そして山と川。もっと歩けと言われていた。今回は桂浜の松林で蝉の鳴き声を聞いたのもその答えだったのかもしれない。時代は変わる。夜の明けない朝は無い。混迷の時代を突き破る。その幕開けかもしれない。(大袈裟です。まだまだ夜明けは遠い。)

そろそろお休みです。明日は起きられるかな? 大丈夫。一人で起きなければ誰も助け起こしては呉れません。それではお休みです。

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2012年4月26日 (木)

予定より一日早く帰って来ました。思いの外、あかんたれ?

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朝、雨と霧の中ロープウエイをゴンドラが上がって行く。高所恐怖症の親父は昨年秋快晴の時、下を見ずにへたり込んでいた。開業以来無事故と言われても途中で停まったらと思うと、それだけでゾクゾクと足元が竦んでいた。どんなに安全と言われても絶対は無い。親父は飛行機でも怖い。東京スカイツリー。絶対駄目。

そのリスク(危険)回避が出来なかった原発事故。それでもオバカな人達は今年の夏の電力不足を考えると原発の再開は止むなしとか?他の発想が出来ないこの思想の硬直、単純さは真言密教の鉄槌を喰らわされても駄目かもしれない。

人の生き方は余りに愚かです。空海は今でも高野山で生きていると言われるが、それはあくまで精神的な考え方。その精神をも否定して人は何処迄罰当たりな生き方が出来るのだろう?信なくば潔く道を問え。そうでなければ悲劇的な結末を迎える。

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徳島駅前のこれから開花の時を重ねるつつじが雨に打たれて親父を見送ってくれる。

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人の生き方も自分の事を棚に上げるけれど、本当はこれ程に美しい事を自覚していない。その人の生きた環境。その人の廻りの人の影響で大きく変わるけれど、雨に打たれながらも凛として花芯を見せてくれる、その美しさは長くは続かない。その事をさり気なく教えて呉れていた。ありがとう。又、合いましょう。

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徳島駅前。静かに時は流れていた。

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いつでもどこでも000。親父はこのお店の雰囲気は好きではないが、徳島駅前でも繁昌していた。その理由はコーヒーの味でもお店の雰囲気でもない。そのネーム(名前)名前で勝負が出来るのはいつでもどこでも000かもしれない。親父は別のお店に入る。そこもチェーン店。でも違う。何が?お店の品格かな?そこが繁昌の違いかもしれない?

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高速バス。南海バス。来た時は高知迄だったが阪急バス。感じが微妙に違う。南海バスは一見して綺麗。しかし、快適さが違う。身動きした時にシートが軋むのは何でだろう?これからは高速ハイウエーバスの様に1人掛け、3列がメインになるのかもしれない。

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バス車内から北淡路島。対岸に微かに播磨の山が見えるが良く写っていない。それでもこの道の凄さは明石大橋と鳴門大橋で本州と四国を結んでいる事。この道の経済効果は計り知れないが淡路と徳島の活性化はどれだけ進んだのだろう?そんな事を考えながら霧に煙る海を見つめていた。

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バスの車内。2人掛けのシート。殆ど満席。人を写さない様に撮るのも腕です。(その割に室内が暗い。)そう言われそうです。カメラ露出とピントの合わせ方。要学習です。(と言いながらデジカメを替えそう)一眼レフにしても駄目だと言われたけれど(トホホ)親父は説明書を読まないし人の言う事は聞かないし自己流が一番駄目。そう言われてもこの頑固一徹は救い様がないかも?(分かりまへんえ)

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明石大橋。貨物船が見える。これもも少し画質を替えて綺麗に切り撮らなければならない。春の海?霧に煙る海?違います。写真が汚い。これも又、学習です。思い知らされたので少し気合いを入れて挑戦しますか?真下の海峡の水面を見ながら息を止めていた。この国の土木技術の凄さは土讃線の鉄路でも痛感したが凄過ぎる。

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これは大阪梅田北地域の再開発。手前の低い屋根が貨物ターミナル跡地。いずれ移転してこの広い地域も全て様変わりをする。その時、大阪は府と市の統合がなるのだろうか?なる訳が無い。

橋下維新の会代表がどんなに声高に大阪都構想をぶち上げてもそう簡単ではない。この国は間抜けな国です。肝心要の所で利権が顔を出す。マスコミの尤もらしい論調が世論とやらを簡単に突き動かす。政治と金の問題。小沢裁判の無罪判決をどんな顔をして弁解するのだろう?

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近くの花壇の五月。つつじとどう違うの分かりますか?

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正解はどちらもつつじ?開花の時期が五月は名前の通り五月になってから?開花はつつじの方が速い。と言う事は大分九重野山に咲くミヤマキリシマは五月とも違うのかな?大阪では長岡天神の植え込みのミヤマキリシマは絶景です。違うかな?今年は行ってみるかな?花の命は短いけれど年々歳々その思いを重ねている。

これから野山は一気に陽炎の花が咲く。連休と言いながら大事な問題に手も貸さないで議員達は何を考えているのだろう?四国から帰って親父節が炸裂している。人の思いを踏みにじりながら政治活動が出来ると思っていたら、大きな間違いだろう。

失われた20年のケリをつけなければ国際協調も支援も日米協力も在ったもんではない。何時迄も人を馬鹿にした政治が出来ると思っていたら、その代償は払わせなければならない。口先だけで人々の生活を豊かに出来ると思っていたら、大きな間違いだろう? 親父、風邪でおかしくなっていないか?大丈夫です。





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旅の最後は雨 雨も又よろし カッパをからげて三度傘?

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昨夜来の雨が静かに落ちていた。山肌を霧が駆け上がって行く。静かな時が流れて又新しい一日が始まって行く。今回の旅も又、初夏と菜種の雨が重なり思い出深い遍路道になりました。少しだけ歩いて大野さんのタクシーで36番札所迄行けましたが、そう出なければそのズーと手前でダウンしていた事でしょう。

短かった3泊4日でしたが無理をせず空海様に笑われながら、歩く事の厳しさを教えられていました。生きる事もそう言う事でしょう。真言密教の教えは教祖が余りに偉大で、今ではその大部分が形骸化されていますが、もう一度自分の心の支えとして確立したいと考えていました。

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これから宿の車でバス停迄送って貰って昨日降りたJR牟岐線桑野駅から徳島駅に、それから高速バスで大阪に帰ります。一日早くなりますが少し疲れたし今日は雨。ベストな選択でしょう。音も無く降りしきる雨も汚れた心の洗濯をしてくれるのかも。

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2012年4月25日 (水)

高知土佐の宿を後にして徳島の「そわか」に寄る。

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徳島遍路旅昨年の夏と秋。その時泊まった宿に泊まる。若い娘が頑張っている。昨年夏にリューアルオープン。道の宿として遍路、旅人、仕事の宿。いろんな人がいろんな思いで利用している。JR牟岐線桑野駅下車と徳島バス和食東下車と徒歩10分。

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昨日泊まった宿。国民宿舎。ここもきれいに成っていた。景色は最高。唯、車でないと最寄りの駅からのアクセスは悪い。料金はお得だけれど感じは良く無い。唯、それも個人の問題で料理も空気も景色も最高です。

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今回の高知遍路旅は36番札所清瀧寺まで。ここから次の岩本寺迄は一日では歩けない。岩本寺は窪川町にある。親父が大阪に戻って2年目の秋、仮設モノレールの仕事をした街。窪川ポークでも有名。知らない?今回どうしても行きたかったけれど、次回のお楽しみ。岩本寺から足摺岬のお寺はバスを乗り継がないと親父は歩けない。

国民宿舎「土佐」は黒潮ラインの入り口にある。この道を走り抜けたのも30年以上昔のは事です。あの頃が1番楽しかった時かもしれない。それでも嘆く事は無い。これから心の持ち様と健康管理で生き方は大きく変えられる。その事が今回も空海様に教えられる。

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高知駅に向かう途中の土佐電路面電車。ここは市街地で道は昔のままだけれど、それでも渋滞は無い。みんな譲り合って運転しているのだろう。10年以上前に窪川に行く時、この道をキョロキョロしながら運転していた。

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高知市内 高知駅は近い この先がはりまや橋交差点

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高知駅から土讃線普通電車でここ迄来ました。ここで特急通過で30分の停車。昨年10月にここから大栃行きのバスで別府温泉迄行き、県境の長いトンエルを宿の車で送って貰い、始発のマイクロバスに乗る。通学の子供達で一杯になった。この道は途中の川口迄徳島バスが来ている。土佐中街道。この道は過疎の村を走っている。

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お昼です。電車待ち時間に改札を出て売店で買う。これくらいで充分。

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山間の駅。スイッチバックの様だけれどそれだけのこう配はない。この路線が開通した時、蒸気機関車の為に造られたのだろうか?この山間の路線を建設した先人の労苦と見識に眼を見張る。大分田舎の日豊線とは違う難工事を克服した鉄路の建設を忘れてはならない。日本各地のローカル線は電化され便利に成っているが、今回の旅で特急が幅を利かせ普通車は小さく排除されている。民営化とはそう言う事だったのだろうか?

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日本各地のローカル線の殆どは単線。ここは駅だから多くの線路が見えるが複線ではない。

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見えて来ました。吉野川上流。大歩危、小歩危の渓谷です。スイスの景色を思い出す。これから新緑の頃になるとこの路線も賑わうのだろうか・

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流れが緩やかに成っている。徳島の乗り換え阿波池田の駅が近い。

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この駅直進すると高松。瀬戸大橋を渡ると岡山は近い。徳島はここから右に吉野川と平行して進む。来る時はこの対岸の山を徳島自動車道を高速バスが走っていた。

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フロントは洗車?されていない。JR四国。たのまっせ。それと停車時のエンジン切りなはれ。エコ電車がえこではあきまへん。管理者は現場に出てお客の声を聞いているのだろうか?

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徳島の遍路道を自転車で巡った昨年の秋を思い出す。車窓に映る景色はその時の事を思い出していた。ママチャリなら楽が出来ると思ったのは半分を正解。半分は間違い。遍路道を歩けずに長い長い道のりを遠回りしていた。長い長い登り坂を自転車を押しながら本当に良く頑張りました。もう一度やって下さいと言われても駄目です。

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阿南の駅。幼子がフェンスの向こうで電車を眺めていた。降りる駅は次の停車駅。桑野駅。無人駅でした。アンビリバボー(信じられない)

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バス停を叔父さんに聞くと丁寧に教えてくれる。丁寧にお礼を言ってバス停を見つける。15・22が出ていたので16・15迄40分近くの待ち合わせ。喫茶店も何も無い。近くのお店に戻り八朔を買う。この柑橘を空海は京都長岡天神のお寺で多く摘み取り嵯峨天皇に献上したと言われている。結構空海さんもマメだったのだろう・

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到着です。鷲の里。バス停は和食東。世界一と言われる鉄塔が山の上に見える。天気が悪くて見えるかな?

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あっこれはよく見える。太龍寺(21番札所)は空海がこのお寺の岩山で100日間「虚空蔵求聞持法」を修行されたと言われて「西の高野」とも言われている。しかしこのロープウエイは一人では乗れない。昨年始めて来た時は下を見ずに乗りました。

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明日は明日の風が吹く(違う)明日は帰ります。疲れました。明日は雨だけれど濡れないでね。ひげは伸びたけれど元気に歩きました。◎

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那賀川。水はきれいだった。無線LANは結局最後に使う。あちゃーです。

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2012年4月24日 (火)

暑い。暑いと言いながら半袖で歩いていました。

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高知市内 はりまや橋停留所を目指している。かって知ったる感じで歩いている。Img_5213

31番札所竹林寺は何処の停留所で降りるのかな?文殊通り。意外に遠い。

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はりまや橋 読み取れるかな?

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停留所から五台山は結構遠い・田植えの済んでいる田舎の道を歩いていた。

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ここから遍路道を歩く。急。息切れがして来る。

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仮設のモノレールが横を走っている。乗せて呉れないかな。これは何かを運ぶ物。

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しんどい・一休み・一休み。Img_5226

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1400メートルの山道を喘ぎながら登り詰める。Img_5231

山頂はもう少しだけれどお花畑が拡がっていた。

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これから食事です。今日はタクシーで楽をしたので予定を大きく越えている。自慢にはならないけれどに桂浜の絶景をこの後お見せします。

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山の上はパラダイスでした。目的の竹林寺の庭を見る前に感動のひと時でした。

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やっと到着。次までは2時間?歩けない。バスを探すが方向が違う。ではタクシーです。やっぱり。でも運転手弥生さん(男性)のお陰で桂浜迄お世話になる。本当にありがとうございました。地図で見ると7、5キロ。でも竹林寺でノックダウン。

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このお庭は夢窓国師の作と言われている。見たかった庭。処が肝心な物を忘れていた。「納経帳」アホやのう。何しに来たんや。自分を見つめる旅です。電池が無くなったので部屋に一度戻ります。次は桂浜です。

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納経帳サインとハンコをもらえなかったので名前だけ大きく頂きました。ここから次の札所と桂浜迄はタクシーで移動です。運転手さん本当に優しくて多くの事を教えてもらいました。その先は雪渓寺迄歩きましたがその先で又、お世話になりました。そのお陰で今夜は泊まりたかった海岸の国民宿舎。施設は改装されきれいになり喜んだのも束の間支配人の対応(インターネット)最悪。本人は普通に対応しているが慇懃無礼という言葉を知らない。国民宿舎。名ばかりの宿は二度と使いたく無い。

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禅師峰寺(ぜんじぶじ)何で峰寺(みねじ)と言わないのだろう?帰って調べよう。

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海が見える。霞が掛かっているが絶景です。

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予想以上の絶景。一気に行きましょう。今回の旅のメーンエベントです。空海様もこの後試練を与えて呉れました。

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本当はここ迄波打ち際に近づくと危険。親父は安全を計りながら歩く。

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海水が噴き出していた。別府の温泉の様。

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急な階段を上迄上がる。坂本龍馬記念館には行かず。次の札所を目指す。遠い。平坦な道でタカを括っていたがそないに甘いもんやおまへん。歩き遍路の真似は出来ない。暑い長いまっすぐな道を黙々と歩いていた。お昼前になるがお腹は減らなかった。ホテルで飯を食っていたからだろうか?やっとの思いで到着寸前でセルフのうどんを食う。うどん玉2個は多かった。とろろ(山芋と昆布)は美味かった。

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この一直線の道を黙々と歩く。30年前に車で走り抜けた記憶が定かでない。

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ようやく表示が出て来る。それでも4キロ。ここ迄どれくらい歩いたのだろう?

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道は淡々と続く。歩いている人は流石に居ない。

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ようやく到着。でも2時前。まだ宿を決めるのは早すぎる。しかし次の札所迄7、5キロ。歩けない。午前中利用したタクシーの運転手に名刺をもらっていたので電話する。快く来てくれる。しかも回送料不要。有り難い。結局夕方迄5000円でお世話になる。そうでなければ本日の宿迄は辿り着かなかった。それでは最後の写真だけ。

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前の札所からの距離。意外に近い。歩くと遠い。

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国民宿舎は山の上でした。うぐいすの鳴き声も聞けて最高。でも気分は最低。

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これからは若者の時代。接客は難しく無い。お客の気持を読み取る事は難しい事ではない。親父の様な訳の分からん親父は難しいけれど。久しぶりに激高。インターネットの無線は結局使えない。ドコモさん。返品です。親父さんが使わないからバッテリーが上がったのでしょう。最悪です。そろそろ部屋に引き上げないと。お休みです。明日は徳島に戻って明後日大阪に帰ります。

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2012年4月23日 (月)

高知到着 明日は明日の風が吹く?英気を養っています。

Img_5197_2 朝早く気合いを入れて起きたのでご褒美に大阪梅田でミックスジュース。久しぶりのフルーツ5種類入り。中身は聞いたけれどバナナ以外は記憶しなかった。(アホ)
昔の味にニンマリ。本当はトーストのうまいのを食いたかったが無し。おにぎりで我慢する。



Img_5201_2淡路島 名前は覚えなかったサービスエリアで小休止。売店は無くコンビニが在る。このパターンもアリかもしれないが団体の対応が困るだろう。出発時間がゆっくりしてたらいいけれど。景色は最高。淡路島大きい。天気がよくて景色最高。




Img_5202_2 ここは松山、高知の分岐(川之江ジャンクション)の手前。霞がかかって写真がシャープでない。しかし景色は感動的。瀬戸大橋を通らず昨年夏、歩いた道を横目に見ながらフランク永井の歌を聴いていた。
一人で見る風景はあまりに哀しい。



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高知駅前。意外に閑散としていた。写真もボケている。親父の気持ちを慮る(おもんばかる)?それは無いでしょう。take さんに言われるように露出オーバー。正面が港の方向です。

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JR高知駅。帰りは徳島に寄るから電車。バスの便は悪い。電車はローカル線?違う大分日豊本線と同じ。普通が便数が少ない。特急券が要る。その分高い。どうしますか?木曜日帰る迄考えよう。

Img_5205 観光案内所を覗く。よさこい節。
高知は魚も美味いし女も強い。(コラコラ)女が強いのは何処も同じ。例外はあるけれど。大分は如何だったかな?
おかんも強かったけどよく考えてみると親父が大事にしなかったからかもしれない。
九州男児を自慢していた罰が当たる。


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明日の遍路コース。竹林寺から禅師峰寺、桂浜を見て33番札所迄行けるかな?歩くと13キロ前後。歩けるかな。無理かもしれない。龍馬記念館で宿を予約するのでその時に考えるかな?(ひょっとしてタクシー?)それならも少し先迄行きなはれ。
それは駄目。弘法大師に叱られる?

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10年一昔と言われるが高速道路が着実に伸びていた。あの時仮設モノレールの仕事をした窪川迄完成している。この先も工事は進み10年後には四国一周の高速道路網が完成する?四国の過疎地が高速道路で結ばれても地域の過疎は進む。何故だろう?道路網を生かした街造りは本当に難しい。これからはインターネット高速通信回線網が整備され地方でも都会並みの仕事ができると言われているが、その先駆けはまだまだ先の事かもしれない。

大阪から高知の高速バスの旅は二回の小休止を入れて4時間半。近い様で遠い。大阪から大分佐伯迄5時間になり鹿児島迄は新幹線で5時間だけれど、地方の活性化は出来ているのだろうか?その検証は出来ていない。

空海が奈良から淡路島に渡り四国阿波の国、太龍寺で真言密教の教えを乞うた時代から便利な世の中に変わっても、人々の生活は大差ないのかもしれない。それでも徳島自動車道、高知自動車道は眼を見張る程に整備をされていました。

今回は高知の遍路道を制覇するつもりでしたが36番札所清瀧寺で終わりそう。ここから37番札所岩本寺は58キロ。とても親父には歩けません。次のお楽しみ。電車で行きます。この路線の鉄道工事も日豊本線同様難工事でした。その先人の労苦を辿る旅は次のお楽しみに成ります。

これから食事に出かけます。美味い魚が食えるかな?昨夜空気が乾燥していたのかな?喉が痛い。うがい薬(イソジン)持参しているがあまり効かない。喉ぬーるスプレー買わないとアカンかも。(大丈夫しっかりうがいしなはれ)


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2012年4月22日 (日)

勝負の世界 厳しい現実 何か勘違いしていないか?

競馬の予想と野球の予想。景気の予想と株価の予想。一緒にするなと言われるが、今シーズン始まったばかりとはいえ優勝候補が最下位。最下位と言う事はビリ。どんなに逆立ちをしてもそれは無いだろうと思われていた事が、今日も繰り広げられている。勝負の世界だから勝ち負けは運も作用するがそれだけではない。力がどんなにあったとしても肝心な所で打てない、守れないでは話にならない。

その事がどれだけ深刻な事か、これから思い知らなければならない。司馬遼太郎が書いている「世に棲む日々」この難しいタイトルの本を読んで感じた事。それは歴史の中でも同じ事が繰り返されている。

織田信長が桶狭間の戦いで圧倒的軍勢の今川義元を倒したのは奇襲。高杉晋作が圧倒的軍勢の幕府軍を後退させたのもゲリラ的な戦いの繰り返し。その天才的な戦術は決死の思い。必死の思いが無いオチャラケで勝てる訳が無い。その追いつめられた物。

今尤もらしく放送されている大河ドラマの「平清盛」が滅びた事も豊臣の世と全く同じ。清盛と秀吉が死んでから。平家を倒した源頼朝も源氏の世は長くは続かなかった。徳川の世が300年続いたのは家康が賢かっただけ。清盛の偉大さをどんなに誇張してもこの天下人が、どれだけこの国の民を幸せにしたのだろう?

今、この国は大きな岐路に立っている。これ迄の経済成長政策が破綻し、その後もその後始末に終われ「失われた10年」どころか、20年の時が過ぎている。この間この国のリーダー達は多くの事を語って来たが、結局は経済は停滞し政治家の悪口を言うだけで何も変わらない。それどころか貧富の格差は拡大している。

ヨーロッパ各国の財政危機状況にこの国がならない理由は、皮肉にもこの国の人達の高い貯蓄率。財務官僚は財政の改善と言いながら政権与党に圧力を掛けているが(消費税増税)それも危うくなっている。何でだろうか?その分かり切っている問題を丁寧に解きほぐさないで危機感を煽るだけでは無理だと感じないのだろうか?

原発再開でも同じ轍を踏んでいる。原発事故安全神話の崩壊の大きさをこれ程の過小評価しか出来ないリーダー達も信じられない。福島の事故対応のお粗末さはこの国の原発政策、エネルギー政策の変更を迫られたと思っていないのだろうか?

それでも原発再開を求める経済界。原子力安全神話を推進して来た政策責任者達が、これからどんなに安全を口にしても信頼されない事を思い知るに違いない。親父は原子力発電の安全神話は信じていないし、国の原子力政策のその場凌ぎの対応は余りにひどい。それ程に原子力発電の放射能最終処分はむつかしい。廃棄物処理は出来ていない。それでも原発再開?出来る訳が無い。

東日本被災地の津波の膨大なガレキ。その受け入れも出来ないこの国の多くの自治体。福島の原発被災地は除染作業も侭ならないとなれば、原発再開は簡単な事ではない。その事も分かっているのか分からない。原発再開を口にしてもその時期はそう簡単には出来ない事を多くの人は気付いていない。

久し振りに見る伊豆川奈のゴルフ場。このゴルフ場のアメックス(アメリカンエキスプレス)コンペ。今から21年前の話?17番名物ホール砲台グリーンをプレーする22歳の新人。日本の女性も強くなりました。初優勝お見事です。

今はゴルフクラブもシューズも車も処分してあれ程好きだったゴルフ練習場通いも無くなり、お腹が一気に膨らんだ気がする。もう一度ゴルフ場を闊歩(かっぽ)する事はあるのだろうか?ありません。四国遍路道をしっかり歩いて来て下さい。了解です。

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いよいよ明日。心配された天気は回復もよう。暑く成りそう。

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小糠雨というには雨粒が大きいが予報で言われた程大雨にはならなかった。家に帰って天気予報を見ていると山陰では強風が吹き荒れて、トラックが横転している。最近は気象衛星のお陰で天気予報も正確に成っているが、それでも人が考える程には当たらない。桜の季節が五月の時に変わる時、むせ返る木々と草花が感動の思いを重ねる。これからは暑く成る。四国高知の桂浜はどんな顔をして親父を迎えてくれるのだろう?

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高知城。天守閣も凄かったが城内が広い。これは昨年10月の風景。

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はりまや橋 土佐電鉄の停留所 前行ったときは何も分からなかったが今回はどうだろう?31番札所はこの交差点で左に進む電車に乗る。市電、市電と思っていたが地図で見ると土佐電。民営化されているから廃止されなかったのだろうか?

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高知駅前の発着場。乗り換えが出来るがここからはりまや橋停留所は遠く無い。

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愛知県伊良湖岬 これは昨年の年始 あれ以来か?

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愛知県伊良湖岬 この景色を始めて見たのは独身の頃。会社の慰安旅行。高度成長の頃。会社の業績もイケイケどんどんで納期に追いまくられていた。親父も会社も工場長も若かった。このホテルで行われていた「タヒチアンショウ」正にあのエネルギッシュなショウそのものの若さがあった。その時に垣間見たこの景色。長い間見失っていた景色に見とれていた。「遠き島より流れ寄る椰子の実一つ」島崎藤村の歌を歌っていた。

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故郷を遠くは離れて大阪の地で探し求めた物は小さくは無かったけれど、今は又遠くは慣れて年老いている。今度見る四国高知の桂浜はどんな表情をして迎えてくれるのだろうか?もう新人とは言えなくなった歌手「あさみちゆき」を応援してくれた竹林寺の和尚はどんな顔をしているのだろうか?夢窓国師が造られた庭を見ながらそんなとぼけた事を考えているかもしれない。

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こちらは岬の反対側。岬巡りの船は出ていないけれど車で走るシーサイドの道は、今でも南国調?でした。(南国宮崎、南国鹿児島指宿しか知らない癖に)そう言えば静岡は御前崎の道も南国調かもしれぬ?(イイエあれはシーサイドロード)それもチョッと違うかも。仮免の時、車の少ない直線道路は丁度良い練習コースでした。

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紺碧の海。そよぐ風。この写真を撮った時は気付かなかったが下の駐車場の外に道が出来ている。車の通る道ではない気がするが帰りは暗くなっていたので、良く分からない。この砂浜もすっかり綺麗になっていた。

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ホテルが見える砂浜。夕暮れの時が迫っている。この砂浜で遊んだ時は親父も若かった。あれからの歳月はこれからはない。まだまだこれからと思っても夕暮れの時は迫っている。暗くなる前にやり残しを片付けなければならない。

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波が足元を洗う。夕日が輝いていた。この波にさらわれそうになった時の事を覚えているか?そんな憎まれ口を叩いていた。人は皆そんな時を超越して歳を重ねて行く。

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灯台の近くは護岸工事が済んでいた。

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伊良湖岬灯台 名古屋港に出入りする船の安全を見守っています。昔、この海は関西と関東を結ぶ交通の要衝だった。今でも名古屋港から海外に向かう船の道標です。

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それでは親父もそろそろお休みです。今夜もお付き合い頂きましてありがとうございます。もうすぐ3時です。久し振りに心を掻き乱して苛つきましたが親父もまだまだ若い。イヤ年老いたのかもしれない。お気に入りのコーヒーを飲んだので眠れるかな?(可愛らしい)あほか||

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2012年4月21日 (土)

明日は大雨?親父の旅立ちを祝ってくれるのかな?

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四国遍路道高知室戸の空海が悟りを拓いたと言われている洞窟。この洞窟はバス停から遠くは無かった。入り口の売店でおばちゃんと話をしたが息子さんが造られたと言われたキーホルダーは今でも大切にしています。でも空海が見た風景とは違う。室戸の岬は観光客は本当に少なかったが、親父が長年住んでいた静岡御前崎もそうだった。この国の地方は本当に寂れている。都会人も例外でない。その代償は誰が払うのだろうか?

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洞窟の前に道が走り波打ち際が隆起している。空海が見た空と海はこの目前だったに違いない。

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遍路宿 ビールが美味かった。部屋は広く快適でした。翌朝、下迄の車道は結構ありました。車で一度走った道。その頃の事を思い出していた。

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朝7時過ぎ。空気は澄んでいたが下迄は20分位歩いただろう。

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30番札所善楽寺 前回はここ迄。今回は31番札所竹林寺から。竹林寺は五台山の山頂付近にある。土佐電鉄後免線文殊通り駅から約3キロ。夢窓国師作と言われる庭園は有名。本尊は文殊菩薩(知恵の仏様)秘仏で公開は50年に一度。次回は2014と言われている。(四国八十八カ所巡りガイドブックより抜粋)

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遍路道持参のMacBook Airテスト中 着々と準備はできています

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桜も見納め。この画像も数日前の物。久しぶりに触るAirは快調です。でも無線回線のクロッシーは如何するかな?折角契約したのだから使わないのも勿体ないが、無線の使用料金高過ぎ?テストをしただけで一気に上限迄跳ね上がる。これはカッコはいいが親父には無用の長物かも。勿体ない。(使い道は考えます。今日はテストしない。)

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テスト終了です。徳島警察の巡査部長が警察手帳偽造?オイオイ?そんなのアリですか?徳島警察信用丸つぶれでしょう?大阪府警に取り調べられる?警察の犯罪も目に余る?警察が信頼を無くすのではなく信頼されていない事を認識しているのだろか・

近畿地方整備局?国土交通省と如何違うのだろう?防災訓練?大規模な災害に立ち向かうには大阪の古地図を学習しなければならない。大阪は今心配されている東南海地震が直撃すればなす術も在りません。今の様な高層マンションで快適な生活が出来るのも一時の喜びに違いない。地に足をつけた生活をしなければならない。

明日は近畿地方は大雨予報。ホンマですか?明後日の出発ヨーソロと行きますか?
樹齢千年の滝桜 今夜7時半から放送です。

ミャンマーの円借款再開?他国の援助?日本企業の後押し?ミャンマーの民主化と言われているが軍事政権に何も変わりはない。日本がミャンマーの経済支援を積極的に後押しをしてもこの政権は危機的状況となっている事を自覚しないのだろうか?

このとぼけた副総理。二人の大臣を更迭しないで野党の協力が得られると思っているのだろうか?政治家失格。何度も言って来たが来週は四国で空海の風景を見なければならない。

消費税増税、沖縄辺野古沖の埋め立て、貿易の関税撤廃、原発再開。遅々とした東北被災地の復興。こんな政治にレッドカードを突きつけるのは橋本市長の他には居ないのだろうか?

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着々と準備は進行中 少し片付いて来たのでお茶しますか?

でもその前に決意が変わら無い様に23日のホテル予約しました。その翌日は未定。と言う事はその次も?はい。親父の基本的なスタイルは行き当たりばったり。でも大体のコースはガイドブックを見ながら宿泊の場所も決めています。(いい加減)

ほんといい加減です。おっかあからも子供達からも言われた性格はべートーベンの「熱情」で送られる迄変わらない事でしょう。(ベートーベンピアノソナタ23番聞いてみて下さい。そして忘れないで下さい。頼みましたよ。)と言いながらしぶとく生き長らえるのかもしれない。

洗濯物を干していると近くの欅の大木がごうごうと葉先をゆらしている。半袖で風に吹かれながら洗濯物を干していると元気だった人の事を思い出す。人の命は本当に果敢ない。「何で?」と涙を流しながら生きていた日は嘘の様です。どんなに不遜な生き方をしていても失意の時が来る事を忘れてはならない。

親父は本当に長い間そんな生き方をして来ました。自分が信じていた事。自分が努力して来た事。そんな事が当たり前だと思っていた事がそうではなかった事。多くの勘違いの先に待っていた事。それは絶望と悲嘆。その大きな山を越えた時、アルプスの少女ハイジは待っていました。(親父さん、大丈夫?)大丈夫です。

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天気が良くて快適だった氷河特急。でも帰国して間もなくこの路線で脱線転覆の事故。エーデルワイスを見に来ていた日本人が帰らぬ人となる。これからも多くの人が外国に旅立つが歓びと悲しみは背中合わせです。(よくカメラを向けて叱られなかったな)

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電車の中から。広々とした牧草地。何も考えないで流れいく景色を眺めていた。言葉は交わさなくても同じ事を考えていたのかもしれない。

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又君に恋してる。大分焼酎メーカーのコマーシャルの実物です。このベストアングルが撮れたのは特急から降ろされてローカル電車だった為。窓が開いたから。親父はこの時おマヌケにもデジカメを紛失。takeさんの映像です。お見事。(カメラはその後どうなったの?)親切なタクシー運転手が届けてくれました。これも旅の懐かしい思い出です。)

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ティラノはイタリアの国境の街。スイスとは街の雰囲気が少し違う。ブラブラして食事をする。食事は不味くは無かった。何も無いイタリアの避暑地?子供達の姿が見えなかった。住宅地は別の所かも?

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お店の中は大勢の人で賑わっていた。

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原発再開出来なければ「集団自殺」発言訂正?ええ加減にしなはれ

仙谷民主党政調会長代理の問題発言は本人が訂正?どういう事?国民を過激な言葉で脅迫するつもりだったの?イエイエそうではありません。それ程の深刻な問題提起だったのかもしれない。それでも脱原発の動きは加速する。今年の夏の電力は不足すると言われているが、その対策に原発再開と言われても説得力はないのは何故だろうか?政治家が余りに原発再開ありきではその反撥は必然かもしれない。

今週末には余り知られていないがフランスの大統領選挙が有り現職が負ける。サルコジのフランス経済の立て直しは失敗。その責任を問われる。フランスはドイツと力を合わせてヨーロッパ経済の立て直しを行って来たと、この国のマスコミは伝えて来たが自国の経済立て直しが出来ていなかった事は知られていない。

フランスの事は関係ない?ところがそうではない。サルコジが負けるとドイツの現職も危ない。ドイツはフランス程経済が悪く無いと思われているが、一国ではヨーロッパ経済(ユーロ)を支える事は出来ない。来週はこの国でも大変な判決がある。

マスコミが寄ってタカって金権政治家と批判した小沢判決。検察が証拠不充分で起訴出来なかった事件を無理に起訴したおマヌケ。検察審査会で起訴された疑惑が全て推測、状況証拠にもならなかった時、有罪を確信していたマスコミはどう対応するのだろう?マスコミの繰り返し発言していた「説明責任」これ程無責任な言葉は無い。

来週は連休前の慌ただしさに今年は強烈な政治の嵐が吹き抜ける事を、多くの人はまだ知らない。それとも何事も無かったかの様にスカイツリーニュースが駆け巡るのだろうか?高さ634mの恐怖はアイガー頂上近くの稜線から見るグリンデルワルドの村に比べると屁でもないのかもしれない。親父はステーキを食わせると言われても登れない。

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親父はこの景色を見ていない。近くの食堂でくたばっていました。3400m。信じられません。先日のテレビでこの下を歩いていました。勿論ガイド付。氷河の上だけれどスキーは出来ない。クレパスが潜んでいる。アレッチ氷河。

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この岩山の中にレストランが有り親父はそこのテーブルに突っ伏していた。情けない。(笑い)今では笑えるけれどあの時はあれが正解だったに違いない。高血圧で良く行きました。そして良く帰って来れました。それ程に大変で素晴らしい景色でした。

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2012年4月20日 (金)

問責決議の重み この内閣は自覚しているのだろうか?

問責決議。この言葉の意味が軽視されている。責任を問われたのは前田国交大臣と田中防衛大臣。国交大臣の名前を知ったのは政権交代の選挙で「無駄な公共工事」と言われたダムの再開を認めた時。この大臣は国交省の役人出身。無駄な公共工事と選挙の時は当時の政権与党自民党を攻撃しながら、自分達が政権を獲得したら見直しどころか工事の再開。レベルは全く違うが原発再開と大差のない計画推進。

こんな大臣は問責どころか罷免されて当然だが問責理由はそうではない。岐阜県下呂市長選挙で対立候補の推薦状に署名。この話も良くある話だがこの大臣のおマヌケは選挙違反と言われかねない文書への署名。それも責任を問われて中味は確認しなかったと弁解。こんな大臣をクビにしない内閣総理大臣。この政権は本当に末期です。

しかしこの問責を提案し国会で決議した自民、公明の足並みもおかしい。自民党は問責を決議された2人の大臣が辞職しなければ全ての国会審議を拒否すると言い、公明党は問責を決議された2人の大臣が出席する審議を拒否すると言っている。

自民党も公明党も徹底的に審議拒否をやりなはれ。出来る力も決意も無い事は来週証明する。それともこのまま連休に突入か?今問われている多くの政治的課題もこの程度の政治家に託されているのだろうか?選挙の時に「お願いします」の連呼しか出来ないこの国の政治家達。大阪維新の地域政党の手を叩かれている事に気付いているのだろうか?それともお間抜けな選挙民を見抜いているのだろうか?(甘い)

(親父、もう1人の大臣は?)防衛大臣?問責の意味が分からない。どんな人でもどんな職責でもその責任の重さに変わりはないが、何かこの人が問責を問われる様なミスをしたのだろうか?

それでも問責が決議されればその職にしがみつく事は無い。潔く辞任する。それが政治家たる信の問い方だろう。これ迄問責が可決された大臣が信任された事は無い。今回はその問責を問うた既成野党にも責任の重さは変わらない。暖かくなって来たが政治の世界は何時迄冬眠を続けられると思っているのだろう?

今日は久し振りに日本企業の一つの在り方が問われていた。オリンパスの株主総会とソニーの新社長のインタビュー。オリンパスの問題は企業の財務の損失隠し。その隠蔽体質は経営陣の交代で実態は明らかにされていない。新会長は大株主の銀行。

それでもこの企業の社会的責任はどう問われたのだろう?問われたのは大株主の銀行である事がこれから明確になる。現実は小説より奇なりと言われるが、この国の経営者にこの国の在り方を語る資格が無い事を親父は痛感する。

財務諸表を誤摩化してもその会社の存続を正当化するこの国の大口株主。その株主に鉄槌が降ろされる事を想定して居ないのだろう。ソニー新社長のインタビューを聞きながらそんな事を考えていた。ソニーは1万人を超える人員削減。新技術の発表無くして企業の再生が無い事をこの新社長は理解していない。

ドコモタブレット?これも駄目?親父はドコモファンだけれどtakeさんから言われる様にそろそろドコモ卒業しなければならない。(そんな事は言って居ない?)ソニー、パナソニック、シャープ、日本を代表する(しない?)企業業績が地に落ちている。その教訓を学ばないとドコモも同じ穴の何とかに成る。携帯の殿様商売。窓口の待ち時間2時間。大阪駅前のお店はもっとひどい。そんな商売が続く訳が無い。

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大阪も雨模様 昨日同様 歩く事もしないで食ってばかり?

大阪も今日は雨。お昼のお弁当、いつもの総菜屋さん、最近はご飯がまずいので昨日から新規開拓中。takeさんから言われた様にカロリー制限の食事をする気がないのでこんな時困る。朝起きてお味噌汁と漬け物。海苔と卵と焼き魚。そんな生活は静かな山里の一軒家でないと出来ないのかもしれない。

四国、土佐中街道の香美の梅原デザイナーの様な生活は親父には出来ないが、今度の遍路道でそれを探さなければいけない。あの素晴らしい生き方はこれからのこの国の売れない物の売り方を変えてゆくに違いない。物が売れない?景気が悪い?政治が悪い?そうではない。売り方が悪い。商品そのものに魅力が無い。

考え方を変える発想。そう、それさえ有れば現実は替わる。(甘い)売り方の工夫が無ければ物は売れない。梅原さんは農産物の商品パッケージのプロ。彼の手に掛かればその商品に魔法が掛かり飛ぶ様に売れると言われている。(ホンマでっしゃろか)

雨は上がりましたが出掛けるタイミングを失い、お片付けの出来ていない衣料ケースを横目で見ながら四国遍路道31番札所からの歩き方を考えています。遍路道の歩き方は色々ありますが親父の場合本当に成り行き任せ、無計画、行き当たりばったり。

それでも事前の学習は必要です。しっかりとガイドブックを読みながら日程、予定を立てます。それでも宿の予約はその日の夕方。いい加減な物です。どうしても泊まりたい宿は事前に予約を入れますが、今回は見知らぬ(大体知っているが)土地。

どれだけ歩けるか?どれだけ歩かなければいけないか?その事が明確でない為に中々腰が上がらないのかもしれません。それでも先日大阪から高知駅前迄のバス時刻表を貰って来ました。いよいよです。23日は高知駅前のビジネスホテル。24日は桂浜を歩いて33番札所まで。この間の距離およそ13キロ。無料のフェリーに乗ったりして天気が良ければ最高かもしれない。

3日目は35番札所迄この間は少し山道の難所を歩く。距離も同じく13キロ。しかしこの区間はへたばるかもしれない。次の青龍寺迄の道は15キロ。ここはタクシーでないと無理だな。(オイオイ)しかし、こんな事で驚くな。青龍寺からその次の岩本寺迄は55キロ。その次の金剛福寺(足摺岬四国最南端)までは90キロ。

どうする?どうもしません。電車とバスを乗り継いで移動です。(アカン)そんな遍路をしていたら何の悟りも開けません。(いいのです。)自分自身出来る方法で巡って下され。親父さんの体力ならば決意さえ有れば出来ますが無理にとは申しません。
弘法大師はそう囁いていた。(アカン)そう、そんな訳で今、たじろいでいます。でももう時間の問題です。来週、金曜日迄には戻ります。(予定)

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一昨年のスイス 一枚目の写真は非公開 親父 満足そう。

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スイスの楽しかった旅を終え満足げにホテルで用意してくれたジュースを手にしている。豪華な車内。列車の中です。日本では考えられないゆったりとした時間が流れている。この写真見ながら吹き出している。親父の最高の時。首に掛けたかばんが余りに可愛い。親父の顔はヒゲが伸びていたのにその感じは一向に感じない。

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窓の外を食い入る様に見ていたのも束の間。疲れが出て来ると瞼が重くなる。何処迄も続く牧草地。北海道富良野の景色と重なっていた。?行った事も無い癖に。違う処は平坦さかもしれない。スイスは日本の九州の広さと同じ位とは信じられない。

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スイスにもリポビタンデーは有るのかな?ありません。でもパンはチーズが入っていた。国際列車は本当に綺麗でした。観光立国何処かの国とは大違い。歴史が違う。

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この列車はローカル線?インターラーケン、オストからグリンデルワルド行き。

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2泊したホテルの入り口の銀杏の老木。もう一度はない。それでもお別れの気持ちは無かった。誇り高きプロのおもてなし。さり気ない思いが歴史を感じさせていた。

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雲は掛かっている右端の山がアイガー北壁。

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グリンデルワルドの駅。左奥の山裾にパラグライダー発着場がある。世界の果てから行ってQの凄さが分かる。いくら何でもあそこから飛び出せない。

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駅前の風景は何処でも同じかも。違うのは見上げた山の高さだけだったのかもしれない。パソコンの中から思い出の写真を引き出していました。本当は自分の記憶の中に入れて置くべきの景色。珠には楽しい思い出を見直してみると、心に新たな力が湧き出て来る様です。

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2012年4月19日 (木)

佐藤さんの夢 親父の夢 この国の形

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一年前の岐阜駅前。この日もいい天気。ここからバスで長良川鉄道の乗り換えを考えていた。運転手さんから教えられたバス停で降りて散々歩く。原因は親父の勘違い。見知らぬ所を歩くには地図が必需品。でもあの時地図は持っていたと思うけれど。

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駅前でバスを眺めているとスイスで見た2連バスを見つける。国内では珍しい気がしたけれど親父が知らないだけかもしれない。バスは何故だか嬉しい乗り物。でも2連のバスが走れる道は限られている。道は広く曲がり角が緩やかでなければならない。

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やっと見つけた無人駅。美濃加茂のバス停から小一時間、侮りの視線を浴びながら探し求めていた。田舎は親切な人が多いと言われるがそれは嘘です。と言うより親父自身が不審者だったのかもしれない。田舎の人も都会人も心は同じです。

この駅で出会った青年は大学生だったが社会人になっただろうか?四国徳島の焼山寺の麓で夜、語り合った青年は同県人だったが、迷いの中に居た。好青年だったがその後の消息は分からない。想いを果たしたのだろうか?

故郷の母は慟哭の涙を流していないだろうか?(余計なお世話です)そう。人にはそれぞれの生き方がある。親父もそんな生き方をして来たのだろう。

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終点北濃迄はかなりの時間が空いている。それでもこの鉄道は地域の足としてこれからも欠かせないだろう。県と郡上市が資金援助しているが年間の赤字を減らす為にはもっと交通アクセスが良く無いといけない。この鉄道は岐阜駅に乗り入れていない。その原因は地域の利害が絡んでいるのだろう?

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田舎と同じ風景に感嘆の吐息を吐いていた。こんな美しい風景が知られないで命の洗濯が出来ない哀しさは誰の所為だろう?誰の所為でもない。自分の生き方の所為かもしれない。この国は美しいと多くの人が口にするけれど、本当の美しさを知る人も少ない。生意気にも親父自身自慢する程はその多くを知らない。

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左の高速道路は名古屋と富山の距離を大きく短縮したけれど、人々の嘆きと悲しみも少なくなったのだろうか?それは別問題です。長良川が笑っていた。否、馬鹿にしていた。

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この名札は旧国鉄バス車掌佐藤さんの夢。「太平洋と日本海を桜で繋ごう」です。
親父もまだこの道はひるがの高原迄。この先は御母衣ダム、荘川桜、白川郷、そして富山(ホタルイカ)何時かは行かなければいけないがひるがの高原の先はバスが無い。正確には少し先迄は行けるけれど御母衣ダム沿いの道をバスは途絶えている。
(タクシーで行くしかない?)でも歩き通したい。それは寝袋持参って事。山中の道は甘く無い。昔の人は歩いた道。その道は今では歩けない道程となっている。









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まだまだ桜の開花は続いています。

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今年も咲きました。近くのお家の桜です。まだ樹は小さいけれど4年位前に仕事の行き帰りに眺めた桜。今年もこれから満開の時を迎えます。この前迄は風は冷たかったけれど一気に暑くなる。汗かきの親父にとってうっとおしいけれど、汗を拭きながら眺める空は透き通る様な色です。スイスで眺めたあの青さは見れないけれど。

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よく見るとまだ満開ではない。しかし、今週末は雨。しかも纏まった雨になるとと来週は一気に葉桜に替わってしまうに違いない。来週からの予想最高気温が25℃を越して夏日とか?ホンマですか?風薫5月は未だだと言うのに?季節は変わる。アンタはどうだ?そう言われても?。そう、そう言われてもおマヌケを少し変える位しか出来ない。「馬鹿になれ」と言われた若い頃のお間抜けさがこの歳になると良く分かる。

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それでもこの美しさはどうだ?汚れ無き無垢の時も今が盛り。それでも歳を重ねながらこれだけの美しさを見せてくれるのは、年々ころりではなく年々再々に違いない。造幣局の桜が本当に美しかったのは、見えない処で見えない多くの人の想いが重なっているだけだろう。その事が分かれば少しは賢くなれるかもしれない。

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昨年長良川鉄道美濃白鳥の駅で見た桜の大木。今年は見れないけれどひるがの高原の雪も消えているに違いない。それとも今年は雪が多かったから未だ開花の時ではないかもしれない。白鳥の駅前の閑散とした人通り。太平洋と日本海を結ぶ高速道路は完成しても地域の過疎化に歯止めはかからない。これがこの国の地方の現実です。

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この先は途中迄しかバスは無い。昔は富山迄の国鉄バスがあった。(今は何で無いの)地方の過疎化が進みお客さんが居なくなったから?少ない。だから廃止?この鉄道も国鉄が民営化された時、第3セクター方式となり岐阜県、郡上市が主要株主。沿線の風景は日本の原風景を思わせる。途中子宝に恵まれると言われている温泉は、駅直結。大勢の家族連れで賑わっていた。何で観光客の取り込みが出来ないのだろう?

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これは又お上品。人間で言えば女盛り。(失礼)長良川艶歌です。(ええんか)いけません。昨年は連休の合間だった気がする。高速バスの停留所に休暇で帰省の人を見送りに来ていた。今年もそんな季節がやって来る。

季節は足音を建てて進んでいる。慌ただしさが消えた日々の中で一日も絶えずに出掛けているのは考えて見ると「結構なお身分」と揶揄されても当然かも。それでもそんな時も長くは続かない。そろそろ狙いを定めてこれからの行き末を見定めなければ行けない。

明治の維新がそうだった様に支配階級は替わっても、お役人が美味しい思いをする世の中は何も変わらないのかもしれない。そろそろそんな世の中が音を立てて崩れ落ちる。そんな現実がそう遠く無いに違いない。その歴史的証明の張本人は意外に今の世の中を苦笑しながら見ているに違いない。松下政経塾を創設した松下幸之助は経営不振にに陥っているパナソニックの立て直しで忙しいのかもしれない。

お昼のお弁当を近くのお気に入りの総菜屋さんもマンネリの為変えて見る。ほっかほっか亭。ここは久し振りに利用する。「季節のタケノコ弁当」前も嬉々としてこのお弁当を買った気がするが最悪。これがお弁当?これは餌。久し振りに悪たれを言っている。2度と買わない。うまい弁当は飽きないがまずい弁当に2回は無い。人も同じ?(こらこら)

近くのスーパーも只今店内改装中。開店休業。近くのスーパーを開拓するが品物は悪く無いが狭い。暗い。レジが遅い。ここもアウト。商売は本当に難しい。298で手にした伊予かんも駄目。5個ではこんな物。そうかも知れない。白胡麻豆腐、これはどうでしょう?

フンドーキン醤油臼杵の「柚子こしょう青ぽんず」で誤摩化しますか? このポン酢はサラダ、焼き肉、餃子、鍋物何でも合います。唐辛子入りが何とも嬉しい。からぃもん大好きの人お勧めです。これでフグ鍋食えたら最高。ふぐ刺し食ってないな。(涙、ちょちょ切れ)ふぐ刺し位何時でも食えるでしょう?


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ベートーベン ピアノソナタ23番 ヘ短調、<熱情>

親父の就寝時間がこの頃、日が替わって2時。起床時間が10時になっている。夜は何時迄起きていても平気だが、朝はすっかり遅くなっている。こんな生活リズムをしているととても仙人の生活は出来ないが、それも環境が変わればすぐ慣れるとタカを括っているから救い様が無い。

今、道頓堀を掘ったと信じていた事が違っていた事を司馬遼太郎の小説で知る。実際に秀吉の命でその工事に着手はしたが、完成させたのは関ヶ原の戦いで勝利した家康でも無く、豊臣を大阪夏の陣で滅ぼした徳川初代大阪城主松平忠明。工事の請負は道頓の後を継いだ道卜と大地主平野藤次だった。

ではその堀をなんで道頓堀と名付けたたのか?そこが松平忠明の賢さ。大阪に江戸から来た為政者が大阪町民の人気取りに使っただけに過ぎない。道頓は秀吉に忠義を尽くす為に大阪城で落城と共に火に巻かれたと言う。80とも70とも言われた爺が何の役にも立たずに忠義を尽くしたとは、何たるオバカだったのだろう。

もう一つの雑賀衆の話。大阪にはもう一つ根来衆。堺の鉄砲鍛冶。戦国の鉄砲鍛冶、射撃の名手達の悲劇は今は殆ど知られていない。戦国の戦いが勇ましい合戦の戦いだけでなくその多くが悲惨な兵糧攻めであった事も、同じかもしれない。

哀れな人の運命はベートーベンも感じていたのだろう。その思いは親父の大好きなこの曲を聞いていると良く分かる。親父のレクイエムの曲としてリクエストした人は今は居ないが、今夜はこの曲を聞きながらお休みです。

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2012年4月18日 (水)

大阪は完全に春です。季節は変わる。政治は何時変わるのか?その前にあなたが変われ。

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大阪阪急梅田3番街 親父が若い頃出来た地下街 当時虹の街とか言っていなかったかな?今でも拡張されて知らない街があるが、それでも昔取った何とか迷う事は無い。

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それでも年取ったのだろうか?目的のジュース屋さん分からない?キョロキョロしているが原因が分かると苦笑。勘違いをしている。同じ様な店構え。同じ様な水の流れ。勘違いに気が付くとお店の場所は明確になる。(さすが)それ程でも。(クレヨンしんちゃんの真似するな)

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お店は何故か叔母ちゃま達で満席。楽しみにしていたミックスジュース飲めず。しかしその替わりのおもてなしが待っていました。その予感は全く無く立ち食いのうどんで誤摩化していました。

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そっくり。(げー)も少し若い。も少し眼が大きい。も少し背が高い。(笑い)

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大阪梅田。東側を写している。右がこれから歩く御堂筋。今日は何処迄?

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銀杏の若葉が芽吹いている。

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梅田新道交差点。横断歩道が陸橋。お年寄りはどうするの?無視です。何時かは皆年寄り。そうなった時、この階段を元気に通れる人は限られる。今でも年寄りは上がれない。年寄りは流石に歩いていない。

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淀屋橋の交差点を渡り御堂筋から堺筋を目指す。このビルが堺筋北浜のタワーズマンション。小金持が棲んでいると言われているがその実態は定かでない。ビジネス用?ビジネスにも色んな形があります。この国の経済の実態は分かっている様で分からない。

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古きと新しきが混在。手前の建物は今は使われていない。事務所移転。

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目的の喫茶店。お店の外でコーヒーが飲める。暫く歩いて汗をかいていたので嬉しい。アイスコーヒー薄め。砂糖少し。親父の注文も細かい。ここのコーヒーは味が濃い。その分常連さんも多い。お店の外でシナモンのクッキーを口にしながら、アイスコーヒーを一気のみする。風に吹かれて一時本を読んでいた。至福の一時。

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ここ迄はサイコーの気分だった。この先は最悪。大阪人のマナーの悪さ、都会人の情けない利己主義、大阪市政のお間抜けさを痛感する。前にも書いたが放置自転車の徹底排除と駐輪機の整備。これは大阪だけの問題ではないが関西人のマナーの悪さは眼に余る。

自分さえ良ければいいのではなく人の事を考えられない余裕の無さが、何ともやり切れない。それでも自分達は賢いと思っているから救い様が無い。道路管理者は何をしているのだろう?橋下のおっさん、ええかっこをする前に足元を見なはれ。体の良い事ばかりではなくカッコ悪い事を変えなはれ。これからの姿はホンマ最低です。

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何だこの様は。この歩道は誰が管理しているのだろう?大阪人がこれ程の間抜けになったたのは如何してだろう?親父が自転車を起こして通路を確保する。これが大阪人の感覚だとしたら関西からこの国を変える?アホ抜かせ。

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トラロープの外に止めるこの感覚。大阪のえげつなさはこんなもん?違うでしょう。

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少し見え難いが南、難波近く迄歩いて来る。道頓堀(道頓さんが掘った堀)その話しを今読んでいる。司馬遼太郎氏が調べて書いた「けろりの道頓」はその意味で興味深い。

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今この堀は全く活用されていない。思い出された様に観光船が走るだけ。大阪人がこの堀に期待した役目が終わった時。皮肉にも無用の川と忘れ去られていた。今、この川を綺麗にして大きな水路。大きなプールとして活用の計画はあるが、それも大風呂敷を拡げているだけ。この川が再び人々に活気を与え憩いの場所となるには、多くの困難とお金が掛かる事を理解されていない。

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堺筋日本橋交差点迄歩いて御堂筋難波に戻る。その道も途中から地下街に入る。この商店街も人通りはソコソコでもお店の集客は容易ではない。格差のない社会と言われても競争の無い社会は共産主義の社会にも無い。その事を思い知るには商売が一番良いのかもしれない。反対を口にすれば飯が食えると思っていたら大間違いです。

どんなの格差を口にしてもどんなに尤もらしく人を批判したとしても、その現実が存在する事を比定する事は出来ません。今、司馬遼太郎氏の面白いテーマの話しをもう一つ読んでいます。この話も良く分からなかった和歌山根来衆の鉄砲名人の人生。歴史的には秀吉の天下統一と共にその役目を終えたと言われているが、本当にそうだったのか?その事は司馬遼太郎氏も分からなかった事かもしれない。

大阪の街を歩いて見ると本当に多くの事が見えて来ます。その事と同じ様に日本各地の知られていない風景の中に、本当の景色が見えているのに違いありません。人の生き方も又、受動的にくだらない姿を眼にして嘆くより、美しい自然と人の生き方に触れて感激の想いを重ねる方が、どれだけマシだか分かりません。大好きな大阪の街を眺めながらそんな事を考えていました。


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昨年秋の高知の遍路道。今年は暑くなる前に歩きたい。

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喘ぎながら登った昨年夏の四国遍路道。室戸の遍路宿から2番目の札所に向かっていた。バス停から見上げた山は低く2キロ足らずの道と靴の紐を締め直して、元気に歩いたのはほんの一時(いっとき)この時には既に息が上がっていた。それでも前に進むしかない。道案内の札(左前方の木)を確認しながら歩いていた。

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途中の朽ちかけた木のベンチを横目に見ながら石の上に腰を降ろして室戸の海を見ていた。秋の深まりの時。汗を拭きながら室戸の海を眺めていた。弘法大師もこの景色を見たのだろうかと思いながら、ススキに何故か眼を奪われていた。

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遠くに今朝(その日の朝)バスに乗った室戸の岬が見える。子供達が小さい頃、九州大分に帰省した時見た室戸の景色はもっと遠くは慣れていたが、何故かその峠の展望台を思い出していた。今度眼にする高知の遍路道はその峠を鉄道で抜ける。

その峠の話をした時、眼を輝かしていた叔父貴も今は居ない。この国の峠道を切り開きトンネルを掘り鉄路を敷いた多くの先人は今、この国の地方の過疎化をどう見ているのだろうか?そんな事を考えながら歩く遍路は他には居ないに違いない。

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腰を上げる。あれから半年。そろそろ腰を上げなさいと促されている。

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オイオイこんな道無き道を歩くのかと思いながら、それでも後150mと安堵しながら大木を見上げていた。この道をどれだけの人がどんな思いを重ねながら歩いたのだろうかとも思っていた。

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着きました。到着です。汗を拭きながら心地好い風に吹かれていた。この教訓が次の札所で生きる?(この罰当たり)2キロの遍路道でこれだから5キロとなるとくたばったに違いない。(だらしない)イエイエそうではありません。遍路道は平坦な道とは全く違います。

それで親父さんどうしたの?大きな声では言えませんがタクシーを予約していました。(アチャー)タクシーは楽でしたが歩いている人に睨まれていました。四国遍路道を歩き通せる人は凄い人です。親父ゴトキが真似の出来る事ではありません。

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そうです。ここがそのお寺さん。神峰寺(こうのみねじ)。このお寺さんは下の駅から5キロ。待ったて(違う。真ッ立と言われる程の急な登り坂)が待っている。歩き遍路の人は健脚の人でも半日。普通の人でほぼ一日掛かりかも。親父はとても真似が出来ない。予めガイドブックで学習していたので前の日にタクシーを予約していた。往復3000円。親切な予約担当の女性、運転手にも感謝でした。しかし、帰りに駅で電車を小一時間待たされる。

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この下の駐車場でタクシーは待機していた。この桜も今年も満開の時を過ぎ葉桜になっただろう。安岐の海は静かに季節の移ろいを眺めているに違いない。「終日、のたり、のたりかな」早く来なはれと呼び掛けている。もチョト待っておくんなはれ。

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のどかな風景。日本の原風景。高知は野菜の産地として有名でもビニールハウスの野菜は今どれ位価値が在るのだろう?高知の野菜はおいしい?野菜を美味しいと感じて食べているだろうか?

何でもフライパンで炒めている親父には、新鮮な野菜のうまさ忘れ去られてくたばるのかもしれない。それはイヤだな。田舎で幼い時口にしたあの焼きナスと鰹節のふりかけ、冷や奴だけは口に出来る田舎暮らしを忘れては居ない。

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今度の高知の遍路道は高知市内31番札所から。何かグズグズしていると一気に遅れてしまう気がして来る。何時でも行けると思っていると行けなくなる事が段々、分からなくなっているのかもしれない。こうして写真を眺めていると少しずつ気持ちが高ぶって来る。大阪は穏やかな暖かな一日です。これからお気に入りの喫茶店で本を読んで来ます。

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2012年4月17日 (火)

遅い夕食を済ませて来たけれどチャーハン、餃子、唐揚げ。食い過ぎ?

大丈夫。おいしい唐揚げを半分残して焼きの足りない餃子も半分お持ち帰り。昨日買った新タマネギが一つ残っているのでいるので、それと合わせて夜食にしますか?食い過ぎです。今、なんだかんだ言いながらも気力が萎えているので、食欲は過ぎたるは及び過ぎるが如しかもしれない。(ああ何たる自己弁護。誤摩化しもここ迄来ればお腹が凹まない訳が良く分かる。)

でも久し振りの唐揚げ。単品でしたがボリュームたっぷり。暫くは口に出来ないでしょう。お腹を凹ませるつもりならこの食欲何とかしなければいけない事を、この親父は理解していない。明日もいい天気だから歩かないといけないけれど、明後日からは天気は良くない。最近の天気予報は当るから四国高知の遍路道は遠くなっている。

そんな親父に昨年の秋、電車で横目で少しの間しか見れなかった鯖大師が、テレビのドキュメンタリー番組で飛び込んで来る。このお寺さんは四国八十八ヵ所の中に無い。23番札所から24番の間の長い過酷な道の途中にある。

弘法大師が室戸の洞窟(みくろうど)で悟りを開いたと言われているが、この鯖大師の前浜は道無き道を切り開きながら、漁師に鯖を求めて拒否された処と言われている。その漁師は罰が当ったと言われているが、タダで大事な鯖を渡さなかった漁師の貧しさに非は無い事を分かってやらなければならない。(オイオイ罰当たり)

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原発再開ありき?そんな事が認められる訳が無い そんな事が分からない政治家と経済人達?

うんにゃ(大分の方言で否定の言葉)政治家や経済人だけでなく多くの人にその問題が突きつけられても、その事が現実の問題になっていない。安全神話が破壊された昨年の福島原発事故。その時からこの国で電気のお陰で生活と仕事が成り立っている一人一人に突きつけられた「これからの生き方、生活の仕方」そして仕事の仕方。その問題が政治屋さんと電力会社の問題に丸投げされて、他人事見たいに考えられている。

親父達の様に現役を引退して年金生活で暮らしていると、そんな事はどうでもいい様に感じられるが、決してそうではない。その事をお天道様は様子を見ながら今年の夏のこの国の人達の生き方、過ごし方を静観しているが、昨今の論調は唖然としているに違いない。政治家と経済人、役者と学者、原発推進のエンジニアが言い続けて来た原子力の安全神話がこれ程にインチキだった事が証明された今、どんな安全神話の無い事を学習出来ないのだろうか?

それは言う間でもない。分かり切っている。それでも原子力発電がこの国の経済と人々の生活に大きな影響と貢献をしたのは事実であり、その事は否定出来ない。だから責任ある政治家、経済人はこれからも原発推進、原発再開を強く求める?ここがおかしい事をおかしくない様に説明しなければならない。

原発に絶対安全はない。簡単な事は万一事故が発生した時、原発の自動停止。そして核燃料棒の安全冷却。その事さえ確保出来れば何も問題はない。今の原発にはそれが出来ていると言い続けられていた事が、何故福島では出来なかったのか?その検証を公開出来ないからどんなに言葉を尽くしても信頼されない。

加えて担当大臣の発言のブレ。その言葉も反対の事を短い時間で訂正すれば、誰も信用はしない。この大臣が福島の事故後の発表で言い続けたミスを今、又繰り返している事に唖然としている。信頼に値しない人がどんなに尤もらしい言葉を重ねても支持が変わら無いとでも思っているのだろうか?この原発再開ありきの発言は個人的な問題ではない。その事を地域政党の代表からレッドカードを突きつけられてこれからはどう打開して行くのだろう?その事が政治家も経済人も親父達も分かっていない。

原発再開が無ければ「集団自殺」。何たる発言だろう。これが党の見解だとしたらその党自体が瓦解してしまう危機感に全く欠けている。言葉足らずの発言と弁解しても許される言葉ではない。これでも弁護士資格を持っている人の発言だろうか?呆れて物が言えない。おおい原発の再開は時期を遅らして、その間に何とか関係者の同意を取り付ける魂胆だろうが、それで良いのだろうか?その事も今問われている。

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2012年4月16日 (月)

まだまだ桜が見れました。でも次の雨で又、来年かもしれない。

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花壇の春。手入れしているのは行政。公園課の職員。只、実際に作業をしている人はどれだけ身分保障が出来ているのだろう?国の財政破綻が問題になっているが地方の財政は完全に破綻している。しかし、その取り組みを真剣にしている自治体はどれだけあるのだろう?

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これは個人の家の物。手入れの仕方に人柄を感じる。

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池田文庫も今日はお休み。桜も満開の時を過ぎていた。

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若葉が芽吹いている。フラッシュ撮影しているから廻りは暗いが、実際はまだ明るい。

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これもフラッシュ。これから城址公園に入ります。

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この草花名前は分からない。人でも同じ感じの人が大好きです。親父とは真逆の人かも分からない。

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枝垂れ桜は満開になっていた。愛でる人も少なく美しい桜の廻りをウロウロしていました。
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これは若い隣の桜木。しかし、大きくなりました。

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これも綺麗でした。北門の桜。これも満開でした。
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北門外の山桜。豪華です。山桜と言うより日本の桜です。少し葉桜が増えている。この木も満開の時を過ぎているが、それを感じさせない美しさが感じさせない。人の生き方もそうありたい。親父は例外だけれど。(どういう事?)そう言う事です。(分からん)。

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又、来年です。

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休み所(天守閣の1階)で一休み。これはフラッシュ撮影。

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ここで飲み物を飲みながら一休みをしていると時が止まっている。何も考えないでぼんやりしていると止まっている筈の時が静かに流れ出している。正面の山が親父の散歩コースです。

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鯉の餌100円。親父と子供かカップルの娘位しか餌はくれない。その事をこの鯉達も良く分かっている。薄いテグスが張られて鳥の襲撃を防いでいる。その事もこの鯉達は分かっているのかもしれない。その証拠に傷ついた鯉を見た事は無い。

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俺に負けない生き方が出来るか?若い松に問われていた。親父の様な生き方が出来るか?反対に問い直されていた。今年も松食い虫に負けるな。親父もハゲに負けるな。頭皮のしみは老いぼれた証拠。顔と頭の皮膚の新陳代謝を気を付けないと長生きは出来ない。

今日、掛り付けの医者に行って血圧と体調のチェックをしました。血圧は160を越えていました。下は90。先生から高知行きのドクターストップは掛かりませんでしたが脈も速いと言われました。無理をせず血圧を下げる薬をしっかり飲みます。

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この桜は10月桜。今時これ程の花びらを飾るのは珍しい。季節外れも桜もこれほどの花びらを見せてくれて感激でした。親父の寂しい生活を慰めている様で、心の底から力が湧いていました。10月桜と言われても辞書を引いてみると4月にも咲くと言われているから、それ程珍しい事でもないのかもしれない。しかし、この花びらの大きさは簡単には見れない。吉兆の前触れ?親父は馬鹿だから見とれていた。

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公園の桜木が上から枯れて途中から輪切りにされている。その桜木にも今年新芽が伸びて小さな花を咲かせる事が出来ました。この桜は寄贈された大切な樹ですが生命力は風前の灯です。人の生き方も健康な時はその事が分からないが、この時でも必死の思いで生きようとしている人が少なく無い事を知らなければならない。

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今年は声を掛けられなくなった元職場横の桜も弱っていた。今年も立派に花びらを咲かせた事だろうか?若い工場長にはそんな思いやりの心が無くても生きて行けるだろうが、実はそうではない事をこれから思い知るに違いない。その事は必死に生きようとしているこの樹が証明していた。

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城址公園を出て急な階段をゆっくりと下りる。

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街中に戻る。花壇の花も春の訪れを待ちわびていた。歓喜の時は近い。

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家に戻ると夕日が輝いていた。明日はどんな天気になるのだろう?今週は四国には出掛けない気がする。その思いをこの重い雲がさり気なく語り掛けている。人は決意をすれば実行に移すのは容易とも言われるが、その反対と共に考えて見ないといけない。今、尻がなかなか上がらないのはタイミングを窺っているだけかもしれない。

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このお間抜けなニュース お間抜けな京都府警の交通事故対応 

宝塚音楽学校に入学式?それが如何してお昼のニュース?
京都府警交通部長が悲惨な事故の日の夜、懇親会に出席してビールのコップに口を付ける?色々言い訳しているがアホとちゃうか。これは個人の問題ではなく警察の組織の問題だとはトップが認識しなければいけない。

ホンマに皆様の000。ええ加減にしなはれ。警察、検察、国家権力の在り方が問われて久しいが、どれだけ変わっているのだろうか?悲惨な事故、事件の日に懇親会で警察が酒を飲む?なんだろう?この感覚。この国の指導者の心に受難者としての共通の心の痛みはないのだろうか?

ありません。警察はその程度です。国の財政が危機的状況と言いながら消費税増税?そんな事が支持される訳が無い。何で懇親会をやらなければいけないのか?休日の夜でも警察の現場は休んでは居ない。金曜日の夜は警察でも花金(古い)なのだろうか?大阪橋本市長から民主党政権にレッドカードが突きつけられている。

大飯原発点検終了後の安全宣言。稼働ありきの発言が余りに拙速。安全宣言が信頼されなければ原発再開が出来ない事をこれだけ分かっていない政権。その体質を問われた時に経済産業大臣の発言は余りに軽い。それだけでなく説得力に欠ける。

この大臣が福島事故発生時の発言は国民は忘れていない。あの時この大臣はなんと言い切ったか。メルトダウンは絶対にしない。したではないか。核燃料棒が溶け落ちて絶対安全と言われた容器を突き破り外に漏れた。しかもその実態は今でも明確には現認出来ない。余りに呆れてひど過ぎる。

原発が再開出来なければ関西の電力供給は足らないと明言するなら、その根拠を丁寧に説明しなければならない。足らないのではなく安定供給が出来ないと言うのであれば、その為にどんな対応が出来るのかその事を明記にしなければならない。それが出来なければ大臣を辞めなさい。そして橋本市長の知恵を借りなさい。それが政治家として取るべき最善の対応でしょう。

民主党政権に期待した政権交代がこれ程の体たらくでは野田総理がどんなに綺麗事を言っても国民は支持しない。マスコミが発表する内閣支持率なる物は質問の仕方に問題があるが20%を切ると内閣の政策が行き詰まると言われて来た。このままでは問答無用の退陣要求が高まるに違いない。

その時内閣総辞職しか選択の道が無いとしたら、何たる無策な政権と非難される。その厳しさを教えてやれる参謀が内閣には居ないのだろうか?今では遅いけれどそれくらいの起死回生満塁逆転サヨナラ本塁打はある事を、認識しているのだろうか?

ベートーベンの第九は年末のクリスマスの代名詞の様に思われているがそうではない。皮肉にもこの第4楽節の「合唱」は歓喜の歌と讃えられ、聞く人の心に捉えて離さない喜びの歌であるが、本当の喜びとはあなた達の政権が続く事ではない。

あなた達は今のままでは完全にたたき落される。その事が分からなければこの合唱曲を聴くと良い。第九は悲しみの歌ではない。希望。歓び。人の素晴らしい魂を揺さぶる歌。その事をもう一度噛みしめなければならない。空海様はこの歌を天上界で聴きながらこの地上の人間の浅ましさをどう思っているのだろう?

大体分かる気がするがその思いも高知の厳しい自然を見ていると、考えが変わるに違いない。人が生まれて艱難辛苦を味わいながらそれでも尚、微かな手に出来るか分からない希望の光を求めて歩き続けその意味は何なのだろうか?その事もこの歌を聴いていると分かる様な気がする。(甘い)

歩きなはれ。歩いて歩いて疲れ果てた時、その光明は見出せる。(親父にはその体力が残って居るのだろうか?)残っていません。体力が無ければ精神力でカバー出来るのだろうか?(アンタにはその精神力も無い)ゲー。それでも第九を聞きながら高知の道を楽をして歩いていくしか無い。歩いて疲れたら休めば良い。

今、親父達に与えられている最大の贅沢はその事かもしれない。それでもそのお足も無くなれば山の彼方の空遠く幸いが棲むと言われる黄泉の世界に足を踏み入れるしかない。幸か不幸か分からないけれど今こうして生きていられるのは、その面接を受けているのではなく試練を与えられているに過ぎない。花が散り葉桜が緑の衣替えをする頃は近い。旅支度を整えて四国の空に旅立ちますか?

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2012年4月15日 (日)

桜も花吹雪。次は葉桜がお待ちしています。

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桜は散っても琵琶湖の水は温んで来ます。琵琶湖周航の歌を聴きながら親父は嬉々としていました。親父の十八番の歌を聴きながら湖水を吹き抜ける風と、岸辺を洗う波の音は若い頃聞いたあの心地好さと何も変わっていませんでした。

これから高知の遍路道を歩くとすぐ桂浜を歩く事が出来る。桂浜はその近くを車で通り抜けた事はあるが、歩いていないので浜辺を見ていない。車で夜、先を急いでいたので近くを通り抜けても気付かなかった。今度はそうはいかない。

桜は葉桜になっても桂浜は何も変わっていないに違いない。何も変わっていないと言ってもそれはあくまで自分の勝手な思い込み。写真や映像で見た記憶が勝手に刷り込まれていてもそれは関わりのない事と言われるに違いない。

これ迄生きて来た決して短く無い時代の中に、この景色が無かった事が意外でもあった。人間は自分の限られた知識と情報の中で生きていた事を痛感する。そして間違いの道を御丁寧に遠回りしている。この景色は親父の青春の夏の日を越えていた。

これからその失われた時を取り返す事は出来ないが、元気で生きていればその万分の1位はお返しが出来るかも。無理だな。もっと地に足をつけて生きなければ。まだまだ若く、まだまだ嫌われ者で生きるかも。それも無理だな。しかし、も一度位はなんとしてもお休みの波音を聞かなければならない。それ迄は頑張らなければならない。

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京都大原三千院前。京都バス大原終点。ここから朽木迄の道は一日2本のバスしかない。歩くと30キロ弱。車で走ってみるとこの道を魚を担いで歩いた先人の思いと体力に完全に叩きのめされる。車で簡単に走れても歩く事は不可能だろう。

朽木の喫茶店ウイングの主人に次はバスでどうぞと言われたけれど、それはやらないでしょう。ヒッチハイクもやらないだろうし指をくわえて諦めるしかないのかもしれない。レンターカーがあるじゃないのと言われてもそれも駄目。何で?運転は出来なくなりました?ゴールド免許と言われてもあの昔取ったドライブテクニックは過去の遺物となりました。年を取るという事はこんな事でしょう?(今夜はどうしました?言っている事が支離滅裂です。お酒の飲み過ぎ?)イイエこれも親父の一面です。

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これで桜も見納めです。

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朽木は最高の天気でした。京都大原、琵琶湖周航の歌も聴けたし最高でした。

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京都高野川の水の流れ。桜は満開の時を過ぎて花吹雪になっていた。大原に向かっています。この時期このコースは車の渋滞と思いきや、新幹線八条口から丸太町通りを抜ける迄は道は混んでいたが、ナビを無視して北上すると道は空いていた。

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この堤防沿いの桜も老木です。長い間どれだけの人に強い想いを与えたのでしょう。桜の樹には精が宿ると言われる意味が、ここでも分かります。楽しい事、嬉しい事、愉快な事ばかりではなく、苦しく生きる生気さえも消え失せそうになっても、微かな運気を辿り寄せれば今日の喜びを手に出来るかもしれない。そんな思いを重ねていました。これから鯖街道を北上し大原三千院に向かいます。

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大原三千院の参道です。呂律(ろれつ)が廻らない。その語源の川。うんちくが語れるかな?

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大原の里。志ば漬 志ば久さんの畑からの景色。前、来た時は春近い冬。姫路の娘は雪を見て感激していた。これから一気に大原の里も春です。幸せ噛みしめていますか?昔と変わらない風景。建礼門院の寂光院は山と山が重なる所位かな?

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10月桜は不断桜とも言われるのだろうか?人の生き方にも通じるけれど実践は本当にむつかしい。呂律が廻らない人は少なく無いけれど廻る人は多いのだろうか?言葉を立て板に水の様に喋れる人も少なくなったが、博学を語れる人も少なくなりました?(親父はもう少し知識を増やして多くの事を語って下さい)

では今日のうんちくを一つ。車の中で語った事はこう言う事でした。親父も全く同感です。反対の人は多いけれどこんな生き方は今では出来ません。今、政治、経済、社会人のリーダー達に全く出来ない言葉です。

「生とは天の我を労するなり。死とは天の乃ち(すなわち)我を安んずるなり」
これは高杉晋作の言葉。生きるとは天がその生に目的を与え、その目的の為に労(苦労)する課程に過ぎない。死とは天が彼に(あなたに)休息を与えるに過ぎない。
(司馬遼太郎)世に棲む日々より。

大した事は無い。それではこの言葉はいかがでしょう。
「人間と言うものは艱難(かんなん)は共に出来る。富貴は共に出来ない。」
これも司馬遼太郎氏が書いている高杉晋作の言葉。その反対の生き方は本当に醜い事を今は政治家も忘れている。あの政権交代は一体何だったのだろうか?

自分達だけの力で政治家先生になったと思っているのだろう?官僚の言いなりにしか出来ない政治家?政治家の暴走を止められない高級官僚(反対か?)この言葉を噛みしめてみないとその反撃は半端でない。その事は歴史に学べ。無理か?その現実は自分が実感しなければ痛感できないのかもしれない。ああ無情です。

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生と死。ベートーベンも空海も哲学的な思いを口にしている事を私達は知らない。

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大原三千院山門下高級料亭。お足を気にしないで寛ぐ事はまだまだ先の事です。親父頑張れ。でももうその可能性は断たれているのかもしれない。ああ。

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綺麗な石碑。惜しい事は少しアングルが低い。上の字が欠けている。残念。

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三千院中庭。前来た時は雪が残っていた。これからは一雨毎にコケが成長します。

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お待ちしていました。笑顔と泣き顔で迎えてくれました。山高ければ谷深し。喜びも哀しみも幾歳月。今迄は悲しい事が少なく無かったけれど、これからはそれ以上の喜びが手に出来る。そう信じる事にしましょう。

苔の生す迄と歌われる国歌も歌詞の意味は強制されるものなのだろうか?君が代は千代に八千代に苔の生す迄?それは無いでしょう。戦前の現人神は現憲法では否定されている事も正しく伝えなければならない。

この国の指導者は戦前の教訓。軍国主義、天皇支配の過ちを正しく伝えているだろうか?国民主権、基本的人権の尊重、平和憲法。憲法を正しく伝えられる人も少ない。
国民主権の重みを蔑ろにしていると先の大戦で失われた多くの尊い人命から、鉄槌を喰らわされるに違いない。

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鶴は千年。かめは万年。人の一生はたかだか100年。しかもそのゴールに辿り着けるのは極僅かであり、その人達ですら金さん銀さんの様に達者ではない。生き永らえたとしてもベットでチューブに繋がれている人も少なく無い。達者で生きる事は本当に容易な事ではない。人は命の果敢なさを殆ど知らない。親父も同じだろう。

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又、いらっしゃい。穏やかな顔をしていた。

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今日は先を急いだけれどここではゆっくり食事が出来る。改めて来た時乞うご期待。

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綺麗なお花が迎えて呉れました。久し振りです。何年ぶりかな?

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山里の空は意外に低く見える。見上げる様に感じていた空が近い。それだけ親父が高くなったのだろうか?それはない。でも背の高い兄貴と肩を並べて歩いていた。本気でイヤな事も言われたが、さり気なく交わしていた自分が愛おしかった。(自分で言うな)

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前来た時は満開の時だったが今年はこの里も雪解けが遅れたのだろうか?満開の時はまだまだ先。この木本当に桜の樹だったかなあ?

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間違いない。桜です。今年は満開の時は見れないが懐かしいお店が繁昌している姿は本当に嬉しい思いでした。又来ます。本当は半月先の満開の桜の時に来たいけれど。それは無理。高知の遍路道が呼んでいる。そろそろ重い腰が上がるかな?

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親父さん。大丈夫。足腰鍛えたし後は出掛けるタイミング。朽木の空は春でした。

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川原で石投げも出来たし。でも風は冷たかった。桜がつぼみの理由が分かる。

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川原が整備された感じがする。五月になると山肌が一気に緑が深まる。

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琵琶湖に出て近江舞子の月見浜を始めて訪ねる。絶景を見せてくれました。宿泊施設もありここはのんびり出来そう。琵琶湖周航の歌を聴いていると車が来る。親父が乗り込むのが遅く迷惑をかける。でも思いがけない景色を見る事が出来ました。

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我は海の子さすらいの旅にしあればしみじみと、のぼるさぎりやさざ波の今日は今津か長浜か だったかな/カラオケだったらお任せ下さい。そろそろ殻を破って1人カラオケに行きますか?それはありません。楽しいお酒を飲みながら楽しい歌を歌える時は最高の幸せでしょう。

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琵琶湖を始めて見たのは18の夏。あの時はこの先の会社の保養所に砂浜を歩いて行ったが、今度はこの前に在った宿泊施設に泊まりますか?泊まれますか?波の音を聞きながら眠れる事は最高の贅沢です。又、楽しみが出来ました。?親父1人では泊まれない。お任せあれ。(ゲー)冗談でした。

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松は緑に砂白き 雄松が里の乙女子は 赤い椿の森陰に、果敢ない恋に泣くとかや
そんな乙女は居なくなりました。(親父に言われたく無い)。そうかもね。

楽しい朽木の旅をセッティングして頂き、有り難く感謝しています。次の機会は期待に答えられる様に体に気を付けて頑張ります。これから春の季節が一気に駆け抜けて行きますが季節の変わり目、ご自愛下さい。それではおまけです。

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これは朽木の川に降りた土手。この時期なのにキャンピングカーも多くなっていたが川面はまだ風が冷たい。天気は最高でした。誰の行いが良かったのかな?

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これは朽木のオマケ。ログハウスが人の生き方を指し示していた。雪が溶けると里の春は早い。日本の林業と田舎暮らしが変わるのは間違いない。しかし、全てが成功する可能性も少ない。それも当然の事に違いない。親父の田舎暮らし。晴耕雨読の日はまだ遠い。このログハウス、手作りとは信じられない。

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2012年4月13日 (金)

背に腹は代えられない?原発再開にこの言葉は使えない。

この言葉、この格言を原発再開に使われているがそれは違う。諺(ことわざ)辞典でその言葉の意味を引いてみると2者択一(どっちか一つ)を迫られた時、自分の利益を優先すると解説されているがそれはどうかな?親父的には言葉通り背中と腹は代えられないと思って来たが、この言葉の意味はそうではないらしい。

原発再開にこの言葉が使われた時、それは違うと何故かムキになっていた。色んな人は色んな場所で何の抵抗も無くこの言葉を使われてもそれはそれで微笑ましいが、原発再開となるとそれは違うと声を荒げなければならない。いつも思うけれど親父如きがどんなに怒りの言葉を口にしても世の中は何も変わらない。

それも当然の事だろう。親父自身は原発には賛成ではないけれど、経済発展には豊富で安い電力の必要性は認めなければならない。しかし、どうしても忘れてはならない事は事故が起これば、悲惨な現実が発生する。そんな事は絶対にないと安全神話を言い続けていた責任を取れもしない福島の現実をどう受け止めればいいのだろう?

この国の人達はこの言葉と同様に2者択一を迫られた時、他人事の様に考えているのだろうか?福島の汚染された地域の人達はこれから何年も先迄(恐らく生きている限り)その恐怖と戦わなければならない。それでも原発再開ありきなのだろうか?

それだけでも許せないが福島も人達の被害を補償も出来なくて、原発再開は少なくとも政治家の政治判断で行う事は出来ない。それくらいの政治判断が出来ないのだろうか?原発を再開しなければ確かに今迄と同じ生活は出来ないのだろう。

そうであるなら夏の冷房をガンガン掛けながら高校野球を見るとか、お間抜けなテレビ電波を止めるとか生活を変えるしか無い。如何してそんな考えが出て来ないのだろうか?そんな小手先の問題ではないと言われても、小手先から大きな一歩は始まる事を侮ってはならない。

その感覚の無い政治家は引退ではなく強制退去が求められる。間違いない。消費税増税と全く同じ政治感覚でこの国はどう明日を切り開いて行くのだろう?しかし、良く考えて見るとこれは政治家の責任と言うより、そんな政治家に政権交代を託した一般市民の間抜けさかもしれない。

親父の大嫌いな大阪橋下市長に言われる迄もなく、次の選挙で民主党政権にノ−を突きつけたとしても、原発再開の既成事実は余程の覚悟があったとしても出来ない事がこの政治家には分からないのだろう?福島事故の教訓はそれ程に重い事をこのくらいの認識で再開は出来ない。再開したとしてもその責任は誰にも取れはしない。

再開出来なかったときの責任は停電が起きない様に最善を尽くす。それしか無い事を政治家、電力会社、企業経営者、御用学者は分からないのだろう。そうだとしたらなんとしても原発の再開は許されない。

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それでも原発再開は許されない。

関西電力大飯原発の定期点検が終了してその再開が時間の問題と言われている。法律的には地元の同意は不用とか安全担保の震災免責棟が無くてもその計画さえあれば良しとし、原発再開は政治判断に委ねられている。当然の事と平然と解説するコメントを聞きながら、それは許してはならないと声を上げなければならない。

原発の安全神話は政府と電力会社、原発利害関係者と御用学者の「想定外」と言われているがそうではない。この国の安全神話のねつ造に過ぎなかっただけでなく、福島事故の責任と損害賠償すら明確にされていない。

福島の事故原因は周辺住民のみならず、日本世界に原発の恐ろしさを「これでも原発は安全だと言えるのか」と私達に問い掛けた。その現実は有り得ないと思われていた水素爆発。原発施設が吹き飛ばされ核燃料棒が燃料容器を溶かして溶け落ちる。

そんな事が現実に発生すればどんなに施設の安全性を強調しても、これからの電力供給は原子力の比率を下げるしか無いだろう。当然不足する電力は火力に頼る比率も下げながら日本が得意とする技術開発しかない。それ位で足りるなら苦労は無いと言われても東京は福島の事故で潰されていたならば、それでも原発再開とは言えなかった事を忘れてはならない。福島原発事故の教訓を蔑ろには出来ない。その事がこの国に問われている。

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2012年4月12日 (木)

大阪造幣局の通り抜けは来週17日からだけど、中之島お花見行って来ました。

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天満天神繁昌亭は天満宮の近くにありました。

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天満宮を出て南に歩くと大川(旧淀川)に出る。ここは中之島の上流。桜は満開の時を過ぎ落花盛ん。気温はこの時20℃近く。今日は長袖のシャツとチョキのセーターだけで充分。それでも汗ばんで来る。この先で意外な演奏と楽器を目にする。

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叔父さん見慣れない楽器を口にしながら演奏の合間にセールスをしている。この楽器誰かが吹けないと言っていたがさすがプロ。ギター片手にお見事です。でも難しそう。演奏を真剣に聞いていた女の子が縦笛をおばあちゃんにねだって買ってもらったが吹けるかな?心配していた。この叔父さん達大阪梅田でも演奏しているが、暫くはここの方が商売になりそう。親父もしっかりコインを入れて来ました。

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親父カメラ目線で演奏してくれる。親父も一時観衆の桜になっていた。

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親父が気合いを入れて「コンドルは飛んで行く」?を演奏してくれる。遠い遠い地球の反対側からこれだけの演奏をしてくれる事の大きさが、梅田の繁華街では分からなかった。立ち止まって演奏を聴く人は疎らでも確実に商売が出来ていた。でもお札が少なかったのできちんとした所に泊まれるのだろうか?余計な事を心配していた。

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桜が綺麗になっているがこれは造幣局の桜。通り抜けの桜は来週からだけど博物館は無料公開中。お陰で特別に公開。来週からはもっと多くの桜が豪華に見れるが、親父的にはこれくらいで充分。多くの人が多くの年を掛けて努力した結果が見て取れる。それだけで本当に満足でした。

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本日一番の桜。見頃は少し先。でも来週迄は持つのかな?そんな心配は無用の桜が残されていました。今日は親父でも非公開です。見せてと言われても駄目です。

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これは本日2番目。桜街道の上空を見上げていた。

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大阪はすっかり春です。すっかりと言うのもおかしいけれど実感です。明日は近くで体調を整えていよいよ待望の朽木です。朽木は若葉、青葉の緑の絨毯が、山頂から掛け落ちる5月の頃が一番ですが、安曇川の川原で桜を見ながら石投げは出来るでしょう。


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2012年4月11日 (水)

雨が上がる。良く降ったけれど今日は寝てばかり。

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昨日見納めの公園の桜。ここから急な階段を降りる。今日のまとまった雨で一気の恨みの落ち花となったに違いない。それでも親父が好きな季節がやってくる。幹に英気が宿る若葉の季節は老木でも嬉しい季節に違いない。その時を心待ちにしている。

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お酒の好きな人にはこの季節。人目を憚らず(はばからず)酒がうまいとヨダレを垂らしながら自分は言う迄もなく人に勧める。酒飲みの意地汚い処はそんな処かもしれない。人は気にしないで自分だけがさり気なく酒を口にすれば良いものを、そうはいかないのが酒飲みの性(さが)なのかもしれない。それを弁えて(わきまえて)いる人が本当の酒飲みに違いない。一気、一気と叫ぶ輩は本当の酒飲みとは言われない。

親父が本当に美味いと思ったお酒は新潟のお酒。鳥海山。出羽三山。(羽黒、湯殿、月山)。山は高く水は綺麗。人の情けは深く米は美味い。うまい酒が飲めるのも当然かもしれない。新潟と秋田の国境の街。象潟も雪が解け春の時が近いのだろうか?

「象潟や雨が西施(せいし)にねぶの花」芭蕉 ねぶの花とはどんな花かと調べてみるとネムノキの花。合歓(ねむ)。この漢字がなかなか読めず読んでもこの当て字の意味が分からなかったが花を見ると良く分かる。芭蕉が中国春秋時代の美女とこの花を重ねた意味。象潟の雨の風情を重ねた句の意味が見えて来る。

親父が若かった頃(今でもお若い)、大阪大淀区の北大阪線(阪神電鉄路面電車)の薄汚れた工場の近くに立ち飲み屋さんがあった。親父はその頃からええかっこしだったから暖簾をくぐることは無かったが、路面電車を眺めながらコップ酒が飲める人が羨ましかった。

鳥の唐揚げの美味さを聞くとも無しに耳に挟むと、それだけでニンマリしていた。最近、その近くを歩くと路面電車は無くなり道は綺麗になり、その面影はすっかり消えていた。大阪でそんなお店を探すには淀川西岸の十三(じゅうそう)の飲み屋に行かなければいけない。(親父のテリトリーではないけれど)

今年見れなかった(見れなくなった桜達)

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親父がこの老木と出会って毎年楽しみにしていた立派な公園。散策の道。驚いた事にこの場所を整地して公園が駐車場に変わる。親父の嘆きは計り知れない。今年は僅かの残された桜木が愛おしくてならなかった。この画像を無いと思っていたから本当に嬉しい。こんな綺麗な光景を残せない行政の在り方。老木の祟りを受けるに違いない。

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もう合えなくなりました。本当にお疲れ様でした。この画像は昨年の開花の時。もう見れないと思っていた木肌の感じ迄見せて頂きました。安らかに見守って下さい。

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これだけと思わないで下さい。これだけの花を咲かせる力は容易ではない事を考えて見ても下さい。それが人らしい生き方が出来るかの分岐点です。その事が分からない人は本当に哀れな生き方しか出来ないに違いありません。

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これも切り倒された老木。桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿との言われる言葉が、この街の行政官には無いのだろう。公園を潰して駐車場を造る。この感覚はいずれ叩き潰さなければならない。この老木の思いをどれだけ私達は感じているのだろう?

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これも今年は見れない昨年迄の職場横の桜。この樹はまだ若いがそれでもこれだけの幹が元気を無くしている。原因は芝生の除草剤が起因と言われていたが、実際はどうだったのだろうか?花を愛でるそんな気持も無ければこの樹が枯れる時も近い。

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枝先が枯れ幹から直接芽吹いた新芽から花開くと皮肉にも樹は弱っている。この樹が枯れても嘆く人が居なくなるのは寂しい。しかし考えて見るとこの桜木に愛情を注いだ人は既に居ないのかもしれない。親父の思いに別れの花びらを見せてくれていたのかもしれない。叔父さんと声をかけて呉れていた娘は元気にピカピカの1年生になったかな?

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この枝垂れ桜はそんな親父を慰めていた。これも昨年の景色。今年は今日の雨にも負けず今週末満開の時を迎えるに違いない。岐阜と富山の国境、荘川桜は今年も見れないのだろうか?御母衣ダム湖畔の道は路線バスが無くなっている。

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一度は行きたかった岐阜ひるがの高原への道。バスが整備された道を外れて旧道を走る。この道は旧国鉄バスが走った道?。佐藤さんの「太平洋から日本海を結ぶ桜街道」その情熱は今でも残っていた。これも昨年の感動。この道を富山に走り抜けると荘川桜を見る事が出来る。

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雨が止むと一気に暖かくなる。この前迄寒いと思っていた気候が思い出せなくなる。これから生き方が問われる。この流れる様な水滴に肖る(あやかる)生き方が出来るだろうか?ふと気になるがこの水滴も一時の泡沫(うたかた)に違いない。

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雨も一段落。春は一気に進むけれど。

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手前の草ははこべ。運べではない。田舎でニワトリのえさ担当の時、この草とスペード型のおにぎりサイズのポンポン草(通称)は見つけるだけで嬉々としていた。中学3年の夏、座敷でくつろいでいる時同級の美人で頭の良い子が、姉貴の洋服のサイズ合わせに来た日の事を思い出していた。

高校では学校が違って話をする事は無かったが卒業して偶然バスの中であった事がある。あの時、今の様におしゃべりではなかったから言葉を交わしていなかったが、その後の様子を聞く事は無い。今では生きてはいないのだろうか?はこべの草を見ながら少年の夏の日の思い出がフラッシュ、ファイアー?していた。(訳分からん?)

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美人薄命と言われるけれど花の命も今が盛りです。人の命の重みを語る人も少なく無いが、その寿命も生まれた時から決まっている事を、親父は最近迄知らなかった。今、オバカな大河ドラマで尤もらしく大見得を切っている平清盛も、平家滅亡をどれだけ予測したのだろう?

その奢る平家を優れた軍事戦略で叩き潰した義経も、京の都で朝廷と公家に取り込まれ、鎌倉幕府頼朝の軍勢に終われ東北平泉迄の逃亡の果て自害に追い込まれる。今は平和な時代だから韓国の様に政権が変わっても、政治訴追を受ける事も無い。しかし、そろそろ眼を覚まして時代の流れを感じ取らねばいけない。

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北朝鮮の人工衛星打ち上げ(長距離ミサイルの信頼度の確認)の時期が問題になっている。共産主義の時代が終わり民主主義の勝利と言われたソビエト連邦の崩壊。しかし、日本でも共産党、北朝鮮労働党、中国共産党、ロシア社会主義共和国?、民主主義を否定する党、思想、国家も少なく無い。

北朝鮮は自国民を自国で助ける事が出来なくなってもロケットは打ち上げなければいけない。そんな情けない国になっている。なんだかんだ言っているこの国でも人工衛星打ち上げ技術を確立し、原子力発電も行っても平和利用だから問題ないと言われれば、他国の政策をとやかくは言えないだろう?皆様の000がお昼のトップニュースで伝えれば逆にその気になる事も考えなければならない。

何処かの情けない知事がガレキの受け入れを出来ない言い訳をしている。この人達は地方の本当の知事なのか?単なるその地域の代表?長野県、島根県、徳島県、和歌山県。九州の各県。そして大阪。名古屋。神奈川。地方の時代と言いながらアホーの時代になっているではないか?東北被災地のガレキは一日も早く受け入れなければ地方の生き残る道は無い。この国はこんなにも情けない国なのだろうか?

「ガレキの受け入れ。最終処分場の確保。」政府に求めるのではなく自分達の責任で出来なければ地方に国の権限を委譲しなさいとは口が裂けても言えないだろう。この人達の感覚は何処迄現状の認識を見誤るのだろう?政治が変わら無い様に地方も変わら無いのだろうか?自分達が困った時これでは誰も助けて呉れ無い事を、思い知るのは何時の事だろう?

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2012年4月10日 (火)

今日は薄いジャンバーも脱ぎ捨てて歩いて来ました。

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花曇り。明日は雨。花吹雪の時は先だが明日の雨は恨みの雨になりそう。

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今日は日差しが無いので紅の枝垂桜の色は冴えないが、満開の時は雨上がりの先かもしれない。でもその時迄花びらは持つかな?持つかも分からない。

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今年も見る事が出来た紅白の桜。但、これはカメラのトリック。幹は根元で重なり枝葉は別の木が重なっている。別々の木の枝葉です。今日は満開の時が期待されたが紅枝垂れ桜が意外に7、8分咲きでした。

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これは池田文庫横の老木。花の勢いは今年もこの通り。老いて益々盛ん。誰かさんの様です。誰じゃ。俺じゃ。親父じゃ。恐れ入りました。

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私も負けていないわよ。小さい小さい花びらでした。

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これが本当の花は小さくても存在感は負けていない。(鋭い)

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今年は椿の当たり年。あんこ椿は恋の花。恋は恋でも池の鯉?いいえ、たいやき君です。あんこ一杯のたいやき君ですか?最近食ってないなあ。食いたい?(ノーコメント)故郷のバスターミナル近くの回転焼き。今は無くなったが思い出は帰らない。

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老木に幹から芽が出て花開く。元気そうだがそうではない。昨年聞いた話。樹に元気が無くなると養分を上迄吸い上げられなくなるとか。そうは見えないけれど。

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この樹も老木。幹が大きくノコギリで切られているがこの枝葉の勢い。若いのしっかりしろと叫んでいる。今年もご苦労さんでした。養生をして来年も頑張って下さい。

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五月山山麓、山桜。山桜に艶やかさは無いが命の高ぶりを感じさせて呉れる。これだけの生命力は中々見る事は出来ない。細い幹がしなやかな枝葉に替わり、その先迄小さな花を咲かせている。殆どの人が何気なく見る山桜に感動です。

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この山桜はがどうでは良く分からないが葉っぱが茶色。花も小さい。八重の桜を見慣れていると吉野の桜は今イチ感動が無い。それでもこの木が多くなると、その景色も圧巻です。先人が桜を愛でる時、八重の豪華さと山桜の山の景色が変わる姿に感動した事が良く分かる。今年は何処で山桜の圧倒した景色が見れるだろうか?

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まだ花に勢いが残っていた。只、匂いはない。

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この向こうが親父の好きだった公園。今年は老木を切り倒して駐車場になる。横目で見ながら交差点を渡る。この老木が親父の思いを察して呉れる。(親父さんの気持分かっています。私達が切り倒された仲間の想いを晴らしてみせます)そう言われていた。ありがとう。ビューティフルです。来た甲斐がありました。

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最後に綺麗な枝垂れ桜が「お疲れ様でした」と言ってくれた。お地蔵さんが見えなかったけれど、親父の汗を見ながら笑っていた。本当に暖かくなりました。今日の最高気温20度。これから一気に暖かくなる。その心構えは出来ているのだろうか?

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景気回復期待?原発再開期待?財政再建期待?アンタの期待は?

景気の回復期待は久しく実現しない。何故だろう?
原発の再開は着実に進んでいる。何故だろう?
財政再建の為には出来もしない消費税増税ではなく、税金の取り方を厳しくして支出を切り詰める事だと思うが、一方でばらまき支出をしながら僅かな増収を計る?

東北被災地と福島の復興を口にしながら、被災地のガレキも受け入れられないこの国のおかしな地方のリーダー達。子供達の未来の為にと本当に考えているとこの人達は思っているのだろうか?花見どころではなくても馬鹿騒ぎをしながら、酒を飲んでいる人達。お酒の飲み方を知らない一気のみをしてもらわないと、業界関係者の売り上げは伸びないのだろうか?

そうではないだろう?もっと賢くなりなはれ。オバカなテレビが夜のゴールデンタイムに低俗番組を垂れ流している。何と言うオバカな国だろう。尤もらしく多くの事を語るこの国のリーダー達。恥を知らない生き方をしていると天罰が当る。

株価が下がると日銀の金融緩和を期待する?日銀が金融緩和しても一般庶民は何も手にする事は無い。美味しい思いをするのはただ同然のお金を手にする金融関係者だけ。その仕組みを知らなかったのは何たるおマヌケだったのだろう?

何処かの検察が額に汗して働いている人が馬鹿を見る金儲けは許さないと、アホ漕いでいたのは何時の事だったのだろう?額に汗して働く人がこれ程コケにされた言葉は無い。お花見の時は過ぎ若葉の時は近い。これから若葉の息吹が始まる時、あの息苦しい思いをしない為にも、私達は違う生き方を求められている。誰に?そうその事を真剣に考えなければいけない。

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2012年4月 9日 (月)

一気に暖かくなる でも近くの山は満開一歩前?

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親父お気に入りの花見の場所。今日は池田文庫が定休日の為中に入れず。明日雨が降らなければもう一度行きたい所。このの桜は老木と紅白の若い桜が重なり満開の時は艶やかな姿を見せる。人の生き方、老い方の素晴らしさを見せてくれる。明日も天気予報では何とか晴れる。ご期待あれ。

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城跡公園のしだれ紅桜。若木だがピカピカの一年生が段々大きくなっている。満開の時は先だけれど、部分的には開花して親父を歓迎してくれていました。見頃の時は週末かも。

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これ迄何度もハクモクレンの開花を見て来たが香しい匂い迄嗅げたのは今日が始めて。ハクモクレンの匂いは強烈なイメージが在ったが全く違う。何とも言えない仄かな香りに上品さが重なる。なんか初恋の人とデートした時を思い出す。その時はだだの先輩と後輩だったけれど。あの頃は若かったね。今は親父だけれど彼女はどうしているかな?(おばばです)と言う事はおじじになったのか?あちゃー。まだ早い。

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こちらはしモクレン(紫もくれん)こちらも美しいけれど匂いは無い。白は紫の彩りは無くても純白の美しさは見る人の心を掴んで離さない。それだけでも充分なのに今年は特別の香りをプレゼントされる。昨年迄仰ぎ見たシモクレンは見れないけれど、空海様は見捨てていない。その事を忘れなければ人の生き方は開けて来る。

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これで見納めです。香しい甘い匂いありがとうございました。人の世の虚ろいをあざ笑う事無く微かな夕時の光を受け止めていた。親父の残された時も少なくなったが又来年です。来年は保証されないけれど逞しく生きる事を忘れなければ、再会出来るに違いない。

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僕は落ち花ではないよ。正真正銘の花びらです。(分かってますよ)

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今日の一番は私です。少し花びらと花芯は汚れて来たががこの時は明日は無い。

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山桜。この細い幹。この枝。そして小さく見栄えのしない小さい花びら。そんな事は関係ない事です。今年も春が来てもうすぐ満開の時。それだけで充分です。空の青さが透けて見える。風もなく静かな夕暮れです。今日もしっかり歩いて来ました。

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この樹は病院駐車場角の老木。画面ではそうは見えないが結構枯れて、無惨にノコギリで輪切りにされている。しかし、しっかりと小枝が伸びて老木の面影は無い。透かして見える南の空は明るい。今年の春は短く一気に五月の空に突き進むのだろうか?

でもその前に朽木の村が待っている。京都と北陸小浜を結ぶ鯖街道。その中間の山里も幻想の春を迎えている。日本の春。日本の原風景。親父が復活した姿をどんな顔をして見てくれるのだろうか?喫茶店「ウイング」は、いまでもウエルカムなのだろうか?

この道を信長は北陸朝倉攻めの時。同盟を結んでいた朝倉勢の反逆で京都に撤退する。親父が最初に通ったのは55年の夏。今から約30年近く前の話。ホンダシビックで改良中だったこの道を走る。その道は今は整備され当時の曲がりくねった道はその面影も無く整備されている。大阪に来て1人で何度も通った道。その軌跡を再び見る事が出来る。

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大阪も桜満開?でも近くの桜は9分かな?夜桜見物もしました。

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伝統の一戦?見ていると日が暮れる。心の中で早くしないとと急がされても、腰が中々上がらない。何でだろう?1人で見てもつまらないからかも?そうではない。何となく気が進まない。疲れているのかな?それもちがう?ではナンだったのかな?

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ハイ。行って来ました。公園下の親父だけしか見ていない桜の大木。花びらがギラツイているのはフラッシュの所為。左側の石柱は芸術家の作品?目障り(こらこら)

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まあ固い事言わないで眺めて下さい。今年もよろしくね。老木がオットセイの様に体を伸ばし孔雀の様に羽根を拡げていた。

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幹は枯れて切られても小枝がしっかり伸びている。近くの公園の今年切り倒された老木の嘆きが聞こえて来る。駐車場の必要性は立場で考えは変わっても、この姿を見ると桜切る馬鹿ではなく、大バカの事業が見えて来る。誰に?何も思わんだろう。

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この桜が好きな親父の気持ちが分かります?分からないでしょう? この老木は一度人生を終えている。今、枝葉を伸ばしているは自分ではない。自分は役目を終えても枝葉が幹になり大きく枝葉を拡げている。親父の様だと言いたいけれど親父にはそれだけの証は無いのかもしれない。

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これは別の木。今年もきれいに咲きました。廻りはすっかり暗くなっていました。

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肉眼で見た時はこれ程の艶やかさを感じなかったが、ピンクの色がほんのりと恥じらいの色を浮かべている。自分で言うのはおかしいが親父も照れている。写し取った時は暗闇の中で白さだけが浮かんでいた。

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この木も老木です。それでもどうだこのパワー。親父は朽ちかけた幹を撫でながら暗闇の青い空を見上げていた。青い空が暗闇の中に見えたと言う事はどういう事や?こう言う事です。暗い時には明かりをつけろ。明かりがあればその先には美しい感動の姿が見える。

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又、来年です。その前に新緑の時に又、来ます。(そう言わずに花吹雪を見に来て下さい)どうかな?気が変わらなければ。




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2012年4月 8日 (日)

春高楼の花の宴 巡る杯は無いけれど 心は巡る花の時

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昨日の花びらは片付けられていた。きようの花はしっかり茎についていた。それでもツバキ科の花は開花と共にあっけなく落ちる。この時期の花の美しさは花開いた時ではなくつぼみから花開く寸前かもしれない。

南西諸島の明るい森を感じさせる明るさ。石垣島の先西表(いりおもて)の森も奥に立ち入るとガイドが要るが、観光船から少し歩く散策の道ならこれくらいの景色が見れるかもしれない。狭い日本そんなに急いで何処に行くと言われても、この国は南から北迄知らない所が少なく無い。

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やっと大阪も花見の頃となりました。京都と大阪の境、歴史的にも天下の要衝、天王山聖天さんの境内の花見をしたのは兄貴が生まれて翌年。あれから多くの年が流れる。今年も花見には行けないが大阪も今日は最高の花見日和です。

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2012年4月 7日 (土)

花見の時はもう少し暖かかった気がするけれど。

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一見モクレンの花と思いきや違いました。「こぶし」の花。辞書を引いてみるとモクレン科だから親父が勘違いしてもおかしくはないのかもしれない。大阪もやっと春らしくなりました。それでも風はまだ冷たい。明日からも少し暖かくなるかな。それでも足を棒にしても歩き回り価値はある季節かな?花見はまだ寒そう。

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本日の傑作。と自慢されても?。花びらは落ち葉ならぬ落ち花びら?そう、この情熱的な花びらは上から落ちたもの。この不自然に大きな花が親父に一時の興奮を与えて呉れました。明日に成れば艶やかな花びらはその潤いを無くすのでしょう?

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この木何の木気になる木。ツバキには間違いないけど正真正銘のツバキとは、ちょっと違うかも。それでもこのつぼみを見ているとそんな事はどうでもいい気はして来る。今年は花見の時は短く一気に「けだるい」時を迎えるのかもしれない。

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2012年4月 6日 (金)

大阪はまだ満開の時ではない。優勝候補も同じかな。それは違う。あいつらは勘違いしている。

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優勝候補がホームラン0。親父はスポーツマンではないが評論家でもこの結果を予測した人はいない。それが勝負事。どんなに強力と言われてもその力はやってみないと分からない。それなのに何か選手も監督も勘違いしていないか?選手や監督だけでなく球団関係者が勘違いすると、今年も野球は今イチ盛り上がらないかもしれない。

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夕日が爆発している。新年度になって盛り上がらなければいけないこの国の勢い。それが訳の分からないニュースがテレビで流れる度に、親父の舌打ちが重なる。親父がこのブログでどんなにぼろくそに言った処で何も変わらないが、親父自身は結構納得している。正確に言えば爆発を待つ。この夕日の様にいつまでも待ってはくれないだろう?。

司馬遼太郎の「世に棲む日々」2巻と3巻を読み終える事が出来ました。(1巻はどうしたの?)一巻は売り切れ。出版社にも在庫なし。親父お気に入りの本屋もハードカバーは無理と言われる。それでもこの文字の小さい面白く無い本を3巻から何故か読みました。自画自賛?そうではない。一番分からなかったこの時代の人の生き方。

尊王攘夷(天皇を尊び外国人を排除する)が明治維新の旗印、江戸幕府崩壊の要因は皮肉な事に単なる政権交代。一昨年の自民党から民主党への交代の様に選挙結果ではなかったが、国内が2分され多くの人の命が失われた明治維新がこれ程に分からないのは、本音と建前がこれ程に違った事は現代も同じかもしれない。

現代の政権が選挙公約をこれ程に踏みにじられても国民は何も出来ないのと同様、否それ以上に武士の世を叩き潰した薩摩、長州、土佐、肥後の鉄砲、大砲は外国から金持ち商人が財産を投げ出して武器商人から買ったものだった。

攘夷、攘夷と叫んでも国を開国しなければこの国は中国と同様に西洋列強の植民地に成るしか無かった。中国と違ったのは高杉晋作の様な人物がこの国に居た事だろう。高杉晋作は28足らずで病死をする。しかし、それ以上に凄いと思うのは自藩の砲台を叩き潰されても戦いの負けを認めなかった事。藩の代表として敵艦に乗り込んでも負けを認めず和睦を説くその理屈。その正当性は今日でも通用する。

「確かに砲台は叩き潰されました。しかし、地上戦になれば負けない。あなた方の軍勢はたかだか数千人。我々は数十万人。戦いはこれからです。」ところがこの時長州藩は幕府と薩摩に追いつめられていた。幕府と薩摩が敵対するのはこの後となる。

高杉晋作はこの時、敵の代表に評価される。ところが現実は小説より奇怪である。2回目の交渉には出れない。和睦の交渉を認めない輩に追われる。これからの話は本当に面白い。長州と薩摩が何故手を握ったのか?それはタダ単に自藩の利益がそうさせたに違いない。その歴史が今、繰り返されている。その現実を語れるマスコミは社会的責任を果たしていると思っているのだろうか?

大飯原発の安全基準政府が決定?なんとオバカな政府だろう?そんな事で停止中の原発が再開出来ると思っているのだろう。この決定を地元が受け入れるとでも思っているのだろうか?受け入れなくても法的には再開に問題は無いと官房長官は言い切っているのだから、既成事実を積み上げて押し切るつもりだろう。その結果もいずれ出る。原発再開をしなくても電力確保の知恵は出せないのだろうか?出せません。

原発の安全神話は簡単には崩れないのだろう?福島の教訓を生かしたドイツ。活かせ無いどころか活かそうともしない日本。事故前から問題になっている核燃料廃棄物。その処理は地底深く保管するしか無い。その最終処分場も決められないで原発に寄添って来たこの国の電力事情。

その厳しい現実を突きつけられても水泳の北島の快挙と桜満開、スカイツリーのニュースとパキスタン北部の治安悪化のニュースしか語れない皆様の000。やっと原発のニュースです。そのニュースが4番目。安全対策の新基準。そんな物は在る筈は無い。

場当たり的と言われても原発再開の圧力は変わらない。原子力発電に絶対的安全は無い。だからこそ政治的判断を求めるのだろうが、政治判断は一部の圧力ではなく福島の教訓を生かさなければならない。この政権は完全に崩壊寸前です。

その屋台骨を支えているのは意外に政治に関心を持っている人達かもしれない。「ガレキ受け入れ」賛否両論を聞きながらその事を痛感する。親父には被災地のガレキが安全でないと決めつけるその根拠は、自分達が明日も生きれるかどうかと同じ程度としか思えない。

自分たちの家の廻りにあれだけのガレキの山を抱えても、この人達はこのような尤もらしい事を言うのだろうか?そんな事を言っているとろくな生き方は出来ない。その時、誰が助けてくれるのだろうか?徳島の知事の言葉を聞きながらそう思う。

困った時はお互い様。ガレキが安全でないと言われるとそこで生きている人はどうすれば良いのだろう?それともガレキを全国の自治体で受け入れて焼却する方が安全でないと言われるのだろうか?

その一番、人としての在り方が問われている事を思い知るのは何時の事だろう?そろそろ空海様の出番です。桜の満開を愛でる前にその事を思い知りなさい。そう出なければこの国に輝ける未来はありません。テレビの音声を消して映像を横目で見ているだけでこれだけのボヤキが出来るのは、親父の空元気かもしれない。

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国民健康保険料 特別徴収 仮徴収のお知らせ

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大阪ベイエリア天保山の大観覧車。完成したのは1997年。と言う事は15年前に完成。大きさは世界最大。地上から一番高い高さは112m。乗らないで良かった。乗っていたらと思うと身震いする。実際は身震いでは済まなかったに違いない。

よく見ると人影が少ない。風も強かったしガタガタ、ゴトゴト、ビュービョー。しがみつくのが手すりだけでは間違いなく床にへたり込んでいたに違いない。情けない姿を晒さなかったのは本当に正解でした。

遊園地でもないここにこれだけの遊戯施設が作れたのは民間資金ではなく、市の税金が使われたからかも。市のお金だけでは足りず国の何とか補助金が出ているのかも。大阪ベイエリア。天保山の賑わいは明治の時代を知る人には(親父も知らない)時の流れ、虚ろいを感じさせるだけでなく眼を見張るだけかも。

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天保山の先に大阪南港が在りそこにはフェリーが出ていた。しかし、その賑わいは感じられなかった。瀬戸内海航路。大阪を夜に出て翌朝九州別府湯の町。その場所はこの正面の建物の向こう側です。手前の駐車場はこの右横の「なにわの海の時空館」用?(車で来ていないので分からない。)又、車で来ない方が良い。(電車で充分)

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このフェリーのお尻は今から20年以上前に別府港で見た景色。これから先どれ位かかるか分からないけれど、九州大分に帰る時に一度は乗りたい贅沢。しかし、1人の船旅は何度か経験しているが、あれは止めた方が良い。何で?言う迄もない。

大阪ベイエリアで見たものはエキサイティング(興奮する)景色と裏腹に、行政の壮大な税金の無駄使いでした。何が無駄で何がそうではないのか?その線引きの明白な基準は「公共工事に税金を使う事ではなくその使われ方を評価、検証する事。」

すげえ、すげえと最初は興奮していましたが、人影の疎らな状態を見ていると本当に情けなくなりました。この事業を計画、実行した人達の評価は民間企業では有り得ません?有り得るのかな。最近は民間でもおかしい処が多いから。

その評価は常に求められている事を人のふんどしで仕事をしている役人には分からない。(言い過ぎ?)そうかな?暇な時自分の廻りを見渡すと本当に無駄な公共工事が眼に付くに違いありません。それでも役所の人達、御用学者はその実態を評価している。

今、大阪のみならず全国的に注目されている大阪維新の会は親父は評価出来ないが、これから間違いなくその事を追求し、おかしな選択を迫るのでしょう。大体、国や地方自治体に利益のでない事を求めれば、財政破綻は当たり前。財政破綻の責任も取れない国や地方自治体に「ノ−」が突きつけられる。これは当たり前です。

そんな事を考えていると「例年の通知」がやって来る。国民健康保険料の徴収通知書。最近は国民健康保険料が高過ぎて払えない人も少なく無い。その未納率が前年度は幾らでその前よりどれだけ改善(改悪)したのか聞いた事がある。

それでもその状況は明確でない。年金制度は完全に破綻していると言われて久しいが年金財政の改善は各市町村担当係でどれだけの改善策を検討したとしても、その実施はむつかしい。何もしないで取れる所から取る。そんな事をしていると年金の未払いが進み信用されない。今年もそんな不快な思いをしなければ行けないのだろうか?

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2012年4月 5日 (木)

東北被災地の復興 ガレキ処理 生活基盤の立て直し

東北被災地の復興は遅々として進まない。その原因は多種多様だけれど一番の原因はその実態がほとんど知られてない事だろう。親父もなんだかんだ言いながら被災地の実態はテレビで断片的に眼にするだけで、本当は何も知らないのだろう。

その実態を伝えるべき、伝えなければいけない人達が他人事の様に、原理原則を深刻に語るだけ。冗談でも言おうものなら一斉にその言葉尻を捉えて攻撃。何も出来ない。何も改善しないその実態は如何して変えられないのだろう?

昨日、某民間テレビの報道番組で司会者が語気を強めて、原発の再開は政治家の決断次第と言っていたが、何たる反社会的な言葉だろう?原発の再開はこのような考え、署名活動で決めるものではない。原発に「絶対的」安全は無い。放射能汚染とその廃棄物の処理は現代人が生きている間は出来ない。

それなのに「政治家が責任を持つ」何たる馬鹿げた発言だろう。選挙公約を守れない政治家に如何して原発再開の責任が取れると言うのだろう?そもそもこれ迄原発事故は無い、安全は確保されていると言い続けて来た責任は誰も取っていない。

原発再開は非常にむつかしい。それは誰もが共通の認識と思っていたら、そうでもない。東北被災地のガレキの受け入れも進まない現状。福島の事故の処理(廃炉)も除染もこれからだと言うのに原発の再開は出来ない事位分からないのだろうか?

そうではない。今年の夏。原発が一機も稼働しなければ電力不足に成り、大規模な停電が発生すると言われる。どれ位電力不足になるかは分からないから今まで通り原発をしてその対処をしなければならない。なんと間抜けな考えだろう。

原発無しの電力供給が出来ない現実をどう変えるのかが問われても、それが出来ないのだとしたら関係者は交代して下さい。クビです。今、民間の非正規労働者がいとも簡単に担当を替えられ首になっているか知らないのだろうか?

それとこれは違う?何たる思い上がりだろう?沖縄の辺野古の海岸埋め立て、貿易の自由化貿易交渉、消費税の値上げ、財政再建、景気回復、多くの課題が改善しないのは政治と経済の責任者、高級官僚の無策、問題先延ばしが原因ではないのか?

今朝、インターネットを見ているとその思いを強くする。「ガレキの受け入れ札幌市長拒否」。受け入れを求められているガレキには政府、担当閣僚が言う以上に安全ではないと言う。そうかも知れない。それでは現地で処理出来ないガレキをどうすれのか?(被災地で処理する)何たる思いやりも情けのない言葉だろう。こんな人は政治家を辞めさせなければならない。北海道の安全性豊かな酪農、農作物を守る。?

北海道さえ良ければ良いのか?北海道に原発が在るがその安全はどう担保されているのか?まさか絶対安全とは言わないだろう?被災地のガレキ受け入れが進まないのは自分の選挙民に存在感を示しているだけ。何で選挙民はそんな市長を支持するのだろう?大阪と同じかもしれない。違う事は大阪は口先だけで誤摩化しているだけ?

原発再開は難しいだろう?それでも政府、担当閣僚はなんとしても橋頭堡(原発再開の実績)を築きたいとこれからなんでもありかもしれない。それでも福島の事故は今を生きる人達に「技術に絶対安全は無い」ではなく「技術に絶対は在っても人の考えに絶対はない」その事を教えているに違いない。その事を学習出来なければ既成政党に未来は無い。(親父達の未来も暗いのかもしれない)親父はそれでも生きてみせる。これ迄がそうだった様に?それは甘いかもしれない。

今、BS放送でスイスアルプスアイガーミッテルレギ稜の登頂ビデオを見ながら、身をすくめている。タケさんと1昨年グリンデルワルドから見上げた正面右の山が、そうだった事を始めて知る。アイガー北壁もよく見える。1897年に掘られた登山鉄道。途中の駅でアイガー南斜面工事のガレキを出した開口部がある。

特別のガイドの案内でここから降りる。親父達は電車の中で展望を見に行かなかったがその絶景に眼を見張る。2000m近くの下のグリンデルワルドの街をテレビで見ているだけで後ずさりしている。

この登頂ルートを切り開いた人は日本人登山家槙と現地のガイドと友人。見ているだけで凄さが分かる。絶対に真似は出来ない。ジャンダルムを太いロープ一本で宙に浮くとはどういう事だろう。その先の尾根は狭い雪の稜線。ナイフのエッジの様だと言われるとそれだけで見ては居られない。音声を聞くだけ。アイガー山頂3970m。

アイガーは見るだけでも感激する。親父は登山は出来ないけれど山を見上げながら近くの丘を散策する事はまだまだ出来る。これからはもう一度アイガーをグリンデルワルドで見れる様に、気力、体力、時の運を期待し頑張るしか無いのかもしれない。

原発の再開。定期点検で停止している原発の再開には地元の同意は法的には必要ない?政府官房長官のコメント。そうかも知れないがそんな事を本当にやるつもりか?政府、内閣総理大臣、担当閣僚が益々苦しい立場に追い込まれる事が分からないのだろうか?それともその事は分かりながらも国策としてやるしかないと考えているのだろうか?そうだとしたらこの内閣は総辞職しか無い。

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2012年4月 4日 (水)

大阪ベイエリア。昨日の天気は嘘の様でした。

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大観覧車。風が強くて(それは口実)1人では(それはありかも)高所は苦手(それは正解)見上げただけ。天気は良くて大阪湾と大阪市内の展望は良いと思うけれど乗らず。正解。乗っていたら1人で奇声を上げていたに違いない。

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海遊館。大阪市立水族館。1990年開館。18年ぶりのご対面。廻りを見たのは今回が始めて。海がこれ程に近かった事は知らず。数年前に来た時は遊覧船(サンタマリア)に乗ったが、その乗船場はこの裏だった。大阪湾の波頭が撮れたかな?

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電車の本数は多い。でもこのダイヤは中央線だったかな?

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乗り換え口。地下鉄はここ迄。この先はニュートラム(新交通システム)地下鉄は鉄道。ニュートラムは専用高架をゴムタイヤでエネルギーは電気。この路線は日本各地に在るが関西では神戸のポートライナーがある。東京のゆりかもめと同じ方式。

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ホームにフェンスが在り乗降口は電車のドアーと連動している。スイスチュリッヒ空港駅の乗り場を思い出す。

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出ました。大阪湾。風が強くてほとんど人影がない。これは散策の穴場。

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おっさんが魚釣りをしている。ここは魚釣り禁止区域。おっさん落ちるなよ。

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大島桜がお出迎え。風は冷たい。

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日差しは暖かい。この時を待っていましたと言われている。

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大阪港の春をこの歳になって始めて知る。「春の海」風は強い。アンタの生き方はどうだと言われていた。お任せあれ。今は年甲斐も無く意気軒昂。春の海を眺めながら感激の「すげえ」を連発していた。

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そう。大阪の発展は水運から。今はその発展の歴史も見失われている。

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古代船。しかしこの船では荒海には漕ぎ出せない。

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この案内標識は「なにわの海の時空館」の前。画面では左中央です。

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アジア、トレーディング、センター。名前と建物程アジア貿易の拠点とはなっていない。広いスペースにキョロキョロしていた。今イチ複合商業施設としての勢いがない。それでも意外な所で意外なフェリーと出会う。なつかしい。船は綺麗になっていた。

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展望台に上がる。窓際で下を見ると足がすくむ。おっかなびっくりで高さに慣れる迄奥のカフェでコーヒーを注文。高い所は駄目。昨日の風で大阪平野がよく見える。

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無人の運転席。この時は空いていたが途中で社会人が一杯乗り込んで来る。学生だったかもしてないが。うるさい。若者の生きる時代の厳しさをまだ認識していない。これから求められる厳しさを知らない事は喜ぶべきか?悲しむべきか?

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ここでニュートラムは終点。何でここ迄地下鉄でないのか分かる。良く分からなかったのはモノレールとの違い。どちらが建設コストが安いのかは分からなかった。只モノレールの無人運転はないかも知れない。それが出来るのがこれの売りだとしたら、何ともおかしい話しです。大阪交通局の社員の報酬はそれ程高いのだろうか?

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住之江公園は大阪南港の昔は貯木場が在った所。今はその面影もない。親父の大阪湾ベイエリアの散策は終わりました。予想以上に開発されて感激しましたが、これだけの大阪湾の埋め立ては一体、何の為だったのでしょう?大阪湾の埋めたては現在も進行形ですが、これだけの大事業が行われたら大阪の財政再建は無理でしょう。

帰りに堂島のいつものお店で焼き鯖定食頂きました。とても風が強くそれでもしっかり歩いて来ました。親父の若い頃見た大阪湾の面影は全く無くて、様変わりしていましたが大阪の再生は橋下さんが言われる程、簡単ではないでしょう。口先だけでない行動は時として異端児でないと無理でしょう。この大阪ベイエリアの投資は如何して大阪再生の起爆剤にならなかったのか不思議でなりません。

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天気予報と景気予測 競馬予想と原発再開

昨日は春の嵐が吹き荒れました。さすがの親父も昨日は出歩きもせず家でしっかりとお勉強をしていました。今更お勉強をしても手遅れですが、これからの高齢化社会を生き抜く術は健康と精神力。そして経済力。多くの人が尤もらしく多くの言葉を語りますが元気でピンコロ。(ぴんぴんしてころりとくたばる)これ程の幸せは無いでしょう。その事はどれだけ大変か、その事を少しは勉強しないとあきまへん。

優勝候補のチームがころころと負ける。日本が経済大国の座を中国に明け渡したとかこの国の物造りは韓国、中国、台湾、経済発展途上の国には勝てないとか言われて来たが、この国の政治と経済のリーダー達の無能さは問われない。(そうではないか)政治家の無能さは問われている?冗談ではない。尤もらしく政治家の無策を口にするテレビの司会者、コメンテーター程、アンタ達はどうなのと言われる時は近い。

それにしても昨日の春の嵐。びっくりしゃっくり。さすが気象衛星。天気予報は正確です。そうでないのは景気予測と競馬の予想。景気予測がそれ程に信頼出来ないのは競馬の予想と全く同じです。(一緒にするな)ではどれだけ似ているか論理的に説明しましょう。

景気の判断基準は色んなデータがある。競馬の予想も同じ。違うのは景気は昔は消費が活発になれば皆がニコニコしていた。今は景気が良くなってもそのおこぼれに預かれない社会的弱者の方が多くなった。失業。生活保護。給料は頭打ち。下降。

この国の経済成長が止まって20年になると言われている。高度経済成長の時代は終わり低成長の時代になっても、景気対策と言えば何とかの一つ覚えの様に金融緩和。アメリカは重工業が壊滅しても世界をリードする金融大国。この国はどうなのだろう。

経済は一流と言われて久しいがそれも過去の話。経営は利益を出せなくても首にならないし、人から年金資金を預かって毀損してもごめんなさいで、済むと思っているのだろう。決算報告者を誤摩化しても詐欺ではないと平然として言われたら、そんな経済システムを誰が信用するのだろう。

自分達が美味しい思いができればそれで良い。こんな経営者がどんな経営判断が出来るのだろう?それは現実に経済競争でこの国を代表する企業が大赤字を出している事を見れば分かる。ソニー。パナソニック。シャープ。

この国の法人税を払えぬ企業がどれだけ在るかを見ても、経済は一流とはとても言えないだろう?競馬の予想と一緒に出来ないのは企業活動は違うと言われるが何処が違うのだろう?利益が出せない企業はライバルに叩き潰されて当然だろう。

未だに原発再開が無ければこの国の電力自給は厳しいと言われる。ならば厳しく無い方法を考えるべきでしょう。電力会社にどれだけ役所からの天下りが在り、原発立地の地方にどれだけの税金をばらまいて来たのか?絶対安全なんて在る筈もない嘘を言い続けて来た国と電力会社は、それでも原発再開ありきと考えているのだろう?

この寄生虫達。原発再開を政治判断すると聞いて笑ったが、そんな事が本当に出来るとでも思ったのだろうか?沖縄の辺野古の海を埋め立てる事をアメリカに約束したこの国の外交責任はこれからその責任すら取れない。

だからこそ決めれない日本とアメリカにどんなに非難されても反対派を黙らせる事は出来ない。どんなに待たれても国家権力でこれ迄の様に叩き潰す事は出来ない。其れくらいの事が分からないのだろうか?その事は歴史が証明する。

日米安保条約は厳しい反対闘争を封じた結果である事が今、問い直されているに過ぎない。民主党政権は有権者に約束した事を守れなかったその責任の重さを実感していない。有権者もマスコミも同じです。競馬の予想はよそう、うそよですが景気判断はそれではいかんでしょう?原発再開も同じです。

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2012年4月 3日 (火)

日米の同盟深化?アメリカの思惑通りには行かない。

昨日のブログでも書いたが何で日本がアメリカの思惑通りにならなければならないのか?沖縄の基地縮小は日本の当然の要求であり、アメリカの強硬派は言う迄もなく親日派と言われる人達からも日本の決められない政治判断をとやかく言われる筋合いは無い。

日米安保条約の見直しがこの国で高まる現実は、アメリカの極東軍事政策にこれから大きく影響する。アメリカの利害と日本の利害がこれ迄一致していたと考える事は間違いである。これ迄日本はアメリカの軍事、政治、経済政策に振り回されて来た。

何時迄もアメリカのポチではない。これからアメリカも変わらなければいけない。日本は政治的にも経済的にもアメリカが日本を支えてくれた以上にアメリカに貢献している。日本政府もその事が問われるに違いない。本当の対等な日米同盟がこれから求められるに違いない。その事を如何して伝えられないのだろう?

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春の嵐も一段落 風と雨にご注意を。明日は清明。大阪はそんな天気になりそうです。

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風は大した事は無かったが雨は久々のまとまった雨。それでも峠は越えました。雨の合間を見てお昼の弁当を買いに行きました。久々に四国徳島遍路道で買ったカッパをニンマリとしながら取り出して履きながら、お腹の膨らみに苦笑していました。

「きつい」「うそでしょう?」「まっいいっか」。自分で自分を慰めながら仕方なく納得していました。昨年の夏の暑い日差しの中をママチャリで駆け巡った四国徳島の遍路道。あの時徳島のホームセンターで買ったカッパは、遍路道で本当にお世話になりました。

雨の中、ずぶ濡れになりながら足を広げて下り坂をハイジの様に、奇声をあげながら下った道は最初で最後の経験でしょう?もう一度やれと言われても無理でしょう?ホント我ながら良くやりました。もうすぐもっと大変な長い道程が待ち構えています。

しかし、多くの歩き遍路とは違った電車とバスの旅になりそう。(アチャー)出ました。親父節。朽木の山間の村も手招きをしている。行けますか? 春は多くの会社、役所、組織でも新年度。親父の新年度も同じです。何時迄も親父節を炸裂させて下さい。(自分で言うか?)自分で言わないと人は誰も期待していない。(がっくし)

春の嵐が吹き荒れると明日は清明です。二十四節気の清明。最近は知らない人が多くなりましたが「万物が清々しくて明るく美しい」なんと素晴らしい言葉だろう。最近この真逆を見る事が多いが、人の生き方もこう在りたい。この言葉は中国の農業の季語。水田に水を引き入れた田起こしをする季節。そんな意味だったと思うが違うかもしれない。地方に行けばもうすぐ田植えの季節です。

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近くの用水路も綺麗な雨水が静かに流れている。梅雨時になるとこのよう水路一杯に流れる水も近くの猪名川に流れ出る時は、水門から一気に流れ落ちるのだろうか?五木寛之氏の「大河の一滴」を思い出す。人の生き方も人の一生も泡沫の時と何一つ変わらない。

投資信託で多くの年金資金を毀損させて「騙すつもりは無かった。このおっさん。それで運用失敗の責任を免れると思っているのだろう?それで企業責任と経営責任が問われないとでも思っているのだろうか?日本の金融政策が問われている。これから株式市場は信用を取り戻す?こんな経営の責任追及ではアカンでしょう。

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駅迄の道。正面の交差点。信号は見えませんが立派な信号が付いています。多くの人は無視するけれど、最近信号無視で死亡者が増えている事を知らないだけ。左のパチンコ屋さんに足を踏み入れなくなって、もうすぐ3年? 又、雨と風が吹き荒れている。

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一旦小止みになったけれど窓の外は嵐です。ごうごうと強風が怒りの声を上げている。外はまるで台風です。田舎で幼い頃雨戸を少し開けて外の雨風を眺めていた頃を思い出す。親父の天気予報外れたな。窓の隙間から覗いて来ます。まるで夏の嵐です。

外でカッパを着て仕事をしていた芦屋川西の仕事を思い出す。親父は見ていない芦屋川堤防沿いの桜の開花ももうすぐです。雷が鳴って稲妻が走ればもう春雷です。今年は遅い春の嵐ですが、明日からは少しずつ暖かくなるのでしょう。

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一気に用水路の水カサが増える。そして一気に下がる。それ程の一時の雨風。自然の猛威。人は自分達の生き方に何一つの疑問も感じないが、時の流れも又同様です。自分の思いとは裏腹に流れ行く時節を忘れないで頑張りましょう。

親父もこれからお勉強です。高杉晋作が生きた時代。この国の国論が2分されていたと言われています。佐幕か勤王か。そんなどうでも良い事にどうでも良く無かったこの国の歴史。あれから100年足らずでこの国は今、大きな変化しています。

しかし、そんな天下国家とは全く関係のない格差社会の底辺で夢も希望も無い生き方をしている人も少なく無いのです。その事を忘れているととんでもない思い違いをするでしょう。

この国を大阪から変える?でもその前にやるべき事をしっかりやりましょう。被災地のガレキの受け入れも出来なくて如何してこの國の形が変えられるのでしょう?もっと地に足をつけて地道で大切な事を考えて行きましよう。明日、大阪のベイエリアをご紹介します。その景色は大阪の今を象徴して入ると想像しています。

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ホンマにひどい皆様の000。ええ加減にしなはれ。

この放送局公共放送?今日は春の嵐でさすがの親父も家でおとなしくしているが、心は怒り心頭。お昼前の見る番組も無いTVに向かって悪口雑言を投げつけている。当然音声は消している。この制作の責任者視聴者から批判される事は無いのだろうか?

民放でもない皆様の000と言いながらこの様はなんとした事だろう?大河ドラマを何処かの知事に批判されていたが、この放送局の制作責任者に公共放送の自覚が全く欠如していると言われても仕方が無い。何だこのお笑い頂戴の番組。お笑いタレントが何でこんなに番組の司会に参加しなければならないのか?

関西は言う迄もなくお笑いが文化を支えていると言われているが、放送の関わりはそれなりのモラルが必要だろう。そのモラルも何とか審議会でチェックはしていないのか?意味も無い笑い。視聴者を馬鹿にして程度の低い馬鹿笑い。大体番組の進行、組み立てはプロのアナウンサーがそつなくこなす事が、放送の原点だろう。

もっとも昨夜の夜のニュースではそのコメンテーターが個人的な考えを頻りに口にしていたが、これ程の放送のレベルが下がるとアホらしくて、時間つぶしに見る無駄は違う事に振り向けなければならない。何時からこんなにおかしく阿呆になったのだろう?

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昨日はここから引き返しましたがこの先にこの高架の終点の駅が在ります。大阪港駅。しかし実際の終点はその先コスモスクエアーです。ほとんど知られていない大阪の埋め立て地。ここには西日本一と言われる高層タワー、貿易センタービル、国際見本市会場とフェリーターミナルが在ります。

そしてその先では夢州(ゆめしま)、テクノポート大阪と言う尤もらしい埋めたてが現代も進行している。これでは大阪市が国債まみれになるのは当然だろう。親父達は分からないが国の財政補助を受けながら、この壮大な事業は進行している。明日は天気が回復します。その風景をお見せ出来るでしょう。

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2012年4月 2日 (月)

明日は又、春の嵐?

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隣の駅迄は良く来ていたけれどこの駅は久し振り。近くに京セラドームが在るがこの駅は地下鉄。大阪地下鉄に近鉄電車が乗り入れているのはこの路線だけ。ここから乗り継ぎに成るけれど京都に行ける。近鉄は京都地下鉄にも乗り入れている。

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桜のつぼみが膨らんでいる。明日は低気圧が発達して関西を通過の予報。明日は身動き出来ないかもしれない。今年は春一番の洗礼を感じなかったが、明日はその有り難く無いお返しを受けるに違いない。今年も春が来た。人間の愚かな思惑が大自然の洗礼を受ける。そして歓喜の時は近い。(実際は暫くは寒い。本当に春を迎えるのは来週?)

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人の気配が少ない。左は倉庫街。河口が近い。安治川。マザーテレサに憧れて献身的な医療活動をしていた若い女医さんが、若くして命を絶たれている。警察発表では自殺だが不審な亡くなり方をしている。その代償は余りにも大きい。その検証も無いままに貧困は解消されていない。日本医師会の責任、薬の転売、生活保護の拡大。何も改善されていない。高齢者医療費の削減。この国にマザーテレサは居ない事を思い知る。

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それでも悲しむ事は無い。春が来る。吉田松陰の刑死もそうだが人を裁く事は自らも裁かれる事は歴史が証明している。今この国の医療は飛躍的に発展している。しかし高い医療費とは無関係な貧困ビジネスがこの国でも進行している。反社会的勢力。尤もらしい00反対と口にするのも良いけれど、現実はそんなに甘く無い。

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この水門。本当に役に立つのだろうか?見学は出来ない。

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ああ。関西汽船別府行路の乗り場は移転していた。

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ロータリー一角の花壇。誰かが手入れしている。

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阪神高速朝潮橋サービスエリア。一般歩行者の展望室を期待したがそれは無い。車ではこのスポットは夕日と大阪湾の景色が見れてお勧めの所。流石に歩行者はお呼びで無いかもしれない。それでもそれくらいのサービスを考えても良いのでは?

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左は倉庫街。その外は安治川。しかし、高い建物と堤防の高潮堤防で何も見えない。河口を目指して黙々と歩く。これだけの広い道は歩行者はお呼びでは無かった。

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ここも高速道路のパーキング。

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ハクモクレンの花が咲いている。ハクモクレンの開花はこの時期だったのか?しかしこの先に見た景色は信じられない光景だった。でもその前に今夜のニュース9で信じられない特集が放送されている。アメリカの苛立?冗談ではない。

アメリカからこの国に求められている事がそれだけこの国の利害を2分している事を、如何して伝えられないのだろうか?何時迄もアメリカの思惑、アメリカの利害に叶う事を求められているとしたらそれはポチです。アメリカの属国。

今この国が求められている貿易摩擦。沖縄の基地。アメリカの国債の購入。不当な事を何時迄も抱えさせられて、この侭ではこの国が沈没する。アメリカの国内事情でこの国の利益が損なわれるなら、日本人としてアメリカの意向には添えない。

それは当たり前の事だろう。この国の実情を正確に伝えるのが皆様の000だろう。全く。こんな放送を垂れ流して国旗掲揚。ふだけるな。親父の持論はニュースにアナウンサーが尤もらしくくコメントを重ねる。これだけは絶対に止めてもらいたい。

これは放送局として公正である最低条件を踏み外している。テレビがデジタルになれば双方向の考えが行き来しなければならない。それが出来ていない。だから音声を消すしか無い。皆様の000。最近、本当に見る価値がない。

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唖然としたのはこの建物。この建物の上は公園です。どんだけの広さだろう?中は見ていない。この上の景色はこれです。これが公園だとしたら年寄りを馬鹿にしていないか?(イエイエきっちりとスロープが付いています。)

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公園の上からの見晴らしは良かった。大阪湾がよく見える。しかし、平日とは言え高齢者の姿は少なかった。体育館の中で遊ぶのが関の山(失礼)それよりも、この近くでこの施設を利用出来る人は多くは無いだろう。何でここにこれだけの施設を作らなければいけなかったのだろう?これがお役所仕事。税金の無駄使いに違いない。

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この先の大阪港駅迄行く予定がここで引き返す。電車で来るとあっという間も無いが歩いて見ると疲れて来る。この高架と広い通りが中央線。ここから大阪駅迄バスに乗るつもりが、少し乗っただけでバスに酔う。バスは電車と違って急ブレーキ、急発進があるだけでなくオバカがうるさい。

電車を降りた九条の近くでバスを降りる。ところが乗り場が分からない。路上に駅の標識が無い。通りかかった青年と叔母さんに聞きながら阪神九条の駅で電車に乗る。この地下鉄も最近開通した路線。奈良から姫路迄近鉄、阪神、山陽と電鉄を乗り継いで駆け抜ける事が出来る。

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北海道大学の教授が原発の最稼働が無ければこの国は電力が足りないと発言している。しかし、この教授は政府の御用学者。アナタがどんなに電力不足を主張したとしても説得力が全く無い。その証拠に親父の佐伯豊南卒のレベルでも、原発再開のハードルは高い事が良く分かる。

アンタ達御用学者にこの国の電力不足を口にする資格が無い。誰でも安全でない飛行機には乗りたく無い。その覚悟が問われた時、福島の想定外をどう説明出来るのだろう?残念ながら原発の廃棄物の処分場、何処が受け入れてくれますか?その事を考えても原発の安全性に絶対がない事を思い知らなければならない。原発再開は何処の地元が受け入れますか?オバカな多くの住民は被災地のガレキすら受け入れていない。

その結果はもうすぐ出る。



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春の海 終日(ひねもす)のたり、のたりかな。蕪村

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春です。春。良い天気。気持ちがいいね。今日から新年度。親父達の様に爺、婆には新年度は無いがそれでも気持ちだけは、万年青年。体に気を付けながら今年はしっかり眼を剥いて歩いて行きたい。政治や経済、日々の生活もこれから首を締め付けられる様に厳しくなるが、それも自分の生き方で変えて行かなければならない。

日銀短観がどうだかこうだか言われているが、こんな観測は無視すれば良い。そうでなければ生き残る事はむつかしい。断片的な情報。管理された情報。生の現実は尤もらしく伝えられるニュースの他に一杯ある。案ずる事は何も無い。これからも自分に出来る事を自信を持ってやり遂げて行く。それが今年の春の決意です。

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昨夜は小腹が空いて出掛ける寸前に電話が在りましたが、色々と課題は多く大変ですが地に足をつけて雑念に掻き回されないで、思った道を確信を持って突き進んで下さい。なんだかんだもっともらしいことを言っても、これからは間違いなく今迄以上の格差社会。貧富の差が大きくなります。

自由、平等、博愛をどんなに口にしたもお金持がよってたかって攻撃される世論とやらはインチキです。この国の新聞、テレビ、情報を正しく伝えるべき人達が、伝えて来た事はこの程度の社会です。

その事を恥ずかしながら親父はこの歳になってやっと分かって来た気がします。情けない事ですが嘆き悲しむ事は何も在りません。これからです。これから。これから何も変わらなくてもその気持ちを忘れなければ、親父もまだまだ捨てた者ではないでしょう?この国のリーダー、経営者、高級官僚、学識経験者もその程度です。

今日は大阪は新年の門出を祝う天気です。親父もいつものおにぎりを2個かばんにつめて、大阪の港に向かって歩いて来ます。親父が青春の時だった頃見つめた海は、薄汚れていましたが、今は幻の春の日が煌めいている事でしょう。歳は取っても心はあの頃の優しさがあるのかな?不敵な想いは変わっていないけれど。

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2012年4月 1日 (日)

お花見の誘いはないけれど、お花見は1人で見る事に慣れてしまった。

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ようやく春めいて来る。日差しはすっかりその様相だが風はまだ冷たい。それでもこれだけ桜のつぼみも勢いを増せば、今度の日曜は満開に近くなるかもしれない。明日の天気予報は晴れ。段々と春が接近している。その前に準備をしなければいけない事が思い通りにはいかない。これが本当のそうはイカの0000なんちゃって。

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久し振りに電車の一番前の車両で2人掛けの席を独り占め。横掛けの席に1人で正面を向いて座っている時に、デカイ兄ちゃんに割り込まれた事が合ったが、今日はその心配も無い様に独り占め。大好きな本を読みながら時々正面を向いていると春が流れて行く。

「電車でgo」対向して来る電車の色は変わらないが、自分の心は変えなければいけない。何時迄も何処迄もチルチルミチルの青い鳥を追い求めていると、阿呆鳥から愛想をつかされるに違いない?そんなのんびりした景色を独り占めしていた。気が付くと運転手がいない。

この電車は何処に行くのだろう?はっとして我に返る前に、最寄りの駅に着いていた。ご心配ありません。運転手は居ます。体に気を付けて。もう歳ですからアホな事を考えないで下さい。そう言われていた。今日はエイプリル、フールの日でした。

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