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2011年12月

2011年12月31日 (土)

穏やかな年の瀬です ささやかな買い物をして山を歩いて来ました

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近くの大木か切られてすっかり明るくなっている。今年は「六甲おろし」の勢いが無いのでまだ枯れた葉を落としていないが、明日は間違いなく新年です。今年は見上げる度に多くの力を与えてくれましたが、来年もよろしくお願いします。

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手前の樹は親父達の様に無惨な姿に成っていたが、年輪を数えていると途中から細かくなり分からなくなっている。人の生き方も同じだろう。どんなに人の道を踏み外して生きた処でその人の年輪を数えてくれる人は少ない。来年はその尤もらしさが問われるに違いない。

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多くの葉っぱが黄色くなり落葉の時は過ぎているのにまだこの有様です。大木は何も言わないけれど寒い寒いと言われる事が何処かおかしい。政治家は次世代にツケを廻すなとか尤もらしく語るが、そのインチキを誰が証明するのだろう?原子力発電やめますか?原子力の放射性廃棄物は何処に最終の処分をするのですか?その事をこれ迄うやむやにしたのは政治家ではなかったのですか?その事を問い掛けている。

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これからダラダラとした坂を登る。この道を歩く度に自分の体力が良く分かる。

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親父がカメラを構えている。本当は両手を広げてキリストの真似をしたかったがこれでは様に成りません。この先この車道はどうなると思います。坂の上で下ります。苦しみのその先には下りの道が在ります。その下りを感謝出来る人は車の運転手ではありません。喘ぎながらこの坂を登った人です。親父は更に上を目指します。

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夕陽が当たっているがそろそろ息苦しい。階段の途中で溝に溜まった落ち葉を靴でかき落としていた。この階段の掃除誰がするのだろう?余計な事を考えていた。ボランティアしますか?最近そんな事を考える親父です。(やらないくせに)バレたか。

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貯水場(と言っても水道の取り入れ口は中心は別にある?)横の大木が踊っている。
横の階段が登り口。ここ迄来ると迷いは無い。登るだけ。先を若いカップルが飛び跳ねている。親父は呼吸を整えながら足を運んでいる。情けない。

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街が見える。遠くに見える高い建物が梅田です。その先に霞む山並みが生駒、葛城山系です。大阪梅田はここから16キロ先。親父は3日掛かりで歩きました。

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親父はのさのさと歩いているので若いカップルの姿は無い。

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汗をかきながら到着大阪平野の先に大阪湾が見える。デジカメの画像ではこれで精一杯。今日はこれでも天気が良くて肉眼では親父が先週歩いた道が見える。(まさか)
それは冗談だとしても肉眼では淡路島迄見える。風があるが額ににじむ汗が心地好い

ぼんやりと下界を見下ろしていると日の入りショウが始まる。では御覧在れ。

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夕日が六甲の山並みに沈む。これから数時間で今年も暮れる。多くの悲しみと少しの喜び。新たな日々もこれから何も変わる事は無い。それでも間違いなく言える事はこの静かな日の入りが永遠ではない。人の嘆き、悲しみが何時迄も続く事は無い。

来年は良い年であります様に。来年は自分の歩く道をきっちりと見定めながら愛する人の為に、地域の為に、国の為に頑張ります。皆さん、良いお年を。
親父はこれから侘しい1人鍋です。しかし希望在る限り若く、失望と共に老い朽ちる。サミュエルソンの言葉を忘れずに紅白は見ずに年を越します。

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静かな年の瀬です。親父のボヤキもマンネリです。

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大阪住吉大社の太鼓橋 この先が大社の正面 大晦日の今日から正月三日迄 多くの善男善女が(そうでないオチャラケの生き方をしている人でも)この橋を渡る時には神妙な面持ちをしているに違いない。(それとも嬉々としているのだろうか?)

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太鼓橋を注意して渡ると右側にこの老木がある。長い時、多くの人を見下ろしながら今はひっそりとして見上げる人も少ない。それでもしめ縄は張り替えられて毎年、新年を迎える。ゆく年、来る年。多くの人が良い年を祈念するが、その厳しさを覚悟する人は少ない。新たな年が今年以上に閉塞感を感じる事が無い様に、今夜は静かに「第九」を聞きたい。

紅白の歌合戦を何の抵抗も無く見れた家族団らんのときは今は無い。ああ無情?人は無常の白い空白の谷間にいつかは落ちて行く。その事が分かれば少しは今の生き方を変えられるに違いない。

今を生きる。今を変える。その事をこの樹の精霊は教えて呉れている。もし新年に大阪の住吉さんをお参り出来たらこの精霊にも手を合わせて下さい。そうすれば何処の誰よりも心穏やかに新しい日々を踏み出せるに違いありません。

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今年は久し振りに(始めてかも知れない)大阪御堂筋の銀杏の落ち葉を見る事が出来ました。テレビのニュースで銀杏(ぎんなん)拾いを見る事はあっても、これだけの景色を見る事はなかなか無い。この景色は今月の泉州から紀州のぶらり旅の時、偶然眼にした景色だが大阪都構想を語る前に、この間抜けな路上駐車を一掃出来なければ大阪人の感覚が疑われる。

関西人だけでなく名古屋でも東京でも都会人の常識は非常識です。道路の管理者は警察のお偉いさんは何処で何をしているのでしょう。それでも予算は減らすな?ええ加減にしなはれ。大使館の廻りに行って見なはれ。大勢の機動隊。警察は交通取り締まりは何時から適当になったのだろう?

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豊臣秀吉に肖って(あやかって)ひょうたん。大阪は天下の台所と言われて久しいが大阪駅北口の再開発は今、急ピッチで進んでいる。この建物は大阪南難波駅手前のビルだがよく見ると今は使われていない高所から落ちる遊具が付いている。関西の地盤低下が指摘されて久しい。このビルの外壁に歓声が響く事は無いのだろう。

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それでも大阪は今、大きく変貌している。北と南のターミナルの建設ラッシュ。
中央の政治と経済が無い物ねだりをしているうちに、関西は大阪都構想?そんな事が実現する前に中央政権、都市の一極集中、既成概念は間違いなく崩れ落ちる。

その事が間違いなく問われる。被災地支援と口先ではいいながら被災地のガレキの受け入れも殆ど出来ない地方の首長。地方の時代と言いながら中央から税金を貰わなければ自立出来ない地方の財政。

和歌山の入り口でその事を痛感する。高速道路の整備より生活道路の整備が求められてもそれも出来ない知事に、地方に時代を語る資格が在るのだろうか?群馬のダム建設再開で万歳をしていた首長の常識。それがが間違いである事は静岡井川ダム、長島ダム、愛知県揖斐川上流の徳山ダムを見れば分かる。

その現実を何も伝えないオバカなマスコミ。ダム建設が本当に地域の活力に成らない事を思い知るのは幻影の世代が亡くなってからだろうか?地方の各地で整備される高速道路。新幹線。その便利さを実感出来るのはその地方だけでなく一部の利権者である事を学習しなければ成らない。

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年末らしくないとすねていたが年末らしい「歓喜の歌」これで再放送?それは間違いない

何気なく見ていたテレビの番組でママさんコーラスの決して上手くない「歓喜の歌」が始まる。アマチュアコーラスだからプロとは違うがこれがベートーベンの「歓喜の歌」に違いない。年末最後のプレゼンテーション。残念ながら録画出来なかったがこの映画がこの時期に放送されて偶然眼に出来たのは何かの因縁に違いない。

今年は楽しい事は少なく無かったがそれは自分がそんな生き方をしていたからだろう。今年は昨年以上に多くの土地を巡り多くの人と語り合う事が出来た。その事にどれだけ感謝の想いを重ねたのだろう?懸命に生きていると思いながら実際はそうではなかったのだろう?その結果が今年のこの思いかも知れないと痛感する。

それ程の想いではなくても色んな場所で多くの人が懸命に生きていた。その人達に比べて自分が出来た事はこの程度の事だったのだろう。それでももう1年。それで足りなければどれ位?チャンスを与えてもらえる様に頑張るしかない。

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2011年12月30日 (金)

穏やかな年の瀬 良いお年をと言われてもこんな政府は要らない

「不退転の決意で」何度聞かされた言葉だろう?今一番求められている歳出削減。この内閣で何がどう出来たのだろう?尤もらしい顔をして尤もらしい事を言いながら、今年一番不愉快な出来事は「沖縄の辺野古海岸の埋め立て」をアメリカに約束している事だろう。

多くの沖縄県民とこの国のこの問題に無関心な人の思いに乗じて、何時迄もアメリカの言いなりにしか成れないこの国の安全保障対策。多くの人が多くの言葉を語るけれども対立の激しい沖縄の現実を、来年も見なければならない。それにしてこの国の政府のやり方は余りにセコイ。何で沖縄の基地を縮小出来ないのか?どんなに言葉を尽くしても自分達は静かな住宅に住んでいるのでは話しにならない。

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今年はどうした事だろう?この赤い実は何時になったら落ちるのだろう?国会議員の先生達も何時迄も支援者のお陰で美味しい思いが出来ると思っているのだろう?先の選挙で政権交代を口にして選挙民の期待を見事に反古にしたが、この赤い実達も如何して良いのか分からないのかも知れない。心配すな。新しい息吹が芽生える。

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それにしても例年ならとっくに葉っぱを落としているのに、これだけの姿を見せられるのは厳しい。寒さと強風に吹き晒さらさていないからだろう。何処かで何時か聞いた「お役所仕事」政府の仕事納めは今日です。来年の厳しさは年明け早々にやってくる。正月休み 地元の支持者の厳しい言葉をお屠蘇で誤摩化さないでしっかり行動に移して下さい。無理か?そうかも知れないがそうだとしたら厳しい落選の現実です。

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さあ山に登ります。天気が良くて気持ちが良い。足に少し負荷が掛かっているがそれも気にならない。これで少し汗がにじむと最高だけれど風が冷たくそれはない。

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久し振りに登る道。息が切れる。何のこれしきと思いながらも体がいう事を利かない

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ここで休憩。いつも歩きの共に手にしているサンドイッチをここで頂く。

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冬木立の中で空を見上げていると間抜けな増税論議がバカバカしくなる。
増税案を財務官僚の言いなりにどんなに決めたとしても、国民の支持が無ければ出来ない事が分からないのだろうか?これが東京大学卒の財務官僚の考えだとしたら、下手なお笑いより面白いのかも知れない。

自分達の身を削らないで、税金を払っていない企業、団体、宗教法人の課税も出来なくて、医療費の請求、支払い、電算化も出来なくてそれよりも何よりも決算粉飾企業の上場廃止も出来ない政府、監督官庁に「不退転の決意は」ないでしょう。

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展望台からの眺望は悪くはなかった。写真の写りが悪いのは親父の所為。展望台に居たオバさんと言葉を交わしながら親父は来年の事を占っていた。今年は政治も経済も最低だったが来年はどうだろう。来年の事を語ると鬼に笑われると言われていたが、再来年の4月に消費税値上げ?どんな顔をしてそんな事が言えるのだろう?この写真がその事を教えて呉れている。

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登って来た道を戻らず谷を一つ越えた階段の道を帰る。ここは下の公園近くの大樹

デジカメの電池が切れてこれは携帯の画像です。大好きな大木。お前に言われたくないと嫌な顔をされている。でも久々に凛々しく命の年輪を感じます。

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これは良く分からないが意外な処に植えられている水仙です。野生の水仙程の勢いは無い。北陸東尋坊の寒風吹きすさぶ崖の水仙には勝てる訳がない。今年も色んな事が在りましたが忘れてはいけない事は、生き残る術は荒々しさでしょう。

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来年の春を待つ桜の老木。この姿が春を待つ親父の姿でしょう。

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毎日買っているおにぎり今日は品切れ。別の味噌焼と山菜じゃこを注文する。

見知らぬ店員さんに「今日は歩かないんですか?』と声を掛けられる。
先週迄毎日おにぎりを買って歩いていたから、今日も歩くのだろうと思ったのだろう。今日も歩きます。但し、近くのウオーキングコースです。昨夜、銭湯で体重計に乗ったら元の体重に近くなっていた。「アカン」これが本当の元の木阿弥かも。

熊野古道の有名な「中辺路」の道も先週歩いたJR紀伊駅からの先はズルするので、来年に先延ばしです。古の熊野詣での貴族、皇室、身分の高い人でも多くの人は自分の足で歩いている。

それを考えると現在人は本当に歩けなくなっている。「それはアンタだけ」と近くの兄ちゃんに言われたが彼の様に毎日10キロのジョギングが出来る人も例外だろう。人間の愚かさは自分の価値観に何の疑問を感じないか、その反対に感じる苦しみ、悩み、その事が原因で悩み、苦しむ。何と愚かな事だろう。

古の人も多くの生老病死、艱難辛苦、生きる事の苦しさと悲しさは今日と何も変わっていなかったのだろう?それでも多くの人は日々の生活で精一杯。都を遠く離れた熊野の大社に参拝する事は夢の夢であり、財力が在り恵まれた人でも余程健康でなければその思いを叶える事が出来なかったのだろう。それでも命を賭けてどれだけの人が歩いたのだろう?

その道を少しだけ歩いて次は紀州田辺の街からバスで熊野大社の道を抜けます。その先は熊野灘に続く道。若い頃新宮迄行って熊野川をジェット船で「どろ峡」。今日は熊野の大地もすっかり整備されているが、それはごく一部である事を来年証明します。これから歩いて来ます。そうでなければお腹の凹みも夢の又夢です。

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2011年12月29日 (木)

あれからあんまり歩いていない。今日は近くを歩く

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どうだ。デカイだろう。銀杏の成長は早く火災にも強いと解説されている。

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昨年の画像との違いは白い雲がない。来る年を暗示している様。肝心な事はこの国の再生。年の瀬の慌ただしい時にどうして慌ただしく増税の話をしなければいけないの?信頼を失った政党と政府。本末転倒と言われる言葉が空しく響く。

今、問われている事は財政再建。震災の復興。社会保障の財源確保。その事を否定する人は誰もいない。その当たり前の事が如何して支持されないのか?その事を考えて下さい。そんな誰でも分かる事を東大卒のエリートが分からないのではなく、お前達が分からないのだろうと馬鹿にしているのだろうか?

民主党を離党した人を尤もらしく非難する前に、先の選挙で約束した事を反古にして税金だけは上げるでは、間違いなく離党者は増える。そうでなければ次の選挙は勝てない事をどれだけの人が実感しているのだろう?この樹が涙を流してその事を教えて呉れている。「ありがとうございます」この国の人達はそれ程間抜けではありません

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初詣の準備完了。幼子が二人、母親と手を合わせていた。親父も一足早い気持ちだけのお詣り。こんな手抜きの参拝では神様も苦笑いしかないだろう。しかし、今年はこの街で親父が一番お詣りをしたに違いない?(イエイエ、上には上が居まっせ)

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人が踏みしめていない落ち葉の溜まり場。(そうではない。人の手でここにかき集められていた)

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もうすぐお正月だと言うのにまだ紅葉が残っている。寒い地方とこれだけ違うのだろう?それでも流石に歳末。多くの人が「寒い」「寒い」と口にするが本当の寒さはこんなもんではないとこの景色が鼻で笑っている。「舌を出してエーエ、笑ってら」

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夕日に最後の輝きを見せてくれているが、実際は多くの色づいた葉っぱが音も無く崩れ落ちる日も近い。そして一時の休息も間もなく緑の衣に着替える。その時迄に成す事。その目標設定は容易ではない。3ヶ月先の自分の立ち位置が決まらないと、その先には進まない。これからはそう言う生き方をしなければならない。

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この幹も見かけとは大違いで古木。幹の上、一部は枯れている。それなのにこの生命力は道だ。これが命。これが生きる力だと教えて呉れている。多くの人にとってここは亜熱帯の景色と嘘を言っても信じられるかも知れない。?

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近くの路上の桜の老木もひっそりと春の訪れを待っていた。

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今夜の食事。近くのラーメン店の餃子。タレを用意してくれるのは嬉しい。
餃子は皮が薄くさっぱりとしている。

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さっぱりチャーハン。油が少なくてパラパラ感が良い。

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少し食っているがそれも愛嬌です。今夜はこれでお終いです。

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親父の来年の目標 そんな事はどうでも良いと思われているのだろうが?

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今年の映像ではありません。昨年の映像。昨年この映像を見ながら今年のこの国の悲劇をどれだけ分かっていたのか?それは親父だけの問題ではなくこの国の政治家、学者、経済界、労働団体、医師会、その他多くの人も同じだったに違いない。

そう言う思いで歳末のニュースを聞く度に、この国の在り方そのものに絶望を感じる。今年は例年以上に多くの土地を巡り多くの見知らぬ人と関わりを持った。その人達は本当に素晴らしい生き方をしていた。多くの人がさり気なく自分達の生き方を語っていた。

それに比べてこの国のリーダー、この国の学者達、この国の責任ある立場の人の間抜けさ、無責任、問題の先延ばし、その事を痛感する事も少なく無かった。尤もらしく多くの重大な事を語るその言葉は無能、無力、無知と無策でしかない。

今、その事をやらなければいけないと語る多くの事に、誤りがあると言われても大勢がグルになり、少数の弱い立場の人を踏みにじりながら己の主義主張を正当化する。そんな事は許される事は無いだろうと思われた多くの事が、既成事実として積み重ねられて行く。そんなに被災地の人を馬鹿には出来ないと思われても、政治家達は一体何をしているのだろう?

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季節は巡り泉谷しげるの「春夏秋冬」を歓喜の思いで、それでも喜びを押し殺しながら歌った時は永くはなかった。時は巡り人は間違いなく老いて行く。その人の果敢ない人生をこれからこの紅葉した楓(カエデ)の葉っぱにどう重ねればいいのだろう?

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これも今年の年の瀬の風景ではない。昨年の初冬の景色。今年はこの銀杏のハラハラと落ちて行く銀杏の葉っぱを見る事は無かったが、今頃はこの景色と何も変わらないだろう。今年の多くの喜びと悲しみを見届けた大木は来年の春、又、間違いなく今年の春に見せて呉れた生命力を見せつけて呉れるのだろうか?

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これは今年の5月の?銀杏。上の樹と一対のお母さん(おばあちゃん?)。
親父と違って女々しさがない?(それは失礼だろう)年を重ねると言う事はそう言う事。オスもメスも無くなるけれど活気溢れる若さだけは失ってはならない。

親父世代はこの銀杏の大木の一対に比べるとまだまだ小僧にもならないが、人の世界の人の年の取り方はそれではいかんだろう?何時迄も世代交代が出来なくて自分の生きた人生しか語れない。それも何時迄も変わらない価値観。

何時迄もあると思うな親と金。何時迄も景気対策を政府に求めるその間抜けさ。政府にお金のバラマキが何時迄も出来るとでも思っているのだろう?

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人の世の変わる事の無い命の継承。この紅葉を見る事は無かったが、来年の春同じ新緑を目にする時これだけの勢いが在るだろうか?人の生き方も世の中の出来事も何一つ変わらぬ物は無い。この幹が枯れその下の枝が大きく枝葉を延ばしている様に、活きなければならない。それが親父の3ヶ月先の目標です。その先はまだ分からない。

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2011年12月28日 (水)

今年の楽しい思い出。寂しい別れ。全く気にしていないけれど。

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年末の行事を一つ一つこなしている。今年の五月知り合った「なごみや」西君のお店
コンサートホールの在った阪急新伊丹の方に行く事は無くなったが、「勝ちゃん」食堂の青年は元気だろうか?今年の寂しい年の瀬です。

それでも今年の出来事は間違いなく来る年に繋がるだろう。不快な事も少なく無かったがそれでも1年は早い。若い時は意識する事もなかったが、これからは間違いなく「夢、幻の如し」1日1日が確実に過ぎ去って行く。

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今年の始まり 愛知県伊良湖岬 ヤシが遠き島より流れ着いた砂浜?親父が大阪の工場の慰安旅行で始めて見た風景。あのとき輝いていたこのホテルも今はその面影は無い。それでもこの景色は何も変わっていない。この景色を再び目にする事はあるのだろうか?空は青く海は凪いでいた。

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京都大原三千院 今年の初めの景色です。あの時の「姉」は元気だろうか?親父は今年四国遍路道を30番札所迄行きましたよ。年末の寒波でこれ以上の雪が見れるかもしれないが、今年はなんだか寒くて行けそうにありません。情けない。

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三千院門跡前の参道。今年も托鉢に歩いたのだろうか?大勢の観光客が雪の両側を歩いていた。今年も雪かきのオジさんは大変だろう?除雪の水は流れているのだろうか

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懐かしいコーヒー。気まずい思いをしたら半年以上足を運んでいない。

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親父の意気地なしと老木に笑われていた。アンタに言われたくない。親父の生まれる前から生きて来たくせに。しかし、この元気さは何だろうと見上げていた。

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紀三井寺の桜。今年は少し早かったが来年はどうだろう?1人で行く事は無いだろう(それを言わんといで下さい)1人で眺める桜も悪くない。ああ。

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来年も元気に花を咲かせるのかな?

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これは近くの城跡公園の紅しだれ。樹は若いが花は見頃を過ぎていた。

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長良川上流。念願の電車に乗って佐藤さんの桜を見に行く。太平洋から日本海の街道を桜の樹で繋げる故人の思いは今、立派に実現していた。しかし、その思いを知る人は多くはない。佐藤さんが乗務していたバスも途中で途切れていた。それでもこの景色。忘れられる事は無い?親父は今年行けなかった荘川桜を忘れていません。

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今年はひるがの高原のこの公園迄しか行けなかったが、見事に水は別れていた。

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来る年を語るにはまだ早いが今年の桜はもう一カ所、岐阜根尾谷の薄墨桜も見る事が出来ました。あの時声を掛けてくれた佐藤さん、元気でしょうか?来年は何処の空で桜が見れるのでしょうか?京都の桜も良いが山里の桜は寂しさが重なり、親父には丁度良い。桜の樹の下で焼き肉バーベキュウをするアホは、桜の霊魂に祟られるに違いない。霊魂と言われても分からないか?そんな罰当たりな生き方だけはしてはいけない。(親父もアホです)

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昨日の続き 紀州街道は後1日で終わる (総集編)

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泉佐野(南海本線)から左(東)に折れる。こちらが古の街道。この下の道は現在の和歌山に向かう道。この横断歩道を上がって下の広い道を見下ろしながら、誰がこの階段を上り下りする道を考えたのだろうと思う。小学生でもあるまいし年寄りと身体障害者のこの階段を上り下りさせないと歩行者の安全が確保されないと考える道路管理者。今の車社会の厳しい現実を思い知らされる。親父もこの階段を何時迄歩けるだろうか?

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これが昔からの街道?人通りは全く無いが車は結構通る。歩いている人が殆ど居ないが片側に歩道があるので車のスピードは結構ある。この道幅でも一方通行ではない。

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この画像では見えないが左に高速道路(阪和自動車道と関空、湾岸道路連絡道?)
山茶花の花もこれからまだまだ開花の時期を迎えるのに、手入れが届かず放置されていた。この道を歩きながら痛感する事は道を作る事は簡単でも、維持管理は難しい。

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旧道から農道に入ってみると田畑が広がる。今は農閑期だからそうかも知れないが田畑独特の匂いが無い。今は田畑は野菜の生産地から住宅、商業予備地として残されているのかもしれない。泉州の匂いは野菜の生産地のそれではなかった。

それでも何故かホットする。この地に暮らす人にとってこの無臭の空間は何よりの安らぎかもしれない。それにしても人1人会う事は無い。昔の様な農作業は無くなっている。それだけこの地域は豊かになったのだろうか?そうではない。生き方が変わったのだろう。

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再び街道に戻る。

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日が暮れて来る。しかしこれはデジカメの悪戯。夕日モードで撮っているから廻りは暗いが実際はそうでも無い。まだまだ明るい。

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思い掛けなく阪和線に出る。ここは今日の目的地和泉砂川の一駅前。駅舎を見上げながらここから引き返す事を考えるが、「一駅位」と思って線路沿いの道を歩きだす。それが甘かった。目的の駅に到達したときはすっかり闇に閉ざされていた。

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今は他人が住んでいる田舎の家にもキンカンの樹はあった。すっかり暗くなった目的の駅を確認して歩いていた。フラッシュが何故か勇気をくれていた。

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やっと到着。すっかり暗くなっているが駅のホームにはそれなりの通勤通学者が電車を待っていた。翌日この駅で降りずに次の駅から泉州から紀州の峠越えをする。この判断は正解だった。もしこの駅から歩いていたら翌日、山中渓は越えられなかっただろう。

何しろ歩き出す時間が2時過ぎでは遅い。それを考えた判断は間違っていなかった。それでも思い出の珍道中でした。1人で歩いていると多くの人が見えて来るのも何とも皮肉。今年は後数日で終わりますが親父の旅はこれで今年は終わりです。

これからおにぎりを2個買って又少し読書をします。来年はも少し賢い生き方をしてこの閉塞感の日々に風穴を開けたいと思っていますが、無理でしょう。しかし、来年は間違いなく経済の在り方が問われ、貧富の格差が広がり大変でしょう。

お間抜けな政治家は高級官僚の言いなりでやるべき事を間違えても、生き残れるとでも思っているのでしょう。今年は自然災害の大きい年でしたが来年は政治と経済が大きく変わるでしょう。変わら無いとこの国にこれ迄の繁栄を期待する事は出来ません。その為にもこれからはもっともっと楽に生きれる生き方を考えましょう。

北朝鮮の前指導者の告別式で涙を流す人を尤もらしく放送するこの国のマスコミはゴミと言われても当然かもしれません。厚生年金の支給年齢格下げの企業には定年延長を要請。この国は何時からそんな常識が通用する国になったのでしょうか?

今、ハローワークで仕事を求めている人がどれだけ居ると認識しているのでしょうか?期待された現政権は年内に消費税の値上げを党内で取りまとめるとか?そんな政府は完全に政治に興味を持たない支持層に見放されるでしょう。大阪都構想も無理でしょう。有効求人倍率改善?ええ加減にしなはれ。

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2011年12月27日 (火)

来週はもう新年。箱根駅伝もゴールイン?

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大阪梅田北ヤード 親父が大阪に出て来た半世紀前、ここは旧国鉄の建物と梅田貨物ターミナルだった。建物跡は数年前に大手家電量販店ヨドバシカメラが買収しこれだけの大きな建物になっている。一階の一部は専門店とソフトバンクのお店になっているが、デカイ駐車場が上階にあり車での買い物と中国からの買い物客も少なく無い。

これからこの建築中の高層建築が完成すると、この辺りの人の波も一変するだろう。それでも人の生活はどう変わるのだろう?人の喜びと悲しみは幾歳月と言われた言葉も今は口にする人は少ない。何も変わらず何も動かないと思っていた人々の生活は今大きな転換期にある。

今迄大阪が停滞し地方分権とは地方の首長の何とかの一つ覚えの様に言われていたが、その事が間違いなく進行している。ただ多くの人はその鼓動が聞こえていないのだろう? 

今年は例年になく岐阜の黒墨桜と佐藤さんが精魂込めて植えたと言われるひるがの高原の桜、そして永年の願いだった四国遍路旅。今年は30番札所迄しか行けなかったが多くの人との出会いが在った。空海が100日間修行したと言われた岩場。そしてそのお寺に上がるロープウエイ。その下の道の宿「そわか」みーちゃんとの出会い。

最寄りの駅前から大阪市内を縦断して大阪西成。堺の街。永年の想いの峠越、和歌山の手前の駅「紀伊」に到着出来ただけでほっとしていました。

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阪急宝塚線石橋駅近くの箕面(みのう)川。東側を見る。

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石橋駅先のお寺さん境内。

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阪急宝塚線岡町駅の先?

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思い掛けない処で「ちりめん山椒」のお店。服部駅前近くの「能勢街道」

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阪急宝塚線十三(じゅうそう)駅近くの学校。「ファイト」の声が可愛らしかった。

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淀川に掛かる阪急の鉄橋。この橋は開業以来何も変わっていない?どれだけ持つのだろうか?この橋は大阪市内を結ぶ通勤客の大動脈です。夕日が綺麗でした。

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大阪中之島。昔の面影は何処にも無い。昔って何時頃?親父が大阪を離れた40年弱前?でもその頃の中之島は本当は知らない。大阪と京都の境に住んでいたから。

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大阪北浜の合併した建物。この建物は親父が大阪に来た頃と何も変わっていない。
しかし、営業は続けているのだろうか/京都に在った同じ建物で声を掛けられた若い女性も今はおばあちゃんだろうか?

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道頓堀から土佐堀に続く運河。異臭はしなくなったが川の流れは汚い。この川の再開発が叫ばれて久しいがその価値は見直されていない。行政の口先だけのウオターフロントです。この街は夜にならないと眼を覚まさないのだろうか?

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通天閣です。下の街は新世界。何処が新世界なのだろう?近くに昔の「ドヤ」街がある。そう言われても今は失業しても生活保護を受けている。「今日の仕事は辛かった」「後は焼酎をあおるだけ」親父達が若い頃眼にした労働者は今は余り目にしない

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その新世界 南霞町と堺浜寺公園を結ぶ阪堺電車。この路面電車の赤字が問題になっているが乗客は意外に多い。それでもこの電車もいずれ廃止されるだろう。懐かしい電車と乗り心地が体験出来る。全国の皆さん、是非おいで下さい。ご案内します。

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これは大阪の地下鉄網。親父が大阪に来た時は真ん中の赤い路線御堂筋線しかなかったが、いつの間にかこれだけ多くなり赤字解消とか言われているが、橋下市長は公約で「民営化」を宣言している。どうなるのだろう?

建設の費用は市が負担し運営は第三セクターか完全な民営化。どちらかかも。しかしこの地下鉄乗り換えが遠く年寄り身障者はなかなか利用出来ない。市バスも残されているがこれ又利用客が多くて大変です。赤字だと言われているけれど満員では若者の足にしかならない。これからシルバーと身障者専用のバリアフリーのバスが必要になるに違いない。ホンマ乗り換えは親父でもしんどい。

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住吉大社です。この近くの三笠まんじゅう。ガイドの時、ごちそうしますよ。(月曜日定休です。)一回歩く前に電車で行って見事外されました。大晦日から新年の初詣は関西一番の人出です。お勧めは成人の日が済んだウイークデーでしょう。

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年賀状の写真に利用したかった毎年恒例の住吉参道の太鼓橋と掘。数年前に大阪西成のドヤ街で献身的な医療活動をしていた若い医師が亡くなりました。ここに立つとその人の無念の思いが込み上げて来ます。何時迄も何処迄もあなたの無念な思いは忘れないでしょう。この綺麗な静寂はその事を語り掛けています。親父はここで鎮魂の想いを込めて三笠を食うのが習慣になりました。

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何故かいきなり心斎橋に戻る。そうかこの日アップルに出掛けたのかな?

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今年1年のおはらいをして新しい年を迎えなければならない。今年はどんな年になったのか?その事は後10年位しないと分からないかもしれない。それ迄どんな生き方が出来るのか間もなく問われる。

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堺のザビエル公園。この国にキリスト教と火縄銃を伝えた宣教師を信長は受け入れた。その事で國の形を大きく変え天下統一の礎を築いた。己の絶対的権力でそれ迄の価値観、多くの権力をたたき壊しても身を守る事は出来なかった。

その後を継いだ秀吉も所詮尾張の水呑百姓の倅。自分に尽くしてくれて天下統一の偉業を成し遂げた大事な家臣を大事にはしなかった。若い戦いの経験の無い息子がどんなに知恵を巡らした所で家康に敵う事は無かった。大阪城落城。

徳川の世は300年の長きに渡るがその時代は皮肉な事に、坂本龍馬が薩長の手を握らせ武士の世を鉄砲と大砲でたたき壊す。坂本龍馬は武士の世を変えた最大の功労者と言われているが、アメリカのケネディ大統領同様暗殺されている。

今日、龍馬もケネディもその歴史的存在感の大きさは語り継がれても、その事実に変わりはない。この国もアメリカもヨーロッパ、中国インドですら新しい年は前途多難です。その認識がこの国の多くの人に無い。そない甘いもんやない。いずれ痛感するに違いない。

遅くなりましたがこれから洗濯物をほり込んで、おにぎりを買いに行きます。紀州迄歩いた時に毎日食っていたおにぎりです。それから少し世界史のお勉強です。(自慢すな)いいえ。その程度の物ではありません。親父の単なる好奇心です。

お握り屋の大将は親父より3つ下。いつの間にかお友達。もう歩かないのかと問われて「又、来年」と誤摩化している。正直を言うと歩くのは暫くは封印。暫く歩かないとまたもとの体型になる気がするけれど、これからは食事制限。(嘘をつけ)歩かないと80を切るのは夢の又夢。一時の苦難の先に安易な道が在ったとすれば何と情けない事だろう。心配ご無用。これからは質素な生活をしないと生きて行けない。

本の読書は意外に進まず。親父の期待した史実でなく作者の個人的思い入りが強い。それはそれで面白く感じるけれど、その反対に事実はそれ程に面白くないのかもしれない。しかし「事実は小説よりも奇なり」と言われる様に人間の愚かさを越えている

その替わりに嬉しいクリスマスプレゼントを手にする。違う。目にする。今年のBS放送で録画を最終回しか出来なかった「中国長江」のドキュメンタリー。中国から幼い時に日本に来た阿部さんのレポートとエンジン付きのパラグライダーの絶景に言葉が無い。中国は広い。豊かさと貧しさ。長江源流の豊かな自然と環境破壊。

言葉にならない辺境の地は上海から半日で行けると言う。親父もひょっとしたら行けるかもしれない。その時中国もこの国も親父自身も大きく変わっているに違いない。

ここ迄読んでくれた御礼に紀州街道の道、後半です。解説無しでどうぞ。

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人の意識は無意識の内に決まっている事をこの停留所で知る。数年前この停留所から引き返していた。この停留所に来る迄何も意識をしていなかったから不思議です。人は無意識の中に自分を落とし込んでいる事に気付いてみると面白い。

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何度も眼にしたこの標識。この場所は堺の大通りが終わる所だった?

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綺麗な日本最古?の木造駅舎。南海本線浜寺公園駅。空も快晴。この日はここから歩く。

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この駅で引き返したのは何日目だっただろう。次の日は泉佐野迄。その次の日は阪和線の和泉砂川。最後の日が和泉鳥取から峠越えでした。峠を越えると和歌山。すっかり暗くなった道は予想外に怖かった。それも思い出です。この先は又にします。書き込みページが一杯になりました。

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2011年12月26日 (月)

年の瀬 本屋さんに行きました。

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少し見ない間にどんどん上に伸びている大阪駅北ヤードの建物。このブースは商業ビジネスの建物だがこんな一等地でどんな研究、基礎開発、ビジネスが出来るのだろう
他人事ながらその事が気になるが、お金がないないと言いながらある所にはあるのだろう?先日経済番組で何とか製作所の豪華な社長室を自慢していたが、この箱物も同じにならないのだろうか?橋下市長の手腕が問われる。余り期待出来ないが?

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こちらは新装なった大阪駅の天井。すっかり駅の様子が変わったがまだ見物人は少なく無い。駅の北と南の百貨店は人波に変化が出ている。この厳しい買い物客の財布の紐を広げる術は一体何だろう?お得なお買物でしょう?それが難しい。

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カメラを上に向けているので屋根が近いが実際は高い。これだけの建物にどれだけの投資がされたのは分からないが、そのコストは誰が負担するのだろう?それくらいの事も考えなければイカンけれども、どうでも良い事かもしれない。

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本屋さんが入っているビルの上階はホテル。そこの正月飾りです。来週は箱根駅伝です。時の流れは川の流れと同じで「絶える事はない。逆流も無い。元の水、元の空気でもない。」何も変わらぬかの様に思っていると大変な事になりまっせ。

この間抜けな7時のニュースを聞いていると年の瀬の慌ただしさが全く感じられない。社会保障費と税の一体化の尤もらしい言葉の意味がやっと分かりました。財政支出の見直し、公務員の給与の見直し、議員の削減、無駄な公共事業、無駄な予算の削減はせずに税金だけ上げる。そんなアホは事が出来ない事位分からないのだろうか?

次の選挙で政権与党はぼろ負けをして、その受け皿に野党第一党の自民党が成れるとでも思っているのだろうか?国民のそこ迄アホではないと思うが今の選挙制度は2大政党に有利だからそんな事も在りかも分からない。

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正面は阪急の建物です。この最上階からの眺めはどうなっているのだろう?

阪急と阪神はライバルの私鉄だったが今は共同企業体です。アンビリバブル(信じられない)。 それでもこの高い建物を見ていると分かる気もする。これだけの建築費用が一社の負担では耐えられないだろう? 写真では分からないが建物の左側増築中

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これなら分かるかな?大阪は今高層建築ラッシュです。そして今、大阪府と市が地域政党の首長に変わって「大阪都」構想とか言われているが実現はしないだろう?今は圧倒的な支持をされても政権交代を実現した民主党の分解を見れば良く分かる。

國の形を変えなければならないと言われて司馬遼太郎でも出来なかった原因は単純明快。國の形を変える時には口先だけでは駄目だから。國の形を変える時はそれ程に容易でない事をどれだけ認識しているのだろう?府庁の移転すら出来なかったではないか。

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今日は本屋で世界史の単行本と図説 2冊買いました。ブックカバーで始めて知ったのは丸善とジュンク堂が合併している?これも共同企業体?本当はヨーロッパの専門書を買いたかったが、それは又にして読み易い斉藤孝氏のざっくり世界史。これなら楽に読めるしもう一つの図解も役に立つに違いない。

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少しピンボケだけど味は最高。大阪駅ガード下の320円きつねうどん。

帰りは阪急でお決まりのジャンボいなり2個。豆狸2個。

今夜はこれでお終い?イエイエ、フライパンでネギと豆腐、そして揚げ、ソーセージの肉をバラ肉で巻いたステーキ。そろそろ作ります。食べれますか?大丈夫。すげー

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おうおう。食いましたか。食いました。頂きました。ネギ一本と硬めの豆腐一丁。そしてソーセ−ジステーキ2枚。あーあ。和歌山迄歩いたのが台無しになる。もう一度80キロウオーキングに挑戦しなければならない。次は何処迄歩きますか?

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ん?これも食ったの?(本当は残すつもりだったけれど勢いに負けました。)アホか

この豆腐はこれからお勧めになりそう。すこし硬めの昔豆腐。木綿豆腐。ネギもソーセージステーキも上等でした。減量は食い過ぎに注意。食事の内容に注意です。

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2011年12月25日 (日)

来週は新年。 今年の総括は出来たのかな?

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今日は市長選挙。この年末に選挙? その訳は現職が大阪府知事選挙に立候補して市長が不在となった為。大阪府知事選挙は終わり大阪府下の多くの市町村長と既成政党のの支持を受けた結果は大敗。そしてその補欠選挙はもうすぐ終わる。この年の瀬にどれだけの人が投票所に足を運んだのだろう?

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年の瀬の風景とは思えないが流石に今日は風が冷たい。人通りは多くないがこのベランダを巡回した事もある。それも暫く前の話になる。あれからどれだけの歳月が流れたのだろう?あの時、このベランダで踊りの振り付けをしていた娘達は、元気だろうか?今年も多くの出来事が在ったがお間抜けなテレビは、一体何を伝えたのだろう?

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水の流れは良く写されていないが右側は水が流れている。

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京都の北野天満宮は終い天神。この駅前の紅葉は終い紅葉か?(巧い)
天気予報は山陰から日本海側の大雪を予想しているが北海道も大雪だろう。
親父が測量重機を運ぶ仮設モノレールの仕事をした島根木次の高速道路予定地も一面の雪景色だろう。(寒かったなあ)それでも現場監督の佐々木さん。元気かなあ。
クリスマスの夜、男同士のカラオケには熱い思いがあったけれど、最近は行ってないなあ。今年はマイペースの生き方が出来たけれど迎える年はもっと減量しなければならない。Img_1322

今年は阪神淡路大震災を遥かに越える東日本大震災と大津波。福島の原発事故。
人の想いを遥かに越える。多くの学識経験者(政府の御用学者)が訳の分からない専門委員会で尤もらしい事を言いながら、被災地のガレキの受け入れさえも出来ない現実。来年はどれだけの都道府県がその受け入れと焼却処分が出来るのだろう。

新しい年の最大の課題は自分達の生き方を見直す事が問われても、どれだけの人がその思いを成し遂げる事が出来るのだろう?。その事を考えると本当は苦しいけれど前を向いて突き進むしか無い。屋根の広げた窓の先に年の瀬の青空が広がっていた。

「なんとかなる」オフクロがいつも言っていた言葉。何ともならない事が重なったけれど、そろそろ己の思いを爆発させなければならない。来年の事を言うと空海様に笑われるけれど罰当たりの生活をそろそろ清算しなければならない。

今こそ自分に求められている事は何かを考えれば思い煩う事は無いだろう。
しかし、現実はそうでも無い。年末の寒波の中で凍える想いを重ねながらどれだけの人が不安な年の瀬を迎えているのだろう?その実像を知らないでアホな事も言えないかもしれない。そろそろ、年賀状を書かなければならない。コロンビア ガールズコレクション「夢色ラプソディー」で笑ってナンボや人生はと言われている。

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2011年12月24日 (土)

メリークリスマスから南無大師遍昭金剛。

親父が永年の想いをいきなりの仕事の終了から間もなく踏み出した四国遍路旅。
一番札所で遍路姿を整えたのは親父ではなかった。親父が手にしたのは納経帳とお札。中古の自転車は在りますかと聞いて怪訝な顔をされ、近くのバイク売り場を紹介された。徳島遍路旅は23番札所薬王寺迄。この前の22番からは遠過ぎて電車で移動した。その空海様にメリークリスマスはない。

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kannnoura の駅舎。四国東側の鉄路はここ迄室戸迄はバスが連絡していた。

ここからバスの車内は室戸の岬迄数名だった。親父がバスの運転手と昔の話をしていた。昔と言ってもたかだか30年足らず前の話。空海がこの道を切り開いた時はケモノ道すらなかった。親父が昨日歩いた暗闇の道とは比べ物にならなかっただろう。

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バスの運転手は親しく親父と会話をしてくれた。基本的には親父が車で家族と走った時と変わっていなかったが、砂浜は年と共に少なくなり波打ち際が迫っていると言われていた。ここは近くに川があり山砂が流れ出しているのだろうか?

ここは徳島遍路道から高知遍路道の橋渡しの長い長い修行の道。太平洋の荒波は無かったが親父の決意を見下していた。高知遍路道は30番札所で中断している。その事も空海様は確信的に見定めていた。四国遍路道はそない甘いもんやおまへん。

1日10キロは確実に歩ける脚力を求められている。昔の人は1日30キロ。四国遍路旅歩き遍路の人でもそれは難しい。親父にこれから求められている事は空海様に言われる迄もなく良く分かっている。それが先日の峠を下った道と必死の思いで歩いた紀伊駅への狭い歩道の無い道だったのでしょう。南無大師遍昭金剛空海様の息吹を感じていました。これが本当のメリークリスマスでしょう。

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大阪は穏やかなクリスマスイブ(前日)です。馬鹿騒ぎに関係ない親父も今日は休息日です。

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昨日利用した大阪天王寺の駅です。若い頃近くの病院の医務局の播磨さんに可愛がってもらったので利用した駅。地下鉄の方が多かったかもしれないが、今大阪のターミナルは北も南も大きく変わっている。一般的に大阪は南が歓楽街では有名だったが、今は大阪の北にその地位を奪われている。しかし、今回の和歌山迄歩いた道で感じた事は南の難波、心斎橋周辺と共に天王寺も負けては居なかった。

天王寺は名実共に大阪と和歌山のターミナル。それが北の梅田に完全に奪われていたがその巻き返しを図っている。東京の一極集中を考えれば大阪の元気は必然でも、それは完全に地域の話。東京や日本各地の人にとってどうでも良い話かもしれない。

それでも機会を作って自分の住んでいる地域から少し、足を延ばす事をおススメする。目的地迄は電車、バスの文明の乗り物を活用したとしても最後は自分の足で歩いて下さい。親父も全く予期しなかった日が落ちた命の保証の無かった道。

そんな時自分の命の保証は危険からの防御。見知らぬ人の思いやりの心。それ以上の車の怖さ。ろくに歩道も無い道を歩く事は(ガードレールなど在りはしない)全くの無謀。今日は病院のベッドか集中治療室か遺体安置所に居てもおかしくはなかった。

昨日のブログにも書きましたが昔と違って今は山中渓(紀州と泉州を分ける峠道)を通り抜ける道は大阪側は兎も角、和歌山側は歩いてはならない。この道の道路管理者はどう考えているのか知らないが県道だから車道と歩道の区別は付けなければならない。それを知らないで歩くのは自殺行為。良く怪我も無く帰れたと思っている。

今年も残り少なくなりました。今夜はクリスマスイブ(前日)とかでうつつを抜かす何とかも少なく無いが罰が当たるに違いない。キリスト教徒でもない多くの馬鹿騒ぎ。これもこの国のお馬鹿さの象徴だろう。心静かにベートーベンの「第九」でも聞きなはれ。

オバカと言えば「他人のふり見て我ふり直せ」この言葉をかみしめます。
公共事業費の削減 社会保障費の見直しがいつの間にか税と一体化とか言われている。近くの総菜店の親父も平然として言い放つが県知事の仕事は、国の事業を地方にどれだけ取り込めるかとか。

そう言えば何とかダムの廃止が継続。沖縄の米軍基地の縮小が継続。辺野古の海の埋め立て。沖縄住民がどんなに反対しても札束で顔を叩けばどうにでもなるとでも思っているのだろうか?この政権はドジョウ内閣とも言われたがそれは違う。どうしょうも無い内閣。期待が全く出来ない高級官僚の言いなり内閣。

そんな批判も出来ないアホがクリスマスイブの夜にうつつを抜かす。それも良かろう。しかし間違いなくそんな生き方が永く続く事は無い。景気回復?冗談言ったら困る。明日は競馬のオールスター有馬記念が行われるが、不況時の神頼みと思いきやその競馬の売り上げも落ちている。サラリーマンの財布が締まり生活保護者のなけなしの金で公営ギャンブルが行われている。エリート官僚にその現実は幻影なのかもしれない。どうでも良いとでも思っているのだろう?人のふんどしも品切れだよ。

親父は眼と眼鏡の検診と補修に行って来ました。かく言う親父のクリスマスプレゼントは来年歩く和歌山の県別マップル2500円です。少し高いけれどこれは本当に見易い。このお陰で泉州は歩けました。昨日は地図無しで0Kと思ったのが間違い。本当に生死の分かれ目を実感しました。

今、ズービンメーターさん指揮の演奏を聴きながらテレビの競馬中継を眺めています。この放送の音声を聞きながら画面を眺めていると、無意味な笑みがどれだけ多いのだろう?電車の中でも意味も無い笑いが少なく無い。

親父は見なかったが先日終了の松島菜々子?の高視聴番組の様になんで感情を押し殺してコメントできないのだろう?番組制作者のええ加減な番組の関わりが良く分かる。喋り過ぎ。アンタのコメントを聞いてどうするの。

競馬の必勝法は見るだけ。それでもどうしても勝ち馬投票劵を握り締めたければ、どうせ数分後には外れ馬券になるのだから100円単位で遊ぶ事。そうすれば大穴を手に出来るかも知れない?明日はビッグなクリスマスプレゼント?見るだけにしときなはれ。どうしても買う。それなら直線で抜け出せる馬です。何と言う馬。それは今晩考えなはれ。それがギャンブルです。

八ッ場ダム本体工事再開は野田総理苦渋の選択?ええ加減にしなはれ。

政権交代の選挙公約を高級官僚の言いなりにひっくり返して、政権が成り立つとでも思っているのだろう。それでも来年度の予算は「財政再建元年予算」?この総理は何処の国の総理大臣だろう?最悪。財政を再建する為には多くの約束が在った。その公約をガタガタにするだけでなく、反古にして税金だけ増税などと言う政策が支持される訳が無い。それくらいの事が分からなければあなたはアホです。

これで民主党政権は分解と思いきや、そうでも無くて沈没間違いない泥舟に仙石なんとかと言う訳の分からん船長をたてるしかないのだろう?信じられません。2年前の政権交代に期待したあのシンドローム(何とか症候群)は何だったのでしょうか?

後世の批判を待つ迄もなく現政権は長くはない。新年の国会から野党の間抜けに小突き廻されてどんこんならん(どうにもこうにもならない)だろう。それでも引き返す事は出来ない。本当に最悪です。馬鹿言って笑って暮らせる時は自分で手にするしかない。

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2011年12月23日 (金)

熊野古道の入り口、山中渓を越える。予想外の道。歩ける道ではなかった。

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紀州の街並が見えた時、ニンマリとしていた。大阪北浜からの長い道程。昔の人はこの道をどんな気持で越えたのだろうと思っていたが甘かった。峠道は一気に暗くなる。それでも街並が見えていたので暗くなる前に辿り着くと思っていたが、この先小雨となり一気に暗くなる。昔の人はとてもこの道を越えたとは思え無かったが、間違いなくこの道は参勤交代の道。暗くなると対向車のヘッドライトに目が眩む。

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大阪からこの峠道は意外に楽だったが峠を越すと様子は一変する。とてもではないが夜は歩けない。昔の旅人が暗くなる前に宿を確保した意味が良く分かる。この急な下り道は車でも難儀をすると思うが12年前の記憶から完全に飛んでいた。こんなに険しいとは思っても見なかった。日が暮れると狭い路肩を歩いていると流石の親父も、正面から来る車を避けていた。運転手も驚いた事だろう。こんな山道を暗くなって歩く馬鹿は予想の範疇に無い。

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大阪天王寺の駅で和歌山行きの案内が分かり難い。その訳は電車が昔と違って大阪発になっている。「紀州路快速」8両編成で前四両は関空行き。後ろ4両が和歌山市行き。特急も大阪から出ていた。特急の停車駅は調べないと分からない。

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日根野で関空行きと和歌山行きに別れる。昨日戻った駅は和泉砂川。本当は今日はここからスタートだったが、昨日の教訓を生かして一駅ズルする。和泉鳥取からスタート。これが正解だった。初志貫徹で砂川駅から歩いていたら2駅分が関の山で紀伊駅には辿り着けなかったに違いない。しかし、その方が良かったかもしれない。
山中渓からの峠道は和歌山に入って暗くなって命がけの「暗夜行路」となる。暗くなると足元も見えなくなる。道は狭いし歩道はまともに無い。昔の人もどんなに心細かった事だろうか?今は歩道が整備されていない。この道を歩くのは命がけです。

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この駅で左の駅員さんと話をした時、峠越えの道は歩く人はいないと言われた。その言葉を笑いながら真剣に聞かなかった罰が当たる。それでもこの峠を何としても歩いて越えたかった。その考えの甘さを思い知ったのは峠の下りから平坦地に出てからだった。目的の駅の方角が分からない。やっと県道7号線に出ても標識に駅の表示が無い。一瞬橋本方面を目差すが右前方のコンビニ方向に足を向ける。これが正解。

コンビニの前で一服しているオジさんに地元の人か確認して阪和線紀伊駅の場所を聞く。「2キロ弱」ホットしてコンビニで暖かいコーヒーと草餅を買う。レジの兄ちゃんに声をかけ駅の場所を確認して一安心。しかしこの道が最悪。歩道が殆ど無い。

狭い道だが交通量が多い。歩道が取れない1車線の対面通行。まともに歩けない。しかも車も減速しない。道の狭い所は歩行者が立ち止まるしかない。この道路管理者は歩行者の事は考える余地がないのだろう。道路行政のお粗末さ。国の予算で高速道路の整備を計っても生活道路迄は出来ないのだろう。この時真っくら。歩いたら駄目。

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ここは大阪側。明るいし道は広いし歩道はあるし電車を写す余裕もあった。

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温度はここで6℃ 峠の上で4℃だった。でも明るい間は余裕でした。

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この峠道を整備した先人の顕彰碑。この先が山中宿。古の人もこの地で宿を早めに取って早朝宿を立ったに違いない。整備された宿場町でした。今は見る人も居ないのだろう。ここ迄は大阪から散策に立ち寄れる穴場かもしれない。しかし、お店は無い

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ここからと峠が始まる。明るい内は余裕でした。手を振りながら大股で歩いていた。

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もうすぐ国境。道は車で走った記憶が甦って来る。しかし、あの時は暗くなったのは和歌山に入ってからだった気がする。それだけドライブテクニックもあったのだろうか?

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泉州と紀州の境。日本最後の仇討ち場の石碑がある。

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阪和線 線路沿いの道を歩いていると何故か心が落ち着くが、この鉄路も国境はトンネルです。

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左は阪和道路 阪和線はトンネルに入っている。明るかったのはここ迄。ここが峠の頂上。この先下りになると一気に暗くなる。その手前の景色がこれです。登りも終わり下りは楽と思いきや状況は一変する。雨は降って来るし暗くなるし目的の駅迄はここから軽く3キロは越える。久し振りに怖い思いをする。しかし流石は親父、ヘッドライトに向って叫んでいた。「馬鹿やろう」「気をつけろ」それはあなたです。

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親父の熊野古道の道はこれで一区切りです。昔の熊野詣での人はこれからが始まりでした。親父はこの道を13年前に同じ方向に車で走りましたが、あの時は無我夢中だった気がします。今の様に熊野街道(紀州街道)を通り抜けるのではなく、何も考えずにハンドルを握っていた気がします。ここから始まる険しい下りの狭い道も全く記憶の中に残っていませんでした。

今回の自分の足で歩いた道は忘れる事は無いと思いますが、本当の熊野古道の道はもっと険しくもっと親父に強烈な印象を与えるに違いありません。その時は来年の春、紀三井寺の桜が満開になる頃かもしれません。今、地方の多くの課題が問われていますが今回歩いたこの街道の道にも多くの人の想いが満ち満ちていました。

武田信玄は風林火山の言葉を今日に残していますが、今年も多くの出来事があり多くの人が絶望の中に希望の光を探しています。私達の廻りでも多くの情報が錯綜していますが、間違いの無い予測をすれば閉塞感を叩き破る力は若さです。今、多くの人が多くの言葉をチャラチャラ語りますが、一番大切な事は物事の真理です。真理を語るだけでなく実行出来る行動力。その事を為し得た人が真の王者でしょう。

今日は大阪池田から半月近く掛けて歩いた最後の日、(ホンマは何日だったのかな?)最後の日が一番歩いて足に豆も出来ましたが、空海様から「無念無想」の言葉を頂きました。(勝手に言うな)困難に立ち向かう何よりの術は何も唱えず、何も考えずに前に立ち向かう事です、ようやく到着した阪和線「紀伊」駅前の横断歩道で徐行しない車のヘッドライトに向かって悪たれを吐いていました。

「おぬし。まだまだ修行が足らん。」そんな言葉にも無頓着でした。お疲れ様でした。

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takeさん 遅く迄ありがとうございました。

MacBook pro 画像取り込みのトラブル お陰さんでクリアー出来ました。
今、岩下の新ショウガをかじりながら確認しています。ショウガだけをかじっていると流石に辛いけれど親父は酒が飲めないのでトーストをかじっています。

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この画像は昨夜取り込めなかったJR阪和線内のモニター画面。もうすぐ終着駅です。天王寺の駅は昔のままでした。阪和線のホームから階段で連絡通路を通って乗り換え。親父が若い時、そして静岡工場の時、利用した当時のままでした。地下鉄の乗り換えも人並みの後ろをついて行くと、それも昔のままでした。今、この駅の横にある近鉄百貨店も高層ビルに立て替え中。その工事の影響も関係ありませんでした。

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宗教法人の建物?敷地はめちゃめちゃ広い。

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世の中本当に広い。他人事ながら固定資産税が気になる。一銭も払っていません。まさか?

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この先の下りの坂で足がガクガクして来る。昔の人はこんな屋敷を見てはいない。
寂しい所だったに違いない。ハイ。明日は(今日は)アップルに行かなくても直りましたから泉州から紀州への山越えです。明日は今日乗った次の駅(和泉鳥取)から山中渓を歩いて紀の川を越えます。(越えられるかな?)そうすれば和歌山市駅です。

今回の熊野への道はまだ序の口この先は少し電車に乗って「中辺路」の道を歩きます。これが本当の熊野古道です。この道は2〜3泊の道になるので来年の楽しみです。ではお休みです。

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2011年12月22日 (木)

久しぶりにMacBook Proが画像読み込みでトラブル。本日はAirで作成中です。

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今日は泉佐野の駅から出発です。本日の目的地JR和泉砂川駅。一つ先の駅が紀州と泉州を分ける山塊。大きな峠です。阪和自動車道も走っていますが昔の人は今の道を見たらどう思う事でしょう。今日はまだそのズーと手前。それでも山は近くなりました。

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昨日迄の広い道から旧道を歩く。車が来ると避けないといけない。
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田んぼも畑も多くなる。遠くにりんくうタワーが見える。

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何故かこれだけのキャベツが収穫されない。折角作ったのに勿体ない。
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交通の便利が良くなっているのでアパートも多い。古い家と新しい家。その対比です。
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広い旧家。住宅?広すぎる。少し分けて下さい。(ここに住むか?)考える?

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遠くに山が見える。右側が下がっているが泉州と紀州を分ける峠はその方向にある。流石の親父も知らなかったがこの先は大阪夏の陣の戦いがあり豊臣忠義の浪人が紀州の軍勢と戦って討ち死にをしている。今はその面影も無い。

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ため池です。結構大きい。この土手にあがり立ちション。(コラコラ)そのお詫びに絶景がお見せ出来るかも?

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残念。水鳥に逃げられている。

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お寺さんです。この先の狭い交差点で直進の所を左折。意外にJR阪和線に出るがここは目的の駅ではなく一つ手前。ラッキーと思いながら引き返す事も考えるが、初志貫徹。ところがこれが大間違い。私鉄の駅以上に遠い。2キロ位と思いきやそない甘いもんやおまへん。足が悲鳴を上げるし暗くなる。

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夕日に向かって歩く。でもこの頃は元気があった。JRの鉄路は近かったし。その鉄路が離れて行く。少し心細くなって来る。それでも先を急いでいた。「一駅だし」処が遠い。坂道が長い登りになっていた。

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広かった道が又狭くなる。もう一回立ちションをしてその心配は無くなるが足が完全に悲鳴を上げている。「もうすこしだ。辛抱しろ。気合いを入れていたが足首迄もふて腐れていた。(遠いなあ。流石に不安になってくる。)地図を見直しなが先を急ぐ

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坂を降りた所が交差点。その左にコンビニがありその又左側のコンクリートの壁で女性がテニスボールを打ち付けていた。地図を広げながら和泉砂川の駅を聞く。予想通り通り過ぎていた。思案げな女性に次の駅迄の方が良いかと聞いてみると、それは即座に否定される。「遠い」少し戻るがその交差点を右折の方が良いと言われる。

その言葉を信じて「練習中済みません」と礼を言いながら交差点を右折。駅は結構遠かった。一つ道を間違えただけでこの始末。昔の人も予期せぬ出来事で大変な思いをしただろう。しかし今と違う事はその重み。生死を分けたその厳しさを今となっては知る術も無い。口先だけでチャラチャラと解説するのと大違い。その昔の話もそんなに大昔の話ではない。そして今日生きとし生けるものがその裁きを受ける事も間違いない。

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列車を待つ時間は長くは無かったが列車は混んでいた。通学生が目立つ。この辺りの子供達は和歌山の高校に通学しなければならないのだろうか?ここから天王寺迄の時間は結構長かった。この道を歩いて来たのも立派だが昔の人はもっと歩く力があった事を痛感する。親父のこの経験は予想以上の成果が期待出来る。

明日次の駅から峠を越える。車でその道を一人で走った時、結構心細い思いをしたが歩いてみると年の瀬の峠の息吹が聞こえる事だろう?今年は来週にならないと本格的な寒さにならないが、雪国の冬景色を知らない人も多い。親父が12年前に体感した島根木次の山も本格的な冬の到来になるに違いない。

暖かい関西で寒いというのもチャンチャラおかしいが、人の生き方も同じだろう。自分の知り得た知識と情報の中でどんなに尤もらしいことを言っても、空海様はその嘘像(偽りの物の形、人の姿)を見逃す事は無いだろう。人としてどんな生き方が出来るのか問われている事をまだまだ知らない。人の事をなんだかんだ言う前に自分の事を鏡に映してみなければならない。天王寺の駅に着いた時足が棒になっていた。

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2011年12月21日 (水)

今日は貝塚からスタート。でもその前に。

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心斎橋御堂筋の銀杏もすっかり寂しくなりました。それでも雪国の曇天の空に見れない青い空が広がっていました。もうすぐ多くの出来事が過ぎ去った過去の事の様に語られますが、そうではなくてこれから始まる多難の時の構えを取らなければならない

先週行けなかったアップルのショールームに顔を出し、ご機嫌を窺う。お疲れ気味で風邪を引いて少し熱があったけれど、親父の顔出しのタイミングが絶妙。元気を出してくれたかな。親父も大分スリムになったと言われた。それは実感する。体重の変化は少ないけれど、それは腰回りの肉を掴めば良く分かる。今はまだ太いけれどこれが細くなった時、親父の体力は間違いなく10年は若返るに違いない?

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南海難波駅の運行案内図 これを見るとこれ迄歩いた道程が良く分かる。
今日は貝塚から泉佐野迄。本当はもう少し先迄行きたかったのだが今日は靴下が薄くて歩き難い。足が重く左の親指が靴底に食い込む。それでも気力は満ちていた。

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スタートの泉大津の駅。昔の面影は無い。駅前もすっかり整備されている。

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池田銀行と泉州銀行が合併している。親父は池田から泉州迄歩いている。関係ない?

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大阪迄34キロ。何日がかりでここ迄歩いて来たのだろう。5日がかり。と言う事は1日6キロは歩いている。タケさんに言われた様に体重も減って来ました。今年は和歌山市到着で一区切りを付けますが、来年の課題は高知遍路道の達成と熊野古道のぶらり旅です。それが出来ると体重も80台前半かも?親父も決意は固いから達成出来るかも?たのまっせ。その為には節制と節約をして下さい。了解です。

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泉佐野6キロです。ここ迄2キロ弱歩いているので今日は8キロ。思わずニンマリ。

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千両万両 実り多い年になりましたか?

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道端の畑 でも作物は収穫されていないのは何でだろう?土地は税金対策?

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段々夕暮れが迫る。でも寒くはない。トイレも済ませているので気に掛かる事は足だけ。その悲鳴も無視して歩けるだけ気力は萎えていない。

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関空が近い。と言う事は本日の目的地泉佐野も近い。

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鉄路も駅舎も高架になり昔の面影は何処にも無い。この駅には関空直通の「ラピート」が停まる。特急料金は難波迄500円。好奇心旺盛の親父は勿論乗り込む。

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ハイカラな室内も乗客は少ない。昨年乗り込んだ成田から東京駅?迄の車内程新しくはないがこの列車が満席になるのは何時の事だろう?そのしわ寄せが普通、区間急行に行かない様にお頼み申します。営業活動が今イチの感じがする。(余計なお世話)

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難波駅到着迄静かな車内で一寝入り。途中の駅で乗り込む人も少なく快適。しかし、車内の座席クロスは流石にくたびれていた。クロスは張り替えが難しい。

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難波駅 プラットホームと地下鉄連絡階段 この道をエスカレーターを利用したとしても電車の乗り換えは不便。ここから京都、奈良、神戸、大阪梅田へのアクセスはあるが始めての人は乗り替えは大変だろう。この立派なターミナル上のホテルで一泊させる仕組みを考えなければならない。難波は大阪南の顔だから。難しいのかな。

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梅田で食事をせず最寄りの駅迄帰る。このラーメン屋さんのチャーハンを目標に。餃子もぱりっとしてタレを用意してくれるのは嬉しい。チャーハンはこのお店で始めてだったが上等でした。しっかり歩いて美味しい物を食べる。何よりの喜びです。

明日は南海電鉄沿いの道から別れて熊野街道(紀州街道)に入る。この道は南海本線とJR阪和線の中間の道。今日より2キロは多く歩かなければならない。そうするといよいよ紀州の入り口山中渓です。車で走ったのは13年前?あの時と何が変わったのだろう?それは歩いてみないと分からない。明日はその手前和泉砂川駅迄行ける?

池田から大阪梅田迄3日掛かり。大阪市内は堺筋を北浜から恵比須町迄。それから阪堺線で住吉大社前迄。住吉大社から大和川を越えて堺の七道駅。ここから浜寺公園迄。一週間掛かっている。浜寺公園から泉大津。そして今日泉佐野到着。九日間。

足が(土踏まず)が足もみを求めているけれど、独り身ではどうしょうもない。大阪西区阿波座地下鉄出口の足裏マッサージを頼みますか?コラコラ。目的が違う。健康マッサージは近くの整体屋さんにしてもらいなさい。それ位疲れている。

でも和歌山迄は行きますよ。熊野の道はそのズーと先です。近くのガッツうまい米 橋下のお決まりのおにぎり2個を抱えてもうすぐ泉州を縦断です。昔の人は2日で通過したに違いない。今夜は早めに休みます。

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大阪も今日は今年一番の冷え込み それでも親父は歩きます

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昨日お見せした府道204号線。阪堺南線の標識が出ているが古の人が歩いた道ではない。昔はこの辺りは寂しい海岸線だったのだろう。波打ち際が近く熊野詣での人はもっと東の平野の真ん中を歩いていたのだろう。それでも流石にこの辺りに来ると人の住処も疎らとなり旅人の心が打ち拉がれた(ひしがれた)事だろう。
* 打ち拉がれる 最近この言葉を使う人は少ないが替わりに使われる言葉は「ショック」しかし、意味はそんなに軽くない。大きな衝撃を受けて気力を無くす。

それでも前に進むしか無かった古の人はトイレや食事はどうしたのだろう?
それを考えると親父は私鉄沿線沿いに1日5キロ足らずしか歩いていない。
何たる無様な姿だろう?しかし、卑下する事は何も無い。この機会を与えてくれた空海様に感謝しなければならない。?何で空海。 それは四国遍路道を巡ってみれば分かる。

現在の恵まれた社会の中でどう生きるか分からない人と間抜けな生き方しか出来ない人も少なく無い。他人の事はどうでも良いと言いながら、不満たらたらの生き方を見つめ直しなさいと言われているのだろう。今週末にはやっと泉州から紀州に入る。本当の熊野街道はまだまだ遠い。では行って来ます。

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2011年12月20日 (火)

ノタノタからサクサク 歩きのスピードが変わる でも基本は変わらず

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右が大阪 左が和歌山 昨日一駅稼いだので今日はここから。駅舎は昔の侭。

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たこ焼きを注文したが5〜6分待てずに歩き始める。

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線路沿いの狭い道を歩く。横にデカイ宗教法人の建物が見える。これだけの建物を建てても税金は無し?宗教法人がなんで無税?おかしくない?取れる所から取る税金から取れない所から取る税金。そんな時が来ている。そんな事を考えていた。

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田舎道 昔からの道 デカイ樹が見える。

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てっちりと言えば大阪ではずぼらや。ふぐ政の看板も回転している。

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デカイパチンコ屋。このお店高知はりまや橋でも見たな。

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川の流れが汚い。川は何も言わないが川の流れは嘘をつかない。川を汚していると罰が当たるよ。デカイ鯉が一杯汚れを気にせず泳いでいた。

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トイレを探している時に見つけた喫茶店。岸和田市 上野町 「アンタイトル」
気さくに話しをしていると遅くなる。親父節。余計なお世話を気にせずに聞いてくれたマスターに感謝。最寄りの駅は和泉大宮駅。一期一会の語らいでした。又行けるかな?
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岸和田のお店。ショーウインドの中に自慢の絵が描かれている。

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岸和田城 堀の中にじゅんさい? 京都洛北深泥池のじゅんさいを思い出す。あの味をみそ汁の具として頂く事は無いのかもしれない。(そないたいそうな物やおまへんやろ?)イヤイヤあの何とも言えない味は、もう一度京都で喉を鳴らしたい。

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大通りに面した物見櫓(やぐら)?天守閣は奥にある。泉州を代表するお城です。

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露出が飛んでいるがだんじり会館。中には入っていない。

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親父が歩いた道。古の人が歩いた熊野への道はもっと東側。この道は海岸に近い。

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本日の目的地はもう少し先だったが、夕暮れが迫る。今日はここ迄。それでも今日はノタノタではなくサクサクと歩く。歩く快感が感じられるけれど足は流石に悲鳴を上げている。このペースで和歌山迄歩ければ今年も終わる。頑張れ親父。

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広いショッピングセンター。トイレもきれいでした。今日は風も寒くもなくサクサクと歩けました。それでも体は冷えているのでしょう。トイレは辛抱出来ません。

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薄暗くなって石碑を見ていたら小学生の女の子に注目される。怪しい者では在りません。「コンニチワ」と声をかけると返事が返って来る。この石碑は小さかったが昔の街並が続いていた。

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まだまだ泉州縦断は2日は掛かりそう。その後泉州と紀州を分ける山中渓を越える。
この峠を最初に見たのは阪和線の電車の中から。営業三年目。仕事に自信を失って彷徨っていた。和歌山から大阪に戻る時見た景色は寒々としていた。今度はどんな表情を見せてくれるのだろう?それよりも歩き通せるだろうか?

その前に峠まで辿り着けるかな。楽しみながら歩きます。今日迄南海本線に沿って歩いて来ましたが明日はそろそろ東に方向転回をして「熊野街道」を歩かなければいけない。来週から寒くなるのでそれ迄に和歌山を目指さなければならない。

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熊野古道はまだまだです。

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親父、何を捉えているの?道端の何気ない草花も手入れは簡単ではない。
名も知れない人が見えない処でさり気なく手を入れている。
私達もその事を忘れてはいけない。全国のニュース、地域のニュース、そして自分で目にする四季の移ろいもホンの一部分である事を忘れてはいけない。

この人通りの少ない大通りを歩きながら眼にする事は、その事を痛感します。
年の瀬が全く感じられない日常の中にどれだけの多くの人の想いが包まれているのでしょう。この国が綺麗な部分とそうでない部分を見ていると、北朝鮮の指導者が亡くなった影響を尤もらしく報道するこの国のマスコミのお馬鹿さを痛感する。

この国のマスコミは本当に拉致家族の事を忘れているのだろう?国交の無い閉ざされた国が今どれだけ貧しくどれだけの人が惨めな生活をし、拉致された人が祖国の愛する父母を思っているのか?考えているのだろうか?

支持を完全に無くした政府が多くの課題を真しやかに伝えても、この内閣にその実行力も無い事も来年間違いなく証明される。財源が無いと言いながら第四次補正予算?そして増税?そんな論理が通じると思っているお間抜けな財務省。解散総選挙なんて出来る訳も無い。

これから歩いて来ます。歩いていると多くの出会いがある。昨日は子供に会う。1人は小学生。親父がカメラを構えて花をアップで撮っていた時。もう1人は母親の言う事を聞かずに文句を言っていた幼児。親父から頭を捕まえられる。知らない親父に頭を掴まれて怪訝な顔をしていた。ママにはウケていたがあれから素直になったかな?
後ろを見ていないので分からない。

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ピンボケです。(残念)小学生は親父に声を掛けなかったが親父は一言。「イョ」
それだけでしたがそれだけで充分お互いの心は通じていました。
「おじさん何撮っているの?」「綺麗な山茶花です」
「おじさん、何処迄いくの?」「熊野古道」
「クマノコドウ?」オジさん動物園の人ですか?そんな事は言わなかったけれど。

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2011年12月19日 (月)

大阪と和歌山を隔てる山塊が微かに見えて来ました。

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南海電鉄関空直通特急「ラピート」関空開業当初の勢いが無い。立派な車両が何とも皮肉な乗車率。関空乗降客が低迷しその少ない客をバスに取られている。利用客の取り込みは色々行われているが、このターミナルで泊まるメリットを見出していない。

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本日の出発駅。ここから5つ先の泉大津の駅を目指す。この駅は明治の有名な建築家が設計している。

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駅前のお菓子屋さん。数年前に来た時「ずんだ餅」を買いました。今日は看板だけ写しました。

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先週歩いて来た道。左が浜寺公園です。それではサービスで代表的な松です。

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風雪に耐えて来た老木も後どれ位持ち堪えられるのだろう/がんばれ。

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さあ今日もしっかり歩きましょう。羽衣の松は何処が本場か知らないけれど静岡清水の松も候補に入るのかな?今日は風もなく快適ですが足は既に悲鳴を上げている。
「まだまだ歩き始めたばかり。今日は気合いを入れて行きまっせ。」トホホ。

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何気なく目に飛び込んで来た「掛川」こんな処で静岡掛川深蒸し茶」買わなかったけれど。この地の人がその美味さが分かるのだろうか?余計なお世話です。

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汚い水門。水害はコントロール出来ているのだろうか?それともそれ程の豪雨は無いのかもしれない。

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今日はそんなに寒くは無かったが早めにトイレを借用。立派なトイレでした。店内を覗いて見る気になるが道草は出来ない。

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おいおい。美味そう。さぬきうどん。海苔一杯うどん定食。ネギとカス揚げはタダ。

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セルフだけれど味は上等。親父が言うのだから間違いない。店内の雰囲気も申し分無し。近くの人は気軽に讃岐うどんが楽しめる。

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高架工事が完成し下の鉄路は使われていない。目的の泉大津は近い。

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目的の一つ先迄来ました。無理をすればもう少し歩けたけれどその気持ちとは裏腹に足は悲鳴を上げていた。情けない。それでも無理をする事は無い。明日はこの駅からスタートすれば良い。この駅の記憶は在るが降りた事は無い。泉大津で高架になっていた鉄路は昔のままだった。踏切がある。ここが高架になるのは暫くは無理なのかもしれない。

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隣の駅には親父が若かった頃、地方競馬場があった。地方の競馬、競輪、競艇、オートレース場の多くが廃止されている。採算が成り立たなくなった最大の原因は地方自治体が運営の主催者だったから。それに反して中央競馬は国(農水省)JRA(日本中央競馬会)に任せているから?大丈夫?公営なら赤字の心配無しか?それだけではない。

大阪から大和川を渡り堺の街にいると風景は一変する。風景がのどかになる。その景色を見ながら昔の旅人は何を考えたのだろう?迫り来る山塊はこれから始まる熊野詣で厳しい道程を予感させたのだろうか?今、舗装された広い道の端を歩いていると、古い家屋が取り壊され更地か戸建の家に変わっている。時は移り人々の世代は変わっても変わらない物。それはもっと歩かないと分からないに違いない。

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ヤバイ。ラデッキー行進曲に揺さぶられている。

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住吉公園は大阪住民だけでなく関西に住む人の憧れの避暑地、海水浴場だった。
今は関西に有名な避暑地は無いが、関東の軽井沢の様な場所は何処だろう?
海水浴場も少なくはないが白砂青松の浜は、日本海側に行くか和歌山熊野の海を見るしか無い。(琵琶湖周航の歌はどうでしょう?)舞子の浜の砂浜も昔の面影は無い。

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さあ明日からは又歩きます。明日は南海難波駅から「浜寺公園」の駅から泉大津の駅迄6キロ前後です。たかがそれくらいの距離と思われるでしょう。ところがたかがの距離がどっこい歩いて見るとなかなか乗り越える事が出来ません。

迷った時、道を探す時、絶望した時でも、歩いて見なはれ。歩いて見ると己の無力感を痛切に感じる。親父の場合は四国遍路道をママチャリで巡った時にそれを感じた。
「己の甘さ」「己の無力」これ迄の生き方を問い直された徳島遍路旅。

それでも何も変わっていない。変われる訳が無い。その事を思い知らされている。
それでも歩いて見なはれ。色んな景色が見れる。歩いていると色んな発見がある。
四国の遍路道でもそうだったが、多くの発見は昔から何も変わらない風景。

しかし、今見る景色は昔と大違い。科学と文明の進歩は人間の飽くなき欲望と探求を必然の様に超越している。(そこまで)その先は明日(今日になったけれど)の写真で見せて下さい。お休みです。明日は(今日は)泉大津迄歩けますか?それも明日です。?todayです。

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2011年12月18日 (日)

時は巡りて喜びの時。

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昨日は歩かなかったがいつもは淋しい1人夕食が、楽しい語らいの時を過ごす。
20年弱の歳月は決して短くは無かったが、間違いなくこれからの人生にその保証は無い。苦しい時に投げ出さず生きて来た証が今夜の喜びかもしれない。

これからの10年はこれ迄の10年以上に老の時を重ねる。親父達が若い頃多くの年配者の生き様を、他人事の様に思っていたがそれが自分に問われる。今迄の試練はその為の踏み石だったのかもしれない。静岡掛川の保健センターの中庭に在る「お庭踏み石」あの感覚を忘れずにこれからの前期「高齢者」を返上しなければならない。

意外に「すきやき」の上品な肉を大食いする事はなかったが、家に帰り着く頃は小腹が空く。前は良く買っていたコンビニで冷凍の「野菜たっぷり鶏だしうどん」を買う。もち米粉入り平打ち太麺は名古屋軋めんあっさり番です。これお奨め。398円

明日はもう一度休息で月曜から歩きます。ご期待をしないで下さい。(だれもしてない)

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2011年12月16日 (金)

堺の街は親父の屁タレを笑っていた。歩く事は人生です。

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昨日引き返した阪堺線の宿院。「さあ今日は気合いを入れて歩くぞ」

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交差点がめちゃくちゃ広い。しかし車の量は多くないし大阪の様に煽(あお)られない。

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うまそうなお寿司屋さん。おにぎりを近くのお店で毎日同じ物を2個持っているし、梅田のうどん屋で「けつね」うどんを食って腹ごしらえをしているので、残念ながらパス。しかし、他の理由で後悔をする。体が冷える。トイレ、トイレ。

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山茶花の花も震えている。天気は良いが広い大通りの正面から風が吹き付けて来る。
体がよろける程ではないが眼がうるうるして体が冷える。トイレを探すがなかなか見当たらない。こんな時はコンビニしかない。

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道もこれだけ広いし観光客に街歩きをさせるには、ベンチとかトイレとか休憩場所を整備して街の活性化が必要に思われる。それでも街を歩く人は殆ど居ない。寒いし路面電車が通っている大通りを歩く人は「問題外」かもしれない。

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南海本線の浜寺公園駅が近い。踏切を上下線が走り抜けている。阪堺線はこの手前でこの路線と交差して正面の建物の向こうを走っている。今日はここ迄。寒さで体が冷えて一回はコンビニで小便。これで安心したがここ迄持たず。途中の線路際の花壇の切れ間で立ち小便。人通りが無く目立つ事は無かったがこの罰当たり。御免なさい。

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到着したのは浜寺公園。昭和の初め迄は関西の海水浴場。避暑地。
今はその面影の白い砂浜は無いが松林は一部残っている。丁度時間的に最高で夕日が深く差し込んで、自画自賛の撮影が出来ました。無料でお見せするのは惜しい。
(こらこら)もったいぶるな。でもそれだけの価値が在るかも?

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夕日の根元の上を見上げると上に行く程幹が大きい。こんな松も珍しい。
親父の様に大阪池田からここ迄歩いて来た人も珍しいと言われていた。
この画像を最後にデジカメの電地が無くなり、伝説の木造駅舎「浜寺公園駅」が撮れず。少し疲れたので明日と明後日はお休み。

来週疲れとへタレ(根性と気力)が無ければここからスタートです。まだここは堺市。それでも300メートルチョッとで高石市です。やっと堺市を抜けてこれから泉州です。ここを抜けるのは親父の歩きのペースでは1週間では無理かもしれない。昔の人は歩き慣れていたとは言え脱帽です。

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2011年12月15日 (木)

大和川を渡るが堺の街は意外に広い。

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地下鉄からこの階段を一気に駆け上がる人は少ない。両側に上下のエスカレーター。
若い時、始めて先輩に連れられて行った得意先は泉大津、泉佐野にあった。小さいお店だったので今はどうなっているだろう?訪ねようとしても場所が記憶から飛んでいる。それでも今回の熊野古道をたどる道は何とかそこ迄は行きたいな?行けるかな?
ズルしている割には足の土踏まずの疲れが溜まっている。それでもそれを補って余りある発見と感動がある。さあ今日も多くの写真、撮って来ました。明日は今年一番の寒さが予想されていますが、堺の街も寒いのかな?寒さには親父は強いけれど?

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円高の重しが大きい?欧州信用不安?半導体の売れいき不振?その対策を多くの経営者が口にしているけれど、経営判断の甘さはどう明確にしているのだろう?その方針の変更が無ければ間違いなくじり貧は続く。そしてそのしわ寄せが働く人と働けない人にしわ寄せされる。日本選手の大リーグ移籍をどうだこうだ言っているが、そんな事がニュースになる事がおかしくないか?人の事をなんだかんだ言う前にもっと大切にしなければならない事があるだろう?これが夜のメーンのニュース?ええ加減にしなはれ。活躍の可能性?人間的におかしくない?

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昨日引き返した駅からスタートです。

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駅前に河口慧海(えかい)の紹介モニュメントがある。殆どの人が知らないチベットとこの国の繋がりを17年間の探検で日本に紹介している。

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昨日ゆっくり眺めなかったマップ。現在地を探す。(左下)それでも位置関係が良く分からない。それでも今立っている橋が江川橋。親父の本籍が江河内。何とも言えないが、此処がすっかり埋め立てられているのはなんとも惜しい。

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堀と言うには余りにセコい公園。それでも手入れは大変に違いない。

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阪堺電車の大通りに出る。これだけの広い区画整理が出来たのは皮肉にも敗戦間際のアメリカ大空襲。この地域は戦前から堺の刃物産業がありその技術が軍需産業にも使われたのだろう。この地域は焼け野が原の焦土の中からこれだけの広い道を造ったのだろう?今、東北被災地の復興の在り方が問われている。日本が戦後の焼け野が原から立ち上がった教訓。それを生かせるのは地域の復興に命を賭けた先人の想いだろう。

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此処で阪堺線で引き返す。(オイオイ、もうチョッと行かないと。)駄目。しんどい。お尻が擦られて気持ちが悪い?足が痛い。よく見ると前、堺に来た時にこの停留所から引き返している。これも何かの因縁。それにしても今日の歩きは3キロ足らず。(良いんですか?こんなダラシの無い歩き方で?良いんです。当ての無い歩きですから。)

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今日はここ迄。これでは毎日買っているお握り屋の親父に言われた様に、熊野どころか大阪と和歌山の峠を越えられない。阪和線の山中渓を車窓からぼんやりと眺めた青春の頃に今の気持ちがあれば、悩む事は無かったに違いない。生きるとは耐える事ではない。生きるとは乗り越える事。

乗り越えるには苦しい思いがあるけれど、後で振り返ると大した事ではない。「大変だ」「困難だ」「想定外だ」と恍けた(とぼけた)事を言わないでもっと頑張りなはれ。(それでももっと苦しい思いをしている人を知れ。)親父の泉州縦断の道はこれが最後になるに違いない。歩く事は容易な事ではありません。

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情報管理。それは人事では無い。今のテレビが伝える事。、

景況感が半年ぶりにマイナス?日銀短観?
オイオイ、この間迄景況感は持ち直しと言っていなかったか?
東大法学部卒のエリートだけでなくこの国の最高学府でどんなに経済学の理論を学んでも、今日の設計図を引けない経済の動きはこの程度の判断しか出来ないのだろう?

誰もが口にしない一番の問題。先を見通す事の出来ないこの国の舵取りは、この国の経済予測が出来ない官僚の間抜けさだろう?それでもそれが経済大国の現実であるとするならば、その問題点を改善する取り組みは出来ないのだろうか?

今の政治と経済、生活のニュースを聞いていると、これが本当のこの国の姿なのか?もう一度、考えて見ないといけない。年の瀬の慌ただしい生活の中で静かな街並を歩いて見るとその事を痛感する。これから年末にかけて年の瀬をどう越せるのか?そんな心配を政治家はどう考えているのだろう?

選挙の時だけお願いしますと訳の分からない連呼を繰り返しても、今は一体何処で何をしているのだろう?その思いは大震災と原発事故の時も感じた。大阪では既成政党の信頼感は地に落ちている。沖縄でも、従軍慰安婦問題とか言っている韓国でもそうだろう?何時迄も後ろ向きのことを言っていると相手にされなくなる。

その事をどれだけ分かっているのだろう?戦前の軍部の暴走に歯止めを掛けられなかったマスコミに未来を語る資格は無い。尤もらしい事を言いながらテレビのコメンテーターもどれだけ本当の事を口にしているのだろう。報道の信頼。それは何よりも事実を淡々と語る事だろう。モッモらしいコメントと薄ら笑いは必要ない。

親父の景気予測。来年春の桜が満開にならないと景気の回復は無い。今のドジョウか金魚か知らない内閣が変わらなければ景気に回復は無い。それ迄はアメリカの禿鷹達に良い様につまみ食いをされるだけだろう。それだけは間違いない。

今日も歩いてきます。今日は昨日良く見る事が出来なかった堺の古い街並。それから浜寺公園迄。路面電車では遠く無い街道の道も歩くと2時間では無理かも。(どこから?それは決まっているでしょう?昨日引き返した南海本線堺七道の駅からです。)

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2011年12月14日 (水)

今夜はお風呂に入って足裏マッサージをします。

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大阪御堂筋の銀杏もハラハラと落ちていました。週末はこの景色を見る事が出来ないかも。住吉大社から堺に向う途中の心斎橋で途中下車。アップルの心斎橋ショップに立ち寄りました。生憎上ちゃんは出張中。用事を済ませる事は出来なかったけれど、御堂筋の銀杏が慰めて呉れました。御覧あれ。

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いやー親父が写り込んでいる。阪堺線路面電車は地下鉄御堂筋線動物園前から、南霞町(略図中央上)から中央中の住吉さん迄電車でおよそ10分。昨日歩いた時間は2時間弱。真剣に歩いていないので仕方が無いが電車の威力を思い知る。昔の人が乱舞した思いが良く分かる。

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常夜灯の寄進をした人達の想いが良く分かる。干鰯仲間(ほしいわしなかま)そんな組合があったのかな?此処から歩き始まる。

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阪堺電車の軌道が専用軌道になると紀州街道は一気に模様が変わる。立派な商店街

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商店街は段々寂れているがそれでも地域の店として繁盛をしているお店もある。

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此処迄大阪北浜、高麗橋から10、5キロ。この先大和川迄の距離が意外に近い。昔の人が熊野詣でをした時は間違いなく、和歌山の近く迄歩いていたのだろう?それにしては親父の歩きは遅々としてお恥ずかしい。それでもその心意気だけは買えるかもしれない。

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大阪市長選挙でも問われた赤バス(福祉バス)乗車券100円の停留所。

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大阪と泉州堺を分ける大和川。一時汚い川として名をはせたが今は橋の上からでも川底が見える。水の流れもあり綺麗になっているが数値的にはどうなのだろう?ただ川の両岸がコンクリートで固められている。この方が護岸効果として充分なのだろうかせめて水辺だけは金網入りの石のブロックに出来ないのだろうか?

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中世の時代、堺が商人の街として財を成した時、街の守りとして堀が作られた。その堀も今は見る影も無い。秀吉に埋められて江戸時代に再び掘り戻されたが、今は完全に埋め立てられている。この近くに多くの昔の堺の町家を見る事は出来るが、何故かその価値が忘れ去られている。

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街の案内図があるが何処が何処だか良く分からない。ゆっくり見ていないので分からないが現在地と最寄りの南海電車の駅の表示がわからない。中央横に阪堺電車が走っているが堺市内のマップと見比べなければならない。

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明日は此処南海本線七道駅から歩いてみます。そうすると堺の昔の街並が分かるでしょう。今日は体調が悪くて思いの外歩けず。折角新しく買い求めた靴も3980円
もうアカン。何でだろう?左足の親指に違和感を感じる。間違いない事は歩き方が悪いからだろうが折角買い求めた靴下も毛糸の登山用でないと歩けない。

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腹が下痢気味。心斎橋でゆで卵を食ったのが良くなかったのだろうか?帰って正露丸を飲まないとイカンと思いながら駅のトイレを探す。アカン。トイレットペーパーがない。先日利用した地下鉄のトイレはきれいだったが、スイス、ツェルマットのトイレを思い出す。南海電車も乗客を大事にしないとアカン。仕方が無いので難波の終点迄辛抱する。大丈夫かと思うけれど昔の人も同じ思いをしたに違いない。

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駅のホームから東の大阪湾方向を見ると広大な空き地。これだけの広い土地の有効活用は出来ないのだろうか?堺も財政的には裕福ではないだろう?大阪都構想が口にされてもこの有様はなんだろう?まだまだ理解し得ない事が少なく無い。

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南海電車難波駅。此処は駅ターミナルと地下鉄、地下通路の連絡通路。階段とエスカレーターがある。親父が若い頃仕事で来た時とは大きく様変わりしている。トイレは百貨店の地下で利用する。さすがきれいなトイレで洋式。勿論ウオシュレット、トイレットペーパーも揃っていました。明日はこのエスカレーターで上がります。

それではこれから先はオマケです。今日は堺の先迄行くつもりでしたが、堺の入り口で引き返しました。明日はもチョト頑張ります。しかし、先を急ぐ旅ではないし和歌山の先迄行くと戻る事がおっくうになるでしょう。そうなると熊野古道は歩けなくなるかも。オイオイ。頑張れ。

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正面が難波です。高島屋の建物が見えます。このターミナルは綺麗になっています。

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懐かしいホテルが見える。デジカメを買って貰った時だから4年前の事かな。あの後画像の挿入が出来る様になった。4年も経ったのだからもう一段上の画像処理が出来ないといけないかも?あれから多くの事を学習したけれど男としてはどうなのだろう?

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此処から大和川を渡り暫くは電車は専用軌道を走る。理由はこの先の街道の両側にお店があり軌道用地が確保出来なかったのかもしれない。商店街をもう一度見てみよう

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この橋を訪問販売の仕事を45日やった時、車で渡り右折した事がある。何たる偶然だろう?夏祭りの夜、多くの人手があり慎重に運転しながら沿道のガキに囃し立てられ、同乗のおっさんに鼻であしらわれていた。あのインチキ会社、そしてあのおっさん達は今でも悪徳商法で飯を食っているのだろうか?あの時覚えさせられたセールストークは今でも忘れていない。

「換気扇のお手入れの要らないフィルター」あの商品は良い物だったがセールスのやり方は良心的ではなかった。必要な物を必要だけ売れば何の問題も無い。フィルターごときをまとめて何年分も売りつけたら悪徳商法以外の何物でもない。

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この頃からお腹の具合が悪くなる。足も痛い。今日は3キロ足らずしか歩いていない

又、明日です。今日は流石に足裏マッサージの看板を何度も覗き込んでいました。

「いく川の水は元の水にあらず。流れに浮かぶ泡沫はかつ消えかつ結びて久しく留まりたる試しなし。人の世も又かくの如し。」鴨 長明 です。

この世は夢の又夢。夢が覚めない様に、夢が長く続く様にどんなに願った処で所詮それも果敢ない願いです。この世の人の生き方を踏み外した生き方は必ず天罰を喰らう事は今の世状が私達に指し示している。その事が分からなければ哀れな生き方しか出来ない。街道を歩くと多くの喜びと悲しみが見えて来る。それは歩かなければ分からない。

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小春日和

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残り半月と3日で今年も暮れる。年の瀬になると何かと慌ただしくなると言われるが、この太鼓橋も新年の初詣は関西1の人出が予想される。親父が久し振りにお参りをしたのは昨年。あの時は大阪と堺を結ぶ路面電車で来たが、今年は歩きました。

昔からこの道は浪速の都と泉州、紀州、熊野を結ぶ街道の道。多くの人が多くの想いで行き来したに違いないが、賑やかな街並が段々淋しくなると旅人の心は不安と思案の思いに体調の想いが重なり、何とも言えない想いが去来したに違いない。

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路面電車の全ての区間がこれ程に綺麗になっては居ないが、車道と軌道が共に利用され歩道も自転車も何のストレスも無く歩き走れる。これだけの広い道を確保した先人の知恵は現在人にあるのだろうか?先日見た街中の放置自転車と対比した時、情けなくも悲しくもなる。警察の取り締まりとその予算削減が問題になっても彼等の費用対効果が問題にならないのは如何してだろう?行政とはその程度の物かもしれない。

今日は此処から大和川を越えて堺に向います。堺の町も特徴の無い街になっています。この街は秀吉の時代には大阪の街を凌ぐ活気が在ったと伝えられていますが、今ではシャープの堺工場位しかニュースにならないし、その工場も堺と関西経済にどれだけのインパクトを与えているのか、行政の説明もありません。(どうでも良い事ですが)今日も師走前とは思えぬ小春日和です。しっかり歩いて来ます。

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2011年12月13日 (火)

大阪南の住吉さん(大阪では住吉大社を親しみを込めてこう言う)迄言って来ました。

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少し見難いが中央の赤線が御堂筋線。その右側茶色が堺筋線。今日はその交差する動物園前から阪堺線(路面電車)沿いに南に歩く。歩いた距離は正確にチェックしていないが感覚的には昨日同様5キロ前後です。今日は電車を追い掛けています。

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出発点。街は綺麗になっているが人々の貧しさは変わっていない。変わった事と言えば生活保護を受ける人達が多くなった事。医療費は無料。それでもこの街で献身的に生きている人も少なく無い。マダーテレサに憧れてこの街で亡くなった若い命を多くの人は知らないが、住吉大社で名物のどら焼きを食いながら自殺と検死された若い命の冥福を祈っていました。大阪の現実。国会議員の先生は此処で現実を勉強しなければならない。それから税と社会保険の一体化とか言って下さい。

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天下茶屋の名前の由来と実言われるクスの大木。昔はこの近く迄海があったのだろう

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高麗橋とは北浜近くの地名です。良く歩いて来ました。

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やっと到着です。住吉さん。どら焼きの看板が見える。
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幸福兎。しっかり擦って来ました。正面からこうして見ると兎もメタボだが、親父の減量は進むのかな?疑問は大切だけれど確信は物事を大きく変える。これ迄全く顧みられていなかった情報のコントロール。

私達はその事に気付かなければならない、その事は報道の自由を口にする当事者が一番に考えなければならない。久し振りの住吉大社で感じた事はその事でした。踏みにじられた生き方に何時迄も見えない明日は無い。必ず天罰は下るに違いない。

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ふわふわのどら焼きを食いながら人の生き方を考えていました。飲み物無しで喉に詰まらず胃の中にスーと落ちて行く生地とあん。人の生き方もそうありたい。枝雀さんの落語を聞きながら人の哀れを感じていました。

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此処から引き返す。電車に乗ると歩いて来た道が一気に巻き戻しされる。

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天王寺駅南にドデカイ建物(近鉄百貨店)完成すると日本一の建物となる。因に日本一は?横浜のランドマークタワー?。 親父は高所恐怖症だから見るだけで身震いがする。この陸橋も工事中。完成は再来年。長いな。建物に会わせて作っているのだろう?

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次は今日戻って来た阪堺電車に乗って住吉大社まで。そこから歩きます。此処から大阪と堺を分ける大和川は遠く無い。川を渡ると堺の町は近い。此処位迄来ると昔は紀伊葛城の山塊が迫り、熊野詣での人の心に迫り来る感慨があったのだろう。

今はどうなのだろう?親父は車で走った30数年前の事を思い出すに違いない。それとも大阪に戻って来て1人で幻影を求めて走った日の事だろうか?それは分からない。仕事で来た土方仕事のアルバイトかもしれない。

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大阪は天下の台所?その現実をどれだけ知っているのだろうか?

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大阪堺筋(大阪では多くの筋がある。御堂筋、堺筋、松屋町筋、浪速筋、あみだ池筋などが有名。)北浜の土佐堀川に掛かる浪速橋?親父はこの場所から歩いた。京都の公家や身分の高い人もここから熊野への道を歩いたのだろうか?それとももう少し東側の大阪城近くの道だったのだろうか?いずれも親父の知識では定かでない。

しかしその事もこれから学べば少しは分かるかもしれない。それでも熊野詣をした古の人の想いは神への純粋な思いであったのか否かは定かでない。後の世の人がお伊勢参り、最近では四国八十八ヶ所を巡る道もそうであるが、自己満足の道なのかもしれない。それでも親父は決意した事は今日の多くの政治からリーダーの様にごまかしはしない。何も得るものはなくても間違いなく自己鍛錬にはなるに違いない。

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大阪は江戸時代天下の台所と言われた。米の市場、青物野菜の市場、海産物の市場、今はその面影を何処に見る事も出来ないが、皮肉にも此処北浜には大阪証券所がある。親父が大阪に来た当時、この一体は「北浜」として株の取引所として有名だった。今でも凄い建物があるがその取引高は完全に「地方」の取引所でしかない。

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近くのバンク。親父が大阪に来た当時の建物。今も何とかと何とかの旧財閥銀行が合併をして営業をしている?当時のライバル銀行も今は生き残りを賭けて、頑張っていると言えば聞こえは良いが、大阪商人、商人の街の終焉を見る感じもする。

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ところがどっこい。此処には西日本1?のビルがある。この最上階に上がった事は無いが、どれ位のお金を払えば飯を食いながら大阪の街を見下ろす事が出来るのだろう?そしてそんな罰当たりの生活をしている金持ちはどんな人なのだろう?
(そない大した事はおまへん。それでもそれが体験出来るのは、も少し先になりそうです。)

これから昨日の続き大阪地下鉄堺筋線恵比須町駅から住吉さん(住吉大社)迄歩きます。昨日電車で行った時は一眠りだったが、今日はそうは行かぬ00です。恵比須町から暫くは大阪のドヤ街が続き、その先は大阪を代表する高級住宅地です。

今日、お馬鹿なマスコミや政治家は尤もらしく格差社会とか、社会保障、最低限度の生活保障とか言いますが、この国の歴史の中で富める人と貧しき人が居なかった時代はありません。豊かな人は更に豊かに、貧しき人は更に貧しく。それが資本主義社会の原理原則です。その事は自由、平等、博愛を目指しているどんな国でも同じ事です。資本主義、共産主義、社会主義。主義主張が違っても何も変わる事はありません

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2011年12月12日 (月)

大阪の街 大阪の活力 大阪の品のなさ 大阪を少しも変わっていない

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大阪迄歩いた靴も屁たる。(減る)靴の中で足が踊るので靴をかったお店にクレームを付けずに厚手の靴下を求める。その靴下も長くは持たない。何でや?中国製の安物だから?その靴下を靴屋で見せながら履き替える。(嫌な客)。さあ出発進行です。

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大阪で車が要らない一つのダイヤ。10分待てば電車が来る。

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今日は淀屋橋から歩く。大阪駅前からここ迄800メートル位かな?
看板の後ろの建設中のビルはフェスティバルホール。親父が大阪に来て会社の組合の計らいで安い音楽チケットを手にする事が出来た。その演奏とコンサートが聴けたホールがあったビル。今は当時新しかったビルも老朽化して、現在凄いビルが出来ている。完成した時、どんなコンサートが聴けるのだろう?

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ここ中之島のシンボル。日銀大阪と市役所。日銀は何も変わらないが市役所はもうすぐ主が変わる。右端の橋が淀屋橋。この橋の名前は淀屋が作った橋。淀屋は大阪の豪商。江戸幕府が尤もらしい難癖を付けて取り潰す。債務も踏み倒し。江戸幕府、大阪奉行は大阪の発展に何の貢献もしていない。今、大阪の再生が言われて久しいが、大阪の本当の商人は政府役人の利用しか考えていない?

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大阪都構想かなんか知らないが大阪市と府の2重行政は無くならんだろう?政府の役人が税金の無駄遣いは無いと言うのだから。これから税金値上げ法案が提出されても本当に成立出来ると思っているのだろうか?ホンマに賢い奴らが考える事をこの程度の事かもしれない?間違いなくこの大きな石碑の鉄槌を受けるだろう。

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淀屋の屋敷跡はひっそりとしていたが実際の敷地はこんなもんではない。役人のえげつなさは幕府の名の元にどれだけ非道の事を成したのだろう?現在の世の中が問われた時、後世の批判にどれだけ耐えれるのだろう?そんな馬鹿な事を考えていた。

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大阪人の憩いの島と言われて久しい中之島。このデカイ建物が大阪市役所。この向こう側に中之島図書館、公会堂がある。親父がお袋から始めてもらった便りを読んだのがその図書館。ベトナム戦争反対の集会に出掛けたのが公会堂。何も行動には移さなかったけれど。そんなお気軽さは何も無かった。ベトナム戦争の悲惨な歴史は何も生かされていない。どんなに敵をなぎ倒してもゲリラ戦争の勝者は居ない。

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市電がはしっていた道。車の渋滞は無くなったが住民は殆ど居ない?ビジネスマンが消えた夜はどんな表情をしているのだろう?

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水上遊覧船が走っているがその賑わいは今イチ?理由?見る景色が大した事無い?

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京都淀から川下りをして来た熊野詣での人達もこの辺りで船を降りたのだろうか?
親父が大阪に来た時この交差点は市電の音が重なり合っていた。この橋の近くで高校の後輩と天神祭を見た事がある。その後輩も今は居ない。ライオンが吠えていた。

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ここから大阪を南下します。この道が堺筋。大正時代にこの橋が完成しているが久し振りに見る橋は綺麗になっていた。

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このビルは古い。親父が若い時からだからそろそろ立て替えか?それでも外壁のリフォームは出来ているのかもしれない。結構綺麗に見えた。嬉しかったのはここ迄。大阪の一番最低の部分を見る。これは大阪だけの問題ではないのかもしれない。
今、多くの人が多くの事を尤もらしく語るけれど、これも現実です。

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不思議な事にこの道を歩きながら小綺麗は所とそうでない所がある。その違いは何なのか良く分からない。

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道頓堀は綺麗になっている。それでも街に活気はない。夜にならないと活況は出ない

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親父が最初にラジオを買いに来た街。今はその面影も無い。電化製品の街が壊滅的打撃を受けたのは大型電化店の出現。一時は大変だったろうが生き残りの道もあったのだろう。

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通天閣が見えて来ました。大阪西成区釜ヶ崎。親父が大阪に来た頃は市電の通る道端に仕事にあぶれた酔っぱらいが寝ていた。仕事も出来ずにお酒でその日を生き長らえていたのだろう。今はそんな人は殆ど居ない。生活保護で医療費もただ。路上で生活をしなくても最低の生活は保証されている。(良いか悪いかは別として)

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地下鉄堺筋線。桂枝雀さんの落語「天神山」の話しに出て来る「おゆうさん」の話しの一心寺だろうか?本日のボヤキ旅中もここ迄。10年以上前に来た時はこの先の天王寺迄来れたが、それだけ足腰が弱ったのだろうか?それでもここ迄で充分。

ここから大阪南の住吉神社の前迄、次は頑張りなはれ。電車で目的のお店迄行きましたがお休みでした。何のお菓子屋さん?今度お見せします。

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2011年12月11日 (日)

今月も中旬。段々寒くなりますが明日からは大阪市内の道です。

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電車でゴウ。一番前。電車の一番前の車両は携帯電源オフ。それでもこの席はなかなか座れない。それはこの景色が楽しめるから。大体この席に座っていると途中から乗り込んで来る子供に譲らなければ喚かれる。(わめかれる)それでも今日は占領していた。子供に喚かれなくてもこの席に座り続けるには結構、ド厚かましさが必要です

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今日も肌寒い天気だったけれど、建物内の紅葉はまだ見れる。それでもこれが見納めかもしれない。これから日一日と寒さが増して年の瀬を迎えるのだろう。年の瀬の健康は毎日の食事から。今夜はブリ大根です。コトコト煮詰めて大根の白さが少し黄色に変われば出来上がりです。今夜はうっかりしてショウガの買い置きが無いのが残念です。もうすぐ出来上がり。味は今イチかも。

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夕日が不気味に輝いている。今日も無事に1日が終わる。明日から又一週間。仕事を首になっても毎日の生活は首ではない。1日1日規則正しく目標を定めて、これ迄以上に自己研鑽に励まなければ、偉そうな事は言えない。幾つになっても飽くなき探究心とその思いを支える肉体に感謝する事を忘れてはならない。

多くの人が多くの課題を口にするけれど、人の為、自分の為、そして自分を支えてくれる人の為に生きる事は容易ではない。これからのこの国の明日は本当に厳しい。その事を実感しなくても生きて行けるが、間違いなく何時迄もそんな生き方は出来ない。間違ってそれが出来たとしても閻魔大王の眼は誤摩化せない。

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ブリ大根は立派に出来上がりました。味も最高。(自画自賛)誰も褒めては呉れなくても、ニンマリしていました。味の秘密は醤油と三温糖の角砂糖4個。ブリ大根を美味しく作る隠し味は信じられない事に砂糖です。その砂糖も口当たりの良い物。

最近大根のうまさが分かる様になりました。大根の本当の美味さは出汁と煮詰める事そうすると味が染み込んで美味しい味になります。ブリはこれからうまくなりますがブリ大根の本当の主役はうまい大根でしょう。

これから寒くなりますがこれに細切り、輪切りにショウガが入れば言う事無しです。その時でも三温糖はお忘れ無く。これで今年の寒さに負けない体力(脂肪ではない)がつく事、間違い無しです。最後に残った出汁でおじやを作りました。少ししつこい

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気持ち悪い。止めて下さい。胡麻つぼ漬けに色を合わせているがおじやは茶色。決して食えない色ではありません。(冷めると美味しくないかも)口直しは福島のりんごです。これは無条件に美味しい。お見せしましょう。

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福島の98円のりんご。福島の原発は吹き飛んだがこのりんごはどっこい生きている。負けてたまるか。安全神話は大事な地域と人の日常を吹き飛ばしたけれど、それでも原子力発電は手放せない?来年はそんな生き方は出来ないと言ったら、鬼に笑われるだろうか?おいしいりんごはそんなインチキを許さないに違いない。

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2011年12月10日 (土)

「むしれるだけむしった」自動車税減税?自動車族議員

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車の売れ行きが落ちている。車を売る為には何でも有りか?この国の自動車業界が国の経済発展に果たした役割は少なく無いが、自動車業界の円高為替損失、車の売り上げ減対策のえげつなさをこの言葉がいみじくも語っている。

国の財政が赤字で増税をしなければ財政破綻が避けられないと、言っているその直後にその張本人達がいる。このアホな大臣と政府与党の薄笑い。こんな輩はもう要らないと大阪府と市の市長選挙で選挙民にレッドカードを突きつけられても、その危機感が無ければ増税なんか出来る筈が無い。

それでもやりますか?沖縄の基地問題、貿易の自由化問題、肉の輸入規制の問題。言っている事とやる事がこれ程に違っても国民の支持を受けられると思っているその認識の甘さ。その原因は何処にあるのだろう?小泉元総理が反対勢力は抵抗勢力と切って捨てたあの強引さを私達は忘れていない。元総理は自分の後継者を間違ったが増税だけは出来ないと自覚して政界から引退した事を忘れている。

裸の大将と言われた総理大臣がいつの間にか抵抗勢力に足を引っ張られている。多くの声なき声が下した審判は何処に行ったのだろう?一体改革で社会保障の効率化?何を尤もらしく出来もしない事を言っているのだろう?私達は怒りの拳を突き上げなければならない。

親父がぶつぶつ言った所で何も変わらないが、多くの問題点を改善する為に出来る事は多くない。しかし、間違いない事はこんな間違いを私達は期待していない。この代償はきっちり返してもらうしかない。親父がそう息巻かなくてもこんなインチキが長く通用しない事はヨーロッパの教訓を見れば分かる。

ヨーロッパの通貨危機は多くの人がその問題の大きさに気付いていないが、国の財政再建が容易でない事はこの国の財政を見れば良く分かる。国債を日本で発行する時に懸念された事が現実の問題になっている。『歯止めを誰が掛けるんや?』

医療費の削減(生活保護者の医療費無料)レセプト(医療費請求書)電算化。
そんな当たり前の事が出来なくて何が出来るのだろう?国会はもう正月休み。ええ加減にしなはれ。公務員のボーナスは削減されない。橋下さん、頼みますよ。アンタもアカンかも。

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今日は寒いね。お出掛けのつもりでしたが体がいやがる。

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今日は全国的な冷え込みで今年一番の寒さとか。北国は一気に冬景色でしょうが大阪は六甲おろしも無く淡々と底冷えの1日です。親父は目的の梅田迄歩いた疲れも無くゆっくりしていますが、何となく見ていたテレビでびっくりしました。

カナダ人の桂三枝の0番目かの弟子、桂三輝(2008年、9月入門)が大阪から伊勢神宮迄の道を歩いていた。170キロ。8日間の旅。親父には真似の出来ない事だろう?現在の交通路は近鉄の大阪線。大阪南の難波迄近鉄電車は乗り入れているがその乗り場は結構分かり難い。

大阪市営地下鉄の御堂筋線に乗り、難波の一番後ろの出口から出て近鉄乗り換え。その位置が地下街のゴチャゴチャした連絡通路を通るので、方向感覚が鈍いと分からない。乗り場探しが難しい。

その電車が大阪から伊勢街道に沿って走る。途中の山里の長谷寺でお寺参りをして伊勢に向うと良い。伊勢は津で持つ。津は伊勢で持つと言われるが電車は途中、伊勢中川で乗り換え。(今は直通電車もあるかも。)

そんな事を考えているとこの沿線も思い出が多い。母さんが亡くなる前年に行った室生寺も最寄りの駅がある。あの時は名阪国道針インターからだったが、「まほろば」の民宿は今でも繁盛しているのだろうか? パソコンで探しても無い。宇陀の大ケヤキがあった民宿。今度雑誌で探してみよう。泊まった時に探した様に。1人でか?

伊勢街道。伊勢参り。江戸時代、閉鎖性の高い身分が厳しかった時代と違って今日は自由、身分の差はないと言われるがそれは建前、親父も言われたが「アンタとあの社員の女性とは身分が違う」と。冗談だろう。倒産した会社の平社員。そんな事を言っているから間抜けな生活は変わらない。今はお客。

アホを言ったおっさんは今でも働いているがそれが現実かもしれない。その江戸時代も幕府の力が無くなると、薩摩と長州の平民の兵力で叩き潰される。そして明治の世となっても平民は要領の良かった生き残りに叩き潰される。親父が国営放送の大河ドラマを見ないのは歴史を作った人は無名の惨めな最後を遂げた人だと思うから。

歴史を語る時、その事を忘れてはならないが、その事を語る事はドラマにならないのかもしれない。「坂の上の雲」司馬遼太郎が一番語りたかった事は「国の行く末」「戦いの教訓」を生かす事だったに違いない。来年の大河ドラマが「平清盛」?

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2011年12月 9日 (金)

靴を買い替えて庄内から梅田迄歩いて来ました。大阪迄3日掛けて歩きました。

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庄内駅前東口。車の通りは制限されているので自転車で占領されている。電車が高架の工事が出来無かった成れの果てだろう?先人の先見の明の無さもどこ吹く風のこの大阪人のえげつなさ。生活感の爆発を見る。こんな街にも人々の生活はある。

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道路が自転車置き場になったのは何時からなのだろうか?当然管理されているが道路管理者のレベルが問われる。親父が住んでいた時はこんな事は無かった。自転車を置くスペースが無ければ自転車の利用を出来ないが、これが現実なのだろうか?

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地域の再開発には多くの利害が絡むが限られた土地の有効利用は、こんな形では行政と警察の管理監督を問われる。親父が住んでいた半世紀前と建物の高さに大差がない地域の再開発は長い歳月と強いリーダーシップが求められるが、その教訓を見た感じがする。

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親父が寮に帰る時、駅の出口を間違い反対方向に歩いて来た所。電車のガードを越える音で間違いに気付く。あれから本当に長い長い歳月が流れました。この下を潜って大阪に向います。電車は左が大阪、右が宝塚。庄内の駅も右側です。

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回転寿司?高級感もあり人気のお店?最近お一人では行けないな?

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おしゃれな通り。この道は神崎川の橋迄続いた。神崎川と言えば三国の駅。

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広い空き地。何処かの工場跡地。これだけの広さの土地を買っている会社は?N社。
家具の安売りでこれだけの土地が買えるの?凄い。そんなに儲かっているのではなく税金対策?イイエお金の使い道が無いのでしょう。肖りたい。そんな溜め息を吐いていた。

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この建物も家電工場の跡地に建てられている。全国各地で大きなショッピンセンターが建てられているが、この建物は出来て一時経過している。近くに大きな住宅エリアがあるので、それなりに繁盛しているのだろう?

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高度経済発展の頃、この川は公害のどぶ川。悪臭がしていた。今も透明ではないけれど悪臭は無い。環境を壊す事は簡単でもその反対は長い歳月を必要とする。環境問題も放置自転車も自分達の生き方の問題。空気を汚して環境破壊の代償は小さくない。

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ウオーターフロント。水辺の開発。この汚い川がこれだけ綺麗になったのは、川を生活排水、工業廃水として汚さない様になったからだろう。それはモラルではなく法律で禁止をしたからである。そうすれば汚水の川から安らぎの水辺に変わる。その証明をここに見る。しかし、ボートを浮かべるにはもう少し知恵を出さなければ成らない。

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飛行機が見える。伊丹の飛行場も遠く無い。親父が若い頃、庄内の上空で見た大型ジャンボの騒音も小さくなっている。関空が出来て廃止の決まっていた街中の空港は存続されている。関西には伊丹、関空、神戸と3空港があるが全て人の思惑で足を引っ張り合っている。

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池田市を出て豊中市。そして大阪市に入る。大阪都構想?そんな物でなければ大阪市の財政再建、住み易い街造りは出来ないのだろうか?しかし大阪の街はここから堺の手前東西南北本当に広い。大阪維新の会、地域政党に言われる無ければ改革は出来ないのだろうか?

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ここ迄歩いて来ると体が冷えてトイレを探す。大通りから少し線路側の道を取る。コンビニと2軒のお店がゆったりとした水辺を作っている。缶コーヒ一つを求めてトイレを借りる。ここ迄約1時間半。ゆっくり歩きながらキョロキョロしていた。多くの親父の足跡が見える。車道は拡張され整備されているが歩道は歩き難い。道が固い。

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本通りを離れて歩いていると阪急宝塚線から離れている。京都線の踏切に出る。少し右に軌道修正。このフェンスの内側は中学校。部活の賑やかな声が聞こえる。「ファイト」女性の声が愛らしい。桜の葉っぱも葉を落とす寸前になっていた。

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久し振りに見る懐かしい十三(じゅうそう)の商店街。親父が夜勤を始めた20代前半と大きく変わっていない。しかし、活気に溢れていた。これだけの大きなお店が新陳代謝を繰り返しながら生きながらえている事は、大阪商人のど根性だろう。

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本通りに戻りこれから淀川に掛かる十三大橋は歩いて始めて渡る。歩いて渡るのは始めてで少し心細く感じたが、自転車の通行量が意外に多い。ぼんやりしていると当てられそうになる。それでも親父厳つい歩き方をしているので反対に威嚇していた。

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これは堤防。流石に最近は決壊は無い。

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夕日が西の空に沈む。暫くは絶景を御覧在れ。

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正面が大阪梅田北ヤード。再開発の建物が見える。右がツインタワー。上に展望台があるが両側のビルの間は空間。意味が無いのは親父にその感覚が欠けるからかも?
次に上がる事はあるのだろうか? 1人で上がっても何の意味も無い。

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この場所は大阪に来た当時、阪神の路面電車が走っていた。北大阪線。今は無い海老江と大淀の停留所をどれだけ利用しただろう。営業で4年。工場で4年。新工場が入社後8年で天王山の近く水無瀬に完成したので足掛け8年。その後も暫くは廃止されなかった。懐かしい安全地帯だけの停留所も今は無い。

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これが利用していた中津の駅。親父が若い頃と何も変わっていない。変わり用が無いのだろう。ホームの幅がこれだけ。良く事故が起きないと思うが人身事故は無い。
この駅のガード下で営業していた食堂は流石に無くなっていた。お金を貯めて親父さん引退したのだろうか?もう生きていないかも?

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大阪到着です。この坂道を下ると目的地は遠くない。

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お疲れ様でした。3日掛かりで良く歩いて呉れました。貴重な体験は体重が80を切る迄続きます。次は暫く休んで大阪市内を縦断。熊野古道を歩きます。この道は京都から淀川を下り天満橋の近くで船を降り、大阪市内を南に進みます。
今は歩く人も無いが熊野詣での道を語る人も少なくなりました。ご期待下さい。
(親父、四国遍路道はどうなりました?)四国遍路高知の道は足腰を鍛えないと駄目です。1日歩く事5キロ足らずでは話になりません。(どれ位歩けたら行けますか?)

それは人それどれでしょう? 親父の目標は1日10キロ。3時間かけて歩く。それ以上はバスと電車を乗り継いで移動。それだけで充分。後はメタボな体型を改善する事が出来ればオーケーです。その事は言うは易く行うは難し。それも期待出来るかな?

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寒くなりました。今年一番の冷え込みです。国会も株式市場も寒いね。

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昨日歩いた豊中から庄内の道は多くの事を教えて呉れました。実際にアスファルトの道を歩いて見ると足が痛くなる。腰が痛くなる。股関節が痛くなる。しかし、それ以上に大きな発見が有り喜びがありました。昨日お見せした季節の表情は普段は余り見る事は出来ないけれど、そんな生活に鈍感になっている人が殆どです。

親父が昨日、一休みした喫茶店の親父もその代表でした。良くある話。何様と思っているのか知らないけれど、今にも潰れそうなお店で美味い珈琲を出していました。もう一度行きたいけれど2度と行かないだろう。美味い珈琲を出しているのに惜しい。

しかし考えて見ると近くの2軒の喫茶店も、昨年から今年の前半に掛けて足を延ばしたお店も感じは今イチでも、味は悪くはなかった。でもその程度のことでしょう。その程度のお店でも味が良ければ繁盛する。

だから客の思いなどどうでも良い。大阪人の心意気?アホな所です。そんな不愉快なお店に行きたくはないと思われても「結構毛だらけ猫灰だらけ000のお尻も真っ黒け」位にしか思っていないのだろう。

それ以上にお間抜けな国会。今日で閉会。何とか議員の問責決議は良いとしてもその代議士が辞職しない限り、審議に応じないとは国民の代表としての認識は無いのだろうか?疑問ではなくて不信。審議に応じなければ誰が困ると思っているのだろう?

自分達が与党の時に言って「国会議員としての職務」は嘘だったのか?こんな政党に支持をするのは誰だと思っているのだろう?国民も嘗められたものだ。既成政党不信訳の分からない地域政党の躍進と思いきや、大阪維新の会にすり寄っている。

この国だけでなくヨーロッパの一部の国の財政が破綻している。市場から禿鷹の様に食い物にされても改善策が見えて来ない。この国が20年前に経験した金融機関の不良債権問題。あの時はイギリスの経済新聞「エコノミスト」からも散々批判されたが同じ思いを今、ヨーロッパの政治家、知識人、エコノミストが問われている。

ヨーロッパのユーロ通貨信用不安が解消されるには、皮肉にも000の尻は000が拭けだろう。表現の意味はフウテンの寅さんに聞いて貰うしかないが、筋書きの見えない落とし処を楽観的に考えているとチキンレースになる事を思い知るだろう。

そんな事はどうでも良い。親父は今出来る事は歩く事です。池田から大阪への歩き。今日が最終日です。庄内から三国、十三、中津、そして大阪。親父達が若い頃、私鉄の春闘で電車が止まった時、トラックの荷台で会社に行った道です。

あれから半世紀。沿線の風景もすっかり変わりましたが、親父が大阪に戻って来て最初の仕事で配達に行った道。仕事を求めて面接に行ったタクシー会社の風景は何も変わっていない事でしょう。その道を今日歩きます。少し寒そうだけれど天気は快晴です。

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2011年12月 8日 (木)

野党の反対で法案の成立が期待出来ない?誰の為に政治をやっているのだ

2年前の政権交代はこう言う結果になる事をどれだけの人が考えたのだろう?
東北の被災地では今尚、多くの困難の中で元通りの生活を求めて必死の思いをしているのに、この国の政治家は何をしているのだろう?予想された事とは言え総理大臣のリ=ダーシップが余りにお粗末。この人、ドジョウ内閣とかなんだかんだ言いながら一体、何をやろうとしているのだろう?こんなタイプのリーダーが政治の世界だけでなく、行政にも経済界にも組合の中にも余りに多い。

オリンパスの不正経理の問題を調査した第三者委員会は「会社組織が腐れ切り企業としての社会的責任を果たしていない。サラリーマン根性。」と酷使しているが、これはオリンパスだけの問題なのだろうか?円高は許さないとかこれからの日本企業の生き残りは難しいとか、尤もらしい事を言いながらこの様は何とした事だろう?

世界の大きな流れの中でこの間抜けな振る舞いは、この国の未来に失望する大きな警告だとしても、どれだけの人がその事を痛感しているのだろう?東北大震災で家族の絆が再認識されたとしても、そんなお幸せの人がどれだけ居るのだろう?

確かにデパートでお歳暮商戦が盛り上がったとしても、年の瀬を仕事を求めてハローワークに日参している人が居なくなったとでも思っているのだろうか?そうではあるまい。間違いなくあなた方は頼りにされず、自分達の明日は自分達で切り開いて行く人が多くなるに違いない。その時、既成政党が雪崩を起こして崩壊する。その時が次の選挙になる事を自覚しないのだろうか?唖然として言葉を失う。

国会を延長したとしても法案が成立しないと判断し、これからお休みですか?
冗談を言っては困る。それなら国会議員として東北被災地と原発福島で汗をかいて下さい。私達はもう少し賢くならないとアカン。そうでないとこの国の明日は無い。

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豊中から庄内迄

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豊中駅西口のビルを見上げながらこの時は小雨が降っていた。

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親父が何度も通った年金センター。阪急宝塚線豊中駅南の相談員は親切だった。年金機構の悪口は多くの人が語るが、意外に窓口の人は色んな質問に答えて呉れた。しかし、この制度の問題を多くの人が口にするけれど、この制度が無ければ親父達が無職では飯は食えない。問題の本質は国の制度とその出鱈目な運用に違いない。

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一駅目の商店街。このアーケードは親父が若い頃と何も変わっていない。先日テレビでこの商店街の紹介が在ったが、昔からの街が生き残るのは容易ではない。それでも何代も続いているお店も少なく無い。改めてゆっくりと歩いてみたい。

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高架下の立派な歩道。しかし長くは続かない。人が歩く事を街造りに組み込まれていない。この高架下ももう少し有効的に使えないのだろうか?例えば?分からない?

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歩いて来た所。それでもこの立派な歩道もここ迄。この先はこちら。

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2駅目。

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親父が若い時からの建物。レジャーセンターだったかな?一度も来た事は無い。

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この高架もここまで。この先は高架で無くなる。その訳は知らないが間違いなく高架に反対の地主が居たのだろう?それが正解か否かは微妙。良く分からない。しかし、親父的には高架の方が正解だった気がする。線路が交通を遮断するのだから。

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この近くの団地に若い頃、課長の家に来た事がある。用事の内容?主張中の課長の給料を持って行った。あの頃は銀行振込ではなかったから。奥さん、まだ元気だろうか?生きていたとしても東京に転勤して課長も部長止まりだった気がする。

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街道沿いの雰囲気のある喫茶店で休憩。外観とは違ってコーヒーは上等。しかし年配の主人の対応は真に無礼。親父のこの区間が高架になっていない質問に、とぼけた答えしか出来ない。この鉄路そのものに反対もあったと言われて親父から叱られる。
大阪の商いの基本は「べんちゃら」全国共通では「お世辞」客商売の主人が客を不快にさせてもどうする。そんなアホが少なく無い。客商売を忘れている。

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そう思えば長く足を運んだお店で心地好い思いをしていない。近くの喫茶店、駅近くのお店。伊丹のお店。お気に入りのお店が気まずくなるのは本意でなくても、一旦決意したら2度と足を踏み入れる事はない。それ程の店ではない事を知っただけで充分だろう。

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意外な所で意外なお店を発見。ちりめん山椒のお店です。味はどうかな?

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本日の目的地 庄内 大阪に来て始めて住んだ街 久し振りの訪問に親父に名残りの紅葉を見せて呉れた。旧紡績会社の中に出来た新築借り上げの会社の寮。しかし、その面影は全く消えていた。半世紀前の事だから当然だろう。それでもその時に遊びに来た小学校は残っていた。

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次は何時になるか分からないけれど、ここ迄歩けてサンキュウでした。

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庄内西町1丁目4の17 親父が大阪で最初に多くの思いを重ねた場所でした。

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その思い出の駅舎にもエレベーターとエスカレータが設置され、街も様がわりです。この街の想いは短かったけれどあの時の事を考えたら、これからの生き方に勇気が湧いて来る。悲しい時、苦しい時、この街で感じた思いを忘れてはならない。

次はいよいよ三国から十三(じゅうそう)十三大橋を渡ると中津。終点の大阪は近い

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12月8日 開戦の日 と言われてもわからんやろ。

「本日未明、帝国陸海軍は西太平洋上に於いて開戦状態に入れリ」
アメリカ太平洋艦隊が停泊していたハワイ真珠湾(パールハーバー)の奇襲攻撃に成功した大本営(戦前の軍隊参謀本部)は高らかにその戦火をラジオで伝えた。

アメリカの戦意を挫く(くじく)その戦火は華々しく、戦前のマスコミは大本営の発表を最大の情報源にして、そのリスクを問い直す事は無かった。冷静に考えれば当時の日本とアメリカの工業力の差は大きく、戦える相手ではなかった。

その事は当時のアメリカの事情に詳しい海軍参謀は理解出来ても、中国の南京迄侵略をしていた陸軍には理解出来なかったのだろう。理解出来たとしてもアメリカの要求する侵略の撤退などを受け入れる事は出来なかった。それを止める事は天皇でも出来なかったと言われている。(親父はそうは思わないが)

戦いを始める時は策略を用いれば容易でも治める事は国の最大指導者でも出来なかった歴史を今、語れる人は少ない。愚かな戦いの悲劇を体験して惨めな無条件降伏を受け入れたこの国の歴史を知る人も少ない。国の守りを尤もらしく多く語る軍事評論家でもこの国は何故負けたのか?ベトナム戦争でアメリカはベトナムで何故勝てなかったのか?語れる人は少ない。それでもこの国の自衛隊に交戦権は無い。

その事も憲法に明確にされているがその憲法すら戦勝国に押し付けられたと憲法改正を口にする人も少なく無い。憲法の解釈を拡大させて自衛隊を軍隊と変わらぬ兵力を充実させたとしてもこの国の自衛隊にアメリカと戦える戦力は無い。

以前国会で仮想敵国が尤もらしく論議されたが、今日では間違いなく北朝鮮。しかし、国益が異なれば韓国と言えども日本の敵国となる。多くの人は知らないが日本の領土竹島が韓国の実効支配となり韓国軍が常駐している事を知らない。(韓国は竹島は独島と呼び自国の領土と主張している)

日韓友好の名の元に問題は棚上げされている。(国の防衛を口にしても紛争解決は口で言う程簡単ではない。防衛大臣の資質を問うなら竹島の問題を問え。沖縄の問題を口にするなら基地を国外に移せと口にしなさい。)最大野党の自民党の元自衛官の議員にもその決意は無い。その程度です。

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スイス グリンデルワルド駅舎 アイガー北壁 ユングフラウ登山鉄道の始発駅はこの裏手にある。今朝思い掛けなくBS放送で親父が行けなかった景色が見れる。

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左手の山がアイガー北壁 正面がユングフラウ 去年好天の中で見た景色はTVの画像の中でも他を圧倒していた。それでもこの時、この正面の山がユングフラウとは知らなかった。見えないと思っていた。登山鉄道はこの山の直下迄この山塊をS字を描きながらトンネルで登っている。すごいなあ。見直しても感慨が甦る。

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親父は行けなかったこの場所も、今日のテレビで左の岩壁の下迄専門ガイドの案内で降りていた。そこ迄2時間。その先のアレッジ氷河は22キロ続いていると言われていた。大きなクレパスがあり流石にスキーで滑り降りる事は無理だろう。

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今日はこれからお弁当を手にして昨日の続きを歩きます。豊中迄は電車。そこから4つ先の庄内迄。今日は少し雨模様。それでもカッパだけリックに入れて歩けばOKかも

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2011年12月 7日 (水)

歩いて来ました。豊中迄。大阪迄の三分の1?無念。でも無理はスナ。

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阪急宝塚線と平行しては知る176号線はこの鉄路のおよそ100メートル東を走っている。その道は大阪と北摂を結ぶ幹線道路。車の通りも多いのでその道を避けて通る。お陰で車も人も少ない。ブラブラしながら歩いていると一駅先の駅が見えて来る

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しかしここの駅前の喫茶店に久し振りに立ち寄って休憩。チョコレートケーキの名前を教えて貰う。(ザッハトルテ?)知らんなあ。チョコレートパフェと言って笑われる。パフェではない事位親父でも分かりまっせ。

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この街は親父が大阪に来て5年目から少しの間住んでいた。春の選抜開会式の前後から翌年の秋の時迄。この時先輩が借りていた部屋を間借りする。先輩はこの年結婚した。しかし、その先輩も親父が大阪に戻った時、人材派遣の社長だったが近年、亡くなる。思い出の街。大阪に戻って間もなく住んでいた場所を探すが、分からなくなっていた。家主のおばあちゃんが死んで隣に住んでいた身内が取り壊したのだろう。

最寄りの駅から大阪の道は遠かった。それでも昨日同様2時間の歩きが出来た事は、大いなる自信に違いない。昔の旅人は草鞋で軽々と40キロ近くを歩いたと言われるが、それは無理だとしても自分に在ったウオーキングシューズを手にすれば、20キロ歩く事も無理ではないに違いない。次が今回中断した豊中から大阪に来て始めて住んだ庄内迄の4駅です。どれ位の距離があるのかな。今日着けた歩数計は不正確だった。

「会社の中心が腐っていた」そう指摘された情けない会社の社長は「会社の再建にメドが立てば退任する」と言われている。冗談を言っては困る。この社長は問題が発覚した時「不正経理は無い」と明言していた。今日の会見について何とか法律事務所の弁護士は「仏を作り魂を入れれば良い」と笑いながら口にしていたが、いみじくもこの国の法律の甘さ、経営者の責任追求、法律に関わる人の間抜けさが垣間見える。

冗談ではないだろう。不正経理を長年隠蔽して会社に損害を与えなかったにしても、天下の東京株式市場の一部上場会社が不正な経理操作を長年続けて、その信用を失墜させた責任はそんな物ではないだろう。株式の上場廃止が出来なければ今日でも失われている監督官庁(金融庁)東京証券取引所の信頼は地に落ちる。落ちているか?

社会保障と税の一体改革。さっぱりわからん言葉。何でこれから益々増える医療費と介護費を減らす事を考えないのだろうか?それは考えていると言われるが、今の増え続ける医療費と介護費。税金で賄う事はこれから益々難しいだろう?

これからの年寄りは元気に生きる。お医者通いをしない人も間違いなく増える。そんな人達も高い高い保険を払っている。その保険費用をどれだけ大事に使っているだろう?せめて医療費の請求業務の電算課(レセプトの電算化)位出来ない年寄り医師の排除も出来なくて税金を高くするとはどんな神経をしているのだろう?

医師の全て、医師会の全てがそうではない。ほんの一握りのアホの為に医療費の請求業務が改善されない事を医師会はどう説明するのだろう?医師は社会の奉仕者でなく金儲けをしてはいけないとは思わないが、パソコンも使えない医師に医療を任せる程この国の保険者はアホです。(アンタに言われたくない。)しかし、これが現実です

昨日と今日2時間前後歩いた感想は快感です。今日は最寄りの駅に電車で戻りながら座席に座って澄ましている人が気の毒に思いました。親父も電車に乗れば必ず座れる席を確保しますが、急がなくても立てなくなる時は来るでしょう。その日の為に無理する事無く席を人に譲る。そんなスマートな生き方は出来なくなる日は遠くない。

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最寄りの駅に戻り昨日会えなかった人に会う為に緑のセンターに出掛ける前に、空腹感を覚える。考えて見ると朝おにぎり2個、喫茶店でケーキとコーヒーしか飲んでいない。腹ごしらえをしょう。そう思いながら久しく暖簾をくぐっていないラーメン屋の看板が目に入る。キャベツ、塩ラーメン。これに決める。店内は空いていた。ギヨーザが美味そう。安い。220円。追加。味は悪くなかった。ラーメンは匂いがきつい。汁も残さず完食。タケさんと一緒なら叱られる。一杯770円。

勘定の時、ごちそうさまを良いながら敷居の高さを聞いてみる。親父も分からなかったがそれでも食事時はお客が多いとか。味の美味さは認められているのだろう。それでも暇そうに見えるのは外から中の状態が分からないから、入り難いのかも。

余計なお世話でした。今度はチャーハンと餃子2人前にしますかな。金曜日餃子180円です。でも良く考えて見ると別に金曜日でなくても良しか?静岡掛川中華のお店を思い出す。病院の近く。あんかけの肉料理がうまかったなあ。安かったし。

今日ウオキングに出掛ける前に市役所保険年金課から結構な通知を頂く。先日受けた市の健康保険で「メタボ、特定保険指導(動機付け支援)の対象者と判定されたのでお知らせします」要らん世話。しないよりマシだが、掛り付けの先生に相談すれば「特定指導」料金がかかるのでその利用券とか。

ありがとうございますと言いたい処ですが本当にお間抜けです。それよりもエアロビクス教室とか健康相談教室とか出来ません?(やっています。お出掛け下さい。)誰が行くか。メタボ解消位自分で出来る。医療費、介護費、保険料を下げる努力が足りないと苦情を申し入れたが、その対策だろうか?もっときめ細かなお金を掛けない施策は出来ないのだろうか?期待すな。していない。明日は豊中から庄内迄歩きます。

これからサウナに行きます。体重計に乗ります。どれ位減量出来たかな?これくらいの歩き方では足りないかも。(それ以上に食ってるもんなあ)アチャー。

本日の体重は0、4キロしか減っていませんでした。あれだけ歩いてもあれだけ食えばこんなもんでしょう。それでも間違いなく食事制限をせずに歩く事だけで、目的の達成を可能に出来ると信じています。最後に今夜の食事。これを2杯とお気に入りの食パン2枚。これだけ食ったらアカンと思う。でも嘘は付けません。

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意外に美味いと言ったら叱られそうだがこれは宣伝です。「士幌牛」としめじとマイタケ。豆腐とコンニャク。たまごを3つも落として出来上がり。一皿残りは又明日。

明日も天気が良ければ大阪への減量の道第2弾歩けるかな。それではお休みです。

 

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昨夜はなかなか寝付けなかった。朝はさわやかな目覚め それでも背筋が痛い

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今日の天気予報は曇りだったが雨は無い。昨日より少し温度が高いけれど今日は大阪迄歩きます。電車で各停25分。急行で20分。間違いなく途中で電車に乗るに違いないが、どれだけ歩けるか楽しみです。

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親父が若い頃からの温泉宿「不死王閣」しかし今は爺婆の温泉宿 送迎のマイクロが最寄りの駅前のバス停車レーンでお出迎えをしている。マイクロバスの不法駐車をしなくても年寄りが温泉でゆっくり楽しめる環境が作れないのだろうか?

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昔からの狭い道。歩道は無い。軒先近く迄余野街道が迫る。立派な瓦屋根が何とも皮肉です。済んでる人もこの道路を走る大型ダンプの地響きに、すっかり慣れているのだろうか?この道は親父が25前後に通った道。とするとあの頃結婚を考えられていたのだろうか?それはどう考えても無理だったに違いない。しかし、同期の相棒はその後間もなく結婚。その後の交流は無くなるがそれなりに幸せだったのかも。

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ここは道が開けている。ゆったりとした駐車場。同じ思いで休憩が出来そう。クルマで何度も走ったが狭い道の合間に急に道が開けても、ここを目的に来なければなかなか止まる事はできない。来年は紫陽花を見る梅雨の時、コーヒーとスパゲティーでも頂きますか?

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それでは行って来ます。

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久し振りに良く歩く 山裾の緑のセンターにも行って来ました

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久し振りに良く歩きました。と言っても8キロ位だけれど四国遍路道で一番歩いた鶴林寺の時以来かもしれない。歩いて感じる事はまだまだ歩ける。自慢するには烏滸(おこ)がましいが歩いて見ると色んな景色が見えて来る。最後は廻りが暗くなりフラッシュ撮影になっているが、これも又傑作かも。(自分で自慢すな)フン。

夕食の〆に讃岐うどんをドンブリ一杯作ったので減量作戦は今イチかも。それでも間違いなく減量は進む感じがする。日本企業のだらしのない経営者が少なく無い事をこれから思い知る事だろう。今迄さんざん言われた企業の社会的責任とはこの程度の物だったのだろう。その罰も出来なければ再び立ち上がる事は出来ない。

この国にそれだけの決意があるのだろうか?その事は間もなく証明される。この国が戦いに負けて、この国が足腰が立てない様に叩きのめされても、一億総ざんげとか戦争責任も明確に出来ない侭に、世界が目を見張る経済発展を遂げる。

この国の多くの間違いが戦後、親父と同じ時を経過してその見識が問われている。それでもオリンパスの様な不正な財務諸表を公開し続けた責任は、訂正をすれば株式市場からの退場は無いと言われている。そうだとしたらこの恥さらしの代償はこの程度の事で済むの?

今迄マスコミが尤もらしく言葉にしていた企業の社会的責任とは一体何だったのだろう?不正経理が訂正で許されるとしたら他にどれだけの罰があるのだろう?検察のエリートが証拠をごまかし、裁判官が裁判の判断を誤る。この国はその程度の国になっているのだろうか?その事も間もなく白日の元に晒される。

今年ほど政治家と経済界、企業の社会的責任を問われた年は無い。大震災で失われた尊い人命と、堪え難い苦しみの中で懸命に生きようとする残された人の怨念福島では間抜けな多くの人の判断で放射能が巻き散らされ、そしてその企業責任も問われぬままに国の金が注ぎ込まれる。

本当に政治家さんは何をしているのだろう?誰かの資質を問う前に自分達の資質を何故問わないのか?その問題も来年に持ち越される。「絆」冗談を言ったら空海様に笑われるよ。その前に己の生き方を問え。歩き疲れても親父の怒りは収まらない。

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2011年12月 6日 (火)

久安寺が近くなる。そして到着。おばちゃん元気だったけれど...。

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この先で広い歩道は無くなる。谷間の細い道は若い頃、会社の若い仲間と通った道。

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車の中からは見れない景色。あの若い頃車の中で見た道は何故か暗かった。今はどうだろう?この景色は華やいで見えるが実際は盛りの時を過ぎている。最近、象徴と言う言葉が勘違いされているが親父達団塊の世代には、その言葉さえも無いのかもしれない。

核家族化と言われて久しいがこの国の人々の生き方に、この言葉はぴったりかもしれない。この綺麗な風景の中にも立派な老人ホームは在った。政府の肝いりでこの国の「幸福度」を調査する?。空海様が嘲り(あざけり)の表情を浮かべている。

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人が生きる力。人が根ざす力。人が輝く力。その事が今、問われている。どんなに長生きが出来たとしても本当にありがとうと言える人は少ない。今日、足の疲れを感じないでここ迄来れたのは、目に見えない糸に引きずられていたのかもしれない。

何度も何度もクルマで通り抜けた道。あの時、この石垣の紅葉には気付いていない。この道を築いた人。この道を嬉々として歩いた人。そしてその反対の人。その多くの思いを真っ赤に染まった小さな枝葉が見下ろしていた。

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お寺さん到着です。「耕す」その意味です。
種まけど なにもしなけりや 芽も出ない。地道な 努力に 花が咲く。 合掌です

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今年もこの桜木の横で持って来た弁当を広げてゆっくりと食べていました。
お花見の時、母さんが作って暮れたいなり寿司と卵焼きと比べると可哀想ないつもの弁当も、今日は何故が自己主張をしていました。お弁当は幾つになっても美味しいね

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鐘つき堂 勝手に鐘をつけないお寺さんが少なく無いが、ここは作法を守れば誰でもOK。しかも2回。運を呼ぶ鐘。昨年もつきましたが来年はもっと雄々しく行きたい

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鐘付き堂の正確名称です。「開運殿」此れから開運間違い無し?お頼み申します。

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本堂裏の庭園です。

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此れも山茶花。8月に終えた仕事場前の山茶花も元気に咲いているだろうか?
企業の社会的責任が問われて久しいが、その重みを理解していない下っ端も少なく無い。人が仕事をすると言う事に好き嫌いが在るとすれば、どれだけの人がマトモに働けるのだろう?若い管理者にその事を理解させていない会社も此れから天罰を受ける

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空海も上り下りしたのだろうか?人としての生き方を踏み外した生き方が此れから問い直される。自分の思いの侭に生きれる時は今迄も此れからも無い。自分より力のある人にはペコペコ出来てもその反対の事が出来る人は少ない。

経営の中心が腐っていたとか言われても、それが程度の差だとしたら企業の社会的責任は誰がどう取れるのか?その管理監督をする役所がもっとしっかりしなければ駄目だろう。それも出来もしないで尤もらしい言葉を重ねても、そんな会社は天罰を受けるに違いない。

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この国の人達に人としての行いを問い直す機会が失われて久しい。
自分の地位を利用し人を落としてる事のみで己の存在感を示す。そんな事が長く続けられる閉鎖的な企業風土。それを許しているのも仏教界の力の弱さだろう。

空海が問い掛けた真理。ベートーベンが己の不遇を嘆きながら、それでも喜びの歌を叩きつけた怒りの爆発。人はどんなに思いの侭に生きたとしてもいつかは間違いなくその勢いを失う。その時どんな思いの中で閻魔大王の面接を受けるのか、知る術も無い。

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空海様に見送られる。「愚者よ。案ずる事は無い。思いのまま生きよ。」

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帰りはバスで帰る。1時間3本のバスの時間を確認していたのでさほど待たされる事は無かった。2時間掛けてゆっくり歩いて来た道はバスでは10分足らず。来る時に諦めた車内の混雑はなく、反対に空いていた。過疎からの脱皮は簡単ではない。

久安寺拝観料は100円安くなって300円だったが、おばちゃんの股関節は外科手術を必要に成る程悪化していた。左右の足の骨が3センチも長さが違う様になり、人工骨を繋がないとまともに歩けないと。手術は来年1月の某日。成功を祈念していた。

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近くの能勢街道歩いて来ました。2時間?良く歩きました。

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近くの始発バス乗り場に行ってみると学校帰りの学生がパンを食いながら行列している。「たまには歩いて見るか」と思っていたので躊躇無しに歩き出す。バス通りを抜け川沿いの道を歩いていると、右側の山が迫る。一度は歩いてみたいと思っていた能勢街道。バスに乗らないからこそ知る喜び。そう思うと迷う事はない。

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空海が乙国寺(京都府長岡京今里)の荒れ果てた境内で見た柑子(こうじ)の実はもう少し黄金色だったのだろうか?空海はこの荒れ寺でこの実を千個揃えて嵯峨天皇に献上し、黄金が不変である事に掛けて天皇の健康を願ったと司馬遼太郎は書いている。洗練されたお世辞は中国における重要な文化意識とも述べている。

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これも山茶花。これが本当の「さざんか、さざんか、咲いた道」だろう。

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失礼しました。能勢街道ではなくて余野街道でした。お寺さん(久安寺)を目指して歩いています。目的地迄結構歩いた気がするけれど実際は4キロあったのだろうか?
四国の遍路道を歩く事を考えたら、此れくらいではあきまへんえ。

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ここは園芸の街 細河内です。この名前を聞くと生まれ故郷を思い出す。江河内。

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小学校のグラウンド。子供達が居ないのは廃校になったのかな?

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バス通り道に出て来ました。まだまだお寺さんは掛かります。少し用事があるので中断。残りはそれが済んでから公開します。☂には会わずに快い疲れを感じる事が出来ました。


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2011年12月 5日 (月)

今夜のお食事。おかずではおまへんえ。

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何か豚の餌に見えるけれどこれはカメラの所為です。親父のモード設定が悪かったのだろう。しかしこの不味そうに見えるさわら塩焼きのシヨウガ煮込み?久々に美味しい魚を頂きました。出汁は辻スクール監修の関東風おでん。材料の大根、焼き竹輪、コンニャク、ごぼう巻き、さつま揚げ、ゆで卵、結び昆布は先に頂きました。

食い過ぎ?御心配なく。カロリー188。関西風と違うのはお上品さ。出汁は捨てずに鍋のお湯を減らして千切りのショウガ1個と三温糖の角砂糖2個。親父は皮は剥がしたが厚切りの塩焼きは薄味でショウガの味も全く気にならない。美味い。お勧めです。

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飯が輝いている。納豆2パックと卵1個。親父のお気に入りの大分の干し大根のごまつぼ漬。これもお試しあれ。栄養と美味しさが見事にマッチしている。これから寒くなる。寒さにも暑さにも強い親父でもこれからの季節は辛い。それでも今年はこの食べ物が後押ししてくれるに違いない。「体は変えられる」何かそんなキャッチコピー有りましたが、そうではなくて「心掛け次第」かも知れません。

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久し振りにしっかり歩いて来ました。歩くと土踏まずが心地好い。

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山裾の公園迄歩いて来ました。長い長い石の滑り台で娘達の歓声が聞こえていましたが、振り向きもせず反対側の丘を見上げていました。散策の道のこの反対側は通るけれど、こっちに廻り込んだのは夕日の日差しに誘われたのかも。綺麗な娘の様なモミジでした。色んな娘がいるけれど華やぎの時は短い。もうすぐ、又、来年です。

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これは大人の魅力か?最近はっとする人も少ないが(それはお互い様)モミジの葉っぱも枯れ始めている。早く近くのお寺さんに行かないと見頃の時を過ぎるかも。それでも近くでこれだけの景色が見れれば満足です。錦秋の京都曼殊院の紅葉は今年は見れないかもしれない。手に手を取って紅葉の盛りの時を眼にするのは終わりかもしれない。(何の何のまだまだ。無理です。)

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春夏秋冬。泉谷しげるの歌を始めて耳にして、今に見てろと思った時はもうすぐ20年前の事となる。あれからどれだけの美しい紅葉を眺めながら行く秋を惜しんだのだろう?本当に美しい景色を眺めながら愛する人の横顔を眺めていた事は在ったのだろか?

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目的の公園で名前を聞いた花に「花札」が下げられていた。この花木が「山茶花」と教えられて即座に否定した親父に間違いの無い証明だろうか?その事を確認出来る担当の彼女は今日は不在だった。又、何時の日か会えたら聞いてみますか?でもこの花本当に山茶花なのだろうか?先生に確認すると言っていたから間違いないか?

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明日の天気予報は天気は崩れる。昼から近くのお寺さんに行ってみますか?去年行って感激した紅葉の時は終わっているかもしれないが、それも有りかもしれない。これから寒くなる。この街の商店街を歩いていても「ジングルベル」の音が聞こえるが新年を元気に迎える為にも足腰を達者にして歩かなければならない。

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人を裁く前に自分を裁け 自分で裁けなければ閻魔大王が裁く

お間抜けな政治家が貴重な時間とお金を使って何をしているのかと思いきや、防衛大臣の罷免を要求している。沖縄の複雑な思いを汲み取れないのはあなた方も同じだろう?総理大臣に罷免を要求するのなら沖縄の基地、この国の防衛をどうするのかあなた方は指し示せるのだろうか?

形だけの沖縄本土復帰が実現してどれだけの歳月が流れているのだろう?沖縄の複雑な基地問題が解決されないのはあなた方に責任が、何にも無いのだろうか?声高に一大臣の不認識を追求すれば沖縄の基地移転を本当に成せるのか?そんな事も出来ずに何様だと思っているのだろう?怒りの思いを越えて滑稽です。

あなた方も交代で沖縄の住民と共に嘉手納の基地周辺で生活して、もっと違う政治家に成りなはれ。公共放送も民間のお間抜け放送局も沖縄の実態を何も伝えないで、もっともらしいコメントはスナ。全く見苦しい事を当事者が認識していない。(親父の馬鹿、血相を変えて怒っている。)

この大臣を罷免すれば次は誰。そんな事は国民は何も期待していない。あなた達に言われる迄もなく現政権は次の選挙で大敗する。その時の受け皿に今の野党は成れるのか?そんな思惑で大事な時間と税金を使うな。

人の揚げ足ばかり口にしても2年前、民主党が政権交代を実現したドジョウはいない。これから野党も存在感が問われる。その認識が我々国民にも欠けているに違いない。大阪の地域政党に完敗した自民、民主、共産とその戦いに参加出来なかった公明、社民、その他の既成政党にその覚悟が無い。アメリカは親しみの感じられる国と本当に思うなら沖縄の問題を正面から取り上げて議論して下さい。

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昨日見上げた桜の葉っぱも残り少なくなり、六甲おろしの強風に完全に吹き飛ばされる。政府のお間抜けは国民の「幸福度調査」なる物を計画していると言われる。
(オイオイ、国民が求めている物はそんなもんと違うだろう)いくらブータン国民が世界一幸せな国と言われても、それは価値観の違いだろう。

そんな調査を政府がお金を掛けて何でやらなければならないの?そんな金がないから税金を上げるのと違うの?(違います。公務員の財源、無駄な公共工事、無駄な政策のお金です。)こんな政府が長く続く訳が無い。

さすがのロシアでもプーチン首相の人気に陰りが出ている。日本の共産党もリーダーの任期は死ぬ迄か?奢れるもの久しからず。親父如きの権力者?でも「月明かりの時ばかりではない。闇夜の時を忘れるな」と言われたよな。(薄ら笑い)

これから洗濯物を干して少しお勉強です。それからお散歩です。今日はいつもの城跡公園コースに足を延ばして、五月山ひょうたん島コース(一番歩き易い遊歩道)の展望台迄歩いて来ます。明日から寒くなりますが不規則な生活を改め頑張ります。

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感動のさざんか(山茶花)に教えられた事。

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これだけ大きい山茶花と花を見ると山茶花のイメージが変わる。
「サザンカ、サザンカ、咲いた道。たき火だ、焚火だ、落ち葉焚き。」
「あたろうか、あたろうよ。北風ピープー吹いている。」そんな昔の歌も知らない人が多いが、この大きな幹と散策の道を見ているとそんな気がして来る。

今年も後僅かだだけれど楽しい事、嬉しい事、面白くない事、悔しい事も少なく無かったが、年の暮れにこれだけの思いをさせてくれる感動に感謝しなければ成らないのかもしれない。今年も元気に年を越せたとしてもその保証は長くない事を、教えて呉れているにかもしれない。当たり前に過ごして来た日々がそうではない事を、病室で思い知る前に体重を落とせと言われている。

これ程の山茶花もぽっかり穴をあけているのは、フラッシュだけの所為ではないに違いない。今年何度も聞いたズービンメーター指揮東日本大震災鎮魂の第九も、本当は私達の今迄の生き方の問い掛けに違いない。人は本当に優しくそして薄情です。

その事に気付けば今の生き方が必ず変わるに違いありません。今夜銭湯で体重計に乗ったら90、55キロでした。自分ではこれ程に無様では無いと思っても体型は嘘をつかない。姿見の鏡に映る体型に昔の面影は無くなりました。その事を心に刻めばこれからの減量作戦は上手く行くに違いありません。

人のことをとやかく言う前に自分が変わる。自分が変われば国や社会地域はどうでも良いのかもしれない。最近、忘れ物も少なく無い。忘れ物を確認する方法は整理整頓。大事な財布をいつも確認している様に、置き場を決めれば忘れ物は無くなる。廻りは変わら無くても自分が変わればそれが生きる証です。

それが口先だけに終わらずに心掛けて生きて行く事が、来る年の課題です。1人になって年賀状もめっきり減りましたが、はっきり言って年頭の挨拶よりも無事に年を越せる喜びを噛みしめられられたら、それが何よりの供養に違いありません。

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2011年12月 4日 (日)

今夜のおかず 親父風すき焼きです 最近高い肉食っていないなあ 

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北海道の肉と埼玉の長ネギ、豆腐とコンニャクは合わせても200円だけれど、これだけ食ってお代わりしたら完全に食い過ぎ。もう一皿在ってそれも行けそうな感じだったけれど、さすがにそれはラップに包んで明日に残す。

今日はサウナに行って汗をかかなければ成らない。これから寒くなると発汗作用が活発で無くなる。人間の一番大切な事は新陳代謝だと思うが、最近はその事を勘違いしてアンチエージングとか言われる。どんなに老化を防ぐサプリが出来たとしても、年を重ねる事は若さと反比例する事をどれだけの人が認識しているだろうか?

男が最近化粧をするのも珍しくないが、女性の素顔は別人とも言われる。最近の化け物は電車の中で化粧を平気にするけれど、どんな男が相手をしているのだろう?(余計なお世話です。)そうではなくて素肌で生きて行く健康法。それは汗をかく事です。(アホか?信じられない。)これはショウガを食えばその通りだと合点が行くでしょう。

最近肩幅は広くて厳つい親父も例外ではない。鋭い目付きとテンションの高い声が凹み、それに反比例して贅肉とお腹の脂肪が溜まっている。最近は無様な姿を半年でこれだけ痩せられたと宣伝する通販サプリと健康器具も少なく無いが、一番肝心な事は食事の量とカロリー消費、運動量である事は自明の論理である。

(その事が分かっていたら実行しなさい。)と思うでしょう。ところがどっこい。そない甘いもんやおまへん。さすがの親父も禁煙してもうすぐ十年。ストレスを貯めない様になって同じ位の年月は重ねているけれど、食事の量だけは減っていない。

食事の量を減せば間違いなくスリムになる。ただしその減らし方が問題だろう。親父は長い間、腹一杯の食事が何よりの喜びだった。その考えを変えて節食、腹八分で凌ぐ事が出来れば間違いなく90キロの体重は80に下げる事は出来る。

80に下がれば70。70に成れば68。68は親父の若い頃の体重です。今、そのメタボなお腹にレッドカードを突きつけられている。高血圧、高脂肪 高タンパク、糖尿病。これから予想される老人病を予防する方法は唯一つ。親父の場合は減量です。

これからその事に挑戦します。親父は自分で言うのも何ですが決意したら、後ろ向きには成らない。1人になって多くの出会いも有りました。殆ど別れでした。その原因を考えた事も有りませんでしたが良く考えて見ると、一度決めたらその考えを変えない。親父のけじめかもしれない。浅はかな考え。単細胞。非情。思い上がり。自己中心。そのマイナス面をプラスに替える。それが今問われている。ご期待あれ。

誰も期待していません。自分の体は自分でコントロール出来る最後のチャンスでしょう。

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今日は歩いて来ましたよ。儲からなかったけれど今夜はすき焼きです。

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近くの豪邸。でも主は見ない。住民は居るのだろうが往時の勢いは無い。
庭の松はそんな人の世の思惑を越えて今年も枯れる事無く、赤いモミジと対比している。この画像ではその勢いがよく見えないが目線を買えると、その鮮やかさは一層引き立っている。

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これも山茶花?上に伸びると生け垣の感じは又違う。でも花は同じ。市の公園で見たあの花は本当に山茶花だったのだろうか?明日は午後出掛けて教えて貰えるかな?
親父お気に入りの紅葉の穴場もそろそろ見頃かもしれない。乞うご期待です。
オー今週末の天気予報は寒くなる。パンツ一丁の生活は何時迄出来るかな?

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山茶花の花が満開です。これ程の大きな花はこれ迄の仕事場横の生け垣でも見れませんでした。最近ワンパターンの生活をして落ち込んでいた親父の気持を和ませて呉れる。暫くはこんな日々が続くのだろうが退屈は無い。

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何処か東南アジアの公園で見ている様だけれど。この景色は紅葉の時を錯覚させる。
これから寒くなると言うのにそんな事を全く感じさせない。去年は全く感じなかった年の暮れ。それだけ仕事をしていないと感動も違うのかもしれない。

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このインチキ調査 アメリカに親しみを感じる人は82%?

外務省はどんな調査をどれだけお金を掛けてどんな質問をしたのか知らないけれど、
沖縄の基地の現状を説明してそれでもアメリカに親しみを感じる人が、これだけ居るのだろうか?それ以前に外務省がこんないい加減な調査をして、尤もらしく皆様のなんとかと言われる公共放送が放送する意味をどう理解すれば良いのだろうか?

この国はいつの間にかこんな情報操作が行われている。何処かの民放が原子力発電の是非を調査した一企業の広告を拒否したと言われる。「報道ステーション」とか尤もらしい報道番組を抱えながら原発の是非をアンケート調査した会社を排除する?
この企業体質は「フジ、産経」と報道スタイルがどう違うのだろう?

そんなテレビが見向きもされない時は近いと思いきや、意外にそうではないのかもしれない。そうだとしたら親父のボヤキとは裏腹にこの国は意外にハッピーなのかもしれない。しかし、これから問われる事はそない甘いもんやおまへんえ。

今日は面白い話を色々聞かせて頂いてありがとうございました。親父は遊んでいますがお仕事頑張って下さい。親父も負けない様にこの年になってもお勉強をしています。本を読むだけでは賢くなれませんが良いんです。親父はこれ以上賢くなる必要はありません。(オイオイ)

時代の流れに負けない様に、空海が時代の先駆けと成った様に(これは無理だな)自己満足の境地を開きます。どんなにコケにされてもその屈辱に負けないで跨いで行きましょう。(跨ぐ?訳、分からん)そう。これからが勝負です。大した生き方は出来る筈も無いと笑われない為に。自分の思いの侭に生きた者の勝ちです。

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2011年12月 3日 (土)

久々の登場 (やめときなはれ)今夜のおかず 

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今夜のおかずは猫の餌?(こらこら)親父の夕食です。食い過ぎ。
上はかつおの炭火焼スライス 油を引いた温めたフライパンで軽く炒めれば味は絶品
魚の生臭さが気になるお方はお試しあれ。これで298円とは信じられない味です。

下はキャベツと豚のコマギレは安いコマギレ肉が不味い。キャベツだけでは折角のうまい味が盛り上がらないので。少し高いが498円ワンパックのお気に入りの焼豚が最高です。タケダハム?正確でないけどスーパーで探して下さい。でも量はお二人迄かも。

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天気予報は外れたけれど夕方は天気が悪く散歩に行かず。(それは言い訳で寝ていた)アカンなあ。親父。そんな生活をしていたら。すみません。反省です。

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これは何処かな?そんな事を考えながら歩いていると1人で歩く事も悪くはない。

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ここは分かりますよ。誰もが年取ればお世話になる介護センター前。我が儘で暴れ者の誰かは無理だな。それではピンコロと行きますか?それは誰もが望むけれどそうは行かぬ○○玉です。ハナミズキの葉っぱも寂しくなりました。今度見る時はもっと淋しくなっている。親父もだらしのない生活をしているとお呼びが掛かるよ。

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今は昔の栄華が全く窺い知れない有岡の城址。この城を発掘した伊丹市役所の教育委員会に城のいわれを聞いた時、分からないと言われた。そうだよな。そんな事を聞いて来る人はおやじ位かもしれない。伊丹市は今でも交通の要衝だが戦国の時代は今の比ではなかったと言われる。その街道を南に見て、この城が織田信長に攻め落とされる迄は類い稀な守りを施されていたと言われる。今は当時をしのぶ物は何も無い。

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それぞれの同じ景色の中にこれだけの表情がある。今年ももうすぐ終わるけれど一番の淋しさはこの城が見れなくなった事。仕事をしていたウイークエンド、毎週勝っちゃん食堂で焼き肉定食を食ってお茶して帰るのが楽しみだった。

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西君のカレーの味は文句無し デカイトンカツもニンマリです。でも高知窪川のポークには勝てない。窪川のポークは地元でないと食えないのかもしれない。(そんな事は無い?)来年窪川岩本寺を訪ねた時に食えるかな?それはあなたの行い次第です。

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天気予報は見事に外れる。夕方散歩に行けるかな?

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城跡公園の「サンシュウユ」宮崎民謡五木の子守唄で歌われて来た「庭のサンシュウ」とはチョと違うと言われているが、親父的にはサンシュウの樹になる鈴はこの赤い実で丁度良い。人生の赤い実もそうであったら嬉しいけれど、そない甘いものやおまへんかも。

人生イケイケどんの時も嬉しいけれど、さり気なく感じる秋の喜びも良い。もうすぐ木枯らしの時がやって来るが泣き虫小僧の貫太郎、待ってるぜ。親父はアホだから風邪は大丈夫? ショウガが体に良いよ。アキレス腱の上に疲れを感じる時歩くと本当に気持が良い。

民主党の前原が防衛大臣の勉強不足を批判?アンタにそんな事が言えるのかい。
アンタに言われなくてもこれだけ批判されたら腹をくくるしか無い。しかし、その事は民主党の分裂を意味する事をこのオバカは知らないのだろう?政権与党の官僚言いなりの政策は間違いなく支持されない。その危機感をこのおっさんは知らない。

思い掛けなく眺めていたテレビの画面で「特攻隊出撃」直前の写真を見る。ハラハラと流れ落ちる涙も無くただ静止していた。この若い青年達が20そこそこの命を国の為に捧げた悲惨な歴史は過去の話と成り、その歴史を知る人は少ない。

この国の間抜けな軍人参謀の精神論でどれだけの尊い命を失った事だろう?それだけでなく無条件降伏のタイミングさえ失い、職業軍人だけでなく民間人迄巻き込んで300万余の命を失う。家、家族、財産、人生を失った人は計り知れないだろう?

この国はその後、戦争で悲惨な体験を出来なくなったが、アメリカはその後、どれだけの尊い軍人を無くした事だろう?それだけでなく世界の紛争に関わり出口の見えない戦いに加担している。アメリカの軍事戦略の光と影。ベトナム戦争の悲惨さを今の若物と経済界のおっさんはどれだけ知っているのだろう?戦争とはその程度の物だろう?今日のベトナムの光をベトナム戦争の戦死者にどう説明するのだろう?

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ホントの事はこの国の自立 アメリカさんの属国ではない

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市役所前の銀杏の葉っぱも薄くなっている。全ての葉っぱが落ちるには六甲おろしが強くならないと行けないが、今年は何故か力強さに欠ける。先週の木曜日静岡磐田で吹き荒れたあの強風は、関西ではまだ先の事かもしれない。

産経グループと言われても知らない人が多いが、この新聞、テレビマスコミの力が大きい事を今更の様に思い知る。読売の全国紙No.ワンも知らない人は少なく無いが、フジテレビの報道は完全に他を圧倒する。ベトナム戦争の時、報道のなんとかと言われた放送局は見る影も無い。

そんな事はどうでも良いが良くない事がある。沖縄の問題。
沖縄の基地は戦後半世紀が過ぎても固定化されている。基地の無い街に住んでいると殆ど分からない騒音と生命の危険。日米安保、日米軍事同盟の名の元に沖縄の基地が正当化されている。

しかし、沖縄から基地を海外に移して沖縄の人達は本当に可とするのだろうか?沖縄の基地の県外移転を公約にした民主党の選挙公約が実現出来なかった時、沖縄の人達はどうしてそれを可としたのだろう?(それは鳩山総理が嘘をついたから?)

本当に沖縄の基地を無くす事が県民の総意であるならば、今度こそ、その意思を明確にしなければ成らない。共産党に振り回されない県民の意思。それが明確になれば基地反対が口先だけには終わらないだろう?

誰かがなんとかと言ったとか言わないとか元自衛隊自民党議員から言われる筋合いは無い。あなた達は本当に沖縄に基地が要らないとは考えてはいないだろう。誰が基地が無ければ国が守れないと考えているのだろう?フジテレビも本当にそうだとは考えていないだろう?ええ加減にしなはれ。マスコミがもっとらしい嘘をついては成らない。

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2011年12月 2日 (金)

晩秋雑感 歩く事は何よりの快感です 歩く事は何よりの健康です

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公園の花壇 落ち葉の中に季節外れの花が見える。これから寒くなる。寒くなっても枯れる事無く咲き続ける事が出来るのだろうか?それは無理です。今年はこれ迄比較的暖かく風も今イチだったけれど、これからはそうは行かないかもしれない。

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山茶花の生け垣の上に銀杏の葉っぱが落ちている。一気に師走モードかと思いきや日曜日は暖かそう。寒暖の差は大きいけれど寒さに負けない体力は、人事では無い。そんな事を考えながら歩いて来ました。出掛けた時間が遅く綺麗な写真が撮れなかったのは残念だったが、フラッシュ撮影も御覧在れ。

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どうだんつつじ つつじは親父がブログを始めた五月の時だけれど。紅葉の時も悪くない。そろそろ冬支度かな?

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これも山茶花?あれも山茶花?彼女に教えて貰ったあの大きな気も本当に山茶花だったのかな?大学の先生に確認してくれたかな?大学の先生も色々だからな。

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後ろはイロハもみじ。今度明るい時に撮りますね。月曜日迄持つかな?

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これは来週迄持ってくれるな。こんな近場でこれだけのモミジが見れたら言う事ありません。来週の月曜日行きますから待ってて下さい。

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青い松 青い空 親父の目線は何処に行っていたと思います 知らん

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お勉強終わり 難しい経済用語が分からない。著者は丁寧に用語の解説をしているが「だからどうなの?」と皮肉な親父の問い掛けに答えてくれない。前書きに書かれたオーケストラの様に一つのメッセージを繰り返し伝えるのではなくて、わかり易い言葉と事例で解説しないと読み解くのに辛い。それだけ親父もアホになったのだろう。人の事を「アホだ」と連呼している人がもっとアホだとは言い得て妙。失礼致しました。高知城、高い石垣の上の松が「おぬしもアホやのう」と笑っている。

それでも高知の城もすっかり地方の城となりました。「お主も偉そうには言えないだろう」罰当たりの親父もこれから歩かなければならない31番札所から33番札所、そして高知湾(とは言わないけれど名前を思い出せない)の渡し。その先の長い道程の事を忘れている。(今年は無理だけれどこんな罰当たりの生き方をしていると空海様に見放されるかもしれない)。南無大師遍昭金剛。お頼み申します。アカン。

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江戸時代の日時計。ホンマかいな。ホンマです。装置は簡単だけど時を刻むその感覚は現在人とは全く違う。スマートホンを指でどんなになで回しても、自分に本当な情報は「1日にして成らず」とどれだけの人が理解しているのだろう?かく言う私も同じでした。但しスマホは要りません。アホやノー。イヤイヤそれ程でも。通信料が高くてそれだけの価値を感じないからです。

(処で経済のお勉強どうでした?) 最初に言ったでしょう。(やっぱり)?
但し親父的には世界の潮流がインフレに向うとは感じないけれど。(アホやのう)
経済用語のデフレ、インフレの判断基準は難しいけれど、物価が下がればデフレ、上がればインフレ。この仕分けも過去の経済理論と思うけれど?違うかな?

この国は間違いなく暫くは(ひょっとするとずーと)デフレです。物の値段が異常に安い。(勿論例外は在るけれど)。その例外が消費のお金を減らしているのでしょう。どんなに日銀がお金を市中にばらまいてもそれを手に出来るのは銀行と一部の金融資本。そしてお金持ち。

そのお金が雇用を創出し安定、活性化に繋がらなければ、庶民の財布は膨らまないでしょう。多くの人がいつも日々の生活の追われていて、如何してインフレに成るのでしょう。それは不況下のインフレ(スタグフレ−ション)。それなら在りかも。最悪だけどね。その準備はしなければ行けないかもしれない。どんな?内緒です。
考えて見て下さい。来年はそんな年にならない様にお頼み申します。

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国を治める事 雑感 これから経済のお勉強です

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高知城天守閣 立派なお城 しかもこの城は落城していない 徳川の世は無論、明治維新、アメリカの空襲も受けていない。しかし、この偉容は築城当時の侭かは確認していない。親父が見学した時の感じはそのままだった気もするが、ボランティアの人の説明を良く聞いていないので断定は出来ない。

大阪城はこの比ではなく天下のお城だったが、家康の知略に難なく攻め落とされる。先日終了の大河ドラマを一度も見る事は無かったが、どんなに難攻不落と言われる城でも策略を持ってすれば安泰はない。その事は歴史が証明している。

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城の守りは石垣だけでは無い。言う迄もなく人の頭数でもない。争いの無い平和な時を親父世代は送り、今生きている多くの人は悲惨な戦いを知らないが、これから放送される「坂の上の雲」あの戦いの悲惨さをテレビはどう伝えるのだろうか?

「愛国心」「国を守る」その事が当たり前の様に言われたこの国で、そんな歴史も語れない多くの人が居る事は何たる恥辱だろう?アメリカがテロとの戦いをどんなに国是として、テレビゲームの様に人殺しをしても、それが許されると誰が決めたのだろう?

そのアメリカに「ノー」と言えない日本。この国がアメリカに非道なじゅうたん爆撃を受けている。アメリカは日本の同盟国?何時迄そんな馬鹿げた事を言っているのだろう?為政者はその罰を必ず受けなければならない。

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この天高く積み上げられた石垣。よく見ると大阪城の様に立派な石垣ではない。そして大阪城の様に高くもない。堀も殆ど無い。それで充分だったのだろう。秀吉の様に間抜けでなかったならば、これくらいの城で充分だったのだろう。

秀吉の間抜けさを語る人は少ないが天下人となってからの秀吉は、そのアホさを自ら証明している。朝鮮侵略そして失敗。自分を支えた弟と家族の皆殺し。武力も知力の無い石田光成の登用。秀吉は所詮水飲み百姓の小倅だったのだろう。トップに上り詰めなくてもそんなアホは少なく無い。

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この地を平和に治めた山内一豊とその子孫は明治の維新をどんな思いで迎えたのだろう?皮肉にも明治の維新は革命ではない。ヨーロッパにも多くの革命が在るが所詮、為政者が変わっただけ。そう考えて見るとこの国の政権交代がひどすぎるのも理解出来る。間違いなく次の選挙は戦えない。今、政治に関心の無い若者達の出番です。

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2011年12月 1日 (木)

人の上に立つ人は人並みの生活をしなければならない。その事が分からなければその先に進めない。

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静岡井川ダム湖から大井川鉄道井川線井川駅の手前の秋。これは先月下旬の風景。
これからは風が強くなり一気に冬が近づく。その前の穏やかな一時。紅葉もまだ早い。この流れ落ちる水は用水路。水量が多くて小さな滝に見える。

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石垣の上が駅。これ迄来たのは5回足らずだが次は在るのだろうか?
5回に足りる時は元気で歩けるだろうか?まだまだこれから始まる覚醒の時を突き進まなければならない。日本各地のまだ知らぬ風景は少なく無い。どんなに尤もらしい事を語っても、知らない事はその幻を私達に見せつけているに違いない。

先日、公表された政治資金報告者。どれだけ正確かは別にしてその正確性を裁判に問われている。しかもテレビも政界も何とかの一つ覚えの様に「政治と金」の問題を口にする。政治献金を企業として自粛した電力会社は「個人献金」と名前を変えて献金を続けている。

空いた口が塞がらないのはその献金を受けた政党が、献金は政策に何の関係も無いと公言している。何たるセコイ言い訳か?その献金がどんな思いで集められているか知らないのだろうか?政治家の表と裏を見た不信の思いは地域政党に叩き潰されなければ分からないのだろうか?そのインチキ政治も化けの皮が引き剥がされる? 何がスッピンに自信が持てる?ええ加減にしなはれ。(親父、言葉が繋がらない。)

先日探し求めた「世界インフレ襲来」熊谷亮丸(みつまる)著 
一章から九章迄のタイトルを書き並べてみる。
「インフレに向う世界の潮」
「原油高騰の衝撃」
「円高の防波堤は在るか?」
「米国は長期構造不況ではない」
「中国経済の光と影」
「東日本大震災後の日本経済」
「日本経済再生には何が必要か」
「日本国債暴落は避けられるのか」
「世界インフレ下での資産防衛戦略」
余り面白そうでは無いが著者の「政府、日銀が適切な政策対応を行い、国民一人一人が問題意識を持って自分の出来る事に着実に取り組んでいけば、日本は確実に復活する」と言われる論拠を読み解いてみたい。

親父的には最初から無い物ねだりの感が強い。まず政府、日銀の政策対応の間違いをどう捉えているのだろうか?今一番大切な事は財政の不足(赤字)を一気に減らす事は出来ないのだから、その具体的長期財政健全化計画を明示すべきだろう?

その為の増税も有りだとしても税金の無駄が無いと言うとぼけた役人の考えを叩き潰して税収の増加を計らなければならない。税金を払わない会社。その査察を徹底して行わなければならない。その基本をどれだけ追求しているのだろうか?

余り期待出来ないが新鋭のこの国を代表する代表するエコノミストの意見は拝聴したい。ただ東大の先生と同様先見の明に欠ける事は経歴が証明している?御免なさい。
政府の専門委員の経歴は間違いなくマイナスに違いない。

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車は世界を変えられる?都会は車が買えなくなっている。

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車が大きな買い物になっていた時が過去の話になり、都会では車無しでも何の不自由も無い。車が無くて不自由なのは地方。先月末行った静岡浜松。10月は高知、8月は徳島でもその事を痛感した。その事と関係者の期待間に大きな隔離がある。

それはそれで仕方が無い事だけれど、都市部の若者と働き盛りの世代に車を買えない経済的理由がある事を、どれだけ認識しているのだろうか?それとも車を親父達が若かった時と同じ様に、まだまだ買えると思っているのだろうか?

都市部では高齢者のお金持ちか若者の勝ち組しか車は買えない。NHKの番組にダウンタウンが出て夜の家族が見る番組が低俗、オチャラケになっても、車や者の消費動向に大きな変化は無い事を経済アナリスト達は分析しなければならない。

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京都東寺の五重塔。秋の特別公開は終わるがこのお寺は京都の都の平安救国を祈願して建てられたが、その願いが叶えられる事は無かった。この搭は江戸時代徳川家光が寄進したもの。京の都の美しさを口にする人は多いが、この街が何度も争乱の都となり餓鬼、畜生が溢れ人々が飢えに苦しんだ歴史を知る人は少ない。

これからこの国も裕福と貧困の格差が広がり、間違いなく失業者が多くなる。最近、貧困ビジネスなる情けない言葉を耳にした事はないだろうか?多くの大阪人が知らない釜ヶ崎の現実。大阪市の生活保護世帯が増えていると言われても、為す術がない事をどれだけの人が認識しているのだろうか?

大阪はその意味では香港の様な街になるのだろう?これは大阪だけの話ではない。それだからこそ選挙の投票率が60%を越え、既成政党が惨敗していると考えなくてはならない。来年に持ち越された政治的、経済的課題は少なくないがそれでも政治と金の問題は一部の問題で、私達はクリーンとでも言えるのだろうか?

その面も長くは持たない?(親父が過激な発言しても何も変わらない?)見ていなはれ。何時迄も何処迄もインチキは続けられない。幾らアホでもそれ位は分かる。分からん?難しくはないヨーロッパの金融危機が続いても株価は上がる?その訳がやっと分かって来ました。

金融当局(日本の場合は日銀と財務省)がどんなにお金を銀行にばらまいても、そのお金が天から降っているのではない。全て国民のお金です。
これから暫くするとデフレからインフレに変わるのでしょう。デフレとかインフレとか言われても分からない国民を見ながら彼等(金融当局)はどう誤摩化すのでしょう?国の財政です。お金が足りなくなったた税金を上げる。ホンマに出来るの?

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夕方少し経済の勉強をしました。この国の大きな経済成長が止まって20年。その閉塞感の中で政権交代が実現したのが2年前。多くの人が圧倒的な意思で政権の交代を求めた想いは見事に中央官僚のトップと組織に打ち払われてしまいました。

国が変わらなければならない時に自分達の立場と間違った政策指針を変える事なく、選挙で選ばれた選挙民の意思を無視した代償はこれから問われます。来年の事を語ると鬼に笑われると言われますが、その前兆はそこかしこに見られます。その事に気付かなければ何時までも問題は先延ばしです。

沖縄の辺野古沖の海の埋めたて。沖縄県民の理解を求める。理解ではない。駄目だと言っている事をこれ迄と同じ事を幾ら行っても出来る訳がない。どうしても反対なら強行する。そんな時代は終わりました。変な言葉尻を報道させて担当者をいくら替えても駄目でしょう。

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師走になりました。年の暮れです。年の瀬位賢くなりたい。

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ようやく寒くなる。それでも一雨の後は又、暖かいとか。どないなっているのかと思ってもそれはアンタも同じでしょうと木枯らし紋次郎に笑われている。

そう今日の経済ニュースを聞きながら「アホか」と思っている。アンタがアホだろうと言われるだろうが尤もらしい顔をしながら公務員の宿舎の25%削減?担当大臣はこれだけの事をやっていると尤もらしい顔をしているけれど、何様のつもりだろう?

その大臣が各国の金融緩和についてもコメントしているが、この大臣と役人に今日の危機的(国際金融)状況の認識はこの程度かと思うと愕然とする。今、ヨーロッパで起きている問題、アメリカの経済問題はこのおっさんが認識している程、甘くない。

ヨーロッパの通貨危機は何も解決していない。この国お得意の問題の先延ばしをしているだけでフランスやロンドンの町が汚くなっている事すら知らないのだろう。町が汚いと言う事はゴミ清掃が出来ていない。その事は自分の周りを見れば分かるだろう?それとも自分達は税金を食い者にしながら立派な宿舎で生きているから、分からないのだろうか?年末助け合い?海外助け合い?あほんだら。自分の行く末を考えなはれ。

そんな事をぼやきながらテレビを見ていると和歌山高野山。踊るイケメン。モダンな宿坊。音声を消しているからアナウンサーとコメンテーターの言葉は分からないが、
この罰当たり観光案内をしている。食堂で精進料理いい加減にしなはれ。女性に嬉しい精進料理。こんな豪華な者を食いながら「こうやくん」がご案内。言葉が無い。

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京都駅前の高雄神護寺前通過のバス停。京都駅前のバス乗り場は京都バスが中心ですがこのバス停はJR。京都駅北口を出てすぐにある。しかし、始めての人には分かり難い。京都観光案内所も分かり難い。通りすがりの人に聞いても観光客が多い。京都は国内は勿論海外からの観光客も多い。何でもっと親切で細やかな案内が出来ないのだろう?これがお役人には分からない実態です。(日本はそれでも親切な人が多いけれど)この看板ホンマに高雄に行きまんのか?大丈夫。お任せあれ。

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弘法大師霊場 空海が生きていた頃は弘法大師とは呼ばれていなかった。空海は遣唐使に志願して唐に渡り自分の信じる真言密教の教えを持ち帰る。それでも遣唐使の任期は20年。それを2年で目的を達したと言われている。当然2年で帰れば罰を受ける。日本に帰国後九州太宰府で沙汰を待つ。この寺に招かれた時は当然ながら権力者の思惑が重なる。空海はこの寺で真言密教の経典を集大成したと言われている。

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これは先月中旬の景色。さすがに紅葉のピークは過ぎてこれからは寒くなる。それでも静かに境内を散策するにはこれから来年の2月頃が最高に違いない。疎らな観光客を気にせずに玉砂利を踏み締めて歩く喜びは、寒さも気にならないに違いない。

 

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