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2011年10月11日 (火)

秋の深まりとこの国の経済?難しいかな?

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クロガネモチの実が真っ赤に色づいて秋が一段と深まる。この樹は関西以西でよく見られると言われるが、寒さに弱いんだろうか?この樹を見ながら考える事はお金持の事。クロガネとお金が何処でどう結びつくのかと苦笑しながら考えて見ると、万葉集の山上憶良(やまのえのおくら)の歌を思い起す。この歌は最近の万葉集研究で教えているのだろうか?(勿論)。しかし、世の中が貧困になるとそんな事は知らん人も少なく無い。
「銀(しろかね)も金(こがね)も玉(まがたま、くびかざり)も何せんに、勝れる宝、子にしかめやも」金銀財宝がどんなに有っても子供に勝る事は無い。(俗説)
子育てが侭ならぬ現実を作者は嘆いているとも言われている事を、最近痛感する?

あれほど尤もらしく政権交代の目玉政策「子育て支援」として掲げられた錦の御旗は何処に行ったのだろう?無駄な公共工事、ダムを無くすと声高に叫んだ政党が今、政策を東日本大震災と福島原発の収束の為に政策の優先順位を見直すと弁解しても、その言葉に説得力はない。なぜならそんな事はだれでも分かる。アホと違うか。

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関西の紅葉の名所は京都、奈良の有名寺院に多いが親父の大好きな紅葉はもう始まっています。これからの楽しみは四国高知の名も知れぬ遍路道と街道から見える秋でしょう。昨夜のテレビで見た北海道の雄大な秋の景色は来年以降の楽しみになりますが、四国の秋もそれに負けない意外性と出会いが待っている事でしょう。

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10番札所切畑寺から吉野川に向って下りの道をゆったりとした気分で下っている。
その時写した実りの田んぼ。しかし、良く見て下さい。この広さはこの国の農業では決して狭い広さではありません。この国の米つくりが今問われています。瑞穂の国と言われて保護に保護を重ねられたこの国の農業が、これからどう在るべきか、唯、現状でも農家の保護は生かさず殺さず。江戸時代と何も変わりません。

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苦労して汗まみれとなりながらもへこたれずに歩いた焼山寺下の遍路宿前の田んぼ。
親父が育った田舎の風景。宿のアルバイトの兄さんはうまい米が出来ると自慢していた。そうだろう。こんな環境で育つ米にまずい筈が無い。これからはうまい米は農協に供出されずに価値を認める人に、買ってもらうしか無いのだろう。その流通(米の流れ)が出来るのだろうか?難しいなあ。

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焼山寺を後にして宿を出る時手渡されたおにぎりを食った立ち見峠。これもこの国の稲作の原風景。地方の山間僻地で作られた米とアメリカの大農場で作られる米の価格競争に自由競争の言葉は無い。

それでもこれからは牛肉がそうであった様に「輸入絶対反対」だけでは成り立たない。この先祖代々の農地がこれからも成り立つ方法は共同経営しか無いのかもしれない。その成案が農水省に在るのだろうか?

官僚、財界人達はそれだけの考えが有ってTPPとか訳の分からん話をしているのだろうか?この国の工業のレベルが低かった時、貿易の自由化に反対し高い関税を掛けていたのは誰だったのだろう?その話が出来ないからおかしくなっている。

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この道は19番立江寺(たつえじ)から20番鶴林寺に向う広域農道。立派な生活道路。整備された道と田んぼの間を汚い排水路が流れていた。まさかこの汚い水を田んぼの中には引き込んでは居ないだろう。田んぼの方が少し高い。

この道は平坦な田舎の道。しかし、立江寺の納経所の坊主は何故か無愛想だった。この道の紹介が出来ず道案内図を見させられる。田舎の道。説明も聞く事は無かったがお寺の近くは狭い街並で聞かないと分からない。今、思い出しても遠回りさせられた事に腹が立つ。ここの景色は静岡掛川の広い区画整理された風景と同じだった。

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