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2011年10月

2011年10月31日 (月)

伝家の宝刀 

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明日からは11月。木枯らし1号は吹いたけれど今週は季節外れの温かさだとか。思いっきり寒くならなければ景気は良くならないが、政府の景気判断は悪く無い。このハナミズキの樹もこれからどうしたものかと、様子を窺っている。

もう一度強い風が吹けば紅葉した葉っぱが一気に吹き飛ばされそうだが、このまま枯れる迄持ち堪えるのだろうか?抜ける様な青い空も一時の装いかもしれない。それにしても全国財務局長会議も景気は回復基調?ハナミズキに笑われていないか?

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隣の駅の阪急とJRの連絡通路。少し西日が当たって見難い武将は源氏の頭領。奢れる平家の世を叩き潰した源氏も、一番の功労者義経追討であっけなく滅ぶ。その後は北条政子。さすがの女帝も策略は巡らせても戦乱の世を納める事は出来ず、お公家に戦乱の混乱を引き継ぎ、京の都は廃墟と化し信長、秀吉と続く。

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有岡の城は山城でない平城。大阪と神戸の中間、伊丹の地に在る。昔も今も交通の要衝。最近はこの駅の南でJRが大事故を起こし、尊い多くの人命が失われている。この城の城主荒木村重は信長の不信を買い謀反を起こす。

しかし、信長の圧倒的攻勢の前にあえなく城を抜け出す。妻子と部下を見殺しにして。真っ赤な万両の実が何とも言えない表情をしている。村重が逃げ出した城は簡単に落城。村重の謀反を説得しょうとした黒田勘兵衛は牢屋で救出される。

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この万両の赤い色は村重の怨念ではなく見捨てられた妻子と部下達のものだろう。
この城は落城の後、たたき壊されて廃城となってすっかり寂れる。徳川の時代、信長に攻め落とされたこの城は価値を失い、尼崎の城が整備される。尼崎の城も今はその面影も無いが縮小模型を見ると、尼崎の街造りに賭けた徳川の偉大さが良く分かる。Img_9581

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お腹の出っ張りが気になって山に行くか考えるが、今日はお昼を口にしていなかったので西君のお店に行く?(訳が分からん)お店に行くのも歩くんですよ。距離は短いけれど。(これは苦しい言い訳)。久し振りのトンカツカレーはルーは合格。肉は?窪川ポークには勝てない。窪川ポークって何処の肉や?四国窪川?知らん。

伝家の宝刀は抜かないから宝刀。抜いた時点でただの刀になる事を多くの人は知らない。伝家の宝刀と言う言葉もなかなか聞かれなくなったが、これが有るから飯が食えた時代からこれからはその時代も大きく変わる。その宝刀を手にした限られた人達だけが生き残るのだろう。厳しい冬の時代がやって来る。

為替介入を財務大臣がどんなに徹底的にやると意気込んだ処でやれない。これは間違いない。どれだけ介入にお金(税金)を使えるのだろう?どんなに不退転の決意を固めてたと口にしてもそれだけのお金を使える余力がこの国にない。その説明も出来ないで口先だけの決意。その代償は余りに大きい。

口先だけで何とか出来ると思っている政府と役人達。そして多くの間抜けなおいしい思いをしている既得権益者達。その代償がどれだけ大きいものになるのか?その事は問題をのど元に突きつけられても分からないのかもしれない。アンタはどうだ?

その事が今問われている。「想定外の出来事」他人事の様に思われていた出来事が自分の身に降り掛かって来た時、どんな最善の策を取ればいいのか?その事を考えても人の愚かさと無力さはイカンともし難いのかもしれない。歴史、哲学、宗教。その知識も今、問われている。

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円高対策 政府の単独介入は役に立たない?

政府財務大臣は現在の為替レートはこの国の実態経済を繁栄していないと、確信を持っている。しかし、為替レートが実態経済を繁栄していた時代は過去の話で、現代は金融が経済を大きく左右する時代になっている。その事が分かっていながらの発言は真に滑稽です。それとも本当に政府が為替介入(税金でドルを買う)を適切に(この言葉もおかしい言葉だが)やれば目標のレートに押さえられるとでも思っているのだろうか?国際経済、国内経済、経済理論、金融の実態をどれだけ理解して、このような発言と税金の垂れ流し(輸出産業の為に)を何時迄続けるつもりだろうか?

財務大臣のコメントを聞いてあきれている。「納得のいく迄」介入します?あなたが納得のいく迄ではなく納税者が納得のいく迄でもおかしな話しだが、この政治感覚は金融市場の笑い者。あなたがどんなに力が有っても(全く無いが)国際的なお金の流れに単独で立ち向かえない事は自明の論理であり、その事はこれから証明される。

介入に使ったお金の金額を明確にしていないが、そんな物はコメントしなくても市場のプロは円安になった金額を見ればすぐ分かる。政府当局の介入の情報は一瞬にして世界各国の金融関係者に明確になり、その情報は多くの利益と損失を生む。

それくらいの事は先刻承知で行われた介入も、今回のお馬鹿な介入で味を占めた世界の金融禿鷹(はげたか)関係者は次の介入を唇を嘗め回して待っている事だろう。円高の原因は何か それは政府、財務当局の出方を見ながら一瞬にして大金を手に出来る金融資本の存在だろう。ならば彼等に利益をただで与える様な為替介入は辞めなければならない。

そうだと輸出産業は成り立たない?尤もらしいインチキを口にすな。民間企業の損失を助けるのだとしたら、そこには資本主義経済は成り立たない。利益が出なければ出る様にするのが経営者の仕事。その経営者達がどれだけの報酬を手にしているのか?それくらいの事は納税者に説明しなければならない?中小企業が困る?

この国の役人達は本当にこの国の経済の実態を政治家に説明しているのだろうか?利益の出ない企業を保護する。そんなバラ色の経済は資本主義経済にはない。利益が出せなければ出る様にする。おいしい役人生活、政治家生活をしているとそれくらいの事が分からなくなるのだろうか?一時的に下がった円の為替レートは何時迄続くと思っているのだろう?間違いなく半月も続かない。見ていて下さい。

それが資本主義経済ではないのか?財務当局と大臣がほえづらをかく。間違いない。(ほえづら 何も出来なくて萎む。萎える。しぼんでなえる。)その時はどんな起死回生の手を用意しているのだろう。言い訳ですか?それでは余りにひどいと思いませんか?これが現実です。一日も早くこんな無能な財務当局の責任者は辞めさせるベキです。それを語らないマスコミも確信犯です。

世界経済、グローバルスタンダード(世界に通用する国際標準)は明らかにおかしな動きをしていますが、どんなにおかしいからと言って自国の望ましいと思う為替の価格を単独で動かせる程、単純ではない事をこの国の経済人は言えないのだろう?国際金融の流れが自国の経済を圧迫しても、為す術は無いのが今日の為替市場であるとしたならば財務当局に出来る事はこの程度の事しか出来ないのだろうか?

そうだとしたら円高対策など尤もらしい事を言わないで、国内の景気刺激の対策は唯一つ。自分達の手にしているぼろ儲けを無くす事。それは出来ないだろう。大阪は橋下の大改革が行われようとしている。

今の大阪市政、財政の問題はこの国の大きな問題です。橋下大阪府前知事が任期半ばにして何故大阪市長選挙に出馬しなければならないのか?その問われている問題は決して小さく無い。大阪都構想なる物がどれだけおかしな発想であるかを否定する現職との戦いは、意外な改革を生み出すかもしれない。

その是非は兎も角として。円高を一時的に食い止めたとしても元の木阿弥だとしたら、財務省の責任者はどんな弁明をするのだろう?マスコミも報道の責任を完全に放棄してお間抜けかわら版になっている。明日から11月です。今年の木枯らしはどれだけの人の首筋を冷すのだろう。

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2011年10月30日 (日)

韓流スターのお見送りツアーに応募者殺到?

今日は天皇賞。JRAのコーマーシャルに笑っていたらそれ以上のお笑いがこれ。
「おばちゃん、自分の恥を韓国迄行って晒さないで」余計なお世話です。
この国の親父達の韓国風俗ツアーといい、この国の下品さを冷笑されてもおババ達の破廉恥さは変わら無いのだろう?さあ、天皇賞、スタートです。

今年の天皇賞は勝ち馬予想が難しい。ザマーミロ 勝ったのはイタ公ピンナの乗ったトーセンジョーダン。ほんま勝ったピンナが舌を出して嬉しさを爆発させているが、オマハンの力だけでない。謙虚さが無い。見苦しい。

まあ見苦しいおばはんとイタリアピンナの悪口を言ったけれど、福留さんの高知観光の番組を見ていると思わずニンマリして来る。これから訪ねる高知西部の広い大地には「四万十川」が流れている。

この川の流れは非常に面白い。四国だけでなく我が国最後の清流と言われるが、複雑な流れをしている。何が複雑かと言えば一旦南下した川の流れが窪川の先で北上する。窪川と言う地名を親父が始めて知ったのは、四国電力の原発候補地としてクローズアップされて時。結局当時の町長の英断?で候補地を外れる。

福島の悲惨な原発事故の後でも原子力発電の重要性が説かれるが、その説得力はない。この国の原発は計画中を含めて69。しかし、来年の春になるとその数が一桁になる。その多くが島国日本の海岸線。しかも静岡、佐賀、福島を除いて過疎地。

窪川は高原の町。それでも海は近い。町の東側は峠。中村街道は中土佐の海岸線から山間の峠道を抜けなければならない。鉄道もこの区間を走る土讃線は幾つかのトンネルを走り抜けなければならない。この区間は今度の鉄路になるが良く見てみたい。

もう一つの疑問は土讃線が何故か高知と高松ではなく、土佐窪川と讃岐多度津。次の四国遍路道は大阪から高知にバスで直行せずに、高松から是非この鉄道を利用したい。窪川は10年前に仕事で2度行っている思いでの地です。あの時は君に助けて頂きました。

37番札所岩本寺。このお寺さんの前に一泊した事が有ります。あの遍路宿に泊まれるでしょうか?。今度の高知の遍路道は31番札所から。32番迄は一日目に終え33番からが2日目となる。その道を歩く時、親父は何を手にしているのでしょうか?

間違いないと思う事は小児の如く求めて止まぬ探究心かも。親父、足を鍛えろ。志がどんなに深くてもそんな物は何の支えにもならない。見苦しいおばはんと短気免許で来日のイタリアンピンナがその事を証明している。ナンダカンダ言った処で札束には勝てやしない。その事を忘れてはならない。天皇賞の勝ち馬はトーセンジョーダン

「じょうだんではありません」一着賞金は1億3200万円。ピンナが舌を出して喜ぶ気持ちも分からない事は無い。彼の報酬は5%。僅か2分足らずで700万弱の稼ぎが出来れば笑いも止まらないだろう。命がけの商売だとしても。

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シニアプロ日本選手権 

親父がゴルフを始めたのは会社の資材課長だった頃。接待ゴルフの必要に迫られてではなく親父の当時のボスの誘いだった。あの当時は会社の中でも今の様に猫もしゃくしも出来る余裕も無く、限られたステイタスシンボルでもあった。

ゴルフが出来ると言う事は管理職の必要不可欠の条件?今考えて見るとあの当時の会社はようやくそれだけの余裕が出た時でもあったのだろう?あれから多くの歳月は流れ(指折り数えてみると30年)当時のボスは没落し親父も会社を辞めてから、ゴルフをやる機会は激減し今はクラブも手放して久しい。(干支一周は間違いない)

今は腹も出て来たし近くの練習場もマンションに替わってしまったのでやる機会が無いが、再びの時は有るのだろうか?無い様な気がする。それでも今でも何故かやる気満々。その時が来れば短いクラブから長いブランクを取り返して行く気がする。

静岡の名門コース川奈も一回プレーをした。今は手にしていないアメックス(アメリカンエキスプレス)の会員優待のコンペ。オカンのプレゼントだった。「お父さん、行って来なさいよ」その言葉に押されて申し込む。

オーナー経営者、宝石のデザイナー、大企業の部長と一緒だったが怯む事は無かった。実力は発揮出来なかったが場違いの雰囲気に飲まれる事は無かった。その川奈も経営不信で外国資本に経営を委ねている。再びの時も無いだろう。

親父がゴルフをがんがんやっていた頃、ゴルフの下手な人に共通する事は練習不足、巧い人は研究熱心。同じ事が今日的課題として問われている。皮肉な事とも言えるがどんなに時代は変わっても問われる事は大差ないのかもしれない。

その事が親父達世代には問われている。今迄の生き方がこれからの生き方に活きる人は少ない。それが昔から変わらぬ定めであるとするならば、その流れに逆らう事は難しい。しかし足を踏ん張って生きなければ一気の流れに押し流される。いずれにしても厳しさに変わりがない事を考えれば、面白い時代かもしれない。

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2011年10月29日 (土)

徳島遍路道から高知(修行)の道 30番迄到着

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徳島遍路道藤井寺からママチャリで歩いた道。鮎喰川の清流が源流に近づいていた。それでもこれだけの川幅があるのだから、マダマダ奥は深い。この橋を渡りながら下を覗くと後ずさりをしている親父が居た。ここから目的の焼山寺はマダマダ遠い。

この橋を渡り暫く行くと神山温泉。その手前の分岐点で温泉の場所を聞かれる。答える迄も無い。横に看板が下がっていた。うなずきながらその方向を指差す。自分が辿り着かなければ行けない焼山寺は、そのずっと先だと思うと複雑な思いがしていた。

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鮎喰川から離れて山間の暗がりを抜けるとその温泉はあった。このホテルの横に立派な天然温泉スパランドが有った。しかしこの先の道の駅で休憩しただけで先を急ぐ。この時が2時過ぎだったからもう少し遅ければ、ここで泊まっていたかもしれない。しかしこのホテルは予約無しでは無理だったに違いない。(イエイエ、お金さえ出してくれたらOKでしたよ。13000円。?)それは予算オーバーです。

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焼山寺の下に辿り着いたのは神山の道の駅でゆっくりしていたので3時半を過ぎていた。それでも藤井寺の札所を出てから5時間は過ぎていただろう。40キロを過ぎる廻り道。予想を大きく超えた遍路道。始めての体験は苦しかったけれどここに辿り着いただけで満足だった。それでもここに辿り着いた時、ここで泊まれるとは思ってもみなかった。ここで泊まれなかったらお寺さんは山の上だった。

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正面のお遍路の宿で野宿した青年は無事東京に帰ったろうか?

親父は徳島一国打ちを薬王寺で終え今月中旬から高知の旅始めました。

高知の旅はどれ位歩きましたか?親父は電車とバスを乗り継いで30番迄行きましたが途中結構タクシーを利用しズルをしています。その替わり歩き遍路では見る事の出来ない土佐中街道を見て来ました。その話は又、聞いて下さい。

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この道を再び眼にする事は在るのだろうか?

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再びの感動は久し振りの再会。それも予期されたものではなく思い掛けない出来事。その時、この景色は変わら無くても親父は間違いなく老の時を重ねている。それでもその時は幸運で常識的に考えるとその時さえも無い確率が高い。ああ。

この道は高知市内の東部と香美物部町、徳島阿南を結ぶ土佐中街道。地元の人でも通り抜けるには厳しい山間の道。それでもこの山間の道が貫通したのは昭和の35年。今から40年強前。それでもこの場所は太古の昔から開けていたに違いない。

その時、この深い谷を切り開いた人達は何を求めていたのだろう?それはこの整備された道を走り抜けただけでは分からない。空海もこの道は通っていないがそれ程に厳しい山岳修験道の道を、この那賀川沿いに分け入った人々の思いは格別であったに違いない。

全国津々浦々少し山に分け入れば何処でも見られる風景。しかし、その自然を知らない人は少なく無い。そしてそれを知ったからと言ってどうだと言う事も何も無い。その豊かな自然がこれからのこの国の在り方を変える。その事を伝える人は殆ど居ない。

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土佐中街道はこの地図の何処や?探して下さい。高知駅から土佐山田の駅迄行きそこからJRバスで大栃迄行き、コミュニティーバスに乗り換え別府(べふ)温泉迄。

国境のトンネルは1870メートル。ここはバス路線は無い。トンネルを出るとバス停はすぐ。しかしこのバス路線も基本的には住民の生活道路。乗り合い客は子供達。スクールバスの様相。一日数便。予約をしないと来ない時間もある。(南部バス)

南部バスは徳島バスの終点川口営業所でお役目ごめん。ここからバスが大きくなるが徳島駅迄の時間は長い。2時間位掛かる?。親父は太龍寺ロープウエイ乗り場横の「そわか」で一泊。この道は今は過疎の山間僻地を結ぶ生活道路として整備されている。一回通り抜けて見なはれ。但しくれぐれも安全運転で。狭い所とカーブがきつい処が有り対向車に注意。のんびりと走れば快適なドライブが出来るかも。

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株は上がっているけれど円高は止まらない。何で?

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上の大木を見つめた繁栄の資産家はもう居ない。
下の樹は半分枯れながらそれでもどっこい生きている。
来年の春には間違いなく花を咲かせる。

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今、全ての人が意識するかそうで無いかを問わず、これからの時代を生きる全ての人に多くの課題を問い掛けている。その事を痛感する秋です。
国の在り方、会社の在り方、社会の在り方。

そして何よりの大切は己の生き方。その一番大切な物をしっかりとその胸の中にたたみ込む覚悟が出来ているのだろうか?これ迄の秋に無い大きな問い掛けの前に答える決意は在るのだろうか?それは希望とか勇気の様に楽観的なものでなくても、行動が伴うものなのだろうか?Ipodでアレルヤ(ハレルヤ)を聴きながら魂を揺さぶられている。

それにしてもこの国と政治とそれを尤もらしい言葉で批判するテレビのお間抜けさは眼に余らないか?国の在り方が問われてもこの国の政治家には「危機感」を感じないのか/企業の在り方が問われても円高は困る、景気低迷は困る、政府に何とかしてもらわないと企業努力だけではどうしょうもない?

ふだけるなと如何して言わないのだろう?自分達で活路が見出せなければ会社を辞めさせている経営者は止めないのか?この国の企業には(アメリカもヨーロッパも中国、韓国、世界各国)徒党を組んで政府にお願いすれば何とか出来ると思っている経営者しか居ないのか/それでは政府にどれだけお金が有っても足りない。それで増税ですか?ふだけるな。でしょう。

テレビの解説者のお間抜けさも同じ。今はテレビニュースは音を消す。聞くに堪えない。企業統治能力を尤もらしく語る解説者にお前はどうだとぶつぶつ言っている。
ニュースを聞いていると雇用は改善している?どういう感覚かとよくよく聞いてみると総務省の統計とか。ふだけるな。ハローワークに行ってみろ。

どれだけの人は必死の思いで仕事を探しているか?親父世代は年金でこれから生き延びるしかないし、仕事の無い人達は生活保護で生きるしかない。そんな国で希望を見出せる人はどれ位居るのだろう?其ればかりではない。今は仕事をしているが何時首になるか分からない人達がどれだけ入るのか?その人達の生きる道は本当に厳しい。

それに対応出来る社会はこれから絶望的になる。その時どう生きるのか?今、その事が問われているがその緊迫感が無いのは何故だろう?それだけの蓄えがあるからだろう?この国の人達の心の中にその事が問われた歴史の中で学んだ教訓は「アベマリア」を歌う事しか無かったのだろうか?親父はそんな事を考えながら生きている。

昨日、床屋で禿げ頭の散髪をした時、眉毛の間を広くしました。昔、親父が生きていた頃、眉毛の下は剃るなと言っていたけれど、最近の私も親父が死んだ年にあと10年です。懐かしいロンドンデリーの歌を聴きながら年を数えていると、私の親父の元気だった頃を思い出しています。

今のこの生き方を見ながら親父は何も語りかける事が無いのは言葉が無いからでしょう。職業軍人だった親父が生き延びてこの国の敗戦と生きる喜びを感じたのは何時だったのでしょう。何も語らなかった親父は天国でこの歌をどんな思いで聞いているのでしょう?海軍の江田島のエリートでもこの歌は知らなかったかもしれない。

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2011年10月28日 (金)

秋は行く。 親父もそろそろ再始動? エンジンは全開?

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公園入り口のハナミズキ とっくに落としたと思われた赤い実が親父のインケツを花で笑っている。そう考えて見るとこれから迎える寒い季節が、案じられるが「怠け者」の様な生活に戻っても尚、意気は軒高です。

(インケツの意味?最低、最悪、貧乏、疫病神)関西で使われる最悪の言葉ですが、今、この言葉は他人事ではありません。最悪、最低と思われる事が当たり前になった時、その疫病神を追い払うにはどうすれば良いのか?その魔法のゴッドハンドを手にしなければなりません。

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ただありがたい事にこの出口の無い道は、ハレルヤを聴いていると心が開いて閉ざされた心が乙女?(オバさんかな?)の「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」言葉と共に遠くに青空が見えて来る。嘆く事も悲しむ事は何も無い。眼前の閉ざされた雲が開けた時その時が、親父達世代のラストスパートの時かもしれない。それ迄ハレルヤです。

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四国遍路道21番札所太龍寺 空海は19歳の時ここで室戸の方角を見ながら、100日間「虚空求聞持法」を唱えたと言われる。心を開き雑念を捨てて唯、己の心に問い掛ければ生きるべき悟りの心が会得出来るに違いない。それを糧に生きる。

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2011年10月27日 (木)

秋が行く。これから朝夕の冷え込みで紅葉が一気に進む

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庭のサンシュウの木になる鈴と歌われる宮崎民謡「ひえつき節」を知る人は少ない。親父は故郷が大分だからこの歌は知っているし、18の時大阪に出て来て営業の仕事をしながら最初の頃、歌っていたのはこの歌だった。それ程の思い入れのあった実。

その実を見た事が無かった。それがこれ程に美しいとは感激です。段々寒くなった城跡公園にこの樹があった事さえも何かの因縁でしょう。見た目はサクランボの様ですがどんな味がするのかな?今度かじって見るかな?(こらこら)それよりもサンシュウ違いと違う? 違うかもしれない。名札を見るとサンシュユだもんな。調べてみると最後の一字違いははっきり違う。しかし、花を見比べると本当に似ている。

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この実は乾燥すると精力剤として効能があると言う。ホンマかいな。一杯実っているし頂きますか?(やめなさい。それは窃盗です。)でも一個位は良いかな?あかん。

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こちらはハナミズキ。実の付き方が微妙に違うし樹も違う。しかし見た目は全く違う。

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こちらがサンシュユ。ホンマによう似てる様に見えるけれどこれは別物です。

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シャリンバイ。このグリーンの厚い葉っぱが、これだけ黄金虫色になるには多くの偶然が重ならないと無理かと思いきや、そうでも無い変化だと言われる。そうして葉っぱは落ち冬を迎える。親父の生き方も同じ様に輝く時はあるのだろうか?ありません。それはいくら何でもお代官様無慈悲と言うものです。(そんな気持ちは全くありません。)

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アイアイサー。親父さん。老いを感じませんなあ。そりゃそうでしょう。マダマダお若い。隠居生活はマダマダ出来ません。その為には健康管理。悠々自適な生活には程遠くてもこうして歩いていれば、へたる事は無いでしょう。甘い。甘いですか?大甘です。でもこの姿を忘れずに歩いて行けばアイアイサーです。

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「青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言う」サミュエルソン と言われても肉体の衰えはイカンともし難い。しかし、これは誰もがたどる道。そして誰もが老いさらばえた道。多くの人の哀れな悲しい道を見据えた大木が微笑んでいる。
気持ちだけでも前向きに生きて下さい。そうして苦しいときはこの道を見上げて下さい。今日の散歩道でした。

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TPP(環太平洋貿易自由化)但し、中国と韓国、カナダは加盟していない

最近TPP加入賛成、絶対反対のニュースが少なく無いが親父も本当の事を言えば良く分からない。色んな事について同世代や多くの問題に付いて関心があると自負しているが、それでもこの問題の大きさについては政府、役所、マスコミ、そして私達も理解しなければならない。

マスコミは一部の賛成、反対のニュースばかり報道しているがそんな事は何の問題解決にはならない。ただ当事者達は真剣な正論を重ねるだけでなく、問題をおかしくするだけに違いない。私達が希望した衆議院の多くの民主党員達は一体何をしているのだろう?あれほどに叫んだ自民党政治からの脱却とは、この程度の事だったのだろうか?

誰が考えても「貿易の自由化」「関税の無い自由な貿易」は貿易で成り立つこの国に取って望ましい。しかし、誰が考えても分かるその事を何故出来ないのか?それもそれぞれの立場を越えて自明の論議である事も間違いない。では今、何故高い関税を掛けて自国の生産者、当事者(医療、介護、弁護士、他)を保護しているのか?

それも自国の生産者、関係者、関係団体の保護でもある。しかし、その事を政府、関係当局は殆ど明確にしていない。何故なのか?明確にされると困るからだろう?困らない?ではこの国の米がアメリカの米(カリフォルニア米)とどれだけ値段が違うのか?味はどれだけ違うのか?ご存知だろうか?

消費者団体は一体何をしているのだろう?彼等も又自分達の利害で本当の事は言えない。本当の事を知るには情報の開示です。この条約のメリットとデメリットを明確にすれば当然、農協に米を供出している農家は絶対反対。おいしい米を作り農協に頼らず直接消費者に販売している農家は賛成。輸出産業は絶対賛成です。

世界の貿易、環太平洋の経済圏を圧倒的な力で制覇している中国が参加しないのは何故なのか?大騒ぎをする先生方それ位は説明して下さい。韓国はこの条約に参加せずアメリカとの2国間自由貿易に調印して、日本との協定は先延ばしをしているのは何故なのか?学識経験者に説明される迄も無く、自国の利益の為です。

その中国、韓国とも仲良くしながらアメリカとは言いなり。それが戦略的互恵関係と言われても自国だけではなく、他国の笑い者です。韓国の工業製品がどんなに強くなったとしても日本と本当に対立して貿易も交流も安全保障も成り立つ訳がありません。

その国に竹島は実行支配されても表向きは手を握らなければならないこの現実。中国の強かな外交と貿易の戦略。少しは見習わないとこの国は本当にアメリカの属国です。ドジョウかフナか知らないけれどこのお間抜けな外交と貿易の政策、何とかするのもお間抜けな国民です。ホントこの国のリーダー達は制度疲労です。

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2011年10月26日 (水)

木枯らし1号?もうそんな季節になったのかな?

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四国遍路道高知の旅は修行の旅と言われている。親父がしっかり歩いたのは室戸の最御崎寺(ほつみさきじ)の登りと下り、金剛頂寺のバス停からの道だけだったのでお腹廻りの凹みは修行の効果無し。その代償は小さく無い。お腹が気になるだけでなく腰回りの贅肉が気になって不快。それが原因できれいな景色に出会って来ました。

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近くの公園に到着したときは六甲の山並みに夕日は沈んでいた。嘘と思われるでしょうがこれは日の入り後の残照です。阪神タイガースは予想通りの結果になったけれど今週末から始まるクライマックスシリーズはどうなるのでしょうか?それは神のみぞ知るのではなく、勢いを手にした方です。その勢いはどちらにあるの?それは分からない。(分かっているけれどそれはタダでは教えられない。競馬の予想と同じです。)

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錦木(にしきぎ)が赤くなっていました。しかし、実際の色はこれ程強くは無い。

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大金持ちは無理でも小金持ち位はなりたいな。クロガネモチ君。

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ヤマボウシの葉っぱ 生け花としても使えるかも 秋はここ迄来ています。

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この前見たときは赤い実を付けていたが今はその実も無い。その替わり葉っぱが枯れている。

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公園入り口のハナミズキ。

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今夜のオカズは焼きそばでした。前回失敗した焼きそばソースは気合いを入れて高い鶴橋特製のソースを買いましたが、味は今イチ。値段ではありません。親父の合う焼きそばソース味は「オイスターソース」甘口だと言う事が分かりました。紅ショウガがないので締まりがありません。味のアクセントは青のりの振り掛けかも。それでももう一皿完食でした。これからもっと歩かないとお腹は凹みません。明日も歩きますか?

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TPP賛成、反対

学者先生、学識経験者?(何のこっちゃー)辞書で調べてみると政府の諮問機関に呼ばれる「御用学者」とある。その通り。お笑いです。私達はこれ迄本当に騙されていました。イイエこれからも尚、騙され続けるのでしょう。その何よりの証明はこの閉塞感(へいそくかん)です。遣る瀬ない(やるせない)思いをこの学者先生達は、どう思っているのでしょう?恥を知らないこの人達は自分達の学識をどう証明してくれるのでしょう?

確かに言われる迄もなく貿易の自由化は必然です。間違った農水産行政。しかし、その多くの施策を提言した自らの責任とその必要不可欠な保護政策をどう変えるのか?会議に参加を反対する農業団体をどう納得させるのか?その事を何も語らずに政府と同じ事を決議すれば、これこそ「御用学者」のレッテルを剥がす事は出来ない。

貿易の自由化が何故反対されるのか?その反対意見は何が正しく何が間違っているかそれ位を説明出来ないこの国の学者先生。それでもこのルール作り(貿易の自由化をどう進めるか)の会議に参加出来ないとこの国の貿易は大変な事になると言われても説得力に欠けるのは、その説明の軸足が生産者側に無いからだろう。ホンマ、この程度の学者なら自由化に反対する団体、農家を説得する事は出来ない。

(親父の考え?)言う迄もなく賛成でも反対でもない。正確に言えばその事を問う前にこれからのこの国の食の安全保障をどうするのか?その事を語るべきです。

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2011年10月25日 (火)

これからの成長戦略 それは人のやらない事 やれない事をやる

言うは易し 行うも易し? (違うでしょう)
そうです。この言葉すら知らないオバカも少なくありませんが、行うは難しと知っている人は答えます。その現実をこれからは叩き壊さぬ限り貧乏人になるばかりです。

考えても見て下さい。今迄はそうであった事がこれからもそうである保証は何もありません。その替わり今迄出来ていた事を出来なくする事は実際は難しい。その為には口先だけでいくら尤もらしい事を言っても何の解決策にもなりません。簡単に出来る事をやる。出来ない事を如何にも出来かの様に言うのは詐欺、ごまかし、インチキです。

これからは間違いなくえげつない事がこれ迄以上に尤もらしい顔をして口にされます。その多くの事が何の事やらサっパリ分からない貿易の自由化、沖縄の基地縮小、円高対策、景気対策、放射能汚染対策、東日本復興対策、原子力発電、その他大勢でしょう。

他人事の様に考えて何もやれないのなら何も言うな。それが役人の考えです。しかし、よく考えてみて下さい。彼等は誰の為に何をやろうとしているのでしょう?それ位はどんなにオバカでも考えて見るべきでしょう。

ここまでこの国と会社をおかしくしてしまったのは誰かを考えれば、自分がやるべき事が見えて来ます。国に多くを期待するそんな時代は終わりました。これからは何と言われても自分の生活は自分で守るしかありません。その事が分かれば多くのストレスが一気に消え去る事でしょう。

大阪府知事を辞め大阪市長選挙に立候補する橋下氏が掲げる大阪都構想は間違いなく潰されるでしょう。しかし、彼の変革の想いはこれからの関西経済の在り方に間違いなく多くの波紋を広げる事でしょう。(どうでも良いけれど)失礼しました。

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円高対策?この国の在り方が問われている?

円がドルに対して75円の壁を突破しょうとしている。
このままではこの国の輸出産業が成り立たないと経営者達がどんなに喚いても、基本的なお金の流れは変わらない。物事には必ず原因がありその事を明確に語れない、年老いた経営者、若くての古い経済理論しか語れない経営者はもう不用です。

その厳しい現実は弱い立場の人には当然の様に言われても、今日報道される経営者の危機感にそれが無い。この人達はどんな思いでこの難局を乗り越えようとしているのか、本当に良く分かる。そしてどんなに悲鳴を上げても世界的な金融の流れを、政府、財政当局に出来ない事を痛感するだろう。それ迄生き抜く事が出来るのだろうか?

どんなに多くの名声を手にしても、この国の経済界のリーダーとして君臨しても「裸の大将」になっている事は認める事は出来ないだろう。どんなに口先だけで多くの事を語っても根本的な問題に汗を流し、苦労しなければこの国の未来はない。

今、この国のリーダーと思われている人に突き付けられている課題。それは多くの事柄であるが親父的に端的に言えば、アメリカの圧力を断固として撥ね除ける力。その言葉に尽きる。先の衆議院の政権交代は正にその事を問題提起をしたが、アメリカの力の前にはイカンともし難く、訳の分からないマスコミの論調で叩き潰されている。

問題提起を乱暴でも分かり易くすれば、沖縄の嘉手納基地の縮小の論議。今、その為に辺野古の海を埋め立てる事をアメリカに要求されているが、この話は日本国内では何故進まないのか、マスコミの説明が貧弱で良く分からない。

沖縄に行って見なはれ。夜の静けさを叩き破る騒音。戦後沖縄に押し付けた基地負担。そして永年命がけで辺野古埋め立てを反対している住民。その人達を今迄地域振興の名の下に札束でアメリカと日本の国益を押し付けた政府と国民。そんな事が何時迄も続く筈が無い。

どうしても綺麗な海を埋め立てて沖縄の軍事基地を恒久化するのなら、如何してその合意を求めないのか?そんな事が出来る訳も無く何とか理解をしてもらうとしか言えない日本政府。アメリカの政府、議会もその事は永年の歴史の中で良く理解している。

しかしそれでは困るから何とかしてほしいとしびれを切らしている。円高対策も全く同じです。出来もしない円高対策。どんなにこの国の財務当局がしゃかりきになった処でこの円高の流れは変わらない。間違いない。一国で円売りドル買いを進めても国際金融の流れは停める事は出来ない。その前提でなし得る政策、それは円高を逆手に取り如何に円高メリットを生かすしか無いないだろう。

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もうすぐ紅葉シーズン

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高知県香美市物部町別府(べふ)温泉。この建物は広域合併の前に物部町の観光施設として建設されている。これからの紅葉シーズンはこの設備も満員となり予約も難しいと言われる。親父がこの設備に泊まれたのは、途中の土佐山田の観光案内所の案内のお陰でした。正面の山も少し色づいていますが山肌が見えるのは、山崩れの跡、工事中でした。隣のバンガローは泊まり客無し。網戸を取り外して清掃中でした。

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バンガローは2列に並んでいる。親父が泊まった前の建物。お世辞にも綺麗な建物とは言えないし、内装も古い。それでのきちんと手入れがされて小館が何とも嬉しい。自然環境の中で家族づれでゆっくりするには、知る人ぞ知る穴場かもしれない。

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この上流は人家は無くなる?渓谷の紅葉が美しい?見ていないから分からないが山が深く人里離れた渓谷の美しい秋は、想像するだけでも羨ましい。都会でも山懐に足を踏み入れれば何処でも見れる風景。今年の秋は何処の空の下でどんな秋を見れるのだろう?

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国境の長い四つ足トンネルを抜けるとそこは徳島県那賀町。この町も広い。平成の大合併で多くの村々が合併をして、地方は生き残りを賭けているが県、国のレベルではどうなのだろう。地方は交付金対策の為の合併?県は関西広域連合?国は行政改革?

この道を歩いて感じた事は人は何を求めて、生きているのだろうか?幸せ、不幸せとは?そんな馬鹿な事は何も考えずに唯、眼を輝かして外の山河と自然の何も変わらぬ営みに感激していました。そしてそこで生きている人達。土佐高知と阿波徳島を結ぶ土佐中街道には期待通りの自然と時代を越えた人達の生き方がありました。

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狭いトンネルの迂回路ではなく上り下りの区分をしているのだろうか?トンネルは古く狭い。それでもこの道に賭けた先人の思いがひしひしと感じられる。この道がどれだけ大切な道だったかが良く分かる。その人達のお陰で今日の生活がある。

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ダム湖 水力発電はどっこい生きている 維持する事は大変だろうが。

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徳島バス川口営業所 ここ迄は徳島駅前からバスが来ている。便数もそれなりにあり人々の生活に役に立っている。これからは元気な高齢者が多くなり、地域の人達だけでなく地域外の人達の足になるに違いない。川の水に透明度が無いのはダムの所為です。天竜川の中流域に似ている。

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コスモスの花言葉は? 真心 愛情 純潔?親父的には何だろう?安らぎかも。

いずれにしても秋の花。初夏の花レンゲと同様花に埋もれて空を見るには愛おしい。

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鷲の里。翼を拡げて大空を悠然と旋回する鷲。鷹とどう違うのだろう? 同じタカ科で大きいものを鷲(わし)小さいものを鷹(たか)と言う。成る程。合点。

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秋が過ぎると冬が来る。冬の景色はこたつの中で深々と降る積もる雪国の景色が似合うかもしれないが、四国、九州の冬も寒さは厳しい。雪国のしばれる寒さは無くても手足は充分に冷たくなる。コタツの中で外の景色を見ながら飲む酒は最高かも。(飲めないくせに)失礼しました。でも熱燗で2、3杯ならいけるかも。(無理すんな)

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最近のオカズ

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テレビを馬鹿にする親父ですが時々意外な情報を眼にする。それがこれ。柿の皮。
柿大好きの親父でも皮は捨てていた。その皮を熱したフライパンで焦がさない様に火を通す。(親父は醤油を垂らして焦がしているが)お試しあれ。皮を細切りにすれば口当たりも栄養も意外に甘い。柿も薄切りにしてフライパンで軽く炙る(炙る)のも良いかもしれない。柿とミカン、りんごとぶどう、そしてくりとゆず。秋です。

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新鮮な鯵が無くても大きめのお得な開き3枚398円で出来上がり。
鯵は少し生臭い。油を大目に引いてから蓋をするとカラリと火が通る。背骨は取っているが捨てる事はない。お酒のつまみで無くても食える。

柿ナマスとは何処から見ても見えないが、味は悪く無い。お試しあれ。?(止めときます?)そうかな?親父はハマりそう。これから3杯酢も使います。

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キャベツは細切りにして親父お気に入りのあげとしめじの炒め。味付けは塩こしょう。意外な美味さにニンマリです。

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これも焼豚をキャベツと和えただけ。この焼豚は少し高いが味は文句無し。

最近、レタスの新しいのが少ないがキャベツは安くて新しい。これは炒めると何にでも合う。料理は飽くなき探求です。材料を吟味すれば美味い物が出来ます。

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2011年10月24日 (月)

土讃線土佐山田から土佐中街道、別府温泉から徳島那賀の町

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高知駅土讃線時刻表
10時43分の電車に乗って土佐山田へ。土佐山田からJRバスで大栃へ。そこから市営のコミュニティーバスで別府(べふ)温泉。ここが徳島と高知の県境。

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土讃線は四国中央部の険しい鉄路。山間のトンネルと鉄橋で結ばれている。
この鉄路の歴史は古い。明治の終わりから大正の時代、全国津々浦々に張り巡らされた鉄道網は、その時代を背負いそして今、その役割を新幹線と車に渡しても地域の足としてこれだけの鉄道網がある事を私達は知らない。

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土讃線土佐山田からこのバスで大栃に向う。駅前に市の観光案内所があり今夜の宿を予約する。親父が決めた予定表ではこのバスの終点からまだ先の別府温泉。このバス路線は市の観光協会の担当に電話で教えて貰っていた。但し宿の予約はしていなかったのでラッキーでした。バスの待ち時間が短くゆっくり話しが出来ずに、でも助かりました。

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バス乗り換えの大栃終点。乗り換えのバスの時間が迫っていたがのんびりしたもの。何処からとも無く現れて案内も無く乗客は親父だけ。目の前はダム湖になっていたがバス乗り場では地元の年寄りが世間話をしていた。売店では何故かおでんが売られていた。バス乗り場が分からず聞くと「後ろ」と笑いながら言われる。

地元の人達はこの正面の道を違うバスで引き上げる。親父はこの反対側の山間の道を進む。道は細い道を谷間をどんどん奥へと進む。紅葉シーズンになると車は多くなると聞く。そんな道も今はひっそりとしていた。

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目的地の宿 到着です。広域合併でここ迄が高知市内から遠く無い香美の町。
当然、合併前は物部町。その前は村。この憩いの宿はバンガロー風。(簡易宿泊小屋)。この先の渓谷はこれから紅葉の名所。川の流れはこの先の四つ足トンネルを越えると反対に流れる。那賀川の源流も近い。

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建物は結構古い。それでも手入れが行き届いている。各部屋別棟。1人で泊まるのは何とも勿体無い。それでも2人で泊まるには質素かも。それはそれなりに良いのかも?

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このトンネルが県境。ここ迄宿の青年に送って貰う。歩くと1時間では無理かも。トンネルの長さも半端ではない。車の通りは殆ど無いし、明るいから道の真ん中を歩けても、トンネルの長さ1870メートル、別府温泉から向こうの入り口迄2キロ強でした。バス停の時刻7時11分。送って頂いてありがとうございます。

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トンネルを出た所で大勢の人達。テレビのカメラとパトカーのお出迎え。遭難者の捜索とか。親父も何処からと聞かれる。この街道はそんな道でした。でも手前の親父と話しをする。森林組合の職員でこの不便な所で仕事をしていると言われる。
親父さんは関西にも住んでいて気さくに話しをしてくれる。
「済めば都」こんな山間の生活にも暗さはなかった。始発のバスは親父とこの家の娘(中学生)の2人だけでした。

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ここ迄降りて来ると道は平になっている。乗客は中学生が多いが小学生もいる。
この子達が高校生になると那賀の中心地に下宿するしか無いのだろうか?乗り合いバスの中に高校生の姿は無かった。バイク通学をしているのだろうか?

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和食東のバス停で降りると今夜の宿は近い。この橋は8月の下旬にチャリで渡る。

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8月の暑い時、この停留所の前をママチャリで走った時は、この先に長いダラダラした登り坂が待ち受けているとは、予想だにしていなかった。それよりももうすぐだろうと甘い考えをもっていた。方角としては間違っていなかったが、一山越えなければいけないとは全く考えていなかった。四国遍路道を歩くには詳しいマップが必需品です。

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宿の近くの干し柿?柿はおいしいけれど本当の美味さを忘れている。最近、柿ナマスを口にしていないが、干し柿と大根人参を千切りにして酢と合わせる。親父の柿ナマスのイメージはそれに新鮮な鯵(あじ)のタタキを加える。食いたいなあ。作りましょう。四国か親父の故郷大分佐伯でないと食えない。

今回はここから徳島駅前迄バスに乗る。途中迄は前回歩いた道。キョロキョロしていると一気に通り抜ける。しかし、牟岐線沿いの道は長い。乗り換え無しで楽だったが電車の方が楽しい気がした。和食8時35分 徳島駅到着10時15分。でした。

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2011年10月23日 (日)

大分疲れは取れました。高知の旅 後半のまとめです。

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2日目 室戸の最御崎(ほつみさき)寺の遍路センター(宿坊、ユースホステル兼)を出て25番は津照寺(しんしょうじ)室津の港、26番は金剛頂寺(こんごうちょうじ)ここは2キロの道を歩く。そのうち1キロは遍路道。

27番は神峰寺(こうのみねじ)。ここは山道4キロ弱(片道)往復歩くと半日掛かる。初めから歩く気が無くタクシー予約。途中で徳島鶴林寺の車道より狭く急。それでも歩かないと感激は無い。この大日寺も最寄りの駅から歩いて30分の道をズルする。車で楽遍路をすると歩き遍路が出来なくなる。

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もみじの時は綺麗だろうな?

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29番摩尼山国分寺 四国遍路道には国分寺が真言宗のお寺さんになっている所が少なく無い。国分寺は奈良時代聖武天皇の詔(みことのり)で全国各地に造られている。このお寺さんは741年高僧行基の創建。後に弘法大師が中興している。

ここも28番からの歩きとなり(南国市の郊外 7キロ歩き)タクシーで移動。お参りをしただけでした。次の30番も7キロ。これもタクシー。結局高知のホテル迄お世話となる。そうでないとこの3カ所の歩き遍路は一日掛かりとなる。

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十月桜 可憐に咲いているが桜と言うには勢いが無い。親父でもこれ以上の勢いは無いか?(イヤイヤ、厚かましさは負けていない。ぶん殴れ, 幸せ顔を。ぶん殴れ、右手の傷で)堀内孝雄が歌っている。そのうち罰が当たるに違いない。

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30番札所善楽寺 29番から7キロ ここも歩かず。

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ようやく高知。昨夜は龍馬ホテル(ビジネスホテル)清潔、感じ良好 又、行きたい。この画像は翌日撮る。最近路面電車に乗っていないので停留所と間違える。(アホ)ここで休憩。後は高知市内で歩いたはりまや橋と高知城です。

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天気が良い 日差しが強い 人の動きに大阪の様な忙しさが無い 綺麗な街

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はりまや橋 名前が見えない 

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右に行くとお城 左は昨日迄ウロウロした高知遍路道 次は31番から。この交差点から始まる。この手前が高知駅。奥が港。桂浜はこの奥右方向?

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ベストアングル はりまや橋を見て一旦駅前に戻るが時間があったので城を見に行く

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伊野は高知の隣町 30年前にこの街を走った時の目安になった。この通りは何も変わっていなかった。車の量も多くはなっていない。都会でも信じられないが市内路面電車の時刻表が無い。これだけ電車が多ければ市民の足になっている事が分かる。

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城の方角は予想外に市街地 この城が山城でない理由が良く分かる。街が城と共に発展している。城下町ではない。城が街の中心になっている。

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城の守りは堅い。天守閣の道は幾つもの守りを突破しなければならない。

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高所恐怖症の親父は?それでも外に出た。手すりが低い。下を見ると今でもドキドキ。慌てて内側に体を傾ける。山内一豊の出世城と言われているがこの天守閣から城下を見た事はあったのだろうか?

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城前の停留所 街外れと思いきやそうではなく街中の停留所 駅前から近く歩いていたが意外に遠くアーケード街を通り抜けて、電車に乗る事を考える。交番で路面電車の乗り場を聞く。そして満足の思いでこの場所に立っていた。

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高知駅前 路面電車案内図 よく見ると東西線が市内を貫通し南北線が高知港迄伸びている。次の札所は31番。はりまや橋で乗り換え国分川を渡って何番目かの停留所で降りそこから歩かなければならない。32番は更に南に下がり少し東に戻る。

33番札所は高知港入り口の渡し船で渡り、桂浜の公園で龍馬像を見て約3キロ。ここ迄は何とか歩きたいがどうだろう?歩くと結構時間が掛かりそう。34、35、36の札所間も歩くと一日掛かり。さてどうしますか?しっかり考えます。

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2011年10月22日 (土)

円高対策 政府は無策?自動車工業界の批判?マスコミの報道?

円高に国内の製造業は悲鳴を上げている?政府の対策が不十分と批判している?
何かこの経営者達勘違いをしていないか?ヤクザさんの反社会的タカリの構造以上の悪質さをマスコミは何故問題にしないのか?理由は簡単。自動車メーカーから多額の広告費を受け取っているから。マスコミの報道をそのまま聞く必要は何も無い。

円高でどんなに利益が目減りしても国内で物造りを止めれば、そんなメーカーの車は買わない。どんなに高くてもその価値が認められれば消費者は車を買う。親父達の様にその車の恩恵を必要としなければ買わない。車の便利さは誰もが否定はしない。

車代とその維持費に対応出来る収入があれば車は売れる。なんだかんだと尤もらしい事を言いながら政府に円高対策を求めても無理だと言う事が分からなければ、高い報酬を手にしないで四国の遍路道を涙を流しながら歩いて下さい。イイエ、無様な車にしか乗れない体型ではその事も不可能でしょう。

これからの車社会は地方に行けば本当に良く分かる。デカイ高性能で高級車は要りません。そんな車はお金持ちと税金対策でしか買えません。これからは間違いなく小型で安全対策がなされた車と(ブレーキの踏み間違え、急加速、急発進、対策)、電気、ハイブリッドの車しか売れません。それが出来ないメーカーは不用です。

その事が受け入れられない潰れかけた会社は潰れるべきです。この経営者達の給料どれ位か公表して円レート70円対策が出来なければ、国の税金をこれ以上使えない事をマスコミは明確にすべきです。毎日新聞のこの記事を書いた記者はそれ位は理解しなければならない。あなた達も共犯者です。

技術の日産は過去の遺物となったのでしょうか?日産のスカイラインに憧れた世代として本当に情けなく思いました。この会社はこれからこの国でなにを目指して生き残りを計るのでしょうか?」その経営戦略を語らずに円高対策で悲鳴を上げる?

冗談もいい加減にしなさい。そんな会社は泣き言を言わずに自分達に出来る事をやりなさい。政府も出来もしないことを言わずに出来る事をやりなさい。
この内閣も間違いなくこのままでは信用されなくなるでしょう。

この国の賢さが段々と薄れ、圧力団体が政府にもの申せば何とかなるこの間抜けな体質。本当のことを言えば辞めさせられる。何も出来ない、何もやらない。何も変えられない事が当然の様な官僚組織に何が出来るか?それは先の大戦が証明しています。

戦争を知らない子供達と言われた親父達が老いさらばえた時、この国に残る地方の美しさはどうなっている事でしょう?そんな事は知らないよと舌を出して自分の事しか考えない人達がこの国を踏みにじっているのだろうか?そんな事は絶対にない。

その事をこれから証明しなければならない。これからこの国の多くの人が貧乏になる。何処かの馬鹿が(この国の検察のエリート)額に汗して働かない金融の犯罪者を叩き潰すと息巻いたが、本当の悪はそんなセコい事はしない。それが皮肉にもこれから証明されるだろう?国の単独為替介入?お金の流れは必然的に利益を目指し、損失は回避する。それが資本主義の経済であり共産主義社会との根本的な違いだろう。

労働組合、経団連、多くの圧力団体が政治に自己の利益を押し付ければ、資本主義の自由な競争は成り立たない。その一方で政治の介入?この国が本当の意味で金融大国になる事の意味を経済界自体が理解していない。何たる事だろう? 

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高知遍路道は快晴 日差しが眩しかった 最御崎寺から神峰寺まで

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今回の遍路道高知の旅は電車とバスを乗り継いで、喘ぎながら歩いた遍路道はほんの一部だったけれど、それでも腰の贅肉が悲鳴を上げている。この電車の2駅先の終点で室戸行きのバスを待つ間、一緒になった歩き遍路の叔父さんから親父の体型を見て「その体型では絶対に歩けない」と揶揄(やゆ)されたが、その事は自分で一番分かっている。

然りとて一番大事な事は人それぞれの価値観、歩き方、見方がある事をこの親父も知らない。四国の遍路道で多くの人に在ったが一番嫌われる人は、親父の様な歩き方、考え方だったのかもしれない。それでも今更、この間抜けな考え方は変えられない。

それが分かっただけで充分でした。唯、何も考えずに前を向いて歩く。その事の難しさは意外に知られていない。親父が一番尊敬する生き方、それは能書きを語らず人の生き方を唯、見ているだけの人。自分に一番欠けている生き方でした。

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この電車は本当に綺麗でした。外の景色はトンネルが多くて見れませんでしたが、その替わり子供達のこの電車に掛ける思いを感じる事が出来ました。空海はこの厳しい海岸線を歩いて通り抜けていますが、今から1200年昔の風景は天と地の境を見る荒々しい情景だった事でしょう。今日、四国の事を知る日も少なくなっていますが、この地方がこれからこの国に与える影響は小さく無いでしょう。その事は充分感じました。

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立派な駅舎。しかし、廻りは何も無い。近くに山間の風景が迫る田舎。バス停もあるのかと思いきや駅舎の中にボランティアのおばちゃんがいる。バス停を聞くと「もうすぐ来ます」と言ってくれる。この鉄道と駅舎の事を聞く。開通は意外に新しい。平成4年に開通した時は室戸の岬のアクセスとして期待されていた。

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バスの中は途中迄駅で一緒になった親父と二人。バスの一番前の席で運転手から色々道の話しを聞く。本当は話し掛けてはいけないが空海が辿ったと思われる道、親父が30年前後に走った道、運転手が育った幼い頃の風景などの話しを聞く。

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近年砂浜が浸食され波打ち際が海岸線を走る道路に接近していると聞く。
室戸の先の安岐の海もそうだったが、伊豆の東海岸同様、渚の優しさは狭くなっていた。昔、聞いた「渚のセレーナーゼ」「渚のささやき」は遠い日々の安らぎとなるのだろうか?何時迄も何処迄も遠く広く見渡せる砂浜を探さなければならない。

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この乱礁は地殻変動で出来ている。この景色は空海がこの岬で見た空と海ではない。
一見荒々しさは無いがそれは時の流れがそうさせているだけであり、人の思いなど遥かに越える力に違いない。

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昔、2泊した思い出の宿 今は廃業 室戸観光の火は消え去るのだろうか?
この雄大な景色と空海が悟りを開いた伝承の地を、現代人はもっと大事にしなければならない。生きる事の意味はそんな所にもある。人は空と海の広さを本当は知らない。

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徳島では歩かなかった遍路道。空海が歩いた道は本当に険しい。

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遍路道はこの山の中。下から一気に上がる。この手前の道は車道。昔、登った道。

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ガードレールの下、車が走っている道が旧道。バスが走っている。海岸近くの道が新道。バイパス観光道路。長い道をバスの時間を気にしながら下っている。時間は充分だけれど歩くと遠い。

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室戸遍路道2番目の札所。25番。津照寺(しんしょうじ)なかなかこうは読めない。津を照らすお寺さん。海上の交通安全。この前の海が昔、交通の難所だった事が分かる。平和な海も一旦荒れると恐怖の海に変わる。人の生き方も同じです。

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このバス停で降りた時は目の前に田舎の田園風景が広がっていた。ここは室戸の外れ。お寺さんは近いと侮っていた。実際は山の中腹ではなくほぼ頂上。遍路道は短いけれど結構きつい。石を敷き詰めただけの道も最後はけもの道となる。

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少し歩きかけた所で左足親指の下靴底凹みが気になる。手にしていたペットボトルを杭の上に置き、靴のヒモを締め直す。目的のお寺さんの場所はまだ分からない。

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親父の原風景にタイムスリップ。溜め息が出る程に昔の景色になっている。少し足を延ばせば大阪の家の近くでも見れるのに、なんだか遠く迄来た気がする。後、何年位したらこんな風景の中で生きられるのだろう?そんな事を考えていました。

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ここから車道を離れて遍路道にいる。この標識が無いとなんだか部落の中に入る様で、よそ者は門外漢の気がするけれど誰も見ていない。

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中央上の半島が室戸岬。だいぶ遍路道を上がっている。

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26番札所金剛頂寺 やっと到着 本堂です。

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帰り道。次のバスの時間は来る時に確認していたので焦る事はない。
ゆっくりしていたので2時間の時間を取っていた。正解。片道2キロの遍路道は山道があるのでのんびり、ゆっくりで大満足でした。次の神峰寺(こうのみねじ)は片道3、5キロ?歩くと往復半日掛かり。流石に歩く根性無し。タクシー3000円。

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このバスで神峰寺近くのバス停迄移動。タクシー予約の確認をした時、食事場所を紹介してもらう。おしゃれなお店。この時は罰は当っていなかった。

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このマップも拡大しないとよく見えないが、真ん中を流れる川が安田川。この上流に四国で2番目に小さい村がある。「馬路村」人口1000人足らずで村の自立を計っている。平成の広域合併で小さい村の生き残りが難しい現在。過疎の村の現実を知る人は少ない。地方の時代を口にする広域合併の是非が問われている。

近くの総菜屋の親父が言っている。地方の知事は交付金をどれだけ取れるかが仕事。その行政のツケが財政破綻を呼び、それでもその付け回しを誰もが否定する。大阪都構想、関西広域連合 そんな事を言っていたら地方の行政もそっぽを向かれる。

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正面の階段が本堂への道。倒木の危険があり一旦戻って上がる。これが罰。とんでもありません。そんな有り難い罰はありません。

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タクシーはこの下の駐車場で運転手待機。さあ罰が当たります。

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右側が高知、後免、安芸行き。見事に一時間一本の時刻表。電車行ったばかりで50分の待ち合わせ。運転手笑いながら引き上げる。神峰寺の参拝は楽でしたが何も無い駅で靴を脱いでくつろいでいた。
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お待たせしました。乗客は親父の他に地元の2人。通勤通学の時間は多いのだろうが電車は空いていた。

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次の札所前迄移動。時刻表ではこの駅に停車しないと思われていたが、親父の勘違い。有り難い。駅の名前は見難いが「のいち」。各停しか止まらないと思っていたが何か得な気がした。しかし、駅構内の案内所でお寺さん迄のアクセスを聞くとタクシーしかない。28番札所大日寺だけでなく29番国分寺、30番善楽寺とタクシーで廻る。これは予想していなかった。最後は高知市内迄。7000円。

この3ヵ所は高知市の郊外。クルマで廻ると楽だが歩くと5〜6時間は掛かる。札所の間が近いからと侮ると難儀をしなければならない。歩いて札所を廻ると意外な思いをしなければならない。次は31番から。次は暫く先になりそうです。

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2011年10月21日 (金)

今夜のおかず

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ロールキャベツ ずっと近くのスーパー手作りと思っていたが原産地はタイの冷凍食品とぶなしめじを煮込みスープで焦げない様に少し水を入れて沸騰させています。
冷凍のロールキャベツが充分解凍出来れば出来上がりです。ぶなしめじが甘い。

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ロールキャベツ一個食いました。輪っかが一つ残っています。

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スープが3〜4人分。ロールキャベツを上手に作れたら最高だけれど、それは無理。
本当はスープもストレートタイプだから残す位で丁度良い。こんなに甘いぶなしめじは始めてでした。食欲の秋。美味しい物は何と言っても松茸。今年もお預け?

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帰って来ました 宿から徳島駅前迄2時間、徳島駅前から大阪迄2時間

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土佐中街道 和食東のバス停 朝の7時、8時台は2本 後は一時間一本の時刻表。でも意外に便数は多かった。親父の田舎はもっと少ない。道路が整備されマイカーが多くなりバスの利用者が減り、バスの採算が取れなくなっている。

それでもこれから高齢者が多くなり、車の運転が出来なくなるとバスの賑わいも変わるだろう?そうでないと元気なお年寄りは山間僻地には住めなくなる。そのモデルケースがここには在ったが実際に利用してみると、バス運行の未来は明るく無い。

この前のブログにも書いたがこれからは間違いなく地方再生の時代。お馬鹿な大阪の橋本知事は「大阪都構想」とか分からないことを言っているが、大阪府、大阪市、各市町村の役割の見直しが必要ではあるが、大阪が都になる必要は何も無い。

彼は知事の職を辞し市長選挙に立候補を予定しているが、思い上がりも甚だしい。何故、彼が市長になり府知事を彼の主張に合致する人を推薦するのか?ロシアの大統領と首相の立場とでも思っているのだろうか?大阪の再生、地方の再生はそないな物と違う。その事を思い知らせてやらなければ関西人は全国の笑い者です。

高知と徳島を結ぶ古くからの街道をバスで通り抜けながら、山間僻地で懸命に生きている人の思いを痛感しました。広域市町村合併で地方分権とか地方の声とか尤もらしい改革を口にするのは止めて下さい。

中央集権の弊害を地方に持ち込まないで、地方は地方の生き残りを考えるべきです。
大阪府庁の移転も出来なくて尤もらしい事を言えば大阪のアホなおババとオジンが賛成するとでも思っているのでしょうか?

今回四国の小さな「馬路村」が見れなかったのは残念でした。国の行政指導に従わず村の特産品を生かすその理想と現実。その実態を私達は何も知りません。せめてその事位は学習しなければ尤もらしい事は言えないでしょう。行政は政治と同様口先だけでは信頼は無い。マスコミもその事位は理解して政府や行政の宣伝をして下さい。

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この道は今年の8月末、汗を流しながら歩いた道。あの時は次の札所迄近いと侮っていたが、この先の峠を越える迄はダラダラとした長い登りの道が続いていた。あの時目にしていた黄金の実りの稲穂は刈り取られていたが、この稲作放棄の田んぼは立派なススキで親父を歓迎してくれた。

お馬鹿な政治家は貿易の自由化とか言う前に、この稲作放棄の田んぼをどうするのか、お百姓と国民に説明しなければならない。この国の農業と稲作は当然時代の流れに対応しなければならない。

何でも反対ではなくて何故反対なのか?貿易の自由化に対してどう対応すれば良いのか?その事を政治家と経済団体は親切に語らなければならない。マスコミはその事を丁寧に伝えなければならない。

それもしないで枠組み作りだけでも参加。何か言う事がおかしく無いか?その事をなんで説明しないのだろう?沖縄の基地問題と全く同じ事を繰り返している。その事は高知のローカルニュースを聞きながら感じた。東南海沖地震で予想される津波の防潮堤水門を緊急時に閉めない?それでは水門の意味が無いだろう?

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徳島駅前 ここ迄バスで2時間 しかし昨日通った四つ足トンネル迄は100キロ。
そこ迄人々の生活はある。当然この山間僻地の生活環境は厳しい。それでもその山合の地で豊かな森林資源、豊かな水資源、豊かな自然環境を守り、先人の築いた生活を支えている人が居る。その人達がこれからの年月の中で間違いなく消える。

その時、この国はどんな顔をして生きているのだろう。その事をこの後、大阪で思い知らされる。人の前に平然と割り込む。人の顔を平然と覗き込む。電車の中で人の好意を平然とコケにする。この人達に間違いなく四国遍路道の景色は無い。空海の罰を受けないのが不思議に思える。(コラコラ)

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大阪阪急三番街バスターミナル到着。バスは大阪市内で意外な道を通る。親父が大阪に出て来た時、見た路面電車の道。見慣れた道と思っていると見慣れた会社。凸版印刷大阪工場。あの時大阪大空襲を免れた薄汚れた建物は、綺麗になっていた。

その前をあっと思う間もなく通り過ぎると今度は親父が4年間働いた大淀工場。
夢もちぼうもなかったけれど、空襲を免れた汚い工場でコンピュターの黎明(れいめい)期にやり切れない仕事に追われていた。まだ日本の技術だけでは大量に安定した物は作れなかった時代。

あれからこの国の物造りは急速に発展し、当時アメリカ、カナダから教えられた技術を乗り越える。そして今日、同業他社からの価格競争の中でその役割は多く無い。何たる無様な事だろう。この国の物造りはその程度の事なのだろか?中国、韓国の台頭?冗談を言われても困る。

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2011年10月20日 (木)

無事土佐中街道を太龍寺下の「そわか」に到着

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昨日泊まった別府(べふ)温泉。静かな公共の宿(市営?)
これからが紅葉のシーズンとなると泊まり客も多くなるらしい。
山間の静かな宿も知る人は知る。知らない人は知らない。土佐と徳島の国境です。

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県境の立派なトンネル。出来て間もないのかと思いきや50年前に完成。
長さが1857メートル。歩く人は殆ど居ない。高知側の別府温泉からは相当歩かなければならない。昭和30年代の後半は地域の人は歩いて行き来していたのだろうか?

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トンネルを出た処にバス停があった。こんなところでは誰も乗らないだろうと思いきや中学生が一人乗り込んで来る。近くに森林組合の人が家族で住んでいた。バスはマイクロバス。途中で通学生と老人が一杯乗り込んで来る。地域の人達の欠かせない公共の足となっていた。この道も人の生活があり日常の足としてバスが来ているが、便数は朝夕が基本。中間は予約が必要。日本各地の縮図です。

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この川の源流近くは流石に清流。ここ迄下がって来るとダムが多い。静岡大井川、天竜川のダムを思い出す。佐久間ダムから浜松に下る湖畔の道を思い出す。家族で走った思い出の道。一人になって涙をこらえながら走った道。いつまでも幸せな時は無くいつまでも寂しい時は無いと自分に言い聞かせていた。今は?どうだろう?

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ここ迄は徳島バスが来ている。(川口営業所)南部バスはマイクロバスだったがここから乗り換え。バスも大きくなる。運転手さんがめちゃくちゃ優しい。

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コスモスが咲いていた。宮崎のコスモス高原の便りを呉れた人は今でも元気だろうか?岐阜高山丹生川村のコスモス街道は今でもあるのだろうか?西穂高のロープウェイはゴンドラが2階建てになったそうだが、次の機会はあるのだろうか?

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今夜の宿近くの村の鎮守です。杉の大木が歓迎してくれる。

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8月の徳島遍路道の時、苦しい思いをしながら登った鶴林寺で紹介された宿。
あの時は2泊したが近くの太龍寺の空海修行の岩場も見れたし最高でした。
これからロープウエイ乗り場で食事をしますが、上には上がりません。
(どうして?)内緒です。ヒントは高所恐怖症。上は見れても下が見れない。

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部屋の中から。早い時間に入れてくれてありがとうございます。

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休憩してロープウエイ乗り場に併設の食堂で山菜うどんと稲荷3個を頂く。

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今回の高知の旅は30番迄。高知の本当の遍路道は歩かないと分からない。車やタクシーで廻ると本当に現代的で楽が出来るが、空海の苦難の道は分からない。このロープウエイも大変な工事でありどれだけ多くのお遍路が楽が出来るか分からないけれど、空海の思いは通じない。価値観の違いと言われればその通りだけれど、空海の時代を知るには歩かなければ駄目だろう。それでも親父にはその気力と体力がなかった。

その代わり大いなる好奇心、空海の時代には無かった徳島那賀川沿いの高知に抜ける近道。その道は徳島市内から県境迄100キロの山間の道。岐阜郡上八幡から富山に抜ける道より厳しかった。静岡大井川上流の道より厳しかった。

大阪に住んでいると分からないが四国の山間僻地は、親父が足を踏み入れていない和歌山十津川沿いの部落と共通しているに違いない。空海が高野の地を選んだ気持が少しは分かった気がする。それでも親父の辿った遍路道はまだ道半ば。これからです。

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2011年10月19日 (水)

高知の旅3日目 別府(べふ)温泉に来ています。

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昨夜泊まったホテルから歩いて近くのはりまや橋。「坊さん簪(かんざし)かうを見た。」誰が見た?この場所は観光用に作られている。まあ、それも良しでしょう。
この南の電車通りを車で通り抜けた抜けたのは、30年弱前の事だった。

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高知の街並みは電車通りと車の流れが共存していた。よく見ると通りの幅が広い。これだけの道幅を確保して都市計画を進めた先人の知恵に敬意を表す。この場所は電車と車の区分けがされているけれど、そうでないところも多い。何より便数が多くて時刻表が無いところが、昔の大阪、京都を知る親父には嬉しい。

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電車が街中を縦横に走っている。乗り換えも自由。乗り換え券を呉れるのが嬉しい。
この景色は親父が若い頃大阪、京都、神戸で見た景色。大阪、京都、神戸の市電は消え高知や広島、松山、熊本その他の地方で残っているのは何故なのか?考えてみるとおもしろい。都市の地下鉄は大量輸送が出来るが、年寄り、生活弱者の乗り物でない。

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街作りのあり方が今問われている。限られたスペースをどう生かすか?人に優しい街作りとは何か?都市中心部の車の乗り入れをどう規制すべきか?駐車違反を根絶する為にどうするべきか?街に住む人皆に問われている。その事がここに来ればよく分かる。

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都市交通局の言い分もよく分かる。都市の通りの広さが狭い。その通り。それでも地下鉄にすれば長い階段を生活弱者は歩けない。その為にエレベーターがあります。唯、それだけでは駄目でしょう。広くなった道幅の一車線は違法駐車。それが今の都会の通りです。責任は他所にある。モラルの問題。警察の問題。他人事にするな。

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高知市内ははりまや橋を見て高知城に登って来ました。
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高知城は高知駅から遠くは無い。高台にあるのかと思いきや大阪城と同じ。規模は全然違うけれど。それでも石垣の築き方とか安土桃山時代の先端技術が生かされている。時代を超えて街造り、人つくり、人の生き方が問われていた。高知の見学はここ迄。本日の目的地別府(べふ)温泉に向かう。予想どうりの山間に温泉。しかし、人々は生きていた。当然です。都会の住んでいる私達が知らない豊かな自然が一杯でした。

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JR土讃線(土佐と讃岐)で土佐山田に向かう。この時刻表よく見て下さい。いろんな事がよく分かる。分からない?特急が一時間一本。普通が通勤通学寺一時間三本。その他は二本。親父の田舎はこの普通が一日二本。これが国鉄民営化の現実です。
(当たり前?)アホンダレ。この国は都市だけで生きられる術が無い事をこれから思い知らされる。地方の自然環境が壊された時、都会人も生きては居られない。

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高知駅のおしゃれな駅舎。地方の森林資源が荒廃した時、都会人の花粉アレルギーは今より比べ物になら無くなる事をオバカ達は知らない。農村、山村、漁村が荒廃した時、この国の都会人はまともに生きられない事を、どれだけの人が理解しているのだろう?関税撤廃?韓国の通貨安定の為に協力する?馬鹿も休み休みに言って下さい。あの国は竹島を占領し、アメリカと手を握り日本を敵視している国ではないのか?
外務省のアホ役人は国益をなんと考えているのだろう?

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土佐山田でJRバスに乗り換え大栃(おおどち)終点のバス停前の景色。おやじの田舎を見ている様でした。ここからコミュニテーマイクロバスで別府(べふ)温泉迄。お客は一人。これから紅葉シーズンになるとマイカーは多くなるが、バスの乗客はどうなのだろう?乗車賃600円は高く無いか?貸し切りですから。

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食堂で山菜うどんと田舎お寿司を頂きました。美味しい。泊まり客はまだ少ないが後半月もして紅葉シーズンともなれば全国から泊まり客が押し寄せるとか。ホンマかいな?静岡の寸又峡と同じかな?そう言われてみると後一月もすれば、大井川上流も錦の景色に変わる。井川ダムの湖面を吹く風が冷たくなると冬は近い。

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本日の宿です。建物は古くなっているがバンガロー形式の建物です。一戸建て。

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この温泉地は土佐山田香美市の観光案内所で紹介される。この市は地図を見て下さい。平成の大合併で高知に近い香美と徳島県境に近い村が広域合併をさせられている。何の為に?国の方針?総務省の方針?中央の役人達はそんな事は言わない。

親父のふるさとも同じ。それが皮肉な事に地方の限界集落を加速している。都市に住んでいると自分達の日々の生活さえもままならず、生活保護を受けている人達が急速に増えているが、その予備軍(失業、生活苦、無収入預金の取り崩し、年金生活者)が加速し、経済成長が鈍化、低下している。

それでも税金で何とかなると思われている。こんな状態は間違いなく破綻するがその危機感を口にする人は少ない。居たとしても能書しか言えない。今のTVを見て見なはれ。紅白なんか見ている時ではないよ。そんな思いでこの道を尋ね歩いている。

中日がセリーグの連覇。でもそれがどうしたの?人気のない球団が日本一になってもこの国は元気になれない。阪神タイガースも優勝どころかクライマックスシリーズにも出れない。楽天の星野も口先ばかりでは優勝は無理。大体たかが野球やサッカーでばか騒ぎをする事も無い。

競馬を馬鹿にする人も少なく無いが同じ穴の狢(むじな)です。これからの時代を生き抜く術は、地方の活性化しかありません。しかし、それには、も少しく歴史と地方の知られざる実態を知らないと駄目でしょう・

明日は朝、1番にこの先の四つ足トンネルを宿のフロントの好意で抜けます。その先のバス停から徳島那賀川沿いの立派な国道を下ります。この土佐中街道は昔からの国道で今は立派な2車線です。通り抜ける人は限られ親父の様な変わり者は殆ど居ません。

しかし、これからの歳月は間違いなく地域の復活です。その事を忘れないで生きて行きましょう。都市の再生も同じ事です。環境を変えるとはそう言う事なのでしょう。違うかな?ここ迄来るバスの中は燦々と太陽光線が降り注いでいました。

明日、もう一泊して明後日帰ります。


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2011年10月18日 (火)

高知の旅2日目 今日は少し(いいえ一杯)ズルしました。

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昨日喘ぎながら登った遍路道ではなく30年弱車で登った道を歩いて下道に降りています。意外に遠い。車の威力を思い知る。下道に降りた時はヒダ頭が笑っていた。

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一番上から降りて来る。親父の凄さ思い知ったかとおもっていたら、その代償は小さく無かった。この下のバス停でバスに乗り次の札所に向かう。津照寺(しんしょうじ)ここは海上の安全祈願。場所が港に近く標識が分かり難い。それでもここ迄は無難。バスの時間にも間に合う。

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港が見えるお寺 海上の安全祈願はこの地に暮らす人の大きな願いであった。

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次の札所前の標識。バスを降りてニンマリとしていた。2キロ。軽い気持ちだった。天気はいいし景色は最高。田舎に帰った気がしていた。その気持ちに?を感じたのは左足親指の異変。靴底に食い込む不快感と違和感を感じる。歩き方が悪いと思い返して踵を先に付けて歩く。それでも一度凹んだ靴底の戻りは無い。「だめだこりゃ」と諦めながら気分を変えるが状況は何も変わらず、田舎の風景が池田(大阪、家の近くの山)の散歩道より険しくなる。

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オイオイこんな道を歩くの・段々、気分が萎えて来る。これしきの事で負けるかと思う気持ちとは裏腹に息が切れる。一気にあがれない。度々立ち止まり息を整えている自分が情けなる。老いるとはこんな事かと思いながらイマイマシサだけが湧く。

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見晴らしの良い処で休憩。木の枝の影が体調の悪さを暗示している。それでもここで一息付いたのが正解。この先は遠くは無かった。道無き道を駆け上る。(嘘を付くな)。眼が死んでいる。しかし、なんとか登り切る。万歳。

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室戸の水平線がかすんで見える。ススキが親父の疲れた体を癒して暮れる。さあ、前に進もう。休んでいては前に進まない。これは徳島の遍路道でも感じた空海様の教えです。人の事はなんだかんだ言えても自分の事は本当にだらしがない。

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インターネットクロッシーの無線からホテルの有線に替える。反応が早い。クロッシーの値打ちが無い。(それは電波の環境です?)結果が全てです。反応が遅いとイライラして来ません?親父は年を重ねても何も変わらない。

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到着です。本殿が親父の疲れを慰めている。(カメラをきちんと構えなさい。)

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これは帰り道。下り坂に見えないがこれも人生も同じ。人の思い込みは事程左様にいい加減です。殆どの人が勘違いしている事は世の中の常識?になっている。そうは思わないのが本当に間抜けです。沖縄のアメリカ軍基地再編?辺野古のきれいな海を埋め立てる?それならもう一度国民の民意を問いなさい。貿易の自由化交渉も同じ。増税論議も同じだろう?景気も良くなる・馬鹿も休み休みに言って下さい。

(今夜は高知駅前の龍馬ホテルに泊まっています。きれいなビジネスホテル。徳島で泊まったホテルより良い。(安い)今夜はその分美味い物が食えますがブログが途中の為、カレーの宅配にしました。大盛りとサラダ食えるかな)中断します。

coco壱番屋のカレー宅配 ささみカツカレー大盛りライス量400g ライスの量は多くは無かったがルーが余る。勿体ないと思ったが流石のカレー親父も残す。きのこと大根のサラダも味は大味でもまずくは無い。完食。食い過ぎです。

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27番札所神峰寺(こうのみねじ)に向かっています。26番札所は2キロのうち三分の一が山道でしたが、このお寺は険しい山道を登る。徳島の竹林寺で学習していたので昨夜、タクシーの料金を確認する。3000円。車で参拝する遍路を馬鹿にしていたがその親父が車の有り難さを体験する。背に腹はかえられないとはこの事だろう。鶴林寺より厳しい登りを車は狭い道もプロドライバーは笑っていた。

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神峯寺(こうのみや)に登る前に見晴らしの良いレストランで食事をする。

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ここ迄来てハンバーグですか?そう味は今イチだけど目の前の太平洋の陽光が補って余りがあった。12時半、迎えのタクシーが来る。運転手は面白い人だったがお寺を参拝の後は一時間に一本の駅に捨て置かれる。この駅の前のバスの時間はどうだったのかな?

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700メートルもあるのでパスする。

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正面の階段が本堂に向かう道。しかし倒木の恐れがあり迂回しなければならない。

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本堂に向かう道にえんま大王がにらみを利かせている。この世の悪行が叩き直される事は無いのだろうか?昔と何も変わらない人の生き方。人の醜さ。決して見逃さな事を多くの人は知らない。その内天罰を受けるのだろうか・その事は誰にも分からない。

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遠くに水平線が見える。桜の頃はきれいだろうな?でも海は見えるのかな?

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一時間に一本の電車が出た処。約50分の待ち合わせ。運転手は笑いながら引き上げる。仕方が無いので腹を括る。次の札所の行き方を考えていた。

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廻りは田んぼ。しかし稲作はあまり行われていない?ビニールハウスで野菜が栽培されている。

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28番札所 大日寺 土佐くろしお鉄道ごめん駅下車 バスのアクセスが悪くタクシー。この後の29番札所国分寺、30番善楽寺もアクセスが分からずタクシーでズルをする。楽をしたらアカンと思うが歩く力がない。(気力、体力、勢いが無い)

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29番札所国分寺

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30番善楽寺 今回はここ迄。高知の遍路道はこれから高知港の東側を2カ所廻り桂浜の上を2カ所廻り土佐に抜ける。その後は窪川岩本寺は55キロ先。その先は90キロ、56、36、48と信じられない距離が続く。それは何時になるか分からないが明日は高知の駅前と市内をうろついて徳島との国境に向かう。

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30番太子堂です。

結局28番から30番はタクシーで廻る。明日は遍路道からはなれてゆっくりします。では又です。親父の体調は問題ありません。ひげも伸びたのでさっぱりします。

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2011年10月17日 (月)

高知遍路旅 一日目

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JR牟岐線はここで終点。ここから地域の共同出資路線。駅は2駅。平成4年に開通しているが20年弱経過して当時の思惑は道半ばして挫折している。この先はバス路線。バスの乗客も3人だった。それでもすばらしい海岸線をご覧あれ。

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バスの中から取っているのでピントはイマイチ。それでも道は良くなっていた。

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バスを降りる。遊歩道を歩く。

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ここに来る迄知らなかったが空海が見た海岸が洞窟からはなれている。空海が悟りを開いた時、洞窟迄打ち寄せていた岸辺はその後の海岸の隆起で後退していた。地殻変動の力は人の浅はかな想定を遥かに越えている。その教訓が今でも生かされていない。

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親父は学者ではないがこの大岩は隆起した物。このあたりは空海が悟りを拓いた時から大きく隆起している。東南海沖の地震が予知されたとしてもこれだけの地殻変動が起きれば、人の思い、人の生活などひとたまりも無い事を誰が教えてくれるのだろう

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ひとが作った様な洞窟の入り口。何故か神様(天照大神)が祀られている。その意味を左にあった売店のおばちゃんが他の人に説明していたが、空海はこの洞窟に何も残しては居なかった。ここから700メートル弱上の最御崎寺(ほつみさきじ)その軌跡を見る事が出来る。

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30年弱前に泊まったホテルの前に赤い花が咲いていた。今は廃業して見る影も無い。静岡御前崎の先端の思い出のホテルも一軒、取り壊されて広い駐車場が寂しさを加速していた。これから日本各地の岬の風景はこんな形になるのだろうか・観光立国?大分トリニータを失速させた今の観光庁長官。今度はこの国の観光資源をどう育てるのだろう?国のあり方が問われている。

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画像をアップしないと良く分からないが室戸の案内図。最御崎寺は海岸より約700メートル上。遍路道を登る。最初快調の出足もすぐに減速。喘ぎながら休みながら登る。苦しい。一気に汗びっしょり。息切れを整えながら休みながら登る。

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海が大分下に見える。もう少し。足を止めて息を整えている。心臓パクパクです。

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ようやく到着。この遍路道は予想外。それでも宿はここの宿坊に泊まる。宿坊というイメージはない。感じも悪く無い。

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明日は25番札所、26、27番札所。27番神峰(こうのみね)寺はバス路線から3キロ強の山道。往復歩きで半日掛かる。今回はタクシーを利用する。3300円。歩きの労力を考えるとお金に換えられない。空海様に笑われても今回は仕方が無い。

明日はその他に馬路村に行く予定をしていましたが、流石にこれは出来そうにありません。馬路村は過疎が当たり前になっている山間僻地の村で、村の特産品を生かして人口1000人足らずで活気があると言われています。その実態を見たいと思っていましたが又の機会にします。では今日はこの辺で。又明日。グッバイ。

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2011年10月16日 (日)

さわやかな秋です。しかしこれからの生き方はどうなのだろう?

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今月も半ば。いよいよ明日は徳島。そして空海が悟りを開いた室戸の洞窟。空と海。空海の名前となった空と海は1200年後の今日でも何も変わらないに違いない。その紺碧の空と海を洞窟の狭い空間から見上げる景色は、行く前と後で思い込みにどれ位の差があるのだろう?最近コマーシャルでビフォー、アフターがあるが、それ以上それ以下もありその実感を自分で出来る旅。それが遍路道にあります。

遍路道の廻り方は色々。それを巡る人の想いも色々。8月の下旬に行った時は思い掛けなく休みが取れた時だが、あれから2ヶ月。毎日が日曜日でブログは欠かさなかったがその他に何をしていたのか?記憶を紐解いても何も出て来ない。

何か寂しい様なそれが当たり前になる生活は親父の性分に合わない。先日の誕生日に「おめでとう」と言われて何故か素直の喜べなかったのは、その所為かもしれない。
8月の徳島遍路道で出会った学生もあの後高知を巡ると言っていたが、今は東京の片隅で自分の生き方をどう見直しているのだろう?(余計なお世話です)確かに。

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23番札所薬王寺前の遍路道標識 JR牟岐線日和佐駅を明日は予定どうりに行けばお昼過ぎに通過する。終着駅は海部。その先は第三セクター阿佐海岸鉄道。駅は2つ。意味は国鉄民営化の影響?それとも?行ってみれば分かる。この先はバス。

室戸の御崎は3時過ぎには着いている。今頃は(15;39)宿を決めているだろうか?予約はしていない。出来れば最御崎寺の宿坊か?明日室戸に着いて決めたい。明日は親父にとっても思い出の地です。今から30年弱前に見た景色は様変わりだろうか?

2日目は津照寺(しんしょうじ)と金剛頂寺(こんごうちょうじ)の参拝を済ませて土佐くろしお鉄道の終着駅奈半利(なはり)に向う。その先の安田駅下車。27番札所神峰寺(こうのみねじ)を参拝して馬路村(うまじ)に向う。

この村は人口1000人の村。過疎が進む山村僻地でこの村が活気があるのは特産品のお陰と言われているが、自分の眼で見てみたい。(さすがに弘法大師もそれは知らない)。次の大日寺は27番札所から遠い。馬路村に行っていたらこの日の宿はこの街になるかもしれない。

3日目は28番札所から32番迄一気に廻る。南国市周辺。午前中に手早く済ませて後免駅(JR土讃線)から土佐山田駅下車 JRバスで大栃下車市営バスで別府(べふ)温泉に向う。この温泉は高知と徳島の国境(くにさかい)にある。

土佐山田から大栃(おおどち)迄はバスの便数もソコソコだろうが、その先は一日4本。12;25に乗りたいが流石にそれは難しいかも。そうなると次は16時30分。宿の予約を大栃でしなければならない。

4日目は国境の長い長いトンネル(地図で見ると2キロはありそう)を抜けて徳島にいる。(最初は歩くつもりだったけれど2キロは怖い)徳島で800メートル位のトンネルを歩いた時、暗闇と車の音が本当に怖かった。その2、5倍は考えただけでぞっとする。それではタクシーで行きますか?バス停迄お願いします。(笑い)

その先も道路は整備されているがバスの便数は少ない。どうします?歩きなはれ。

京都鯖街道で北陸小浜から京都出町柳まで関西のお笑い芸人が何人か歩きましたが、完歩したのは極めて少なかった。大体普通に歩けるのは一日30キロ。このトンネル出口から目的の太龍寺ロープウエイの乗り場迄70キロは越える。

ええ加減な生き方とは決して思わないけれど、「大河の一滴」以来読んでいなかった五木寛之の「他力」を読んでみると親父の生き方は「自力」でも「他人」でもなかった。自分の可能性を信じて頑張った時は短く、大阪の仕事道はそんなに甘いものでもなかった。苦しんで苦しんで手にした物は「自分に出来る事をやる」だった。

それが「他力」を知る事だったが、親父を助けて呉れた人の思いに答える事も無く反対に、何時か苦しんでいた2年余の困窮した日々を忘れていた。それが親父の青春。これからは長い間忘れていた「他力」の真髄(しんずい)を噛みしめなければならない。

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太龍寺仮本殿 八月行った時は本殿は工事中だったけれど先月の大雨は大丈夫だったのかな? 今回もロープウェイ乗り場の横の道の宿「そわか」に泊まるけれど、お寺さんには行かないだろう?

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ではこれから身支度です。今回は徳島の旅の経験を生かして下着も着替えも少なくして身軽にします。徳島の旅と違うのはママチャリから電車とバスの乗り継ぎです。最悪タクシーとヒッチハイクもやりそう。では行って来ます。明日の夜をお楽しみにして下さい。

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2011年10月15日 (土)

秋の七草?ちがうな。今、TVでウイーンフィルの野外コンサートを聞いている

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段々秋も深まり親父の高知遍路旅も明後日からです。ソーセージで元気をつけてと言いたいところですが、本当に美味しかったのは後のキャベツと横のマスタードでした。秋は食欲の秋とも言われますがキャベツの油炒めは、想像以上の美味さです。

高知の旅は一日目は室戸の御崎。大阪を朝の8時に出ると3時前には着く。空海は徳島23番札所の薬王寺から24番最御崎(ほつみさき)迄、道無き道を切り開いて難行だったが今日は6時間。(バスと電車、バスを乗り継いで)それでも半日掛かる。

2日目は25番津照(しんしょう)寺、26番金剛頂(こんごうちょう)寺、27番神峰(こうのみね)寺の後、馬路村。この日はここ迄かもしれない。3日目は一気に28番から32番迄行きたいところですが、如何ですか?この日のうちに土佐中街道を徳島の国境迄行きたい。何で?次の日に徳島那賀和食の宿「そわか」に辿り着かないと行けない。今回の旅の目的、この街道は空海は徳島の一部しか歩いていない。

その道を何で歩くのですか?(とても歩きは出来ない100キロを超える道)
そこに山があるからと言われたアルピニストの言葉ではないが、今日整備された道は何時頃から出来ていたのか興味を引かれる。

同様の道が京都と北陸小浜を結ぶ有史以来の街道。通称「鯖街道」小浜で水揚げされたサバが塩で〆られて京都に運ばれた道。それと同じ位の距離。車で2時間。この国には多くの街道があるが、道路が整備されるとそれに反比例して寂れて行く。

その道をどんな顔をして眺めているだろうか?バスを乗り継ぎながらバスが無いところは歩きながらと言いたいが、それ程の体力も無い。情けないけれど人の好意に甘えるしかない。それでも10キロ位は歩けるに違いない。

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2011年10月14日 (金)

雨は本降りになっています。帰りに傘を差しても濡れる。

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大阪駅ビル 最上階から霧に煙るツインタワー 何度も登った展望階も最近は行って居ない。そろそろ行きますか?誰と?それは空海様が決めてくれます。アホか。
今日久し振りにジュンク堂に出かけました。目的の本は1998年11月刊行。
「他力」五木寛之 この本を今読めるのも何かの因縁です。

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再来年春完成予定の大阪駅北ヤード これだけの建物で研究される先端技術は一体何だろう?大阪発の物造りで期待される事とは何だろう?国内の物造りは今、何が期待され何が求められているのだろう? 再生可能のエネルギー? 蓄電池?

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一番下に見える蛍光灯が大阪駅のホーム ホームの上に連絡通路が出来ている。
当然この通路から各ホームに下りられるので乗降客は、改札口を通らなければならない。其の案内図は分かり難い。

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駅北側の東京資本のデパートと右は専門店。右側の建物は予想以上の健闘と言われている。女性専門のお店が多くて親父は足を踏み入れていないが、よく見ると本屋さんも入っている。親父が行く本屋さんは大阪駅前のホテルの中に在るが、こんな一等地で儲かるのだろうか? 所場代はお店の宣伝効果もあるのだろう。

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天上のアクリル板の上を雨水が流れている。この水も貯められて再利用されている。何に?そのエコ宣伝文句は眺めただけだった。この建築物のメンテナンスは大変だろう。それだけに耐震設計は出来ていると思うが、この建物が揺れただけで怖い。

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午後は久し振りに梅田の本屋さんと堂島のレコード店に行きます

今日の天気は小雨が降ったり止んだり。午後から本降りになりそう。でも梅田は地下街。雨に濡れ無いで歩けるがアメダスで見ると来週訪れる「土佐中街道」は大雨。今は道路は整備されているが、来週はどんな表情を見せて呉れるのだろう?

この国は今迄もそうだったが、これからはその問い掛けられている事が他人事では無くなる。昨日の深夜の楽しみしているスポーツニュースの前のニュースで、放送事故(公共の電波で流してはならない個人的な言葉)を起こしたと言われているアナウンサーがいつの間にか登場し、又々聞き捨てならぬ言葉を淡々と口にしている。

「民主党も大人になりました。タバコ増税案は自民党の反対で取り止める事になりました。」?開いた口が塞がらない。それだけの短い言葉。何気ない個人的意見として聞き流すには余りに不謹慎な言葉。

政権与党の批判をするのも駄目だが「大人になりました」とはこの原稿を書いているオバカはマスコミの信頼を自ら手放している事に気付いていないのか?フジテレビのお間抜けさは今に始まった事ではないが、このお間抜けさは自分で自分達の首を絞めている。

(何で政権与党の批判が駄目なのか?マスコミはあなた達自身が言葉にする公共とは何か、社会的影響力、社会的責任とは何かを検証していない)
(公共放送の大きな使命は事実をありのまま伝える。個人的な見解を流してはならな
い。)其のくらいの事が管理されなければニュースを伝える資格すらない。

そんな苛立の夜も夜は深夜放送を長く聞く事も無く深い眠りに落ちていました。朝起こされたのはお間抜けなメール。タイトルだけのメールを見ただけで兄貴の一日遅れの精一杯の言葉である事が分かり苦笑していました。

今朝はガスの点検が在るので少し室内を片付ける。其の時何気なく眼にしたのは五木寛之の(仏教感)他力と言う言葉の意味。これ迄理解出来なかった「易行念仏」。唯ひたすらに念仏を唱えれば往生出来ると。(死んだ後極楽浄土に行ける)

だだ念仏を唱えるだけでは成仏(じょうぶつ)は出来ない。仏心は修行の道を歩かなければならないと。誰がそんな事を教えたのだろうか?「善人なおもて往生をとぐ。いわんや悪人おや」そんな馬鹿なと思っていた昔の人達。それは恵まれた人の考えで其の余裕の無い人でも往生出来る。何と言う言葉だろう。

10年以上の前に書かれたこの本の名前だけは知っていたが、「他力」とは「自力」の母だと言われれば分かる気がする。自分の力だけで何かを成し遂げられる思い上がり。そうではなくて「他力」の中で生きている、生かされている事を知る。

何たる言葉だろう?空海は天才です。しかし、其の教えはあくまでも空海自身の悟りの心。其の高い学識と類い稀な密教知識。それが理解出来ない、学べない貧しい人達に信仰心を水が砂にしみ込む様に教えるのではなく、念仏を唱えるだけで慈悲の心を共有出来る。其の言葉は現代を生きる親父達の大切な精神的な支えに違いない。

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2011年10月13日 (木)

アメリカの日本離れ 日本のアメリカべったり 政権交代は一体何だったのか?

アメリカと韓国のFTA(2国間貿易交渉)がアメリカ議会で承認された事が伝えられオバカなマスコミと政権与党の前原政調会長が、「これは大変な事になる」と大騒ぎをしている。「だからどうなの」と、どうして丁寧な背景説明が出来ないのだろう?

このアメリカと韓国の関税を無くす交渉が本当に出来るのなら、この国の輸出産業は大打撃を受ける。単純に考えて、関税が本当に無くなれば、自国の輸出産業は大歓迎に違いない。その反対に国内の農産業の打撃は計り知れない。

アメリカ、オーストラリアの肉輸入自由化の時も大騒ぎされたが今はどうなのだろう?大麦、小麦、大豆などは既に自由化され国内生産の保護はどうなっているのか?賢いマスコミと言われる為にはその現実と、何故この国の農家の多くが反対しているかを伝えるべきだろう?農水省、JRも「絶対反対」から「何故反対」かを丁寧に国民に分かり易く説明しなければならない。

オバカな経済ニュースのコメンテーターが「そもそも日本には反対出来る資格が在るのか」と言われていたがとんでもない。それならば日米は利害の異なる事の話し合いが出来ないのか?沖縄の基地移転を一番国民に約束した政党がその約束が守れなければ、その約束で獲得した政権を返上しなければならない。

その事をアメリカに伝えられないこの国の政府。沖縄名護辺野古の砂浜と海岸を埋め立てて何故基地が作れないのかは、アメリカの関係者が一番分かっている。「地元の人達が命がけで工事の測量さえさせない」からである。それを充分承知の上で沖縄基地の重要性をいくら口にしても、問題は少しも前進しない。その事を何故、問題に出来ないのか?本当に問われている事はその事かもしれない。

この一見関係ない2国間の経済問題はこの国の政府、役人の間抜けさをアメリカの為政者に問われている。「出来ない事ではない」「やら無い事が問題」と問われてもアメリカに一番協力している同盟国が韓国なのか?よく考えてもらいたい。

この国の経済はこれから韓国が意外に対立国となる事を、政府、役人、マスコミさえも問題にしていない。竹島を知らない人も少なく無いがこの島は間違いなく国際条約では日本の領土。その島が今、韓国の軍隊が実行支配している。こんな国と如何して仲良く出来るのだろう

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今夜のおかず

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段々高知遍路道の時が近づいて来ました。今回は巡る寺も少なくそれよりも何よりTVの大分、別府ウオークを見ながらブログを書いているので、中々進まない。
別府、鉄輪(かんなわ)温泉。石松旅館。大きな声では言えないけれど新婚旅行で泊まった宿。別府駅前のタクシーの運転手から「ここは年寄りが来る処」と言われても平気だった。もう一度行きたいけれど一人では行けないな。

クロッシーの確認は出来ました。これで又高知の旅もアップ出来ます。あーあ、別府タワーが見える。あの下の道を歩いた日々は帰らない。その内天国の道を一緒に歩けるのだろうか?それも無い気がする。如何して?罰当たりの生き方をしていてはダメです。(がっくし)高知の最御崎寺(ほつみさきじ)、津照寺(しんしょうじ)金剛頂寺(こんごうちょうじ)神峰寺(こうのみねじ)大日寺、国分寺位迄行けたら良いな?

でも今回の大きな目的は馬路村と土佐中街道。どんな顔をして四国の景色を見ているのだろう?クロッシーの料金はこれで上限です。アホな。でもこれで料金を考えずに使えます。

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四国遍路の心構え 十善戒 三信条

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東寺南大門をくぐって右に見える。しかし柵があって何故か直進出来ない。案内図も何も無いのでこの柵の意味が最初は分からない。観光客は無視しているのだろう。仕方なくこの柵沿いに砂利道を歩く。細かな白い砂利が心地よい音を出す。

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東寺創建時にはなく空海によって825年着工され835年完成した講堂。(すごい)この外観は1491年に再建されているが、中の仏像(立体曼荼羅)は空海が密教の曼荼羅図を分かりやすく表現している。その意味を理解するには短い時間では無理だろう。来週は高知の遍路道を尋ねるが、おばかな前総理の思いは何たる事だろう。命を賭けて議員を辞めて歩きなはれ。弘法大師の怒りにふれるよ。(余計なお世話?)親父も人の事は言えない。本当は親父も自分の事で精一杯に違いない。

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このお寺は空海が嵯峨天皇から任される時、真言密教の根本道場を高野山に建設途中だった。さすがの天才もその事業はお金が掛かり、その調達に難儀をしたと司馬遼太郎は「空海の風景」で書いている。当時の世相は国を治める朝廷にその力は既になく空海の伝える真言密教の勢いは絶頂だったのだろう。

空海はこの寺を教王護国寺と定め嵯峨天皇の加護を最大限に引き出している。正にこの時は猫の手も借りたかったに違いない。皮肉な事に空海入滅がこの寺と高野山は些細な事(当事者には大切な教典)で対立し高野山が負ける。何とも情けない思いをしたに違いない。

十善戒
1 不殺生 殺生してはならない。
2 不偸盗 盗みをしてはならない。当然です。しかし難しい言葉。ふちゅうとう。
3 不邪淫 淫らなことをしてはならない。 (当たり前だ) ふじゃいん。 
4 不妄語 偽りを言ってはならない。   (親父程正直者はいない)ふもうご
5 不綺語 言葉に虚飾があってはならない。(これは難しい。)  ふきご
6 不悪口 悪口はいってはならない。   (これは嘘でしょう) ふあくく
7 不両舌 二枚舌を使ってはならない。  (本音を言うの?)  ふりょうぜつ
8 不慳貪 強欲であってはならない。   (欲が無いと無欲?) ふけんどん
9 不瞋に 怒ってはならない。      (これは無理)    ふしんに 10不邪見 よこしまな考えを起こしてはならない (縦縞は?)  ふじゃけん

三信条
摂取不捨の御誓願を信じ(信じていない。言葉の意味が分からない)同行二人の信仰に励む。(誰がこんな事を決めたのだろう?空海が腹を抱えて笑っている。コラコラ罰当たり。)大体淫らの事とは何たる無礼な言葉だろう。邪(よこしま)な考えとは誰が判断するのだろう?
常に弘法大師とともに巡拝し、大師の救済を信じる事。(アカンな・)

何事も修行と心得て愚痴や偽りを慎む。
(旅そのものが修行。)それは同感。しかしそれ程の悟りの心がある人は少ないに違いない。(アンタは例外かも)

現世利益を信じ、八十八使煩悩消滅に励む。(むむ。)
この世で救済される事を信じる。札所を巡る事で88の煩悩を無くし悟りを目指す。88の煩悩とはそれ程の人の悩みは多いという事だろう?親父願いは何だろう?
愚者と智者の差は悟りを拓く事で手に出来るのだろうか?

今日は親父の誕生日。そんな事を考えさせてくれた事は一日でした。合掌。



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東寺五重塔

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垂直に立っている五重塔が何故か傾いている。
自分は正しいと思っている事がこれほどに明解に示されると何故か不快になる。
そしてこの搭が多くの人に多くの思いを伝えた歴史の重みを感じる。

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これは明らかにカメラのトリックでしょう?自分の心はこれ程に歪んではいない事を自分に言い聞かせながら苦笑している。否、見たく無い景色。事実昨日見た風景にこれ程の歪みは無かった。東寺は境内が予想以上に広く秋の気配は目前に迫っていた。

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これは昨夜公開したベストショット。それでもよく見ると少し右に倒れている。
実物は一番下の土台を見れば良く分かる。1644年に徳川家光寄進の五代目。
江戸時代初期の純和風。高さ55メートル。現存する日本古塔中最高の搭と言われている。心柱を囲む四仏座像は何時か見てみたい。これも先日お見せした案内図です。

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2011年10月12日 (水)

東寺に行って来ました。

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京都四条烏丸 イノダコーヒー 久々の懐かしいコーヒー しかし今イチ。
一緒に注文したアップルパイの味が強かったからだろうか?前、来た時気付かなかったが店内全席喫煙可。これも親父が若い頃と替わっていないが、流石にこれは替えてもらいたい。(親父も替わりましたなあ)コーヒーカップ皿とパイ皿が反撥している。

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京都四条通りアーケードのお店の看板に懐かしい言葉を眼にする。「誓文払い」この言葉も最近聞かれない。言葉の意味は10月22日恵比寿祭りを中心に、商人が日頃の儲けに感謝し罪滅ぼしの為の安売りを行う事。最近の日常化しているバーゲンセールや何とか市、何とか祭りとはスケールが違う。知らんでしょう。

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四条烏丸交差点。親父がこの町に住んでいた若い頃、東西南北に市電が走っていた。
交代勤務の現場の仕事で早出の時、右の角で電車を降りていた。反対に夜勤明けで帰りの時は朝10時前後、同志社の学生と一緒になっていた。

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この烏丸通りの地下に京都市営の地下鉄が完成したのは、親父がこの街を離れた後。
新婚の時、何度かこの街に来た時はまだ工事中だった。今は路線が延長され近鉄も乗り入れているが赤字解消とは行かない。理由?

この路線は四条通りに阪急が河原町迄乗り入れているので地下鉄路線が深い。工事費がどれだけの年数で回収出来るかの計算が甘い。それとも計算通りなのかもしれない。いずれ維持出来なくなれば近鉄が安く買い叩くのだろう?(それはありません。地下鉄は烏丸通りの渋滞解消に寄与しています?)

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東寺のアクセスは四条烏丸で地下鉄乗り換え九条下車。バスで10分弱。バス停から交差点を渡ると左に白鷺のお出迎え。よく見えない。ではアップでお見せしましょう。

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東寺五重塔 この建物は徳川三代将軍家光建立 5代目 京都は戦乱の時が南北朝の時代迄続くが天災も少なく無い。現代の搭は1644に完成。江戸時代初期の秀作と言われている。一般公開は初詣の時一階のみ。ほぼ見れない。

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藤袴(ふじばかま)以前は野山でよく見られたが最近は、観賞用の花として園芸店で売られているに過ぎない。準絶滅危惧種として指定されている。それ程に少ない。

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夕日に映える金堂。手前の鉄柵の意味が最初は分からず。左に大きく迂回させて拝観受付に誘導している。拝観料500円。でもこの拝観料は値打ちがありました。金堂と講堂の拝観は値打ちが在りました。残念ながら撮影禁止でした。(当たり前)
昨夜のテレビで見た京都1200年の旅は本物でした。

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最後のこの聞き慣れた言葉は弘法大師の言葉。絶望を希望に変える不撓不屈の精神。「人は希望と共に若く、失望と共に老い朽ちる」サミュエルソンの言葉を忘れてはならない。もう一つ。東寺と西寺が在ったと言う歴史を昨夜の放送で知る。

東寺は空海。西寺は守敏(しゅびん)片方は現代に残り片方は平安の終わりに消える。歴史は栄枯盛衰。今では西寺の名を知る人も少ない。BS朝日の「京都1200年の旅」ナビゲーター市川亀治郎の優しい言葉は印象的でした。

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空海は天才。歴史に名を残すがそれだけではない。守敏のような人が居た事も知れば歴史の見方も変わる。天才空海の教えは凡人には仲々理解出来ない。それ故に真言密教の教えが今日多くの人に正しく理解されていないのは、当然かもしれない。

帰りのバスは四条大宮行き。遠回りをせずに済んだが四条大宮から乗った通勤特急は満員。大阪十三(じゅうそう)迄座れなかったけれど、久し振りの京都の旅は収穫の多い物になりました。

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2011年10月11日 (火)

今夜のおかず

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午後から高知の旅同行の携帯用パソコンエアーの慣らし運転。
久し振りの対面で感じは少し違う。それでも四国徳島で一回苦労しているので特に問題なし。自分にコメント迄入れて終了迄は良かったが最後に料金が見れなくなる。

この前(ドコモ無線端末クロッシーを使い始めた頃)と同じミスをする。
暗証番号の入れ間違い。自分ではメモを見ながらログインしたつもりが間違う。2度間違うとロックが掛かり自分のページが見れなくなる。最悪。

仕方が無いので近くのドコモショップに出掛ける。平日の夕方。整理番号を見ると先客は2人。待つ。間もなく用件を聞かれる。用件を言う。すると信じられない言葉が返って来る。40分待ち。嘗めとんのか?

そうは言わなかったけれどそんなには待てないと席を立つ。急ぐ用はなくても幾ら何でもそれは無いだろう?ドコモの殿様商売。体質は何も変わっていない。良くこれで商売が出来る。ドコモは解約です。何処にしますか?お勧めを紹介して下さい。

ソフトバンクも今は機種変更が多いのだろう?お客は多い。思い切ってauにしますか?それも今イチインパクトが弱い。ドコモ神話はそれ程強いのだろうか?意外にお買い得かもしれない。

靴はブリジストン。軽い。安い。しかし履き易さは今イチ。それでも神戸長田迄行って手に出来なかった履き安さを考えれば文句は無い。これから出立つの日迄履き慣らさなければならない。

今夜のおかずはそんな親父にご褒美の刺身を近くの総菜屋さん差し入れのプレゼント。色んな事が在りましたが美味しい今夜のおかずになりました。

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久々のご対面 優しいお顔をされているがここ迄回り込むのははだしでした

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MacBook Airで画像挿入の練習中。久しぶりの感触は悪く無い。それでもプロと微妙に違う。しっかり予習をしないと又、旅先で聞かなければならない。空海はこの場所で100日間、修行して室戸の御崎を目指す。そこで悟りを開いたと言われている。
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四国徳島遍路道 発心の道はここ薬王寺で無事終了 ここから先を来週訪ねます。
この先迄はJR牟岐線。終点の海部で第三セクター阿佐海岸鉄道乗り換え 2つ先の駅が終点。甲浦。ここからバスで室戸岬に向かう。大阪阪急バスターミナルを8時に出て徳島で10時51分の電車に乗れば甲浦13時37分到着。室戸に向かうバスは13時59分。2時前。目的の室戸には3時過ぎ到着。大阪から6時間の旅。掛かる。それでも早い。今回の旅は21世紀の遍路旅です。?

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薬王寺山門横の日和佐の街のマップ。正面右上に薬王寺の案内が見える。今回の旅ではここで途中下車は出来ない。電車の終着駅甲浦でバスの乗り換えは20分前後しか無い。これに乗り遅れると次は16時44分。5時前となる。
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薬王寺手前の交差点。この突き当たりが港。この日は平日だったが人通りはなかった。しかし、この街の豊かさと大阪駅前の雑踏の貧しさは何とも対照的です。私達はこれからもっと田舎の豊かさを実感しなければなりません。その検証を来週して来ます。(そんなアホな?田舎では大阪人は生きて行けません。)そうかも。

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長い長い道。それでも高知の道はこの道を遥かに越える

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徳島遍路道11番札所から12番焼山寺の遍路道は山越えの難所。しかし、ママチャリと巡る旅は車道でないと通れない。この迂回路40キロ。ガイドブックで見た時は何とか行けるだろうと思っていたが、予想以上の困難な道でした。

それでも今テレビを見ていると愛知県から東北陸前高田迄の1000キロを100キロの荷物をリヤカーで引いて歩いた人の軌跡をみる。全然レベルが違う。今度の高知の旅も電車とバスを乗り継いで軽いリックを背負ってのお気楽な散策の旅。

全然スケールが違う。それでもこの道を黙々と歩いた体験は、ささやかでも親父のこれからの生き方にプラスになるに違いない。この日40キロの半分の道のり20キロはママチャリを押しながら歩いている。この経験は次のステップの後押しになるに違いない。

来週の今頃はバスと電車を乗り継ぎながら歩いているが、高知南国市の隣街香美市東北の物部別府から徳島那賀和食に戻る道は、親父に嘆きと感動を与えるに違いない。70キロ前後の道。車なら2時間足らずの道も歩き通す事は出来ないだろう。

君の行く道は果てしなく遠い。だのに何故歯を食いしばり、君は行くのか?
そんなにして迄。
君の行き道は希望へと続く。空に又日が昇る時、若者は又、歩き始める。(若者達)

昔そんな歌が有ったけれど今は親父です。無理しないで下さいよ。了解です。
1000キロリヤカーで歩いた親父に比べるとちょろい物です。




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秋の深まりとこの国の経済?難しいかな?

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クロガネモチの実が真っ赤に色づいて秋が一段と深まる。この樹は関西以西でよく見られると言われるが、寒さに弱いんだろうか?この樹を見ながら考える事はお金持の事。クロガネとお金が何処でどう結びつくのかと苦笑しながら考えて見ると、万葉集の山上憶良(やまのえのおくら)の歌を思い起す。この歌は最近の万葉集研究で教えているのだろうか?(勿論)。しかし、世の中が貧困になるとそんな事は知らん人も少なく無い。
「銀(しろかね)も金(こがね)も玉(まがたま、くびかざり)も何せんに、勝れる宝、子にしかめやも」金銀財宝がどんなに有っても子供に勝る事は無い。(俗説)
子育てが侭ならぬ現実を作者は嘆いているとも言われている事を、最近痛感する?

あれほど尤もらしく政権交代の目玉政策「子育て支援」として掲げられた錦の御旗は何処に行ったのだろう?無駄な公共工事、ダムを無くすと声高に叫んだ政党が今、政策を東日本大震災と福島原発の収束の為に政策の優先順位を見直すと弁解しても、その言葉に説得力はない。なぜならそんな事はだれでも分かる。アホと違うか。

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関西の紅葉の名所は京都、奈良の有名寺院に多いが親父の大好きな紅葉はもう始まっています。これからの楽しみは四国高知の名も知れぬ遍路道と街道から見える秋でしょう。昨夜のテレビで見た北海道の雄大な秋の景色は来年以降の楽しみになりますが、四国の秋もそれに負けない意外性と出会いが待っている事でしょう。

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10番札所切畑寺から吉野川に向って下りの道をゆったりとした気分で下っている。
その時写した実りの田んぼ。しかし、良く見て下さい。この広さはこの国の農業では決して狭い広さではありません。この国の米つくりが今問われています。瑞穂の国と言われて保護に保護を重ねられたこの国の農業が、これからどう在るべきか、唯、現状でも農家の保護は生かさず殺さず。江戸時代と何も変わりません。

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苦労して汗まみれとなりながらもへこたれずに歩いた焼山寺下の遍路宿前の田んぼ。
親父が育った田舎の風景。宿のアルバイトの兄さんはうまい米が出来ると自慢していた。そうだろう。こんな環境で育つ米にまずい筈が無い。これからはうまい米は農協に供出されずに価値を認める人に、買ってもらうしか無いのだろう。その流通(米の流れ)が出来るのだろうか?難しいなあ。

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焼山寺を後にして宿を出る時手渡されたおにぎりを食った立ち見峠。これもこの国の稲作の原風景。地方の山間僻地で作られた米とアメリカの大農場で作られる米の価格競争に自由競争の言葉は無い。

それでもこれからは牛肉がそうであった様に「輸入絶対反対」だけでは成り立たない。この先祖代々の農地がこれからも成り立つ方法は共同経営しか無いのかもしれない。その成案が農水省に在るのだろうか?

官僚、財界人達はそれだけの考えが有ってTPPとか訳の分からん話をしているのだろうか?この国の工業のレベルが低かった時、貿易の自由化に反対し高い関税を掛けていたのは誰だったのだろう?その話が出来ないからおかしくなっている。

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この道は19番立江寺(たつえじ)から20番鶴林寺に向う広域農道。立派な生活道路。整備された道と田んぼの間を汚い排水路が流れていた。まさかこの汚い水を田んぼの中には引き込んでは居ないだろう。田んぼの方が少し高い。

この道は平坦な田舎の道。しかし、立江寺の納経所の坊主は何故か無愛想だった。この道の紹介が出来ず道案内図を見させられる。田舎の道。説明も聞く事は無かったがお寺の近くは狭い街並で聞かないと分からない。今、思い出しても遠回りさせられた事に腹が立つ。ここの景色は静岡掛川の広い区画整理された風景と同じだった。

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2011年10月10日 (月)

今夜のおかず

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今日は世間は連休3日の最終日。親父は全く関係無し。すっかり秋が深まるが何か気持も落ち込んで戦闘モードにならず。秋は色んな思いが重なるが食欲だけは落ちないから、空海様もマダマダ見捨てていないのかもしれない。

(これだけ食ったんですか?)キャベツのみじん切りとお気に入りの揚げ(昨夜の残り)豚の肩ロースはワンパックの半分で充分だったけれど、残さなかった。これだけ完食すると後は梨のレザートだけで充分でした。

豚肉は肩ロース1パック611円。これくらいの肉なら不味くは無い。味付けは塩こしょう。味は薄味でもエバラ「黄金」中辛の味で少し辛い。甘口で丁度良かったかもしれない。これで肉を半分にしていたら正解だっただろう。

腕は心配掛けましたが少しずつ痛みが無くなっています。腕はまだゆっくりでないと上に上がりませんが太極拳の真似事は出来る様になりました。マダマダ喧嘩を売られても勝てる様にマッチョにならないとアキマせん。(いい歳をしてやめなさい)

「幸せの黄色いハンカチ」リメイクされたドラマを息を詰めて見ている。高倉健は出ていないが、久し振りに倍賞千恵子を見る。阿部寛が高倉健の替わりをしている。黄色いハンカチの見える場所は違うが、感動のラストシーンが近い。

明日から又、何の変哲も無い日が始まるが体に気をつけて、来週からの四国高知の旅の準備をしなければならない。今回は高知の旅も省エネ。室戸の御崎で空と海が見れれば目的は達成出来る。その後は土佐くろしお鉄道の終点、奈半利にバスで向う。

27番札所神峰寺(こうのみねじ)を参拝した後、遍路道とは関係ない馬路村に足を延ばす。この村は人口1000人足らず。それでも行政の指導とは一線を画した再生の道を歩いている。過疎の村が生き残るにはどう在るべきか、全国各地からの見学も絶えないと言われている。その実態を見て来たい。何の為に?単なる好奇心です。

それから高知の手前南国市の29番札所国分寺迄。ここから土佐中街道を国境のトンネルを抜け徳島那賀町を戻る。太龍寺は徳島遍路道で参拝したから今回はパスするがこの街道は立派に整備された国道でも、車の往来は少ない。バス路線も在るが便数は朝夕数本。ヒッチハイクが出来なければ必死の思いで歩かなければならない。

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今、問われている事 その事を見失っていないか?

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以前撮影した夕映えの西の空。昔から極楽浄土が在ると信じられている空。その空を見上げて今日一日の無事を感謝し明日への奮闘を祈念する。そんな日常が失われ一見無意味と思われる日々の繰り返し。しかし、考えても見たまえ。同じ日常の繰り返しは無い。何の変哲も無い無為と思われる日常は何時か必ず終わる。

その覚悟が殆どの人に無いが長い短いかは千差万別でも、間違いなく始まりと終わりが在る事を忘れては行けない。人生50年。「夢、幻の如し」とも言えないで慌ただしく駆け抜けて行った人に今、語りかける言葉は「無常」です。もっともっと元気で幸せな日々を願う時は余りに短く、不快で息苦しい時は長い。

それでも日は沈み、夕映えの時が光を無くしても朝焼けの時は巡る。眼を凝らして暗闇の中で何も見えないと、どんなに嘆いても間違いなく夜は明ける。その神々しい夜明けの時を、今は実感出来なくても希望を失ってはいないか?朝の光の中で抱き合う歓喜の時は、遠いと遠い過去となったとしてもこれから暗闇の中でもその事は忘れてはならない。日は巡り日は沈む。

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木漏れ日の人気の無い道を歩く。「なんでや」「なんでや」と自分に問いかけた散策の道は冬の寒い枯れた田んぼの中の道だったが、この道を歩く様になってからは前を見据えて黙々と歩いている。それだけの気持ちの変化は干支が1周しなければ手に出来なかったのだろうか?そうではない。季節の移ろいの中でマグマの活動が冷めただけかもしれない。時の流れはそれ程に人の思いを変える。嬉しくも悲しくも無い時が流れている。

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今朝は昨夜言われた事が気になって久し振りに近くの内科医が処方した血圧を下げる薬を飲みました。右腕が痛くて真上にはまだ上がりませんがそれでも60度近く上迄は上がる様になりました。

太り過ぎでお気楽な生活をしていても血圧が高いままでは情けない話しです。最近狭い部屋の中でふらついた時、咄嗟にバランスを取れない自分があります。何時迄も若いと思ってみた処で確実に肉体は老の入り口に差し掛かっているのでしょう。

よろめきのドラマには全く興味はありませんが、数年前に坂道で自転車のブレ−キを掛けた時、何も考えないで前ブレーキでバランスを失い体が投げ出され、それでも片足で受け身の体勢を取って膝小僧の擦り傷だけで済んだ事が在りました。今は救急車間違い無しでしょう。もう一度体を鍛え直して自分で自分の体を守る鍛錬が求められています。

今日は体育の日。親父が独り立ちして2年目に開催された東京オリンピックの開会式の日。あの感動の時を仕事で行った奈良吉野大和上市の食堂で見ていた。今年の春、吉野の桜を見に行った時にウン十年ぶりに訪ねたが昔の面影は何処にもなかった。

近鉄吉野線は昔の侭で近くを流れる川の流れも変わらなかったが、町中の様子はすっかり変わっていた。人の気配がないけれど間違いなく静かに時は流れていた。今、この国の何処の街でも確実に進んでいる過疎化。その歯止めは地域の活性化だとしてもダムや道路を造る事だけでは無いだろう?その事も見失われている。

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2011年10月 9日 (日)

久し振りの日の入り 日は昇り日は沈む 肩の痛みは大分まし。

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トレッキングシューズを履いて近くの城跡公園迄歩く。靴の案配は良く無いが久し振りに六甲の山裾に沈む夕日夏見れる。正確には宝塚の奥。兵庫の北。この山塊を抜けると福知山の盆地が広がる?かな。

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雲を抜けて夕日が山塊に沈む。手前に見える黒い建物は隣町のマンション。それにしてもでかく見えるなあ。これもカメラのトリックです。
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これもカメラのトリック。今日は夕日モードで撮っている。実際の色彩はこれほどに明解ではない。しかし、今日は日の入りに丁度間に合ったので夕日モードでまとめる。1人占めは勿体無いので少し多めに紹介しました。ここに来ると丁度良い運動になるし、芝生の広場を歩くと殿様気分です。この芝生広場は立ち入り禁止ではない。

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市街地からは少し坂を登るので近くの子供連れか親父世代が多い。だからこの芝生が残せるのだろう。最近環境破壊とか温暖化とか言われるが、この国の多くの村や街は豊かな自然が残っている。秋が深まっているが本当の秋は遠くに出掛けなくても近くにある。

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日が暮れて暗くなったが金木犀(きんもくせい)は今が盛りと咲き誇る。フラッシュにも負けていない。根元近くは西表の河口で見たマングローブの子供達を思い出す。マングローブの大木には勝てないが匂いでは負けていない。それでもこの花達は強烈な自己主張はしていない。親父さん(アンタ)とは大違いです。?

腕の痛みはサロンパスでは取れず。液体の塗り薬は強過ぎて皮膚が痛い。結局バンテリンのゲル(チューブ入り)を買う。筋肉痛にはこれが一番。このお陰でまだ痛みは在りますが、手を水平に伸ばして45度上迄挙げる事が出来る様になりました。

もう少しです。手の平を横に向ければ90度ももう少しですから、段々と回復しています。手足をゆっくり伸ばして攻防の構えが出来れば、自分で自分の体を確認する事が出来ます。これからは寒くなりますが体を丸めずに伸ばして行きましょう。

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相性の悪い靴を履き慣らしています。腕は30センチ位上げるのが精一杯です

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線路は続くよ何処迄も♪。野を越え山越え谷越えて♪。映画にもなったがこの路線はそれ程の山も谷もない。宝塚から西宮北口乗り換えで今津迄の短い路線。しかし、この路線の乗降客は多く10分間隔で電車は走る。

沿線に高級住宅地、阪神競馬場、宝塚と西宮のターミナルがある。今津は昔は海運の要衝に近く現代は阪神間の住宅地となっている。営業距離は10キロ未満。以前は宝塚−今津間は直通だったが、現在は西宮北口で阪急神戸線に寸断され乗り換えとなっている。

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阪急宝塚駅ホームからJR宝塚駅を見る。以前はこの駅はこんなに立派ではなかった。駅舎がホームの上に立ち上がり乗降客は新装なった改札を通り、ホームにはエスカレーターを利用する。このパターンの駅舎が多くなっている。Img_8325

四国徳島鶴林寺から太龍寺ロープウエイ乗り場道の駅横の宿「そわかに」に向っている。意外に遠く感じていたが、この場所はママチャリを停め何を写していたのだろう?この道は土佐中街道ではないが那賀川沿いの立派な生活道路。

土佐中街道はこの先でこの道と合流して土佐高知に続く交通の要衝。しかし、今は全国何処でもそうだがバスの利用客は少なく路線は廃止されるか、残ったとしても一日に便数は少なくなって車が無いと不便。この道の国境にトンネルが在るがその道を高知の旅では戻って来る。今度こそ、トレッキングシューズを履き慣らして、歩く練習をしなければならない。どれ位歩けますか?それが問題です。

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2011年10月 8日 (土)

今夜のおかず

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小さい頃お袋が作ってくれたおかずに文句をつけようものなら、即刻、箸を散り上げられた。「文句が有ったら食うな」この言葉は幼子心(おさなこころ)に恐怖があった。お袋の言葉は冗談ではなくて何時も本気だったから、飯だけは何と言っても食わないと他に腹を満たせるものが無かった。

そんな幼い頃の実体験は親父の食生活に大きく影響しているが、反対に不味いものは食えないと箸を付けなくなったのは、一人暮らしを始めてからだった。会社の食堂で朝昼晩の3食をとる事も少なくは無かったが、営業の仕事ではそれも侭ならなかった。親父の食事がぜいたくになったのはその頃からだったに違いない。

28の時結婚した時は親父が決めた見合いだったが、仕事を終えて家に帰れば飯が用意されているだけで、本当に嬉しかった。しかし、それは新婚の一時の事。それが当たり前と思う様になると「美味い」「不味い」は口に出さなくても顔に出る。

そして今、自分で飯を作る様になって痛感する事は食事は何よりの栄養源。お寺の修行僧がお寺の料理は修行の一部と教え込まれている意味が、本当に良く分かる。今、食べ物の自給自足は殆どがしなくなり、美味しい物はお店で買うか食う事を当たり前としているのは罰当たりな事である。

朝夕が寒くなり半袖では室内でも肌寒い。それでも扇風機を弱風で廻しながらキーボードを叩いている。しかし、年ですなあ。昨夜から右の腕の付け根から下の筋肉が痛い。反対の手で押さえてみるとズキズキ痛む。その原因を良く考えて見ると人差し指左右1本ずつしか使わないブログの作成の気がする。

情けない事に右腕が前に伸ばして水平から幾らも上げられない。1人になってまもない頃、名古屋の医師が静岡掛川に来た時、掛り付けの先生が腕の上がりの悪い診察を紹介された事がある。あの時若い馬鹿医者は肩の細い筋が老化で切れていると言い、腕が上がらなくなったら、又、来て下さいと言われた事を思い出す。

あれから自分でリハビリをして整体師に電気マッサージを受けた。あの医者はそれからどうなったかは知らない。名古屋の病院の院長位にはなっているのだろうか?「おえらーせん」田舎の言葉で言えば「どんこんならん」標準語では「どうにもこうにもならない」か。

今夜はカボチャのけんちん汁を作ってみました。ところがカボチャが意外に柔らかく味噌が賞味期限切れ。豆腐と揚げも買い置き無し。当然、味もインパクトが無い。出汁は鶏肉の骨付が良いかもしれない。次は美味いけんちん汁を作ります。

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秋の夕日に照る山もみじ

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神戸長田の夕映え 右側の高架はJRの山陽本線。(でも今は違うかもしれない)。違わない。親父が18の時大阪に来た事と何も変わっていない。この高架は阪神淡路大震災の時は何ともなかったのだろうか?その傷跡が全く感じられない。

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駅の南側に大きな建物が見えるがこの辺りは震災で焼け野が原になる。今は立派に見える風景も多くの嘆きと悲しみを内包して、今を生きる人に何かを語りかけているがその言葉を理解出来る人は殆ど居ない。長田の教訓は東日本大震災の復興にどれだけ活かせるのだろうか?そして無念にもこの復興の姿を見れなかった前の長田の人達は今、どんな思いで居るのだろう?青い空がその想いを語っていた。

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真ん中の雲を良く見て下さい。お母さんが幼い子供を抱き上げている。思い掛けない突然の震災で家を押しつぶされて幼い天子を助ける事が出来なかったのだろうか?お母さんの嘆きの顔に天子が優しく顔を寄せている。運命と言うには余りに悲惨な出来事が在った16年前の悲劇を忘れてはならない。そして東日本の復興に活かさなければならない。

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城跡公園の錦木(にしきぎ)これから秋の深まりと共に紅葉が深まり、晩秋には燃える色、深紅の飾りを見せて落葉する。人の生き方でそんな情熱的な人は少ないが、フラメンコを踊る人はどうなのだろう?(うーん。微妙)年たけて考えが青い親父には分からない。それなのにそんな生き方に憧れるのは何故だろう?アホです。

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今夜のおかず

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今夜のおかず。さわらの塩焼きは食用油多めで焼いているがさっぱりしている。その分後ろのタマネギが炒め過ぎだけれど、これは食ってしまったイカのぽっぽ焼きの一部を入れたから。タマネギのみじん切りが厚くて本当の甘煮になっていない。

イカポッポは残っていないがイカは生臭さが無く美味い。店で焼いているが新しいのだろう。味付けも悪く無い。完食。海老とショウガの天ぷらも新潟産。これも親父のお気に入り。今日はサトウの魚沼産こしひかり入りのご飯もあるし、どうしょう?

決まっているでしょう?美味しい漬け物も在るし辛抱する訳が無いと思うでしょう?残念でした。徳島遍路道から帰った時は流石に凹んでいた下腹部が元に戻っている。そんな訳でコーヒだけで辛抱します。偉い。それ程でも。1人で生きるとはそう言う事です。お気楽の反面、自己責任が求められそれが出来なければアウトです。

同じ事が求められているこの国の経済。信じられない程の報酬を手にしている経済界のリーダー達と金融界の社会貢献。この国の牽引車達の倫理感が今、問われている。
その言葉の意味を問い直しもしないで、これ迄の政府に何かをしてもらうタカリの大合唱。

そんな事が何時迄も続く訳が無いと思いきや、中小企業でもそれ以上の情けない言葉を聞く。自分達だけが良ければ良い。人の事はどうでも良い。そんな企業が生き残れる訳が無い。今、この国の景況動向は良い?アン、ビリバブルです。

これから景気は益々悪くなる。理由は簡単。失業者が多くなる。働く人の手取りが少ない。それで景気が良くなる訳がない。これからその試練を受ける。その覚悟が出来ているのだろうか?だだ例外者が居る事も言う迄もない。その例外者の条件。それはあなた次第かもしれない。成る程。親父は間違いなくこのままではアウトです。

その事が分かればあとは前に進むのみです。四国遍路道を歩こうと思ったのはそれが原因です。そのくせに徳島遍路道はママチャリと同行二人でした。それでも空海様はそんな親父を苦々しく思いながら試練を与えてくれました。

あの苦しみの坂道と長い登りの道で教えて呉れた事は「とにかく前に進め」でした。目的地に辿り着くにはどんなに苦しくても「前に進む」でした。余計な事を考えないで前に進む。その事が出来た時に優しい感動の時が待っていました。

次、高知の遍路道は「修行の道場」です。徳島遍路道以上に長い道が続きます。今、その準備をしています。今度は電車とバスを乗り継いで出来るだけ歩かないつもりですが、全てが思惑通りとは行かないでしょう。これからの人生と景気も全く同じです。それ故に人は生きるのです。そう思いませんか?

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2011年10月 7日 (金)

思い掛けない出会い。思い掛けない失望。

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思い掛けない処で空海ゆかりのお寺さんに出会う。お寺の由来は聞けなかったが京都東寺が本山。阪神淡路大震災で本堂が倒壊。再建されている。本堂を覗くと御本尊様が見える。これだけの立派な建物が再建出来たのも檀家の方々のお寺さんへの気持ちだろう。失われた日本人の信仰心はこんな処でも生きている。

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靴を買いに来てこんな処で思いがけなく「大師像」を拝めると思っていなかったので嬉しい気持ちになっていた。しかし高揚した気持ちとは裏腹にお気に入りの足裏診断と心地好いトレッキングシューズとは対面ならず。空海様も高い靴は要らんと思っていたのだろうか?

諦め切れずに近くの靴屋を覗くが反対に「難しい事は言わないで」「うちは言われる様に安物の靴しか置いていない」「他所を探して下さい」と追い払われる。空海様もこんな苦々しい思いを何度もされたに違いない。

本物を探し求める道は亡くなったアップルのジョブズ氏が言われる程、簡単ではない。空海様もジョブズ氏もその他多くの凡人とは違う天才的な能力が在ったに違いない。天才とは人並み外れの感性と閃き(ひらめき)、飽くなき興味とそれを実現出来る知識。人は生まれながらにして手にしている能力に天地創造程の差がある事を痛感する。

今月中旬の高知遍路の旅は室戸岬から高知市内迄。本当は高知の旅は四国西端を廻り宇和島の先で終わる。初めはそのつもりだったが高知土佐市内から次の札所迄は遠い。それもJRの電車で行けば窪川の岩本寺は近い。窪川は思い出の街。しかし、この町も今は市町村合併で四万十市。この先は足摺岬と続く。地図を見るとこの道は本当に遠い。それよりもここ迄来ると宿毛からフェリーで帰省した九州大分を思い出す。

今回は高知で引き返し香美(かみ)市を東北に抜ける。この街も市街地から徳島国境の面積は広い。2006年の市町村合併で香北、土佐山田、物部3つの市町村が合併している。面積は500平方キロを越える。(親父の田舎佐伯市は900を越える)
政府が主導した広域市町村の合併は今、どう変化しているのかその実態を伝える物は無いも無い。(知らないだけと叱られるかな?)

その反対の生き残りを賭けた村もある。その村も訪ねてみる。人口1000人。面積156平方キロ。結構広い。その多くは山林。しかし、この村が近隣の市町村と合併をせずに生き残れているのは「村の特産品」今や全国的に有名となったゆずの加工品。ゆず単品ではさほどない価値をジュースとして売り出し、今や全国的に豊かな村として有名。若者達の村外流出が止まり子供達も多いと言われているが、今はどうだろう?自分の目で見てみたい。

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2011年10月 6日 (木)

骨折り損のくたびれ儲け

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神戸長田のシューズ館 期待して行きましたが期待外れ。閑古鳥が鳴いていた。そのくせに不具合を診断するお店は2軒。両方とも先客が居てその対応で仲々話しを聞いて貰えない。しびれを切らして出直す事を告げる。本音はもう一度は無い。

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山陽電鉄出口地下道「神戸長田」震災からの復興と靴の街の背景説明。少し暗くて見難いが親父の思い込み外れ。自分の足に合う靴は自分で探すしかない。靴選びは本当に難しい。靴屋がそっぽを向かれるのは良く分かる。しかしその事はお店の不幸ではなく、現代人の不幸である事を多くの人が気付いていない。

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神戸長田の復興シンボルの「鉄人28号」昨年の今頃完成。何でこのモニュメントがここに出来たかは、地元商店街の神戸淡路大震災からの復興と、地域おこし商店街の繁栄を祈念したもの。あれから一年。商店街はそれなりに賑わっていた。

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お気に入りの靴が買えなかったので、空ばかり見上げて歩いていた。神戸の街は前は海、後ろは山に挟まれた狭い街。その街中が何故か魅力の無い街になっている。何でだろう。批判覚悟で言わせてもらえば大阪、京都に続いて市電が消えた事。

その変わりに大阪、京都に続いた神戸にも地下鉄が建設される。大阪に在って京都に無いもの。それはクイズの様だけれど空港。そこ迄して神戸の市長は何を求めたのだろうか?市電を無くした神戸の街並に昔の面影を求めるのは難しい。

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お土産に神戸中華街の豚まんではなくて、大阪十三(じゅうそう)の乗り換えホームで551蓬萊のお気に入りの餃子 豚まんはいつもは2個。今日は流石に2個は要らない。これにスープがうまいインスタントのワンタン。これで夕食は終わり。

お腹が空けば買い置きの讃岐うどん。イオンのプライベート、ブランドになっているが生産は「加ト吉」味は悪く無い。後でお見せします。(見たく無い?)御尤も。

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讃岐うどんに同じく茹でたキャベツを乗せ花かつおとキムチを添える。つゆは無し。それにこの創味のすき焼きのたれを掛ける。一度お試しあれ。うどん玉は3個入りで198円?安い。たれはチョと高い。しかしこのたれ予想以上に合う。すき焼き、肉じゃがには外せない。お試しあれ。料理の写真も今日は良いでしょう?鉄人28号は空の色が逆光で飛んでいるけれど。

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2011年10月 5日 (水)

親父の歩く力を試してきます。

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大阪はシトシトと小糠(こぬか)雨です。音も無く秋の深まりを感じると人の温もりが愛おしくなりますがお元気ですか?親父の遍路道徳島一国廻りは済みましたが、今度は高知「修行の旅」です。四国遍路道は行く前と後では大きく考え方が替わるとも言われますが、親父が一番感じた事は予想以上の懐の大きさでした。

色んな人がいろんな処で懸命に生きている。その事を実感しました。罰当たりな事は好奇心と物見遊山の性根(しょうね)、そしてママチャリで歩いた事でしょう。でもその事は最初の宿に向う長い登り坂で考えの甘さを笑われ、4番大日寺の長い坂、山間の道で空海様に笑われていました。

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汗まみれになりながらへたり込みながら、高速道路(高松−徳島)の高架下で顔は笑っていたけれど眼が可哀想。空海様もこの近くの山道を歩いたのだろうか?この先大日寺の山道はどれ位ママチャリと歩いたのだろう?

あの時は「おぬし、なめとんのか」と言われる格好で何よりも足元が草履では、この後、焼山寺の宿のお母さんに言われる迄もなく、お遍路ではなく弘法大師の怒りに触れていた。それでもこの親父、この時まだその事に気付いていなかった。

今回、高知の「修行の道」はもっと楽をする。徳島の旅では何も言わなかった空海も室戸の最御崎寺(ほつみさきじ)では容赦のない言葉を浴びせるかもしてない。それでも現代人の生き方に比べると親父はまだ救いがある。

行って見なはれ。それ程に道は遠い。親父の一番の疑問はこれほどの善男善女の思いが何故、国を変えられないのか?だったが、その事は空海も思いもしなかった事に違いない。弘法大師の称号も空海の死後、為政者朝廷から与えられる。その事を多くの人は知らないからだろう?(そんな事は知っている?)失礼しました。

昨日、買ったトレッキングシューズが期待外れで、今日神戸長田のシューズ館に出掛けるつもりでしたが今日は水曜日。休館日です。これからこの履き心地が駄目な靴でどれだけ歩けるか、近くを歩いて来ます。久しく歩かなかった思い出の地はどんな顔をして親父を迎えて呉れるのだろうか?歩く練習をして来ます。歩けるかな?

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伊丹有岡城址跡前のプランター 今年の連休前に見ていた赤い情熱の花は無い。優しいと勝手に思い込んでいた思いは今は無い。心をえぐる思いは一時の事かと思いきや久し振りに見たプランタンも親父の心を気にしていた。「覆水盆に帰らず」何度も感じた親父決断の言葉。その言葉を忘れなければ又、新たな出会いも可能かもしれない。

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こうして見直してみるとこの時既に赤い花は枯れ始めていた。その程度の事です。

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久し振りに西君のカレー。少しスプーンでカツをカレーにまぶしているが、この食べ方が親父流。それにしてもライスの上にトンカツを置かないで、ルーの中に入れないのは何か訳があるのかな?親父的にはその方が良いけれど。

帰りに西君に家迄歩くと言ったけれど、来た時もそうだったけれど歩く根性が無かった。こんな事では高知の旅が思いやられる。大阪から室戸岬迄電車とバスを乗り継いでおよそ半日。室戸岬から高知の隣町南国市迄5時間。そこから土佐中街道を徳島阿南市に戻る道はどれだけ歩けるのだろうか?精々半日が関の山だろう。空海様は助けてくれるだろうか?それは無い。明日は神戸長田のシューズ館に出掛けます。

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今夜のお食事。久し振りにトンカツカレーを食って家でぶなしめじとタマネギ、お魚ソーセージの炒め。室内モードのカメラの色が飛んでいる。これは何とかしないと。味は合格点でした。今夜は新発見が在りました。

今迄やらなかったBS放送の録画。親父の部屋はケーブルテレビでBSのアンテナ無し。折角デジタル放送対応のテレビを買ってこのテレビが録画機能内蔵だけれど、BS放送の録画が出来なかった。

「そんな馬鹿な事があるか」とケーブル会社にクレームをつけて録画チュ−ナーをつけてもらった。処がこの画面がぎらついてとても見れない。それでBSで録画したい番組が有っても録画をしていなかった。

今日、どうしても残したい感動の画像が有って録画する。処がその画面を再生すると画面が悪く無い。ラッキー。これから精々活用します。中国長江の上流シャングリエ。そしてラサより上海を見たいと言いながら叔父さんの反対で見れなかった娘。

それが偶然見れました。民宿出来ると良いね。取材をした阿部君も中国との架け橋に成れると良いね。親父の中国観も空海の風景と今日の娘を見ていると変わっている。この国も親父達も変わらなければならない。中国も同じだろう。

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焼きそばの教訓

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昨夜リベンジした焼きそば。(不味そう)そう見えます?正直、フライパンで出来る焼きそばはこの程度かも。オマケに冷蔵庫の中に残っていたもずく入りの天ぷらが生臭い。これを食って豚のコマギレとキャベツがたっぷりで味は微妙。

相手がいれば顔を見合わせながら「今イチかな?」と言いながら素知らぬ顔で食っていそうな気がする。焼きそばの美味い店で喰う味とは比べ物にならないし前回のリベンジは出来なかったけれど、次はも少し美味く出来そうな気がする。

料理は仕事と同じ。もっと大きな事を言えば昨夜散々悪口を言った政治(昨夜だけではおまへん)、経済も私達の生活も同じかもしれません。問題は一人一人の考え方?
それ程の事でもないと思うが、実はこの差が大きい。

オーバーに言えばこの国のバブル経済も水ぶくれ、実態経済とはかけ離れた繁栄、土地の価値が永遠に上がると思われた夢幻、多くの尤もらしい言葉で総括されたが、実際はそれを造り出し、尤もらしく誇張し束の間の繁栄を誇示した原因追求がなされていない。

原因が簡単でない失敗と崩壊であればその対策も又、難しかった事を多くの経済学者、専門家(エコノミスト)は語っていない。マスコミ特に経済新聞のお間抜けさは世界から笑い者にされている。その事を私達は知らない。

今、経済界のリーダーが頻りに口にする「円高対策」と「産業の空洞化」この言葉がその事を物語る。(分からない?)親父もそうでした。でも考えて見なはれ。円高の原因は世界の金融市場の流れ。それをたかがこの国一国の都合でわめいた処で、どうにもなる訳がない。その事がそのうち必ず証明される。

その時、この国の財務官僚達は何と言って口を濁すのだろう。その言葉も予想出来る。「あの料理は私達のレシピでは無い」と。そんな経済政策がマダマダ続けばその影響は、生活弱者が益々増えるだけでは無く深刻な社会問題として無視出来なくなる。不味い料理は美味い料理に変える事が出来る。政治も政策も私達の生活も同じとおもうがどうだろう?違うだろうか?大胆な予想をすればこのままでは済まない。

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焼きそばソースクック、ズウのオイスターを掛ける。これはイメージと違うが味は悪く無い。しかし、焼きそばは甘辛い焼きそばソースでなければ駄目。これが今回の教訓でした。(政治と経済はそんなに簡単な物と違う?)それ故に貴男方は高い報酬を手にしているのです。

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背水の陣 しかしそんな緊迫感を感じないのは、この美しさが在るからだろうか?

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景気は間違いなく後退している。日本経済だけでなくヨーロッパ、アメリカ、中国等世界の経済がおかしくなっている。何故だろう?単純明快。経済とは成長と後退の繰り返し。成長の時はこの国も何度も経験している。しかし、後退の時も少なく無い。

その時に共通して言われる事は「不景気からの脱却」。今も例外ではない。政府も経済界も経済の解説者も口を揃えてチイチイパッパ。威勢の良い言葉と楽観論ばかりで政府の取り組みと施策は口先ばかり。これからもっと厳しくなる。

「そんな事は分かっている?」ならば何で出来ないの?それも簡単です。
政権政党と財務当局にやる気が無いだけです。政権交代で圧倒的議席を獲得した民主党が国民に約束した「税金の使い方の見直しで16兆円の算出」が絵に描いた餅となる。これで全てがぶちこわしでした。

それだけではなく「あれは無い事にします」
アホか。その代わりに増税をお願いします。経済の先行き見通しは悪く無い。
何たる間抜けとこれから株式市場から容赦のない袋たたきに合う。

それでも財務官僚、財務大臣はこの国の景気低迷に為す術が無い。
これはこの国だけの問題ではないと責任回避が関の山かもしれない。
その事に尻を叩かれる時が来るとは思わないが、彼等の経済認識は日銀短観(短期経済予測)がいみじくも証明する。

「大企業の景況感は悪く無い」バカタレ、この国の景気は誰が支えているとでも思っているのだろう? 誰だと思います。安い給料で懸命に働いている労働者です。その事に目を向けて必死にならないといけないが、時、既に遅し。その事がこれから市場から問われる。株価が幾らになっても関係ない生き方が出来る人はいない。

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2011年10月 4日 (火)

久々の夕日が親父を歓迎 残照 靴はアカン

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近くのお店で四国高知の遍路道で歩くトレッキングシューズを買う。お店で履いた感じは良かったが早速試し履きをしてみると駄目。帰って買い物のラベルをよく見るとメイドインチャイナ。6000円お買い得と思ったが、靴底がすぐ凹む。

暫く履き慣らして様子を見るしか無い。今迄靴を買う度に何度も経験した不快感。靴も神戸の長田で造られた物でないと駄目だと言う事をもう少し、学習しなければならない。今度の高知の旅は中途半端な靴では歩けない。

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この坂は兄貴がスケボーでこけた道。久し振りに歩く。そうして夕日を撮る絶景ポイント。しかし、足は左の親指が窮屈で痛い。体の重心が左の足先に掛かっている。靴屋で最初に指名した靴のサイズが27㎝しかなかったが、厚い靴下を履いてそれが正解だったかもしれない。靴選びは本当に難しい。だから現代人は歩けなくなったのだろう。

靴選びだけでは無い。男も女も仕事も生き方さえも同じかもしれない。それでも嘆く事は何にも無い。怒る事も悔やむ事も全ては自分の所為。昨年スイスに行く前に気合いを入れて買った靴を履かなかった様に、この靴も同じかもしれない。良くある話です。

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秋の気配が一段と深まる。これから足に合う靴を探さなければ。 

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昨夜の散歩の帰り。すっかり暗くなって人影もないがキンモクセイの香りが、心を和らげると言いたい処だが、沸々と沸き上がる不快の想いを暗闇が吸い取ってくれる。この大手門は平成の年になって再建されているが、昔の武士のサムライも親父の様に心に複雑な思いを重ねながら、秋の香りを嗅ぎながら池田の町に降りて行ったのだろうか?

いやそれ程の武士も少なく、それ故に荒木村重の様な無様な武将に蝶略されたのかもしれない。荒木村重は悲運の武将とも言われているが、その言葉とは裏腹に秀吉の天下統一後、話相手(お伽衆)として引き立てられる。秀吉の武将としての評価も天下人となってから最悪となった事を多くの人は知らない。その事は朝鮮出兵と撤退。関ヶ原の戦いで自分が育てた武将達が家康側に廻った事で証明される。

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鈴なりも食えない渋柿?手に取ってみないと分からないが見るからにそう感じる。
味覚の秋で松茸は仲々口に出来ないが柿はそうでも無い。毎日の買い物で手にする柿も安過ぎて本当の柿の味を知る親父には物足りない。これからの食の楽しみは産地直送しか期待出来ないのかもしれない。その為にはそれに見合うそれなりの対価が必要になる。

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昨夜の夕食。焼きそばが食いたくて麺を買うがこれも一玉98円。駄目。モッチリして喉に詰まるとがっかりするが良く考えて見ると、作り方と材料が悪い。適当な豚肉が無くソーセージで誤摩化すがこれはこれでOK。駄目なのはキャベツの千切りがない。麺を水でほぐして蒸していない。今夜、リベンジです。本当はフライパンではなく鉄板が必要で完全には難しい。

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口直しにレタスの油炒め。シャキシャキ感を無くしてしんなりと油に絡ませるのがポイント。油が多いと言われるからプライパンの底に残った油は、勿体無いけれど捨てる。お皿の底に見える焼きそばの残りはご愛嬌です。他にベーコンチーズのつまみ。

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ラップに包まれて商品をアップしているので大きく見えるが、実物は一個キャラメル程度の大きさ。5個で398円。安くは無いがチーズとベーコンが頃合いの良い。人の関わりもこの程度が丁度良いと思ってもそうは簡単でない。相性。阿吽の呼吸。そう思った人が意外にそうではなかったのは、自分に原因が在ったに違いない。

それでもゴーイング、マイ、ウエイ。今更生き方は変えられない。そのうち空気の様な存在感を感じる人が現れるに違いない?(それは可能性が低い)それを求めるならば自分が枯れなければならない。その時が問題だろう?それ程の人が現れるだろうか?

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天気が良い。空が青い。仕事をしている時、見上げた空の景色が一変している。今年の夏は昨年程の猛暑ではなかったが、それなりに暑くそれに加えて都市部では例年以上に暑く、熱中症対策とか言われた。あの間抜けな節電対策。今年の夏は乗り切れたが今年の冬もお願いしますとか。

それならば何で電力の供給の改善をしないのだろう?東京電力、関西電力、中部電力、東北電力、北海道電力、中国電力、九州電力、四国電力、沖縄電力。全国九つの電力会社。これが民間企業ならば何で役人の天下り先になっているのだろう?

この国は競争社会で成り立っていると多くの人が思っているがそれは都合の良い建前。役人だけでなく大企業の多くが官僚の天下りを受け入れて、尤もらしい事を言っているだけ。青い空とは裏腹のえげつないたかりの世界。それでも暴力団排除条例。

ふだけるな。違法行為を放置している警察に何が期待出来るのだろう?(親父さん、それは極論です。)そうでっしゃろか。駅前の放置自転車、違法駐車を見ると本当に情けなく思うクズが、平然と生きている。尤もらしい事を言ってもその程度の国です。

今、多くの人が気付いていない経済と政治の地殻変動が起きている。この国が素晴らしいと言う人も居るが、そうではない事が今、ようやく明確になる。「頑張ろう日本」とか「被災地の復興の為に何とか」と言われても多くの義援金の配布が侭ならない。多くの被災地の人が仮設の住宅で侭ならぬ生活をしている。

その対策が仲々進まなくても中央官僚の現地での仕事は余り聞かない。大臣の言葉と言えば耳障りの良い言葉だけ。(と思いきやサラリーマンと法人税の減税はやるとか)昔なら反撥の直接行動が起きてもおかしく無いが、それもない。

何たる事かと思いきや海の向こうのアメリカでは、公然と金融機関を名指しして反撥運動が起きている。アメリカのウォル街といえば国の金融の中心。其処で起きている事はこの国でも同じだろう。

違う事と言えば格差の違いかもしれないが、この国の金融機関が今、この国の為にどれだけ貢献しているかが、今、皮肉にも株式市場で問われている。この国の経済を支える株式市場の参加者の多くは、金融で飯を食っている人達。その人達がこれから問われる事は「身銭を切れ」に違いない。今、その事を深刻に受け止める人は少ない。

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2011年10月 3日 (月)

もしもこの人生が長い夢だと聞けば、君は一体何を思うのだろう?

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近くの城跡公園から見た夕映えの空。多くの人が一日の疲れを癒す時、親父は心の底から怒っていた。ipodから流れて来る音楽は親父の好きな「堀内孝雄」のちぎれたボタン。歌の文句はどんなに過激でも今の親父にはそれ程の元気は無い。歳を取るとはそう言う事なのだろうか?先日のブログにも書いたが見かけのよらず、若い時不良でなかった真面目さは年老いてなんの支えにもなっていない。

夕方、そろそろ散歩でもと思っている時に思いがけない人から電話が掛かる。
親父の近況を心配してくれた仕事をしていた恩師だったが、この人の一番いけない所は自分の考えを押し付ける。親父も同じ性格だから話が説法になるとぶち切れる。

心配していると言われても何も出来ない人に多くを語りたく無い。それでも自論を展開されると最初は無礼を詫びていた親父もぶち切れる。「社内で確認してくれ」「私は馬鹿な人間です」翌日から仕事が出来なくなった非を問われても「ふだけるな」と言う他になかった。

親父世代の身分保障も出来ない人様に尤もらしい事を言われたく無い。これからは自分の道は自分で切り開く。そう自分に言い聞かせていた。何もこの事は目新しい事でもなんでもない。良くある話。

その為にすっぱり決心出来た事を掘り起こされると、久し振りに激高していた。良く考えて見ると大人げない話。どれだけこんな思いを重ねただろう?そろそろ堀内孝雄から歌われる様にもう少し、不良にならなければならない。チョイ悪親父か?違う。

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上記の地図では分かり難いが高知の右側南国市から徳島阿南市迄の土佐中街道。
空海はこの道の右側一部しか歩いていない?がこの道は昔からの交通の要衝。
今は立派な道が整備されているが、皮肉な事に多くの人は知らない。

今日電話で確認すると徳島県側は高知との県境迄バスが走っている。しかし、途中からは当然ながら便数が少ない。高知側は確認出来ないが徳島との県境に温泉地があるので期待出来るかもしれない。バスのアクセスが無ければ今度こそ歩きますか。

それが出来れば高知の遍路道も本物になるかもしれない。「無理」そう言われても段々その気になっている。この道がどれ程に重要でこの地域の人々の生活を支えたかは殆ど知られていない。それ以上に馬路の村は殆どが知らない。探して下さい。

土佐くろしお鉄道終点の奈半利駅の手前安田から約20キロ。この村も過疎の村におさらばをしている。この村も是非訪ねて見たい。今回は高知遍路道と言っても親父の短い人生の一里塚かもしれない。見てて下さい。きっと親父の旅になるでしょう。

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四国遍路路と街道の交わり 空海は21番札所から日和佐の海岸に出る

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四国遍路道は突然の旅立ちだったが、どうしても暑い遍路道を汗と涙を流しながら、歩く思いがママチャリとの「同行2人」となった。空海は自分の進むべき密教の王道を求めて。親父はそんな気持ちは全くなかったけれど、何故か、唯、ひたすらに古(いにしえ)からの路を愛車に乗りながら、手で押しながら黙々と進んでいた。

天才的な伝道師が何を求め何を残したのかは罰当たりにも、何も興味が無かった。親父の信じる心が空海の教えでも最澄でも、親鸞でも、法然でもなく田舎に自分の墓があるお寺さんの教えでもなかった。ただ愛おしい程に「無心」だった気がする。

それでもそれは今日(こんにち)、一部の新興宗教を信心する人とは違って、多くの罰当たりの生き方をしている人と同じだろう。親父は自分で言うのもなんだが神仏に対する畏敬の念は小さい時、母から学んだ。

「人が見てないと思って悪い事をしてはいけない」

「見ていないと思っても天地仁(ひと)が見ている」

「嘘をついてはならない」

「人として後ろ指を指される生き方をしてはならない」

「悪い事は自分では気付かなくてもしてはならない」

「その為には賢く生きよ」

今となっては自慢出来る生き方は何も出来ていないが、それ故に「自分」探しの旅に出たのかもしれない。それでも徳島の遍路道ではそれさえも見失っていた。札所に辿り着くので精一杯だったのだろうか?それもあるが予想以上に苦しく、そして嬉しく何も考える事が無かった。

高知の旅は電車とバスの乗り継ぎになるので、多くの事を考えるだろう。秋の深まりと共に12年前に見た高知窪川に辿り着く事が出来るだろうか?あの時も丁度今頃。仮設モノレールの仕事をした四万十川沿いの丘は、紅葉真っ盛りに違いない。

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この川原で小石を押し退けて横になった時は、まだ暑かった。それでも鮎の友釣りをしている叔父さんの竿の先を見ながら、こんな処で横になっている自分が不似合いだった。「ほんの少し前迄はこんな景色が見れるとは思っていなかった」そんな自分に溜め息を付いていた。

空海はこの大分下流を1240年前後前に渡る。その時は当然この川の上流にダムが無かったので、もっと流れは激しく川幅も広かったに違いない。大井(地元の地名)の渡しは在ったのだろうか?そんな事を考えもしなかったが次、機会があればこの川を遡り高知(土佐の国)国境を越えてみたい。(反対からになるかもしれない)

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2011年10月 2日 (日)

この花何だ?シルビヤ?違う。サルビヤ。正解?

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赤、大好きだった人を思い出す。今が盛りとアッピールしているが親父は為す術が無い。花言葉は「燃える思い」。正にその通り。しかし、もう一つの意味は「尊敬」。そんな優しい気持が合ったなら、違う秋になっていたに違いない。

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噴水も勢いが無い。節水ではなく反省の無い生き方を揶揄(やゆ)しているのかもしれない。人の生き方、人の考え方、人の事はなんだかんだ言うくせに、一番考えなければいけない自分の事が疎かになっている。何たる無様の事だろう。

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それでも誰も完璧な生き方は出来ない。何時迄も何処迄も自分を責める事は無い。綺麗な花を見ながら、何も考えてはいなかった。考え方はなんだかんだ言った処で何も変わらない。その事を綺麗な花が教えていた。秋は菊の印象が強いがそれだけではない。

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これから朝夕の冷え込みと共に、桜の葉っぱも一気に紅葉する。
紅葉と言えばもみじのイメージが強いが、親父の好きな青森八甲田の秋は黄金の景色に変わる。これからと東北の秋は一気に進む。被災地の秋は今年は厳しい。

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天高く馬肥ゆる秋。今年の秋はどんな秋を見れるのだろう?

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2011年10月 1日 (土)

ゴールデンタイム この言葉も死語になりました 見る番組がないは

録画したコロンビア、ガールズ、コレクション 「夢色ラプソディー」を繰り返しながら聞いている。デジタル対応で買ったこのTV録画機能内像。簡単にお気に入りの番組が録画出来る。再生も簡単。唯、残念ながらケーブルテレビで見ているので、BS番組の録画は出来ない。この歌はラジオで聞いた歌。テレビで見る4人組は全て美人?「笑てナンボや人生は」全く同感です。最近心の底から沸き上がる笑いが無いのは、自分の生き方からだろうか?

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秋の宮島は見えないけれど綺麗な夕焼け小焼けです。大阪も朝夕はめっきり涼しくなりました。体調に気を付けて元気に過ごして下さい。西国浄土この言葉も死語になっているがテレビのニュースを聞いていると、この国の間抜けさが良く分かる。

受信料未払いが多くなりテレビが見向きもされなくなり、民放の広告費が間違いなく少なくなる。これからは間違いなく宣伝しなくても物が売れ、物が求められる危機感が余りに少ない。どんなにビールの宣伝をされても不味いビールは飲まないし、高い住宅を宣伝されても貧乏人は買えないだろう。

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上ちゃん。最近遊びに行けなくなりましたが肉は食える様になりましたか?
今夜の親父のおかずがサーロインステーキ。良く焼けて見栄えも良いが味が駄目。
安いお店のステーキを食っている感じ。やっぱし「士幌牛」でないと駄目。
でもイモは柔らかくてホクホクでした。青森一口じゃがいもです。

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加ト吉の冷凍讃岐麺一番「肉うどん」加ト吉の会社はテーブルマークの会社に買収されたが味と商標は残る。テーブルマークと言われても分からなくても、加ト吉の冷凍うどんと言えば「美味い」「安い」「食いたい」でしょう。

美味ければ宣伝しなくても商標は残る。ピーマンは親父の考え。も少し芯なりとさせないと固い。不味い。大分のピーマンだったが安過ぎ。ピーマンも取れ立て、新鮮でないとアカンか?大分の白ネギもみじん切りの方が正解です。

今夜も食い過ぎ。お腹を凹ませるため明日は歩きましょう。そうしましょう。昨夜の「朝迄生テレビ」見ましたよ。(録画早送りで)沖縄辺野古沖の滑走路は嘉手納の基地縮小の日米合意と幾ら言われても駄目でしょう。それならば嘉手納の基地の固定化に繋がると脅されても沖縄の人達は納得しないでしょう。

私達はアメリカが求めている沖縄の基地の重要性を殆ど理解していません。大阪府知事は関空で基地機能の一部を引き受けると言った事がありますが、そんな事が出来る筈もありません。平和な基地のない生活をしながら他人事の様な対応しか出来ないこの国の政治家と官僚達。

野田総理は沖縄の人達に理解を求めると言っていますが、何をどう理解してもらうのでしょうか?この人は松下政経塾で何を学んだのでしょうか?沖縄県民の複雑な心境をどれだけ理解していると言えるのでしょう? 増税、震災復興、福島原発の収束、円高対策、景気対策、電力不足対策etc。これから取り組む課題は余りに大きい。

親父も通い慣れた喫茶店から足が遠のいています。それ程の思い込みも足が遠のけばせいせいとします。あれほど習慣の様に通っていたお店も熱が冷めればその程度の物です。又、新規開拓です。若い頃必死の思いで開拓していた仕事が実らなかったのも厚かましさが無かったからでしょう。

そう言えば大阪に来て45日しかやれなかったインチキ訪問販売の会社。あのメンツはどうしているのだろう? 台所換気扇お手入れの簡単な使い捨てフィルター。物は良かったけれど、売り方が悪かったのだろう。今でも商売は成り立っているのだろうか?気持ちの優しい親父には両手の指で数えられる人位しか、有り難い思いはない。人の満足を得るセールスは自分に自信が無ければ、続ける事は出来ない。

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空気が変わりました 親父の生き方もそろそろ変えないといけない。

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今日から10月です。暑い、暑いと言っていたこの間で迄の気温が嘘の様になりました。暫くはエアコン、扇風機ともおさらばです。この写真は先日の公園、温室入り口のオブジェです。この温室は小さいけれど心に大きな感動を与えてくれます。

昨夜は楽しい話しを聞かせてくれてありがとう。親父世代は多くの人が語る様に意気地のない人が多くなりましたが、当然例外も少なくありません。昨夜も言いましたが医療費の増加は高齢者だけの要因ではありません。無為無策の医療行政と自分の体を自分で管理出来ない情けない人の生き方でしょう。

親父も今月は四国高知の遍路道を巡りますが、今回は出来るだけ電車とバスを乗り継いで静かな四国の秋をゆっくりと眺めてみたいと思います。大阪でも東京でも少し足を伸ばせは静かな環境がありますが、地方の自然は悠久の時がそのまんま東です。
今迄、結婚する迄と結婚してからの生き方に決着が付いていませんでしたが、1人になって15年、そろそろこれからの行き末を見据えた生き方が、求められています。

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赤い蘇鉄の実も熟れる頃、花も年頃、花も年頃大島つむぎ?

そんなリバイバルソングをおやじが歌いながら歌詞の文句に苦笑していました。赤い蘇鉄の実も無く花も無く、当然の事ながら今は枯れる寸前とは思わないけど、大島紬に触れる事も無く空元気だけで見上げていました。見てて下さい。まだまだ、マダマダ。それでも残された時は長くても20年。どう生きるか問われている。

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今日は出掛ける予定だったが昨夜の就寝が遅かったので、何処にも出掛けず山口国体開会式を眺めていた。国体とは無縁のセコいスポーツ履歴しかないが、国体の思い出は何故か山形の国体を思い出す。奥の細道を仲良しだった近くの友と車で巡った時、山形国体の開会式前日だった。

福島蔵王のインター出口で機動隊に停められる。「恐れ入ります。免許証提示をお願いします。」言葉は丁寧だが無礼。免許証の顔写真と自分の顔を見比べながら、何しに来たのか問われる。男2人だから警戒されたのだろうか?親父から怒鳴られる。

「観光に来ました。文句ありますか?」文句はありません。お気を付けてどうぞと取り囲まれた機動隊の囲みを解かれる。何事かと友と顔を見合わせながら国体の開会式に当時の皇太子と妃が来ている事を知ったのは翌日のニュースだった。

開会式の入場行進選手の列に紛れ込んでいたアホが現代の天皇(当時の皇太子)に何かを投げつける。当然、被害はなかったがその時皇后(当時の皇太子妃)がとっさにかばう。当時の身辺警護はその程度にのんびりしていた。

あれは20年位前の話。当然今は昔の要人警護。今はどうなっているのか説明もされない。何故なら手の内を明かす馬鹿はいない。本当に守らなければならない一般市民の安全が守れなくても警察は謝れば済むが、要人はそうはいかない。何故だろうか?その問い掛けも未だなされていない。東京都は暴力団排除条例?良くそんな事が言えますなあ?暴力団はそんなに存在悪だとしたらもっと悪い奴が眠っている。

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