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2011年9月

2011年9月30日 (金)

今夜の食事、

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湯豆腐にしめじを入れる。香りマッタケ味しめじと言われても、丹波のマッタケと大分のかぼすを垂らした土瓶蒸しと湯豆腐の味には勝てない。土瓶蒸しをぐい飲みで頂きながら、上等の肉が食える日は今年も無理かも。高知で食いたいな。(無理です)

高知は子供達が幼い頃、九州大分に帰省する時、和歌山から徳島に渡り、高知を横断した。四国の宿毛から大分佐伯に渡るフェリーの中で豊後水道を北上しながら、雄叫びを上げていた。怒りの拳を突き上げながら何をどう変えようとしていたのだろう?

その後、瀬戸内海航路の別府湾で見た夕日が最後となる。あの時、遠くに霞む別府湾を見ながら何故かこれが最後の帰省と思っていた。実際は最後になったのは親父が同行2人では無くなった事だろう。この言葉の意味は弘法大師と同じ道を歩くと言う事だが、親父にとってそれは永遠の別れだった。

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刺身の切り身を炙るのはチョと贅沢。でもちんげん菜とのこのメニューも魚の匂いが苦手な人には良いかもしれない。これにお気に入りのドレッシングが出来上がれば親父の得意料理になるに違いない。

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失業率が下がった。総務省の発表 冗談言っちゃいけないよ。

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総務省の数字のインチキを厚生労働大臣が役人の書いた原稿を読みながら、この国の失業率が改善したと淡々と発表している。又、違う統計では昨年度の医療費が3%〜4%伸びて30兆を越していると言われている。役人の間抜けな発表。そう思いませんか?

失業率が改善?何処でどう数字をひねくり回せばそんな結果になるのだろう?
競馬の馬券の予想配当率でもあるまいし、どんなに数字が変わったとしてもそれはあくまで結果ではない。それとも間抜けな役人と報道機関はその数字に何を感じているのだろう?

失業の実態はそんな記者会見をせずに、そんな報道をせずにハローワークに行って見なはれ。最近全く報道されない派遣労働者のその後を追跡して見なはれ。
それが役所とマスコミに求められている大事な事。

しかし、その実態も無視されて生活保護の世帯は多くなり、仕事を求める事も出来ない厳しい現実は、見向きもされないのだろう。政治家、役人、マスコミ、検察、警察、学者、医者、何とか審議会の委員。この世の中を変える人達の役割がいまこそ、問い直されている時はない。それでも間違いなく何も変わらない。

何故ならその程度の感覚だろう。これから間違いなく庶民の生活は厳しくなる。多くの人の思いを無視して、自分達の為に既得権益の為に尤もらしい事を言いながら、何も出来ない能力に気付く事はないのだろう。この国の為に尊い命を犠牲にされた多くの魂がそんな生き方を許す筈は無い。

医療費の総額が昨年度30兆円と聞いて愕然とする。30兆円と言えば来年度の国の予算の3分の一。その原因は役所の発表によると「高齢化」と「医療の高額化」と言われる。冗談もここ迄来ると犯罪です。悪質なごまかし。そうではありません。
医療費の削減に付いてあなた達は何をしたのか?その事が問われていても舌を出しているだけ。いまだに医療費の無駄が何も無いとでも言っているのだろうか?

体の調子が悪くなる前に、ならない様にどうお役所は健康な住民相談と意識の啓発を計っているのだろう?国民健康保険料が高過ぎて払えない人が今、どんだけいるのだろう?そうしてその穴埋めをどんな形でしているのだろう?

広報で伝えています?冗談言っちゃ困ります。医療費削減の取り組みを真剣に厚生労働省がしていると聞いた事が無い。大体このデカイ役所で何をどう進めているのは、余程の学者でないと分からんだろう?その学者も同じ穴の金亡者?かも。(失礼)

最近、血圧が高くて薬を貰っているが飲んでいない。薬でなくても体質は変えられる。血圧が高いのは太り過ぎ。食い過ぎ。運動不足。血圧を下げるには首筋と体を自分で揉め。体をゆっくり動かしながら息を吐き出せ。それもしないで医者に頼るな。

医者程インチキな商売は無い。(叱られるかな?これは親父のアホな思い込みです)
しかし、人の体はそれ程に治癒(ちゆ)能力がある事を忘れてはならない。
偉そうな事を言う親父でも大病を患えばそんな事は言えません。がん保険と医療保険は加入し高い国民健康保険も払っています。

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2011年9月29日 (木)

小さい秋 小さい秋 小さい秋見つけた 大きい秋はこれから?

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学校帰りに近道を通って帰れば何処からか、ほんのり匂うにおう梅の花ではなく
秋の香りでした。小さい秋がこれからどんどん大きくなっていく。秋の深まりと共にキンモクセイが存在感を大きくする。この匂い嫌う人も意外に多いが自分の体臭を気にする人は日本人は少ない。

赤ちゃんの匂いがいつの間にか消えている。昨日、サウナで汗を流して来ました。体の汚れは簡単に落ちるけれど心の汚れはそうはいかない。それでもその事に恥じらいを無くす、お方が少なく無い。(あんたもそうでしょう?)どうもすみません。

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それではこれではどうでしょう? 先日お見せした華観月。物覚えが悪くなった親父が簡単にこの花の名前が答えられるのは、昔、同じ名前のパチンコ台を打った事があるから。「タラリーン」と紅葉の短冊(花札の図柄)が連読して下りると、大当たり予告の確率が高かった。もうあの快感を忘れて久しい。

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やや、字が違う。この字の方が嘘っぽい。(イエイエ、親父さんの思い込みが間違っている)そうかも。今パチンコをやらないのはやれないだけ。今のパチンコのギャンブル性を知ればとてもではないが大事なお金をどぶには捨てられない。

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こむらさき。秋の花です。匂いは感じられない。今度鼻を近づけて嗅いで見ますか?

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池の鯉とは餌をやるから仲良しになっているが、今日は特別に歓迎される。

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鯉に餌をやらないで通り過ぎていると水面近く迄来て催促している。今日はありません。これから近くのお店で買った「おはぎ」を食います。この城跡公園に来る途中のお店。始めて買い物をするが感じは今イチ。でも味は悪くはなく伝統の重みを感じる。大阪南の浜寺公園近くの和菓子屋さんと同じ感じ。でも親父はショーウインドウに並べられた方がパック入りよりも良い。(時代の流れです。)さよか。

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近くの錦木(にしきぎ)段々色づいて来ました。全ての葉っぱが色づくとホンマに錦です。しかし正確には錦葉でしょう? こんなに葉っぱが色づくと京都高雄の紅葉が色褪せて見える?まさか。昨年、高雄神護寺の弘法大師大師堂でスノコの上で靴をぬいて、バイトの学生に叱られた事を思い出す。その靴の脱ぎ方難しい?

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アップで一枚。虫が無視している。(親父じゃのう)ハイ親父ギャグでした。

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この木の下でおはぎを食っていると庭園管理の親父が独り言を言いながら、通り過ぎて行く。「結構なご身分で」イエイエそれ程でも。お仕事ご苦労さんです。仕事が元気に出来る程、結構な事はありません。ハナミズキの赤い実にその事を感じていました。これがホンマの実りの秋です。今年は高知で紅葉の秋が見れるかな?

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森林公園入り口の季節外れのバラがきれいに咲いている。バラの季節は秋なのだろうか?人の美しさと醜さを一番感じるのはバラの花です。バラの花にはトゲがある。それは間違いです。バラの花にトゲはありません。バラを愛でる人の心にあるのかも?

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紅葉の葉っぱは綺麗だね。パーと拡げた赤ちゃんの手のひらの様に綺麗だね。まだ青々としている葉っぱも後2月もすると、その言葉を実感する。この場所で紅葉の時を迎えた事はないが今年は必ずこうよう。(ハイまたまたお粗末でした。)

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左が温室です。美しい蘭の花が一杯です。一昨日は見れませんでしたが、今日はしっかり見て来ました。以前公開した大好きな花々です。浜松のデカイ公園(フラーワーパーク)は家族連れにぴったりとしたら、ここは親父の貸し切りです。

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1人で眺めているだけでつかの間の休息。マスターズトーナメントが行われるアメリカジョージアの広いグリーンとは比べ物にならないが、貸し切りと思えば我慢は出来る。

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夕焼け小焼けで日が暮れて、と言うにはまだ早いけれど足の運動も出来たし、家路に向う。途中で学校帰りに子供達がかくれんぼをしていた。「道草をしないで帰りなさい」とは言わずに頬笑みながら見ていると「こんにちわ」と声を掛けられる。

「最近の何とかは」と尤もらしい言葉も少なく無いが、人の思いは千差万別。ましてや子供達の何とかを語る前に大人達の醜い生き方を変えましょう。そうすればこの国も捨てた物ではない。税金も払えない生き方。生活基盤を変えられない生き方。そんな人に限って尤もらしい事を言っていないだろうか?

アメリカとの日米同盟を大事にする。当然です。しかしその前に地域住民の思いを無視して尤もらしい事を語らないで下さい。沖縄の辺野古に建設予定の滑走路の測量さえも出来なくて日米合意もないでしょう。新総理は沖縄に行って正心誠意何を語るのでしょうか?沖縄に基地がなければ生活が出来ないとでも言うのでしょうか?

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今夜のおかず。白菜だけ加えるだけ。最近同じ様な物しか食っていないが、親父的には結構毛だらけ、猫は灰だらけ。満足度ナンバーワン?イイエワンパターンです。秋はナスの美味しい時。七輪で炭で火を起こして焼きナスを作る食事は、もう出来ないかもしれない。それでも諦めては居ない。都会でも少し山間に入ればそれくらいの事は出来る。これからの生き方はそう言う生き方が問われている。

今日久し振りに経済誌「エコノミスト」買いました。興味のあるタイトルに惹かれましたが内容は今イチ。肝心の事が教科書的な解説では良く分からない。今この国の多くのエコノミストが増税で反対しないのか分からない。

確かに増税幅は大きく無いがこの程度で東日本と福島の復興予算が賄えるのだとしたら、もう少し他の方法があるだろう?財務省の役人が悪者になっても何も変わらない。何故なら彼等はカエルに小便。(失礼)何にも痛みを伴わないからだろう。

口で言う事とやる事が違う。管総理もひどかったがこの総理はそれ以上だろう。何も決断が出来なければ叩かれる事もないだろうが、それが民主党の本質だとすれば次の選挙の大敗は目に見える。その選挙をやるつもりもなければ何でも有りか?

それは余りにひど過ぎる。その余りにひどい事が平然と行われるとしたら、この国の未来は余りに暗い。その悪政に多くの人が歯止めを掛けられないのだとしたら、どんな面をして尤もらしい事を言えるのだろう。親父達に出来る事と言えばそんなお間抜けをせせら笑うしかないのだろうか/それも余りに情けない。

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山の中腹に展望台が見える

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遠くに見える展望台は昨日行った所ではない。ここは山裾から一気に階段が続くので余程の事がなければ行けない。余程の事?そう余程の事です。親父にとって余程の事とはメタボと息切れ。普通の人はしんどい時は休養する。親父は反対の事をして自分の体調を確認している。自分の体は自分で知れ。自分の国の危機的状況を知れ。

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もうすぐこの実が色づく。その時どんな顔をして眺めているのだろう?
来週は10月です。そろそろ稼がないと四国高知龍馬の道を歩けない。
それでもこの機会を逃せば高知室戸の最御崎(ほつみさき)に立てないだろう。

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人の生き方は不思議な物で秋が来ると言うのに、この樹の様にその気配すら感じさせない。秋には多くの枕詞があるけれど今年の秋はどんな秋になるのだろう?
結構毛だらけ猫、灰だらけと言うけれど最近は、結構人並み以上の優雅な猫も少なく無い。それだけ多くを語られる社会もそんなに真っ黒けでもないのだろう?

最近見向きもされないサツマイモも、親父が小さい頃「トイモ」と言われたあの美味さは仲々口には出来ない。「鳴門金時」も芯迄赤いだけでは猿も口にしない。大分高崎山の猿がリヤカーでばらまかれるイモに群がる姿を君は知らないだろう?

人の美しさもそうです。どんなにお化粧してもお尻の廻りは隠せない。(失礼)
TVで韓流ブームと言われて久しいがパチンコで人気の台があったが、「冬のソナタ」の景勝地は今でもおばちゃん達の観光地なのだろうか?韓国の日本嫌いをおばちゃん達は関係ないとでも思っているのだろう?日韓親善?それは違うだろう。

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2011年9月28日 (水)

自己の救済者は自分自身 世の中は原因と結果で動いている。 凄い言葉です。

仏陀 「真理の言葉」何気なく目にした耳にした言葉。
早速本屋さんに行って来ます。「世の中は原因と結果で動いている」その言葉は全く同感ですが人の愚かさはその事に気付かず、問題の原因を人の所為、社会の所為、政治家や官僚の所為にしている自分自身の考え方にあるのかもしれません。

しかし、お釈迦様が現在を生き、悩み苦しみ怒り喜びアホな生き方をしている凡人に、本当は何を伝えたかったのかは定かでない。問題は現代を生き多くの問題の因果関係を理解しょうとしない親父達の生き方にあるのだろう。

その事が分かれば親父の生き方も考え方も変わる。今、親父は天才空海が自ら追い求めた生き方が後世の人達に、何故正確に伝えられなかったのかを考えている。四国遍路道を歩けば少しは理解出来るかと思ったけれど、徳島一国の「発心の旅」では何も理解は出来なかった。

理解出来た事は豊かな自然、豊かな人の心、予想以上の自分が持つ力。そんな処だった。絶望も希望も無い無心。困難に立ち向かう知力と体力。豊かな想像力と逞しき意思。小児の如く求めてやまない探究心。サミュエルソンの言葉を思い出している。

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早速出掛けた本屋にはテキスト(下)しかなかった。何で(上)は無かったのだろう?それは簡単な答えです。売り切れです。親父さん、今更真理の言葉を知ったからと言って今迄の生き方は変わらない。これからの生き方は変わったとしてもそれは余りに哀れです。思うが侭に命の泉が沸き上がるままに生きなはれ。そう言われていた。

そうです。これからどんなに賢く生きた処でそれは自己満足に過ぎない事と言われていました。本は買うのをやめました。それでも遍路道高知の旅は諦めません。親父の遍路道は徳島ではチャリと一緒に突っかけで廻りましたが、高知の旅は電車とバスを乗り継いで過去と未来との遭遇です。

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2011年9月27日 (火)

今夜の食事

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今夜の贅沢は(それほどでもないが)粒こしょうソーセージ。一本100円だから大した事は無い。味もその程度。いつも眺めているだけで手を出さなかったのに残念。その反対に浜松のちんげん菜はジューシーで、ソーセージの大味をカバーしていた。

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今日散歩のオマケ。秋なのに若葉の様な青葉。このまま秋を迎えるのだろうか?
親父も何時迄も何処迄も青臭い青年で居たいが、それも果敢なき思いに違いない。

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これは展望台横の青葉。こちらは流石に寒くなると黄色くなるのだろう?

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天気に誘われて近くの五月山に登る

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赤い花なら曼珠しゃげ、オランダ坂ではないが五月山に登る手前の花壇の花。
田舎の稲の刈り入れが済んだあぜ道のそれに比べて、少しきゃしゃだけどまあいいか。親父に痩せなさいと言っている。

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久し振りに登る道。途中で昔乙女のおばちゃん5人組に会う。親父が道を譲っても声を出してありがとうとも言わない。それでもそんな言葉は期待していないので、何とも思わない。四国鮎喰川沿いの狭い道で出会った中学生の笑顔と大きな声を思い出していた。人は幾つになっても可愛さを失ってはいけない。(おっしゃる通り)

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目的の展望台が近い。久し振り。なんか嬉しくなっていた。今日はゆっくり歩いて来たので息切れも無い。低い山だけれど体調が良く無いと此処迄来るのもしんどい。
今日は秋の気配を感じながら、三遊亭圓生師匠の人情話を聞きながら、ニコニコしながら展望台に立つ。久し振りの景色を眺める。

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意外に大阪市街地がスモッグ(かすみ)が掛かっている。遠くにうっすらと見える建物が大阪北の風景。これから空気が澄んで来ると右手奥に淡路島が見える。

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デジタルカメラで遠景を拡大。最大ではないが大阪北のビル群がよく見える。
その後ろにぼんやりと見えるのは生駒山。この山がくっきり見える様になるのはもう少し寒くならないと無理かもしれない。

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ブラック無糖 コーヒー 駅の近くで買ったお気に入りのサンドイッチは完食。
コーヒー無糖は幾らコーヒー党の親父でもチョッとしんどい。「高級豆が薫るエスプレッソ」のキャチコピーには無理がある。三温糖2個位は要りますか?

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公園入り口の橋。葉っぱが完全に色づくのは後一月か?
久し振りの散歩は膝がガクガクする。これから涼しくなるし時間はたっぷりあるので歩かなければならない。昨日ズボンを買った。流石に半ズボンは掃いている人はいなくなる。秋の日はつるべ落としと言われるけれど、秋の夕暮れは早い。

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堀内孝雄 「ちぎれたボタン」を聞きながら。

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四国徳島 那賀川 親父が見た時は水量がこれくらい。でも一度大雨が降ればこの川幅一杯に濁流が渦巻く。何時迄もあると思うな。その幸せ。そしてその不幸せ。最近一人暮らしにすっかり慣れ切っているが親父の大好きな堀内孝雄も、もう一度若い時を取り戻せるのでしょうか?其れは無理でしょう。昔は不良だったとしても。

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この狭い道も四国の山間の道では珍しく無い。この手前の道は2車線に改良されているが此処は左が崖。拡張工事も出来ない事は無いがこれだけの交通量なら良いのだろう?それでも地元の人で無いと対向車が来ればバックしなければならない事を知らない。

左の山を削るのも低く無い。奈良から新宮に抜ける国道が先の台風で寸断されている災害が重なる。それでもこの道は昔からの生活道路。この先で土佐中街道に合流する。

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この前の札所鶴林寺の山道も車道が整備されていたが、昔は向こうの山沿いの道が生活道路だったのではと思われる狭い道。その道も又立派な2車線となる。

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四国徳島遍路道 最後の札所 薬王寺前の商店街。この先は日和佐の港に続く。
夏とか観光シーズンは人で賑わうのだろうが、親父が行った8月の終わりは人影は無かった。親父達が小さい頃と違って地方の町や村に人通りが消えて久しいが、人々の生活は皮肉にも都会より豊かです。何故だと思います。考えてみて下さい。

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2011年9月26日 (月)

今夜のおかず

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コンビニ(ファミリーマート)一個70円のおでん種。こんにゃくが少しモッチリしていたけれど、久し振りのおでんは上等でした。

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今夜のさわち料理。岳さん、チュリップマークでシャッター半押し正解でした。
さわち料理とは感じで皿鉢料理と書いて高知の郷土料理。こんな貧弱な料理では在りません。仲々口には出来ない豪華料理ですが、今夜のおかずはそれなりに豪華でした。

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サワラの刺身は流石に少し生臭く、昨日手にしたフライパンで軽く炙るとこんな感じに成りました。久し振りにニンマリしながら食っていました。「激落ち君」買いました。メイドイン、ジャアマニー。流石、技術大国ドイツと思いきや大した事はありませんでした。(叱られるかな)

でも近くのスーパーのお姉さんにフライパンの上手な使い方と値段設定について教えて貰いました。値段ではない事も良く分かりました。それでも通販の影響大でしよう?こびり付かない宣伝が通販商品のイメージを植え付けているのでしょう。

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景気対策を政府に求めるな 政府も尤もらしい言葉を語るな 景気対策は財政支出では出来ない?

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暗雲立ちこめる夕日を見ていても実感としては、心の中に幼い頃見ていた澄み切った空と大差はない。年を重ねれば当然良かった時とそうでない時が交錯する。それでも後ろを振り返らなければ嘆き哀しみ喜怒哀楽を思い出す事は無い。

過ぎ去りし日にどれだけの想いを重ねても、それが自分の心の糧にはならない事を否定しない人も少なく無いが、最近痛切に感じる事は後ろを振り返らない事。雄々しく前に歩を進める。確かに過ぎ去りし日の楽しき思いは心を優しくしてくれるけれど、それ以上に苦しき苦々しい思いもある事を忘れてはならない。(まあ、人それどれだけれど、それで良いんだろうけれど)

ただ、前を見据えた時に希望の光が見えないと、暗澹たる思いになる事は当然かもしれません。四国の遍路道で何も感じなかった未来への展望。それは楽観的か悲観的かの問題ではなく可能性の否定が大きいと「暗雲立ちこめる」そんな思いを振り払わなければならない。これからは自分との戦い。自分との格闘です。

親父は馬鹿だからこれ迄多くの人の思いを無為にして来た。これからも「情けは人のため成らず」を実践出来ない気がする。「人の為」「人の為」と思いながら相手の気持ちを推し量る度量が無ければ無視されるだけ。その程度の事です。

しかし、よく考えて見なはれ。人の事は何とでも言えても自分の事は何も分からない。その典型的な例が「景気対策」「経済対策」「生活基盤整理」「事業基盤整理」こうなるとなんの事やらさっぱり分からず、ニンマリしているのは口先だけで仕事が出来てお金を手に出来る人達でしょう。

最近BS放送で日野さんが意外な一面を見せている。「自転車で視聴者の思い出の場所を訪ねる」番組がありますがこれは本当に面白い。日野さん自身が告白しているが「自分が段々良い人になっていくのが怖い」この発言はこの番組を見ていると本当に良く分かる。

この国には多くの素朴な自然と世界最先端の技術が対比し融合している。(悪い人は少ない。他国から尊敬される人々の生活。それが集まるとどうしてこんなに最低の国になるのだろう?)

景気対策、震災対策、福島の原発事故の収束、台風被害の対策、沖縄の基地対策。多くの人が多くの事を語るが早い話(遅くても)お金がなければ何も進まない。お金が無くても人の心が繋がれば多くの事が出来るとも言われるが、それでも今日的課題を考えるとお金がなければ何も進まない。

地震と大津波で被災した東日本、福島原発の放射能汚染その対策に20兆〜30兆のお金が掛かると言われているが、そのお金が来年度の予算が決まらなければ多くが進まない?何と間抜けな国だろう。あの義援金と同じ震災復興基金を何故、立ち上げないのだろう?それが「がんばろうにっぽん」だろう。

景気対策は失業対策です。何処かの間抜けな総理が「1に雇用、2に雇用」と言いましたが今、ハローワーク(この名前もフダケている)に行って見なはれ。親父の様な高齢者は言う迄もなく若者達の失業対策、訓練はお寒い限り。何も無い。

それでも経済界、労働界は口を揃えて「ゆすり」と「たかり」を繰り返している。本当にこの国の景気対策を考えるならどうして増税など出来るのでしょう?そうではない減税。その財源は役所の非効率な仕事のやり方を一から見直す。財源をひねり出す。民間の企業なら何処でもやっている「改善」と「改革」をやって見なはれ。

そんな事もせず無駄な税金のばらまきしか出来ない政治家と官僚組織。そしてお間抜けなサラリーマンとおばちゃん達。今は出来るだけ見ないテレビ。見てみなはれ。低俗なお笑いと食い物とレベルの低いお笑い。オチャラケ。韓国ドラマ。

それでもこの国の経済を何とかします。円高対策も行います。「オイオイ」そのお金何処からでまんねん。予算(国の会計)。近くのお店の親父が尤もらしい解説をしていた。

「知事の役目は国からの補助金を引き出す事」地方の活性化がどんなに叫ばれてもそのお金何処から出マンネン。あれほど無駄使いが叫ばれた公共事業、ダム建設あの話はどないなりました?その国に経済対策が出来ると思います?

その知事が何処とは言いません。山崩れで川が塞き止められて土石流の心配がされた時、避難政策がこれからどれ位続くのか分からない住民達に、説明も出来ない知事の仕事がその程度でしょうか?もうそんな時代は過去の遺産。この国の美しい風土が怒りのコブシを突き上げています。

そんな事をぼやいていたら沖縄の知事が地域復興予算を要求し、これは普天間の基地騒音対策とは関わりがないと公言している。沖縄に基地が何故必要なのか?必要だとしたら何故沖縄なのか?そして県民の理解を得る為に何が必要なのか?

其れくらいの話しも出来なくて地域の復興は無い。基地に依存する地域経済をどう立ち直らせていくのか?この知事はその事を県民に熱く語るべきでしょう。アメリカの元日本部長から語られた言葉「ゆすり」と「たかり」発言に激怒しましたが、国から補助金を引き出すだけでは説得力がありません。

問題を棚上げして地域の復興?そんな物がある筈も無い矛盾。その事を政権公約にした政権が、沖縄の人達に何をどう説明しても基地の縮小を進めない限り、県民の理解は得られない。その事を沖縄の知事も理解していないのだろう。

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2011年9月25日 (日)

秋深し 親父は何をする人ぞ。それが問題です。

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秋刀魚の加工品を頂きました。ショウガ風味でそのまま食べてもOK。匂いも無い。
それを先日約束したテフロン加工の新品のフライパンで、油を引かずに芋とキャベツを煮込んで焦げを造りました。1780円 やっぱりこの倍のにしないと駄目。

それでも今日のおかずは良く撮れたのでニンマリです。味は味噌味にしましたがまあ早い話(遅くても)トマトジュースも入っているしキャベツは殆ど形はないし、芋は焦げたし味は食えただけでも良し。そんな感じです。

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こむらさきが親父を呼んでいる。そんなロマンチックな夜にもすっかり慣れて暗闇の中を歩いて来ました。高所恐怖症の親父でも暗闇は平気です。それでもこの時間になるとこの公園も無人になります。無人の中を格闘技の真似をしながら足腰を突き出していると、不思議な力が暗闇の中でうごめいています。

今月もあと1週間ですが急に寒くなったので、体に気を付けて下さい。政治も今週は茶番劇の中で国会の予算委員会論戦が始まりますが、待った無しは被災地の一日も早い復興です。人は本当に冷たいものです。自分の身に不幸が起きないと哀しみも痛みも感じないのでしょう。それでも間違いなくお天道様は見ています。

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今、自分達は関係ないと思っている事もそうではないのです。何時思いがけなく災難が降り掛かり、もがいても苦しんでもどうしょうもない事が現実になります。そんな事を少しでも考えたら、世の中は大きく変わると思いますが、違うんですよね。

昨日、後ろから思いがけなく声を掛けられてと思って振り返ると、全く見も知らない人でした。親父の怪訝そうな顔も全く無視され二人の会話の中で、体を寄せ合っていました。そんな時、映画の中の爽やかな雰囲気があれば、まだ笑いながら自分の勘違いに気付かされますが、そうでなければ全く不快な気分になります。

最近、そんなカップルが多くなりました。自分達が良ければそれで良いのでしょう。野中の一軒家で暮らしているのでもないと思っても、人の気持など頓着なく最低です。当事者はそれで当たり前と思っているので、全くやりきれません。

そんな時、思いっきり体を動かして汗を流せば、自分の中に不快な気持が落ちていくのが良く分かります。本当の強さは相手を威嚇し一方的に叩きのめすのではなく、自分の怒りを鎮める心と体だと言われています。人は本当に醜い者です。その醜さが美しさに変えれる人が本当の美である事を、これからもっと学習します。

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親父の人生のゴールを迎える時、サッカー実況中継のお間抜けな歓喜の雄叫びではなく、淡々と電車の乗り換えをする様なそんな気分で在りたいと思います。たかが人生、されど人生。長い間追い求めていた物は、その程度の物だったのかもしれません。電車の一番前で乗り換えの終点が迫った時、そんな事は全く眼中にはありませんでした。

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2011年9月24日 (土)

秋が来る。急に寒くなる。

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昨日はデイゲームの決着が付かなくて散歩が遅くなりました。それでもしっかり歩いて来ました。夜のお料理は見るからにグロテスク。油が何でこんなに浮いてるの?デルモントのトマト缶が悪かったの?それとも鳥の脂?でもこの肉上等そうに見えたのだけれど。宮崎の地鶏?看板に偽り在りか?味は自分で言うのも何だけどグッドでした。次はカゴメのトマトでお願いします。(了解です)

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10年前と何も変わらぬ風景。10年後にどんな顔をして見ているだろうか?
10年一昔と言うけれどこれ迄の10年以上に、イバラの道を歩かなければならない。その10年を空海はどう生きたのかを考えながら、四国徳島の遍路道を歩いたが空海様は何も教えてくれはしなかった。

多くの試練と汗と息切れの道の先に見えたものは感動だった。しかし、まだ答えは教えてはくれない。(そりゃそうですよね。まだ第一コーナーを回っただけ。これから向こう正面の長い修行の道が待っている?)
そう、室戸岬から足摺岬を廻って仕事で行った宇和島の先迄そこ迄行きましょう。

その先は何時になるか分かりませんが、今はそう考えています。

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四国徳島の12番札所焼山寺(しょうさんじ)の麓の善根(ぜんこん)の宿のお母さんが若い二人連れの歩き遍路を接待しながら、親父も一緒に意見された。
「遍路道を歩くにはユニフォームがある。遍路さんの白装束位はしなさい。」と。

その白装束には背中に「南無大師遍昭金剛」か「同行二人」の文字が刷り込まれている。南無大師遍昭金剛とは弘法大師の事。同行2人とは弘法大師と二人三脚。一緒と言う事。しかし、親父はこの草履とチャリが相棒だった。高知の旅の相棒は何だろう?

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今夜のおかず。ちんげん菜は浜松産。ベーコンは切り落とし。味は今イチ。卵は潰し過ぎ。フライパンを替えないと材料がそこにこびりつく。近くのスーパーのポイントで新しいのに替えますか?(そうしましょう)

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今年の初物。柿はイチゴと同じで(栗も同じか)田舎では人の家の物を食っていた。スーパーでそれをやる人がいるが、その罪がレ、ミゼラブルの銀の食器を盗む事とは大違いである事を知らない。見張られている事を知りなさい。

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2011年9月23日 (金)

一気に朝方が寒くなる 頭がおかしくならない様に考えて下さい

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雲が激しく流れている。震災と原発の放射能汚染の対策も遅々として進まない中、今度は台風の直撃でダブルパンチを受けて居る被災地に、政治家の姿は見られない。新政権の誕生で華々しい言葉は聞こえるが、指導力が落ちたアメリカの大統領と国際常識に欠ける中国とこれからどう対峙するのか、そんな感じは見受けられない。

景気の落ち込みも円高対策も懸念されても、口先ばかりの勇ましい言葉しか言えない国際協調、そして日本の断固たる対応。そんな物はチルチルミチルの青い鳥で、本当は何も出来ない蟻地獄に足を踏み入れている事を、何時になったら実感出来るのだろう?

間違いなくヨーロッパもアメリカもそしてこの国も景気後退、世界的な不況のときは目前でもその認識に欠ける政治家?その原因は一体何なのだろう?
財政再建を口では言いながら、税金を取れる所しか取れない財務官僚。ギリシャの教訓を学んでいないのはあなた達でしょう。そしてその危機が現実となれば責任も人に押し付けて多額の退職金を手にして、天下りでもするのでしょう。

台風一過の青空は昔は「天高く馬肥ゆる秋」と言われていた。今は「雲低く役人天国の秋」なのでしょう。多くの人は知らないが民主党の政権交代で尤もらしく叫ばれた税金の無駄使い。一旦見直しとされた公務員宿舎を再度認めた大臣は、今、正心誠意とか言っている総理です。この人の誠意とはその程度の事です。

馬鹿にするのも大概にしなはれと言われた時、何と弁明をするのだろう。何度も言うけれど選挙が出来ない政府はどんなに立派なことを言ったとしても支持されません。松下政経塾で松下幸之助氏から学んだ事を、時代が変わっていると平然と口にする総理大臣は、マスコミの世論調査の様に支持率が高いとすれば、その代償は誰が補うのでしょうか? 親父はどうでも良い事ですがそれでは余りに悲しい事です。

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この樹はリョウブ。四国徳島遍路道で学んだ空海の教えは両部不二(りょうぶふじ)

金剛界 胎動界 両部不二 密教の教えは難しくて親父如きの凡人にはマダマダです。これからしっかり勉強しないで(オイオイ、しないのか?)学習します。

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こむらさき。秋の花です。すっかり涼しくなりました。これからは風邪を引かない様に脂肪を貯め込んで(オイオイ)ふてぶてしく生きた者が勝ちです。(勝ち負けの問題と違う?)それはそうです。

しかしナンダカンダ言った処で理想と現実は違います。一番信頼しなければならない命も果敢ない物です。その事が最近いやに成る程感じられてたまりません。福島の被災地で津波で命を落とし、原発の放射能を浴びてその弔いも出来なかった罰は、誰が受けるのでしょうか? この国の原子力発電の再開? そんな事が良く言えた物です。

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2011年9月22日 (木)

台風一過 大気が変わる 城跡公園迄歩いて来ました

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親父の散歩コースにある大樹。隣は中学校のグラウンド。見上げていつも感心する。

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阿吽の呼吸。何も言わなくても一幹(ひとみき)同体。人の生き方はそうは行かない。親父も親戚のおじさんと同じ様に死ぬ迄1人で生きるしかないのかもしれない。
それはそうで気ままな生き方かもしれないが、この樹を見ていると言葉は無い。

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お金持ちの家の路傍の花。この街の5本の指に入る?財産家でもそうでなくても花を愛でる気持ちに変わりはない。美しさを求め合うひとの醜さをこの花はどんな思いで見ているんだろう?(親父さん、それは皮肉でしょうか?)イイエ本音です。

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城跡公園の上空。台風一過の空です。

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芝生の公園。裸足で歩くと気持ちがよい。みーちゃん、まだ徳島遍路道の日焼けの跡が残っています。今日はがき受け取りました。楽しかった事、苦しかった事、嬉しかった事、いろんな事がありましたが一番の喜びは良きせぬ優しさとの出会いでした。又の日を楽しみにしています。

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ベートーベンのピアノソナタ「熱情」を聞きながら木製のベンチに横になっているとひんやりとした空気が心地好い。木の上で横になっていると、いずれ棺桶の中に入る事を考えて、タオルの下の顔は笑っていた。近くに公園を巡る歩道があるので、ゆっくりとは寝ては居られない。

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こむらさき。アップに照れている。(親父さん、ピンボケです。)

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それではこれでどうだ。(まだ甘い)もちょとびっしりと決めて下さい。

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栗です。しかし食用ではない。観賞用。見るだけです。イガイガが弾けて栗色の実を人の栗畑に拾いに行って、追い掛けられた幼い日の思いは今でも忘れていない。あの時は急いで山に駆け上がり、茂みに隠れていたら猟銃で撃たれる。勿論当る訳が無い。あのバカタレ、酔っぱらうと女にだらし無かった。今は生きていないだろう。

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芝生の中の雑草。なんて言う名前かな?これは合格かな?まだ甘い/そうかもね。

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椿の実。君はデカイ。

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それでは又明日。来れるかな?歩いて見ると股関節と背中の筋肉が嬉々としている。歩きながら背中に手を当ててみると背筋が動いている。反対に固い木の上で仰向けに寝転がると背筋が伸びる。本当に気持ちがよい。そのまま起き上がらずに足だけ持ち上げると、腹筋を鍛える事が出来る。メタボな親父にぴったしの運動です。

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街中に戻ってスーパーで買い物をして家の近くで見上げた夕焼け。
明日も好天ですがめっきり涼しくなる。秋が深まると一気に涼しくなる。景気は良くならない。景気判断は変わらないが間違いなくお金を使える人が少ない。近くのスーパーのレジは今日は多い。その訳は今日は特売日。雇用情勢がこんなに厳しくて景気が良くなる訳が無い。

最後に親父の怒りの一発。(又ですか?誰も聞いてはいませんから。)
ハイ、聞き流して下さい。それにしても何たる中国大使。

尖閣諸島は中国の領土?何たる国際感覚のない発言だろう?
その原因は外務大臣を辞職した前原にある。今は新内閣の政調会長?この人事は全く中国に足元を見られている。新内閣とは協力関係を持ちたいと言われている。

冗談も休み休みに言いたまえ。国際的に認められている領土を自国の領土と言い続ける国と、どう協力出来るのか?それでもお役人と経済界は中国と仲良くしたいのだろう。中国、韓国、ロシヤも領土問題は一歩たりとも引かない事が分かっているのだろうか?信頼出来ない国と考えなければならない。前原前外務大臣はその中国の圧力に屈した。その反省は無いのだろう?ええ加減にしなはれ。

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自然災害に間違いないけれど 行政、国の対応がこの程度しか出来ない事を思い知る

台風直撃の被害が東日本震災被害の復旧の遅れに追い討ちを掛けている。
紀伊山地の塞き止め湖は何とか持ち堪えているが、国と行政の対応は全くお粗末。マスコミも「避難」「待機」と言うのが関の山。何とも無責任。それでも先の東日本と福島の原発事故でもそうだったが、行政の責任者と国の責任者(居ないのか?)がどうして陣頭指揮をしないで行政の担当が尤もらしいコメントをするのだろうう?

自然災害だから、想定外の出来事だからとでも思っているのなら、どうして問題が一段落して尤もらしい記者会見をするのだろう?国の総理が不在の時、地方の緊急事態に対して誰が責任を持っているのだろう?

台風一過の今日でも大変な状況が被災地で続いているが、こんな時、国は何も為す術が無いのだとしたら、地域を守り国の安全が語る資格があるのだろうか?被災地の国会議員の貢献度をチェックしてぜひとも次の選挙で厳しい審判を下さなければならない。

この緊急事態の時に増税案の最終取りまとめ?この国会議員達の感覚を疑う憤懣は非常識なのだろうか? 加えて総理は国連総会に出席中。アンタの代わりを誰が努めて誰がどれだけの対策を指示しているのだろう?この国は本当に間抜けな国です。

紀伊山地の塞き止め湖の一気の崩壊の危機?この報道も全くの「オオカミ少年」でした。何時決壊してもおかしく無いと言われた塞き止め湖が何故、一気の崩壊を起こさなかったのか?そして今でも土砂がグズグズになって、何時崩壊してもおかしく無いと言われる土砂ダムが決壊しないのか?それは簡潔明瞭です。

TVの上空からの撮影で見ても分かるが、土砂が崩れているがその上の杉の丸太が土砂と混ざり、水を排水している。土砂だけでは無い貴重な森林資源が、命を失っても大災害を防いでいる。その自然の大いなる力を見落としていないのだろうか?
空海様は人の生き方を見つめている。被災地の皆様、どうか、負けないで。

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2011年9月21日 (水)

実りの秋を台風が駆け抜ける。それでも紀伊山地の塞き止め湖は何とか決壊せず

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昨年の11月の終わりに見た静岡大井川鉄道井川線の鉄橋。トロッコ電車が紅葉の山に写り込んでいる。銀河鉄道333ではないが大井川鉄道333です。この電車の終点は井川。中部電力の水力発電のダムがある。1957年完成。近くに奥泉発電所があるがこの2つの発電所を合わせても発電量は20万キロワットに及ばない。

今度の台風浜松上陸で大量の貯水が放流された事と思われる。今年の秋はSLで静岡県金谷から千頭迄、そしてそこからこのトロッコ電車でお出掛けあれ。天空の空に駆け上がる紅葉の錦絵が見れるかもしれない。親父は?去年見たからな。

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これが奥泉ダム?トロッコ電車から遥かに見下ろす位置にあるが、発電量は井川ダムを上回る?このダムはその存在すらも忘れ去られても、このダムが中部地方の経済発展にどれだけ貢献したかは多くの人は知らない。親父も同じです。

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このトロッコ電車は井川ダムと奥泉ダムの建設資材を運搬する為に敷設される。

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この険しい山合の道を切り開いてこの鉄路のお陰でダム建設は4〜5年で完成する。
この国の先人の知恵と涙ぐましい奮闘努力は、秋の紅葉の景色を見ながら痛感出来る。スイスの登山鉄道とは違う感動がある。それはスケールが違うけれど目的も違う。スイスの登山鉄道は観光目的。この鉄路はダム建設用。その違いが良く分かる。

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此処が駅?そうです。工事の時は資材置き場だった。

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スイスの登山鉄道 結構の勾配があるけれどアプト式(歯車)ではない。

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霧の中を進むスイスの登山鉄道。この時「ホンマにマッターホルン見えるん?」と顔を見合わせていた。

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やっぱしアプト式でした。右側に歯車のレールが見える。「オー雪だ」残雪です。

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合成写真では有りません。これほどの絶景は電車の中でも歓声が上がる。

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此処は終点。線路の上にオーバーブリッジがある。その上からの写真。この地点で3000メートルを超えている。さすがの階段は息が上がる。

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再び日本のトロッコ電車。あきの深まりの時は観光客が増える。今は年間の赤字を中部電力が補填している。この国が観光で飯が食えるのは外人客頼みだろう。情けない話だ。でも本当のこの国の良さはこれから見直されるに違いない。お役所仕事では何も変わら無い。そこがスイスと違う処に違いない。

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イヤー親父が写り込んでいる。この電車で乗り合わせた東京の団体さん。この電車の帰りだった。いい歳をしたおばさんが勇ましい事を言っていましたなあ。戦いはどんな理由を付けても「人殺し」に違いありません。アメリカの言うテロとの戦いも同じです。ゲリラとの戦いに持ち込まれたら勝てる確率は零です。

この国には軍隊はありません。その事が今回の紀伊半島の塞き止め湖の水抜きが出来ない事でも証明されています。意味が分からん/そうでしょう。口先だけでどんなに勇ましい事を言ってもその程度の事です。命がけの工兵作業を自衛隊に求める事は出来ないのです。今回の塞き止め湖が決壊しなかったのは、土砂崩れではなく杉山の崩れで丹誠込めて育てられていた杉のお陰だった事を知らなかっただけです。

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井川湖 広いな このダムが造られた時、湖底に沈んだ集落は別の場所を中部電力が用意して、この山間僻地が静岡市内と車で1時間足らずで結ばれている事も、多くの人は知らない。又此処は南アルプスの登山ルートの入り口でもある。

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この湖を始めて眺めた時は17年前。大切な人はまだ元気だった。しかし、その時も1人だった。悲しい思いで眺めたのはそれから2年後。2度と見れないと思っていた湖畔の紅葉は何故か不気味で、親父のその後の生き方を案じていた。

いずれ親父も枯れる。しかし、その時は意外に遠いのかもしれない。そんな事は知る術も無く唯、時の流れを実感していた。それから又1年年は巡る。今年の秋は四国の高知でどんな景色を見れるのだろう?欲張りだけれどこの湖も見れたらいいな。

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井川駅近くの紅葉。皮肉な事に昨年この木を見ながら「2度と見れないかも?見納めかな?」と思っていた。それでも今年もひょっとしたらひょっとするかもしれない。あの時、この紅葉を見て駅の下の食堂で椎茸弁当を買いました。17年前の時はお土産を買ったけれど見向きもされなかった。あの人も意固地な処があった。

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スイス ゴルナグラート鉄道 電車はどちらも立派でした。こちらももう一度乗りたいな。でもスイスは遠過ぎる。エコーミーでは駄目だな。ビジネスクラスは無理だな。

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もう一度このトロッコに乗るにはしっかり生きなければ駄目だな。それには運もなければな。運は掴めるのかな?もう難しいかもしれないか?それは何とも言えません。

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絵はがきの様な景色。アルプスの少女ハイジには合えなかったけれど、素晴らしい景色が歓迎して呉れました。

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出発の朝、このソファーに座って別れの時を噛みしめていた。(と言うより何も考えていなかった)又の日をお待ちしています。それは何時になるかは分かりませんが?間違いの無い事は暫くは間違いなくない。それ程にスイスは遠く(日本から13時間)スイスはお金を握りしめないと行けません。スポンサーを捜しますか?それは反対です。アチャー。それでは又。

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台風一過となるのでしょうか?実りの秋を踏みにじられても耐えるだけなのでしょうか?

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四国徳島遍路道23番札所 この寺で徳島の遍路道は打ち止めです。
このお寺をお参りしたのは先月の24日。もうすぐ一月です。
この時も雨は降っていましたが、大した事は在りませんでした。
カッパを着ていた気がしますが、このお寺さんをお参りをしてお迎えの車を待っている間に近くの食堂で濡れたカッパと足元を気にしながら、うどんを食っていました。
うどんの味はお腹が減っていたのでマアマアでしたが、職人の味には程遠くその割には待たされて、少し不機嫌になっていました。

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この景色は日和佐の駅からお寺さんに向って歩いている所です。迎えに来てくれたのはうどんを食って山門で「おせえなあ」と思っていたが、考えて見ると忙しい「道の駅、そわかの宿」の仕事の合間に来てくれたのでした。ありがとうございます。

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台風15号の心配された紀伊山地の塞き止め湖の決壊は今の処無いが、これから親父の第二の故郷浜松近くに上陸が予想される。一難去って又一難と思いますが、はっきり言って、住み慣れた浜松の思い出は苦しみと苦い試練の時しかない。

親父が住んでいた天竜川の東側の街、竜洋も掛川も困難の試練を迎える。罰当たりの事は言ってはいけないがこれも大きな天災です。人はどんなに文明が進んだとしても自然の猛威には勝てません。その事を思い知らされています。

これからこの台風が東北東に進めば福島の原発の被災地を直撃します。この国の総理も原子力担当大臣も外国でもっともらしい事を言っていますが、皮肉な事に全く進まない放射能汚染の大地を大雨で洗い流してもらうしかありません。

その汚染された水は川に流れて海を汚し海流に乗って太平洋に拡散します。
海は広くて汚染された雨水は海水の中で濃度は一気に下がりますが、その被害の程度は数世代先にならないと分かりません。それでも新総理はアメリカで今停止している原発の最稼働を口にしています。地元の了解を得てからと条件付きで。

馬鹿と言うには全く表現が悪いが「ホンマに地元の同意が得られるのでしょうか?」
それよりも来年の夏迄あなたは総理で居られるのでしょうか?余りにも官僚主導の政策在り気です。日本の官僚のリーダーがホンマにそう考えたとしても、この国は地殻変動が始まり、そのマグマが噴き出した時どんな言葉を飲み込むのでしょう。

(そんな事は考えられない)(この国の人達は誤摩化せば無知な人が多いから何とでもなる)そうでしょうか?確かにあれほど騒がれて弱い立場の労働者は何処に行ったのでしょうか?どこにも行っていません。だから景気の先行き不透明なのです。

円高対策、中小企業対策、雇用対策、全ての対策の評価と改善がされていません。「ガキの使いやあらへんで」そんなアホジョークが未だに幅を利かせているのでしょうか?中央官庁の役人の仕事のやり方を変えさせも出来ないで、外国でもっとらしい事を言うのなら来週の国会論議は茶番です。それは官僚の思うつぼです。

親父はこれ迄ホンマにアホでした。台風が浜松に上陸しました。親父が芦屋川西のスーパーで仕事をしていたのは7年前。あの時は国道2号線を東西に吹き抜ける風雨は半端ではなかった。実りの秋。収穫の秋が吹き飛ばされていく。南無大師遍昭金剛。これだけはやっと覚えました。

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徳島の大雨がやって来る 大阪の雨は今は小康状態

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急な坂を一気に駆け下りるとこの看板を見てホットする。
しかし、この時迄は徳島遍路道最後の札所薬王寺(23番)迄は行けると思っていた。しかしこの時既に9時過ぎ。この先の平等寺をお参りして自転車を走らせるつもりをしていた。恐らく自転車で行ったら2時か3時?それとも辿り着けなかったかもしれなかった。理由?峠越えの道を止めたから本当の難儀は分からなかった。

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徳島は今大雨です。この川の水は溢れていないのかな?

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この山門を上がる前に自転車を止めた処の看板で新野の駅から電車で行く事に決める。山門をくぐると右側が納経所がある。電車の時刻を聞くと運良く時間も丁度良い。それでも駅迄の道は分かり難く聞きながら辿り着く。駅前の自転車置き場に置くが、偶々開いていた喫茶店でおかみさんが気さくに預かって呉れる。

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ママチャリは遍路道は進めない。何故なら歩けない。結局、車道の片隅に整備されている歩道を進むのみ。それでも20キロを平地で3時間。坂道が在ると4時間。ところが電車に乗って気付くが、この間は峠道が続く。此処ですっぱり諦めて電車に切り替えたのが正解でした。

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この駅は乗車した駅ではない。この路線は単線。待ち合わせで停車中。

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女性の名前にしても綺麗な響きがする駅名。停車中にワンマンの運転手に両替をしてもらう。優しい運転手でした。今度高知の遍路道の時はこの路線の終点迄行き、そこから2駅先の甲浦(かんのうら)からバスで室戸岬に向う。

大阪梅田のバスターミナルを朝八時に出れば徳島駅始発の電車10時51分に乗れる。その電車が此処を通るのが12時01分。甲浦着が12時37分。この駅前から室戸行きのバスが13時59分。室戸には15時20分頃到着。(時刻表とバス会社に確認)室戸では一泊して2泊目は高知市内です。3泊目は仕事で行った窪川。

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予定は未定。それでも必ず行きます。待ってて下さい。

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2011年9月20日 (火)

紀伊山地の土石流、絶対に起きない様にお守り下さい

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土佐中街道のダラダラ長い峠道を登り切った先には一気の下りが在った。
その峠の下り道で首に巻いていたタオルを落として、自転書を停め眺めた雨に煙る山。不覚にもこの峠道がこれほど長く続くとは思っていなかったので、下りは嬉しかった。それでも一気の下り。これが反対ならもっと大変だったろうと空海様に感謝していた。道は立派になっているが車の心配は殆ど無い。四国山地の険しい峰も此処ではそう気にする事は無いが、それでも昔の人はこんな立派な道ではなく難儀をしながらこの山道を行き来したのだろう?暫しの休憩をしながらそんな事を考えていた。

地方の活性化、地方でやれる事は地方で。多くの言葉が尤もらしく語られるが、今一番大事な事は取れる所から税金を取るのではなく、これ迄の税金の集め方を改める事でしょう。その事を政府に求められた一昨年の政権交代の公約が守れないのであれば、現政権が支持される訳が有りません。ところがマスコミの報道を見ていると、失言やモラルを問題にしますが、今この国で一番の恥知らずは政治家は言う迄もなく、この国でリーダーだと思われている高級官僚が叩かれないのは何故でしょう。

税金の無駄使いが何も有りませんと公然と言い放ち、業務の無駄、施策そのものの見直しも出来ず、自分達の天下り先の確保に仕事を優先しても、何もその体質を変えられない官僚組織は誰がたたき壊せるのでしょう。それは一人一人がもう少しこの国の行政と政治の在り方を考えて声を上げる事でしょう?

多くの勤勉な国民がささやかな幸せを求めて懸命の努力をしている片方で、本当に間抜けな政治を尤もらしくしているかの如きの演説を、たたき壊せるのは何時の日でしょうか?(そんな日は来ない?)しかし徳川の世を終わらせたのは名もなき農民、商人の貧しい小せがれ達でした。(それでも明治の世になると今の政府と同じで彼等の生活は何も変わらなかったけれど)

今も昔も富める者は少数で貧しい者が大部分の世の中は変わら無いとしても、この国は多くの尊い人命を失って今日の繁栄が在る事を忘れたらアカンでしょう?そう思いませんか?本当に今の政府の増税論議を聞いていると、馬鹿にするのもいい加減にせよと怒るのは親父だけでしょうか?そうかも知れません。

東日本の大震災、福島原発の放射能漏れ、台風の被害のその後の対策、見ているとこの国の人達はなんと辛抱強いのか?そしてそのお陰でなんと薄情な政治が行われているのかが分かります。そのツケは必ず払わなければならない事を当事者達は、実感していないのでしょう。

その事は分かってもらいましょう。奇跡です。それが天罰と言われて来た事でしょう。この国の宗教はイスラムやイスラエル、アメリカほど過激ではなくても信心深い国である事を忘れてはなりません。その事すらも頓着(とんじゃく)が無ければ間違いなく天国に行ける訳が有りません。

マスコミも同じです。マスコミと言われても何の事と思われるでしょうが、TVは国民総白痴化(馬鹿になる)と言われて久しい。紀伊山地の塞き止めダムから水が溢れ出す。そして土石流の危険が迫っている。お前達はオオカミ少年か?

本当にオオカミが来るのならその防災の引き金に手を掛けろ。何もしないで口先だけのマスコミ報道より、何かをしてそして災害を少しでも小さくするマスコミの方が、どれだけマシだか分からない。それがマスコミに課せられた大きな社会的責任です。韓国ドラマやオチャラケでへらへらしている時ではない。

最近新聞を手に取ってみる事が殆ど無いが、どんなに尤もらしい解説をした所であなた達には社会的責任を口にする信用が失われている。TVも同じ裁きを受けるだろう。オチャラケと食いもん。芸能(芸がない)ネタで低俗なお笑いと関心を引いている様ではおしまいです。コメンテーターが尤もらしい事を言っていると思っていると、女性キャスターも同じ穴の狢(むじな)になっている。アンタらにそんな事が言えるのでしょうか?

今日は過激な発言になりましたが、今、先日紹介した古賀さんの「経産省の内部告発」日本中枢の崩壊「日本の裏社会がだれか教えよう」を読んでいます。この本に書かれている事は官僚と政治家の結びつき、それを批判しているマスコミのほんの一部分でしょう。本当にその本質を許している現実は善良な市民、1人1人でしょう。

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2011年9月19日 (月)

これからは進む道が変わる 高知の道はどれだけ歩けるかな?

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仕事をしていた頃見ていた風景を久し振りに目にする。
丁度電車が出た後でホームに人影がないが、この時間はお昼前。
親父が見ていた時間は7時前。全然時間がずれている。

しかし、この人っ子一人居ないホームの姿は何とも不気味です。
福島の原発事故で住民が避難を余儀なくされて、人っ子一人居ない避難地の風景を見て、「死の街」表現した大臣が辞職をさせられたが、なんかそんな思いも分からなくは無い。

言葉尻を捉えて尤もらしい事を言ったとしても、その厳しい状況は何も変えられない。何とも言いようのない怒りが込み上げて来る。「ふざけるな」
何も出来ない放射能の汚染を本当に何時迄に除染出来ると思っているのだろう?

本当の事を言った人の感覚も問題だが、出来もしない事を尤もらしく言葉にするその言葉に騙されてはいけない。あの政治家とマスコミのコメンテーター達はどんな感覚で言葉を弄(もてあそ)んでいるのだろう? その総理が支持される?信じられない。

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迷走を重ねている台風15号が北上している。紀伊山地の山崩れで塞き止められた土砂崩れダムは明朝から午後に掛けて溢れ出すと言われている。「注意して下さい」「避難して下さい」「危険です」と言われるだけの住民の思いを何も忖度(そんたく)人の心を推し量る事も出来ない。

全ては自然の思し召し?近畿地方整備局とは土建屋さんではないでしょう?最善の策を採っているとは思えない。マスコミも同じです。数日前のブログにも書きましたが、他人事と思わずに自分の愛しい人の為に祈りを捧げて下さい。人は何故に生きるのか?その事が今問われています。その愛しい思いを例え叩き潰されたとしても。

これから大好きなゆで卵を作ります。心斎橋のカウンター喫茶の親父さんから教えられた様に、尖った部分にこっこっとひびを入れ茹でていきます。今夜は3つ。叱られますが内緒にすれば誰にも文句を言われる事も有りません。

高知の遍路道を歩く為に節制をしないとあきまへんえ。

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2011年9月18日 (日)

暑い、暑いと言っているけれど空を見上げれば、そこは秋

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大阪も暑い日が続いている。親父は暑い夏の陽を全身に浴びながら小さい頃から慣れ親しんでいる(遊んでいる)ので、どんなに暑くても気にならない。それでももうすぐ九月も月末。この暑さも後1週間だろう。「暑さ寒さも彼岸迄」と言われたのは昔の話。これからは一気に季節が変わるのは10月になってからと言われるかもしれない。

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西の空が茜色に輝いているけれど明日は午後からの天気が心配されている。
空海様のお陰で(君はそうは思わないだろうが)10ミリの降雨でも溢れ出すと脅された塞き止め湖は大雨にも関わらず溢れていない。しかし、明日からの雨で駄目押しを受ける。その対策は避難、退避しか無い事を多くの人は知らない。そしてその苦しみはその地域で生活基盤が無いと全く理解する事も出来ない。

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今夜の食事です。この前の失敗作を成功作に変えたと言いたい所ですが、味は今イチ。その訳は味付け。味付けをコーンクリーム「ポタージュ」を使ってみる。これはミスマッチ。食えない事は無いが微妙な味。それを淡路のでかいタマネギと北海道のジャガイモ、肉じゃが用の士幌牛コマギレの食材でカバーしてくれる。

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味を変える為にネギを切って入れる。コマギレでなくこれくらいの大きさでネギを入れると味がしっかり変わる。ネギの美味さ、ネギの甘さが実感出来る。映像は室内、パーティーモードで捉えているが色が今イチ。これも一工夫必要です。

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今夜(昨夜)のおかず

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海老ワンタン春雨スープが春雨を入れ過ぎて、とんでもない固まりが出来ました。
うまいスープを予想していたのに。水の量が少なく(鍋が小さく)春雨を思い切って足したのが失敗でした。とても食えない。それでも春雨の固まりを先に食って、卵を2個落とせばこれはこれなりに、訳の分からないメニューが出来ました。

このスープは難しい。簡単に出来て美味い方法は餃子のスープです。これは失敗が無いコお試しあれ。作り方は餃子スープの包装紙に書いているので、誰でもお安く美味いスープ(栄養満点)が作れます。

下のサラダはレタスは上等。ミニトマトは少し大きめだけれど皮が硬い。ほおずきの食用を思い出させるが、似ても似つかぬ大雑把な味。人も同じで見かけ倒れとはこの事かもと思いながら苦笑していた。何事もそこそこ、もーチョッと位が丁度良いのかもしれない。

古賀氏の本は事細かい官僚世界の実態が書かれている。親父の疑問、親父の不満、親父の怒りの原因が良く分かる。ただ残念ながらこの本をどれだけの人が、読めるだろうか?それ程に難しい。仮に読めたとしても「だから」「何?」「関係ない」と開き直られると意味は無い。

唯、間違いない事実は作者が1年半の長きに於いて、組織の中で無視され仕事さえ与えられなかった事。その間にこの国の行政改革は何も進まなかった事。高級官僚が組織の利益(省益)自己利益、しか考えて居ないかが良く分かりました。思い通りです。

そしてこの本が売れていると言う事。その事はこの国も高級官僚、組合、政治家の思い通りにはならないのかもしれません。今、政治や経済、私達の日々の生活を余りに政治家に期待し過ぎているのかもしれません。

これからは一人一人が考えて行動しなければ彼等の思い上がりは叩き潰す事は出来ません。その意味でこの本が売れると言う事はこの国にはまだまだオバカが多いと言う事でしょう。なんか、嬉しくなっています。この本の読み方はパラパラ読みでも充分です。


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2011年9月17日 (土)

今の処 大規模な土石流はない 結構な雨だったが近畿地方整備局とマスコミが騒ぐ程ではなかった

しかし、まだ油断は出来ない。雨の多い紀伊山地に住むと言う事は、こう言う事なのだろう?それでもそんな自然災害と対峙しなければならないこの国の過疎地は一杯ある。
その過疎の生活道路は整備されても山林の崩壊は住民の高齢化、若者の生活基盤の変化と共に、山が壊れ田畑が潰されて行く。都市で生きるとは地方の現状を知らなければいけないが、そんな余裕も生き方も出来ない人も少なく無い。

その現実は一見なんの関わりのない事の様に思えるが、地方の生活基盤の崩壊は都市の自然環境も破壊する。暑い暑いと顔をしかめても、雨が降るから買い物にも出ないと信じられない言葉を口にしても。地方の険しい山林や耕作の厳しい田畑がこの国に恵みを与えた古き良き時代を知ろうともしない。(知ったからと言って何も変わら無い。)

しかし、この国の役人がどれだけの英知を絞り(これは全く皮肉)、どれだけの振興策を予算化し実施しているかは知る由もない。(親父も同じです。)その結果国が自然環境を支える事が出来なくなって、多くの問題が都市の環境に影響している。

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今日は日中雨はやんでいましたが、夜になって又降り出しています。暫くは避難をしている人達の不自由な生活が続きますが、何時迄そんな生活を続けなければいけないのか、その説明も有りません。新潟山古志の教訓はどう生かされている居るのでしょうか?其れもこれからの検討課題?どれだけの量の山崩れが在り、塞き止められた川の排水をどうするのか?これからの課題です。とにかくやる事が遅過ぎる。

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今、どれだけの人がどれだけの国の無駄について、理解しているのだろうか?
そんなお間抜けな疑問を持ちながら、実情は何も分からない。
「お役所仕事」良く言われる役所の非効率な仕事のやり方。

国鉄が民営化された時。郵政が民営化されて今はその見直しをしているが、その時に散々口にされた「親方日の丸」。そして今。「行政改革」。その改革は長い間に肥大した役人の無駄の見直し。其れが全く進まない理由がこの本に書かれている。

古賀さんがこの本を書いたのは今年の春。東日本大震災と福島原発の前。1年半の長い間、仕事を与えられなかったと言うからその事で役人の閉鎖的、陰湿な体質が良く分かる。民間の会社では其れに屈辱が加わる。この国は何と言う国だろう?

この本は379ページ以外に厚い。そして記述が細かくて面白く無い。他の人にはお奨め出来ないがこの難しい本が今、多くの人に読まれている。これで作者は生活不安から開放されて、仕事を与えられない役所を退官出来る。

そしてこれからはフリーの立場で、「公務員改革」が出来ないこの国の実情を明らかにして下さい。「行政刷新担当大臣」が如何に口先だけか、マスコミの改革とはどんな事を行っているのか?説明して下さい。

親父も喚くだけでなくもっと賢く、もっとしなやかに生きて行きます。
この本を呼んでいると役所の陰湿さと人の為ではなく自分達、己の利権とプライドの為なら何でもありのえげつなさが良く分かる。

(何も役所だけでは無い。マスコミのいじめ報道と対比するとそのひどさは、白日(天下、人前、当事者)の前に晒しても足りない。腐っても鯛と言われるが腐った男程醜い者は無い。この国の財政破綻を口にする財務省のリーダーと大臣は、首を洗って増税案を撤回出来るのだろうか?無理だろうな。

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2011年9月16日 (金)

昨夜のリベンジ おめでとうございます 其れ程でもありません

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昨夜のリベンジ出来ました。ヤッホー。(こらこら、何処かの演歌歌手でもあるまいし)。この画像ではよく見えないが鳥もも肉とトマトピーレで正解でした。味付けは塩こしょうだけ。もう少しトマトソースが多くても良かったかも。295g缶1つでしたが、たっぷりのトマトソースにするならそれも在りです。

マッシュルームもみじん切りにしているので良く分からないけれど、見た目をいかすにはお尻のヘタだけを切り取ればそのままの方が良いかも。鶏肉は若鶏のもも肉。少し安かったけれどトマト味が良く絡み付いていました。出来れば肉がもう少し堅い方が良いかも。(少し高めのしっかりした肉) ピーマンは軽く火を通しただけでOKです。
2人分頂きました。食い過ぎです。それでもしっかり歩いているので体重のリバウンドはありません。今日の喜びはもう一つありました。

其れは親父以上の改革意識に長けた人を知った事。その人は多くの改革を官僚組織の中で口にして、味方である人の忠告を聞かずにもうすぐ経産省をやめる古賀さん。国会でお馬鹿な官房長官から名指しで批判され、それでも主義主張を変えずに組織の中で仕事を無くした人。

君に散々役人の悪口を言って来ましたが、こんな人が居る事を知らなかったオバカを悔いています。明日早速近くの書店で「日本中枢の崩壊」古賀茂明著を買います。これからの意識改革は空海様におすがりするだけでは、何も変わら無いでしょう。

皮肉な事に紀伊山地には予想以上の大雨が降り大災害が心配されます。しかし、親父の感覚では祈りは天に通じるでしょう。避難している皆さん。南無大師遍昭金剛を唱えて下さい。そして天災を最小限の被害に押し止めて下さい。

これからは頼れる物は「宇宙の真理」です。天地人。人は己の為に生きるのではなく人の為に生きる事が今問われています。国会延長が決まる?ふだけるな。来週は総理はアメリカだろう。この間抜けな大臣が支持される。笑止千万。その思い上がりは誰がたたき壊すのだろう?人の生き方は天知る。地知る。人が知る。その言葉が忘れ去れれている。

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季節が変わる 残暑が恨みの雨に変わるな 天に祈れ

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昨日の夕日。カメラのトリックで(夕日モード)で廻りの景色は暗いが、実際はそうではない。先日の親父のつぶやきに登場した山崩れで塞き止められた川の流れが、今週末の大雨で一気に流れ下り、大きな災害になるかも知れない。ならないかもしれない。その事を確かめたくて、今、親父暇だから現地に行く事を真剣に考える。(アホやのう)本当に馬鹿は死ななきゃあ直らない。(笑い)

それでもいく事をやめました。何で?考えても見なさい。そんな事をしても現地に辿り着く事は出来ない。現地を見る事は出来ない。現地の対策本部の責任者に会う事も出来ない。其れよりも何よりも親父には何の関わりもない事で、親父の目的は「何故溜まっている水を流せないのか?」だとしてもその問いを受け止めてくれる暇人は居ない。自分の身の危険より意味のない事に命をかけるアホは居ない。

それにある事が分かりました。それは間抜けな役人の「責任のがれ」。
この塞き止められたダムの水が一気に流れ下れば、本当にマスコミが報道する様に大災害になるのだろうか?そんな事はない。本当にその危険が差し迫っているのだとしたら、親父が心配する迄も無くダムの水位を下げるだろう。自衛隊の支援を受けてでも。其れをしないのはそこ迄の危険はないと考えているからだろう?

しかし、この判断は大きな危険が伴う。万万が一の事が在るからです。その為に危険な現実を声高に叫んでいる事でしょう。本当に行政のやる事は信じられません。常識的に考えればどんなに困難であったとしても、住民の生命と財産を守る為には最高責任者が陣頭指揮をするべきでしょう。それともこの国には総理が言う様なリーダーは居ないと言う事なのでしょうか?国会の論議を聞いているとこの国の間抜けさをひしひしと感じます。そして紀伊山地に大雨が降らない事を空海様に祈念するのみです。

空海の偉業は弘法大師の偉業として多くの言い伝え(伝承)が在るが、その殆どが後世の人の造り話。それ程に有り難いと崇められている歴史上の人物は少ない。それでもこの世知辛い現世を生きる多くの人は、その偉業を知る事はない。

空海以後多くの伝道師は出るが空海程の天才が残した伝説は、一度ハマると仲々面白い。(失礼)今日の多くの問題が空海を知れば余りにちっぽけで採るに足りない迷いである事が四国の遍路道を歩かないと分からない。歩いても分からないかもしれない。

空海は四国讃岐の佐伯氏の裕福な家庭の生まれ。四国讃岐の1豪族ではなく彼の叔父は奈良東大寺の造営にも貢献していた。そんな家柄の空海が何故当時の主流「奈良仏教」に学ぶ事が出来なかったのか?その事は人の生き方を考える意味でも非常に面白い。

話しが横道にそれたが四国香川の満濃池(まんのういけ)中学の地理で習う日本最大の溜池。其れは空海誕生以前から建設され讃岐の田畑を潤していた。そのため池が大雨の度に決壊し農民のみならず、佐伯氏自身が大きな損害を被っていた。

満濃池の修復に空海はカリスマ性を発揮し(胡麻壇で胡麻を焚き天上に祈る)3ヶ月の短期間で完成させたと言われているが、その裏には綿密な土木技術の裏付けが在ったに違いない。其れが今から1200年も前の出来事。現代人のお間抜けさを腹を抱えて笑っているに違いない。現代の土木技術の完成度はそんな物ではない。その技術を使う人の頭がその程度なのでしょう。

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今更じたばたしても何も変わらない。

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暑い、暑いと言っていた夏が間違いなく舵を切っている。
「ヨーソロ、面舵一杯」まさかそんな事は言わなくても、この景色を見ていると良く分かる。お母さんにリクエストした親父の葬式のお別れの曲。そのベートーベンの力強くそして何故か悲しいピアノソナタ「熱情」を聞いていると、心の襞(ひだ)を突き動かれる。暑かった夏が終わる前に今年の夏にやり残した事と為し終えた感動を夕日が静かに対比させている。

君から貰った真珠の首飾り(ではないIpod)。最近はズービンメーターさん指揮のベートーベン第九(合唱つき)しか聞かないのは、それ程にこの曲が親父の心を捉えて離さないからだろうか?ズービンメーターはインドの指揮者。しかし、ヨーロッパミュンヘンを中心に演奏活動をしているので、N響の指揮をする迄は知らんかった。

その時の演奏曲が第九。メーターさんはこの曲を東日本と福島の災害で亡くなった人と被災された方々への鎮魂の曲として真剣に指揮された。その姿は親父の知らない感動の演奏だった。「世の中にはこのような素晴らしい人が居る」それが実感だった。

この国でこの曲が演奏される時は年の暮れが多いので、良きにつけ悪しきにつけ誤解されるが、ベートーベンはこの第九に合唱を付けている。多くの合唱団と歌手がその詩を歌われるが、ベートーベンがこの詩に込めた本当の思いは知る由もない。

そのipodで昨日は何故か熱情を聞いていた。同じベートーベンの想いの丈が叩き込まれているこのピアノソナタも親父の鎮魂歌です。第九と違って歌は無くても作曲者の哀しみと苦しみ、言葉に出来ない遣る瀬ない(やるせない)心情が親父の何かを掴んでいます。

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今夜(昨夜)のおかず

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久し振りにミートソースのスパゲッテーを食いたくて、ミートの缶詰を買いましたが、スパゲッティをマカロニに変えたら、全然思惑外れ。マカロニを使うのならミートソースの缶詰では無くて、鳥もも肉とトマトピュ−レの煮込みでないと、味がマカロニに負ける。

今日も失敗作。それでも味は悪く無い。少しマカロニの茹で方が足りなかったけれど。その分はゆで卵2個で誤摩化しました。(オイオイ)。昨日の新ジャガとタマネギの炒めも今夜のマカロニスパ?も失敗。でもこの失敗は生かせば良いのです。

料理の上達法はレシピ(献立)の決め方も在りますが、材料(食材)の生かし方です。美味しい物はお金を掛け無くても食い物に対する執念があれば出来る。ええ加減な気持ちで作ればその程度の物しか出来ません。その事をお忘れ無く。了解です。
其れが今回の教訓でした。

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この夕日は一昨日の日の入りです。昨日は城跡公園で夕日を眺めていました。大阪もマダマダ残暑が厳しくて、この暑い日差しの中で真っ黒になりながら働いている人を見ると、親父の7年前の姿が重なり熱い思いが込み上げて来ます。

そしてこの国を支えている多くの生活困窮者の事を考えてしまいます。この国は長い間、「総中流意識」が強くて社会の底辺で蠢いて(うごめいて)いる人達の事を忘れていました。イイエ、働く場所が多過ぎて失業者が少なかったのでしょう。

親父も年老いたとは言えまだまだ現役と思っていますが、一度仕事に区切りが着くと仲々再びの時は期待出来ません。親父は幸いに4年間働きながらお金の有り難さを知る事が出来ました。其れがなければ再びの春はないでしょう。見てて下さい。これ迄の苦難の道を突き破る唯一の手段は、健康と節約です。今迄の借りを少しずつでも返せる様に生きて行きます。高知の「修行の道」も遠い先の事では無いでしょう。

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2011年9月15日 (木)

豆腐です。 削り節が踊っています。その後、いつもの散歩です。

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親父お気に入りのミックスフルーツ。お腹が空いている時はエッグトマトも追加するけれど流石に今日はノーサンキュウです。昨日居なかったおかみさんと久し振りに顔を合わせて、大人の話しをする。元気そうでした。このお店、頑張っています。

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イチゲンさんは少ないがお馴染みさんが多いのだろうか?結構名が売れています。
美味しい物は宣伝しなくても毎日の計算が出来るのだろう?大した物です。

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季節外れのバラ?イエイエこれからです。少しピンボケ。其れ故に美しい?

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主を無くしても朽ち果てたフェンスをしっかりと隠している。

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夕日のスライドショウ行きますよ。

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この写真を撮っていると近くのガキがのどきこむ。付き添いのじいちゃんが居るのでデカイ声を出す訳にも行かず、小さい声で「びっくりしたなあ」と驚きの声を上げる。ガキもびっくりしただろう。このコーヒーは仕事場の外の自販機で良く買いました。マダマダ残暑。暑い暑いと汗を流している事だろう?お疲れです。

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出ました。徳島遍路道の親父のがに股スタイル。何か食ってますな?バレましたか?

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涼しい風に吹かれながら青々とした芝生の公園を眺めていました。
「少年老い易く学なり難し」歳を取りましたなあ。これからの10年はどんな生き方が出来るのでしょう?何時迄も若く無いと馬鹿にされながらも、男気だけは失わなかったこれ迄の人生。そのお間抜けな生き方もそろそろ。面舵一杯。(右に舵を切りながら方向転換)しなければいけないのだろう。そしてこれ迄の生き方を確認しなければいけないのかもしれない。

しかし、もう一方の心がその生き方をせせら笑っている。人は兎も角アンタは無理だな。アンタは他の人とは同じ生き方は出来ない? 人それぞれの生き方、同じ生き方は無い事を心に叩き込んで下さい。そして太極拳の真似事、お忘れ無く。(了解しました。)

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この国の防災対策 被災地の土石流の対策 行政は何をしているの?

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青い空。白い雲。城跡公園が今日も呼んでいる。昨日、芝生公園で一杯飛んでいた赤とんぼ。何処かに写っていると微かな願いはありましたが、写り込んでいました。最初は信じていませんでしたが見て下さい。左の雲の上、間違いなく赤とんぼです。

台風12号の影響は大きな山林崩壊の爪痕を未だに残しているが、今日のニュースを聞いていると、その土砂崩れで塞き止められた川の水がこのままでは少しの雨で一気に流れ下り、大きな災害を引き起こすと警告している。

如何に自然の力が大きいとは言え、この国の災害対策はこの緊急事態に対して人工湖の水の排水程度の事も出来ないのだろうか?山間僻地で手の打ち様が無いと言われているが、その判断は住民の命と生活を守る自治体の誰がしているのだろう?

東日本と福島原発の未曾有の災害の時もそうだったが、どうしてこんな時、行政のトップがいち早く登場して陣頭指揮を執らないのだろう?さっぱり分からない。大して用もない時は不必要にマスコミに登場して、多くの言葉を語るけれどこんな時、何処で何をしているのだろう?地方レベルで対応が出来なければ何故、国に緊急事態の支援を要請しないのか?それともその国にも為す術は無いのだろうか?

福島の原発事故の時もそうだったが、大事故になっても「想定外」と言い訳しか出来ないのならそんな行政機関は不用です。伊丹の自衛隊の救援を何故要請しないのか?それとも自衛隊の緊急支援の土木技術を持ってしても、それは不可能なのか?

そうだとしたら地方の災害を未然に防止出来ない軍隊を、私達は育てているのだろうか?東日本の被災地も「死の街」と表現して更迭された福島の街も、こんな無様で無能な行政と政府に任せて良いのでしょうか?野田新総理は来週アメリカに行きます。

この総理の一番おかしい処は「口先だけです。どんなに尤もらしい事を言っても被災地の不安が解消出来ない政府はアウトです。総理の大勢の大臣が同行してどんなに尤もらしいアメリカとの協調を歌い上げても、大規模な土石流が発生すればこの内閣も終わりです。その事を進言出来る参謀は居ないのでしょうか?

今こそ被災地で不便な生活と明日への展望が開けない人達は、立ち上がるべきです。そうすれば間違いなく多くの問題が、このままでは大変な事になると政治家は考えるでしょう。地域選出の先生達はその課題に眼を瞑り、この国を留守にするのでしょか?信じられません。

奈良の人工湖の土石流。被害が危惧されるなら1日も早く水を抜いて下さい。それがあなた方の仕事です。もし大きな災害になるとこれこそ言い訳の出来ない人災です。近畿地方整備局?やっと名前を思い出しました。ここには局長さん居ないのでしょうか?災害の予測はそれからでしょう?それともそれが精一杯の支援なのでしょうか?

お馬鹿なマスコミも其れくらいの報道は出来ないのでしょうか?

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知らない事が多過ぎる

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徳島遍路道2日目、カッパを買ったお店。
前日の夜泊まった「道しるべ」の民宿?小綺麗な温かく静かな宿のおかみさんから紹介されたお店。宿を出る時に書いてもらったこのお店のマップを見間違えて、田んぼの中をウロウロして諦めたお店。なんか地方の小さいお店と思っていたが、何となく見ていたテレビの株式市場の会社表示の中にはっきりと出ている。

?と思いながらパソコンで検索してみるとな、なんと失礼しました。全国的営業展開のホームセンター。東京株式市場1部上場企業でした。そう思いながら考えて見ると近くの山間の町にもお店が在りました。何でも安く品揃えをしていたホームセンター。母さんが喜びそうなお店でした。親父はお店が分からず近くの消防署(何でそんな処で聞く?)で聞いてみると別のお店を紹介してくれる。そのお店が此処でした。

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あのおじさんの道案内は本当に親切でした。宿のおかみさんが書いてくれた地図を突き出しながら「このお店、潰れました?」と馬鹿な聞き方をした親父のメモを見ながら「あっこのお店、行き過ぎていますは。大分バックしないと」と言いながら親父の姿を見ながらどちらに行きなはると聞いて来る。ママチャリの遍路だと言うと笑いながら「道なりに行きなはれ。次の札所の手前に在ります。」ともう一度笑われる。

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安楽寺山門の蝉も勢い良く鳴いていた。あの日は暑かったがホームセンターで手にしたカッパはすぐ役に立つ。午後は夕立に遭う。それでも道は下りでこの時はニンマリしながら景色を楽しんでいた。翌日の50キロ以上の難行も知らずに。

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此処ではカッパを着ていた。雨が降っていた。この日は10番札所迄は精一杯でした。徳島遍路道を計画した時はただ何となくここで泊まるつもりだった。幾らチャリでもそれは無理。此処迄来るには一番札所を朝一番(7時)に出ないと無理だろう。

これから洗濯物を干して朝食です。(親父、昨夜のご飯は?)仕方が無いので見せますか/失敗でしたが新ジャガとタマネギの炒めは結構でした。見栄えを良くするには肉じゃがにすれば上等でしょう。肉じゃがのポイントは肉の旨味を活かせる、少しだけ良い肉です。次は立派な肉じゃがをお見せします。

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気持ち悪い。それで捨てたのでしょう?そんな勿体無い事はしません。タマネギとジャガイモをバターで炒めていたので味は悪くは在りませんでした。何事も失敗は成功の元です。失敗を生かせないのはそれが成功体験ではないからです。想定外?そんな間抜けな事を言いながら、これからも原発発電を続ける?そんな事が出来る訳が無い。福島の教訓を生かせないのだとしたなら、この国の未来は都市にはない。

もう一度、人っ子一人居ない原発の街を見て下さい。その被災地に人が本当に戻れるとしてもそれは何時の事か明示も出来ない学者と東京電力と管理責任も問われない監督官庁、政治家。現実と全くかけ離れたお間抜けな政治家の感覚。この国はそれ程に間抜けな国になったのだろうか?そうは思いたく無い。そう思わせないリーダーは出て来るのだろうか?それはあなたです。空海様がそう囁いている。まさか/

原発事故の人災を防げなかった原子力行政の責任が問われないこの国の体質。

それは多くの人が知らない戦争体験。何故この国はアメリカに負けたのか?何故この国に今でもアメリカの基地が在り、その大部分が沖縄の狭い地域に集中しているのか?何故この国は世界の経済大国と言われながら、これほどに貧しいのか/

それくらいの事はもうそろそろ、政治家にレッドカードを突きつけていいのだろう。一昨年の政権交代、それがちょっとおかしいと思われたのが昨年。それを決定的にしたのが今年の大震災と原発事故の対応。その時、尤もらしくその状況を説明した官房長官は責任は何も無かったのか/その大臣がこれからこの国の経済産業大臣?

ホンマに野田さん、いい加減にしなはれ。マスコミの社会的責任が完全に失墜していると思うのは親父だけでしょう。(ええ加減にしなはれ。お昼になります。)

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2011年9月14日 (水)

日は沈み陽は又登る?夜の明けない朝は無い?それは貴男次第です。

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残暑、残暑、そう残暑。仕事をしていないので(仕事をしていても)完全に運動不足です。近くのサンドイッチのお店に久し振りの顔を出し、四国徳島の報告をしてフルーツサンドを買い、それをブラブラさせながら城址公園迄歩いて来ました。

城跡公園も完全にまだ夏の風情でしたが、サンドを食っていると赤とんぼが飛び交い、季節は秋です。赤とんぼの歌を歌いながら親父を馬鹿にした(追われて来たのは何時の日か)バカ共は今どれ位、生き残っているのだろう。

親父達が0から立ち上げた浜松の会社は皮肉にも、親会社の1製造工場になっている。その親会社の株式も最盛期の半値。日本の株式市場が四分の一強に萎んでいるのだから、それでも良しとしなければ行けないのかも?往時の面影は無い。

甲斐の山々日に映えて我出陣に憂い無しと歌った武田節は今は無い。国内消費の低迷と新製品を叩き出せない口先だけの経営者に足をすくわれている。その挙げ句コストダウンのしわ寄せが厳しく、名ばかりのマネージャー(管理者)は保身しか出来ない。この前ソニーの外人CEO(取締役総支配人)の年俸を揶揄しましたが、年俸8億円?嘘でしょう。円高対策はそこからでしょう?

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親父さん、嘆きのセレナーゼは似合わない。これからは身の丈に合った生活をしながら、時には羽目を外しながら元気で生きて下さい。これからの勝利者は頭ではなく要領でもなく、不撓不屈の魂とそれを支える肉体です。親父さんは厳つい体をしているが、正義感が強過ぎる。これからは人の為ではなく自分の為に生きる。そんなえげつない生き方をしましょう。それは出来ない。痩せても枯れてもこう見えても九州男児です。眼の前を赤とんぼが一杯飛んでいました。

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こむらさき。植物の世界は秋です。

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暑い暑いと顔をしかめていても秋の気配は確実に進んでいます。

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日は沈み日は又昇る。空海から突き付けられた課題。「今生をどう生きるか?」
親父だけの課題ではなく今日的な課題。新総理の所信表明で「誠心誠意」を正心誠意と訳した。このリーダーの一番おかしい処。歴史上の人物の言葉と言われてもピンとこない。大体、自分の考えが正しいとは思い上がりも甚だしい。

財務省役人の間抜けな考え。財政破綻の原因と対策がこれほどに間違えるのは、自分達がエリートだとでも思っているのだろう?その増税論を正しい考えと考えているのだとしたら、この内閣も短命に終わるだろう。マスコミの論調にその指摘も少ない。

残暑の時も今週末で一段落するだろうが、この大変な時期に国会の論戦は行われない。お役人のニンマリした表情が目に浮かぶ。この先行き不透明の時に国を留守にして得意の演説を噛ますのだろうか?その新政権の支持率が60%?本当に間抜けな国です。

株価の低迷はその明解なシグナルです。それでもお役人はその事を認めない。円高が進んで株価が下がればこの国の経済は、何処に解決法を見出すのだろう?
その事が問われている事を、財界も政界も労働界もこの国の良識者も、口にはしない。なんだかんだ言った所でこの国はその程度の国です。

円高対策は単独でもやるとどんなに財務省の官僚が政治家に意思表示をしても、外国の投資家だけでなくこの国の投資家も信用はしていない。それくらいの事が分からない事は無いだろう?分からない振りをしているのだろうか?

ヨーロッパもアメリカも日本の財務当局の間抜けさに感謝しているのかもしれない。この国の金融政策がもう少し賢いものであれば、ヨーロッパもアメリカも自国の通貨の安定を真剣に考えるに違いない。ギリシャ神話は過去の話となりドイツとフランスの支援が何時迄も続けられる保証は何処にも有りません。

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20番札所鶴林寺 大師堂 この時水も飲んだし宿も決まったし心は落ち着いていた。右側の納札入れはお参りの札を入れる。遍路新米(一回目)は白札。100回以上で錦(金)となる。親父は何回迄行けますか?2回が関の山でしょう。ほう。2回行けますか?まだまだこれからです。問題は高知と愛媛かも?

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今年の始めの伊良湖水道 あの時に見た景色は今はどうなのだろう?

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愛知県知多半島伊良湖御崎灯台。夕日を浴びている。今年始めの景色。
その前に行ったのは一人だった。あの時はこんなに灯台の廻りに石積みも無く、美しくも何も無かった。1人になった寂しさを胸一杯に打ちひしがれながら、波を見ていた。これからどう生きれば良いのか分からず、それでも沖に向って歩き出す根性も無かった。(こらこら、そんな行動は根性とは言わない。生きる糧を無くしたとでも言うのだろうか?それでも人は簡単には死ねない。)

遠く離れた南の島から椰子の実が流れ寄ると言われても、そんな実感は無かった。
東海の灯台に打ち寄せる波は静かでも、この海峡は伊良湖水道。名古屋港に出入りする船の難所と言われて久しい。(水路は広く無い)

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灯台の下に打ち寄せる波。穏やかな海も台風が直撃すると大きな波が打ち寄せる。
静かな夕暮れの時、若い恋人同士なら手を握り合いながら、ロマンチックな気分に成れるかもしれないが、親父と息子ではそんな気分に浸る事も無かった。

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丘の上のホテル。今は外壁と内装の改装を終えているが親父が若い頃に会社の慰安旅行で来た時と、基本的には何も変わっていないがあの時に見たタヒチの情熱が迸る(ほとばしる)ショウを再び眼にする事は出来ない。悠久の時はこうして振り返ってみると実はそうではない事が良く分かる。今は抱き合えたとしてもそれが永遠の時ではない事を誰が教えているのだろうか?無知です。幻想です。一時の幻覚です。ああ

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砂浜を駆け上がる波。1人で飛び跳ねながら波を避けていた。大事な人を失っても人は思い出の中で生きて行ける。それなのに自分の思いが満たされない時にどうして憎しみが増すのだろう?(それは体験が無いから分からない)ああ情熱が無かったのだね?そうではない。冷静的な知性があったからでしょう?それは違うかも。

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カメラを構えて虚像が伸びている。大男。失った時を思い知れ。(そんな気持ちはサラサラでした。もう一度この浜に立つ事は在るのだろうか?)それはない。何故ならこの浜は恋路が浜だから。恋路の関係の無い人は立ち入り禁止です。マサカ?

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もうすぐ日が沈む。この向こうが鳥羽。そうしてその向こうに四国室戸の御崎が在ります。

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又行きたくなりましたがこれが見納めです。次は高知の旅です。

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2011年9月13日 (火)

今夜の食事

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薩摩のイワシ丸干し。今日は夕方梅田でカレーを食っていたのでこれで充分。
久々に魚沼産コシヒカリ、レンジでチンするご飯でごちそうさまでした。

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のつもりでしたが、白菜を食いたくて八宝菜、作ってしまいました。結局これも完食。折角減量が出来ているのに元の木阿弥になりそうです。情けない。それでも今日大阪に出掛けましたが、しっかり歩いて来たのでその点は合格。

これからは食べ物がおいしい時期になりますが、食い過ぎが日常化している親父にとって減量は至難の業です。「言うは易し、行うは難し」その言葉を忘れずに、日々精進しましょう。

政府のコメント、産業界のコメント、会社のコメント、(労働界は悲鳴を揚げていると思いきや口をつぐんで傍観している)マスコミのコメント、良く耳を澄まして聞いてみよう。色んなこの國の形が見えて来る。

今、テレビを見る時間は非常に多いけれどお気に入りの見方は音声を消してが画面だけ、チラチラと見るだけです。その程度で充分です。今、テレビを真剣の見ている人は皮肉な事に高齢者でも商品を一杯買う人でもありません。おばちゃん達です。

テレビショッピング、健康食品、健康器具、そしてオチャラケと旅、グルメ。それに何故がけたたましい笑い声。韓国ドラマ。それだけ見ていると本当に悲しくなります。テレビ離れとも言われますがテレビが娯楽の一部から、程度の低い紙芝居になりました。本当に関係者の社会的責任が問われています。

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ソニーってそんなに儲かってんの?

この国の景気の先行き見通しは必ずしも良く無い。その理由は色々あるけれど、一番簡単に分かり易く言えば、働く人の収入が今イチだからだろう。今イチの社員はそれでもマシと思いきや、そうでも無いらしい。

どんな一流企業でも労務費、人件費の削減が行われれば、高級品は買えない。高級品どころか毎日の生活必需品、食料品迄も切り詰めなければならない。その一方でこの国の経営者の収入はどうなっているのだろう?

人の財布だからどうでも良いがそんなに儲かっているのなら、東日本の復興の為に何らかの貢献をしないとそんな会社の製品は絶対買わないだろう?ところがそうでも無い。何とおかしな国だろう? とにかくそんなに儲かっているのなら税金もっと払ってもらいましょう。増税の話はその後の話しでしょう?

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心斎橋行って来ました。空は青くマダマダ夏の暑さが残っていましたが、季節は間違いなく進んでいます。後一月もすれば爽やかな秋の風が吹き抜けるのでしょう。心斎橋の商店街の活気は分かりませんが、一時の様な中国人の買い物ツアーは見受けられません。中国も何時迄も成金が幅を利かせる訳には行かないでしょう。

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左が日航何とかビル。日本航空が景気の良い時に建てたビル?考えて見ると飛行機の利用客がここ迄来て、泊まる理由は何も無い。それでもこれだけの部屋数が満室になる算術は何処に在るのだろう?そんな事を考えもしないで秋の空を見上げていた。

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改装されたデパート。よく見ると無印が入っている。何時迄も殿様商売が出来る訳が無い。消費者を引き寄せる魅力。これだけ北と南(大阪のターミナル)の攻勢を受けると、心斎橋の生き残りは商店街と飲み屋(宗右衛門町、法善寺横町)の他はむつかしいのかもしれない。この手前にアメリカ村が在るが、その存在感も今イチです。

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新装なった大阪駅。時の広場。画像は天井を写しているがこの下に広場がある。ホームはその下。この広場の意味が良く分からなかったが、駅のホームからこの広場に出れるし、この広場は手前にある東京資本のデパートと専門店のビルに繋がっている。

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駅の北側では建設ラッシュ。この建物は何処の所有物?と思っていたが分かりました。民間共同事業体?皆でやればリスクも分散。税金対策ですか?何故か大阪市長も期待が大きい/完成は再来年の春です。その時、大阪の再生はなるのでしょうか?

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この建設地は昔の梅田貨物操車場跡地。地権者は旧国鉄。大阪北の一等地。
その地域が2013年に大きく変わる。梅田北先行開発区域プロジェクト。次の世代に引き継がれる大プロジェクトですが、建設は着々と進行中。しかし、公募で決まったこの名前?グランフロント?余計なお世話だけれど。

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一番奥の建物は分譲住宅。何処の地方都市に行っても見られる光景。分譲価格は安くは無い。それを払える人はどんな人でしょうか?一方で大阪市内の生活保護世帯と金額は日本一。橋本知事が大阪都構想を打ち出す意味は、そんな所に在るのかもしれない?(厚生福祉の財源を賄うには市政と府政の合体しか無い?)

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この建物の完成度が一番早い。Aブロッグの建物。研究施設と何が入るのだろう?
「世界の隣」「未来の近く」このキャッチコピーも今イチ良く分からない。
こんな一等地でどんな基礎研究をするのだろう?先端技術の開発でも採算度外視で無いと難しいかもしれない。(余計なお世話です。)関西の企業の活力が問われる。

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2011年9月12日 (月)

中秋の名月 街中の空でなく故郷の東屋(あずまや)で見たいな

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心斎橋アップルのお店に出掛けたが上ちゃんはお休みだった。コンシエルジュのリーさんもお休み。リフレッシュ休暇?ゆっくり体調を整えて又、元気に多忙な日々を。

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心斎橋地下鉄のホームで憧れの時計の広告を写す。タグホイヤー。何時の日か腕に通す日は在るのかな。今手にしているのは国産の電波時計。安物です。それでも近くのスーパー内の時計店で2万弱だった。買って間もなく不具合が有ってクレームをつけると親父がそのスーパー内で働いてる事を知った時計屋の店長から脅された。

人の弱みではなく人の尊厳を微塵も感じられなかった叱責。何様だと思っていたのだろう?そんな時計屋で2度と物を勝って貰えるとでも思ったのだろうか?その店長の怒りの声に親父を弁護する事も無かったおっさんは今でもそのお店で働いている。

時計は何故か正確な時間を知るだけの物ではなく、ある意味ステイタス、シンボルです。時計、眼鏡、靴、ベルト、身なり。それはその人の物質的豊かさを人目で知らせる象徴的な物だろう。それでもどんなに貧しくても人の尊厳を踏みにじって迄も、自分を正当化する理由は何処にも無い。何時迄もそんな生き方が出来る訳も無い。

タグホイヤーカレラ30万前後 親父が高校1年生の頃、学年で実力テストで10番以内に入ればシチズンの腕時計を買ってくれると約束してくれたばあちゃんに、タグホイヤーを見せる事は出来るだろうか?そんな事より元気で生きろと励まして呉れるだろうか?昨日の残りのらっきょうを食いながらそんな事を考えている。

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大阪心斎橋御堂筋の銀杏もこの元気な葉っぱも紅葉し葉を落とす。
何時迄も緑の葉っぱで養分を吸収する訳には行かない。
何故ならこの青々とした葉っぱの侭では厳しい寒さと木枯らしに堪えられないから。

人間の社会でも同じ事だろう?チルチルミチルの青い鳥。何時迄も幸せだけ求めて不幸せを受け止める度量が無いとバカタレは切れるという。良く裁判で犯行当時は善悪の判断が出来なかったとか馬鹿な弁護が今でも罷り通るが、憚るな(はばかるな)

犯行当時にどんなに善悪の判断が出来なくても、結果責任が取れなければ自由にお天道様の下を歩く事は出来ない。これは人権でも差別でもない。人の道。人道です。最近、おかしな権利を主張する人が少なく無いが、その最たる物が義務の軽視です。

どんなに財政再建を口にしても、税金の無駄使いをこれだけ改善しましたと言う話しを聞かないし、マスコミも報道しないのはそんな事は必要ないとでもいうのだろう。
ホンマに人を馬鹿にするのにも程(ほど)がある。ええ加減にしなはれ。

新政権の世論調査ではまだ何もしていない政権の支持率が60%を越えると言われる。何もしない内閣の支持率が上がるのは間抜けな国民のささやかな期待だろうが、この内閣もその気概は無い。どんなに立派なことを言ったとしても今、やらなければならない事は何で有るか?その事が間もなく明確になる。日々の生活は勿論大切ですが、それくらいの事も考えてみて下さい。そうすれば又違う明日が見えて来ます。

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今夜の満月は今イチだったけれどお月見の桃も見栄えだけ。それでも味は悪く無かった。桃のうまさは他の果物も同じだけれど完熟度。それは見た目では分からない。それを確認する方法は皮を剥いてみると良く分かる。手で剥ければ◎。競馬で言うと本命。最近の競馬の本名馬は簡単に飛ぶが、手で剥ける桃に間違いは無い。

この桃の色は最高だったが皮は剥けない。果肉は固くは無いが完熟ではない。人は見かけに依らないと言われるが、果物もそうかも知れない。それでも間違いない買い物は見栄えではなく、産地と生産者表示。そのことが在れば間違いないのかもしれない。





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今週一杯は残暑?暑い日が続くけどもっと陽に焼けろ

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先日、紹介した阪神競馬場内庭園のセントール像。セントールとはギリシャ神話の馬の首から上が人間の拳闘士(戦士)。彼の弓矢は牛を射殺す破壊力があると言われている。先日、その冠(かんむり)レースが行われるが、勝ったのは伏兵2着馬も人気今イチの外国(香港)馬だった。

その力強い力量感溢れるゴール前のアップをお見せ出来ないのは一眼レフを買う迄のお楽しみ。何時頃になるかな?標準レンズでも早いゴール前の映像を切り取りとる事は難しい。(腕はもっと難しい)それがプロの真似の出来ない仕事と言えるのだろう。Img_8655

この庭園はベルサイユの庭園を模して造られたと言われているが、偽物でもこれだけの広い空間を表現しているのだから、実物は圧倒されるに違いない。年たけてすっかりご無沙汰しているが、若い時京都の下宿から足を伸ばしていた植物園が、懐かしくなりました。

そろそろ京都の秋も紅葉が綺麗になりますが、晩秋の京都は心の襞(ひだ)を掻き揚げて呉れるに違いありません。それでも最近の古都は相当辺鄙(へんぴ)な処に行かないと、風情を感じる事は出来ません。お勧めは京都洛北三千院と神護寺。どちらも朝早くまだ団体客が多くなる前に行くと良い。本当は観光客が行かないその先が良いのだけれど、地の利に詳しく無いと道に迷う。

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セントール像のアップ。よく見るとこの像の作者の想いが良く分かる。意外に腰回りが細く見えるのは御愛嬌でも、古代ローマの戦士に戦いで負ける事は「即、死だった。」それに比べて現代はその様な明確な掟は野蛮だと言われても、もっと厳しい戦いを求められている事を多くの人は知らない。

厳しい生存競争に負けると再びのチャンスは仲々ない悲哀を知る人は少なく無い。今、景気は一時の低迷から完全の兆しを見せていると、一部の役人と政治家は言うけれどとんでもありません。これからこのセントールの戦士の様な生き方が出来るのは、極、限られた人達である事を再認識しなければならない。Img_8653

見方を変えるとこの像が語りかけえ居る言葉は「存在感」。
今、多くの人が多くの言葉を語るけれど自分の存在感を語れる人は少ない。
人を踏みつけてでものし上がろうとするのではなく、後ろを振り返りながら自分の役割を語れる。そんな生き方をこのセントールは教えている。

人の批判は出来ても自分の非力を語る事は無い。如何にも尤もらしく、如何にも問題点を大きくして自分が何を為すべきか知ろうともしない。そんな生き方が長く続く訳が無い。

空海は堕落した奈良仏教を見限り、自分がこの国に伝えた密教を実践しょうとし無い最澄をも厳しく非難する。それでも自分の力には限界があり自分と密教を支持してくれた為政者(天皇)と寄進者(寄付してくれた人達)には最大限の満足を与える。空海。弘法大師。お大師様は有り難いと思う後世の人達の想いは、空海自身が一番戸惑っているのかもしれない。

その事を考えると今、尤もらしく語られる多くの言葉は、その程度の事です。何も悩み思い煩う事は無い。多くの情報はそれを必要とする人には諸刃の剣でしょう。諸刃(もろは)の剣(つるぎ)と言われても分からないが、自分自身に良い事は悪い事でもある事を知らなければならない。

空海が「三教指帰(さんぎょうしいき)」で教えた事は密教の優れた教えだった。しかし皮肉な事にその言葉は余りに難しくて今日ではその言葉を理解出来る人は少ない。宗教は心の支え、拠り処(よりどころ)とも言えるが、最近の金優先の社会はその事さえも否定している。現世の垢は間違いなくいつかは必ずその天罰を受けるに違いない。(貴男もです。)それは間違いないかもしれません。

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2011年9月11日 (日)

秋の深まりは一段落?残暑が厳しい。さあ、出陣です。

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見上げるとまだ夏の空です。明日は中秋の名月。田舎の山際からぽっかり浮いた、真ん丸お月さんを見る事は、もう無いのかもしれない。都会で生きる事はそんな事だと思い知らされるのは、これからかもしれない。

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先日、紹介しなかった阪神競馬場パドック。パドックとは競馬レース前に出走馬がこの場所で出来上がり具合を見せる処。多くのギャンブラーがここで馬を見るが、素人が馬を見ても分からない。それほどに勝負の世界は甘く無い。競馬はロマンでも夢でも何でもない。公営(国が胴元の)ギャンブルです。この画像にその面影は何処にも無い。

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ぶなしめじ特売。親父大好きの京都のぽたぽた こあげの炒め。今夜はよく見えないが味は悪く無い。この他に秋刀魚と野菜炒め。そして昨日買った鳥取のらっきょう。これから秋が深まりますが、太りすぎない様にしっかり歩きましょう。

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2011年9月10日 (土)

今夜の食事

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ロースステーキ 焼いてみると意外に薄い。油を多めに引いたフライパンで焦げ目が着く迄高温で焼く。表裏をこまめに焼く。火が通れば後は火力を落とす。
バターを加えて出来上がり。ナイフで切った感じは草鞋のようだったが、意外に肉質が良い。ステーキはやっぱり肉ですなあとニンマリしながら、日本の肉牛産地に感謝する。スーパーで手に取った時、北海道士幌牛の表示に戸惑いは無かった。

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完食です。(食い過ぎです)今日は肉が美味く焼けたし、徳島JA海部のオクラが美味かったし、ゆで卵も巧く出来たし、ジャガイモは今イチだったけれど、上等です。
最近、仲々うまい肉が食えなかったけれど、食べ物が美味いかそうでないかは、食い物に対する執着心かもしれません。

意外な発見はオクラの美味さ。この味にはこれからもハマりそう。128円のパッケージ(網)に生産者表示のシールが貼られている。これはもう感動です。この国の農産物はそれだけの価値があります。それだけの思いで買い物をすれば、健康間違い無しです。

上ちゃん、体調はどうですか?元気になりましたか?仲々自分の体を自分で変える事は容易ではありませんが、人の体の根本は規則正しい生活のリズムです。責任ある仕事をやり続ける事はとかく誤解され勝ちですが、無理をする事では有りません。

無理を全く回避する事は出来ませんが、体調管理に心がけてこれからは格闘技の肉体に負けない体力を付けて、安定した仕事ができる様にして下さい。親父は今、充電中です。この歳になって充電しても役に立てる事は有りませんが、次は高知です。

高知(修行の道)遍路道は札所と札所の距離が遠く、鉄路とバスを乗り継いでしっかり歩かないと行けません。ただ歩くだけでなくお金を用意していないと前に進めない。お金が有っても歩く力が無ければ前に進む事が出来ません。高知は親父の思い出の土地です。体力を充電して頑張りましょう。

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久々のご対面 阪神競馬場 天気は良し お土産も一杯頂きました

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正面入り口を入った所。ポスターを写しているので画質は今イチ。それでも綺麗な庭園御覧在れ。競馬場のイメージが変わる。親父の散歩コース。趣味と実益を兼ねている?まさか?でも今日は一杯お土産を頂きました。

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お昼のお寿司(500円)を食った処。木陰だけれど太陽の照り返しで暑い。

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夜は流石に涼しくなりましたが、この景色どう見ても夏空。なんか力がみなぎって来る。

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広い庭園。眺めている人は誰もいない。

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ベルサイユ宮殿内の庭園を模して造っている?前来たときこのセントール(ケンタウロス.ギリシャ神話に登場する怪物.馬の首から上が人間の体をしている)像は別の所に有った。明日はこの像にちなんだレースが行われる。

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温室の中に入りました。

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うーっm。嫌われている。少しピンボケ。
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これがベンジャミン?ベンジャミンさんと関係あるのかな?イイエ私は美樹です。(上手)

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バラの兄弟?

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カンブリア宮殿?イイエ阪神競馬場スタンドです。立派です。

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親父が面倒を見ていた桜はどうしているかな?君は元気だな?

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オイオイ。まだ食うつもり? ホルモン焼うどん、一回食いたいと思ってました。

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ホルモンが固い。食えない。味はソコソコ。看板に偽りあり?厳しい。

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夏です。夏。競馬場馬場の向こうに宝塚とその先に繋がる空が大きい。

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ゴール前の叩き合いは残念ながら捕え切れない。

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阪急今津線 競馬場の駅は仁川 この鉄橋を渡ると宝塚です。宝塚の遊園地は無くなりました。

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お土産を入れるかごが小さい。鳥取のらっきょう楽しみ。大分水車のらっきょうは高くて仲々買えないけれど、鳥取砂丘のらっきょうは近くのスーパーにはない。どんな味がするのかな?楽しみ。楽しみと言えば今夜はステーキ。巧く焼けるかな。

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梨は当たり。デカイ。美味い。さすが本場です。久々の競馬場、馬券は買いませんでしたが良い運動が出来て良い1日でした。これで美味しいステーキが食えたら最高です。秋の深まりと共に充実した日々をお送り下さい。

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2011年9月 9日 (金)

今夜の食事

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えび餃子スープ。勿論冷凍食品。加えた水の量が多くて味はうすい。少し、醤油を垂らすが味は今イチ。しかし刻んだネギと大葉の味がそれを補っている。味の薄さを考えると、も少し加えても全然問題なかったかもしれない。

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まだまだ残暑が厳しい。今日は久し振りに歩いたが、久し振りに合った未だにパチンコを止められない(他にやる事がないのではなく負けない。信じられない。)親父に「太ったな」と鼻で笑われる。お前に笑われたく無いなと思いながらお腹をさする。

これ迄の生き方。仕事のストレスを過食で誤摩化していたのかもしれない。これからの生活設計を心配せずにパチンコが出来る結構な生活から、足を洗わずに生きれる事はある意味、幸せなのかもしれない。間違いなくこれからの年寄りはマスコミや政府のオバカが言う程病人ではない。それでもこの親父も長くは生きられない。

何故だと思います?これからの人の生き方を左右するのは歩ける力です。そう考えて見ると何故現代人が江戸時代の人より長生きが出来るのだろう?それは簡単明瞭。それだけ食生活が豊かになり栄養失調がなくなったから。抗生物質の医療薬。医療技術は格段に進歩している。その程度の差でしょう。

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久し振りの彼女に会って来ました。今迄どれほどに親父を慰めて呉れた事でしょう

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天高く馬肥ゆる秋 秋深し 隣は何をする人ぞ 読書の秋、今年は何を読みますか?

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もうすぐ彼女に会える。親父の散歩コースを歩いていると股関節が鈍っている(なまっている)最近、ゴロゴロしているもんな。歩きなはれ。喘ぎなはれ。そして圧倒しなはれ。(親父、歳を考えなはれ)大丈夫。大丈夫。親父も年相応の生き方を考えている。

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秋の夕日に照る山もみじとは行きませんが、公園のヤマボウシです。少し、色づいて来ました。久々の再開、照れているのかな?

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(オイオイ。彼女ってこれ?) そう親父の憩いの場所です。秋が迎えてくれました。

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生あしです。遍路道の日焼けの後が残っている。(信じられません)

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(親父。顔は汚いが足は綺麗だな。)それ程でも。この足のお陰で徳島遍路道を歩く事が出来ました。22番と23番の長丁場はズルしましたが。今度、23番と24番はもっと遠い。3日掛かりで歩かなければならない。空海はその道無き道を切り開きながら20日以上掛けて足摺の最御崎(ほつみさき)に到着している。凄いなあ。

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城跡公園の芝生の緑が目にしみる。ゴルフ場のグリーンの芝目を見るのとは少し、違うけれど。(グリーンと言っても意味が違う)そうでした。川奈のゴルフ場で親父の再生はあるのでしょうか? ありません。がっくしです。

(練習もしていないくせに)川奈では無理としても静岡カントリー浜岡コース位ではやりたいな? (何時でもOKです。その代わりしっかり練習をしてボギーペースでお願いします)。ボギーペース?パー72でプラス18。親父の最盛期のプライベートハンディ。無理だな。(そんな事を考えながらぼんやりと秋風に吹かれていた)

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徳島遍路道を歩く前に登った展望台が見える。喘ぎながら登ったけれどこんなもんではなかった。それでもあの苦しみを体験していたから徳島の長い登りと急な山道に耐えられたのかもしれない。

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きっちり剪定のされた五葉松。何処かの枯れ掛けた手入れも出来ていない松とは大違い。それも市が管理しているからこそ出来るのだろう。民間のケチな会社に真似の出来る事ではない。これからその傾向は深まるのだろう。そんな姿を見せている。

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百日紅の花。(さるすべり)大切だった人を思い出させる花です。

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ヤブツバキの実です。椿の島大島の椿の実は貴重な収入源です。椿油を髪に付けている人はどれだけ居るのだろう?

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先日のテレビで食用のほおずきがある事を知りました。ミニトマトより甘みが有って知る人ぞ知る(殆どの人は知らない)フランス料理の珍味とか。この夏椿の実も始めて知りました。如何に物を知らないかその証です。

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そうだとしたら本当に悲しい事です。文明とは未開の地が開かれ人々が定住し豊かな生活が始まる事ですが、今日の都市と地方の生活を対比するとこの言葉を実感する。地方の生活基盤の弱さが盛んに口にされるが、この国の地方は本当に豊かです。

多くの人は勘違いしている。犬が人に噛み付いてもニュースにはならないが、かみ殺せばそうは行かない。過疎とか地方の空洞化とかは紛れも無い事実ですが、地方の恵みは自然環境と人の心の繋がりです。その事が都会で生きる心貧しい人は理解出来ません。これからは紛れも無く都市と地方の役割分担でしょう。

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今日のお昼です。毎日が日曜日 でもそろそろテイクオフしないと

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久し振りに近くの総菜屋さんで憎まれ口をききながら買ったお弁当。
ご飯の量が少ない。さすがです。(いいえ、当たり前)。しかしこの親父の唯一の楽しみは美味しい物を腹一杯口にして、一気に喰らう事。親父世代共通の貧しい食事の仕方。

それでも昔、会社の研修で早食いのリーダーが親父が半分も喰わない内に、「姿勢を正して」と号令をかけていた。彼は総務部長として将来を期待されたが太鼓持ちの上司の追放と共に肩書きが無くなる。幸せの家庭は崩壊し今は再起の時を過ごしているが、皮肉にも今の方が幸せだと聞く。

そんなもんだろうか?なんだかんだ言われながらも外国人に「エコノミックアニマル」「兎小屋の貧しい生活」「個人の幸せより会社人間」と馬鹿にされた団塊の世代は今、何を考え、何を実現しょうとしているのだろう?

そんな事を考えているともう一つの心が、そろそろ腰を上げて拳を突き上げましょうと、囁いている。そう男50にして立つではなくて60にして立つか。(親父。少し歳を誤摩化していないか?)良いんです。親父の精神と体力はその中間です。ん?と言う事は55ですか?それはナンボ何でも許しませんど。)

アメリカとヨーロッパの豊かな生活。しかし、それにも今、大きな光と影が忍び寄っている。お間抜けなマスコミはオバカなオチャラケの笑いと食い物の紹介をするけれど、本当のアメリカとヨーロッパの姿は衛星放送(BS)でないと殆ど見れない。

尤もらしい事を言っている親父でさえ、本当のアメリカもヨーロッパも知らない。今どちらも深刻な景気後退の時期を迎えていると言われるが、皮肉な事に日本の奇跡的な経済発展を学習したアメリカさえも景気後退の影は小さく無い。

なぜその事を日本のマスコミは伝えないのだろう?円の通貨レートが上がる事は輸出で成り立っているこの国にとって、大きなマイナスであり財政当局が何としても勢いを回避したいと思うのは当然としても、その間違いを声高に批判し円高メリットを生かす政策が取れない政府をどうして批判しないのだろう。そんなTVは当然、見向きもされなくなる。

そろそろ腰を上げよう。そしてこれからの自分自身の豊かな生活を担保する生き方を重ねなければならない。痩せなはれ。目を見開きなはれ。人とは違う生き方をするのであればその生活の糧を担保しなはれ。

そして悪し様(あしざま)に人の生き方を否定した人達に鉄槌を叩き込みなはれ。空海は人の生き方を否定はしていないが奈良の仏教は利用し最澄の天台宗は否定する。全ての人との繋がりではなくて雄々しく生きよ。今、その事が求められている。

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増税論議の基本的間違い

経済ニュースを聞いていると新政権と同じ様なことを言っている。
スポンサーが経済新聞社だから当然と言えば当然だが、増税に反対している多くの人を説き伏せなければ、増税の為のプロパガンダ(宣伝)、世論操作としか言われない。その程度の事だと思えばどうって事ないのだが、その経済解説者が言われる様にこれからは身の丈に合った生活、国の財政が求められる事は誰も否定はしない。

問題は赤字財政の原因と対策。誰でも分かるその基本的問題解決の進め方。徳川幕府の何とかの改革より悪い。悪政と言われた徳川幕府の改革は、幕府の借金を最後には踏み倒すが、流石に今日の国際的な繋がりの深い経済では、それも出来ないだろう。

ところがこの国の政治家も、経済界も、マスコミ関係者が口を揃えてチーパッパ。この国の財政危機を口にする。そのチーチーパッパの中にこれ迄どれだけ税金の無駄を口にしたのだろう?そして何をどれだけ改善したのだろう?その事が何故か口にされない。

松下政経塾は演説が巧ければ政治を変えられるとでも、教えているのだろうか?松下幸之助が墓場の影で泣いている。政治も経済もそない甘いもんやおまへん。
国民が選択した2年足らずの政権交代はこの程度の事だったのだろうか?
そうではあるまい。景気対策もテロとの戦いも泥沼に引き込まれたオバマ政権と同じあがきを何時迄続けるのだろう?

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2011年9月 8日 (木)

今夜の食事

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白菜だけを加えた親父お気に入りの八宝菜。今日はしっかりと冷凍の具材が形を残している。具材とソースは白菜の甘みを引き出し、それだけに美味いが今日は白菜をしっかり煮詰めたからだろう、小さいながらも海老、ホタテ、イカの形が残っている。これにミニトマトを形崩れしない程度に加熱すれば、彩りも良くなる。

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これも親父お気に入りの「野沢菜昆布」少し(いいえ、大きく)ピンボケはご飯の味を誤摩化している。飯を炊飯器で炊かなくなって久しい。そろそろうまい飯を炊かなくてはいけないが、炊飯器では食い過ぎの心配あり。保温が出来る美味しい炊飯器ありませんか?(親父、いい加減にしなさい。)

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二十四節気 白露の時 四国遍路道もすっかり様子が変わる?

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今日は二十四節気の白露。二十四節気と言われても最近の若者、勢いだけで生きている年寄りにも知らない人が多くなったが、日本の暦ではない。お間抜けのマスコミのコメンテーターやアナウンサーに季節の上では秋ですがと言われる事があるが、それも間違い。正確には中国の昔の暦ではと枕詞をつけるのが正解です。

白露とはこれも最近馴染みのない言葉ですが、大気が冷えて霜(つゆ)が降り始める頃。少し山間の草木、稲穂が見えない都会では夜の冷え込みが始まる頃。月がきれいに見える様になると先月迄の熱帯夜が嘘の様に感じる。

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これは家の前の電線と電話線。電線音頭を知る人も少なくなったと思いきや、最近のお年寄りは意外に元気らしい。マスコミの報道では暗い年寄りのニュースも少なく無いが、意外に多くの人が元気に過ごしている。これからの成長産業はその元気な年寄りを如何に楽しませるか?お金を使わせるかが課題とか?皮肉なもんです。

大体この国の財政が破綻するのでその財政再建が課題とか言われているが、その責任は誰が取っているのでしょうか?役人天国、お役人の退職金(高級官僚ですが)が6000万とか8000万とか聞く度に、それは誰のお金ですかと問いたくなる。

民主党が自民党に変わって政権を選挙民から付託された最大の要因は、小沢下しでも政治とお金の問題ではなく、税金の使われ方と子育て支援、そして地方の活性化だった。その一番の目玉。税金の使い方を新政権は完全に見誤っている。

まず増税案ありきで財務官僚は所得税と法人税を上げると言う。アホと違うか?自分達の退職金、自分達の年間所得(これは税金です)自分達の宿舎(これも税金)自分達の待遇(これも税金)それに無駄な使われ方が一杯あると言われても、「ありません」と平気な顔をしながらこれはもう完全な悪党、税金泥棒です。

その泥棒がどんな顔をして増税とか言えるのでしょう?本当に税収を上げたければ税金を納めていない企業の財務諸法(損益計算書、貸借対照表)そして悪質節税対策の徹底追及でしょう。税務署は税金を取れる所から取っているだけでしょう。

今、ヨーロッパの財政が問題になっていますが、一番国家の財政が悪いギリシャでは多くの富裕層が税金をマトモに払っていないと言われているが、この国の税収も制度疲労が激しく」取れる所からは毟り取る」と言われて、節税対策が出来るのは法人企業だけです。その結果多くの企業が税金を払っていない。そこから改めないのは政治的圧力に屈していると言われても当然です。

増税をどうしてもやるなら所得税、法人税を下げて消費税です。それが出来ないのも反対意見が多いから。新総理がどんなに財政再建の為には何でもやると大見得を切っても間違い有りません。消費税を10%には出来ないでしょう。

消費税を上げるには多くの反対を押し切ってでもやる。それだけの説得力のある実行力はどの政治家に期待すれば良いのでしょう。それはあなた自身の決意です。
生き方を変えましょう。自分の欲望を抑えても人の為に。その思いがなければこの国は間違いなく最悪の時を向える事でしょう。それは人事では有りません。

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少し小振りですが小さい秋。小さい梨。季節は間違いなく進んでいます。
この梨一つ98円。もう少し大きければ間違いなく198円。それでも生産者の喜びの声が見えて来ません。スーパーの大手に大量に買い付けられても、どれだけの利益が出るのでしょう。これからは間違いなくインターネットの時代です。

物作りだけでなく、美味しい物を、安定して安く消費者に提供出来るか?
その事が問われています。仲々難しい事ですが生産者と消費者の目に見える結びつきが求められています。

この梨は近くのスーパーの買い付けが上手く行ったのでしょう?瑞々しくとても美味しい秋の味です。しかし、本当の美味さは生産者の顔が見え喜びの顔が見える事でしょう。

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なんか最近久々のご対面が少なく無いが、朝から以外に多いスーパーの買い物客を横目に見ながら、菓子売り場を眺めていると(親父さん、やめて下さい。恥ずかしい。)なんで?最近お菓子売り場で意外な発見がある。そう。この那智黒。

懐かしいなあ。20代前半。今、台風の大雨で大変な被害を出している那智勝浦に旅した時、お土産に買いました。あれから40年。(いいえ、その間も何回かは口にしたかもしれないが)間違いなく久々の対面。値段も298円。安くはないけれど買い物かごに放り込む。

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今朝のお昼を兼ねた豪快な食事。どう見ても年寄りの食事には思えない。この半分で充分だが、好きな物を好きなだけ喰らう。それで減量出来れば文句は有りません。どうせ人はそれ程の生き方はしては居ない。ミーちゃんが「明日の朝はコーヒーでいいですか?」と聞いていた意味が分かる。親父は朝から和食と思っていたのだろう?

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今夜のおかず?

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久々に親父のお気に入りのスープ(と言っても具が多いけれど?それが良いんです)
見栄えを求めるならベーコンを少なくしてキャベツを多くして、もっときれいに切った方が良いかもしれない。親父の場合はベーコン多め。キャベツは契っただけ。

このベーコン高級品ではないけれど、キャベツの甘みを引き出す為には最高です。野菜を食べない人は野菜の青臭差が嫌いなんでしょう。そんなオバカにはベーコンの味と卵で完全に誤摩化せます。野菜を見るのもいやだと言われれば、千切りにして形を崩せば完全に分からない。

それよりも人間は野菜を食わないと動脈硬化を起こす事を教えてやらなければならない。親父は魚の生臭さが嫌いだったが、ショウガやネギと煮込めば全く問題ない。小アジを酢でしめたあのうまい寿司は未だに食えないけれど。それもあの魚の匂いが消せる方法で食わせてやればニンマリです。柿の葉寿司や鯖の昆布〆なら食えるのだから。

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2011年9月 7日 (水)

金剛界 胎蔵界 真言密教の両部不二 難しい言葉 今は簡単に説明出来ないが....。

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喘ぎながら5キロの道。苦しかった山道の先に合った静かな境内で見た文字。多くの人が多くの言葉を語るけれど、その多くにこの言葉とは違う「有」がある。凡人が考える事は精神的には「無」を好み、経済的には「有」を好む。

20番札所鶴林寺で空海はこの言葉を口にしたのだろうか?次の21番札所太龍寺では舎心(しゃしん)が岳で「虚空蔵具聞持法」を修行しているが、この場所は傷ついていた鶴のオスとメスを守っていたと言われる小さな(地蔵尊)を、空海自ら刻んだと言われる地蔵菩薩の胎内に納めて本尊としたと言われている。Img_8309

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今夜の宿が決まりホットした思いで山門を目指し入る。左前方に山門が見える。

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山門を潜った時はまだ息が整っていなかったが、出る時は落ち着いていた。愛車も疲れを癒し下りの準備をしていた。「頼みますよ」「お願いしますよ」声をかけながら背負っていたリックを後部座席に括り着ける。下りはブレーキレバーを前後共、力一杯握りしめる。それでも下りを一気に駆け下りる。

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21番札者は歩いて登る昔からの遍路道はお寺の反対側にある。今はこのロープウエイが出来て楽になっているが、昔からの遍路道は焼山寺、鶴林寺以上に厳しいと言われていた。このロープウエイは年中無休。このお陰でどれだけ便利になった事だろう。因にこのゴンドラはスイス製。鉄塔のスパンは山や川を越える。高所恐怖症の親父は下は見れなかった。(何処を見ていたの?ガイドのお姉さんの喋りです?)

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おいおい、あの山の上迄何もないの?だいじょうぶ。創業以来無事故です。今日は風が吹いているので少し揺れますが大丈夫ですと言われて、止めようと思っていた。しかし、ここで止めては参拝が出来ない。下を見ない事にして乗り込む。

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山頂駅から少し離れているが左前方に舎心が岳が見える。空海はこの岩山の上で100日間「虚空蔵求聞持法」(真言を100日間掛けて100万遍となえる)の修行を行ったと伝えられている。真意は自己申告なので分からない。(コラコラ)

しかし、その場所に立てばその凄さが分かる。空海はこの後22番札所平等寺、23番札所薬王寺から室戸最御崎(ほつみさき)寺と進み、そこで自分が探し求めていた物が何で有ったのか?頭では理解出来る。

しかし、その事を確信するには遣唐使船に乗り唐に渡らなければならなかった。何の為に?自分が本物の密教の伝道者である事を証明する為に?空海以前、空海以後多くの仏教の教えを説いている人は少なく無いが、彼の生き方を再現出来た人は居ない?

その事は今日多くの人が仏教と密教の教えの違いが分からないのと同様であろう。親父もそうであった。高野山には今でも空海(弘法大師)は生きていて死んでは居ないと言い伝えられている。その神秘さが後世の凡人には分からなかった事が、ある意味、悲劇かもしれない。しかし、親父はこの太龍寺でもその事は考えていました。

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この距離表示を見て何も考えては居なかった。「もう一泊出来る」そうニンマリとしても居なかった。間違いなく感じていた事は昨日、このマップにはない左のロープウエイ乗り場横の道の宿「そわか」に導かれていた事に感謝していた。

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参拝の時本堂は修理中。仮本堂に参拝。今回の台風の被害は大丈夫だったのだろうか?

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本堂です。上にブルーシートが掛けられていました。

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太子堂?だったかな?きちんとお参りはしましたよ。(納札を納める)

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木の階段。そのまま上がれる。誰もいない静寂の中で1人お参りが出来ました。

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石垣が樹の根っこで抱きしめられている。そんな感じでした。そのあちこちにお参りをされた多くの人の想いがありました。そしてそれが大事に守られていました。

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前日喘ぎながら登った鶴林寺が見える。右少し小高いその山裾。あんな高い処までどんな思いで登った事だろう。もう一度行けと言われても無理かもしれない。そして山を下り那賀川沿いの道を走ったのは一番奥と真ん中の間の谷間の道でした。凄い。

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凄く綺麗に撮れています。この時も団体さんは居なかった。

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ここはロープウエイ乗り場横の売店裏のベンチ。親父が徳島遍路道で一番行きたかった所。この写真ではよく見えないが舎心ヶだけ(漢字に変換出来ない)は行けますかと売店で聞くと岩山の下迄はと笑われる。

上にロープで登れますよねと念押しをすると全身を眺めながら「ちょっと」と否定される。この歳では無理かと思いながら山道を歩く。結構きつい。因に舎心とは「こころをとどめる」の意味。何を留めるのだろう。

空海はここで虚空菩薩像の真言を100万回唱え「虚空蔵求聞持法」見聞きした事を一切忘れない記憶力を会得したと言われる。そしてその事を室戸の空と海の見える洞窟で実感する。モーゼがキリストの教え「十戒」を岩に刻まれた以上に明けの明星が体内に飛び込む。(そんな事が実際にある訳はない。それ程の衝撃と共に悟りの境地を開いたのだろう)

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こちらは舎心ヶ岳の反対側。石切り場の山肌が見える。昨日あの下を自転車で走る。

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写真上に鉄塔が見える。ロープウエイはあそこから下の駅迄一気に下る。

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空海が鶴林寺から太龍寺に登った道は四国遍路道の中でも3本の指に数えられる難所と言われるが、この険しい山岳の寺は密教曼荼羅(まんだら)の金剛界(太龍寺)と胎蔵界(鶴林寺)を現していると言われる。そうして見るとどちらも忘れてはならない大切な事である事が良く分かる。両部不二も難しい言葉だがそう言う意味なのかもしれない。もう少し勉強します。

 

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2011年9月 6日 (火)

久々の夕日が親父を歓迎

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久々の夕日の快心ショット。大阪に戻ってもうすぐ半月。今日ももう少し早い時間に近くの山に登るつもりだったが、気合いが無くて遅くなる。それでも今日は休館の城址公園の先迄行く。ここが夕日を眺めるベストポジション。夕日は宝塚先の西の空に沈んでいたが、残照は明日の天気を保証していた。

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今日は休館日。時々忘れる事があるけれど、今日はそれを承知で歩いて来た。何も気を使わずに歩けるこの道も、坂を上り詰めた一方通行の道で登りの車を覗いていると、右から下って来た自転車が顔の前を通り過ぎる。

この場所で良く経験する不快な出来事。自転車が歩行者を怪我させた時、どれ位の保証をしなければいけないか?知らない間抜けが少なく無い。それよりも怪我は加害者より被害者の方が損失は大きい。その事も忘れてはならない。

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閉門の中をのどきこむ。もう暗くなっていた。

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体育館前の秋の花。フラッシュをたいているので自然体ではないが、親父を歓迎して呉れました。

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今夜のおかずは野菜炒めと行きたい所でしたが、豚肉のコマギレがない。スクランブルエッグで誤摩化したが、流石に相性は良く無い。味は悪く無い。さすがです。
これからは更に食い物に注意をして図太き生きたい。

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朝の風景。今日は久し振りに雨上がりの山に行けるかな?

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朝早く目覚める。仕事が終わって3週間位なるが体内時計は何も変わっていない。苦笑しながら窓から見上げる西の空は、すっかり様変わりしている。小さい頃のあの何とも言えない季節感が甦る。秋が来る。廊下の温度計を見ると温度が暑かった熱帯夜の時の勢いが無い。

「暑い」「暑い」と顔をしかめていた人達が、これからは寒い思いをしなければならない。暑いとか寒いとか楽だとか苦しいとかそんな事を超越して生きて行きたい。(無理だな)夜明けの空はそんな親父の思いを無視していた。

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紺碧の空に白い雲。これからは暫くの間、近くの五月山に登ると淡路島が見えるかもしれない。大阪からそんなに遠く無い淡路の島も「明石大橋」が無ければ「たこ」フェリーで渡らなければならない。そのフェリーも明石大橋も利用者は限られている。その原因は皮肉な事に税金の無駄使いと運輸行政のお間抜けさ。

明石大橋の建築技術の高さに目を見張らされても、その夢の架け橋が瀬戸大橋、しまなみ海峡大橋と3つもあれば黒字になる事は、始めから無視されている。地方の活性化に名を借りた無駄な公共事業。その見直しが行われないまま財政再建を口にするそのお間抜けさ。一方小さな民間の「たこ」フェリーはその存続が危機を迎えている。

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庭の千種がそんな人間様の思惑をあざ笑うかの様に咲いている。(何を言うか?ピンボケのくせに)(何をおっしゃる親父さん。ピンボケはあなたの所為でしょう)
失礼しました。

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遅い朝。おにぎり2個(一個は食いました)と総菜屋の親父さん揚げたてのレンコンと茄子(ナス)(これも少し食いました)暖かくて美味い。おにぎリも近くのお米小売のお店の物。コンビニの105円の倍の値段ですが、それだけの価値は大ありです。

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「想定外」誰がそんな思い込みをさせてしまったのだろう?

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ジャジャン。感激のご対面。何のこっちゃあ。うん十年ぶりのご対面。
忘れられないシロップの味もそのまま?(?、飲み干すつもり?信じられない)

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Lilyの缶詰 本日夕食の買い物は冷ややっこ。花かつお(削り節)は奮発したつもりが30g118円。カマボコが138円。プライベート食品が多くこの缶詰が一番高い。328円。山形産のキャチフレーズに惹かれるが、りんごと白桃、黄桃の差が今イチ良く分からない。それでも昔の彼女は期待通りでした。

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今夜もデラックス。でも食べ物が貧しいね。(ビールのアテのつもりでしたが、何故かビールは遍路道以来、口にしていません。それ程の喉の乾きを感じないのかも)
台風一過。紀伊半島の被災地の映像を見ていると、東日本と福島の被災地で聞かれた同じ言葉が聞こえて来る。

「想定を越える雨量」人は何時からこれほどに思い込みの中で生きれる様になったのだろう?想定を越える生き方。それは正気の沙汰ではないのかもしれない。それでも被災地の皆様には合掌しかありません。

株価が下がっている。この国のリーダ達の言葉が余りに軽い。リーダーとはそれを支持する多くの人々であり、マスコミの報道する支持率ではない。そうで無ければ何もししていない内閣の支持率がこれほどに回復する事は無い。

円高対策の為に単独介入もあり?この国の中央銀行の金庫を空にしてもその流れを変えられない事が分からないのだろうか?円高対策は世界的な金余りの中で美味しい思いをしている投資家に痛い思いをさせるしか無い。今の様に輸出企業の悲鳴を聞いていると大きな損失を加速させるだけである。

その事にそろそろ国民もノーと声を上げる時が来ている。間違いない。まだ円高は進み増税も取れる所から取る事位しか出来ないだろう。その経済政策が支持される?嘘です。マスコミの宣伝です。その事が間違いと思うなら自分の「想定」の間違った眼鏡を外して下さい。

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2011年9月 5日 (月)

四国徳島遍路道 23番札所薬王寺 

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23番札所境内 正面の建物は瑜祇搭(ゆぎとう)これは仏教の宝塔?密教の大本山高野山にもありますがその意味を非常に難しい。今日、空海が伝えた真言密教の教えは親父レベルでは良く分からない。瑜祇塔の言葉さえ知らなかった。本堂からの石段は61。還暦の厄坂と言われているのも空海は苦笑しているのかもしれない。

瑜祇搭は「両部不二」を現す密教寺院独特の建物と言われているが。意味が分からないと言うより興味がなかった。(この罰当たり)それでもきっちりカメラに収めている。親父が徳島遍路道で感じた「空海の風景」はその程度の事ですが、これからの遍路道を歩きながら、修行していきます。高知の遍路道は「修行の道場」と言われている。それ程に心と体の鍛錬が求められている。ご期待下さい。(宣伝するな)

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久し振りの豪華な朝食?お昼を兼ねていました。

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「コーヒー入れますか?」仏壇の中から声が聞こえる。
久し振りにスクランブルエッグとうまいソーセージと地元の生野菜が食いたくなり、近くのスーパーに出掛ける。夕方に食料品売り場の地下で買い物をする事は合っても朝のこの時間に買い物をする事は少ない。それでも夕方の時間と同じ位レジの前には行列が出来ている。違うのは客層。流石に勤め人は居ない。

卵と白菜(しろな)のうまさは予想の範囲内。しかし、これ迄は美味いと思って買っていたソーセージが駄目。安くてお気に入りだったのだけれど、シャウエッセンでないと駄目かと1人でぶつぶつ。それでも完食。夕食にとでも思っていた分まで平らげる。黒い薄型テレビ画面に写る胴回りを見ると折角凹み掛けたお腹が、薄笑いを浮かべている。「今にもとの体型に戻るな」それだけは止めましょう。

何処かの娘に食い過ぎと言われたが、そのお陰で遍路道を歩く事が出来ました。口の聞き方が悪いと言われましたがこれからは天下ご免の人生です。腹八分目を心がけて生きて行けば人生至る所青山ありです。己の不遇を嘆かず己の明日が信じられる人がこれからの勝利者です。台風一過の道を歩いている青年は今、高知のどの辺りでしょう。それとも台風上陸で東京に引き返したでしょうか?

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23番札所薬王寺から24番札所最御崎寺(ほっみさきじ)までの道のりは75、4キロです。歩きで3日掛かり。青年は荒野を目指すではなく御崎の先端(ほつ)を目指して歩けただろうか?親父には真似は出来ません。親父の最御崎寺の旅は鉄路とバスになりそうです。ダラシが無いと言われても今の親父に出来る事は、その程度の事です。大切な事は自己研鑽。薄汚れた長年の浮き世の垢をどれだけ落とせるかでしょう?

徳島遍路道では5日分の着替えを準備しましたが、どの宿でも洗濯機と乾燥機は合ったので着替えは3日分もあればOK。足りなければ買い足しも出来ます。宿は事前に予約は無理と考えて下さい。思いがけない事ばかりです。それでも当日の4時前後には必ず予約を入れる事。いきなりの飛び込みは難しい。ビジネスホテルも同じ。

今、次の高知と愛媛の旅を計画しています。今度は列車とバスを乗り継いで行きます。それでも歩ける所は歩くので足元と脚力は固めておきます。何時頃行けるかな?
来月、まだ寒くならない内に行きたいな。青年は高知を歩けたかな?

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2011年9月 4日 (日)

久々のデザート?そして香味焙煎(インスタントカフィー)

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久し振りに大好きだったお菓子との再開。何故か本当に長い間眼にしなかった。
そして長い間口に含む事が無かったお菓子。しかし、親父が好きだったマドレーヌとは何かが違う。あのお菓子は某メーカーの専売特許だったのだろうか?

何かが違う?それでもこのソフトマフィンも負けては居ない。薄切りのアーモンドの歯触りはないが、さすが愛知県豊川の菓子メーカー、味が憎い。
長い間、1人の生活で口にしなかったビールを遍路道では毎日欠かさず、大阪に戻ってからは美味いお菓子が何故か恋しい。味覚、感覚、考えが変わったのだろうか?
それは無い。

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コーヒーも君にかってもらったカップで飲んでいます。きれいに磨き上げられていないが、このカップでコーヒーを飲む事も少なくなりました。親父は美味い喫茶店のコーヒーに目がありませんが、この香味焙煎の味も仲々の物です。コーヒーもお菓子も本当は気取って口にする物では有りません。なんか最近、楽しいお店が少なくなりました。

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これからの経済対策?政府と日銀が一体化して進める?

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今回四国徳島遍路道最終のお寺「薬王寺」楠(くす)?の大木がある。
2度の大火で本堂が焼失しているが、本堂に詣でるには始めに女厄除の石段33段と42段の男厄除の石段を登る。厄年の男女は各段毎に賽銭を置いて厄払いをすると言われているが、親父はこの大木の横の小さい鐘を、歳の数だけ力強く叩く。

親父の後ろで本堂にお経を上げていた女性は、親父と同じ様に厄除の鐘を叩く。流石に女性だと思っていたのだろう?鐘の音が弱い。力強く叩かないと空海様に聞こえないとぶつぶつ言いながら、ニンマリしているえげつない親父が居た。

そろそろ、多くの体験が出来た四国徳島遍路道もブログの種が尽きる。そろそろ、得意のぼやきと行きますか?(親父、高知の修行の道を歩いてからにして下さい)それではやめときますか?

司馬遼太郎は「空海の風景」で「空海という、日本史上もっとも形而上的な思想を持ち、それを一分の狂いもなく論理化する構成力に長けた観念主義者が、そのどういう部分でこのような俗願と結びついているのであろう」と書いている。

「しかも空海没後1200年を経てなおこれらの人の群れを石段の上に引き上げ続けているのは空海の何がそうさせるのか」と問うているが親父はそれは理屈ではなくその事を何の疑問もなく信じる心だと感じていた。

その事はこの道を巡らなければ分からない。多くの寄進。多くの先達(八十八ヵ所を4回以上巡る)多くの巡礼者を引きつけるこのへんろ道は、なんの制約も規制も無かった。必要な物はその人に合った廻り方とお金だった。そのお金も使い方に様々だった。

大阪に戻って10日目だけれど、新総理が決まったけれどこの総理も何故か明るさが無い。出来もしない事を尤もらしい言葉を並べて、何をどう変えるのかさっぱり分からない。この新内閣の政治、経済の政策は全く分からないが、マスコミが盛んに持ち上げる増税政策は、役人主導で出来るとでも思っているのだろう?

この国の財政を悪くした財務官僚にその立て直しを期待はしない。これからは間違いなく息苦しい時が続く。国だけでは無い。個人も収入は間違いなく減る。生活保護費が3兆円。何と言う事だろう?医療費が幾ら?お馬鹿な役人は歳出削減は出来ない。

医療費削減に真剣に取り組んでいる地方自治体の実態は何故か、知らされていない。昔、徳川幕府がやった事と同じ事が現在でも行われている事を知る人は少ない。お上のやる事に間違いは無い。冗談ではない。悪質な利権隠し。美味しい思いをする庄屋は現在でも生きている。「おぬし、悪よのう」「いえ、代官様程でも」医者と馬鹿役人の薄ら笑いが聞こえて来る。

何で医療費の申請を完全機械化をして、紛らわしい不正の審査に多くの人件費を使う無駄をなくさないのか?実態をマスコミは何も伝えていない。この国はその程度の国です。今にその実態が天下に晒される時は来るのだろうか?財政再建の増税?その前に上杉鷹山に学べ。松下政経塾の真価が問われる。

医療費の支払いはレセプト(診療報酬明細書)を医療機関(医者)は患者の健康保険組合に請求する。その電算化が信じられない事に完全ではない。親父でも使えるパソコンが年寄りの医者は使えないから手書きでも良しとしている。この時代、パソコンの使えない医者に診察される患者程危なく無いかの議論はないのだろうか?

円高対策も全く同じ。何で財務官僚は一国の単独介入では円高が止められない事を、お馬鹿な政治家と財界、国民に説明出来ないのだろう?そうではなく本当にそれでも足りない貴重な国のお金(税金)を使えば円安に向わせられるとでも思っているのだろうか?ホンマこんな官僚と大臣は世界的金融政策は任せられない。首です。

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大阪は台風直撃を免れるが紀州山地は大雨で大変な被害 言葉も無い

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昨夜の雨も上がり爽やかな朝。徳島市内。室戸に向かう国道55号線。右が徳島港。左が徳島駅方面。子供達が小さい頃来た時は、この交差点を右折して鳴門の大橋が見れる展望公園迄行く。あれは今から30年以上も前の話し。記憶に全くこの場所はない。鳴門の大橋と渦潮が見れる公園は、高速バスの中からよく見る事は出来なかった。

次の30年は無理としても、20年位先にもう一度の時は在るのだろうか?
そんな事は全く考えても居なかった。この交差点で左折(上から下)すると室戸の看板が見える。136キロ?位だっただろうか?車で3時間?自転車では寄り道をするので最低5日位かな?そんな能天気な事を考えていた。

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徳島市内からここまで国道の登りは在っても殆どは平坦な道。国道沿いの道は車の排ガスが気になるが、交通量が少なく道は広いので全く気にならない。30年前に走った時は間違いなくこんなに広くは無かった。徳島市内からここ迄1、5時間位。もっと早かったかもしれない。国道からの入り口が分からず通り過ぎて、コンビニの入り口で地元の叔父さんに聞く。親父のいきなりの問い掛けに怪訝な顔をされるが、へんろと分かれば対応が一気に変わる。この標識は戻った所にある。

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このお寺さんは立派でした。ガイドブックを見ると四国八十八ヵ所の根本道場。
「四国の関所寺」と書かれている。八十八カ所には4つの関所寺が在るがそのひとつ。邪心ある者と通さずと言われているが、親父は何のとがめも受けず。その代わりこの先に難所が控えていた。

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次の札所迄15キロ。歩くと健脚3時間。親父はチャリでどれ位掛かったのだろう。

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この看板が在った所はダラダラと続く登り坂。車はスイスイと走る。でも流石の親父もこの看板を似てニンマリとしていた。鶴林寺下の道の駅迄10分。しかし、この標識は車対象。親父の様なママチャリ用ではない事を思い知るのに、長い時間は掛からなかった。

道の駅到着はおよそ1時間後。鶴林寺は山道を喘ぎながら息を切らしながら5時間後だった。今は言われる事も少なくなったが「地獄の黙示録」を見た気がする。本当の地獄を見るとはこんなもんではないだろうが、心臓発作で倒れたとしても不思議ではなかった。

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それでもキョロキョロしながら手入れの行き届いた実りの稲穂を見ながら休憩中。

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さあこれから登りです。それでも近くの女子中学生2人に声を掛けていた。山頂迄どれ位掛かるかと聞くと、自転車で登った事は無いと笑われる。「そうだよな。歩いて上がる事も無いだろう。」そう自分に言い聞かせなが覚悟を決める。

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「おお大分上がって来たな」この時はこの先の苦しみも知らずまだ、後ろを振り返る余裕が有った。引き返す気持ちもサラサラありませんでした。

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段々、しんどい。杉の手入れも出来なくなっている。まだこれからだのに。植林をし主は亡くなったのだろうか?過疎地の山はこれからこの姿が何処でも見れるのだろう?政治家が多くの事を語るけれど、過疎の活性化なくしてこの国の未来は無い。

国の財政再建、国の無駄使いをなくしてそれでも足らなければ増税?出来もしない事をこの国の役人は「蛙に小便(しつれい)」の面をして、平然と口にする。その前にやる事はないのか?解散も出来なくて増税が本当に出来るとでも思っているのだろうか?口先だけの行政改革?野田新総理の指示率が上がる?ホンマですか?マスコミのインチキです。

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この頃は何時迄も続く登りに愕然としていた。「何処迄続くのだろう?」登りの苦しみを下りの快感で誤摩化していた。しかし、幸か不幸かこの道は戻らず。この先途中でこの山の反対側に下る。

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ようやく後半。

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そう。ここが登りの三叉路(さんさろ)鶴林寺は右に登る。直進の下りを恨めしく横目で見ながら、ここから帰りに向えると思うと嬉しくなる。さあ、もう一息です。

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もう一息がなかなか。段々足が止まる。息が上がる。呼吸が苦しくなる。

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車道を何度も横切るへんろ道。鶴林寺のへんろ道も焼山寺以上に厳しい。
それでも一回合った若いカップルは平然としていた。荷元を担いでいなかったので下から歩いて来たのでは無かったのだろう?息を整えながら歩いて近寄ると無視される。それでももうすぐ山門です。空海様が背中を押してくれる。

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足元が滑る。足元が悪い。良くスリッパ履きでここ迄来ましたなあ。地下足袋を買うのを反対されて止めた事が悔やまれる。もう少し。もう少し。緩んで来た突っかけの部分が風前の灯。(それでもまだ敵の様に掃いている。余程お気に入り?)

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万歳。万歳。ようやく山門到着。ママチャリから荷物を背負いながら、一緒に歩いた相棒が急に愛おしくなる。「盗まれるな』車の駐車場から山門下迄運ぶ。

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本堂に上る階段。この横の納経所で水(飲料水)飲み場と今夜の宿を紹介してもらう。水は登りで空けたペットボトルに流し込み、一気に開ける。宿は21番札所下のロープウエイ乗り場近くの道の宿「そわか」に空き室を確認する。リニューアル間も無い宿は空いていた。応対してくれた電話の先の人は女神だった。

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右下の鉄線は電気が流れている。このきれいな苔を盗む不届き者が居るのだろう?
へんろ道を巡る人も様々です。多くの人が多くの思いを背負いながら歩いている。それ以上に驚いた事は、車へんろの人が少なく無い。空海様はどんな思いで眺めているのだろう?「決意が軽い」「おぬしもなんだかんだ言いながらスリップポンだろう」
失礼しました。しかし、この道を自転車を押して参拝した人は少ない。慰められていた。

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下りを一気に下りこの看板を左に見ながら更に下る。ブレーキは後輪と前輪のレバーを力一杯握りしめる。それでもスピードは仲々落ちない。最近の自転車はブレーキ完全に車輪をロックしないのだろう。その方が怖い。ここから那珂川の道は意外に遠い。

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台風直撃で今は濁流が川一杯に広がっているのだろう?

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上流にダムがあるので清流とは言えないが今回の大雨で、濁流が渦を巻いているに違いない。

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広い道も一気に狭くなる。右のガケ崩れは無かったのだろうか?左は川に一気に落ちる。この道の拡張は暫くは無理かもしれない。高知から愛媛に抜ける国道も同じ景色が多い。四国遍路道、侮るなかれ。ママチャリの道は本当にその事を思い知らせてくれました。

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到着です。直前の雨でカッパが濡れていましたが、いやな顔もされず「部屋に持ち込んで乾かして下さい」優しい。水滴をはたき落として畳の匂いのする、リニューアル間も無い部屋に案内される。

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まだ一杯お祝いの花が飾られていた。

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静かな宿でした。お風呂で一緒になった青年は仕事で来ていたが、親父節、真剣に聞いて呉れたが、どうだったろう。「年寄りの冷や水」イヤイヤ、そのうち君も分かる。子供を育てる事、次世代を育てる。その事は口にする程、容易ではない。

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台風上陸 実りの秋がもう少しの時なのに それでは遍路道3日目です

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さあ11番札所目出してスタートです。これは有名な沈下橋。行ったのは先月の21日。台風の直撃で通れ無かっただろうが、中州の実りの収穫はどうだったのだろうか?冠水する事は無かっただろう?それ程に広くて大きい中州の耕作地です。Img_8137

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難なく到着の感じですが沈下橋を2つ渡って吉野の本流を越え、それから阿波川島の街中を抜ける。意外に遠い。しかし、本当の遠さを感じたのはここから次の焼山寺。歩き遍路の道は12、9キロ。山越えの道で「へんろ転がし」と言われているが、車道の40キロを越える道はここ迄の道を加えると50キロ弱の難行となる。

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ここ迄藤井寺地図上ではおおよそ6キロは走っている。途中徳島市内に向かう大通りを走らずに、平行して走る旧道、住宅地と田んぼを見ながら平坦な道を走る。途中で雨が降って来る。カッパを引き出して雨を気にせずに走る。右に遠く山並みが続く。

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鮎喰川右岸の淡々と進む。ここ迄は平坦な道。但し喉は乾いていた。自販機で大好きなコカコーラのグレープを買い、口にしていると家の中の青年と目が合う。「焼山寺迄どれ位?」と聞くと「それで?」と反対に聞かれる。

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段々、山に分け入る。川幅も狭くなっている。「ここ迄来れば」なんか訳の分からない言葉で自分を励ましていた。

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きれいな水も今は濁流が渦を巻いているだろう。

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ようやく民家が見える。山間の部落。ここでも人の生活は在る。

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ここ迄来ればもう少しと思っていたが、まだまだ続く山道でした。Img_8165

長くて遠い苦しいイバラの道もこうして見直してみると、親父の凄さがわかる。
自分で言うのも憚る(はばかる)がもう一度やれと言われても出来ない。
これだけの事が出来るのだから、少し位の事は乗り越えられる。そう思う。
しかし、この先にはまだまだ多くの試練が待ち構えていた。

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ここ迄たどり着いた時、一瞬心が動く。しかし、この時の時間がまだ早かった。
2時少し過ぎていただろう?道の駅で休憩。梅、ワカメうどんを注文しょうとしてデカイ声のおっさんに横取りされる。舌打ちしながらやめてパックのお寿司を手にして、そのの椅子で食っていると親父がおかんと喋りながら出て来る。「うるさい」自分の事は棚に上げて睨みつけていた。(親父、まだまだ、修行が足らんちゅら?)

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ここが辿り着いた焼山寺の下。本当にありがとうございました。ここで泊まれなかったら完全に野宿しか在りませんでした。親父さん、神山温泉と一本杉庵迄連れて行ってくれて本当にありがとうございました。2度と同じ感動を手にする事は無いでしょう。この時、本当にそう感じていました。しかし、それ以上の苦難と感動の時が20番札所鶴林寺の山道の先に、待っていなした。

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翌朝6時起床。すぐ食事。大阪と生活のリズムが違う。おかみさん、お兄さんありがとう。食事が済むと親父さんの軽トラで一本杉庵に向かう。この場所は歩き遍路でないと見れない。ここから焼山寺迄歩きで2時間かかる。

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親父さん、又合う日迄 お元気で しかし、歩いて11番札所から来れるだろうか?
でも何時か再び。(はよしないと生きていませんで)。10年待ってて下さい。
4日目は徳島市内。ビジネスホテルでした。雨の中をカッパを脱ぎながら「へんろ旅です」と言いながら東横インのマネージャーに別宿を紹介してもらう。

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2011年9月 3日 (土)

ズービンメーター指揮「第九」を聞いている。高知台風上陸

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徳島駅発、高徳線(高松−徳島)普通板野行き。四国八十八ヶ所一番札所は霊山寺は徳島駅から吉野川を渡り5つ目の駅。坂東でした。大阪から高速バスで2時間半。この電車に乗ったのが1時過ぎ?一番札所に着いたのは2時前後?ゆっくりした初日でした。しかし、大きな感動もなく唯、淡々としていた気がする。Img_8081

到着です。流石に多くの先人がこの山門の前で黙礼をしたかと思うと感慨無量。

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山門を入ると右手に本堂が見える。旅の無事とここ迄の無事に感謝する。

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本堂正面 空海様が来た時にはこの池も橋も在ったのだろうか?キョロキョロしながらこの橋を渡る。「よう来ましたな」と言ってくれたのだろうか?その事はこの後の出来事が証明する。車遍路の人も少なく無かったがあれは止めときなはれ。

然りとて歩きは1人でも同行2人と言われるが、余程の健脚か若さが無いと駄目。親父はママチャリだったが良く廻れたと思う。それ程に大変でした。行ってみないと分からないけれど。しかし、これからの生き方に多くの夢と感動を抱く事も出来ました。それは間違いない。

喘ぎながら息を整えながら何も考えずに、自分と向き合う時はそう多くは在りません。人は余りに孤独です。しかし、意外な処で意外な出来事が待っていました。今、この道を多くの人が多くの思いで巡るのは、それだけの価値があるのでしょう。その事は楽をしては手には出来ません。人生と同じです。

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何も変わらない昔ながらの実りの秋。しかし、その遥か奥にはこの国の地方の何処にも見られる高速道路の橋桁が見えていました。空海が歩いた道は紛れも無いこの田んぼの中のあぜ道だったに違いない。地方も交通アクセスが便利になったけれど、人の心はそれ程の進歩が在ったのでしょうか?

今、多くの悩みの中で苦悶している人も少なく無い事を、この稲穂を見ながら考えていました。苦悶の中に微かな道標を見つけるには、汗をかき嘆きの言葉を重ねながら、自分との戦いが一番です。そう感じていました。口先だけ、頭の中だけでは何も手には出来ない。心を開いて歩いて下さい。

そして空海が見つけた感動の欠片(かけら)を手にして下さい。親父はどうだったかは内緒です。簡単には言えない「第九」の感動がありました。ホンマかいな?ホンマです。人生至る所に青山あり。友あり。優しい人ありでした。

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四国八十八ヶ所めぐりのガイドブックには一番札所の近くで中古の自転車が買えると紹介していたが、その事を若いオーナーに言うと笑われる。「きちんとした自転車できちんと登録して、札所巡りを終える時きちんと処分して下さい」と。

そうだよな。そうでないと自転車にも失礼だし、札所巡りの資格も無い。どうですかこの嬉しそうな顔。これで楽に廻れるとでも思っていたのだろうか?何だその足元。大阪池田で近くのスーパーにでも行く様な格好して。その罰は次の2番札所の先で当たる。

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ほんとここ迄は極楽トンボでした。平坦な田舎道を遍路道の標識を見ながらスイスイ。この山門も本当に綺麗でした。しかし、この時既に夕方の4時過ぎ。予定では七番札所の十楽寺、宿坊個室宿坊は正に十楽とガイドブックに書かれていたがそこ迄は無理。近くの宿を社務所で紹介してもらう。親切に和みの宿を紹介してくれる。

しかし、予約の時間が遅く(4時を廻っていた)夕食はなし。朝食のみで4200円。安い。嬉しくなる。夕食は途中のコンビニで調達。宿も次の三番札所の近くだった。(よかったじゃないですか?罰ではなくご褒美でしょう?)何の南野(こらこら)

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おぬし甘い。弘法大師お手植?と言われている長命杉が冷ややかに見下ろしていた。

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ここ迄長い長い登り坂を喘ぎながら登る。それでも最初の洗礼。この時は苦笑しながら、まだまだ余裕しゃくしゃくだった。車で来るとなんでもない登り坂。自転車を押しながら歩くのは楽ではなかった。

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静かな家族的な宿。夕食はしたのコンビニで買ったが、食堂に並べられていた夕食メニューは美味そうだった。朝食はうまかった。お風呂は狭かったが一番風呂。綺麗だった。この後、食事を済ませて持参したパソコンで遍路道1日目の記事を書く。

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三番札所。宿からは昨日登った道の反対側の生活道路を一気に下る。

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義経が徳島南の小松島港に上陸してこの金泉寺に立ち寄り戦勝祈願をしている。
義経はこの寺で英気を養い徳島、高松の国境の大坂峠を越え屋島の平家を追討する。

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四番札所は三番札所から約5キロ。この高架下迄既に半分近く歩いている。その先、細い山道を歩く。まだカッパは買っていない。日差しはアスファルトに反射して暑い。空海は山沿いの細い道を歩いたのだろう。お寺さんは古い。

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次は五番。下りはらくちん。2キロの道は快適。下るだけ。Img_8108_2

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銀杏の大木、ギンナンを一杯つけていた。壮観でした。

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空模様が怪しくなる。カッパを買う。レジのお兄さん。親父。女性と間違える。カッパの売り場を優しく教えてくれる。一緒に軍足も買う。靴下を掃いていないと流石に足が熱を帯びる。それ程に足の負担は大きい。スリッパに素足。信じられない。

ここで休憩。弁当を買いに行きます。台風大丈夫かな?

弁当は買いに行かず。横になるとまだ寝てしまうだらしのない生活を続けている。しかし、四国徳島遍路道はそれ程に親父に負荷を掛けたと言う事だろう。戻って来たときは予想外に体重は減っていなかったが、先日体重計に乗ったらマイナス3キロ。

それでも薄型TVの画面に時々、映り込む(電源オフの黒い画面)体型はまだまだ醜い。(そこ迄言わないで下さい)でもこれは遍路道から帰って始めて知った意外な発見。男は幾つになっても醜いヒキガエル(カエルさん、御免なさい)ではならない。

お前さん、ヒキガエルを馬鹿にしているな?人は見栄えではない。ヒキガエルの姿形ではなく人間の醜さを知らなければならない。どんなに取り澄まして生きていたとしても人の生き方は所詮、その程度かもしれない。恥をかきなさい。人の想いを汲み取りなさい。(では次の札所に行きましょう)

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六番札所迄後少し。今夜の宿は未だ決めていなかった。11番札所迄行きたいと思っていたが10番札所でダウン。お寺に一杯寄進をしていた宿に泊まる。

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山門近くの桜の木に蝉ちゃんが止まる。大きな声で親父を歓迎して呉れる。

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ここがガイドブックで止まりたかったお寺さん。でも綺麗になり過ぎて余り空海様の面影を感じなかった。大師はここで老、病、死などの八つの苦しみをを逃れ、光明に輝く十の楽しみが得られる様にこの名前を定めたと言われているが、人の本当の苦しみと楽しみは何だろうと考えていた。空海の凄さは今生の楽を10も明確にしている。

おぬしはどうだ?(恥ずかしくて言えません。豊かな体力と知力。豊かな暮らし。豊かな何とか?コラコラいい加減にしなはれ)この頃、本堂前で読経していない(出来ない)自分に気付いていた。それでも瞑目合掌はしていたので、空海様は苦笑していたに違いない。

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又々、ダラダラとした長い登りが続く。何も考えないで黙々と進む?

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この山門の奥に新道が通りその奥が本堂。

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オイ八番何処に行った?

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すみません。飛ばしていました。しかも少しピンボケ。少し、疲れていたのかな? 左の看板に気が取られていたのかもしれない。(それは言い訳です)

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今夜の泊まりは10番札所切幡寺から街中に下った通りの交差点角。

この地域の食事どころ?そんな感じでした。うどんと食事のファミレス?そんな感じでした。感じは悪く無かった。お部屋もゆったりしてお風呂は又々、一番風呂。ここは湯船も広く疲れた足を投げ出して、風呂上がりのビールを楽しみにしていました。

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経済成長戦略と増税 それは水と油 親父の得意なレタス炒めは出来たけれど

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今日、最後のブログも食い物ネタ。美味しい物は手間隙掛けなくても簡単に出来る。このレタス炒めは新鮮なレタスをちぎって油で炒めるだけ。熱した油が水をはじくけれど。レタスの葉っぱで上手に蓋をすれば、油も撥ねる事は無い。後はフライパンにレタスが焼き付かない様に混ぜるだけ。しんなりとすればそれで出来上がり。

これにマヨネーズをお好み焼き風に掛けると出来上がり。マヨネーズが嫌いなお方はサラダドレッシングゴマ入りが良い。新鮮な削り節(粉はだめ)を乗せてもいける。

しかし、政治の世界はそうはいかんでしょう。少し、馴染みの無い話しになるがどうして政治の世界が景気対策をやらなければならないの?その事をマスコミに多くの人達は騙されている。

民間放送はスポンサーから広告料を貰わなければならないから、政府に景気対策を求めるのは理解出来るとしても、政府の出来る景気浮揚策は税金の無駄遣いしか出来ないでしょう。お金を効果的に使う責任を全く放棄して、財政赤字の張本人にそれを求める事は、新総理が言う様に増税しかない。

その税金を誰が負担するのかと言えば、今、税金を真面目に働いて利益を稼ぎ出している人と、物の消費で(買い物で)税金を払っている人でしょう。本当に選挙も出来ない政府と与党に次の選挙で大敗する増税が出来るのですか?やれる物ならやってみろと開き直られても、財政再建を錦の御旗にしたい財務役人に印籠を渡せるのか?

そんな事が出来る筈も無い事をこの新政権は本当にやろうとするのだろうか?そうだとしたら為すべき事は唯一つ。自ら率先垂範。政治家の口先ばかりのパフォーマンスではなく自らの歳出削減、国の財政の支出の見直し。

しかし、そんな事が出来る筈も無い。ならば口先ばかりで多くを語るな。何も出来ないで多くの出来ない理由を語るのではなく泥にまみれて汗を掛け。それがドジョウの生き方だろう。口先だけで何も出来なかった前総理の教訓をどれだけ学習している野田。これからその無常と矛盾が問われる。親父も心して生きよ。アンタもな。

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2011年9月 2日 (金)

台風の余波 いきなりの強い雨 でもその時は乗り換えの駅で電車を待っていた

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阪急とJRの長い、長い連絡通路。雨にも負けず連絡通路を歩くと言いたい所ですが、横殴りの雨と強い雨には狭い屋根は、左程役には立たない。それでもこの時は雨が止んでいた。雨が強くなったのはこの道を通り過ぎて、JRのホームに降りてから。親父の行いの良さが証明される?

池田の駅から徳島那賀(なか)町、道の宿「そわか」に台風の様子を聞くと、反対に大阪の様子を聞かれる。大笑い。元気そう。台風心配だけど宿は大丈夫だよね。実りの秋を迎えた農作物(稲)の被害が心配になる。空海様、お守り下さい。

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久し振りに見る伊丹有岡城址前の花。葉っぱが一杯に伸びているのが愛らしい。

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夏が行く。縁側に座りながら冷たいビールを口にしながら、美味い物を口に運ぶ。
そんな贅沢な時はもう無いのかもしれない。うちわでそっと風を受けながら一時の安らぎの時を感じる。そんな幸せの時はこれからは仲々難しいのかもしれない。(うまい)。イエイエ。お粗末でした。久し振りの西君の店で「お疲れ様セット」を待っていた。

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久し振りのカツカレー。しかし、今日は人見知り?肉に何時もの美味さが無い。カレールーに甘みが無い。味は落ちていないが何かが違う。どうしたのだろう?

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カメラのアングルを変える。今お気に入りのズービンメーター指揮第九(合唱つき)のあの突き上げる感動が無い。どうした西君。折角の久々の対面に感動が無い。セットメニューが悪かったのかな。次は単品で勝負しますか?

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コーヒーはブラックでOK。もう少し一杯に。(きびしい)

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そうこれが親父の食いたかったカレー。又、出直しです。

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雲は流れて台風の影響は明日未明からです。

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台風直撃 四国窪川はどうだろう?

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JR伊丹駅西側の「なごみや」西君の贅沢な黒毛和牛ビーフカレー。贅沢過ぎて勿体無くて仲々口に出来ない。仕事に疲れて元気が無い時、これを口にすると口の中に何とも言えない豊かさと満ち足りた気分にさせてくれる。先月のお盆休み明けから仕事をしていないのでご無沙汰している。働きもしないでゴロゴロしている親父には、勿体無い贅沢なカレー。久し振りに西君のカレーが食える間に出掛けてみますか?

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そう。親父が口に出来るのはこのカツカレー。四国宇和島産?のポークとカレールーの絡み合いは何とも言えない。たかがカレー、されどカレーとはこの事でしょう。親父が勧めているままさんバレーのよーさんは、まだ口にしていない?

台風直撃の余波で少し雨と風が強くなっていますが、遅くならない間に出掛けてみますか?いきなり何時もの時間に顔を出すと西君、どんな顔をするかな?そんな事を考えているとニンマリして来る。

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暑かった夏の時も今度の台風で暑い暑いと嘆いていた大阪の街も、少しは涼しくなるかもしれない。夕日を浴びながら夏の日差しに耐えていたあの人は今、何処の空で何を見ながら輝いているのだろう?親父も負けるな。

親父も腹を凹ませて次の高知の道を雄々しく歩け。(次がママチャリではなく足元を固めて電車とバスを乗り継いで行こう。)えー/歩きませんのか?歩ける訳が無い。地図を見なはれ。空海が辿った道は1人ではとても歩けません。慶応ボーイ高知の道に入ったかな?

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今日、近くの本屋さんでこの時刻表を買いました。懐かしい時刻表。若い頃、大阪から九州大分への帰省の時が近づくと、心、ときめかせながら荒々しく薄い紙のページをめくって、何度も何度も時間を確認していました。今はあの時の思いは無いけれどマーカーと目印のシールを手にしながら、高知室戸岬の最御崎(ほつみさき)寺のアクセスを確認していました。徳島駅から牟岐(むぎ)せんで海部(あまべ)迄。

その先も宍喰(ししくい)甲浦迄(徳島−甲浦 阿波室戸シーサイドライン

その先もしっかりバス路線が室戸迄在りました。

室戸からその先も奈半利(なはり)迄はバス。奈半利からはごめんまでは土佐くろしお鉄道。その先も高知市内に電車とバスのアクセスは繋がっていました。問題は近畿山岳愛好会(あるこうかい)会長岸野さんの様な歩き方が出来るかです。それは無理でしょう?(テントと自炊の巡礼?信じられません。)

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運命と自分の定めを諦めるな 人の生き方はドラマです

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台風の進路予報では明日に掛けて四国と関西直撃とか。昔と違って天気、台風予報が大きく外れる事も少なくなったが、ズービンメーターさんの「合唱つき第九 運命」を聞きながら、先月の終わりに見た四国遍路道の実りの秋を心配している。

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都会の日常では眼にする事の出来ない実りの秋。もうすぐ刈り取りの台風の大雨も心配だが一番の被害は風。強風が山間を抜けるとひとたまりも無い。

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2泊した太龍寺下の道の駅「そわか」を元気に後にして、この川を見た時は長い、ダラダラとのぼる坂を越え、急な下りを一気に駆け下りてホットした時だった。優しい学生に声を掛けられるが、雨模様のカッパを脱ぎながら笑っていた。この先に22番札者平等院はあった。今度の台風でこの川の流れも一気に満杯になるに違いない。

現在を生きる人は勘違いしている。自分達の思惑通りに生きられると。それが出来ないのはあれが悪い、これが悪いと人の所為にしながら、己の無力を嘆く事は少ない。その張本人はマスコミです。口に汚い人は「マスゴミ」と平然と言い放つ。

それも自分を何様と思っているのかと苦々しく思うが、それ程に今日のマスコミ(TV)は社会的責任を自らの手で放棄しても、当事者にその認識が無い。仕事に忙しい人はゆっくりテレビも見る時間はないが、テレビ離れの若者は少なく無い。

いずれ今の年寄りが存在感を無くせばこの世の中は替わるのかと思いきや、そうでも無い。昔、当時のマスコミを評して大宅壮一氏は当時のTVを「エロ」「グロ」「ナンセンス」と言い放ったが今生きていたら何と言うだろう。見る事自体が時間の無駄。ぼやく事自体がナンセンスとでも言うのだろうか?

今、親父は毎日が日曜日でもTVを相棒とはしない。インドの指揮者ズービンメーター氏が教えて呉れた「鎮魂」その言葉を大切にしたい。この国の東日本大震災に何の関わりの無い人が、その悲惨な現実を心に刻みながら指揮をされた、「合唱つき第九」の悲しく力強い響きは、震災後半年が経過しても遅々として進まない被災地の嘆きをどう受け止めているのでしょう?

皮肉な事に徳島はこの国に始めて「第九」を伝えたドイツ兵の捕虜収容所が在りました。徳島遍路旅の一番札所近くの「ドイツ村」には行けませんでしたが、ベートーベンが音楽家として最大のハンディー難聴を克服して作曲したと言われるこの「第九」は空海が追い求めた宇宙の壮大さを歌っています。元気が出る曲です。

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白菜を用意するだけ?親父が乱切りの人参と椎茸を用意しました

マリンフーズ スープで楽しむ手包みえび餃子 そうざい半製品 398円
白菜を2、3枚用意するだけでOKですが本当に美味いのは人参の角切りと椎茸を加えるだけ。料理が下手でもこれだけでうまい料理が出来ます。人参の半煮えがこれほどに美味いとは?絶品です。水250ccもお忘れなく。人参は一番火の通りが悪いので一番最初に水で炊き上げて行きます。しかし、半煮えで甘さが全開です。冷凍のえび餃子も火の通りが悪いので良くスープと共に煮込んで下さい。レシピは包装紙にも書いています。(人参の角切り、半煮えの表示と白菜多めでOKの表示は無いよ)

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ええ加減にしなさい。下が一番美味しく見えるかな?そうですね。これで2人前。
(親父、1人で食っただろう?バレましたか?バレたら仕方が有りません。久々に人参の甘みを感じました。白菜は遠慮せずにこれくらいで全然問題ありません。)

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梨は徳島 幸水 見栄えは良く無かったが瑞々しい。遍路道の味がしました。

それではお休みです。又、明日。see you again.

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2011年9月 1日 (木)

予期せぬ苦しみ 予期せぬ感動 予期せぬ登りと下り

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これはこの前お見せした徳島市内から室戸に向かう国道55号線。
看板の距離表示は忘れたが直線距離でおおよそ130キロ位。車で3時間位。
間違っているかも分からない。次、高知の遍路旅は23番札所の在る薬王寺からだけど、日和佐の駅からJRで24番札所最御崎寺(ほつみさきじ)を目指すに違いない。

しかし、電車は海部(かいふ)迄。その先は第三セクター。その先の交通アクセス何処に聞けば分かるのかな?ミーちゃん、教えて下さい。(自分で調べなさい)

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この日、徳島市内から18番札所迄はおおよそ10キロ。自転車で平坦な道をゆったり走りながらおおよそ1時間半位。何故おおよそかと言えば記録をしていない。先を急がないぶらりぶらりのくせに、何故か道だけはマップを見ながら気を付けていた。

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遍路道表示は1、3キロになっているがここから恩山寺迄3、1キロと言う事は恩山寺から立江寺(たつえじ)まで4キロ強。この間は緩やかな峠を一つ越えるだけだった。下りの道をニンマリしながら廻りの田園風景を見渡していた。目的地はもうすぐです。
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ここでもあの歩き遍路二人組の親父と合流。嫌な感じ。偶然にしてはペースが同じ。
この嫌な感じは次の鶴林寺迄続く。あの喘いで登った先でも一緒になるとは。しかも彼らはタクシー。ここから鶴林寺迄遍路道13、1キロ。車道でも大差なかったのだろうか?おやじが喘ぎながら登った山道の先で又出会うとは。それでもそれが最後だった。

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立派な本堂。じいちゃんに似た身代わり大師が鎮座していた。自分の難儀な箇所をなぜ、その手を大師にかざすと楽になれると説明されていたが。そんな罰当たりの事は出来ない。自分の不摂生は自分で直す。そう言い聞かせていた。

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次の札所鶴林寺迄車で35分。この看板を見ながら楽勝と思っていた。ところがお寺さんは山の上。下の登り口迄9キロ。その道も決して平坦ではなかった。なんとかそこ迄たどり着いた所が道の駅。ここで休憩。腹ごしらえは地元のお寿司とミカンソーメン。ところがこのソーメン。ミカンの味はしなかった。コシは在ったし氷水を飲み干す。これが結果的に正解だった。苦しい山道、倒れなかったのはこのお陰だったかもしれない。

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道の駅迄4キロ。でした。その横を見ると9キロ。オイオイ。ホンマに山道を5キロも上がるの?嘘だとこの時点でも思っていました。嘘では有りません。正真正銘の山道。皮肉な事に殆どが車は楽に登れる道。しかし、自転車で登る人は見かけませんでした。最後は遍路道を歩いて登るカップルに無視される。最悪でした。

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もうすぐ収穫の秋。この時は最高の秋を迎えていたが、このブログをかいている今日は大阪は天候不順。明後日は台風直撃の予報。まだ刈り取りは早いし大丈夫かな。心配です。この写真を撮るときは実りの秋と手入れされた農作業に嬉しくなっていた。

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後少しすると道の駅「ひなのさと」が見えて来る。

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到着です。左が遍路道。車道5、2キロ。この時は覚悟を決めていた。ここ迄戻る事を考えていなかったのだろうか?そうではない。山道の最後に太龍寺の道が在るとは知らなかった。これも空海様が用意してくれたサプライズだったのだろう。

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さあ行きます。今考えて見ると良く行けたと思います。

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親父まだまだこれから。この時点でへばっている。しかし、前に進むしか考えていなかった。新総理がドジョウとか金魚とか言っているがそんなもんではない。人の力はホンマに微力。人の思惑なんてなんの支えにもならない。その事を忘れている。

官僚の思惑で財政再建は増税とか言っているが、そんな事で選挙が出来る訳が無い。選挙に野党が追い込めなければ、増税がホンマに出来るとでも思っているのだろうか> 松下政経塾で何を学んだのだろうか?出来もしない事を口にしてプロパガンダ(無知な人々に宣伝すれば支持されるとでも思っているのだろうか?)マッコと情けない。今やるべき事は霞ヶ関の解体でしょう。そんな事は考えてなかった。

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車も離合出来ない?心配ない。殆ど通行無い。但し、大型バスは流石に無理かも。

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親父良く歩いたなあ。何を考えていたのだろう?前に進む事。息切れしない事。倒れない事。そう、これからもその気持ちを忘れなければ道は開ける。死ぬ気でやれば何でも出来る?それは嘘です。何かを成し遂げる事は執念と前に進む心意気のみです。

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長い長い登り坂。サンダルの突っかけ部分が伸びて来る。幾らお気に入りとは言えマサカこんな山道を歩くとは予想だにしなかった。最悪、靴下のみで歩く事を覚悟する。流石に空海はそこ迄の難儀は求めはしなかった。

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ようやく前方が開ける。しかし、お寺さんは正面の尾根に近い。空海が来た頃はどれだけの難儀をしただろう?今でも遍路道は藤井寺から焼山寺に登る「遍路転がし」野道以上に難所と言われている。ここは正に山岳道場です。この山頂のお寺から次の札所太龍寺が見える。空海がこの徳島の地で何を学び何を考えたのか?知る由もなかった。それ程に苦しくそれ程に我を忘れて息を整える事で、精一杯でした。

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少し平坦になって少しは下り?甘い。そない甘いもんやおまへんで。

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後2キロ。嬉しい様な悲しい様な。最後は下りの喜びだけを考えて登る。

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この看板を見て今夜の宿を決める。でもこの時点で道の宿「そわか」を知る由もなかった。それも当然。「そわか」がリニューアルオープンしたのが最近だった。鶴林寺から予約の電話をした時は、そんの事も知らず唯、泊まれる事だけで嬉しかった。

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左の石碑が遍路道の標識。最後の登りは尺取り虫の様に息を整えながら登る。

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この時は心臓がパクパクしていた。血圧と脈拍が気になる。それでもこんな写真を撮ったのはまだ、精神的に余裕が有ったのだろうか?空海様が眺めていた?まさか

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これは下り坂。戻る道を振り返りながら自分に元気を与えていた。もう少し。もう少し頑張りなはれ。

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もう少し。もう少し。その先を廻れば。その先が遠い。

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先を急がず。ゆっくり、ゆっくり。息を整えていた。ゆっくり歩かないと足元も滑る。先は見えたと開き直っていた。

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やっと先が見える。山門です。到着です。そして思いがけない出会いが待っていた。

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境内の様子は次のブログで見て下さい。
取合えず納経所で記帳と朱印をもらう。それから自販機の場所を聞く。ななんと無し。もう一度聞き返すも無し。お水をと哀れな声を出すとお姉さん(おばちゃん)笑いながら水道ならと社務所横の蛇口を教えてくれる。

こうなると親父のペース。次の札所下のロープウエイの近くの宿をと聞くと、オープン間も無い宿が在りますよと言いながら、電話番号を教えてくれる。ラッキーです。感謝です。電話に出てくれたのが「そわか」の代表みーちゃんでした。2泊も出来て23番札所迄迎えに来てくれて、ママチャリを引き取ってくれて、本当に感謝です。色んな事が在りましたが、最後にゆっくり疲れた体を休める事が出来ました。親父の大事な足になってくれたママチャリも、喜んでいる事でしょう。

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徳島遍路道 4日目 この日は徳島駅前のビジネスホテルに泊まる

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今朝の大阪池田の空です。台風の余波で雲行きが怪しい。冷やかしの雨が降りながら道行く人の肩を濡らしています。四国遍路道でも雨に遭いましたが、都市の雨と田舎の雨は違う。都会の雨は何故かよそよそしく、田舎の雨はどんなに強くても何故か暖かい。

その違いは何だろう?住んでいる人の過密度かもしれないが、田舎に行くと本当に人恋しく、そして都会ではうっとおしくなる。人の気持ちは勝手な物でそれ故に、心の繋がりを確かめたくなるのかもしてない。そんな気持ちにさせる四国徳島遍路道でした。

さて、焼山寺の道は予想以上に遠く、長い長い登りが続きましたが、この日はその道を逆走。快適な下りを予想していましたが、結構短い登りもあり道も間違えました。人の記憶はいい加減な物で楽をした処は忘れ、苦しい処は覚えていました。

ところがその苦しい道も記憶が強かったあのトンネルの登りは通らず、反対に山を越えた峠道がトンネルの中から下り、チャリに乗って通り抜けその先の下りは少し不安になる程に、快適な道でした。空海様が親父の接待をしてくれたのでしょう。

残念ながらその道の写真は撮る余裕もなく、一気に車を気にしながら駆け下りていました。今、地図を拡げてみてもその道を確認する事は出来ません。平地になったその先に朝、別れた青年が歩いていました。あれから1週間。室戸の最(ほつ)御崎(みさき)寺は過ぎたかな。足の疲れは大丈夫かな?

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先日、『まだかよ」と思いながらチャリを漕いでいた道です。

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ここは地図で調べてみると地名が表示されている。峠と言うには低い広域道路。「立見」峠。宿を出てどれ位走ったのだろうか?休憩です。収穫は10月になる青々とした田んぼを見ながら1人で歩いている自分を見比べていた。「哀れ」しかし、空海様は肩を押していた。今迄も、そしてこれからも自分の生き方は自分が決める。嘆きの道は本当は短い。何時迄も嘆き悲しむ事は無い。この田んぼも収穫の時を迎える。

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お母さん。さようなら。そして空海様、ありがとう。誰に見つめられる事も無い田んぼの狭い路傍の花をそんな思いで見つめていた。

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無人の休憩所。歩き遍路の青年と暫しの休憩。親父節が炸裂していた。人の世の無常と遍路道の思いがけない出会い。この世に生まれ育てられ、自立し、そして若き時を生きる。親父の様に事を成し終えた爺が語る事は唯一つ。今生は綺麗事では行きて行けない。多くの人が泥に塗れて(まみれて)生きている。政治家や綺麗事を語るコメンテーター(解説者)の言葉は薄汚れているけれど、大学合格の時の感動を今一度思い起こせと。(親父得意のど根性カエルでした。)どれ位、心に響いたかな?

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ここ迄戻って来ました。13番札所大日寺は目前です。
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14番、15番札所は近い。それでもどんなに近くても分かり難い。門前の小僧?
親父、意味が違う。修行中の小僧はそんなに道に迷わない。教えられなくても毎日お経を聞いていれば意味が分かる。そう言う意味です。門前でお寺さんを探した親父とは違います。(ふん。無視。)1人で歩く(チャリだったくせに)のは大変?

ここで休憩。(訂正)門前の小僧ではなく門前の親父でした。お粗末。

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13番から14番は近かったが近くで場所が分からなくなる。近く迄の標識がいきなり無くなる。(お寺の境内に迷い込む)流石のおやじも途方に暮れる。少し戻るとケアーセンター。その建物の左を廻り込むと常楽寺が見えて来る。

このお寺さん、今は岩山の上に校舎の様なたたずまいをしているが、元々はこの左手前に在ったと伝えられている。移転?したのはため池が造られた為。先人の知恵と苦労を感じ取る。

この場所の手前に自転車を止めるが、門前の小僧ならね少女が落ち葉を掃いていた。お小使い目当ての掃除かなと思いながら、自転車を邪魔のならない所まで移動する。愛想の無い娘でした。(それは親父も一緒)ご苦労様とか声を掛ける雰囲気では無かった。

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15番札所。ここも入り口に気付かず(反対側のお寺さん、臨済宗妙心寺派の建物に眼を奪われていた。親父の田舎。母さんが眠っている。)結局このお寺の外壁を巡りながら入り口を探す。ここでした。今はひっそりしているが往時は国家安泰の祈禱所として、京都東寺を思わせる七重の大塔を備えた大伽藍であった事が良く分かる。

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16番札所 観音寺 ここから17番札所 井戸寺は近い。住宅地と田んぼの中を走る。雨が降って来たのでカッパを着て走る。10番札所で話しをした歩き遍路、二人組と一緒になる。何故か感じが悪い。歩きの割に元気が良過ぎる。

何で親父と一緒のペースになるのだろう?昨日の遍路転がしの道、本当に歩けたのだろうか?それからここ迄の距離25キロ弱。なんか胡散臭い。その訳は鶴林寺で合流して分かる。タクシーを使っていた。だから二人か。それでもお金持ち?そうは見えなかったけれど。

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御詠歌 面影を映(うつ)してみれば井戸の水、結べば胸の垢(あか)やおちなん。

近年昭和43年出火。現本堂は翌年再建。井戸寺の由来の通り、弘法大師空海が掘ったと言われる井戸は現存し、その井戸を覗き込んで自らの姿が映れば良し、映らないと3年以内に変事が在るとの言い伝えがある。

親父はどうだったかて?それは言えません。決まっているでしょう。雨に濡れたカッパを脱ぐのに気を取られ、井戸の場所を探しませんでした。まず、心静かに覗けば心の垢は落ちる事でしょう。3番札所金泉寺にも同様の言い伝えがあります。心してかかれよ。

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雨は上がる。納経所で徳島市内の道を聞き、今夜の泊まりをシティーホテルにする。予約はなし。行けば何とかなるでしょう。市内に入る前に18番札所の標識が在り心が微妙に動くが、宿は徳島市内で正解。牛丼「吉野家」のタレは薄かったがカウンターの娘は面白かった。汚れを知らない(知っていたかな?)。駅前は近くて遠かった。(雨になったからかな?)この山門下で少しの間雨宿り休憩。この罰当たり?

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この時はまだ雨が降っていなかったし、一瞬、その気になる。どんな気?決まっているでしょう?行く気です。やる気。押し倒す気?でもここ迄の移動距離を考えると、踵(きびす)を返して徳島駅前のビジネスホテルを目出す。

吉野家のお店はこの先だったかな?お昼は焼山寺麓の宿の貰ったおにぎりを、立ち見峠で食っただけだったので小腹が空く。徳島市内に入る前に「お新香定食」を食いながら、駅前の道を確認する。数日前、大阪から徳島駅前に入って来た道は、意外に遠かった。市内に入って雨になり再びカッパを着る。

徳島駅前のビジネスホテルはまず東急インに入る。少し場違いの感じはするが、そこは親父の図々しさ、ずぶ濡れになったカッパの上着は脱いで空き室を訪ねる。空いては居た。しかし、素泊まり6000円。うーんチョと高い。フロントのマネージャーはさり気なくどれ位の予算でと聞いて来る。まさかその半額とは言えない。

親父の平然とした「5000円」の声に負けてはくれない。替わりに手頃な宿を紹介してくれる。それでも5250円。夕食と朝食の別料金を入れると7250円。そこで手を打ちましょう。紹介された宿は遠くは無かった。

昨年、スイスのサンモリッツで泊まった感じの窓が少ししか空かないホテル。でも心の中に何故か椅子でパソコンが打てる喜びが在った。そしてスイスの旅をセットしてくれたtakeさんに感謝していた。あの時のリッチなホテルとは比べ物にならないホテル。でもこれはこれで満足していました。

夕食は焼き肉定食。味は今イチ。しかし、無愛想に見えたレストランのお姉さんは、意外にもそうではなかった。旅の喜びは自分の心の中にある。その事を次の日に思い知らされるとは、この時まだ知る由もなかった。

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