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2011年8月29日 (月)

大阪に戻って4日目 先週は焼山寺から苦労して登った道を一気に走り降りていた

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親父の田舎九州大分佐伯直川と何も変わらぬ風景。川幅も大差ない。山は緑。空は青く空気に汚れが無い。人の心は温かく全てがゆったりとして静寂。残念な事と言えば過疎。人口が減ると言う事はその地域が消えると言う事。その厳しさにこの国の多くの村が直面している。その最大の原因は地域の振興策が無い事。一刻も早いその施策を求められても、この国の政治家と役人、都市で生きる人達に、その認識が無い。

過疎の村が消えて行く現実はこの国の多くの地方で進行している。その歯止めをかけるには優れた政治と経済のリーダーが求められているが、その旗ふり役に勢いが無い。親父達は18の時、大阪に自分の可能性を求めて田舎を飛び出した。

年たけて今こそ田舎の為に何かをしなければならない。多くの事を語る事は無い。多くの事を伝える事も無い。唯、この国が豊かな国であり続けるには都市がどんなに活性化したとしても、大きな建物やショッピングセンターが出来たとしても、それでは豊かになれない。今、地方に車で出掛けて見なはれ。本当に立派な道が出来ている。

しかし、その道がどんなに立派になったとしても、高速道路が出来たとしても、そこで暮らしている人と都会の息苦しい生活をしている人との交流がなければ、地方だけでなく都市の人の生活と環境が壊れて行く。その事は間違いない。

よく考えてみたまえ。自然破壊、環境破壊、異常気象、温暖化対策、多くの人が多くの事を語るけれど、今のお間抜けなテレビを見ると本当に良く分かる。今、TV離れが進んでいると言われるが、親父達が若い頃は新聞離れと言われた。

マスコミの売り手目線が語られる事は無いが、公共放送、民間放送の社会的責任を放棄した番組が、視聴者の支持を受ける事は無い。テレビ局のコメンテーター、アナウンサーが尤もらしく多くの問題を語ったとしても、何時迄もその事が続く保証は何も無い。そのうちテレビの前から真剣に放送を見る人は、子供と年寄りと失業者、病気療養者以外にどれ位、居るのだろう?暇な人?趣味の無い人?遊びを知らない人/

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徳島駅前近くのビジネスホテルを探したのも1週間前の今夜。あの日は17番札所で雨宿りをして一旦上がった雨が徳島市内で再び降り始める。この日はお昼前に食ったおにぎり2個でお腹を空かしていなかったが、市内目前で吉野家の看板を見つける。

店内にはお客は疎ら(まばら)だった。夕方5時前の時間帯も影響していたのだろう?カウンターと厨房を1人で切り盛りしていた娘に、駅前の行き方を聞く。「この道なりに行けば良い。そごうのお店が見えたらその交差点を左。」分かり易い。

ハキハキとしてテンポの良い娘だった。親父ギャグに嫌みの無い笑いを声にしながら、徳島に何しに来たのと問い掛ける。遍路と答えると又、笑われる。そうだよなあ。白装束のユニフォーム着ていないし、白いシャツは着ているけれどママチャリに乗っているし。変な親父と思われたのかな。それでもそんな素振りは見せなかった。

この画像は翌朝の徳島城旧大手門。今でも大手門に変わりはないが城址は公園となっていた?行ってないので分からないが。ここから暫く手前下に走れば室戸への55号線は近い。広く市内を南下する道。海は近いが汐の香りは少ない。港は少し離れていたからだろう。

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この道が室戸への道。左の歩道を走る。横目で車道の車を見ながら30数年前に走った時の記憶を探る。何も覚えていない。あの当時もこれ位の立派な道だったのだろうが、違う様な気がしていた。でもこの先は18番札所迄一本道。迷う事は無い。

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ここ迄徳島市内から10キロ弱?マップの距離表示が大まかで良く分からない。携帯ナビか正確な距離表示のマップが必要。車と歩き遍路の標識はあるが当然チャリの標識は無い。これからは親父型遍路が増えると思うけれど?それはない。義経騎馬軍団がこの地に上陸して一気に駆け抜けた往時を知る時、栄光と悲劇の歴史に思いが交錯する。義経の悲劇は兄への忠誠心が余りに強く、警戒の思いが足らずに誤解と妬み(ねたみ)を招いた事だろう。今の世でも勢いがありすぎると必ず足元を救われる。

今、29日のお昼です。これから暫くは毎日が日曜日です。今迄仕事をしながら間抜けなブログを書いて来ましたが、これからは今済んでいる自分のホームタウンだけでなく、出来るだけ地方の現実を書いてみたいと思っています。

親父のブログはこれ迄人にお見せする物ではなく、2人の息子への日々の報告と親父のぼやきでしたが、これからは一人でも多くの人に共感してもらえる様な内容に変えてゆきます。人の行き方は様々ですが人の生き方を批判するだけでは、マスコミのコメンテーターの見苦しさと何も変わりません。人の生き方を見て自分はどう生きるか?人の足取ではなく、自分の土俵入りがこれから問われる事でしょう。

今、TVでは定時のニュースを放り出し新総理候補者の演説を、中継しています。
公共放送としての使命は何処に行ったのでしょう?これでは自ら社会的責任を放棄していると言われても弁解の余地は有りません。

今、多くの人が求めている事は暮らし易い社会、生活の基盤が安定している社会、社会的弱者の救済、そして何よりも急がなければならない事は東日本震災と津波からの復興、福島原発の1日も早い沈静化と避難、被災者の損害賠償でしょう。

この間抜けな議員(選挙で選ばれた主権者の思いを思い出せ)がどんなに神妙な面持ちで投票しても信頼と支持の低い総理。マスコミはこれ迄同様自らの体たらくは棚に上げて、批判と駄目押ししか出来ないでしょう。それで良い筈は有りません。

何と言われても毅然としてマスコミ受けのパフォーマンスだけは取らないリーダーは海江田氏しか居ません。(親父の個人的意見です。)一人一人が自分の思いが託せる人を応援すれば良いのです。そして1日も早く胸を張ってこの国の政治を誇れる、そんな生き方をしましょう。政治と金の問題を長い間、最大の今日的政治課題として政治と経済を停滞させた責任がマスコミの報道にもある事を忘れてはならない。

親父は新総理にその事を期待しています。自分の国の政治リーダーをののしるこの国のマスコミに何時迄も振り回される事はありません。彼らがこの国の為に何をして来たのか?その事も今、問われています。拳を突き上げる候補者の見識の無さにも愕然としています。これから飯です。食事は済みましたか?

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徳島市内からこの18番札所迄はおおよそ12キロ。17番札所からは17キロ弱。前日、徳島の市内に入らなければ7時前にここに到着していただろう。しかし、前日吉野家でお新香付の牛丼を食って娘に徳島駅前の道を聞いたのは正解だった。

この辺りは前は国道の広い道が田んぼの中を走り、お寺さんは山。その入り口に民宿があったが、到着した時間が遅く泊まれたかどうか分からない。それよりも辿り着けたどうか?遍路道を廻るポイントは山登りと同じです。自分の体調と相談しながら無理をしない事。早めに休む。その事無痛感しました。

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民主党新代表決まる。親父の予想とは違う。野田財務大臣。民主党議員の思惑は自己保身。誰でも自分を捨てる事は難しいが、今の混乱を招いた管政権の後継者では政権交代の意味が無い。これからの政治は財務省の思惑が強くなる。自民、公明との3党合意、連立と進むのであれば、国民の信頼は薄まるに違いない。これで景気の回復、政治の信頼は難しくなるだろう。(親父の個人的な意見です)気にしないで下さい。

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この先に見える建物が遍路の宿です。親父が旅した時は丁度タイミング的には良くて、何処も空いていました。恐らくここも昨日遅く到着しても泊まれた事でしょう。それでもお寺さんの納経帳に記入してもらえるのは午後5時迄。夕食の準備は大体午後4時迄の予約が必要でしょう。素泊まりだけなら近くのコンビニ利用でしょう。

この画像は翌朝、徳島からここ迄たどり着いた時の写真。時間的には10時前後。この日はこの後、19番、そして地獄を見た鶴林寺の5キロの山道、女神の居た太龍寺下の道の宿「そわか」まで行ったのだから、本当に凄い。行ってみないと分からない。

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この草むらの中が遍路道。恐らく空海も母御前もこの道を通っただろう?今は狭い谷川の道も護岸が整備されている。それでも今は夏草が生茂る。

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ここは山の入り口。ここの手前に道の駅があり遅いお昼をする。しっかり腹ごしらえをして元気を出す。ここで休憩。用事と買い物です。

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