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2011年8月28日 (日)

徳島遍路道 苦しかったその先には優しい人と美しい景色があった

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鶴林寺本堂への長い階段。でもこの時は今夜の宿の予約が出来ていたので、足取りは軽かった。この石段の前でお水を飲みながら休憩していると、車で上がって来た団体の叔父さんが声を掛けて呉れる。チャリを押しながら喘ぎながら歩いていた親父を見て呉れていたのだろう?

「よう上がれましたなあ」声は優しかったが内心笑われていた。そうだよなあ。この5キロの山道をチャリを押して参拝したのは、親父の他にどれだけ居たのだろうう?その事を思えばこれ位の階段は朝飯前と変な自信を持っていた。暫くは間違いなく大阪の階段をエスカレーターを選ばずに歩ける。

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立派な三重の搭。全部を近くでカメラに収められず。県指定の文化財。
ガイドブックに依ると徒歩で登る参道は12番札所焼山寺に勝ると言われている。
親父はその焼山寺の参道を宿の車で下る。その罰が当たりました。

この鶴林寺と次の太龍寺は曼荼羅の金剛界と胎蔵界に比べられている。この言葉は難しい。まだ簡単に説明出来ないがもし興味があれば辞書を引いて下さい。それでも分からなければ親父がも少し空海の教えを勉強します。

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この道は21番札所への道。川の流れは鮎喰(あくい)川ほど綺麗ではない。しかし、この川の流れは深い。この川が今夜の宿「そわか」の前を流れ、源流は徳島と高知の県境に始まる。水の流れが透き通って居なくても流れは速い。

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道の駅横の道の宿到着した翌朝、ロープウェーで太龍寺に上がる。このゴンドラはスイス製。昨年、スイスのマッターホルンを見に上がった恐怖のゴンドラを思い出す。

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ただ高さだけではスイスに負けるが、太龍寺には西の高野がある。怖さでは同じだった。違う事と言えば遍路道。一人旅。すがる物は何も無かった。ではもう一枚。

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このスイスの画像は「そわか」でお世話になったみーちゃんとママへのお礼です。スイスの素晴らしい景色に負けないおもてなしと優しさ、忘れられないでしょう。

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太龍寺本堂は台風の強風で杉の大木が倒れ破損。修理中。ここは仮本堂。

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修理中の本堂。一見被害は殆ど回復したかに見える。但し、まだ立ち入りは出来ないので現状は分からない。

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ここが仮本堂。空海も見たのかな?登りの板の階段には日の光が射していた。「よう来た」と明るく迎えて呉れる。何故かこの時、他の参拝の人が途切れていた。親父の様にのんびりと歩く人は少なかったのかもしれない。ここは空海が特別の想いで「虚空蔵求聞持法」を修行したと言われる。このの言葉も難しけれど興味があれば辞書で調べて下さい。その修行の場がここです。

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ロープウェーの始発駅迄降りて来ました。山を2つ越えるロープウェーの鉄塔は2つしかない。山の上で鉄塔を越える時ガイド嬢が「下に川と村が見える」とアナウンスされるが親父は正面の山を見ているだけだった。「下なんか見れる訳が無い」

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今日は昨夜と同じ宿「そわか」に泊まる。昨日の疲れが取れていない。しかし、この時はまだ正午過ぎ。流石にチェックインは出来ない。3時から。暫く時間をつぶす。この力うどん。シンプルだけど美味い。廻りを見渡すと団体の参拝客、もっといい物を食っている。でも食べ物はおいしい物ならうどんも負けない。人生も男も女も健康も同じです。出汁を残さず頂きました。

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ここの鯉の元気さと生命力に圧倒される。餌を投げると飛び跳ねて他を圧倒する。そこ迄飢えてはないだろう?そう思いながら親父の淡白な生き方?を顧みる。(外見そうは見えないけれど?)そう九州男児だから。眼つきと声と体格で誤解される。

でもそんな親父も心根は優しい。それを分って呉れたのはミーちゃんでした。

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翌朝、22番札所を目出す。徳島遍路道もあと2つ。23番で終わり。お昼には付ける。22番から23番札所の峠越えの道も知らず、能天気にそんな事を考えていた。その甘い心が打ち砕かれたのは、そう遠くは無かった。

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早生の米は道中刈り取られていたが、これが田舎と同じ品種の稲。実りの秋が近い。

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車では容易な峠を約2時間掛けてクリアー。ここから22番札所は遠く無い。

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雨になる。かっぱを脱いだり着たり忙しかったな。

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正面が22番札所本堂。真ん中の石畳の参道が雨で滑る。右が納経場。ここで次の札所迄の距離を聞く。おおよそ22キロ。峠道がきついので自転車ではおおよそ6時間雨も降って来たので、電車で行きたい。最寄りの駅迄の道を聞く。

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流石JR四国。10時40分。最寄りの駅、新野(あらたの)駅から30分弱で到着。

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次は高知室戸岬。高知修行の道。この距離を2日がかりで歩ける健脚は親父には有りません。電車で行ける所迄行ってその先はバスです。バスは24番札所のどれ位近く迄行っているのかな?それが分かれば新しい目標が出来て来ます。

親父の徳島遍路道の総括もこれでおしまい。一番苦しい時に助けて呉れた空海様に感謝です。そして叶う事なら焼山寺の善根の宿と太龍寺の道の宿「そわか」にはもう一度行きたい。想いは叶うかな?それはこれからの生き方次第です。

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