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2011年6月 4日 (土)

梅雨の晴れ間 ベルリオーズを聞き比べながら部屋のお片付け

Img_7165梅雨の入りは早かったけれど、うっとうしい雨の日は一段落です。来週から又、梅雨空が戻るかもしれないが、青葉の楓をこうして見上げると心が休まる。
心を突き動かす衝動、嘆き、悲しみ、そして怒りの心は歳と共に枯れて、今は肉体も衰えようとしている。(まさか)


Img_7163 まさか?そうまさかです。少し難しい言葉を使うと「想定外」。そうです。想定外の事に直面したときの冷静沈着な行動が求められても、誰もがそのような振る舞いは出来ずに、責任すらうやむやにする。




Img_7171_2 親父は武家社会を全く評価しないが、この国の中で長く続いた武士世の中は、正確に多くの事が語られているが、歴史的に評価されるとこの国の統制が、その時代の権力でなされた事に何も変わりはない。

現代の評価をする後世の人は、今のこの國の形をどう見るのだろう?今程に国の指導者の形が見えない時代も珍しく無いが、この国が「黄金の国ジパング」として輝く事はないのだろうか?

そんな事はどうでも良い。そうかもね。しかし、考えても見なはれ。人の一生はたかだか。どんな極悪非道の人も息を引き取るときの想いは、満足だろう。

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1年前に見た神々しいマッターホルンの夜明け。前の夜、他愛も無い話で肝心の山肌に当たり始める幻想的な日の出は見れなかったが、いきなりの息を飲み込む姿。高所恐怖症の親父には1000万積まれても、この山の登頂専門ガイドがついても、頂上には立てない。その思いは今も変わらない。因にこの登山ルートは右正面の尾根の左側。登山出来るクライマーは日本アルプス位は登れる技術が要求される。

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この画像ではよく見えないが前の家のズーと向こうにロープウエイがあり、丁度この絵の正面の谷を横切り左の稜線に向かう。この国とはスケールの違う景色があり、人の生き方がある。どちらが幸せかと言えば人それどれだろうが、珠にはこんな景色も見なはれ。チマチマしたこの国で人の思いを踏みにじりながら、己の事しか考えられない生き方がどれだけ哀れかが実感出来る。1年前の歓待ありがとうございます。

ベルリオーズの幻想交響曲に出会ったのは偶々。それ迄は作曲者の名前は聞いた事は在ったので、何処かでいつかは忘れても聞いた事はあるのだろう。記憶に無い人との劇的な出会いも又感動ですが、この幻想曲は感動です。心が揺さぶられる。今更、心の高ぶりは無くても、この曲を聞いていると自分の若き日の心の葛藤が、引き戻されて来る。「人は幾つになっても空に煌めく星心ような愛おしさ」と「己の心を引き裂く残忍な醜さ」があるのだろう。その事をピアノもマトモに弾けないと揶揄(やゆ)されたベルリオーズが慟哭(どうこく)の思いの中でこの曲を叩き出している。

その曲をズービンメータ氏とシャルル、ミンシュ氏が別々に指揮をしている。聞き比べてみると曲奏は正確に違う。どちらがどうだと親父ごときが語る事は出来ないがメータ氏は現役の指揮者。親父より年上でも風貌は全く若い。ミンシュは今は居ない。それでもこの曲の指揮の第一人者であった事は良く分かる。Img_2148

良く見えないがユングフラウの展望台向けて中央を登山電車が登っている。正面が以前紹介したアイガー北壁。電車はここから終点までの高度さを一気に稼がず、途中で2回停車する。一回目はトンネルの中に横穴がありその先にアイガーの山塊が見える。(らしい?親父は電車の中で子供の喚きを笑いながら君と見ていた。)2回目の停車はそのトンネルを登りつめた処。ここは外の景色は見えない。皆じっとしていた。)冬期の時も同じかな。 

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スイス、チュ−リッヒ中央駅。この駅から国際空港間は地下鉄。もう一度行けと言われると団体ツワーでないと無理かも。無理です。情けない。イエイエ、そんなもんですよ。偉そうに言っても親父世代はそんなもんです。次は国内です。

四国徳島の遍路道は一日どれ位歩けるのかな?最近、足がむくんで幾らも歩けないかも?最近、いきなり立ち上がった時、足の裏にメタボな体重を感じる。大丈夫ですか?靴でカバーは出来まへんえ。(何とかなります。親父に白装束似合うかな?)

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JR九州日豊本線佐伯駅の特急霧島&日向。昨年の夏はお盆の前に帰れたが今年はどうかな?今年は田舎のお寺の新旧和尚の交代準備で檀家もまとまった負担金があるが、お陰様でその準備は出来ている、晋山式は来年11月。

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スイスサンモリッツ駅グレシアーエキスプレス「アンネとお別れ」このスイス横断鉄道別氷河鉄道は再びの機会はあるのだろうか?あるとしたらその時は大名旅行になるのかな?想定外の事は意外な処にある事が人生の歓びでもある。嘆く事は無い。

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横断鉄道の終着駅。長旅(8時間位)の疲れと叱られてふて腐れていたらこの景色。この景色は親父が若い頃、映画で見た加山雄三と星由里子の「若大将シリーズ」と同じ。この馬車は近くのホテルの送迎用。市内はガソリン車は入れない。

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左の通りは市内のメーンストリート。観光客が見えないのは親父のカメラテクニック?。そうではない。それだけの人通りだろう。日本とは明らかに違う。この画像は2度目の公開です、あしからず。日本の観光地と見比べて下さい。スイスの国土は日本の九州とほぼ同じ面積です。空気が違う。モラルが違う。生き方が違う。

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田舎の久留須川。左上に村営住宅が見える。(今は市町村合併で市営?)。この川の水量も少なくなって山も荒れている。林業が正業として成り立たず、手入れが行き届かなくなると山は崩壊する。霞ヶ関のスーパークールビズの報道はその象徴かもしれない。地方の過疎化は親父達年寄りを呼んでいる。

しかし、時は既に遅い。親父達のこれからは誰が看取って呉れるのだろう?(それはあなた自身です。)自業自得。あの住宅に戻れる事は無い。「国破れて山河在り」先の大戦で復員して来た親父の親父達はこの景色を見て何を考えたのだろう?その事を忘れてはならない。それがこれからの親父世代の生きる道かもしれない。

先日の民主党代議士会の「茶番劇」を見て感じた事はこれで管総理と民主党の命運は尽きる。この口先だけの総理が何時迄も総理の座に居座ると引きずり降ろされるだけ。そんな事はどうでも良いと言われるかもしれないが、まあ見て居なはれ、そうは行かなくなる。

被災地の人達の本当の想いは分からないが、何時迄も現状が看過される事は無い。総理は退陣後四国八十八所巡り未訪の寺の事を言われたが、この認識余りにもひどい。そんな事を感じていたが案の定、認識のずれは変わらない。その責任はその政治家を選んだ我々にもある。その事を忘れてはならない。関係ない?その内分かるに違いない。

梅雨の晴れ間、部屋のお片付けは済んだと言いたい処ですが、不要品の思い出の布団を片付けただけ。それでも押し入れが広くなっただけでも親父1人の空間は広くなる。テレビでチャップリンとオードリヘップバーンが晩年過ごしたスイスの街と湖が紹介されているが、親父達は間違いなく哀れな老後しか無いのだろうか?

その為に今の時がある。今の時を平和に他愛無く笑って自分を誤摩化しながら生きる事は容易い(たやすい)が、その時が長く続く保証は何処にも無い。その反対も無い。その真ん中を誰にも邪魔されずに自分の思いの侭、進める人も限られている。だから?何?

そのキーワードはその人の運命。生命力でしよう。空海はその教えを確信する為に唐に命がけで渡り、20年かけて学ぶべき遣唐使の国命を2年で自分の能力とお金で成し遂げたと司馬遼太郎氏は「空海の風景」で伝えている。

昨年、奈良の遺跡跡で多くの税金を無駄にしながら「平城京1300祭」が行われたが当時の遣唐使船がどれだけお粗末であったかは伝えていない。空海が無事に唐に渡り、2年で帰国出来た事は全くの奇跡であった事を知る人は少ない。

親父もそうだった。今日の遍路道を歩く人の多くも真実の「弘法大師」を知らない。そんな歴史を辿る遍路道は残されては居ないのかもしれない。人の生き方は多くの人の思いを意図も簡単に踏みにじるが、空海(弘法大師)が残してくれた教えも今は総理が語る程度でしかない。空海の教えは「現世」をどう生きるかである事が抜けている。それともその事を噛みしめながら総理の使命を果たす気概だろうか?

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