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2011年6月

2011年6月30日 (木)

涼しいけれど生活するのは不便かな?

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梅雨の晴れ間と言うには余りにも暑過ぎる。しかし、それは街中の事。
少し山に足を踏み入れるとそこは別世界。額は汗しているけれど下界の蒸し暑さは無い。今年は熱帯夜が一月早いが人間様の生活がおかしいとは気付かない。

今年の暑さは以上とかコメントされるが、自分達の生き方と世の中の変化、人々の暮らしが都市に集中すれば、必然の事を自然が教えている。その事に気付けばこの暑さも当然の事だろう。今年は間違いなく暑い。その対策は出来ているのだろうか?

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向こう岸の堤防の石組みが苔むしている。「千代に八千代に苔のむす迄」と歌われても、この道も人の歩みも時の流れと共に忘れ去られてしまう。この対岸の館も由緒或る建物で今でも利用されているが、どんな建物かは親父は知らない。

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これがその建物の玄関。もう少し早ければ開いていた。

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これも閉館していたコーヒーの館。こんな所で飲めるコーヒーはどんな味がするのだろう?こんな所で生活していれば暑さも関係ないだろうが、皮肉な事に生活の場にはなっていない。生活するには不便なのだろうか?それとも寂しすぎるのだろうか?

これからお買い物に行って来ます。ヤクルトは強い。

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花を咲かせ茎を伸ばしそして綺麗に剪定されました。これで今年の夏の準備はできました。アンタはどうですか?親父は口ばかり達者ですっかりだらしの無い体型になりましたが、根性だけは誰にも負けません。この歳でええ加減にしなはれと言われてもマダマダ健在。ガンを飛ばされても「かかってこんか」の構えを取っています。

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2011年6月29日 (水)

巧言令色鮮(すく)なし仁 孔子の言葉 どんなに口先だけでうまい事を言ってもアカン?

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桜の枯れた枝を切った。桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿と言われるが、流石に枯れてしまうと仕方が無い。「ご苦労様」と声をかけながら放置された枝を、幹の根元に揃える。お疲れさまと思いながらよく見るとアリが大移動をしている。

下の写真、巧くアップされていないが蟻が巣穴を移動している。今迄の安住の巣を追われて懸命に白い卵を喰わえて、緊急避難をしている。本当はこの幹にとって養分を取られるので、見逃せないのだが余りの懸命さに見逃してしまう。仕方が無い。

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今日も暑い1日でした。明日も暑いとか。お天道様が怒っているのだろう。
「何を怒っているかって?』決まっているだろう?親父も怒っている。
原子発電は安全?国が保証します?何をとぼけているのだろう?

福島原発事故の収束、保証も出来なくてそんな言葉を誰が信じるのだろう?
原発頼りの人達ですら、そんな事は思ってもいないだろう?
余りの暑さに親父は手品をしているが、先行きの見えない原発事故の収束、保証も出来なくて、口先だけの保証は詐欺です。そんな事は許される筈が無い。

「それでは今年の猛暑を乗り越えられない?』
そんな事は無い。まず、責任を取れ。責任も問いもせず、避難指示が何時解除されるかも明確に出来なくて、節約のお願いは無いだろう。お願いをするにはまず自らの責任を明確にして、保証から始めるのが筋と言うもんだろう。

見ときなはれ。今、親父は冷房の効いた部屋でこの文章を書いている。テレビも見ている。しかし、そのテレビでこの国の原子力発電を推進した責任者がにこやかに、原子力発電の必要性を口にしている。確かに福島原発事故以前はそれで良かった。

しかし、原子力発電の放射能汚染を広島、長崎の原爆や他国の核実験と比べては話しにならない。これからも原子力発電を否定はしない。しかし、福島の原発停止後の冷却が出来なかった事実は間違いなくあなた方の責任です。

全ての冷却の電源が失われたのは想定外の津波の所為で、原発の安全神話は失われていないと誰が言えるのか?言えるとしたら福島の避難民を何時迄に戻せるのか明確にして下さい。それが何時になるやら言えなくて真にお気の毒?保証すら出来もしない。それはこれから?それならそれを済ませて原発の必要性を説いて下さい。

今年の夏、どんなに暑くても原発は安全でない事を胆に銘じて行動すれば良い。原発に頼らないエネルギー政策は年寄りが決める事ではなくて、次の時代を担う世代に決めさせれば良い。この原発事故の責任者達は頭を丸めて全てを差し出し、その責任を果たせ。それでなければ避難者の苦難は浮かばれない。それだけの決意も無くてそれでも原発は安全?誰がそんな言葉を信じるのだろう?

親父でも四国徳島の「発心の道場」を歩くのだから福島の事故現場で収束の陣頭指揮を取りなはれ。そうすればあなたの言葉にも一理は有るかもしれない。そう出なければ間違いなく地獄に堕ちる。政治の世界は完全にその有様になっている。

次の選挙で原発問題が問われる?この総理 自分の言葉に責任を感じて無いのだろうか?

次の選挙は間違いなく現政権と政権交代の意味が問われる事を、少しも感じていない。そう出なければこれだけの言葉は出て来ないだろう?国会空転の責任は自分には全く無いとでも思っているのだろう。 それともこれも計算通りなのだろうか?空いた口が塞がらない。これも民主主義の代償と言うには余りに大きい。

史上最大の政権交代の感動は史上最大の落胆でしかなかった。政治家が余りにお粗末だとは外国の評価でもこの国は、先の大戦で全てを失い焼け野が原の国土から、世界史に例を見ない経済発展を遂げた。その先人の汗と涙の結晶が叩き潰されて20年。

この国はこのまま間抜けな政治屋の為に哀れな結末を迎えるのだろうか?その姿を君は描けないだろうが親父も戦前の軍国主義を知らない。歴史は繰り返されると言われるが、この国の政治家は「問答無用」の軍人の銃剣を突きつけなければこの国を変えられないのだろうか?そうではあるまい。今こそ、その事が問われている。

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2011年6月28日 (火)

梅雨空は何処に行ったのかな?このまま梅雨明け?それは無い

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先日の久安寺の庭。あの日は雨が降っていた。目的の紫陽花を満喫して上の庭をぼんやりと眺めていた。何も感じず何も思わず唯、身じろぎもせず雨と緑が滴る庭を見ていた。右側の置き石の上は歩ける。立ち入り禁止でないのが嬉しい。

下の写真はその時眼にした紅の花。ピンボケはそぼ降る雨に気が取られたのだろうか?そうではあるまい。親父のなれなれしさに水滴で拒否反応を示しているのだろう?若い頃から血気盛んだったが意外に拒否された時の対応は冷めている。

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これが今年の梅雨に見た最高傑作。暑さの中の一服の清涼剤。今年の大阪は天気予報が見事に外れて梅雨明けが早いかもしれない。暑い暑いと言っている間に黒部の太陽が「俺の出番」とばかりに輝くのだろうか?電力の不足を口にする前にエネルギー革命の原発頼りが問われている事を、どれだけの人が認識しているのだろう?

愛知県揖斐川の上流に完成した徳山ダム、静岡大井川上流長島ダムは多目的のダムと言われて発電はされていない。一度、見て見なはれ。どれだけ立派なダムなのか?中部電力は浜岡原発が使えなければ、このダムの利用が出来るのだろうか?

それはない。何で?ダム建設は多目的と言われても水力発電コストが高いから?これがこの国のエネルギー政策?そしてそのしわ寄せは利用者に?他に方法はアンのか?
この国は豊富な水力、風力、太陽光、地熱、多くの天然資源に恵まれていてもその活用は限られている。

なんで?お役人任せだからです。これからそのツケを払わなければならない。今年は電力不足元年。クールビズとか節約とか休日稼働(仕事)とか、人々と企業の対応も知恵比べとなるが、政治家が考える程甘くは無いだろう。エネルギー政策の見直しと言われても、その前にやるべき事が多過ぎる。政府にその覚悟はない。感じられない。

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これは意外に色が薄い紫陽花。大好きだったhiroマイスターのコーヒーの味は口に出来なくなったけれど、今日、思い掛けない人から電話がかかって来る。「ズービンメータさんの被災地支援コンサートがスイスであり、そのライブ録音盤が入りました。」優しい声が記憶を思い起こさせる。これからは去る人が少なく無いが、その反対は有るのだろうか?

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バラの花。これで見納め?大阪は今日も暑い。親父は元気機関車

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既にあなたの盛りは終わりきやと何度も何度も思わせながら、今年最後の花びらを拡げている。流石にカメラを接近させると花びらに薄さがない。親父と同様、面の厚さが左手で口元に手首を曲げて照れている。「そう」でもあなたの美しさはそれでも充分です。大阪ももうすぐ梅雨明け。日本海の前線の所為で大阪の暑さは梅雨明けの感じですが、どっこいそうは行かない。もう一度この暑い平野を豪雨で叩かないと梅雨明けはない。今年最後の愛しいバラがその事を教えている。

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伊丹有岡城址の西の空は夕日に輝いていたが、この陸橋から眺める人は親父位だろう。間違いなく季節は既に夏の装いでも雲の形を見れば、梅雨明けでない事が分かる。栄枯盛衰。この国も親父も繁栄の時を手放して久しいが、そろそろ重い腰を上げなければ、この城址同様見向きもされなくなる。否、既に過去の遺物になっている。

この強固な城が織田の軍勢に叩きつぶされたのは武力ではない。山城でもなく一気呵成に織田の大群でこの平野の中城を叩きつぶせなかったのは、それ程に強固な城だった事が窺える。信長は戦略に長け(たけ)アホ、間抜け、うつけと馬鹿にされたがこの城は囲み(兵糧攻め)で攻め落とす。その戦術は2人(竹中、黒田)勘兵衛に有ったのだろう。戦略がなければどんなにほざいた処で何も変わら無い。

この城が落ちたのは城主荒木村重の逃亡。城を守った一族郎党、妻子供、親族はその犠牲となる。何処かの国でも同じ事が繰り返されても、悲劇の歴史を何故か学習されない。村重は卑怯にも尼崎の城に逃げそれから毛利に保護される。信長が本能寺で光秀の謀反で倒されるとその光秀を秀吉が倒して天下を手にする。

天下を手にした秀吉はこの間抜けを何故か茶飲み友達(利休12人衆)に加える。秀吉の天下統一は出世物語として華々しく語られるが、それだけの話しであり天下統一の後朝鮮出兵はこの国の悲劇ではなく、隣国の平和も踏みにじる事になる。

大阪落城の悲劇はその代償に過ぎない。それでも太閤秀吉の威光は徳川家康より高いのは、家康の戦略にまんまとハマった豊臣家臣の政治力のなさだった。妾が淀君とか奉られた処で家康の戦略に勝てる訳がないだろう。

今、未曾有の天災とお些末な政治家と官僚、電力政策の間違いでこの国の在り方が問われている。美味い物を食って、うまい酒を飲み、他愛ない事に一喜一憂していると間違いなく時代の流れに、叩きつぶされるに違いない。その時でも尚、荒木村重の様な生き方が出来るのだろうか?先日、70を過ぎた元気な親父がサウナで「武士の情け」とかしたり顔で言っていたが、武士の本分はそれ程に間抜けではない。

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2011年6月27日 (月)

当面の政権基盤を固める?それは無い。これで命運が尽きる。

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柊南天(ひいらぎなんてん)もばっさり剪定されて、無惨な姿を晒している。
6年前に見た西表島の植物(名前が出て来ない。ど忘れ?違う?パソコンで調べてみよう)マングローブでした。あれは水の中に在ったが、これは陸の上。しかも小さい

マングローブは生態系の豊かさを感じるが、この庭木はその万分の一も無い。
それでもこの剪定された痛々しい姿は梅雨明けの頃には、鮮やかに甦る。それに比べて政治の世界と諫早湾閉切り裁判のお粗末。この国はそれでも世界に誇れる国と言えるのだろうか?

総理の政権基盤はどうでも良いが、諫早湾の干拓地閉切り門の開放は福岡高裁で既に確定している。その事を下級の長崎地裁が反対の判決を下して、どうせよと言うのだろう。裁判所の信頼が増々無くなるとは思っていないのだろう。この裁判官。何を学んで来たのだろう?自己顕示欲と言うには真に最低。高裁の判決との整合性をどう付
けるの?そんなことは考えてもいないのだろう?

ほんとこの国は何時からこんなにお間抜けになったのだろう?
それでも間違いなく諫早湾の開門は確定している。何処かのダム、何処かの公共工事とは訳が違うが、この国の裁判官は上級裁判所の判決迄も変えられると思っているのだろうか?

判断基準、根拠、裁判員制度。司法の信頼が揺らいでいるとは思っていないのだろう?関係ない。そうだろうな。それでも諫早湾干拓工事、土木工事のツケを払わずに地獄を見た人は少なく無い。美味しい思いをしながら何時迄もその座にしがみつけるとでも思っていたら大違いです。間違いなくその時は遠く無い。

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柊南天の太い幹。年輪を数えるが良く分からない。それでも中心に何かが見える。長い間気付かなかった人の生き方。「そんなもんは無いとか死んだらおしまいとか、ひどいのはそんな宗教に関わるとろくな事が無い」とか。でも断面図の中に女神が見えると言えば笑われるだろうか?笑うどころか馬鹿にされるだろう。

馬鹿にしなはれ。笑いなはれ。昨日、サウナで何処かの親父に情けは人の為ならずと言われたが、あの親父もマサカその事が自分の為とは思いもしなかっただろう。親父も自分の事しか考えられない生き方をして来たが、そろそろそんな生き方が問われている。

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これは山茶花の枝。そう小枝と言うには太く幹と言うには細い。これは柊南天より年輪が分かり易い。それでも良く分からない。間違いなく10年以上。親父がこれからどれだけ生きれるか分からないが、少なくとも10年の設計図は描かなければいけないと言わている。

10年の設計図は途方も無く果てしないと思われるなら3年X3でも良い。それが描けないとこれからの日々はない。分かっているか。(分かっているけど出来るかな?)出来るかな?(ではなくて)自分に暗示を掛けて突き進むだけです。了解です。

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昨年夏の高温の跡が残っている。それでも今年も立派な実が育っている。この実がどんなに見事に成長しても新芽は育たない。この樹が育つのは別に栽培された幼木から。その木は園芸店から。それでもこの木は今年も立派な実を着けている。

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空は青く親父は見上げながら何も考えていなかった。何も多くを語る事はない。やるべき事は唯一つ。その目標達成の為には何を為すべきか?その事さえも頭の片隅には無く、初夏を感じさせる空を見上げて目前に迫る暑さを感じていました。

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2011年6月26日 (日)

これが昨年の景色。この国も広いが世界はもっと広い。

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1年前の楽しかったスイスの旅。この景色は夏の避暑地(高級リゾート?)として有名(知らない?)サンモリッツの駅前。スイス到着の2日目の朝。驚いたのは雪。
この時期スイスも夏。夏でも雪かと変に気分が高揚していた。(又、来よう。)
嘘をつけ。その前夜、大事なカメラをタクシーの中に落としてがっかりしていたくせに。(因みにこの撮影は相棒。持つべき人は優しい女性(イイエ、息子)です。

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サンモリッツ湖が見下ろせる駅前の丘のホテル。この街は日本の様に駅前の繁華街は無い。市街地は丘の上。港が見える丘ではなくて湖が見える丘です。親父達が泊まったホテルはもっと上の市街地でした。こじんまりとした落ち着きの或る宿でした。

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質素なホテルのロビー。誰も座ってはいなかったが窓の外は雪。季節外れの雪でも市街地に混乱は無かった。駅迄の道は歩くには遠く前の車で送ってもらう。流石古い観光の宿。宿泊者の捌きもお手の物。この時、カメラをなくした落胆の思いは既になかった。ありがとうございます。こうしてブログでアップ出来ています。

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これが駅のホーム。夏のトップシ−ズン(この時始まりだったが)は日本の観光地の様に混雑するのだろうか?それは無い様な気がした。とにかく子供の数が少ない。
日本の駅の騒がしさが無い。音も無く電車が到着し出発する。観光客が取り残される事は無いのだろうか?その心配は無用だった。全て自己責任です。余計なお世話は無い。

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静かに時が流れていた。この看板が翌日乗ったシェルマット迄の展望列車。
看板迄もがハイカラです。

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それではこれからイタリア国境の街ティラノまで約1時間余の鉄道の旅です。
1年前の旅ですが全て記憶の中に留めています。暑いとか寒いとか全く関係のない楽しい半日でした。今年の夏も雪は降ったのでしょうか?

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これが列車の案内板。他に何にも案内放送も無い。(有ったのか分からない)
この案内は翌日乗ったテェルマット迄の観光客人気の特急。親父達が帰国した後、脱線転覆の事故を起こし尊い犠牲者が出る。その事故原因が運転手のスピードの出し過ぎ?それは無いでしょう。線路の地盤が雨上がりで緩みその場所の徐行の徹底不足。管理ミスでしょう。この鉄路は殆ど事故の無い安全運転のスイスの観光路線です。

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この日、イタリアとのアルプス越えをした元気機関車。電気機関車です。

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駅の売店。飲み物を買って代金が分からない。小銭を出して必要分を取って貰う。

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電車に乗り込み発車迄の時間、接続される車両を写している。この後、この空いている車両に乗り込み二人でホッとしていると車掌から駄目出しを受ける。この時、親父は言葉が分からないから、君の説明を不安げに聞いていた。「駄目」「降りろ」

税関のオネエちゃんと言い、このイケメン車掌も仕事に絶対の自信?しかし、何様だと思っているのか「説明』がない。恐れ入ります。お願いします。日本では考えられない。観光立国スイス?冗談ではない。

結局、次の何にも無い雪原の駅で切符発売所迄付き合わされる。乗れなかったのはエキスプレス、パスを持っていなかったから。それくらいの事、説明しろよ。間抜け。次のローカル(普通)車で進行。

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こんな田舎の駅には誰もいないと思いきや、各停の電車を待っていると女性が一人カメラを抱えている。向こうもへんな日本人(東洋人?)珍しかったのだろうか? この時、何も考えていなかったのだろうか?イヤイヤ本音はすぐ電車に乗れると安堵していたかも。これからイタリア国境迄の道は雪が深まるばかりでした。(続く)

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これはどう見ても冬景色。これがスイスの6月の景色。眼だけでなく口迄空けて眺めていると、窓ガラスに間抜けな顔が映っている。(マサカ?)見えない?(笑い)見える訳が無い。上に室内の明るさが見えるだけ。残念でした。

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親父。腹が出過ぎ。そして品が無さ過ぎ。田舎のローカル列車の旅ではないのだからその格好は止めて下さい。良いんです。誰にも見られていなし、雪景色も見飽きたし一眠りです。でも折角の景色、一休みです。腹、何とかしないと。気にしていない。

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もうすぐ国境?遮断機が遊歩道を簡単に遮断している。車が突っ込んで来る事は無いのだろうか?ありません。日本人の様なオバカはいないのだろう?

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駅なのかな?もうすぐ国境のトンネルです。その先はイタリア?

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トンネルを抜けると駅舎とレストランと展望台の派手な建物。さすがです。

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7月になればこの展望レストランの客も多くなるのだろう。流石にこの時は寒く歓声は無い。電車はここで暫しの停車。単線路線だったから離合待ち合わせ?ホームに人は多かった。

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今はこの峠越えの電車が出来て便利になったが、この道は昔からイタリアからスイスへの交通の要衝。そしてこの鉄道の建設。今でも冬期には5メートルを越す除雪と雪崩の点検が欠かせないと言われている。

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これがこの路線で期待していたループ橋。二階堂のコーマーシャルで有名?

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丁度この日この場所でイベントを開催していました。

「又、君に恋している。今迄よりも深く」と言える時は来るのかな」どうかな?

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このループ橋はこれだけの高度調節をしている。先人の知恵。

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電車の窓ガラスが写り込んでいるがこの陸橋、ここ迄アップで見るとレンガの眼鏡橋。凄いね。この橋が出来て電車が開通してどれだけの歳月が流れたのだろう。

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もうすぐティラノです。電車はこんなに小川の上を廻り込んでいる。

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2011年6月25日 (土)

大阪は夏模様 でも梅雨明けはまだ10日先?

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近くのおいしいパン屋さんの先にある桜の大木。この幹にもキノコが元気に繁殖している。コマーシャルで「元気な子」と言われてもこれだけのガキに栄養を供給するのも大変です。流石にこの老木も老いたりと嘆いている。頑張れ。何を?生き抜く事。

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「親父さん、昨日の様にこさぎ落として下さい。お願いしますよ。」と言われても
親父のテリトリーでないので流石の親父も手出しは出来ない。頑張りなはれ。頑張って頑張って来春、又、綺麗な花を咲かせて下さい。少し、今年の酷暑が心配です。

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老いて益々盛んとは流石に言えない。瑞々(みずみず)しかった木肌はお世辞にも綺麗とは言えないが、枯れる様子は無い。マダマダ健在と言いたいけれど、その言葉もヨソヨソしい。生き抜く事は本当に哀れです。それでもあなたは老いさらばえるその直前迄、哀れみの声は無縁です。親父はどうだろう?アンタも別格です。

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近くのお宮さん。朝近くのお店でコーヒーを飲んで不味いトースト(失礼)をかじってゆで卵を食ったら、チャリでここに来るパターンが休日の日課となる。
しかし、この景色どう見ても梅雨明けの景色としか見えない。スイスの青い空を思い出す。親父を偉そうに注意した税関の職員も今頃、同じ調子で仕事をしているのだろうか?どうでも良い事を今でも根に持っている。

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今日は暑い。大阪も急に暑くなる。大阪の夏は暑い。京都も暑い。それでもクーラーガンガン掛けて熱風を、平然とした生き方をしていた関西人も今年は、そうは行かない。関西電力も原発の運転再開が出来なければ、電力不足は必然。社長が電力節電お願いの行脚を続けているがどうだろう?関西経済連もその存在感が問われる。

いいえ、関西人の本気度が問われるだろう。

おかしな物で関西はアホが売り物でした。それが今はすっかり様変わりをして「大阪都構想」とは関西経済の復活とか言われる。ホンマにそんな事を真剣に考えているのかと思いきや、良く分からない。

それでもそんな言葉が踊るのは強ち冗談ではないのだろう?大阪のど根性とはそんな事ではなくて、額に汗して多くの能書きは口にしない事ではないのだろうか?どんなに橋本知事が多くの言葉を口にしても、大阪市が無くなる事は無いだろう。

大阪市と大阪府の役割分担を明確にする事が求められている。賢い知事はそれくらいの事は分かっているから、市の解体を考えたのだろう? 確かに市の役割が良く分からないがそれは市の在るべき姿がおかしくなっているからだろう?それは大阪府も同じ事だろう?難しいな/よう分からん。

「関西広域連合」何じゃこの訳の分からない地域連合。近畿の2府(大阪、京都)3県(神戸、滋賀、和歌山)(奈良県は参加していない)。地域が連合して市域の問題に付いて考える。結構な事です。

しかし、その尤もらしい建前は皮肉な事に地域の利害が絡む問題の解決には何の役にも立たない。この地域連合はこれから問われる地域の活性化より税金の地上げしか眼中に無いのだろう。おかしな事にマスコミの批判コメントは真に少ない。

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この道も先日の歩いた道。こんな道を1人で歩いていると流石の親父も落ち着かない。昔の旅人が宿を早く出て早く宿を決めた気持ちが分かる。腕にどんなに自信があっても余程の剣の達人でないと、薄暗くなった山道は歩けない。

その覚悟が今の指導者に有るのだろうか?或る訳が無い。昔も今も時代はどんなに変わっても嘆きの溜め息をつきながら歩いているのは、多くの普通の人達だろう。「被災地の復興」と言いながら、義援金さえも満足に配分出来ない被災地の組長達にも、責任を問えないのだとしたら、管総理の不敵な笑みも分からない事は無い。

この国はそれ程に間抜けな国だろうか? 「被災地の問題はそう簡単ではない」と言いながらその取り組みの遅れを、誰が、どの様にして、何処で、何時迄に、どうするのだろう? その事を学識者に答申しその報告を今日頂きました。ああ、言葉がアリマセン。復興のお金が足りません? そんな事は誰でも分かる。

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この楓の大木が紅葉する11月の後半。この滝道は多くの人が感嘆の声を上げる。その時被災地ではどれだけの人が再生の道を歩んでいるのだろう?ベルリオーズは「幻想交響曲」を書き上げたが、それでもその動機は全くの不純です。

一方的にシェイクスピアの大女優に恋い焦がれ、今で言うストーカー行為の挙げ句、結婚は出来ても幸せには成れず(女性も人気が落ち目になっていた?)アヘンで自殺。しかし、致死量を口にせず。何処かの総理もそうなるのか?オカンに閉められてそれも出来ないかん。口先だけどんなに尤もらしい事を言っても信頼されていない。

本当かどうか分からないがその時に作られた「幻想交響曲」が華の都パリで絶賛される。それ程にこの曲を多くの人が絶賛するのは軽やかなリズムと、心をときめかす恋い焦がれる人への想いとその反動。やるせない心の葛藤。しかし、政治家はそれでは駄目だろう。

一向に進まない問題の解決。しかし、眼に見えない処で音も無く進展している物事の進展は思いも寄らない現実。その悲劇を乗り越えた時、本当の感動が有るに違いない。ズービンメータ シャルル、ミュンシュ 小澤征爾 3人3様の指揮とオーケストラの演奏を聴きながらそんな気持ちを思い知らされている。

今年の暑い夏、四国徳島の遍路道を歩きながら何としても空海が葛藤した悟りの道を、親父は体感しなければならない。東京の霞が関で口先だけの答申を受けてその実行に選任したいと言っている指導者をたたき落とさなければならない。真言密教の教えは現世をどう生きるのかではないのだろうか? 「アンタも若い」

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2011年6月24日 (金)

東北大雨 関西は大丈夫だけれど自然への畏敬、忘れたらアカン

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阪急電車終点の宝塚で阪神バスに乗り換え。7、25分発。
この写真は別に珍しくも何ともないが運賃下の文字が懐かしい。
野田阪神ー天神橋筋6丁目(通称天六) 親父が18の時大阪に出て来て8年間お世話になった路面電車の区間。会社があったのは上海老江と大淀。通勤時の乗り換えは中津だった。今はその路面電車もバス路線になっている。

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桜の老木。と言っても親父より若い。根元近くから2股に別れていたが片方は枯れて無惨にも輪切りにされて見る影も無い。その過半身に苔が繁殖している。親父の水虫菌か?(でも親父、最近はマシだな)薄いハサミでこそぎ落とされる。

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綺麗に削ぎ落とされたが痛々しい。親父が樹木師なら保護液位塗ってやれるのだが、出来る事と言えば水を掛けてやる事位。人が老いる事と同じ様に樹にもそれが有るのだろうか?悲しいけれどこの幹が生茂る事は無い。

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桜の樹の根元、象の足ではありません。伸びた芝生をむしってみるとああ、無惨。
何たる事。小虫が完全に表皮を食い尽くしている。足で蹴ってみるとポロポロと崩れ落ちる。それでも桜の木の生命力も負けてはいない。皮を硬くして身構えている。

凄い。下手な三文役者は出る幕も無い。梅雨も後半。しっかり雨を吸い込んで今年の暑さを撥ね除けて下さい。親父もしっかり見守って行きます。
今日はこれでおしまい。先日歩いた箕面の滝のアップ出来なかった分、お見せします。

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これは近くの久安寺の庭園。これも画像のスペックオーバーでアップ出来なかった親父お気に入りの一枚。アップ出来なかった原因が偶然分かる。これでボヤキが一つ消える。流石。幾つになってもアンタは賢い。(自画自賛です。)

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滝への道。まだまだ先は長い。正面に見えるのが川床。京都鴨川の川床も安くは無いがここもそうなのかな?食いたいとも思わないけれど。(食えないだろう。)

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これはお見せしている。大きな石。この石を避けて道は川サイドにはみ出している。

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これも快心のショット。しかし、この静かな川の流れもひとたび大雨となれば、暴れ川と化す。この上流で台風の濁流の中に地元の警察署長が流される。その顕彰碑がこの上にある。自然の脅威を忘れてはならない。「想定外」?違うだろう?

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平日のオフシーズンと言うのに歩いている人はそれなりに多い。
それでも親父1人では淋しいと思いきや、親父だけでは無い。
でも多くは二人連れ。今年の秋は二人で来るか?来れるかな?

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こんな処に喫茶店。前、来た時には無かった気がするが?
次は二人で来ますか?

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どうにか到着。雨はそれ程多くは無いが滝の水量は結構多い。
滝の近くに有料道路のトンネルが出来て水が枯れたと言われたのは、一時的だったのだろうか?梅雨時で水は他から流れていたのだろうか?

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6年前に見た西表の大木を思い出す。今は台風の直撃で遊覧船も欠航だろう。
沖縄本島から飛行機でおよそ1時間。石垣港から1時間。日本の最西端は大阪からおおよそ4時間。乗り継ぎを考えたら半日がかりかな。この大木は遊歩道の先にある。

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滝から帰りの道は川の対岸を歩く。こちらも遊歩道だがどちらが先だろうと思うが、そんな事を考えていると道は川から離れてどんどん上に上がる。ここ迄降りて来たときは一安心をしていた。こんな事では遍路道歩きまへんえ。しっかりしとくれやす。
京都弁でハッパを掛けられている。おおきに。かんにんしとくれやす。

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左上から道は下っている。でもここ迄来れば一安心。大きな岩が亀岩?首をのぞかせているのが分かるかな?それが分かれば遍路道も歩けるかもしれない。
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もうすぐゴールです。ゆっくり歩いたから足の疲れはそうでも無かったが、腹は減る。おにぎりのへそくりこれは有りだな。腹が減ったら歩けない。

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本当は行きたかったけれどそれだけの元気が残っていなかった。
高野山真言宗。日を改めて出直して来ます。次は最初にお参りをして滝道を歩きます。近くにこれだけの道が在るだけで感謝です。次は遍路道を歩く靴(登山靴)で挑戦です。エアコンは効く様になりましたが、この滝道の涼しさには勝てまへん。

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2011年6月23日 (木)

お日様(おひいさまが)くわっと。(桂、枝雀さん、得意の口上、せりふ)

大阪も昨夜は熱帯夜。昨年買ったエアコンも冷えず扇風機もタイマーが切れると汗びっしょり。その繰り返し。最後は開き直って冷蔵庫のアイスキャンデーをニンマリしながら3本食った。そんなこんなで睡眠不足。早速販売店に電話すると「本日の営業終了しました。」のメッセージ。オイオイ休みかと思いながら別のお店に電話する。話し中。「どもならんなあ」と思いながら群馬の本社に電話してみる。

「すんません。宝塚のお店。今日お休みですか?」
「イヤイヤ、やっています。でも開店は10時半です。」
「成る程。しかし、それなら電話のメッセージおかしいのと違います?」
「それは電話会社の定型のコメントですから。」

ここ迄言われて黙ってはいない。紛らわしい事を言うな。貴重なご意見ありがとうございますだろう。処がテキもサルもの。言い訳をする。それで普通は収まるのだが親父は捨て台詞をハキながら電話を切る。それでも休みで無いのでホット一安心。

販売店は仕事場の近く。仕事の帰りに顔を出せばそれだけで話しが付けられる親父。(こわい。親父、脅したらアカン。)大丈夫。面構えは怖いが心根は優しい。筋道を通して話しをすれば分かって呉れるに違いない。処が保証書も説明書も何処かに紛れ込んで分からない。

処がヤマダ電機。さすがだった。対応の男性。「あのう、お電話番号で購入履歴が分かります。お調べしますから少々お待ち下さい」流石。「お待たせしました。確認が出来ました。昨年購入されて保証は1年。親父さんは更に5年の保証を付けています。

「あとはサービスに連絡しますから直接ご都合をお聞かせ下さい。」パーフェクト。処がその後の連絡が無い。「連絡が無いんだけどどないなってます。」言葉は丁寧だけれど威圧している。「申し訳ありません」「再度催促します」

電話はすぐ掛かって来た。何故か女性の声。親父の対応の変わっている。コラコラ。「あのう、確認ですけれどエアコンの後ろ、ガラス戸閉めていません?」いない。
親父確認もしないで適当にごまかしている。

「分かりました。ではご都合土曜日で宜しいでしょうか?」言葉は丁寧だが明後日かよ。今夜も明日の晩も汗まみれはいやだから明日にして」親父も負けていない。
結局明日の6時で約束をする。家に帰って確認するとエアコンの後ろが空いていない。苦笑い。後ろを空けてエアコンを付けると冷えて来る。

それでも設定温度26℃ 下げ過ぎ。明日、異常がないか確認してもらいます。

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昨日は夏至。昨年は大阪でももう少し雨量があったと思うが、今年はそれ程でもない。東北、新潟で激しい雨と報道されているが被災地にこれ以上の災難が重ならない事を願っている。梅雨の晴れ間の日差しを見上げながら被災地の一日も早い復興を願っている。今のその復興の姿を空海はどう見ているのだろう?

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今夜のブログ1111号。1が4つでフォーカード。ポーカーで夜遅く迄、騒いでいて寮の管理人さんに叱られたのは、21〜22の頃。会社の経理のおっさんに当時のお金で4万近く巻き上げられたが、あのおっさんも今は生きていないだろう?

親父のブログもお陰様で遠き道をボヤキを重ねながら、どうにか突き進んでいます。ここ迄3年と2月を重ねて1111回ならば2222は何時の歳になるかな?その時迄間違いなく四国遍路道完全制覇しているかな?それは達者でないと無理かもね?

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2011年6月22日 (水)

空海も匙を投げたり管総理?正体を見抜かれても尚、居座るの?

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先日尋ねた久安寺の大師堂前。秋の紅葉の頃は紅の景色が心を癒して呉れるが、☂の時も又、風情があり人の気配が感じられない静寂の時は格別の感があります。雨に濡れた階段を足を滑らせない様にしっかりと手すりを握っていると、親父はすっかり空海の風景の中にとけ込んでいました。

無の中に有を見る。アホだとかお間抜けと言わないで、自分を心静かにその社会で生かされている事を知る。諸行無常。その言葉を既に忘れている。宇宙の真理は永遠のテーマかもしれない。それにしても空海の生き方さえも無常の響きを私達に伝えているのかもしれない。

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これから近くの万博公園の紫陽花を見に行って来ます。今年はこの額紫陽花で見納めと思っていましたが、これに勝る美しさを探して来ます。大阪は今日も梅雨のなんとか。今にも泣き出しそうなうっとおしい天気です。窓掛けクーラーのフィルター掃除して27℃設定のエアコン。少しも快適になりません。もう駄目になったのかな?

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万博公園は大阪方面に向かって2つ目の駅からモノレールに乗らなければならない。

最寄りの駅に向かったのは3時過ぎ。気が変わったのは電車に乗って間もなく。

理由は特にないが折角の機会。箕面(みのう)の滝を目指す。久し振り。

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この道を始めて歩いたのは20(二十歳)前後。次の時は息子が21歳の時。3回目が今回。何が目的だったのだろう?その疑問はこの看板が証明している。分からない?戻って来る迄に分かるに違いない。

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この新緑が紅の葉っぱに変わる時。この散策の道は大都会の遊歩道に変わる。

しかし、今日、この道をブラブラ歩いたのはそんな事とは全く関係ない。

もうすぐ滝です。梅雨の今時、水量は多い。しぶきが顔に当たると心地良い。

マイナスイオンにほほ撫でられながら、ニンマリしてもそれも今日の目的ではない。

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滝も見れたしこれから引き返します。そう今回の目的はこの距離です。往復おおよそ5、5キロ。この距離が目的だったのです。四国遍路道1日の歩く距離の目標は10キロです。その目的を達成は容易ではない。その為に歩ける距離を伸ばさなければならない。

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一日10キロ。笑いましたね。しかし、平坦な道は兎も角、遍路転がしの道は容易に歩ける道ではありません。人通りの少ない山道は不気味です。今日、傘を手にして来たのは正解です、昔の旅人が腕に自信が無いと何処で災難に遭うか分からない面持ちは、この先を歩いて見ると良く分かる。親父の先祖は武士だった事を実感する。

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2回目に歩いた時はこの遊歩道は整備されていなかったと思うが、あれから15年、道は良くなっていたけれど、親父の勘違いかもしれない。四国徳島の遍路道はこんなもんではないだろう。

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暗闇に見えるけれどこれはカメラのいたずら。(フラッシュをたいたから)

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6年前に西表の島で見たマリウドの滝。スケールはこの比ではなかったがあの頃を思い出す。前を歩いていたカップルと仲良しになったが、あの時の「清原」の親父、仲良くしているだろうか?そっくりだったけれどあれから6年です。

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やっと下に降りて来ました。ここ迄来れば一安心です。もう暫く左の川沿いの道を歩く。うっとおしい天気もここではマイナスイオンが一杯で関係無しです。それでも足がうっとおしい。こんな事では遍路道は歩けません。

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もうすぐゴール。紫陽花の花が「お疲れ様です」と労いの声を掛けて呉れる。

「イエイエ、そうではありません。」こんなもんではとてもとても屁タレです。

歩く事は人生です。歩く事は生きる事です。歩く事は喜びです。そして反省の道です

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行く川の水は絶えずして元の水にあらず。流れに浮かぶ泡沫(うたかた)はかつ消えかつ結びて、久しく留まりたる試し無し。人の世も又かくのごとし。(鴨 長明)

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楽しみにしていた足湯は定休日。オー、ノー。休みの日は駅湯には無いのと違う?

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2+2 なんじゃそれ?日米の外務、防衛大臣の会談?

この国もあの国もそして廻りの国も自国の思惑で多くの事を語り、それをマスコミのオバカは尤もらしく報道をするけれど、多くの人はその意味が分からない。報道の社会的使命とか尤もらしく言われるけれど、この会議の意味と意義は小さくは無い。

何故なら日本の沖縄、辺野古の滑走路をどうするこうすると言われても、沖縄以外の人達はその計画そのもの自体を知らない。沖縄に行って見なはれ。イイエ、沖縄に行かなくても日本国内にどれだけのアメリカの基地があり、その実態を知らされていないか?それでもこの国は独立国であり自分の国は自分達で守っていると言えるのか?

今から半世紀以上前、アメリカは敵国だった。そのアメリカの軍事、経済の圧力に無謀にも対決しその戦いに負けた。多くの尊い人命とそれ迄営々と築かれた国土と財産がアメリカの圧倒的な経済と軍事力で叩きつぶされた。

この国は神国でアメリカの様な歴史も浅い野蛮な国に負ける筈が無いと、神国日本の思想を叩き込んだ間抜けは今、日米軍事協力の推進に躍起となっている。日米の外務、軍事の大臣がどんなににこやかに会談をしたとしても肝心の沖縄の理解が得られなければ、辺野古沖の米軍滑走路の建設は出来る筈も無い。

この国を取り巻く軍事的脅威に対抗するには、アメリカの圧倒的な軍事力と核の傘に入るしかないと判断した日米安保条約は、激しい対立の中で誕生し今もその改定は自動的に行われているに過ぎない。日本国憲法を踏みにじり自国の平和と安全を担保する為にこの国は何時迄アメリカの傘の中で、尤もらしい事をほざくのだろうか?

言葉が過激?適当でない?しかし、これが現実です。外国の知識人がどのようにこの国を見ているのか?少しは考えて見なはれ。かってこの国はエコノミーアニマルと馬鹿にされた。今はその対象ですらない。

この国の為政者。経済人、外交官がどんなに尤もらしい事を言ったとしても、求められる者は影響力ではない。お金です。
しかもそれすら評価されていないのだから、これくらいの言葉でも足りない。

しかもこの外務と防衛大臣のスピーチの原稿は役人が書いている。自分の言葉で喋れない政治家は間もなく首です。何時迄もそんな間抜けな事が続く筈が無い。と思いながら続いて行くのは何故でしょう?それが不思議です。如何に国民主権が蔑ろにされているかでしょう。もっと賢くなりなはれ。この国の役人に誰がこれほどの横暴を付託しているのでしょう?

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2011年6月21日 (火)

梅雨の晴れ間 今日は雨の日を期待したけれど トホホ

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山茶花の植え込みを剪定してもらいました。一気に刈り込まれてさすがの親父も苦笑。本当はもう少し早くやりたかったがこれでも大丈夫と元庭師見習いが言うのだから、信じるしか無い。梅雨が明ける迄に青葉、若葉がもう一度伸びてくれるかな?

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これが刈り込み前だから親父の心配も強ち否定は出来ない。これだけの緑滴る青葉の嘆きが聞こえる。それでもこれだけ伸びると刈り込みをしないと植え込みの形が崩れる。昨年は刈り込みが浅くて若葉が弱く、猛暑、酷暑で葉が枯れた。今年は大丈夫?

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それでも無惨に刈り込まれたが本当に大丈夫?心配になる。
この国の財政危機もこんなもんではないが、その実態は良く分からない。植え込みも庭の草花も同じだけれど、放ったらかしにすれば一気に悪くなる。

今、この国の財政は破綻寸前。このままでは間違いなく消費税の値上げが目前と言われても、その前にやる事があるだろうとタカを括っている。確かにそうだけれど政治家と役人は税金を使う事が仕事と考え、それでも足りなければ平然と国債を発行して舌を出して笑っている。

この国の多くの会社も税金を払っていない。それでも消費税の値上げ?そんな事が出来る訳が無い。それともそのからくりを認めますか?からくり?そう、からくり。
からくりとは策略、計略、企み。どう転んでも結末は一つ。間違いなく完結する事。

その為に財政当局は足らない事を明白にして、足りる事を計る?それならば節約の言葉があるがこの国の財政には無駄遣いの言葉は無い。バカタレ。誰がそんな事を信じるか?その事を政権交代の政治公約とした政権も、今は解体前夜です。

しかし、それでも誰がやっても同じだとしたり顔で言えるのだろうか?今に天罰を受ける。老いも若きも自分達だけの世界に閉じこもり、空海が教えて呉れた真言密教の世界を知らない。それでも生きて行ける。空海の教えはその程度の事だったのだろうか?

Img_7474 親父はそのからくりをこれから引き回さなければならない。どうして?
「天罰」を受ける前に?生きる事。それは歩く事から始まる?
親父さん、能書きを垂れる前に「発心の道場」阿波の国 第一番〜二十三番。

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昨年親父から長く伸びた蔓(つる)をぶちぶちに切られた藤の大木も、今年はその名残を残しながらも勢いは変わら無い。放射線上に勝手気ままに弦を伸ばすと、今年も又、剪定ばさみが待っているよ。
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「お代官様、それだけはご勘弁を」藤娘が言っている? 水戸黄門の世界です。

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昨日、日本の外食カレーチェーン店が中国で成功していた。なんとか一番のトンカツカレーに似ているが味が全然違う。トンカツとカレーの味。親父お気に入りのカレーは今日も元気でした。西君、頑張れ。

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2011年6月20日 (月)

この先の生き方 この先の考え方 この先の生き残り方

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今夜のおかずはスーパーの総菜。親父の好きな物ばかり4品。
食い過ぎと言われてもお構い無し。食いたい物を食って醜いアヒルにはなりたく無いが、先日サウナの中で見知らぬおっさんに、お腹の出っ張りにチャチャ(冷やかし)を入れられる。余計なお世話と思いながら無視していると横の狭いスペースに100貫デブが体をこじ入れて来る。この親父は親父が前にチャチヤを入れたおっさん。

その程度の事です。これからは元気な者勝ちです。今、テレビ見て見なはれ。本当にこの国はこれほどに間抜けで人への思いやりが無いのだろうか?親父世代はテレビが無ければ生きられないのかと馬鹿にされても、親父達以上にテレビの影響は小さく無い。

そう考えて見るとこれからの生き方は間抜けにさり気なく元気に生きる事だろう。
訳の分からない情けない生き方をして来た時も短くは無かったが、これからの時は間違いなく混迷。混沌。混濁。エネルギ−革命、消費革命はあってもこの国には市民革命はない。それ程にお間抜けだと思えば空海の道は、歩けるのかもしれない。

ベルリオーズの幻想交響曲を聞きながらBS181フジを見ている。タイトルは「どうする日本のエネルギー」どうも出来ないだろう?この国には過去の知恵、知識は無用の長物になっている。それでもその償いも出来ずに屁タレ顔をして、何を語るのだろう?その証はこれから全ての人に求められる。その覚悟は出来ているのだろうか?

30品目彩り野菜サラダ
炙り焼豚冷し中華(小)
枝豆と豆腐のふんわり天(タラのすり身と国産豆乳使用)
最後がこの肉餃子(国産黒豚入り?)国産ニンニク、ゴマ油の香り?

親父の好きな男性コーラスグループが軍歌を歌っている。親父が生まれる10年前の歌。中国大陸を侵略した帝国陸軍参謀の国家責任は、敗戦と共に忘却の彼方に消える。それに比べると今日の混迷は歴史的には小さいのかもしれない。ああ無情です。

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今日見た紫陽花。女性で言えば(親父、例えが悪い)乙女心。男性コーラスグル−プがいつのまにか女性コーラスに代わっているが選曲が古い。今更湖畔の宿で嘆きの想いを重ねるのは化石の人に違いない。北上夜曲?親父達が若い頃「歌声喫茶」で歌ったけれど今のガキ達は知らんだろう。

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大阪池田 久安寺関西花の寺 紫陽花の寺こんなに近くに

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楼門(国指定重要文化財)1145年再建 どれだけ多くの人がこの門をくぐったのだろう?今は右横の引き戸をくぐる。

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楼門前に一気に開花した紫陽花。なんのてらい(ひけらかし、みせびらかし)もない。それだけに自慢出来る美しさは無いがこの生命力は眼を見張る。最近、元気が無いがそんな親父を励ましている。あじさい寺の賑わいは無いがそれだけに嬉しい。

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さあこれから一気に行きましょう。小雨の中で生き生きとでもひっそりと咲いていました。これが近くで見れるとは。拝観料はこれだけ見て弘法大師に会釈すればタダです。でも直進すればもっと広い世界が見れる。拝観料300円は安い。

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楼門をくぐって最初に眼に飛び込んで来たのはこの紫陽花。中学時代の美しい人を思い出す。大好きでも口には出さずこっそりと告白のサインはしたけれど、返事は無かった。最後の出会いは親父が帰省していた19の冬。何か言葉を探していたが結局簡単な別れの言葉。今、この世での再開は無い気がする。あの世ではどうかな?
あの時はこの花がぴったしの頃だったのかもしれない。

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小雨の中を傘を差しながら美しい紫陽花を切り取っていると、過ぎし日の喜びと悲しみが交錯する。紫陽花の様に人の心は移り気と言われるが、それも一時の感情。移り気ではなく単純で一方的な思い込み。ベルリオーズの幻想交響曲を聴いてその事がようやく分かる。

この歳になって其れくらいの事が分からなかったのかと思えば、苦虫を噛み潰すしか無いのかもしれない。「無心」「無我」「無欲」空海が教えた0。
人の嘆きと悲しみはそれが原点かもしれない。越すに越される大井川も今は水も少ない。それでもダムが無ければ激流です。空海はこの寺で紫陽花を見たのだろうか?

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額紫陽花とは通称?正式には何と言うのだろう?でもそれもどうでも良い事かもしれない。中の小さい莟は咲き競う事は無いのだろうか?受付のおばちゃんに聞いてみると「私は花には詳しく無い」と一蹴される。がくとは花の外側を言うからこれで満開です。?

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受付のおばちゃん推奨の紫陽花。おばちゃん、まだまだ若いね。四国徳島に行けたら讃岐の満濃池を見て来てくれとお願いされる。おばちゃん、満濃池は空海が大土木工事をしているけれど、こんな艶やかな紫陽花はないかも知れない。

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本日一番の額紫陽花です。今年はこれで見納めです。

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四国徳島の道 歩けるかな。この山にも四国八十八ヶ所のお砂ふみ巡拝コースがあるけれどスケールが違う。迫力が違う。空海が室戸の岬迄道無き道を切り拓いた難行は今は無いが、メタボな親父が歩くには相当の準備と予行演習が必要です。

今、一日どれ位歩けるのかな?4〜5キロでしょう。昔、買った登山靴を買い直して歩け、歩けでしょう。昔の旅人が歩いた様に20キロ位は楽に歩ける様にならないとアカンかも。頑張ります。今年の夏、どれだけ歩けるかな。見てて下さい。



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2011年6月19日 (日)

近くを歩いて来ました。能勢街道は住宅地の中に在りました。

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能勢街道。(街道ウオーカー。能勢街道池田検索)大阪中津から能勢地方を結ぶ道。

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今年は仲々お目にかかれなかった紫陽花も探せば、こんなにも綺麗な輝きに出会える。☂は仲々降らないが明日は雨模様。久し振りに雨つゆの溜まった紫陽花に会えるだろうか?そんな事を考えながら歩いていると、思い掛けない処で思い掛けない人に出会う。厄除祈願と弘法大師は何処で繋がるのだろう?

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これも紫陽花?見事に4つ葉を証明している。こんなリボンを付けて夜想会に出掛けた人はいるのかな?ドイツでナチスに終われアメリカで赤狩りに追われたチャップリンは終の住処でこの紫陽花を見たのだろうか?それ程にビューティフルです。(笑)

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弘法大師にも会えたし厄除開運が出来れば鬼に金棒。親父に不可能は無い。
「それはないじゃろう」と思いながら境内を歩く。住宅地の中、わしの方が先輩と威風堂々として恐れ入りました。恐れながら「御本尊様」と尋ねると笑っていました。

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池の鯉にカメラを向けると悠然と泳いでいました。

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紫陽花の花言葉は「移り気」「高慢」とか言われるが親父的には「ひたむきな愛情」
そんな言葉はうっとおしいと言われているのかもしれない。別に気にはしないけど、これだけの美しさを見せ付けられると、この時期にぴったりの言葉かもしれない。

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これは何と言う花だろう?珍しいとカメラを向けていると知らないおっさんが割り込んで来る。珍しい花かと思いきや散歩の途中あちこちで見かける。何気ない花の美しさは人の生き方にも共通している。



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宝塚記念がやってくる。1998年 サイレンススズカ?

宝塚記念と言われても分かる人は競馬関係者。サラブレッドの生産者。トレーニングセンターの厩舎関係者、競馬予想の新聞社関係者、競馬中継関係者。その人達の生活を支える勝ち馬投票劵を買って競馬の醍醐味を味わうファン位だろう。

競馬はロマン。競馬は血統の集大成。競馬は人生そのものとか多くの枕詞(まくらことば)があるが競馬の必勝法は馬券を買わない事。馬券を買わない人でも競馬を知らない人はそれだけの事。必勝法の実感は無い。

きちんと予想してきちんと投資金額を決めて於く。そんな人で無いと必勝法を手には出来ない。そんな馬鹿な?そうおもうでしょう?しかし、今生きていれる事、自体が偶然と微かな必然性に過ぎないと、考えた事があるだろうか?無いだろう。

1998年。この年は今から13年前。このレースで快速ぶりを発揮したサイレンススズカはこの年の秋、天皇賞の晴れ舞台で骨折予後不良となる。(サラブレッドは競走馬、競争が出来ない骨折をすると安楽死しかない。)厳しい現実。人間様の何処かの世界とは大違いです。

1998年 この年の今頃親父は静岡掛川の戸建て2階屋の広い家で1人で侘しく生きていた。「そろそろこの生活に区切りをつけて新たな一歩を」と健気な事を考えていた。この年の秋、親父は大阪に生活の糧を求める。それでも実際に働き始めたのは更に1年の時を重ねていた。サイレンススズカの華々しさに比べて何たる無様。

しかしそれが現実。あれから多くの年が流れ今年もその時がやって来る。今年はどんなドラマが見れるのかと少しだけ期待した間抜けさを見抜かれている。それでも良い。あの時の貧しさは無いがあの時の希望は忘れてはいない。あの時の若さは無いがあの時の空しさは今は無い。今、自分に出来る事。

それは空海の修行の道を辿る事です。今この国には多くの情報が満ち溢れていますが何が自分に必要な事なのかは、誰も教えては呉れません。頭だけでどんなに考えても分からない事は体で体験するしかありません。

肉体で快楽は求めても苦悩を避けて生きて来た証しを、これからは少しだけでもお返し出来なければ、それこそ餓鬼道にも劣る生き方と言われても仕方ないでしょう。空海が伝えた密教の教えは現世をどう生きるかですが、その事さえも見失われたのはこの国の信仰の弱さだったのでしょう。(違うかも。親父の独断です。)

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この国でも多くの宗教弾圧が為政者の尤もらしい施策、言葉、お上のお達しで行われているがそれでも例外ではない。多くの歴史、多くの戦いに宗教的な対立も少なく無い。この国が一見これほど平和に見えるのは、この山の厳しさが無いのかもしれない。違う?農耕民族と狩猟民族の違いかもしれない。

明日はお休み。近くのお寺に行ってきます。このお寺は花の寺。紫陽花が見れます。今年は豪華な紫陽花は見れないと思っていたが、昨年秋、久し振りに尋ねた紅葉の寺は紫陽花寺でもあり、弘法大師修行の寺でもありました。

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静かな朝です。大阪は天気予報は☂ですが、どんよりとした曇り空です。

Img_1645 今朝は9時過ぎに起きて家でトーストを焼いてマーガリンをつけて食べました。
家でトーストを休みの日に焼くのは珍しい。いつもは近くの喫茶店かパン屋さんで済ませていますが、珠にはこんな日も良いでしょう。そして、段々とこれからはそんな生き方をするのでしょう。今、ブログで遊びながら録画している大好きなズービンメータ指揮の交響曲第九番「合唱つき」を聞いています。

東北大震災と福島原発事故の悲劇を慰霊し、その復興と収束を願う多くの思いの中で、このコンサートは親父の心の中で何度も何度も、政府と地元行政の施策の遅れを思い知らされています。そしてその遅れに何も出来ない無策と無能。人はこれほどに無慈悲な生き方しか出来ない事にぼやくしか無いのでしょう。

政権交代に多くの期待を重ねた多くの有権者の想いに答える事も出来ずに、今、又この国未曾有の大震災と原発事故に対してお些末な対応しか出来ない政府に対して、誰が歓喜の歌を歌っているのだろう?とてもそんな状態でなくても希望、歓びが感じられない政府に突きつけられている不信感を、感じないのだろうか?

出来ない事をやる必要は無い。出来る事をやれ。被災地の怒りの声がこの世の中に充満しないとその想いを感じないこの鈍感さは一体何だろう。ベートーベンは作曲家として命と言われる聴覚を無くしても尚、後世に歌い継がれる名曲を残したが、今の政府とその施策を引き継ぐと言われる次の総理に、何が出来るのだろう?

アメリカの1930年後半の農民が踏みつけられた様に、いや今でも世界各地で平然と行われている弱者の踏みつけは、これからも変わら無いのだろう。なんとか委員会。なんとか審議会、なんとか学識経験者検討会。遅々としてははのんきだねと言われながら検討を重ねるお間抜け学識者達。その代償がこれから大きくなる事をどれだけの人が覚悟しているのだろうか?

景気は?電力不足は?それよりも被災地の復興は?原発の収束は?自分達に都合の良い言葉しか語れない政治家に次の審判は「ノー」です。その事だけは間違いない。その時、彼らはフランス革命のギロチン台では無い事に感謝出来るのだろうか?

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昨年の今頃見たスイスの景色。この山は左上の展望台で見たマッターホルン。天気に恵まれて絶景でした。高度恐怖症の親父はゴンドラの中で幼子の様にうつろな目をして恐ろしげに遠くの景色を見ているだけだったけれど。再びの時は無いと思うけれどもう一度位なら見れるかな?それは無い。こうして見るだけで充分です。

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親父が行けなかった展望台。3883メートル。行けない筈だよね。あの時クビに鈍痛がしていたが、昨夜ベッドの上で折り畳んだ敷き布団にクビをもたれかけてうたた寝をしていたので、同じ思いをしている。懐かしい思いと同じ不快感が交錯している。

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何度見ても笑える写真。何で笑えるのかって?ここ迄来て左のガラス張りの食堂のカウンターで突っ伏しながら時々亀の様に首を上げ、廻りの景色を見渡していた。展望台はこの上の山頂にあったのだろう。それにしても空は青く雪は白い。

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ロープウエイは終点(展望台)直前で揺れながら収納される。「止めて下さい」と思いながら虚ろな目をしてと、大阪弁でいきなり話し掛けられる。「止めて下さい」それどころではない。元気なおっちゃん。「こんな景色、日本では見られない」と、はしゃいでいた。同じオバカを総理が演じている。この総理。本当に?かもしれない。

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2011年6月18日 (土)

今年の夏は電力不足?節電のお願い?原子力発電?

も一つオマケに景気は良くなるの?
総理は辞めないの?
被災地の復興は何故進まないの? 進んでいます? 
復興庁も出来ました。何で早く作らなかったの?組織は?長官は?
福島原発の収束は?

これだけの疑問符が並んでも総理は誰がやっても変わら無いの?
スタインベックの怒りの葡萄は、アメリカのカリフォルニアの1930年後半の悲劇。猛烈な砂嵐の天災に生活の糧を奪われても、生への執着を描いているがアメリカの豊かさは、西部開拓史の延長である事を知る。この国の総理の短命を揶揄されるがもう少し有権者の怒りのレベルも比べなければならない。Img_7247

半月前、六甲山頂の展望レストランの前で見たつぼみの芍薬。
ここで食ったキーマンカレーは意外に美味かった。食事の味は1人で食った時が正直だろう。昨年、この時期に体験したスイスの食事は悪くは無かった。

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お昼前溜まった洗濯をしていると、屁タレが挨拶もしない。

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この花なんの花。昨日のブログに乗せた親父大好きな花。でも名前は知らない。
お宮の本殿横の雑木林で親父を歓迎して呉れました。この花枇杷の様で枇杷では無し?枇杷ならこの時期花を咲かせている訳が無い。田舎で田植えの合間に食った枇杷の味は今でも忘れていない。日当りの悪い大きな枇杷の木の上で猿の真似をしながら食っていた。あの頃の貧しさは今は無い。それでも手にしている物は大差ない。

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そんな事を考えていたらこれ又、名も無い昔の彼女?が慰めて呉れる。
まだ若過ぎた時、この歳になっても昔の彼女は輝いているのだろうか?
それは無い。親父の頭のオールバックの天然ウエーブがテカテカの禿げになった様に哀れな(失礼)オバさんになっているに違いない。可愛かったMちゃんを思い出していました。(止めて下さい。気持ち悪いから。)それはお互い様です。

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それでは季節の花を一枚。この花は今年の春親父を桜の花で慰めて呉れた近くの大輪。今年はこんなに立派な紫陽花にはお目にかかって居ないが。よく見ると花びらが4つ葉。紫陽花の花びらを数えた事は無かったが意外な発見。

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これは既に公開した親父大好きなよく見る紫陽花。この花びらも改めて良く見ると花びらは4つ。ババ抜きのトランプカードの様に綺麗に重なっている。今年の梅雨は関西は紫陽花の花も強い☂に叩かれていない。失意の思いは被災地の人達だけではあるまい。それとも親父の様に喜怒哀楽を表に出していないだけだろうか?

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これは綺麗だね。ほおずきもどきの赤い花がブログにアップ出来るかな?

パチパチパチ。ギリギリセーフ。このグログの作成画面、画像挿入をすると何故だか右側が15ミリ前後カットされる。縦に撮られた画像だと問題ない。

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これも懐かしい花。そして色。白い百合は清楚でも黄色い百合は余り歓迎されない。(そんな事は無い)親父的にはそんな気がする。それ程に白い百合は印象が強いのかもしれないが、多くの場合見掛け倒れ。本当に水を掛けられた気分も少なく無い。その気にさせられなくてもこの色は気品が高く近寄り難い。しかし、暖かい。

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それではこの花も負けてはいない。これが本当のアヤメ。3枚の花びらが季節感をさり気なく現している。「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿はユリの花」しかし、菖蒲の3つ葉の花びらは日本人にしかない姿。最近、殆ど見かけないと言ったら引っ叩かれるに違いない。親父の感覚がおかしくなっている。

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もやに煙る大銀杏。ちがう。露出へたくそ。屁タレ。(ちなみにこの言葉。関西の侮りの言葉。落語の半人前から来ている。)親父的には最近、この言葉を知らないおっさんが居る。情けない、人前で挨拶も出来ずに屁をたれる。(失礼)それでも平然として啖呵が切れる。上等と言うには余りにお粗末です。最近、世の中、おかしい。

それでも人は生きて行ける。昨年の今頃、スイスで見た風景は余りに美しかったが、この国がこんなに汚く思えるのは親父の偏見かもしれない。そう、この国はスイスの美しさに負けない風景と人の情念がある。その事を忘れてはならない。

人が人らしく生きる。その当たり前の事が当たり前に見えない風景は、親父の生き方が間違っている事を証明している。その事が分かれば梅雨空のうっとうしさが吹き飛ぶのかもしれない。空海がこの国の人達に教えて呉れた生き方。その事をこれから学ばなければならない。

空海が教えて呉れた生き方は今日的には過去の遺物となっても真理とは誰も知らないだけの話かもしれない。その事が分かれば苦しみも悲しみも歓びも思い上がりも超越出来るに違いない。

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2011年6月17日 (金)

梅雨空を見上げる迄も無く、淡々と生きている。

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雨つゆが一杯だけれど雨は降っていない。親父は☂大好きだけれど。
何故か仕事の日は雨が上がる。☂も親父に気を使っているのかな?
「気を使わないで下さい」気は使っていないけれどそろそろ梅雨の末期。
ガーンと行きましょう。梅雨の無い北海道のほうが雨が多いのかな?

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駅前のぷらんたん。西君渾身の牛カレー。今日は何故か暗い。贅沢な味が今日は御免なさい。何でだろう?贅沢な味は体が疲れていないと受け付けないのだろうか?体が昨日の休養でリフレッシュしたのだろうか?それでも完食。コーヒー迄頂きました。

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大好きな写真。何時、何処でどんな思いでカメラに収めたのか?思い出せない。
それでも雨に濡れて(実際は濡れていない)、風に吹かれて(風は強くは無い)
光り輝いている。(確かここは城址公園。)南国のバナナの葉っぱ?それは無い。

残念。城址公園の出会いでは無い。ブログで見直して見るとこの景色は近くのお宮の景色。それでも植物の名前は分からない。明日、☂が降らなければ行ってみよう。あいつの顔は見たく無くても、心の中では思い出している。心の中の輝きを消してしまう事は無い。紫陽花の時が過ぎ去ると暑い夏の日が目前です。

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2011年6月16日 (木)

雨模様。今週は偶数日と土日が休み。朝の内に所用を済ませる。

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まだ本降りにはなっていないけれど、☂が無いと歩けない。思い出の公園。
失意の時に今は居ない大家の親父に偶然、出会い励まされた公園。
あの時は仕事を探しながら金は無く、それでも何故か淡々としていた。
それ迄もそうだったが誰かに助けて貰えると思っていたのだろうか?

そうではない。生きる事の難儀さも男としての生きる証も無く、それでも何故か、切迫感は無かった。多くの親しい人から吐き捨てられていた言葉も、何故か淡々として受け入れていた。そうするより生きる術は無かったのかもしれないが、何故か正面のベンチの腰をかけ求人面接のアポイントを待っていた。

そんな時、近くの役所に来ていた親父(大家)と偶然の鉢合わせ。
親父の生気のない顔を見ながら気の毒に思ったのだろうか?
「悪い事ばかりは無い。良い事もきっと有る。頑張りなさい。」
素直な気持ちでその言葉を聞きながら、それでも感情に起伏は無かった気がする。

(この罰当たり)しかし、人間万事塞翁が馬(中国の格言)と言われても、当事者の思いはあの程度なのかもしれない。増してやもっと辛い困難にぶち当たった人にかける言葉は無いのかもしれない。あれから9年。大家の親父は亡くなったが、今の親父の姿はどう見えているのだろう?生きていれば、元気で居れば、何とかなる。

今、突然の震災で予期せぬ不幸と格闘している人は少なく無い。それでも多くの人の善意は仲々報われない。何故だろう?答えは簡単。厳しい言葉だけれど、そして非道の言葉と思えるけれど、他人は同情はしても失意の底から引き上げてはくれない。

元気があれば自分で出来る事が有ればまず何かを始めるしか無い。待っていても何もしてはくれない。自分の尊い命を自ら絶ったとしてもそれだけの事です。多くの人は多くの言葉を掛けては呉れたとしても、それだけの事です。何も変わりはしない。

親父は今、こうしてこの公園で佇む(たたずむ)事が出来るのは君と、そして大家の親父のお陰かもしれない。時は巡り次の9年は保証出来ないと言われてもそれも自分の生き方です。これからの生き方は誰1人として容易ではない。しかし、多くの思いをバネにして安らぎの時を手にしなければならない。

それにしても政治屋さんのしぶとさ。自分の他に今日的課題の解決法は見出せないとよくもああ平然と口に出来るの?止める気がなければ引きずり降ろせ。裸の大将に引導を渡せる人がいないのは、次は俺と棚からぼた餅を待っているのだろう。本当に恥を知れ。恥が無ければ地獄に堕ちろ。そんな輩は少なく無いね。

「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」と言われた事は今の人には分からない。今の人だけでは無くて過去の人でも、どっこい生きているが樹の育て方は知らない。梅の生命力はそれだけ強いのかもしれないが、桜の木も邪魔になれば切られるのは公園の桜でも例外ではない。

それくらいの世間の常識が分からないこれからの政治経済のリーダーには、鉄槌を喰らわさなければならない。この国の指導者が歴史の中でどのような責任の取り方が出来たのか?その事は歴史を見ても情けない。この国はその程度の国です。

国旗に対して規律と礼節を求める前に自ら実践せよ。そんな声がデカクならないのは如何してだろう。公園の若葉が笑いながら親父を見つめていた。「親父さん、自己責任」「人の事はどうでも良い。自分の生き方を考えなさい。」そう言われていた。

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市役所前の通り。この先が公園。横断禁止の看板が在るが多くの人が左の横断歩道は通らない。何処を通るの?この真ん前。車の合間を抜ける。だからそれだけ事故の確立が高い。それだけの事。自分は大丈夫と思うだけでなく無意識の内に危険な行動に疑問を感じていない。かく言う親父も自己責任で横断しました。(アホか)

大阪堂島のレコード店で「あさみちゆき」の希望の曲「明日」を探すが売り切れ。彼女を知ったのは昨年の暮れ。大阪伊丹のコンサート。まだ知らない人が多いけれど着実にファン層を厚くしている。(と言っても親父世代が多いけれど。ガンバレ)

レコード店で小沢征爾指揮のベルリオーズ 幻想交響曲 作品14を買う。親父は今この曲にハマっている。指揮者はこれで3人目。小沢征爾はこの曲の指揮が18番。得意中の得意とは知らなかった。流石に絶妙。これで又、楽しみが増える。

仕事は明日(今日)は有り。そろそろ親父もお休みです。

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2011年6月15日 (水)

今年最後のバラが渾身の美しさを見せています。

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梅雨の晴れ間と言いたいけれど、うっとおしい曇り空。☂の心配は無いだけ。そんな親父の思いを気遣ってだろうか?今年最後のバラが渾身の美しさを見せている。バラの盛りの時を親父は知らないのかもしれない。そんな思いをアダ笑っているのかもしれない。少しピンボケになっているのはその代償でしょう。

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これはバス停のポンポン草。正式名称は知らない。親父が子供の頃、ニワトリのエサやりが当番だった。この柔らかい草を刻み米ぬかを混ぜて水で少しなじませて与えていた。あれから多くの年が流れたがこの草は何も変わっていない。真ん中の芯が親父そっくりの顔をしている。(まさか)このピントはばっちりです。

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JR伊丹駅近くのナゴミヤ 西君渾身の茶美豚ロースカツカレー 850円。ロースカツが揚げたて。湯気が見えますかな?。カレールーを掛けながらゆっくり味わっていると至福の時が過ぎる。ボリュームたっぷりのカレー。

ゆっくり口にしていると少し離れた入り口近くの青年が「お代わり」と口にする。「ゲー」これをお替わり。いくら何でもそれはと顔を横にして声を掛ける。「お代わりとは凄いですね」青年は爽やかな顔をして「昼飯抜きですから」

それでも気持ちの良い風が吹いている。このカレーをお代わり出来る豪傑。それが普通の青年だった。美味い物を気持ち良く食える。それが本当の美味い物。楽しい事は多くは無いけれど、美味い物と気持ちの良い空間はざらついた心を癒して呉れる。

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このプランターの花達は見る人の関心は意識されていない。それでもその美しさは花を愛する人達が真剣に考えられている。見る人がどんな思いで見てくれるかではなく自分達がどれだけその事に情熱を注いで楽しめるかだろう。それで良いのです。

それで良く無いと思った事は政府と日銀の景気判断。

今年の景気は回復基調にあったが3月11日の東日本大震災と福島原発事故の影響で今年度の経済成長率は0。来年に2%前後の成長が期待できるとか。ここ迄は希望的観測に過ぎないが特に問題はない。

問題はその鍵は電力自給にあり、このまま原子力発電の停止が進むとその成長は難しい。そのため原子力発電の安全性を高め、一日も早い原子力発電の再開を進めるとか。それが政府と日銀のコメント。空いた口が塞がらない。私達は何時迄こんな間抜けな人達に国の重要施策を任せるのだろう?

原子力発電の停止、点検を再開するには福島の事故の収束。それどころか避難している人達の保証も出来ない政府、電力会社に何処の誰が協力するのだろう?札束でひっぱたけば何とでも出来た過去の安全神話が吹き飛ばされた今、同じ轍は踏めないだろう?総理は間違いなく今月末でクビ。

他の人がやっても同じでもけじめだけはつけなければ政治家としての責任が果たせない。今回の事故は完全な人災。その責任を政治家が取らないのはおかしい。次の総理は今回の事故に直接責任が無かった人がやらなければならない。

全てが出直し。今迄の責任者がどんな顔をして安全対策が口に出来るのだろう?それが出来なければこの国で原子力発電は出来ない事を思い知らなければならない。電気が足らなければ足りる方法を手にしなければならない。夏の高校野球もテレビ中継無しで実施出来るか?そう言う生活が求められている。

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2011年6月14日 (火)

石田さん。ブログ見れました?早速凹みの工事ありがとうございます。

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もやが無ければよく見える下界。この時期つゆの晴れ間のつかの間の見晴らしはこの程度かもしれない。梅雨明けの時か、昨年スイスで見た様に何日も続いた雨上がりの時でないと、生駒の山々は見えないだろう。人生に於いて人の生き方もそうだろう。

それが面白いとも言われるが、人生の最大の歓びは何だろう?不可能と思われた事が可能になる?それはそれで感無量かもしれないが歓びでもないかもしれない。残りの限られた歳月の中でその事を実現するには、意外に風任せかもしれない。

今日はお休み。今年度の住民税の通知を受け取り昨年同様、10回払いの手続きをとる。今、年金受給者は前期と後期があり、年金から税金、健康保険料が自動的に引かれるのが問題になったが、それは後期高齢者の問題。親父世代(前期)は関係ない。

今、国の財政が赤字体質で財政破綻が危惧されているが、消費税のアップが支持されない。それでも福祉の財源確保とやらで、消費税の値上げを検討しているがこの感覚何たる無様だろう。支持されない事を何故やらなければならないのか?どうすれば支持されるのか?それ位は語れよ。

それが出来なくても消費税の値上げは出来ると思っているとしたら、政治か失格だろう。レベルは違うが住民税通知の時、毎年そう思いながら、四半期毎の支払いと年金引き落としが出来なくて、10回払いに変更しながらこぼしている。

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城跡公園の楓の葉っぱも意気揚々と風にそよいでいる。今日は歩く気が無くて行かなかったが、理由はサウナに行ったのと部屋のたこ足配線の接続機器を変える。最初は6メートルのコードにしたが2メートルに変える。コンセントの差し込みは整理タンスの後。久し振りに見て見ると埃だらけ。汗を垂らしながら一仕事をこなす。

サウナは気持ち良かったが客層が悪い。夕方の時間だから親父と同世代が多いが、背中に入れ墨お断りが常識だろう。それが出来なければ小さい顔をしろ。デカイ顔をしても世の中そんなに甘く無い。関西は何故かこんな輩が少なく無い。親父は反対に気にしないけど親から貰った体が泣いている。

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静岡掛川の花菖蒲園が懐かしいが記憶をひも解いて見ても、掛川の菖蒲園の入場料は結構高くて家族揃っての入園は無い。だからこれが菖蒲なのかかきつばたなのかは定(さだか)ではない。(かきつばたでしょう)花もそうつぶやきながら後ずさりしている。

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2011年6月13日 (月)

梅雨前線が南に下がり晴れ間が出る。「幻想交響曲」

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小振りの紫陽花。今年は雪洞(ぼんぼり)の様な紫陽花が見れなかったのは、恋に破れたからだろうか?(アホか)この歳になって人を恋する寂しさをあじさいの花に見抜かれている。そろそろ自分の生き方に引導を渡さなければいけないのかもしれない

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西君渾身のハンバーグチーズカレー。西君が親父の失意の思いを気遣ってかハンバーグに掛けたチーズがハート形。ハンバーグが意外にモコモコ。(この表現が一番)柔らか過ぎず、どちらかと言えばひき肉の味が締まってカレー味にマッチする。

つらい事、悲しい事、空しい事。心が引き裂かれるそんな青春の時が枯れ、空しさも寂しさも後ろ髪を引かれる瑞々しさ(みずみずしさ)はとっくの昔に失せている。今は美味い物が食えて心に少しの遊びがあれば、それで充分かも。「少年老い易く学なり難し」今迄散々の思いもしたが、それも心のバネになれば雄々しく生きられるに違いない。西君、ハンバーグ玉がチーズの♥マークの中でぼやいている。

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伊丹有岡城祉前のお気に入りのフラワーコーディネート。何時見ても良く手入れされている。人の生き方もこう在りたい。何時迄も若々しく、何時迄も輝きを失わず、何時迄も輝いている。本物の生き方。本当の生きる証。そんな物は無いと言われても宝物は意外の所に転がっている。そんなオバカに私はなりたい。

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人影の少ないJR宝塚駅構内。朝の分刻みのラッシュ時、このホームをオーバンランした列車のロスタイムを取り返そうとして、大事故となり尊い人命が107名、尼崎の手前のカーブで失われる。ほんの数年前の事だが今はその面影は無い。

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2011年6月12日 (日)

今日は大阪は雨でした。何もせず休息日。寝てばかりでした。

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大阪は今日は雨。予想された程の雨量にはならなかったが夜迄止む事はなかった。

この道は駅迄の道。今夜は雨が降って暗いが実際はこんなに暗く無い。

上の花壇はこの信号の先にある。

この信号平然と歩行者に無視される。以前はそうでも無かったが左右の車の通行が多く無いからだろうか?親父が信号で立ち止まっていても、赤信号無視。よく見ると年齢、性別関係無し。中には車が来ていてもお構いなし。

そんな時、親父から罵声を浴びせられる。「バカタレ。死ぬぞ。」それでも振り返られた事は無い。当然、感謝の言葉も無い。うざい。煩い。余計なお世話。とでも思っているのだろう。そんな輩でも怪我をさせられればアンタが悪いと大声で喚くのだろう。

そんな親父でも朝の車が疎らな時は、右左右を見て信号無視。コラコラ。人の事は言えない。そんなもんでしょう。それでも親父の方が厚かましさが無い。どっちもどっち。こりゃ又、失礼しました。植木の親父(クレージーキャツ)が笑っている。

難しい話しをすると怪我も危険予知で防げる事を知らないだけだろう?ヒャリハットの原則を知らないだけです。何時かは撥ねられる事を覚悟しなさい。社会生活最低限度のルールが守れなくても「関係ない」と思っているのだろう。

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大阪の交通アクセスは様変わり。しかし、基本は何も変わらず。

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昨日写した京セラドーム駅の阪神電車?。?マークが付いたのは関西の私鉄は近鉄、阪急、阪神、南海、京阪の5社。その中でも近鉄が一番デカイがこの会社の地盤沈下は関西経済の実態を現している? それどれの電鉄のコーポレーションカラーが在る

阪急、阪神は経営統合。南海、京阪は単独で頑張っているが実態は楽観出来ない。この有様は関西だけでなく日本各地の私鉄は、大小を問わず似たり寄ったりかもしれない。都市で生活していると余り感じないが地方の公共交通機関、バス路線の現実は真に厳しい。その先行きは更に厳しい。どうなるのだろう?

大阪地下鉄、京都の地下鉄を利用する度に思う事は、連絡通路に歩く歩道が無くて長い。階段は足の不自由な年寄りには無理だがそんな事はお構い無し。苦情処理の様にホームの遠い先端にエレベーターはあるが、そこ迄が遠い。

幸いに親父は歩けるがそのうち乗れなくなるだろう。その時はどうするのだろう?そして今、歩けない人はどうしているのだろう/車です。車。しかも年寄りが自分で運転して。とっさの危険回避と状況判断が出来ない人が運転する車は走る凶器です。

今は都会に住んでいても通勤電車は朝が早くて、ターミナルとは逆方向だけれど、いずれ地下鉄だけでは無く公共交通機関にも乗れなくなる。その時は介護タクシーか、それよりも出歩きが出来なくなるのだろうか?人は老いてこそ幸せでなければならないが、この國の形はそんな有り様ではない事を今から痛感しなければならない。

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これは先週行った六甲ガーデンパレスのスイス祭りの飾り付け。目的の六甲しだれの展望台に苦笑しこの近くのレストランでキーマカレーを食った時、スイスに行ったおばさん達がスイスの食事の不味さを口にしていた。確かにスイスの食べ物は高くて不味いがそれもご愛嬌。美味い物が食いたければ大阪では天満の市場。東京では築地の場内場外の市場に行きなはれ。スイスの売りは自然と人の生き方でしょう。

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それでもここも所詮六甲の山頂。下界の景色を眺めてうまい空気が何よりのご馳走かも。「六甲しだれ」の展望台は左端の下。右上の建物がレストラン。天気が良ければ阪神間、大阪湾が一望出来る。ここは年老いても来れるが今回はおよそ半世紀ぶり。次の半世紀は天上から見るのかな?

その為には四国徳島23番札所をまずは歩きなはれ。白装束に金剛杖、菅笠、その他の用具をそろえても肝心の足に合う靴と装備品、携行品が他に必要になる。簡単に行ける所ではない。それだけに歩き通せた歓びは格別かもしれない。何処迄行けるかな?口程に簡単でない事を思い知るに違いない。

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この立派なドームが出来て久しい。東京ドーム、福岡ドームに続いて日本3番目のドーム。最初の運営母体は大阪市。プロ野球のフランチャイズは近鉄バファローズ。しかしバファローズは球団をオリックスに売却。運営会社も大阪市が第3セクターで経営破綻。

今はオリックスが大株主だが運営母体は何処なのか分からない。黒字でないのは言う迄もない。君が言う様に調べれば分かるが情報公開の社会的責任はこんな箱物を作った大阪市に在るが、誰もそんの事は分からない。今、維持費はどうかしているのだろう?京セラドームと言われるのは命名権を京セラが買い取ったから。

京セラドームに行くのは年に一回。この交流戦のみ。オリックスはこの球場を一杯に出来るのは巨人戦と阪神線のみ。ペナントレースの本拠地開催も神戸の球場と分割開催のため人気は全く無し。オリックスファイナンスが球団経営をしているのは、宣伝費にもならない。それでも法人税を払うより安いのかもしれない。

大分ドームは九州石油が命名権を持ち、大分トリニータ(サッカーj-2)の本拠地。しかし田舎のチームでどんなに頑張った所で維持費も稼げない。結局税金の投入しかない。親方日の丸。国鉄民営化の時どれだけ多くの人がこの言葉を口にしただろう。それ以上の税金の使われ方がされても、高級官僚にその危機感は無い。

それどころかどっぷりの天下りで舌を出して笑っている。財政再建で消費税を上げる?この感覚は今でも何も変わってはいない。何でだろう?知らないから。マスコミも加担しているから?尤もらしいコメントも自分の利益の為である事を知らなければならない。

テレビの腐敗はすざましい。人気タレントの収入と税金をどれだけ払っているか知ればあほらしくてテレビは競馬中継位しか見れない。その実態も又、余りにやらずぶったくり(失礼)です。最近は頭の体操で見るだけ。予想もしない。予想を止そう。

予想は反対から読むと「うそよ」です。そうでなければギャンブルは成り立たない。予想屋さんの反省は絶対に在りません。夢予想?アホかこのまぬけ。競馬で夢は買えません。地道に汗水垂らして働くしか在りません。競馬中継も音を消して見ています。

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2011年6月11日 (土)

京セラドームに行って来ました。

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京セラドームは大阪市第三セクターの持ち物。オリックスバファローズの本拠地。但しこの球団。常時これだけの集客能力はない。必然的に赤字。何故大阪市がこれだけの箱物を作ったかは明確にされていない。だから経営は第3セクター?

これだけの立派なドームで赤字経営は他にもある。親父の故郷大分。第2の故郷静岡。名古屋と札幌は分からない。これだけの立派な建物は本当に必要だったのか?お役所の職員でなく民間の経営でも黒字経営は難しい。税金の無駄使いは少なく無い。

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試合は6−2で巨人の勝ち。こちらは1塁側。バファローのサイドだが廻りは巨人の熱烈応援。声と動きがじゃかましい。関西でもこれだけの応援をしてもらえば、もちょっと頑張らないと。今日は勝ったけれど文句無しの勝ち方とは違う。昨年同様最後迄は試合を見ない。帰りは「暖家」でカレーうどんを喰らう。

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ドーム前の地下鉄。深い。この路線は最近近鉄奈良線と阪神本線が結ばれ便利になる。しかしこの路線深い。地震、火災が起きると怖い。避難路の非常灯の確保は出来ているのだろうか?
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この区間の開通は永年の悲願。これ迄は阪神は大阪梅田にしか乗り入れていなかった。これで大阪南の難波、近鉄が繋がり奈良、吉野、鳥羽、名古屋とアクセスは広がる。それでもそれだけの経済効果は出ているのだろうか?その呼び込みは出来ているのだろうか?それもこれからの課題です。トイレはとにかくきれいでした。

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紫陽花も伸びて見納めです。来年も京セラドームに行けるかな?体に気を付けてね。そして次の目標に向かって敢然と突き進みましょう。親父の取り柄はそれだけです。バカ正直に生きた代償がこの程度かと思いながらも、良く考えて見るとこの程度と侮れない事も少なく無い。ベートーベンから言われる様に「もっと心地好い歌」を大声で歌わなければならない。遍路道で歌いますか?(アホヤと言われそう)

アホやと言うならこの馬鹿騒ぎ。AKB。この国のお間抜け。芸能ニュース。東京カワイイ。馬鹿じゃないのか。かぶっただけで女優ぽい。ふだけるな。トレンドアイテム。この放送局公共放送ですか?信じられない。親父も間抜けです。見るな。(見てません)チャンネル変えるとフジテレビ。馬鹿代表を決めている。アンタが馬鹿だよ。

BSチャンネル音声を消して見ているとアメリカの野球、声を出して笑っている。下手な日本のお笑いよりよっぽど面白い。日本の地上波はアナログからデジタルに変わってもそのうち見向きもされなくなる。久し振りに文句無しのお笑いでした。

音声を消してテレビを見ていると本当に面白い。何を行っているのか分からない処が面白い。こうして見るとテレビで見れるのは映像だけかもしれない。アメリカプロバスケットの試合。これぞホンマのプロの戦いかもしれない。

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今夜は暖家でカレーうどん。しかもマスターがうどん玉を親父バージョン(少なめ)にしなかったのでお腹は満腹。味は最高。(うまい。お世辞にしても。いやホンマ)

そんな訳で近くのスーパーでの買い物はキュウリ2本のお気に入りの漬け物と明日のパン。それとマーガリン。井村屋のアイス。これうま過ぎて食い過ぎ(4本?コラ)

お腹の整腸にビフィズス菌入りのヨーグルトとトマト。トマトは暖家でも食ったがこれは兵庫県産。地産地消と自慢したいがこれは瑞々しさが今イチ。何でやろう。取れたてと違うかも。トマトも野菜屋でないとアカンか。生鮮食料品の名が廃る。(すたる)

では今夜はこの辺で。カメラのワイド画面直りました。親父の操作ミスでした。サービスセンターに行く時間が電池の充電で無くなり、途中で偶然気が付きました。流石です。何事も学習です。ありがとうございます。おやすみなさい。

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2011年6月10日 (金)

太り過ぎ お腹に下着の跡がついている まるでトド

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今日はお休み。明日は一昨年から定例の京セラドームのオリックス−ジャイアンツ戦。オリックスが交流戦に入って好調。その一端をジャイアンツが東京ドームでお膳立て(2連敗)。その後の結果は言う迄もない。打てない巨人。守れない巨人。走れない巨人では当然かも。今年も交流戦はパリーグの圧勝。その原因は言う迄もなく戦力の差。オリックスをクビになったカブレラ(打てない。守れない。走れない。)に打たれる巨人の投手陣。間抜けとしか言いようが無い。それでも小さい時からのファン。今年はどんな戦い方を見せて呉れるのだろう。阪神共々たのまっせ。ホンマに。

人の事をぼやいていたらお腹の外周?が一段とだぶついて、階段を上がると息苦しい。息を整えるのに呼吸法を意識しなければならない。(複式呼吸)この歳になっても眼つきの鋭さは変わらなくても、お腹の出っ張りは我ながら情けない。

人はどんなに健康でも過信は出来ない。それどころ健康診断全く問題なしでも長生きが出来る保証は何も無い。保険証を使ったのは何時の頃か?と自慢出来るひと程危ない。毎月の様に眼医者と内科に掛かっている親父が元気なのは、偶々の偶然ではなく親父とお袋から貰った何よりの健康な体だろう。

そう考えると親父、お袋が為し得なかった事を何か為さねばあの世で合わす顔がない。この歳になって1人になって為せる技は「四国徳島」を歩く事位だろうが、その事も容易ではない。歩く事は現代人が考える程甘くは無い。親父の様な体では幾らも歩けないだろう。

「四国八十八ヵ所」を一気に歩くと約一月半。さすがの親父でもそれだけのまとまった休みは無い。有ったとしても歩き通す事は出来ない。可能な方法は分割払い。(コラコラ)一月半の道のりは阿波の国(発心の道)、土佐の国(修行の道)、伊予の国(菩提の道)、讃岐の国(涅槃の道)に大別される。まずは阿波の国。それでも一番札所から23番札所迄、約一週間かかる。まずはこの道をいかにして歩けるかだろう。

それに比べると(勝手に比べるな)国の間抜けさはどうだろう? 東日本大震災、福島の原発事故から3ヶ月。支持率が全くない総理が何故か退陣の時期を明確にしない。先の内閣不信任案を大多数で否決したから当然と言えば当然だが、そこ迄して何をやろうとするのだろう?おっさんがどんなにその座にしがみつく気はないと言われても、誰も信用はしない。間違いなく今月末にはクビです。

その後の総理に誰がなるのかマスコミもいい加減な事を、NHK迄もが尤もらしく報道しているが全て外れだろう。その時は誰が責任を明確にするのか?誰も取りはしない。競馬の予想と全く同じ。この国のマスコミは何時から予想屋さんになったのだろう。それよりも今求められている報道の責任はそんな事ではないだろう?

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親父が還暦の時に渡った芦屋川西お店の近くの公園の橋。あれから6年余の歳月が流れると見違える景色になっている。公園内の木々が大きくなった反面、手入れが全くなされていない。ここは阪神大震災後の避難地整理で作られた公園?違うのかな。

そんな事はどうでも良いがこの国の行政、この国の国民的課題、この国の問題解決の実態を端的に現している。問題は忘れた頃にやって来ると言われても、その事が当事者で無いと全く分からない事をどれだけ理解しているのだろう?。

「おお 、友よ、歓びに満ちた歌を」ベートーベンに言われる迄もなく、この国のどれだけの人がこれからも歓喜の歌を歌えるのだろう?管さん、あなたは四国八十八カ所の道でそれくらいの事も考えなかったのだろうか?

弘法も筆の誤りと言うには天罰を受けるに違いない。それともこの世の真理とはこの程度の事なのだろうか?ズービンメータ指揮の第九(合唱つき)を聞きながら(見ながら)罰当たりの事を考えている。「創造主」の存在を信じるかと問われてもキリスト教徒でないから分からない。空海はどう教えているのだろう?

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折角の憩いの場も手入れが行き届かないとこの有り様です。これはこれでここを歩く人に自然の元気さが分かるのだろうが、親父が必死の思いで生きていた当時の面影は無い。同様に親父の心の中も薄汚い生命力だけが生い茂ったのだろうか?そんな事は有るまい。どんなに人の生き方は様々だとしても手入れが行き届かない公園は歓迎されないだろう?

久し振りに近くの銭湯に明るい午後、出掛ける。数日前から汗が貯まり体の中に不純物が溜まっていたのだろう?サウナの室内で汗を流した後遺症が首筋に残る。近くの整形外科医から言われている首の骨の血管圧迫。クビをゆっくり廻しても重だるい。

自分で首筋を押さえると筋肉のコリを感じて心地好い。それだけに肩の付け根から首筋にかけて脂肪が溜まっている。もう少しサウナの中で汗を流したかったが体が正直。すこしふらつく。「アカン。のぼせている。」そうではない。体の血管が一気に開放されて悲鳴を上げている。何時迄もゆっくりしているとホンマのまぐろになり、何時か見た親父の様に裸で救急車に乗せられなければならない。

サウナの中でアメリカ人の学者に会う。外人のサウナは珍しいので片言の英語で声を掛ける。予想通りのアメリカン。しかし、インテリなので馴れ馴れしい親父の話に適当に会話している。親父は英語が話せないのに平気な顔をして相手の歳を聞く。

当然ながらノーコメント。ここが日本人とは違う。しかし、そんな事でたじろぐ親父ではない。大学講師の専門を聞くとアメリカ文学。怒りのぶどうの話をする。スタインベックが何を表現したかったのか分からないと言うと、訳の分からない事を言っていた。人間としての生き方はアメリカ人の方が単純かもしれない。

貧乏な最悪の社会的現象の中で一握りの資本家が生き抜く有り様は、日本では考えられないのかもしれない。それでもこの国も同様の事が長い間続き、アメリカとの戦いに負け地主と小作人の関係、財閥解体、民主的な社会が押し付けられた。

今でもアメリカの基地が東京、神奈川、沖縄、三沢、岩国、富士とこの国に多い現実は変わらず、それでも多くの国民はその事を是としている。アメリカ人が日本人を見る眼も変わって入るが、今、中国が日本より関心がある事を多くの人は知らない。

この国の財政問題が深刻な状況になり消費税の10%が検討されているが、この国の根本的問題には論議はない。そんな事で物事の完結は有る筈も無い。お馬鹿な政治家の代表は国際会議でも相手にされなくても、金だけはきっちりと取られている。

総理がコロコロ変わると言われるがこの国の代表は誰が選んでいるのか?間抜けなマスコミとその片棒を担いでいる我々も少しはその事を考えないと、この国は間違いなく沈没する。その時こそ政治家は全く相手にもされない。

今日の国会論議。聞いて見なはれ。女性の地位向上が叫ばれても、その地位を自ら投げ捨てて何を求めているのだろう。被災地の人が今一番求めている事は総理の居直りでも、政党の党利党略でもない。一日も早い復興だろう。義援金が未だに被災者に届かない現実。それ位の問題を解決出来なくて何を声高に叫ぶのだろう。

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六甲ガーデン近くの野草(失礼)本当は野草ではないのだがと苦笑している。

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この庭も最初はこうしてそして最近迄、先代の持ち主(イギリス人)が手塩にかけて育てていた。雑草の様で雑草でない。それでも主を無くすとこうして雑然として来るのだろう。人の事を多く語るな。自分の生き方も多く語るな。

そう親父に語りかけている。明日(今日)になりました。京セラドームの指定の席、取れるかな?昨年は礼儀正しい高校生が隣だったけれど今年はどうかな?親父の貫禄が有れば隣は誰でも関係ない。(失礼しました。)おやすみなさい。

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2011年6月 9日 (木)

蒸し暑い一日 これからの勝負は体力 王道を行け

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今夜のデザート。(なんで?)親父の好きなイチゴとキムチ。
イチゴは少し古いが腐ってはいない。この時期イチゴは最盛期を過ぎてこれからはトマトだと思うが、トマトも温室栽培で露地物が少なくなり季節感は無い。地産地消が最近売り物でも、スーパーの野菜に其れを求めるのは無理だろう。

このキムチは神戸長田のこだわり。関西のキムチは鶴橋が有名だけれど仲々手が出せない。それに比べるとこのキムチはお手頃。味は悪く無い。味の決めてはタレ。このキムチは白菜の浅漬け。ピリ辛でないので幾らでもイケル。食い過ぎ注意。

今夜のメーンデッシュ?は揖保の糸ソーメン。398円。茹でている出来合いの麺に出来合いの水をかけるだけ。それでもつゆとしょうがネギが絶妙。カマボコ蒸し(紅)100g138円これは駄目。これもご愛嬌。キムチの残り頂きます。

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美味そうなサクランボ。この色づき方を見れば親父でも手を伸ばす。しかし、味は食えた物ではない。渋い。食える物ではない。人間にもこんな人が少なく無い。どんなに苦い思いをした事だろう。それでも鳥は懲りずに寄って来る。そして決して飲み込みはしない。そんなもんだろう。鳥から教えられる。

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サンモリッツの駅。スイスを代表する避暑地の駅とは思えない。しかし、上の写真は市街地の時計台。大阪にもこんな立派な時計台は無い。石作りで地味だが近くに寄ると圧倒される。日本みたいにせこせこしていない。風土が違う。

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サンモリッツ湖畔。2人でバカ言いながら歩いていても全く気にならず。関西には琵琶湖、富士には山中湖、会津には猪苗代湖。いずれもこの風景と大差ない。大きく違うのは観光客の数。ここでは殆ど居ない。シーズン初めでもあったが一時に大勢が集中する事が無いのかもしれない。観光立国と言ってもレベルが違う。

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サンモリッツ市街。この建物は何だったのかよく見ていない。

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サンモリッツ駅前には市街はない。街は上の丘に広がっている。其れを繋ぐ長いエスカレーター。この壁の横が立体駐車場。駅前に日本の様な車が少ないのは其れも一因かもしれない。全てがきちんと計算されている。上から下を見ると少し腰が引ける。

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2011年6月 8日 (水)

今年も暑そう 親父はメタボだから平気?

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雨上がりの雫が風にそよいでいる。「おっ未だ咲いている。」
今日は芒種。(ぼうしゅ)中国の二十四節気の一つ。稲の種まきの頃?今は稲の品種改良が進み早い地方では田植えも済んでいるが、こうして見ると昔は今頃が田植えの時期だったのだろうか?

米作りの尊さが忘れ去られている。白米(銀シャリ)が腹一杯食える様になったのは豊かな生活になったのだろうか?そうではない。金さえ有れば何でも買える世の中になっただけだろう。昔はその道が絶たれていたのだろう。親父もお袋も苦労して育ててくれた事を今更、感謝しても手遅れです。しかし、気持ちだけは忘れていません。

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桜も若葉が繁りサクランボが熟れて来ました。鳥が啄み(ついばみ)に来ますがこれだけ見るとそれも在りかも。しかし、このサクランボ渋くてさすがの鳥も吐き出して飲み込みはしない。

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会社の農園でゴルフ三昧のOBが丹誠込めて?作った立派なタマネギ。いつも赤い顔をしてビールばかりを飲んでいると思っていたが、失礼しました。今夜はこれから一つスライスして頂きます。味は今イチ。親父のスライスの厚みが太い。

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バス停近くの庭。花の盛り上がりは無いが色は艶やかです。庭の片隅にこれだけの美しさを見せて呉れると、ささやかな驚きです。梅雨はこれから始まりです。いろんな処で色んな感動に出会えると、気持ちが落ち着きます。

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贅沢カレー 今週は一回しか来れないけれど美味い味は変わらず。慌てて食わないでじっくり味わって至福の時を噛みしめて下さい。

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前回紹介したプランターの花達。今日は特別3兄弟。それでもこれでもここに飾られている一部。全てではない。人の生き方も其れくらいの余裕を持ちたい。このプランターを前回紹介した時、親父の勘違いです。この主催者は女子高生ではない。

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2011年6月 7日 (火)

梅雨の季節も又、楽しい お疲れ様でした

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今日は半期に一度の研修でした。この歳になって半期に一度の研修でも緊張。
9時半開始の連絡に対して9時過ぎには着席。親父、やる気満々。建物の入り口に、な何と撓(たわ)わに実るグミの実。親父もピントの合わせ方は奥の実になっているのもご愛嬌。久し振りのこんな所でこれだけ見れるとは。これだけで今日の成果に乾杯。

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これも建物の入り口の紫陽花(あじさい)。今年は梅雨の入りは早かったが未だ艶やかな紫陽花との対面は無い。それなのにこんな所でこんな色で親父を歓待している。ありがとうございます。☂傘を差しながら微笑みの人が出迎えてくれる幻想交響曲。

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研修は親父と同年齢の親父の2人の贅沢な濃密な時間。寝る間もなく喋っていました。しっかり話も聞いて勉強になりました。帰りに「暖家」の親父お気に入りのカレーうどん。お勉強の疲れを取ってくれました。カレーうどんの量はお好みでok.

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2011年6月 6日 (月)

若い頃行った六甲山 久し振りの芦屋川

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20(はたち)前に来た時このケーブルに乗ったと思うのだけれど記憶に無い。
まさか歩いて登った訳でもないだろうに記憶が飛んでいる。その所為でもあるマイに階段とケーブル車内の傾斜の違いで方向感覚が狂いふらつく。情けない。

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鳥の巣の中?親父何処に迷い込んだ?(ヒッチコックの世界です。)まさか。
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これでお分かりか?(ますますわからん。種明かしは?)
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おもろい展望台でした。これだけ?そうこれだけ。他にも色々見せ場はありましたが昼間の姿は歓楽街の姿と同じ。夜になると照明と下界ののネオンの海が幻想的に浮かぶのかな?親父ももう少し若かったならここで淑女を口説けたに違いない。(アホ)

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正式名称は六甲しだれ(自然体験展望台)。天気が良くて空気が澄んでいれば阪神間と大阪湾が一望出来る。中は上には上がれないが檜(ひのき)が仄かに香る室内でのんびりすると、雲の流れとひんやりした六甲の風を感じられる?どうかな?

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昼間の景色はこの程度。これで見物料300円は高いだろう。それだけお金が掛かっているのだろう?期待外れではなかった外観。期待外れの中身。良くある話。だから面白いのだけどね。この歳になっても進歩はないのかも。?最後のその事を思い知らされる。

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六甲牧場のジンギスカンは有名。久し振りに食えるかなと思ったけれど、ビールを飲むと顔が赤くなるので辛抱する。食ったのはこれ。さすが親父。カレーと聞いただけで戦闘モードにいる。キーマカレーが黒い。飯を崩してからカメラを取り出す。

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完食。さすが親父。水を飲んでいない。味は期待以上。サラダもスープも悪く無い。専門店ではないのでこの程度で上出来と思いきや、全て合格点。コーヒーを出すタイミングと味も結構でした。

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見た目はインスタントの感じで砂糖2個、ミルクも入れるが味は悪く無い。

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お店の外観も良い。平日でもお客は結構多い。待たされた甲斐は在り?

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お店の近くの庭。近くの城跡公園の芍薬(しゃくやく)が散ってしまったがここは蕾み。(つぼみ)誰もが見つめては呉れない事に気付くのは何時の事だろう?誰もが通り過ぎる堅いつぼみの中で、開花の時は何時の事だろう?(分かりまシェン)

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暫く見ぬ間に松の木の上迄に成長している。この時期に見た事は無かったけれど、赤いバラは散ってしまったのだろうか?7年前の秋から春迄、この道を君に助けられながら黙々と歩いていた。それからの時も容易ではなかったけれど、お陰様でこうして祝福されている。芦屋川の道は大きく変わっていたが、君の美しさはそれ以上かも。

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この公園もすっかり整備されたけれど、あの時この公園で雨露を凌いでいた叔父さんは何処に行ったのだろう?景気対策。震災復興、福島原発の収束とか言われるが、一番大切な事が忘れ去られている。それは何?人事みたいに考えている事。

全てが突然失われた時、人は何を支えに行きて行くのだろう?一日も早い復興。その言葉が虚ろに感じられても、政治家は為す術を知らない。次の政権、総理が求められても主義、主張の異なる人が己の利益の為に連立をするのか?信じられない。

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車道の一角を占領してもガードレールでしっかりガードされている松の木。根元に置かれたバラの茎が大きく伸びている。親父のボヤキを首を傾げながら笑っている。(親父さん。親父さん。家康の生き方を学びなはれ。ぼやいても様はない。)

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道に迷った時何時でも来なさい。生きる事は理屈でもボヤキでもない。言う迄もなく綺麗事でも口先だけでもない。困難に打ち勝つ事。それは逞しき意思と燃える情熱。それを支える健康な体。わしの木肌と必死に巻き付いているバラの枝を見なはれ。

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親父が7年前に働いていた時、お昼の食事を何回かした公園。始めの頃の数回だけで翌年の3月末迄はボイラー室の真ん前のテーブルで食事をしていた。それでも弁当とカップ麺が食える事が何よりの楽しみだった。あの頃を忘れてはならない。

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南国西表の花を感じさせる。名前は分からない。美しさに引き寄せられるけれど。よく見るとケバケバしい。(ごめんなさい)花に責任は無い。花の盛りは一時。その時が今なのかもしれない。目的の前の職場を見て引き返している。

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外国人の邸宅。どんな人がどんな生き方、生活をしているのか、知る由もないが外壁の外の花がその事をさりげ無く教えている。多くの事を語る前に自分の為に何が出来るかを語れ。人の為?被災者の為?そうではない。自分の為です。

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久し振りの道。高村光太郎の歌に「僕の前に道は無い。僕の後に道が出来る。」と。その歌の中に僕から目を離さないで守る事をせよ。と言っているが甘ったれるでない。父の気魄は既に無い。この遠い道程を雄々しく突き進む糧は、己の両手でもぎ取るしか無い事を、地面すれすれの花がクビを投げ出して教えている。

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sakuyaこの花 遅く迄ありがとうございました。okです。

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靴を脱いで靴下も脱いで芝生の上を歩く。親父の足のむくみは本当は砂浜を歩くと良いかも。静岡は海が近かったけれど大阪は意外に砂浜は遠い。鳥取砂丘を歩いて来ますか?それよりも大阪市内の足裏マッサージの方が割安かも。(まだ、言っている)
ではおやすみなさい。親父はもう一日お休みです。明日は天気が良ければ出掛けます。

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2011年6月 5日 (日)

たあかく伸びる銀杏の様に元気で行こう 今日は梅雨の晴れ間

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銀杏の樹です。元気がよすぎて少しぼやけているのはご愛嬌。これから歩いて来ます。最近、余り歩いて居ないので足の裏に老化が出ている。その内足を引きずりながら歩くのだろうか?大股で腕を伸ばして歩けるのは何時迄続けられるのだろう?

では行って来ます。近くの公園に足踏みが出来るコースがあると聞いて興味しんしん。しかし静岡掛川の徳育センター「お庭足踏み」の周回コースには勝てないだろう?乞うご期待。(誰も期待していません)しかし今の親父の足の裏はあの快感を求めています。明日はお休み。足裏マッサージに行きますか?(それよりも歩いて来なはれ。)アイアイサー。

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下に見える建物は何だと思いますか?そう賃貸マンション。立派な建物です。しかし、近づいて良く見ると○○宿舎。もっと近づいてみると角部屋は空き室。住宅整備機構の宿舎。この国の財政の赤字は大きくて消費税を上げる検討をする前に、やる事あるだろう?今の政権、選挙で圧勝した政権公約に財政の見直しってなかった?

次の選挙では間違いなく今の勢力が半減したとしても、次の政権も同じ事の繰り返しだろう?いつからこんな役人天国にこの国はなったのだろう?因にこの組織は住宅に困っている低所得者のなんとかと言っている組織。小泉改革の時、民で出来る事は民でやれと声高に叫ばれ圧勝した自民党が今は野党。次も同じ事が繰り返される。

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立派な公園。この街の歴史がある。今は足を踏み入れる人は少なくても多くの人の汗と希望が染み込んでいる。今は近くの住民さえも憩う事も少ないのだろう。散策の道が荒れ果てている。

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貴重な文化財が生かされて古墳が残ったとしても、この有り様を見て誰が本当に喜んでいるのだろう?文化財保存活動の検証をしなければならない。何故ならこの街の財政も金持ちも過去の豊かさは無い。間違いなく時代の流れは否定出来ない。

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目的の公園が見当たらない。親父の勘違い。床屋で息子に教えられた公園は反対の方向。今は諦めて西に沈む太陽を追い掛けている。♥型の夕日は手招きをしている。これから思いがけない景色が見れる。足は何時もの散歩コースに向いていた。

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住宅地の主を失った空き地。更地。建物を綺麗に取り壊し敷地の中を湿地にしている。しかし、ここは高級住宅地。何時迄もこんな贅沢は出来ないだろう。

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坂道の整備された通りと住宅地に囲まれたこの景色は一体何だろう?土地所有者の贅沢は何時迄続くのだろう?しかもこの時だけの季節限定。夏の季節はひまわり畑に変わるのだろうか?(まさか)

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水月公園の場所を城址公園入り口の看板で確認。次は反対方向に歩けば良い。

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城跡公園に人気(ひとけ)は無い。礎石の上に裸足で立てば殿様気分です。

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芝生の中にクローバーの縞模様が出来ているが、裸足で歩くと気持ちがいい。

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滝ノ水は少ないが水道の蛇口を止めたのだろう。閉園の時が近い。

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オカンと見た静岡森町小国神社のかきつばたはアヤメだったのだろうか?

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今更、そんな事を聞かないでと笑われている。「いずれがあやめでかきつばた」

辞書で調べてみるといずれも水辺に咲いているからかきつばたかな?

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花の盛りは過ぎて夕闇が迫る。「命短し恋せよ乙女。紅き唇褪せぬ間に」余計なお世話です。赤い唇は無くしてもルージュの口紅があれば恋は出来る。成る程。

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もうすぐ閉園時間です。又来ます。お陰様で今日もしっかり歩く事が出来ました。

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祇園精舎の鐘の音 盛者必衰の理(ことわり)マスコミも同じ スポンサーにも同じ思いを

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1年前に見たグリンデルワルドの朝。長い間そしてこれからも変わり様の無い風景。親父もこれが見納めになったに違いない風景にも、哀愁の思いはなかった。これだけのスイスらしい夜明けの景色が見れただけで、感慨無量だったのか?それも無かった。

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この景色は登山鉄道からの画像。段々麓の町が近づいて安堵の思いをしている親父の心情が良く出ている。この日の夜で楽しかったスイスの旅は終わり。13時間の成田直行便が待っている。飛行機の旅は快適ではない。元気が良いのはツワーの客だけ。

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これも自慢の一枚。絵はがきの様。到着4日目の写真?これだけの晴天は余程の幸運に恵まれないと無理。ここのホテルもトップシーズンオープン間もなかった。今年も来週からその時が始まる。どんな人がどんな思いでこの景色を見るのだろう。

これからが今日の本題です。その前に画像挿入が出来なくなりました。親父の拙い文章だけでは面白くも何ともありません。何処かおかしくなりました。久々に分からない。診断して下さい。iphotoの左の表示が消える。どないしたんだ。おい。マック。

親父、親父、本題とは?

最近、何時も買っていた全国紙を買わなくなりました。ナーンダそんな事。どうでも良いじゃん。ジャン。ジャンバルジャン。じゃんじゃんとガキの言葉を続けてもどんこんならんが、新聞だけでなくテレビもコメント解説の無いスポーツ、ギャンブルだけで充分です。と思いきや野球を見ていてコメンテーターの言葉が聞きづらい。

その時は何と言っても音声を消す。消音。最近買ったデジタル対応の機器は本当に賢い。アナウンサーの絶叫音と同じ事しか言えない解説者の精神論は聞かなくても、球場の臨場感(音声)はある。それだけで充分だろう。あとは列車の旅。世界の街並。

それだけで多くを語る事は無い。これから間違いなく景気の低迷が続く。その影響を受けないお間抜けも居ない。(あなたがお間抜け?)景気が良くなる。政治が良くなる。生活が良くなる。そんな事は誰も信じていない。管総理は6月で終わり。

その後はさすがの親父も分からない。その程度の事では困るけれどその程度と思えばボヤキも梅雨空程うっとうしくは無い。

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可愛いホテルお出迎えの電車。歩いても遠く無いがこの鞄を引いての歩きはチョとつらい。パソコンの画像挿入の記憶場所がおかしくなっている。(親父、触り過ぎ)

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2011年6月 4日 (土)

梅雨の晴れ間 ベルリオーズを聞き比べながら部屋のお片付け

Img_7165梅雨の入りは早かったけれど、うっとうしい雨の日は一段落です。来週から又、梅雨空が戻るかもしれないが、青葉の楓をこうして見上げると心が休まる。
心を突き動かす衝動、嘆き、悲しみ、そして怒りの心は歳と共に枯れて、今は肉体も衰えようとしている。(まさか)


Img_7163 まさか?そうまさかです。少し難しい言葉を使うと「想定外」。そうです。想定外の事に直面したときの冷静沈着な行動が求められても、誰もがそのような振る舞いは出来ずに、責任すらうやむやにする。




Img_7171_2 親父は武家社会を全く評価しないが、この国の中で長く続いた武士世の中は、正確に多くの事が語られているが、歴史的に評価されるとこの国の統制が、その時代の権力でなされた事に何も変わりはない。

現代の評価をする後世の人は、今のこの國の形をどう見るのだろう?今程に国の指導者の形が見えない時代も珍しく無いが、この国が「黄金の国ジパング」として輝く事はないのだろうか?

そんな事はどうでも良い。そうかもね。しかし、考えても見なはれ。人の一生はたかだか。どんな極悪非道の人も息を引き取るときの想いは、満足だろう。

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1年前に見た神々しいマッターホルンの夜明け。前の夜、他愛も無い話で肝心の山肌に当たり始める幻想的な日の出は見れなかったが、いきなりの息を飲み込む姿。高所恐怖症の親父には1000万積まれても、この山の登頂専門ガイドがついても、頂上には立てない。その思いは今も変わらない。因にこの登山ルートは右正面の尾根の左側。登山出来るクライマーは日本アルプス位は登れる技術が要求される。

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この画像ではよく見えないが前の家のズーと向こうにロープウエイがあり、丁度この絵の正面の谷を横切り左の稜線に向かう。この国とはスケールの違う景色があり、人の生き方がある。どちらが幸せかと言えば人それどれだろうが、珠にはこんな景色も見なはれ。チマチマしたこの国で人の思いを踏みにじりながら、己の事しか考えられない生き方がどれだけ哀れかが実感出来る。1年前の歓待ありがとうございます。

ベルリオーズの幻想交響曲に出会ったのは偶々。それ迄は作曲者の名前は聞いた事は在ったので、何処かでいつかは忘れても聞いた事はあるのだろう。記憶に無い人との劇的な出会いも又感動ですが、この幻想曲は感動です。心が揺さぶられる。今更、心の高ぶりは無くても、この曲を聞いていると自分の若き日の心の葛藤が、引き戻されて来る。「人は幾つになっても空に煌めく星心ような愛おしさ」と「己の心を引き裂く残忍な醜さ」があるのだろう。その事をピアノもマトモに弾けないと揶揄(やゆ)されたベルリオーズが慟哭(どうこく)の思いの中でこの曲を叩き出している。

その曲をズービンメータ氏とシャルル、ミンシュ氏が別々に指揮をしている。聞き比べてみると曲奏は正確に違う。どちらがどうだと親父ごときが語る事は出来ないがメータ氏は現役の指揮者。親父より年上でも風貌は全く若い。ミンシュは今は居ない。それでもこの曲の指揮の第一人者であった事は良く分かる。Img_2148

良く見えないがユングフラウの展望台向けて中央を登山電車が登っている。正面が以前紹介したアイガー北壁。電車はここから終点までの高度さを一気に稼がず、途中で2回停車する。一回目はトンネルの中に横穴がありその先にアイガーの山塊が見える。(らしい?親父は電車の中で子供の喚きを笑いながら君と見ていた。)2回目の停車はそのトンネルを登りつめた処。ここは外の景色は見えない。皆じっとしていた。)冬期の時も同じかな。 

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スイス、チュ−リッヒ中央駅。この駅から国際空港間は地下鉄。もう一度行けと言われると団体ツワーでないと無理かも。無理です。情けない。イエイエ、そんなもんですよ。偉そうに言っても親父世代はそんなもんです。次は国内です。

四国徳島の遍路道は一日どれ位歩けるのかな?最近、足がむくんで幾らも歩けないかも?最近、いきなり立ち上がった時、足の裏にメタボな体重を感じる。大丈夫ですか?靴でカバーは出来まへんえ。(何とかなります。親父に白装束似合うかな?)

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JR九州日豊本線佐伯駅の特急霧島&日向。昨年の夏はお盆の前に帰れたが今年はどうかな?今年は田舎のお寺の新旧和尚の交代準備で檀家もまとまった負担金があるが、お陰様でその準備は出来ている、晋山式は来年11月。

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スイスサンモリッツ駅グレシアーエキスプレス「アンネとお別れ」このスイス横断鉄道別氷河鉄道は再びの機会はあるのだろうか?あるとしたらその時は大名旅行になるのかな?想定外の事は意外な処にある事が人生の歓びでもある。嘆く事は無い。

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横断鉄道の終着駅。長旅(8時間位)の疲れと叱られてふて腐れていたらこの景色。この景色は親父が若い頃、映画で見た加山雄三と星由里子の「若大将シリーズ」と同じ。この馬車は近くのホテルの送迎用。市内はガソリン車は入れない。

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左の通りは市内のメーンストリート。観光客が見えないのは親父のカメラテクニック?。そうではない。それだけの人通りだろう。日本とは明らかに違う。この画像は2度目の公開です、あしからず。日本の観光地と見比べて下さい。スイスの国土は日本の九州とほぼ同じ面積です。空気が違う。モラルが違う。生き方が違う。

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田舎の久留須川。左上に村営住宅が見える。(今は市町村合併で市営?)。この川の水量も少なくなって山も荒れている。林業が正業として成り立たず、手入れが行き届かなくなると山は崩壊する。霞ヶ関のスーパークールビズの報道はその象徴かもしれない。地方の過疎化は親父達年寄りを呼んでいる。

しかし、時は既に遅い。親父達のこれからは誰が看取って呉れるのだろう?(それはあなた自身です。)自業自得。あの住宅に戻れる事は無い。「国破れて山河在り」先の大戦で復員して来た親父の親父達はこの景色を見て何を考えたのだろう?その事を忘れてはならない。それがこれからの親父世代の生きる道かもしれない。

先日の民主党代議士会の「茶番劇」を見て感じた事はこれで管総理と民主党の命運は尽きる。この口先だけの総理が何時迄も総理の座に居座ると引きずり降ろされるだけ。そんな事はどうでも良いと言われるかもしれないが、まあ見て居なはれ、そうは行かなくなる。

被災地の人達の本当の想いは分からないが、何時迄も現状が看過される事は無い。総理は退陣後四国八十八所巡り未訪の寺の事を言われたが、この認識余りにもひどい。そんな事を感じていたが案の定、認識のずれは変わらない。その責任はその政治家を選んだ我々にもある。その事を忘れてはならない。関係ない?その内分かるに違いない。

梅雨の晴れ間、部屋のお片付けは済んだと言いたい処ですが、不要品の思い出の布団を片付けただけ。それでも押し入れが広くなっただけでも親父1人の空間は広くなる。テレビでチャップリンとオードリヘップバーンが晩年過ごしたスイスの街と湖が紹介されているが、親父達は間違いなく哀れな老後しか無いのだろうか?

その為に今の時がある。今の時を平和に他愛無く笑って自分を誤摩化しながら生きる事は容易い(たやすい)が、その時が長く続く保証は何処にも無い。その反対も無い。その真ん中を誰にも邪魔されずに自分の思いの侭、進める人も限られている。だから?何?

そのキーワードはその人の運命。生命力でしよう。空海はその教えを確信する為に唐に命がけで渡り、20年かけて学ぶべき遣唐使の国命を2年で自分の能力とお金で成し遂げたと司馬遼太郎氏は「空海の風景」で伝えている。

昨年、奈良の遺跡跡で多くの税金を無駄にしながら「平城京1300祭」が行われたが当時の遣唐使船がどれだけお粗末であったかは伝えていない。空海が無事に唐に渡り、2年で帰国出来た事は全くの奇跡であった事を知る人は少ない。

親父もそうだった。今日の遍路道を歩く人の多くも真実の「弘法大師」を知らない。そんな歴史を辿る遍路道は残されては居ないのかもしれない。人の生き方は多くの人の思いを意図も簡単に踏みにじるが、空海(弘法大師)が残してくれた教えも今は総理が語る程度でしかない。空海の教えは「現世」をどう生きるかである事が抜けている。それともその事を噛みしめながら総理の使命を果たす気概だろうか?

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2011年6月 3日 (金)

予想以上の味 期待通り?否、それ以上。西君やるな。

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西君 入魂のビーフカレー。1000円の値段に負けないカレー味+高級ビーフシチュー味。贅沢なカレー。その他にどんな表現が出来るだろう?味に厳しい親父が久々に出会う傑作です。多くの言葉は入らない。一口、口にすれば分かる。

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新しく出来た看板?今回は良く撮れていないけれどメニューとしては良く分かる。

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大阪は今日は夏日。日差しは感じられ無かったけれど蒸し暑く、お気に入りのアロエ&白ぶどうの清涼飲料。これから暑くなるとお世話になります。この飲み物お肌にも良さそう。親父は内臓のお肌に良さそう。(親父、暗示に弱いな。)

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何時もこの駅を降りた時、気になっていた花壇。近くの女子高生が定期的に交換している。立ち止まる人はおやじ位でもこの組み合わせに拍手です。最近の女性は繊細さに欠ける人も少なく無いが、この感性には心を感じます。親父も若いな。(気持ちだけ)霞草が梅雨空にアクセントをつけている。明日は梅雨の晴れ間。部屋掃除です。

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2011年6月 2日 (木)

大阪の街も大きく変わる。浪速の想いも夢の又夢。

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人を馬鹿にした茶番劇の内閣不信任案の投票結果を確認して大阪に行く。
白黒の写真と目をぱちくりさせながら、近くのスーパーで買った腐れ掛け?のパイナップルを食っている。この前200円の半額で買ってニンマリしたアレ。見かけは悪いが味は悪く無い。パイナップルの瑞々しい味を口にした時の感じとは、チョと違う大人?の味。(どんなんや?)

大阪阪神高速。何線か利用していないのでさっぱりわからん。南は難波?この上はどっちや。枝雀師匠も「訳分からん」とお手上げ。この高速道路利用した事あるんかな?無い様な気がするけれど?どれだけ交通緩和に貢献しているのだろう?

何処かの政党が高速道路無料化とか言っていなかった?
出来もしない事を尤もらしく声高に語り、支援をお願いする。違うでしょう。
こちらからお願いしますよ。やるべき事をこねくり回さずに、あなたの責任でやって下さい。それをやらないで出来ない言い訳ばかりしているから信頼されない。

それくらいの事は誰でも分かる。今度こそ背水の陣。出来ないだろうがその時はガケ下に蹴落とされる。その覚悟も無くて何がどう良かったのだろう?こんな政党は保守の二の舞です。政権交代に期待した無党派層の不信感は暫くは止みそうも無い。

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カレーうどんの親父が行っていたお店の経営者が変わり、中西君もここで修行中。ここは飲み屋さん。親父は中ジョッキで充分。色々酒のつまみ、あて(小料理)が用意されているが近くの勤め人のひいき(引き立て)を得るのは容易ではない。ガンバレ

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これは先日の梅雨の晴れ間に靴の中敷きを日向干しした時の絵。親父のメタボな体重を支えて凹み、お役目ご免の処を引っ張り出されたのは訳がある。この中敷きは親父と共にスイスの登山鉄道で一緒に旅をする。この後、2足の靴がすぐ駄目になり、今こうして老骨に鞭を打たれている。御免なさい。一日も早く世代交代させます。

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これからの生き方。考え方。人を許すと言う事。

Img_7158_4 名前は知らないけれど、何かを口にしている。路肩の花でもこれだけ喋るのだから、人間様も多くを語らなければならないが、最近、人間不信。何を今更と自分に言い聞かせながら、休みの日お決まりコースをチャリでペタルをこいでいる。



Img_7172_2 静かなお宮の境内を歩きながら本殿を一周する。
正面からの写真は何度も撮ったが、この角度の写真は無い。本殿正面の蓋の空いた木の箱があり、今日の格言(教え)が印刷されている。

「己の不快な事は相手も不快な事。人を不快に思うのではなく、優しい心で許せ」と書かれている。

立派な言葉。しかし、己の心は正直です。2度と行かない。2度と見たく無い。2度と言葉を交わしたく無い。相手もきっとそう思っているに違いない。

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そんな優しさの無い言葉をつぶやきながら歩いていると、親父の心を目前で揺り動かしている妖精がいる。大阪にもこんな緑がみじかにある。知らないだけ。知らないから自分の言葉でしか多くの事を語れない。これからも元気に生きろ。励まされている

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本殿横の柊南天。親父の仕事場横のひいらぎは今年は何故か、実は確認されていない。今年は葉っぱが多くて見えないだけなのだろうか?植物の実は世代交代の証。人間様の世界ではどれだけの事が行われているのだろう。茶番を繰り返されてそれでも尚、支持をお願いするこの厚かましさ。そんな世の中が変わる事は無いのだろうか?

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親父さん?このプロペラなんだか分かりますか?分からんでしょう?それではアップしてみましょう。

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これだけの実を付けてこれだけのプロペラで何処迄この実を飛ばすのだろう?しかしこれだけの実を飛ばしても何一つ、苗木が育つ事は無い。この当然の事が実らなくても今年も又、子孫繁栄の営みは行われている。この生命力、親父は忘れない。

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内閣不信任案は民主党代議士会の茶番劇で否決?(今は決まっていない。)

これから投票が始まる。これで民主党の次の選挙の大敗が決まる?

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2011年6月 1日 (水)

永田町の論理ではない。国取りゲームではない。マスコミは何を見ているのだろう?

被災地の復興、復興が侭ならない時に内閣不信任は無い?
それでは今の内閣が震災発生後、どれだけの事をして来たのだろう?
「出来る限りの事はして来た」そしてこれからもその努力は続ける。?
本当にそうなの?そしてあなた達は本当にその言葉を信じているの?
勘違いと言うより間抜けとしか言いようが無い。
さすがの親父も今の政権では震災復興の政策は遅々として進まないと思う。

そんな事で内閣不信任ではないと如何して思えないのだろう?
そんな事はどうでも良いと思っているからだろう?
そこ迄は思っていなくても今の政権は国民の多くの支持を失っている事に気付かなければならない。支持が無ければ退陣するのが当たり前。それをしなければクビにする。世間一般の常識は政治の世界でも例外ではない。

今日のテレビの放送を見ていてテレビ朝日の「報道ステーション」で被災地の一個人のコメントを尤もらしく報道していた。同様の事を多くのマスコミ報道で見かける。
「ふだけるな」何様だと思っているのだろう?復興の邪魔をするな?

あなた方は何時からそこまで傲慢になったのだろう?
報道の使命は色んな事実を脚色無しに報道する事でしょう?
高い報酬を手にしながら尤もらしいコメントをしていたら、あなた達も不信任のカードを突きつけられる。その時は手のひらを返したかの如く、お尻を振るのだろうか/

ええ加減にしなはれ。政治と金の問題とか政治不信とか、誰がやっても同じとか。
尤もらしい言葉に惑わされる事無く、己の道を歩け。どんなに喚いても間違いなく政権崩壊です。被災地の人も災い転じて福と為せ。その言葉を忘れてはならない。
厳しい言葉ですが国難の時、誰もあなた方の事は忘れては居ない。
「邪魔をするな」と言われるなら1人では立ち直れない事も現実です。

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今日から六月。梅雨の晴れ間は長くは続かない。少し寒い。

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気持ち悪い?それでも毛虫にも毛虫の生き方がある。これからしっかり山茶花の葉っぱを食ってどんだけデカクなるのだろう?親父に茎の途中から切り落とされて柊南天の根元に落とされて、何を食って生きて行けるのだろう?御免なさい。ガンバレ。

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ピンクのサツキの花は満開の時を過ぎ、薄紅の花が親父の目を引きつけている。サツキの美しさと言えば、何と言っても山肌を駆け上がる大分九重のミヤマキリシマだが、その生の姿を親父も未だ目にはしていない。未だ見ぬ人と同じ幻想かもしれない

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一輪でこれだけの美しさ。これが幾重にも重なるとどれだけの迫力を見せるのだろう。

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梅雨の晴れ間。今日は大阪も最高気温20℃前後。6月1日。衣替え。テレビニュースではスーパー、クールビズとか言っているのでどんなんかな?と思って見ると、役所の連中。環境省でアロハシャツ。パフォマンスもいい加減にしなはれ。

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内閣不信任案が明日可決されると管総理はクビ。その後の総理は誰がやっても同じだと言われるが、そうだろうか?親父はそうは思わない。今より悪くなる事はない。それ程に現政権は期待外れ。政権交代に多くの思いを託した有権者の想いを踏みにじって迄も、その認識が全くなければ当然の結果だろう。見かけ倒れ。次は同じ轍(てつ)を踏むな。その為には政治馬鹿をなくせ。

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