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2011年4月 3日 (日)

久し振りの卵焼き。殻が堅く黄身がしっかりしていた。カマンベールチーズが消えている

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おはようございます。今朝は久し振りに家で朝食です。仕事がオフの時は朝は近くの喫茶店が情けない日常になっていますが、それも親父だけと思いきや、御同輩も少なく在りません。ほとんどの人が狭い店内で思い思いの格好でコーヒーを口にしますが、一番不快に思うのはタバコの煙と他愛も無い言葉。自分の事を棚に上げて多くの事を語る輩を見ると一気に気分が悪くなる。(それはお互い様)

そんな時嬉しいのは君から貰ったipod(マックの音楽プレアー)。長い間若者が耳にしているのを見ながら、横目でちょっぴり羨ましい思いを感じていたが、実際自分が耳にすると予想通りの世界が広がる。どんなに近くで不快な言葉を口にされても気にならない。

それでも敵もさるもの。そのボリュムを越えた言葉で語り合う。そんな時は親父の眉間(みけん)が一気に無くなる。昔の親父のガン飛ばしが炸裂する。最近はその威力も全く無くなり大概は無視されるが、気が付くと体が硬直して居る。(おっさん、年を考えろ。強い奴には巻かれろ。弱い奴には優しくなれ。)

今朝はそんな勢いも無くお出掛けの予定も腰が上がらない。「まあ、そんな時もある。この頃何故か多くの事を語り多くの事をまめにやり過ぎたので疲れたのかもしれない。3週間経っても遅々として進まない被災地の復興も政治家は言い訳ばかりしているが、間違いの無い事はその代償は小さく無い事を思い知らされてからでは遅い。

風評被害、後から後から問題を提示して放射能汚染の現実を説明する電力会社と監督官庁。間違いなくこのお粗末な対応は企業と国家の社会的責任が問われた時、為す術も無いだろう。

電力の節約を求められても社会の存在基盤が問われている事を、都会の人間は何れだけ理解しているのだろう。間違いなく今年の夏、この国の首都でその事が問われる。その時、都会で生計を立てている人達は何が出来るのだろう?

最近は新聞は読まないし、テレビも音声を消して見るときが多く、それでも何も困らない。自慢ではないが多くの同世代だけでは無く、若い世代と比べてみても親父の見方は深い。それは一体何なのだろう?

問題意識?サミュエルソンから青春の詩で問われた小児の如く求めてやまぬ探究心?そうではない。若い時から野次馬的関心(野次馬根性)が高かったのだろう。年老いてその事を痛感するが、若く生きるとはそんな事かもしれない。

どんなに悪し様(あしざま)な思いをしても、自分らしく生きる気持ちを忘れなければ、「上から目線」と揶揄(やゆ)されてもそれが自分らしい生き方に違いない。これからは親父世代は厄介者が多くなる。

親父世代ばかりでなく社会に貢献出来ない生活保護の世帯も増える。その人達の自立と共生。唯、単に税金のバラマキだけでは国家の存立は危うい。その事に気付いた人がこれからの時代を生きる先駆者だろう。

親父も偉そうな事を言うだけでなく「ベートーベン」の気持ちになって、これからの人生を考えなければならない。この国の音楽家、思想家、経済学者、政治家。ノーベル賞学者、経済人。多くの賢人は少なく無いがこの大作曲家のピアノソナタを聴いていると多くの思いが叩き破られる。

耳は聞こえなくなってもこれだけの作曲が出来るのではない。これは人の想いを越えている。音の無い風景。音の響きの中で一番綺麗なものは静寂の中から聞こえて来るのかもしれない。ピアノが弾けないおやじがピアノの鍵盤の音に魂が揺さぶられるのは強ち(あながち)関係のない事では無いのかもしれない。もうすぐお昼です。

お昼は近くの総菜屋さんの弁当。このお店何時もは日曜日休み。今週は花祭りで開店。しかし、今年の春は遅い。満開の時は来週になる。去年はもう少し暖かかった気がするが今年の春は、花を愛でる時も短いのだろうか?

家でテレビを見ながらパソコンを打っていると我が家のコーヒーも悪く無い。お気に入りのお店でお気に入りの雰囲気を楽しみながら口にするコーヒーも悪く無いが、誰にも邪魔されない「香味焙煎」の三温角糖3個入りも負けては居ない。(えー?)

流石にお店のコーヒーに砂糖を入れる様な失礼な事は出来ないが、家で口にするインスタントコーヒーは白糖でない三温糖か黒砂糖がお勧めです。若い頃、家で飲んでいたネスカフェに、ブランデーを垂らして火を付けた角砂糖を落としていたが、最近はそんな格好は付けていない。1人で飲むには三温角糖で充分です。

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枯れ木の様に見える桜の樹。この幹も満開の花を付けるのは今週末だろうが、よく見て下さい。この樹は左側の枝を大きく伸ばしている。人は大事な物を失って生きる糧を失っても生きれる様に、この樹も又生きる術を無くしていない。大きな枝先に大きな花の宴が広がる時は近い。

テレビで久方ぶりにあの政治家の顔を見る。そして多くの事をしたり顔で語っている。あの震災で一番困っている時にこの人達は何処で何をしていたのだろう?地方の分権とかを声高に口にしたあの勢いはどこに行ったのだろう?そんな人は政治家とは言われない。あなた方の今回の行動の遅れは全ての災いとしてこれからも続く。

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