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2011年4月29日 (金)

今年の連休 待望の岐阜の旅 でも一人では寂しいな?

巷(ちまた)世間、世の中は今日からゴールデンウイークと言われても、それは休んでも給料の貰える月給の人の話。今日日どれ位の人がその恩恵に預かれるのだろう?先日の選挙で当選した市会議員の先生もお休みでも歳費はもらえる。これが本当のお手盛り(自分達で自分達の利益を決める)かと思いきや、世の中類似の事が少なく無い。

親父が前のブログで怒った連合の議長のメーデー挨拶。イギリス王室の結婚式の報道も同じかもしれない。この間抜けな報道、ダイアナの悲劇を忘れたのか?知らないとは言わせない。知らなければ知れ。それくらいの事を口を濁して何を語るのか。恥を知れ。

恥も外聞も無い輩が本当に少なく無い。そんな生き方が何時迄も出来る訳は無い。それともそんな輩がまともな生き方なのだろうか?枝雀さんが訳が分からないと頭を抱えている。枝雀さん案じる事は無い。この世はそれ程に甘くは無い。そのツケは必ず払わなければならない。

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ハナミズキの花芯が親父のボヤキを笑っている。親父さん、世の中そんなもん。テレビも新聞も公共の利益など口先だけ。政治に金が掛かるとか言わないでしょう。政治に金が掛からなければ親父さん、アンタも政治家に成れる。彼らの言葉に一喜一憂せずに岐阜の山間で頭を冷やしてきなはれ。その方がよっぽど賢い。了解です。

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親父さん少しピンボケ。綺麗に取ってくれるのは嬉しいけれどピンボケだけやめて下さい。アップも良いけれどアップに耐えられる人は多くは無いでしょう。(すみません)親父もまだまだ修行が足りない。多くを語る前に己の心を綺麗にしなければならない。(又、又、心にも無い事を)バレましたか?バレバレ。どもならんのう。

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それではこれで勘弁して下さい。平凡やのう。イエイエ平凡の様に見えて平凡ではない。花々が合唱している。伊丹のRIROからの帰り道、夕日が当たって少し遠慮勝ちに小さな声で親父の散策の道を歌っている。

仲々、歓喜の歌は歌えないけれど親父がスイスのグリンデルドのホテルで歌ったエーデルワイスのハミングよりは口を開けている。今は声を潜めていても必ず肩組みながら第九の「合唱」を口にしなければいけない。(ドイツ語では無理だな。)聞くだけでも良いかも。それなら岐阜の旅で何度もそのイヤホーンで聴けるでしょう?。

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下から見上げるハナミズキは何となく艶かしい。レデイを下から見上げると叱られるがチョコットだけなら許されるかも。(コラコラ)ベートーベンの田園交響曲を聴きながら岐阜長良川鉄道のマップを見ているが見処が今イチ、鮮明にならない。

目的地がはっきりしても岐阜の山間の道は意外に親父を寄せ付けないのかもしれない。それでも今回が最初で最後かもしれない、国鉄バスの車掌さんの想いが親父にどれだけ伝わるか分からないが「太平洋と日本海を結ぶ桜の街道」が少しでも見れたらそれで満足です。

その為には何としても白鳥からひるがの高原の道は辿らなければならない。佐藤さんの悲願は旧街道沿いに立派に生きていても、その姿を眼に出来る人は少ない。偉そうな事を言っている親父でも短い旅では、その万分の1も眼にする事は出来ないのかもしれない。それ程に壮大な悲願だったとも言えるのだろう。

親父さん、何しに行くのです。よう聞いてくれました。内緒です。帰って来たら教えます。予定は決まりました。5月の3日は郡上八幡に泊まり、4日は白川郷。この間が遠いので5日は予備日。6日に帰って来ます。お土産期待してて下さい。

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